写真

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第26回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第26回

李岳凌『Raw Soul』

01(図1)
『Raw Soul』(赤々舎、2018年)表紙


今回紹介するのは、台湾を拠点に活動する写真家、李岳凌(Lee Yehli/リー・ユエリン、1976-)の第1作目の写真集『Raw Soul』 です。この写真集は、2011年から2017年にかけて、主に彼の生活する台北周辺の地域で撮影された写真により構成されています。
写真集の表紙は、藍色の地の色に、写真に捉えられた発光するオレンジ色の光線が映えて、表紙全体がマジックアワーと呼ばれる限られた時間帯の光景のようにも見えます。「Raw Soul」の「Raw」とは「生の」とか「皮の剥けた、ヒリヒリする」といった意味を持ちます。「剥き出しになった生の魂」という、内側から湧き上がってくる鮮鋭な身体感覚から導き出された言葉と、明暗の狭間にある世界を捉えた写真が相互に共鳴することが、示唆されているようです。表紙の写真をよく見てみると、画面の左側には木の幹の表面が捉えられているようにも見えますが、散らばる白い断片のようなものや、うねりのように広がる青緑がかった色面が何であるのか、また画面の奥行や広がりも定かではありません。李岳凌自身もその場では何を撮っているのかは判らず、撮った後に写真を見返して、写っているものに惹き込まれていったのではないでしょうか。写真を撮る際に、目の前の光景に具体的な何かを把握し、判断して画面の中におさめるというよりも、その場での直感的な反応としてシャッターを切った結果が画面に定着されていること、そのことが「Raw」という状態を指しているようにも思われます。
写真集の後書きの中で、李は次のように綴っています。「自分の故郷である台湾の土地なのに、疎い感じがするかもしれない。気がつけばいつも日暮れの時間に、カメラを手にして都市の周辺を徘徊する自分がいた。具体的に何を撮るのかはわからないが、抑圧された状況での生命力、そして人や光景の奥に潜んでいるある種の精神の強さにいつも惹かれている」李がここで言う「生命力」や「精神の強さ」は、タイトルの「Raw Soul」という言葉に集約されますが、彼は「魂・精神」を動植物のような生命体や、人間という個別の存在の中に宿るものとして捉えるとよりも、彼がみをおく時空の中で同時に起きるさまざまな現象に、より高次な抽象的なレベルで反応し、捉えようとしているようです。つまり、李岳凌の写真に対するアプローチの仕方は、周辺の現象に反応するような態度の中でも、音がに注意を向け、音の反響や、音の微細な入り混じり方に耳をすます、聴覚的な反応に根ざしているとも言えます。このことは、彼が写真に取り組む以前にサウンドアートに関心を持ち、作品制作を手がけ、音を聴くことを通して自分自身に向き合う方法を模索していたこととも密接に結びついています。李の写真には、対象を間近に捉えたものも含まれていますが、撮るべき対象を探し求めてフォーカスを定めるという視覚に絶対的な優位性を置く態度ではなく、より融合的な知覚の働きに裏づけられているように思われます。彼はこの知覚の働きのことを「「聞く」感覚を「見る」ことに伸ばしていくこと」と言い表しています。
このような「「聞く」感覚を「見る」ことに伸ばしていく」アプローチの仕方は、個々の写真の撮り方だけではなく、写真集の中での写真の選び方やシークエンス、写真展の構成の仕方にも反映されているように思われます。

02 (2)(図2)
『Raw Soul』展 (地点 アンダースロー、京都 2018年3月)


地点×赤々舎 連続企画展『About the photographs, About us,Asia』の中で開催された『Raw Soul』展では、写真は天井から吊るされ、写真の面と面が向き合い、鏡面のように反射する金属板も所々に挟まれることによって、写真同士が相互に重なりあって、反響するような効果が作り出されていました。写真の中に捉えられた、台北の市街地周辺の日暮れの時間を照らし出す人口照明の独特の色合いは、写真同士が乱反射することでより一層強められていました。

02(図3)


53(図4)


45-_DSF2506(図5)


写真集(ここで写真集全体のプレビューをることができます)では、写真の間に十分な空間を置きつつ、ストーリーとしての流れを作ることは念頭におかれていないものの、ページを繰り返し捲りながら写真を眺めていると、写真の間に、写真と写真との間に何らかの具体的な関係が示されてはいないものの、ある写真に内包されている感覚が、別の写真の中で姿を変えて宿っているかのようにも見えてきます。このような写真同士の関係は、皮膜を介して内的な世界と外的な世界が相互に共鳴するような感覚と言い表しても良いかもしれません。たとえば、写真集の冒頭に現れる、妊婦のはちきれそうな腹部とその表面を掴むような手を捉えた写真(図3)は、お腹の中に宿る胎児の胎動や鼓動の音を触知することができるかのような近さを印象づけます。(図4)では、花柄の幕のような表面の上に、反射像とも透過像とも見分けのつかない人物のシルエットのような像が写し込まれており、(図3)とはアプローチとしては対照的ですが、存在が放つ微細な気配やそこから発せられる音の響きに対する反応の仕方と距離感のあり方を見て取ることができます。写真集を通して見ると、光景の中に現れるさまざまな皮膜として、鏡面やガラス面のような、透過や反射のような現象を発生させるものが所々に効果的に挟まれています。(図5)は、壁面に円形にくり抜かれた窓枠とその奥につづく階段を捉えており、画面の左側の鏡像とあいまって、異次元へと続くような奥行きが画面の中に定着されています。「「聞く」感覚を「見る」ことに伸ばしていく」李岳凌の繊細で鋭い感覚は、日常の時空から不可視の領域を掬い上げ、視線を画面の奥へ奥へと誘うような世界を現出させています。
こばやし みか

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。

●今日のお勧め作品は、普後均です。作家については飯沢耕太郎「日本の写真家たち」第9回をご覧ください。
20180525_bodybar4普後均
《〈肉体と鉄棒〉より 4》
2014年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆ときの忘れものは「ボブ・ウィロビー写真展〜オードリー&マリリン 」を開催しています。
会期:2018年4月10日[火]―4月28日[土]
11:00-19:00  ※日・月・祝日休廊

数々のスターが主演するハリウッド映画のメイキング・シーンを撮影してきた「スペシャル」フォトグラファー、ボブ・ウィロビーが1950-60年代に撮影したオードリー・ヘップバーンとマリリン・モンローのポートレートをご覧いただきます。詳しい出品リスト(25点)はホームページに掲載しました。
また10万冊を所蔵する雑誌図書館六月社の協力を得て、映画専門誌以外のオードリー・ヘプバーンとマリリン・モンローのゴシップ記事などを掲載した30年ほど前の雑誌60種類を図書室で公開しています。ぜひ手にとってご覧になってください。
201804_willoughby

●出品作品を順次ご紹介いたします
13_BWP122-Audrey-with-Dean-ボブ・ウィロビー
《Hepburn, Audrey, 1953
Audrey Hepburn sits between Dean Martin and Jerry Lewis, 1953》(BWP122)

1953(Printed in 2018)
Archival Digital Pigment Print
Image size: 32.0×45.6cm
Sheet size: 40.6×50.8cm
Ed.25
クリストファー・ウィロビーによるスタンプとサインあり

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」第7回

小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」

第7回 Nishi shinjuku


01


02


明治時代の地図を見れば、この辺りは沼地だったようだ。
三方をコンクリートに囲まれ、当時の面影はほぼ残っていないはずだ。
それでも水は忘れない。
高いところから、低い方へ流れ続けることを。

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小林紀晴
《Nishi shinjuku 01》
《Nishi shinjuku 02》
共に2017年撮
ゼラチンシルバープリント
11x14inch
Ed.20

こばやし きせい

小林紀晴 Kisei KOBAYASHI(1968-)
1968年長野県生まれ。
東京工芸大学短期大学部写真科卒業。
新聞社カメラマンを経て、1991年よりフリーランスフォトグラファーとして独立。1997年に「ASIAN JAPANES」でデビュー。1997年「DAYS ASIA》で日本写真協会新人賞受賞。2000年12月 2002年1月、ニューヨーク滞在。現在、雑誌、広告、TVCF、小説執筆などボーダレスに活動中。写真集に、「homeland」、「Days New york」、「SUWA」、「はなはねに」などがある。他に、「ASIA ROAD」、「写真学生」、「父の感触」、「十七歳」など著書多数。

◆小林さんが平凡社より新著「見知らぬ記憶」を刊行されました。
小林紀晴_00001小林 紀晴
出版年月: 2018/01
出版社: 平凡社
判型・ページ数: 4-6 224ページ
記憶の襞に隠れた過去が、ふとした瞬間に蘇り、時空を超えて往還し、別の様相をおびて未来を予言する。そこにはいつも写真が……。
『ASIAN JAPANESE』から二十余年、著者の新境地。
本体: 1,800円+税


*画廊亭主敬白
初夏のような日差しがと思ったのも束の間、昨日は倉庫に運んでしまったストーブが恋しくなる寒さでした。寒暖の差が激しいですね。
本日4月19日は敬愛する松本竣介の誕生日、ご存命であれば106歳です。5月に開催する「没後70年 松本竣介展」のご案内を昨日のブログで書きましたのでお読みください。
このブログでも「日本木造遺産」千年の建築を旅する写真展を紹介したこともある写真家の藤塚光政さんが2017毎日デザイン賞を受賞されました。少し遅くなってしまいましたが心よりお祝い申し上げます。これからもますますご活躍されますことを祈っています。
開催中の「ボブ・ウィロビー写真展〜オードリー&マリリン 」はおかげさまで好評です。二人のスター、今のところ人気は互角です。希少なオリジナルプリント(生前に作家自らプリントしたもの)とエステート版をともにお買いになる方もおり、扱う私たちも感激しています。どうぞご高覧ください。

◆ときの忘れものは「ボブ・ウィロビー写真展〜オードリー&マリリン 」を開催しています。
会期:2018年4月10日[火]―4月28日[土]
11:00-19:00  ※日・月・祝日休廊

