ギャラリー  ときの忘れもの

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新連載・リレーエッセイ「伊藤公象の世界」

第一回 伊藤公象「ソラリスの海と土の襞」


202110伊藤公象_01シュレッダーによる記録紙片と陶土泥漿の撹拌作業。

 静かな振動が伝わる中、過去の資料がシュレッダーに刻まれていく。初めて聴く擬音の旋律。同一の形態だが、紙片一つ一つに残された活字や色彩の差異、その紙片の山は美しい。回帰、そして記憶。A4のコピー紙に記録された約半世紀に及ぶ資料が仕事場の棚や机上にぎっしりと埋もれている。それも消さねばならない。陶土泥漿に交ぜて1.260℃で焼成するのだ。
 「ソラリスの海《回帰記憶》のなかで」のタイトルで新作の個展がARTS ISOZAKI (水戸)で始まった。(2021年9月18日〜12月26日) 海と雲に覆われた「惑星ソラリス」、1972年カンヌ國際映画祭審査委員特別賞を受賞したアンドレイ・タルコフスキー監督による伝説の映画である。ストーリーは省くが、映画の解説では「ソラリスの海」は不可解な現象を起こす複雑な知的活動をおこなっている。人類は「ソラリスの海」との間にコミュニケーションを試みるが、ソラリスの海が考えていることを人類は理解できるか?、形而下的で形而上的な課題がたち現れるのだ。 
 僕は1932年生まれ、40才のときだが、この名画は観ていない。1972年は現代美術を思考して東京で画廊回り。木彫の年輪の有機性から離れて素材を土に変え、笠間に工房を構えて伊藤知香と土の造形をはじめたばかりだった。
 だが、その壮大なスケールの「ソラリスの海」と《回帰記憶》を繋げた個展のネーミングは、ARTS ISOZAKI のオーナー磯崎寛也氏が伊藤公象作品集を出すにあたり、企画、監修をされる小泉晋弥氏(美術評論家)とともに、約半世紀に及ぶ伊藤の土の造形を俯瞰されてのことである。そして個展の新作はシュレッダーで裁断された記録紙片を陶土泥漿と混ぜ合わせ、電気炉で高温焼成した作品で、作品集の巻頭に載せられる。「襞」の概念を基にした観念的な新作で「ソラリスの海《回帰記憶》」と「襞」の融合。

202110伊藤公象_02作品の乾燥状態

 ところで、この制作課程が大変。一旦柔らかな陶土塊を薄くスライスして乾燥させ、砕いてから水を加える。次に同量の記録紙片と泥漿を混ぜ合わせる。一度に大量を撹拌できないから、手頃な器を使い、竹べらで乾燥した紙片とどろどろした泥漿を根気良く無心になって攪拌する。小さなつむじかぜが踊るようだ。そして紙片混合泥漿の粘度を調節し、深みのあるティッシュペーパーの箱やボール箱に流し込む。まるで菓子作り職人モドキだが、これがまた意外に楽しい。
 ただ、問題なのは、焼成時までの乾燥に二週間余はかかることと、電気炉での焼成だ。同量の紙片が混じった泥漿は固形化する。焼成に時間を掛け、300℃まで12時間、800℃までに9時間、この間に作品の表面と内部温度がほぼ同一になり、塊が破裂したりしない。時間をかけないと表面と塊りの中心の温度差から破損してしまう。では泥漿に混ざった紙片はどうなるのか? 当然高熱で燃えて煙りが火になって炉中で爆発するのではと心配するが、そうはならない。多分、酸化燃焼によるものと思われる。どうにか完成させ個展初日を迎えた。
 自然と人為、もしかしたら「ソラリスの海」が送り出す眼に見えない波状のような「襞」が無限に地球の大地に降り注ぎ、生命の回帰現象と記憶を繰り返しているのかも知れない。

202110伊藤公象_03単体完成写真
いとう こうしょう

■伊藤公象(いとう こうしょう)
1932年石川県金沢市出身。1972年笠間市に「現・伊藤アトリエ」を伊藤知香と設立。
現・金沢美術工芸大学名誉客員教授。1970年女子美術大学及び同大学院教授。
2002年金沢美術工工芸大学大学院専任教授を歴任。
国内外で美術館、画廊の個展、グループの企画展で土を焼く造形作品を多数発表。
北関東美術展(大賞)、インド・トリエンナーレ(ゴールドメダル)、ヴェネチア・ビエンナーレ(日本代表出品)、セブン・アーチシツ・今日の日本美術展(アメリカ、メキシコ、日本巡回)、「土の地平・伊藤公象展」(富山県近代美術館)、「アート・生態系」(宇都宮美術館)、「森に生きるかたち」展(箱根・彫刻の森美術館)、「VIRS 伊藤公象展(英国立テート・セント・アイブス)、「土ー大地のちから」展(群馬県県立館林美術館)、「JEWEL・襞」展(金沢美術工芸大学ギャラリー)、伊藤公象(WORKS1974〜2009) 茨城県陶芸館・東京都現代美術館巡回、「地表の襞」個展(入善町下山芸術の森美術館)、1974年ー戦後日本美術の転換展(群馬県立近代美術館)、「茨城県北芸術祭」、新潟市・「水と土の芸術祭」、「土の襞」個展 ARTS ISOZAKI , 「ソラリスの海《回帰記憶》のなかで」 (ARTS ISOZAKI)個展。

・リレーエッセイ「伊藤公象の世界」は2022年9月までの一年間、毎月8日連載です。

画廊亭主敬白
亭主が伊藤公象先生の土を焼く造形作品に巡り合ったのは1970年代でした。
あれから半世紀近く、一貫して先鋭的な作品を制作されてきた伊藤先生の新作個展「ソラリスの海《回帰記憶》のなかで」がちょうどいま、水戸のARTS ISOZAKI で開催されています(会期=2021年9月18日〜12月26日)。
のちほど井野功一先生(天心記念五浦美術館学芸員)によるレビューを掲載しますが、ARTS ISOZAKIの企画で集大成ともなる『伊藤公象作品集』の刊行準備が進められています。監修は小泉晋弥先生(茨城大学名誉教授)、編集はときの忘れものの尾立麗子が担当します。
このブログでは伊藤先生の長い間の仕事を皆さんに知っていただきたくて、伊藤公象先生、小泉晋弥先生、写真家の堀江ゆうこさんの三人によるリレーエッセイを今月からスタートします。
ご愛読ください。

●この秋はじまる新連載はじめ執筆者の皆さんを9月4日のブログでご紹介しました

●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会Web展)を開催し、美術書の編集事務所としても活動しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18〜24頁>の特集も是非ご覧ください。
ときの忘れものはJR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。*日・月・祝日は休廊。
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