ギャラリー  ときの忘れもの

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尾崎森平の「版」〜「居抜き」の世界を生き抜くために

高橋 しげみ
(青森県立美術館学芸主幹)

2カ月前までコンビニエンスストアだった建物に、つい最近ラーメン屋が開店した。ガラス張りの正面や店の奥に長く伸びるカウンター席は、以前の建物の作りをそのまま利用しているようだ。セルフサービスの水が置かれているのは、かつてコーヒーマシーンが設置されていた場所だったか。ラーメン屋は既存のコンビニという型に適応し、それを利用しながら営まれている。このように内装や設備、什器等を残したまま、売買や賃貸に供される建物を、不動産業界では「居抜き物件」と呼ぶのだという。人間が居ないこと、即ち「居」が抜かれていることに由来すると言われる「居抜き」という言葉を、筆者は、本展への出品作の構想(2021年8月時点)を伝える尾崎森平からのメモで初めて知った。そのメモには、「コンビニエンスストアの店舗の居抜きが繰返される姿を“資本主義のシステムに於ける版表現”として、それを版画で制作する入れ子構造の連作」と記されている。消費社会を象徴する存在であるコンビニエンスストアの建物や什器といったハードウェアが、都市の激しい新陳代謝の中で、人間不在のまま様々に転用され、一つの型として生き延びる様を、資本主義のシステムそのものが生み出す「版表現」とみなし、その光景を、「版画」というそれ自身資本主義と密接に結びついた複製技術の一つで再現する。この構想は、複製技術が生み出すものの画一性、反復性といった属性と、資本主義という私たちを支配する経済的システムとの関連について思考しながら、「版」に対してメタレベルの視座から取り組むこれまでの作家の姿勢の延長上にある展開であった。

仙台市に生まれ、同市を拠点に制作活動を続ける尾崎の絵画には、田んぼの中に忽然と現れるラブホテルや車道沿いに立つコンビニの店舗や量販店など、日本の地方都市の郊外に「判で押した」ように見られる風景がよく描かれる。私たちがどっぷりと浸っている消費社会の産物が威光を放つこれらの風景にはしかし、消費の主体である人の姿が見られない。そこ描き出されているのは、経済的価値を際限なく追求する資本主義の運動が、人間存在を駆逐してしまった「後の世界」、まさに「居抜き」の世界である。

画面全体を覆う静寂と緊迫感は、筆触の効果を排した作画法に因るところが大きい。木版画家であった祖父の作品を幼い頃から見て育った尾崎は、版画を通じて創作の世界に入った。コンピュータグラフィックスで描いた下絵に基づき、丹念に下地を施したキャンバスに、マスキングテープやカッティングシートマシーンを利用して色の領域ごとにかたどった孔版を置き、調色したアクリル絵具をステンシルの要領で塗っていく。デジタルとアナログの往還の中に版を介在させる独自の技法によって、人間が閉め出された「居抜き」の世界の、殺伐とした空気を醸し出している。

祖父から続く版画家の家系という「版」を踏襲し、資本主義のシステムが生み出す「版」の風景を、版画家としての実践において「版」自らに暴き出させる。こうして尾崎は、幾重にも「版」を生き抜く中で、「版」という存在が、私たちを取り巻く日常を、もう一つの世界へとつなげる「通路」となりうること、その大きな可能性を巧妙に示している。
たかはし しげみ

*「第3回PATinKyoto 京都版画トリエンナーレ2022」出品者・尾崎森平への推薦文
 高橋しげみ先生、尾崎森平先生、京都版画トリエンナーレ主催者の許可を得て同展サイトより再録掲載させていただきました。

ozaki
尾崎森平 Shinpey OZAKI 《昨日の世界》  
2018年  アクリル、キャンバス、パネル
サイズ:144.5x163.5cm  サインあり

尾崎森平ホテル・エウル(昼)
尾崎森平 Shinpey OZAKI 《ホテル・エウル(昼)》  
2019年  アクリル、キャンバス
サイズ:100×100cm  サインあり

*画廊亭主敬白
仙台の尾崎さんから電話があったのは1月19日でした。
「4月に京都の京セラ美術館で開催される版画トリエンナーレに、新作の版を使った作品を展示する予定だったが、正月にアトリエが火事になり半焼してしまった。新作は焼失し、アトリエは使えない状況なので、版画トリエンナーレの出品を辞退すると申し出たが、実行委員会の方がそれはかわいそうということで、旧作でいいので、代表的なものを借りて展示したらどうかと言われた。ときの忘れもののコレクションを借りることは可能でしょうか。」
驚いた私たちはお見舞いとともに、私どものコレクションを貸し出すのは光栄ですとお伝えしました。
不勉強で、京都版画トリエンナーレのことはほとんど知りませんでした。
第3回PATinKyoto 京都版画トリエンナーレ2022
3rd PATinKyoto Print Art Triennale in Kyoto 2022
会期:2022年4月12日(火)− 5月8日(日)
会場:京都市京セラ美術館 本館 南回廊2階
主催:第3回 PATinKyoro 京都版画トリエンナーレ 推進委員会
   一般財団法人ニッシャ印刷文化振興財団
   京都市京セラ美術館
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同展のサイトによれば、出品作家の条件は、
全国の推薦委員から推薦された若手〜中堅作家、 20〜25名。
2022年3月時点で50歳未満の日本在住の作家であること。
出品作品: 版画作品
版画作品とは、以下の3項目のうち1項目以上に該当する作品を言うものとします。
1、基本4版種(凸版、凹版、平版、孔版)による作品、および、それ等の併用による作品。
2、複数性(エディションの有無は問わない)あるいは間接性(版、型、等を用いた)を属性として持つ作品
3、写真、映像、立体、インスタレーション等を含む、広義の版による作品。(同展サイトより)
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上掲2点「昨日の世界」「ホテル・エウル(昼)」は普通にいえば版画ではなくタブローです。
しかし版を用いたという意味では広義の版による作品です。シルクスクリーンや写真製版などは版画ではないと言われた昔を知る身としては、まさに隔世の感です。
同展のサイトを読んでいくうちに発見したのが、冒頭に掲載した高橋しげみ先生による推薦文でした。文明批評を根底に持つ尾崎さんの作品が「今の時代にとっていかに重要なアーティストであるか」を実に明解に解き明かしており、感動しました。
執筆者、関係者のお許しを得て再録した次第です。
コロナ禍で京都に行くのはちょっと難しいかも知れませんが、お近くの皆さんはどうぞお出かけください。ご盛会を心よりお祈りする次第です。

●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18〜24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。*日・月・祝日は休廊ですが、4月15日(金)〜24日(日)「中村潤展 うろうろをへて こつこつのはて」は会期中無休です。
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