ギャラリー  ときの忘れもの

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「THE BODY―身体の宇宙―」The Human body as a Microcosm: Art, Anatomy and Astrology
前期:4月20日(土)〜5月19日(日)
後期:5月21日(火)〜6月23日(日)
会場:町田市立国際版画美術館
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「THE BODY―身体の宇宙―」
The Human body as a Microcosm: Art, Anatomy and Astrology

栗田秀法


 フライヤーのメインヴィジュアルに使用された名作エングレーヴィング版画《ファルネーゼのヘラクレス》に惹かれ、町田の国際版画美術館に早速足を運んで「THE BODY―身体の宇宙―」展を拝見した。
 展覧会名は「身体の宇宙」とやや漠然としたものであるが、展覧会名に付された英文に「ミクロコスモスとしての人間の身体:芸術、解剖学、占星術」とあるように、コンセプトは明確で、次のような展示構成である。

第1章 理想の身体
断章 聖なるからだ
第2章 解剖図幻想
断章 ピラネージの建築解剖学
第3章 身体の宇宙へ

 出品作品は、国立西洋美術館と並ぶ日本を代表する西洋版画コレクションを擁する町田市立国際版画美術館のコレクションを核に他の美術館や大学図書館の作品を加えて構成されたもので、優れた版画作品の数々に加え、珍しい作品や古書籍が多数差し挟まれており、時を忘れてその多彩な作品世界に引き込まれた。本稿では、展覧会の順路に即して各セクションの特色や気になった作品について手短に綴ってみたい。
 第1章の「理想の身体」は二つのパートに分かれており、アダムとエヴァ、ヘラクレスが主役の前半の「美」では、身体の描写の発展を通じて西洋版画、とりわけエングレーヴィング版画の描写の手法の展開をたどれるようになっている。
 15世紀後半のドイツで制作された初期木版画『イエスの生涯注解』(1478頃、cat.no.1)では陰影のない線のみによってアダムとエヴァが描写されているが、世紀の終わりが近づいた時期の木版画『年代記』(1493、no.2)になると両者の表現に陰影表現が採用されたことが分かる。アルプス以北の理想化されざる人体表現と対照的なのがイタリアの銅版画家ゾアン・アンドレアの《ヘラクレスとディアネイラ》(1475頃、no.3)の人物像である。理想化された古代彫刻の身体表現を範にしたもので、規則的なハッチングによる陰影表現によって筋肉の浮彫感と中身が詰まったソリッドな感覚が見事に達成されている。イタリア初期ルネサンスのマザッチオとゴシック末期のファン・エイクの間に存するアダムとエヴァとの表現の相違が思い起こされよう。最初の一角の最後を飾るのがホルツィウスの《ヘラクレスとテレボス》(1592頃、no.4)で、卓抜したビュランの技量による交差するアーチ状の曲線による肉付けの表現はルーペで何度見ても驚きを禁じ得ないものである。
 次のコーナーの主役はミケランジェロとデューラーの人体表現である。アゴスティーノ・デイ・ムージのエングレーヴィング《アルノ河からあがる戦士たち》(1524、no.5)は、ミケランジェロの「カッシナの戦い」のための下絵に基づくもので、ミケランジェロの筋骨隆々とした身体と多様なポーズがヨーロッパ中に広まるのに一役買った重要な作品である。ルーペを用いて並置された18世紀の同作品の模刻版画と比較してみると、同じ絵柄でも刻線の密度や部分の捉え方がずいぶん相違していることがわかる。同様なことはやはり並置されたマルコ・デンテとニコラ・ベアトリゼの《嬰児虐殺》(nos.7-8)でも確かめられ、前者では明部に紙の地がそのまま用いられているのに対して、後者では明部にも刻みがあるため、同じ絵柄でも随分印象が異なっている。
 美のパートの真打ちは、人体比例研究の極点として名高いデューラー作《アダムとエヴァ》(1504、no.15)である。デューラーはウィトルウィウスの『建築十書』を通じ、神に由来するとされた、円と正方形に手足が内接する理想的な人体を研究することができた。この「ウィトウィウス的人体」は本展におけるひとつ目のミクロコスモスであり、ウィトルウィウスの諸版がデューラーの『人体均衡論四書』(1528)とともに多数紹介されている。カタログにはデューラーの理論書研究の第一人者である下村耕史氏によるエッセイ「デューラーの人体均衡論」が収録されており、難解な人体均衡論の概略が簡潔にまとめられており大変役立つ。このコーナーには都合8点ほどのデューラーのエングレーヴィング版画が展示されているのであるが、黒線のアペレスの異名を持つこの巨匠の刻線の密度の高さに改めて驚かされる。だが、ここまでで展覧会は四分の一を過ぎたばかりである。ルーペを手にして刻線の魅力と驚異に熱中しすぎるとスタミナ切れになりかねないのでくれぐれも注意されたい。

