写真

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第67回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第67回

澎湖印記-謝三泰攝,1991(c)Hsieh San-Tai
(画像をクリックすると拡大します)

若いふたりの門出を祝う結婚式があり、終わって記念撮影をしたところだ。海をバックに立っているのは、式場が海辺の景勝地にあったからか。どこで撮るか揉めた揚げ句に、長いドレスの裾をもちあげ、歩きにくい岩場を通って、七人でぞろぞろとここにやって来たのだ。

新婦は翼のようなフリルがたくさんついたウエディングドレスを着て、首元と胸元をネックレスとコサージュで飾っている。風でドレスの裾がめくれて足先がのぞいているが、履いているのはヒールのついていないペタンとした靴だ。

新郎のほうはスーツ姿だが、リーゼントの髪形にリキが入っている。大きな頭がなおさら膨らんで”頭でっかち尻つぼみ”の印象。襟元の蝶ネクタイが傾いているのが気になるが、よく見ると傾いているのはネクタイではなく、彼の体のほうである。新婦の腕をとったために、そちら側の肩があがって体が傾いだのだ。「腕をとる」と言ったが、実際は「とられている」ように見えるのは、彼女の身長のせいである。顔半分くらい彼より身長が高い。彼の眼がようやく彼女の唇に届くくらいだから、キスするにはつま先立ちする必要があるだろう(彼女の靴がペタンコな理由を了解)

新婦の反対側には彼女の親族がいる。横の女性は顔立ちも、前髪を膨らませて右に流した髪形も新婦に似ているから姉だろう。気丈で、しっかりもので、少し口うるさいところもある。その右にいるのは妹で、彼らは三姉妹なのだ。

新郎に目を移すと、左側にいるのは彼の兄である。目と口元がそっくりだ。眉間にしわを寄せ、照れたような困ったような表情で弟の行く末を気にしている。彼は重心が低くて安定感があり、甘えん坊でスイートな雰囲気の弟と好対照をなしている。

とここまで書いて、彼が胸にコサージュを飾っているのが気になりだした。新郎がつけるのはわかるとしても、どうして「兄」もなのだろう。新婦の「姉」を見てみると、彼女の胸元にもそれらしきものがついている。はっとしてこれまでの想像ががらがらと崩れ去った。「兄」と「姉」と思っていたが、そうではなくてふたりは夫婦なのではないか。彼らは若い友人の結婚に立って媒酌人を務め、その徴として胸にコサージュをつけているのではないか。

写真でふたりの関係を改めて確認することにした。新郎・新婦の姿を手で隠し、「兄」と「姉」の顔を交互に見比べる。するとにわかにふたりのあいだに夫婦らしい雰囲気が立ち上がってきたのに驚いた。長く連れ添った人生の先輩の風格と落ち着きが漂い、媒酌人にふさわしい人はこの夫婦を置いていないように思えてきたのである。

こうなると、これまでの想像を根本から問い直さなければならないと、ほかの人たちにも同じことを試してみた。まず新婦と彼女のとなりの「姉」を手で覆い、「新郎」と新婦の「妹」を見比べたところ、似ている。やや離れ気味の眼や、頬から口元にかけての表情などそっくりで、兄妹と言われたら信じるだろう。

新郎の後には控えめな様子でポロシャツの男が立っている。新郎の姿を隠してつぎにこの彼と新婦を見比べてみたら、あにはからんや、彼らもまた血縁と言ってもおかしくないほど似た空気を漂わせているではないか!

こうして写真のあちこちに手をかざし、比較するうちになにがなんだかわからなくなってきた。似ていると思えば、だれもが似ているように思えてしまう。目が類似点のほうに反応し、差はあってもグラデーションの範疇に収まり、大きなちがいはどこにも認められなくなったのだ。最後にたどりついたのは、「ここに写っている人たちは同じ一族である」ということだった。それがいちばん説得力ある、真実に近いことばのように思えた。

大竹昭子(おおたけあきこ)

●紹介作品データ:
謝三泰 (シェ・サンタイ) 
《澎湖の印象》

1991年 (C)Hsieh San-Tai

●展覧会のご紹介
清里フォトアートミュージアムで台湾写真交流展 島の記憶 1970〜90年代の台湾写真が開催中です。
チラシ表
チラシ裏
台湾写真交流展
島の記憶 1970〜90年代の台湾写真
会期 2018年7月7日〜12月2日
会場 清里フォトアートミュージアム
住所 山梨県北杜市高根町清里3545-1222
電話 0551-48-5599
開館時間 10:00〜18:00
休館日 火曜日 (11.20開)、7.7-9.3は無休
観覧料 一般800円、学生600円、中高生400円
アクセス JR清里駅よりタクシー10分

清里フォトアートミュージアムにおける世界の若手写真家を支援する公募&コレクション活動、「2018年度ヤング・ポートフォリオ展」展は、毎年冬期休館あけの3月より開催。
2018年度YPは、2019年3月中旬〜6月下旬に清里フォトアートミュージアムで開催予定。選考委員は 川田喜久治さん、上田義彦さん、細江英公さん。
現在、過去23年間のYPコレクションの一部を、国立台湾美術館に巡回中。


●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」第10回

小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」

第10回 Ningyocho


Ningyocho01

Ningyocho02


実像と虚像。
ニセモノがホンモノより真実を語ることは十分にある。
ニセモノはよりホンモノを真似ようとする。

いやそれ以前に、写真は像を結んだ瞬間から、
ホンモノではなくなる宿命を担わされている。
複写された像は急速にホンモノから遠ざかり、
実像と虚像のあわいはより曖昧になっていく。

透明の箱に入った花はニセモノか、ホンモノか。
コンクリートに影を通した葉の陰はホンモノか、ニセモノか。
そもそも、確かめることに意味はあるのか。

--------

小林紀晴
《Ningyocho 01》
《Ningyocho 02》
ともに2018年撮
ゼラチンシルバープリント
11×14inch
Ed.20

こばやし きせい

小林紀晴 Kisei KOBAYASHI(1968-)
1968年長野県生まれ。
東京工芸大学短期大学部写真科卒業。
新聞社カメラマンを経て、1991年よりフリーランスフォトグラファーとして独立。1997年に「ASIAN JAPANES」でデビュー。1997年「DAYS ASIA》で日本写真協会新人賞受賞。2000年12月 2002年1月、ニューヨーク滞在。現在、雑誌、広告、TVCF、小説執筆などボーダレスに活動中。写真集に、「homeland」、「Days New york」、「SUWA」、「はなはねに」などがある。他に、「ASIA ROAD」、「写真学生」、「父の感触」、「十七歳」など著書多数。