数々のスターが主演するハリウッド映画のメイキング・シーンを撮影してきた「スペシャル」フォトグラファー、ボブ・ウィロビーが1950-60年代に撮影したオードリー・ヘップバーンとマリリン・モンローのポートレートをご覧いただきます。詳しい出品リスト(25点)はホームページに掲載しました。
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201804_willoughby

●出品作品を順次ご紹介いたします
20_BWP141-Marilyn-Sitting-Uボブ・ウィロビー
《Monroe, Marilyn, 1952
Marilyn Monroe sits by the pool 20th Century Fox Party, 1960》(BWP141)

1952(Printed in 2018)
Archival Digital Pigment Print
Image size: 36.9×35.5cm
Sheet size: 50.8×40.6cm
Ed.25
クリストファー・ウィロビーによるスタンプとサインあり


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◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。
 ・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」は毎月19日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
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 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・土渕信彦さんの新連載「瀧口修造の本」(仮題)を5月から開始予定です。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました(時々番外編あり)。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は随時更新します。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・西岡文彦のエッセイ「現代版画センターの景色」は全三回、1月24日、2月14日、3月14日に掲載しました。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は終了しました。
 ・関根伸夫のエッセイ「〈発想〉について[再録]」は終了しました。
 ・倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は終了しました。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は終了しました。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は終了しました。
 ・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は終了しました。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は終了しました。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は終了しました。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は終了しました。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

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金子隆一「もうひとつの遊び 植田正治のポラロイド写真」

もう一つの遊び――植田正治のポラロイド写真

金子隆一(写真史家)


「写真で遊ぶ」という言葉は植田正治自身に拠っているが、それは植田の「写真」とのかかわり方の本質を言い当てていよう。そして植田のもう一つの言葉に「写真する」というのがある。こちらは「写真」そのものがシャッターを切る最大の目的であることを現している。この二つの謂いは、写真を通して何事かを伝えたり表現したりするのではなく、つまり「写真」をメディアとしてとらえるのではなく、人間の本源的な行為そのものであることを意味している。

植田正治は、カメラが大好きであった。
カメラというものは、まぎれもなく写真表現のあり方を規制する。大型のビュー・カメラを選択すれば精密な描写が可能になるが、機動性は損なわれる。一方、小型カメラを選択すれば、肉眼の延長として自由自在な視点は可能(機動性)になるが、ネガ・サイズが小さいので描写のシャープネスはあきらめなくてはならない。それゆえに写真家は、自分が何を表現しようとするか、ということによってカメラを選択するのである。それは、カメラという器材を内在化するというベクトルを持ったかかわり方であるといってよいだろう。
だが植田にとってのカメラは、どのようなものとしてあるのだろうか。例えば目の前に新製品のカメラがあるとする。それを使ってどんなことが出来るかということを試みるが、そこで自分の目指す表現を実現するのに適格であるかによって評価するのではない。そのカメラそのものによって切り開かれる世界に、自分自身の表現を合わせてゆくというべきであろう。それは1970年代の代表的シリーズである〈小さい伝記〉は、「ハッセルブラッド」という6×6判の一眼レフカメラで撮影されている。そのカメラを持つことによって、植田は真四角な画面を発見し、それがその表現を成立させる重要な要素となっている。つまり植田はカメラを変えることによって表現の様式のみならず、表現の世界そのものを変容させた顕著な例と言ってよいだろう。この意味において、植田にとってカメラは何かを実現するためのメディアとしてあるのではなく、カメラそのものとの純粋なかかわり方こそが植田の表現の根源にあるのだ。「写真で遊ぶ」「写真する」という謂いは、このようなカメラとのかかわりを指している。植田正治にとってカメラという器材は、外在化された装置として存在しているというべきなのではないか。
植田正治にとって「写真」は、カメラでありレンズであり、プリントを作るときにイメージの周囲に大きく白枠を付けることであり、仲間たちと一緒に写真を撮りに行くことであり、海外の最新の写真集を見ながら喧々諤々と話しをすることである。「写真」に関わるすべてのことが「写真で遊ぶ」ことであり、だからこそ写真は「撮る」ものではなく、一般的な動詞である「する」という言葉として現れてくるのではないだろうか。
P1植田正治
《P1》
制作年:1974〜1985
拡散転写法(SX−70)
Image size: 8.0x8.0cm
Sheet size: 10.8x8.9cm

今回新たに発見されたSX−70というポラロイド・カメラで撮影された植田正治の作品は、「写真で遊ぶ」作家にとってどのようなものであったのだろうか。
このことを考える前に、ポラロイド・カメラというものはどのようなものであるのか、ということをまず振り返っておきたい。
ポラロイド・カメラはまぎれもなく銀塩写真のシステムではあるのだが、通常のフィルムや印画紙を使うカメラとの汎用性はなく、それ独自で完結したものである。それゆえにポラロイドは「カメラ」という系の中で考えるのではなく、一つの完結したシステム、つまり「ポラロイド・システム」とでも呼ぶべきなのである。
このポラロイド・システムは、アメリカのエドウィン・H・ランドによって1947年に発表された「拡散転写法」という技法によるもので、当時は「インスタント写真」と呼ばれていた。1948年に最初のポラロイド・カメラが発売された。それは専用のフォールディング・カメラ(蛇腹引き出し式カメラ)で、感光材料は専用のパッケージ化されたものを使う。その専用カメラで撮影したあと、シートを引き出すと現像剤が押しつぶされ画像が数分で形成され、そのシートを剥離するとポジが得られる「ピール・アパート(剥離)方式」と呼ばれるものであった。はじめはモノクロのみであったが、1963年にはカラーのポラロイド・システムが発売される。この「ピール・アパート方式」のポラロイド・システムは、はじめは専用カメラでしか使えなかった。それは言い換えれば、アマチュア写真家が家庭用に使うものであり、プロの写真家が使うシステムではなかったということである。それゆえ、後にビュー・カメラなどに装着できるような装置が発売され、また通常のフィルムのようなネガを、ポジと同時に得られるものも発売される。その発売当初からアドバイザーをつとめていたアメリカを代表する風景写真家アンセル・アダムスは、このポラロイド・システムによって得られるネガの調子が柔らかく豊かな階調が得られるということで一時積極的に使用していたという話もある。この第一段階の技術的進展は、ポラロイド・システムを閉じた系から普通の写真システムと同様の開かれた系への変換を目指すものであったと言えよう。
それを決定的に変えたのが1972年にアメリカ・フロリダ州で発売され、73年には全米で、そして日本では1974年に発売されたSX−70というポラロイド・カメラであった。これはこれまでの「ピール・アパート方式」ではなく、非剥離方式であった。通常のポラロイド写真と異なり乳剤面が露出しておらず、透明なフィルムの下に画像が形成されるのである。専用カメラは、116f8のレンズを装着した専用の折り畳み可能な一眼レフで、最短撮影距離は26僉¬誼奮電子式シャッターを組み込んだAEカメラである。出来上がった写真は、カラーのみで、そのサイズは8×8僂凌浸由僂焚萍未任△辰拭「現代のダゲレオタイプ」とも称されたこのSX−70というポラロイド・システムは、シャッターを切った直後にカメラの底部から吐き出された写真には画像がまだ現れてはおらず、明るいところで見る間に画像が現れてくるという、普通の銀塩写真はもとよりそれまでのポラロイド・システムとも全く異なる写真経験をもたらすものであった。そしてその画像は、これまでのポラロイド・システムによる写真と比べてそのシャープネスという点では明らかに劣っていた。またその色調においてもSX∸70独特のものがあった。さらに、そのプリント自体も、普通の印画紙の写真とは明らかに異なり、独自の物質性が顕著であった。通常のポラロイド・システムが、ネガ/ポジ法をベースとする普通の銀塩写真システムへと開かれたのに対して、SX−70は閉じられた系を開くことが不可能であるのだ。このために一点制作と紙とは異なる物質性も持つことになり、当時「現代のダゲレオタイプ」と称された所以であろう。
そしてこのSX∸70は非剥離方式であるがゆえに、画像が完全に固定される前に、透明フィルムの上から棒状のもので圧力を加え、画像を手でゆがめることが盛んにおこなわれ、「ポラロイド・アート」ともいわれた独自の表現世界を生み出した。アメリカのルーカス・サマラスやレス・クリムスといった写真家が、70年代後半盛んに行い話題となった。
その後、「ピール・アパート方式」のポラロイド・システムは、70年代後半から80年代にかけて8×10インチ、さらには20×24インチと大型化してゆく、一方では83年に発売された「ポラクローム」のようなカラー透明陽画を得られるシステムも開発されてゆく。そしてポラロイド社は、さまざまなポラロイド・システムを写真家のみならずアンディ・ウォーホルのようなアーティストを含めて、提供し、普通の写真システムとは異なった「ポラロイド・アート」の可能性を追求して、厖大なコレクションを作り上げてゆく。

