<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第56回

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上野公園でときどき餌をあげていたカラスたちが、上空を追いかけて千駄ヶ谷にある家をつきとめ、以来、上野の森から通ってきては、ベランダで羽をばさつかせて餌をねだるようになったーーー。

この話を人から聞いたとき、カラスの観察力、思考力、記憶力に舌を巻いた。それらをフル稼働して彼らが日々溜め込むものは、すべてこの世で生きながらえるために費やされる。人間のように使わずにただしまっておくだけのものはない。知恵とは本来そういうものなのだろう。

ここに一羽のカラスがいる。頭の毛と胴体の羽の部分がつながらないほどからだが細いが、ただ、痩せているだけなのか。カラスも痩せるとこんな姿になるのか。唯一、カラスらしさを感じさせるのは足。精悍で、野卑で、獰猛な印象の鉤爪をクルマの屋根に載せている。ぴかぴか光る車体に爪が反射し、影が円弧を描いて一瞬、金属の部品がついているのかと思った。

カラスの前には男がいる。イグサで編んだ帽子を被り、メガネをかけ、首を右に傾けて唇をつきだしている。カラスは髭におおわれたその口にくちばしを突っ込んでいる。男がくれとおねだりしてたものを、カラスから口移しに受け取っているかのようだ。でも、本当は逆だろう。男の口のなかにはカラスの好物が入っている。それをカラスはくちばしでつまみ出そうとしているのだ。そのように口移しに物をあげるのは男の習慣で、彼が口を突き出したらどうすればいいかをカラスはよくわかっている。これぞ、生きものの知恵である。

カラスに餌を上げるとしても、やり方はいろいろあるだろう。皿に載せてもいいし、ただ地面に置いてもいいし、掌に載せてやってもよい。ところが、この男はそのどれもとらずに、口からあげるやり方を選んだのだ。あいだに何も介さずに、口と口を直結させて食べ物をカラスのからだに送り込む、その束の間の一体感を味わうために。

人間の口とカラスの口を比較して、どちらが無防備かと言えば、人間の口に決まっている。われわれのやわな口蓋に、カラスのあの黒々したくちばしを本気で突っ込まれたらひとたまりもない。その弱い部分を相手に差し出し、男は契りを乞いたかったのだろう。オレはこれほどオマエを信じているんだよ、と。

カラスも男にすっかりなついて信頼している様子である。瀕死の状態で路上に落下していたのを助けられたのかもしれないし、翼が折れていて飛べなくなり大空に帰ることが出来ないのかもしれない。ともあれ、カラスには男になつかずにはいられない事情があったのだ。この男についていけば生きられると直感したのだ。

思うに、男のほうにも似たような事情があったのではないか。だれかになつかずにはいられない。でも、人間が相手だとどうもなつけない。そんな鬱屈に浸り込んでいたときに、傷ついたカラスに遭遇したのである。弱った者同士がともに支え、求めあう関係。話す言葉がちがうから、齟齬も生じないし、喧嘩にもならない。わかり合えるような合えないような曖昧さが救いなのである。

大竹昭子(おおたけあきこ)

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●紹介作品データ:
梁丞佑
〈人〉より
2003年撮影(2017年プリント)
ゼラチンシルバープリント
Image size: 21.0x32.5cm
Sheet size: 11x14inch
Ed.5
サインあり

■梁丞佑 YANG Seung-Woo
韓国出身。
1996 来日
2000 日本写真芸術専門学校卒業
2004 東京工芸大学芸術学部写真学科卒業
2006 東京工芸大学大学院芸術学研究科メディアアート修了
主な出版物:『君はあっちがわ僕はこっちがわ』(2006、新風舍)、『君はあっちがわ僕はこっちがわ2』(2012、禪POTOギャラリー)、『青春吉日』(2012、禪POTOギャラリー)
主な個展:「外道人生」(2004、東京工芸大学芸術情報館ギャラリー・中野)、「君はあっちがわ僕はこっちがわ」(2005、JCII日本カメラ博物館・千代田区一番町)、「だるまさんが転んだ」(2006、銀座ニコンサロン)、「LOST CHILD」(2007、企画展ギャラリーニエプス・四谷三丁目)、「LOST CHILD 2」(2008、アルバカーキ)

●写真集のご紹介
禅フォトギャラリーから、写真集『人』が刊行されました。上掲の作品も収録されています。

梁丞佑写真集『人』
2017年
禅フォトギャラリー 発行
112ページ
21.0x29.7cm
ソフトカバー

社会からはみ出した他人同士が寿町では家族のように付き合っている姿がここにある。前回の写真集『新宿迷子』同様に梁丞佑の丁寧な付き合いが彼らとの関係を築き、信頼を得た。2002年から最近までレンズを向け続けた情熱と鋭い問題意識に目を見張らされる。
―大石芳野(写真家)

神奈川県横浜市寿町。
横浜中華街から10分ほど歩いた所に存在する。
最初は話に聞いて何の気なしに訪れた。
いろんな国の言葉が聞こえ、さらに私が思っている日本像とはあまりに違う街の様子に「ここは日本ではない」と感じた。
撮りたいと強く思い、この街に通いつめるわけだが、しばらくは「ただ、見ていた」。隠し撮りをするという方法もあったのだが、それではなんだか気がとがめ、彼らと交わりたいと思った。
とりあえず、道に座って酒を飲んでみた。
彼らは私が煙草の吸殻を灰皿に捨てたら「変な奴だ」と言った。言葉も乱暴。しかし「分け合う」ことを知っていた。生活は貧しくても心は豊かであるように感じた。
こうして彼らと過ごす事3ヶ月。やっと、私に1人が聞いた。
「お前は何をやっている人間なんだ」と。
仕事もせずに日がな一日道に座っている事を、やっと奇妙に思ってくれたのだ。
満を持して私は言った。
「写真しています」と。そこから私の撮影が始まった。
ぎりぎりで、這いつくばるような、そうかと思えば、すでに全てを超え浮遊しているような、悲しさや寂しさ辛さとともに、幸せも楽しみも、悪意も善意も。
手に取るように感じられた。
「人が生きるということは…」
そう問われているように感じた。
ある日、コインランドリーの入り口で雨宿りをしていた一人の中年男性がいた。血だらけだった。「どうしたの?」と聞いたら、その男性は私の目を見て、
「だるまさんが転んだ…」とだけ繰り返した。温かいお茶を差し出したら、
「ありがとう」と言って、ただ握っていた。私がいるときには、飲まなかった。
日本には「だるまさんが転んだ」という遊びがある。
鬼が「だるまさんが転んだ」といって振り返ると、鬼に向かって近づいて来ていた人達は、動きを止める。もし動いている事がばれると、自分もまた鬼になる。
オレに構うな。
「だるまさんが転んだ」
もしかするとそういう事だったのかもしれないと今になって思う。
2017年現在、寿町は他のドヤ街と同じく以前の姿は消え、高齢化が進み、街の「境界」は曖昧になり他の街となじみつつある。

これらの写真は、2002年から2017年まで寿町で撮影したものです。
―梁丞佑
禅フォトギャラリーHPより転載)

◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

●今日のお勧め作品は、クリストです。
Christo_02 (2)クリスト
《包まれた木馬》
1963-2000
ドローイング、コラージュ
Image size: 20.3x20.3cm
Frame size: 35.2x35.2cm
Signed


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