●今日のお勧め作品は、小林紀晴です。
kobayashi_03_work小林紀晴
《東京装置》
1997年
ヴィンテージゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:20.4x17.0cm
シートサイズ :25.3x20.3cm
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」は毎月19日の更新です。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第66回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第66回

01
(画像をクリックすると拡大します)

風船と洗濯ばさみは友好関係を結ぶことができない。
飛び立とうとするものと、つなぎとめようとするもの。
膨らむ力と、それを留める力。
オプティミズムとシニシズム。

相反する力が働くふたつの物体を、身にまとって、立っている男。
風船の数は12個で、洗濯ばさみの数はわからないが、体の前面にもつけているから相当な数にのぼる。

男はどんな表情でそこに立っているのだろう。後ろ向きで見えないが、背を向けて、足をやや開きぎみに立っている様子は、直立不動というほど固くはないが、リラックスしているようにも見えない。
両腕と胴体のあいだには隙間があけてある。洗濯ばさみが付いていて密着できないのかもしれないが、腕を離して立っているこの姿勢が決闘シーンを連想させる。
腰にさげたケースから拳銃を抜いて、いままさに発砲しようと構えているガンマンのように。

そう思ってしまうもうひとつの理由は、上着の肩のあたりに並んでいる洗濯ばさみである。これがカウボーイの皮ジャケットについているビラビラしたフリンジに似てみえて仕方がない。男の正面にはホルモン焼き屋がある。そこに正面から突っ込んでいこうとしているような、何かを覚悟している人間の緊張感を嗅ぎとる。

店の入り口には提灯がさがっている。この写真を見たときにまっさきに目に入ったのは、風船とこの提灯だった。提灯の丸みと風船の膨らみに空気圧という共通項を見つけたのか。提灯にはホルモン焼きの名称が書かれていて、「コリコリ」「テッポウ」「キアラ」「チレ」などと知らない名前がつづく

鶴橋の文字が見える。大阪の焼き肉街として名高い場所である。男の立っている道はかなり幅が広いが、この道はホルモン屋にぶつかって行き止まりなのだろうか。
はじめに見たときはそう思った。コの字型に店が囲んでいる小さな広場のような空間が想像されたのだ。

ところが、ホルモン屋の看板に「この横の焼き肉本通を通って徒歩30秒」という文言を見つけて、考えがぐらついた。矢印もついている。店の前に細い横道があるのかもしれない。
とはいえ、文字情報がなければ行き止まりと思うのが自然で、そう思うわけは簡単だ。道の交差する場所が男のからだで塞がれ、見えないからである。

袋小路に立っているように見えることが、男の抱えている圧力を強めている。風船と洗濯ばさみの抗う力をみなぎらせて入ってきた男は、この場所でぴたりと足を止めたのだ。看板やネオンがかまびすしく客寄せをしているゴテゴテした路上で、エネルギーを体表に集めて静止し、見えない拳銃をいままさに抜かんとしている。

大竹昭子(おおたけあきこ)

●紹介作品データ:
森村泰昌
《高く、赤い、中心の、行為:「中」09》

2018年
ゼラチンシルバープリント
34.0x26.7cm
courtesy of MEM

森村泰昌 Yasumasa MORIMURA
1951年大阪市生まれ。京都市立芸術大学美術学部卒業。1985年ゴッホに自ら扮したセルフ・ポートレート写真を発表、有名絵画の登場人物に扮する「美術史シリーズ」で脚光を浴びる。1988年ヴェネチア・ビエンナーレでアペルト部門に選ばれて注目を集め、海外の展覧会への出品、個展などを行うようになる。「女優シリーズ」「サイコボーグシリーズ」のほか「フェルメール」「フリーダ・カーロ」などのシリーズなどもあり、最近ではヴィデオ作品もも手がける。他にも、映画や芝居などで役者として活躍をしている。

●展覧会のご紹介
ギャラリーMEMで森村泰昌展「高く、赤い、中心の、行為」が開催されています。
森村泰昌展「高く、赤い、中心の、行為」
会期:2018年6月9日(土)〜7月8日(日)
会場:ギャラリーMEM
時間:12:00〜20:00
休館:月曜日 (祝日または祝日の振替休日は開廊し、翌日休廊])

「高く、赤い、中心の、行為」と題された本展は、初期の「星男」含め過去の作品から新作まで、パフォーマンスを含め身体の行為を基礎にした森村作品の側面を考察する。
展覧会タイトルと同名の新作は、高松次郎、赤瀬川原平、中西夏之により結成されたハイレッド・センターによって、1964年に東京の路上で行われた「第6次ミキサー計画」での、各作家による「行為」を参照しながら、作家の地元大阪の鶴橋で森村自身によって行われたパフォーマンスを基に写真とビデオ作品を制作したものである。加えて、同様にパフォーマンスのビデオと写真作品で構成される60年代暗黒舞踏の運動を率いた大野一雄の「ラ・アルヘンチーナ頌再考」(2010-2018)も展示される。(ギャラリーMEMHPより転載)

〜〜〜〜〜

*画廊亭主敬白
今回は凝縮された日本滞在でしたが、難しかった個展の開催等、思わぬほど多大に苦労をお掛けし、然し乍ら、首尾良く個展が出来、大変お世話になりました。
チョット前、自宅に帰って来まして、リラックスしているところであります。
想像以上に、多くの人が訪れてくださいまして、楽しく歓談することが出来ました。アメリカで孤立している為か、余計に多くの人と喋れたのが、私にとって貴重な経験でもありました。
先ずはお礼まで・・・
20180630 関根伸夫


銀座のギャラリーせいほうで開催していただいた「関根伸夫展」が6月29日に終了しました。上掲はロスに戻られた関根先生からのメールです。
70年代の立体、紙の作品から、近年の新作絵画「空相ー皮膚 Phase of nothingness-skin」シリーズまでを展示した本展は久しぶりに作家が帰国したこともあって多くの方にご来場いただきました。
お買い上げいただいたお客様には心より感謝申し上げます。
1979青森五拾壱番館ギャラリー 関根伸夫今から約40年前、左から亭主、関根先生、五拾壹番館ギャラリーの高木保さん、
1979年10月22日青森市・五拾壹番館ギャラリー「関根伸夫展」オープニング

20180618_sekine_opening_042
お互い70代を迎えてしまった左からギャラリーせいほうの田中譲さん、関根伸夫先生、亭主
2018年6月18日銀座・ギャラリーせいほう「関根伸夫展」オープニング

ありがとうございました

◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

6月30日はボブ・ウィロビーの誕生日

6月30日はボブ・ウィロビーの誕生日

読者の皆様こんにちわ。梅雨も明けぬうちから連日30℃を超す猛暑が続く今日この頃、いかがお過ごしでしょうか? 最早エアコン抜きでは家でも職場でも生きていけないスタッフSこと新澤です。