015アルブレヒト・デューラー《アダムトエヴァ》1504年、町田市立国際版画美術館寄託(no.15)

 「理想の身体−力」と題された後半のパートでは、どちらかと言えば静止した身体が中心に据えられた前半とは異なり、激しい動作の身体が主眼となっている。また、力には権力も意識されており、戦争や軍隊と身体との関りも扱われている。
 印象的だったのはホルツィウスの「ローマの英雄」連作4点(1586、no.26)で、このコーナーを締めくくる《ファネーゼのヘラクレス》(1592頃、no.36)ともどもビュランによる網目状の刻線が生み出す逞しい身体描写の迫力は圧倒的である。その隣には同じホルツィウスのよる「将校と軍人」から2点(no.27)が展示されていたが、こちらでは対象に合わせ手法が使い分けられており、密度のあるより繊細な刻線が用いられている。
 このパートで注目されるのは、パラヴィチーニ『図説剣術書』(1670、no.33)をはじめとする剣術・格闘術の書物の挿絵が6冊ほど紹介されていたことである。カタログに記しているところによれば、本展の端緒には2020年の東京オリンピックのプレイベント的な色合いを盛り込むことがあったとのことで、一連の作品がじつは本展の隠れた主役だったのである。そのうちの5冊までが日本体育大学図書館の所蔵であり、体育大学が自らの出自を確かめるかのように古書を着々と収集してきたことも興味深い。

033ジュゼッペ・モルシカート・パラヴェチーニ(著)『図説剣術書』1670年刊、日本体育大学図書館(no.33)

 両パートの間に置かれていた「断章 聖なるからだ−キリストと聖人たち」の小コーナーも版画史的には興味深い。インクナブラ(揺籃期本)と呼ばれる1500年以前の初期木版画の実例をつぶさに観察できる貴重な機会で、手彩色の退色を防ぐために通常は展示の機会が限られているため、ある程度まとまって見られる今回の機会は幸運である。トマス・ア・ケンピス『キリストにならいて』などにより新しい信心(devotio moderna)が広まった中世末期において、キリストの受難の悲惨な描写においてキリストの人性がいかに強調されたのかが、例えば《衣をもつ嘆きの人》(16世紀初頭、no.39)に見出される毒々しい血の色などから感じ取ることができよう。

