写真

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第14回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第14回

大橋英児『Roadside Lights』(Zen Foto Gallery, 2017)

01(図1)
『Roadside Lights』表紙


今回紹介するのは、北海道を拠点に活動する写真家、大橋英児の写真集『Roadside Lights』です。表紙には、残雪の平原に設置された一台の自動販売機が正面から捉えられており、煌煌と光を放つ赤い自動販売機は、背景に広がる荒涼とした平原と重い雲が立ちこめる冬の空模様のなかで、強い存在感を放っています。誰がこんな平原をはるばると歩いて飲み物を買いにくるのか、電力はどのように供給されているのかと訝しくも感じられます。タイトルにも示されているように、大橋は自動販売機を「道端の光」として捉えており、写真集の中には、仄暗い夕暮れや夜間のような自動販売機の光が明るく輝いて見える時間帯に撮影した写真が収められています。
大橋が自動販売機に注意深く視線を向け、撮影を続けてきた動機には、北海道の風土のなかで暮らしてきた生活者としての経験に根ざしています。『Roadside Lights』に先立って、大橋は雪深い北海道の各地で自動販売機を白黒写真で撮影したシリーズをまとめた写真集『Merci(メルシー)』(窓社、2015年)を刊行しています(収録作品の撮影時期は2008-2014年)(表紙 図2)。『Merci』のあとがきのなかで、大橋は日本最北端の地、稚内市で住んでいた時に吹雪に見舞われ、その時自動販売機の光を手がかりに自分の位置を確認することができたという自身の経験を綴っています。自動販売機が自然災害時の命綱になった自身の経験が契機となり、「Merci!(ありがとう)」という感謝の念を抱きながら自動販売機と自然環境との関係を見つめながら風景を撮影していくようになりました。撮影を続ける過程で、東日本大震災が起き、震災後には電力を消費する自動販売機の使用を控えたり、撤去したりした方がよいという声が起きる一方で、被災地の復興作業に従事する人たちのためにいち早く自動販売機が設置されたという経緯も知り、そういったことが地域社会の中での自動販売機の位置づけを再考するきっかけにもなったと語っています。

02(図2)
『Merci』表紙 小樽市春香町


03(図3)
岩見沢市幌向


『Merci』の表紙(図2)では、街灯に照らされた夜の路上に設置された自動販売機の側面が、高く積もった雪越しに捉えられた写真が使われており、降雪という自然現象が作り出した稜線のようなカーブと、自動販売機の直線やロゴのコントラストが眼を惹きつけます。この写真集では、後に刊行された『Roadside Lights』に収録された写真と比べると、自動販売機を至近距離から捉えた写真が多く収録されています。雪に埋もれた自動販売機が放つ光が周辺の雪に反射され、光に満たされた独特の空間を作り出しています。降雪により、商品を販売する機能を一時的に奪われ、また人が近づいていくことも難しくなった自動販売機の佇まいは、電動の機械である以上の擬人的な存在感を帯びています(大橋は、この存在感を笠地蔵に喩えています)。
『Roadside Lights』では、白黒写真では明暗としてとらえられた光の様相が、色味の異なる光の関係として捉えられています。表紙(図1)にも見て取られるように、夕暮れの自然光と、自動販売機の蛍光灯やLEDのが、周辺の景色、積雪面の反射により、相互に影響し合って独特の色が作り出されています。『Merci』と比較すると、自動販売機から距離をおいて、周辺の景色を画面の中に捉えた写真が多く収録されています。(図4)は、『Merci』の表紙(図2)に近い状況化で、自動販売機を斜め後ろから捉えており、雪に反射するオレンジ色を帯びた街灯の光と、自動販売機の放つ青みを帯びた光が、幻想的な光の世界を作り出しています。

04(図4)


05(図5)
『Roadside Lights』より


カラー写真で捉えられることによってより際立ってくるのが、自動販売機と、その周囲にある、とくに年季の入った木造家屋のような建造物とのコントラストです(図5)。業者によって定期的にメンテナンスが行われ、売り上げが悪ければ撤去される自動販売機は、古びていたり、故障していたりするようなものはそのままに放置されていることはありません。つまり、景色の中にあって、その環境の経年変化とは同期せずに、自動販売機は存在しているのです。設置される環境が都心であれ、人里離れた場所であれ、人の注意を換気するべく設置された自動販売機という装置がいかに遍在しているのか、またその色や形がいかに画一化、企画化されているのかということを、写真を通して確かめることで、この国で人々の生活を成り立たせているインフラや経済を新たな視点から見つめることができるのではないでしょうか。

06(図6)


07(図7)


こばやし みか

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。

●今日のお勧め作品は、ウィン・バロックです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第25回をご覧ください。
20170425_bullock_03_navigation-without-numbersウィン・バロック
「Navigation Without Numbers」
1957年(Vintage)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:17.8x23.0cm
台紙サイズ:33.5x38.0cm
サインあり


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆ときの忘れものの次回企画は「植田正治写真展―光と陰の世界―Part I」です。
会期:2017年5月13日[土]―5月27日[土] *日・月・祝日休廊
201705UEDA_DM
初期名作から晩年のカラー写真など約15点をご覧いただきます。どうぞご期待ください。
●イベントのご案内
5月13日(土)17時より、写真史家の金子隆一さんによるギャラリートークを開催します(要予約/参加費1,000円)。
必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は毎月11日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は毎月17日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
 ・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。
 ・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は毎月21日の更新です。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
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 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
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 ・光嶋裕介のエッセイ「和紙に挑む」は終了しました。
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 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
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 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
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 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

