杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第34回

図面をひもとく



新年あけましておめでとうございます。

僕は自身をまだまだ大した人間であるとは思っていませんが 笑、スイスで起こっている建築の話題やアルプス近郊での暮らしぶり、そして何よりピーターズントー、その事務所について内側から見たエッセイは本当に多くの方々に読んでいただいていると聞いています。
僕はそのことをとても光栄に思っています。 今年も宜しくお願い致します。


今、この文章を綴っているのは2018年の暮れ。この時期になると忘年会、クリスマスに大掃除、年越し、正月に新年会と多くの行事があり、楽しさ反面、準備片付けに忙しい日々が続きます。スイスで年越しする僕には日本のように多くの行事に参加することもありませんが、代わりに今年の活動で気になったテーマを少し振り返ってみようと思います。


≪建築の伝達手段について≫
図書館や書店へ赴き、建築の図面集などを拡げて見て気付くのは、多くの建築は平面図でほとんど語られている、語ることができてしまっていることです。建物の様子や仕様を表す書類(図書)は数多くありますが、もっとも身近なものは平面図、断面図、そして立面図ではないでしょうか。平面図は部屋の間取りを示し、断面図は建物のある一面を垂直に切り取ったもので、上下階の部屋の関係が見て取れます。立面図は建物を外から見た様子、つまりファサードです。住宅やマンションを探していても情報として出てくるのは平面図(間取り)のみで、あとは正面外観のイメージくらいではないでしょうか。
一方で僕たちの事務所では本当に大切なのは断面図。と共通認識されていて、僕たちはいつも断面図と平面図から建築設計を始めます。月並みな言い方だけれど、平面図が良くても断面が良くなければ空間は良くならない。建築家は空間を3次元で理解しなければなりません。
ピーターはこうも言います。
≪多くの建築家は平面図から始め、本当の意味で彼らが一体何を創造しているのかがわかっていないまま進めている。だから私たちは断面を描き、そして平行して平面図を描く。≫
僕が思うところでは、建築設計において平面の構成はデザインの自由度が高く、設計が進んだ後になっても構造躯体部分を除けば多少の変更は比較的簡単にできます。一方で断面構成は、建築構法/工法と関係してくることが多いために、後々になっての設計変更は少し大掛かりになりがちです。

少し余談になりますが、よくピーターズントー事務所は一体どういうプロセスで設計を行っているのかと聞かれることがあります。そしてその “雰囲気のある建築“ は内部空間の強いイメージからデザインされていると思われがちです。しかし実際に僕たちが最も大切にしているのは、建築がどういう風に組み立てられているか、そしてそれが構造/工法的にも理にかなっているかということです。空間をデザインし、それにあった工法を探すという手順ではありません。
そうして出来上がった建築を見れば、細部はともかくとして、概してそれがどういう手順で建てられたか分かりやすい。それは大抵、造られやすい(施工しやすい)ということにもつながります。目に見えているものに嘘がなく、何かを隠したりもしない。そしてそれを強調するかのように、多くの場合、素材の良さを引き出すような仕上げになっています。


話を戻します。
それでは、どうして断面図が僕たちの設計プロセスにおいてとりわけ重要なのか。そこで今回は僕なりの応えを紹介します。


≪平面図と断面図≫
平面図(間取り)が示すのはそれぞれの “部屋の大きさ“ とその “機能(寝室やバスルームなど)“ が互いにどのような関係、動線計画をもって配置されているか、そしてそれらがどの方角に向いて開口部を有し、光をどの時間帯で取り入れることができるか、です。新築住宅を購入するにあたっても、やはり “リビング南向きで日当たり良好“ や “寝室は東向きで朝日が入る“ こと、“廊下を介してプライバシーの確保“ などのフレーズは有効です。
また図面表現としては、吹き抜けや段差の記号を加えることで、部屋同士が違う高さ関係をもってつながっていることも認識できます。
僕たち人間は、水平方向への移動は比較的簡単にできますが、垂直方向への移動はジャンプしたり笑、階段を使ったりとかなり制限があり、その空間認識(体験)能力は劣ります。そういった理由からも、建築空間の拡がりや動線の自由度、諸機能の配置を理解するには平面図を用いることが最も適していることは事実です。
一方で平面図で理解することが難しいのはその性質上、高さ方向の関係性です。部屋の天井がどれだけ高く、また開口部がどの位置にあってどれだけ大きいのかという情報は通常の平面図のみからでは把握することができません。例えば茶室のにじり口は、断面図がなければその入り口で体をにじって入る所作とそれがもたらす茶室内の拡がりを理解することはできません。

空間を体験するということは、例えばAという部屋からBという部屋へ、Aという部屋からCという部屋へという部屋同士(内部空間)の移動と、部屋BやCから外部空間へのつながりによって成り立ちます。ここで最も重要なのは、それではAからB、C、Dと続く部屋のバリエーションの中で、空間のプロポーション(高さや広さの比率)がどのようにしてトラベル(変化)するかということです。
例えば、Aという部屋がリビングで、BCDの部屋はそれぞれの奥行きが6m, 4m, 2mであり、天井の高さは一律4mとする場合、Bの部屋は広くゆったりとし、Cの部屋はキュービックな部屋になり、Dの部屋では塔のような印象を受けます。こうして奥行きが異なることで、部屋Aとの空間のプロポーションがトラベルします。そしてA-B、A-Cのつながりは心地の良いものだけれど、A-Dは良くない。なんてことになると、その設計は良くないということなる。つまり、あらかじめ空間のプロポーションがどこからどこまで(ここでは奥行きが2m-6mと)変化するかを図式的に知ることで、その変化の許容範囲内での平面設計の自由を獲得することができるのです。そこに建築を設計する際のヒントがあります。


