創作版画について

棟方志功と瀧口修造

今日(23日)から25日までの三日間は画廊はお休みです。

今週の特集展示:駒井哲郎」は昨日終了しました。たくさんのご来場ありがとうございました。
昨日のブログでも書いた通り、埼玉近美での駒井展は10月9日までですので、まだの方はぜひ北浦和へ!

最近入手した作品をご紹介します。
20世紀を代表し国際的にも高い評価を得ている日本の画家は誰か、という問いに藤田嗣治と並び必ず挙げられるのが木版画の棟方志功でしょう。
40数年前、門外漢からいきなり美術の世界に入り、ドシロウトですね揶揄された亭主でさえ、棟方志功の名は知っていました。

方や詩人、美術評論家として大きな影響力を及ぼした瀧口修造。私たちは造型作家としての瀧口修造の再評価、顕彰に力を入れています。

この二人が、同い年だということに今回初めて気がつきました。
棟方志功は、1903年(明治36年)9月5日青森県生まれ。1975年(昭和50年)9月13日に没します。享年72。
瀧口修造は、1903年(明治36年)12月7日富山県生まれ。亡くなったのは1979年(昭和54年)7月1日でした。享年75。
数年ですが瀧口修造が長生きした。

●先ずは典型的な棟方志功の木版
munakata (2) _600棟方志功
柳緑花紅頌 松鷹の柵
1955年  木版
イメージサイズ:46.0×46.5cm
シートサイズ:59.0×56.0cm
サインあり

12点シリーズの中の一点。大原美術館にも収蔵されています。
■棟方志功(むなかた しこう)
1903年(明治36年)9月5日 - 1975年(昭和50年)9月13日)。青森生まれ。ゴッホを目指して上京、川上澄生の版画「初夏の風」を見た感激で、版画家になることを決意。第5回国画会入選を期に民芸運動に参加、仏典や日本神話などから着想を得た、土着性の強い木版画を制作し、国際的にも高く評価された。1942年以降、彼は版画を「板画」と称し、木版の特徴を生かした作品を一貫して作り続けた。
1956年ヴェネツィア・ビエンナーレに「湧然する女者達々」他を出品し、日本人として版画部門で初の国際版画大賞を受賞。1970年文化勲章を受章。

●デカルコマニーが良く知られる瀧口修造ですが、今回入手したのはかなり珍しいタイプの水彩です。
takiguchi_600瀧口修造
《-2》
1961年
紙に水彩
イメージサイズ:9.7x9.0cm
シートサイズ:12.3x9.0cm
額裏に献辞、署名・年記あり

瀧口作品でサインがあり、制作年代まで特定できるものはそう多くはありません。
ときの忘れものが刊行した図録『瀧口修造展 』(44点収録)『瀧口修造展 』(47点収録)に掲載した作品も多くは年代不詳です。
献辞(ここでは公開できませんが)の相手先も、瀧口の交友関係、1960年代のアートの動向をうかがえる貴重な情報であり、瀧口ファンにぜひお勧めの逸品です。

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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


◆ときの忘れものは「安藤忠雄展 ドローイングと版画」を開催します。
会期:2017年9月26日[火]〜10月21日[土] 11:00〜18:00 ※日・月・祝日休廊
201709_ando

●六本木の国立新美術館で「安藤忠雄展―挑戦―」が開催されます。
会期:2017年9月27日[水]〜12月18日[月]

●埼玉県立近代美術館で15年ぶりとなる「駒井哲郎 夢の散策者」展が開催されています。
会期:2017年9月12日[火]〜10月9日[月・祝]
ときの忘れものも出品協力しています。企画を担当された吉岡知子さん(同館学芸員)に<企画展「駒井哲郎 夢の散策者」に寄せて―武田光司氏のコレクション>をご寄稿いただきました。
20170911_駒井哲郎_裏


●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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恩地孝四郎の新東京百景「たけばし内」

青山に有ったギャラリー「ときの忘れもの」さんが、なんと駒込にお引越し。こんなに素敵なギャラリーがご近所にできる、なんたる幸運。すでに当店を何度もご利用いただいております。外苑前の本屋にいた私が、駒込の古本屋で再会。うれしいです。
(BOOKS 青いカバさんのtwitterより)

引越しして幾日も経たないのに次々と不思議なご縁が。
お披露目の日時が決まりました。
日時:2017年7月7日(金)12時〜19時(ご都合の良い時間にお出かけください)

当日お越しになれない方は、翌日8日(土)も11時〜18時まで、営業していますのでお出かけください(日曜、月曜、祝日は休廊です)。

さて、先日は珍しい恩地孝四郎のリトグラフ「Poeme Winter」をご紹介しましたが、本日は恩地本来の木版作品をご紹介しましょう。

恩地たけばし恩地孝四郎
『新東京百景』より《たけばし内》
1932年  木版
イメージサイズ:18.0×24.0cm
シートサイズ:20.0×26.0cm
版上サインあり
※『恩地孝四郎版画集』には未収録(1975年 形象社)

1923(大正12)年9月の関東大震災により首都東京を壊滅な打撃を受けます。江戸の名残はもちろん、文明開化の煉瓦の銀座も殆どが焼失してしいました。その後の数年はいたるところで工事の槌音が高く響き、東京は大変貌をとげます。震災復興といわれる新しい東京の街を8人の版画家が描いたのが『新東京百景』です。
1928(昭和3)年の秋に前川千帆(1888〜1960)、藤森静雄(1891〜1943)、恩地孝四郎(1891〜1955)、逸見享(1895〜1944)、平塚運一(1895〜 )、川上澄生(1895〜1972)、深沢索一(1896〜1946)、諏訪兼紀(1897〜1932)の卓上社を結成した八人がそれぞれの分担を決めて制作にとりかかります。
版元の中島重太郎により、翌年から1932(昭和7)年の完成まで足掛け五年をかけて100点ちょうどが刊行された連作ですが、木版のもつ柔らかな線と色彩によって1920年代の大都会の夜と昼の情景が、あるいは復興で整備された街並が情趣豊かに競作され、小品ながら近代の風景版画の傑作といえるでしょう。
こういう多人数による連作は出来に凸凹が生じ、全部がいいとは限らない。
ところがこの『新東京百景』はメンバーも最年長の前川千帆から最年少の諏訪兼紀までいずれも詩情豊かな表現力を持ち、それぞれが得意の腕を振るった、珍しく成功した大連作です。当時の創作版画ブームが背景にあり、各人の創作を後押ししたのでしょう。
創作版画の一つの頂点を示したこの連作、恩地孝四郎の作品は市場でも高く評価されていますが、中の一点《たけばし内》だけなぜか1979年に形象社から刊行された『恩地孝四郎版画集』には収録されていません。そのとき恩地家になかったのか、何らかの理由で漏れてしまったのか不思議ですね。

