小林美香のエッセイ

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第4回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第4回

写真を廻る旅 / 写真が経た旅 ベルティアン・ファン・マネン『Give Me Your Image』

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今回紹介するのは、オランダの写真家ベルティアン・ファン・マネン(Bertien van Manen, 1942-)の写真集『Give Me Your Image』(Steidl, 2006)です。ファン・マネンは、フランス語を学んだ後、1970年代に二人の子どもたちの写真を撮るようになったことから、写真に取り組むようになりました。当初はファッション写真などの仕事も手がけていましたが、徐々に個人的な作品制作に専心するようになり、欧州やロシア、中国、アメリカなさまざまな地域を旅しながら写真を撮り続けてきました。近年、イギリスの出版社MACKから継続して出版してきた以下のような写真集が注目を集めています。
『Let's sit down before we go』(2011)
1991年から2009年の間にロシアや東欧の国々を旅して撮影した写真で構成 「出かける前に座ろう」という言葉は、ロシアでの慣習、言い回しに由来する。
『Easter and Oak Trees』(2013)
1970年代に毎年休日を過ごしていたオランダのden Eikenhorst(「オークの木の巣」という意味)という地域で撮影された家族写真をまとめたもの。当時の大らかな時代性が反映されている。
『Moonshine』
アメリカのアパラチア地方で密造酒(月夜の下で製造されることからmoonshineという呼称)に携わる人、炭坑労働者たちの家族(ヒルビリーというスコットランド系の移民)を1980年代からおよそ30年にわたって撮影した写真で構成。
『Beyond Maps and Atlases』 (2016)
ファン・マネンが夫を亡くした後に、アイルランドで2013年から2015年にかけて撮影した写真で構成。

彼女の作品に共通する特徴として、年月をかけて旅を重ね、訪れる地域の人々と親密な交流を持って撮影をすること、コンパクトカメラを使ってその時々の状況に即座に反応するような撮り方をする、ということが挙げられます。つまり、フォトジャーナリストのようにプロ仕様の機材を使って取材をするという姿勢ではなく、あくまでも旅行者として写真を撮り、時には旅先で知り合った人の家に泊めてもらうなどして親交を深めていくために、様々な地域の市井の人々の生活空間が写真の中に色濃く留められているのです。また、写真集の中には、撮影からかなり時間を経た後に編集されているものも多く、撮影時期の違いや時間の経過が、作品の主題になっているものもあります。
今回紹介する写真集『Give Me Your Image』は、2002年から2005年にかけてヨーロッパ各地を旅する中で、出逢った人たちが持っている写真を、持ち主の部屋の中で撮影した写真を纏めたものです。写真集の表紙(図1)からも看て取れるように、写真が置かれている場所の光の状態や、写真の重なり合いなど、ものとして写真がどのような状態にあるのかということを意識して撮っていることが伺われます。写っているのは、アルバムのページや、壁にかけられたり戸棚やサイドボードの上に置かれたりしている額縁に収められた写真が多く、写真集のページの判型に合わせるように、見開きで写真を裁ち落とすようにして纏められています。このような編集の仕方によって、見知らぬ人の家の中に入って、部屋の隅に近寄ってまじまじと写真を見つめるような効果が作り出されています。

13113188_10209673822386084_1074486269_o(図2)
ローマ 2005年


13112647_10209673822746093_1592426032_o(図3)
ミュンヘン 2004年


白黒写真のプリント越しに額縁に収められたカラー写真が覗いている様子や写真の周辺にある調度品などから(図2)、持ち主それぞれの家族の歴史や暮らしぶりが想像されますし、持ち主の手が写っている写真(図3)は、家族の話を聞きながら写真を撮ったファン・マネンと撮られる側の間の関係の親しさを感じさせます。写真集の巻末には、撮影場所と撮影年が写真のインデックスとともに記載されており、記載された情報に照らし合わせながら写真を見ると、彼女がヨーロッパ各地で撮影をしたことがわかりますが、クローズアップで撮影された写真だけを見ると、どこで撮影されたものなのかははっきりとは判りません。写真集を見る人は、アルバムに書き込まれた文字や周辺に置かれたものなどを手がかりに、いつそれらの写真が撮られたのか、持ち主はどのように写真を扱っているのかということを探りながら、それぞれの写真が辿ってきた時空の旅に想いを巡らせることになります。

stalin-lamp(図4)
ノヴォクズネツク 1992年


rally-dress(図5)
マドリッド 2004年


写されているのは家族写真だけではなく、その地域の歴史に深く関わるものもあります。たとえば、ファン・マネンがこのシリーズに着手する以前に、ソ連邦崩壊直後のロシアを旅していた時期に、ノヴォクズネツクで撮影された写真(図4)では、ランプや生活雑貨が雑然と置かれた部屋の片隅に、スターリンのポートレートを貼り合わせた台紙のようなものが置かれており、スターリンの施策により工業都市として急速に発展した街に暮らした人々の営みから、歴史の痕跡を看て取ることができます。また、戸棚か机の上にドレスに身を包み着飾った女性達のスナップ写真の傍らに、政治集会で敬礼をする群衆の写真が置かれた写真(図5)は、個人的な体験と社会的、歴史的な出来事が写真を通して人々の記憶の中に刻み込まれていくありようを示唆しているようでもあります。

immigrant(図6)
パリ ヴィリエ=ル=ベル セネガルからの移民 2002年


concentration-camp(図7)
ブダペスト 2004年


個人的な体験と、社会の変化や歴史との関わり合いが、写真と撮影場所によって示されているものもあります。たとえば、食器棚に並べられたグラスの傍らに、赤ん坊に授乳をするアフリカ系の女性をとらえたスナップ写真が置かれている写真(図6)は、パリ郊外の街ヴィリエ=ル=ベルで撮影され、写真の持ち主はセネガルからの移民であると記されています。写真に写っている母子が写真の持ち主なのか、あるいは持ち主の家族でセネガルに残っているのかといった詳細は定かではありませんが、ヨーロッパへの移民という現在も進行する社会変動の中で、このスナップ写真がたまさかにこの場所に辿り着いたことの証となっています。このように、写真が時空の旅を経て人の手元に残されていることの意味を痛切に感じさせるのは、(図7)のような、第二次世界大戦中に強制収容所で撮影されたと思しき写真です。頭髪を剃られて立ち並ぶ女性達の群衆を捉えた写真の下の方には、2つの矢印が書き込まれていて、写真の中に写されている女性達の中の誰かが、写真の持ち主に何らかの関係があることを示しているようです。
写真集のページを繰り返し捲っているうちに、見知らぬ誰かのプライベートな空間に入り込み、親しみにも似た感情を抱くと同時に、部屋の小さな角に置かれた写真が、歴史の奥深く、遠い時空の旅へと見る者を誘っていきます。ベルティアン・ファン・マネンがこの写真集に、「Give Me Your Image(あなたのイメージを私に下さい)」という懇願のメッセージを題名として冠したのは、決して他人に譲ることのできない、人生や歴史の証となる写真という「もの」それ自体ではなく、「もの」が確かに存在すること、また彼女と写真の持ち主との交友が紡がれたことの証を残し、遠い時空につながる小さな窓を写真を見る人たちに対して開きたいという切なる願いが込められているからではないでしょうか。
こばやし みか

●今日のお勧め作品は、ヘレン・レヴィットです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第20回をご覧ください。
20160525_levitt_01_mexico1941ヘレン・レヴィット
「メキシコ 1941」
ゼラチンシルバープリント
18.0x21.1cm
1981年 Signed

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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

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 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

◆ときの忘れものはオクヤナオミの個展を開催しています。
OKUYA_DM_1200「オクヤナオミ展」
会期:2016年5月10日(火)〜5月28日(土)
*日・月・祝日休廊
パリ時代の油彩6点を中心にご覧頂きます。
(画面をクリックすると拡大します)


ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第2回「J.S.バッハへ〜チェロとギターによるソロとデュオ」

日時:2016年5月27日(金)18時〜19時
出演:富田牧子(チェロ)、塩谷牧子(ギター)
プロデュース:大野幸
曲目予定:J.S.バッハ、Z.コダーイ、F.プーランク、A.ピアソラ他
*要予約=料金:1,000円
必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記して、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第3回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第3回

ワーキングマザーとしての写真家『IMOGEN: The Mother of Modernism and Three Boys』

51IvOQT5f+L(図1)
『IMOGEN: The Mother of Modernism and Three Sons』表紙


SEL19(図2)
イモジン・カニンガム
「セルフポートレート」(1912)


今回取り上げるのは、20世紀のアメリカを代表する写真家の一人であるイモジン・カニンガム(Imogen Cunningham 1883-1976)の伝記絵本『IMOGEN: The Mother of Modernism and Three Sons(イモジン:モダニズムと3人息子の母)』です。作者のエミー・ノヴスキーAmy Novesky)は、主に児童文学の分野で活躍する文筆家で、著名な女性の芸術家を題材にした絵本を発表しており、過去にはフリーダ・カーロやジョージア・オキーフについて、最近ではルイーズ・ブルジョワについての絵本が刊行されています。絵は、イラストレーターのリサ・コンドンが手がけており、明るい色合いと素朴な描写が親しみを感じさせ、三脚に備えつけられたカメラとともに描かれたイモジン・カニンガムの姿が、彼女のセルフポートレート(図2)に似ていることからも明らかなように、カニンガムが撮影した写真を参照して描かれた部分も多く見られます(写真作品との関係はまた後ほど詳述します)。
イモジン・カニンガムは、20世紀初頭から70年以上写真家として活動しましたが、この絵本の中では、19世紀末から1920年代前半にかけて、彼女が写真家を志した10代の頃から写真家として活動し、版画家のロイ・パートリッジと出逢って1915年に結婚し(1934年に離婚)、3人の息子(1915年に長男のグリフィッド、1917年に双子のロンダルとパードレク)が生まれて、育児をしながら制作活動に取り組んだ時期のことが描かれています。絵本のタイトルにも示されているように、芸術家としての活動と3人息子の育児をどのように両立させて、作品を作り出していったのかということが、物語の核になっています。作者のノヴスキー自身が、自宅で著述家・編集者として仕事をするワーキングマザーであり、彼女は、女性が仕事や家庭に関して、限られた選択肢しか持ち得なかった20世紀初頭という時代において、イモジン・カニンガムがいかにして人生を切り拓き、仕事と生活を結びつけたのかということを描き出して子どもたちに伝えたかった、とインタビューの中で語っています。絵本の物語は、カニンガムの人生にまつわる史実・資料を参照しつつ、子どもたちにも読みやすいように、簡潔な文体で語られています。また、彼女の人生の軌跡に重ね合わせるようにして、カニンガムの写真作品が色や描写に演出を加えつつも、元の作品に照らし合わせると、ある程度判別できるように描き出されています。

