小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第26回

李岳凌『Raw Soul』

01(図1)
『Raw Soul』(赤々舎、2018年)表紙


今回紹介するのは、台湾を拠点に活動する写真家、李岳凌(Lee Yehli/リー・ユエリン、1976-)の第1作目の写真集『Raw Soul』 です。この写真集は、2011年から2017年にかけて、主に彼の生活する台北周辺の地域で撮影された写真により構成されています。
写真集の表紙は、藍色の地の色に、写真に捉えられた発光するオレンジ色の光線が映えて、表紙全体がマジックアワーと呼ばれる限られた時間帯の光景のようにも見えます。「Raw Soul」の「Raw」とは「生の」とか「皮の剥けた、ヒリヒリする」といった意味を持ちます。「剥き出しになった生の魂」という、内側から湧き上がってくる鮮鋭な身体感覚から導き出された言葉と、明暗の狭間にある世界を捉えた写真が相互に共鳴することが、示唆されているようです。表紙の写真をよく見てみると、画面の左側には木の幹の表面が捉えられているようにも見えますが、散らばる白い断片のようなものや、うねりのように広がる青緑がかった色面が何であるのか、また画面の奥行や広がりも定かではありません。李岳凌自身もその場では何を撮っているのかは判らず、撮った後に写真を見返して、写っているものに惹き込まれていったのではないでしょうか。写真を撮る際に、目の前の光景に具体的な何かを把握し、判断して画面の中におさめるというよりも、その場での直感的な反応としてシャッターを切った結果が画面に定着されていること、そのことが「Raw」という状態を指しているようにも思われます。
写真集の後書きの中で、李は次のように綴っています。「自分の故郷である台湾の土地なのに、疎い感じがするかもしれない。気がつけばいつも日暮れの時間に、カメラを手にして都市の周辺を徘徊する自分がいた。具体的に何を撮るのかはわからないが、抑圧された状況での生命力、そして人や光景の奥に潜んでいるある種の精神の強さにいつも惹かれている」李がここで言う「生命力」や「精神の強さ」は、タイトルの「Raw Soul」という言葉に集約されますが、彼は「魂・精神」を動植物のような生命体や、人間という個別の存在の中に宿るものとして捉えるとよりも、彼がみをおく時空の中で同時に起きるさまざまな現象に、より高次な抽象的なレベルで反応し、捉えようとしているようです。つまり、李岳凌の写真に対するアプローチの仕方は、周辺の現象に反応するような態度の中でも、音がに注意を向け、音の反響や、音の微細な入り混じり方に耳をすます、聴覚的な反応に根ざしているとも言えます。このことは、彼が写真に取り組む以前にサウンドアートに関心を持ち、作品制作を手がけ、音を聴くことを通して自分自身に向き合う方法を模索していたこととも密接に結びついています。李の写真には、対象を間近に捉えたものも含まれていますが、撮るべき対象を探し求めてフォーカスを定めるという視覚に絶対的な優位性を置く態度ではなく、より融合的な知覚の働きに裏づけられているように思われます。彼はこの知覚の働きのことを「「聞く」感覚を「見る」ことに伸ばしていくこと」と言い表しています。
このような「「聞く」感覚を「見る」ことに伸ばしていく」アプローチの仕方は、個々の写真の撮り方だけではなく、写真集の中での写真の選び方やシークエンス、写真展の構成の仕方にも反映されているように思われます。

02 (2)(図2)
『Raw Soul』展 (地点 アンダースロー、京都 2018年3月)


地点×赤々舎 連続企画展『About the photographs, About us,Asia』の中で開催された『Raw Soul』展では、写真は天井から吊るされ、写真の面と面が向き合い、鏡面のように反射する金属板も所々に挟まれることによって、写真同士が相互に重なりあって、反響するような効果が作り出されていました。写真の中に捉えられた、台北の市街地周辺の日暮れの時間を照らし出す人口照明の独特の色合いは、写真同士が乱反射することでより一層強められていました。

02(図3)


53(図4)


45-_DSF2506(図5)


写真集(ここで写真集全体のプレビューをることができます)では、写真の間に十分な空間を置きつつ、ストーリーとしての流れを作ることは念頭におかれていないものの、ページを繰り返し捲りながら写真を眺めていると、写真の間に、写真と写真との間に何らかの具体的な関係が示されてはいないものの、ある写真に内包されている感覚が、別の写真の中で姿を変えて宿っているかのようにも見えてきます。このような写真同士の関係は、皮膜を介して内的な世界と外的な世界が相互に共鳴するような感覚と言い表しても良いかもしれません。たとえば、写真集の冒頭に現れる、妊婦のはちきれそうな腹部とその表面を掴むような手を捉えた写真(図3)は、お腹の中に宿る胎児の胎動や鼓動の音を触知することができるかのような近さを印象づけます。(図4)では、花柄の幕のような表面の上に、反射像とも透過像とも見分けのつかない人物のシルエットのような像が写し込まれており、(図3)とはアプローチとしては対照的ですが、存在が放つ微細な気配やそこから発せられる音の響きに対する反応の仕方と距離感のあり方を見て取ることができます。写真集を通して見ると、光景の中に現れるさまざまな皮膜として、鏡面やガラス面のような、透過や反射のような現象を発生させるものが所々に効果的に挟まれています。(図5)は、壁面に円形にくり抜かれた窓枠とその奥につづく階段を捉えており、画面の左側の鏡像とあいまって、異次元へと続くような奥行きが画面の中に定着されています。「「聞く」感覚を「見る」ことに伸ばしていく」李岳凌の繊細で鋭い感覚は、日常の時空から不可視の領域を掬い上げ、視線を画面の奥へ奥へと誘うような世界を現出させています。
こばやし みか

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。

●今日のお勧め作品は、普後均です。作家については飯沢耕太郎「日本の写真家たち」第9回をご覧ください。
20180525_bodybar4普後均
《〈肉体と鉄棒〉より 4》
2014年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆ときの忘れものは「ボブ・ウィロビー写真展〜オードリー&マリリン 」を開催しています。
会期:2018年4月10日[火]―4月28日[土]
11:00-19:00  ※日・月・祝日休廊

数々のスターが主演するハリウッド映画のメイキング・シーンを撮影してきた「スペシャル」フォトグラファー、ボブ・ウィロビーが1950-60年代に撮影したオードリー・ヘップバーンとマリリン・モンローのポートレートをご覧いただきます。詳しい出品リスト(25点)はホームページに掲載しました。
また10万冊を所蔵する雑誌図書館六月社の協力を得て、映画専門誌以外のオードリー・ヘプバーンとマリリン・モンローのゴシップ記事などを掲載した30年ほど前の雑誌60種類を図書室で公開しています。ぜひ手にとってご覧になってください。
201804_willoughby

●出品作品を順次ご紹介いたします
13_BWP122-Audrey-with-Dean-ボブ・ウィロビー
《Hepburn, Audrey, 1953
Audrey Hepburn sits between Dean Martin and Jerry Lewis, 1953》(BWP122)

1953(Printed in 2018)
Archival Digital Pigment Print
Image size: 32.0×45.6cm
Sheet size: 40.6×50.8cm
Ed.25
クリストファー・ウィロビーによるスタンプとサインあり

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12