これまで植田正治がポラロイド・システムを使った作品としては、私家版写真集『軌道回帰』(1986年刊)が知られている。この写真集に収められた作品は、すべて1983年に発売された「ポラクローム」で撮影されている。これは現像所での処理が不要のカラーフィルムで、一本で36コマを撮影した後に、通常のポラロイド・システムのように明るいところで処理をすると35佝修離ラーの透明陽画(カラースライド)が得られるものであった。植田は、このシステムで得られるカラー写真の色調が鮮やかでないところに魅かれて使ったようである。また植田は、山岸亨子の企画による20×24インチという専用の大型ポラロイド・カメラを使うプロジェクトに参加し、その成果は森山大道、深瀬昌久、横尾忠則、石内都、山崎博ら18人の写真家とともに『スーパー・イメージの世界 ポラロイド20×24作品集』(青弓社、1986年)に収められている。
しかしこれまで植田がSX−70のポラロイドを使った作品がまとまって問題にされたことはなかった。「新しもの好き」の植田のことを考えれば、SX−70が発売された当初に飛びついたことは疑いようがない。海外の写真集などでこれを使った様々な表現があることも知っていたに違いない。にも拘わらず、植田はSX−70を使った成果を発表することはなかったのだ。
植田が写真集にまでした「ポラクローム」というシステムが、それまでのポラロイド・システムと比較して決定的に違うことは、普通のフィルムと同様に一本連続して撮影できる、撮影しなければならないという点にある。SX−70も含めて、ほかのポラロイド・システムは、ダゲレオタイプやコロジオン湿板法、ゼラチン乾板と同じように一コマ撮影である。つまり、通常のポラロイド・システムでは、連続撮影ができない。つまり植田にとっての「写真」は、あくまでも通常の使い慣れたカメラを使うことが重要であったのではないだろうか。
P5植田正治
《P5》
制作年:1974〜1985
拡散転写法(SX−70)
Image size: 8.0x8.0cm
Sheet size: 10.8x8.9cm

今回発見された植田正治のSX−70による作品は、前述のように画像に手を加えたものはない。その表現は、〈小さい伝記〉を撮影した頃の表現と極めて似通っているので、1970年代中頃に撮影されたのではないかと推測できる。ここに見られる植田正治の表現は、ストレートであるがゆえに、普通のカメラで撮影したときのような自由闊達さはないと言わざるを得ない。連続撮影をしようとしても、それは動いてゆく現実と渉りあってゆくものではない。一枚一枚のカメラから吐き出される写真を否応なく見てしまい、そこで流れが切断されてしまっているかのようである。植田にとって、大型のビュー・カメラとは異なった不自由さを強いるSX−70のポラロイドで撮影することは、撮影した直後に現像・定着をしなくてはならなかったダゲレオタイプやコロジオン湿板法が示す、本当の意味での写真の歴史的原点を経験することになってしまったのではないだろうか。
このSX−70のポラロイドによる作品は、植田正治の多彩な作品群の中にあって特別なものである。それは、表現として決して成功していないがゆえに、植田が言う「写真で遊ぶ」という意味を逆説的に照射している。それは19世紀的な、写真の発明に遡ってゆく原点ではなく、近代写真というパースペクティブの中で追求された「写真」という枠組みを明らかにしてしまっているように思えてならない。この意味において、SX−70のポラロイドによる植田の作品群は、「もう一つの遊び」として、植田の表現の在り処を示す興味深いものであるのだ。
かねこ りゅういち

『植田正治写真展―光と陰の世界―Part I』図録所収

金子隆一(かねこ・りゅういち)
写真史家。1948年東京生まれ。立正大学文学部卒業。おもな著書に『日本写真集史 1956-1986』、『日本近代写真の成立』(共著)、『インディペンデント・フォトグラファーズ・イン・ジャパン 1976〜83』(共著)など。展覧会キュレーション多数。

●書籍・カタログのご案内
表紙『植田正治写真展―光と陰の世界―Part II』図録
2018年3月8日刊行
ときの忘れもの 発行
24ページ
B5判変形
図版18点
執筆:金子隆一(写真史家)
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
価格:800円(税込)※送料別途250円

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『植田正治写真展―光と陰の世界―Part I』図録
2017年
ときの忘れもの 発行
36ページ
B5判
図版33点
執筆:金子隆一(写真史家)
デザイン:北澤敏彦(DIX-HOUSE)
価格:800円(税込)※送料別途250円


●今日のお勧め作品は、植田正治です。
新発掘のこのポラロイド写真はSX-70というポラロイド・カメラを使用したもので、撮影年はSX-70が日本で発売された1974年から〈小さい伝記〉が終わる1985年までと推測されます。
ポラロイド写真ですからネガもポジもありません。オンリーワンのビンテージプリントで、コンディションも発色も良好です。
こちらは6点組での販売となります。
P8植田正治
《P8》
1974年〜1985年
拡散転写法(SX−70)
Image size: 8.0x8.0cm
Sheet size: 10.8x8.9cm


P9植田正治
《P9》
1974年〜1985年
拡散転写法(SX−70)
Image size: 8.0x8.0cm
Sheet size: 10.8x8.9cm


P10植田正治
《P10》
1974年〜1985年
拡散転写法(SX−70)
Image size: 8.0x8.0cm
Sheet size: 10.8x8.9cm


P13植田正治
《P13》
1974年〜1985年
拡散転写法(SX−70)
Image size: 8.0x8.0cm
Sheet size: 10.8x8.9cm


P15植田正治
《P15》
1974年〜1985年
拡散転写法(SX−70)
Image size: 8.0x8.0cm
Sheet size: 10.8x8.9cm


P18植田正治
《P18》
1974年〜1985年
拡散転写法(SX−70)
Image size: 8.0x8.0cm
Sheet size: 10.8x8.9cm


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆ときの忘れものは「ボブ・ウィロビー写真展〜オードリー&マリリン 」を開催しています。
会期:2018年4月10日[火]―4月28日[土]
11:00-19:00  ※日・月・祝日休廊

数々のスターが主演するハリウッド映画のメイキング・シーンを撮影してきた「スペシャル」フォトグラファー、ボブ・ウィロビーが1950-60年代に撮影したオードリー・ヘップバーンとマリリン・モンローのポートレートをご覧いただきます。詳しい出品リスト(25点)はホームページに掲載しました。
また10万冊を所蔵する雑誌図書館六月社の協力を得て、映画専門誌以外のオードリー・ヘプバーンとマリリン・モンローのゴシップ記事などを掲載した30年ほど前の雑誌60種類を図書室で公開しています。ぜひ手にとってご覧になってください。
201804_willoughby

●出品作品を順次ご紹介いたします
03_A086-Audrey-Ladderボブ・ウィロビー
《Hepburn, Audrey, 1962 Audrey Hepburn on set of "Paris When It Sizzles" at Boulogne Studios in Paris, 1962.》(A086)
※「パリで一緒に」
1962(Printed in 2018)
Archival Digital Pigment Print
Image size: 45.7×24.8cm
Sheet size: 50.8×40.6cm
Ed.25
クリストファー・ウィロビーによるスタンプとサインあり


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ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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「ボブ・ウィロビー写真展〜オードリー&マリリン 」出品作品

ときの忘れものでは現在、「ボブ・ウィロビー写真展〜オードリー&マリリン 」を開催しています。

詳しい出品リスト(25点)はホームページに掲載したのですが、画像が小さくてよくわからんというお客様からの苦言をいただきました。どうもすいません。
とりあえず展示している作品の画像とデータをご紹介します。
展示風景については、昨日のブログにご紹介しました。

オリジナルプリントとエステートプリントの違いについて
今回2種類のプリントを展示しています。
オリジナルプリントはボブ・ウィロビーが生前プリントした銀塩写真で、プリントした日の記録も残っています。エディション部数は全て200部となっていますが、どの作品も200部プリントしたことはなく、殆どの作品は2〜3部、人気のある作品でもせいぜい2〜30部です。基本的には12x16インチの印画紙を使用していますが、他に16x20インチのプリントも存在しそれらは大体がエディション部数3部です。

オリジナルプリント(生前)には全てに作家直筆のサインかイニシャルが記入されています。

エステートプリントは、ボブ・ウィロビー没後にオリジナルのネガからプリントされたものです。ボブ・ウィロビーの遺族が監督のもと、ロサンゼルスのThe Iconの美術部でオリジナルのネガよりプリントされています。16x20インチのエディションが25部、30x40インチのエディションが12部、その他最大40x60インチもあります。エステートプリントには遺族がサインとエディション番号を記入しています。
技法はアーカイバルピグメントプリントと呼ばれるインクジェットプリント印刷です。顔料インクを使用し、写真の長期保存を可能にした技法と言われています。

新聞等で報道されましたが<富士フイルムは写真用の白黒フィルムと白黒印画紙の販売を終了すると発表しました。既に製造を中止しており、白黒フィルムは10月ごろに在庫がなくなり、出荷を終える見通し。1936年から続いてきた82年の歴史に幕を下ろす>ことになりました(カラーフィルムの製造・販売は継続)。

初日に某美術館の学芸員が来廊されました。
「生前のプリント(銀塩写真)と没後のアーカイバルピグメントプリントの違いがどのようなものかを見たい」との理由からでした。
ご覧になった結論としては「一見しただけではまったく見分けがつかない」というものでした。
最近の技術の進歩は恐るべきものですね。

展示している下記作品以外にも作品はご用意していますので、御覧になりたい方はお気軽にスタッフにお申し付けください。

01ボブ・ウィロビー
《Hepburn, Audrey, 1953
Audrey Hepburn getting into a car after her first photo shoot at Paramount, having recently finished her first film "Roman Holiday," 1953.》(A120)

※「ローマの休日」
1953(Printed in 2004)
Gelatin Silver Print
Image size: 34.2×25.3cm
Sheet size: 40.6×30.2cm
Ed.200
ボブ・ウィロビー直筆のイニシャルと遺族のスタンプとサインあり


02ボブ・ウィロビー
《Monroe, Marilyn, 1960
Marilyn Monroe lost in her own thoughts on the set of "Let's Make Love," 1960.》(A013)

※「恋をしましょう」
1960(Printed in 1984)
Gelatin Silver Print
Image size: 35.4×24.0cm
Sheet size: 40.6×30.2cm
Ed.200
ボブ・ウィロビーの直筆サインとイニシャルあり


03ボブ・ウィロビー
《Hepburn, Audrey, 1962
Audrey Hepburn sits on the set of"Paris When It Sizzles."Boulogne Studios in Paris, 1962.》(A086)

※「パリで一緒に」
1962(Printed in 2018)
Archival Digital Pigment Print
Image size: 45.7×24.8cm
Sheet size: 50.8×40.6cm
Ed.25
クリストファー・ウィロビーによるスタンプとサインあり