カニンガムは、シアトルで貧しい大家族に育ちながら、10代の頃から写真家になることを志して、家族の中で唯一大学に通って化学を学び、さらに奨学金を得てドイツに留学、帰国後の1910年にはシアトルに戻ってわずかな資金を元に肖像写真館を開設します。19世紀末から20世紀初頭にかけてピクトリアリズム(絵画主義写真)運動が隆盛していた時期に彼女が制作した作品を紹介する見開き(図3)では、「夢」(図4 図3では左端の作品の元になっている)やヌードのセルフポートレート(図5 図3では画面中央の作品の元になっている)のような作品が描き込まれており、写真の歴史的な文脈に関する知識がなくても、人物の表情やポーズから当時の「絵画のような写真」がどのようなものだったか、そのおおよその雰囲気が伝わるようになっています。
 
imogen-spread-4(図3)
「カニンガムは版画家のロイと結婚し、屋外で演出をほどこして絵画のような写真を撮りました。」


EAR23(図4)
イモジン・カニンガム
「夢」(1910)


SEL05(図5)
イモジン・カニンガム
「セルフポートレート」(1906)


幼い3人息子の育児に奮闘するようになった1910年代後半は、作品制作に取り組むことは時間的にも経済的にも厳しくなりますが、カニンガムは、自宅(1917年にカリフォルニアに転居)に暗室を作り、庭で子どもたちを遊ばせる傍らで、庭に育てた植物の写真を撮ったり、子どもたちの写真を撮ったりするようになります(図6)幼い子どもたちが庭で植物に触れたり、動物で戯れたりする様子をとらえた写真(図7)をもとに描かれたページを、「ジギタリスの花を摘む双子」(図8)や「バケツの中の蛇」(図9)といった写真作品に照らし合わせながら見ると、カニンガムが子どもたちの成長を記録すると同時に、子どもたちや植物、動物の被写体としての魅力を探求していったことを伺い知ることができます。

imogen-spread-1(図6)
「カニンガムは家に暗室を作り、庭に植物を植えて、庭で遊ぶ子どもたちの写真を撮りました」


Imogen1(図7)
庭で植物に触れ、動物と戯れる息子達


Twins Picking Foxglove Buds, 1919_jpg(図8)
「ジギタリスの花を摘む双子」(1919年)


Snake in Bucket, 1920's_jpg(図9)
「バケツの中の蛇」(1920年代)


Imogen2(図10)
息子たちが昼寝をしている間にマグノリアの花を撮影するカニンガム


imospread10(図11)
(左)暗室で、傍らにいる息子とともにプリントを現像するカニンガム
(右)パッドの中の現像液に浸されたマグノリアの花の写真


3_imogen_cunningham_magnolia_blossom(図12 )
マグノリアの花(1925)


育児に追われ、外出することもままならなかった1910年代後半から20年代前半にかけて、カニンガムが自由に撮影することのできた被写体は、自宅の庭で育てていた植物でした。彼女は息子達が一時間昼寝をしている間に植物の撮影に集中して取り組みます(図10)。とくにこの時期は、植物をクローズアップで捉え、そのディテールと造形的な特徴を精緻に描き出した作品を制作しており、「マグノリアの花」(図12)は、彼女の代表作として知られています。
カニンガムが撮影した写真を暗室で現像していると、興味をそそられた双子の一人が傍らにやってきて、林檎の箱の上に立ち、母親の作業を見ています。(図11左)現像液に浸された印画紙の表面に撮影された花の像が浮かび上がってくるのを親子二人で見守り、写真を指差している様子(図11右)は、親子で過ごす時間の中から「マグノリアの花」(図12)のような名作が生み出されたことを情感豊かに描き出しています。

Self+Portrait+with+My+Children,+early+1920s(図13)
1920年代初頭 子どもたちと一緒のセルフポートレート


物語の最後は、家族とともに夕食の食卓を囲む場面で締めくくられています。カニンガムは、育児と作品制作を両立させようと奮闘していた時期のことを「片方の手は皿洗い桶の中に、もう一方の手は暗室にあった」と振り返り、その生活は決して楽でも、簡単に物事が片づいていくわけではなかった、とも語っています。絵本の巻末には著者の覚え書きと共に、1920年代初頭に撮影されたセルフポートレートが掲載されています。強い日差しの下で枝垂れた木の傍らに佇む三人の息子たちは、それぞれに自然な表情が引き出されており、ややうつむき気味にして写っているカニンガムは眼鏡に光が反射してその表情ははっきりとは見て取れないものの、息子たちを近くに寄せてかまう姿は母親の力強さを感じさせます。
100年以上前に写真家という職業を選び取って人生を切り拓き、表現活動を続けてきた女性の存在を、絵本を通して知ることができるのは、子どもたちのみならず、育児に取り組む母親にとっても勇気づけられることではないでしょうか。
こばやし みか

●今日のお勧め作品は、ロベール・ドアノーです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第3回をご覧ください。
20160425_doisneau_04_kyabareロベール・ドアノー
「L'ENFER 地獄カフェ」
1952年
ゼラチンシルバープリント
35.0x24.5cm
サインあり


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◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

●ときの忘れものは連休明けの5月10日から、オクヤナオミの個展を開催します。
OKUYA_DM_1200
オクヤナオミ展
会期:2016年5月10日(火)〜5月28日(土)
*日・月・祝日休廊
本展では、パリ時代の油彩6点を中心にご覧頂きます。
同時期にアートフェア東京とアート釜山にも出展しますが、画廊は通常通り営業していますので、どうぞお出かけください。
(画面をクリックすると拡大します)

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小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第2回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第2回

アレン・セイ 『Grandfather’s Journey(おじいさんの旅)』 
写真が紡ぐ家族と歴史の物語


今回紹介するのは、アメリカの作家、イラストレーターのアレン・セイ(Allen Say 1939-(本名はJames Allen Koichi Moriwaki Seii))の『おじいさんの旅(原題:Grandfather’s Journey)』です。本名からも察しがつくように、アレン・セイは、日系アメリカ人で、アメリカ人の母と韓国人の父の間に日本で生まれ、16歳の時に渡米、建築を学んだ後、アメリカ陸軍に従軍、除隊後は商業写真家として生計を立てながら、イラストレーション、絵本の仕事に取り組み、50歳を過ぎてから絵本作家として知られるようになったという経歴の持ち主です。『おじいさんの旅』は、セイが発表してきた日系アメリカ人としてのアイデンティティ、歴史に関わる絵本作品の一つで、明治時代に渡米した彼のおじいさんの人生の軌跡を辿りつつ、彼自身の人生を振り返る自叙伝的な物語として構成されています。
セイの絵本は、商業写真家としての経験が反映されていて、水彩画による写実的で端正な描写が特徴的です。とくに『おじいさんの旅』は、セイがおじいさんから聞いた話やおじいさんにまつわる記憶を、写真を見ながら回想するような語り口で話が展開していくため、写真を下敷きしたと思わせるような描き方が、物語の舞台になっている時代(19世紀末から20世紀半ば)における写真のあり方を反映しています。絵の描き方や見開きのシークエンスなど絵本の構成に見れられる「写真的な要素」に注目しながら、物語のあらすじを辿っていきましょう。

01(図1)
アレン・セイ
左『おじいさんの旅』(2002 ぽるぷ出版)
右 『Grandfather’s Journey』(1993)


02(図2)
左 ぼくのおじいさんが世界をみようと旅にでたとき、おじいさんはまだ若者だった。
右 はじめておおきな船にのった。太平洋はおどろきだった。


まず表紙(図1)ですが、高い波を背景に傾く船の甲板の上で、よろめきそうになりながら立っている青年が描かれています。大きな黒いコートを着て、帽子を風に吹き飛ばされないように両手でしっかりと押さえており、硬く引き締まった表情で正面を見つめる様子は、航海の記念に撮影されたスナップ写真を連想させます。表紙からも見て取れるように、この絵本はで黒い枠線の中に絵が描かれており、中のページでは絵の下に文章が添えられ、見開きで左右の絵にコントラストが生み出されるような組み合わせ方がなされています。
物語の冒頭のページ(図2)では、左ページにおじいさんが若者だった頃の和装のセピア色のポートレート写真が、右ページに表紙と同じ絵が組み合わせられています。どっしりと安定した佇まいを漂わせるポートレートと組み合わせられることによって、甲板の上に立つおじいさんの不安定な様子や、大き過ぎる「はじめての洋服」のぶかぶかな様子が際立ち、「若者」というよりもずっと幼い「少年」のような印象すら与えるものになっています。

03(図3)
左 砂漠にたった巨大な彫刻のような岩に目をみはった。
右 はてしのない畑をみわたして、わたってきた海をおもった。


04(図4)
左 おおくの人びとにであった。黒人に白人、東洋人にインディアン、みんなと握手をした。
右 旅をつづければつづけるほどあたらしい風景をみたくなり、おじいさんは故郷をおもいだしもしなかった。


