ギャラリー  ときの忘れもの

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「ノマディックラプソディ」

王 聖美


会期:2018年10月21日〜2019年1月14日
会場:建築倉庫ミュージアム
出品:佐藤研吾、他

 文化は人々の移動によって生まれ、育まれてきました。大航海時代を経て欧州諸国の東南アジア進出により流行したシノワズリとロココの融合、殖民地への旅が発想の種となったポスト印象派と様々な表現主義、亡命のために海を渡ったシュルレアリスム、アメリカ大陸を縦断したブルースやジャズ。建築文化もまた、長い歴史の中で人々の移動による交流が起こり、地域間で相互に影響を受け合ってきたと言えます。
 デラシネの時代、コンピューターが生活の中心になり、世界への扉が身近になった一方で、地域の不平等や格差、言語多様性の衰退は広がり、地球温暖化、気候擾乱や大地の震えは人々の生活を脅かし、人災によっても人種や民族の離散が起こっています。海外、とりわけアジアと呼ばれる地域で個々に生じているさまざまな事象は、日本が抱えている課題と共通してはいないでしょうか。それらは互いに関連付けられないものでしょうか。

 そんな動機から、建築倉庫ミュージアムでは「Nomadic Rhapsody –“超移動社会”がもたらす新たな変容–」と題した展覧会を企画し、日本に住む建築家の海外でのプロジェクトと場所を特定しないプロジェクトを中心に、ARCHI-DEPOT ONLINE(建築模型保管サービス)でお預かりしている模型作品と招待建築家からお借りした模型作品を編集し、37作品52点を展示しています。筆者は本展の企画担当ではありますが、ご出展いただいた建築家、および作品群のファンでもあります。ここでは、本展の訪れた一人の鑑賞者として、展示室を来館者と共に散歩するつもりでいくつかの作品を振り返ってみたいと思います。

藤野高志「ドーナツ地球儀」
 導入にあたる本作品は、地球上で大地や海はつながっていること、海や大地はとても穏やかな表情をしていて、自由に往き来できることを気づかせてくれます。藤野は実際に建った建築以外にも多くのアンビルトの構想を手がけており、地に足のついた建築の世界から、人類の根源的な欲求や、小さな発見の琴線に触れ、別次元に私たちを連れて行ってくれる芸術家・詩人ともいえる建築家の一人なのではないでしょうか。
1-写真右: 藤野高志「ドーナツ地球儀」


海法圭「遊牧経済圏構想」
 本作品は2015年に構想された計画ですが、本展のために新たに模型を制作いただきました。かつて国民の約9割が遊牧生活を営んでいたモンゴルでは、土地を所有する概念はありませんでした。しかし、冷戦後の価値観の変化や土地私有化政策により、現在では国民の約5割がウランバートルに定住し、首都への一極集中、交通渋滞と大気汚染、さらにはスラムの無秩序な拡大が起こっています。本計画は、モンゴルの人々が自ら守りたいと考えている遊牧生活を尊重し、交通の軸と経済活動圏を整備することで、都市生活と遊牧生活の両立を目指した作品です。縮尺1/1500の大地の一部を切り取った模型は、緩やかな勾配をもち、ゾーニング計画が鳥瞰的に可視化されています。シリアスな課題の解決案を提示する一方で、土地が特定の誰かのものではなかったモンゴル民族の雄大すぎる大地とその豊かさをも感じさせてくれます。

2-海法圭「遊牧経済圏構想」

小嶋伸也・小嶋綾香「ORIGIN VILLA」、「nouson house」
 中国では日本と同様、都市と農村の経済格差や人口の偏りが生じ、高齢化の進んだ限界集落が無数に存在します。「ORIGIN VILLA」は、観光産業の内需拡大のために限界集落を宿泊施設に再生するもので、人の住まなくなった民家の解体で出た土壁を宿泊施設の2階部分に再利用するなど、土地の持つ記憶と生活を建築と風景に溶け込ませることが試みられています。
 また、中国には都市と農村の戸籍の分別が存在し、戸籍が教育や社会保障の格差に影響します。「nouson house」は、多くの国民が都市戸籍を求めて競争社会に進出する中、あえて農村戸籍を取得し、農村で時間をかけて、仲間の施工者を集めて住宅を建てるという施主に寄り添ったプロジェクトです。近年、中国の都市では「慢生活(スローライフ)」が注目され始めていますが、物質的豊かさや便利さと距離を置いた価値観が見直され始めているのではないでしょうか。
 中国という異郷で、集落、農村、茶畑といった、地方に足を踏み入れた小嶋伸也、小嶋綾香の仕事から、時代のニーズの変化と日本の建築家の海外プロジェクトへの関わり方の変化も見て取れます。
 
