写真

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第71回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第71回

tほうたれ012(画像をクリックすると拡大します)


電話ボックスの前を左の方向に行くと、海に出るはずだ、と思いながら写真を見ている自分に気がついて、奇妙に感じた。海は写っていないのに、ここは海辺の町だと体のどこかが告げるのだ。光のせいだろうか。屋根に反射する陽光がまぶしいほど強く、それが海辺の町の記憶を連れてくるのだろうか。

奥のほうに山が見える。その山は左にむかって低くなっている。それが半島をイメージさせることも、関係しているのかもしれない。小さな入り江にできた集落で、時間は午後3時過ぎで、季節は春先、などと妄想がひろがっていく。

道のまんなかには円形の植え込みがあり、じっと見つめてしまう。いちばん背の高いのは花を咲かせる落葉樹で、たぶん梅とか桜だ。つぎに高いのはソテツで、それらのまわりを背の低い潅木(ツツジかもしれない)がとり囲んでいる。

なぜここにこのような植え込みがあるのか、不可解だ。剃り残しの髭のほうに、まわりとの関係性を断たれて孤立している。わざわざ作ったとは思えない。かつてどこかの敷地に属していたものが、なにかの事情で置き去りにされたのではないか。はじめの違和感があったけれど、しだいに目になじんで、いまではこれがなくなったら間が抜けていると住人は感じている。町の目印としても有効で、あの丸い植え込みの近く、などと場所を指すのに重宝し、車の追突事故の防止にも役立っている。

この円形の植え込みを中心に三本の道が交わっている、と最初に見たときは思ったのだが、だんだんとちがうような気がしてきた。手前側の場所が道にしては幅が広すぎる。ここだけ舗装されていなくて、車が駐車しているのも変だ。道ではなくて、どこかの敷地につづく導入部なのかもしれない。

その導入部を学校帰りの少年が歩いている。中学生か、いや、高校に上がっているかもしれない。詰め襟ではなくジャケットにネクタイという今ふうの制服を着て、リュックを背負い、しっかり前をむいて大股で歩いている。本日、彼の機嫌は悪くない。結構、いい一日だったのだ。

写真に写っている人物がもうひとりいて、そちらは女子生徒である。長い背負いベルトの付いただらんとしたタイプのリュックを腰の上で揺らしながら、うつむいて歩いている。彼女の瞳にはまわりの景色は映っていない。さっきから心のなかの小石を意味もなくほじくり返している。

ふたりは電話ボックスを左に行った先にある学校の生徒である。校門を出たのは男子生徒が先で、そのあとに女子生徒がつづいた。彼女は男子生徒の背中を見ながら進んできて、円形の植え込みのところで彼が右に行くのを見届けて、自分は左に曲がったのだ。毎日、同じ道を通っているから彼の姿は見慣れているし、どの家に住んでいるかも知っているが、口を聞いたことはない。目の端で姿を追いながら、またいた、と心のなかでつぶやく。

ここまで書いたところで、もう一度視線を引いて画面全体を眺めてみたところ、どうしたわけか海辺の町には見えなくなっていた。奥の山の左端にもうひとつ別の峰が写っている。それが気になって仕方がない。手前の山よりさらに奥にあり、どこまでつづいているかわからず、ひょっとしたらふたつの峰のあいだに海が見えてくるような気もするが、どこまでも山が重なり合って出られないようにも感じる。
大竹昭子(おおたけあきこ)

●掲載写真のクレジット
染谷學写真展「ほうたれ」より
(C) SOMEYA MANABU 2018

●作家紹介
染谷學 SOMEYA Manabu
1964年生まれ 日本大学芸術学部写真学科を卒業後、アシスタントを経てフリー。
紀行・歴史・文化等の写真を職業とするが、50歳を機にカメラマンを廃業し寺男になる。
個展 「Calcutta」コニカプラザ新宿、「海礁の柩」 ライトワークス、「温泉の町」 銀座ニコンサロン、 「ニライ」 銀座ニコンサロン/大阪ニコンサロン、 「道の記」 「道の記 II」ギャラリー蒼穹舎、 「艪」ギャラリー蒼穹舎、「ナハ」新宿ゴールデン街 酒場こどじ
写真集 『ニライ』冬青社、『道の記』蒼穹舎
写真展写真集『ニライ』にてさがみはら写真新人奨励賞2010
コレクション 沖縄県立博物館美術館、相模原市、日本大学芸術学部
ウェブサイト http://www.someyamanabu.com/

●展覧会のご紹介
新someya manabu a
新someya manabu b

染谷學写真展「ほうたれ」
会期:2018年12月3日(月)〜16日(日)
時間:13:00〜19:00 会期中無休/入場無料
会場:蒼穹舎ギャラリー(東京都新宿区 新宿1丁目3−5新進ビル3F 電話 03-3358-3974)
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●本日のお勧め作品は菅木志雄です。
菅木志雄 作品2
菅木志雄「作品2」
1981年 シルクスクリーン
作品サイズ:50x65cm
限定100部
裏に自筆のペンサイン

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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

ときの忘れものは「第306回企画◆佐藤研吾展―囲いこみとお節介 」を開催します。
会期:2018年12月13日[木]―12月22日[土] 11:00-19:00 ※会期中無休
306
インド、東京、福島という複数の拠点を往還しながら創作活動に取り組んでいる建築家・佐藤研吾の初個展を開催します。
本展では、自身でデザインし制作した家具としてのハコや、ピンホールカメラ(ハコ)とそれを使って撮影したハコの写真、またハコのドローイングなど、独自の世界観をご覧いただきます。
会期中、作家は毎日在廊予定です。
以下の日程で以下のゲストをお迎えし、ギャラリートークを開催します。
※要予約、参加費1,000円、複数回参加の方は二回目からは500円
12/13(木)13時〜 ゲスト:中島晴矢さん(現代美術家)
12/14(金)18時〜 ゲスト:岸井大輔さん(劇作家)
12/15(土)18時〜 佐藤研吾レクチャー
12/21(金)18時〜 ゲスト:小国貴司さん(Books青いカバ店主)
12/22(土)18時〜 佐藤研吾レクチャー
全5回のギャラリートーク、予約受付を開始しました。メールにてお申し込みください。 info@tokinowasuremono.com

●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は通常は休廊ですが、次回企画「佐藤研吾展―囲いこみとお節介」(12月13日[木]―12月22日[土])開催中は無休で開廊しています。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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小林美香のエッセイ「写真歌謡論」第4回

