「『悪』のコルビュジエ」連載を終えて

倉方俊輔


これはとんでも無いことを引き受けたと感じたのは、2016年夏に光嶋裕介さんからお声がけいただいて、ル・コルビュジエに関する連載を受け、この期に未見の作品も訪れようと企てた秋のヨーロッパ旅行の最中だった。
だいぶ以前に、どなたかは忘れてしまったが、建築家はどれだけ後世に論文を産み出させたかに価値がある。コルビュジエを扱った論文は近ごろ多産で、アカデミックなポストを多くの人に与えているといった少し皮肉が入った文章を書かれていた記憶があって、それから数十年が経過した今回の旅行で、作品ごとに1冊、多いものでは2、3冊の書籍が刊行されているというコルビュジエ研究の一大蓄積を目にし、これは叶わないなあと改めて感じた。私も専門研究者なので、オリジナルの史料や作品を深く読み込まない文章が、どれだけ切ないものかは知っているつもりだ。切ないというのは、一見すると魅力的だが、スカスカで、そのスカスカさが時間が経つにつれ外面をも侵食して、見るに耐えないものになるから。
困った、困った。
連載では、2016年に世界文化遺産となった17のコルビュジエ作品のうち、過去に私が見たものと先の旅行の見学対象を合わせて12作品を扱うことにした。国内の作品でなじみが深い国立西洋美術館を1月号に掲載し、以後は竣工年の順に取り上げる。光嶋さんのドローイングが雑誌『建築ジャーナル』の表紙を飾る。私の文章は同誌の中に見開きで掲載される。同じ毎月1作品に光を当てながら、光嶋さんと私の仕事は同時に進めよう。光嶋さんのドローイングは、文章に添えるイラストではない。私の文章も、単なる描写対象の解説文ではない。だから並行して、自然に絡み合うに違いない。プロジェクトの概略は気心が知れた光嶋さんとなので、さっと決まった。
「『悪』のコルビュジエ」というタイトルも、ふとした拍子に降ってきた。本当に建築の世界は「善」ばかり。特に建築家の言葉はそうかもしれない。社会的な存在であるし、仕事を頼まれないと仕事が始まらない。クライアントを獲得するためには分かりやすく、良く、当時の時流に乗った言葉を吐かないといけないからだろうか。そうである。自分のやっていることが「悪」だなんて言ったら、クライアントに不誠実だろう。金を出したのはクライアントであって、あなたの作品ではないのだ。絵画や音楽などと勘違いしてはダメ。所員さん、大工さん、みんなで力を合わせて生まれたものである・・それはそうだが、だったら「建築家」は要るのか? 少なくとも近代のそれは、とてもエゴ(自我)イスティックな存在ではないのか。昨今のモダニズム評価の傾向のように、その前提を抜きに、近代の建築や建築家が良い物語の退屈さに懐柔されてしまっては、彼らが生み出した必要のなかった軋轢の意味が無いではないか。
そんなエゴの近代を乗り越える、なんて言葉が近年の「善」だが、簡単ではないだろう。必要なのかも怪しい。疑ったほうがいい。私たちが前進できるとしたら、「悪」の中にある価値を見出そうとすることからではないか。本人も悪い気が無かったりするし、大建築家ともなると全身建築家だから、見た目も口ぶりも紳士そのものだ。建築家の「善」に騙されないほうがいい。それは楽だけど。いい人にもなれるけど。
「『悪のコルビュジエ』というのは面白いですね。タイトルがいい」と先日、日本建築協会創設100周年の記念シンポジウムでご一緒した槇文彦さんが、控え時間に二人きりでしゃべっている時に微笑まれたので、驚いて尋ねると、富永譲さんが教えてくれたとのことで、コルビュジエに実際にお会いした建築家と、数十年来の誠実な研究・実践者である建築家の寛容さに恐縮するばかりだった。