この連作が画集や雑誌で紹介されるとき使われているのは専ら東京都現代美術館の完全セットです。
残念なことに状態が悪い、シミだらけです。
幸運にも亭主は、1970年代に完璧なセット、それもコンディション抜群のものをイギリスのコレクターH氏に売ることができました。
亭主にとっては会心の仕事でした。

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ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

ただいま引越し作業中
6月5日及び6月16日のブログでお知らせしたとおり、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
電話番号も変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
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営業時間も7月1日から11時〜18時に変更します。
JR及び南北線の駒込駅南口から約10分、名勝六義園の正門からほど近く、東洋文庫から直ぐの場所です。
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恩地孝四郎のリトグラフ「Poeme Winter」

ときの忘れものは本日より「Circles 円の終わりは円の始まり」を開催します。
会期:2017年1月18日[水]―2月4日[土] *日・月・祝日休廊
201701_Circles

当初は上掲のDMにあるとおり、オノサト・トシノブを中心に、ソニア・ドローネ菅井汲瑛九、高松次郎、吉原治良など円をモチーフに描かれた作品を15点出品の予定でした。
ふと亭主のデスクの上を見上げたら、敬愛する藤森照信先生のドローイングと、恩地孝四郎の木版がかかっているではないか。
恩地孝四郎浴室午前
恩地孝四郎「浴室午前
1928年 木版
21.0×14.0cm
※『恩地孝四郎版画集』掲載No.115(1975年 形象社)

この作品を「円を描いた」というのは少し無理かも(笑)。
まあ、新春に免じてお許しください。

亭主が昨年1月に東京国立近代美術館で開催された「恩地孝四郎展」にノックアウトされたことはもう何度も何度も書きました(くどいね)。
書いても書いても悔しい、今年こそ(元旦の御神籤も「大吉」と出たことだし)一点くらい戦後を代表する大判の作品を入手したいものだと(社長には内緒で)虎視眈々と狙っております。

大判ではありませんが、ちょっと珍しい恩地孝四郎のリトグラフを入手したのでご紹介しましょう。

恩地といえば先ず木版を想起されるでしょう。その他にも油彩や水彩、写真、そして膨大な数の本の装丁を手がけていますが、やはり本領は木版(及びマルチブロックプリント)でした。
1975年に形象社から刊行された恩地孝四郎版画集には1913〜1954年までに制作された全424点の版画が収録されていますが、そのほとんどが木版です。
同書に収録されているリトグラフ(石版画)は僅か3点に過ぎません。
このリトグラフ、右下隅に鉛筆による自筆のサイン、番号(7/20)が記入されています。
恩地winter
恩地孝四郎
《Poeme Winter》
1953年
リトグラフ(石版)
43.0×28.0cm
Ed.20(7/20)
自筆サイン、限定番号あり
※『恩地孝四郎版画集』掲載No.402(1975年 形象社)
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この石版画(リトグラフ)にrついての昔話を少々。
亭主が現代版画センターをつくったのは1974年でした。恩地がこのリトを制作してから既に20年以上経っていました。
ところが銀座にある美術家連盟の事務所の倉庫に行くと、まだこの作品が積んであった。買おうと思えばいくらでも買える状態でした。そのくらい、版画は売れない時代だったのですね。
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本日の瑛九情報!
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瑛九の会の機関誌『眠りの理由』の表紙画像と目次を1月6日の創刊号から、昨日1月17日の第14号まで紹介してきました。
編集発行人は当初は東京の尾崎正教先生が担当され、のちに事務局が福井に移ったのを機に勝山市の原田勇先生が編集・発行人になりました。
瑛九の会の発起人は瀧口修造、久保貞次郎、杉田正臣、杉田都、オノサト・トシノブ、山田光春、宇佐美兼吉、木水育男の8人でした。亭主は宇佐美さん以外の7人にはお目にかかっています。
瑛九の周辺にいた人々ですが、今では瀧口先生、久保先生、オノサト先生は別としてもその人たちのことを知る人もだんだんと少なくなってきました。
明日からは、亭主の知る限りで、瑛九を生前から支持し、没後はその顕彰につとめた人たちのことをご紹介していきましょう。
〜〜〜
瑛九 1935-1937 闇の中で「レアル」をさがす>展が東京国立近代美術館で開催されています(2016年11月22日〜2017年2月12日)。外野応援団のときの忘れものは会期終了まで瑛九について毎日発信します。

◆銀座のギャラリーせいほうで「石山修武・六角鬼丈 二人展―遠い記憶の形―」が開催中。ときの忘れものの新作エディションが展示されています。
会場の展示スナップはコチラをご覧ください。
会期:2017年1月10日[火]〜1月21日[土]*日・祝日休廊
201701_ISHIYAMA-ROKKAKU
主催/会場:ギャラリーせいほう
協力:ときの忘れもの
石山修武の新作銅版画13点の詳細はコチラをご覧ください。
石山修武_ (15)石山修武
「さらに足の速さを夢見たり」
2016年  銅版
Image size: 15.0x15.0cm
Sheet size: 26.0x25.3cm
Ed.5  Signed
シート価格:30,000円(税別)

六角鬼丈の新作シルクスクリーン8点の詳細はコチラをご覧ください。
08六角鬼丈「瞑想のみみ」
2017  シルクスクリーン
Image size: 15.4x25.0cm
Sheet size: 24.0x32.0cm
Ed.35  Signed
シート価格:30,000円(税別)