小林紀晴のエッセイ「山の記憶」 第14回

小林紀晴のエッセイ「山の記憶」 第14回

小正月 04

 お獅子はすべての家を回り終わると、夕方、公民館へ向かう。リヤカーはすでにミカン箱が山積みになっている。
 公民館の畳敷きの閑散した部屋にミカン箱を運び、箱からミカンを出す。ドドドッと畳の上に広がっていく。それを見るのが、毎年どういうわけか好きだった。氷のように冷たく冷えた畳が、ふと暖かく感じられるからだろうか。
 ただ、子供たち全員の感心ごとはミカンのほうにはなく、やはりご祝儀の方にある。すべての封筒から丁寧に現金を取り出し広げ、正確にどの家からいくらもらったかを記録する。
 いま考えれば不思議な気もするが、すべてのお金を子供だけで山分けした。その場に大人の姿はまったくなかった。6年生がその役目を果たし、平等にわけていった。記憶に間違いなければ、そうだったはずだ・・・・。
 一人当たりの金額は2、3万円ほどだっただろうか。当然ながら、子供にとってはかなりの大金で、当然ながら魅了的だった。お年玉に匹敵、あるいはそれ以上の金額だったはずだ。
 さらに、ミカンも山分けされる。でも、すべては山分けさなかった。量が多すぎるからだ。ただ、残りのミカンがどう処理されたのかはまったく記憶にない。あとで親たちが車で運んだのだろうか。とにかく持って帰れるだけのミカンを持つのが習わしだった。置いていくわけにはいかないから、という感じだった。
 外はもう薄暗くなっている。山分けしたお金を封筒にいれて大事に防寒ズボンのポケットに押し込む。
 ミカンは誰もがダンボールの切れ端の上に乗せた。それに紐をつけて、あたかもソリのようにして家まで引き摺って持って帰った。いやソリのようではなく、ソリそのものと呼んでもいいのかもしれない。ところどころアスファルトが露出しているところがあるが、ほぼ自宅までの道は雪か氷に覆われているから、思いのほか楽なのだ。
 急に冷え込んだ空気を頬に感じながら、紐を引っ張った。闇が空から降ってくるような感覚があった。きっと足元が雪で明るいからに違いない。空の方が地面より暗く見えるのだ。そのなかを歩くのは心地よかった。
 さすがにずっとミカンが乗ったダンボールを引っ張っていると、息が上がり、じんわりと汗をかく。だから首元だけがひんやりとする。立ち止まり、息を整える。防寒ズボンのポケットにいれた封筒をズボンの上から確認してみる。かすかな膨らみがわかる。大金がここには入っていると思うと、自然と心が弾む。
 なのに、その後にふと寂しさが差し込む。楽しみにしていた小正月が終わってしまったと実感するからだろう。年末からクリスマス、正月、小正月と続いていた冬の楽しみはここまでだ。明日からは、殺風景で色のない日だけがだらだらと続く。そう思うと、急に憂鬱になる。
 
 翌日、私は熱を出した。突然、節々が痛くて目がさめた。体温計で熱を測ってみると38度ほどあった。インフルエンザかもしれない。とっさに思った。
「厄を貰ってきちまったかもしんねえ」
 父が唐突に言った。
「厄?」
「ほれ、お獅子のなかにへえって家を回ってたで、悪い厄をもらっちまったずら」
「そういうことって、あるの?」
 急に不安になった。
「ああ」
 父はそんな答え方をした。
 熱は4日ほど続いた。医者にも行ったけどインフルエンザではなかった。家族の誰もが、それ以上何も口にしなかった。 
 私はいまでも、あのとき厄をもらって熱が出たと信じている。

01小林紀晴
「Winter 12」
2015年撮影
ゼラチンシルバープリント
16x20inch
Ed.20


こばやし きせい

小林紀晴 Kisei KOBAYASHI(1968-)
1968年長野県生まれ。
東京工芸大学短期大学部写真科卒業。
新聞社カメラマンを経て、1991年よりフリーランスフォトグラファーとして独立。1997年に「ASIAN JAPANES」でデビュー。1997年「DAYS ASIA》で日本写真協会新人賞受賞。2000年12月 2002年1月、ニューヨーク滞在。
雑誌、広告、TVCF、小説執筆などボーダレスに活動中。写真集に、「homeland」、「Days New york」、「SUWA」、「はなはねに」などがある。他に、「ASIA ROAD」、「写真学生」、「父の感触」、「十七歳」など著書多数。

◆小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。

●今日のお勧め作品は、小林紀晴です。
20160819_kobayashi_10_work小林紀晴
〈ASIA ROAD〉より2
1995年
ヴィンテージC-print
Image size: 18.7x28.2cm
Sheet size: 25.3x30.3cm
サインあり

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ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆ときの忘れものの次回企画は「植田正治写真展―光と陰の世界―Part I」です。
会期:2017年5月13日[土]―5月27日[土] *日・月・祝日休廊
201705UEDA_DM
初期名作から晩年のカラー写真など約15点をご覧いただきます。どうぞご期待ください。
●イベントのご案内
5月13日(土)17時より、写真史家の金子隆一さんによるギャラリートークを開催します(要予約/参加費1,000円)。
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大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第51回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第51回

兒女と静物 1932_1500
(画像をクリックすると拡大します)

幼女が足を投げ出して床にぺたんと座っている。
両腿の上にのせているのは、何だろう。
かぼちゃにしては光りすぎだし、りんごにしては平たいがー。
足元にはフットボール型のものがあって、そのすぐ上には輪切りになったすいかがある、と書いて不安になった。すいかにしては種が大きすぎないか。
たぶんそうではなくて、瓜科の何かだろう。

果実のほかには水差しがあり、扇風機も半分見えている。
これらは少女に選ばれたのではなく、撮影者が持ってきて配置したのだろう。
少女はただ連れてこられて、言われたままにぺたんと座り、持ちなさい、と言われたものを抱えたのだ。
レンズを見あげる両目は、なぜ?と問うている。
なぜ、わたしは、これをしているの?

でも、撮っている人にその問いをむけても、答えられないだろう。
これらのモチーフは無意識の働きが誂え、並べてみた結果、合うとわかったのだ。
そこには共通項がある。どれもが丸い。直線をもつものが何一つ入っていないのである。

丸みは、柔らかさにつながる。
丸いのに堅い材質のものもあるが、曲線で構成されたものが視覚に訴えるのは、柔らかさであり、素材がわからなければ丸みから柔らかいものを自動的に想像するように、わたしたちの頭は出来ている。

また、丸さには生まれたての印象がある。直線の形をしてこの世に出てくるものはない。生まれいずるものはすべて、出てきやすいように、丸みを帯びた形状をしている。

この少女も同じだ。この世に生きてさほど時間が経っていないことを証拠づけるように、顔も、眼も、鼻も、口も、腕も、爪も、足の指も、丸っこい。そうでないところは見つからないほど、どこもかしこも丸みを帯びて、柔らかい。

でも、少女の丸さと柔らかさを表現するために、写真家は丸いものを集めたわけではないだろう。きっと、少女の雰囲気に合いそうなものを揃えたら、丸いものばかりになったのだ。
ここに絵本とかクレヨンとかを加えると、雰囲気ががらっと変わることからもそれがわかる。直線で構成されたものは、この写真の空気を壊してしまう。意志的で人工的な気配が、生まれたての感じを遠ざけてしまうのだ。

丸いものはみな生命感を孕んでいて、まだ固まっていない、生まれたての状態へと見る者の心を誘う。この写真では扇風機さえもが、それが生み出す風を感じさせるのに驚く。

大竹昭子(おおたけあきこ)

