小林美香のエッセイ

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第14回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第14回

大橋英児『Roadside Lights』(Zen Foto Gallery, 2017)

01(図1)
『Roadside Lights』表紙


今回紹介するのは、北海道を拠点に活動する写真家、大橋英児の写真集『Roadside Lights』です。表紙には、残雪の平原に設置された一台の自動販売機が正面から捉えられており、煌煌と光を放つ赤い自動販売機は、背景に広がる荒涼とした平原と重い雲が立ちこめる冬の空模様のなかで、強い存在感を放っています。誰がこんな平原をはるばると歩いて飲み物を買いにくるのか、電力はどのように供給されているのかと訝しくも感じられます。タイトルにも示されているように、大橋は自動販売機を「道端の光」として捉えており、写真集の中には、仄暗い夕暮れや夜間のような自動販売機の光が明るく輝いて見える時間帯に撮影した写真が収められています。
大橋が自動販売機に注意深く視線を向け、撮影を続けてきた動機には、北海道の風土のなかで暮らしてきた生活者としての経験に根ざしています。『Roadside Lights』に先立って、大橋は雪深い北海道の各地で自動販売機を白黒写真で撮影したシリーズをまとめた写真集『Merci(メルシー)』(窓社、2015年)を刊行しています(収録作品の撮影時期は2008-2014年)(表紙 図2)。『Merci』のあとがきのなかで、大橋は日本最北端の地、稚内市で住んでいた時に吹雪に見舞われ、その時自動販売機の光を手がかりに自分の位置を確認することができたという自身の経験を綴っています。自動販売機が自然災害時の命綱になった自身の経験が契機となり、「Merci!(ありがとう)」という感謝の念を抱きながら自動販売機と自然環境との関係を見つめながら風景を撮影していくようになりました。撮影を続ける過程で、東日本大震災が起き、震災後には電力を消費する自動販売機の使用を控えたり、撤去したりした方がよいという声が起きる一方で、被災地の復興作業に従事する人たちのためにいち早く自動販売機が設置されたという経緯も知り、そういったことが地域社会の中での自動販売機の位置づけを再考するきっかけにもなったと語っています。

02(図2)
『Merci』表紙 小樽市春香町


03(図3)
岩見沢市幌向


『Merci』の表紙(図2)では、街灯に照らされた夜の路上に設置された自動販売機の側面が、高く積もった雪越しに捉えられた写真が使われており、降雪という自然現象が作り出した稜線のようなカーブと、自動販売機の直線やロゴのコントラストが眼を惹きつけます。この写真集では、後に刊行された『Roadside Lights』に収録された写真と比べると、自動販売機を至近距離から捉えた写真が多く収録されています。雪に埋もれた自動販売機が放つ光が周辺の雪に反射され、光に満たされた独特の空間を作り出しています。降雪により、商品を販売する機能を一時的に奪われ、また人が近づいていくことも難しくなった自動販売機の佇まいは、電動の機械である以上の擬人的な存在感を帯びています(大橋は、この存在感を笠地蔵に喩えています)。
『Roadside Lights』では、白黒写真では明暗としてとらえられた光の様相が、色味の異なる光の関係として捉えられています。表紙(図1)にも見て取られるように、夕暮れの自然光と、自動販売機の蛍光灯やLEDのが、周辺の景色、積雪面の反射により、相互に影響し合って独特の色が作り出されています。『Merci』と比較すると、自動販売機から距離をおいて、周辺の景色を画面の中に捉えた写真が多く収録されています。(図4)は、『Merci』の表紙(図2)に近い状況化で、自動販売機を斜め後ろから捉えており、雪に反射するオレンジ色を帯びた街灯の光と、自動販売機の放つ青みを帯びた光が、幻想的な光の世界を作り出しています。

04(図4)


05(図5)
『Roadside Lights』より


カラー写真で捉えられることによってより際立ってくるのが、自動販売機と、その周囲にある、とくに年季の入った木造家屋のような建造物とのコントラストです(図5)。業者によって定期的にメンテナンスが行われ、売り上げが悪ければ撤去される自動販売機は、古びていたり、故障していたりするようなものはそのままに放置されていることはありません。つまり、景色の中にあって、その環境の経年変化とは同期せずに、自動販売機は存在しているのです。設置される環境が都心であれ、人里離れた場所であれ、人の注意を換気するべく設置された自動販売機という装置がいかに遍在しているのか、またその色や形がいかに画一化、企画化されているのかということを、写真を通して確かめることで、この国で人々の生活を成り立たせているインフラや経済を新たな視点から見つめることができるのではないでしょうか。

06(図6)


07(図7)


