ギャラリー  ときの忘れもの

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新連載・栗田秀法「現代版画の散歩道」

第1回 加納光於


青い焔を噴く労働の手の下で、ふとかげろうの羽音を聴く(瀧口修造)

 約16cm角の小さな紙面から目に飛び込んでくるのは、二股に分かれた鮮やかな青い不定形の形象である。底辺からはエッジの明確な棒状の形象が斜めに立ち上がり、その先端は節くれだった形に変貌し、細い接合部を経て左方へと垂れ下がるようにギザギザした形が続いている。そこに重ねあわされた金色の五本の平行線は、題名からすると、それらが五線譜に相当するのであろう。さらに金の線が青の右上の部分を枠取っている、左上隅を占めるのは、金色の縦長の楕円の二つ並んだ形象が3つ重ね合わせられた図形である。鮮やかな青の混沌とした形象を統御するような金色の線や幾何学的な形象が同居することで全体は図式化され、ある種の高貴さや清冽ささえ醸し出されているようにも見える。

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《五線譜》

 この《五線譜》は、1967年4月中下旬に開催された南画廊における個展後に刊行された瀧口修造を編者とする初の作品集(1)の特装版(50部限定)のために《葡萄の葉》と共に制作されたものである。同展ではメタルプリント「半島状の!」の連作が発表され、銅版画を中心とする作家の前期の活動を締めくくるものとなった。リトグラフ作品の《Peninsular No.L1》は雑誌『みづゑ』の1967年7月号にオリジナル石版画として綴じ込まれた派生作品で、サイン入りの限定版が85部限定で制作されている。その後加納は同年8月からヨーロッパ経由でアメリカに入り、翌年4月に帰国している。

 この作品で注目されるのは、左下隅に“For Masuo Ikeda”という献辞が書き込まれていることである。池田満寿夫は、ヴェネツィア・ビエンナーレで版画大賞を1966年に受賞して以降日米を行き来しており、どこで渡されたのかは判然としない。両者はそれぞれ独自に切り開いた斬新な視覚世界によって東京国際版画ビエンナーレで相次いで国立近代美術館賞を若くして受賞するという共通する経歴をもつある意味でライバルと言ってもよい存在であったのだが、本作品は30代半ばの脂の乗り切った時期になされた一つ違いの銅版画家の親密な交流の一端を示すものとして興味深い。

 加納光於の銅版画集「植物」(1955)におけるその鮮烈なヴィジョンが瀧口修造(1903-1979)の心を捉え、作家が翌年のタケミヤ画廊の個展で世に出、両者の交流が瀧口の亡くなるまで続いたことはよく知られている(2)。1950年代末からは、金属板上の柔らかなグランドを透明な塩ビフィルムが引き起こす静電気で巧みに操るという「鏡面に愛の裂傷を負わすための準備の手術」(瀧口)を行い、作家により「鍛えられたイメージ」が金属板上に湧出する瞬間を捉える試みに活動を移した。自らインタリオと呼んだ独自の手法は1960年代半ばあたりまで続けられている。

 《五線譜》に見いだされる「レリーフプリント」の技法は、1964-5年に集中的に制作された「ソルダード・ブルー(癒合した青)」のメタルプリント連作に端を発するものである。バーナーで焼いた亜鉛合金そのものを作品とするオブジェも制作されたが、多くは版としても活用され、表面に青の顔料を付けてプレス機で強い圧力をかけて摺り出された。紙面には金属板の荒々しい凹凸の痕跡が残り、紙面を突き破るほどに喰いこんだものもある。続く連作「半島状の!」では、青以外の鮮やかな色彩が加えられるとともに、《五線譜》と同じように図形や線が加えられ、荒々しい混沌から立ち現れたある種の律動感が画面に横溢するようになった。《五線譜》からは蛹から変態して羽化したかげろうの微かな羽音はどのように聴こえるだろうか。

(1) 加納光於[画] ; 滝口修造編. KANO : 加納光於, 南画廊, 1967.9.
(2) 両者の交流の軌跡は2019年の「瀧口修造/加納光於《海燕のセミオティク》」展(富山県美術館)で検証された。筆者によるレヴューはコチラ


(くりた ひでのり)

●栗田秀法先生による新連載「現代版画の散歩道」は毎月25日の更新です。次回は2024年6月25日を予定しています。どうぞお楽しみに。

栗田秀法
1963年愛知県生まれ。 1986年名古屋大学文学部哲学科(美学美術史専攻)卒業。1989年名古屋大学大学院文学研究科哲学専攻(美学美術史専門)博士後期課程中途退学。 愛知県美術館主任学芸員、名古屋芸術大学美術学部准教授、名古屋大学大学院人文学研究科教授を経て、現在、跡見学園女子大学文学部教授、名古屋大学名誉教授。博士(文学)。専門はフランス近代美術史、日本近現代美術史、美術館学。
著書、論文:『プッサンにおける語りと寓意』(三元社、2014)、編著『現代博物館学入門』(ミネルヴァ書房、2019)、「 戦後の国際版画展黎明期の二つの版画展と日本の版画家たち」『名古屋芸術大学研究紀要』37(2016)など。
展覧会:「没後50年 ボナール展」(1997年、愛知県美術館、Bunkamura ザ・ミュージアム)、「フランス国立図書館特別協力 プッサンとラファエッロ 借用と創造の秘密」(1999年、愛知県美術館、足利市立美術館)、「大英博物館所蔵フランス素描展」(2002年、国立西洋美術館、愛知県美術館)など

●本日のお勧め作品は加納光於です。
加納光於 版画加納光於「星・反芻学」
1962年  インタリオ
イメージサイズ:42.0×37.5cm
シートサイズ:58.0×50.0cm
限定5部(E.P.)
サインあり
レゾネno.152
作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。


●一日だけの特集展示/加納光於
会期=2024年6月5日(水)
魔法陣

*画廊亭主敬白
愛知県美術館学芸員から、名古屋芸術大学、名古屋大学を経て、現在は跡見学園女子大学で教鞭をとる栗田秀法先生のご専門はフランス近代美術史ですが、知る人ぞ知る現代版画のコレクターです。数年前はじめて名古屋大学の研究室を訪ねドアを開けたら額、額、額、延々と版画の額山脈が続きはるか向こうに栗田先生のお姿を見つけたときはさすがに驚きました。
企画展や、随時開催する特集展示(先ずは6月5日(水)「一日だけの特集展示/加納光於」)に出品する現代版画についてエッセイ「現代版画の散歩道」をご寄稿いただくことになりました。どうぞ栗田先生のエッセイを読みながら展示をお楽しみください。

さて、このブログは年中無休でやってきましたが、このたびスタッフの労働条件緩和ならびに画廊亭主のそろそろ引退したい症状に対応して週1回ほどお休みをいただくことにいたしました。
原則として日曜を休刊日としますが、執筆者の連載掲載日などに重なる場合や、ご案内すべき情報がある場合はその限りにあらず・・・ということでご理解ください。
変わらぬ、ご支援とご愛読をお願いする次第です。

取り扱い作家たちの展覧会情報(5月ー6月)は5月1日ブログに掲載しました。
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ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18〜24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS ときの忘れもの
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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