<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第61回

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温泉場ではじまり、すっかりおなじみになった足湯である。
お湯のなかに足先を漬ける、とたったそれだけのことがもたらす大きな効果に、いつも驚かされる。
暖かさが体内にじわっと広がるにつれて、肢体のこわばりが解け、たいていのことは許せ認めてしまえるような寛大な気持ちがわきあがる。
足は第二の心臓というけれど、きっと見えないところでたくさん働いているのだ。
その苦労がお湯の力によって一気に解放される。

足湯は室内か足湯場でするのがふつうだが、ここではバケツを外にもってきて、草地の上でおこなっている。足を入れているのは男性で、すねに生えている黒い毛が地面をみっしりと覆っているクローバーのイメージと重なる。もじゃもじゃして複雑。

バケツの横には男の脱いだスニーカーがある。まず右側を脱いで、その足先で左側の踵をおさえながら、もう一方の足を引き抜いたのだろう。左の踵の縁が少しつぶれている。
脱いだ足はすぐにバケツに浸されたのか(裸足だったらそうだ)、それとも靴下を脱いだり、ズボンをまくり上げたりという動作が後につづいただろうか。
ともあれ、靴にとじこめられていた足は、お湯に触れたとたん、バスタブに入れたときとはちがう歓びをあじわったはずだ。それは足だけのために時間が用意された歓喜である。

湯気はたっていないから、徐々に浸していくほど温度は高くなさそうだ。適温のあたたかさのお湯のなかには草の葉や茎が浮いている。これはきっと薬草だ。
体によさそうな匂いだと本能的に直感し、男の顔はくつろいでくる。
眉間に刻まれた縦じわは消え、愁眉が開かれ、目尻はふくわらいの顔のように垂れさがる。

視線を下げた彼は、ふと、バケツのなかに空が映っているのに気づく。円のなかに空と足と草が収まっていて、水のわずかな動きがその影をゆすり、あいまいにする。
周囲に密生するクローバーの葉や花は細かなデザインで、そのかたちが律儀すぎるほどだが、ゆれる影がそれを中和し、足下を見ていた男の視線は、だんだんと高く、遠くなり、足の歓びがその人の歓びとなり、ひとつになって天に昇っていく。

大竹昭子(おおたけあきこ)

■紀成道 Seido KINO
1978年、愛知県生まれ。2005年、京都大学大学院を中退し、写真家を志す。2016年、「フォト・プレミオ」(コニカミノルタ)年度賞受賞。

●写真集のご紹介
上掲の写真作品は、紀成道さんの写真集『Touch the forest, touched by the forest.』に収録されています。
book2736紀成道写真集『Touch the forest, touched by the forest.』
2017年 赤々舎 発行
96ページ 267×208mm
デザイン:中島雄太

森にふれる、心にふれる。
人と森とのかかわりを医療の現場から見つめる、清新なドキュメント。
北海道の、ある精神科病院では、周囲の森を生かした森林療法を取り入れています。人の気配のする明るい森は温もりにあふれ、四季の美しさを湛える空間。
散策路を自由に歩くことで、社会で生きていく力を取り戻していく患者たち。紀成道は、この病院の営みを記録しながら、人間と自然との接続域、当事者と健常者の共存域である、
「ふれあえる森」での出来事を写し出していきます。医療や福祉の現場から、存在と交わりの空間を捉えた貴重なドキュメンタリー。
北海道と京都の森で採集した木の葉を貼り込み、柔らかな布で包み込んだ装丁も世界観を伝えます。(赤々舎HPより転載)

◆埼玉県立近代美術館で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が開催されています。現代版画センターと「ときの忘れもの」についてはコチラをお読みください。
詳細な記録を収録した4分冊からなるカタログはお勧めです。ぜひご購入ください(2,200円)。
会期:2018年1月16日(火)〜3月25日(日)
埼玉チラシAY-O600現代版画センターは会員制による共同版元として1974年〜1985年までの11年間に約80作家、700点のエディションを発表し、全国各地で展覧会、頒布会、オークション、講演会等を開催しました。本展では45作家、約300点の作品と、機関誌等の資料、会場内に設置した三つのスライド画像によりその全軌跡を辿ります。