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ホノルル美術館の内間安瑆展

9月17日(土)に「ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート第3回 独奏チェロによるJ.S.バッハと20世紀の音楽」を開催しました。
20160917_富田牧子ギャラリーコンサート (5)
コンサートのプロデュースを担当される大野幸さん。
本業は建築家ですが、学生時代からヴァイオリンを弾き、今でも教会でのバッハのカンタータ演奏などに参加しています。

20160917_富田牧子ギャラリーコンサート (9)
ギャラリーコンサートの三回目となる今回は富田牧子さんのソロ。
壁面には光嶋裕介さんの新作が展示されています。

20160917_富田牧子ギャラリーコンサート (12)
二本のチェロを使って、J.S.バッハ (1685-1750)と、 G.クルターク (1926- ) 、P.ヒンデミット (1895-1963) 、 W.ルトスワフスキ (1913-94) らの20世紀の作曲家たちの作品を演奏されました。

20160917_富田牧子ギャラリーコンサート (22)
次回、第4回のコンサートは12月初旬を予定しています。概要はこのブログで11月中旬には発表しますので、どうぞご参加ください。

20160917_富田牧子ギャラリーコンサート (23)
木造で天井の高い(約5m)ときの忘れものの空間は音響もよく、狭い割には開放感もあり(全面ガラス窓)、音楽好きの亭主はいつかプロによるギャラリーコンサートをと思っていました。
奏者には思い切り大胆なプログラムを組んでもらい、聴衆にはゆったりした気分で音楽を楽しんでもらいたい、それにはきちんとしたプロデューサーが必要です。
幸い長年の付き合いがある大野幸さんが快くその任を引き受けてくださり、「ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート」を始めることができました。
聴衆は毎回数名から12名(定員)の贅沢なコンサートです。
次回(12月)もどうぞご期待ください。

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さて、26日のブログホノルル美術館で開催されている内間安瑆展をご紹介しましたが、それを知ったのはNY在住の内間家からの連絡によってでした。
ご遺族から展覧会の画像を送っていただいたので、ご紹介します。

20161002_ホノルル内間展_0120161002_ホノルル内間展_0220161002_ホノルル内間展_0320161002_ホノルル内間展_0420161002_ホノルル内間展_0520161002_ホノルル内間展_06


●今日のお勧め作品は、内間安瑆です。
Space_Gesture_600
内間安瑆
「Space Gesture」
1972-1976
木版
Image size: 73.5x53.0cm
Sheet size: 78.5x58.0cm
Ed.30 Signed

ForestByobu (Fragrance)_600
内間安瑆
「FOREST BYOBU(FRAGRANCE)」
1981
木版
Image size: 76.0x44.0cm
Sheet size: 83.6x51.0cm
Ed.120  Signed

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アートは人寄せパンダでは無い❗

朝日新聞の朝刊に今年これから来年の主な芸術祭が掲載されている。あいちや瀬戸内に続いて茨城県北、岡山、さいたま、北アルプス、宮城、奥能登などでトリエンナーレなどが開催される。アーティストは大忙しのようだが、作品がコレクションされる訳では無く、地域振興の為に消費されている。
私は日本各地で開催中の芸術祭やトリエンナーレの多さに辟易としている…見に行く前から既に疲れてしまっている。現代アートが相手にされていなかった時代を知っているので、この隆盛を歓迎すべきなのだろうが、アートが地域振興の道具箱にされている現状に強い違和感がある。アートは人寄せパンダでは無い❗
それでも自分のギャラリーの作家が参加している芸術祭などには出かけて行くのだが…

(Mizuma Sueoさんのfacebookより)

同業の三潴末雄さんとは先日も福岡のアートフェアでお会いしたのですが、亭主と同世代とは思えぬバイタリティで東京、シンガポール、世界中を駆け回りながらネットで歯に衣着せぬ発言を続けています。
内外の有力アーティストが集って力作を展示することにはそれなりに意義があると思いますが、問題は各地に雨後の筍のように続々と誕生するアートフェスティバルに、かなりの額の税金が使われていることです。
理屈に弱い(非論理的思考の)亭主の違和感は、単に感覚的なものですが、
・そもそも税金を使ってやるべきことなのか。地域振興というけれど、既にある美術館や大学など教育機関との連携もあまりないようだし・・・
・アートは本来「個」のものであるはずで、どこかにコレクションされるわけでもないのに(おそらく)自腹をきって、お祭りに参加するアーティストは消耗しないのだろうか。
・画商の立場からいえば、アートの評価は流通によってなされることが重要だと思っています(市場万能主義ではありません、念のため)。観光の人寄せ材料としてアートが消費されるだけで、画商もコレクターも関わらない(市場が関与しない)=お金がまわらない(ただ一方的に消費されるだけ)アートフェスティバルに、(画商としては)積極的な意義を見出せません。

はなはだ乱暴な感想ですが、林立する地方アートフェスティバルについては貞包 英之山形大学准教授による「アートと地方の危険な関係〜「アートフェス」はいつまで続くのか? 「地域おこし」に潜む政治力学」という問題提起があるので、お読みください。

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次世代のためにも、本屋と映画館、残したいですよねぇ。
(河内タカさんのfacebookより)

いまや本屋と映画館は絶滅危惧種になりつつあります。
明日はわが身で「画廊」もそうなりかねない。
先日久しぶりに銀座というか京橋に出て、ツァイトフォトサロンの石原悦郎追悼展に行ってきました。石原さんの訃報については、このブログでも再三触れましたが(3月2日4月4日)、日本で初めてコマーシャルの写真ギャラリーを設立し、遂に「写真をアートにした」(飯沢耕太郎)わけですから、石原さん本望だったろうと思います。

帰路、ついでにLIXIL BOOK GALLERYに寄りました。
建築、美術、音楽、etc., etc., やっぱりリアル書店はいいなあ。
亭主の住むひばりが丘、画廊のある青山から次々と書店が消えて行くので、ついついアマゾン依存症になってしまうところでした。
知らない本がいっぱいあり、あれも欲しい、これも買っとかなきゃあと、ついつい・・・・背中のリュックが重くなりました。歳をとると雑誌の一冊でもこたえます。