小林美香のエッセイ「写真歌謡論」第4回

写真歌謡論 メーガン・トレイナー「All About That Bass 」

今回紹介するのは、メーガン・トレイナー(Meghan Elizabeth Trainor,1993年生まれ)のデビューシングル、All About That Bass(日本語字幕つきのMV) (2014)です。この曲は同年の9月にシングル チャート1位になるなど、彼女の名を世に知らしめた大ヒットとして知られています。タイトルの Bassは、ジャズなどの演奏で使われるウッドベースのことで、歌詞の中では、ベースの刻む重低音のリズムに合わせて、「I'm all about that bass 'Bout that bass, no treble(私はベースなの、 ベース(重低音・どっしりと重みがあること)、トレブル(最高音部・か細いことの喩え)じゃない。」と繰り返されます。邦題の副題に「オール・アバウト・ザット・ベース〜わたしのぽちゃティブ宣言」とあるように、この曲にはメーガン・トレイナーが自らのふくよかな体型を肯定するよ うに歌い上げ、自分の身体のあるがままを愛そうと呼びかけるメッセージが込められています。
ミュージック・ビデオは、ドールハウスを模した砂糖菓子のようなパステルカラーの空間の中で、メーガン・トレイナーとそれぞれに肌の色の異なる女性のダンサーたちがいずれも人形を連想させるようなレトロでガーリーな衣装を身につけ、時折人形のようなぎごちない動作を挟みながら、体を弾ませるようにして踊ります。ミーガンやダンサーたちの踊るシーンの合間には、ファッションモデルのようなスレンダーな女性、メーガンのボーイフレンド役のような白人男性、巨漢でユーモラスながらも切れ味の良い振り付けで踊る黒人の男性、小学生低学年ぐらいの女児たちが登場し、ダンスを軸としながら曲が展開していきます。(図1,2,3) ミーガンは楽しげに弾むように踊りながら、次のように歌います。
01(図1)All About That Bass ミュージック・ビデオより メーガン・トレイナーとダンサーたち

02(図2)スレンダーな女性と巨漢の黒人男性

03(図3)人形カップルのようなメーガンと白人男性


Yeah, it's pretty clear, I ain't no size two
But I can shake it, shake it
Like I'm supposed to do
'Cause I got that boom boom that all the boys chase
And all the right junk in all the right places

わかってるわ、私はサイズ2(日本のサイズでは、M、9号に相当)じゃないって でもこうやって踊れる 自分の思い通りに だって私には男たちみんなを虜にするお尻があるわ お肉がちゃんとつくべきところについている。
自分の身体をポジティブに捉え、メディアに流通する写真の中ではフォトショップによって容姿が修正されていることを、韻を踏んだ歌詞の中で次のように指摘します。

I see the magazine workin' that Photoshop
We know that shit ain't real
C'mon now, make it stop
If you got beauty beauty, just raise 'em up
'Cause every inch of you is perfect
From the bottom to the top

Photoshopで加工された雑誌を見てる
そんなものが本物じゃないってみんなわかってる
ねえ、加工はもうやめようよ
美しいんだったら、ありのままを出そう
だってあなたのどの部分も完璧だよ
つま先からてっぺんまでね

04(図4)フォトショップの加工前と後

このような歌詞に掛け合わせるようにして、スレンダーな女性の姿が、フォトショップで修正される前と後を比較するような画面が差し込まれます。通常の画像加工では、体型をスリムに変えることをパロディ化するために、モデルの女性はふっくらとした体型に修正されています(図4)。

05(図5)バービードールを手にして放り投げるメーガン

06(図6)バービードールでお人形遊びをする二人の女児

ミュージック・ビデオがドールハウスのような色調で、振付の中にも人形のような動作が含まれていることは先にも述べましたが、実際にドールハウスも登場し、メーガンがバービードールを手にして放り投げる場面や、女児2人がドールハウスでお人形遊びをする場面も登場します。彼女は次のようにも歌います。

You know I won't be no stick figure silicone Barbie doll
So if that's what you're into then go ahead and move along

私はシリコンのバービードールのようになれないって知ってる
だからそっちに興味があるんだったら、どうぞお好きに、どっか行ってね

歌詞と映像は、シリコン製のバービー人形に体現されているような細長い手足の体型が美 しく望ましいであるという価値観が、人形遊びを通して幼い女の子の中に刷り込まれていることを批判し、「シリコン製の人形のプロポーションを生身の女性の理想像とするのはおかしいでしょう」と笑い飛ばしているようです。

「All About That Bass」が大ヒット曲になった背景には、スリムな体型の女性を美しいと見なす価値観が依然として支配的であることに加え、Photoshopに代表されるような画像加工のアプリケーションが広く普及した現在においては、広告、ファッション写真などでは、修正を施した画像がメディア上に溢れていることや、そのような価値観や画像加工の技術が若い女性や幼い子供たちにもたらす影響を危ぶむような世論が広まっているという状況があると言えるでしょう。
07(図7)下着ブランドaerieのキャンペーン「この写真の女性はレタッチされていません 本当のあなたが素敵」#ariereal


「All About That Bass」がヒットした2014年には、この曲に託されたメッセージに響き合うようなキャンペーンやプロジェクトが展開しています。一つには、下着ブランドの aerieを展開するAmerican Eagle が、広告のなか でモデルにレタッチしていないことを謳い、さまざまな体型の女性の美しさをアピールす ることを目的として「The Real You is Sexy (本当のあなたが素敵)」というキャッチコピーをつけて宣伝し、SNSで#aerierealというハッシュタグを用いてキャンペーンを展開して女性たちの共感を集めて います。

08(図8)バービー人形の身体はあり得るのか?(寸法の比較)

09 (図9)バービー人形とラミリー人形の比較

もう一つは、アーティストであり研究者でもあるニッコレイ・ラム(Nickolay Lamm) が、クラウド・ファンディングを用いて開発し、製品化・販売に至ったラミリー人形です。この人形は、実際の19歳の女性の平均的な体型に基づいて3Dプリンタを用いて制作されました。開発に際して、ニッコレイ・ ラムは、バービー人形のプロポーションが実際の女性のプロポーションといかにかけ離れたものであるかを数値に基づいて分析して示しています(図8)。バービー人形とラミリー人形を並べると、そのプロポーションの違いは歴然としていて(図9)、幼い女の子が着せ替え用の人形として親しむ中で、女性の現実的なプロポーションと、自分のボディイメー ジに肯定感を抱いて育つことができるように、という願いが込められているのを見て取ることができます。「All About That Bass」のヒットは、Photoshopによる画像加工やバービー人形のような捏造され、現実離れした容姿を美しく、魅力的とする価値観への違和感の表明が、個人的な抵抗や意見表明としてだけではなく、商品開発やキャンペーンの展開にいたるまでの一定数の支持を得るようになったことの表れとも言えるのかもしれません。このような傾向が、一時的なブームに収束することなく、女性たち、若い世代や子供たちの意見表明や自己肯定感につながることを願って止みません。
こばやし みか