○<埼玉県立近代美術館「版画の景色 現代版画センターの軌跡」を拝見してきました。
えーっと、みなさま。
「版画の景色 現代版画センターの軌跡」は常軌を逸してます


現代版画センターの記録。と一言でいってしまえません。
膨大な資料と記録と作品群。年譜と地理。文字情報と画像と
新たに収集する関係者の言葉。
うずもれ到着地点どころか今、どこにいるのかさえ
分からなくなるような量の未整理の資料がどんどん集まってくる。
(想像しただけで吐きそう)
物量はその人の許容量を超えると一気に
思考停止になり、苦しみから助かりたさに
あらぬところに到着点・逃避をはかる。
担当学芸員さんの「量」にたじろがない偏執的な笑みと
美術に関わっているもろびとへの愛(とはいえクール)と
匕首(笑)を感じながら
展示空間を、カタログを、堪能しました。

カタログ!
機会があればカタログご覧になって下さい!
この展覧会のきちがいっぷりのハンパなさが
一目瞭然です。(チラシも4種類!
変形三つ折り仏壇開き(そんな言葉無い・笑)の
展覧会タイトルの文字真ん中を切る!)

そして誰に説明しても理解不能だったカタログプランを
デザイナーだけは一発で理解し、面白がってくれた。と。
異脳ってステキ。

(20180120/御殿谷教子さんのfacebookより)>

○<埼玉県立近代美術館「版画の風景 現代版画センターの軌跡」とっても良かったです!!なので図録購入。眺めながら感想つぶやきます。
埼玉県立近代美術館「版画の風景」74年から10年間現代版画の普及に力をつくした現代版画センターを知る。というか現代版画自体に個人的には馴染みがうすいが表現の多彩さに圧倒。解説には〈版画の景色〉を観るとあった。そのことに意識して観ると具象も抽象も版画ならではの景色を感じることができた。
埼玉県立近代美術館「版画の景色」様々な手法で紙を始め支持体に加圧より線や色、形を乗せる。景色として観るとはなんだろう。ふと思いついて陶磁器を観るようにモノのして観てみた。すると一本一本の線や色、描がき、そして描かないことが絵画とは少し違う存在感で迫ってきた。的外れかもだけど・・

(20180128/甘酒さんのtwitterより)>

○<埼玉県立近代美術館で開催中の「現代版画センターの軌跡」展に、35年前の私の版画リトグラフも展示されているようです。当時の「現代版画センター」の、現実の世の中に作品や版画を撃ちはなっていくような活動方針に興味を抱いて、版画を発表してまもなく自分の作品を持ってアポなしで売り込みに行きました。それからしばらくして、エディション出すことになりました。その昔やっとのことで部数をなんとか自身で刷り上げて渡した記憶があります。
(20180124/藤江民さんのfacebookより)>

○<北浦和公園はとっても寒かったです...。埼玉近美で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」を見ました。こういう切り口の展覧会は今まで見たことがないですね。
展覧会は版画展ではありますが、「現代版画センター」という一企業が、版元となり、イベントの企画者になり、機関誌を発行することまでを含めた美術の運動体となり、渦のように美術家とコレクターとを巻き込んでいった活動を検証するというものでした。1974年〜85年という時代を強く感じる展示でもあります。
作品も、いわゆる版画家だけでなく、関根伸夫から山口勝弘、磯崎新からジョナス・メカスと多岐に渡ります(このあたりの版画はほとんど初見)。宮脇愛子の版画もなかなか良いです。アンディ・ウォーホルにオリジナルの版画制作を依頼し展覧会を開いたというのもすごいことですね。
活動は、版画というメディアゆえに膨大で、その資料をまとめた展覧会カタログも見ものです。[A] テキスト・ブック、[B]ビジュアル・ブック、 [C]アトラス、 [D]ケースと、構成されています(そう但し書きがされているわけです)。このカタログは梅津氏の担当箇所。

(20180129/中根 秀夫さんのfacebookより)>

○<埼玉県立近代美術館にゆき「版画の景色」現代版画センターの軌跡を観る。ある意味、懐かしくしかし運動体としての活動として見るべきであり、全体像が見られたことで、あらためて活動の意味を知ることができた。最初にかった美術作品は島州一だった。次は一原有徳。2人とも今回の展示作家である。
(20180128/中村惠一さんのfacebookより)>