このように、左右のページで人物の大きさにコントラストをつけて描き組み合わせるという方法は、若き日のおじいさんがアメリカ各地を廻りさまざまな体験を重ねていく過程を語る場面で用いられています。たとえば、光に照らし出されたグランド・キャニオンに佇む小さな後ろ姿として描かれているページの隣では、畑の中で横向きに佇む姿が描き出されています(図3)。(図3)のような見開きの絵は、写真を元にというよりも、おじいさんから聞いた話をもとに想像して描かれたもののように見えるのですが、人物が正面を向いた状態で描かれている絵は、写真を元に描かれた印象を強く与えます。たとえば、おじいさんがアメリカでさまざまな人にであったことを語る場面(図4 左)は、床屋のポーチの前に黒人や白人などさまざまな人種の男性達と一緒に写った写真を元に描かれています(それぞれのポーズや表情の違いも興味深いところです)。またこのような人物の集合する場面は、航行する船の上に描かれた人物のシルエットと対応するように人物の大きさにコントラストをつけて組み合わせられています。
アメリカ各地を廻ったおじいさんは、やがてカリフォルニア州に落ち着き、一度日本の故郷の村に戻って幼なじみの娘と結婚し、二人でアメリカに戻ってサンフランシスコに住み、そこで娘(セイの母親)が産まれます。娘が成長するにつれて、おじいさんは故郷のことを懐かしく思い出すようになります。このようにおじいさんが家庭を持ち、娘の成長する過程は、若夫婦が産まれたばかりの赤ちゃんを抱いて写っている家族写真(図5左)と、写真館で撮影された娘の写真(図5右)によって描かれています。家族揃って洋服を着ていることや、娘が金髪巻き毛の人形を乗せた玩具の乳母車の脇に立っている様子など、おじいさんがアメリカ(西洋)社会の中で暮らす中で身につけた所作を強く印象づけます。

05(図5)
左 新婚のふたりはカリフォルニアの街サンフランシスコにすみ、そこで娘がうまれた。
右 娘の成長をみながら、おじいさんは自分の幼いころをおもった。幼ともだちがなつかしくおもいだされた。


06(図6)
左 しかし故郷の村はサンフランシスコでそだった娘にはあわなかった。おじいさんは都会にすまいをうつした。
右 娘はその都会で恋をし、結婚した。まもなく、ぼくがうまれた。


娘が大きくなってからおじいさんは家族とともに日本の故郷に戻りますが、娘は故郷の村には馴染めなかったため、おじいさんは都会に住まいをうつし、そこで娘は結婚します。洋服を着て故郷の村の家から出て行く娘(図6左)と、洋装の夫(セイの父親)と一緒に結婚の記念写真に写る和服の娘(図6右)が組み合わせられることで、日系米人として生まれながら、日本に帰化した娘の境遇が鮮かに描き出されています。

07(図7)
左 ちいさいころ、ぼくはおじいさんの家へいくのがいちばんのたのしみだった。おじいさんはカリフォルニアのことを、いろいろはなしてくれた。
右 おじいさんはその家でメジロやウグイスをかってみても、カリフォルニアの山や川がわすれられなかった。またもどろうと心にきめた。


08(図8)
左 おじいさんたちは、ふたたび故郷の村にもどった。そこで小鳥をかうことはなかった。
右 ぼくがおじいさんと最後にあったとき、おじいさんはもういちどカリフォルニアをみたいといった。でも、もどることはなかった。


その後1939年にセイが生まれ、第二次世界大戦中と戦後におじいさんとセイの関係が描かれていきます。おじいさんはいつかカリフォルニアに戻りたいと願い、セイにカリフォルニアの話をいろいろと語り聞かせますが、太平洋戦争が勃発し、終戦を迎えた頃にはおじいさんはもう戻ることができないほど、年齢を重ねてしまいます。おじいさんとセイを描いた絵は、カメラへの視線の向け方という点で興味深いものがあります。幼い頃のセイとおじいさんを描いたページ(図7左)では、おじいさんが家の庭でセイの後ろ側にまわり、セイにカメラのレンズの方を向くようにと促すような表情で、セイは幼い子供らしく視線をややそらすような表情で描かれています。(図8右)戦後になっておじいさんとセイが最後にあったときの写真では、セイがおじいさんの後ろに回っておじいさんの肩に手を置いています。二人とも正面を向いていますが、おじいさんの視線には(図7左)の時のような力が感じられません。

09(図9)
そしてぼくがおじいさんとおなじ若者になったとき、カリフォルニアにいくことにした。(中略) 不思議なことに、いっぽうにもどると、もういっぽうが恋しい。


10(図10)
いまぼくは、おじいさんのことがわかってきたようだ。もういちど、おじいさんにあいたい。


成長したセイはカリフォルニアに渡り、やがて家族を持つようになります(図9)。カリフォルニアでヤシの木と青空を背景に佇むセイは、若き日のおじいさんの面影を残していますが、表紙(図1)のおじいさんとは違って、身体にぴったりとあった洋服を着てしっかりと地面に立っています。セイはアメリカに根をおろしつつも故郷が恋しくなって故郷に戻ることもありますが、アメリカと日本の間を行き戻りすることに対して、「不思議なことに、いっぽうにもどると、もういっぽうが恋しい。」と語っています。
物語は、最初の見開き(図2左)で登場したおじいさんのポートレート写真で締めくくられます。最初は写真の画面全体が描かれていましたが、最後では、写真に楕円形の窓がくり抜かれた台紙が被せられています。つまり、最初は「像(イメージ)」として描かれていたポートレートが、最後には「もの」として差し出され、同じ写真に立ち戻りつつも、過ぎ去った時間の奥行きをさらに深めて示してもいるのです。「いまぼくは、おじいさんのことがわかってきたようだ。もういちど、おじいさんにあいたい。」と、手元に置かれた写真に語りかける切々とした語り口は、おじいさんとセイ自身の人生に響き合い、読者の胸に迫ってきます。写真が家族の個人的な物語を紡ぎ出し、手元に留めておくための縁(よすが)となるだけではなく、一人一人の人生の営みが、より大きな歴史(この物語で具体的に語られているのは、移民の歴史や第二次世界大戦)と深くつながっていることの証となることを、セイはその人生経験から深く理解しているのです。
こばやし みか

●今日のお勧め作品は、ラルフ・スタイナーです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第14回をご覧ください。
20160325_steiner01_untitledラルフ・スタイナー
「無題(自転車)」
1922年以降
ゼラチンシルバープリント
11.6x9.0cm
サインあり


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◆新連載・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

新連載・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第1回

新連載・小林美香のエッセイ
「写真集と絵本のブックレビュー」第1回


小島康敬『coming back』/『New York』/『Tokyo』


今回から、「写真集と絵本のブックレビュー」と題して、私が興味を持っている写真集や絵本のご紹介をしていきます。美術館で写真作品について調査したり、大学などで写真に関する講義をしたりする仕事柄、写真集を手に取って見ることは多いですし、娘に読み聞かせる絵本を選ぶために頻繁に図書館に通っていたりもしています。そのような経験を重ねる中で、写真集や絵本の「もの」としての魅力を再認識することも多く、本に触れて紙の手触りや重みを感じ、ページをめくるといった体感が、絵や写真によって表されていることや物語や味わう上で重要なものであることを実感するようにもなりました。娘が字を読むようになってからは、選ぶ本の幅も広がってきたこともあって、私が興味を持った絵本作家の作品を読み比べたりするようにもなり、そういった絵本の読み方が、写真集の見方に反映されるようになってきたようにも思います。この連載では、写真集や絵本の構成、装幀、編集についても考えながら本という形式ならではの表現の特徴や魅力について探っていきたいと考えていますのでよろしくおつきあい下さい。

01(図1)
左『coming back』(Superlabo, 2013)
中『New York』(蒼穹舎 2014)
右『Tokyo』(蒼穹舎 2015)


今回ご紹介するのは、小島康敬(1977-)が2013年から三年にわたって発表した三冊の写真集『coming back』(2013)、『New York』(2014)、『Tokyo』(2015)(図1)です。通常、ブックレビューといえば、一冊の本に焦点を合わせて紹介するのが一般的なやり方ですが、この三冊は、相互に関連を持って編集、制作されているので、それぞれの写真集の判型や編集の仕方の違いに注目しながら見比べつつ、紹介します。
小島康敬は、2006年にニューヨークに渡り国際写真センター(ICP)に在籍しながら写真家として活動し、ニューヨークの街を撮影し、2008年からは日本に帰国する折に東京の街を撮影してきました。小島は、人間の欲望によって形成される大都市に"儚さ"を感じてきた、と語っており、(「東京画」掲載のステートメントより) ニューヨークと東京という二つの都市の間を行きつ戻りつしながら、それぞれの都市空間を記録してきました。最初に刊行された写真集『coming back』は、そのタイトルが示唆するように二つの都市の空間の間を「行きつ戻りつする」過程を反映するような形で構成され、『New York』(2014)は2008年から2013年まで、『Tokyo』(2015)は2008 年から2014年までの間にそれぞれの都市で撮影された写真が纏められています。

02(図2)
『coming back』カバーをずらした状態


03(図3)
『coming back』開いて伏せておいた状態


『coming back』(2013)は後の二冊にいたる途中経過で制作されたものですが、編集方法、ブックデザインのユニークさが際立っています。表紙には青い文字ででタイトルや作家の名前を記した透明なカバーが被せられています。(図1)では右綴じの本として右側に文字が重なるようにカバーを被せていますが、左綴じとしてカバーを被せることも可能です(図2) 。つまり、どちらの面が本の表紙なのかということを見る側が任意に決めることができるということであり、本を広げることで、一つの写真の画面が表紙と裏表紙で半分に分けられているということがわかります(図3)。綴じを左にしてページを捲ると、左ページにカラー写真、右ページに白黒写真が並び(図4)、綴じを右にしてページを捲ると、左ページに白黒写真、右ページに白黒写真が並ぶ(図5)という見開きが表れ、写真に写された街の建物や文字情報から、カラー写真で東京が、白黒写真でニューヨークが撮影されたものであることを看て取ることができます。
本の真ん中には薄い紙に印刷された奥付のページが表れ、そのページを閉じて上に持ち上げてみるとニューヨークで撮影された白黒写真が見開きに現れます。この見開きを見ることで、この本のデザイン、仕掛けの全容を理解することができます。つまり、一枚の紙の一面に東京で撮影したカラー写真を、もう一面にニューヨークで撮影した白黒写真を印刷したものを重ね合わせ、画面を縦半分に折った上でホチキスで留めて製本されており、重ね合わされて対面した東京とニューヨークの写真が、右半分と左半分に分断された状態の見開きを作り出しています。

