殿敷侃展とその後(1)

松岡剛
(広島市現代美術館学芸員)

 今年の3月から5月にかけて、広島市現代美術館では広島出身の作家、殿敷侃(1942-1992)を紹介する特別展を開催しました。本展にもご協力を賜りました綿貫氏より機会をいただき、その準備から展覧会の開催までを振り返り、報告させていただきます。

01殿敷侃:逆流の生まれるところ」会場風景 広島市現代美術館


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 「殿敷侃:逆流の生まれるところ」は、その初期から最晩年までの活動を網羅する回顧展として構想されました。殿敷が広島と山口を活動の拠点としていたこともあり、これまでに下関市立美術館(1993)、山口県立美術館(2008)、はつかいち美術ギャラリー(2013)といった各所で回顧展が催されてきたものの、意外なことに出身地である広島市では初の本格的な開催となりました。殿敷にとって広島は出身地というだけでなく、原爆体験が制作の原点であり続けたという点においても重要な場所と言えます。私が今から20年近く前、広島で仕事を始めた時から既に、殿敷の名前は当館でも検証すべき作家として挙がっていたように記憶しています。美術館の先輩学芸員、地元の作家、キュレーターといった人々から話を聞く中で、広島のアートシーンの展開にも深く関わる作家であることを知りました。
 一方で、殿敷侃という作家は絵画に始まり、銅版画、シルクスクリーン版画、インスタレーションへと、技法とともに作風を変転させ、それに伴って発表の方法や場も移り変わっていきます。それ故に、様々な局面で作家や作品に親しみつつも、そのイメージが断片的であったという方も多数おられる状況がありました。こうした作家の全貌をあらためて辿ることは、とりわけ広島という町で活動する美術館として意義のあることに思えました。

 本展の様子は、既に佐藤毅氏が本ブログで詳細なレポートを寄せられているように、この目まぐるしい展開を遂げた作家の活動をそのスタイルごと、年代順に整理し概観する構成としています。今日作品が残されているものについては、いくつかの例外を除いてほぼ全てのタイプの作品を展示しました。そうすることで、殿敷という作家がどのような流れの中で新たなスタイルに着手し、どのように変化していていったのかということを示そうとしています。こうしてその全貌を提示することで浮かび上がってくる点もありました。

04《は2》1970年 油彩・キャンバス


05《釋寛量信士(鉄かぶと)》1977年 油彩・キャンバス


06《HYDROGEN BOMB (2)》1981年 シルクスクリーン・キャンバス


07《タイヤの生る木[Plan.7]》1991年(撮影:中本修造)


 なかでも注目すべきは、彼が一つの技法に取り組み自身のスタイルへと到る際の集中力でしょう。たとえば、キャリアの前半期を代表するものに銅版画があります。彼のペン画を目にし、才能を見出した美術評論家、久保貞次郎の勧めによって、1977年から始められました。それまでのペン画を思わせる細密な点描によるエッチングに始まり、次第にアクアチントによってモチーフとなる物体を直に型取りするような手法を模索し始めます。さらには、物を銅板に強く押しつけて生じるへこみを利用した作品など実験的な創作を展開させ、多彩な作品を残しました。その制作期間はわずか3年ほどであったと推測されます。このように、彼はひとつの技法に取り組む中で集中的に実験を繰り返し、一定の作風を確立していきます。時としてそれらは作家としての評価や作品の販売に繋がっていくのですが、長く作り続けることはなく、新たな別の技法へと関心が移っていきます。同様のことが、絵画やシルクスクリーンの作品にも見られます。新たな試みと同時に過去のスタイルを平行して続けていた形跡もあまり見られませんでした。彼が綴った手記や、関わった人々の言葉からは、彼が頓着なく軽やかに他の作家のスタイルを受け入れ、取り込んでいった様子も窺われます。また、ひとつのスタイルの中で醸成させた自身の問題意識を新たに展開させる別のスタイルを直感的に選び取っていったようでもあります。
 そこで重要なのが、既存の様式を自身の問題意識に強引に接続させ、換骨奪胎させるかのような、スタイル採用の作法でした。こうした特質を語るときに無視できないのが、彼の原爆体験です。自身も語っているように彼は原爆を制作の原点に据えていました。様々な様相を呈しながらも、作品に透かし見える(見せる?)彼の原爆体験がいずれの作品の印象にも、切実さや重みをもたらします。彼は作風の展開を通して、自身の原爆体験を様々な手法とオーバーラップさせていくことで、既存の手法を読み替えていくとともに、自身の原爆体験の意味合いも普遍性を帯びたテーマへと再編成していったように見えます。

08《作品(石)》1977年 エッチング・紙


09《貝(3)》1978年 エッチング・雁皮紙


10《彼岸花》制作年不明 アクアチント・紙


11《クシ》制作年不明 アクアチント・紙


12タイトル、制作年不明 アクアチント、型押し・紙


 このような作家の歩みを反映させるように、展覧会はその短いキャリアに見合わぬほどバラエティに富み、そこになお一貫性を見出すことのできる流れを形作りました。そして、この流れは彼が常に新たな関心を持ち続け、それにのみ集中し制作に明け暮れた日々を物語っています。たしかに彼の創作は、苦悩や怒り、抵抗の身振りを伴っていますが、一方でそのキャリア全体を眺めたとき、そこに作家としての幸福を見出すこともできるように思われます。このような生活が続けられたことの背景には、彼を慕う周囲の人々の強力なサポートがありました。そうした人々が、作家の没後もアトリエや作品、資料を管理し、本展覧会開催への大きな助けとなったことは言うまでもありません。(つづく)
まつおか たけし

*後編は9月18日に掲載します。

■松岡剛 Takeshi MATSUOKA
1975年大阪府生まれ。大阪大学文学部卒。1998年より広島市現代美術館学芸員。「HEAVEN:都築響一と巡る社会の窓から見たニッポン」(2010年)「路上と観察をめぐる表現史」(2013年)「赤瀬川原平の芸術原論展」(共同企画、2014-15年)「ライフ=ワーク」(2015年)「殿敷侃:逆流の生まれるところ」(2017年)などを企画。

●本日のお勧め作品は、殿敷侃です。
20170909_08_block殿敷侃
《ドームのレンガ》(1)
1977
銅版、雁皮刷り
イメージサイズ:23.2×32.3cm
シートサイズ :32.8×44.0cm
Ed.50 サインあり

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埼玉県立近代美術館では15年ぶりとなる「駒井哲郎 夢の散策者」展が開催されています。
会期:2017年9月12日[火]〜10月9日[月・祝]
企画を担当された吉岡知子さん(同館学芸員)のエッセイ<企画展「駒井哲郎 夢の散策者」に寄せて―武田光司氏のコレクション>をお読みください。

●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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