迫慶一郎「北京バンプス」
 前述した農村に対し、中国の大都市では発展に伴う交通渋滞、大気汚染、公害、停電などの問題が起こっています。本作品は大都市の集合住宅で高密度に住まうことによる日照の問題やプライバシーの問題を積極的に解決し、ランドマークに昇華させた建築家の手腕はもとより、人並みならぬ熱量と生命力に溢れています。

佐藤研吾「インド・シャンティニケタンに同志を募って家を作りに行く」
 本作品の持つ魔訶不思議で魅惑的な世界観をどのように伝えればいいのでしょうか。本作品はインド人の施主から「日本の家」の依頼を受けたことをきっかけに、佐藤が日本の大工、デザイナー、画家らの友人とともにシャンティニケタンを訪れ、柿の木やみかんの木が育つ庭に現地の職人たちとコンクリートとレンガで建屋を、木で手すりや造作部分を制作したプロジェクトです。特筆すべきはこの造作家具たちで、赤い小箱に手足のように面状・柱状・線状の材が取り付けられ、まるで生きて住んでいるように家中に点在しています。赤い小箱は日本で制作、塗装されたもので、入れ物として日本からインドに渡ったようです。インドに渡った小箱と木部品に、現地で用意された大径の木材や鉄細工が組み合わされ、形態を変えて増殖した様子は、まるで人類の移動や文化の融合と似てはいないでしょうか。12月にときの忘れものギャラリーで佐藤の個展が開かれますが、本作品で産声を上げた赤い小箱がじきに変身を遂げ、時に欲望を持って街や人々をも飲み込む姿に更に驚かれることでしょう。

3-佐藤研吾「インド・シャンティニケタンに同志を募って家を作りに行く」


大野友資「MTRL 香港」
 世界各地で材料や加工技術の地産地消が推奨される中、大野の発想の転換は、香港にとっての地の利を考え、各国のモノが集まる物流の拠点だということに着目したことでした。出生の多く語らない材料や加工部品が、中国各地や日本から集められ、現地アセンブリによって仕上げられた空間もまた、多様性を受容する寄港地香港を詩的に表しているように感じられます。

前田茂樹「サイクロンシェルター兼母子健康センター
 海抜ゼロの平坦な地形が広がるバングラディッシュで、豪雨や波浪による水害非常時の避難拠点として人工的に高い床を作るために創られた建築です。地域住民の生活を支える家畜と一緒に避難できるよう、スロープが設けられているのに気づかれるでしょうか。同時に、敷地は中心市街地から離れているため、地域医療格差の課題も抱えていました。現在は遠隔地への訪問医療や健診を定期的に受け入れる施設としても機能しています。また常時は看護師を育てる学校として機能しています。

サイクロンシェルター前田茂樹「サイクロンシェルター兼母子健康センター


 多くの場合、建築は与条件があって計画されますが、本作品は地域に必要なものが何かを建築家が住民と議論し生まれました。社会インフラとして実現した地域のための建築は、用途が一つに限定されず、絶えず変幻自在に活用され生きているということが伺え知れます。

小嶋伸也・小嶋綾香「mobile store for fashion designer」
 地球上どこにでも起こりうる自然災害に対し、建築家は何ができるでしょうか。本作品は、場所は特定されず、防災頭巾を繋げて作ることのできる移動可能なドームです。避難拠点や人が集うための広場や施設、災害復興を支援する施設の建設などは建築家が社会に対して職能を寄与することのできる領域の一つかもしれません。