歳をとると嗜好が変わるということも実感するようになりました。
ただし酒好き、甘いもの好きというのは変更なし。
何が変わってきたかというと、小難しい理屈ぬきにほっとするようなものがだんだん心にしみるようになりました。

本日ご紹介するのは港町神戸の作家・川西英(かわにしひで)の木版画です。
鮮やかでくっきりした色面構成、黒い線の巧みな使用により、都会的なまさに港町神戸のお洒落な雰囲気を描き出した川西の作品は、いまあらためて見ると、数多くの創作版画の作家たちの中で、断然光っています。
いい作家ですね。
でも若い頃はそのよさがわかりませんでした。
川西英メリケン波止場
川西英
「メリケン波止場」
木版  28×25cm
版上サイン Sign on the plate

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青い空と入道雲、後ろには六甲の山なみ、海辺を歩く人たちの服装もハイカラですね。
戦前もうそろそろ息苦しくなる昭和12〜15年(1937〜1940)にかけて加藤版画研究所から刊行された「川西英 版画集」(4枚組)の中の一点です。

川西英(かわにしひで 1894〜1965)
神戸出身の木版画家。本名・川西善右衛門ということからうかがえるように神戸に代々続く回船・穀物問屋の七男として生まれる。幼名英雄。神戸商業学校を卒業。1925年(大正14)、父親の死去により家業を継ぎ、七代目善右衛門となる。1922年(大正11)から1960年(昭和35)に退職するまで、兵庫(のち神戸)東出郵便局長をつとめた。
山本鼎らが唱導した創作版画運動に共鳴し大正から昭和にかけて木版画をはじめた、当時は全国に数多く輩出した版画家の一人。日本創作版画協会展、国画会展、日本版画協会展などで活躍。
代表作「神戸百景」(1933〜36)、「兵庫百景」(1939年)など、生地神戸に取材した風俗や風景、またサーカスを描いた異国趣味的な作品を数多く制作した。

この版画の版元となった加藤版画研究所は、加藤潤二(後に加藤順造に改名、1976年没)によって昭和9年に東京市四ツ谷区右京町11番地に設立されました。浮世絵版画の伝統的システムによりながら、創作版画の革新性をも取りこんだ当時としては現代的なセンスにより、坂本繁二郎、富本憲吉、竹久夢二、伊東深水、川瀬巴水、岸田劉生、梅原龍三郎、熊谷守一、東山魁夷、小磯良平、岡鹿之助、牛島憲之らの木版画(職人彫り)を多く世に送り出しました。
版木の状態を保つために小数ずつに分け、全体として100 から150枚を刷り上げた時点で、どの作品も廃版とし版木は廃棄されたため、後摺りはなく、従って市場では「加藤版画」として一定のグレードを保っています。

スタッフSの西山純子「恩地孝四郎展」ギャラリートーク・レポート

スタッフSの西山純子「恩地孝四郎展」ギャラリートーク・レポート

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読者の皆様こんにちは、前回の「スタッフSの「中藤毅彦×金子隆一」ギャラリートーク・レポート」に引き続き、遺憾な事に今回も(贔屓目に言って)およそ一月遅れで、先月2月12日に開催された「恩地孝四郎展」のギャラリートーク・レポートを送らせていただきます。

20160212恩地展ギャラリートーク_03

今回出演していただいた千葉市美術館主任学芸員の西山純子さんは、一言で説明すると現代版画のスペシャリストです。以前は各地の美術館が手の届く範囲で場当たり的に開催していた版画展とは根本的に異なる、明治期末から戦後にかけての日本版画を体系づけて展示したシリーズ展「日本の版画」を1997年から5回にかけて企画するなど、ときの忘れものの亭主も大いに学ばせていただいてきたとか。今回のトークでも恩地孝四郎に限らず、創作版画全般について語っていただきました。

20160212恩地展ギャラリートーク_02ギャラリー・トーク名物、ときの忘れもの亭主の前語り。
今回の話題は恩地作品と亭主の出会いと、その関わりについてでした。

最初に話題に挙げられたのは恩地本人についてではなく、洋画家、吉田博(1876〜1950)について。
50歳を越えてから木版画の制作をはじめ、それでも260数点の作品を世に残した作家ですが、その制作過程は彫師と摺師の必要とする新版画で、世間から見ると恩地孝四郎が率いる創作版画に立ちふさがる、まさに仇敵であるかのように見られる人物です。現在千葉市美ではこの吉田博の展覧会を企画中ですが、そこで展示するための撮影を、先日吉田博の孫に当たる方が経営されている、その名も吉田スタジオにてされてきたそうです。この時西山さんが感じたのは、吉田博の版画の厳密さや精緻さであり、また恩地孝四郎の作品が同じ版画でありながら、吉田博の版画とは対極に位置しているということでした。先月東京国立近代美術館で開催された「恩地孝四郎展」を観て、ときの忘れもの亭主が展示されていた大作群にショックを受たように、西山さんもまたショックを受けたそうです。ただし、亭主のショックが大作を一枚も扱ったことがないという画商の自負へのものだったのに対し、西山さんのショックは吉田博の版画に比べ、いっそ不安定に思えるほど恩地の作品群が自由奔放だったからでした。

20160212恩地展ギャラリートーク_09亭主をアシスタントに、展示されている作品や書籍に関連した恩地とその周囲について語る西山さん。
20160212恩地展ギャラリートーク_11

そのような対照的な版画作品に頭を半分づつ占められながら、話題は画廊に展示されている作品に移り、《四月》が挿入されていた「婦人グラフ」で看板作家を勤めていた竹久夢二の取り巻きから恩地の作家としてのキャリアが始まっていたことや、抽象絵画の創始者と呼ばれる恩地の表現技法が夢二の描く「心」という無形のモチーフから学んだこと、しかして夢二が女性像や風景等、実在するもので「心」を表現したことに対し、恩地は無形である「心」を実在するもので表現することを受け入れられなかったが故に二人の道が分かれたのであろうこと等、実に興味深い時間をご提供いただきました。