こばやし みか

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。

◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

●今日のお勧め作品は、ウィン・バロックです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第25回をご覧ください。
20170425_bullock_03_navigation-without-numbersウィン・バロック
「Navigation Without Numbers」
1957年(Vintage)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:17.8x23.0cm
台紙サイズ:33.5x38.0cm
サインあり


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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第13回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第13回

アフリカ系アメリカ人写真家の伝記絵本『ゴードン・パークス』

01(図1)
『ゴードン・パークス』(光村教育図書、2016)表紙


今回紹介するのは、伝記絵本『ゴードン・パークス』(光村教育図書、2016)です。ゴードン・パークス(Gordon Parks、1912−2006)はアフリカ系アメリカ人の写真家で、1940年代初頭からフォトジャーナリズム、ファッション写真などの分野で活躍し、『ライフ』誌でアフリカ系アメリカ人初の専属写真家兼記者として活躍し、公民権運動、貧困問題に関するフォトエッセイを発表したことで知られています。また、写真家としてのみならず、小説や詩、作曲、映画の制作も手がけ、映画『黒いジャガー』(1971)の監督としても知られています。絵本の著者、キャロル・ボストン・ウェザーフォードも、アフリカ系アメリカ人の著述家で、歴史や芸術家に関するテーマで児童文学作品を手がけており、最近では、写真家ドロシア・ラングの伝記絵本『Dorothea Lange The Photographer Who Found the Faces of the Depression』(2017)を発表しました。絵はイラストレーターのジェイミー・クリストが手がけており、登場人物の表情とともに、20世紀前半のアメリカの街の光景を情感豊かに描いています。
絵本では、黒人に対する差別が厳しかった時代にカンザス州の貧しい家庭に生まれたゴードン・パークスがさまざまな仕事をしながら生計を立て、25歳の時に中古のカメラを7ドル50セントで買い求め、写真家としての才能を開花させて、人生を切り拓いていった過程が描かれています。物語の中では、ゴードン・パークス自身の記憶や、彼の眼に捉えられた光景、心情を表す文章として、当時の黒人に対する差別の厳しさが語られています。(図2、3、4)

02(図2)
(少年時代)「ところが、黒人ばかりのクラスで、白人の先生が言いはなった。「あなたたち黒人は、どうせ荷物運びか、ウェイターになるしかないのよ。」 どうしてそんなことがわかるんだろう。」


03(図3)
(写真家になり、ワシントンD.C.に移住)「さらに歩くと、建国の精神を伝える大理石の像や記念碑がたくさんあった。白人たちをたたえるものばかりだ。 そんなものを撮った写真は、めずらしくもなんともないだろう。」


04(図4)
(ワシントンD.C.の街中)「あちこちの店の窓に「白人専用!」の看板が出ている。あんな看板がない場所でも、どうせ黒人はまともにあつかってもらえるはずがない。「白人専用!」


05(図5)
ゴードン・パークス「アメリカン・ゴシック」(1942)


06(図6)
グラント・ウッド「アメリカン・ゴシック」(1930)


07(図7)
(「アメリカン・ゴシック」を撮影する場面)「しかし、いちばん有名な作品といえば、「アメリカン・ゴシック」だろう。新聞にのったその写真は、人種差別のきびしさをアメリカじゅうに訴えた。 星条旗の前に、エラ・ワトソンが立っている。手にしたほうきは、エラの日常を、そして、孫たちの未来を物語ってもいる。」


物語の終盤のハイライトになっているのが、ゴードン・パークスの代表作「アメリカン・ゴシック」(1942)(図5)にまつわるエピソードを描いた部分です。この写真は、ゴードン・パークスがFSA(Farm Security Administration 農業保障局:世界恐後のアメリカの農村の惨状およびその復興を記録するプロジェクトを行った政府機関)からの奨学金を得て、人種差別の状況を写真に撮ろうと考え、FSAの事務所のあるビルで掃除婦として働く黒人女性エラ・ワトソンを何週間にも渡って撮り続けたものの中の一点です。タイトルの「アメリカン・ゴシック」は、グラント・ウッドによる同名の絵画作品(図6)に由来します。ウッドの作品では、アメリカの農村部に見られるゴシック様式の一軒家の前に、ピッチフォークを右手に持つ年老いた農夫のような男性と、その脇に佇む妻か娘と思しき女性の姿が描かれており、二人の険しく神妙な表情と視線が謎めいた印象を残します。ゴードン・パークスは、FSAの事務所内に掲げられた星条旗を背景に、右手に帚を持って立つエラ・ワトソンの姿を捉えています。(星条旗にはモップのようなものが立てかけられています)家の前に立つ白人の男女の姿を、アメリカの家族や社会の価値観を映し出すものとして描いたのであろう「アメリカン・ゴシック」を参照しつつ、家族を養うために低賃金で身を粉にして働く黒人の女性を星条旗の前で捉えることで、社会の中での黒人が置かれている立場を明るみに出しています。絵本の中では、なぜこの写真が「アメリカン・ゴシック」というタイトルで発表されたのか、グラント・ウッドの「アメリカン・ゴシック」との関連性は説明されていませんが(アメリカでは、この絵画作品が説明を要することのないほど有名なものだということもありますが)、一点の写真が何故どのように撮影されたのか、その写真がどのような反響を巻き起こしたのかを、丁寧に描き出しています。ゴードン・パークスがエラ・ワトソンを撮影する場面(図7)は、彼女の右側の窓から光が差し込む室内の空間を下から見上げるような角度で描かれており、読者が撮影の現場に立ち会っているかのような臨場感が作り出されています。