そんな連載を終えることができたのは、なぜか。毎回、困った挙句、書き始めると文章ができてしまっていたのは、珍しい経験だった。おそらく、使えるものがないのが理由の一つ。事実にしても論理にしても、それだけで自明に新規であったり、社会の中で何かの役割を果たす正統性を有していないのだ。ゼロから書くしかないから、書いているうちに生まれる。波をせき止めない書き方は、このところの私が封印してきたものだった。
「悪」というタイトルも大きいだろう。「悪」なんだから、と開き直って、分かりやすい善悪の構図などに収めなくても良かったのが、二つめの理由。
昔の文章が好きだ。手で原稿を書いていた時代の文章が。ワープロ(後にパソコン)と異なり、いちいち消したり、位置を変えたりするのが手書きは面倒である。すでに文字として表してしまったものから、言葉を続けることになる。理屈を後付ける。流れの辻褄を合わせる。読者にとってはそれがリズムとなり、単語や構成の伏線が生まれ、単純に要約できたり、データとロジックとに還元できるものにならない。文章とは死んだものではない。ライブなのだ。昔の文章は、そんなものだったから今見ると長い。現在ならYoutubeのようなものだ。そんな文章の最後の書き手を建築界で挙げれば、藤森照信さんだと思う。世代が少し上だけど、現役の方で言えば、あと植田実さん。大好きだ。
私の初めての単著『吉阪隆正とル・コルビュジエ』(王国社、2005年)がそんな文章の実験でもあったのを今、思い出した。中学校からワープロを使っているので手書き能力を喪失した自分としては徹底的にコピーペーストで推敲して、エピゴーネン嫌いとしては誰かの文章に似ないように努めた12年前の経験が、期せずしてコルビュジエというテーマでつながった。
綿貫さんが「最終回の弁または連載を終えて」を書いてくださいとおっしゃって、何も思い浮かばずに書き始めたら意外に長くなった。「ときの忘れ物」だからだ。これが連載が誕生した第三の理由でもあるだろう。磯崎新さんの「悪」が大好きなのだが‐それが無いエピゴーネンが好きではないのだが‐、住まい学体系第100巻『栖すみか十二』(住まいの図書館出版局、1999年)は、肉体で書いた文章の最たるものと昔から認識していた。その立役者から画文集を依頼されたのだから、と言い訳にして、自分の枠を取り去れたのだと思う。

『悪』のコルビュジエ 連載12回の目次
表紙_600
・第1回 建築家の欲望 国立西洋美術館

表紙2月
・第2回 罪作りな延命 ラ・ロッシュ・ジャンヌレ邸

表紙
・第3回 答えない男 ペサックの集合住宅

表紙
・第4回 明白な夏 ヴァイセンホフ・ジードルングの住宅

表紙
・第5回 一つのピリオド サヴォア邸

表紙
・第6回 透明な砦 ナンジュセール・エ・コリ通りのアパート(ポルト・モリトーの集合住宅)

表紙
・第7回 停泊させられた船 イムーブル・クラルテ

表紙
・第8回 時代からの出航 マルセイユのユニテ・ダビタシオン

表紙
・第9回 孤立するモダン ロンシャン礼拝堂

表紙
・第10回 歳月の手触り ラ・トゥーレットの修道院

表紙
・第11回 投げ出された自由 チャンディーガルのキャピトル・コンプレックス

表紙
・第12回 浮遊する永遠 フィルミニの文化と青少年の家

■倉方俊輔 Shunsuke KURAKATA
建築史家。大阪市立大学大学院工学研究科准教授。1971年東京都生まれ。著書に『東京レトロ建築さんぽ』『ドコノモン』『吉阪隆正とル・コルビュジエ』、編著に『吉祥寺ハモニカ横丁のつくり方』ほか。
生きた建築ミュージアム大阪実行委員会委員

●BSフジで毎週火曜 に放映される「ブレイク前夜〜次世代の芸術家たち〜」に光嶋裕介さんが紹介され、ユーチューブでも見ることができます。


◆埼玉県立近代美術館で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が始まりました。
現代版画センターと「ときの忘れもの」についてはコチラをお読みください。
会期:2018年1月16日(火)〜3月25日(日)
埼玉チラシAY-O600現代版画センターは会員制による共同版元として1974〜85年までの11年間に約80作家、700点のエディションを発表し、全国各地で展覧会、頒布会、オークション、講演会等を開催しました。本展では45作家、約300点の作品と、機関誌等の資料、会場内に設置した三つのスライド画像によりその全軌跡を辿ります。同館の広報誌もお読みください。

○<「版画の景色 現代版画センターの軌跡」堂々オープンしました!
そうそうたる作家陣45名による約280点の作品・資料の展示。
大展示室、順路はありません。現代版画センターが提唱した作品との自由な出逢いをお楽しみください。

(20180116/埼玉県立近代美術館さんのtwitterより)

○<1月16日(火)〜3月25日(日)に埼玉県立美術館で開催される『版画の景色ー現代版画センターの軌跡』展に、ぼくの最初期の版画3点が展示されます。
「現代版画センター」は、1974年に綿貫不二夫さん(現・ときの忘れもの主宰)が立ち上げた、版画の普及とコレクターの育成を目指した運動体で、惜しくも1985年に倒産するまでの10年間に多くのアーティストに版画制作の機会を提供しました。
ぼくは1982年に「美学校」のシルクスクリーン工房による「プリントシンポジウム」という公開制作の場に呼ばれて、初めての版画を制作しましたが、そのときの版元が「現代版画センター」でした。その間の経緯などを、同展カタログでアンケートに答える形で執筆しています。

(20180104/堀浩哉さんのメルマガより)

