光嶋裕介のエッセイ「幻想都市風景の正体」

02-白紙には描けない
〜余白と敷地〜


私は、まっさらの紙に描くのが苦手である。
というか「白紙には描けない」と言った方が
より正確かもしれない。
白紙に対する強迫観念のようなものがあるのだ。
要するに白紙に線を重ねてドローイングを
描いていくと、当然のことながら、
どこかの時点でペンは止まり、
サインを入れて、作品が完成する。
すると、次の一枚を描く時に目の前に現れるのは
全く同じ白紙の紙ではないか。
描く前のスタート地点にすっかり逆戻りしてしまう。
これが、辛い。

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私は、考えた。
描く対象が建築や自然の風景であり、
図面でいうところの「立面図」に近いため、
一本の線を引くことからはじめることにした。
そう、地平線である。
これは、四角い画用紙が必然的にもっている
四辺の描く範囲(限界)を少しでも拡張するための
補助線としての役割も果たす。それにより、
地平線の下には「絶対的な余白」が確保され、
加えて、左から右へと絵巻物のように
連続して紙を何枚でも繋げて描くことが
できるようになった。

しかし、
それだけでは結局のところ、同じように、
地平線の描かれた白紙の紙に毎回
戻ってきてしまうことに不自由さを感じていた。
そんな頃、2015年の春、敬愛する漫画家の
井上雄彦さんが描くガウディの展覧会が企画され、
ご縁あって「公式ナビゲーター」をやらせて
もらうことになった。
その一環として、福井県武生に井上さんと一緒に
行って、大きな和紙(後にサグラダファミリアの
絵が描かれる)の製作をお手伝いすることになった。
そして、ひらめいたのだ。
私も自分だけの和紙をここでつくりたい、と。
その年の夏頃、改めて一人で武生を訪れた。
越前和紙のつくり方をあれこれ職人さんに
教えてもらい、私が採用したのは、
紙の原料にたっぷり墨を入れた黒いものと、
一般的な白いものとを同時に流し込む
ということだった。
右手には黒い原料の入ったバケツを持って、
左手には白い原料の入ったバケツを持ち、
同時に網の枠に勢い良く流し込む。
ドロッとした白と黒の液体がぶつかり合う。
液体同士がどのように混ざり合うのかは、
ある程度しか制御できない。
というか、その時の偶然性に委ねられており、
「アン・コントローラブル(制御不能)」なのだ。
そこが、実に面白い。完成した紙は、
雲のようでもあり、煙のようでもあり、
地形のようでもある。
紙が私の想像力を刺激する。
要するに「世界に一枚しかない」紙を前にして、
私は、ドローイングが描きたくて、
ウズウズするのである。このウズウズする感覚は、
描く人間にとってものすごく大切な感情であり、
創作の泉の「水圧」である、といえよう。

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以来、私は年に一度武生に行って
自分の描くための和紙を自ら漉いている。
ドローイングを描くための欠かせない
下ごしらえとなった。
言うなれば、二段階制作なのだ。思えば、
これは建築家である私が建物を設計する際に
いつも世界に一つだけの「敷地」で
仕事していることと同義なのである。
一つとして同じ敷地がないように、
一つとして同じでないドローイングを描くためにも、
やはり、
画材屋さんで同じ白紙の画用紙を
購入するのではなく、描くための敷地として
「和紙を自ら漉く」のである。
和紙によって拡張された想像力の可能性に、
無限の広がりを感じている。
こうしま ゆうすけ

光嶋裕介 Yusuke KOSHIMA(1979-)
建築家。一級建築士。1979年米国ニュージャージー州生。1987年に日本に帰国。以降、カナダ(トロント)、イギリス(マンチェスター)、東京で育ち、最終的に早稲田大学大学院修士課程建築学を2004年に卒業。同年にザウアブルッフ・ハットン・アーキテクツ(ベルリン)に就職。2008年にドイツより帰国し、光嶋裕介建築設計事務所を主宰。
神戸大学で客員准教授。早稲田大学などで非常勤講師。内田樹先生の凱風館を設計し、完成と同時に合気道入門(二段)。ASIAN KUNG-FU GENERATIONの全国ツアーの舞台デザインを担当。著作に『幻想都市風景』、『みんなの家。』、『建築武者修行』、『これからの建築』など最新刊は『建築という対話』。
公式サイト:http://www.ykas.jp/

●今日のお勧め作品は、光嶋裕介です。
20180613_03
光嶋裕介
《幻想都市風景2016-03》
2016年 和紙にインク
45.0×90.0cm サインあり
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