ギャラリー  ときの忘れもの

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王聖美のエッセイ「気の向くままに展覧会逍遥」第10回

「第58回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館展示帰国展 Cosmo-Eggs|宇宙の卵」展を訪れて

 アーティゾン美術館の5階展示室で2020年6月23日から10月25日まで開催されている「第58回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館展示帰国展 Cosmo-Eggs|宇宙の卵」を訪れました。アーティゾン美術館は充実したコレクションと教育普及活動を誇るブリヂストン美術館(1952〜2015)を前身とし、ファン待望の中、新築のミュージアムタワー京橋(東京)の1〜6階に今年1月に開館しました。6階展示室のロビーではデザインコレクションとして「How High the Moon」などの倉俣史朗氏のソファ3点が利用できます。とても楽しみにしていた展覧会で、再現や二次資料で構成される展示の面白さをあらためて享受しました。

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1、ヴェネチアビエンナーレについて
 ヴェネチアビエンナーレの美術展と建築展は、毎年交互に行われています(次回建築展は2021年に延期)。日本は1952年の第26回展に初めて公式に参加(イタリア政府企画と本部企画の日本人作家作品展示を除く)し、当時は日本館がなく中央館での出品でした。1953年頃、ジャルディーニの日本館建設は、国内の国立西洋美術館(1959年開館)の建設と重なり、資金集めは難航しますが、1955年にブリヂストンタイヤ株式会社の石橋正二郎氏が建設費を寄贈され、1956年に日本館が完成。その第28回展に版画家の棟方志功ら洋画家、彫刻家の5名が出品されました。
 第59回美術展日本館展示(2022年)では選考委員会がダムタイプを選出しましたが、これまで美術展の第52回(2007年)〜第58回(2019年)と、建築展の第11回(2008年)〜第17回(2021年)は、指名コンペによってキュレーターの企画プランが選ばれる方法をとっていました。競われた企画案と審査員による講評は国際交流基金のウェブサイトで公開され、それらが閲覧できることもヴェネチアビエンナーレの楽しみの一つでした。

 第58回美術展の日本館キュレーター指名コンペでは、荒木夏実氏、遠藤水城氏、金井直氏、長谷川新氏、林道郎氏と服部浩之氏の6名のキュレーターが指名され、選考を経て服部浩之氏率いる下道基行氏(美術家)、安野太郎氏(作曲家)、石倉敏明氏(人類学者)、能作文徳氏(建築家)による企画案が選出されました。
 「人間と非人間の共存」、「異なる歴史認識や文明文化をもつ他者の共存」、「異質なパースペクティブ(展望・主義・主張・表現)の共存」がテーマの展覧会で、今日の地球上の人間中心的な価値観、あるいは敵対や摩擦を生む二項対立的思考を乗り超え、違った存在同士が違ったまま同じ時空間にただあることが可能な場を災害多発国である日本から発信、表現する試みでした。そして、審査員からは、「災禍をもたらすものとしての自然」と「生を育むものとしての自然」とのバランスが評価され、異なる専門性を持つメンバーが集まったコレクティブへ期待が集まりました。

2、帰国展について
 帰国展展示室に踏み込むと、「設営現場感」溢れるリースパネルの裏面が並んでいます。その正体は日本館展示室を90%に縮小した再現展示室で、展示室内に再現展示室がすっぽり収まった二重構造になっています。再現展示室の周りにテキスト、過去に日本館で行われた美術展一覧、《津波石》シリーズの中から日本館展示にはない作品9点、企画書、調査・スタディ資料、音声ファイル、サンプル、タイムライン、模型、音楽の記録スコア、副産物的に生まれた作品、記録映像などが配置され、経緯、記録と検証に重きが置かれています。

