植田実のエッセイ
「美術展のおこぼれ」第50回


カタストロフと美術のちから展
会期:2018年10月6日(土)〜2019年1月20日(日)
会場:六本木ヒルズ 森美術館


 最終日が迫っているのでとりあえず伝えたいことだけ書いておきます。いつもの「必見」とは微妙に違う、「見ておいたほうがいい」企画展。
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 カタストロフと美術といえばすぐ思いつく絵画や写真がある。だがそれどころではなく、じつに多様な美術的反応が会場に充満していて、しかもどの作品も評価の点では不計測・不安定な状態にあり、それは例えばむかしから、地震や火事の記録を見るときにつきまとう気持ちから変わらず続いているが、その表れの振幅がこの会場では地球規模となって、いちだんと強い。作品そのものだけでなく、会場の構成が、なんというか虚の空間をところどころに組み込んで、作品を観賞しに来た者を途方にくれさせるほどの力がはたらいている。カタログはそれのかわりに説明で整えられているが、当会場の忘れ難い空間を体感しておくためには、やはり何を措いても見ておいたほうがいいと思う。カタストロフがますます生活・人生に不可避の主題となってくるにちがいない、これからのためにも。
 カタストロフの臨場あるいは記録された光景に接した途端、頭の中に入ってくる、一瞬にして全てが見えるイメージの速度と、それが当事者にとって(部外者はひとりもいないはずだ)終焉のないその後の時間の長さと、そして見えることの差異を、美術はまるごと背負いこむことになる。
 その端的な例を、堀尾貞治が1995年阪神・淡路大震災後に描いた無数のドローイングに強く感じた。現実の描写でも記憶の光景でもない、自身も被災した、絵にしようもない心象を「荒々しい筆跡の赤や青などの色鮮やかな線が画面の中で炸裂するかのようで」(同展カタログより)その衝撃のほどが反映されている。半抽象の街や建物はたしかに破壊を見せている。だが鮮烈な色彩の線や面は生命体として集結し発芽しつつあるようにも思える。つまりは絵画本来の強さになっているのだ。
 同じ1995年の阪神を宮本隆司が撮影している。どの写真からも直かに迫ってくるのはモノをつくる人間の行為そのものが根本から愚弄されているかのような、不自然ともいえる破壊の到来の道筋で、いいかえれば手づくりの住まいにも専門家の設計した建築にも共通するある自然性を踏みにじるような破壊の軌跡として見えてしまう。この世の建築の99パーセント以上は許し難いグロテスクなしろものには違いないが、破壊の光景は天誅などではなく、逆に人間の営みの根深さを思い起させる。その悲劇を「できるだけ自分の視点で普段通りにシャッターを切ることを心掛けて」(宮本の言葉・同展のカタログより)とらえた建築群はやみくもに衝撃的なのとは正反対な光景に、確実になっている。宮本の写真の精度がそこに定着している。
 最近は雑誌や新聞での今週今月の展覧会紹介記事ではもう、ほどよく捌ききれない展示企画が多い。コラムの形式を変える必要があるかもしれない。この「カタストロフ」から考えはじめることの大きさを、先はまったく見えないが感じはじめている。
(2019.1.9 うえだまこと

●本日のお勧め作品は植田実です。
ueda_80_hashima_10植田実 Makoto UYEDA
《端島複合体》(10)
1974年撮影(2014年プリント)
ゼラチンシルバープリント
26.9×40.4cm
Ed.5
サインあり
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*画廊亭主より深くお詫び
ときの忘れものの最多執筆者である植田実先生には単発の寄稿のほか、現在二つの連載をお願いしています。
一つが「展覧会のおこぼれ」で当初は<建築の編集者・植田実さんに専門外の美術について好き勝手に書いていただく>つもりでスタートしました。
第一回は2011年3月12日目黒区美術館での「包む―日本の伝統パッケージ展 TSUTSUMU−Traditional Japanese Packaging」で始まり、前回第49回は建築倉庫ミュージアムの<「建築」への眼差し―現代写真と建築の位相>でした。本業の建築展にも付き合いながら足掛け9年、今回で50回を迎えました。
もうひとつの連載は「本との関係」で昨2018年3月29日の第1回『植田実の編集現場―建築を伝えるということ』に始まり、現在第10回まできています。
いずれも同じ「植田実のエッセイ」というカテゴリーで掲載しているため、二つの連載が混在しています。読む方にとってはご不便でしょうが、ご容赦ください。

昨年末、ある会合でブログの執筆者複数名から「ときの忘れもののブログは内容は凄いのだけれど、デザインがダサイ! もう少し読みやすいデザインにして欲しい」というご叱責をいただきました。
旧石器時代の活字人間の亭主は思わぬパンチを喰らい、大いに動揺いたしました。
機械音痴の亭主には手も足も出ません。ウエブの専門家にお願いして、デザインの修正を試みています。その作業が昨日スタートしたのですが、いきなり(予告なし)にデザイン変更のテストをしてしまったので、突如変わった画面に驚かれた方もいらっしゃると思います。試行錯誤の作業なので、文字や画像がきちんと見られない画面が出たりで、読者の皆さんにはたいへんご迷惑をおかけしました。現在は元のデザインに戻しました。
今後も、画面のデザインが突然変化することがありますが、それは「デザインがダサイ!」のを何とかしたいというスタッフたちの実験作業なので、どうぞおおめに見てやってください。

ときの忘れものは「第27回瑛九展 」を開催しています。
会期:2019年1月8日[火]―1月26日[土] 11:00-19:00※日・月・祝日休廊
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ときの忘れものは3月末開催のアートバーゼル香港2019に「瑛九展」で初出展することになりました。
香港に作品を持って行く前に、ギャラリーで出品作品を公開いたします。
瑛九がさまざまな技法で試みた「光の絵画」への志向が最後に行き着いたのが点描で画面全体を埋め尽くす独自の抽象絵画でした。本展では輝くばかりの100号の油彩大作《海の原型》(1958年)など代表作ほか、カメラを使わず印画紙に直接光を当ててデッサンする「フォトデッサン(フォトグラム)」など1930年代最初期から最晩年までの作品をご覧いただきます。
瑛九の資料・カタログ等については1月11日ブログ「瑛九を知るために」をご参照ください。

●ときの忘れもののブログは年中無休ですが、それは多くの執筆者のおかげです。
昨年ご寄稿いただいた方は全部で51人。年末12月30日のブログで全員をご紹介しました。
荒井由泰,飯沢耕太郎,石原輝雄,井上祐一,植田 実,王 聖美,大竹昭子,大谷省吾,大野 幸,小国貴司,小此木美代子,片多祐子,金子隆一,喜夛孝臣,北村淳子,君島彩子,熊倉浩靖,倉方俊輔,光嶋裕介,小林紀晴,小林美香,佐藤研吾,島 敦彦,嶋吉信,東海林 洋,杉山幸一郎,鈴木素直,住田常生,清家克久,関根伸夫,高北幸矢,蔦谷典子,土渕信彦,戸田 穣,中根秀夫,中野和加子,中村惠一,中村茉貴,西岡文彦,野口琢郎,橋本啓子,平野 到,弘中智子,frgm/羽田野麻吏,市田文子,平まどか,中村美奈子,堀 浩哉,水沢 勉,柳 正彦,夜野 悠,

●2019年のときの忘れもののラインナップはまだ流動的ですが、昨2018年に開催した企画展、協力展覧会、建築ツアー、ギャラリーコンサートなどは年末12月31日のブログで回顧しました。

●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18〜24頁>に特集されています。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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