ギャラリー  ときの忘れもの

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三島由紀夫没後50年『三島由紀夫と天人五衰展』に寄せて

本阿弥 清(ほんなみ きよし)


 「昭和」という時代を生きた希代の文学人であり思想家の「三島由紀夫」が、1970年11月25日に逝ってから、今年の11月でちょうど半世紀50年になる。
 静岡県にある世界遺産『富士山』の構成資産「三保松原」では、没後50年を記念して、特別展「三島由紀夫と天人五衰展」※1が、静岡市三保松原文化創造センター「みほしるべ」で開催(会期10月10日〜11月29日)されている。

■みほしる「三島由紀夫と天人五衰展」ポスター JPEG※圧縮データ
※1「三島由紀夫と天人五衰展」のポスター


三保海岸からの富士山DSC_0435※データを軽くしたもの
三保松原からの富士山(撮影:本阿弥清)


三保松原文化創造センター「みほしるべ」
※2 静岡市三保松原文化創造センター「みほしるべ」(撮影:本阿弥清)


 「みほしるべ」は、昨年、三保松原の来訪者のためにつくられた世界遺産関連施設で、常設展示施設のほかに特別展示なども無休・無料で開催されており、駐車場(無料173台)も完備された小さいながらもこまやかな配慮がされた施設(延床面積1143屐展示面積587屐砲任△襦※2

 特別展の展示資料・作品は、全部で31点、三島ご遺族の了解を得て展示する絶筆となった小説『豊饒の海』第四巻「天人五衰」の最初と最終ページの三島由紀夫文学館所蔵の原稿(複写)2点のほかに、私のコレクションである『薔薇刑』写真、『豊饒の海』初版本、三島由紀夫自決翌日の朝刊、当時の雑誌、映画DVDなどが展示されている。※3
 特に目玉となる資料・作品は、以下の4つである。

  三島由紀夫の絶筆となった小説『豊饒の海』(第4巻「天人五衰」)の原稿(複写)
  小説「豊饒の海」第1〜4巻の初版本
  三島由紀夫が自決した翌日(1970年11月26日)の新聞(朝日新聞、読売新聞)
  三島由紀夫を被写体とした写真『薔薇刑』(撮影者:細江英公)の作品番号32番(1961年)ゼラチンシルバープリント

4三島由紀夫の展示コーナー
※3「三島由紀夫(小説家)」の展示コーナー


「三島由紀夫と天人五衰展」展示風景 2020.10.9   (3)
「細江英公(写真家)」の展示コーナー


「三島由紀夫と天人五衰展」展示風景 2020.10.9   (4)
特別展「三島由紀夫と天人五衰展」の全体


「三島由紀夫と天人五衰展」展示風景 2020.10.9   (2)
自決翌日の新聞、『豊饒の海』全四巻初版本、映画DVDなど


「三島由紀夫と天人五衰展」展示風景 2020.10.9   (9)
自決翌月の雑誌、映画DVDなど



 私が三島由紀夫を身近に感じるようになったのは、50年前の11月25日の自衛隊市ヶ谷駐屯地での三島の割腹自殺をテレビ・新聞報道で知ったときからで、三島は享年45歳だった。
 当時、私は高校生で、実家で購読していた朝日新聞、読売新聞の自決翌日の朝刊を親に譲ってもらったことが、私のコレクション人生の始まりだったのかもしれない。
 そして、私が東京圏にある大学(建築工学科)の3年生のころに出合ったのが、東京都美術館で見た靉嘔の作品《Rainbow Volcano「Rainbow Landscape」1974年》※4と、月刊『建築文化』(1975年6月号、1977年5月号)で磯辺行久が中心にまとめた「エコロジカル・プランニング特集」※5だった。

靉嘔「ボルケーノ」
※4 靉嘔「レインボー・ボルケーノ」1974年


磯辺行久「エコロジカルプラン特集号」
※5 磯辺行久「エコロジカル・プランニング特集」1975年6月号


 大学卒業後の私は、山梨清松(東京大学大学院丹下健三研究室出身で丹下健三自邸などの設計に参画した建築家)が主宰する都市・建築・ランドスケープの設計事務所に縁があって就職し、退職するまでの35年間、都市計画からランドスケープの設計まで、数多くの仕事に関わることができ、磯崎新アトリエが建築設計を担当したプロジェクト(1998年)※6や、都市公園の設計では関根伸夫さんとも一緒に仕事をすることができた。
 私の最近の仕事は、世界遺産『富士山』登録を記念して日本平(静岡市)に設置された、梅原猛(哲学者)の記念碑モニュメント(2015年)※7のデザインで、晩年の梅原さんと「富士山」に関係する仕事を一緒にできたことを、今は誇りに思っている。

グランシップ(磯崎新アトリエ)
※6 磯崎新アトリエ設計『静岡県コンベンションアーツセンター(グランシップ)』
※広場設計案 鳥瞰パース(本阿弥 清)


梅原猛(哲学者) 日本平記念碑DSC_1400
※7 世界遺産『富士山』登録記念の梅原猛(哲学者)揮ごうモニュメント(撮影:本阿弥清)