●小林美香のエッセイ「写真歌謡論」は毎月25日の更新です。

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。

●本日のお勧め作品は、植田正治です。
01植田正治
(無題)
c.1978
ゼラチンシルバープリント、木製パネル
Image size: 52.0×80.0cm
Panel size: 61.7×89.9cm
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●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。通常は日・月・祝日は休廊ですが、特別展の折には会期中無休とすることもあります。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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飯沢耕太郎「日本の写真家たち」第11回〜福原信三

飯沢耕太郎「日本の写真家たち」第11回

「日本の風景写真」を求めて 福原信三(Fukuhara Shinzo 1883〜1948年)

飯沢耕太郎(写真評論家)


 福原信三は1883年、東京府京橋区に生まれた。父の有信は銀座・資生堂薬局の経営者であり、保険会社の役員なども務める実業家だった。9歳下の弟に、のちにやはり写真家として活動する福原路草(本名・信辰)がいる。
 信三は4男だったが、兄たちが病弱だったり早逝したりしたため、早くから資生堂薬局の後継者として期待されて育った。千葉医学専門学校薬学科を卒業後、1908年に渡米してコロンビア大学に学び、同大学卒業後はニューヨークのドラッグストアや化粧品製造工場に勤めて研鑽を積む。だが、幼いころから絵を描くのを好み、東洋写真会の会員として「芸術写真」を撮影し始めていた信三は、そのまま実業の道に進むのにためらいがあったようだ。1913年、日本に帰国前にパリに半年程滞在していた時に、集中してセーヌ河畔の風景を撮影する。若々しいロマンティックな心情を、大胆な構図に刻みつけたそれらの写真群は、1922年に写真集『巴里とセーヌ』(写真芸術社)にまとめられ、日本の「芸術写真」の金字塔となった。
 福原信三は、帰国後の1916年に資生堂化粧品部を設立するなど、ビジネスマンとして忙しい生活を送るようになる。だが、いったん火がついた写真への情熱は抑え難く、1921年に大田黒元雄、掛札功、福原路草らと写真芸術社を設立し、大判の高級写真雑誌『写真芸術』を刊行しはじめる。信三がこの雑誌を舞台に展開したのが、「光と其諧調」の理念である。「画面のよく調和された調子——光線の強弱に由つて生ずる濃淡の調子」を重視する彼の主張は、1923年に刊行された写真集『光と其諧調』(写真芸術社)で具体的に実践され、当時の日本の写真家たちに大きな影響を及ぼしていった。四季の移ろいとともに微妙に変化していく眺めを、俳句のように切りとっていく日本独特の風景写真のあり方を、最初にさし示した一人が福原信三であったことは間違いないだろう。
 その後、信三は写真芸術社解散後に1924年に設立した日本写真会を主宰するとともに、『西湖風景』(日本写真会、1931年)、『松江風景』(同、1935年)、『布哇ハワイ風景』(同、1937年)などの写真集を刊行している。これらは、資生堂化粧品部の「花椿」のマークを自らデザインしたという彼の繊細な美意識が隅々まで貫かれた、美しい装丁の写真集である。1940年代になると、戦時体制が強化されて写真家たちの自由な創作活動はほぼ不可能になり、信三自身も白内障が悪化して失明するなど、やや寂しい晩年をおくる。だが、彼の詩情豊かな写真の世界は、むしろ1980年代以降に、日本だけでなくアメリカやヨーロッパでも再評価されるようになった。
いいざわ こうたろう

fukuhara01福原信三 Shinzo FUKUHARA
《ヘルン旧居  松江・島根》
1935年  
写真(バライタ紙)
イメージサイズ:34.2x26.2cm
シートサイズ:36.0x28.2cm
裏に記入あり
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●飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに不定期連載でしたが、奇数月の18日に隔月更新しますので、ご愛読ください。次回は来年1月18日に掲載します。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
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大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第70回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第70回


写真集『LONESOME COWBOY』(ボイジャー刊)より写真集『LONESOME COWBOY』(ボイジャー刊)より
https://kataokayoshio.com/
(画像をクリックすると拡大します)

ターミナルは不思議なところだ。
どこかに向かうための場所でありながら、来たるべきものを待つ場所でもある。
一直線に歩いていく人がいる横で、諦観の境地でたたずむ人がいる。
両者は同じ空間にいながら、まったく別の価値世界にいる。
乗り遅れまいと”急ぐ人”には一分一秒がものすごく貴重で、”待つ人”はその時間が少しでも早く過ぎてほしいと願う。
人間の能動性と受動性が顕著にあらわれ、居合わせた人の心が真逆の方向をむいているところに、ターミナルの奇妙さがある。

写真に目をむけてみよう。
写っているのは”待つ人”のほうである。ぜんぶで5人。”急ぐ人”はひとりもいない。
荷物を股のあいだに挟んで座り込む太り気味の女は、右手をギターケースに添えている。
だれかに持っていかれたら困る、そう思って把手をつかんでいるのだろう。
すぐそばにいるのだから心配ない、と思うのは安全な日本にいる人の考えることで、日本の一歩外にでれば、持ち物からいっときも目を放さないのは常識である。

彼女から一メートルほど離れたところには黒人の男女がいる。
女はスーツケースの上にコートを置いて腰をおろし、男のほうは床に片膝を立てて座っている。
女の手に傘が握られているのに注目。
床に置いてもよさそうなのに、そうしないのは、やはり持っていかれるのが心配なのだろう。
しかも傘を逆さまに持って、柄の部分で手提げ鞄を上から押さえているのがさすがである。

彼らから少し離れたところには白人の男が腕組みをして立っている。
彼には持ち物がない。5人のなかでいちばんリラックスして見えるのは、そのためだろうか。
荷物に気を配る必要がないから、疲れのないうららかな表情をしている。

彼の後ろにはもうひとり別の男がロッカーによりかかっている。
荷物はなさそうだが、フレームアウトされて写っていないのかもしれない。
片足を前に出してうつむいているしぐさは、気がかりなことに心を奪われているとも、ただ退屈しているともとれる。

荷物の多い人たちは行き先が遠いと考えていいだろう。
もしかしたらここが初乗りではなく、どこから乗ってきて、ここで別のバスに乗り換えるのかもしれない。
このようなトランジットの客は、”待つ人”が抱く所在のなさをもっとも強く味わう立場にある。
後もどりはできないが、行く手はまだ見えてこず、ふたつの狭間に宙吊りになり、先の運命が知れない漠とした不安にとらわれる。

背後にずらりと並ぶ、無機質で等価な、機能のみを考えて造られた鉄の函は、”待つ人”のそうした感情を無視しており、その冷淡さに彼らの理不尽さはよりいっそう際立っている。
壁のサインから、ここがグレーハンドのバスターミナルだと知れる。

大竹昭子(おおたけあきこ)


