ギャラリー  ときの忘れもの

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「梅津元の関根伸夫 追悼トーク」

土渕信彦

6月1日(土)、NADiff a/p/a/r/tのイベント「追悼 関根伸夫―《位相−大地》を回復せよ」に参加しました。埼玉県立近代美術館学芸主幹・梅津元さんによるトークです。以下にレポートしますが、報告者(土渕)の責任で要約・再構成してあり、誤解しているところがあるかもしれない点を、予めお断りしておきます。

図1図1 講演中の梅津元さん

最初に、関根伸夫さんがアメリカ、ロサンゼルス郊外、トーランス市の病院で、現地時間5月13日午前9時20分、逝去されたことが告げられ、改めて参加者でご冥福を祈りました。梅津さんは逝去の4時間後、日本時間5月14日午前5時過ぎにメールで知らされたそうです。

続いて、新聞の訃報記事が紹介されました。各紙の共通点として、関根さんが「もの派」の代表的作家で、また《位相−大地》が代表作であるとしている点が指摘され、そのうえで、関根さんが「もの派」の作家であると言い切ってしまうことはできないし 、《位相−大地》が関根さんの代表作であり、戦後美術の記念碑的作品の1つであるとしても、「もの派」という文脈だけで語ることには問題があるのではないか、という疑義が呈されました。続けて以下のように解説されました。

20190623土渕信彦図2図2 講演中の梅津元さん

「もの派」という動向自体、論者によって定義が異なるし、参加メンバーの範囲も明確に線を引けるわけではない。《位相−大地》が「もの派」の発生に重要な役割を果たしたことは確かで、また、関根さんが自作に対するさまざまな見方を許容していることもあって、この作品は「もの派」との関連性から捉えられがちだが、こうしたアプローチだけではこの作品の意義が見失われるのではないか。むしろいったん「もの派」の文脈から、関根さんの仕事の展開のなかに取り戻して考察することが必要なのではないか。かなり前からこのような問題意識を持っており、このイベントのタイトル「《位相−大地》を回復せよ」も、このような観点から名付けたものです(埼玉県立近代美術館が2012年に開催した「日本の70年代 1968-1982」の図録に掲載されている梅津さんのテキストのタイトルに由来します。)

20190623土渕信彦図3図3 イベント関連書籍

さらに、梅津さんが過去に携わってきた、以下のような展覧会についても触れられました。

1995年の企画展「1970年−物質と知覚 もの派と根源を問う作家たち」
岐阜県美術館広島市現代美術館北九州市立美術館、埼玉県立近代美術館を巡回。全体のとりまとめは岐阜県美術館。梅津さんを含む4館の学芸員が作家1〜2名ずつ分担して担当。巡回展では各館がそれぞれの観点を主張し過ぎると、全体のまとまりが失われることもあり、この展覧会は必ずしも上記の問題意識に沿ったものとはなっていない由。

20190623土渕信彦図4図4 「1970年−物質と知覚 もの派と根源を問う作家たち」展図録

2005年の常設展特別プログラム「アーティスト・プロジェクト−関根伸夫《位相−大地》が生まれるまで」
《位相−大地》が生まれるまでの思考と制作の軌跡を、以下3つの作品と資料により辿るもの。“表される機会が従来ほとんどなかった1960年代の油彩画、ドローイング、半立体レリーフ作品、1986年制作の《位相−大地》の記録写真とコンセプト・ドローイングからなる版画作品、このプロジェクトのために新たに制作された《映像版 位相−大地》。この年に梅津さんは須磨離宮公園を訪れ、《位相−大地》が制作された場所を確認してきたそうです。なお、この年には国立国際美術館で「もの派−再考」展が開催されており、関根さんも出品作家の一人となっています。

20190623土渕信彦図5図5 須磨離宮公園の《位相−大地》跡地(右手のトンネルの位置で推定される)

2012年の開館30周年記念展「日本の70年代 1968−1982」
埼玉県立近代美術館が開館した1982年までの、15年間の時代の精神を、美術、デザイン、建築、写真、演劇、音楽、漫画などによって回顧しようとするもの。《位相−大地》に関しては、「出来事/記録−《位相−大地》を回復せよ」として採り上げています。須磨離宮公園現代彫刻展の公式記録写真は大辻清司撮影のものですが、《位相−大地》の写真は現在では村井修撮影のものが使用される場合が圧倒的に多い。おそらくこれは、村井の写真が「記録」から「出来事」への転換を見事に遂行しており、「出来事を喚起する力」が強いためと思われます。

20190623土渕信彦図6図6 「日本の70年代 1968-1982」展ポスター

2018年の企画展「版画の景色 現代版画センターの軌跡」
版画というメディアの特性に逸早く着目し、その普及とコレクターの育成を目ざして誕生した「現代版画センター」の、1974年の発足から1985年に倒産を余儀なくされたまでの、10年あまりの活動の軌跡をたどる展覧会。関根さんは発足当初から「軍師」(アドバイザー)として参画し、1975年の全国同時展「島州一・関根伸夫列島縦断展 クロスカントリー7,500辧廚任蓮¬粉啝瓩箸箸發冒換颪硫饐譴鮃垉咾靴董▲ぅ戰鵐罰催や販売にまで尽力したそうです。