039《衣を持つ嘆きの人》16世紀初頭、町田市立国際版画美術館

 「解剖図幻想」と題された第2章では、15世紀末から18世紀半ばまでのじつに変化に富んだ解剖図が紹介される。1543年のウェサリウスによる科学的な『人体の構造について』(no.48)が一つの画期となったことは確かであるものの、多彩な解剖図を見るにつけ、客観的な機械論的、唯物論的な解剖図が生まれるまでには大きな紆余曲折があったことがわかる。この時代が依然として天体のマクロコスモスと人体のミクロコスモスの照応関係を背景にした魔術的な世界観が多かれ少なかれ生きていた時代であったことを思い起こせば当然なのではあるが(この時代の芸術・科学についてはヒロ・ヒライ編『ルネサンス・バロックのブックガイド』工作舎、が格好の手引きになるであろう)、一連の解剖図の幻想性の一端は、解剖図もまた「驚異の部屋」よろしく創造神の驚異の御業を確認し、称えることにあり、類似の発想が18世紀においても強く残存していたことは『神聖自然学』(1732-37、no.58)の奇妙な挿絵からもうかがわれる。
 このコーナーで圧巻だったのは、ゴーティエ=ダコティの色刷り大判の二つの解剖図集である。『頭部解剖図集』(1748、no.59)では網の目のような毛細血管まで克明に写されており、細部に肉薄する執念と毒々しいまでの鮮血にあてられて背筋が寒くなってこよう。他の解剖図集と同じように、全身が収められた『人体解剖図集』(1759、no.60)でも解剖された人体や骸骨が生きているようなポーズをとっており、妊婦の解剖図において子宮の中の胎児がメソメソしているのは興味深い。両解剖図集における細密な描写にはメゾチント技法が使用されており、写真前夜の時代における視覚的な真実への希求と技法との関係を物語るものとして注目される。長谷川潔浜口陽三らの詩情あふれるメゾチントに慣れた現代の目からする奇異であるが、坂爪厚生のメゾチントの世界などに何かしら通ずるものを見出すこともできよう。また、色刷りの解剖図の初期のものとして、明暗版(キアロスクーロ)木版の技法が駆使された『乳糜管概論』(1627、no.54)がゴーティエ=ダコティの前に展示されていたことも効果的であった。なお、第2章に関連して西洋版画史研究の大御所・坂本満氏の含蓄あるエッセイ「科学と芸術−蜜月と分裂―」がカタログに収録されている。

059ジャック=ファビアン・ゴーティエ=ダコティ『頭部解剖図』1748年刊、放送大学附属図書館(no.59)

 第2章と3章との間には「断章 ピラネージの建築解剖学」が挿入されている。崩れ落ちた建築の内部構造を露わにしたり、人体を剥ぐように建築的細部を抉り出したりするピラネージのまなざしは人体解剖図と比較可能で、部分と全体のレイアウトにも解剖図と通ずるものが見出されるという。
 最終の第三章は、「身体の宇宙へ」と題されているように、本展覧会のタイトルの出発点にあった章である。その中心にあるのがライシュ『哲学の真珠・新版』(1508)に収められた「獣帯人間(黄道十二宮人)」(no.64)で、黄道十二宮が12の人体の部位を支配しているという発想が先述したマクロコスモスとミクロコスモスの照応と占星術を背景に図示されたものである。おひつじ座は頭部を、おうし座は頸部、ふたご座は肩、かに座は胸部、しし座は脇、おとめ座は腸、てんびん座は臀部、さそり座は性器、いて座は大腿、やぎ座は膝、みずがめ座は下肢、うお座は足部を支配するという具合である。各部位の治療には当該の星座が天に昇る時期に行われるべきだという考えに呼応して、獣帯人間が時禱書に組み込まれた例として著名なのが『ベリー公のいとも豪華なる時禱書』である。

064グレゴール・ライシュ(著)『哲学の真珠・新版』1508年刊、町田市立国際版画美術館(no.64)

 加えて本展では、四気質それぞれに適切な瀉血の時期を示した一種の獣帯人間が描かれた時禱書の一葉が展示されている(『時禱書』(ローマ式)(1508)、no.63)。これは当時のミクロコスモスとして身体の様相をよく伝えるもので、企画の趣旨の理解に資するものなので補足しておこう。欄外の四隅には当時の占星医学に関わる次の文字が記されている。

063-01『時禱書』(ローマ式)1508年刊、放送大学図書館(no.63)