●作家紹介データ
佐藤秀明
1943年6月27日新潟生まれ 日本写真家協会会員
日本大学芸術学部写真学科を卒業の後、フリーのカメラマンになる。1967年より3年間ニューヨークに在住。1970年代前半から波を追いかけサーフィン雑誌を中心に活躍し、その後北極、アラスカ、チベット、ポリネシアなど辺境を中心に撮影活動を続け、数多くの作品を発表。最近は日本の雨の風景などにも取り組んでいる。

●展覧会のご紹介
DM新宿写真展『ロンサムカウボーイ』
会期 :2018年11月14日(水)〜26日(月)
会場 :リコーイメージングスクエア新宿
時間 :10:30〜18:30(最終日のみ16:00終了)
休館日:火曜日定休
1967年から撮り続けてきた作品を眺めてみると、時代が変わっても変わる事のないアメリカの風景が見えてくる。そんなアメリカの風景を独自のカメラアイで捉えた作品カラー、モノクロ合計約40点で構成。

●写真集のご紹介
表紙表1_背『LONESOME COWBOY』
出版社:ボイジャー
発売日:2018年10月26日(金)
価 格:4,800円(税抜き)
過去40年間のアメリカの旅から。タイトルは「ロンサムカウボーイ」

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●本日のお勧め作品は篠田守男です。
DSC_0958篠田守男
TC7013
2001年 金属彫刻
サイズ:32.7×38.8×1.8
Ed.10
サインあり・木箱入り

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ときの忘れもの・拾遺 第9回ギャラリーコンサート
武久源造コンサート」のご案内

日時:2018年11月24日(土)15:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:武久源造
プロデュース:大野幸
今回は午後3時開演。ちょうど近くの六義園の紅葉のライトアップの時期です。
*要予約=料金:1,000円(定員に達し次第締切ります)
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊です。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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小林美香のエッセイ「写真歌謡論」第3回

小林美香のエッセイ「写真歌謡論」第3回

写真歌謡論  The Chainsmokers の「Closer」(2016)と「#SELFIE」(2014)

01

今回紹介するのは、アメリカDJ、プロデューサー、シンガーソングライターのデュオとして活動 するザ・チェインスモーカーズ (The Chainsmokers ア ンドリュー・タガートとアレックス・ポール) の大ヒット曲「Closer(Featuring Halsey)」 (図1)(2016)と、彼らの最初のヒッ トとなった「#SELFIE」(2014)です。「Closer」は体にタトゥを施した男女が抱き合う(図1)ヴィジュアルからも察しがつくように、男女二人が歌うラブソングで、2018年10月時点で、Youtubeでの動画再生回数が21億回を超え、様々なミュージシャンがカヴァーした動画や歌詞の和訳も公開されていることからも根強い人気の高さが伺えます。歌詞の内容は、ざっくりと掻い摘むと「4年前に別れたカップルがホテルのバーで再会し、やけボックリに火がつき、色々と思い出し、呵責を感じながら燃え上がる」というものです。タイトルの「Closer」は歌詞の「So, baby, pull me closer(だからベイビー、もっとそばに抱き寄せて)」から取られており、ビジュアルに使われているタトゥは、「Bite that tattoo on your shoulder(肩のタトゥを噛んで)」というところに因みます。相手の名前や想いを刻み込んだタ トゥを「噛む」という表現に、戻れない過去や痛みが込められている、と言えるでしょう。歌詞の中には写真に関連する言葉は登場しないのですが、ミュージック・ビデオの中に、インスタント写真が重要な小道具として用いられており、現在のヒット曲の中での写真の扱いを考える上で見逃すことのできない写真歌謡と 言えるでしょう。

02(図2、3)「Closer」ミュージック・ビデオより

03

ミュージック・ビデオには、歌詞の内容を説明するようになぞる(男女がホテルのバーで再会するとか、ローバーの後部座席で抱き合うなど)のではく、バカンスを楽しむ美男美女のカップルがドライブをして、ビーチで戯れ、夕日を眺め、お互いの写真を撮り、撮った写真を二人で眺め、イ チャイチャするという、要するに「恋愛の一番盛り上がって幸せな場面」だけを寄せ集めるよう に編集されています。場面のシークエンス全体を通して、歌詞が白いマーカーで手書きされた文字の字幕として画面の中で弾んだり、動いたりするようにして、男女の歌声とシンクロするように流れていきます。(図2、3)歌詞の中では、「We ain’t ever getting older(僕らはあの頃と変わらない)」というフレーズが繰り返され、カップルの幸せそうな様子が「盛り上がっていたあ の頃」を指しているようにも読み取られます。映像は、海辺で戯れ、ドライブするカップルから距離を置き、時には空撮で捉えることで彼らが二人だけの世界にいて、スマートフォンではなくインスタント・カメラでお互いを撮影し、撮った写真を見る場面を捉えることで、SNSを通して不特定多数の誰かに公開するのではなく、二人だけが共有する記憶の縁としての写真を強く印象づけ ます。歌詞に描き出される男女の関係と映像、手書きの文字、インスタント写真の手触りが重なり合っていることが、多くの視聴者の感情に訴えかけるのかもしれません。SNS全盛の時代にあって、ここ2、3年は、フィルム写真のぼやけた粗い画面に新鮮さを感じる若い人達の間でインスタ ント・カメラや「写ルンです」で写真を撮ることが流行っていると言われますが、このミュージック・ビデオもまた、そのような時流を反映して作り出されたものと言えるでしょう。「Closer」の大ヒットに先立ち、ザ・チェインスモーカーズの名前を一躍世に知らしめたのが 「#SELFIE」(2014)です。「セルフィー(自撮り)」という言葉は、2013年に新しい言葉と して注目を集めオックスフォード英語辞典にも記載されるようになりました。この曲は、クラブに遊びに来た女性二人が、酔ってトイレで鏡の前で交わす会話がそのままリズムに乗っていて、男性のことやクラブの様子、ほかの女性客のことなど身も蓋もないことを喋りながら、インスタグラムで公開するためのセルフィを撮る場面が描かれています。(歌詞の内容はこちらミュージック・ビデオの中には、クラブで盛り上がる映像や、著名人を含むさまざまな人のセルフィーが挿入されています。鏡ごしにポーズをしてセルフィを撮り、ハッシュタグやキャプションを考え、写真がよく見えるようにフィルターを選び、インスタグラムに投稿したら「いいね!」 の数を確認し、反応が悪ければ削除して撮り直しをするというような一連の流れを歌うことで、 誰もが絶えず自分の姿がどう見えるか、他者からの反応や視線を気にかけているSNS時代一端を描き出しています。(図4、5)

