ギャラリー  ときの忘れもの

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170人の私のウォーホル ガリバー安土修三・安福信二
Andy Warhol p94*画面を二度クリックすると拡大されます。
『アンディ・ウォーホル展 1983〜1984』オリジナル版画入りカタログ93頁より再録。

2022年11月4日〜19日に開催した「アンディ・ウォーホル展 史上最強! ウォーホルの元祖オタク栗山豊が蒐めたもの」では皆さん膨大な資料群に驚かれたようです。
故・栗山豊が編集に参加し、170人が執筆した『アンディ・ウォーホル展 1983〜1984』オリジナル版画入りカタログ(現代版画センター刊)については10月31日のブログで栗田秀法先生が詳しくご紹介して下さったのですが、いまや古書価も高く稀覯本になってしまいました。
発行人としては若い人にぜひ読んでもらいたいので「170人の私のウォーホル」と題して一ページづつ再録(スキャン)して、順次ご紹介してまいります。
有名、無名、登場する170人の皆さんは文末に極く短い自己紹介文を書いていますが、亭主が知る若干のエピソードなども加筆したいと思います。

安福信二(あぶくしんじ、2016年死去)さんの名を知る人はそう多くはないと思いますが、ウォーホルや草間彌生に最も早く注目した画商が安福さんでした。
ご自身、上掲文で述懐されていますが、日本で最初にウォーホルの個展を渋谷の西武デパートで開催したのが安福さんです(1971年6月17日〜22日)。
神戸大学美術史学科を卒業後、日動画廊、西武百貨店美術部、自由が丘画廊、ギャラリー・トーシンを経て、1983年当時はエレベーターもない銀座の小さなビルの階上でギャラリー雲を経営していました。先見の明がありながら気弱なところがあり成功したとは言い難いのですが、日本で初めてウォーホル展を開催した功績は記憶されるべきでしょう。まだ売れなかった草間彌生先生の版画の制作話を亭主に持ち込み版元(現代版画センター)を引き受けさせたのも安福さんでした。ウォーホルも草間彌生も逃げ回る亭主を熱心に口説いた人(宮井陸郎、安福信二)がいたからこそ、珠玉(自画自賛)のエディションを生み出すことができたわけで、感謝しかありません。

scan_omoteアンディ・ウォーホル展 1983〜1984』オリジナル版画入りカタログ
発行日:1983年 6月7日
発行人:綿貫不二夫
発行所:現代版画センター
編集:同編集委員会(宮井陸郎・栗山豊・根本寿幸・田村洋子・綿貫不二夫) 
編集協力:星野治樹(水夢社)・古谷卓夫 
執筆:170人
写真:安齊重男、酒井猛、田中誠一、他 
28.5×21.5cm 184P
*アンディ・ウォーホルのオリジナル版画「KIKU(小)」が挿入されています。

●1983年刊行時のパンフレット
アンディ・ウォーホル展カタログ表
アンディ・ウォーホル展カタログ裏

下に掲載する「KIKU(小)」はカタログに挿入する前のフルマージンの状態です。
アンディ・ウォーホル オリジナル作品「KIKU(小)」
KIKU(小)
アンディ・ウォーホル「KIKU(小)」 
1983年 シルクスクリーン(刷り:石田了一)
イメージ・サイズ:22.0×29.0cm
シートサイズ:23.0×30.cm
*現代版画センター・エディション
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山下裕二ウォーホルオタク・栗山豊に驚愕!
栗田秀法現代版画センターの冒険の縮図としての『アンディ・ウォーホル展 1983~1984』図録
都築響一栗山豊によるアンディ・ウォーホル
都築響一のROADSIDERS' weeklyより「アンディ・ウォーホル展」
森下泰輔ウォーホルと栗山豊の時代

「Tricolore 2022 ハ・ミョンウン、戸村茂樹、仁添まりな」
会期:12月9日(金)〜12月23日(金)※日・月・祝日休廊
出品21点のデータと価格は12月4日ブログをご参照ください。
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