白羊宮、獅子宮、人馬宮の月間には、瀉血するに胆汁質がよし。火。
双児宮、天秤宮、宝瓶宮の月間には、瀉血するに多血質がよし。空気。
巨蟹宮、天蝎宮、双魚宮の月間には、瀉血するに粘液質がよし。水。
金牛宮、処女宮、磨羯宮の月間には、瀉血するに憂鬱質がよし。土。(注1)

また、画面中央の獣帯人間の周囲には2行構成の銘文が四つ配されている。

胆汁質は火と獅子の性質を帯び、けんか腰で顔色が悪い。
粘液質は水と子羊の性質を帯び、素朴でおとなしく、人づきあいが良い。
多血質は猿と空気の性質を帯び、率直で快活、陽気である。
憂鬱質は豚と土の性質を帯び、鈍重で気難しく、ほとんどかっとならない。(注2)

さらに人間の各部位から次のような吹き出しが出ており、惑星が人間の臓器と関連付けられている。

太陽は胃、土星は肺、木星は肝臓に関わる、火星は肝臓、金星は腎臓、火星は腎臓、月は頭。(注3)

 地上の世界が天上の惑星の支配を受けるという考えた方がその後の16-7世紀においても受け継がれていることは、ホルツィウスの連作『7つの惑星の神々』(1596、no.71)から知ることができる。こうした天と地の照応関係という発想はその後19世紀に消えゆく運命にあるが、類似した発想がグランヴィルの『もうひとつの世界』(1844)の数葉に見出されている。
 展覧会の最後は3人の現代作家によって締めくくられている。独立した展示室の冒頭でわれわれを迎えてくれるのが柄澤齊の木口木版を中心とする静謐な作品世界である。モチーフは裸体や臓器など、本展のテーマと共通しているが、対象と作家との間に存する冷めた距離感と透明な詩情は、続く池田俊彦の強烈な世界とはあまりに対照的であった。老いて生き永らえる不死なる存在への畏怖から生まれくるものなのであろうか、細かな血管が浮き立つまで肉が削げ落ちた皮膚の様子を徹底的に写し取ろうとする執念はゴーティエ=ダコティの解剖図の放つ強度と比較できる。会場構成上の都合もあったと思われるが、柄澤作品を第1章に、池田作品を第2章に組み入れることもできたであろう。
 展覧会のトリを務めるのが大垣美穂子のインスタレーション「Milky Way」である。暗室内に肉体の内側から放たれる無数の星は、作家の意図とは別に、大宇宙と小宇宙の照応を感じさせるものであり、展覧会コンセプトの見事な縮図となっていた。
 本展は、身体に見出される大宇宙と小宇宙の照応関係を身体の外形、内部、観念の三つの側面から外から内へ順次掘り下げるものであった。欲を言えば、会場のパネルはともかく、図録の章解説、セクション解説について見開き程度のやや詳しめのものがあれば企画の趣旨の理解がいっそう容易になったことであろう。担当学芸員からは企画の意図や経緯を記したエッセイ以外にまとまった文章がなかったことはいささか残念であった。版画専門館のこだわりとしては、専門家や研究者の卵に向けてではあるが、個々の版画にBartsch、Hollstein、あるいはカタログレゾネのレファレンス番号を付すなど、ドキュメンテーション、レファレンス面での充実も図られてもよかった。とはいえ、担当の藤村拓也学芸員の意欲的なキュレーションには敬意を表したい。今後の企画が楽しみである。
 なお、ミニ企画展として同時開催されている「彫刻刀で刻む社会と暮らし‐戦後版画運動の広がり」も先般福岡と前橋で開催されて話題となった「闇に刻む光 アジアの木版画運動」展の一部を深掘りするもので、今後のさらなる調査の進展が期待されるものであった。