04(図4)「#SELFIE」ミュージック・ビデオより セルフィーを撮る場面

05(図5) ライブの観客と共に、自撮りをするThe Chainsmokersの二人

「#SELFIE」と「Closer」の両方を続けて視聴してみると、「#SELFIE」はスマートフォンのカメラによる過剰な自己イメージの氾濫と不特定多数の他者からの視線に晒されるありようを描き出し、「Closer」はインスタントカメラを手にすることで、SNSや電波の届かない(「Closer」 の中でカップルはスマートフォンを一度も手にすることがありません)「誰にも邪魔されない二人だけの親密な世界」の中に入り込んでいるという点で、対照的な方法で写真が扱われているように感じ取られます。 The Chainsmokersが、ライブやYoutubeを通して注目を集め、ヒットを飛ばしているのは、視 聴者が、写真や映像を介してどのように自分自身や他者に関心を持ち、活用しているのかその方法を敏感に察知し、表現しているからなのでしょう。また、写真をプリントする機会が極めて少なくなった昨今のインスタント写真の流行は、このようなミュージック・ビデオとも深く結びついていますし、現在のアメリカを代表する女性ポップシンガー、テイラー・スウィフトが富士フイルムのインスタントカメラInstaxのCMに出演したり、テイラー・スウィフトがデザインを監修した製品Taylor Swift Editionも発売されています。デジタル写真、SNS全盛の時代にあって、顔の見えない相手と画像を拡散してシェアすることよりも、「もの」としての写真を通して、身近な人と実感を伴う関係を希求する傾向の表れとも言えるかもしれません。
こばやし みか

●小林美香のエッセイ「写真歌謡論」は毎月25日の更新です。

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。

●本日のお勧め作品は、倉俣史朗です。
48薔薇の封印一輪倉俣史朗
《Sealing of rose 薔薇の封印(一輪)》 
2004年 アクリル・造花
14.0x9.5x6.0cm  
*シール付き
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第69回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第69回


Masahisa Fukase_img01Seikan Ferry Boat, from the series Ravens, 1976 © Masahisa Fukase Archives(画像をクリックすると拡大します)

髪の毛って生えているときはきれいなのに、抜けるとどうしてこんなに汚いのかしら……。
スポーツジムの更衣室で水着に着替えていると、洗面台のほうからこんな声が聞えてきた。
思わず床に目をやる。
落ちている幾筋もの髪の毛。長かったり、短かったり、黒かったり、染められていたり。
つまみあげる指先におぞましさが走る。長いものほどそう感じさせる。
生えていればこんな気持ちにはならないのに。

髪の毛は不思議だ、とこの写真を見ても思う。
女子学生の後ろ姿が写っている。彼女は船の甲板に立っている。
甲板が写っていないのにそう思うのは、目の前が大海原だからか。
それもある。でも、それだけではない。
大きく傾むいた水平線が、不安定な場所にいるのを伝えるからだ。

そして、髪の毛である。
真ん中の女生徒の髪が四方八方に舞いひろがり、宙に飛び散っている。
更衣室の床の髪の毛とちがって、生えているから、汚くはない。
でも、きれいでもない。むしろ不気味。
彼女の意志を無視して狂喜乱舞しているところがきみわるい。

そのようにそそのかしたのはだれか。
海原を渡ってきた潮風だ。
振付師さながらに、彼女の長い髪のなかに手を入れて、右に、左に、上に、下に、前方に、背中に、と毛先を引っ張る。
毛根という大地から離陸させようと、サディステックな欲望を全開にしてあばれまわる。

もし望むならば、彼女はそれに抵抗し、振付師の動きを止めさせることだってできるはずだ。
むずかしいことはなにもない。
首のうしろに両手をまわして、髪を束ねてしまえばいいだけだ。
髪は再び彼女の配下に入り、おとなしく背中にたれるだろう。

でも、彼女はそうしない。
振付師が髪を引っ張りいたぶるのをただじっと受け止めている。
耐えているのではない。楽しんでいるのともちがう。
自分の人生がまだはじまっていないことを、でも、まもなくはじまろうとすることを、遠いどこかでだれかが告げているような気がしてならないのだ。
顔に当たる陽の光を細めた瞳のあいだから見つめつつ、その声を全身を透明にして聞いている。

大竹昭子(おおたけあきこ)

●作家紹介データ

深瀬昌久
1934年、北海道中川郡美深町に生まれる。日本大学芸術学部写真学科卒業。日本デザインセンターや河出書房新社などの勤務を経て、1968年に独立。代表作 「鴉」は世界的に高い評価を得ている。
1974年、アメリカ・MoMAで開催された歴史的な日本写真の展覧会「New Japanese Photography」への出展を皮切りに、これまで世界各国の展覧会に出展多数。1992年、不慮の事故で脳障害を負い、20年間の闘病の末、 2012年に亡くなる。享年78。2017年、フランスはアルル国際写真祭にて没後初の回顧展「l'incurable egoiste」を開催。2018年4月、京都のKYOTOGRAPHIE にて国内初の回顧展「遊戯」を開催。2018年9月からは、オランダはアムステルダムのFoam Museumにて、美術館では没後初となる回顧展「Private Scenes」を開催予定。深瀬が40年間の作家人生において制作した作品群の全貌を網羅した写真集「Masahisa Fukase」(Editions Xavier Barral より英語版及び仏語版、赤々舎より日本語版)が刊行される。

●今日のお勧め作品は、細江英公です。
44細江英公 Eikoh HOSOE
「鎌鼬#44, 1967」
1967年
ピグメント・アーカイバル・プリント
60.9×50.8cm
サインあり
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小林美香のエッセイ「写真歌謡論」第2回

小林美香のエッセイ「写真歌謡論」第2回

写真歌謡論  色鮮やかな写真を讃える歌 ポール・サイモン「Kodachrome」(1973)「Color Slide」 (1964)

01Paul-Simon-Kodachrome(図1)ポール・サイモン「Kodachrome」アルバムジャケットとコダクロームのフィルム

02Honeycombs-colorslide(図2)ハニカムズ 「Color Slide」アルバムジャケット


リバーサルフィルムで撮影し、スライドを作ったことがある経験のある人というのは、世代で言うと40代前後よりも上が多いのでしょうか。私は、20代の頃に大学のゼミや研究発表のために、写真集や画集から図版を複写する、という程度しかやったことがありません。(これが結構難しかった)「マウント仕上げ」という言葉も、今や解説が必要かもしれません。
今回紹介するのは、アメリカのシンガーソングライター、ポール・サイモン(Paul Simon, 1941〜)の「Kodachrome(邦題:僕のコダクローム)」(1973)(図1)とイギリスのバンド、ハニカムズ(Honeycombs 活動期間1963-1967)の「Color Slide」 (1964)(図2)。いずれも、リバーサルフィルム、スライドが歌詞に登場します。

題名の「Kodachrome」はイーストマン・コダック社が1935年から製造・販売していたリバーサル・フィルム「コダクローム」のことで、この曲は世界中でヒットし、後にはコダックのコマーシャルに使用されています。

歌詞全文はこちらhttps://genius.com/Paul-simon-kodachrome-lyrics です。以下に、歌詞を意訳してみました。こちらhttps://www.youtube.com/watch?v=qrRRhoS3KFk で視聴できます。