06ボブ・ウィロビー
《Hepburn, Audrey, 1963
Audrey Hepburn & George Cukor chat at the end of the first day of film ingon "My Fair Lady" - 1963.》(A160)
※「マイ・フェア・レデ」
1963(Printed in 2018)
Archival Digital Pigment Print
Image size: 30.7×45.8cm
Sheet size: 40.6×50.8cm
Ed.25
クリストファー・ウィロビーによるスタンプとサインあり


07ボブ・ウィロビー
《Hepburn, Audrey, 1962
Audrey Hepburn, in another Givenchy outfit, sits on the set of "Paris When It Sizzles," Boulogne Studios, Paris - 1962.》(A218)

※「パリで一緒に」
1962(Printed in 2018)
Archival Digital Pigment Print
Image size: 45.8×29.5cm
Sheet size: 50.8×40.6cm
Ed.25
クリストファー・ウィロビーによるスタンプとサインあり


08ボブ・ウィロビー
《Hepburn, Audrey, 1958
Audrey Hepburn sits on the set of"Green Mansions" with her dog 'Famous' on her lap - 1958.》(A225)

※「緑の館」
1958(Printed in 2018)
Archival Digital Pigment Print
Image size: 45.6×29.4cm
Sheet size: 50.8×40.6cm
Ed.25
クリストファー・ウィロビーによるスタンプとサインあり


09ボブ・ウィロビー
《Hepburn, Audrey, 1953
Audrey Hepburn in her hotel room in L.A., on her first trip to Hollywood after filming "Roman Holiday," 1953.》(A226)

※「ローマの休日」
1953(Printed in 2014)
Archival Digital Pigment Print
Image size: 35.6×35.5cm
Sheet size: 50.8×40.6cm
Ed.25
クリストファー・ウィロビーによるスタンプとサインあり


11ボブ・ウィロビー
《Hepburn, Audrey, 1953
Audrey Hepburn on the phone. Paramount Studios - 1953》(BWP040)

1953(Printed in 2018)
Archival Digital Pigment Print
Image size: 45.7×30.4cm
Sheet size: 50.8×40.6cm
Ed.25
クリストファー・ウィロビーによるスタンプとサインあり


12ボブ・ウィロビー
《Hepburn, Audrey, 1953
Audrey Hepburn - Portrait at Paramount Studios 1953》(BWP041)

1953(Printed in 2018)
Archival Digital Pigment Print
Image size: 45.8×34.0cm
Sheet size: 50.8×40.6cm
Ed.25
クリストファー・ウィロビーによるスタンプとサインあり


13ボブ・ウィロビー
《Hepburn, Audrey, 1953
Audrey Hepburn on her first trip to Hollywood, read letters from home in her hotel room, after a long day at Pramount Studios, Los Angeles 1953.》(BWP048)

1953(Printed in 2018)
Archival Digital Pigment Print
Image size: 45.8×35.1cm
Sheet size: 50.8×40.6cm
Ed.25
クリストファー・ウィロビーによるスタンプとサインあり


14ボブ・ウィロビー
《Hepburn, Audrey, 1958
Audrey Hepburn reads in her yard as "Ip" tries to get her attention.Pre-production for "Green Mansions"- 1958》(BWP121)

※「緑の館」
1958(Printed in 2018)
Archival Digital Pigment Print
Image size: 45.8×30.8cm
Sheet size: 50.8×40.6cm
Ed.25
クリストファー・ウィロビーによるスタンプとサインあり


20ボブ・ウィロビー
《Monroe, Marilyn, 1960
Marilyn Monroe with her husband, writer Arthur Miller and co-star Yves Mont and on the set of "Let's Make Love." 1960》(BWP003)

※「恋をしましょう」
1960(Printed in 2018)
Archival Digital Pigment Print
Image size: 30.7×45.7cm
Sheet size: 40.6×50.8cm
Ed.25
クリストファー・ウィロビーによるスタンプとサインあり


21ボブ・ウィロビー
《Monroe, Marilyn, 1960
Marilyn Monroe stands alone on the set of "Let’s Make Love" - 1960.》(BWP005)

※「恋をしましょう」
1960(Printed in 2018)
Archival Digital Pigment Print
Image size: 45.7×29.4cm
Sheet size: 50.8×40.6cm
Ed.25
クリストファー・ウィロビーによるスタンプとサインあり


22ボブ・ウィロビー
《Monroe, Marilyn, 1952
Marilyn Monroe - Portrait at a party 20th Century Fox gave for her.Marilyn flew in by helicopter - 1952》(BWP077)

1952(Printed in 2018)
Archival Digital Pigment Print
Image size: 45.8×32.2cm
Sheet size: 50.8×40.6cm
Ed.25
クリストファー・ウィロビーによるスタンプとサインあり


23ボブ・ウィロビー
《Monroe, Marilyn, 1952
Marilyn Monroe sitting by the pool atparty 20th Century Fox held for her -1952》(BWP141)

1952(Printed in 2018)
Archival Digital Pigment Print
Image size: 36.9×35.5cm
Sheet size: 50.8×40.6cm
Ed.25
クリストファー・ウィロビーによるスタンプとサインあり


24ボブ・ウィロビー
《Monroe, Marilyn, 1960
Marilyn Monroe sits with director George Cukor on the set of "Let’s Make Love" 1960》(BWP143)

※「恋をしましょう」
1960(Printed in 2018)
Archival Digital Pigment Print
Image size: 31.4×45.7cm
Sheet size: 40.6×50.8cm
Ed.25
クリストファー・ウィロビーによるスタンプとサインあり


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ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆ときの忘れものは「ボブ・ウィロビー写真展〜オードリー&マリリン 」を開催しています。
会期:2018年4月10日[火]―4月28日[土]
11:00-19:00  ※日・月・祝日休廊

数々のスターが主演するハリウッド映画のメイキング・シーンを撮影してきた「スペシャル」フォトグラファー、ボブ・ウィロビーが1950-60年代に撮影したオードリー・ヘップバーンとマリリン・モンローのポートレートをご覧いただきます。詳しい出品リスト(25点)はホームページに掲載しました。
また10万冊を所蔵する雑誌図書館六月社の協力を得て、映画専門誌以外のオードリー・ヘプバーンとマリリン・モンローのゴシップ記事などを掲載した30年ほど前の雑誌60種類を図書室で公開しています。ぜひ手にとってご覧になってください。
201804_willoughby

●出品作品を順次ご紹介いたします
08_BWP009-Audrey-asleep-wit
ボブ・ウィロビー
《Hepburn, Audrey, 1958
Audrey asleep with Ip Pre-Production on "Green Mansions," 1958》(BWP009)

※「緑の館」
1958(Printed in 2018)
Archival Digital Pigment Print
Image size: 31.2×45.8cm
Sheet size: 40.6×50.8cm
Ed.25
クリストファー・ウィロビーによるスタンプとサインあり

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ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

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新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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マリリンとオードリー「ボブ・ウィロビー写真展」より

ときの忘れものでは二度目となる「ボブ・ウィロビー写真展〜オードリー&マリリン 」を開催しています。
今回は、20世紀を象徴するミューズ、オードリー・ヘプバーンとマリリン・モンローを撮った写真15点を展示しています。
詳しい出品リスト(25点)はホームページに掲載しました。
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ボブ・ウィロビーの写真作品は展示した以外にも多数ご用意していますので、スタッフに声をかけてください。

●10万冊を所蔵する雑誌図書館六月社の協力を得て、映画専門誌以外のオードリー・ヘプバーンとマリリン・モンローのゴシップ記事などを掲載した30年ほど前の雑誌60種類を図書室で公開しています。ぜひ手にとってご覧になってください。
30冊ランダム
中身
90年代前半の雑誌を中心に、一番古いもので1986年の「オリーブ」(マガジンハウス)、一番新しいもので2009年の「SCREEN」(近代映画社)があります。

2階図書室で閲覧用に公開している雑誌の一例(順不同)
・ELLE JAPON(ハースト婦人画報社)
・FLaU(講談社)
・女性自身(光文社)
・DIME(小学館)
・non-no(集英社)
・週刊新潮(新潮社)
・週刊文春(文藝春秋)
・アサヒグラフ(朝日新聞社)
・MORE(集英社)
・フライデー(講談社) 他

マリリンとオードリー、二人がいかに世界中の人々から愛され、20世紀のスターだったかのエピソードが満載です。作品を鑑賞しながら、どうぞゆっくりとお楽しみください。
〜〜〜〜〜〜
舟越直木さんが亡くなられてまもなく一年になります(2017年5月6日没)。
世田谷美術館と、銀座のギャラリーせいほうで一周忌の追悼展示が行われます。

世田谷美術館/コーナー展示 「追悼―舟越直木」
 会期:2018年4月14日(土)〜7月8日(日)
 休館日:毎週月曜日(ただし4月30日(月・振替休日)は開館、5月1日(火)は休館)
 会場:世田谷美術館 2階展示室

ギャラリーせいほう「舟越直木展」
 会期:2018年4月16日(月)〜4月28日(土)
    日曜休廊
 会場:ギャラリーせいほう
20180416_舟越直木_表20180416_舟越直木_宛名


◆ときの忘れものは「ボブ・ウィロビー写真展〜オードリー&マリリン 」を開催しています。
会期:2018年4月10日[火]―4月28日[土]
11:00-19:00  ※日・月・祝日休廊

数々のスターが主演するハリウッド映画のメイキング・シーンを撮影してきた「スペシャル」フォトグラファー、ボブ・ウィロビー。ときの忘れもので2回目となる写真展を開催します。1950-60年代に撮影したオードリー・ヘップバーンとマリリン・モンローのポートレート約15点をご覧いただきます。
201804_willoughby

●出品作品を順次ご紹介いたします
17_BWP003-Monroe-Miller-Mon
ボブ・ウィロビー
《Monroe, Marilyn, 1960
Marilyn Monroe with her husband, writer Arthur Miller and co-star Yves Montand, 1960》(BWP003)