注1 
"Quant la lune est en aries, leo et sagitarius, il faict bon saigner au colérique. Feu.
"Quant la lune est en gemini, libra et aquarius, il faict bon saigner au sanguin. Aer.
"Quant la lune est en taurus, virgo et capricornus, il faict bon saigner au fleumatique. Terre.
"Quant la lune est en cancer, scorpio et pisces, il faict bon saigner au melancolique. Eaue. "
注2
"Le colérique tient du feu et du lion, il a perilleux vin, mauvaise complexion."
"De l’eaue et de l’aignel tient le fleumatique ; est simple et doulx, tendant a pratique."
"Du singe et de l’aer tient le sanguin qui est franc et plaisant et a joyeux vin."
"Le mélancolique tient du pourceau et de terre, il est pesant et ort, donneur ne lui chaut gueres. "
注3
"Sol l’estomac", “Saturne le pemon”, “Jupiter regarde le foye”,”Mars le foye”, "Venus le rongnon",”Mars le rongnon”, "Lune le chief"
*銘文については次の文献を参照した:SANTUCCI, Monique. ”L’homme et les planetes dans les planches de l’Homme anatomique et de l’Homo astrologicus” In : La soleil, la lune et les étoiles au Moyen Âge [en ligne]. Aix-en-Provence : Presses universitaires de Provence, 1983 (généré le 06 mai 2019). Disponible sur Internet : . ISBN : 9782821835931. DOI : 10.4000/books.pup.2914.

※前後期の相違は、書籍の頁替えに関するものである
※画像提供:町田市立国際版画美術館
※本展における「獣帯人間」については、ヒロ・ヒライ氏による紹介記事を参考にしてください。
(くりた ひでのり)

栗田秀法(くりた ひでのり)
1963年愛知県生まれ。 1986年名古屋大学文学部哲学科(美学美術史専攻)卒業。1989年名古屋大学大学院文学研究科哲学専攻(美学美術史専門)博士後期課程中途退学。 愛知県美術館主任学芸員、名古屋芸術大学美術学部准教授を経て、現在、名古屋大学大学院人文学研究科教授(博物館学担当)。博士(文学)。専門はフランス近代美術史、日本近現代美術史、美術館学。
著書、論文:『プッサンにおける語りと寓意』(三元社、2014)、編著『現代博物館学入門』(ミネルヴァ書房、2019)、「 戦後の国際版画展黎明期の二つの版画展と日本の版画家たち」『名古屋芸術大学研究紀要』37(2016)など。
展覧会:「没後50年 ボナール展」(1997年、愛知県美術館、Bunkamura ザ・ミュージアム)、「フランス国立図書館特別協力 プッサンとラファエッロ 借用と創造の秘密」(1999年、愛知県美術館、足利市立美術館)、「大英博物館所蔵フランス素描展」(2002年、国立西洋美術館、愛知県美術館)など。

●今日のお勧め作品は、坂爪厚生です。
sakazume_jikan_no坂爪厚生 Atsuo SAKAZUME
《サファリランド−時間の属性》
銅版画
49×69cm
Ed.20
鉛筆サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。

◆ときの忘れものでは「第311回企画◆葉栗剛展 」を開催します。
会期:2019年5月24日[金]―6月8日[土]11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
葉栗展
ときの忘れものは毎年アジアやアメリカのアートフェアに出展し、木彫作家・葉栗剛の作品をメインに出品しています。今回は、2014年以来二回目となる個展を開催し、国内未公開作品11点をご覧いただきます。
初日5月24日[金]17時よりオープニングを開催します。

●『DEAR JONAS MEKAS 僕たちのすきなジョナス・メカス
会期:2019年5月11日(土)〜6月13日(木)
会場:OUR FAVOURITE SHOP 内 OFS gallery
〒108-0072 東京都港区白金5-12-21 TEL.03-6677-0575
OPEN 12:00-19:00(ただし展示最終日は17:00まで)
CLOSE: 月・火(祝日を除く)

●『光嶋裕介展〜光のランドスケープ
会期:2019年4月20日(土)〜5月19日(日)
会場:アンフォルメル中川村美術館
[開館時間]火・木・土・日曜日 祝日 9時〜16時

●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18〜24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。
*日・月・祝日は休廊。

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