ギャラリー  ときの忘れもの

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カテゴリ: 植田実のエッセイ

植田実のエッセイ「手紙 倉俣さんへ」第7回

植田実のエッセイ「手紙 倉俣さんへ」第7回 手紙 倉俣さんへ 7(承前)  倉俣史朗は、ボッティチェリを意識していなかったと思う。  画家の描いた薔薇を知らなかったはずはない。倉俣さんのことだから。知りつくして、意識から外した。だからこそ花の品種も姿も使わ …
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植田実「建築家の手の在り処」版画掌誌ときの忘れもの第2号より

建築家の手の在り処 植田実(2000年執筆)  昨年の暮、磯崎新さんが一週間ほどインドに行ってきたときのスケッチブックを見せてもらった。  シンガポールからボンペイ(ムンバイ)に入った最初のころは、スケッチも文章もほんのメモていどだが、そこからインドールを …
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植田実のエッセイ「手紙 倉俣さんへ」第6回

植田実のエッセイ「手紙 倉俣さんへ」第6回 手紙 倉俣さんへ 6  「ミス・ブランチ」。1988年、倉俣史朗のデザインによるアーム・チェア。  座面と左右の肘掛け面とがU字形に一体化された厚さ60ミリの透明アクリル。背もたれは同じ素材をさらに薄く、ひとを支える弧の …
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植田実のエッセイ「手紙 倉俣さんへ」第5回

植田実のエッセイ「手紙 倉俣さんへ」第5回 手紙 倉俣さんへ 5  小川隆之さんの「山荘T(T villa)」については、2001年10月28日に放映されたNHKの新日曜美術館「夢のかたち―デザイナー倉俣史朗」でも紹介されていますし、小川さんも建て主の立場から話されています …
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植田実のエッセイ「手紙 倉俣さんへ」第4回

植田実のエッセイ「手紙 倉俣さんへ」第4回 手紙 倉俣さんへ 4  この小文の第2、3回で、倉俣史朗設計の「山荘T」に触れている。第3回ではとくに西沢大良による論考「倉俣史朗の建築について」の紹介に終始しているが、今回はそれと関連して同じ時期に実現したいく …
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植田実のエッセイ「手紙 倉俣さんへ」第3回

植田実のエッセイ「手紙 倉俣さんへ」第3回 手紙 倉俣さんへ 3  前回、倉俣史朗の設計による「山荘T」については、西沢大良の建築家の立場からのじつに鋭い倉俣論があることを紹介した。今回はその内容にもうすこし立ち入ることにする。引用はすべて、西沢大良「倉俣 …
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植田実のエッセイ「手紙 倉俣さんへ」第2回

植田実のエッセイ「手紙 倉俣さんへ」第2回 手紙 倉俣さんへ 2  倉俣史朗が設計した、山梨・山中湖の「山荘T」は1975年竣工となっている。たぶんそれからまもなくだった。そこに10人ほどが集まって話していた。写真家・小川隆之、建築家・曽根幸一は笑っている表情と …
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植田実のエッセイ「手紙 倉俣さんへ」第1回

植田実のエッセイ「手紙 倉俣さんへ」第1回 手紙 倉俣さんへ 1 「倉俣史朗がもっとも深い信頼を寄せていた美術家」として紹介される田中信太郎が、倉俣さんとは電話を通しての会話が最後だったと語っている。「熱が下がんないんだ」と言っていたという。そしてこう続け …
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植田実のエッセイ「本との関係」第20回

植田実のエッセイ「本との関係」第20回 わが編集長 平良敬一  『建築』初代編集長・平良敬一について、花田佳明さんは本連載第1回に触れた『植田実の編集現場』のなかで見事なプロフィールを描いている。これは「日本の建築ジャーナリズムの編集者たち」という章で、小 …
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植田実のエッセイ「本との関係」第19回 電話してみる  長谷川愛子の名が『建築』1961年1月号の編集スタッフのなかに入っている。それ以前からいたのかも知れない。もともとは妹の静子さんがスタッフとして創刊準備の作業に加わっていたのだが急に結婚されることになり、 …
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