ギャラリー  ときの忘れもの

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王聖美のエッセイ「気の向くままに展覧会逍遥」第3回

「中村キース・ヘリング美術館とストリートアート作品」

 山梨県の小淵沢にある中村キース・ヘリング美術館で、2019年度通年の所蔵品展「Keith Haring: Humanism -博愛の芸術-」と5月18日〜2019年11月17日の企画展大山エンリコイサム個展「VIRAL」が行われている。ここ数年、渋谷区宮下公園の整備、各市町村と東京23区の落書き防止条例の強化など、都市をクリーンにするための規制が増える一方で、エクストリームスポーツやストリートアート作品への関心とストリートアート系イベントの増加が見られる。今回、80年代にストリートアートを牽引したキース・ヘリングと現在活躍中のグラフィティに端を発する大山エンリコイサムの作品を中村キース・ヘリング美術館で観た。シングルストロークの単位とそれらが広がって創られる彼らの絵画の世界と、外部に視覚的に現れる多元的な構成要素が結びついて、空間内部での体験につながっているこの建築は、共通してまるで夜空に描かれた星座とそれらで編まれた物語を読むようなものだと感じたので、ここに記しておきたい。

1、中村キース・へリング美術館の概要
 中村キース・へリング美術館は、2007年に建築家・北川原温氏の設計により開館し、2015年に収蔵庫と多目的展示室が増築されたプライベイトミュージアム。コレクターである中村和男氏の平面・立体合わせて現在200点以上のキース作品が収蔵されている。2007年の開館以来、コレクションを生かした企画を行なってきた美術館で、毎年異なるテーマの所蔵品展が年間を通して観られる。特に、2012〜2014年度に所蔵品展とは別に取り組まれた「キュレーターズ・セレクション」は、キース作品の作法や言語を再解釈し、小畑多丘、シェパード・フェアリー、yang02(やんツー)らの現代ストリートアートやアフリカ美術とキース作品とを絡めて咀嚼する意欲的な特集展であった。ちょうど「キュレーターズ・セレクション」が始まった2012年に美術館増築計画が重なり、2014年の同シリーズ終盤の008では増築工事の仮囲いに施した壁画や、同シリーズ最後の009ではその仮囲いを材料にした山下拓也による立体作品などが特集展を飾った。たった9回の「キュレーターズセレクション」ではあったが、多角的な視点からコレクションの魅力を引き出し伝える、そして現代ストリートアートを巻き込む取り組みだった。個人的には、今年の「VIRAL」展、そして今後続く企画展が、「キュレーターズセレクション」の生まれ変わりであることを密かに期待している。

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2、キース・ヘリングと大山エンリコイサムについて
 キース・へリングは、80年代初頭、ニューヨーク地下鉄構内でドローイングを始めた。その後壁画に取り組むようになり80年代後半にはニューヨークにポップショップを開く。地下鉄構内、壁画、ポップショップ、いずれも、ミュージアムやギャラリーで一部の人が享受するアートではなく、年代・性差・経済力の垣根を問わず誰でも見られるもの、多くの人の目に触れて安価で手に入るものを目指し、公共の場をカンバスに不特定多数の人々とコミュニケーションを試みたアーティストだった。非合法とされるグラフィティは、ゲリラ的に短時間で素早く描くため、キースの代名詞ともなる簡略化されたモチーフが生まれた。これらの人型も生き物の形も一筆書きで描かれる単純な図像で、それらが生き生きと組み合わさって広がってメッセージが発されている。キースは学生時代に記号論を学んでおり、こうした親しみある図像だけでなく、ポップショップでは解読困難な原始的な文字のような記号で床壁天井を埋め尽くした。今回の所蔵品展は、キースの一連の活動を紹介しつつ、80年代後半から夭逝するまでのポピュリズム要素の強い作品に重きが置かれた内容だった。
 一方、大山エンリコイサムは、描線の運動を展開した絵画で知られる30代のアーティストだ。70年代にニューヨークのブロンクスで生まれたグラフィティは、名前を都市というキャンバスに書くことから始まっているが、グラフィティから色彩と文字要素を除き、残りの視覚言語から抽出した線の動きである抽象的なパターンを「クイックターン・ストラクチャー」と大山は呼んでおり、キャンバスの上にエアロゾルで描かれた一筆書きの身体の運動は単位をつくりだし反復し増殖してゆく。今回の企画展は、彼の2014年から現在までの作品を一覧できる展示内容だった。