20160212恩地展ギャラリートーク_17恒例の記念撮影。

20160212恩地展ギャラリートーク_19トーク後の懇親会。
遠方からも大勢の方にご来廊いただき、盛況でした。

20160212恩地展ギャラリートーク_20

20160212恩地展ギャラリートーク_22近所のレストランでの打ち上げ風景。

次回のギャラリーイベントは、3月19日(土)開催のコンサートですが、こちらのレポートも私、新澤が提供させていただく予定となっております。二度あることは…ではなく、三度目の正直として、次回こそは早期のレポートのお届けを実現させていただきます。

(しんざわ ゆう)

■西山純子(にしやま・じゅんこ)
1966年東京生まれ。千葉市美術館学芸員。早稲田大学大学院研究科芸術学(美術史)修士課程修了。最近の展示では「生誕130年川瀬巴水一郷愁の日本風景」を担当。著書には、共著として「すぐわかる画家別近代日本版画の見かた」(東京武術2004年)、編集協力として「よみがえった美術―日本の現代版画」(オリヴァー・スタットラー著 玲風書房 2009年)などがある。

没後60年、織田一磨の石版画

明日から始まるアートブックラウンジ Vol.01“版画挿入本の世界”」の舞台がこの本棚です。

20160308_bookshelf

細川知夫さんにデザインしていただき、仙台の小林薫さんに製作していただきました。
半年がかりの労作であります。組み立て式で展示が終わったら解体して倉庫に収納。
明日からこの本棚に”お宝”を展示して、皆様のご来廊をお待ちしています。

今日、3月8日は織田一磨(おだ かずま)の命日です。
没後60年を迎えたこの石版画家のことを知る若い世代は少ないでしょうが、先日歴史的な大回顧展が東京国立近代美術館で開かれた恩地孝四郎より9歳ほど上、亡くなったのは恩地の翌年でした。
つまり昨年は恩地孝四郎の没後60年、今年が織田一磨の没後60年にあたります。

■織田 一磨 1882年(明治15年)11月11日生 - 1956年(昭和31年)3月8日没
恩地孝四郎 1891年(明治24年)7月2日生 - 1955年(昭和30年)6月3日没

ほぼ時代をともにしたこの二人は創作版画を代表する作家でした。
創作版画は1907(明治40)年に山本鼎、石井柏亭、森田恒友らが創刊した雑誌『方寸』がその黎明期を牽引しましたが、実は方寸同人たちの中で、最後まで(死ぬまで)版画制作を貫いたのは織田一磨ただひとりでした。
没後60年を記念しての回顧の展示をどこかでやってくれるといいのですが・・・・・

下に掲載したのは1979年に愛知県豊田の美術館松欅堂(設計:原広司)で開催した「織田一磨展」カタログで、序文は亭主が書いたのですが、そのまま再録します。
織田一磨石版画展
創作版画の人々―1
織田一磨

カタログ:B5版 64ページ
企画:美術館松欅堂/現代版画センター
執筆:小倉忠夫
発行人:綿貫不二夫
発行所:現代版画センター
発行日:1979年11月16日


 18世紀末から19世紀初頭にかけて、自らひきいる芝居の一座の脚本と楽譜を印刷することを目的としてゼネフェルダーが発明、開拓した石版印刷術は、たちまち印刷技術の花形として世界中に広がり、ポスターからマッチのラベルに至るまで幅広く利用されました。単なる複製化の手段としてばかりでなく、ゴヤ、ドーミエなどによって新しい版画の一表現手段として展開され、今世紀に入り、ボラールを始めとする近代的な画商達の出版活動に支えられ、石版画(リトグラフ)は、今や現代版画の中で欠かすことの出来ない大きな位置を占めています。
 印刷分野における石版術自体は、次の新しい技術(オフセット方式)によって駆遂され、日本に於いても明治初め以来、隆盛を誇り街の印刷所に沢山あった石版石も次第に消えていきます。
 織田一磨は、このような石版術の印刷分野に於ける興隆と衰退の時期を身をもって生き、日本に於ける創作石版画のパイオニアとして少年時代から死ぬまで石版画をつくり続けたのでした。
「純芸術的立場を有する自画石版の存在を明かに」することを生涯の道とし、作品の制作はもとより、未刊の大業「日本版画史」の研究など織田一磨の一生は、明治末「方寸」以来の創作版画運動の中でも特に異彩を放ち、また輝かしいものと言えましょう。
 美術館松欅堂と現代版画センターでは、創作版画運動と総称される時代の作家と作品に光をあて、体系的な展示と基礎資料の作成をはかる連続企画『創作版画の人々』の第一回として「織田一磨 石版画展」を開催致します。作家自らの執筆になる犲画石版目録瓩傍された346点の作品の中より、遺族の方々のご好意により、40余点を選び展示致します。
 石版作家としての歩み、技術と芸術に対する先見的な考え、浮世絵研究に於ける該博な知識、蝶や植物の採集を始めとする自然科学への傾倒など織田一磨の魅力は今日の私達に大きな刺激を与えるものであり、今回の試みが更に広い視野での再発見のきっかけとなれば幸いです。

1979年11月   美術館 松欅堂   現代版画センター
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●代表作「大阪風景」よりご紹介します。

織田一磨_大阪風_住吉織田一磨
《大阪風景 住吉》
1918年 石版
イメージサイズ:43.0×28.0cm
シートサイズ:48.5×33.5cm
サインあり


織田一磨_大阪風景_永大濱織田一磨
《大阪風景 永大濱》
1917年  石版
イメージサイズ:30.4×46.0cm
シートサイズ:32.4×48.0cm
サインあり

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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

アートブックラウンジ Vol.01“版画挿入本の世界”」
会期:2016年3月9日[水]〜3月17日[木] ※日・月・祝日は休廊

201603アートブックラウンジ_01
今回より日・月・祝日は休廊しますので、実質7日間の会期です。
短い会期ですが、ご来廊のうえ実物(版画挿入本)を手にとってご覧ください。
同時開催:文承根

ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第1回「独奏チェロによるJ.S.バッハと現代の音楽〜ガット(羊腸)弦の音色で〜
日時:2016年3月19日(土)18時〜19時
出演:富田牧子(チェロ)、木田いずみ(歌)
プロデュース:大野幸
曲目予定:J.S.バッハ、クルターク・ジェルジュ、ジョン・ケージ、尾高惇忠
*要予約=料金:1,000円
予約:メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

