ギャラリー  ときの忘れもの

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新作絵画「空相ー皮膚 Phase of nothingness-skin」のためのノート

関根伸夫


 絵画の無力化、新らしい解釈の不可能性が進行している。その理由は、今までの絵画空間が広がりとしての空間、奥行きとしての空間、時間としての空間、精神や観念としての空間、と云う解釈だけでは捕らえ切れない領域に既に絵画が突入したにもかかわらず、その観点や”哲学”を創出できないからである。

 近年になって縦横高さの幾何学の基準から成り立つ、従来のユークリッド幾何学と異なって、集合や点の位置や場所を問題にする位相幾何学、トポロジーと云われるいわゆる「柔らかい幾何学」が問題となっている。彫刻や絵画と云った美術が、いわゆる空間を扱う以上、この新しい位相幾何学やトポロジーの空間解釈に興味を覚えるのも当然であろう。ここで扱う位相空間では変形や変換が自由にでき、柔軟でいろいろな解釈が自由であり創造的である。

 1987年から始めた「位相絵画」と題した私の連作は、その名の通り「位相」を主題にし、それに関わる「絵画」である。「位相」とは、空間についての「位相幾何」の考え方、概念で、形を連続的に変形しても変わることが無い、柔軟な「形の性質」のことである。おおよそ近似的な意味では「相」と云う言葉で理解されている。

 「位相絵画」は、極厚の鳥の子和紙をキャンバスとして用いており、水を含ませ、それに穴をあけたり、切ったり貼ったりと、さまざまな変形(位相変換)を加えた後、その表面が「厚みのない皮膜」として現れ、強調されるようにその表面が金箔で覆われる。あるいは黒煙で刷り込まれた単色的な絵画である。視覚的に金とスミ(黒煙)という二極の現れは、室町に興った、水墨障壁画の、墨、あるいは墨と金による色彩を排した表現を受け継ぐものであると捉えられる。それとは異なって「位相絵画」では、金とスミ(墨)とは極めて平面的に用いられ、また、同一分離使用されている。非彩色的で、単色的な表現を取っている。次第に私は「位相絵画」は、金箔と岩彩を使用する技法の故にか、日本の特有の金碧障壁屏風絵風になってしまった結果は否めない。次第に金碧屏風風の豪華さが発揮されるように成り、当初目論んでいたモノクローム風な単色絵画風な、寡黙なもの派風な表現に立ち戻る必然を感じて「位相絵画」を休止し、あえて制作を断念した。

 暫く3年間の休止の時間があって、再度、始めたのが「空相−皮膚」という新作絵画である。ここでも位相空間に関する関心は基本的には変わらないが、ここでは空間に衝撃を与える質量や色彩の微動する表情を見つめようとの意図が内在している。

 例えば、ここに参考とすべき、水墨画の一つに宮本二天の「枯木鳴鵙図」がある。その絵は草叢から一本伸びる枯木の先端に鵙(もず)が飛来してきて止まり、その重みで枝がかすかに揺れている状態そのものが描かれている。宮本二天とは宮本武蔵の画号であるが、彼が二刀流の使い手であった天性の剣士だった由縁からも、この絵のテーマの空間性も想像できるだろう。大空から鵙が飛来して枯枝に止まり、その勢いで枯枝が僅かに曲線を描きながら揺れ、また、その勢いで飛び立つ光景とはどう捉えるべき空間であろうか? 天空の大気が、剣で切り裂かれ、ふたたび何事も無かったように自然にとけ込む風景である。この一瞬に気付くことが、私の芸術活動で問題にしている行為の一つなのである。またこの「空相−皮膚」で表現したい世界の気配なのである。

 シワやヒダがキャンバスの布面に陰刻されたように現われる、とはどう云うことか。ある形態に切り取られたプレスウッドがキャンバスに包まれて、強く引っ張られながら、形状に順応し乍ら、そのままエネルギーが持続している状態そのものがシワやヒダとなって現われている。何もしなくても、動いている途中は移動中なので、世界が最もあざやかな瞬間を伝えている。存在が最も光り輝く瞬間は、移り行く移動の瞬間にある。

 朝目覚めると、私は自宅から太平洋までの2キロの道を散歩するのを毎日の日課としている。目の前の全面に、風でピカピカそよぐ草原、樹木の葉枝の隙間から漏れる太陽光、空一杯に浮いた重さが失われた雲たち、何処までも波浪が続く海原、そうして、目に飛び込む全ての風景が微動している。どこも彼処もウン、微動している、そんな光景に全身的に納得すると私の口から”生きている”というつぶやきが漏れ広がる。最初は漏れ出すように僅かだが、次第に歩くリズムも加わり、大きく腹のそこから私自身が”生きている”と叫んでいる。そうだ、これが今日の始まりだ。

 ある形態とは、ここではどういう形態を指すのだろうか? つくり選ぶ形態は、今までの私の経験や記憶がそうさせるが、何故それを選ぶのかは自分でもハッキリ断定できない。性癖のように常に無数のスケッチを試みているが、おおくは漠然と意識ともに形態に溶けてしまう。しかし無意識に繰り返すスケッチから、ある時気付いた・・・私は何だか未だにモニュメンタルな彫刻を作りたい欲望が心底の深層心理に眠っているかもしれない・・・ということ。原初的な形相を持ったモニュメント、記憶の中にはある、おぼろげな形相をハッキリ特定させたい欲望がスケッチになり、ドローイングに渦巻いているのでは無いかと。