〜〜〜〜
●紹介作品データ:
塩谷定好
「児女と静物」
1932年
ゼラチンシルバープリント
23.9×22.9cm
サインあり
島根県立美術館寄託

■塩谷定好 Teikoh SHIOTANI(1899-1988)
鳥取県赤碕町(現・琴浦町赤碕)の廻船問屋に生まれる。本名は定好(さだよし)。小学校の頃から写真に親しみ、1919(大正8)年、赤碕に「ベスト倶楽部」を創設する。1924(大正13)年以降『藝術寫眞研究』『カメラ』『アサヒカメラ』『フォトタイムス』などの写真雑誌の月例懸賞に入選を続けた。1925(大正14)年、島根半島多古鼻の沖泊を撮影した《漁村》で、『アサヒカメラ』創刊号の月例懸賞第1位に選ばれる。1928(昭和3)年、日本光画協会会員となる。1930年『藝術寫眞研究』誌上に《三人の小坊主》が発表され、その深遠な表現は多くの写真家たちに感銘を与える。1982年ドイツでフォトキナ栄誉賞を、1983年日本写真協会功労賞を受賞。『塩谷定好名作集 1923-1973』(1975)、『海鳴りの風景―塩谷定好写真集』(1984)が刊行された。大正末から昭和初期の芸術写真が隆盛した時期に、一世を風靡した単玉レンズつきカメラ「ヴェスト・ポケット・コダック」(通称ヴェス単)を愛用し、「ヴェス単フードはずし」と称された軟調描写で山陰の風物を生涯に
わたって写した。日本の芸術写真を代表する写真家のひとりとして、高い評価を得ている。2014年、生家が塩谷定好写真記念館として開館した(琴浦町赤碕)。

●展覧会のご案内
島根県立美術館で塩谷定好さんの写真展「愛しきものへ 塩谷定好 1899-1988」が開催されています。

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「愛しきものへ 塩谷定好 1899-1988」
会期:2017年3月6日[月]〜5月8日[月]
会場:島根県立美術館
時間:10:00〜日没後30分(展示室への入場は日没時刻まで)
休館:火曜 ※ただし5月2日(火)は開館

「自然の心を私の心に重ねる」ように、山陰の風物を生涯写し続けた塩谷定好(1899-1988)。大正末から昭和初期に隆盛した絵画主義の写真「芸術写真」を代表する写真家です。
 19世紀末から20世紀初頭にかけて欧米で隆盛したピクトリアリスム(絵画主義)は、日本で独自の発展を遂げ、豊かな成果をもたらしました。塩谷は、洋画壇の前衛的な作風を取り入れた「日本光画協会」に属し、「ヴェス単」の愛称で知られる小型カメラを愛用し、独特の白の滲みに味わいのある軟調描写で、眼前の日本海や山里などの身近な自然とそこに暮らす人々を写し出しました。印画にメディウムを塗り、油絵具や蝋燭の油煙で仕上げる手法を用いた塩谷作品の深い味わいは、多くの写真家たちの胸を打ち、写真雑誌に次々と掲載されて全国に名を馳せたのです。写真に対するその真摯な態度は、いくつもの神話を生み、写真の道に進んだばかりの植田正治にとって、まさに神様のような存在でした。
 しかし、昭和10年頃から「新興写真」の名のもとにカメラの精緻な描写力をストレートに用いたモダン・フォトグラフィが一世を風靡すると、芸術写真は否定され、戦後のリアリズムなどの新たな潮流のなかで埋もれていったのです。多様な写真表現が展開される現在、芸術写真を再評価する機運が高まるなか、写真家・塩谷定好は、稀有の存在として再び注目されています。80年もの間大切に保存され、日の目を見ることのなかった貴重なコレクション約400点(作品約300点、資料約100点)によって、戦前の作品を中心に塩谷定好の全貌を公開します。
(島根県立美術館HPより転載)

◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

3月27日は植田正治の誕生日です

写真家・植田正治は今から104年前の今日、1913年(大正2)3月27日に鳥取県境港で生まれました。亡くなったのは2000年7月4日(享年87)ですが、生前から多くのファンに愛され、特に砂丘を背景とした演出写真は、ユーモアとシュールな詩情、ポリフォニーを湛えたイメージで、70年代フランスを始めとするヨーロッパでの高い評価を獲得しました。
ときの忘れものは2009年11月にスイスのチューリッヒのアートフェアに出展したことがありますが、細江英公五味彬などと一緒に植田正治の写真作品を出品したところ、現地の写真専門のディーラーたちから「あなたの画廊はウエダを扱っているのか」と敬意をもって挨拶されたものでした。そのくらいUeda-cho(植田調)は世界の共通語となっています。

ときの忘れものが初めて植田正治の個展を開催したのは、2008年11月でした。
2008年植田正治展DM
植田正治写真展ー砂丘劇場
会期:2008年11月14日(金)〜12月6日(土)

201008/銀塩写真の魅力展DM
銀塩写真の魅力II―Noir et Blanc
会期:2010年8月27日[金]―9月4日[土]

以後もグループ展などで幾度か植田作品を展示してきましたが、なかなか個展を開くほどの点数をコレクションできず、今にいたりました。
昨年縁あって植田正治の作品をまとめてコレクションすることができました。写真集や回顧展にも出品されなかった珍しい作品も多く、金子隆一先生(写真史家)やご遺族の協力を得て展覧会の準備を進めています。

昨秋には金子先生と飯沢耕太郎先生の監修で決定版ともいえる『植田正治作品集』(河出書房新社)も出版されました。
この機会に、一層植田正治の顕彰に努め、若い世代の人たちにぜひ植田作品をコレクションしていただきたいと考えています。
どうぞご期待ください。

05植田正治
《作品名不詳》
カラー写真
Image size: 22.0×32.6cm
サインあり


04植田正治
《作品名不詳》
ゼラチンシルバープリント
Image size: 40.6×28.0cm


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小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第13回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第13回

アフリカ系アメリカ人写真家の伝記絵本『ゴードン・パークス』

01(図1)
『ゴードン・パークス』(光村教育図書、2016)表紙


今回紹介するのは、伝記絵本『ゴードン・パークス』(光村教育図書、2016)です。ゴードン・パークス(Gordon Parks、1912−2006)はアフリカ系アメリカ人の写真家で、1940年代初頭からフォトジャーナリズム、ファッション写真などの分野で活躍し、『ライフ』誌でアフリカ系アメリカ人初の専属写真家兼記者として活躍し、公民権運動、貧困問題に関するフォトエッセイを発表したことで知られています。また、写真家としてのみならず、小説や詩、作曲、映画の制作も手がけ、映画『黒いジャガー』(1971)の監督としても知られています。絵本の著者、キャロル・ボストン・ウェザーフォードも、アフリカ系アメリカ人の著述家で、歴史や芸術家に関するテーマで児童文学作品を手がけており、最近では、写真家ドロシア・ラングの伝記絵本『Dorothea Lange The Photographer Who Found the Faces of the Depression』(2017)を発表しました。絵はイラストレーターのジェイミー・クリストが手がけており、登場人物の表情とともに、20世紀前半のアメリカの街の光景を情感豊かに描いています。
絵本では、黒人に対する差別が厳しかった時代にカンザス州の貧しい家庭に生まれたゴードン・パークスがさまざまな仕事をしながら生計を立て、25歳の時に中古のカメラを7ドル50セントで買い求め、写真家としての才能を開花させて、人生を切り拓いていった過程が描かれています。物語の中では、ゴードン・パークス自身の記憶や、彼の眼に捉えられた光景、心情を表す文章として、当時の黒人に対する差別の厳しさが語られています。(図2、3、4)