1年の丁度折り返しとなる6月30日。本日はアメリカ発祥の「スペシャル」な写真家、ボブ・ウィロビーの誕生日です。ご本人は2009年にお亡くなりになっていますが、今年は生誕91年になります。……何とも切りが悪い数字ですが、実はこの記事どころか4月に開催した企画展も、本当なら生誕90年を記念して去年開催する予定でした。ところが急な青山からの立ち退きで有耶無耶になってしまい、結局1年ズレての開催に。

2013年に開催した個展ではウィロビーが自ら現像した銀塩写真、いわゆるオリジナル・プリントがメインでしたが、今年開催した個展ではメインは息子のクリストファー・ウィロビー氏がオリジナルのネガをデジタルに取り込んで出力したエステート(アーカイバルデジタルピグメント)プリントがメインでした。

出力方式は勿論のこと、オリジナルとの区分のためにエステートプリントの方が最小でも一回り大きいなどの違いはありますが、中でも目立つのはエディション数。後発のエステートプリントがEd.25なのに対し、オリジナルプリントはなんとEd.200! 驚きの8倍です。これだけオリジナルがあれば別にエステートプリントはいらないのでは…等とも思ってしまいますが、実際にはこのEd.200という数字、あくまでも上限設定に過ぎません。ウィロビーは注文を受けるとその時々で1つのネガから2〜3枚のプリントを現像し、その中から1枚を選んでクライアントに提供していたそうです。このような方法をとっていたため、エディション数の分母とは裏腹に、大半のオリジナルプリントは多くても10枚以下、オードリー・ヘップバーンやマリリン・モンローといった大御所がモデルの作品でようやく二ケタ半ばのプリントしか現像されていないそうで、しかしネガはキッチリ全て保管してあるとなればエステートプリントの作成に踏み切るのも納得がいくというもの。ちなみにエステートプリントもオリジナルと同様に注文を受けてから出力する方法をとっているため、エディション数が25だからといってプリントが現時点で25枚存在しているとは限りません。

ときの忘れもので現在ご覧いただけるオリジナルプリントは以下の4点ですが、過去二回の個展で取り扱わなかった作品であっても、オリジナル/エステートプリントに関わらず、在庫について確認することは可能です。ボブ・ウィロビーの作品にご興味のある方は、作品画像、タイトルや参照元の詳細と合わせてお問い合わせください。

A108_E-Taylor-white-dress
Taylor, Elizabeth, 1956
Elizabeth Taylor portrait in white dress on MGM set of "Raintree County," 1956.
(A108)

※「愛情の花咲く樹」
1956年 (1995年プリント)
ゼラチンシルバープリント
シートサイズ:12×16 in.
Ed.200
ボブ・ウィロビーのサインあり

A015_Jean-Seberg-eagle
Seberg, Jean, 1956
Jean Seberg in NYC's Central Park after she won the title role in Otto Preminger's film "Saint Joan," 1956.
(A015)

※「聖女ジャンヌ・ダーク」
1962年 (1984年プリント)
ゼラチンシルバープリント
シートサイズ:12×16 in.
Ed.200
ボブ・ウィロビーによるイニシャルと、クリストファー・ウィロビーによるスタンプとサインあり

A265_Seberg-Loire-(some-softening)
Seberg, Jean, 1956
Jean Seberg by the banks of the Loire River in France, where she made a pilgrimmage to the places that Joan of Arc lived and died in, just before she made the film "Saint Joan," 1956.
(A265)

※「聖女ジャンヌ・ダーク」
1956年 (1982年プリント)
ゼラチンシルバープリント
シートサイズ:12×16 in.
Ed.200
ボブ・ウィロビーによるサインとイニシャルあり

A284_Seberg-on-Bed-with-Paper2
Seberg, Jean, 1957
Jean Seberg reading paper in bed, during filming of "Bonjour Tristesse" in France, 1957.
(A284)

※「悲しみよこんにちは」
1957年 (1996年プリント)
ゼラチンシルバープリント
シートサイズ:12×16 in.
Ed.200
ボブ・ウィロビーによるサインとイニシャルあり

(しんざわ ゆう)

03_A086-Audrey-Ladderボブ・ウィロビー
《Hepburn, Audrey, 1962 Audrey Hepburn on set of "Paris When It Sizzles" at Boulogne Studios in Paris, 1962.》(A086)
※「パリで一緒に」
1962 (2018年プリント)
アーカイバルデジタルピグメントプリント
イメージサイズ:45.7×24.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.25
クリストファー・ウィロビーによるスタンプとサインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。


●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第28回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第28回

Carmen Winant『My Birth』

01(図1)
「Being: New Photography 2018」展
「My Birth」インスタレーション
ニューヨーク近代美術館


02(図2)
「My Birth」(部分)


今回紹介するのは、アメリカの芸術家カーメン・ワイナント(Carmen Winant, 1983-)の『My Birth(私の出産(誕生))』(2018)です。この作品は、現在ニューヨーク近代美術館で開催されている展覧会「Being: New Photography 2018」(会期2018年8月18日まで)の中で、インスタレーションとして公開されている作品(図1)をもとに構成されています。この展覧会は、人間という存在を写真がどのように捉え得るのかということをテーマに、アメリカ国内外のさまざまな作家(主に、30代から40代前半の若手の作家)が出展しています。
ワイナントは、「My Birth」の着想を、第一子を出産し、その後さらに第二子を妊娠した経験から得ました。出産がその当事にとって「言葉には言い表すことのできないほど大きな経験」と位置づけられていて、産みの苦しみや痛み、その後の喜びや感動は主観的な言葉で語られるのに対して、それ以外の方法で言い表す言葉、表現する手段がほとんど存在しないのは何故だろうか、出産を主観的、個人的な経験としてだけではなくより広い社会的な営みの中に位置づけて表現したいという考えが、写真のコラージュという方法に結びついたのです。確かに、妊娠・出産ほど、当事者(妊産婦)と当事者以外の間で、大きく見方や関心の持ち方に違いがあらわれる事象も少なく、それゆえにその過程や身体感覚を、個人的な立場以外から言明し難いというのは事実です。そのことを踏まえた上で、出産を捉えた写真を蒐集、分析、編纂することで、女性の身体に対する見方を再検証したい、とワイナントは考えたのではないでしょうか。