高校で学んだことはくだらなかったけど、
考えられるっていうのは驚きだね。
だって学がなくっても
それで傷ついたことなんてありゃしない
嫌な予感だってわかるのさ

コダクロームは
綺麗な明るい色で見せてくれる
夏の緑も鮮やかに写る
世界中が光に満ちているように見えるのさ
ナイコン(ニコンの英語読み)のカメラを手にいれたよ
写真を撮るのに夢中なんだ
だからさママ、僕のコダクロームを取り上げないでよ

僕が独り身だった頃に
知っていた女の子全員連れてきて
一夜だけ集めたとしても
彼女たちも僕の想像に比べたら大したもんじゃない
だって白黒の写真だと
すべてがつまんなく見えちゃうんだよ
コダクロームは
綺麗な明るい色で見せてくれる
夏の緑も鮮やかに写る
世界中が光に満ちているように見えるのさ

ナイコン(ニコン)のカメラを手にいれたよ
写真を撮るのに夢中なんだ
だからさママ、僕のコダクロームを取り上げないでよ
だからさママ、僕のコダクロームを取り上げないでよ


歌詞の言葉としてはシンプルですが、ところどころ一体具体的に何を意味しているのか、解釈の仕方が不明なところもあります。全体の曲調はアップテンポで明るく、「高校で学んだくだらないこと」や「嫌な予感」、「白黒写真のつまらなさ」と対比するようにして、コダクロームの色鮮やかさが朗々と謳い上げられています。現在の感覚で歌詞を読んでいると、なぜここまで無邪気に写真の色鮮やかさを愛でたり夢中になれるのだろう、と不思議にも思えてきます。あたかも、カラー写真には夢のように素敵な世界が写るかのような陶酔ぶりです。第二次世界大戦期に生まれたポール・サイモンは、白黒写真が主流だった時代を経験しており、70年代初頭はカラー写真が広く定着しているとは言え、カラーフィルムで写真を撮ることや写真を見ることが心浮き立つような経験であり、それは当時の聴衆にも共有されていたのでしょう。
リバーサル・フィルムは、写真家が印刷物に掲載する写真を撮影するために使用されるほかに、一般向けの用途としては、現像したフィルムはカラースライドとして仕上げられ、スライドプロジェクターを使って投影して鑑賞することが多かったので、「綺麗な明るい色」や「夏の緑」、「光に満ちた」情景は、手元で見るプリントではなく、暗い部屋のなかで目の前に現れては消えるからこそ、その鮮やかさが際立って見えたのかもしれません。


03(図3) Cavalcadeプロジェクターの広告

04(図4)プロジェクターとカメラのセット販売の広告


コダック社は、 CavalcadeやCarouselといった名称のスライドプロジェクターを製造販売し、広告では家族や友人のような親しい人たちが集まって、家族旅行のような楽しい経験の記録をスライドショーとして楽しむ場面が描かれています。(図3)スライドプロジェクターの中にはカメラとセットで販売されていたものもあり、コダクロームで写真を撮影することと、それをスライドとして見ることは密接に結びついていたことがわかります(図4)。「Kodachrome」に先立って、スライドを見る経験を歌っているのがHoneycombs の“Color Slide”(1964)です。

こちらで視聴できます。
Honeycombs “Color Slide”(1964) https://www.youtube.com/watch?v=GtjPgTNRl30
歌詞全文はこちら https://genius.com/The-honeycombs-colour-slide-lyrics
以下が歌詞の翻訳です。


僕の壁に君を写した。
君は高さ10フィート(3m)になった。
君をカラースライドにしたんだよ。

ビーチで出逢った君
分かってくれたよね。
僕はすぐに君をそばに引き寄せた。

僕たちは愛の1日を過ごした。
太陽と海の1日を
君のキスが忘れられない
僕を抱きしめてくれた時に感じたスリルを

僕はただ笑わせるために言ったんだ。
君の写真を撮ったんだ
でも、僕の笑いは止まってしまった。

そして気分が落ち込んだら
スライドショーをするのさ
座って、君の写っているカラースライドを見るのさ

僕たちは愛の1日を過ごした。
太陽と海の1日を
君のキスが忘れられない
僕を抱きしめてくれた時に感じたスリルを

僕の壁に君を写した。
君は高さ10フィート(3m)になった。
君をカラースライドにしたんだよ。

残念だな
君の名前すら知らない
カラースライドが何の役に立つのさ?


夏の海辺で出会い名も知らない女性との束の間の恋を、その時撮った写真のスライドを見ながら振り返る男性の切ない気持ちを歌った曲ですが、歌い出しで「I got you on my wall I got you ten foot tall I got you on a color slide(僕の壁に君を写した。君は高さ10フィート(3m)になった。君をカラースライドにしたんだよ。)」と、一人部屋の中で見ている女性の写っている像のありようを具体的に印象づけることで、後に歌詞の中で展開する出会いと甘酸っぱい恋の情景、恋が終わってしまった切なさが際立っています。
概して写真歌謡の内容は、「光に満ちた場面」を撮影し、後になって写真を見ながら思い出し、振り返る」という形式をとるものが多いのですが、「光に満ちた場面」とは季節でいえば夏、青春時代や恋愛の一番盛り上がっていた頃、幸せな家族生活の場面であり、コダクロームとスライドは、その色鮮やかさによって過去の輝きの証立てるものとして扱われているのです。


05(図5)映画「さようなら、コダクローム」Netflixのページ


コダクロームが色鮮やかに蘇らせる記憶を親子の物語として描き出しているのが、映画 「さようなら、コダクローム」(2017)(図5)です。

中年の音楽プロデューサー、マットのもとに、写真家の父親ベン(マットが幼い頃に離婚して長年音信不通で、マットは父親が家族を捨てたことを恨んでいる)の看護をしている女性ゾーイから連絡が入り、父親が癌で余命幾ばくもないこと、ベンが最期の願いとして、撮影したコダクロームのフィルムを現像する店まで旅をして欲しいと思っていることを知ります。コダクロームは2009年に製造を終了したため、残された現像所はカンザス州にある1店舗のみ。3人は、ニューヨークから遠く離れたカンザス州まで、現存する最後の現像所まで車で旅をすることになり、そこに辿り着くまでの過程がロードムービーとして描かれています。旅の終わりでベンは亡くなり、マットは父親の死後、現像されたスライドをプロジェクターに差し込んで投影します。壁に映し出されたのは、父親が撮っていた自分が赤ん坊の頃の写真で、マットは最期に父親が自分を愛していた証を手渡しくれたことに気づき、咽び泣きます。
この映画の中では、写真を介した父親と息子の関係とともに、フィルム写真の時代が終焉したこと、音楽産業がレコードやCDのような物の流通の上に成り立っていた時代も過去のものになっていることも描かれています。写真や音楽も一様にデータとして扱われるようになった今、現像所に赴いてフィルムを現像してスライドに仕上げ、それを一つ一つ映し出して見る過程の中に、「Kodachrome」や「Color Slide」の中に描かれた「鮮やかな色」への思いが込められているようです。
こばやし みか