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 再現展示室のエントランス部分(階段と庇)は、段ボールの積層と木工で表現され、模型であること、テンポラリーで移設であること、または参考資料としての再現展示であることが強調されているように感じました。そして、この90%という縮尺ですが、実は展示物や床張り材のモジュールは実寸のままなので、身体的な違和感があり「嘘っぽさ」が面白かったです。再現展示室脇に作品搬出入用のスロープが立てかけられているところや、展示室内にある吹き抜けを見下ろすと4階展示室のビエンナーレ関連展示(過去第28回に出品作家の作品と、第27・32回に出品された作品の展示)が覗けるのは遊び心でしょうか。

 再現展示の内部については4つのエレメントに分けて記したい思います。

「音楽」
 再現展示室内に入るとまず音に包まれます。これは安野氏による「ゾンビ音楽」で、伝達規則がプログラムされた12本のリコーダー(ソプラノ4本、アルト3本、テナー3本、バス2本)に空気が送り込まれることによって自動演奏で生まれる囀りです。この即興的かつ発生的な音響は、巨大な伝説上の生き物の胎内に入ったような、再現展示室自体が大きな楽器に感じられ、抽象的な別世界に没入させる効果がありました。

「神話」
 4面ある壁に、石倉氏による神話が(帰国展では日本語で)プロジェクトメンバーの手で彫られています。宮古諸島、石垣島、台湾島嶼に伝えられる神話と伝承を調査し、創作された神話とのことで、大地の震動、温泉、溶岩、津波、洪水といった地球に繰り返し起こる自然災害と、生命の誕生・サバイブ・転生が連鎖的に描かれ、「Cosmo-Eggs」展の世界観を方向付けています。

「石」
 四方に配置されたキャスター付きスクリーンには、下道氏による《津波石》シリーズの中から4点が映写されています。200~2000年前の津波によって海底から運ばれてきた巨大石の周りで、草木、雲、光、波、砂といった景色が移ろい、人や鳥といった生き物が集まったり離れたりする、一見写真のようなモノクロの定点観測の映像で、小さな星を見ているようでした。

「建築」
 中央には求心性の高い橙色のバルーンソファが置かれています。ソファ中心部には上述のリコーダーに繋がる複数の透明チューブが束ねられ、ソファがリコーダーに送風する肺の役割をしているように見えます。
 日本館を設計したのは大学セミナーハウス、アテネ・フランセなどの名建築を残した吉阪隆正で、日本館は高低差のある敷地に立ち、展示室がピロティに持ち上げられています。展示室内には4本のくさび型の柱があり、床の中央にはピロティを見下ろす開口、天井には中央の四角いトップライトと無数の丸いトップライトから自然光が入るように設計されていました。当初、ピロティには彫刻などの野外展示、展示室内には平面が展示されることが想定されていたようです。日本館は小さな改造が度々行われましたが、2013〜14年の伊東豊雄氏による改修工事でオリジナルの復元と機能面安全面の改善がなされました。ちなみに、現地のピロティに敷かれていたウッドデッキは、第16回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展(2018年)のデッキが大部分転用されたものです。
 さて、この展示室の床の開口の活かし方ついては、例年どの企画案もさまざまなアイディアが注がれています。今回の指名コンペの段階では、ピロティに設置されたバルーン階段を上って行くと、展示室内を覗けることが考えられていましたが、能作氏によりピロティから展示室まで貫通する2層のバルーンソファ兼送風機とすることでブレイクスルーしたようです。

 上述の音楽、神話、石、建築の4つのエレメントが自立しつつも相互に関係しながら、一つの展覧会として結ばれています。個々の作品だけでなく、このこともテーマである3つの共存を表現しているのです。