ワイナントは、数年間かけてパンフレットや雑誌、書籍、個人的な写真(助産師や妊産婦から提供を受けたもの)などから蒐集した出産にまつわるよそ2000点の写真(臨月期から、分娩、出産直後の授乳までも含む)を、展示室をつなぐ幅およそ6メートル通路の壁に、作業用の青い粘着テープで壁を埋め尽くすように貼っています(図2)。展示に使用された写真は白黒写真とカラー写真が入り混じり、妊産婦の外見や周辺に配置された医療器具や室内の状況から、1960年代以降に撮影されたものと推察されます。印刷物として発表された分脈や付随する文章などの情報などが削がれ、匿名性を高めた状態で断片として展示されているために、妊娠や出産という極めて私的な経験の局面を捉えた写真でありながら、個人性や主観性が削り取られ、鑑賞者は無数に繰り返される妊娠と出産という現象そのものを捉えた写真の集積に対峙することになります。
妊産婦の身体と、胎内から新生児が出てくる瞬間を捉えた写真が壁を埋め尽くすインスタレーションは、展覧会全体の中でもとくに迫力のある作品として話題になり、鑑賞した多くの人たちがインスタレーションの一部を撮影した写真をSNSで公開しています

03(図3)


写真集の表紙(図3)は、展示の壁面の一部を再現するように(設営に用いられた青いテープはほとんど使用されていない)構成されたポスターサイズの紙が写真集を包むようなデザインになっていて、その紙の裏面と写真集の冒頭には出産した女性に、出産の時の状況を具体的に、事細かに問いかける50余りの質問が印刷されています(喉が乾いたか?多幸感を感じたか?目を開けることはできたか?分娩時に脱糞したか?近くで他の女性が分娩している音を聞いたか?などなど)。写真集では、インスタレーションのようにランダムに写真が貼り付けられるのではなく、妊娠の段階(およそ7か月頃から臨月頃)から、陣痛、分娩、出産後の授乳にいたるまでの時系列に沿ってページに貼り込まれています。見開きでは、同じような段階にある写真が選ばれて組み合わせられていて、写真同士が共鳴し、陣痛から分娩へといたる過程が、個別の経験を超えた、大きなうねりを伴う現象のように立ち現れてきます。(図4、5、6、7)

04(図4)
写真集『My Birth』より
陣痛中の妊婦


05(図5)写真集『My Birth』より
陣痛中の妊婦


06(図6)写真集『My Birth』より
硬膜外麻酔などの処置を受ける場面


07(図7)写真集『My Birth』より
分娩直後 臍帯を切る瞬間


個別の写真からは、さまざまな女性たちが出産を経る中で痛みに耐えて顔を歪める表情や、自宅出産で配偶者や助産師が介助する様子や妊産婦のさまざまな姿勢、医療機関での処置、子宮口が開いて膣から赤ん坊の頭が母胎から出てくる様子など、出産過程の詳細を仔細に見て取ることができます。写真を撮った人たちが、どのような立場としてーー配偶者、家族、助産師のような介助者、産科医などーー出産を見つめているのかということを写真から判断することはできませんが、一連の写真のシークエンスは、出産の場面に擬似的に立ち会って観察しているような感覚を読者にもたらします。写真集は、新生児を胸に抱き、乳房をふくませる母子の写真群で締めくくられますが、その直前には、分娩時に胎内から出てきた胎盤を捉えた写真が10点余り(中には、ページ全体を覆う大きな図版もある)掲載されています。このように胎盤を即物的に提示することは、出産を個人的な経験として主観的な視線から捉えて描き出すのではなく、生命活動、生殖という現象の一部として位置づける表現を追求するワイナントの姿勢の表れともいえるでしょう。

08(図8)
写真集『My Birth』より
胎盤を差し出して見せる医療者の手


こばやし みか

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。

●本日のお勧め作品は、植田正治です。
作家については、飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」第4回をご覧ください。
20180210_02植田正治《無題》
1977  Type-Cプリント, 木製パネル
27.0×40.0cm
『植田正治作品集』(2016年、河出書房新社)P132参照
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


●小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」第9回

小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」

第9回 Edogawabashi


Edogawabashi01


Edogawabashi02


動くこともできず、
じっとしていることに不満はないのか?
ふと訊ねたくなる瞬間がある。
もの言わぬ植物。

置かれた場所で咲きなさい。
そんな言葉もあるけれど、
必ずしもすべて咲けるわけではないはずだ。
隙間に、芭蕉らしき植物。
孤独ではないのか。
ここにいることは幸せか。

--------

小林紀晴
《Edogawabashi 01》
《Edogawabashi 02》
ともに2017年撮
ゼラチンシルバープリント
11×14inch
Ed.20

こばやし きせい

小林紀晴 Kisei KOBAYASHI(1968-)
1968年長野県生まれ。
東京工芸大学短期大学部写真科卒業。
新聞社カメラマンを経て、1991年よりフリーランスフォトグラファーとして独立。1997年に「ASIAN JAPANES」でデビュー。1997年「DAYS ASIA》で日本写真協会新人賞受賞。2000年12月 2002年1月、ニューヨーク滞在。現在、雑誌、広告、TVCF、小説執筆などボーダレスに活動中。写真集に、「homeland」、「Days New york」、「SUWA」、「はなはねに」などがある。他に、「ASIA ROAD」、「写真学生」、「父の感触」、「十七歳」など著書多数。

●今日のお勧め作品は、小林紀晴です。
20160319_kobayashi_05_work小林紀晴
〈DAYS ASIA〉より2
1991年
ヴィンテージゼラチンシルバープリント
Image size: 24.3x16.3cm
Sheet size: 25.3x20.3cm
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」は毎月19日の更新です。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第65回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第65回

01_1500
(画像をクリックすると拡大します)

三人の女性が道を歩いている。年格好はおなじくらい。うちふたりは荷物をもっている。鞄でなくて風呂敷包みだ。三番目の人はショルダーバックかとも思ったが、風呂敷に包んだものを肩に斜め掛けしているようだ。胸のあたりに結び目らしきものが見える。先頭の人も写ってないだけで風呂敷包みを持っているかもしれない。

三人は連れ立って村の婦人会にでもいくような雰囲気で歩いている。みな顔をほころばせていて、二番目の人など笑いで破顔し、その勢いで髪が後ろになびいている。写真家がなにかおもしろいことを言ったのだろうか。そうではないだろう。カメラを向けたらいきなり笑ったのだ。写真に撮られることの滑稽さと晴れがましさ。そこに恥ずかしさが入り交じってこんな表情になってしまった。

前の二人は歯を見せて笑っている。とくに先頭の女性の歯が二番目の人以上に目を引くのは出っ歯だからだろう。上下の前歯がすべて歯茎も含めてあからさまだ。馬みたいで、まわりからもよく、あんたは馬みたいに笑う、とからかわれる。恥ずかしいとは思うけれど、笑うと忘れてしまって、開いてから気づくのだ。

口を開けて笑えるのは無邪気な証拠である。子供はみんなそうだ。でも大人になって恥じらいを意識すると手で口を覆うようになる。ティーンエイジャーのしぐさを思いだせばわかるだろう。もしやこのような場面で彼女たちにシャッターを切ったら、口元に手をやって隠すにちがいないのだ。

