写真

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第69回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第69回


Masahisa Fukase_img01Seikan Ferry Boat, from the series Ravens, 1976 © Masahisa Fukase Archives(画像をクリックすると拡大します)

髪の毛って生えているときはきれいなのに、抜けるとどうしてこんなに汚いのかしら……。
スポーツジムの更衣室で水着に着替えていると、洗面台のほうからこんな声が聞えてきた。
思わず床に目をやる。
落ちている幾筋もの髪の毛。長かったり、短かったり、黒かったり、染められていたり。
つまみあげる指先におぞましさが走る。長いものほどそう感じさせる。
生えていればこんな気持ちにはならないのに。

髪の毛は不思議だ、とこの写真を見ても思う。
女子学生の後ろ姿が写っている。彼女は船の甲板に立っている。
甲板が写っていないのにそう思うのは、目の前が大海原だからか。
それもある。でも、それだけではない。
大きく傾むいた水平線が、不安定な場所にいるのを伝えるからだ。

そして、髪の毛である。
真ん中の女生徒の髪が四方八方に舞いひろがり、宙に飛び散っている。
更衣室の床の髪の毛とちがって、生えているから、汚くはない。
でも、きれいでもない。むしろ不気味。
彼女の意志を無視して狂喜乱舞しているところがきみわるい。

そのようにそそのかしたのはだれか。
海原を渡ってきた潮風だ。
振付師さながらに、彼女の長い髪のなかに手を入れて、右に、左に、上に、下に、前方に、背中に、と毛先を引っ張る。
毛根という大地から離陸させようと、サディステックな欲望を全開にしてあばれまわる。

もし望むならば、彼女はそれに抵抗し、振付師の動きを止めさせることだってできるはずだ。
むずかしいことはなにもない。
首のうしろに両手をまわして、髪を束ねてしまえばいいだけだ。
髪は再び彼女の配下に入り、おとなしく背中にたれるだろう。

でも、彼女はそうしない。
振付師が髪を引っ張りいたぶるのをただじっと受け止めている。
耐えているのではない。楽しんでいるのともちがう。
自分の人生がまだはじまっていないことを、でも、まもなくはじまろうとすることを、遠いどこかでだれかが告げているような気がしてならないのだ。
顔に当たる陽の光を細めた瞳のあいだから見つめつつ、その声を全身を透明にして聞いている。

大竹昭子(おおたけあきこ)

●作家紹介データ

深瀬昌久
1934年、北海道中川郡美深町に生まれる。日本大学芸術学部写真学科卒業。日本デザインセンターや河出書房新社などの勤務を経て、1968年に独立。代表作 「鴉」は世界的に高い評価を得ている。
1974年、アメリカ・MoMAで開催された歴史的な日本写真の展覧会「New Japanese Photography」への出展を皮切りに、これまで世界各国の展覧会に出展多数。1992年、不慮の事故で脳障害を負い、20年間の闘病の末、 2012年に亡くなる。享年78。2017年、フランスはアルル国際写真祭にて没後初の回顧展「l'incurable egoiste」を開催。2018年4月、京都のKYOTOGRAPHIE にて国内初の回顧展「遊戯」を開催。2018年9月からは、オランダはアムステルダムのFoam Museumにて、美術館では没後初となる回顧展「Private Scenes」を開催予定。深瀬が40年間の作家人生において制作した作品群の全貌を網羅した写真集「Masahisa Fukase」(Editions Xavier Barral より英語版及び仏語版、赤々舎より日本語版)が刊行される。

●今日のお勧め作品は、細江英公です。
44細江英公 Eikoh HOSOE
「鎌鼬#44, 1967」
1967年
ピグメント・アーカイバル・プリント
60.9×50.8cm
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


ときの忘れものは倉俣史朗 小展示を開催します。
会期:2018年10月9日[火]―10月31日[水]11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
倉俣史朗(1934-1991)の 美意識に貫かれた代表作「Cabinet de Curiosite(カビネ・ド・キュリオジテ)」はじめ立体、版画、オブジェ、ポスター他を展示。 同時代に倉俣と協働した磯崎新安藤忠雄のドローイングも合わせて ご覧いただきます。
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●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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小林美香のエッセイ「写真歌謡論」第2回

小林美香のエッセイ「写真歌謡論」第2回

写真歌謡論  色鮮やかな写真を讃える歌 ポール・サイモン「Kodachrome」(1973)「Color Slide」 (1964)

01Paul-Simon-Kodachrome(図1)ポール・サイモン「Kodachrome」アルバムジャケットとコダクロームのフィルム

02Honeycombs-colorslide(図2)ハニカムズ 「Color Slide」アルバムジャケット


リバーサルフィルムで撮影し、スライドを作ったことがある経験のある人というのは、世代で言うと40代前後よりも上が多いのでしょうか。私は、20代の頃に大学のゼミや研究発表のために、写真集や画集から図版を複写する、という程度しかやったことがありません。(これが結構難しかった)「マウント仕上げ」という言葉も、今や解説が必要かもしれません。
今回紹介するのは、アメリカのシンガーソングライター、ポール・サイモン(Paul Simon, 1941〜)の「Kodachrome(邦題:僕のコダクローム)」(1973)(図1)とイギリスのバンド、ハニカムズ(Honeycombs 活動期間1963-1967)の「Color Slide」 (1964)(図2)。いずれも、リバーサルフィルム、スライドが歌詞に登場します。

題名の「Kodachrome」はイーストマン・コダック社が1935年から製造・販売していたリバーサル・フィルム「コダクローム」のことで、この曲は世界中でヒットし、後にはコダックのコマーシャルに使用されています。

歌詞全文はこちらhttps://genius.com/Paul-simon-kodachrome-lyrics です。以下に、歌詞を意訳してみました。こちらhttps://www.youtube.com/watch?v=qrRRhoS3KFk で視聴できます。

高校で学んだことはくだらなかったけど、
考えられるっていうのは驚きだね。
だって学がなくっても
それで傷ついたことなんてありゃしない
嫌な予感だってわかるのさ

コダクロームは
綺麗な明るい色で見せてくれる
夏の緑も鮮やかに写る
世界中が光に満ちているように見えるのさ
ナイコン(ニコンの英語読み)のカメラを手にいれたよ
写真を撮るのに夢中なんだ
だからさママ、僕のコダクロームを取り上げないでよ

僕が独り身だった頃に
知っていた女の子全員連れてきて
一夜だけ集めたとしても
彼女たちも僕の想像に比べたら大したもんじゃない
だって白黒の写真だと
すべてがつまんなく見えちゃうんだよ
コダクロームは
綺麗な明るい色で見せてくれる
夏の緑も鮮やかに写る
世界中が光に満ちているように見えるのさ

ナイコン(ニコン)のカメラを手にいれたよ
写真を撮るのに夢中なんだ
だからさママ、僕のコダクロームを取り上げないでよ
だからさママ、僕のコダクロームを取り上げないでよ


歌詞の言葉としてはシンプルですが、ところどころ一体具体的に何を意味しているのか、解釈の仕方が不明なところもあります。全体の曲調はアップテンポで明るく、「高校で学んだくだらないこと」や「嫌な予感」、「白黒写真のつまらなさ」と対比するようにして、コダクロームの色鮮やかさが朗々と謳い上げられています。現在の感覚で歌詞を読んでいると、なぜここまで無邪気に写真の色鮮やかさを愛でたり夢中になれるのだろう、と不思議にも思えてきます。あたかも、カラー写真には夢のように素敵な世界が写るかのような陶酔ぶりです。第二次世界大戦期に生まれたポール・サイモンは、白黒写真が主流だった時代を経験しており、70年代初頭はカラー写真が広く定着しているとは言え、カラーフィルムで写真を撮ることや写真を見ることが心浮き立つような経験であり、それは当時の聴衆にも共有されていたのでしょう。
リバーサル・フィルムは、写真家が印刷物に掲載する写真を撮影するために使用されるほかに、一般向けの用途としては、現像したフィルムはカラースライドとして仕上げられ、スライドプロジェクターを使って投影して鑑賞することが多かったので、「綺麗な明るい色」や「夏の緑」、「光に満ちた」情景は、手元で見るプリントではなく、暗い部屋のなかで目の前に現れては消えるからこそ、その鮮やかさが際立って見えたのかもしれません。


03(図3) Cavalcadeプロジェクターの広告

04(図4)プロジェクターとカメラのセット販売の広告


コダック社は、 CavalcadeやCarouselといった名称のスライドプロジェクターを製造販売し、広告では家族や友人のような親しい人たちが集まって、家族旅行のような楽しい経験の記録をスライドショーとして楽しむ場面が描かれています。(図3)スライドプロジェクターの中にはカメラとセットで販売されていたものもあり、コダクロームで写真を撮影することと、それをスライドとして見ることは密接に結びついていたことがわかります(図4)。「Kodachrome」に先立って、スライドを見る経験を歌っているのがHoneycombs の“Color Slide”(1964)です。

こちらで視聴できます。
Honeycombs “Color Slide”(1964) https://www.youtube.com/watch?v=GtjPgTNRl30
歌詞全文はこちら https://genius.com/The-honeycombs-colour-slide-lyrics
以下が歌詞の翻訳です。


僕の壁に君を写した。
君は高さ10フィート(3m)になった。
君をカラースライドにしたんだよ。

ビーチで出逢った君
分かってくれたよね。
僕はすぐに君をそばに引き寄せた。

僕たちは愛の1日を過ごした。
太陽と海の1日を
君のキスが忘れられない
僕を抱きしめてくれた時に感じたスリルを

僕はただ笑わせるために言ったんだ。
君の写真を撮ったんだ
でも、僕の笑いは止まってしまった。

そして気分が落ち込んだら
スライドショーをするのさ
座って、君の写っているカラースライドを見るのさ

僕たちは愛の1日を過ごした。
太陽と海の1日を
君のキスが忘れられない
僕を抱きしめてくれた時に感じたスリルを

僕の壁に君を写した。
君は高さ10フィート(3m)になった。
君をカラースライドにしたんだよ。

残念だな
君の名前すら知らない
カラースライドが何の役に立つのさ?


夏の海辺で出会い名も知らない女性との束の間の恋を、その時撮った写真のスライドを見ながら振り返る男性の切ない気持ちを歌った曲ですが、歌い出しで「I got you on my wall I got you ten foot tall I got you on a color slide(僕の壁に君を写した。君は高さ10フィート(3m)になった。君をカラースライドにしたんだよ。)」と、一人部屋の中で見ている女性の写っている像のありようを具体的に印象づけることで、後に歌詞の中で展開する出会いと甘酸っぱい恋の情景、恋が終わってしまった切なさが際立っています。
概して写真歌謡の内容は、「光に満ちた場面」を撮影し、後になって写真を見ながら思い出し、振り返る」という形式をとるものが多いのですが、「光に満ちた場面」とは季節でいえば夏、青春時代や恋愛の一番盛り上がっていた頃、幸せな家族生活の場面であり、コダクロームとスライドは、その色鮮やかさによって過去の輝きの証立てるものとして扱われているのです。


05(図5)映画「さようなら、コダクローム」Netflixのページ


コダクロームが色鮮やかに蘇らせる記憶を親子の物語として描き出しているのが、映画 「さようなら、コダクローム」(2017)(図5)です。

中年の音楽プロデューサー、マットのもとに、写真家の父親ベン(マットが幼い頃に離婚して長年音信不通で、マットは父親が家族を捨てたことを恨んでいる)の看護をしている女性ゾーイから連絡が入り、父親が癌で余命幾ばくもないこと、ベンが最期の願いとして、撮影したコダクロームのフィルムを現像する店まで旅をして欲しいと思っていることを知ります。コダクロームは2009年に製造を終了したため、残された現像所はカンザス州にある1店舗のみ。3人は、ニューヨークから遠く離れたカンザス州まで、現存する最後の現像所まで車で旅をすることになり、そこに辿り着くまでの過程がロードムービーとして描かれています。旅の終わりでベンは亡くなり、マットは父親の死後、現像されたスライドをプロジェクターに差し込んで投影します。壁に映し出されたのは、父親が撮っていた自分が赤ん坊の頃の写真で、マットは最期に父親が自分を愛していた証を手渡しくれたことに気づき、咽び泣きます。
この映画の中では、写真を介した父親と息子の関係とともに、フィルム写真の時代が終焉したこと、音楽産業がレコードやCDのような物の流通の上に成り立っていた時代も過去のものになっていることも描かれています。写真や音楽も一様にデータとして扱われるようになった今、現像所に赴いてフィルムを現像してスライドに仕上げ、それを一つ一つ映し出して見る過程の中に、「Kodachrome」や「Color Slide」の中に描かれた「鮮やかな色」への思いが込められているようです。
こばやし みか

●小林美香のエッセイ「写真歌謡論」は毎月25日の更新です。

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。

●本日のお勧め作品は、ジョナス・メカスです。
mekas_37_tokyo_08ジョナス・メカス Jonas MEKAS
"Pier Paolo Pasolini, Rome, 1967"
1967年 (2013年プリント)
アーカイバルインクジェットプリント
イメージサイズ:34.0×22.4cm
シートサイズ :39.8×29.1cm
Ed.7
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


ときの忘れものは第303回企画◆野口琢郎展 を開催しています。
会期:2018年9月20日[木]―9月29日[土] 11:00-19:00 会期中無休
展覧会カタログを刊行しました(テキスト:金沢21世紀美術館館長・島敦彦さん)。
作家は会期中毎日在廊しています
野口展

野口琢郎展カタログのご案内
野口琢郎展_表紙600野口琢郎展カタログ
2018年
ときの忘れもの発行
24ページ
テキスト:島敦彦
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
本体価格800円(税込) ※送料別途250円(メールにてお申し込みください)

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
ただし9月20日[木]―9月29日[土]開催の野口琢郎展は特別に会期中無休です
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」最終回

小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」

最終回 Ochiai


Ochiai01

Ochiai02

川面にカメラを向ける。
そのたびに、東京が巨大な扇状地であることに気がつく。
善福寺川、妙正寺川、神田川、石神井川、
いずれも伏流水が湧き水として
地表にでたところから、唐突に川が始まる。
けっして源流は山奥ではない、住宅街のなかだ。

川の流れにピントを合わせる。
どこに合わせればいいのか、いつも迷う。
川面か、川底か、
あるいは川面に反射した木々か、
あるいは自分の影か。

---------
小林紀晴
《Ochiai 01》
《Ochiai 02》
ともに2018年撮
ゼラチンシルバープリント
11×14inch
Ed.20
こばやし きせい

小林紀晴 Kisei KOBAYASHI(1968-)
1968年長野県生まれ。
東京工芸大学短期大学部写真科卒業。
新聞社カメラマンを経て、1991年よりフリーランスフォトグラファーとして独立。1997年に「ASIAN JAPANES」でデビュー。1997年「DAYS ASIA》で日本写真協会新人賞受賞。2000年12月 2002年1月、ニューヨーク滞在。現在、雑誌、広告、TVCF、小説執筆などボーダレスに活動中。写真集に、「homeland」、「Days New york」、「SUWA」、「はなはねに」などがある。他に、「ASIA ROAD」、「写真学生」、「父の感触」、「十七歳」など著書多数。

*今回をもちまして小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」は終了いたします。
長い間のご愛読をありがとうございました。筆者の小林紀晴さんのますますのご活躍をお祈りいたします。

◆小林さんの著書「見知らぬ記憶」のご案内。
小林紀晴_00001小林紀晴
出版年月: 2018/01
出版社: 平凡社
判型・ページ数: 4-6 224ページ
記憶の襞に隠れた過去が、ふとした瞬間に蘇り、時空を超えて往還し、別の様相をおびて未来を予言する。そこにはいつも写真が……。
『ASIAN JAPANESE』から二十余年、著者の新境地。
本体: 1,800円+税


●本日のお勧め作品は、小林紀晴です。
kobayashi_10_work小林紀晴 Kisei KOBAYASHI
〈ASIA ROAD〉より2
1995年
ヴィンテージC-print
イメージサイズ:18.7x28.2cm
シートサイズ :25.3x30.3cm
サインあり

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ときの忘れものは第303回企画◆野口琢郎展 を開催します。
会期:2018年9月20日[木]―9月29日[土] 11:00-19:00 会期中無休
9月22日(土)17時よりレセプションを開催しますので、ぜひお出かけください。
展覧会カタログを刊行します(テキスト:金沢21世紀美術館館長・島敦彦さん)。
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野口展


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飯沢耕太郎「日本の写真家たち」第10回〜平嶋彰彦

飯沢耕太郎「日本の写真家たち」第10回

都市観察者の眼差し 平嶋彰彦(1946〜)

飯沢耕太郎(写真評論家)


 平嶋彰彦は1946年、千葉県館山市生まれ。1969年に早稲田大学政経学部を卒業後、毎日新聞社に入社し、西部本社写真部をへて、のちに出版写真部に所属。同期に『カメラ毎日』の最後の編集長となった西井一夫、「ときの忘れもの」を主宰する綿貫不二夫がいた。早稲田時代には学生写真界の名門である早稲田大学写真部に属しており、毎日新聞社入社後も雑誌の取材現場などで腕を磨いていった。
 出版写真部時代の代表作といえる作品に『毎日グラフ』(1985年10月27日号〜1986年1月26日号)に12回に分けて連載された『昭和二十年東京地図』がある。西井一夫が文章を担当し、1986年に筑摩書房から単行本化されたこの連載で、平嶋は浅草、麻布・三田・芝、目黒・品川、本郷・谷中・上野など、戦後40年を経た東京の周縁部を歩き回り、「都市の記憶」を写真で辿り直そうとした。1987年には、亀戸・木下川・小岩から東村山・立川まで、さらに東京の近郊地域に足を伸ばした『続・昭和二十年東京地図』(筑摩書房)も刊行されている。
 世田谷美術館で開催された「東京スケイプ(Tokyoscape: Into the City)」展(2018年7月21日〜10月21日)にも出品されたこのシリーズをあらためて見ると、都市観察者としての平嶋の眼差しのあり方が浮かび上がってくる。写真に写っているのは、バブル経済が大きく膨張しつつあった1980年代半ばの東京とその近郊の眺めであり、戦前からの古い街並みは「開発」という名の下の「街殺し」によって軒並み取り壊され、消失しつつあった。平嶋はその光景を、ことさらに感情移入するわけではなく、広角気味のレンズで平静に距離を保って撮影していく。とりわけ彼の関心を惹きつけているのは、街のディテールであり、視覚的情報だけでなく触覚的情報を取り込んでいることで、あたかも平嶋や西井に同行して東京を彷徨っているような気分になってくる。黒白のコントラストをやや強めて、どちらかといえば闇(影)の領域に寄り添うように撮影しているのも、平嶋の写真術の特徴といえるだろう。
 平嶋は2000年代以後に写真から編集へと活動の場を移し、『宮本常一 写真・日記集成』(毎日新聞社、2004年)、『私的昭和史 桑原甲子雄写真集』(同、2013年)といった注目すべき著作を刊行した。民俗学者の宮本常一が撮影した膨大な量の写真を構成した『宮本常一 写真・日記集成』(全2巻・別巻1)は、2005年に第17回写真の会賞を受賞している。これらの著作においても、写真家として鍛え上げた、画像の細部から情報を引き出してくる細やかな観察力が活かされているのは言うまでもない。
(いいざわ・こうたろう)

ミュージアム コレクションII「東京スケイプ Into the City」出品作品のご紹介re_hirashima
平嶋彰彦
"池袋二丁目・百軒店の取り壊し"
1985年
ゼラチン・シルバー・プリント
19.0 × 29.0(cm)
≪所蔵 世田谷美術館≫

■平嶋彰彦 ひらしまあきひこ
写真家、編集者
1946年千葉県生まれ。1969年毎日新聞社に入社。『毎日グラフ』『サンデー毎日』の写真取材に携わる。のち編集に転じ『宮本常一 写真日記集成』『グレートジャーニー全記録』などを手がける。2009年退社。共著に『昭和二十年東京地図』など。

●展覧会のご案内
「東京スケイプ Into the City」
会期: 2018年7月21日(土)〜10月21日(日)
開館時間: 10:00〜18:00(入場は17:30まで)
休館日: 毎週月曜日(ただし9月17日(月・祝)、9月24日(月・振替休日)、10月8日(月・祝)は開館、9月18日(火)、9月25日(火)、10月9日(火)は休館)
会場: 世田谷美術館 2階展示室
東京という街のすがた、そこを行き交う人々がつくりだす景色。当館の写真コレクションにより、1930年代以降の東京を、時の経過とともに展望します。
出品作家は桑原甲子雄、師岡宏次、濱谷浩、高梨豊、荒木経惟、平嶋彰彦、宮本隆司、勝又公仁彦、萱原里砂 
HPには詳細がないのでチラシをご覧ください。

●飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに不定期連載でしたが、今回から奇数月の18日に隔月更新しますので、ご愛読ください。次回は11月18日に掲載します。
ちょうど昨日17日から銀座で飯沢さんの個展が始まりましたので、併せてご紹介します。
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「飯沢 耕太郎展」月読み
会期:2018年9月17日(月)〜9月22日(土)
開館時間:12:00 - 19:00 / final day 17:00
会場:ギャラリー巷房 (〒104-0061 東京都中央区銀座1-9-8 奥野ビル 03-3567-8727(tel.))
巷房2・階段下にても同時開催中

飯沢さんが昨年と、今年の夏休みに集中して描いた月の絵のオンパレード。10メートルという絵巻物の大作もあります。ぜひ足をお運びください。
また絵とことばの本『月読み』(三月兎社/2500円)も同時刊行することになりました。展覧会場で購入できます。こちらもぜひお求めください。

●今日のお勧めは西井一夫(著)と平嶋彰彦(写真)による『新編「昭和二十年」東京地図』です。
20180912171806_00001
新編「昭和二十年」東京地図
西井 一夫 著 , 平嶋 彰彦 写真
シリーズ:ちくま文庫
定価:本体900円+税
刊行日: 1992/07/23
判型:文庫判
ページ数:352
昭和20年8月15日を境として分かたれた戦前と戦後。その境を越えて失われたものと残されたものとを、現在の東京のなかに訪ね歩く。

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ときの忘れものは第303回企画◆野口琢郎展 を開催します。
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JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第68回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第68回


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乾燥した大地に井戸がある。まずそのことに驚く。水脈に届くのにどれほど掘らなければならなかっただろう。地球の芯にむかって気が遠くなるほどまっすぐ掘り進んだのではないか。

井戸のデザインにも驚く。垂直に埋め込まれたシリンダーと、ピストンを上下させるレバーと、水がでてくる蛇口という必要最低限の要素が合体されたそれは、日本の古井戸とはまるで別人だ。まっすぐで、律義で、口数少なく、物静かである。日本の井戸も律義ではあるが、よくしゃべるし、人好きである。この井戸はひとりでいることが多く、”孤高の人”のような雰囲気を漂わせている。

ひとりの男がその井戸にやってくる。黒い肌、まっすぐ伸びた背筋、長い足、長い腕、格好のいい頭、腕輪や耳飾り、布を巻き付けた衣装など、彼もまた日本にいる人間とはまるで姿形がちがう。彼は井戸の本体にからだの軸を合わせるように向き合うと、直立の格好でレバーを持ち上げ、ゆっくりと下ろす。ちょろちょろと水音が響く。量は少なく勢いもないが、まぎれもない水である。乾いた地表にあがってきた大地の体液である。

彼の右手はレバーを握っているが、左の手のほうはなにをしているのか。もしかしたらレバーの反対側に同じように真横に突起があって、そこに添えられているのではないか。足の後ろからのぞいている棒は、おそらく腕とからだのあいだに挟まれていて、手先は両方とも自由なのだ。

見ていると、無駄な贅肉が少しもついていない、すっきりと伸びやかなからだが、井戸のかたちに重なってく。一方は人間で、もう一方は道具なのに、どこか通じるものがある。真横に並んで立っているから余計そう感じるのかもしれない。井戸が分身のように感じられる。

彼の目は井戸に注がれているが、蛇口の下に水瓶は置かれていない。水を受けるつもりはないようだ。ただ水が流れ出るさまを見れば満足なのか。コンクリートで囲われた浅い流しが蛇口の下につくられている。そのデザインは井戸のそれとは対照的に曲線をなし、やわらかな印象だ。レバーの側には同じくコンクリートで人の立つ場所が固められているが、そこも先端がすぼんだ有機的なデザインで、両方を上空から俯瞰したら人間の瞳のように見えるだろう。

井戸はたぶん鉄製で、その堅い材質ゆえに直線にならざるを得なかった。周囲も井戸にあわせて長方形にしてもよかったが、そうしなかった気持ちはわかるような気がする。地面と地つづきの場所は曲線がいい。直線ではうまく馴染まない。

井戸のまわりは果てしなくつづく荒れ地である。わずかな水で生きられる乾いた草だけが生えている。目に入るのはごくわずかなものだけという茫漠とした大地に刻まれた瞳形の井戸端に、まっすぐに立っている影がふたつ。抽象画のような光景。そのまま地面を離れてどこかに飛んでいけそうである。
大竹昭子(おおたけあきこ)

●作家紹介データ
船尾修
1960年神戸生まれ。筑波大学卒。出版社勤務の後、フリーに。
現在は大分県の中山間地にて無農薬で米作りをしながら家族4人で暮らしている。
主な著書、写真集に、「アフリカ 混沌と豊饒の大陸(全2巻)」(山と渓谷社)、「UJAMAA」(同)、「循環と共存の森から〜狩猟採集民ピグミーの知恵」(新評論)、「世界の子どもたち 南アフリカ」(偕成社)など。「カミサマホトケサマ」(冬青社)が第9回さがみはら写真新人奨励賞を受賞。「フィリピン残留日本人」(冬青社)が第25回林忠彦賞と第16回さがみはら写真賞をW受賞。最新刊は「カミサマホトケサマ国東半島」(冬青社)。

●展覧会のご紹介
船尾修写真展「Beyond The Border」
会期 :2018年9月7日(金)〜9月29日(土)
会場 :ギャラリー冬青(〒164-0011 東京都中野区中央5-18-20)
時間 :11:00〜19:00
休館日:日、月曜・祝日
船尾修さんの若き日の自由気ままな旅の中で撮影されたモノクロ写真27点が展示される。会期初日にはクロージング・パーティーも開催。

●今日のお勧め作品は、殿敷侃です。
08_block殿敷侃 Tadashi TONOSHIKI
《ドームのレンガ》(1)
1977
銅版、雁皮刷り
イメージサイズ:23.2×32.3cm
シートサイズ :32.8×44.0cm
Ed.50
サインあり

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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小林美香のエッセイ「写真歌謡論」第1回

小林美香のエッセイ「写真歌謡論」第1回

写真歌謡論 はじめに

01cameraer(図1)「CAMERAer」(表・裏・付録の御神籤)

02 (図2)荒井由美〈あの日にかえりたい〉(1975)

いつも当連載をご愛読いただき有難うございます。これまでに「写真集と絵本のブックレビュー」として執筆し、いろいろな書籍をその内容や蔵本、装丁などを含めて紹介して参りましたが、一つ区切りをつけてこの度新しく「写真歌謡論」という連載を始めさせて頂きたいと考えております。写真+歌謡という意外な組み合わせのように感じられるかも知れませんが、この連載の構想を思いついた一冊の本『CAMERAer』から連載の内容・構想を記しておきたいと思います。
『CAMERAer』(図1)は、美術家の野村浩 https://twitter.com/exdoranomu(1969- )の手によるコミックブックで、2018年7月に刊行されました。この作品は、野村が2013年から15年にかけてSNS上に不定期に連載した3コマ漫画をまとめたもので、カメラと写真のモモノケのようなさまざまなキャラクターが登場し、写真やカメラを取り巻く世界が描き出されています。私は、本書の解説を担当しておりますので、是非お読みいただければと思います(都内では POETIC_SCAPENADiff a/p/a/r/tNADiff BAITENSO BOOKSオリエンタルホビー、オンラインブックショップflotsambooksで扱っています)また、2019年1月から、横浜市民ギャラリーあざみ野にて、本作品と連動した横浜市所蔵カメラ・写真コレクション展「暗 くて明るいカメラーの部屋」の開催が予定されています。以下の文章は、解説の冒頭で書いた文章「『CAMERAer(カメラー)』から見る写真の世界」の中で記したものです。
「野村浩は1969年生まれ、私は1973年生まれでともに40代の中年である。幼少期から青少年期にはフィルムの写真に慣れ親しみ、成人した後にインターネットの普及と写真のデジタル化を経験し、現在はデジタル ネイティヴ、スマートフォン世代の子どもを育てる親でもある。フィルムの写真で育った世代として、写真を撮る・見る経験を通して「もの」としての写真への愛着が身体に深く刻み込まれている。子どもだった 1970年代、80年代を振り返ると、歌詞の中に写真が登場する歌謡曲のフレーズが過る。たとえば、荒井由美の〈あの日にかえりたい〉(1975)は、「泣きながら ちぎった写真を てのひらに つなげてみるの」(歌詞、楽曲へのリンクは下記参照)(図2)と歌い出し、松田聖子の〈蒼いフォトグラフ〉(1983)は、「一度破いてテープで貼った 蒼いフォトグラフ」とか「写真はセピア色に 褪せる日がきても」と、写真の状態をこと細かく描き出す(歌詞、楽曲へのリンクは下記参照)。 このような歌詞が示すのは、写真の「もの」としてのあり方が、それを所有し、見る人の感情に強く作用するということであり、写真が想いを寄せる相手を召還し、その縁(よすが)を証立てる大切な「もの」であるからこそ、ちぎったり、切れ端を掌にのせたり、テープで貼り合わせたりする行為や、褪色という写真の経年変化に、相手の存在や自分の感情が託されるということである。スマートフォンやPCの画面に表示される画像として写真に接することが圧倒的に多くなった現在、写真への想いの込め方、扱い方は変わっているのだろうか?「あの日の写真にかえりたい」、つまりフィルム写真の時代に戻りたいわけではないけれども、そもそも写真とはどのようなもので、これまでに自分たちは写真とどのような関わり方をしてきたのかということを、振り返って確かめてみたいという想いは、現在の中年(もしくはそれ以上の世代)の心の奥底に溜まっているのではないだろうか。」
03(図3)写真歌謡祭ポスター画像

04(図4)お土産として制作されたカセットテープ (中のテープは、未使用の状態で、ラベルの中にYoutube の再生リスト と、ミックステープへのリンクが記されている)

05(図5)カセットテープのラベル

上記のように書いた後に、『CAMERAer(カメラー)』についての解説を進めているのですが、文中で挙げた〈あの日にかえりたい〉や〈蒼いフォトグラフ〉のほかにも、歌詞の中に写真やカメラ、写真に関連す る言葉が登場する楽曲(それらを「写真歌謡」と名づけました)には以前から関心を持っていたので、この 文章を執筆した後にも検索したり、SNS上で友人や知人から教えてもらったりしてリサーチを進めていきま した。8月18日には、「CAMERAer 発売記念トーク&写真歌謡祭」と題したイベントを開催し、選曲した24曲を聴きながら、楽曲の歌詞を分析し、時代の変遷に伴い、社会と写真の関係がどう変化してきたのかを探りました。選んだ曲は、ポール・サイモンが1973年に発表した「Kodachrome(邦題:僕のコダクロー ム)」から、K-POPシンガー、DEAN が2017年に発表した「Instagram」までに及び、ジャンルは歌謡曲、 ロック、テクノポップ、J POP、ヒップホップなどジャンルも様々です。(図3、4、5)40年以上の時間の流れの中で、写真が辿ってきた技術的な進歩や、写真が歌詞の中に登場することで、ストーリーの時間軸が どのように設定されているのか、写真を介した歌の中の感情の動きなどを読み取ることができました。ポピュラーソングの歴史と写真の歴史を重ね合わせ、歌われた写真と写された写真を掛け合わせて写真のあり方を考える「歌謡写真論」を構想してみたいと思いが湧いてきたので、毎回一曲か二曲の楽曲を取り上げ、その時代背景、楽曲にちなむPVのような映像作品、歌詞の内容を連想させる写真家の作品を取り上げながら、 論じていきたいと考えております。どうぞよろしくおつきあいください。
荒井由実 あの日にかえりたい (1975)https://www.youtube.com/watch?v=36d-SKvLh4o
作詞・作曲:荒井由実(松任谷由実) 歌詞 http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=35507

松田聖子 蒼いフォトグラフ (1983)https://www.youtube.com/watch?v=ZXL3Xx0jXwQ
作詞:松本隆 作曲:呉田軽穂(松任谷由実)歌詞 https://www.uta-net.com/song/176/
こばやし みか

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。

●本日のお勧め作品は、吉田克朗です。
london-05
吉田克朗 Katsuro YOSHIDA
『LONDON II』より「Eaton Gate」
1975年 フォトエッチング  
シートサイズ:31.0x43.3cm
たとう入りオリジナルプリント12点組
各作品に限定番号と作者自筆サイン入り
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●小林美香のエッセイ「写真歌謡論」は毎月25日の更新です。

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小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」第11回

小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」

第11回 Higashi-Nakano


Higashi-Nakano01

Higashi-Nakano02


都市は何をもって都市と呼ぶのか。
東京の街を、ささやかな植物の影を追いながら、そんなことを考える。
では、植物は都市の一部か。
一部だとしたら、どこまでをそう呼ぶのか。
境界は確実にあるはずだ。
風景に溶け込み、
錆びの一部だったり、
壁の一部に映るそれらは、すでに都市の領域か。

---------
小林紀晴
《Higashi-Nakano 01》
《Higashi-Nakano 02》
ともに2018年撮
ゼラチンシルバープリント
11×14inch
Ed.20

こばやし きせい

小林紀晴 Kisei KOBAYASHI(1968-)
1968年長野県生まれ。
東京工芸大学短期大学部写真科卒業。
新聞社カメラマンを経て、1991年よりフリーランスフォトグラファーとして独立。1997年に「ASIAN JAPANES」でデビュー。1997年「DAYS ASIA》で日本写真協会新人賞受賞。2000年12月 2002年1月、ニューヨーク滞在。現在、雑誌、広告、TVCF、小説執筆などボーダレスに活動中。写真集に、「homeland」、「Days New york」、「SUWA」、「はなはねに」などがある。他に、「ASIA ROAD」、「写真学生」、「父の感触」、「十七歳」など著書多数。

●本日のお勧め作品は、小林紀晴です。
おすすめkobayashi_07_work小林紀晴
〈ASIA ROAD〉より1
1995年
ヴィンテージC-print
イメージサイズ:18.6x27.9cm
シートサイズ :25.3x30.3cm
サインあり
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ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第67回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第67回

澎湖印記-謝三泰攝,1991(c)Hsieh San-Tai
(画像をクリックすると拡大します)

若いふたりの門出を祝う結婚式があり、終わって記念撮影をしたところだ。海をバックに立っているのは、式場が海辺の景勝地にあったからか。どこで撮るか揉めた揚げ句に、長いドレスの裾をもちあげ、歩きにくい岩場を通って、七人でぞろぞろとここにやって来たのだ。

新婦は翼のようなフリルがたくさんついたウエディングドレスを着て、首元と胸元をネックレスとコサージュで飾っている。風でドレスの裾がめくれて足先がのぞいているが、履いているのはヒールのついていないペタンとした靴だ。

新郎のほうはスーツ姿だが、リーゼントの髪形にリキが入っている。大きな頭がなおさら膨らんで”頭でっかち尻つぼみ”の印象。襟元の蝶ネクタイが傾いているのが気になるが、よく見ると傾いているのはネクタイではなく、彼の体のほうである。新婦の腕をとったために、そちら側の肩があがって体が傾いだのだ。「腕をとる」と言ったが、実際は「とられている」ように見えるのは、彼女の身長のせいである。顔半分くらい彼より身長が高い。彼の眼がようやく彼女の唇に届くくらいだから、キスするにはつま先立ちする必要があるだろう(彼女の靴がペタンコな理由を了解)

新婦の反対側には彼女の親族がいる。横の女性は顔立ちも、前髪を膨らませて右に流した髪形も新婦に似ているから姉だろう。気丈で、しっかりもので、少し口うるさいところもある。その右にいるのは妹で、彼らは三姉妹なのだ。

新郎に目を移すと、左側にいるのは彼の兄である。目と口元がそっくりだ。眉間にしわを寄せ、照れたような困ったような表情で弟の行く末を気にしている。彼は重心が低くて安定感があり、甘えん坊でスイートな雰囲気の弟と好対照をなしている。

とここまで書いて、彼が胸にコサージュを飾っているのが気になりだした。新郎がつけるのはわかるとしても、どうして「兄」もなのだろう。新婦の「姉」を見てみると、彼女の胸元にもそれらしきものがついている。はっとしてこれまでの想像ががらがらと崩れ去った。「兄」と「姉」と思っていたが、そうではなくてふたりは夫婦なのではないか。彼らは若い友人の結婚に立って媒酌人を務め、その徴として胸にコサージュをつけているのではないか。

写真でふたりの関係を改めて確認することにした。新郎・新婦の姿を手で隠し、「兄」と「姉」の顔を交互に見比べる。するとにわかにふたりのあいだに夫婦らしい雰囲気が立ち上がってきたのに驚いた。長く連れ添った人生の先輩の風格と落ち着きが漂い、媒酌人にふさわしい人はこの夫婦を置いていないように思えてきたのである。

こうなると、これまでの想像を根本から問い直さなければならないと、ほかの人たちにも同じことを試してみた。まず新婦と彼女のとなりの「姉」を手で覆い、「新郎」と新婦の「妹」を見比べたところ、似ている。やや離れ気味の眼や、頬から口元にかけての表情などそっくりで、兄妹と言われたら信じるだろう。

新郎の後には控えめな様子でポロシャツの男が立っている。新郎の姿を隠してつぎにこの彼と新婦を見比べてみたら、あにはからんや、彼らもまた血縁と言ってもおかしくないほど似た空気を漂わせているではないか!

こうして写真のあちこちに手をかざし、比較するうちになにがなんだかわからなくなってきた。似ていると思えば、だれもが似ているように思えてしまう。目が類似点のほうに反応し、差はあってもグラデーションの範疇に収まり、大きなちがいはどこにも認められなくなったのだ。最後にたどりついたのは、「ここに写っている人たちは同じ一族である」ということだった。それがいちばん説得力ある、真実に近いことばのように思えた。

大竹昭子(おおたけあきこ)

●紹介作品データ:
謝三泰 (シェ・サンタイ) 
《澎湖の印象》

1991年 (C)Hsieh San-Tai

●展覧会のご紹介
清里フォトアートミュージアムで台湾写真交流展 島の記憶 1970〜90年代の台湾写真が開催中です。
チラシ表
チラシ裏
台湾写真交流展
島の記憶 1970〜90年代の台湾写真
会期 2018年7月7日〜12月2日
会場 清里フォトアートミュージアム
住所 山梨県北杜市高根町清里3545-1222
電話 0551-48-5599
開館時間 10:00〜18:00
休館日 火曜日 (11.20開)、7.7-9.3は無休
観覧料 一般800円、学生600円、中高生400円
アクセス JR清里駅よりタクシー10分

清里フォトアートミュージアムにおける世界の若手写真家を支援する公募&コレクション活動、「2018年度ヤング・ポートフォリオ展」展は、毎年冬期休館あけの3月より開催。
2018年度YPは、2019年3月中旬〜6月下旬に清里フォトアートミュージアムで開催予定。選考委員は 川田喜久治さん、上田義彦さん、細江英公さん。
現在、過去23年間のYPコレクションの一部を、国立台湾美術館に巡回中。


●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
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小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」第10回

小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」

第10回 Ningyocho


Ningyocho01

Ningyocho02


実像と虚像。
ニセモノがホンモノより真実を語ることは十分にある。
ニセモノはよりホンモノを真似ようとする。

いやそれ以前に、写真は像を結んだ瞬間から、
ホンモノではなくなる宿命を担わされている。
複写された像は急速にホンモノから遠ざかり、
実像と虚像のあわいはより曖昧になっていく。

透明の箱に入った花はニセモノか、ホンモノか。
コンクリートに影を通した葉の陰はホンモノか、ニセモノか。
そもそも、確かめることに意味はあるのか。

--------

小林紀晴
《Ningyocho 01》
《Ningyocho 02》
ともに2018年撮
ゼラチンシルバープリント
11×14inch
Ed.20

こばやし きせい

小林紀晴 Kisei KOBAYASHI(1968-)
1968年長野県生まれ。
東京工芸大学短期大学部写真科卒業。
新聞社カメラマンを経て、1991年よりフリーランスフォトグラファーとして独立。1997年に「ASIAN JAPANES」でデビュー。1997年「DAYS ASIA》で日本写真協会新人賞受賞。2000年12月 2002年1月、ニューヨーク滞在。現在、雑誌、広告、TVCF、小説執筆などボーダレスに活動中。写真集に、「homeland」、「Days New york」、「SUWA」、「はなはねに」などがある。他に、「ASIA ROAD」、「写真学生」、「父の感触」、「十七歳」など著書多数。


●今日のお勧め作品は、小林紀晴です。
kobayashi_03_work小林紀晴
《東京装置》
1997年
ヴィンテージゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:20.4x17.0cm
シートサイズ :25.3x20.3cm
サインあり
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大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第66回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第66回

01
(画像をクリックすると拡大します)

風船と洗濯ばさみは友好関係を結ぶことができない。
飛び立とうとするものと、つなぎとめようとするもの。
膨らむ力と、それを留める力。
オプティミズムとシニシズム。

相反する力が働くふたつの物体を、身にまとって、立っている男。
風船の数は12個で、洗濯ばさみの数はわからないが、体の前面にもつけているから相当な数にのぼる。

男はどんな表情でそこに立っているのだろう。後ろ向きで見えないが、背を向けて、足をやや開きぎみに立っている様子は、直立不動というほど固くはないが、リラックスしているようにも見えない。
両腕と胴体のあいだには隙間があけてある。洗濯ばさみが付いていて密着できないのかもしれないが、腕を離して立っているこの姿勢が決闘シーンを連想させる。
腰にさげたケースから拳銃を抜いて、いままさに発砲しようと構えているガンマンのように。

そう思ってしまうもうひとつの理由は、上着の肩のあたりに並んでいる洗濯ばさみである。これがカウボーイの皮ジャケットについているビラビラしたフリンジに似てみえて仕方がない。男の正面にはホルモン焼き屋がある。そこに正面から突っ込んでいこうとしているような、何かを覚悟している人間の緊張感を嗅ぎとる。

店の入り口には提灯がさがっている。この写真を見たときにまっさきに目に入ったのは、風船とこの提灯だった。提灯の丸みと風船の膨らみに空気圧という共通項を見つけたのか。提灯にはホルモン焼きの名称が書かれていて、「コリコリ」「テッポウ」「キアラ」「チレ」などと知らない名前がつづく

鶴橋の文字が見える。大阪の焼き肉街として名高い場所である。男の立っている道はかなり幅が広いが、この道はホルモン屋にぶつかって行き止まりなのだろうか。
はじめに見たときはそう思った。コの字型に店が囲んでいる小さな広場のような空間が想像されたのだ。

ところが、ホルモン屋の看板に「この横の焼き肉本通を通って徒歩30秒」という文言を見つけて、考えがぐらついた。矢印もついている。店の前に細い横道があるのかもしれない。
とはいえ、文字情報がなければ行き止まりと思うのが自然で、そう思うわけは簡単だ。道の交差する場所が男のからだで塞がれ、見えないからである。

袋小路に立っているように見えることが、男の抱えている圧力を強めている。風船と洗濯ばさみの抗う力をみなぎらせて入ってきた男は、この場所でぴたりと足を止めたのだ。看板やネオンがかまびすしく客寄せをしているゴテゴテした路上で、エネルギーを体表に集めて静止し、見えない拳銃をいままさに抜かんとしている。

大竹昭子(おおたけあきこ)

●紹介作品データ:
森村泰昌
《高く、赤い、中心の、行為:「中」09》

2018年
ゼラチンシルバープリント
34.0x26.7cm
courtesy of MEM

森村泰昌 Yasumasa MORIMURA
1951年大阪市生まれ。京都市立芸術大学美術学部卒業。1985年ゴッホに自ら扮したセルフ・ポートレート写真を発表、有名絵画の登場人物に扮する「美術史シリーズ」で脚光を浴びる。1988年ヴェネチア・ビエンナーレでアペルト部門に選ばれて注目を集め、海外の展覧会への出品、個展などを行うようになる。「女優シリーズ」「サイコボーグシリーズ」のほか「フェルメール」「フリーダ・カーロ」などのシリーズなどもあり、最近ではヴィデオ作品もも手がける。他にも、映画や芝居などで役者として活躍をしている。

●展覧会のご紹介
ギャラリーMEMで森村泰昌展「高く、赤い、中心の、行為」が開催されています。
森村泰昌展「高く、赤い、中心の、行為」
会期:2018年6月9日(土)〜7月8日(日)
会場:ギャラリーMEM
時間:12:00〜20:00
休館:月曜日 (祝日または祝日の振替休日は開廊し、翌日休廊])

「高く、赤い、中心の、行為」と題された本展は、初期の「星男」含め過去の作品から新作まで、パフォーマンスを含め身体の行為を基礎にした森村作品の側面を考察する。
展覧会タイトルと同名の新作は、高松次郎、赤瀬川原平、中西夏之により結成されたハイレッド・センターによって、1964年に東京の路上で行われた「第6次ミキサー計画」での、各作家による「行為」を参照しながら、作家の地元大阪の鶴橋で森村自身によって行われたパフォーマンスを基に写真とビデオ作品を制作したものである。加えて、同様にパフォーマンスのビデオと写真作品で構成される60年代暗黒舞踏の運動を率いた大野一雄の「ラ・アルヘンチーナ頌再考」(2010-2018)も展示される。(ギャラリーMEMHPより転載)

〜〜〜〜〜

*画廊亭主敬白
今回は凝縮された日本滞在でしたが、難しかった個展の開催等、思わぬほど多大に苦労をお掛けし、然し乍ら、首尾良く個展が出来、大変お世話になりました。
チョット前、自宅に帰って来まして、リラックスしているところであります。
想像以上に、多くの人が訪れてくださいまして、楽しく歓談することが出来ました。アメリカで孤立している為か、余計に多くの人と喋れたのが、私にとって貴重な経験でもありました。
先ずはお礼まで・・・
20180630 関根伸夫


銀座のギャラリーせいほうで開催していただいた「関根伸夫展」が6月29日に終了しました。上掲はロスに戻られた関根先生からのメールです。
70年代の立体、紙の作品から、近年の新作絵画「空相ー皮膚 Phase of nothingness-skin」シリーズまでを展示した本展は久しぶりに作家が帰国したこともあって多くの方にご来場いただきました。
お買い上げいただいたお客様には心より感謝申し上げます。
1979青森五拾壱番館ギャラリー 関根伸夫今から約40年前、左から亭主、関根先生、五拾壹番館ギャラリーの高木保さん、
1979年10月22日青森市・五拾壹番館ギャラリー「関根伸夫展」オープニング

20180618_sekine_opening_042
お互い70代を迎えてしまった左からギャラリーせいほうの田中譲さん、関根伸夫先生、亭主
2018年6月18日銀座・ギャラリーせいほう「関根伸夫展」オープニング

ありがとうございました

◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
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