04(図4)
『coming back』見開き


05(図5)
『coming back』見開き


06(図6)
奥付の前後のページ見開き


07 
(図7)
東京


08(図8)
ニューヨーク


先に挙げた見開き(図4)と(図5)では、東京で撮影された写真(図7)とニューヨークで撮影された写真(図8)が組み合わさっていますが、この写真集ではそれぞれの画面全体を一度では見渡すことができないようになっています。したがって、写真集を見る人はページの間を「行きつ戻りつ」して、写し取られた断片的な光景のディテールを見ながら左右に分断された写真を頭の中で接合するような作業をしていくことになります。このように、敢えて写真を分断して見せるというユニークな編集方法を用いることで、めまぐるしく変化する二つの都市を行き来しながらその様相を記録してきた小島康敬の都市に対する姿勢や、それぞれの都市の特徴や違いが鮮明に浮かび上がってきています。
『coming back』に続いて、蒼穹舎から刊行された『New York』と『Tokyo』は、それぞれの都市で撮影した写真をまとめたもので、どちらも同じサイズ、判型、見開きでページに余白を設けてで左右に写真を一点ずつ並べるというオーソドックスな方法で構成、編集されています。『New York』のシリーズを掲載したウェブサイトのページを見ると、一連の写真の多くが、高層建築を見上げたり、あるいは高所から俯瞰したりするような視点ではなく、路上で真っすぐに立って見るような視点で撮影されたものであることや、マンハッタンを遠景に望むような川を隔てたエリアで撮影されたものが多いこと、空間の広がりよりも奥行きを強く意識させるような撮り方をしていることがわかります。ページに余白の幅を広くとって、ページの下の方に写真を配置するという写真集のレイアウト(図9)は、このような視点や写真の撮り方に結びつき、広い余白が穴を覗き込むような効果を作り出し、奥行きの感覚を強めています。

09(図9)
『New York』


10(図10)
『Tokyo』


『New York』が白黒写真で緻密な空間の奥行きへと視線を引き込むような効果を作り出しているのに対して、「Tokyo」のシリーズはカラー写真でやや俯瞰するような視点で捉えられたものが多く、写真集ではページの上の方にに写真が配置され、余白の幅は狭く空間の広がりを印象づけるような構成になっています(図10)。『coming back』の見開き(図4)(図5)のように同じサイズで二つの写真を分断・接合するような編集の仕方を経た後に、写真のサイズやページでの位置関係に明確な違いを設定した別個の写真集として提示することで、二つの都市空間の特徴や視点の位置の違いを詳細に吟味するような姿勢をこの二冊の写真集から看て取ることができます。『New York』と『Tokyo』を見た後に再び、『coming back』を見ると、左右に分断された写真と、分断されていない写真の全体像を見比べるなかで、画面の中にそれまで見落としていようなディテール、とくに建造物の素材や構造、建物同士の位置関係といったような、普段生活していても意識に留めないような都市空間の様相が記憶に刻まれていくように感じられます。
小島康敬は、二つの都市の間を「行きつ戻りつ」しながら撮り続けた写真を、ページの間を「行きつ戻りつ」するような見方を促すような写真集『coming back』として構成した上で、さらに続けて『New York』、『Tokyo』を刊行することで、三部作の写真集の間を「行きつ戻りつ」しながら写真を繰り返し見るという「見方」を提示しているようにも思われます。このような見ることに対する執拗かつ真摯な姿勢は、PCやタブレットの画面で画像として写真を見るだけでは分かるものではなく、写真集という「もの」に接してこそ受け止めることのできるものではないでしょうか。
こばやし みか

*画廊亭主敬白
しばらくお休みしていた小林美香さんがようやく復帰してくれました。
昨秋から今春にかけていくつかの連載が終了となり、その後継をどうするかで四苦八苦しておりましたが、新たな執筆陣のめどもたち、小林さんもカムバックしてくれ、一安心です。
小林さんの新連載タイトルは「写真集と絵本のブックレビュー」、つい先日20日に新登場した浜田宏司さんの連載タイトルも“ART&BOOK”ナナメ読み、どうやら2016年は本の年になりそうですね。本好きの亭主にとっては異存があろうはずもなく、画廊亭主ならぬ古本屋のおやじになったつもりで楽しみましょう。
再三再四「竹橋へ」と連呼している東京国立近代美術館の恩地孝四郎展ですが、今日を入れて残り4日です(2月28日まで)。あまりに亭主がわめくものだから、画廊に来るお客さまも、ドアをあけるなり「行ってきました」。わざわざ電話をかけてきて「ワタヌキさん、行ってきましたよ」と報告してくださる方も多々あり。
先日なんぞ、わざわざ京都からいらしてくれたお客をほったらかして、盛岡から来た別のお客さんとえんえん恩地談義を繰り広げたものだから、おそれをなした京都人はそそくさと立ち上がり「私、これから行ってきます」。
まことにはた迷惑な話であります。

●今日のお勧め作品は、エドワード・スタイケンです。
20160211_steichen_14_Merle_Oberonエドワード・スタイケン
「Merle Oberon, Hollywood」
1935年(1986年プリント)
ゼラチンシルバープリント
33.5x27.0cm
Ed.100
裏にプリンターと遺族のサインあり


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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆新連載・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

小林美香のエッセイ「母さん目線の写真史」 第26回

小林美香のエッセイ「母さん目線の写真史」 第26回

前回(第25回「ネットいじめ」撲滅ポスター 子どもに写真の「使い方」を教えること)の締めくくりで、「写真を撮ること、見ることを通して子どもたちと共に考える教育活動の実践例をご紹介します。」と書きましたように、今回はアメリカの写真家、教育者のウェンディ・イーワルド(Wendy Ewald、1951-)の活動、作品を紹介します。

I Wanna Take Me A Picture cover px400(図1)
『I Wanna Take Me a Picture』(2002)表紙


jpg_SX350_BO1,138,138,138_SH30_BO0,100,100,100_PA7,5,5,10_(図2)
『The Best Part of Me』(2002)表紙


ウェンディ・イーワルドは1970年代前半に写真を学んだ後、40年以上にわたって世界各地で現地の人々、とくに子どもたちと交流しながら、数々のアートプロジェクトを手がけてきました。彼女は子どもたちに写真の撮り方を教え、簡素なカメラを手渡して、子どもたち自身の生活や地域社会の様子を写真に撮るように促しています。また、彼女が撮った子どもたちのポートレート写真に、子どもたちが言葉を書き加えるといった共同作業的な方法でも作品を作り出しています。
彼女が手がけてきた教育活動の成果は、(図1)『I Wanna Take Me a Picture』(図1)『The Best Part of Me』(図2)のような本としてまとめられるほかに、子どもたちとイーワルドが撮った写真をもとに展覧会が開催されたり、写真集としても発表されたりもしています。
イーワルドの教育活動に一貫している目標は、子ども達が、自分自身の視点で身の周りの世界を捉え、撮った写真を通して日々の生活の中で考えたり、感じたりしていることや個人的な経験を表現できるように励ましていくということです。
イーワルドから写真の手ほどきをうけた子どもたちが撮る写真は、地域の中で生活していなければ捉えられないような情景や、人々の表情を映し出しています。このような子どもたちの視点のあり方は、地域の外から来た人の視点、たとえばニュースを報道するフォトジャーナリストの視点とはかけ離れたものです。その地域やそこで起きている出来事について客観的かつ具体的に説明するような写真を撮るのがフォトジャーナリストだとすれば、子どもたちは自分の関心の赴くままにレンズを向け、思いつきでシャッターを切るということもしばしばで、一見するとどういう状況を捉えているのかよく分からないような写真もあります。とくに、「夢の中で見た場面を再現して写真を撮る」というプロジェクトに参加した子どもたちが撮った写真の中には、子どもたちが想像した状況が現実の生活空間の中で演じられていて、謎めいた強烈な印象を与えるものもあります。たとえば、(図3)には、木の股の隙間から一人の少年が寄りかかるようにして頭を出し、両手を広げている様子が捉えられています。作品のタイトルと、テキストを読むことで、ようやく撮影の経緯や表現されている状況が把握できます。(以下参照)

391(図3)
「親友のリッキー・ディクソンを殺してしまった夢を見た」
アレン・シェパード
ケンタッキー州
1975-82


「アレン・シェパードは、親友のリッキー・ディクソンと喧嘩をした。リッキーとアレンはナイフを交換していて、アレンはリッキーが彼をだまして巻き上げたのだと思い込んだ。二人は互いに話しあうことを拒み、ついにアレンがリッキーを殺す夢をみてしまった。アレンはリキーが木の枝の枝分かれしているところで死んでいるところを撮ろうと決心した。アレンはリッキーにポーズをして欲しいと頼んだ。一緒に協力して写真を撮ることで、二人は仲直りした。」

(図3)のような作例からも明らかなように、子どもたちがイーワルドとともに取り組む写真のプロジェクトにおいて、子どもたちが日々の生活の中で体験していること、感じていることを言葉で表現し、友だちや家族など身近な人とのコミュニケーションを通して実現するプロセスが重要な意味を持っています。プロジェクトの中で紡ぎ出される言葉は、写真に添えられたり、あるいは写真の中に書き込まれたりすることによって、子どもたちから写真を見る人に向けられたメッセージにもなるのです。