いや、それは現代社会が広めたしぐさであり、モノを運ぶのに風呂敷を使っていたこの頃はどの世代も大口を開けていた可能性がある。人前で口を隠すという価値観はまだ浸透してなくて、笑うときは老いも若きもためらいなく口を開けっぴろげだったのだ。

その証拠に、むかしの写真を見ると人は大口を開いて笑っている。奥歯も金歯も喉ちんこも見えるほど全開にするのに少しもためらいがない。笑うことは身を開くことであり、喉が広がって空気が入り、気持ちがほころび寛容になる。それが笑いの意義なのだ。現代ではそうなるには少しお酒が必要かもしれない。酔えば口をふさぐなんて面倒なことはだれもしなくなる。カバのように口を開けて笑える。

彼女たちのまわりの景色には奇妙な重さが漂う。黒い雲、藁葺き屋根のライン、上からつんつんと伸びている茅、草の密集する庭などが、密度の濃い重い空気をつれてくる。三人の表情が屈託なく天衣無縫なためにその感じがより強まっているようだ。見ているうちに、自分の先祖を遡っていくとこのうちのだれかに行き当たるような寂しい懐かしさが足下からわきあがってきた。藁葺き屋根の軒下には「1948」という数字がさがっている。何を意味しているのだろう。写真のなかの唯一の抽象記号であるその文字が気がかりで惹かれる。

大竹昭子(おおたけあきこ)

■内藤正敏 Masatoshi NAITO
1938年東京都生まれ。大学時代、化学を専攻後、フリーの写真家になり、初期は宇宙・生命をテーマとした「SF写真」に取り組んだ。25歳で即身仏に出会ったことをきっかけに、羽黒山伏の入峰修行に入る。写真集『婆 東北の民間信仰』(79年)、『出羽三山と修験』(82年)、『遠野物語』(83年)、『東京 都市の闇を幻視する』(85年)などを発表。多数の研究書・論文を発表する民俗学者でもある。元・東北芸術工科大学大学院教授、東北文化研究センター研究員。

●展覧会のご紹介
東京都写真美術館で「内藤正敏 異界出現」が開催されています。

「内藤正敏 異界出現」
会期:2018年5月12日[土]〜7月16日[月・祝]
会場:東京都写真美術館
時間:10:00〜18:00(木・金曜は20:00まで)※入館は閉館時間の30分前まで
休館:月曜(ただし、7月16日は開館)

このたび東京都写真美術館は、「内藤正敏 異界出現」展を開催します。本展は異色の写真家・内藤正敏の50年を超える軌跡をたどりご紹介します。作家は60年代の初期作品において、化学反応で生まれる現象を接写して生命の起源や宇宙の生成の姿を捉えました。その後、山形県・湯殿山麓での即身仏との出会いをきっかけに、60年代後半から80年代にかけて、主に東北地方で民間信仰の現場に取材した〈婆バクハツ!〉〈遠野物語〉など刺激的な写真シリーズを次々と発表しました。また作家は自らの写真に触発された民俗学研究も手がけ、東北と江戸・東京、科学と宗教といった異質なテーマを交差させ、日本文化の隠された思想体系を発見する研究論文をこれまでに多数発表してきました。90年代以降は、そうした研究と自身の想像力を融合させ、修験道の霊山における空間思想を解読するシリーズ〈神々の異界〉を手がけています。
「モノの本質を幻視できる呪具」である写真と、見えない世界を視るための「もう一つのカメラ」である民俗学を手段として、現世の向こう側に幻のように浮かび上がる「異界」を発見する人、内藤正敏。そのヴィジョンは、今日の私たちに大きな戦慄と深い洞察を与えてくれるはずです。本展は主な写真シリーズを通して、その50年を超える足跡をたどるとともに、その表現に通底する独自の世界観、生命観をとらえていきます。(東京都写真美術館HPより転載)

●写真集のご紹介
上掲の写真作品は、内藤正敏さんの写真集『遠野物語』に収録されています。
『遠野物語』
1983年
春秋社 発行
151ページ
29.3x22.0cm
ブックデザイン:後藤一之
構成:長谷川明
目次:
・写真
 生者の章
 死者の章
 神々の章
・文
 <遠野物語>別考 吉本隆明
 遠野物語ノート 内藤正敏
 闇のアジールの住人たち
 死者の肖像画
 異形の神々と隠し念仏
・あとがき

◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第27回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第27回

『私はあなたのニグロではない』

01(図1)
『私はあなたのニグロではない(I AM NOT YOUR NEGRO)』


今回紹介するのは、ドキュメンタリー映画『私はあなたのニグロではない(I AM NOT YOUR NEGRO)』(ラウル・ペック監督(1953-)、2016年 日本公開2018年)です(図1)。この映画は、アメリカの作家ジェームズ・ボールドウィン(1924-1987)が、暗殺された公民権運動の指導者たち、メドガー・エヴァーズ(1925-1963) 、マルコム・X(1925-1965)、マーティン・ルーサー・キング・Jr (1929‒1968)について執筆した回想録「Remember This House」(1979年から着想され準備が進められたが、未完に終わった)の原稿を元に、アメリカでの人種差別の歴史に対する考察が描かれています。公民権運動を主題にした映画としては、マルコム・Xの生涯を描いた『マルコム・X』(1992)や、マーティン・ルーサー・キング・Jr が先導したアラバマ州セルマからモンゴメリーまでの選挙権獲得をめざす大行進(1965)を描いた「グローリー 明日への行進」(原題:SELMA, 2014) が知られていますが、本作品は、彼らの人生や公民権運動の動向を描くことよりも、現代もブラック・ライブズ・マター(Black Lives Matter)運動が展開するように、根深く残る人種差別とその歴史的背景に対して、ボールドウィンの言葉を通して洞察を深めることに重点が置かれています。
ジャンルとしてはドキュメンタリー映画という形式を取っていますが、時間軸上に沿って進むのではなく、様々な時代、種類の映像ーーボールドウィンが出演したテレビ番組や講演の映像、公民権運動の記録映像、ニュース映像、広告、人種差別的な色濃く反映された娯楽映画、写真、現在の人種差別や暴行に端を発するデモの映像、記録写真などーーを入念にコラージュのように縒りあわせて構成されています。公民権運動の最中に公的な場所で熱弁を振るうボールドウィンの肉声と、公民権運動から10数年以上を経た1970年代末に、当時のことを振り返り、銃弾に倒れた3人の同世代の指導者のことを内省するボールドウィンの言葉(ナレーションは、俳優のサミュエル・L・ジャクソンが担当)は相互に響きあい、映画の中に時間的な重層性をもたらしています。エンドロールでは、ラッパーのケンドリック・ラマー(1987-)が人種差別や社会的な不正を激しく糾弾する「The Blacker the Berry」(2015)が流れ、ボールドウィンの言葉と精神が現代を生きるラッパーの中に引き継がれていることが示されています。

