森下明彦のエッセイ「金坂健二とその時代」その1

ウォーホル・メカス・金坂


 今年見た展覧会で特に印象に残ったのが、アメリカの写真家、ロバート・フランクの個展。東京に続き、私の住む神戸市でも開催された。作品価格の高騰と言う現今の美術界の宿痾に対して、ある方法を持って果敢に挑んだ、批判的でありつつきわめて質の高い展覧であった。写真ばかりでなく、フランクの映画作品も多数上映された。個人映画の歴史に残る名作、《ひな菊を摘め》(1959年)とともに数本が上映されたが、その中に《イエスの罪》(1961年)があった。
 養鶏場に住み孤独な生活を送る女性が、ある時多数の天使に囲まれる。何とその一人がどうもジョナス・メカスが扮しているようなのだ。帰って調べたら、やはり配役に上がっていた。また彼の『映画日記』の邦訳には「ほかに天国へ入る道はなさそうに思えたので」、この役を演じることにしたとの説明とともに、メカス本人の写真が掲載されていた(飯村昭子訳『メカスの映画日記』〔フィルムアート社/改訂版:1993年〕)。
 ひょんな所で見かけたメカス――何かの予兆かと思っていたら、しばらくして本稿を依頼された。ジョナス・メカスと金坂健二が撮影したアンディ・ウォーホルのポートレートを紹介する展観であると言う。本稿は3回に分けて、この3人の仕事を互いに絡み合わせながら論じていく。この稿では以下、近年ではあまり語られることのない実験映画のある問題意識、つまり、メディアを批判的に捉えること自体を作品化するという観点から、いくつかの話題について考えてみたい。

 ジョナス・メカスは個人的/実験的映画の著名な人物として、もはや注釈も不要なほどであろう。ここで少し脱線するが、昨今議論が喧しい、映像に関する「アーカイヴズ」について付言しておきたい。メカスに関しては二重の意味がある。その第一はメカスが長年手掛けて来た日記映画である。多くの芸術家と並び、ニューヨークの下町の人々の生活が活写されている。二つ目の点は、彼が「アンソロジー・フィルム・アーカイヴズ」という映画美術館の設立に努力してきたことである。
 同じような意味で、ウォーホルもまた、彼のアトリエとも言うべき「ファクトリー」における映画やビデオ作品の出演者の映像、あるいは、ポラロイドも使っての多数の人物の(かなり多くの自写像も含む)写真――それらが既に「アーカイヴズ」を形成していたとも言えよう。金坂健二もまた、1960年代に何度も渡米し、当時の芸術家や若者たちを中心としたスナップ写真を撮影している。
 なるほど現在取沙汰される「アーカイヴズ」的視点とは、写真や映像に対して歴史的、社会的、人類学的、と言ったさまざまな評価軸から接近しようとするものであり、美術作品として価値はひとまず保留にされているようである。とは言え、この3人の仕事、殊にメカスに関しては「アーカイヴズ」的な活動を先取りしていたと銘記しておきたいのだ。
 何と言ってもウォーホルの初期映画作品の傑作は《エンパイア》(1964年)だろう。ニューヨークで有名な高層ビルを固定したカメラで延々撮影し、上映時間は8時間余りにもなる。もちろん、実験映画においては紋切り型になったお題目の一つ、物語性の否定の究極の形であることに間違いはない。その結果、時には「ミニマリスト」とも呼ばれたこのような映像からは、別なるもの、つまり「時間」が前景化してくる――この点もしばしば指摘されてきた。
 しかし、この作品は物語の否定を通して、実は別なる(新たなる)物語を生み出しているのではないか。一つは「何も起こらない」と言う出来事である。この《エンパイア》の撮影担当は他ならぬジョナス・メカスであるが、彼は亡霊のように窓ガラスに写っているのが記録されている(ウォーホル自身も同様に姿を見せる)。日没後にビルが照明を当てられ、パッと輝く。別のビルのライトが時々点滅する――期待するような事件が何も起こらない故、初公開時の観客は退屈し、時間を隔て、学習を行った現在の観客はこのような微細な出来事に敏感になるわけだ。メカス自身は当時の多くの観客の反応を嘆きつつ、こう書いていた。「この驚くほど単純な映画の中からなんと多くのことを読みとれることか――なんと豊かな映画だろう」(『メカスの映画日記』)。私なら「驚くほど複雑な映画」と改めたいのだが……。
 第二は、特にこの作品が16ミリ・フィルムで作られていて、さらに映写の速度が遅いということに起因するものである(1秒間16コマと言う、サイレント映画の速度である。撮影は24コマ)。スクリーンの明滅とフィルムの粒子がより一層目立つことになる。現今の高精度デジタル映像では、画面を形成している画素はほとんど見えない。他方、この作品では粒子の動きが表に出てくる。ある意味で、ここでは粒子を見せることが意図されているようでもあり、それにより映画と言うメディアの仕組みを開陳することにつながるだろう。
 ある時期の実験映画の関心は、像を記録したフィルム自体のあり方に特に目を向けていた。いわばイリュージョンとして不在の像に対して、フィルム上に現に実在する粒子やキズ、ゴミを主題にしようと考えていたのである(絵画におけるマティエールと像との相克を考えることと相似の問題である)。「構造映画」、あるいは「映画の物質性」、さらには「唯物主義」とも喧伝されたこのような傾向は、その源流の一つとして、このウォーホルの作品群を同定することが出来る。
 こうした流れの中に位置付けることが可能と思われるこの国の実験映画作家に、居田伊佐雄がいる。彼はある時、イメージと、フィルムのマティエールである粒子とのせめぎ合い(像と粒子それぞれの大きさの比較)について述べながら、粒子の粗い8ミリ・フィルムに写った青空に遠ざかる飛行機について、以下のように書いている。