藤野高志「太陽電池建築」、「食地」
 石油エネルギー依存社会から太陽発電、潮汐(潮の干満)発電、波浪エネルギーといった環境型エネルギーに言及した「太陽電池建築」は、水平の面的な無限の循環が視覚的に表現されています。産業革命以降の人工的なエネルギープラントの巨大さを示唆しているようにも感じられます。一方、食べることについて大地と人類の垂直的な連鎖や循環などを表した「食地」は、人類が身体に取り込む地中の環境が、五臓六腑にも見えてきます。皮膚で守られた内側と皮膚の外側が反転・反復するような仮想世界が表現されているようにも感じられます。


 最後に、本展では身体的あるいは物理的な移動が容易になっただけでなく、バーチャルで非物質的な世界に日常的にアクセスできる今日の社会を「超移動社会」と呼んでいます。車や列車、船や飛行機での移動で通過する建築はもちろん、書籍や映画などと出会える建築も世界の扉と捉えたいと考えました。そして、時間軸の概念や地理的概念に束縛されない、同時代を旅する展覧会というメディアも「どこでもドア」の一つとして楽しんでいただけると本望です。

5-坂茂「津波後のキリンダ村復興プロジェクト」、「ラクイラ仮設音楽ホール」

おう せいび
 
■王 聖美 Seibi OH/建築倉庫ミュージアム
1981年神戸市生まれ。京都工芸繊維大学工芸学部造形工学科卒業。
2018年より建築倉庫ミュージアムに勤務。「世代と社会が生み出す建築的地層」、「UNBUILT:Lost or Suspended」、「Nomadic Rhapsody」に携わる。

*画廊亭主敬白
1977年に磯崎新先生の版画を初めてエディションしたとき、おおかたの反応は「お遊び」「建築家の余技」はては「ゼネコンに売り込むのか」といったものまで、まあ散々でした。
あれから40年、いまや建築展は花盛り、ギャラリー間、GAギャラリーなど建築専門のギャラリーの活動も活発です。建築家が展覧会を開き、ドローイングや版画を制作し販売することが普通になりました。多くの人々が建築展を楽しんでいます。ようやく時代が追いついてきた・・・
新たに誕生した建築倉庫ミュージアムについては、植田実先生の「美術展のおこぼれ第49回」をぜひお読みください。
今回は「Nomadic Rhapsody -“超移動社会”がもたらす新たな変容-」展を企画された王 聖美さんにご寄稿いただきました。
ときの忘れものは今後も建築家の作品を積極的に発掘、紹介してゆくつもりです。

展覧会のご案内
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「Nomadic Rhapsody -“超移動社会”がもたらす新たな変容-」展
会期:2018年10月21日(日)〜2019年1月14日(月・祝)
会場:建築倉庫ミュージアム 展示室B(〒140-0002 東京都品川区東品川 2-6-10)
開館時間:火曜〜日曜11時〜19時(最終入館18時) 月曜休館(月曜が祝日の場合翌火曜休館)
入場料:一般料金 3,000円、大学生/専門学生 2,000円、高校生以下 1,000円 *展示室A・B両展示観覧可能
主催:建築倉庫ミュージアム
協力:市川紘司(明治大学理工学部建築学科助教)
後援:三宅理一(一般社団法人日本建築文化保存協会理事)
同時開催:「新素材研究所」(入場券共通)

【関連イベント1】
ギャラリートーク:出展建築家による作品解説 各回50分
参加無料(要当日有効入場券)

11月22日(木) 11:00- 大野友資|ドミノ設計事務所
11月22日(木) 16:00- 前田茂樹|ジオ-グラフィック・デザイン・ラボ
11月23日(金・祝) 13:30- 海法圭|海法圭建築設計事務所
11月23日(金・祝) 15:30- 小嶋伸也・小嶋綾香|小大建築建築設計事務所
11月24日(土) 16:00- 藤野高志|生物建築舎
11月24日(土) 17:30- 佐藤研吾|In-Field Studio

【関連イベント2】
迫慶一郎講演会
11月29日(木)18:30-受付、19:00-20:30
登壇:迫慶一郎(SAKO建築設計工社)、三宅理一(社団法人建築文化保存協会理事)
*詳細はウェブサイトで順次発表

●今日のお勧め作品は、佐藤研吾です。
sato-03佐藤研吾 Kengo SATO
《日本からシャンティニケタンへ送る家具2》
2017年
木、柿渋、アクリル
H110cm
Photo by comuramai
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。通常は日・月・祝日は休廊ですが、特別展の折には会期中無休とすることもあります。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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