●小林美香のエッセイ「写真歌謡論」は毎月25日の更新です。

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
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●本日のお勧め作品は、ジョナス・メカスです。
mekas_37_tokyo_08ジョナス・メカス Jonas MEKAS
"Pier Paolo Pasolini, Rome, 1967"
1967年 (2013年プリント)
アーカイバルインクジェットプリント
イメージサイズ:34.0×22.4cm
シートサイズ :39.8×29.1cm
Ed.7
サインあり
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2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
ただし9月20日[木]―9月29日[土]開催の野口琢郎展は特別に会期中無休です
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」最終回

小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」

最終回 Ochiai


Ochiai01

Ochiai02

川面にカメラを向ける。
そのたびに、東京が巨大な扇状地であることに気がつく。
善福寺川、妙正寺川、神田川、石神井川、
いずれも伏流水が湧き水として
地表にでたところから、唐突に川が始まる。
けっして源流は山奥ではない、住宅街のなかだ。

川の流れにピントを合わせる。
どこに合わせればいいのか、いつも迷う。
川面か、川底か、
あるいは川面に反射した木々か、
あるいは自分の影か。

---------
小林紀晴
《Ochiai 01》
《Ochiai 02》
ともに2018年撮
ゼラチンシルバープリント
11×14inch
Ed.20
こばやし きせい

小林紀晴 Kisei KOBAYASHI(1968-)
1968年長野県生まれ。
東京工芸大学短期大学部写真科卒業。
新聞社カメラマンを経て、1991年よりフリーランスフォトグラファーとして独立。1997年に「ASIAN JAPANES」でデビュー。1997年「DAYS ASIA》で日本写真協会新人賞受賞。2000年12月 2002年1月、ニューヨーク滞在。現在、雑誌、広告、TVCF、小説執筆などボーダレスに活動中。写真集に、「homeland」、「Days New york」、「SUWA」、「はなはねに」などがある。他に、「ASIA ROAD」、「写真学生」、「父の感触」、「十七歳」など著書多数。

*今回をもちまして小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」は終了いたします。
長い間のご愛読をありがとうございました。筆者の小林紀晴さんのますますのご活躍をお祈りいたします。

◆小林さんの著書「見知らぬ記憶」のご案内。
小林紀晴_00001小林紀晴
出版年月: 2018/01
出版社: 平凡社
判型・ページ数: 4-6 224ページ
記憶の襞に隠れた過去が、ふとした瞬間に蘇り、時空を超えて往還し、別の様相をおびて未来を予言する。そこにはいつも写真が……。
『ASIAN JAPANESE』から二十余年、著者の新境地。
本体: 1,800円+税


●本日のお勧め作品は、小林紀晴です。
kobayashi_10_work小林紀晴 Kisei KOBAYASHI
〈ASIA ROAD〉より2
1995年
ヴィンテージC-print
イメージサイズ:18.7x28.2cm
シートサイズ :25.3x30.3cm
サインあり

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飯沢耕太郎「日本の写真家たち」第10回〜平嶋彰彦

飯沢耕太郎「日本の写真家たち」第10回

都市観察者の眼差し 平嶋彰彦(1946〜)

飯沢耕太郎(写真評論家)


 平嶋彰彦は1946年、千葉県館山市生まれ。1969年に早稲田大学政経学部を卒業後、毎日新聞社に入社し、西部本社写真部をへて、のちに出版写真部に所属。同期に『カメラ毎日』の最後の編集長となった西井一夫、「ときの忘れもの」を主宰する綿貫不二夫がいた。早稲田時代には学生写真界の名門である早稲田大学写真部に属しており、毎日新聞社入社後も雑誌の取材現場などで腕を磨いていった。
 出版写真部時代の代表作といえる作品に『毎日グラフ』(1985年10月27日号〜1986年1月26日号)に12回に分けて連載された『昭和二十年東京地図』がある。西井一夫が文章を担当し、1986年に筑摩書房から単行本化されたこの連載で、平嶋は浅草、麻布・三田・芝、目黒・品川、本郷・谷中・上野など、戦後40年を経た東京の周縁部を歩き回り、「都市の記憶」を写真で辿り直そうとした。1987年には、亀戸・木下川・小岩から東村山・立川まで、さらに東京の近郊地域に足を伸ばした『続・昭和二十年東京地図』(筑摩書房)も刊行されている。
 世田谷美術館で開催された「東京スケイプ(Tokyoscape: Into the City)」展(2018年7月21日〜10月21日)にも出品されたこのシリーズをあらためて見ると、都市観察者としての平嶋の眼差しのあり方が浮かび上がってくる。写真に写っているのは、バブル経済が大きく膨張しつつあった1980年代半ばの東京とその近郊の眺めであり、戦前からの古い街並みは「開発」という名の下の「街殺し」によって軒並み取り壊され、消失しつつあった。平嶋はその光景を、ことさらに感情移入するわけではなく、広角気味のレンズで平静に距離を保って撮影していく。とりわけ彼の関心を惹きつけているのは、街のディテールであり、視覚的情報だけでなく触覚的情報を取り込んでいることで、あたかも平嶋や西井に同行して東京を彷徨っているような気分になってくる。黒白のコントラストをやや強めて、どちらかといえば闇(影)の領域に寄り添うように撮影しているのも、平嶋の写真術の特徴といえるだろう。
 平嶋は2000年代以後に写真から編集へと活動の場を移し、『宮本常一 写真・日記集成』(毎日新聞社、2004年)、『私的昭和史 桑原甲子雄写真集』(同、2013年)といった注目すべき著作を刊行した。民俗学者の宮本常一が撮影した膨大な量の写真を構成した『宮本常一 写真・日記集成』(全2巻・別巻1)は、2005年に第17回写真の会賞を受賞している。これらの著作においても、写真家として鍛え上げた、画像の細部から情報を引き出してくる細やかな観察力が活かされているのは言うまでもない。
(いいざわ・こうたろう)

ミュージアム コレクションII「東京スケイプ Into the City」出品作品のご紹介re_hirashima
平嶋彰彦
"池袋二丁目・百軒店の取り壊し"
1985年
ゼラチン・シルバー・プリント
19.0 × 29.0(cm)
≪所蔵 世田谷美術館≫

■平嶋彰彦 ひらしまあきひこ
写真家、編集者
1946年千葉県生まれ。1969年毎日新聞社に入社。『毎日グラフ』『サンデー毎日』の写真取材に携わる。のち編集に転じ『宮本常一 写真日記集成』『グレートジャーニー全記録』などを手がける。2009年退社。共著に『昭和二十年東京地図』など。

●展覧会のご案内
「東京スケイプ Into the City」
会期: 2018年7月21日(土)〜10月21日(日)
開館時間: 10:00〜18:00(入場は17:30まで)
休館日: 毎週月曜日(ただし9月17日(月・祝)、9月24日(月・振替休日)、10月8日(月・祝)は開館、9月18日(火)、9月25日(火)、10月9日(火)は休館)
会場: 世田谷美術館 2階展示室
東京という街のすがた、そこを行き交う人々がつくりだす景色。当館の写真コレクションにより、1930年代以降の東京を、時の経過とともに展望します。
出品作家は桑原甲子雄、師岡宏次、濱谷浩、高梨豊、荒木経惟、平嶋彰彦、宮本隆司、勝又公仁彦、萱原里砂 
HPには詳細がないのでチラシをご覧ください。

●飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに不定期連載でしたが、今回から奇数月の18日に隔月更新しますので、ご愛読ください。次回は11月18日に掲載します。
ちょうど昨日17日から銀座で飯沢さんの個展が始まりましたので、併せてご紹介します。
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「飯沢 耕太郎展」月読み
会期:2018年9月17日(月)〜9月22日(土)
開館時間:12:00 - 19:00 / final day 17:00
会場:ギャラリー巷房 (〒104-0061 東京都中央区銀座1-9-8 奥野ビル 03-3567-8727(tel.))
巷房2・階段下にても同時開催中

飯沢さんが昨年と、今年の夏休みに集中して描いた月の絵のオンパレード。10メートルという絵巻物の大作もあります。ぜひ足をお運びください。
また絵とことばの本『月読み』(三月兎社/2500円)も同時刊行することになりました。展覧会場で購入できます。こちらもぜひお求めください。

●今日のお勧めは西井一夫(著)と平嶋彰彦(写真)による『新編「昭和二十年」東京地図』です。
20180912171806_00001
新編「昭和二十年」東京地図
西井 一夫 著 , 平嶋 彰彦 写真
シリーズ:ちくま文庫
定価:本体900円+税
刊行日: 1992/07/23
判型:文庫判
ページ数:352
昭和20年8月15日を境として分かたれた戦前と戦後。その境を越えて失われたものと残されたものとを、現在の東京のなかに訪ね歩く。

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2018年から営業時間を19時まで延長します。
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大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第68回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第68回


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乾燥した大地に井戸がある。まずそのことに驚く。水脈に届くのにどれほど掘らなければならなかっただろう。地球の芯にむかって気が遠くなるほどまっすぐ掘り進んだのではないか。

井戸のデザインにも驚く。垂直に埋め込まれたシリンダーと、ピストンを上下させるレバーと、水がでてくる蛇口という必要最低限の要素が合体されたそれは、日本の古井戸とはまるで別人だ。まっすぐで、律義で、口数少なく、物静かである。日本の井戸も律義ではあるが、よくしゃべるし、人好きである。この井戸はひとりでいることが多く、”孤高の人”のような雰囲気を漂わせている。

ひとりの男がその井戸にやってくる。黒い肌、まっすぐ伸びた背筋、長い足、長い腕、格好のいい頭、腕輪や耳飾り、布を巻き付けた衣装など、彼もまた日本にいる人間とはまるで姿形がちがう。彼は井戸の本体にからだの軸を合わせるように向き合うと、直立の格好でレバーを持ち上げ、ゆっくりと下ろす。ちょろちょろと水音が響く。量は少なく勢いもないが、まぎれもない水である。乾いた地表にあがってきた大地の体液である。

彼の右手はレバーを握っているが、左の手のほうはなにをしているのか。もしかしたらレバーの反対側に同じように真横に突起があって、そこに添えられているのではないか。足の後ろからのぞいている棒は、おそらく腕とからだのあいだに挟まれていて、手先は両方とも自由なのだ。

見ていると、無駄な贅肉が少しもついていない、すっきりと伸びやかなからだが、井戸のかたちに重なってく。一方は人間で、もう一方は道具なのに、どこか通じるものがある。真横に並んで立っているから余計そう感じるのかもしれない。井戸が分身のように感じられる。

彼の目は井戸に注がれているが、蛇口の下に水瓶は置かれていない。水を受けるつもりはないようだ。ただ水が流れ出るさまを見れば満足なのか。コンクリートで囲われた浅い流しが蛇口の下につくられている。そのデザインは井戸のそれとは対照的に曲線をなし、やわらかな印象だ。レバーの側には同じくコンクリートで人の立つ場所が固められているが、そこも先端がすぼんだ有機的なデザインで、両方を上空から俯瞰したら人間の瞳のように見えるだろう。

井戸はたぶん鉄製で、その堅い材質ゆえに直線にならざるを得なかった。周囲も井戸にあわせて長方形にしてもよかったが、そうしなかった気持ちはわかるような気がする。地面と地つづきの場所は曲線がいい。直線ではうまく馴染まない。

井戸のまわりは果てしなくつづく荒れ地である。わずかな水で生きられる乾いた草だけが生えている。目に入るのはごくわずかなものだけという茫漠とした大地に刻まれた瞳形の井戸端に、まっすぐに立っている影がふたつ。抽象画のような光景。そのまま地面を離れてどこかに飛んでいけそうである。
大竹昭子(おおたけあきこ)

●作家紹介データ
船尾修
1960年神戸生まれ。筑波大学卒。出版社勤務の後、フリーに。
現在は大分県の中山間地にて無農薬で米作りをしながら家族4人で暮らしている。
主な著書、写真集に、「アフリカ 混沌と豊饒の大陸(全2巻)」(山と渓谷社)、「UJAMAA」(同)、「循環と共存の森から〜狩猟採集民ピグミーの知恵」(新評論)、「世界の子どもたち 南アフリカ」(偕成社)など。「カミサマホトケサマ」(冬青社)が第9回さがみはら写真新人奨励賞を受賞。「フィリピン残留日本人」(冬青社)が第25回林忠彦賞と第16回さがみはら写真賞をW受賞。最新刊は「カミサマホトケサマ国東半島」(冬青社)。

●展覧会のご紹介
船尾修写真展「Beyond The Border」
会期 :2018年9月7日(金)〜9月29日(土)
会場 :ギャラリー冬青(〒164-0011 東京都中野区中央5-18-20)
時間 :11:00〜19:00
休館日:日、月曜・祝日
船尾修さんの若き日の自由気ままな旅の中で撮影されたモノクロ写真27点が展示される。会期初日にはクロージング・パーティーも開催。

●今日のお勧め作品は、殿敷侃です。
08_block殿敷侃 Tadashi TONOSHIKI
《ドームのレンガ》(1)
1977
銅版、雁皮刷り
イメージサイズ:23.2×32.3cm
シートサイズ :32.8×44.0cm
Ed.50
サインあり

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●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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