イーワルドの手がけるプロジェクトは、子どもたちの視線と言葉を通して,子どもたちのパーソナルなヴィジョンのみならず、さまざまな地域の風習や文化、社会問題を浮かび上がらせるものでもあり、時には長期間にわたって制作や展示を含め、コミュニティ全体に関わって行われるものもあります。アートプロジェクトを支援するイギリスの団体Artangelが主催して2005年から2006年にかけて行われた「Towards a Promised Land(約束の地に向かって)」は、そういった一例です。このプロジェクトは、イギリスの海辺の街マーゲイトに、様々な国から移住してきた22人の子どもたちと協同して行われました。子どもたちは、戦争や貧困、政治的な争乱に陥った国から亡命してきたり、家族を追って街から街へと移ってきて流れ着いたりするなど、それぞれに困難な体験を重ねてきました。イーワルドは、1年半にわたって子どもたちにインタビューを重ね、移住する前と現在の生活の様子の話を聞いたり、子どもたちの写真を撮ったり、子どもたちに写真の撮り方を教えるなどして交流を深めながら、プロジェクトを進めていきました。
イーワルドは、子どもたちを正面と背後から撮影し、子どもたちは移住する時に持ってきた所持品(写真や玩具、本など大切にしているもの)を撮影しました。一人の子どもにつき制作された3点の写真には、子どもたちが生まれ育った国で体験したことや、移住先であるイギリスで感じていることを綴る言葉が書き込まれています。(こちらで、ポートレート写真を見ることができます。)正面から捉えられたポートレート写真は子どもたちの強い眼差しが捉えられ、背後から捉えられた写真には子どもたちの髪型や衣服のディテールが捉えられていて、子どもたちそれぞれに関わる人種、文化、宗教といったバックグラウンドを浮き上がらせています。3点一組になった写真作品の一例として、2004年にコンゴ民主共和国からマーゲイトに移住してきたラビーという11歳の少女の背面(図4)、正面(図5)、所持品(図6)をとらえた写真をその中に書き込まれた短い文章と共に見ると、彼女にとって移民するという経験がいかに苦難に充ちたものだったのかということを推し測ることができます。

_0(図4)
ラビー
1993年
コンゴ民主共和国生まれ、マーゲイトに2004年に移住 


pr_0(図5)
「お母さんが面接を受けている間、私たちは椅子に座っていた。お姉さんは心配していなかった。だって、眠っていたから。」


p_0(図6)
「彼らは学校にやってきてガスを発射し、生徒たちを追い出そうとした。2004年9 月24日金曜日」


image2_1(図7)
マーゲイトの街に掲出されたバナー


このプロジェクトを通じてイーワルドと子どもたちが制作した写真は、マーゲイトの街の海辺に面した建物の壁面や、市街の中心地に巨大なバナーとして張り出され、子どもたちが撮影した写真は地域のギャラリーで展示されました。このような形で、公共空間の中で写真が発表されることによって、子どもたちは、自らの成果を実感するとともに、地域住民達は、移民してきた子どもたちがどのような経験をして、何を感じ、考えているのか、ということ知る機会を得たのです。社会状況に翻弄され、生活する場所を変えざるを得なかった移民の子どもたちは、犠牲者、社会的な弱者と看做され、そのように扱われる存在だと言えます。イーワルドのプロジェクトは、そういった子どもたちの存在や言葉を社会の中で可視化する試みであり、彼女の長年にわたる教育活動の目的は、さまざまな状況に置かれた子どもたちに、表現することで生きる力を与えることなのです。

―――
先月に続いて、「子どもに写真の力を教えること」について考えてきましたが、このようなテーマについて私が最近考えを巡らせてきた理由の一つには、現在日本で進行している政治状況に対して抱く危機感とも関係しています。私はこの文章を、安全保障関連法が国会で「成立」した後の連休に書いています。法案の審議が行われ、採決にいたる過程で、生活の根幹にあるルール(立憲主義、民主主義)が蹂躙されている状況を目の当たりにして強い憤りを感じるとともに、メディアでの報道やSNS上でさまざまな世論に接し、連日精神的な緊張状態を強いられているように感じています。
このような状況のなかで気がかりなのは、私と同じように子どもを育てている保護者達が一連の政治動向についてどのように感じているのか、ということです。娘が通う保育園には、20人前後のクラスの中で、1人か2人の割合で、外国籍(中国、韓国、タイ、フィリピン)の親のもとに生まれた子どもたちがいます。保育園の先生たち、保護者ともに、子どもたちには、お互い色々な違いを認めて仲良くやっていってほしいと願いながら日々接していますが、保護者同士は、送り迎えの時間に保育園の門周辺や園内ですれ違い、挨拶をするぐらいで、会話をすることはあまりありません。とくに外国から来たお母さんたちは、このような政治状況をどのように感じているのか気になっているのですが(仮に自分が外国から現在日本に来て育児をしている立場だったら、相当のストレスを抱えるのではないかと想像します)、そういう話をする機会はなかなか得られません。同じ環境で子どもを育てている者同士だからこそ、生活や教育に直結する政治のあり方について感じること、疑問に思っていることを語り合えれば良いのにと、もどかしい気持ちを抱えています。
ウェンディ・イーワルドが手がけてきたプロジェクト、とくに「Towards a Promised Land(約束の地に向かって)」のような移民の子どもたちと行ったプロジェクトに対して私が興味を持ち、表現としての可能性を感じるのは、子どもの存在や言葉が、作品制作や展示を通して地域社会の中で可視化されることで、それを見る地域社会の人々が、子どもたちに目を向けるだけではなく、地域社会や政治のあり方について考えたり、対話をしたりするような契機を持つだろうと、考えるからです。このような、対話を生み出す契機を日常的な地域社会の中で作り出すことが、今日切実に求められていることなのではないでしょうか。
――――
現在、本連載「母さん目線の写真史」を青弓社から書籍として纏めて出版するための準備を進めております。しばらく、執筆に専念したいと考えておりますので、本連載をしばらく休載いたします。いずれまた再開したいと考えておりますので、本の完成とともに、しばしお待ち頂ければ幸いです。
(こばやしみか)

*画廊亭主敬白
26回に及んだ小林美香さんの「母さん目線の写真史」ですが、出版の企画が進行しています。当ブログの人気番組がしばし休載になるのは残念ですが、これもたくさんの読者があったればこその書籍化、嬉しいできごとです。連載開始直後はいくらママさんになったからって「母さん目線の写真史」なんてネタが続くのかいな、と心配したのですが(小林さん自身も若干の不安があったらしい)、次から次へと話が展開し、今までになかった鉱脈を発見したようです。小林さん、ご苦労さまでした。とはいえ近い将来の再開を期待しています。
ちょっと態勢を整えて、11月からは分野は違いますが重量級の新連載企画が始まります。

●今日のお勧め作品は、ヘルベルト・バイヤーです。作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第1回をご覧ください。
20150925_bayer_untitledヘルベルト・バイヤー
「Untitled」
1930年代(1970年代プリント)
Gelatin Silver Print on baryta paper
37.7x29.0cm
Ed.40(18/40)
裏面にサインあり


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◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmの皆さんによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は毎月5日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」は毎月8日の更新です。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は毎月11日の更新です。
 ・土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」は毎月13日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・新連載・森下泰輔のエッセイ「 戦後・現代美術事件簿」は毎月18日の更新です。
 ・井桁裕子のエッセイ「私の人形制作」は毎月20日の更新です。
 ・新連載・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「母さん目線の写真史」はしばらく休載します。
 ・「スタッフSの海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」は終了しました。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・浜田宏司のエッセイ「展覧会ナナメ読み」は随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイ他を随時更新します。
 ・故・木村利三郎のエッセイ、70年代NYのアートシーンを活写した「ニューヨーク便り」の再録掲載は終了しました。
 ・故・針生一郎の「現代日本版画家群像」の再録掲載は終了しました。
 ・故・難波田龍起のエッセイ「絵画への道」の再録掲載は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「私のAndy Warhol体験」は終了しました。
 ・ときの忘れものでは2014年からシリーズ企画「瀧口修造展」を開催し、関係する記事やテキストを「瀧口修造の世界」として紹介します。土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。新たに1974年10月7日の「現代版画センターのエディション発表記念展」オープニングの様子を掲載しました。
今までのバックナンバーはコチラをクリックしてください。

小林美香のエッセイ「母さん目線の写真史」 第25回

小林美香のエッセイ「母さん目線の写真史」 第25回

「ネットいじめ」撲滅ポスター 子どもに写真の「使い方」を教えること

original(図1)
「ネットいじめ」撲滅ポスター
「デブ」


original-1(図2)
「ネットいじめ」撲滅ポスター
「オタク」


original-2(図3)
「ネットいじめ」撲滅ポスター
「弱虫」


Edouard_Manet_022(図4)
エドゥアール・マネ
「皇帝マキシミリアンの処刑」(1869) 


UNICEF(ユニセフ)のチリ支部による「ネットいじめ」撲滅キャンペーンのポスターが、カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバルで屋外広告部門とプレス部門で金賞を受賞し、ハフポスト日本語版でも紹介されるなど、話題になっています
(制作はチリの広告会社Prolam Y&R
このキャンペーンは、それぞれ「デブ」(図1)、「オタク」(図2)、「弱虫」(図3)と題されており、ロッカールームやカフェテリア、体育館のような学校内の空間で、中高生ぐらいの4、5人のグループが、一人の生徒に向けてスマートフォンを向けている様子が捉えられています。モノクロの画面が、いじめの陰湿さ、いじめられている生徒の心理的な苦痛を強調して表しているようです。写真に添えられているキャッチコピーは次のようなものです。

一度の撮影で充分
ネットいじめは、学校に通う子供たちのうつ病や自殺の原因の一つになっています。もしあなたがスマートフォンを持っているなら、賢明な使い方をしてください。決して誰かの自尊心を、殺さないで。

(原文:ONE SHOT IS ENOUGH “Cyberbullying represents one of the main causes of depression and suicide among kids at school. If you have a smartphone, use it wisely. Don’t kill anyocne’s self-esteem.”)