 画面の木枠より30パーセントも大きいキャンバスでプレスウッドの形態を包み込むと、予想できない複雑なシワやヒダが発生する。そのキャンバスはまるで形態を包み込む皮膜であり、あらわれるシワやヒダは想定をこえて、ほぼ自然任せに放擲するしか無い。つまり、作画のアウトラインは計画できるが、あらわれる形態からシワやヒダの繊細で微妙な表情は自然に任せなければ成らない。だがその委ねる行為はむしろ私には味わい深くて、むしろ気持ちよく、太公望と遊ぶ賢人たちと同様の、忘我の心境を味あわせてくれる。

 アインシュタインの相対性理論に例えれば「空相−皮膚」のコンセプトはどう成るだろうか? 相対論では宇宙空間は星々たちが質量として、空間に歪みを与え、光線も曲線的に歪むとされている。日食においてアーサー・エディントンの観測結果が相対性理論の正当性を証明したのは、余りにも有名な話である。つまり宇宙空間では自然の仕組みとして、星々としての質量が空間に歪みを与えて存在している。それならば、絵画の画面を果てしない宇宙空間として見立てたらどうだろう。無数の星たちは宇宙空間では質量となり、絵画空間では形態や色としての存在になる。すなわち、絵画空間では星々が質量として形態のシワやヒダとなり、空間に歪みを与えながら存在するのである。

 思い通りに成らない・・・しかし、その行為で顕われる現象が、自然の鮮やかさや豊穣さを表現出来れば、それで良い、という観点が極論とすれば私のアートの終生のテーマある。しかも自然のありようと一体的な行為となるのが、もの派と私の主願であって、未だに続いている究極のテーマである。初期の頃から命名している「空相」というタイトルはPhaseが開かれているとの意味で、相が無限定で広く開放され、まったく自由で束縛がないことである。

 振り返ると、私は空間にたいする新たな認識や解釈を提示することが、現代美術の私なりのテーマである、と確認したあたりから美術活動が始まった。それが故、誰もが知るユークリッド幾何学を放棄して、トポロジーに傾倒した時期が続いているが、そのトポロジーとは、空間を柔軟で可変性のある皮膜や皮膚と捉えると理解しやすい。そんな自身の体験から、私の深部にはいつも皮膜や皮膚の感覚が内在している。今回の新作絵画「空相−皮膚」も私のヒストリカルな一連のテーマから発しているのは明らかである。

5/18/18 ロサンゼルスにて 関根伸夫 記           

「皮膚」シリーズ
空相・皮膚_3_トリミング
"Phase of Nothingness-Skin 3"
2014年 キャンバスにアクリル  木枠・合板
101.6x81.3cm  サインあり

空相・皮膚_4_トリミング
"Phase of Nothingness-Skin 4"
2014年 キャンバスにアクリル 木枠・合板
101.6x81.3cm サインあり

空相・皮膚_5_トリミング
"Phase of Nothingness-Skin 5"
2014年 キャンバスにアクリル 木枠・合板
127x101.6cm サインあり

空相・皮膚_6_トリミング
"Phase of Nothingness-Skin 6"
2014年 キャンバスにアクリル 木枠・合板
127x101.6cm サインあり

空相・皮膚_10_トリミング
"Phase of Nothingness-Skin 10"
2015年 キャンバスにアクリル 木枠・合板
127x101.6cm サインあり

空相・皮膚_11_トリミング
"Phase of Nothingness-Skin 11"
2015年 キャンバスにアクリル 木枠・合板
127x101.6cm サインあり

空相・皮膚_14_トリミング
"Phase of Nothingness-Skin 14"
2015年 キャンバスにアクリル 木枠・合板
101.6x81.3cm サインあり

空相・皮膚_15_トリミング
"Phase of Nothingness-Skin 15"
2015年 キャンバスにアクリル 木枠・合板  101.6x81.3cm サインあり
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◆銀座で関根伸夫展が開催中です。
会場:銀座・ギャラリーせいほう
会期:2018年6月18日[月]―6月29日[金] ※日曜休廊
関根伸夫先生はこの展覧会のためにロサンゼルスから帰国されました。在廊予定は下記の通りです。
21日(木)午後から
22日(金)午後3時から、夕方6時頃まで
23日(土)12時から、夕方5時頃まで
27日(水)午後1時から、夕方5時頃まで
28日(木)午後1時から、夕方5時頃まで

あくまで予定なので、詳しくは画廊までお問い合わせください。
関根伸夫展_Gせいほう_案内状

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銀座ギャラリーせいほう外観(撮影:佐藤毅)
*関根伸夫の新作絵画「空相ー皮膚 Phase of nothingness-skin」のためのノートをお読みください(6月20日ブログ)。
180618関根伸夫_gせいほう_10_TS
左から《Phase of Nothingness - Skin14》《Phase of Nothingness - Skin3》《Phase of Nothingness - Skin15》(撮影:佐藤毅)

180618関根伸夫_gせいほう_11_TS(撮影:佐藤毅)


●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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