ギャラリー  ときの忘れもの

001_外観1
このブログ上の図版、写真、文章等のすべてについて無断転載・無断引用を禁止します。

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第28回

Carmen Winant『My Birth』

01(図1)
「Being: New Photography 2018」展
「My Birth」インスタレーション
ニューヨーク近代美術館


02(図2)
「My Birth」(部分)


今回紹介するのは、アメリカの芸術家カーメン・ワイナント(Carmen Winant, 1983-)の『My Birth(私の出産(誕生))』(2018)です。この作品は、現在ニューヨーク近代美術館で開催されている展覧会「Being: New Photography 2018」(会期2018年8月18日まで)の中で、インスタレーションとして公開されている作品(図1)をもとに構成されています。この展覧会は、人間という存在を写真がどのように捉え得るのかということをテーマに、アメリカ国内外のさまざまな作家(主に、30代から40代前半の若手の作家)が出展しています。
ワイナントは、「My Birth」の着想を、第一子を出産し、その後さらに第二子を妊娠した経験から得ました。出産がその当事にとって「言葉には言い表すことのできないほど大きな経験」と位置づけられていて、産みの苦しみや痛み、その後の喜びや感動は主観的な言葉で語られるのに対して、それ以外の方法で言い表す言葉、表現する手段がほとんど存在しないのは何故だろうか、出産を主観的、個人的な経験としてだけではなくより広い社会的な営みの中に位置づけて表現したいという考えが、写真のコラージュという方法に結びついたのです。確かに、妊娠・出産ほど、当事者(妊産婦)と当事者以外の間で、大きく見方や関心の持ち方に違いがあらわれる事象も少なく、それゆえにその過程や身体感覚を、個人的な立場以外から言明し難いというのは事実です。そのことを踏まえた上で、出産を捉えた写真を蒐集、分析、編纂することで、女性の身体に対する見方を再検証したい、とワイナントは考えたのではないでしょうか。

ワイナントは、数年間かけてパンフレットや雑誌、書籍、個人的な写真(助産師や妊産婦から提供を受けたもの)などから蒐集した出産にまつわるよそ2000点の写真(臨月期から、分娩、出産直後の授乳までも含む)を、展示室をつなぐ幅およそ6メートル通路の壁に、作業用の青い粘着テープで壁を埋め尽くすように貼っています(図2)。展示に使用された写真は白黒写真とカラー写真が入り混じり、妊産婦の外見や周辺に配置された医療器具や室内の状況から、1960年代以降に撮影されたものと推察されます。印刷物として発表された分脈や付随する文章などの情報などが削がれ、匿名性を高めた状態で断片として展示されているために、妊娠や出産という極めて私的な経験の局面を捉えた写真でありながら、個人性や主観性が削り取られ、鑑賞者は無数に繰り返される妊娠と出産という現象そのものを捉えた写真の集積に対峙することになります。
妊産婦の身体と、胎内から新生児が出てくる瞬間を捉えた写真が壁を埋め尽くすインスタレーションは、展覧会全体の中でもとくに迫力のある作品として話題になり、鑑賞した多くの人たちがインスタレーションの一部を撮影した写真をSNSで公開しています

03(図3)


写真集の表紙(図3)は、展示の壁面の一部を再現するように(設営に用いられた青いテープはほとんど使用されていない)構成されたポスターサイズの紙が写真集を包むようなデザインになっていて、その紙の裏面と写真集の冒頭には出産した女性に、出産の時の状況を具体的に、事細かに問いかける50余りの質問が印刷されています(喉が乾いたか?多幸感を感じたか?目を開けることはできたか?分娩時に脱糞したか?近くで他の女性が分娩している音を聞いたか?などなど)。写真集では、インスタレーションのようにランダムに写真が貼り付けられるのではなく、妊娠の段階(およそ7か月頃から臨月頃)から、陣痛、分娩、出産後の授乳にいたるまでの時系列に沿ってページに貼り込まれています。見開きでは、同じような段階にある写真が選ばれて組み合わせられていて、写真同士が共鳴し、陣痛から分娩へといたる過程が、個別の経験を超えた、大きなうねりを伴う現象のように立ち現れてきます。(図4、5、6、7)

04(図4)
写真集『My Birth』より
陣痛中の妊婦


05(図5)写真集『My Birth』より
陣痛中の妊婦


06(図6)写真集『My Birth』より
硬膜外麻酔などの処置を受ける場面


07(図7)写真集『My Birth』より
分娩直後 臍帯を切る瞬間


個別の写真からは、さまざまな女性たちが出産を経る中で痛みに耐えて顔を歪める表情や、自宅出産で配偶者や助産師が介助する様子や妊産婦のさまざまな姿勢、医療機関での処置、子宮口が開いて膣から赤ん坊の頭が母胎から出てくる様子など、出産過程の詳細を仔細に見て取ることができます。写真を撮った人たちが、どのような立場としてーー配偶者、家族、助産師のような介助者、産科医などーー出産を見つめているのかということを写真から判断することはできませんが、一連の写真のシークエンスは、出産の場面に擬似的に立ち会って観察しているような感覚を読者にもたらします。写真集は、新生児を胸に抱き、乳房をふくませる母子の写真群で締めくくられますが、その直前には、分娩時に胎内から出てきた胎盤を捉えた写真が10点余り(中には、ページ全体を覆う大きな図版もある)掲載されています。このように胎盤を即物的に提示することは、出産を個人的な経験として主観的な視線から捉えて描き出すのではなく、生命活動、生殖という現象の一部として位置づける表現を追求するワイナントの姿勢の表れともいえるでしょう。

08(図8)
写真集『My Birth』より
胎盤を差し出して見せる医療者の手


こばやし みか

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。

●本日のお勧め作品は、植田正治です。
作家については、飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」第4回をご覧ください。
20180210_02植田正治《無題》
1977  Type-Cプリント, 木製パネル
27.0×40.0cm
『植田正治作品集』(2016年、河出書房新社)P132参照
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


●小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

コメント

コメントフォーム
評価する
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット