写真

新連載・小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」 第1回

新連載・小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」

 今月から新たな連載を始めせていただくことになりました。東京でネイチャーを撮ろうと思っています。私はずっと以前からネイチャー、あるいはネイチャー写真という存在が不思議でなりませんでした。どこまでがネイチャー写真で、どこからそうでなくなるのか。その境界や定義はどこにあるのか・・・・。
 一般的にネイチャー写真とは自然の中で動植物の姿や、生態を撮ったものをさすはずです。そのことにもちろん異論はないのですが、都市にもネイチャーは存在するはずだ、という思いが以前からありました。どれほど人工物に満たされていようが太陽の光で足元の植物を撮ることは、自然の力によって撮っていることに他ならないからです。
 そんな思いから、現在進行形でフィルムカメラを用いて、写真を撮っていこうと思っています。実験的な行為なのかもしれません。どこへ向かうのか、どこへたどり着くのか・・・・私にもわかりません。


第1回 KUGAYAMA

写真コンテストの審査員をさせていただく機会が、ときどきある。
なぜか畑違いのネイチャー写真部門の審査を担当という場面もあって、戸惑うことがある。

ネイチャーってそもそも、なに?
都会の路上にあったら、それはネイチャーじゃなくなるの?

そんな疑問を自分にぶつけてみる。
おそらく、東京にもネイチャーはいっぱいある。

kugayama 01


kugayama 02
小林紀晴
《kugayama 01》
《kugayama 02》
共に2017年撮
ゼラチンシルバープリント
16x20inch
Ed.20

こばやし きせい

●展覧会のご紹介
20170919_小林紀晴


20170919_小林紀晴_裏

「鶴田真由 小林紀晴 写真展 Silence of India」
●ニコンプラザ大阪 THE GALLERY
会期:2017年10月26日[木]〜11月8日[水]
時間:10:30〜18:30 ※最終日は15:00まで
休館:日曜
〜〜〜〜〜〜
■『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』を刊行しました。
瀧口修造展 I』、『瀧口修造展 II』よりページ数も増えました。
2017年10月末までにお申し込みいただいた方には特別価格:2,500円(税、送料サービス)でおわけします。メールにてお申し込みください。請求書を同封して代金後払いで発送します。
E-mail. info@tokinowasuremono.com

TAKIGUCHI_3-4『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』
2017年
ときの忘れもの 発行
92ページ  21.5x15.2cm
テキスト:瀧口修造(再録)、土渕信彦、工藤香澄
ハードカバー  英文併記
デザイン:北澤敏彦
掲載図版:65点
通常価格:2,500円(税別)、送料250円

刊行を記念して◎10月27日(金)18時〜中尾拓哉さんによるギャラリートーク<マルセル・デュシャン、語録とチェス>を開催します。
*要予約:参加費1,000円
生誕130年、レディメイド登場100年! 現代美術の父マルセル・デュシャンの制作論における秘密を、チェスを手がかりに精緻に読み解いた力作『マルセル・デュシャンとチェス』の著者中尾拓哉さんを講師に迎えます。

中尾拓哉(なかお・たくや)
美術評論家。1981年生まれ。多摩美術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。博士(芸術)。2014年に論考「造形、その消失において――マルセル・デュシャンのチェスをたよりに」で『美術手帖』通巻1000号記念第15回芸術評論募集佳作入選。単著に『マルセル・デュシャンとチェス』(平凡社、2017年)。

◆ときの忘れものは「安藤忠雄展 ドローイングと版画」を開催しています。
会期:2017年9月26日[火]〜10月21日[土] 11:00〜18:00 ※日・月・祝日休廊
201709_ando

●六本木の国立新美術館で「安藤忠雄展―挑戦―」が開催されています。
会期:2017年9月27日[水]〜12月18日[月]
オープニングのレポートはコチラをご覧ください。

この秋のイベントのご案内
10月31日(火)16時〜「細江英公写真展」オープニング
細江先生を囲んでのレセプションはどなたでも参加できます。

11月8日(水)18時飯沢耕太郎ギャラリートーク<細江英公の世界(仮)
*要予約:参加費1,000円

11月16日(木)18時より 植田実・今村創平トーク<ジャパンネスのこと、都市住宅のこと>
現在フランスで開催中の<ポンピドーセンター・メス「ジャパン・ネス 1945年以降の日本における建築と都市」の報告をするとともに、建築展覧会のあり方、建築の表現についてお話をします。また、同展にてフォーカスされた建築雑誌『都市住宅』について、同展での展示の狙いなど、同誌の元編集長植田実さんとお話しします。(今村創平)
*要予約:参加費1,000円

ギャラリートークへの参加希望は、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。twitterやfacebookのメッセージでは受け付けておりません。当方からの「予約受付」の返信を以ってご予約完了となりますので、返信が無い場合は恐れ入りますがご連絡ください。
E-mail: info@tokinowasuremono.com

●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。
 ・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・関根伸夫のエッセイ「〈発想〉について[再録]」は毎月12日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は毎月17日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は終了し、10月から新たな連載「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」が始まります。毎月19日の更新です。
 ・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は終了しました。
 ・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は終了しました。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は終了しました。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は終了しました。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は終了しました。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。
 ・光嶋裕介のエッセイ「和紙に挑む」は終了しました。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました(時々番外編あり)。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第57回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第57回

1500
(画像をクリックすると拡大します)

ふたりが座しているのは、食卓である。
手前に急須と湯吞みが、むかって左奥に蓋付きの容器が、その背後にはラジカセが見える。

このように食卓についている人が正面きってカメラを見つめることは、日常ではまずないだろう。記念撮影の場に食卓が選ばれることはめずらしく、もしシャッターを切るとしても笑ったり、おしゃべりしているスナップになるだろう。構えて撮るのには食卓はあまりに日常的すぎるのだ。
そのミスマッチが、写真に異様な雰囲気をもたらしている。

いや、そのこと以上に非日常感を際立たせているのは、言うまでもなく、ふたりの女性が服をまとわず、裸をさらしていることだろう。
ふたりは母と娘のようだ。顔もさることながら、首から肩や胸にかけての体つきがそっくりである。顔は化粧でどうにでもなるが、骨格は変えられないし、乳房や乳輪のかたちも親から子へと引き継がれるものの典型である。
そうしたディテールの総体が、ふたりの肉体の構えに、赤の他人とは思わせない類似した表情をもたらしている。

服を着ていても異様な構図なのに、ましてや裸体となれば、二重の意味で見る者の日常にくいこんでくる。気の弱い男性なら、ちょっとひるむかもしれない。
娘のほうは髪の毛を剃って坊主にしている。ぶかっとしたワークシャツを着ていたら、男の子と思ってもおかしくないだろう。乳房があらわなゆえに、女性とわかるわけで、髪型は性別を見分けるには役立たず、衣服でつねに隠されている乳房と性器だけがそれを可能にする、という当たり前の事実に改めて思い至る。

テーブルの横には食器棚があり、扉の開け閉てがかろうじて出来るくらいにぎっしりと皿やグラスが詰め込まれている。それに並んで冷蔵庫が立っているが、こちらのドアにはお知らせや領収証のたぐいがびらびらと張られてにぎにぎしい。窓を覆っているカーテンも、チェックの柄が細かく、狭くて雑然とした空間を想像させる。

日常とは、このようにごちゃごちゃした未整理な空間で、行き当たりばったりに、出たとこ勝負で進んでいくものである。水の流れに似て、流れているかぎりはディテールも内実も意識されないのがふつうなのだ。

そうした日常の対極にある価値を、正面切った一対の裸体は屹立させる。あたかも人工のせせらぎに巨大な岩が投げ込まれたように、狭い空間のなかに始原を立ち上がらせ、意味を超えた何ものかをつきつけてくる。

大竹昭子(おおたけあきこ)

〜〜〜〜
●紹介作品データ:
長島有里枝
《Self-Portrait (Mother #24)》
From the series Self-Portrait
1993年
ゼラチン・シルバー・プリント
38.7x58.0cm
東京都写真美術館蔵

■長島有里枝 Yurie NAGASHIMA
1973年、東京都中野区生まれ。1995年、武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業。1999年、カリフォルニア芸術大学にてMaster of Fine Arts取得。1993年、家族とのポートレイトで「アーバナート#2」展パルコ賞を受賞しデビュー。2001年、写真集『PASTIME PARADISE』(マドラ出版、2000年)で、第26回木村伊兵衛賞受賞。2010年、エッセイ集『背中の記憶』(講談社、2009年)で第26回講談社エッセイ賞受賞。主な写真集に『YURIE NAGASHIMA』(風雅書房、1995年)、『empty white room』(リトルモア、1995年)、『家族』(光琳社出版、1998年)、『not six』(スイッチパブリッシング、2004年)、『SWISS』(赤々舎、2010年)、『5 Comes After 6』(マッチアンドカンパニー、2014年)など。

●展覧会のご紹介
東京都写真美術館で、「長島有里枝 そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」が開催されています。

「長島有里枝 そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」
会期:2017年9月30日[土]〜11月26日[日]
会場:東京都写真美術館
時間:10:00〜18:00(木・金曜は20:00まで)※入館は閉館の30分前まで
休館:月曜 ※ただし10月9日(月・祝)は開館、10日(火)休館

東京都写真美術館は長島有里枝の個展を開催します。デビュー以来、長島は社会における「家族」や「女性」のあり方への違和感を作品で問い続けてきました。ラディカルさとしなやかさをあわせ持つ、パーソナルな視点にもとづいた長島の表現は、若い世代を中心に支持され、国際的にも評価が高まっています。
長島は武蔵野美術大学在学中の1993年、家族とヌードで撮影したセルフ・ポートレイトで「アーバナート#2」展パルコ賞を受賞し、一躍注目を集めました。2001年には、写真集『PASTIME PARADISE』で第26回木村伊兵衛写真賞を受賞。近年では、自身の幼少期をモチーフにした短編集『背中の記憶』で、2010年に第26回講談社エッセイ賞を受賞するなど、写真以外にも活動の幅を広げています。
公立美術館で初めての個展となる本展では、初期を代表する〈セルフ・ポートレイト〉や〈家族〉、90年代のユースカルチャーを切り取った〈empty white room〉のシリーズに始まり、アメリカ留学中の作品、2007年にスイスのアーティスト・イン・レジデンスで滞在制作をした植物の連作、女性のライフコースに焦点を当てた新作までを一堂に展示します。
デビューから四半世紀近くが経ち、共同制作など新しい試みも取り入れながら、長島の表現はさらなる広がりを見せつつあります。本展では、作家の「今」が色濃く反映された現在の作品とともに、これまでの歩みを振り返り、パーソナルかつポリティカルな視点にもとづく写真表現の可能性を探ります。(東京都写真美術館HPより転載)

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


◆ときの忘れものは「安藤忠雄展 ドローイングと版画」を開催しています。
会期:2017年9月26日[火]〜10月21日[土] 11:00〜18:00 ※日・月・祝日休廊
本日10月1日(日)と明日2日(月)は休廊です。

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●六本木の国立新美術館で「安藤忠雄展―挑戦―」が開催されています。
本日10月1日(日)は夜22:00まで開館しています。
会期:2017年9月27日[水]〜12月18日[月]

『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』刊行記念ギャラリートークのご案内
日時:2017年10月27日(金)18時
講師とテーマ:中尾拓哉<マルセル・デュシャン、語録とチェス>
*要予約:参加費1,000円
必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。定員(20名)に達し次第、締切ります。
E-mail. info@tokinowasuremono.com

●埼玉県立近代美術館で15年ぶりとなる「駒井哲郎 夢の散策者」展が開催されています。
会期:2017年9月12日[火]〜10月9日[月・祝]
ときの忘れものも出品協力しています。企画を担当された吉岡知子さん(同館学芸員)に<企画展「駒井哲郎 夢の散策者」に寄せて―武田光司氏のコレクション>をご寄稿いただきました。
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●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。
 ・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・関根伸夫のエッセイ「〈発想〉について[再録]」は毎月12日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は毎月17日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
 ・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。
 ・九曜明のエッセイ「植田実と本」[再録]は毎月23日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
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 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は終了しました。
 ・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は終了しました。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は終了しました。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は終了しました。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は終了しました。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。
 ・光嶋裕介のエッセイ「和紙に挑む」は終了しました。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました(時々番外編あり)。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。


小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第19回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第19回

『アライバル』ショーン・タン(2011)

01(図1)
ショーン・タン
『アライバル』表紙


今回紹介するのは、オーストラリアの絵本作家ショーン・タン(Shaun Tan, 1974-)の絵本『アライバル』(河出書房新社、2011年 原著はThe Arrival,2006年刊行)です。物語は、家族を残して船に乗って異国に渡った男性が仮住まいを得て、自分と同様にさまざまな経緯を経て移民してきた人たちに巡り会ってその人達の体験談を聞き、徐々に生活の基盤を築き、最後には家族を呼び寄せる過程を描いています。日本語のタイトルを『アライバル』とカタカナのままにしているのは、到着、出現、誕生、新参者という複数の意味合いを持つ「arrival」という言葉を一つの意味に限定しないような意図が含まれています。古い革張りの写真アルバムを彷彿させるような装丁で、タイトル以外にはまったく文章はなく、ページがコマ割りで分割され、そのシークエンスによって物語が綴られており、絵本というよりも、グラフィック・ノベルと呼ぶべきスタイルをとっています。
セピア色がかったモノクロームのイラストレーションは、細部にいたるまで緻密に描かれており、一つ一つの画面が写真や映画、絵画に描かれてきた場面を連想させます。ページによっては、写真がアルバムに貼りつけられ、その写真に折れ目が入ったり、汚れていたり、しみがついているように描かれている箇所もあります。そのために、描かれている光景やさまざまなもの――建造物や乗物、動物など――は実在しないものでありながら、ファンタジーの中にのみ存在するものというよりも、現実の世界で実際に起きた事柄とどこかでつながっているようなリアリティを帯びています。
ショーン・タンは、マレーシアから移住してきた父親を持ち、「移民」というテーマは自らの出自に深く関わっており、『アライバル』は彼自身のルーツに関わる歴史への探求と想像力が結実した作品と言えます。およそ4年間を要したこの作品の制作期間において、実際に構想を練って描くという段階に先立ち、また並行する形で入念に行われたリサーチ――美術館や図書館、博物館での資料調査、実際に移民の人々の体験談を聴くこと――が重要な位置を占めています。あとがきのなかでも言及されていることですが、移民を乗せた船の情景を描いた場面(図2)は、オーストラリアに移民する人たちを乗せた蒸気船のデッキの光景を描いたトム・ロバーツの絵画作品「Coming South」(図3)への敬意を込めて描かれています。また、主人公の男性が知り合った移民の女性が、劣悪な環境の工場で労働を強いられた過去を振り返る場面(図4)は、ギュスターヴ・ドレの『ロンドン巡礼(Over London by Rail)』(1872)(図5)が参照されています。

02(図2)
『アライバル』より
移民達を乗せた船


03(図3)
トム・ロバーツ
「Coming South」(1886)


04(図4)
『アライバル』より
女性が工場で働く場面


05(図5)
ギュスターヴ・ドレ
『ロンドン巡礼(Over London by Rail)』(1872)


このように、ショーン・タンはさまざまな歴史的な絵画作品を参照することで、物語のなかに厚みのある時空をたくし込み、移民の歴史を具体的に、一つの地域に限定されることのない普遍的な営みとして描き出しています。
先ほどにも述べたように『アライバル』は、古い革張りのアルバムを模した装丁が施されており、描かれている場面がページに貼られた写真のように描かれているものもあります。また、ストーリーを構成する軸として二種類の写真が重要なモチーフとして扱われています。その一つは、主人公の家族写真です。彼は、家族の元を離れる際に、小さな額に収まった家族写真をトランクの中に仕舞い込み(図6)、長い船旅の船室の中で眺め、入国審査の際にはその係員にその写真を見せ、辿り着いた仮住まいの部屋の壁に写真をかけて眺めます(図7)。新天地に渡り、そこで生きることになった男性の心のよりどころとして家族写真は繰り返しストーリーの中に繰り返し登場します。ストーリーの終盤では男性が妻子を呼び寄せて、家族揃って暮らすようになった部屋の飾り棚に家族写真が飾られ、家族としての再出発を印象づけています(図8)。

06(図6)
『アライバル』より
旅立ちのための荷造り


07(図7)
『アライバル』より
家族写真を眺める


08(図8)
『アライバル』より
家族の団欒


主人公がストーリーの最初から最後まで携え、大事にしている家族写真に加えて、途中で手に入れるのが証明写真です。彼は、入国審査で身体検査を受け、面接を経て、身分証明書を手にします(図9)。彼が見知らぬ街を歩く中で巡り会った女性に身分証明書を差し出して自己紹介をすると、彼女もまた自分の身分証明書を取り出して、移民してくるまでの身の上話を語り出します。(図10)彼らの身分証明書に貼られた証明写真を元にして、絵本の見返しには、年齢や性別、国籍や人種もさまざまな人物の顔が並べられるように描かれています(図11)。描かれている顔(図12) (図14)の中には、20世紀初頭にアメリカ合衆国移民局があったエリス島で写真家のルイス・W・ハインが撮影した写真(図13)(図15)を元にして描かれたと思しき人物を見て取ることができます。

09(図9)
『アライバル』より
入国審査


10(図10)
『アライバル』より
身分証明書を見せ合う


11(図11)
『アライバル』見返し


12(図12)
『アライバル』見返し 部分


13(図13)
ルイス・W・ハイン
「ロシア系ユダヤ人の女性 エリス島」(1905)


14(図14)
『アライバル』見返し 部分


15(図15)
ルイス・W・ハイン
「イタリアから来た少女 エリス島」


ショーン・タンは歴史的な絵画作品のみならず、このような記録写真をも参照しながらアレンジを加えることによって、史実をファンタジーの時空に融合させるような試みをしており、彼の紡ぎ出す物語の中で、過去にさまざまな画家が描いた絵画や、写真家の捉えた場面がモンタージュのように相互につながり合い、新たに解釈が加えられているのです。また、家族写真や証明写真のように、人々の生活の記録やアイデンティティに結びついた写真が軸になることによって、ストーリーが普遍性を獲得しているとも言えるでしょう。移民や難民が、政治や社会に密接に結びついた問題として取り上げられることが多い昨今こそ、歴史と芸術、記録が詩的な方法で結びついて出来上がった本作は、訴求力を持った意義深いものだと言えるでしょう。
こばやし みか

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。

●今日のお勧め作品は、ジャン=ウジェーヌ・アジェです。
20170925_atget_02ジャン=ウジェーヌ・アジェ
《サント・フォア通り24-26番地》
ゼラチンシルバープリント
Image size: 17.5x23.0cm
Sheet size: 17.5x23.0cm
*ピエール・ガスマンによるプリント


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆ときの忘れものは「安藤忠雄展 ドローイングと版画」を開催します。
会期:2017年9月26日[火]〜10月21日[土] 11:00〜18:00 ※日・月・祝日休廊
201709_ando

●六本木の国立新美術館で「安藤忠雄展―挑戦―」が開催されます。
会期:2017年9月27日[水]〜12月18日[月]

●埼玉県立近代美術館で15年ぶりとなる「駒井哲郎 夢の散策者」展が開催されています。
会期:2017年9月12日[火]〜10月9日[月・祝]
ときの忘れものも出品協力しています。企画を担当された吉岡知子さん(同館学芸員)に<企画展「駒井哲郎 夢の散策者」に寄せて―武田光司氏のコレクション>をご寄稿いただきました。
20170911_駒井哲郎_裏


●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。
 ・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・関根伸夫のエッセイ「〈発想〉について[再録]」は毎月12日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は毎月17日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
 ・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。
 ・九曜明のエッセイ「植田実と本」[再録]は毎月23日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は終了しました。
 ・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は終了しました。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は終了しました。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は終了しました。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は終了しました。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。
 ・光嶋裕介のエッセイ「和紙に挑む」は終了しました。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました(時々番外編あり)。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

小林紀晴のエッセイ「山の記憶」 第18回(最終回)

小林紀晴のエッセイ「山の記憶」 第18回(最終回)

最終回

 改めて、なぜ自分は冬枯れした山や植物に惹かれるのかを考えてみる。連載の第一回で「私は冬の山が好きで嫌いだ」と書いたがその思いに嘘はなく、今もその感覚を抱き続けている。きっとこの先、年齢を重ねても同じだろう。
 一方で、頭の片隅では真逆の季節のことをちらほらと考えているのも事実だ。何故なら、冬枯れした植物のあの絡みつきや、薮といったものは夏の間に形成されるからだ。
 実はまだ一度も発表したことはないのだが、一時、同じ場所で夏の山も撮っていた。まさに盛夏という季節に発情するがごとく木々に絡みつく夏草の葉やツルといったものを。
 それらは巨大な木々を縛り上げるかのようで、どこかエロティックでもある。夏が過ぎれば、絡みつく夏草は次第にその力を失い、死へ向かう。そして抜け殻のように力尽きた残骸。
 ここには明らかに対極がある。コントラストがある。だからこそ、お互いが輝くのか。存在に意味を見つけることができるのか・・・・そんなことを改めて考えていた。
 エロティシズムとタナトス。
 このふたつの言葉にやはり行き着くのか。
 使い古されたほどに、これらの言葉は同時に用いられることが多いが、やはり真理があるからだろう。私は冬枯れした森を歩きながら、この二つのことを無意識のうちに感じていたのだろうか。だから「好きで嫌い」なのだろうか。
 同じく連載の第一回で「端的にいえば、死の匂いということになる」と記したことを思い出す。

01小林紀晴
「Winter 15」
2015年撮影
ゼラチンシルバープリント
16x20inch
Ed.20


 この連載も18回目となります。一度だけ休載させていただいたので、1年と7ヶ月ほどの間、お付き合いいただきました。今回でこの「山の記憶」の連載は終了とさせていただきます。長い間、ありがとうございます。読んでいただいた方々にはこの場をお借りして、お礼申し上げます。
 来月から、新たに写真をメインとした東京の植物の連載をやらせていただきます。果たして山の植物ではなく、都会の植物とは・・・・・。
こばやし きせい

●展覧会のご紹介
20170919_小林紀晴


20170919_小林紀晴_裏

「鶴田真由 小林紀晴 写真展 Silence of India」
●ニコンプラザ新宿 THE GALLERY 1+2
会期:2017年9月26日[火]〜10月16日[月]
時間:10:30〜18:30 ※最終日は15:00まで
休館:日曜

●ニコンプラザ大阪 THE GALLERY
会期:2017年10月26日[木]〜11月8日[水]
時間:10:30〜18:30 ※最終日は15:00まで
休館:日曜

小林紀晴 Kisei KOBAYASHI(1968-)
1968年長野県生まれ。
東京工芸大学短期大学部写真科卒業。
新聞社カメラマンを経て、1991年よりフリーランスフォトグラファーとして独立。1997年に「ASIAN JAPANES」でデビュー。1997年「DAYS ASIA》で日本写真協会新人賞受賞。2000年12月 2002年1月、ニューヨーク滞在。
雑誌、広告、TVCF、小説執筆などボーダレスに活動中。写真集に、「homeland」、「Days New york」、「SUWA」、「はなはねに」などがある。他に、「ASIA ROAD」、「写真学生」、「父の感触」、「十七歳」など著書多数。

●本日のお勧め作品は、ロベール・ドアノーです。
20170910_doisneau_06_Un-regard-obliqueロベール・ドアノー
"Un regard oblique"
斜めの視線
1948年撮影(1978年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:33.5x37.7cm
シートサイズ:50.7x60.8cm


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

埼玉県立近代美術館では15年ぶりとなる「駒井哲郎 夢の散策者」展が開催されています。
会期:2017年9月12日[火]〜10月9日[月・祝]
企画を担当された吉岡知子さん(同館学芸員)のエッセイ<企画展「駒井哲郎 夢の散策者」に寄せて―武田光司氏のコレクション>をお読みください。

●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
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大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第56回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第56回

01_1500
(画像をクリックすると拡大します)

上野公園でときどき餌をあげていたカラスたちが、上空を追いかけて千駄ヶ谷にある家をつきとめ、以来、上野の森から通ってきては、ベランダで羽をばさつかせて餌をねだるようになったーーー。

この話を人から聞いたとき、カラスの観察力、思考力、記憶力に舌を巻いた。それらをフル稼働して彼らが日々溜め込むものは、すべてこの世で生きながらえるために費やされる。人間のように使わずにただしまっておくだけのものはない。知恵とは本来そういうものなのだろう。

ここに一羽のカラスがいる。頭の毛と胴体の羽の部分がつながらないほどからだが細いが、ただ、痩せているだけなのか。カラスも痩せるとこんな姿になるのか。唯一、カラスらしさを感じさせるのは足。精悍で、野卑で、獰猛な印象の鉤爪をクルマの屋根に載せている。ぴかぴか光る車体に爪が反射し、影が円弧を描いて一瞬、金属の部品がついているのかと思った。

カラスの前には男がいる。イグサで編んだ帽子を被り、メガネをかけ、首を右に傾けて唇をつきだしている。カラスは髭におおわれたその口にくちばしを突っ込んでいる。男がくれとおねだりしてたものを、カラスから口移しに受け取っているかのようだ。でも、本当は逆だろう。男の口のなかにはカラスの好物が入っている。それをカラスはくちばしでつまみ出そうとしているのだ。そのように口移しに物をあげるのは男の習慣で、彼が口を突き出したらどうすればいいかをカラスはよくわかっている。これぞ、生きものの知恵である。

カラスに餌を上げるとしても、やり方はいろいろあるだろう。皿に載せてもいいし、ただ地面に置いてもいいし、掌に載せてやってもよい。ところが、この男はそのどれもとらずに、口からあげるやり方を選んだのだ。あいだに何も介さずに、口と口を直結させて食べ物をカラスのからだに送り込む、その束の間の一体感を味わうために。

人間の口とカラスの口を比較して、どちらが無防備かと言えば、人間の口に決まっている。われわれのやわな口蓋に、カラスのあの黒々したくちばしを本気で突っ込まれたらひとたまりもない。その弱い部分を相手に差し出し、男は契りを乞いたかったのだろう。オレはこれほどオマエを信じているんだよ、と。

カラスも男にすっかりなついて信頼している様子である。瀕死の状態で路上に落下していたのを助けられたのかもしれないし、翼が折れていて飛べなくなり大空に帰ることが出来ないのかもしれない。ともあれ、カラスには男になつかずにはいられない事情があったのだ。この男についていけば生きられると直感したのだ。

思うに、男のほうにも似たような事情があったのではないか。だれかになつかずにはいられない。でも、人間が相手だとどうもなつけない。そんな鬱屈に浸り込んでいたときに、傷ついたカラスに遭遇したのである。弱った者同士がともに支え、求めあう関係。話す言葉がちがうから、齟齬も生じないし、喧嘩にもならない。わかり合えるような合えないような曖昧さが救いなのである。

大竹昭子(おおたけあきこ)

〜〜〜〜
●紹介作品データ:
梁丞佑
〈人〉より
2003年撮影(2017年プリント)
ゼラチンシルバープリント
Image size: 21.0x32.5cm
Sheet size: 11x14inch
Ed.5
サインあり

■梁丞佑 YANG Seung-Woo
韓国出身。
1996 来日
2000 日本写真芸術専門学校卒業
2004 東京工芸大学芸術学部写真学科卒業
2006 東京工芸大学大学院芸術学研究科メディアアート修了
主な出版物:『君はあっちがわ僕はこっちがわ』(2006、新風舍)、『君はあっちがわ僕はこっちがわ2』(2012、禪POTOギャラリー)、『青春吉日』(2012、禪POTOギャラリー)
主な個展:「外道人生」(2004、東京工芸大学芸術情報館ギャラリー・中野)、「君はあっちがわ僕はこっちがわ」(2005、JCII日本カメラ博物館・千代田区一番町)、「だるまさんが転んだ」(2006、銀座ニコンサロン)、「LOST CHILD」(2007、企画展ギャラリーニエプス・四谷三丁目)、「LOST CHILD 2」(2008、アルバカーキ)

●写真集のご紹介
禅フォトギャラリーから、写真集『人』が刊行されました。上掲の作品も収録されています。

梁丞佑写真集『人』
2017年
禅フォトギャラリー 発行
112ページ
21.0x29.7cm
ソフトカバー

社会からはみ出した他人同士が寿町では家族のように付き合っている姿がここにある。前回の写真集『新宿迷子』同様に梁丞佑の丁寧な付き合いが彼らとの関係を築き、信頼を得た。2002年から最近までレンズを向け続けた情熱と鋭い問題意識に目を見張らされる。
―大石芳野(写真家)

神奈川県横浜市寿町。
横浜中華街から10分ほど歩いた所に存在する。
最初は話に聞いて何の気なしに訪れた。
いろんな国の言葉が聞こえ、さらに私が思っている日本像とはあまりに違う街の様子に「ここは日本ではない」と感じた。
撮りたいと強く思い、この街に通いつめるわけだが、しばらくは「ただ、見ていた」。隠し撮りをするという方法もあったのだが、それではなんだか気がとがめ、彼らと交わりたいと思った。
とりあえず、道に座って酒を飲んでみた。
彼らは私が煙草の吸殻を灰皿に捨てたら「変な奴だ」と言った。言葉も乱暴。しかし「分け合う」ことを知っていた。生活は貧しくても心は豊かであるように感じた。
こうして彼らと過ごす事3ヶ月。やっと、私に1人が聞いた。
「お前は何をやっている人間なんだ」と。
仕事もせずに日がな一日道に座っている事を、やっと奇妙に思ってくれたのだ。
満を持して私は言った。
「写真しています」と。そこから私の撮影が始まった。
ぎりぎりで、這いつくばるような、そうかと思えば、すでに全てを超え浮遊しているような、悲しさや寂しさ辛さとともに、幸せも楽しみも、悪意も善意も。
手に取るように感じられた。
「人が生きるということは…」
そう問われているように感じた。
ある日、コインランドリーの入り口で雨宿りをしていた一人の中年男性がいた。血だらけだった。「どうしたの?」と聞いたら、その男性は私の目を見て、
「だるまさんが転んだ…」とだけ繰り返した。温かいお茶を差し出したら、
「ありがとう」と言って、ただ握っていた。私がいるときには、飲まなかった。
日本には「だるまさんが転んだ」という遊びがある。
鬼が「だるまさんが転んだ」といって振り返ると、鬼に向かって近づいて来ていた人達は、動きを止める。もし動いている事がばれると、自分もまた鬼になる。
オレに構うな。
「だるまさんが転んだ」
もしかするとそういう事だったのかもしれないと今になって思う。
2017年現在、寿町は他のドヤ街と同じく以前の姿は消え、高齢化が進み、街の「境界」は曖昧になり他の街となじみつつある。

これらの写真は、2002年から2017年まで寿町で撮影したものです。
―梁丞佑
禅フォトギャラリーHPより転載)

◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

●今日のお勧め作品は、クリストです。
Christo_02 (2)クリスト
《包まれた木馬》
1963-2000
ドローイング、コラージュ
Image size: 20.3x20.3cm
Frame size: 35.2x35.2cm
Signed


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森本悟郎のエッセイ「その後」第41回

森本悟郎のエッセイ その後

第41回 中平卓馬(1938〜2015)(3) 「日常 ─中平卓馬の現在─」展


《昭和五十二年九月中頃、(中略)急性アルコール中毒症と言う忌まわしき大病で死にかか》った(『新たなる凝視』)昏倒事故以後、中平さんは1978年に『アサヒカメラ』(12月号)で「沖縄 写真原点機廚鬟ラーで発表している。これは『なぜ、植物図鑑か』で《モノクロームの暗室作業にはあった〈手の痕跡〉を私はきれいさっぱり捨てようと思う》と宣言したところから始めたものだ。しかしその後刊行された『新たなる凝視』はモノクロームとカラー、『ADIEU A X』はモノクロームで、一度はやめたはずのモノクロームをカラーと併用していたことがわかる(ちなみにこの頃のカラーはネガフィルムである)。

01縲取眠縺溘↑繧句・隕悶€『新たなる凝視』晶文社、1983


02縲拶DIEU A X縲『ADIEU A X』河出書房新社、1989


それが1990年頃からカラーポジにシフトする。ポジはより徹底して〈手の痕跡〉を残しえない手段である。推測に過ぎないが、〈記憶喪失〉とも言われている昏倒事故を経ても、中平さんには〈植物図鑑〉というコンセプトへの継続的意思が働いていた、と考えざるをえない。「中平の新作で」と高梨豊さんは言ったが、新作とはまさにそのカラーポジによる写真のことだった。中平さんの現像所行きにつき合う間に、新作による展覧会構想が高梨さんに浮かんだのだろう。
まずは中平さんの近作がどのようなものか全体像をつかむため、96年9月高梨さんとご自宅を訪ねた。2階の8畳ほどの和室には、ネガが溢れんばかりの箱やマウントされたポジの山がいくつもあった。ともかく見てみようということで、高梨さん持参の大型ライトビュアーに、膨大といってよいほどのポジを手当たり次第ならべてはルーペで覗く、という作業を繰り返した。フィルムマウントには日付や場所の記載がないため制作順に配列することはできないが、見続けているうちに、テーマごとには分類できると思った。種類が多いとはいえないモチーフを繰り返し撮っていることがわかったからだ。ピントは概ねよく合っているが、露出にはバラツキがありハレーションの見られるカットもあった。ただ、そのポジの山から展覧会を成立させるような作品を選び出せるのか、ぼくにはまったく自信がなかった。帰路そのことを話したら、高梨さんはひと言「中平がどう選ぶかだよね」と。
2度目の訪問からは中平さんによる作品選定に立ち会うこととなる。すべて縦位置で撮られたポジを2点ひと組で選ぶのが中平さんのやり方だった。選んでは差し替え、ある程度揃ったかと思うとバラす。こんな作業が幾度も繰り返された。中平さんにとっては決定的な最終組み合わせは無いかのようだった。
ある日のこと、昼食後2階の部屋に戻り、午前中に選び・組み合わせ・配列したポジを当然のように中平さんがバラそうとしたとき、高梨さんが「中平さん、これで行こうよ」とそれを制した。中平さんもそれに頷いた。その時選ばれたのが26組52点の出品作品となった※。
C・スクエアの企画展としては20回目となる「日常 ─中平卓馬の現在─」展は1997年6月から7月にかけて開催した。昏倒事故から20年目のことである。初日には企画者である高梨さんと、中平さんとは雑誌での共同連載をもっていた旧知の間柄である赤瀬川原平さんによる、対談形式のトークイベントを行った。ただし、テーマは「写真と絵」というもので、中平展を題材としていなかった。これは〈敢えて避けた〉というのが正しいだろう。それほど〈言語化〉するのが難しい展覧会だった。

03 螻戊ヲァ莨壹・繧壹せ繧ソ繝シ「日常 ─中平卓馬の現在─」展ポスター


04 莨壼エ鬚ィ譎ッ-1会場風景-1


05 莨壼エ鬚ィ譎ッ-2会場風景-2


06 鬮俶「ィ繝サ襍、轢ャ蟾晏ッセ隲高梨豊・赤瀬川原平対談「写真と絵」


高梨さんは中平さんの撮っていた当時の写真の価値を認めていたから展覧会を企画し、中平さんに作品セレクトを委ねた。それでもその選択基準や組み合わせ、表現意図を量りかねていたのではないか、と推測される。ぼくとて4週間のあいだ毎日観ていながら、その展観を他人にどう伝えたらいいのか、おおいに悩んだものだ。
この展覧会には中平さんに私淑していた人たちや、その活動を注視していた人たちの来訪が少なからずあったが、中平さんを知っていればいるほど大きな疑問を抱えて会場を後にしたようだ。たとえば横浜美術館学芸員として「中平卓馬展 原点復帰─横浜」(2003)をキュレーションした詩人・批評家の倉石信乃さんは《「いったいなんなんだ、この写真は」と思》ったという※※。

07縲主次轤ケ蠕ゥ蟶ー・肴ィェ豬懊€「中平卓馬展 原点復帰─横浜」図録


その倉石さんは最近、《この展観は紛れもなく写真史的な事件であり、当の写真史を鋭く審問するものでもあった。それらの「作品」はどれも評定することが著しく困難な、事物の直截的で透明な把握に貫かれており、しかも2点1組で配されるイメージの照応は、簡明さの重畳によってかえって複雑なコノテーションを湧出する。当時すでに歴史に登録され始めていた『プロヴォーク』における中平の写真にも増して、挑発的と言うほかはなかった》と記している※※※。
来場者たちをコンフューズさせたこの展覧会の後、予想以上に中平卓馬再評価の気運が高まり、展覧会や復刊を含めた作品集刊行が増え、ドキュメンタリー映画も作られた。
中平さんの前期の活動がわずか14年ほどであるのに、後期は38年にもわたる。ところがその後期の作品群については、確たる評価が定まらない状態が続いてきた。しかし2015年に中平さんが亡くなってから、少しずつその状況は変わってきているように思われる。先に引用した倉石さんの論考※※※はその好例である。さまざまなエピソードや言説によって、ともすると伝説化されやすいこの希有な写真家の、〈非神話化〉作業がさらに進められることを願っている。


※ 中平さんのネガやポジの杜撰な保管状態をまのあたりにして、ぼくは展覧会後の作品保全を危惧した。そこで、展示用プラスもう1セット作成して別途保管したい旨、高梨さんと中平さんに伝えて了解を得た。ただ、展覧会予算では1セットしか作成できないので、もう1セットはぼくの私費で賄った。展覧会後、1セットは作家の手元に、もう1セットはぼくが預かった。13年頃、中平さんの具合が悪いと聞き、手元の作品を売却して全額渡すべく公的な買い手を探したところ、東京都写真美術館が手を上げたが、存命中には間に合わなかった。その後、著作権継承者がご子息に決まり、無事受取人となった。
※※ 八角聡仁、倉石信乃「入門 中平卓馬、その軌跡と問い」(『中平卓馬 来たるべき写真家』河出書房新社、2009)
※※※ 倉石信乃「人と動物 後期中平卓馬の写真」(中平卓馬『沖縄』ラットホールギャラリー、2017)
もりもと ごろう

森本悟郎 Goro MORIMOTO
1948年名古屋市生まれ。1971年武蔵野美術大学造形学部美術学科卒業。1972年同専攻科修了。小学校から大学までの教職を経て、1994年から2014年3月末日まで中京大学アートギャラリーC・スクエアキュレーター。展評、作品解説、作家論など多数。現在、表現研究と作品展示の場を準備中。

◆森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。

●今日のお勧め作品は、長崎美希です。
20170828_nagasaki_01長崎美希
《スイミングああちゃん》
2009年
高さ 4.5cm
木彫(ジェルトン)
サインあり

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小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第18回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第18回

小川康博『Cascade』

01(図1)
『Cascade』(蒼穹舎、2017)表紙


02(図2)
小口


今回紹介するのは、小川康博(1968−) の写真集『Cascade』(蒼穹舎、2017)です。
この写真集は、小川が撮影した写真と、映写された8ミリフィルムの映像を静止画像としてとらえた写真を織り交ぜるようにして構成されています。水の滲みや揺らめく炎、茫洋とした光彩をそのまま矩形に落とし込んだような表紙で、黒い見返しの紙に続くように、ページの上下に余白を設け、見開きのページで写真がつながるように配置されています。つまり、一点一点の写真を別個のものとして切り離して提示するのではなく、ページ全体の流れ、層の厚みの中で見せることに主眼が置かれた造本になっています。小口が上下の余白を挟んで写真の部分が黒みを帯びた色になっていることも、層の厚みを強く意識させます。(図1、2)
小川は写真集を紹介する映像や写真集のあとがきの中で、この写真集の成り立ちを語っています。2016年4月に母親が他界した後、小川は母親が一人で暮らしていたマンションで押し入れの奥にしまい込まれていた8ミリフィルムと古い映写機を見つけます。家財を引き払い、マンションを売却して明け渡すことになっていた同年の9月に、小川はマンションの室内で、壁に白い布をかけ、映写機を使ってその8ミリフィルムを映写します。
「映写機がさえあればどこでだって映写できるのだが、目の前の8ミリフィルムの束と対峙するのは、私が母親と長い年月を過ごしたこの古びたマンションの一室でなければならないような気がした。」母親との記憶が詰まった空間を手放す前に、8ミリフィルムに捉えられた過去の映像を見るということは、他界した母親と、主のいなくなった長年の住まいとの別れを確かめ、記憶の中に留めておくための儀式のようなものだったのかもしれません。8ミリフィルムを一度映写した後、二度目の映写ではデジタルカメラを手にして、流れてゆく映像を撮影します。「母が写っている。私が笑っている。私は半ば夢見心地でシャッターを切り続けた。あふれんばかりのイメージが滝(カスケード)となって流れ落ち、私の脳裏をさまざまな風景で満たしてゆく。」

03(図3)


04(図4)


05(図5)


06(図6)


滝のように流れ落ちるイメージの中に儚く現れる亡き母と幼い自分自身の姿は、ブレてぼやけた静止画像に転換されています。8ミリフィルムの抜き出されたコマではなく、流れ落ちる滝の中から掬い上げられたイメージの断片は、コマとコマの間の動きのブレだけではなく、白い布の表面の皺、映写機と布の間の空間の奥行き、部屋に残る湿気のような、触覚を伴う空間性をも感じさせます。(図3)写真集には、8ミリフィルムの静止画像のシークエンスの隙間に、所々、小川が撮影した写真――花や母親の遺品、アルバムのページ、水面や雲のような断片的な光景――が差し込まれています。(図4、5、6)幼かった頃の自分と母親の遠い記憶と、母親の縁(よすが)となるものや写真とを並び合って強い印象を残すのが、彼岸花、紫陽花、桜や秋桜といった花々をとらえた写真です(図7、8)。季節の巡り、時間の移ろいとともに現れ、姿を変えてゆく花の色は、8ミリフィルムの中から掬い出されたイメージの中の色にも重ね合わせられています。とくに、経年変化したフィルムのなかに強くあらわれる赤や青の色は、母親が着ていたワンピースの青い柄や子どもが運動会で被る赤白帽,花壇の赤い花のような映像の中に現われるディテールとして写真集の中に繰り返しあらわれてきます。(図3、9)

07(図7)


08(図8)


09(図9)


生命の色を宿す花と、遠い記憶の中にあらわれる色が相互に響きあい、時間の層が色味を帯びたイメージの集積として写真集のページの中に立ち現れてきます。イメージの中で色が鮮やかに立ち上がるほどに、そのイメージの中に存在していた人やものがすでに存在しないと感じる、喪失の感覚が見る者の中に強く沁み入ってきます。肉親がこの世を去った後の喪失感が、経年変化した8ミリフィルムの色合い、映写された空間の奥行きのなかに重なり合い、静かに深い余韻を残します。
こばやし みか

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。

◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

●今日のお勧め作品は、ヘレン・レヴィットです。作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第20回をご覧ください。
20170825_levitt_01_mexico1941ヘレン・レヴィット
「メキシコ 1941」
ゼラチンシルバープリント
18.0x21.1cm
1981年  サインあり
※現代版画センターのシール貼付

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小林紀晴のエッセイ「山の記憶」 第17回

小林紀晴のエッセイ「山の記憶」 第17回

お盆

 いま、この原稿を書いているのはお盆の直前で、明日から私は諏訪へ帰省しようとしている。私はライフワークとして全国のお祭りを撮影しているのだが、お盆の時期に諏訪以外で撮った写真はほかに比べ、極端に少ない。お盆にしか行われないお祭りは全国に様々あるので、出かけたい気持ちはもちろんあるのだが、それ以前にまず自分のお盆を優先しなくてはならない、という気持ちが強く働くのだ。お盆に諏訪以外の場所で過ごすことに、いまだに違和感を抱く。

 もはや珍しい部類にはいるのだろうが、お盆の始まりと終わりに家の前で火を焚く風習が残っている。13日の夕方にまず迎え火。
「ぼんさん、ぼんさん、この明かりでおいでなして・・・・」
 亡くなった祖母はいつも、こんなふうに声にした。歌っているようにも、念仏をと唱えているようにも聞こえた。私もそれをなぞる。
 そして16日の晩にまた火を焚く。送り火だ。
「ぼんさん、ぼんさん、この明かりでお帰り・・・」
 同じく歌うようにも、唱えるようにも聞こえる声を数回繰り返す。今年もそれをするために私は帰省する。亡くなった祖父、祖母、父、そして会ったこともない遠い人たちを呼ぶことにもなる。

01小林紀晴
「MUKAEBI」
2011撮影
ゼラチンシルバープリント
16x20inch


 幼い頃から、お盆のあいだだけ空気が濃密になると感じていた。ヌメッとして、どこか息苦しいのだ。何かがすぐ近くにいて、身体に張り付くようだと感じていた。何かとは、「霊」ということになるのだろうが、もっと、漠然と何かがいる、という感じだった。怖いわけでもないが、緊張感がともなった。
だから送り火を焚いて送り出すと、正直ホッとした。

 奥座敷にはお盆のあいだだけ精霊棚が設けられる。位牌が並び、当然のようにキュウリで馬を作り、ナスで牛を作る。それは昔から、母の役目と決まっているのだが、私も何度か作った。足は葦の茎で作るので、河原まで取りに行かされた。
 精霊棚を目の前にすると、やはり何かがたったいま「帰ってきている」と思えるのだ。物心つく前から見続けきたのだから、当然の感覚として、刷り込まれたに違いない。

 そして、ふらりと現れるお寺の和尚さん。日にちは決まっているのだが、檀家すべてを回ってくるので、訪れる正確な時間はわからない。長い午後、待ち続けることになる。
 和尚さんが精霊棚に向かってお経をあげている姿を背後から眺めていると、必ずたったいま、自分は夏の頂点にいるのだと思えてくる。毎年のことだ。

 私は長いあいだ、迎え火と送り火にカメラを向けることができなかった。写真に収めれば、そこに何かが確実に写ってしまうと考えたからだ。子供じみたことを、と言われそうな気もするのだが、ずっとそう信じてきた。
 それがあるきっかけで、カメラを向けた。ニューヨークで知り合ったアメリカ人の友人が来日し、お盆の時期に彼を連れて帰省したことがある。2002年のことだ。
 彼がいきなり迎え火にカメラを向けて写真をバシバシ撮った。正直、止めたかったのだが、野暮だと思い、そのままにした。
 後日、彼が撮影したネガを見せてもらったのだが、何かは写っていなかった。当然といえば、当然だが、ちょっと拍子抜けした気分だった。
 その翌年、私は初めて迎え火にカメラを向けた。緊張した。後日、現像したフィルムを見てみたが、何かの姿は微塵もなかった。
こばやし きせい