1960(Printed in 2018)
Archival Digital Pigment Print
Image size: 30.7×45.7cm
Sheet size: 40.6×50.8cm
Ed.25
クリストファー・ウィロビーによるスタンプとサインあり

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

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2018年から営業時間を19時まで延長します。
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JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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明日から「ボブ・ウィロビー写真展〜オードリー&マリリン展」4月10日(火)〜4月28日(土)

数々のスターが主演するハリウッド映画のメイキング・シーンを撮影してきた「スペシャル」フォトグラファー、ボブ・ウィロビー
ときの忘れもので5年ぶり2回目となる写真展を開催します。

「ボブ・ウィロビー〜オードリー&マリリン展」
会期:2018年4月10日[火]〜4月28日[土]
11:00〜19:00 ※日・月・祝日休廊

1950-60年代に撮影したオードリー・ヘプバーンとマリリン・モンローのポートレート約15点をご覧いただきます。

今回焦点を当てるのは、ハリウッドを代表する女優二人です。
ほぼ同じ時期に活躍しながらもタイプの異なる二人ですが、それぞれが強烈な印象を残し、今もなお多くの映画ファンを魅了しています。

二階図書室では10万冊を所蔵する雑誌図書館六月社の協力を得て、映画専門誌以外のオードリー・ヘプバーンとマリリン・モンローのゴシップ記事などを掲載した30年ほど前の雑誌60種類を図書室で公開しています。ぜひ手にとってご覧になってください。
201804_willoughby



201804_willoughby
"Audrey Hepburn on the phone at Paramount during her first trip to Hollywood after filming Roman Holiday, Paramount Studios, 1953" (A004)
1953年(2017年プリント)
アーカイバルデジタルピグメントプリント
シートサイズ:20×16インチ
Ed.25
クリストファー・ウィロビー(息子)によるサインとスタンプあり

オードリー・ヘプバーンは、1929年ベルギーで英国人の父とオランダ人の母のもとに生まれました。両親の離婚後10歳のときに祖父のいるオランダへ移住。そこで6年間バレエの特訓を受け、バレリーナになります。
第二次世界大戦中、ドイツのオランダ占領に対する抵抗運動に参加。資金集めのために秘密裏にバレエを踊っていました。ドイツへの抵抗者だった叔父と従兄弟が目の前で銃殺され、自身も重度の栄養失調になるなど、戦争は彼女に暗い影を落とします。ヘプバーンが少女時代に受けたこれらの戦争体験が、後年のユニセフへの献身につながったといえるでしょう。
終戦後、母と共にロンドンに移住。オードリーは、生活を支えるために舞台や映画の端役の仕事を始めます。1951年、撮影で訪れたフランスで、当時自身が書いたブロードウェイ戯曲『ジジ』の主役を演じる女優を探していたフランス人女流作家コレットに見出され抜擢。オードリーはこのジジ役で、ブロードウェイ、オフ・ブロードウェイで初舞台を踏んだ優れた舞台俳優に贈られるシアター・ワールド・アワードを受賞しています。
そして1953年、映画『ローマの休日』のアン王女役を演じ、評論家からも大衆からも絶賛されその人気は不動のものとなります。
1989年に女優業を引退後はユニセフ親善大使に就任。1993年に亡くなった後も、20世紀を代表する女優であるとともに時代を越えたファッションアイコンとしても愛され続けています。
代表作:「ローマの休日」(1953)、「麗わしのサブリナ」(1954)、「ティファニーで朝食を」(1961)、「マイ・フェア・レディ」(1964)など。
〜〜〜〜〜
201804_willoughby"Marilyn Monroe at a party thrown in her honor by 20th Century Fox Studios. A bit of a publicity stunt, she arrived by helicopter with bandleader Ray Anthony. Beverly Hills, 1952" (1)
1952年(2017年プリント)
アーカイバルデジタルピグメントプリント
シートサイズ:20×16インチ
Ed.50
クリストファー・ウィロビー(息子)によるサインとスタンプあり


マリリン・モンローは、1926年にアメリカロサンゼルスに生まれます。本名はノーマ・ジーン・モーテンソン。1928年に両親が離婚。幼少期のほとんどを里親と孤児院で過ごします。第二次世界大戦末期、工場で働いていた時に、陸軍から派遣された報道部員に撮られた写真が、陸軍の機関誌『ヤンク』に掲載されたことを機にハリウッドへの道をたどることになります。1946年、20世紀フォックスのスクリーン・テストに合格し「マリリン・モンロー」という芸名で契約。その後コロムビア映画に移籍するものの、生活のためにヌードモデルなどをしながら演技の勉強を続けました。
1951年『アスファルト・ジャングル』、『イヴの総て』に出演し注目されはじめ、1952年の『ノックは無用』で準主役を演じるなどキャリアを重ねます。1953年『ナイアガラ』では腰を振って歩く仕草(モンロー・ウォーク)で世の男性の注目を集め、続く『紳士は金髪がお好き』、や『七年目の浮気』が大ヒットして一躍トップスターとなりました。しかし1962年に36歳の若さで亡くなります。スキャンダルも多かったモンローですが、映画史に残した強烈な印象は、人々の記憶に今なお刻まれています。
代表作:「ナイアガラ」(1953)、「紳士は金髪がお好き」(1953)、「七年目の浮気」(1955)、「お熱いのがお好き」(1959)、「恋をしましょう」(1960)など。

ボブ・ウィロビー Bob WILLOUGHBY(1927-2009)
1927年アメリカ・ロサンゼルスで生まれる。12歳のときに父からもらったカメラで写真を撮り始める。高校卒業後、ハリウッドのカメラマンたちの助手として修業し、かたわらジャズを対象に写真修業をした。南カリフォルニア大学の夜間部で写真を学び、専門学校でデザインを学習。やがて演劇や文化イベントを手がけるようになり、雑誌のために映画関連の撮影が増えた。
オードリー・ヘプバーン出演作のほか、「地上より永遠に」「スタア誕生」「ヴァージニア・ウルフなんかこわくない」「卒業」など30年あまりの間に120本ほどの映画でスチル写真を撮り、『ライフ』『ヴォーグ』など世界的な雑誌に提供している。写真集として、『プラチナの時代』(1974)、『ロサンゼルスのジャズ』(1990)、『ハリウッド・スペシャル』(1993)などがある。彼の写真は、数多くの国の美術館に展示されている。2009年12月フランス・ヴァンスに永逝(享年82)。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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蔦谷典子のエッセイ「奈良原一高≪肖像の風景≫」

奈良原一高≪肖像の風景≫

蔦谷典子(島根県立美術館主席学芸員)


 表参道「ハナヱ・モリビル」のショーウインドウのなかで、マヌカンとともにポーズをとる颯爽とした女性。国際的に活躍するファッション・デザイナー森英恵(1926-)その人である。
057_奈良原一高≪森英恵 ファッション・デザイナー <肖像の風景>より≫1985年

この作品は、写真家・奈良原一高(1931-)の≪肖像の風景≫(1985)のなかの1点。日本を代表する各界のリーダー30人を紹介する連載「ザ・リーダー」が、月刊誌「新潮45+」の創刊号から始まり、奈良原はそのグラビア撮影を新潮社より依頼された。それまで肖像写真をほとんど撮らなかった奈良原は、当初より写真集として纏めようと企図した。そして完成したのが『肖像の風景』である。
奈良原一高は、自らのコンセプトをもとに、入念に作品を仕上げていく写真家である。戦後日本の写真を大きく転換させた初個展「人間の土地」(1956)、日本写真批評家協会新人賞を獲得した「王国」(1958)、続くヨーロッパ、アメリカを舞台とした『ヨーロッパ・静止した時間』(1967)、『消滅した時間』(1975)などいずれも同様であり、人間の築き上げた「文明の光景」を独自の視点で捉えてきた。このシリーズも、戦後日本を牽引してきたリーダーの功績を象徴する光景のなかに、肖像の主を置いて一体化させている。肖像写真の枠を大きく超えた、現実でありながら現実を超えるシュールな感覚が横溢している。
直径45mの電子望遠鏡を開発した天文学者・赤羽賢司(1926-2015)は、広い観測所のかなたにある巨大望遠鏡を、錯視の効果で帽子のように頭上に乗せる。江川事件の後のプロ野球界を粛正したコミッショナー・下田武三(1907-1995)は、原辰徳・中畑清・駒田徳広・江川卓ら選手を前に訓示を垂れる威厳に満ちた堂々たる背中で登場する。
傑出した個性に対峙しながら、奈良原は極めてクールな眼差しで捉えている。この透徹した眼差しはどこから来るのだろうか。奈良原は松江高校卒業後、検事であった父の希望通り法学の道へ進む。しかしその後、前衛美術へ、さらに写真の道へと歩むこととなる。司法には客観性をもって人間を見る神のごとき眼が必要となる。このシリーズにも、その透徹した眼差しが投影されているように思われる。
 ≪肖像の風景≫は1985年に展示されて以来33年ぶりの展観となる。作家よりシリーズ全161点を島根県立美術館へご寄贈いただき、そのお披露目の展覧会を現在開催している。会場では、「日本の力」「人を組む」「愛の物語」という3つの視点で紹介している。今回メインイメージとした森英恵の作品を中心にみていきたい。