○<埼玉近美、今日から始まった「版画の景色/現代版画センターの軌跡」展に出掛けてきた。たっぷり3時間の満足感。資料コーナーが閲覧しづらいのが難点。大展示場に順路表示がないが、自由に鑑賞してくださいの看板があれば、なお親切。欲しい作家の作品が満杯。中でも関根伸夫さんの版画に興味津々。  
埼玉近美「版画の景色/現代版画センターの軌跡」展の図録。オノサトトシノブ、菅井汲、元永定正、堀内正和、大沢昌助の当時のオリジナル版画が封入された特装版が破格との情報だったが、5人の作品が1点封入という形だった。5作品各10部ずつの限定50冊。私は、迷った挙げ句、元永定正を選択。

(20180116/ouro1008さんのtwitterより)

○<埼近美の現代版画センター展の初日に行けた。
カラフル、抽象、前衛、写実、、、
アートの超豪華フルコースって感じでした。。ほんと良い。これで1000円は安い、安すぎる。。
あと2回は行きたいなぁ。
展示を観たらアンディウォーホル好きになっちゃった

(20180116/もしゆかさんのtwitterより)

現代版画センターエディション番外 オノサト・トシノブ「GHC1(黄)」
現代版画センターのエディション作品を展覧会が終了する3月25日まで毎日ご紹介します。
オノサト・トシノブ_GHC1
1974年度入会プレミアム作品 オノサト・トシノブ「GHC1(黄)」
1974年  シルクスクリーン(刷り:岡部徳三) 10×10cm
Ed.1500 スタンプサイン
*レゾネ(『ONOSATO オノサト・トシノブ版画目録 1958-1989』ART SPACE 1989年刊)94番
現代版画センターのエディションNo.1は1月16日に紹介した靉嘔「I love you」ですが、実質的に最初に制作したのはオノサト・トシノブの入会プレミアム2点でした(もう一点は明日ご紹介します。
創立の1974年度から1980年度まで、毎年会員にはラージエディションによる「入会プレミアム作品」を送っていました。7年間、毎年二種類、計7作家(オノサト・トシノブ、木村茂、菅井汲、堀内正和、日和崎尊夫、元永定正、大沢昌助)の14作品が制作されました。エディション番号はついておらず、すべて番外作品です。
パンフレット_05

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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆国立近現代建築資料館で2月4日[日]まで「紙の上の建築 日本の建築ドローイング1970s-1990s」展が開催中。磯崎新、安藤忠雄らの作品が出品されています。展覧会については戸田穣さんのエッセイをお読みください。
磯崎新「還元LECTURE HALL-2 」磯崎新
「LECTURE HALL-II」
1982年
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
イメージサイズ:55.0x55.0cm
シートサイズ:90.0x63.0cm
Ed.75  サインあり
*現代版画センターエディション

ギャラリートーク「建築版画の世界」のご案内
植田実(住まいの図書館出版局編集長)× 石田了一(石田版画工房)× 綿貫不二夫(ときの忘れものディレクター)
司会:日埜直彦
日時:1月27日(土曜日)14時から
場所:文化庁国立近現代建築資料館
住所:〒113-8553 東京都文京区湯島4-6-15
入場方法:旧岩崎邸庭園からの入館となりますので、入園料400円(一般)が必要となります。

●日経アーキテクチュアから『安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言』が刊行されました。
亭主もインタビューを受け、1984年の版画制作始末を語りました。日経アーキテクチュア編集長のコラム<建築家・安藤忠雄氏の言葉の力:第3回>で、出江寛先生、石山修武先生の次に紹介されていますので、お読みください。

◆ときの忘れものは「Arata ISOZAKI × Shiro KURAMATA: In the ruins」を開催しています。
会期=2018年1月9日[火]―1月27日[木] ※日・月・祝日休廊
磯崎新のポスト・モダン(モダニズム)ムーブメント最盛期の代表作「つくばセンタービル」(1983年)に焦点を当て、磯崎の版画作品〈TSUKUBA〉や旧・筑波第一ホテルで使用されていた倉俣史朗デザインの家具をご覧いただきます。他にも倉俣史朗のアクリルオブジェ、磯崎デザインの椅子なども出品します。
版画掌誌第2号
版画掌誌第2号
オリジナル版画入り美術誌
2000年/ときの忘れもの 発行
特集1/磯崎新
特集2/山名文夫
B4判変形(32.0×26.0cm) シルクスクリーン刷り
A版:限定35部:120,000円(税別 版画6点入り)
B版:限定100部:35,000円(税別 版画2点入り)


●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。18〜24頁にときの忘れものが特集されています。
06駒込玄関ときの忘れものの小さな庭に彫刻家の島根紹さんの作品を2018年1月末まで屋外展示しています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。