<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第69回


Masahisa Fukase_img01Seikan Ferry Boat, from the series Ravens, 1976 © Masahisa Fukase Archives(画像をクリックすると拡大します)

髪の毛って生えているときはきれいなのに、抜けるとどうしてこんなに汚いのかしら……。
スポーツジムの更衣室で水着に着替えていると、洗面台のほうからこんな声が聞えてきた。
思わず床に目をやる。
落ちている幾筋もの髪の毛。長かったり、短かったり、黒かったり、染められていたり。
つまみあげる指先におぞましさが走る。長いものほどそう感じさせる。
生えていればこんな気持ちにはならないのに。

髪の毛は不思議だ、とこの写真を見ても思う。
女子学生の後ろ姿が写っている。彼女は船の甲板に立っている。
甲板が写っていないのにそう思うのは、目の前が大海原だからか。
それもある。でも、それだけではない。
大きく傾むいた水平線が、不安定な場所にいるのを伝えるからだ。

そして、髪の毛である。
真ん中の女生徒の髪が四方八方に舞いひろがり、宙に飛び散っている。
更衣室の床の髪の毛とちがって、生えているから、汚くはない。
でも、きれいでもない。むしろ不気味。
彼女の意志を無視して狂喜乱舞しているところがきみわるい。

そのようにそそのかしたのはだれか。
海原を渡ってきた潮風だ。
振付師さながらに、彼女の長い髪のなかに手を入れて、右に、左に、上に、下に、前方に、背中に、と毛先を引っ張る。
毛根という大地から離陸させようと、サディステックな欲望を全開にしてあばれまわる。

もし望むならば、彼女はそれに抵抗し、振付師の動きを止めさせることだってできるはずだ。
むずかしいことはなにもない。
首のうしろに両手をまわして、髪を束ねてしまえばいいだけだ。
髪は再び彼女の配下に入り、おとなしく背中にたれるだろう。

でも、彼女はそうしない。
振付師が髪を引っ張りいたぶるのをただじっと受け止めている。
耐えているのではない。楽しんでいるのともちがう。
自分の人生がまだはじまっていないことを、でも、まもなくはじまろうとすることを、遠いどこかでだれかが告げているような気がしてならないのだ。
顔に当たる陽の光を細めた瞳のあいだから見つめつつ、その声を全身を透明にして聞いている。

大竹昭子(おおたけあきこ)

●作家紹介データ

深瀬昌久
1934年、北海道中川郡美深町に生まれる。日本大学芸術学部写真学科卒業。日本デザインセンターや河出書房新社などの勤務を経て、1968年に独立。代表作 「鴉」は世界的に高い評価を得ている。
1974年、アメリカ・MoMAで開催された歴史的な日本写真の展覧会「New Japanese Photography」への出展を皮切りに、これまで世界各国の展覧会に出展多数。1992年、不慮の事故で脳障害を負い、20年間の闘病の末、 2012年に亡くなる。享年78。2017年、フランスはアルル国際写真祭にて没後初の回顧展「l'incurable egoiste」を開催。2018年4月、京都のKYOTOGRAPHIE にて国内初の回顧展「遊戯」を開催。2018年9月からは、オランダはアムステルダムのFoam Museumにて、美術館では没後初となる回顧展「Private Scenes」を開催予定。深瀬が40年間の作家人生において制作した作品群の全貌を網羅した写真集「Masahisa Fukase」(Editions Xavier Barral より英語版及び仏語版、赤々舎より日本語版)が刊行される。

●今日のお勧め作品は、細江英公です。
44細江英公 Eikoh HOSOE
「鎌鼬#44, 1967」
1967年
ピグメント・アーカイバル・プリント
60.9×50.8cm
サインあり
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