「飛行機の像は小さくなるにつれて崩れていき、やがて青い粒子の蠢きの中に埋もれてゆく」(「VIEW FESTIVAL 1991」カタログ)。

フィルムの粒状性の悪さを嘆くのではなく、それに着目して作品を発想すべきと言う主張である。
 ギリシャ時代の哲学者を気取って、粒子が世界を形成するとは言わないにしても、少なくとも映画作品の世界においてはフィルムの粒子は本質的な要素と看做せるだろう。同じ銀粒子の布置を持ったコマが存在しない以上、各々のコマは皆それぞれ他と違い、それゆえ同じ映像は二度と出現しない。従って常にその都度、何か生じ、あるいは、消滅しているのである。粒子に注目し、それを開示することは、また同時に映画と言うメディアの楽屋裏を暴露することにもつながる(映画の制作過程を描いたり、「メイキング」と呼ばれる作品とは、似ているようであり、同時に全く違ってもいる)。次にその点について、ジョナス・メカスの作品を取り上げながら、別の角度から見ていきたい。
 メカスの初期の代表作の一つは《リトアニアへの旅の追憶》(1972年)である。この国の映像制作にも多大な影響与えたこの作品――実は途中から非常に短いショットをある間隔を置いて畳み掛けるようなやり方、ないしはコマ単位での撮影が続くようになる。メカスの様式的な技法であり、既に彼の十八番となって人々に認知されているやり方である。もともと映画においては、その技術からして不可避的な明滅する光が、ある種の視覚的な高揚感をもたらす(この点を極限まで押し進めたのが、昨年(2016年)に亡くなったトニー・コンラッドの《ザ・フリッカー》〔1966年〕であった)。メカスの作品にも似たような視覚効果による一種の幻惑が感じられる。
 そしてメカス独自の現実の捉え方にこうした撮影時の工夫をも含めた彼独自の映像用語があると指摘したのが中沢新一であり、これをいみじくも「メカス語」と名付けた(「月刊イメージフォーラム」1989年7月)。普遍言語にも国家の言語にも向かわない、個人と言う局所の言葉であり、かつ凡百の個人映画に見られる「ナルシシズム」にも染まらないものである。
 メカスは後には映画作品の一つ、ないし複数のコマを写真や版画作品として、平面上に定着させる「凍結したコマ」と言う仕事を開始する(1983年に初めて日本へやってきた際に作成したシルクスクリーンがその嚆矢と思われる)。フィルムの端にある穴(パーフォレーション)をも見せたものもある。メディアを異にし、しかも作品全体から切り離され、また動きも失った「凍結したコマ」は粒子の蠢きもなく、「メカス語」を語ることはないかもしれない。そのようではあっても、これも映画と言うメディアの成り立ちを示す、自己参照的な行為だとも考えられる。
 以上のように見ていくなら、メカスの場合は撮影方法に関しても、またこのような平面的作品についても、一貫して「コマを見せる」ことに注力してきたと言っても良いだろう。コマこそ粒子と同じく、フィルムを構成する最小単位であり、映画の根源的な要素であるからだ。ここでまとめして、やや的外れとも思われるが、フィルム作品は粒子を原子とし、コマを分子とする組成を持ったものだと喩えておきたい。通常想定されているショットとは、いわば高分子のようなものだろう。
 今回、メカスが「凍結した」コマには、果たしてウォーホルはどのように捉えられているのであろうか? もちろん、それらの作品を解凍して楽しむのは、私たち観客の特権である。