●ときの忘れものは2016年3月より日曜、月曜、祝日は休廊します。
従来企画展開催中は無休で営業していましたが、今後は企画展を開催中でも、日曜、月曜、祝日は休廊します。

竹橋の恩地孝四郎展は28日までです。

●<先日は展覧会楽しませていただき有難うございました。
近代美術館 行ってきました。腹が立つくらい センスがよく
特に1938年代の作品又音楽から導かれた作品 戦後の大きな作品
令子さんのおっしゃっていたように 抽象作品すばらしかったです。
どっと疲れましたが 刺激的な半日でした。
それでは又 遊びにいきます。

(Rさんのメールより)>

●<国立近代美術館で恩地孝四郎展。新しくてかっこよすぎなのに、懐かしい手ざわりみたいなものがある。つかみきれない。アメリカから来ている作品はこのあと巡回しないものも多いと聞きました。28日まで
(澁川祐子さんのtwitterより)>

●<昨日は、中途半端に時間が空いたので、昨年の「月映展」でより興味を抱いた「恩地孝四郎展」をへ。海外に流出した作品、戦後の開放感が伝わってくる作品が鑑賞できるのが、今回の大きな収穫。クラシック音楽に着想を得た作品も。
(渡辺亨さんのtwitterより)>

●<竹橋で開催中の恩地孝四郎展を見るべき理由
・日本の「近代」の作家でこれだけ海外から作品を集荷するのはいろんな意味でまずない
・担当者の事実上の「引退興行」(同業者なら意味がわかるはず)
・展示構成が素晴らしい(西澤徹夫さん)
・日本(の美術)にとっての抽象とは何かを考えさせられる

(kenjiro hosakaさんのtwitterより)>

●<恩地孝四郎展、びっくりぽんの人出。会期最初は貸切状態でしたが、沢山の方に見てもらってよかったです。日曜美術館の宣伝効果でしょか?
恩地孝四郎展、あれはただのロマンティックな版画家じゃないんだと、日本の版画界の新しい抽象に挑んだ多才で、かつパワフルで品の良い厚みを感じます。も一回行きたい。

(abematuさんのtwitterより)>

●<恩地孝四郎展、行ってまいりました!いわゆるマルチクリエーターの草分けですね!大正モダンな版画、挿絵、デザイン作品からコレクターにより海外に流出した大胆な抽象版画まで、圧巻!必見です!
(yumiko tanakaさんのtwitterより)>

●<ちょっと朝イチで来てみた恩地孝四郎展@MOMATが素晴らしすぎて震えている。
(Eiji Kobayashiさんのtwitterより)>

●<東近美の恩地孝四郎展を見た。「氷島の著者(萩原朔太郎像)」は名作と改めて思う。3種並べられていて、微妙なヴァージョン違いに見えたものが、8面の版木の刷り上がりの違いによるものであることを知る。白秋像、山田耕筰像(図録未掲載)も、木版の肖像画でこれだけ重厚な表現ができるのかと感嘆
(yasu_kumさんのtwitterより)>

●<東京国立近代美術館工芸館から本館へ移動し、恩地孝四郎展をハシゴ。才能のある人は何でも出来るんだな、と思った。白い部屋から緑の部屋に入った時にドキッとするステキな感覚があった。山田耕筰のスペルKousackが面白かった。
(milkaさんのtwitterより)>

●<やっと来た「恩地孝四郎展」、噂通り良かった‼海外の美術館所蔵も多いのでこの機会にぜひ
(リン版画工房さんのtwitterより)>

●<恩地孝四郎展、友人に早く行けと勧められたので今日行ったんだけど、木版画独特の静けさをもつマチエールがカンディンスキーやクレーを感じるようなイメージと絶妙に組合わさってて最高だった。
(Mikotoさんのtwitterより)>

●<大原美術館コレクションは坂田一男の作品が一枚だけあったのが印象的でした。近美の恩地孝四郎展と合わせて観ると、日本における抽象画需要とその発展が少し分かってくる。いつかレジェの弟子である坂田の作品をまとめて観る機会でもあればいいな。どっか坂田一男回顧展とかやらないかな。
(みなみしまさんのtwitterより)>

●<先週観た恩地孝四郎展。
美しい装丁や抽象画、今観ても古さが感じられない。全てが斬新だった。

(高久光男さんのtwitterより)>

●<恩地孝四郎展@東京国立近代美術館
言われてみれば解説少ないけれど、解説少ないって感じないくらい流れ混んでくるメッセージ?がありました……

(haluさんのtwitterより)>

20160113恩地孝四郎展*画廊亭主敬白
1月13日から始まった東京国立近代美術館の恩地孝四郎展がいよいよ残り会期一週間になってしまいました。
あまりの画期的、歴史的、想像を絶した内容の豊かさに打ちのめされた亭主は意気阻喪してしまい、自分の画廊の展覧会が始まっても上の空で、営業努力をするどころか、来る人来る人に「竹橋の近美に行ってください」と叫び続けておりました。
大回顧展の意義を理解できない情けない新聞評に怒り狂っていたのですが、上掲の皆さんの反応を見れば、余計なおせっかいというもので、見る人は見てる。
何よりも恩地さんの晩年10年の成果が見る人の心を打ったに違いない。
残り一週間、毎日でも通いたいけれど・・・・・・
皆さん、ぜひ竹橋へ Go!