02(図2)
ダグラス・マーティン「ハリー・ハーディング高校に入学する女子学生ドロシー・カウンツ」(1957)


先にも述べたように、映画の中には、人種差別には公民権運動に関わるさまざまな写真が使われており、その中のいくつかを発表された背景を交えて紹介します。(図2)は、ノースキャロライナ州、シャーロットのハリー・ハーディング高校に入学する女子学生ドロシー・カウンツを捉えたもので、(ノースキャロライナ州では、1956年に教育機関での人種統合を目的とするピアソール計画が実施された)、周囲を白人たちに取り囲まれ、唾を吐かれ、嘲笑を浴びています。彼女は白人の通う学校に初めて転入する黒人生徒の一人でしたが、壮絶な迫害に遭い、程なく退学を余儀なくされました。この写真は1957年の世界報道写真賞を受賞しました。ボールドウィンは生まれ育ったニューヨークを、人種差別から逃れるために1948年に離れ、パリに渡って執筆活動を行なっていましたが、新聞でこの写真を見て衝撃を受け、人種差別の最も激しい地域、アメリカ南部への旅に出ることを決意します。つまり、この写真はボールドウィンに、公民権運動家として活動する契機を与えたものと言っても良いでしょう。

アメリカ南部の州では、1876年から1964年にかけてジム・クロウ法(黒人による一般公共施設の利用を禁止制限した州法の総称)が存在し、1950年代後半以降に州が支援する人種統合学校が登場した後も、統合に反対して人種隔離を保持することを主張する白人たちの運動が続きます。(図3)

03(図3)
テネシー州クリントンのクリントン高校で、人種統合に反対する白人の少年たち。首から「ニグロ(黒人の蔑称)とは一緒に学校に行かない」というプラカードを下げている。(1956)


04(図4)
ゴードン・パークス、「ウィンドウ・ショッピングをする オリンダ・タナーと彼女の祖母 アラバマ州モービル」(1956)


05(図5)
ゴードン・パークス「デパートの黒人用入口 アラバマ州 モービル」(1956)


人種隔離政策が布かれていたアメリカ南部を捉えたゴードン・パークス(Gordon Parks, 1912-2006)のカラー写真は、黒人たちのおかれている状況を、鮮明に描き出しています。1950年代当時は、フォトジャーナリズムでは白黒写真が主流でしたが、カラー写真による描写は、奴隷制の後に長らく続いた人種隔離の状況が遠い過去のことではなく、現在と地続きのことであることを伝えています。(図4、5)これらの写真は、グラフ雑誌「LIFE」 1956年9月24日号で、“The Restrained: Open and Hidden”というフォトストーリーとして掲載され、近年は写真集『Segregation Story』(2014)としてまとめられるています。

06(図6)
レオナード・フリード「ノーベル平和賞を受賞後、凱旋パレードで歓待を受けるマーティン・ルーサー・キング・Jr . メリーランド州、ボルティモア」(1964)


公民権運動を記録した写真は映画の中に数多く挿入されていますが、(図6)は、1964年に当時史上最年少でノーベル平和賞を受賞したマーティン・ルーサー・キング・Jr .が、ボルティモアで帰国後の凱旋パレードで黒人市民から熱狂的な歓待を受ける場面を捉えており、苦闘の末に人種差別を禁じる公民権法が成立した時代を象徴する一枚と言えます。
車上で警護をする男性たちに囲まれながらも、なんとかキング牧師と握手をしたいと手を伸ばす黒人女性たちと、背後に居並ぶ白人警官が画面の中に捉えられており、黒人たちの熱狂と、それを見つめる白人の視線という関係の中に、当時の状況が凝縮されています。

雑誌や新聞のようなマスメディアで報道に用いられた写真だけではなく、私的な家族写真、司法写真、公民権運動が展開する以前の19世紀から20世紀初頭に撮影された写真も用いられています。中でも、強烈な印象を残すのが黒人奴隷をリンチして殺害し、その遺体を木の枝に吊るして、地域の白人たちがその様子を見世物のように楽しんでいる様子を捉えた写真です。20世紀初頭から数多く撮影されたこれらの残酷極まりない写真は、写真絵葉書として販売され、土産物のように扱われていました。これらの絵葉書を、骨董コレクターのジェームズ・アレン(James Allen)は蒐集し、写真集『Without Sancuary』としてまとめ、白人たちが繰り返し行っていた残虐行為を証しだてています。

07(図7)
写真集『Without Sanctuary』より リンチされ、木から吊るされた黒人の遺体(1930年)


監督のラウル・ペックが、ボールドウィンの遺族の協力を得て、何年もかけて調査を行って集めた資料や映像、写真は、映画の中で過去の出来事の記録としてだけではなく、現在をかたち作る「歴史」の相貌を浮き上がらせます。映画の終盤で、ボールドウィンは次のように語りかけます。

"History is not the past.
It is the present.
We carry our history with us.
We *are* our history.
If we pretend otherwise, we literally are criminals."

「歴史は過去ではない、現在だ。
我々は歴史を携えている、
我々こそが、歴史だからだ。
この事実を無視するのは、犯罪者であるに等しい。」

『私はあなたのニグロではない』は、アメリカでの人種差別の歴史を主題としていますが、人種差別に限らず、あらゆる差別や暴力がなぜ存在し、存続してきたのかということを、いま私たちが携えている「歴史」の視点から考える上でのヒントを得られる作品です。また、言葉や映像、写真が残されることの意義や、それらが再編纂されることで、そこから何を学ぶことができるか、ということにも想いを巡らせることができるでしょう。
こばやし みか

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。

●今日のお勧め作品は、普後均です。作家については飯沢耕太郎「日本の写真家たち」第9回をご覧ください。
20180525_bodybar4普後均
《〈肉体と鉄棒〉より 4》
2014年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
〜〜〜
群馬県高崎市のレーモンド建築ツアーを開催します
日時:2018年6月23日(土)13時高崎駅集合
inoue_house1952年竣工の旧井上房一郎邸
画像は高崎市役所ホームページより。
1961年竣工の群馬音楽センター、1991年開館の高崎市美術館を見学し、明治14年(1881年)創業の魚仲で会食懇談します。
講師:熊倉浩靖塚越潤(高崎市美術館館長)
詳しくは、メールにてお問い合わせください。

◆ときの忘れものは没後70年 松本竣介展を開催しています。
会期:2018年5月8日[火]―6月2日[土]
11:00-19:00  ※日・月・祝日休廊

ときの忘れものは生誕100年だった2012年に初めて「松本竣介展」を前期・後期にわけて開催しました。あれから6年、このたびは素描16点による「没後70年 松本竣介展」を開催します。
201804MATSUMOTO_DM