○<版画の景色 それは版画を景色として捉えるという試みなのだろう。版画に接する感覚は常に紙の質感、インクの厚み、色彩の干渉、版の存在といった複雑な要素を介して受容するそれは景色を捉える感覚にも重なる。そういうことなのだろう。展示は景色を巡るような重層的な構成。学芸に同郷の同級生であった方がおられ、アポもなく受付で尋ねるも残念ながら本日お休みとのこと。まあ、11月の盛岡での個展でお会いしたので。展キャプションや映像資料には、盛岡大曲という文字が頻繁に出てくる。それは現代版画センターの仕事が東北の岩手においても直接的に浸透していたことを意味するわけで、岩手において優れた最前線の版画作品をリアルタイムで観られたことは恵まれていたと改めて感じる。今以上に企画画廊があった盛岡だが、現代版画センターの名前をちょくちょく耳にしたのはMORIOKA第一画廊であって知らず知らずに日本のそして世界の優れた作家に触れられたことは、この地で美術をやっていこうという確信に近いものを与えてくれた気がする。少なからず現在の自分の制作に影響を与えたあの頃の”時間”を版画の中に探して歩いた。
(20180120/長谷川 誠さんのfacebookより)>

○<昼食後、埼玉県立近代美術館にて、「版画の景色展」を、鑑賞しました。アンディー・ウォーホルさんの作品も、鑑賞することができて、たいへん面白い展示会でした。ありがとうございます。
(20180128/tadataka‏さんのtwitterより )>

西岡文彦さんの連載エッセイ「現代版画センターという景色が始まりました(1月24日、2月14日、3月14日の全3回の予定です)。草創期の現代版画センターに参加された西岡さんが3月18日14時半〜トークイベント「ウォーホルの版画ができるまでーー現代版画センターの軌跡」に講師として登壇されます。

光嶋裕介さんのエッセイ「身近な芸術としての版画について(1月28日ブログ)

荒井由泰さんのエッセイ「版画の景色―現代版画センターの軌跡展を見て(1月31日ブログ)

○埼玉県立近代美術館の広報誌 ソカロ87号では1983年のウォーホル全国展が紹介されています。

○同じく、同館の広報誌ソカロ88号には栗原敦さん(実践女子大学名誉教授)の特別寄稿「現代版画センター運動の傍らでー運動のはるかな精神について」が掲載されています。

現代版画センターエディションNo.アンディ・601 アンディ・ウォーホル「KIKU 1」
現代版画センターのエディション作品を展覧会が終了する3月25日まで毎日ご紹介します。
アンディ・ウォーホル
601_アンディ・ウォーホル《KIKU 1》アンディ・ウォーホル
《KIKU 1》 1983年
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
Image size: 50.0×66.0cm
Sheet size: 56.5×76.4cm
Ed.300  サインあり

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◆ときの忘れものは「ハ・ミョンウン展」を開催します。
会期=2018年2月9日[金]―2月24日[土] ※日・月・祝日休廊
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ロイ・リキテンスタイン、アンディ・ウォーホルなど誰もが知っている20世紀を代表するポップアートを、再解釈・再構築して自らの作品に昇華させるハ・ミョンウン。近年ではアジア最大のアートフェア「KIAF」に出品するなど活動の場を広げ、今後の活躍が期待される韓国の若手作家です。
ときの忘れものでは2回目となる個展ですが、新作など15点を展示します。 ハ・ミョンウンは会期中数日間、日本に滞在する予定です。
●オープニングのご案内
2月9日(金)17時から、来日するハ・ミョンウンさんを囲んでオープニングを開催します(予約不要)。皆さまお誘いあわせの上、是非ご参加ください。

◆国立近現代建築資料館で2月4日[日]まで「紙の上の建築 日本の建築ドローイング1970s-1990s」展が開催されています。磯崎新安藤忠雄らの版画作品も出品されています。
展覧会については戸田穣さんのエッセイをお読みください。

●日経アーキテクチュアから『安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言』が刊行されました。
亭主もインタビューを受け、1984年の版画制作始末を語りました。日経アーキテクチュア編集長のコラム<建築家・安藤忠雄氏の言葉の力:第3回>で、出江寛先生、石山修武先生の次に紹介されていますので、お読みください。

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。
 ・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」は毎月19日の更新です。
 ・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・新連載・西岡文彦のエッセイ「現代版画センターの景色」は全三回、1月24日、2月14日、3月14日に掲載します。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・関根伸夫のエッセイ「〈発想〉について[再録]」は終了しました。
 ・倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は終了しました。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は終了しました。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は終了しました。
 ・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は終了しました。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は終了しました。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は終了しました。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は終了しました。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました(時々番外編あり)。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
20170707_abe06新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。18〜24頁にときの忘れものが特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。