 再び私個人のことを述べさせていただきたい。ロバート・フランク展の前であるが、今年、2017年7月はある友人の映像作家のための小冊子の原稿を書いていた。その中には、初来日のジョナス・メカスが福岡にもやってきて、地元の映像作家たちと交歓したことに触れた文章もあった。メカスは既に今年の7月の時点で私の意識に再び現れていたのだ。本当のことを言えば、《エンパイア》についてもそうだったが、私たちが現在映像を語ろうとする時、ジョナス・メカスは神の如く、何処にも遍在しているのである。

(惜しくも10年前に亡くなった福間良夫が撮影した写真を上記の冊子に掲載することの承諾をメカスさんに得る段階で、画廊主宰の綿貫さんのお世話になったことを記しておきます。)

もりした あきひこ

■森下明彦 Akihiko MORISHITA
メディア・アーティスト/美術・音楽・パノラマ愛好家。作品制作や上映会の企画を行うかたわら、美術や映像の調査研究を進めている。

●今日のお勧め作品は、金坂健二です。
20171214_20171214_005金坂健二
《アンディ・ウォーホル》
1968年
ゼラチンシルバープリント
23.5x35.1cm

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◆ときの忘れものは「WARHOL―underground america」を開催します。
会期=2017年12月12日[火]―12月28日[木] ※日・月・祝日休廊
201712_WARHOL

1960年代を風靡したアングラという言葉は、「アンダーグラウンドシネマ」という映画の動向を指す言葉として使われ始めました。ハリウッドの商業映画とはまったく異なる映像美を目指したジョナス・メカスアンディ・ウォーホルの映画をいちはやく日本に紹介したのが映画評論家の金坂健二でした。金坂は自身映像作家でもあり、また多くの写真作品も残しました。没後、忘れられつつある金坂ですが、彼の撮影したウォーホルのポートレートを展示するともに、著書や写真集で金坂の疾走した60〜70年代を回顧します。
会期中毎日15時よりメカス映画「this side of paradise」を上映します
1960年代末から70年代始め、暗殺された大統領の未亡人ジャッキー・ケネディがモントークのウォーホルの別荘を借り、メカスに子供たちの家庭教師に頼む。週末にはウォーホルやピーター・ビアードが加わり、皆で過ごした夏の日々、ある時間、ある断片が作品には切り取られています。60〜70年代のアメリカを象徴する映像作品です。(予約不要、料金500円はメカスさんのNYフィルム・アーカイブスに送金します)。

●書籍のご案内
版画掌誌5号表紙600
版画掌誌第5号
オリジナル版画入り美術誌
ときの忘れもの 発行
特集1/ジョナス・メカス
特集2/日和崎尊夫
B4判変形(32.0×26.0cm) シルクスクリーン刷り
A版ーA : 限定15部 価格:120,000円(税別) 
A版ーB : 限定20部 価格:120,000円(税別)
B版 : 限定35部 価格:70,000円(税別)


TAKIGUCHI_3-4『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』図録
2017年10月
ときの忘れもの 発行
92ページ
21.5x15.2cm
テキスト:瀧口修造(再録)、土渕信彦、工藤香澄
デザイン:北澤敏彦
掲載図版:65点
価格:2,500円(税別) *送料250円
*『瀧口修造展 I』及び『瀧口修造展 II』図録も好評発売中です。


安藤忠雄の奇跡安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言
2017年11月
日経アーキテクチュア(編)
B5判、352ページ
価格:2,700円(税別) *送料:250円
亭主もインタビューを受け、1984年の版画制作始末を語りました。
ときの忘れもので扱っています。

国立新美術館で開催中の「安藤忠雄展―挑戦―」は20万人を突破、会期も残り僅かです(12月18日[月]まで)。
展覧会については「植田実のエッセイ」と「光嶋裕介のエッセイ」を、「番頭おだちのオープニング・レポート」と合わせ読みください。
ときの忘れものでは1984年以来の安藤忠雄の版画、ドローイング作品をいつでもご覧になれます。


◆埼玉県立近代美術館の広報紙 ZOCALO の12月-1月号が発行され、次回の企画展「版画の景色 現代版画センターの軌跡」が特集されています。館内で無料配布しているほか、HPからもご覧いただけます。

●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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