「没後70年 松本竣介展」出品作品を順次ご紹介します
1出品No.1)
松本竣介
《人物(M)》

1947年8月
わら半紙にペン、筆、インク
Image size: 22.0x15.0cm
Sheet size: 27.4x19.2cm
サインあり
※『松本竣介素描』(1977年、株式会社綜合工房)p.121所収


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

●本展の図録を刊行しました
MATSUMOTO_catalogue『没後70年 松本竣介展』
2018年
ときの忘れもの 刊行
B5判 24ページ 
テキスト:大谷省吾(東京国立近代美術館美術課長)
作品図版:16点
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
税込800円 ※送料別途250円



◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」第8回

小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」

第8回 Omiya Hachiman


01


02


夕暮れ時、ふと、リスを見つけた。
壁のなかから外を覗いている。
「きみは、いつからここにいるの?」
話しかけてみたくなる。

振り向けば、鳥かごの上に小さな鳥が一羽。
じっとしている。
しっかりと目が合う。
「どこから逃げてきたの?」
話しかけてみたくなる。

私は慎重にカメラにおさめて、歩きだす。
さっきまでとは、ずいぶん風景が違って感じられた。

--------

小林紀晴
《Omiya Hachiman 01》
《Omiya Hachiman 02》
共に2017年撮
ゼラチンシルバープリント
11x14inch
Ed.20

こばやし きせい

小林紀晴 Kisei KOBAYASHI(1968-)
1968年長野県生まれ。
東京工芸大学短期大学部写真科卒業。
新聞社カメラマンを経て、1991年よりフリーランスフォトグラファーとして独立。1997年に「ASIAN JAPANES」でデビュー。1997年「DAYS ASIA》で日本写真協会新人賞受賞。2000年12月 2002年1月、ニューヨーク滞在。現在、雑誌、広告、TVCF、小説執筆などボーダレスに活動中。写真集に、「homeland」、「Days New york」、「SUWA」、「はなはねに」などがある。他に、「ASIA ROAD」、「写真学生」、「父の感触」、「十七歳」など著書多数。

●今日のお勧め作品は、小林紀晴です。
20160819_kobayashi_10_work小林紀晴
〈ASIA ROAD〉より2
1995年  ヴィンテージC-print
Image size: 18.7x28.2cm
Sheet size: 25.3x30.3cm
サインあり

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

●メールを下さる皆様へ
作品の価格や、下記のような建築ツアー等へのお問い合せを日々いただくのですが(感謝!)、ご住所はともかくお名前すら書かれない方がしばしばおられます。それでも今まではお答えしていましたが、経験則に照らすとそういう方との商談等が進展してためしはありません。恐縮ですが、今後「名無し」のお問い合せにはお返事しませんのでどうぞご了解ください。
〜〜〜
群馬県高崎市のレーモンド建築ツアーを開催します
日時:2018年6月23日(土)13時高崎駅集合
inoue_house1952年竣工の旧井上房一郎邸
画像は高崎市役所ホームページより。
1961年竣工の群馬音楽センター、1991年開館の高崎市美術館を見学し、明治14年(1881年)創業の魚仲で会食懇談します。
講師:熊倉浩靖塚越潤(高崎市美術館館長)
※詳細は「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してメールにてお問い合わせください

◆ときの忘れものは没後70年 松本竣介展を開催しています。
会期:2018年5月8日[火]―6月2日[土]
11:00-19:00  ※日・月・祝日休廊

ときの忘れものは生誕100年だった2012年に初めて「松本竣介展」を前期・後期にわけて開催しました。あれから6年、このたびは素描16点による「没後70年 松本竣介展」を開催します。
201804MATSUMOTO_DM

「没後70年 松本竣介展」出品作品を順次ご紹介します
07出品No.19)
松本竣介
《作品》
(裏面にも作品あり)
1943年頃
紙にインク、鉛筆
Image size: 25.7x20.3cm
Sheet size: 27.0x22.2cm
※『松本竣介展』(2012年、ときの忘れもの)p.7所収 No.7


07_reverse(裏面)


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

●ときの忘れものブログに掲載した松本竣介の関連記事
2009年2月22日 瑛九展〜時を超えて/松本竣介
2012年8月3日 宮城県美術館他で「生誕100年 松本竣介展」
2012年8月24日 深野一朗のエッセイ「ヤノベさんと松本竣介」
2012年11月27日 「生誕100年 松本竣介展」世田谷美術館
2012年12月16日 松本竣介展カタログを制作しました
2012年12月17日 松本竣介の希少画集、限定本のご案内
2012年12月18日 松本竣介と瑛九
2012年12月23日 松本竣介の一点だけの版画
2013年1月18日 亭主の画商人生事始
2013年4月19日 松本竣介の誕生日です
2014年4月27日 ヨコハマトリエンナーレ2014に殿敷侃と松本竣介が選ばれました
2016年8月7日 上田浩司さん(MORIOKA第一画廊)逝く(阿部稔哉氏の文章を再録)
2016年9月20日 上田浩司さんを偲んで、ウォーホルのあるラーメン屋さん
2016年10月30日 中村光紀のエッセイ「追悼 企画展画廊を貫いた上田浩司さんのこと」
2016年11月7日 神奈川近美・鎌倉別館で「松本竣介 創造の原点」
2016年11月29日 喜夛孝臣のエッセイ「花束の如く美しく―<松本竣介と野田英夫―大川美術館収蔵品を中心に―>展を見て―
2016年11月30日 通りすぎるもの
2017年6月8日 松本竣介と野田英夫
2018年4月18日 4月19日は松本竣介の誕生日
2018年5月8日 今日から「没後70年 松本竣介展」、カタログ刊行しました
2018年5月12日 「没後70年 松本竣介展」開催中
2018年5月16日 松本竣介の画集、カタログ

植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」(2012年5月〜2013年7月まで連載)
第1回 盛岡市紺屋町界隈
第2回 こちらと向こう
第3回 建物の設計
第4回 背後の世界
(番外) 第4回の追記
第5回 建築という死と、生
第6回 建築という死と、生(承前)
第7回 ≪Y市の橋≫
第8回 巡回展が終わった
第9回 「残骸東京」
第10回 建物からの風景
第11回 『人間風景』から
第12回 「デッサン」と「エッセエ」
第13回 「デッサン」と「エッセエ」(承前)
第14回(最終回)「とりあえず一区切り」

●本展の図録を刊行しました
MATSUMOTO_catalogue『没後70年 松本竣介展』
2018年
ときの忘れもの 刊行
B5判 24ページ 
テキスト:大谷省吾(東京国立近代美術館美術課長)
作品図版:16点
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
税込800円 ※送料別途250円