ONE SHOT IS ENOUGHという見出しと、少年、少女たちが軍団のように並び、腕を伸ばして銃を構えているかのようなポーズをしていることが示唆するように、ここでのSHOTとは、「撮影」と「発砲」という二つの意味が込められています。「発砲」という意味合いを強めて伝えるために、それぞれの画面の端の方が硝煙を暗示するように白く靄がかっています。人の弱みにつけ込んで、写真を撮影してインターネット上に晒していじめ、精神的に追いつめることは、その人に対する「射殺」、「処刑」のような行為に等しい、ということをこのキャンペーンは訴えかけています。
3つのポスターの画面は共に、いじめる側といじめられる側の両方と空間全体を描き出しており、画面全体の構図は、エドゥアール・マネが手がけた歴史画「皇帝マキシミリアンの処刑」(図4)を下敷きに考案されたのではないかと思えるほどよく似ています。「皇帝マキシミリアンの処刑」には、塀の上から処刑の様子を見物している人たちも描かれていて、この絵の鑑賞者が、見物人と同様に現場に立ち会って目撃しているような臨場感を高める要素になっています。この絵を念頭に置いてポスター(図1,2,3)を見ると、それぞれの場面が捉えられている、距離を置いて撮影の現場を見下ろすような視点が、虐めの事態を知りつつも、その行為を傍観している人の立場を反映したもののようにも見えてきます。この場合の「傍観」とは、その場所に居合わせている(事態を直接的に知っている)ということだけではなく、ネット上に公開された画像を閲覧したりする行為も含まれているのではないでしょうか。そのように捉えてみるならば、ポスターのキャッチコピー「もしあなたがスマートフォンを持っているなら、賢明な使い方をしてください。」という呼びかけには、写真を撮る側(直接的ないじめの加害者)に対して、写真を撮ってインターネット上に晒すという暴力的な行為を止めるように訴えかけているだけではなく、晒された画像を見ることがどういうことなのか自覚するように呼びかけるメッセージも含まれていると言えるでしょう。
そのように捉えてみると、「間違った使い方をするな(人を傷つけるような意図を持って写真や動画を撮影・公開するな)」という命令ではなく、「賢明な使い方をして下さい(use it wisely)」という諭すような呼びかけは、どこか漠然としているようにも響きますし、見る側に「それじゃあ、スマートフォンの賢明な使い方って、どういう使い方なのか?」と考えさせることに、このポスターの意図があるのかもしれません。
以前、この連載の第20回「子どもの撮る写真」でも書いたように、デジタル・ネイティヴの世代で、3歳を過ぎた頃からiPhoneで写真を撮るようにもなった子どもを育てている親としては、学校でのネットいじめのニュースに接することもしばしばあり、このポスターに描かれていることは近い将来に起こり得る(自分の子どもが加害者にも、被害者にもなり得る)危機として感じられます。また、親、大人として子どもに対してスマートフォンの「間違った使い方をやめなさい」、あるいは「賢明な使い方をしなさい」と言ったとしても、実際にそれがどれだけ子どもの心に響き、ネットいじめが起きない、あるいはいじめの事態を改善させることにつながるのだろうか、と懐疑的な気持ちにもなります。そもそも、どのような使い方が「賢明」なのか、あるいは「間違っている」のか、その違いが自明であるという前提に立つのではなく、写真の力とは何か、それを「使う」とはどういうことなのかといったことから学んだり、考えたりする機会を、学齢期の早い時期から積極的に作るべきではないだろうか、とも思うのです。
また、このような学びの機会を作ることは、現在育児や教育に携わる世代、すなわちインターネットやデジタルカメラが普及する以前に子ども時代を過ごした世代にとって、写真や映像というメディアがいかに変化してきたかということを振り返り、次世代の子どもたちと共に考えることにつながっていくことになるのでは、とも思います。
次回は、写真を撮ること、見ることを通して子どもたちと共に考える教育活動の実践例をご紹介します。
こばやしみか

●今日のお勧め作品は、ウィン・バロックです。作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第25回をご覧ください。
20150825_bullock_03_navigation-without-numbersウィン・バロック
「Navigation Without Numbers」
1957年
ゼラチンシルバープリント
17.8x23.0cm
サインあり


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◆小林美香のエッセイ「母さん目線の写真史」は毎月25日の更新です。

小林美香のエッセイ「母さん目線の写真史」 第24回

小林美香のエッセイ「母さん目線の写真史」 第24回

絵本『ちいさいおうち』とアメリカ写真史

01(図1)
『ちいさいおうち』表紙


娘を寝かしつける時に、何度も読んでいる絵本の一つに『ちいさいおうち』(作:ヴァージニア・リー・バートン(Virginia Lee Burton, 1909-1968)、訳:石井桃子(1907-2008)原作は1942年、日本語訳は1954年刊行)があります。この絵本を元に、ディズニーの短編アニメ『The Little House』(1952)も作られており、古典的な名作絵本として長きに渡って読み継がれています。私自身も子どもの頃にこの絵本が好きで、明るい水色の表紙に描かれたピンク色の小さなかわいいお家(窓とドア、戸口の階段が目、鼻、口に見立てられていて、お日様に照らされてニコニコと笑っているように見えます)に、親しみを感じていました。

02(図2)
『ちいさいおうち』絵の抜粋


03(図3)
『ちいさいおうち』見返し


物語のあらましは次のようなものです。(図3)のどかな田園を見下ろす丘の上にある人が「ちいさいおうち」を建てました。おうちはめぐりゆく季節、時代の移り変わりを見つめていきます。時代が進む中で、静かだった田園にも、次第に家や建物が増えてゆき、いつしか賑やかな都会へと変わってしまいます。車や電車がひっきりなしに行き交い、人々が慌ただしい生活を送る都会の中で、空き家になったちいさいおうちの窓ガラスは壊れ、外壁のペンキは剝がれて荒れ果ててゆきます。やがて、ちいさいおうちを建てた人の孫の孫の孫にあたる人が都会のビルの間に残されたおうちを見つけます。ちいさいおうちは、のどかな田園の丘の上に移されて、修繕を施した後に再び人が中に住むようになるところで物語は終わります。
「ちいさなおうち」を画面の中心に据えて刻々と進行する工業化、都市化の過程を周辺の環境の変化として描き出す物語の展開は、結末として自然豊かな環境を取り戻したいという願いや、自然と人間の関係を見つめ直すべきではないだろうかという、現代社会にも通底する普遍的なメッセージへと繋がっていきます。また、時代を経て引き継がれ、大切に使われる「ちいさなおうち」は、ささやかで小さな存在のかけがえのなさや、尊厳の感覚に響き合うものだと言えるでしょう。
この物語は、作者のバートン自身が1910年代から30年代にかけて体験したアメリカ社会の変化、とくに第一次世界大戦後に急速に進行したモータリゼーション(車社会化)をベースに描かれています。絵本の見返し(図2)には、 ストーリーの流れをコマ送りで展開するように、ちいさなおうちとその周辺の環境と乗物の進歩(馬から馬車、自転車、自動車、路面電車、トラック)が連続するように描かれています。描かれている自動車が、ワゴン車のようなスタイルから、流線型のデザインへと変わっていくところに当時のデザインの状況が反映されています。
ヴァージニア・リー・バートンと同時代にアメリカで活躍した写真家たちの作品を参照しながら、『ちいさいおうち』を読むと、物語の中に描かれた建物の特徴、アメリカ社会の変化のありようを、より具体的に把握することができます。言い方を変えれば、『ちいさいおうち』は、1930年代前後のアメリカの写真史の展開を把握する本としても優れた作品でもあるのです。
まず、主人公の「ちいさいおうち」として描かれている屋根葺きの一軒家ですが、ウォーカー・エヴァンズ(Walker Evans 1903-1975)が1930年代にアメリカ各地で撮影していた、地方独特のスタイルで建てられた家屋や教会の写真(エヴァンズはとくに19世紀に流行したヴィクトリア様式の建物を緻密に記録していました)を思い起こさせます。(図4) 

04(図4)
ウォーカー・エヴァンズ
「農場の家 ニューヨーク州ウェストチェスター郡」(1936)


05(図5)
煉瓦の建物に囲まれるちいさいおうち


06(図6)
ベレニス・アボット
「ニューヨーク市 パイク通りとヘンリー通り」(1936)


ちいさいおうちの周囲が、次第に都会へと変貌を遂げていく過程で立ち並ぶのが、外壁に非常階段が備え付けられた煉瓦造りの4、5階立ての建物です(図5)。このような様式の建物は、現在もニューヨークなど都市部で見られますが、19世紀から20世紀初頭にかけて一般的なものでした。1930年代に連邦美術計画に参加して、ニューヨークの街を撮影したプロジェクト『Changing New York(変わりゆくニューヨーク)』を手がけたベレニス・アボット(Berenice Abbott, 1898-1991)の写真野中にも、非常階段のついた煉瓦造りの建物が精緻に写し取られたものを見て取ることができます(図6)。 (アボットのニューヨークの写真は、ニューヨーク公共図書館のサイトで閲覧することができます。
(図5)と(図6)を見比べると、バートンが、当時の街の情景や車や人の様子をかなり忠実に描いていたことがわかります。
さらに都市化が進み、鉄道が路面だけではなく、高架線や地下鉄にまで拡張していくようになると、煉瓦造の建物を押しのけるようにして、1910年代後半以降急増したセットバックの摩天楼が表れます。絵本の中では、摩天楼の上層階の部分にクレーンが設置され、建設中の様子も描かれていますが、このような情景は、ドキュメンタリー写真の先駆者として知られるルイス・ハイン(Lewis W. Hine 1874-1940)がエンパイア・ステート・ビルディングの建設中に、脚が竦むような高所の現場で働く工夫たちをとらえた『Men at Work: Photographic Studies of Modern Men and Machines(働く男達:現代人と機械の写真による調査)』(1932)の写真に照らし合わせてみると、より臨場感を持って、当時の様子を感じ取ることができます。

07(図7)
建造中のセットバック超高層ビル


08(図8)
ルイス・W・ハイン
「Men at Work: Photographic Studies of Modern Men and Machines」(1932)より


完成したセットバックの摩天楼は、上層階が雲に隠れてしまうほど高いものとして描かれています(図9)。このような超高層ビルを捉えた写真として思い浮かぶのが、近代写真の父と称されるアルフレッド・スティーグリッツ(Alfred Stieglitz, 1864–1946)が、当時マンハッタンで居室とギャラリーを構えていたシェルトン・ホテルの窓から撮影された写真です。スティーグリッツは次々に建造される摩天楼を観察し、建物や窓、セットバックの壁面が作り出す影を幾何学的な形、パターンとして画面の中に収めています。

09(図9)
上層階が雲に隠れたセットバックの摩天楼


10(図10)
アルフレッド・スティーグリッツ
「シェルトンから北西を望む」(1932)