20190623土渕信彦図7図7 「現代版画センターの軌跡」展チラシ

19751123列島縦断関根伸夫・島州一展_00001図8 全国同時展「島州一・関根伸夫 列島縦断展 クロスカントリー7,500辧廚隆愃さん

2019年秋には企画展「DECODE/出来事と記録−ポスト工業化社会の美術」を開催する予定で、目下の案としては、関根さんの貴重な資料や、埼玉県立近代美術館の建畠晢館長が学長を務める多摩美術大学で進めている「もの派アーカイヴ」の成果報告などによる構成であることが、告知されました。

下の写真は、2017年の春、お借りする資料を整理するために来日していただいた関根さんに、帰米前日、建畠館長が聞き取り調査をしている時の様子(撮影はすべて梅津さん)。不思議なことに、コップは2つなのにコースターが3つあります。コップがのっていないコースターが穴に見え、コップとコースターが、まるで《位相−大地》のように見えてきます。関根さんの手と指の存在感も注目。

20190623土渕信彦図9図9 関根さんと建畠館長

20190623土渕信彦図10図10 同上

20190623土渕信彦図11図11 同上

また、下の写真は、関根さんが卒業した埼玉県立川越高等学校(県下有数の名門校)の写真。校門には関根さんの彫刻作品があります(先日、川越市立美術館を訪れた際に梅津さんが撮影したもの)。美術部に所属していたそうで、当時の作品もスライドで紹介されました。なお川越市立美術館では2003年に「〈環境美術〉なるもの−関根伸夫展−」が開催されています。

20190623土渕信彦図12図12 川越高等学校正門

最後に参加者で改めてご冥福を祈り、イベントが終了しました。レビューは以上です。

以下、関根さんに関する土渕の回想を二つばかり。

1.岡崎和郎氏との交流
渋谷のギャラリエアンドウで開催された岡崎和郎展(2005年か)の初日に、関根さんが訪ねて来て、両先生と画廊主の安藤さんに、居座った小生も加わり、4人でそのまま画廊で会食となりました。両先生の交友について、まったく知らず、驚きましたが、以前からかなり親しい間柄だそうで、この日もお互いに深い敬意を抱いていることが伝わってきました。後から考えると、1970年頃の2人仕事の発想には通底するところがあるように思われます。

2.ときの忘れものでの会食
2016年9月10日、青山に在ったときの忘れものを関根さんが訪ねて来られました。綿貫夫妻と画廊スタッフが、関根さんを囲んで会食という流れになり、運よく画廊に居合わせた大野幸さんと小生も誘われて加わりました。柳正彦さんも駆けつけました。柳さんは中学生の頃から、ときの忘れものの前身の現代版画センターに、最年少の顧客として出入りしておられ、後にはスタッフとして勤務、さらに渡米してクリストの片腕として今も国際的に活躍されています。磯崎新アトリエ出身の大野さんは、エジプトでのプロジェクトに携わっておられ、関根さんに建築家の立場から、ピラミッドの頂についてや、《位相−大地》を作る工程、土の固め方などを質問していました。小生は関根さんの世代から見た瀧口修造について伺いました。楽しい晩でした。

20190623土渕信彦図13図13 関根さんを囲んで
つちぶち のぶひこ

土渕信彦 Nobuhiko TSUCHIBUCHI
1954年生まれ。高校時代に瀧口修造を知り、著作を読み始める。サラリーマン生活の傍ら、初出文献やデカルコマニーなどを収集。その後、早期退職し慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了(美学・美術史学)。瀧口修造研究会会報「橄欖」共同編集人。ときの忘れものの「瀧口修造展機銑検廚魎峠ぁまた自らのコレクションにより「瀧口修造の光跡」展を5回開催中。富山県立近代美術館、渋谷区立松濤美術館、世田谷美術館、市立小樽文学館・美術館などの瀧口展に協力、図録にも寄稿。主な論考に「彼岸のオブジェ―瀧口修造の絵画思考と対物質の精神の余白に」(「太陽」、1993年4月)、「『瀧口修造の詩的実験』の構造と解釈」(「洪水」、2010年7月〜2011年7月)、「瀧口修造―生涯と作品」(フランスのシュルレアリスム研究誌「メリュジーヌ」、2016年)など。

◆土渕信彦の連載エッセイ「瀧口修造の本」は、今月はNADiff a/p/a/r/tのイベント「追悼 関根伸夫―《位相−大地》を回復せよ」レポートのため休載しましたが、毎月23日の更新です。
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●今日のお勧め作品は、関根伸夫です。
sekine_obj-03a関根伸夫 Nobuo SEKINE
《The Broken Pyramid》
1980年
黒御影石
W61.5xH33.0xxD46.0cm
サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18〜24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。*日・月・祝日は休廊。
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