<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第65回

01_1500
(画像をクリックすると拡大します)

三人の女性が道を歩いている。年格好はおなじくらい。うちふたりは荷物をもっている。鞄でなくて風呂敷包みだ。三番目の人はショルダーバックかとも思ったが、風呂敷に包んだものを肩に斜め掛けしているようだ。胸のあたりに結び目らしきものが見える。先頭の人も写ってないだけで風呂敷包みを持っているかもしれない。

三人は連れ立って村の婦人会にでもいくような雰囲気で歩いている。みな顔をほころばせていて、二番目の人など笑いで破顔し、その勢いで髪が後ろになびいている。写真家がなにかおもしろいことを言ったのだろうか。そうではないだろう。カメラを向けたらいきなり笑ったのだ。写真に撮られることの滑稽さと晴れがましさ。そこに恥ずかしさが入り交じってこんな表情になってしまった。

前の二人は歯を見せて笑っている。とくに先頭の女性の歯が二番目の人以上に目を引くのは出っ歯だからだろう。上下の前歯がすべて歯茎も含めてあからさまだ。馬みたいで、まわりからもよく、あんたは馬みたいに笑う、とからかわれる。恥ずかしいとは思うけれど、笑うと忘れてしまって、開いてから気づくのだ。

口を開けて笑えるのは無邪気な証拠である。子供はみんなそうだ。でも大人になって恥じらいを意識すると手で口を覆うようになる。ティーンエイジャーのしぐさを思いだせばわかるだろう。もしやこのような場面で彼女たちにシャッターを切ったら、口元に手をやって隠すにちがいないのだ。

いや、それは現代社会が広めたしぐさであり、モノを運ぶのに風呂敷を使っていたこの頃はどの世代も大口を開けていた可能性がある。人前で口を隠すという価値観はまだ浸透してなくて、笑うときは老いも若きもためらいなく口を開けっぴろげだったのだ。

その証拠に、むかしの写真を見ると人は大口を開いて笑っている。奥歯も金歯も喉ちんこも見えるほど全開にするのに少しもためらいがない。笑うことは身を開くことであり、喉が広がって空気が入り、気持ちがほころび寛容になる。それが笑いの意義なのだ。現代ではそうなるには少しお酒が必要かもしれない。酔えば口をふさぐなんて面倒なことはだれもしなくなる。カバのように口を開けて笑える。

彼女たちのまわりの景色には奇妙な重さが漂う。黒い雲、藁葺き屋根のライン、上からつんつんと伸びている茅、草の密集する庭などが、密度の濃い重い空気をつれてくる。三人の表情が屈託なく天衣無縫なためにその感じがより強まっているようだ。見ているうちに、自分の先祖を遡っていくとこのうちのだれかに行き当たるような寂しい懐かしさが足下からわきあがってきた。藁葺き屋根の軒下には「1948」という数字がさがっている。何を意味しているのだろう。写真のなかの唯一の抽象記号であるその文字が気がかりで惹かれる。

大竹昭子(おおたけあきこ)

■内藤正敏 Masatoshi NAITO
1938年東京都生まれ。大学時代、化学を専攻後、フリーの写真家になり、初期は宇宙・生命をテーマとした「SF写真」に取り組んだ。25歳で即身仏に出会ったことをきっかけに、羽黒山伏の入峰修行に入る。写真集『婆 東北の民間信仰』(79年)、『出羽三山と修験』(82年)、『遠野物語』(83年)、『東京 都市の闇を幻視する』(85年)などを発表。多数の研究書・論文を発表する民俗学者でもある。元・東北芸術工科大学大学院教授、東北文化研究センター研究員。

●展覧会のご紹介
東京都写真美術館で「内藤正敏 異界出現」が開催されています。

「内藤正敏 異界出現」
会期:2018年5月12日[土]〜7月16日[月・祝]
会場:東京都写真美術館
時間:10:00〜18:00(木・金曜は20:00まで)※入館は閉館時間の30分前まで
休館:月曜(ただし、7月16日は開館)

このたび東京都写真美術館は、「内藤正敏 異界出現」展を開催します。本展は異色の写真家・内藤正敏の50年を超える軌跡をたどりご紹介します。作家は60年代の初期作品において、化学反応で生まれる現象を接写して生命の起源や宇宙の生成の姿を捉えました。その後、山形県・湯殿山麓での即身仏との出会いをきっかけに、60年代後半から80年代にかけて、主に東北地方で民間信仰の現場に取材した〈婆バクハツ!〉〈遠野物語〉など刺激的な写真シリーズを次々と発表しました。また作家は自らの写真に触発された民俗学研究も手がけ、東北と江戸・東京、科学と宗教といった異質なテーマを交差させ、日本文化の隠された思想体系を発見する研究論文をこれまでに多数発表してきました。90年代以降は、そうした研究と自身の想像力を融合させ、修験道の霊山における空間思想を解読するシリーズ〈神々の異界〉を手がけています。
「モノの本質を幻視できる呪具」である写真と、見えない世界を視るための「もう一つのカメラ」である民俗学を手段として、現世の向こう側に幻のように浮かび上がる「異界」を発見する人、内藤正敏。そのヴィジョンは、今日の私たちに大きな戦慄と深い洞察を与えてくれるはずです。本展は主な写真シリーズを通して、その50年を超える足跡をたどるとともに、その表現に通底する独自の世界観、生命観をとらえていきます。(東京都写真美術館HPより転載)

●写真集のご紹介
上掲の写真作品は、内藤正敏さんの写真集『遠野物語』に収録されています。
『遠野物語』
1983年
春秋社 発行
151ページ
29.3x22.0cm
ブックデザイン:後藤一之
構成:長谷川明
目次:
・写真
 生者の章
 死者の章
 神々の章
・文
 <遠野物語>別考 吉本隆明
 遠野物語ノート 内藤正敏
 闇のアジールの住人たち
 死者の肖像画
 異形の神々と隠し念仏
・あとがき

◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12