ギャラリー  ときの忘れもの

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「モダン・タイムス・イン・パリ 1925」展をめぐって:機械時代から捉えなおすパリの1920年代

東海林洋(ポーラ美術館 学芸員)

新しい日常と機械時代
 このところ毎日のように流れるAI(人工知能)の新技術や活用を知らせるニュースは、21世紀に入ってから四半世紀を迎えつつあるという事実を我々に突きつけてくる。インターネットの普及で生産や消費活動の利便性は大きく向上し、通信やセキュリティも大きな恩恵を受けている。その一方で、スマートフォンやパソコンという機械が生活に不可欠なものとなり、AIによって仕事が奪われている業種も出始めているように、こうしたシステムに人間性が飲み込まれていくのではないかという不安も日々大きくなっている。
 ポーラ美術館で開催中の展覧会「モダン・タイムス・イン・パリ 1925―機械時代のアートとデザイン」は、第一次世界大戦後に普及した飛行機や自動車という機械が社会や価値観を大きく変え、機械を新しい時代の象徴として見なそうとする「機械時代」を迎えたフランスの首都パリを中心に、美術と工業製品を紹介するものである。「機械時代」(マシン・エイジ)は第一次世界大戦後に工業生産国として好景気に沸いたアメリカで、機械を来るべき時代の象徴と見なす言葉である。一方、当時の前衛芸術の中心地であったパリは、既に活動していたアーティストへ機械文明が大きな影響を及ぼし、アール・デコが流行し、また大戦へと至る近代主義への批判を引き起こしたという意味で、美術におけるマシン・エイジの中心だったといえるだろう。

 学芸員として仕事をしていると時折、同じ時期に近しいテーマの展覧会が開催されてしまうということがある。本展についても、海外では「モダン・タイムス」(ニューヨーク近代美術館)や「モデルニテのパリ 1920-1925」(プチ・パレ、パリ)が開催されており、日本においては「移動するモダニズム」展(神奈川県立近代美術館 葉山)や、「シュルレアリスムと日本」展(京都文化博物館、板橋区立美術館、三重県立美術館)など重複するテーマの展覧会が開催されている。しかしこのテーマについては、重複したというネガティブな感想よりも、この時代やテーマに対して多くの学芸員や研究者が問題意識を抱いているという事実への喜びが大きかった。

機械のランウェイ
 「モダン・タイムス・イン・パリ 1925」展は、タイトルを引用したチャールズ・チャップリンの映画『モダン・タイムス』(1936年製作)に向かって航空機のプロペラやエンジン、車、蒸気機関の模型が、ファッションショーのランウェイのように連なり、実用的な道具に過ぎなかった機械が、美的な価値を得たということを空間的に表現した。ちなみにプロペラを壁面に展示したのは、1934年にニューヨーク近代美術館で建築家フィリップ・ジョンソンが組織した機械時代を扱った先駆的な展覧会「マシーン・アート」へのオマージュである。芸術家一家に生まれた自動車技師エットーレ・ブガッティの設計した車(本展では彼が子供用に設計した車体を展示している)は、グランプリで幾度も優勝する技術力だけではなく、造形的な美しさを追究したものだ。まさに機械や工業製品がアートに近づきつつある時代であった。

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「モダン・タイムス・イン・パリ 1925」会場風景

 機械時代に反応したアーティストの代表として、機械部品のような表現を用いたフェルナン・レジェと航空機に魅せられたロベール・ドローネー、そしてバウハウスの作家たちが続く。写真やレコードが芸術として認知されていくためには、技術の発達によって複製と再生の精度の高まりは欠かせなかった。モホイ=ナジが教育機関であるバウハウスで目指したのは作品だけではなく、写真や映画、レコードなどこれまで芸術として認められていなかった複製物を芸術に採り入れたことにある。機械的な表現を採り入れるだけではなく、造形を工場のようにシステム化していく。

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「モダン・タイムス・イン・パリ 1925」会場風景

機械時代から1920年代を捉えなおす
 この展覧会では、典型的な機械時代のアート作品だけではなく、1920年代から30年代を代表する芸術運動としてアール・デコとシュルレアリスムを取り上げる。この二つは、いずれも美術史の流れとしては非常に捉えづらい動向である。もちろん「アール・デコ」は、1925年に開催された博覧会「パリ現代産業装飾芸術国際博覧会」に由来し、幾何学的な造形が見られるとはいえ、その全体像としてはエキゾチシズムや古典回帰など多くの要素を含み、統一された造形として定義することは簡単ではない。そもそも今日言われている「アール・デコ」様式とは、博覧会の時点の呼称ではなく1966年にパリ装飾美術館で開催された展覧会「"25"年の芸術」によってはじめて作られた言葉である。同様にシュルレアリスムも1919年頃から活動をはじめたブルトンらが1924年に宣言を発表して活動を本格化していったという事実はあるのだが、絵画のスタイルは作家によって全く異なり、造形上の芸術様式としてとらえることは難しい。