これまで見てきたように、『ちいさいおうち』の中に描かれた建物や街の情景は、ヴァージニア・リー・バートン自身が実際に目の当たりにしてきたものだけではなく、同時代に撮影された写真を通して見たりした街の情景も反映されているのではないでしょうか。また、バートンが、「ちいさないえ」という存在を通して物語を紡ぎ出す姿勢は、建物や変容する街を観察し、記録し続けた写真家たちが撮影に取り組む姿勢とも共鳴するものだったのでは、と思われるのです。
こばやしみか

●今日のお勧め作品は、オリビア・パーカーです。作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第24回をご覧ください。
20150725_parker_01_hane-compositionオリビア・パーカー
「羽のあるコンポジション」
1981年
カラー・ダイ・トランスファー
33.7x39.4cm
Ed.75
サインあり


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 ・新連載「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・浜田宏司のエッセイ「展覧会ナナメ読み」は随時更新します。
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 ・故・木村利三郎のエッセイ、70年代NYのアートシーンを活写した「ニューヨーク便り」の再録掲載は終了しました。
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 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。新たに1974年10月7日の「現代版画センターのエディション発表記念展」オープニングの様子を掲載しました。
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小林美香のエッセイ「母さん目線の写真史」 第23回

小林美香のエッセイ「母さん目線の写真史」 第23回
Photographs now and then


授乳写真の意味

01(図1)
『ELLE』のオーストラリア版
(2015年6月号)


この連載で以前に「授乳と写真」(2013年9月25日掲載)と題して、授乳期の記念として撮影される写真や、写真史上の授乳の場面を捉えた作品を紹介しました。その中でも少し言及したのですが、近年欧米では、公共空間で授乳のために胸を露わにすることが猥褻な行為としてタブー視される状況に対し、公共空間で授乳する権利を主張するためのさまざまな活動が展開されており、母親たちがデモを行ったりもしているそうです。このような動向の中で、FacebookやInstagram,のようなSNSで公開される授乳の写真に注目が集まるようになり、テレビの報道番組がインターネット上の「授乳写真」のあり方をニュースとして取り上げたり、雑誌が誌面作りに反映させたりもしています。
女性向けのファッション雑誌『ELLE』のオーストラリア版(2015年6月号)では、スーパーモデルのニコール・トルンフィオ(Nicole Trunfio, 1986-)が、自身の生後4カ月の息子を抱いて素肌に羽織ったジャケットの前を開けて授乳するポーズで写っている写真が表紙を飾り、大きな反響を呼びました。(ちなみに、授乳の場面を撮影することは前もって意図されておらず、撮影現場にいた赤ちゃんに急遽授乳しなくてはならなくなったために、授乳中にその場の流れで撮影されたものだそうです。)トルンフィオは、自身のinstagramでこの『ELLE』誌の表紙を、#normalizebreastfeedingという公共空間で授乳する権利を求めるメッセージを込めたハッシュタグをつけて公開しています。

02(図2)
ニコール・トルンフィオの授乳写真
(2015)


03(図3)
ジゼル・ブンチェンの授乳写真
(2013)


また、雑誌の表紙を公開した後には、控え室で授乳をしながらヘアメイクを施されている自分自身を捉えた写真(図2)を公開しました。この写真は、同じくスーパーモデルのジゼル・ブンチェン(Gisele Bündchen, 1980-)が2013年12月にinstagramで公開した写真(図3)の再演したものではないかと憶測され、話題になりました。両者(図2,3)を見比べて見ると、撮影の状況が、画面の構図、アングル、ヘアメイクをしている人の配置にいたるまで極めて良く似ていることがよくわかります。
ブンチェンが「15時間のフライト後、3時間しか寝ていない状態で、3人美容部隊がいなかったら、どうしたらいいの。」というキャプションとともに(図3)の写真をinstagramで公開した時には大反響を呼び、彼女のような著名人が授乳の場面を公開することにたいして、「自然な行為だ、とても美しい」と賞賛する声もあれば、「授乳という私的な行為を公にするべきではないのでは」「多くの母親にとっての授乳とはかけ離れて非現実的に見える」といった批判を含むコメントが寄せられ、ネット上での反応がABCニュースで取り上げられたりもしました。
このようなスーパーモデルたちの「授乳写真」が持つインパクトは、胸を露出して(赤ん坊の頭部で写真ではさほど見えないようにしつつ)いるということのみならず、それが自宅やプライベートな室内空間ではなく、控え室というモデルにとって仕事の現場、周囲に仕事仲間(男性も含む)のいる公共空間で撮られたものであるということが明快に伝わるように意図されて撮影されているということに依るところ大きいと言えるでしょう。また、スーパーモデルたちがこのような「授乳写真」を撮って公開することは、自らの母親としての側面をアピールするためだけではなく、授乳に対する周囲の見方や意識を喚起するための活動という意味合いも帯びています。彼女達のような著名人による授乳写真の公開の影響もあってか、instagramのユーザーたちが撮影した溢れかえるほどの授乳写真が、#breastfeeding, #breastfeedingisbeautifulのようなハッシュタグをつけて公開されています。

04(図4)
盗み撮りされ、Facebook上に中傷的なコメントとともに公開された写真


公共空間で授乳を求める運動は、SNSを通したこのような授乳写真の広がりと密接に結びついていますが、SNSには公共空間での授乳に対する批判的な意見とともに公開される(厳密に言えば「晒される」)写真もあります。たとえば、イギリスではエミリー・スローという女性が買い物途中に路上で授乳をしている姿を盗み撮りされ、その写真が彼女のことを「浮浪者」のようだ、という中傷的なコメントとともにFacebook上に匿名で公開される、ということがありました。(図4)この女性はこの卑劣な匿名の投稿に対して抗議するために、公共空間で授乳する権利を主張するためのデモを呼びかけ、1000人近くの賛同者が集まったそうです
日本で同様のデモが催されるとは私個人としては想像しがたいのですが、授乳に際しては授乳室や多目的トイレを使うことや、人目のあるところでは授乳用の洋服やカバーを使って胸が外から見えないように配慮することが、ルールとして定着している環境で授乳期を経験したからそのように感じるのかもしれません。しかし、授乳していた頃のことを振り返ってみると、7、8月の一番暑い時期が授乳の最盛期に重なったこともあり、家の中ではTシャツを着ているのすら面倒で、裸族のように過ごせたらいいのにと感じていたように記憶しています。このような身体感覚は、授乳期に固有なものかもしれませんが、居場所を移動することなく、胸を隠すこともなく、気楽に授乳ができれば、またそれを周囲が許容すれば、母親の心理的な負担も軽くなるのでは、とも思います。
SNSで公開される膨大な「授乳写真」に対しては、賛否含めて色々な見方があると思いますが、授乳する母親にとっては、自分自身の体を、周囲の視線との関係の中でより心地よいものとして受け入れるための一つの手段になっているのかもしれません。
こばやしみか

●今日のお勧め作品は、ヤン・ソーデックです。作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第23回をご覧ください。
20150625_saudek_09_gabinaヤン・ソーデック
「Gabina shaving」
1982年
ゼラチンシルバープリント・手彩色
イメージサイズ:17.7x17.0cm
シートサイズ:25.2x19.8cm
サインあり

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小林美香のエッセイ「母さん目線の写真史」 第22回

小林美香のエッセイ「母さん目線の写真史」 第22回
Photographs now and then


写真を巡る旅

連休中に京都の実家に帰省していた折に、一人で広島を訪れてみることにしました。広島は私が1歳から高校を卒業するまで、子ども時代の大半を過ごした場所です。高校卒業後実家ごと京都に移ったために、友人の結婚式のために何度か訪れたものの、十数年以上は訪れる機会もないままでした。最近、何度か夢の中で幼い頃の家の周辺の光景が現れたり、前回ドールハウスについて書いたように、娘を通して自分の幼い頃のことを思い出したりするようになって、自分が子どもの頃に住んでいた家や幼稚園、学校、街の情景を見ておきたいという気持ちがありました。また、出産して以降子連れで長距離の移動をすることはあっても、一人で遠出をする機会がなくなっていたこともあり、一人で小さな旅をしてみたいという気持ちが沸々と湧いてきたということもあります。

11008518_10206996602337256_7796266014779848894_n(図1)
1977年4月 広島
幼稚園入園時の記念写真
右端が筆者


広島に行くにあたって実家のアルバムに収められていた写真を一枚持っていくことにしました(図1)。この写真は、私が4歳の時に幼稚園に入園する際に、当時住んでいたマンションの外で撮影されたものです。右端のピンクのワンピースを着た子どもが私で、同じマンションに住み、同じ幼稚園に入園した子どもたちと一緒に写っています。写真に窓とベランダが写っているのが当時家族で住んでいた部屋でした。この写真を選んだ理由は、撮影場所、つまり小さな花壇とベランダの外壁に挿まれた窪みのような場所が気に入っていたからです。花壇にオシロイバナや朝顔が咲いていたことや、お祭りの時になると窓の庇に紙垂が飾られていたことを思い出したり、別の機会に花壇の脇で撮ってもらった写真を見たりするうちに、この場所が私にとって「子ども時代を過ごした場所」の一つとして記憶に刻み込まれるようになりました。
広島駅の近くでレンタサイクルを借り、かつて住んでいたマンションに30数年ぶり向かう道程で目にした光景は、既知と未知が入り混じった時空のようでした。長く住んでいただけに、場所の感覚が体に馴染んでいて、街の構造や大凡の位置関係は覚えているものの、大規模な区画整理が行われて様変わりした地域や、見たこともない建物を目の当たりにすると、隔たっていた時間がじわじわと体に滲み込む思いがしました。

11188410_10206996699299680_4293004459536789630_n(図2)
筆者が1歳から9歳まで住んでいたマンション


11205006_10206996699659689_8245130217927809894_n(図3)
写真を撮った場所と写真


かつて住んでいたマンション(図2)は年月を経て古びながらも今もなお残っていました。マンションの入口に嵌め込まれた定礎のパネルによれば、マンションは私が生まれた同じ年の1973年に建てられたものです。このマンションは自分と同い年なのか、と自分の写った写真(図1)を手に、その撮影場所をしみじみと眺め(図3)、マンションの入口の道向かいの家に目を向けると、住人らしきご婦人がガレージの方に出て来られました。子どもの頃に見たのと変わらないその門構えだったことから、おそらく当時からずっとその家に住んでいた人ではないかと思い、そのご婦人に声をかけました。

