ギャラリー  ときの忘れもの

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佐藤圭多のエッセイ「大西洋のファサード −ポルトガルで思うこと−」第12回

サグレスの釣りびと

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「アルガルヴェまで行かれる?」「はい。しかし私は絶望的な気持ちで行くのです・・・」ポルトガルの国鉄CPの車内での、こんな会話から映画は始まる。ポルトガル映画界の巨匠マノエル・ド・オリヴェイラが100歳の時に撮った作品「Singularidades de uma rapariga loura(邦題:ブロンド少女は過激に美しく)」の冒頭はとても印象的だ。固定ショットの車内を検札しながら少しずつ奥に進んでいく車掌。その様子にスタッフのクレジットが重なり、隣の車両に移り姿が見えなくなると、物語が始まる。動いている列車の中の動かないカメラ。動かない座席に座って回想しながら動き出す物語。動と静が入れ子になりながら、列車はアルガルヴェに向かっていく。

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つまりアルガルヴェは、着くまでに映画一本分のストーリーを語れるくらいたっぷり時間がかかる、そんな場所だ。ポルトガルの南端であるばかりか、ヨーロッパ大陸、もっと言えばユーラシア大陸の南西端、まさに大地の果つるところだ。美しい海を求めてヨーロッパ中から人が押し寄せる一大リゾートエリアにもかかわらず、「絶望的な気持ちで行く」者の心も受け止める、ポルトガルらしい場所だと思う。バックパッカーのバイブルのひとつ『深夜特急』で、沢木耕太郎氏が旅の終着地にしたのも、アルガルヴェの南西端の街サグレスだ。

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サグレス岬はアプローチがいい。2本のまっすぐな道が、南下するにつれて漏斗のように近づいていって、出合う点にサグレス要塞の平たい壁がある。まるで今までユーラシア大陸で背負ってきた悲喜こもごもを禊ぐフィルターのようだ。鳥居をくぐるようにその壁を通過すると、最果ての岬にも関わらずどこか牧歌的な風景が広がる。音がしない。起伏のないテーブル状の大地の突端まで行くとかなり唐突に断崖になる。その角度はほとんど90°。夢から醒めたように、急に海になる。

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「ここに地果て、海始まる」と言ったのはポルトガルの国民的詩人カモンイスだが、そんな詩情を誘う風景に、現実を引き戻してくるのが岬に座る地元の釣りびとたちだ。断崖絶壁の上から悠々と釣り糸を垂れる人を見たことがあるだろうか。岩の露頭に片足をかけながら荒れる海に対峙する玄人は見たことあるのだけれど、ここで釣る人たちはなんというか、街歩き程度の格好で装備も竿とバケツくらい。なのに高さ75mもの断崖から釣り糸を垂れているのである。見ているこちらも「釣り糸ってあんな長いんだね」とか呆けた感想しか浮かばない。なんという緊張感のなさ。

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しばらく佇んでいると、そんな光景にも一理あることがわかってくる。なるほど90°の断崖だから岩に引っかからず釣り上げられるし、船を出さずとも眼下の海は外洋の深い色を湛えているし、実際結構釣れている。「お、いいの釣ったねえ」と隣人と談笑している。世界最大の大陸の端に座っているのに、縁側に座っているかのような長閑さだ。

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正確には大陸の南西端はすぐ隣のサン・ヴィセンテ岬だけれど、思い詰めた主人公にはサグレス岬が似合う。大航海時代前夜、エンリケが航海術の研究に明け暮れて籠っていたのもまさにこの場所。ここは端だけど終わりではなく、続きがある端、次につながる端なのだ。とてつもない広さを前にすると、人間の悩みや考えなどまさに大海の一滴。眉間にシワを寄せていた自分が滑稽に思えるくらい、海はあっけらかんとしている。

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「夢で逢えたら」という大瀧詠一の曲があったけれど、これが夢なら眠り続けたいような気分。よく考えたらユーラシア大陸のponto final (最後の点)は岬の岩ではなくて、あのおじさんの釣竿の先っぽだったのか…。他愛もないことを空想する時間の幸せ。釣りびとたちは青く広がる現実の海を遠くに見ながら、夢の続きを釣っているようにも見える。

(さとう けいた)

■佐藤 圭多 / Keita Sato
プロダクトデザイナー。1977年千葉県生まれ。キヤノン株式会社にて一眼レフカメラ等のデザインを手掛けた後、ヨーロッパを3ヶ月旅してポルトガルに魅せられる。帰国後、東京にデザインスタジオ「SATEREO」を立ち上げる。2022年に活動拠点をリスボンに移し、日本国内外のメーカーと協業して工業製品や家具のデザインを手掛ける。跡見学園女子大学兼任講師。リスボン大学美術学部客員研究員。SATEREO(佐藤立体設計室) を主宰。

・佐藤圭多さんの連載エッセイ「大西洋のファサード −ポルトガルで思うこと−」は隔月、偶数月の20日に更新します。次回は2024年4月20日の予定です。

●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18〜24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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