 しかし、この2つの動向を「機械時代」あるいはそれを促した「第一次世界大戦」とともに捉えなおしたとき、その輪郭が明確になってくる。アール・デコを「異国趣味」、「古典回帰」、「近代主義」として分析すると、大戦前のフランスを覆っていたヨーロッパ中心主義や、列強中心主義を、地理的・時間的に否定したところに、エキゾチシズムやギリシャ・ローマが現れてくる。さらに、19世紀末に流行したアール・ヌーヴォーにおける職人の技芸や曲線美の否定、すなわち大戦以前の価値観を否定しようとするバイアスのもとに、アール・デコが出現したとみなすことができるのだ。アール・デコを代表するガラス工芸作家ルネ・ラリックは、大量生産に向いた型抜きガラスによって大型の豪華客船や長距離列車の内装やカーマスコットという機械の装飾を手掛けている。現在アール・デコ様式と見なされる幾何学的な造形とは、機械との調和を図るとともに、制作方法そのものが工業化したものであったといえる。

 また、ブルトンやエルンストによる理性主義批判であるシュルレアリスムは、芸術的な探究そのものよりも大戦に従軍した経験から生じた近代性への疑いから生じている。その原型となるダダにおいて、既に大戦からの亡命者が集うチューリヒで発生し、反芸術的な活動をもとにしていた。さらにブルトンは人間の力を大きく超える機械文明を支える科学的な理性主義、そして近代性へと反発すべく意識に依らないオートマティスムを創始する。ダダにおけるデュシャンやマン・レイの「オブジェ」は、合理性を否定する機械時代への批判と捉えなおすことができるだろう。この「オブジェ」はシュルレアリスムにおいて重要な要素となり、「シュルレアリスム国際展」を開催した1936年に、ブルトンは「オブジェの危機」という文章を発表していく。この「オブジェ」は、造形的な創造力ではなく、日用品や蚤の市で発見したもののなかから機能を抜き取り、新しい意味を見出すための媒介となるものである。シュルレアリスムという様式的に捉えられない芸術運動を、大戦後の機械時代における精神史から生み出されたと捉なおしたとき、レジェや新即物主義と同じ軸線の上に捉えることができるのではないだろうか。

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「モダン・タイムス・イン・パリ 1925」会場風景

 1920年代から約100年を迎え、戦争、疫病、万博、オリンピックなど幾つもの出来事が過去と現在を結び付けている。2020年代は新たな機械時代なのだろうか。展覧会はインターネット・アートの旗手であるラファエル・ローゼンダールの作品が締めくくる。彼のデジタル作品がそうであるようにNFTによる所有のありかたは、20世紀がいかに物質を基礎にしていたかを知らせてくれる。展覧会を通して、歴史だけではなく現在や未来の芸術の在り方について考えてみたい。

■展覧会概要
モダン・タイムス・イン・パリ 1925−機械時代のアートとデザイン
Modern Times in Paris 1925― Art and Design in the Machine-age

主催:公益財団法人ポーラ美術振興財団 ポーラ美術館
後援:フランス大使館/アンスティチュ・フランセ
会期:2023年12月16日(土)―2024年5月19日(日)
※会期中無休
会場:ポーラ美術館
神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山 1285
時間:午前9時〜午後5時(入館は午後4時30分まで)
料金:一般1,800円 大学・高校生1,300円 中学生以下無料

■東海林 洋(しょうじ よう)
ポーラ美術館学芸員。1983年生まれ。2011年よりポーラ美術館に勤務。主な担当展覧会に「ルドン ひらかれた夢―幻想の世紀末から現代へ」、「シュルレアリスムと絵画:ダリ、エルンストと日本の『シュール』」、「ピカソ:青の時代を超えて」展など。

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ray_42_seifportrait1972《自画像》
1972年  リトグラフ
19.7×15.6cm
額装サイズ:57.5×43.5cm
Ed.100 (E.A.)
サインあり
作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
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建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18〜24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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