02(図2)
(少年時代)「ところが、黒人ばかりのクラスで、白人の先生が言いはなった。「あなたたち黒人は、どうせ荷物運びか、ウェイターになるしかないのよ。」 どうしてそんなことがわかるんだろう。」


03(図3)
(写真家になり、ワシントンD.C.に移住)「さらに歩くと、建国の精神を伝える大理石の像や記念碑がたくさんあった。白人たちをたたえるものばかりだ。 そんなものを撮った写真は、めずらしくもなんともないだろう。」


04(図4)
(ワシントンD.C.の街中)「あちこちの店の窓に「白人専用!」の看板が出ている。あんな看板がない場所でも、どうせ黒人はまともにあつかってもらえるはずがない。「白人専用!」


05(図5)
ゴードン・パークス「アメリカン・ゴシック」(1942)


06(図6)
グラント・ウッド「アメリカン・ゴシック」(1930)


07(図7)
(「アメリカン・ゴシック」を撮影する場面)「しかし、いちばん有名な作品といえば、「アメリカン・ゴシック」だろう。新聞にのったその写真は、人種差別のきびしさをアメリカじゅうに訴えた。 星条旗の前に、エラ・ワトソンが立っている。手にしたほうきは、エラの日常を、そして、孫たちの未来を物語ってもいる。」


物語の終盤のハイライトになっているのが、ゴードン・パークスの代表作「アメリカン・ゴシック」(1942)(図5)にまつわるエピソードを描いた部分です。この写真は、ゴードン・パークスがFSA(Farm Security Administration 農業保障局:世界恐後のアメリカの農村の惨状およびその復興を記録するプロジェクトを行った政府機関)からの奨学金を得て、人種差別の状況を写真に撮ろうと考え、FSAの事務所のあるビルで掃除婦として働く黒人女性エラ・ワトソンを何週間にも渡って撮り続けたものの中の一点です。タイトルの「アメリカン・ゴシック」は、グラント・ウッドによる同名の絵画作品(図6)に由来します。ウッドの作品では、アメリカの農村部に見られるゴシック様式の一軒家の前に、ピッチフォークを右手に持つ年老いた農夫のような男性と、その脇に佇む妻か娘と思しき女性の姿が描かれており、二人の険しく神妙な表情と視線が謎めいた印象を残します。ゴードン・パークスは、FSAの事務所内に掲げられた星条旗を背景に、右手に帚を持って立つエラ・ワトソンの姿を捉えています。(星条旗にはモップのようなものが立てかけられています)家の前に立つ白人の男女の姿を、アメリカの家族や社会の価値観を映し出すものとして描いたのであろう「アメリカン・ゴシック」を参照しつつ、家族を養うために低賃金で身を粉にして働く黒人の女性を星条旗の前で捉えることで、社会の中での黒人が置かれている立場を明るみに出しています。絵本の中では、なぜこの写真が「アメリカン・ゴシック」というタイトルで発表されたのか、グラント・ウッドの「アメリカン・ゴシック」との関連性は説明されていませんが(アメリカでは、この絵画作品が説明を要することのないほど有名なものだということもありますが)、一点の写真が何故どのように撮影されたのか、その写真がどのような反響を巻き起こしたのかを、丁寧に描き出しています。ゴードン・パークスがエラ・ワトソンを撮影する場面(図7)は、彼女の右側の窓から光が差し込む室内の空間を下から見上げるような角度で描かれており、読者が撮影の現場に立ち会っているかのような臨場感が作り出されています。

本書の原書は、「Gordon Parks: How the Photographer Captured Black and White America(ゴードン・パークス:写真家がいかにして黒人と白人のアメリカをとらえたのか)」という題名で2015年に刊行されました。近年、近年、写真家、美術家の伝記絵本が欧米の出版社から相次いで出版されており、この本はその流れに位置づけられるものでもあります。世界規模の政治的な動乱が続き、移民排斥や人種差別の問題がクローズアップされている状況で、そういった問題の歴史的な背景を、子どもたちや若い世代にどのように伝えるのか、ということが大きな課題になっていることの証左と言えるでしょう。
人種差別や公民権運動など社会的問題を伝える上で、芸術家や写真家がどのような役割を果たしてきたのかということを、子どもたちに視覚的に伝える手段として絵本の果たす役割は大きいのではないでしょうか。
こばやし みか

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。

●今日のお勧め作品は、ヘルベルト・バイヤーです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第1回をご覧ください。
20170325_bayer_untitledヘルベルト・バイヤー
「Untitled」
1930年代(1970年代プリント)
Gelatin Silver Print on baryta paper
37.7×29.0cm
Ed.40(18/40)
裏面にサインあり


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

小林紀晴のエッセイ「山の記憶」 第13回

小林紀晴のエッセイ「山の記憶」 第13回

小正月 03

 どんど焼きの翌日、つまり早朝に雪に紛れたおひねりを拾った日の昼間、今度は子供がお獅子のなかに入って、約100軒の地区すべての家を回る。これは子供にとって大仕事でもある。
 どんど焼きのときと同じくリヤカーに太鼓を乗せて、それを叩きながら昔から決められたコースを一軒の抜けもなく巡らなくてはならない。
 いま考えれば、よく子供だけに任せたものだと思う。大人はそれだけ自分たちのことを信頼していたということになるのかもしれないが、とにかく大人は一切関与しない。6年生、5年生だけで遂行された。全員で6、7人くらいだ。
 お獅子のなかに入るのは二人で、交代しながらその役目を行う。どの家でもご祝儀をくれるのだが、平均は千円札一枚くらいだと記憶している。ときに5千円札が入っていたりして驚くのだが、それはきまって厄年の人がいる家で、さらにミカン箱付きだったりする。そんな大物を乗せるためにリヤカーは必需品なのだ。
「お獅子御免と〜悪魔っ払い〜!」
 御幣を持った先頭の者が玄関先で元気よく声を張り上げる。そして、なかば勝手にずかずかと家のなに入っていく。もちろん靴は脱ぐ。お獅子もそれに続く。
 先頭の者は「お祝いなして、お祝いなして、お祝いなして・・・・」と唱えるように御幣を振り回し口にしながら、適当に部屋から部屋を歩き、また玄関に戻ってくる。なにが「悪魔っ払い」でなにが「お祝い」なのか、口にしている本人たちにもまるでわかっていないけど、とにかく昔からそうときまっている。最後は玄関あたりに家の人が待ち構えていて、お獅子の口からご祝儀袋をいれてくれるのだ。
「ありがとう」
「ご苦労様」
 必ず声をかけてくれるので、なんだか本当に役に立っている気がして、うれしくないわけがない。
 お獅子役は順番でする。後足役より前足・頭役の方が断然楽しい。近所とはいえ、よその家に勝手に入っていくのだからかなり興奮する。なにより最後にご祝儀袋がお獅子の口のなか、眼前にやってくる感覚はたまらない。
 約100軒まわるのに夕方まで、丸一日かかる。どの家を回って、どの家を回っていないかは、もちろん記録する。次第にリヤカーはミカン箱で一杯になり重くなっていく。数人で引っ張らないと動かなくなる。道のほとんどは雪で覆われていて足場が悪いし、なにより夕方になると凍り出すので、滑りやすいのだ。
 正直、かなり疲れる。それでも誇らしい気持ちはかわらない。自分たちが、すべての家から本当に「悪魔っ払い」しているような気持ちになるからだ。すると、強靭で神聖な存在にも思えてもくる。