小林紀晴 Kisei KOBAYASHI(1968-)
1968年長野県生まれ。
東京工芸大学短期大学部写真科卒業。
新聞社カメラマンを経て、1991年よりフリーランスフォトグラファーとして独立。1997年に「ASIAN JAPANES」でデビュー。1997年「DAYS ASIA》で日本写真協会新人賞受賞。2000年12月 2002年1月、ニューヨーク滞在。
雑誌、広告、TVCF、小説執筆などボーダレスに活動中。写真集に、「homeland」、「Days New york」、「SUWA」、「はなはねに」などがある。他に、「ASIA ROAD」、「写真学生」、「父の感触」、「十七歳」など著書多数。

●今日のお勧め作品は、小林紀晴です。
20160819_kobayashi_10_work小林紀晴
〈ASIA ROAD〉より2
1995年
ヴィンテージC-print
Image size: 18.7x28.2cm
Sheet size: 25.3x30.3cm
サインあり


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奈良原一高写真集『HUMAN LAND 人間の土地』復刻

奈良原一高が写真家として歩み始めるきっかけとなった重要な作品、『人間の土地』。
初個展の30年後にリブロポートから刊行された写真集が、このたび復刊ドットコムから復刊されました。
ときの忘れものでも扱っていますので、ご注文ください。

20170824奈良原一高写真集
『HUMAN LAND 人間の土地』

2017年
復刊ドットコム 発行
176ページ
28.7x23.0cm
ハードカバー
テキスト:福島辰夫、奈良原一高
価格8,000円(税別) ※送料別途250円


昭和三十一年(一九五六)、処女個展「人間の土地」によってたちまち写真界に認められた奈良原一高の登場ぶりは、まさに颯爽たるものがあった。問題意識と主題の設定における鮮烈さに人々は眼を見張った。そしてその点において、それまでの写真界に長らく不在だった、新しいタイプのパーソナリティーの出現であることを疑うものはなかった。
…(中略)…彼が「人間の土地」において発見したものは、どのような状況においても人間は生きていけるし生きているということへの、率直な感動であったといってよい。観念としてあった人間の生きる姿を、現実に如実なものとして発見したことの驚きなのであった。この作品はその驚きを隠そうとしない点でも鮮烈だった。
*重森弘庵(自意識の写真・奈良原一高)より

20170824_1掲載番号3)
奈良原一高
「軍艦島全景」


20170824_3掲載番号12)
奈良原一高
「地下道(トンネル)」


20170824_2掲載番号57)
奈良原一高
「海を見る少年」


本作『人間の土地』は、奈良原一高が早稲田大学院時代に長崎県の端島(軍艦)と鹿児島県の桜島(黒神村)を撮影し、1956年年に銀座松島ギャラリーでの初個展発表したシリーズです。軍艦島は海底炭鉱の開発ために埋め立てて人が住るよう改築を繰り返した人工島で、労働者と家族が要塞のような建物にひしめきあって暮らす、近代化産業の象徴のような炭鉱都市でた。
一方の桜島は20世紀以降火山活動が発になり、1914年の大噴火では村のほとんどが溶岩や灰に埋まりました。地中に埋まった3メートルもの鳥居がその凄まじさを伝えています。工業のために人工的に造られた要塞のような「緑なき島」と、自然の巨大な力の元にある「火の山の麓」。
子供時代を長崎で過ごした奈良原は、美学を志す学生として再び訪れた九州で、対照的な要因によって孤立したそれぞれの土地で厳しい条件の下に生き続ける人々の姿に惹かれてカメラを向けました。
『人間の土地』という示唆的なタイトルを与えられたこの作品には、どんな過酷な土地でも根を張り生きていくという人間の極限の希望が若き日の作家のまなざしを通して焼き付けられおり、軍艦島が閉山して長い年月が経ち世界遺産となった今も変わらず、見るものを引きつける大きな力を放っています。

●今日のお勧め作品は奈良原一高です。
narahara_17_wthv3
Ikko NARAHARA
"Two Garbage Cans, Indian Village, New Mexico from "Where Time Has Vanished"
写真集〈消滅した時間〉より
《インディアンの村の二つのごみ缶、ニューメキシコ》
1972
Gelatin Silver Print / printed in 1975
Image Size : 26.5×39.8cm
Sheet Size : 40.6×50.8cm
Signed
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〜〜〜

*画廊亭主敬白
うっかりしていて、ご案内するのが遅くなりました。
建築好きなら見逃せない展覧会が、東京丸の内の ASJ TOKYO CELL で開催中です。

日本人がまだ知らないル・コルビュジエ アジール・フロッタン 再生展
― 浮かぶ避難船 ル・コルビュジエが見た争乱・難民・抵抗から ―


会期:2017年8月5日(土)〜8月22日(火)10:00〜19:00
会場:ASJ TOKYO CELL 新日石ビル1F
主催:株式会社遠藤秀平建築研究所
共催:アーキテクツ・スタジオ・ジャパン株式会社
年中無休、入場無料

知られざるル・コルビュジェのプロジェクトが、パリのセーヌ川に浮かんでいる。
世界救世軍の依頼により設計し、船を改造した「アジール・フロッタン」(浮かぶ避難所)だ。これは第一次世界大戦の混乱によって生じた難民を収容すべく、1929年に完成したものである。もともと鉄ではなく、コンクリート造の石炭を運ぶ船だったが、箱型の船体に柱と屋根・水平窓を増築し、船が建築としてリノベーションされた。客船を近代建築の理想的なモデルと考えていたル・コルビュジェが、ここでは船をモダニズム建築に改造したのである。アジール・フロッタンは、今もノートルダム大聖堂から上流1キロの左岸に係留されているが、老朽化により建築としての機能を失っていた。しかし、2006年からミシェル・カンタル=デュパール氏ら5名の有志によって修復工事を実施、さらに今秋に日本から桟橋を寄贈し、2018年からギャラリー機能をもった建築として再生される。この新しい船出を祝して、ル・コルビュジェ財団から提供された完成当時の資料、設計のスタディ、現在の写真・映像、模型などを用いて、アジール・フロッタンを紹介する。
五十嵐 太郎 (建築史・建築評論家/東北大学大学院教授)
(同展サイトより)

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大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第55回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第55回

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(画像をクリックすると拡大します)

この写真を見たときに、最初に目がいったのは、最前列のむかって左側の人たちだった。
腕を組んで横につながり、背筋をピンと伸ばし、片足をすっと前に出すしぐさがダンスのステップを踏んでいるように見えた。

とくにその姿が際立っているのは、中央にいる腕に腕章を巻いたコートの男である。
顎を引いて前方を見据え、胸を張り、上半身に彫像のような緊張感をみなぎらせながら足を踏み出している。となりのメガネの男と比べると、彼のほうが他者の視線を意識しており、中央に立つにふさわしい勇ましさをも感じさせる。

彼の左どなりにいるのは、女性である。スーツなのかワンピースなのか、黒っぽい服をまとい、腕には男とおなじく腕章を巻き、靴はまぶしいくらいの白だ。彼女の肩のラインにも、男と同様の張りつめたエレガンスが感じられる。

彼女が腕を組んでいるのは、前列でもっとも年若い女性である。肩にショルダーバッグをかけ、片手に傘をもった姿は颯爽としていて、大柄のからだから踏み出される足幅は大きく大胆だが、緊張感に関しては中央の男女よりも見劣りがする。どこか日常的な雰囲気なのだ。

それにつづくコートの女性は、明らかに彼女とは世代がちがう。背の低いずんぐりした体形で、歳もかなり上だが、それを感じさせるのは風貌以上に足の出し方である。膝が曲がってガニ股ふうなのだ。

同様に、彼女のとなりにいるコートと帽子姿の女性もガニ股気味。でも、おかしなことに、彼女の足は隣の女性と反対のほうが踏みだされていて、そのために足と同じ側の肩が前に出ている。なんだかふたりで二人三脚しているようだ。