●日本の力
「ザ・リーダー」の30人は、まさに戦後の日本を牽引してきた「日本の力」である。森英恵もそのひとり。森は、島根県六日市町(現・吉賀町)に生まれ、東京女子大学を卒業した後、結婚する。家族や自分の服を作るために洋裁を習い始め、1951年に新宿で伝説の洋装店「ひよしや」を開店する。やがて当時の映画「太陽の季節」「狂った果実」などの衣裳を手掛けるようになり評判を呼んだ。さらに森の活躍は国際的な広がりをもっていく。
ニューヨークで日本の衣類が粗悪なものとして扱われているのに憤り、洗練された着物の伝統美を新鮮な感覚で展開して、アメリカ進出を図った。1965年にニューヨークで開催したショーは「EAST MEETS WEST」と絶賛された。その後1977年、パリで東洋人初のクチュリエとしてオートクチュールのメゾンを開くこととなる。幼い頃眼にした紋白蝶は、世界を席巻する蝶のマークとなり「マダム・バタフライ」の快進撃は続いた。
≪肖像の風景≫は、戦後「日本の力」として各々の領域で目覚ましい活躍を遂げたリーダーたちの競演でもある。1949年、ロサンジェルスで開催された戦後初の国際大会で、驚異的な世界新記録を打ち立て「フジヤマのトビウオ」の異名をとり、日本中を熱狂させた古橋広之進(1928-2009)。脳卒中ネズミを選択交配によって生み出し、当時死亡率の最も高かった脳卒中の原因究明を果たした家森幸男(1937-)。強靭な個性をもった多彩な人々のエネルギーに満ちている。

●人を組む
 肖像写真には、肖像の主の傑出した個性と、写真を撮る奈良原の視点というふたりの存在が写りこむ。肖像写真それ自体が、コラボレーションともいえよう。
森英恵とは、初めて出会った1959年以来、様々な形で共同制作が続いている。奈良原がファッション写真を手掛けるようになったとき、ファッションを撮るならまず洋裁の仕方を勉強したいと森に弟子入りを志願する。森は、写真を撮るならよく見ているだけでよいのではと助言しつつ、物事を原点から見つめようとする奈良原の姿勢が脳裏に刻まれた。奈良原も、多忙な日々のなかでも常に自然体な森英恵のポートレイトを、当時としては例外的に写している。その後、ファッション写真やカレンダーの共同制作などが展開していく。1969年、森英恵の海外進出に際して、プロモーション・フィルム「ザ・ワールド・オブ・ハナヱ・モリ」を撮影することになり、奈良原はこの映画の共同監督を務める。そして、≪肖像の風景≫で再び会合した。
法隆寺の棟梁として知られる西岡常一(1908-1995)もリーダーのひとりである。棟梁の仕事を「木のくせを見抜いて、木を組む」「木を組むには、人の心を組め」と言い表した。千年を経て育った檜は千年もつ。伐採した木を見るのではなく、どのような土壌で育ったか、根を張りやすい柔らかな土壌か、風にあらがって育った木か。そして、建築はひとりではできない。宮大工が集まって、同じ気持ちにならないと完成しない。人の心を組むのもまた棟梁の仕事である。この棟梁の真摯な人柄に奈良原は感銘を受ける。
こうして奈良原は、様々な人々との出会い、また撮影という共同作業を楽しみながら、作品に向かっている。

●愛の物語
 ≪肖像の風景≫のなかの森英恵の写真は5点。世界の名だたるデザイナーたちと並んだ張りつめた表情、無心に仮縫いをする横顔、愛用の鋏やトワールまたヒールをオブジェのように逆光で捉えたもの。そしてもうひとつには、おしどり夫婦でしられる夫君・賢氏と仲睦まじく散歩する笑顔の森が映し出されている。
 森英恵の活躍を支えたのが、亡夫・森賢氏である。スタジオの経営を担い、二人三脚で旺盛な活動を展開していった。森英恵のエッセイには、多忙な日々の様子も綴られているが、何よりも、みずみずしい感覚でしなやかに生きる女性の姿が垣間見える。
 ふたりの子どもが小さいときは、どんなに忙しくても、朝食は家族で、パンとジャム、コーヒーにサラダ。そして子どもたちが成長すると、お昼用のおにぎりを「夫が三個、私が二個、息子は四個」とそれぞれもって出かけた。その妻としての、母としての森の慈しみ溢れる表情がこの写真には表現されている。
 30人のリーダーのなかには、日本初の肢体不自由児のための施設「ねむの木学園」を創設した女優・宮城まり子の姿もある。撮影に来た奈良原たちに喜んでもらおうと、猫の劇で迎えた。その愛情溢れる人柄は、子供たちをひきつけてやまない。宮城が来ると、今日はどの部屋で泊まるのか、子供たちの質問攻めとなる。「まり子さん、たくさんいるといいな」そうタイトルを付けて8人の宮城を描いた園児の絵は、子供たちの思いを代弁している。
 パリ日本人会会長・小島亮一(1902-1992)。奈良原が最も共感を感じたひとりである。小島は数奇な運命を辿っている。関東大震災で両親を失い、単身ヨーロッパに渡った。フランス人の妻と結婚するが、戦争が始まる。それでも日本に帰国することなく、生涯妻と過ごした。社会情勢は変わっても、真の個性で結びついた人と人とのつながりは変わることがない。その妻が亡くなった直後に、奈良原は訪ねている。いつも妻と散歩した公園をひとり歩く小島の後ろ姿は、淋しさが溢れていた。
 こうして、≪肖像の風景≫のシリーズは、ひとりの人間としてのリーダーたちの素顔も捉えている。そしてここには、奈良原自身の素顔も見受けられる。奈良原の父・義男は、このシリーズにも登場する最高検察庁が最後の職場となった。この作品群を撮影している頃、母が亡くなり、介護の必要な父親を奈良原は引き取っている。子どもの頃、仕事に追われともに過ごす時間が十分なかった父。その父との時間は、神様からの贈り物だと奈良原は感謝し記している。そして、この≪肖像の風景≫をかつてリーダーのひとりだった「父に贈る」と結んだ。
≪肖像の風景≫を味わう楽しさは、この奈良原の優しさに支えられている。

002_≪赤羽賢司 天文学者 <肖像の風景>より≫1985年


つたたに のりこ


●お知らせ
幻のフィルム上映

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1969年、森英恵の海外進出に際して、プロモーション・フィルム「ザ・ワールド・オブ・ハナヱ・モリ」が、映画監督・成島東一郎、グラフィック・デザイナー田中一光、写真家・奈良原一高の共同監督で制作された。日本の伝統美から現代の美を生み出していく斬新な映像が繰り広げられる。杉木立、岩清水、四季折々の自然の美しさに感じて、色や形を創り上げていく日本人の感性の豊かさ、日本の伝統的な染めや織の技術、さらに都市化していく街のダイナミズム、建設中の大阪万博会場も舞台とするこのフィルムには、日本人としての誇りが、近未来的な映像となって展開している。
半世紀の間上映されることのなかったこの幻のフィルムを、奈良原は大切に保管していた。2015年「森英恵」展会場内で一度だけ上映されたが、今回は「肖像の風景」展にあわせて、ホールの大画面での半世紀ぶりの上映となる。

【美術館キネマ 特別映像作品上映】
・奈良原一高・田中一光・成島東一郎の共同監督
・映画「ザ・ワールド・オブ・ハナヱ・モリ」1969年
・鑑賞無料
日時:2018年4月15日(日)    
10:30〜 11:30〜 13:00〜 14:00〜 15:00〜
(各回30分前開場:約20分)
会場:島根県立美術館ホール


●展覧会のご紹介
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「受贈記念 奈良原一高・肖像の風景」
会期:2018年1月25日[〜5月7日
会場:島根県立美術館
時間:10:00〜日没後30分(入場は日没まで)
休館:火曜

第1会場(島根県立美術館4室):
島根県立美術館ではこの度、日本を代表する写真家・奈良原一高(1931-)の《肖像の風景》シリーズ全161点を、作家より一括してご寄贈いただきました。松江高校の卒業生である奈良原がはじめて肖像写真に取り組んだこのシリーズは、時代を担う各界のリーダーを、新鮮な感覚で捉えています。雑誌「新潮45+」の連載「ザ・リーダー」のグラビアとして撮影され、当初より写真集として纏めることを目的として制作されました。日本の頂点に立つ人々に対峙しながら、肖像写真の枠を超えた、奈良原一高の鋭敏な感性あふれる作品群となっています。
◆ギャラリートーク:4月22日(日)14:00〜

第2会場(島根県立美術館5室):
1949年、戦後初の国際大会、ロサンゼルスで開催された全米水泳選手権で、日本の古橋広之進が、超人的な世界新記録で優勝し、「フジヤマの飛び魚」と絶賛されました。敗戦に打ちひしがれた日本の人々の心に、明日への希望をもたらした快挙でした。 その後、病のため1952年のオリンピックではメダルを獲得できなかった古橋は、以後オリンピック選手の育成に励みました。
美術・音楽・スポーツ・科学、等々各界のリーダーたち30人による≪肖像の風景≫をお楽しみください。
島根県立美術館HPより転載)


●本日のお勧め作品は、奈良原一高です。
20150201_narahara_15_wthv1写真集〈消滅した時間〉より
《人工湖の見えるプールサイド、ユタ》
1971年 (Printed 1975)
ゼラチンシルバープリント
Image size: 33.0x48.0cm
Sheet size: 40.6x50.8cm
サインあり

*ときの忘れものでは、奈良原一高の「王国」「消滅した時間」シリーズのヴィンテージ・プリントを扱っています。
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆ときの忘れものは「ボブ・ウィロビー写真展〜オードリー&マリリン 」を開催します。
会期:2018年4月10日[火]―4月28日[土]
11:00-19:00  ※日・月・祝日休廊

数々のスターが主演するハリウッド映画のメイキング・シーンを撮影してきた「スペシャル」フォトグラファー、ボブ・ウィロビー。ときの忘れもので2回目となる写真展を開催します。1950-60年代に撮影したオードリー・ヘップバーンとマリリン・モンローのポートレート約15点をご覧いただきます。
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●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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中村惠一「『光画』と新興写真 モダニズムの日本」観覧記