(次回に続く)
01小林紀晴
「Winter 11」
2015年撮影
ゼラチンシルバープリント
16x20inch
Ed.20


こばやし きせい

小林紀晴 Kisei KOBAYASHI(1968-)
1968年長野県生まれ。
東京工芸大学短期大学部写真科卒業。
新聞社カメラマンを経て、1991年よりフリーランスフォトグラファーとして独立。1997年に「ASIAN JAPANES」でデビュー。1997年「DAYS ASIA》で日本写真協会新人賞受賞。2000年12月 2002年1月、ニューヨーク滞在。
雑誌、広告、TVCF、小説執筆などボーダレスに活動中。写真集に、「homeland」、「Days New york」、「SUWA」、「はなはねに」などがある。他に、「ASIA ROAD」、「写真学生」、「父の感触」、「十七歳」など著書多数。

●今日のお勧め作品は、小林紀晴です。
20160719_kobayashi_07_work小林紀晴
〈ASIA ROAD〉より1
1995年
ヴィンテージC-print
Image size: 18.6x27.9cm
Sheet size: 25.3x20.3cm
サインあり

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◆小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。

スタッフSの「中谷礼仁×普後均」ギャラリートーク・レポート

スタッフSの「中谷礼仁×普後均」ギャラリートーク・レポート

 読者の皆様こんにちわ、皆様がこの記事をご覧になられている頃には地球の反対側で接客に勤しんでいるでありましょう、スタッフSこと新澤です。

 本日の記事では、先週まで開催しておりました「普後均写真展―肉体と鉄棒―」のイベントとして2月24日(金)に行われた、建築史家・中谷礼仁先生と写真家・普後均さんのギャラリートーク・レポートをお送りします。

01

20170225_fugo_gt_01トーク前に内容を打ち合わせる中谷礼仁先生(左)と普後均さん(右)

20170225_fugo_gt_03恒例行事・亭主の前語り。
今回の出だしはいかにしてときの忘れものが普後さんと知り合ったのか。
作家にして写真家、当ブログの連載記事《迷走写真館》の筆者でもある大竹昭子さんに強力な推薦をいただいたのが始まりでした。大竹さんは、2013年04月01日の記事で普後さんの作品についての記事を書かれています。

 今回の展覧会を開催するにあたり、普後さんには去年の8月から毎月14日に当ブログでエッセイを連載させていただいており、先月の展覧会までに全7回の記事が公開されています。本日の記事で興味を持たれた方は、是非普後均のエッセイ「写真という海」もご覧ください。

 中谷先生と普後さんのお二人は、2016年にTOTO通信の連載記事「現代住宅併走 34」の取材のため、普後さんが中谷先生がご自分で設計された三ノ輪の自邸を訪れたの時に知り合ったそうで、その時の邸宅デザインや家の中に流れる空気から、取材の一回でお見限りとなることを普後さんが惜しみ、今回のギャラリートークが実現しました。

20170225_fugo_gt_08浅草・三ノ輪の自邸について、TOTO通信の記事を見せながら説明する中谷先生。
家のテーマは“葬送”で、臨終部屋と普後さんが呼んだ部屋や、そこから魂が天上に向かいやすいよう、天井の一角は鉄筋コンクリートスラブがガラスブロックになっていたりと、独自の様式がある。
中谷邸の間取りはこちらのTOTO通信のホームページで見ることができます。

 この後は普後さんが今回出品している作品は、撮影した物と場所の関係を壊して新しい意味を与えてきた今までの作品とは逆に、被写体同士の関係そのものを撮りたいという欲求から生まれたものであることや、「言葉が先に来た」という今回のシリーズの構想が、実は明確な形になる以前に普後さんの中ではずっとあったのではないかという中谷先生の指摘から、中谷先生ご自身も以前から核家族化による住宅の貧困化について考えていたところに、父親から蔵付の家を作るよう依頼されたことが刺激となり自邸のデザインが出たことなどが語られました。

 お二人の話題は様々な分野に及びましたが、中でも自分の興味を惹いたのは中谷先生のプレートテクトニクスに沿った旅で、先生が気付かれた建築と社会の発展性についてでした。具体例として挙げられたのは石材と用いたギリシャ建築と、レンガ(土)を用いたローマ建築で、石材を用いたギリシャ建築は壮麗だが大きく重く、しかしある一定以上のサイズの建物は作れず、逆にレンガ作りのローマ建築は悪い言い方をすれば貧乏だが、土さえあればどこでも扱いやすいサイズの建材が用意できる、つまり労働力があればどこでも都市を築ける。結果としてローマは各地の文化でレンガを作り、そのレンガでローマの都市を築き、結果ローマの版図はギリシャを上回り当時の世界を征服するに至ったという話で、中谷先生曰く「石は金持ちの限界だが、レンガは貧乏人の可能性」という言葉には大いに感じ入りました。この後は木造建築の場合、その発展には必要とされる工法から親密な社会形成が不可欠であることが語られ、各地で形成される社会による建築の違い等、今まで思ってもみなかった考え方や視点に驚かされっぱなしの1時間でした。

20170225_fugo_gt_12トーク後恒例の集合写真。
この後も飲み物片手の懇親会で多いに盛り上がりました。
参加された皆さん、ありがとうございました。


(しんざわ ゆう)

*画廊亭主敬白
サンタフェの悲劇から一年半、リベンジを期して臨んだニューヨークのアートフェアArt on Paperが始まりました。

【art on paper】本日、VIPによるプレオープニングだん。大盛況でした。4時間ずっと喋りっ放しで、作品を説明。建築家やアーティスト、編集者など、総じて好意的な反応ばかり。この感触を大切に、最終日まで駆け抜けたい!
そういえば、今日、会場でニューヨーク在住の日本人の方に「テレビ出てますよね?」と聞かれ、なんとNHKワールド《J-Architects》のファンの方でした!びっくり。(
光嶋裕介さんのtwitterより)