10981992_10206996700419708_4939397165416455323_n(図4)
マンションの道向いの家にお住まいのご夫妻


11193404_10206996700059699_4406777334820595736_n(図5)
持参した写真を手に同じ場所で写真に撮ってもらった私


見知らぬ私にいきなり声をかけられたご婦人は驚いておられましたが、持参した写真を見せて私がかつてこのマンションに住んでいて、久しぶりに訪ねた経緯をお話しすると、当時近所の病院に務めていた私の父のことを思い出し、ご主人も呼んでこられて、当時の周辺の状況の様子や、お互いの家族のことを30分以上立ち話しました。その間、道を通りがかった近所の人に、ご主人が私の持ってきた写真を指して、「この人、こどもの頃ここに住んどったんじゃって!」と見せ、子どもだった私が30数年を経て大人になって再び訪ねてくれたことを、喜んでくれました。別れ際に、再会の記念として(図1)を撮ったのと同じ場所で、ご夫妻の写真(図4)を撮り、私は持参した写真を手に写真(図5) を撮ってもらいました。にこやかな笑顔で写真に写るご夫妻と、ご夫妻と話しながら子どものような顔で笑っている私自身を見ると、写真を通して過ぎた時間を懐かしんだだけではなく、近所の住人として同じ時空を共有して暮らしていた関係性が写真を見ることや撮ることによって、束の間に蘇ってきたようでもありました。
その後自転車で市内の思い出の地を巡った後に、広島からの帰途、新幹線の車中であらためて(図1)の写真を眺めながら、写真が撮られた38年前と現在の間を往還した時間旅行の一日を振り返りました。時間と人をつなぎ、記憶の「縁(よすが)」になる写真のあり方や、写真を見たりささやかな文章を書いたりすることでさまざまな糧を得てきた自分自身の辿ってきた道程、写真に写っている自分と同じ年齢になった娘までもが、写真の中に重なって見えてくるようにも感じられました。写真は見る人の来し方と行く末を収める時間の器のようなものかもしれません。
こばやしみか

●今日のお勧め作品は、ピーター・ビアードです。作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第22回をご覧ください。
20150525_beard_01_san-quentinピーター・ビアード
「San Quentin Summer 1971
(T.C.& Bobby Beausoleil)」

1971年撮影(1982年プリント)
ゼラチンシルバープリント
22.5x33.5cm
Ed.75
サインあり

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小林美香のエッセイ「母さん目線の写真史」 第21回

小林美香のエッセイ「母さん目線の写真史」 第21回
Doll house and Janine Antoni's "Inhabit"


ドールハウス ジャナイン・アントニ「Inhabit」

5(図1)
はじめてのシルバニアファミリー 


先月娘が4歳の誕生日を迎えたので、シルバニアファミリーのドールハウス(図1)をプレゼントしました。シルバニアファミリーは、森に囲まれたシルバニア村に住む動物たちという設定で、ウサギやクマ、リスなど動物の小さな人形が家族単位で作られていて、カントリー調のドールハウスや様々なインテリア、小道具のシリーズで販売されています。小さい女の子には馴染み深い玩具ですし、1985年から製造されているので、現在30歳代ぐらいまでの人であれば子どもの頃に遊んだ記憶があるという方も多いことでしょう。
嬉々としてお人形遊びをしている娘を見ていると、ふと自分の子どもの頃の記憶が蘇ってきます。幼稚園児だった頃に買ってもらったリカちゃん人形の髪型や洋服、靴のようなディテールや、同じマンションに住んでいたお友だちがリカちゃん人形の洋服を沢山持っていたり、ドールハウスも持っていたりしたのを羨望の眼差しで見ていたことなど、当時の周辺の状況や感じていたことも含めて思い出されます。3、4歳児の頃とは幼い頃の記憶が残っている最初の時期と言えますし、その時分に人形遊びを通して、小さな世界を想像し、演じて楽しんでいたからこそ、ドールハウスの空間の中には子どもの頃のおぼろげな記憶や感情、願望も深く織り込まれているのかもしれません。
娘の姿に過去の自分自身を重ねるという時間的な入れ子状態に加え、現在暮らしている都内の集合住宅の中に、ミニチュアのカントリー調の一軒家があるという情景に、空間的な入れ子状態を感じてしまい、そういう見方をする自分自身に対して動揺を感じてしまいます。子どもの頃に慣れ親しんだり、憧れたりしていたドールハウスを、母親という立場になって、娘の遊ぶ姿越しに見ていると、子どもだった過去と、母親として存在している現在の「あわい(間)」、ファンタジーと現実の狭間に対峙しているような微妙な気分になります。

inhabit_med(図2)
ジャナイン・アントニ
「Inhabit(住む)」(2009)


janine antoni inhabit 2009 (01)(図3)
「Home Truth: Photography and Motherhood」展会場写真
(Photographers Gallery ロンドン)


現代美術家のジャナイン・アントニ(Janine Antoni 1964-)の作品「Inhabit」(2009)(図2)は、母親の目線からドールハウスを見た時に抱く微妙な感情がベースになっているように思われます。(この作品は、以前この連載の「お母さんと一緒」で紹介した写真展“Home Truths: Photography, Motherhood and Identity(家庭の真実:写真、母であること、アイデンティティ)”にも出品されました。(図3))

ジャナイン・アントニは、1990年代初頭からパフォーマンス・アートの活動で注目を集め、自らの体や行為を食べ物や化粧品のような身近なものや、空間との関わりの中で提示してきました。また、パフォーマンスの記録手段として写真を用いたり、緻密に演出を施した上で撮影した写真作品も制作したりもしています。
「Inhabit」(2009)では、ジャナイン・アントニ自身が子供部屋の中で、蜘蛛の巣のような形をした8本の白いロープで吊るされるようなかたちで宙に浮いている状態で捉えられています。アントニは、床の方を見るように目を伏せ、腰から膝下までの下半身に屋根や床をくり抜いたドールハウスをスカートのようにまとっています。ドールハウスは部屋の中が見えるように正面の扉が全開の状態になっていて、扉として開く壁の色は部屋ごとに違う色に塗り分けられていて、子供部屋の中のもの――カーテン、棚の扉、ベッドの布団カバー、消防車の形をした敷物、玩具など――の鮮やかな色合いに呼応しているかのようです。
「Inhabit(住む)」というタイトルが示すように、この作品には、子ども部屋と、ドールハウスという二つの「住む」空間が入れ子の状態で表されています。画面のちょうど中心で、ドールハウスの一階と二階を分ける床(天井)、左右の部屋を分ける壁が十字に交わっていて、アントニが宙づりになり、ドールハウスが祭壇のように開いているために、画面全体に宗教画のような趣きに充ちています。実際のところ、この作品の制作に当たって、アントニは「慈悲のマリア」(マントの元に集まってくる人たちを庇護する慈愛に充ちた聖母像)(図4)から着想を得ていると述べています。(図3)

tumblr_nltncyhSHd1u9g9uyo5_1280(図4)
ピエロ・デラ・フランチェスカ
「慈悲の聖母」


self-portrait-kahlo-olmedo-1944(図5)
フリーダ・カーロ
「折れた背骨」 (1944)  


さらに、アントニは体をロープで吊るして固定するための装具を用いているために、アントニの姿は聖母マリアのような佇まいに加えて、フリーダ・カーロの白い拘束具のようなものを身につけて、体中に釘を打たれたポートレート「自画像:折れた背骨」(図5)をも連想させるような、身動きの取れない苦しさをも感じさせます。宙づりになったアントニは、蜘蛛の巣を張り巡らせて、部屋の空間を支配するように存在のようにも、またドールハウスというもう一つの家に縛りつけられ、囚われた存在のようにも見え、その状態は母親としてアントニの置かれている状況(インタビューによれば、この作品は彼女の娘が5歳の頃に制作されました。)を反映しているようです。

b1fb47dd(図6)
「Inhabit」Host (2009)


e2acb33d(図7)
「Inhabit」Up Against (2009)


大型のプリントで制作された「Inhabit(住む)」(図2)に加えて、ドールハウスの外側からダイニングルーム(図6)や寝室(図7)の室内を窓から捉えた写真も撮影されており、家具越しにアントニの脚の一部分が写り込んでいます。ドールハウスで遊ぶ子どもの目線から捉えられたよう断片的な場面の中に表れたアントニの脚は、家の中に紛れ込んだ巨人の体の一部のようにも見えます。
アントニ自身の体の一部分――――宙づり状態でドールハウスを被せられているので彼女自身の視点からは見えない状態になっている――――が、ドールハウスとの関係の中で提示されることによって、彼女の体と「家」との結びつきがより強められて浮き上がってきていますし、この「家」の中には、現実に暮らす住居、家族関係だけではなく、家としての体(胎児にとっての母胎)も含まれると言えるでしょう。
自分自身を家の中で宙づりにし、さらにドールハウスによって体を分節して提示することによって、アントニは妊娠、出産、育児を経て自分の体の使い途や働きが、自らの意志によってだけではなく、子どもとの関係でその都度変えられて、編成されていることを差し出してみせようとしているのかもしれません。彼女と同様に母親という立場で作品を見るとき、母親業という営みのありようを、ドールハウスという空間装置を自らの体と関係づけて視覚化し、距離を置いて眺める姿勢に感心させられるのです。
こばやしみか

◆小林美香のエッセイ「母さん目線の写真史」は毎月25日の更新です。

●今日のお勧め作品は、ヘレン・レヴィットです。作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第20回をご覧ください。
20150425_levitt_01_mexico1941ヘレン・レヴィット
「メキシコ 1941」
1981年
ゼラチンシルバープリント
18.0x21.1cm
サインあり


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tokinowasuremono
緑豊かな青山のギャラリー&編集事務所「ときの忘れもの」は建築家をはじめ近現代の作家の写真、版画、油彩、ドローイング等を扱い、毎月企画展を開催しています。またオリジナル版画のエディション、美術書・画集・図録等の編集も行なっています。
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