「『光画』と新興写真 モダニズムの日本展」観覧記                               

中村惠一


 東京都写真美術館で開催されている「『光画』と新興写真 モダニズムの日本展」は、1920年代末から30年代にかけて隆盛した日本における写真のモダニズム表現を見てゆくうえで極めて重要な雑誌『光画』に掲載された写真をできるかぎり見せているという点で、また『新興写真研究』というなかなか現物を直接に手に取って見ることがかなわぬ書籍が見られるという点で注目に値する展覧会である。しかし、それはモダーンフォトに関しての基礎的な知識や歴史経緯の認識があって初めて貴重さがわかるのであって、一般的にはそれを理解しておけというのはさすがに酷であり、その認識を前提に写真作品だけを並べてしまうのは少々乱暴すぎると思ったのだった。たとえば、新興写真が日本に紹介されて受容される前史、その際の状況や受容にいたる歴史的、思想的な背景などを簡単でもいいので説明しておかないと理解が浅いままで終わってしまう可能性が高い。多くの観覧者は「古いけどかっこいい写真だな」と思いながら見るだけで終わってしまっていないか。展示全体を通じて解説の不足が見る者に対して結果的に不親切になってしまっているように感じた。

01『光画』第1巻第1号
1932年
聚楽社


 私にとって『新興写真研究』は手にとってみたい書籍の常に上位にあった。新宿・西落合地域に本社をおいたオリエンタル写真工業が発行していた雑誌『フォトタイムス』。その編集主幹であった木村専一が中心になって始めた「新興写真研究会」が発行したアンソロジーが『新興写真研究』である。ちなみに主にヨーロッパの新興写真を受容し、その紹介のために「モダーンフォトセクション」というコーナーを作ったのは雑誌『フォトタイムス』であった。落合地域の文化史を調べている私にとってオリエンタル写真工業も『フォトタイムス』も「新興写真研究会」も調査の対象である。その『新興写真研究』現物が展示されている。手には取れないが貴重なそのページを覗くことができた。また新興写真研究会の会員であった飯田幸次郎の作品が『新興写真研究2』には掲載されていた。飯田は『フォトタイムス』と『光画』を主たる発表の場にした写真家である。従い、『光画』掲載の作品を展示する今回の展示においては重要な作家の一人である。だが飯田は『光画』終刊時期に行方不明になり、生没年もわからない状態であった。最近の調査によって戦後も写真館をもって東京で暮らしていたことはわかったのだが、戦前のプリントもネガも結局発見されなかった。そこで今回の展示では、ばらした雑誌『光画』のページ現物を額装して展示していた。野島康三が発行した雑誌だけあって、印刷も紙質も素晴らしい。さすがにヴィンテージプリントと並べると違和感はあるものの、展覧に耐えうるものであった。ただし、印刷物をそのまま展示した旨の説明はあった方がよいように思った。飯田の写真もプリントだと思ってみている来場者が多かった。新興写真という概念は『光画』に掲載されたような傾向の写真領域よりもはるかに広い範疇を対象にしていた。それは『フォトタイムス』誌上で多くの論客が説明しているところである。従い、仮に今回の展覧会で新興写真の広がりを見せる意図があるならば展示に不足があるものと思う。たとえば堀野正雄は『フォトタイムス』では築地小劇場の舞台写真から板垣鷹穂が展開した機械美学の実践写真まで理論と実作双方を受け持ちながら展開した。だが、『光画』に発表した写真を見るとその作風ではないものを掲載している。あきらかに作品展開をわけているのだ。今回の展覧会は1931年に開催された“「独逸国際移動写真展」による新興写真の受容と雑誌『光画』の展開”というパースペクティブなのだろうが、その流れも説明がないと分かりにくいのではと危惧する。たしかに、国際光画協会の村山知義や岡田桑三が持ち込んだこの刺激的な展覧会は、のちに『光画』の主力メンバーとなる安井仲治や木村伊兵衛にも大きな衝撃を与えた。この展示がなければ『光画』はなかったのかもしれない。今回の展覧会では、それをヤン・チヒョルトがまとめた作品集『フォトアウゲ』と木村専一がヨーロッパから持ち帰ったモダーンフォトの当時のプリントを導入部に据えていたが、これも経緯を知る人が見なければ、なぜここにヨーロッパの写真が展示されているのか理解できないのではと心配になった。モダーンフォトはヨーロッパからもたらされ当時の日本に受容された。日本国内で独自に発展をし、雑誌『光画』という成果を結実する。しかし新興写真はここをピークとして衰退する。それは世界が戦時体制に向かっていったためだ。写真はプロパガンダの道具にされてゆく。戦争での中断はありながら新興写真の表現傾向は継承され、戦後のドイツで「サブジェクティブ・フォトグラフィ」という概念で復活した。そしてリアリズムと融合しながら新たな表現の模索が現在に向かって続いた。ぜひ、大きな文脈を理解しながら見ていただきたい展覧会ではある。
なかむら けいいち

中村惠一(なかむら けいいち)
北海道大学生時代に札幌NDA画廊で一原有徳に出会い美術に興味をもつ。一原のモノタイプ版画作品を購入しコレクションが始まった。元具体の嶋本昭三の著書によりメールアートというムーブメントを知り、ネットワークに参加。コラージュ作品、視覚詩作品、海外のアーティストとのコラボレーション作品を主に制作する。一方、新宿・落合地域の主に戦前の文化史に興味をもち研究を続け、それをエッセイにして発表している。また最近では新興写真や主観主義写真の研究を行っている。
■略歴■
1960年 愛知県岡崎市生まれ
1978年 菱川善夫と出会い短歌雑誌『陰画誌』に創刊同人として参加
1982年 札幌ギャラリー・ユリイカで個展を開催
1994年 メールアートを開始
1997年 “Visual Poesy of Japan”展参加(ドイツ・ハンブルグほか)
1999年 「日独ビジュアルポエトリー展」参加(北上市・現代詩歌文学館)
2000年 フランスのPierre Garnierとの日仏共作詩”Hai-Kai,un cahier D’ecolier”刊行
2002年 “JAPANESE VISUAL POETRY”展に参加(オーストリア大使館)
2008年 “Mapping Correspondence”展参加(ニューヨークThe Center for Book Arts)
2009年 “5th International Artist’s Book Triennial Vilnius2009”展に参加(リトアニア)
2012年 “The Future” Mail Art展企画開催(藤沢市 アトリエ・キリギリス)
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●展覧会のご紹介
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「『光画』と新興写真モダニズムの日本」
会期:2018年3月6日[火]〜5月6日[日]
会場:東京都写真美術館
時間:10:00〜18:00 ※木・金は20:00まで(入館は閉館の30分前まで)
休館:月曜日(ただし、4月30日[月・振休]、5月1日[火]は開館)

【関連イベント】
2018年4月22日(日) 14:00〜15:30
講師:飯沢耕太郎(写真評論家)
定員:50名(整理番号順入場/自由席)
会場:東京都写真美術館 1階スタジオ
入場料:無料/要入場整理券
※当日10時より東京都写真美術館1階総合受付にて整理券を配布

担当学芸員によるギャラリートーク
2018年4月20日(金) 14:00〜
2018年5月4日(金・祝) 14:00〜
会期中第1・第3金曜日14時より展示解説を行います。
※本展覧会のチケット(当日印)をお持ちの上、3階展示室前に集合

光画と新興写真『『光画』と新興写真―モダニズムの日本』
2018年
国書刊行会 発行
230ページ
30.4x23.3cm

目次:
・序
・第1章 同時代の海外の動き ノイエ・フォトグラフィー、ニュー・フォトグラフィー
・第2章 新興写真
・第3章 新興写真のその後
・第4章 『新興写真研究』全巻収録
・新興写真とはなんだったのか 藤村里美
・視覚文化史における『光画』とその周辺 その領域横断性の意義 谷口英理
・作家解説
・作品リスト
・論文英訳

出品リスト
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光画傑作集『光画傑作集 日本写真史の至宝 別巻』
2005年
国書刊行会 発行
144ページ
20.0x15.0cm
監修:飯沢耕太郎、金子隆一

日本写真史に画期を刻んだ幻の雑誌『光画』の魅力を示す全口絵と主要テキストを収録
野島康三、中山岩太、木村伊兵衛、伊奈信男、堀野正雄、安井仲治、原弘、中井正一、板垣鷹穂、長谷川如是閑…

●本日のお勧め作品は中山岩太です。
nakayama_02中山岩太
「無題(パイプとグラスと舞)」
1932年(Printed later)
ゼラチンシルバープリント
23.0x29.0cm

nakayama_03中山岩太
「作品名不詳(マスク)」
1933年(Printed later)
ゼラチンシルバープリント
23.0x21.0cm

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

●画廊は本日(2日)は休廊です

◆ときの忘れものは「ボブ・ウィロビー写真展〜オードリー&マリリン 」を開催します。
会期:2018年4月10日[火]―4月28日[土]
11:00-19:00  ※日・月・祝日休廊

数々のスターが主演するハリウッド映画のメイキング・シーンを撮影してきた「スペシャル」フォトグラファー、ボブ・ウィロビー。ときの忘れもので2回目となる写真展を開催します。1950-60年代に撮影したオードリー・ヘップバーンとマリリン・モンローのポートレート約15点をご覧いただきます。
201804_willoughby


●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第63回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第63回

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(画像をクリックすると拡大します)

みんな前のめりになって、身を右に傾けている。彼らから見ると左側になるが、なにか心奪われることがその方角で起きているのだ。いちばん左の男性は、シャッターが切られる直前に画面に踏み込んできたかのようだ。左足を踏ん張って身を低くし、どれどれ、という感じでみなの視界を覗き込んでいる。直立していては見えない位置で、それが起きているのだ。真ん中の男性が片足を下におろしているのも、視線を下げたいからだろう。

双眼鏡で見ている人が複数いることから、事態の起きている場所が肉眼ではディテールがわからないほどここから遠く離れていることが察せられる。身を低くして傾けたら見えるくらいの、かすかな気配なのだ。
それは獲物の姿であるのまちがいない。中央の男性がもっている鉄砲からそう思う。