今まで主にアジア圏のアートフェアに色々と参加させて頂いた経験では、VIPプレビューはそれほど混雑しないイメージだったのですが、このart on peparはまだ新しいフェアなのでとにかくスタートを盛り上げる為に集客優先で、VIPチケットをかなり多く撒いたそうで、6時のオープンと同時にもの凄い勢いで来場され、あっという間に大混雑状態でした。
大規模なフェアに比べると会場がそれほど広くないのもありますがとても活気がありました。
自分の作品は3点展示していて、スペースの都合上縦積みの展示で少し位置が高めなのですが、そこに光によっては暗めに見えてしまう青い海空の作品を展示したので、ちょうどライトに反射して美しく輝き、これは遠くからでも目に着きやすいかなと思っていたら見事的中、さらに入り口からの人の流れが自分の作品が目に入る方向だったので、「歩きながら美しいブルーが目に入ったよ」というお客様が多くおられ、嬉しい言葉もたくさん頂けました。
明日から三日間は一般公開で、来場者は例年この初日プレビューが最多だそうですが、土日はまた多くなるそうなので、明日もがんばります。
(野口琢郎さんのfacebookより)

プレビューの結果がスタッフから連絡があったのは時差の関係で昨日のお昼ごろでした。
どうやら滑り出し好調のようです。ほっ!
現地のスタッフも大変ですが、留守番のこちらも胃がきりきりします。

◆ときの忘れものはArt on Paperに出展しています。
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会期:2017年3月2日[木]〜3月5日[日]
VIPプレビュー:2017年3月2日(木)
一般公開:2017年3月3日(金)〜5日(日)11:00〜19:00
(5日は12:00から18:00まで)
会場:Pier 36 New York
299 South St, New York, NY 10002
ときの忘れものブースナンバー:G15
公式サイト:http://thepaperfair.com/ny
出品作家:瑛九磯崎新安藤忠雄内間安瑆野口琢郎光嶋裕介細江英公植田正治堀尾貞治ジョナス・メカス草間彌生マイケル・グレイヴス、他

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第50回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第50回

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(画像をクリックすると拡大します)

大きな岩がごろごろし、ちょっとおどろおどろしい感じのする場所である。
草木が一切生えていないことも、そうした印象を助長しているのだろう。
生き物が育つのに欠かせない潤いが途絶えた土地なのだ。

そんな荒涼とした風景に、唯一見いだせる生き物が、ふたりの人間である。
ふたりはござを敷いた上に腹ばいになり、裸足の足をハの字に開いていて寝そべっている。体つきからすると女性のようで、そばには脱いだ履物とわずかな荷物が置かれている。

ふたりのいる場所には石囲いができている。
ほかと区切するために造られたのだろうが、何を区別するためなのかはわからない。囲いの外側は道である。そこを隔てるようにして石が置かれているが、両者のちがいとして気付くのは、道よりも囲いの中のほうが地面の色が明るいことだ。

囲いには大きな石も混じっている。造るのは結構な労力がいったと思う。だれがやったのか。このふたりでないことは確かだろう。
つまり、積んだのはほかの人たちだが、そこが囲まれている意味をふたりは知っていて、他のところではなくて囲いの中を選んだのだ。

渓流のそばにある露店の天然温泉の光景に、ちょっと似ているような気がする。温泉の成分を岩で堰止めるように、この囲みの内側に何か見えないものが溜まっている。

湯の入っていない温泉みたいだなと思って見ているうちに、ふたりの頭上のあたりに視線が停止した。そこに気になるものを見つけたのだ。斜面から岩が飛び出している。ほかの岩とちがって表面がごつごつしてなくて滑らかで、地中から彫り出したように形がはっきりしているのである。

岡本太郎の太陽の塔の上にのっているような、デフォルメされた顔がそこから浮かび上がってくる。ふたつの大きな目玉とへの字口。見えないパワーが放たれているようだ。

この場所の核心は、実はその岩にあるのではないか。ふたりの人間はただそこに寝転がっているのではなく、その岩が発するパワーをあがめて五体投地しているのではないか。

だれかが、あるとき、この岩にパワーを感じて囲いをつくった。この場の力を守護するための結界を張ったのだ。

標しが付けらたことで、パワーの存在がわかりやすくなる。超能力の持ち主でなくても目で見てここだと認識できる。
噂が広まり、人々がやってくる。
人の祈ったり拝んだりする場所は、こうやって出来ていくのだ。

大竹昭子(おおたけあきこ)

〜〜〜〜
●紹介作品データ:
山縣勉
「涅槃の谷」
2014年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
Image size: 20.8x31.8cm
Sheet size: 27.9x35.6cm
裏面にサインあり

■山縣勉 Tsutomu YAMAGATA
写真家。1966年東京生まれ 東京都在住。
1988年 慶應義塾大学法学部法律学科卒 卒業後エネルギー企業に勤務
2004年 退社後、海外放浪。その後創作活動に入る。
2007年 フリーランス写真家になる
2013年 Photolucida Critical mass TOP 50

主な個展:
2014年 Dried-up Paris and Amsterdam, ALBA GALLERY (北京)
2013年 THIRTEEN ORPHANS, Colorado Photographic Arts Center (コロラド)
2012年 Double-dealing, ALBA GALLERY (北京)
2012年 国士無双, ZEN FOTO GALLERY (東京)
2011年 国士無双, ZEN FOTO GALLERY (北京)

主な出版物:
2015年 写真集 涅槃の谷 2015 (ZEN FOTO GALLERY)
2012年 写真集 国士無双 (ZEN FOTO GALLERY)
2011年 私家版写真集 Bulgarian Rose

●写真集のご案内
六本木のZEN FOTO GALLERYから、山縣勉さんの写真集『涅槃の谷』が出版されました。

写真集山縣勉写真集『涅槃の谷』
2016年
ZEN FOTO GALLERY 発行
108ページ
25.6x19.5cm
ハードカバー
限定700部
価格5,000円(税別)
ご注文、お問い合わせはZEN FOTO GALLERYへお願いします。


親が私を産んだ歳よりずっといってから子どもが産まれた。私の二世だ。同じころ、年老いた父が癌にかかった。その治療方法を調べるうちに、癌に冒された人が集うという東北の谷のことを知った。山に埋まった岩から強力な放射線が飛び出し、川は沸騰して流れている。モウモウと湧き上がる煙の切れ間から、山を中心に人が点々と横たわっているのが見える。その光景を初めて見たときに私は涅槃図を思い出した。寝そべる仏陀を中心に十名の高弟たちが思い思いの格好で過ごす絵は、煩悩が消え去って悟りが完成された最終境地を表すという。
すべてが剥がれ落ちた人たちから苦悩や焦りは感じられない。性別さえ薄らいで、安寧な世界への準備と循環する生への期待を思わせる。一段上に形なく存在しているかのようなこの場所に私は通いはじめた。徘徊し、ゴツゴツした岩に座ってゆっくりと息を整え、父や幼い息子のことを考える。
― 山縣勉、あとがきより
(ZEN FOTO GALLERYのHPより転載)

◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

普後均写真展―肉体と鉄棒 ご来場ありがとうございました

2月15日から開催していた「普後均写真展―肉体と鉄棒―」が先週2月25日に無事盛況のうちに終了いたしました。

ときの忘れもののブログで普後均さんの連載がはじまった! わたしがオリジナルプリントというものを初めて見たのは、普後さんの写真展だった。70年代後半のこと。プリントを買ったものもその時が初めてだった。写真の道に引き入れてくれた人だ。
大竹昭子さんのtwitterより、2016年8月16日)
ときの忘れものが普後先生の写真展を企画したのは、一にも二にも大竹昭子さんの強力な推薦によるものでした。
作家と作品については大竹昭子のエッセイをぜひお読みください。
01

普後均さんの肉体と鉄棒シリーズの写真。温かく感じた。初夏の頃に遊んだ時の陽を吸った温かさやかすかな錆臭さ、逆上がりできた時の肯定感の記憶が鉄棒にある。肉体のほのかな熱が鋳鉄のようなしなやかさに移っていく。良いヌード写真だと思う。
(中谷礼仁さんのtwitterより)
02

普後均さんの写真展、テキストは壁に掲示してあるのではなく、ファイルに入っているので見落とすかもしれない。普後さんと飯沢耕太郎さんが書いている。
(A.MAENOさんのtwitterより)
*すいません、壁面に展示するのをうっかり忘れてしまいました。飯沢耕太郎のエッセイをお読みください。
03

ときの忘れもの 普後均『肉体と鉄棒』。わりとフツー。のなかで、かたつむりだけ引っかかった。アクリの反射がジャマ。それにしてもエディション違いで値段があんなに変わるのは趨勢なのか? なんだかな、な感じ。
(あさひやさんのtwitterより)
普後均先生の今回の出品作品(新作)の価格はステップアップ方式です
Ed. 1/15 〜 3/15: シート税込129,600円
Ed. 4/15 〜 7/15: シート税込162,000円
Ed. 8/15 〜 11/15: シート税込216,000円
Ed.12/15 〜 15/15: シート税込270,000円
04

ギャラリー ときの忘れものへ普後均写真展「肉体と鉄棒」を観に。普後さんの写真は、いつも光と翳のあいだに無限に近いかもしれない点がひそんでいることを思いださせてくれる。普後さんによると本日午後6時からのギャラリートークのお相手建築史家中谷礼仁さんとは、中谷さんの自邸取材の縁だそう。
(なかた ゆかりさんのtwitterより)
05

普後均さんの写真展。先日の普後均×建築史家の中谷礼仁先生のトークショーを拝聴。お互いを聞きあう感じ。ギャラリーも心地よい空間だった。
(ペスケイプさんのtwitterより)
06

南青山のギャラリー「ときの忘れもの」で普後均さんの新作シリーズ「肉体と鉄棒」を見る。無機質な鉄棒やぐにゃっと曲がったガラス?と並んだ肉体の白さ。モノクロが撮りたくなってしまふ。
(sustenaさんのtwitterより)
07

普後均さん個展@ときの忘れもの。被写体のモノ・場所・時間などをを巡る様々な思考がなされている写真で、在廊なさっていた作家さんにとても興味深いお話を聞かせて頂けて楽しかったです。フライパンを撮影した写真集も見せて頂いたのですが、そこには宇宙まで見え、音楽が聴こえてきました
(ネムーイさんのtwitterより)
08

時間があるので 普後均さんのエッセイをまとめて読んでいる。最近はネットに書かれた大事な情報はファイルに落として保存しておかねばと思うようになった。
(tag34さんのtwitterより)

ご来場いただいた皆さんからは、いろいろなご意見をいただくことができました。この場を借りて御礼を申し上げます。
中谷礼仁さんを迎えてのギャラリートーク(2月24日開催)については、後日スタッフSよりご報告いたします。

作品をお買い上げいただいたお客様には心より感謝いたします。ありがとうございました。

肉体と鉄棒 1-1《〈肉体と鉄棒〉より 1》
2015年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 3-1《〈肉体と鉄棒〉より 3》
2016年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 4-1《〈肉体と鉄棒〉より 4》
2014年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 5-1《〈肉体と鉄棒〉より 5》
2014年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 6-1《〈肉体と鉄棒〉より 6》
2016年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:35.8×44.8cm
シートサイズ:40.6×50.8cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 7-1《〈肉体と鉄棒〉より 7》
2015年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 8-1《〈肉体と鉄棒〉より 8》
2012年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 9-1《〈肉体と鉄棒〉より 9》
2015年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 10-1《〈肉体と鉄棒〉より 10》
2012年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 11-1《〈肉体と鉄棒〉より 11》
2010年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 12-1《〈肉体と鉄棒〉より 12》
2013年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 14-1《〈肉体と鉄棒〉より 14》
2012年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 15-1《〈肉体と鉄棒〉より 15》
2003年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:35.8×44.8cm
シートサイズ:40.6×50.8cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 16-1《〈肉体と鉄棒〉より 16》
2012年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 17-1《〈肉体と鉄棒〉より 17》
2013年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 18-1《〈肉体と鉄棒〉より 18》
2012年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 19-1《〈肉体と鉄棒〉より 19》
2008年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 20-1《〈肉体と鉄棒〉より 20》
2013年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:35.8×44.8cm
シートサイズ:40.6×50.8cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 21-1《〈肉体と鉄棒〉より 21》
2003年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:35.8×44.8cm
シートサイズ:40.6×50.8cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 22-1《〈肉体と鉄棒〉より 22》
2013年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり


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普後均 Hitoshi FUGO(1947-)
1947年生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業後、細江英公に師事。1973年に独立。2010年伊奈信男賞受賞。国内、海外での個展、グループ展多数。主な作品に「遊泳」「暗転」「飛ぶフライパン」「ゲームオーバー」「見る人」「KAMI/解体」「ON THE CIRCLE」(様々な写真的要素、メタファーなどを駆使しながら65点のイメージをモノクロで展開し、普後個人の世界を表現したシリーズ)他がある。 主な写真集:「FLYING FRYING PAN」(写像工房)、「ON THE CIRCLE」(赤々舎)池澤夏樹との共著に「やがてヒトに与えられた時が満ちて.......」他。パブリックコレクション:東京都写真美術館、北海道立釧路芸術館、京都近代美術館、フランス国立図書館、他。

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第12回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第12回