 私は、社会人になりたてのころ、細江英公さんも参加していた「デモクラート美術家協会」メンバーだった靉嘔さんや磯辺行久さんとの交流をきっかけに、綿貫不二夫さんらが主宰する「現代版画センター」の会員になり、1980年代から美術作品の収集をスタートさせている。
 私の最初の現代アートコレクションは、20代の若者にも手が届く値段で買えた、靉嘔のシルクスクリーン作品《二つのハート 1980年》だった。
 昨年の夏には、永年、欲しい作品の一つでもあった細江英公(写真家)の代表作『薔薇刑』(作品32番) オリジナルプリントを、やっと手に入れることができた。
 そして、私は、三島由紀夫とゆかりがある三保松原で、細江さんの写真『薔薇刑』(1961年)を、多くの来訪者に見てもらいたいという気持ちが強くなり、1年ほどまえから静岡市職員に相談していた展覧会プロジェクトが、今年の10月にようやく実現にこぎつけた。


 三島由紀夫は、「小説家」であるばかりでなく、「大蔵省キャリア官僚」「思想家」「映画監督」「俳優」「随筆家」「歌人」など、45年という短い人生のなかで、さまざまな領域を走り抜けた人物だった。

 「三島由紀夫」を考えるうえでのキーワードは、「富士山」「皇国史観」「武士道」「能楽」「輪廻転生」とともに、それらが連環した独特の死生観だった。
 「富士山」とは、筆名「三島」「由紀夫」のゆらいが富士山を望む静岡県東部の街「三島」と、富士山にかぶった「雪(ゆき)」から取ったとされることや、遺作となった『豊饒の海』第三巻「暁の寺」では、富士山麓の御殿場が舞台の一つとなり、晩年には「盾の会」メンバーらと陸上自衛隊富士学校滝ヶ原駐屯地(御殿場)に体験入隊もしている。
 「皇国史観」とは、世代的なこともあるが、三島にとっては学習院小・中・高等科時代や戦前・戦後をとおして特に天皇が身近な存在であり、三島11歳の時に起きた「二・二六事件」は、その後の三島の人間形成に大きな影響を与えたとされている。
 「武士道」とは、『葉隠』の言葉「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」に代表される日本人にとっての精神的なよりどころの一つであり、「能楽」などの日本の伝統文化とともに、三島が人一倍こだわりをもって眺めていた世界だった。
 「輪廻転生」とは、仏教の教えの一つであり、生まれ変わりの表現は能楽の「夢幻能」にも通じ、三島文学では多く用いられる手法であり、小説『豊饒の海』四部作では三つの黒子を持つ主人公が転生する物語となっている。

 そして、三島が最後に到達した世界が、「阿頼耶識」「唯識」の『空』の境地だったといえる。
 また、仏教用語の「天人五衰」は、天界の天人が長寿を全うして死を迎えるときに現れる、5つの「老い」の兆候をさすものだとされている。
 三島由紀夫は、『豊饒の海』の最終第四巻「天人五衰」で、「死」と向き合いながらようやく『虚無』という境地に達することができたのかもしれない。
 富士山を北東方向に望む名勝「三保松原」は、「羽衣伝説」や能「羽衣」で親しまれてきた日本の伝統文化が脈々と息づくところであり、三島由紀夫にとっては最後にたどり着くべき重要な場所だったのではないだろうか。
 小説「天人五衰」は、雑誌「新潮」に1970年(昭和45年)7月からスタートして1971年(昭和46年)1月に最終回が掲載されている。
 「天人五衰」原稿の巻末には、『「豊饒の海」完。昭和四十五年十一月二十五日』とペンで書かれてある。
 三島由紀夫は、この原稿を午前中に担当者(新潮社)に渡したのち、当日の正午過ぎに自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自殺した。
 そして、小説「天人五衰」は、翌年の1971年2月25日に、単行本としても新潮社から刊行された。ちなみにブックカバー絵は、瑤子夫人(日本画家杉山寧の娘)が描いている。

ほんなみ きよし

■本阿弥 清(ほんなみ きよし)
1954年生まれ。現代美術研究者/都市環境デザイナー。
現在、NPO法人環境芸術ネットワーク代表。美術評論家連盟会員。日本建築学会会員。
過去にNPO法人運営「虹の美術館」館長 (2000〜2005年)/多摩美術大学芸術人類学研究所特別研究員 (2010〜2016年)。
『もの派-隠された真実をめぐって』美術出版社第14回(2009年)芸術評論募集 入選。
単著『もの派の起源』水声社 2016年。編著『石子順造とその仲間たち』2002年、『石子順造は今』2004年、『グループ幻触の記録』2005年、以上 虹の美術館

●展覧会のお知らせ
「三島由紀夫と「天人五衰」展」
会期:令和2年10月10日(土)〜令和2年11月29日(日)※年中無休
時間:9時00分〜16時30分
料金:無料
場所:みほしるべ1階展示室内
三島由紀夫展_表
三島由紀夫展_裏
【関連イベント】
〇暗舁概夫関連トークショー
4人の専門家が文芸評論、文学、思想、美術・映画などの世界から、三島由紀夫について語るトークショー。
日時:令和2年11月22日(日)午後1時〜4時(3時間)
対象:25名(無料・申込順)
申込:10月21日(水)より静岡市コールセンター(054−200−4894)へ電話申込
※新型コロナウイルスの影響により内容を変更する場合があります。
イベントの最新情報はサイトにてご確認ください。

提携上映会『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』
日時:令和2年11月21日(土)〜28日(土)11時、15時、19時 ※1日3回上映
入場料:1,000円、前売券900円 主催:清水映画祭運営員会
会場:「夢町座」清水駅前銀座
お問合せ:054−366−5903

●本日のお勧め作品は細江英公です。
003細江英公 Eikoh HOSOE
"Ordeal by Roses #32"「薔薇刑 作品32」
1961年(printed later)
ゼラチンシルバープリント
20.0x30.0cm
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18〜24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。*日・月・祝日は休廊。
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