でも、もし鉄砲が写っていなければ、まったく別の想像をすることも可能である。
木立のなかで素っ裸で踊っている女がいて、男がそれを撮影している、とそんな情報がはいってきて、村の男たちがその木立がみえる場所に結集し、どうしたものかねえ、と言いながら好奇心をかられて見つめている。男たちの表情が、モデル撮影会の雰囲気を連想させたせいかもしれない。

左側の男性は肩ベルトのついた長い包みを背負っている。この中身は何だろう。咄嗟に浮かんだのは組み立て式のイーゼルだが、雪山で絵を描く人がいるはずがないし、かといって鉄砲とも思えない。もしそうならば、隣の男のように出して手に持ってもよさそうではないか。

いちばん右の男も肩に何かさげている。これは別の形をした道具である。飛び出ている部分から想像するに、ノコギリではないかと思われる。柄だけが出ていて、刃の部分は布袋のなかにしまわれているのだ。

彼はほかの人たちのように身を屈めてはいない。そのことが彼に特別な雰囲気を与えている。視線が高く、外界を見下ろすような平然とした様子で佇むさまが、まるで彼だけがこの事態を別の角度から眺めているかのようだ。

彼の腰の後ろに尻当て皮のようなものが写っているのも気になる点だ。他の人も付けているのか知らないが、彼の佇まいと尻皮は実にお似合いだ。事態を引いて眺めるリーダーの風格が感じられる。
また、ほかの人たちは帽子をかぶっているのに、彼だけがねじり鉢巻きをしていることもそのイメージを強めており、彼の役割や人柄について想像をはせずにはいられない気分になる。

全員の体が片側に傾いてしまうと、冷静な判断ができなくなる。彼はぴんとのびた背筋でみんなの熱を支え、受け止め、視線を高く保って状況を観察している。手を当てた口元から、みんなを深くうなずかせる一言がまもなく飛び出すだろう。

大竹昭子(おおたけあきこ)

■亀山亮 Ryo KAMEYAMA
1976年千葉県生まれ、写真家。『AFRIKA WAR JOURNAL』で第32回土門拳賞受賞。八丈島在住。凪の日は基本的に魚突きが生業。

●写真集のご紹介
上掲の写真作品は、亀山亮さんの写真集『山熊田』に収録されています。
yamakutama_h1+obi亀山亮写真集『山熊田』
2018年
夕書房 刊行
128ページ
B5変形
巻末テキスト:亀山亮、山川徹(ルポライター)、大滝ジュンコ(アーティスト)
装幀:鈴木聖


アフリカやパレスチナなど「戦場」の写真で知られる写真家・亀山亮の4年ぶりとなる新作写真集です。 舞台は新潟県村上市山熊田。人口50人足らず。新潟と山形の県境に位置するこの小さな集落にあるのは、山と熊と田だけ。 亀山はそこに暮らす人々が今も静かに続けている、生きるという行為、「生と死」をめぐる原初の生業を写し出していきます。 山焼きと熊狩り、そしてシナ織。これは山とともに生きる人々の暮らしの、現代の記録です。
夕書房HPより転載)

*画廊亭主敬白
画廊は本日(1日)と明日(2日)は休廊です。
植田正治2018DM植田正治写真展−光と陰の世界−Part II 」は駒込移転後では最も多い来場者があり、大盛況のうちに昨日に終了いたしました。
日本経済新聞に出品作品が大きく掲載されたのをご覧になった方も多く、新発掘のポラロイド写真という話題性もあり、植田人気の高さをあらためて感じました。来場者の皆さん、お買い上げいただいたお客様には心より御礼を申し上げます。

○<本駒込のときの忘れもので植田正治写真展「光と陰の世界 PartII」を鑑賞。話題の新発掘のポラロイド写真は既に売れてしまったのもあり、一組しかなくて残念。
実は最終日の今日まで南青山から移転した事を知らず、遅れて閉廊時間ギリギリの来訪になりましたが、それでも暖かく対応して頂き、大変感謝。

(20180331/乙城蒼无@4/1おもしろ同人誌バザールさんのtwitterより)>

○<本駒込・ときの忘れものにて植田正治展。初めて見つかったポラロイド写真を中心とした展示。インスタントな写真で時間をゆったりと切り取る。3/31まで https://ift.tt/2J6DIsj
(20180330/ムチコさんのtwitterより)>

○<ときの忘れもの「植田正治写真展−光と陰の世界−Part II」にて。
こういう鮮やかな作品、幻影シリーズにもあったけれどなんか珍しいと思って撮らせてもらった。
画廊での鑑賞ってあまりやったことないから勝手がよく分からず、部屋の中に飾ってあったポラロイドの作品は見られなかった。

(20180327/猫珠 深鈴さんのtwitterより)>

○<ギャラリーときの忘れもので開催中の植田正治「光と陰の世界 Part II」ですが、去年の5月には移転前の南青山でPart Iをやってたのですのね。これはPart Iで展示していたシリーズ「光の筐」の1枚。これが綺麗だったんです
(20180319/michiroさんのtwitterより)>

○<本日は駒込の【ときの忘れもの】という小さな会場で、植田正治写真展を観てきた。
帰りに最寄りの一駅前で降り、買い物袋とティッシュペーパーを手にして桜吹雪の中を歩く。桜は満開よりも散る時が好き。

(20180328/Eikoさんのtwitterより)>

○<ギャラリーときの忘れもの @Watanuki_Ltd の植田正治展、ポラロイドの他にもいろいろありますが代表作は今回少なめ、珍しいヤツ多めです。ヌード作品は他にもあるけど外国人モデルを撮ってるのは初めて見ました。飾り方もちょっと凝ってます。見た目ふつうの家みたいですが、この貼り紙が目印ですよ pic.twitter.com/tWIM11q0iL
(20180320/michiroさんのtwitterより)>

○<こだま和文さんのライブ前に美容院行ってのんたんに女っぷりをあげてもらい、映画観ようかなーって思ったけど、駒込へ。植田正治のポラロイド写真展@ときの忘れもの。すぐそこにみんないるような気がした。みんなといるような気がした。私のi Phoneもおなじだったらしく、顔認証してた。
(20180315/シブヤメグミさんのtwitterより)>

●本日のお勧め作品は浅田政志です。
toujin_600浅田政志
「浅田家『唐人踊り』」
2010
Cプリント
A.P.
27.4x35.1cm
サインあり

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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第7回 愛といのち

日時:2018年4月3日(火)18:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:メゾ・ソプラノ/淡野弓子
   スクエアピアノ/武久源造   
プロデュース:大野幸
*要予約=料金:1,000円*定員に達しました。

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。
 ・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」は毎月19日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は随時更新します。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
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 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・土渕信彦さんの新連載「瀧口修造の本」(仮題)を5月から開始予定です。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました(時々番外編あり)。
 ・大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・西岡文彦のエッセイ「現代版画センターの景色」は全三回、1月24日、2月14日、3月14日に掲載しました。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は終了しました。
 ・関根伸夫のエッセイ「〈発想〉について[再録]」は終了しました。
 ・倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は終了しました。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は終了しました。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は終了しました。
 ・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は終了しました。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は終了しました。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は終了しました。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は終了しました。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

3月27日は植田正治の誕生日、六義園の桜が満開です。

青山から駒込に越してきて初めての春です。
ときの忘れものから歩いて数分の六義園の桜がいま満開です。
新人スタッフの伊丹が23日に行ったレポートを紹介します(数日経ったので、桜はもっと咲いています)。
駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号>をぜひご覧ください。
しだれ桜(加工後)
六義園HPより夜桜

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染井門

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馬場跡からはまだ桜は見えない

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しだれ櫻がみえる茶屋の集まる広場

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内庭大門前のしだれ櫻。ここが一番圧巻。

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たれた枝が間近に見える。

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大泉水

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もうひとつのしだれ櫻

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吟花亭跡の前にもしだれ櫻が咲いている。こちらは内庭大門前のしだれ櫻の兄弟。

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ソメイヨシノは3分咲き。これから咲く予定。
「しだれ桜と大名庭園のライトアップ」
ライトアップは3月21日(水・祝)〜4月5日(木)
9時〜21時まで開園時間を延長し、夜桜をお楽しみいただけます。
入園は20時30分までです。
期間中は駒込駅から徒歩2分の染井門も開門しております。
〜〜〜〜〜
桜の美しい本日3月27日は写真家・植田正治(うえだ しょうじ、1913年3月27日 - 2000年7月4日)のお誕生日です。
泉下の植田先生、105歳のお誕生日おめでとうございます!

ときの忘れものは「植田正治写真展ー光と陰の世界ーPart 供を開催しています。
会期:2018年3月13日[火]―3月31日[土] 11:00-19:00
※日・月・祝日休廊(但し3月25日[日]は開廊
昨年5月に開催した「Part I」に続き、1970年代〜80年代に制作された大判のカラー作品や新発掘のポラロイド写真など約20点をご覧いただきます。
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●書籍・カタログのご案内
表紙植田正治写真展―光と陰の世界―Part II』図録
2018年3月8日刊行
ときの忘れもの 発行
24ページ
B5判変形
図版18点
執筆:金子隆一(写真史家)
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
価格:800円(税込)※送料別途250円

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植田正治写真展―光と陰の世界―Part I』図録
2017年
ときの忘れもの 発行
36ページ
B5判
図版33点
執筆:金子隆一(写真史家)
デザイン:北澤敏彦(DIX-HOUSE)
価格:800円(税込)※送料別途250円


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六義園の桜と、植田正治の写真をこの機会にぜひお楽しみください。

ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第7回 愛といのち

日時:2018年4月3日(火)18:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:メゾ・ソプラノ/淡野弓子
   スクエアピアノ/武久源造   
プロデュース:大野幸
*要予約=料金:1,000円
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。

info@tokinowasuremono.com

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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ギャラリー&編集事務所「ときの忘れもの」は建築家をはじめ近現代の作家の写真、版画、油彩、ドローイング等を扱っています。またオリジナル版画のエディション、美術書・画集・図録等の編集も行なっています。
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