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「展覧会カタログ」
 グラフィックデザイナーの田中義久氏は、展覧会案選出の5ヶ月後にプロジェクトメンバーの一員として招集され、制作の経緯を俯瞰されてきました。展覧会のカタログには「Cosmo-Eggs」展のコンセプトブックとして「Cosmo-Eggs | 宇宙の卵」と、開幕後から帰国展までの間に編まれたテキスト中心の「Cosmo-Eggs | 宇宙の卵ーコレクティブ以降のアート」があります。前者は、主にコレクティブの各々のビエンナーレまでのプロセスを見せる内容で、作品画像、調査ファイル、地図、フィールドノート、図面、模型写真、テキスト、楽譜、タイムライン、写真などがそれぞれ異なる大きさと異なる紙の材質のまま重ねて綴じられており、二次資料のレプリカを手に入れたような手触りがとても愛おしかったです。展覧会や建築の仕事に関わっていると、リサーチやスタディといった副産物の方が手元に残りますが、その感触がファンに伝わるカタログだと感じました。後者は、コレクティブの協働プロセスや思考の記録として開幕後に行われた座談や論考が記された、どちらかというと振り返りを主とした内容で、帰国展を言葉で補うものでした。ときどき巡回展などでカタログの完成度が高すぎてカタログが立体的に立ち上がったような展覧会がありますが、この帰国展と二冊のカタログは、高次元と二次元を往来しながら「Cosmo-Eggs」展を検証する構造が、再現展示と二次資料展示を含むこの帰国展の魅力だったのかもしれません。

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 そして、帰国展の中で最も帰国展たらしめたのは、下道氏が日本館に映る木漏れ日を撮った映像作品と、会期中にベネチアの道路や広場がアクアアルタ(高潮)に見舞われた様子、開幕直前に日本館の屋上に巣を作っていた海鳥が卵を産んだ様子が撮られた展覧会記録映像ではないでしょうか。服部氏は現実世界で人間と非人間の共存が起こったとして、論考の中でアクアアルタと海鳥の卵を産んだことに触れています。

写真10_IMG-6010再現展示室入口脇に、下道基行《無題》(2019年)

 最後に、服部氏は自らが未知のものや出来事・状況に出会いたいという意識から、何かを評価したり価値づけをしてゆくことよりも、新たな何かが生まれる状況を触発したり、そういった環境を築くことへの継続的な関心について、座談会やインタビューで述べています。それ自体をプロジェクト化したのが「Cosmo-Eggs」展と帰国展でしたが、これからの時代に不可欠な柔軟さや社会性の高さといった服部さんの気質と、アーティストの協働を束ねる職能に深い敬意を感じました。
おう せいび

「第58回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館展示帰国展 Cosmo-Eggs|宇宙の卵」展
会期:2020年6月23日[火]-10月25日[日] ※会期変更
休館日:月曜日
会場:アーティゾン美術館・5階展示室
開館時間:10:00 〜18:00(毎週金曜日は20:00まで/当面の間、中止)
※入館は閉館の30分前まで
主催:公益財団法人石橋財団アーティゾン美術館、独立行政法人国際交流基金
展示機材協力:キヤノンマーケティングジャパン株式会社

王 聖美 Seibi OH
1981年神戸市生まれ。京都工芸繊維大学工芸学部造形工学科卒業。国内、中国、シンガポールで図書館など教育文化施設の設計職を経て、2018年より建築倉庫ミュージアムに勤務。主な企画に「Wandering Wonder -ここが学ぶ場-」展、「あまねくひらかれる時代の非パブリック」展、「Nomadic Rhapsody-”超移動社会”がもたらす新たな変容-」展、「UNBUILT:Lost or Suspended」展。

●王 聖美のエッセイ「気の向くままに展覧会逍遥」は偶数月18日に掲載していますが、この秋は建築関連の好企画がめじろ押しで、特別に11月18日にも掲載がございます。どうぞお楽しみに。

●本日のお勧め作品は光嶋裕介です。
koshima_2018-01光嶋裕介 Yusuke KOSHIMA
"幻想都市風景2018-01" ※画像をクリックすると拡大します。
2018年  和紙にインク
45.0×90.0cm  Signed
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18〜24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。*日・月・祝日は休廊。
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