恩地孝四郎については、下記のエッセイもぜひお読みください。
○桑原規子:「『恩地孝四郎研究 版画のモダニズム』 著者からのメッセージ

○五十殿利治:恩地孝四郎 ― [芸術]の時代の[芸術家]

○針生一郎:現代日本版画家群像 第1回「恩地孝四郎と長谷川潔
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竹橋の大大展覧会と異なり、恥ずかしいほどささやかなささやかな青山の小「恩地孝四郎展」は荒れ模様の中、昨日終了いたしました。

●<オリジナルの作品がこんなにあるとは思っていませんでした。
東近美で初めてまとめて見ましたが、こちらにもお伺いできてよかったです。
よい時間をありがとうございました。

(芳名簿よりKさんの感想)>

●<恩地孝四郎展 @ ときの忘れもの 。宣材にも使われている「spring time」がさいこうですね。
(YASUSHI ISHIBASHI さんのtwitterより)>

●<恩地孝四郎展@ときの忘れもの(2016/02/15)
今日の夕方は今年最初のときの忘れものに。現在開催中なのは恩地孝四郎展。ちょうど東京国立近代美術館で大規模な回顧展が開催されている。
こちらで展示されている作品は木版画を中心に水彩から素描まで、またスタイルも浮遊感のある抽象作品から大正モダンの香りのする人物画までさまざま。美術館で展示されるマスターピースをこういう親密な空間でじっくり鑑賞できるというのはやはりギャラリーの醍醐味。東京国立近代美術館の方にも会期中に出かけてみないとな。

Luv Pop TYO (Pop U NYC跡地)より)>

恩地孝四郎展DM1200

まことにささやかな展示でしたが、研究者の皆さんはもとより、恩地作品の後摺りを担当された平井孝一さんの縁者の方や、遠く関西から恩地家の一族の方が訪ねてこられるなど、思わぬ人々の来廊に驚き、ありがたいと思った次第です。
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ご来場の皆さん、作品をお買い上げいただいたお客様には心より御礼申し上げます。
ありがとうございました。

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●ときの忘れものは2016年3月より日曜、月曜、祝日は休廊します。
従来企画展開催中は無休で営業していましたが、今後は企画展を開催中でも、日曜、月曜、祝日は休廊します。

「アートブックラウンジ Vol.01“版画挿入本の世界”」
会期:2016年3月9日[水]〜3月17日[木] ※日・月・祝日は休廊

201603アートブックラウンジ_01
今回より日・月・祝日は休廊しますので、実質7日間の会期です。
同時開催:文承根

ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第1回「独奏チェロによるJ.S.バッハと現代の音楽〜ガット(羊腸)弦の音色で〜
日時:2016年3月19日(土)18時〜19時
出演:富田牧子(チェロ)、木田いずみ(歌)
プロデュース:大野幸
曲目:J.S.バッハ、クルターク・ジェルジュ、ジョン・ケージ、尾高惇忠
*要予約=料金:1,000円
予約:メールにてお申し込みください。
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恩地孝四郎展開催中

東京国立近代美術館の「恩地孝四郎」展は噂通りの直球勝負というか作品数がすごい。私はどちらかといえば展覧会をさっと見る方であるが、ほとんど映像的な展示はないにもかかわらずしっかり一時間以上を必要とした。久しぶりに、連綿とした作品によって語らせるという個展の王道を見た思い
(shnchr OSAKIさんのtwitterより)>

恩地孝四郎展、空いています。ほぼ貸切状態。鑑賞するのに最適な環境です。多岐にわたる活動が紹介されているので、昨年の月映展とはまた別の視点で楽しめました。作品毎の解説はなく、想像力を掻き立てられる展示。
(Ryonさんのtwitterより)>

竹橋・東近美にて、恩地孝四郎展を見る。ふつう人間は最初幼く、若く、やがて老い枯れて、死期を覚悟するよう準備する。ところが恩地にあってはあべこべで、死の気配濃厚な版画から始まり、だんだん妖しい生気を帯び、後期には、ミロも真っ青な色彩とリズムの狂宴と化してゆく。エネルギーを貰った。
(荻野洋一さんのtwitterより)>

東京国立近代美術館「恩地孝四郎展」へ。「月映展」に町田での特集展示と観ており、ちょっと飽和状態かなと思ったが充実の噂を聞いていたので。驚いた。ここまでの回顧展とは。作品リストがホチキス中止めで24頁の小冊子。作品も国内・海外から集め、多岐にわたるジャンルを概観できる。必見!
(Centaurusさんのtwitterより)>

竹橋の東京国立近代美術館で開催中の「恩地孝四郎展」、会期も半ばを過ぎました(2月28日まで)。
今まで開催されたどの恩地展よりも格段に大規模で、量ばかりではなく「本邦初公開」の大作がずらりと並ぶ歴史的な展覧会です。
版画というよりは、日本における抽象画の先駆としての仕事がたっぷりとご覧になれます。ぜひお見逃しなく。
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青山のときの忘れものでは、ささやかなささやかな恩地孝四郎展を開催中です。
こちらはお時間があったらのぞいてください。
本日18時から西山純子さん(千葉市美術館主任学芸員)を講師に迎えてギャラリートークを開催しますので、予約者以外の方は18時以降は入場できません。
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このブログに掲載した研究者の皆さんのエッセイもお読みください。

○桑原規子:「『恩地孝四郎研究 版画のモダニズム』 著者からのメッセージ

○五十殿利治:恩地孝四郎 ― [芸術]の時代の[芸術家]

○針生一郎:現代日本版画家群像 第1回「恩地孝四郎と長谷川潔

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◆ときの忘れものは2016年2月6日[水]―2月20日[土]「恩地孝四郎展」を開催しています(*会期中無休)。
恩地孝四郎展DM1200

恩地孝四郎の木版画を中心に水彩、素描など15点をご覧いただきます。

●イベントのご案内
2月12日(金)18時より西山純子さん(千葉市美術館主任学芸員)を講師に迎えてギャラリートークを開催します(要予約/参加費1,000円)。
※必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申込ください。
E-mail. info@tokinowasuremono.com

NHK日曜美術館の恩地孝四郎特集

綿貫さま

日曜美術館の恩地孝四郎特集を見てられないかもしれませんので、(中略)。
私の感想としては45分で恩地孝四郎を紹介するという点ではまずまずかなと思いました。途中に北朝鮮のミサイル発射の速報(テロップ)が入り、少し興ざめでしたが・・(ツイッターでもそのことをふれているのが多かったです。)
特集を見れば、恩地の先進性また彼の芸術の深さ・大きさをある程度理解できたのでは思います。展覧会の入場者数は必ず増えるはずです。
特に、ピアノ演奏と作品のコラボがあったので現代音楽を題材にした作品との関係性がよく分かり、さすがと感じた次第です。また、彼のマルチブロックという作品について、芸大の先生が実際の制作方法を実演してくれたので、その新しさも含め、より理解できました。