サンフランシスコ近代美術館(SFMOMA)「Japanese Photography: From Postwar to Now」と日本写真の研究プロジェクト

01(図1)
「Japanese Photography: From Postwar to Now」展 会場入口


 2月に1週間ほどサンフランシスコに滞在し、サンフランシスコ近代美術館(SFMOMA)で開催されている展覧会「Japanese Photography: From Postwar to Now」(会期は2017年3月12日まで)(図1)を見てきました。この展覧会は、美術館の収蔵作品を展示するコレクション展であり、戦後から現代までの日本写真の展開を概観し、Kurenboh Collection(現代美術ギャラリー空蓮房を主宰する谷口昌良氏が寄贈した写真作品)を紹介するという意図を持つものでもあります。SFMOMAでは、キュレーターのサンドラ・S・フィリップス(2017年現在では名誉キュレーター)の企画により「Daido Moriayma: Stray Dog」(1999)と、「Shomei Tomatsu: Skin of a Nation」(2004)が開催され、これらの展覧会を契機として森山大道、東松照明、深瀬昌久、畠山直哉、石内都など、第二次世界大戦後に活躍してきた写真家の作品に重点を置いて蒐集が続けられており、Kurenboh Collectionの寄贈により、日本の写真コレクションは若い世代の写真家の作品も含む幅の広いものになっています(SFMOMAのウェブサイトで作品を検索、閲覧することができます。)
 展示会場は、時系列に沿って歴史を辿るというよりも、「アメリカと日本の関係」、「田舎(地方)の描写」、「近代都市という概念」、「写真界への女性の進出」、「自然災害が日本に与えてきた影響」といったテーマに沿って、異なる世代の作家の作品を緩やかに結びつけ、相互に見比べることができるように構成されています。また、東日本大震災以降に津波の被害や原発、放射能の問題を扱った作品も数多く紹介され、現代写真の展開の中でもひときわ重要な転換点として扱われていることが伺われました。
 現代美術を含む多様な作家の作品を紹介することに重点を置いていること、Kurenboh Collectionに収められた作品が、写真家のシリーズ全体を把握できるような点数で構成されているものではないこと、さらに展示空間の物理的な制約もあり、日本の写真の文脈に通じていないアメリカの観客には、作品の内容や意図が一見してすぐに把握しやすくはないだろうと思われる部分もあります。しかし、すでに名を知られている世代の作家の作品の間に、アメリカではまださほど名の知られていない若手、中堅の写真家の作品が織り交ぜられることによって現代写真の展開の厚みが示されているように感じられました。写真作品を読み取るための手がかりとして、関連する写真集も併せて会場の中で展示されていたことも、写真集を軸とする日本の写真への関心を反映しています。(図2、3)

02(図2)
「田舎(地方)の描写」に関連する作品を展示した展示室


03(図3)
写真集を収めたケース


 今回のSFMOMAの訪問には、このコレクション展に並行して現在構想されている日本写真の研究プロジェクトのために、近年刊行された写真集をリサーチ・ライブラリーに寄贈するという目的がありました。SFMOMAは、数年前から所蔵作品に関連する研究成果をオンラインで公開するプロジェクトに取り組んでおり、日本写真の研究プロジェクトは、2013年に公開されたロバート・ラウシェンバーグ研究プロジェクトに続く第二弾のプロジェクトとして構想が進められています。
 私が写真集の寄贈を考えた理由として、2008年に3カ月間Patterson Fellowshipの助成金を受けて客員研究員として、美術館に収蔵されている日本の写真家の作品研究に携わった経験から、SFMOMAが森山大道、東松照明の展覧会などを始め、欧米において日本写真の研究、展示をリードしてきた、他に類を見ない機関であることを実感し、美術館でのさらなる作品や資料の蒐集が。この研究プロジェクトの立ち上げに欠かせないと考えたからです。写真集やアートブックを専門とする出版社やギャラリー、ディストリビューター、写真家の方々に個人的なお願いとして寄贈を申し出たところ、75冊もの写真集を提供して頂くことができました。
 「Japanese Photography: From Postwar to Now」の展示方法にも示されているように、写真集は展示されている写真作品(プリント)のシリーズとしての全体像を把握するための資料としての重要性を持つのみならず、造本やデザイン、構成などにおいて精緻でユニークな特徴を具えた写真集はそれ自体が作品としての価値を持っています。この作品としての価値を多くの人に伝え、広めていくことに、今後も微力ながらも貢献できればと考えています。

04(図4)
リサーチ・ライブラリーの書庫 Kurenboh Collectionとして寄贈された日本の写真集の棚


05(図5)
今回寄贈した写真集を載せたブック・カートと名誉キュレーターのサンドラ・S・フィリップスさん


こばやし みか

●今日のお勧め作品は、エドワード・スタイケンです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第32回をご覧ください。
20170225_steichen_21_Brancusiエドワード・スタイケン
「Brancusi, Voulangis, France」
1922年頃(1987年プリント)
ゼラチンシルバープリント
33.2x27.0cm
Ed.100
裏にプリンターと遺族のサインあり


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ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

「普後均写真展―肉体と鉄棒―」は本日が最終日です。
普後均さんは13:00〜ラスト19:00まで在廊の予定です。
皆さんのご来廊をお待ちしています。
作家と作品については大竹昭子のエッセイ、及び飯沢耕太郎のエッセイをお読みください。
201702_FUGO

ときの忘れものでは初となる普後均の写真展を開催します。新作シリーズ〈肉体と鉄棒〉から約15点をご覧いただきます。
出品作品の詳細な画像とデータは2月18日のブログをご覧ください。
肉体と鉄棒 11-1《〈肉体と鉄棒〉より 11》
2010年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 12-1《〈肉体と鉄棒〉より 12》
2013年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 14-1《〈肉体と鉄棒〉より 14》
2012年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 15-1《〈肉体と鉄棒〉より 15》
2003年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:35.8×44.8cm
シートサイズ:40.6×50.8cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 16-1《〈肉体と鉄棒〉より 16》
2012年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 17-1《〈肉体と鉄棒〉より 17》
2013年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 18-1《〈肉体と鉄棒〉より 18》
2012年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 19-1《〈肉体と鉄棒〉より 19》
2008年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 20-1《〈肉体と鉄棒〉より 20》
2013年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:35.8×44.8cm
シートサイズ:40.6×50.8cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 21-1《〈肉体と鉄棒〉より 21》
2003年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:35.8×44.8cm
シートサイズ:40.6×50.8cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 22-1《〈肉体と鉄棒〉より 22》
2013年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり


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◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
tokinowasuremono
緑豊かな青山のギャラリー&編集事務所「ときの忘れもの」は建築家をはじめ近現代の作家の写真、版画、油彩、ドローイング等を扱い、毎月企画展を開催しています。またオリジナル版画のエディション、美術書・画集・図録等の編集も行なっています。
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