このように、つい足の動きに目が行ってしまうのは、女性たちがみなスカートを履いているせいがだいぶあるだろう。パンツの時代はまだ先のこと、膝のかくれるスカート丈からあらわになった脛が、足のかたちや、出し方や、動きや、歩幅や、歩く速度を際立たせている。

腕組みをして道幅いっぱいに広がるこのようなスタイルのデモを「フランス式」という。ダンスしているように見えるのも、こんなに人がたくさんいるのに汗くさい感じがしないのも、「フランス式」と思ってみると、なんとなく納得するし、隊列の先頭をいく男が掲げる旗の「日教」の文字に気付くと、参加者に女性の数が多いことにも合点がいく。そう、彼らは日教組に入っている教職員なのだ。

道路には敷石がしかれ、都電の線路が通っていて、はるか後方には、身動きのとれなくなった車輛の頭も見える。前進する人の波が都電を押しとどめたのだ。その前進が、なによりも人の足によってなされたことを、この写真は強く訴えかけており、そこに溌剌した希望が感じられる。

大竹昭子(おおたけあきこ)

〜〜〜〜
●紹介作品データ:
濱谷浩
“June 22, 1960” from the series “A Chronicle of Grief and Anger”
1960年
ゼラチンシルバープリント
Image size: 15.9x24.0cm
Sheet size: 16.9x24.9cm
(C)Keisuke Katano / Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography / Film
*当該作品は1960年に刊行の『怒りと悲しみの記録』の入稿原稿。プリント背面に作家が押したスタンプと手書きの制作年記載あり。

■濱谷浩 Hiroshi HAMAYA
1915年東京生まれ(1999年没)。1933年、二水実用航空研究所に入所し航空写真家としてキャリアを始め、同年オリエンタル写真工業株式会社(現・サイバーグラフィックス株式会社)に就職。1937年に退職し、兄・田中雅夫と「銀工房」を設立。1938年、土門拳らと「青年写真報道研究会」の結成や、瀧口修造を中心とした「前衛写真協会」設立に参加。1939年にグラフ雑誌『グラフィック』の取材により新潟県高田市を訪れ、民俗学者・市川信次や渋沢敬三と出会う。1941年、木村伊兵衛、原弘らを擁する東方社に入社するも、43年に退社。同年、太平洋通信社の嘱託社員として日本の文化人を取材。1960年マグナムの寄稿写真家となる。主な個展に「写真家・濱谷浩展」川崎市市民ミュージアム(神奈川、1989年)、「写真の世紀 濱谷浩 写真体験66年」東京都写真美術館(1997年)など。主な写真集に『雪国』毎日新聞社刊(1956年)、『裏日本』新潮社刊(1957年)、『怒りと悲しみの記録』河出書房新社刊(1960年)など。主な受賞に第2回毎日写真賞(「裏日本」にて、1956年)、日本芸術大賞(『濱谷浩写真集成:地の貌・生の貌』にて、1981年)、ハッセルブラッド国際写真賞(1987年)など。

●展覧会のご紹介
六本木のタカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルムで濱谷浩さんの展覧会が開催されています。上掲の作品も出品されています。

濱谷浩「怒りと悲しみの記録」
会期:2017年7月8日[土]〜8月12日[日]
会場:タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルム
   〒106-0032 東京都港区六本木5-17-1 AXISビル2F
時間:11:00〜19:00
日・月・祝日休廊

濱谷は1930年代より、人間と人間を育む環境・風土の関係を透徹した眼差しで捉え、峻厳な態度で写真の記録性に向き合い、時代を映す重要なドキュメントを数多く残しました。本展では、濱谷が1960年の日米安保闘争を1ヶ月に亘り取材し上梓した『怒りと悲しみの記録』(河出書房新社、1960年)より約22点を展示いたします。

東京に生まれた濱谷浩は、モダニスムの空気が漂う1930年代に都会や下町における新旧の混沌たる市井風俗を撮影し、1933年、西欧の先進的な芸術動向を紹介したカメラ雑誌『フォトタイムス』を刊行していたオリエンタル写真工業に就職しました。グラフ・ジャーナリスムの確立や新興写真の隆盛など、近代写真表現の模索に伴い、写真家という存在も近代化へ向かっていた時代において、堀野正雄や木村専一といった新時代を象徴する写真家や編集者との出会いは、濱谷にプロフェッショナルとしての写真家の在り方を意識させる機会となりました。新進気鋭の写真家として活躍する傍ら、「前衛写真協会」の設立に携わるなど、写真の近代化の最先端に身を置いていた濱谷は、グラフ雑誌『グラフィック』の仕事で新潟県高田市の陸軍スキー連隊の冬季演習を取材した際、民俗学研究者・市川信次や民俗学資料博物館を主宰する渋沢敬三と出会い、また和辻哲郎の著作『風土:人間学的考察』に感銘を受けたことを通じ、それまで都会の華やかなものに向けられていた視線を、人間とその形成に基底的な作用を持つ風土に転じ、時代の転換の中でこれらを記録することの重要性を改めて認識するようになりました。

記録することは、人類が人類であるために絶対に切り離すことのできぬ人間的な貴重な行為なのである。そして写真こそは、その最も近代的機能をもったものであるといえる。
濱谷浩、「写真の記録性と記録写真」、『カメラアート』カメラアート社、1940年12月終刊号

1940年、新潟県・桑取谷における小正月の民俗行事を撮影する中で、雪深い越後の庶民の古典的な生活と向き合い、人々の自然に対する畏怖と調和の精神を目の当たりにした濱谷は、以降10年に亘り山間の村に通い『雪国』を発表します。その後、より広範に日本列島の気候風土、歴史的な地域社会の成立過程とその現況を確かめるべく、日本海沿岸の厳しい自然風土の中で暮らす人々を取材記録した『裏日本』の冒頭には、「人間が人間を理解するために、日本人が日本人を理解するために」という濱谷の生涯のテーマとなる言葉が記されています。

戦争へ向かう情勢の中、濱谷は東方社に入社し対外宣伝グラフ誌『FRONT』の撮影をするも、社の幹部と衝突し退社します。多くの写真家の仕事が戦時下の体制に組み込まれていく中で、濱谷は一貫して厭戦思想を貫き、1944年には新潟県高田に移り終戦を迎えました。戦後の高度経済成長の中、濱谷は1960年の日米安保闘争を市民の立場で客観的に取材、約1ヶ月間で2,600点にも及んだ記録は『怒りと悲しみの記録』として出版されました。

それまで、私は政治的な取材には縁が薄かった。だが今度は違う。五月十九日の強行採決、民主主義を崩壊に導く暴力が議事堂内部で起こった。私は戦前戦中戦後を生きてきた日本人の一人として、この危機について考慮し、この問題にカメラで対決することにした。
濱谷浩、『潜像残像:写真家の体験的回想』、河出書房新社、1971年、p.198

1960年にマグナム・フォトにアジア人として初めて参加した濱谷の写真は、広く欧米で関心を集め、「怒りと悲しみの記録」は6月25日付『パリ・マッチ』に掲載、その後マグナムを通じてイギリスの『ザ・サンデー・タイムス』でも連載され、日本では写真展が銀座・松屋を皮切りに日本全国の展示会場や大学を巡回しました。しかしながら、高まりを見せていたはずの政治意識の急速な萎靡沈滞とその後に続く擬似的な太平・繁栄の氾濫を受け、日本の政治体制や人間に対して大きな失望感を抱いた濱谷は、日本人の特異な性質との因果関係を自然に求め、「人間はいつか自然を見つめる時があっていい」とし、60年代後半より科学的な視点から自然風景の撮影へと向かいます。その後も南極やサハラ砂漠など海外の辺境へと視点を移し撮影を行なった濱谷の活動は、常に「人間と自然の課題を自身の目で探る」ことに根ざし、そのヴィジョンは写真が社会とどのように関わりうるかを問い続けています。
協力:Marc Feustel(Studio Equis)
タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルムHPより転載)

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JR及び南北線の駒込駅南口から約8分、名勝六義園の正門からほど近く、東洋文庫から直ぐの場所です。

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