綿貫さんの言われるように、恩地芸術の偉大さをもっとアピールしても良かったと思いますが、大英博物館のキューレターの話が説得力がありました。
(中略)
特集のなかでの桑原さんの話も説得力がありましたよ。

すでに読んでられると思いますが、日経新聞の2月3日の宮川さんの記事が内容も一番しっかりしていたと感じました。念のために、添付しておきます。

荒井由泰

〜〜〜

私は先ほど「日曜美術館」で。。。恩地孝四郎が、戦後、占領政策で来日していた美術専門家等を通じて世界に知られるようになった経過も説明されていましたが、それを媒介したのは、日系二世で戦前末期に来日して早稲田の建築に入学したため戦争中も日本に残っていた内間安せい(王へんに星という字です)という人です。内間さんは、戦後は日本で版画中心の芸術家として活動し、1959年に「帰米」しますが、サンパウロ・ビエンナーレに日本代表として、ベニス・ビエンナーレにアメリカ代表として出展されました。棟方志功、丹下健三、流政之、江藤淳と昭和30年代にアメリカに行った文化人の多くは内間さんの世話なしには渡米や渡米後の生活ができていなかったはずですが、それを公にしているのは流さんだけというのも・・・・ご本人も目立ちたがる人ではないので忘れられた感もありますが、こういう人なしには、才能や業績があってもなかなか、世界的な場で評価されるようにはならないような気がしています。
Yuji Hasemi さんのfacebookより>

〜〜〜

東近美の恩地孝四郎展は去年の「月映」展を見たから「もういいや」ではなく、見たから「こそ」ぜひとも見に行こう!と推したい。よくぞここまでと思う。丁寧な集め方には本当に感銘をうけた。恩地孝四郎展の集大成だと思う。もうこの規模・内容の厚みは再現出来ないと思う。創作版画の粋、でしたわ。
遊行七恵さんのtwitterより)>

〜〜〜

東近美、恩地孝四郎展素晴らしい。ただ並べただけの展覧会だが、あれだけの物量を「ただ並べただけ」が一番いいというキュレーション的判断なのだろう。あれはかなり調査を重ねた上での展覧会の実現なんじゃないかな。おとした作品も多そう。清い展覧会で爽快だし、恩地の良さが始めてわかった。
土屋誠一さんのtwitterより)>


東京国立近代美術館で開催中の「恩地孝四郎展」の亭主の感想は先日書きました。
歴史に残る画期的な回顧展にもかかわらず、学生の感想文みたいな朝日新聞の展評に怒り狂っておりましたが(おかげでアクセスが急騰した 苦笑)、テレビ(亭主の家には無い)は作品をそのまま紹介したのでしょう。「NHK日曜美術館」を見た方たちの感想は概ね好意的で恩地作品への驚きと尊敬にあふれている。

「抽象のパイオニア」というのなら、岸田劉生と同い歳であったという五十殿利治さんの思いがけない指摘をまつまでもなく、恩地の晩年10年の仕事を「版画」という狭い枠で論じるのではなく、1950年代をともに生きた坂田一男(2歳上)、中原実(2歳下)らから、はるか後輩の村山知義(10歳下)、斎藤義重(13歳下)、長谷川三郎(15歳下)、吉原治良(14歳下)らの仕事と比べて俯瞰するような展評をこそ読みたい。

荒井さんが送ってくれた日経の展評の末尾は、以下の通り。
戦後花開く抽象の時代もこうした探求を引き継ぎながら作品としてより自律したフォルムと詩的なイメージをいくつものシリーズで追究した。
版画の近代化を推し進めた先駆者の不断の実験精神。それを整理して示す重量級の展示である。

『日本経済新聞』2016年2月3日 文化欄 宮川匡司

今回の大型作品の衝撃を伝えているとは言い難い(無いものねだり)のですが、「困惑する」と「重量級の展示」じゃあえらい違いです。
昔は新聞の文化欄の記事を外部の執筆者に依頼することが多かった(例:瀧口修造)。筆一本で(原稿料で)生きる人たちはそれだけに優れた専門知識と、独自の視点が必要です。
最近は社内の記者がにわか勉強で書くことが多いようです。

今回、新聞の展評を読んで、1969年春の新入社員研修を思い出しました。
編集局幹部Nさんが将来の幹部候補生(つまり私たち、見習い生と呼ばれていました)に向ってはいた言葉には驚きました。
「経済部の記者が株をやったらおしまいだ(自分の筆で市場を操作できる)。君らが書く記事はデスクにずたずたにされ、校閲でチェックされ、整理部でほとんどが削られ、そうやって切磋琢磨された中から本紙の記事ができあがる。
しかるに学芸部の記者は、あれは新聞記者じゃあない。月末になると社旗を掲げたハイヤーで大手の画廊を集金して回る。書いた記事はスペースが確保されているから、必ず掲載される。」
こんなこと、入社したばかりの新人に言っていいのかしらと思っていましたが、「競争なき原稿にはろくなものがない」と言いたかったのでしょう。新聞の凋落を予感させる言葉でした。

〜〜〜

なお、この機会に内間先生の功績を称えるYuji Hasemi さんのfacebookには感銘しました。ありがとうございます。
2014年9月12日付ブログ用画像_08
■「内間安瑆の世界
1982年NY郊外の仕事場にて
内間安瑆先生と俊子夫人
日米の架け橋として恩地だけではなく多くの作家たちの手助けをされました。

●今日のお勧め作品は、内間安瑆です。
ForestByobu (Fragrance)_600
内間安瑆
「FOREST BYOBU(FRAGRANCE)」
(森の屏風<芳香>)
1981年
木版(摺り:米田稔)
Image size: 76.0x44.0cm
Sheet size: 83.6x51.0cm
Ed.120 Signed
*現代版画センターエディション

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恩地孝四郎展DM1200

恩地孝四郎の木版画を中心に水彩、素描など15点をご覧いただきます。

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