簡単な別の例を紹介します。平家の木造家屋を思い浮かべてみてください。

まず、正方形の大きな部屋を田の字に仕切った平面があるとします。その4つの仕切り壁にそれぞれ引き戸を設ける(という平面図の操作をする)ことで4つの部屋同士を自由に行き来できたり、一部だけ引き戸を設けることで行き止まり(奥)を作り、入り口からのプライバシーを高めることができます。
その4つの部屋の周囲に縁側を回します。ここで各部屋との関係により縁側の奥行き寸法が1m-3mまで変化するとします。例えば東側の縁側は2m、北側のそれは1mといった具合です。
そこに屋根を(仮に四角い宝形屋根)を架けます。すると奥行きの違いによって縁側の端に座る人が見上げる庇の出が異なり、また方位との関係によって縁側、その接する部屋に入ってくる光も変化してきます。
こうした事柄をその考え得る全てのパターンで断面検討すること。そして良いと思える断面構成がトラベルし得る範囲を知ることで、その範囲内での平面構成を自由に組み合わせることができます。この例では単に縁側の奥行きのみの変化でしたが、実際の設計では敷地の高低差や上階との関係、それがもたらす構法(構造様式)の変化など、多くの要因が考えられます。


≪レパートリー≫
建築史の図面集には図面とともに外観パースや小さなモノクロの写真が載っていることがありますが、掲載されている建築は現存していないことが多いために、全容を理解するにはその限られた情報に頼るしかありません。
建築の図面や仕様書は、建築家の意図を施工者に精確に伝えるためのコミュニケーションツールです。そのツールを前提に作り手たちは共通認識をもって制作します。情報が限られている場合や多くを職人から職人への伝承に拠っている場合、時とともに解釈の幅が拡がっていくのは避けられないし、それが別の良さを生み出すこともあります。
仮に同じ図面から複数の建築家が建物を設計施工しようとしても、その足りない部分の情報は自身の解釈で補完しなければならず、出来上がるのは全く同じ建物ではありません。それはクラシックの名曲を様々な指揮者やピアニストが、作曲者が意図した伝統的な音を大切にしながらも、新しい解釈を加えて演奏し直すのと似ているかもしれません。そこで重要なのは、その伝統的な形や音を全く正確に再現しようとすることだけが僕たちの目標ではないということです。


これから建築の空間を体験するとき、図面集を眺めるときにその上述の項目を気にしてみると、建築家の意図を違った角度で創造的に理解することができるかもしれません。今回はこれでおしまいです。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。
2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

杉山幸一郎さんの連載エッセイは毎月10日の更新です。

●本日のお勧め作品は関根伸夫です。
sekine_03_pyramidNobuo SEKINE
ピラミッドの頂き
1982年  ステンレス・彫刻
H20.0×15.0×30.0cm
Ed.30 Signed
*現代版画センターエディション
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


ときの忘れものは「第27回瑛九展 」を開催しています。
会期:2019年1月8日[火]―1月26日[土] 11:00-19:00※日・月・祝日休廊
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ときの忘れものは3月末開催のアートバーゼル香港2019に「瑛九展」で初出展することになりました。
香港に作品を持って行く前に、ギャラリーで出品作品を公開いたします。
瑛九がさまざまな技法で試みた「光の絵画」への志向が最後に行き着いたのが点描で画面全体を埋め尽くす独自の抽象絵画でした。本展では輝くばかりの100号の油彩大作《海の原型》(1958年)など代表作ほか、カメラを使わず印画紙に直接光を当ててデッサンする「フォトデッサン(フォトグラム)」など1930年代最初期から最晩年までの作品をご覧いただきます。

●ときの忘れもののブログは年中無休ですが、それは多くの執筆者のおかげです。
昨年ご寄稿いただいた方は全部で51人。年末12月30日のブログで全員をご紹介しました。
荒井由泰,飯沢耕太郎,石原輝雄,井上祐一,植田 実,王 聖美,大竹昭子,大谷省吾,大野 幸,小国貴司,小此木美代子,片多祐子,金子隆一,喜夛孝臣,北村淳子,君島彩子,熊倉浩靖,倉方俊輔,光嶋裕介,小林紀晴,小林美香,佐藤研吾,島 敦彦,嶋吉信,東海林 洋,杉山幸一郎,鈴木素直,住田常生,清家克久,関根伸夫,高北幸矢,蔦谷典子,土渕信彦,戸田 穣,中根秀夫,中野和加子,中村惠一,中村茉貴,西岡文彦,野口琢郎,橋本啓子,平野 到,弘中智子,frgm/羽田野麻吏,市田文子,平まどか,中村美奈子,堀 浩哉,水沢 勉,柳 正彦,夜野 悠,

●2019年のときの忘れもののラインナップはまだ流動的ですが、昨2018年に開催した企画展、協力展覧会、建築ツアー、ギャラリーコンサートなどは年末12月31日のブログで回顧しました。

●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18〜24頁>に特集されています。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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