3、シングルストロークで辿る建築
 展示室を歩いてみる。モダンで展示内容により自在に展示室を変えてしまうホワイトキューブとは違い、中村キース・へリング美術館はシークエンスがコントロールされた美術館であり、それがこの建築の醍醐味でもある。受付を抜けると、敷地の地形をなぞるように長さ30mの幅の狭い「闇へのスロープ」を下る。突き当たりに倒立円錐の展示ブースを見る。照明を極限まで落とした「闇の展示室」に進むと、キース・ヘリングのポップな親近感のあるイメージからは遠く、取り憑かれたような苦悩や祈りを感じさせる作品が展示されていた。1979年の作品《無数の小さな男性器の絵》、《男性器と女性器》。新聞用紙の裏面に鋭利なペン先やボールペンで男性器のモチーフをいくつも執拗にひっかき、表面に木炭や鉛筆がこすり塗られた作品だ。スクラッチや反復というストリートアートにも通じる方法を見る一方で、この周辺の土地から発掘された縄文時代に祈りや行事としての石棒への男根崇拝があったことを想起させる。更に1990年に31歳で息をひきとる2週間前に完成したと言われる作品《オルターピース:キリストの生涯》。何かを訴えるように群がる人々、4体の天使、中央に十字架と鼓動するハート、複数の手と産声を上げて抱かれた赤ちゃんが彫られたキリスト教の祭壇に置かれるレリーフだ。キース・ヘリングにとって赤ちゃんは無垢な存在の象徴だったと言われており、自身の死が間近であることを知ってか知らずか、人々の希望や祈りのような作品であることが伺いしれる。

館内配置図scan-001館内配置図

 次に進むと「グローイングの間」。ここは広めの斜面になっている幅のある通路のような空間で、80年代前半にニューヨークの地下鉄で行われた「サブウェイ・ドローイング」の頃の資料を展示されていた。短時間で描け、日常的な公共の場でのコミュニケーションとして情報をわかりやすく伝えるためにモチーフは単純化されていった。続いては「希望の展示室」。天井も一段と高く、敷地の地形に沿って床が傾斜している展示室で、三次元の懸垂曲面の天井により空間の隅々まで光が均等に拡散されている。天空のような光と心地よい床の勾配が屋根の上にいるような錯覚を生む。ここでは80年代後半の大型の立体作品とシルクスクリーンがのびのびと展示されている。つづいて「自由の回廊」。開館当初は冒頭の倒立円錐の展示ブースと対をなす正立円錐で一連の物語が完結していたが、2015年以降に増築された「自由の回廊」から繋がる「多目的展示室」で企画展「VIRAL」展が開催されている。敷地に対して上りの傾斜なので、展示室が段床状になっているのも特徴だ。このように、一筆書きの明快な動線でありながら、多様な身体的な体験をするポエティックな建築がこのミュージアムだ。
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4、バラバラの要素をもつ建築と、キース・ヘリング作品、大山エンリコイサム作品に見られる接点
 筆者の勤務する建築倉庫ミュージアムに中村キース・へリング美術館の1/100の模型と1/200の敷地模型が収蔵されているほか、今年1月に開催された北川原温氏の個展「太陽と月と地球と人がつくる円錐形の闇」では、中村キース・へリング美術館の2003年ごろのマスタープランのスケッチをおこしたという、展示室が地下で、採光・換気・出入り口が地上に現れた1/200の模型と、パリのポンピドゥーセンター所蔵の1991年のコンセプトモデルの写真を加工した平面作品が展示された。これらの作品から読み取れるのは、この建築は計画時、大地に彫刻するかのように様々な形態が敷地に分散しており、繋がらない言語が大地から湧き出たような表現になっているということだった。

