ギャラリー  ときの忘れもの

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吉田克朗 LONDON 1975 」は本日が最終日です。
1975年に吉田克朗が精魂こめてつくった12点組の銅版画集「LONDON 」を展示していますが、アクリルケースに収められた12点のシートはもちろん、表紙、奥付、略歴などの印刷も完璧なまでに美しい。
発表展は京都のギャラリー・ココと、東京の青画廊でしたが、版元は作家自身です。
刊行日は1975年9月16日。
因みに吉田克朗は1943(昭和18)年9月23日に埼玉県深谷で生まれ、1999(平成11)年9月5日に鎌倉で亡くなられました。享年55。

今回の展示を機に埼玉県立近代美術館の平野到先生に「LONDON」連作を論じた「無名から無限へ」を執筆していただきました。ぜひお読みください。

この版画集に象徴されるように、1970年代は版画=複数芸術の花開いた時代でした。
従来の版画専門の人たち(いわゆる版画家)だけでなく、油彩や日本画、彫刻家はもちろん建築家などが積極的に版画制作に取り組んだのがこの時代でした。
これを享受する側からいうと、「美術(市場)の大衆化」が複数オリジナルである版画等によって強力に推し進められたといってもいいかも知れません。

1970年の大阪万国博覧会は、文字通り国家的プロジェクトとして推進され、多くの大企業が参加しました。このとき電通や大日本印刷、乃村工藝社などの大企業が多くの現代作家たちを動員します。
岡本太郎の「太陽の塔」に象徴されるように、現代美術の作家と社会が、この大阪万博を通じて初めて接点をもったといえるでしょう。

そういう流れの中で、1974年乃村工藝社が「芸術作品を家庭やオフィスでもっと手軽に楽しむことを目的」 に美術品の制作・流通に本格的に参入しました。当時の第一線作家たちに依頼して、質の高いマルチプルアート作品(版画と立体)を制作し、マルチプルアート=複数芸術という言葉を定着させた功績は大です。
今から振り返っても「NOMURA multiple ART」がエディションした立体作品はその質の高さ、作家の選定において群を抜いていました。

今年2月に亡くなった尾川宏の樹脂の作品と、堀内正和の金属作品をご紹介します。

尾川宏 Hiroshi OGAWA
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DSC_0636尾川宏《CONSTRUCT 90》
合成樹脂
Ed.200
34.0×34.0×36.0cm
刻印あり、特製ケース入り

紙の美しさは、一枚の白い紙によってすべてが表現されている」(尾川宏)
尾川宏は1932年広島生まれ、向井良吉に師事。石や木、金属など様々な素材を使った彫刻作品に取り組む。1967年紙を素材にした立体作品による「紙のフォルム展」を開催。求龍堂より『紙のフォルム』を出版、同書は毎日出版文化賞を受賞する。1972年東京芸術大学の講師となる。90年代にはインドネシアや樺太など紛争や戦争の碑文を製作する。「紙」に近代型造形感覚を吹き込み、平面から立体へ、新しい紙の創造性を探求した。2018年2月7日死去。
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堀内正和 Masakazu HORIUCHI
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DSC_0953堀内正和《四角い形の三角関係》
真鍮クロームメッキヘヤーライン
Ed.50
22.0×22.0×21.6(cm)
サインあり

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