◆小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」は毎月19日の更新です。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第64回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第64回

踊り子72dpi
(画像をクリックすると拡大します)

さっきからずっとこの写真を見つめては首を傾げている。いくら知恵を絞ってみても腑に落ちないのだ。
最初に視界に飛び込んでくるのはツバの広い夏帽子である。画面のなかでもっとも存在を主張しているのはこれで、引き下げられたツバが胸元から上を覆い隠している。被る部分が筒のように深くて”お化け帽子”と呼びたいような異様さを放っている。

次に目がいくのは水玉模様のエリアだが、これがどういうデザインの服なのかよくわからない。腰まで隠れるチュニック風のものなのか。半袖の下から伸びだした腕は肘のところで折られ、二本の指がツバの端をつまんで引っぱっている。もう一方の手はソファーの凹みに置かれ、と書きかかってどうもそれではどうも辻褄が合わないような気がした。掌が小さく、腕首のくびれや、指の曲がり具合や腕の感じが子どもの手のようで、ツバに添えられた手と対と見なすにはあまりに幼なすぎる感じがする。

合わないと言えば、シートの下に伸びた両脚もおかしい。甲の厚い足先に、しっかりと肉のついた太い脛と腿は、全体としてごつい印象があって大柄な女性を想像させる。ところが、その上の水玉エリアの印象はひどく華奢でちまちましていて、この上半身にこの両脚が生えているとはとても思えないのだ。

このアンバランスさが連想させたのは、膝の上に水玉模様のワンピースを着た少女をのせている、というものだった。少女の顔を自分のほうにむけて横抱きにし、寝入ってしまった彼女を帽子のツバでかばってやっている、そんなシーンをお思い浮かべた。
だが、よく見ればそれは理屈にあわない想像である。水玉模様のエリアに少女の体を感じさせる膨らみも立体感もないし、腕や足がどこにあるかもわからない。ただぽっと浮かんだだけの実体のないイメージにすぎなかった。それでも一度、生まれてしまったイメージは簡単には消えてくれず、水玉模様の下にやせっぽちのちいさな体が潜んでいるように思えてならない。

どこかで勘違いを起こしたのだ。そう考えて写真から身を引き、距離を置いて眺め直した。今度は帽子からではなく、足先からはじめてだんだんと視線を上げていき、腿にたどりついたとたとき、あれっと思った。それから先がないのである。まるでソファーの凹みに吸い込まれてしまったように腿から上が消えてしまっている。

そんな奇妙なことがあるはずがない。きっとなにかを見落としているのだ。水玉模様のエリアとつながる鍵がどこかにあるのに、気がつかずに「消えた」と結論づけているのだ。

これはひとりの女性像なのだからそう思って見なさい。自分にそのように暗示をかけ、イメージを捨てて頭を初期化し、全体をつかもうと試みた。ところが、うまくいきそうになったところで、帽子や腕や水玉模様などのパーツが目の端にひっかってくる。すると、まとまりかかっていた像はバラバラと壊れて元の木阿弥になってしまった。なんどやってもどうどう巡りで思う姿にたどりつけない。巧みな詐欺師のようである。

大竹昭子(おおたけあきこ)

■橋本とし子 Toshiko HASHIMOTO
1972年栃木県生まれ。高校生の時父親の二眼レフを譲り受けて写真を撮り始める。大学卒業後写真を学ぶ。プロラボ、新聞社に勤務後、フリー。以来、身辺の情景や旅をテーマに、雑誌・個展等で作品を発表している。2017年よりギャラリー・ニエプスに参加。現在、夫と10歳と2歳になる子ども、猫と暮らす。
個展:「愛すべきものたち」栃木 オランダ館(1998年)、「ニャーとシャー」根津 nomado/谷中 nido(2005年)「フシーチコナイ・フバヴォ」スライド上映会 結城 la famile/宇都宮 タフドア/谷中 nido(2007年)、「キチムは夜に飛ぶ」東京 四谷三丁目 ギャラリー・ニエプス(2017年)
グループ展:「18R Sound X Visual」拝島劇場(2008年)、「LOVE CAT」展 浅草 PIPPO(2009年)

●写真集のご紹介
上掲の写真作品は、5月15日(火)に発売される橋本とし子さんの写真集『キチムは夜に飛ぶ』に収録されています。

橋本とし子写真集
『キチムは夜に飛ぶ』

88頁 A4 並製本
著者:橋本とし子
企画・デザイン:長尾 敦子(BookPhotoPRESS)
印刷:渡辺美術印刷株式会社
発行:ふげん社
3,700円(税別)
※5月15日(火)発売

「キチム、キチム、キチムは よるに とぶ」 
夢と現実が交錯する2歳の長女が、あるとき口ずさんだ。
キ、チ、ム。
耳慣れない響き。まるで呪文のようだ。
「きちむ」は「吉夢」。
「縁起の良い夢」「幸先の良い夢」という意味があることを後に知った。
この言葉を当時の彼女が知る由も無く、突然口にしたこの言葉が、
未来のお告げのように、朧げだけれど確かな明かりに見えた。
吉夢のイメージは、
毎日繰り返される日常、時に味わう非日常の断片をすくい続ける。
これまでもこれからも。
私は何を見るのだろう。
ふげん社HPより転載)

●展覧会のご紹介
橋本とし子写真集刊行記念展「キチムは夜に飛ぶ」
2018年5月15日(火)〜5月26日(土)
火〜金:12:00〜19:00/土:12:00〜17:00
日・月休廊
会場:コミュニケーションギャラリーふげん社
   〒104-0045 東京都中央区築地1-8-4 築地ガーデンビル 2F
   TEL:03-6264-3665
このたび、橋本とし子写真集『キチムは夜に飛ぶ』を5月15日に刊行いたします。
夫と娘二人、猫と暮らす作家が、夢と現実が交錯する摩訶不思議でユーモラスな世界を、情感豊かに捉えました。
妻として、母として、写真家として葛藤を抱える日々で、「夢」は幸せの象徴でもありました。
思考の枠を解き放つ「吉夢」の豊穣な世界を、ご堪能ください。
発売にあわせ、刊行記念写真展を5/15(火)〜26日(土)に開催いたします。リニューアルを経たギャラリーの展覧会第一弾となります。
みなさまのご来場を心よりお待ちしております。
ふげん社HPより転載)

◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12
ときの忘れもの
blogランキング

ギャラリー&編集事務所「ときの忘れもの」は建築家をはじめ近現代の作家の写真、版画、油彩、ドローイング等を扱っています。またオリジナル版画のエディション、美術書・画集・図録等の編集も行なっています。
ときの忘れもの
ホームページはこちら
Archives
Categories
最新コメント
記事検索
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