 実際に完成した美術館での、前述の多様な身体的体験を支えているのは、森の緩やかな地形に逆らうことなく建てられていることが挙げられる。また、外観から読み取ることができる倒立円錐、懸垂曲面、円錐といった構成要素、つまり地上に隆起した形状が、内部空間を裏切らないことが挙げられる。ところが、これら外観に表れる幾何学形態や、天井や壁に空いたさまざまな台形の孔、内装に使われているビニールの幕やトイレの柔らかい扉、2015年の増築で登場したギザギザの外壁、円形の中庭といった形も色も素材も異なる要素同士の繋がりは一体どう説明がつくのであろうか。誤解を恐れずに言うとバラバラの要素の混成体のために、増築に違和感をもたらしにくい形態にさえなっている。

20190818_王聖美写真3増築された壁増築された壁

20190818_王聖美写真4中庭中庭

 キースのモチーフと大山のクイックターン・ストラクチャーに見られるシングルストロークとそれらの反復と増殖による絵画、中村キース・へリング美術館の外観に見られるさまざまな形態とそれらの集合が一筆書きの詩的な体験に収束すること、ストリートに爪痕を残すエアロゾルライティングの行為、大地から多様な形態を湧き上がらせた北川原温による建築行為、これらの創造を同じ場所で体感すると、人類の原始的な行い、例えば先人が過去に壁画を描いたり、夜空を見て星で神話を描いたことと、現代がつながっているかのような錯覚を感じた。
おう せいび

■王 聖美 Seibi OH
1981年神戸市生まれ。京都工芸繊維大学工芸学部造形工学科卒業。国内、中国、シンガポールで図書館など教育文化施設の設計職を経て、2018年より建築倉庫ミュージアムに勤務。主な企画に「Wandering Wonder -ここが学ぶ場-」展、「あまねくひらかれる時代の非パブリック」展、「Nomadic Rhapsody-”超移動社会”がもたらす新たな変容-」展、「UNBUILT:Lost or Suspended」展。

●今日のお勧め作品は、アントニン・レイモンドです。
raymond_02アントニン・レイモンド Antonin RAYMOND
《色彩の研究》
インク、紙
64.1×51.6cm Signed

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◆ときの忘れものは8月11日(日)〜8月19日(月)まで夏季休廊です。
休み中のお問い合わせには8月20日以降に順次応答いたしますが、返信まで若干お時間をいただくことを予めご了承ください。

「中村哲医師とペシャワール会を支援する頒布会」の申し込み締め切りは8月21日19時です。
草間「かぼちゃYB-C」毎月11日、珍しい作品数点を特別価格にて提供し、売り上げ金全額をペシャワール会に送金します。第一回支援作品はヤコブ・アガム、荒川豊蔵・虎渓山 水月窯、イチハラヒロコ、豊島弘尚、草間彌生の5作品です。皆さんのご支援、お申し込みをお待ちしています。

◆ときの忘れものは眼差しの肖像画コレクションを開催します。
会期:2019年8月23日[金]―9月7日[土] *日・月・祝日休廊
11_Gazing Portrait_0729両面卓抜な表現力と、深い人間観察に基づいて描かれた7人の作家による異色の肖像画コレクションをご覧いただきます。
出品作家:細江英公五味彬E.J.ベロックジョセフ・コーネル小野隆生森村泰昌三上誠

◆ときの忘れもの・拾遺 第11回ギャラリーコンサートのご案内
日時:2019年9月3日(火)18:00
会場:ときの忘れもの
守安功・雅子出演:守安功、守安雅子(アイルランド音楽の演奏家)
プロデュース:大野幸
要予約=料金:1,000円
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

◆ART FAIR ASIA FUKUOKA 2019に出展します。
AFAF2019Official-LOGO(再送)_600
一般公開:2019年9月6日(金) 11:00〜20:00
     2019年9月7日(土) 11:00〜19:00
     2019年9月8日(日) 11:00〜18:00
会場:ホテルオークラ福岡 9階
〒812-0027 福岡市博多区下川端町3-2
Toki-no-Wasuremono Room No. 925
公式サイト:https://artfair.asia/
出品作家:瑛九磯崎新森下慶三
、他
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18〜24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。*日・月・祝日は休廊。

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