本書の原書は、「Gordon Parks: How the Photographer Captured Black and White America(ゴードン・パークス:写真家がいかにして黒人と白人のアメリカをとらえたのか)」という題名で2015年に刊行されました。近年、近年、写真家、美術家の伝記絵本が欧米の出版社から相次いで出版されており、この本はその流れに位置づけられるものでもあります。世界規模の政治的な動乱が続き、移民排斥や人種差別の問題がクローズアップされている状況で、そういった問題の歴史的な背景を、子どもたちや若い世代にどのように伝えるのか、ということが大きな課題になっていることの証左と言えるでしょう。
人種差別や公民権運動など社会的問題を伝える上で、芸術家や写真家がどのような役割を果たしてきたのかということを、子どもたちに視覚的に伝える手段として絵本の果たす役割は大きいのではないでしょうか。
こばやし みか

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。

●今日のお勧め作品は、ヘルベルト・バイヤーです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第1回をご覧ください。
20170325_bayer_untitledヘルベルト・バイヤー
「Untitled」
1930年代(1970年代プリント)
Gelatin Silver Print on baryta paper
37.7×29.0cm
Ed.40(18/40)
裏面にサインあり


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ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第12回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第12回

サンフランシスコ近代美術館(SFMOMA)「Japanese Photography: From Postwar to Now」と日本写真の研究プロジェクト

01(図1)
「Japanese Photography: From Postwar to Now」展 会場入口


 2月に1週間ほどサンフランシスコに滞在し、サンフランシスコ近代美術館(SFMOMA)で開催されている展覧会「Japanese Photography: From Postwar to Now」(会期は2017年3月12日まで)(図1)を見てきました。この展覧会は、美術館の収蔵作品を展示するコレクション展であり、戦後から現代までの日本写真の展開を概観し、Kurenboh Collection(現代美術ギャラリー空蓮房を主宰する谷口昌良氏が寄贈した写真作品)を紹介するという意図を持つものでもあります。SFMOMAでは、キュレーターのサンドラ・S・フィリップス(2017年現在では名誉キュレーター)の企画により「Daido Moriayma: Stray Dog」(1999)と、「Shomei Tomatsu: Skin of a Nation」(2004)が開催され、これらの展覧会を契機として森山大道、東松照明、深瀬昌久、畠山直哉、石内都など、第二次世界大戦後に活躍してきた写真家の作品に重点を置いて蒐集が続けられており、Kurenboh Collectionの寄贈により、日本の写真コレクションは若い世代の写真家の作品も含む幅の広いものになっています(SFMOMAのウェブサイトで作品を検索、閲覧することができます。)
 展示会場は、時系列に沿って歴史を辿るというよりも、「アメリカと日本の関係」、「田舎(地方)の描写」、「近代都市という概念」、「写真界への女性の進出」、「自然災害が日本に与えてきた影響」といったテーマに沿って、異なる世代の作家の作品を緩やかに結びつけ、相互に見比べることができるように構成されています。また、東日本大震災以降に津波の被害や原発、放射能の問題を扱った作品も数多く紹介され、現代写真の展開の中でもひときわ重要な転換点として扱われていることが伺われました。
 現代美術を含む多様な作家の作品を紹介することに重点を置いていること、Kurenboh Collectionに収められた作品が、写真家のシリーズ全体を把握できるような点数で構成されているものではないこと、さらに展示空間の物理的な制約もあり、日本の写真の文脈に通じていないアメリカの観客には、作品の内容や意図が一見してすぐに把握しやすくはないだろうと思われる部分もあります。しかし、すでに名を知られている世代の作家の作品の間に、アメリカではまださほど名の知られていない若手、中堅の写真家の作品が織り交ぜられることによって現代写真の展開の厚みが示されているように感じられました。写真作品を読み取るための手がかりとして、関連する写真集も併せて会場の中で展示されていたことも、写真集を軸とする日本の写真への関心を反映しています。(図2、3)

02(図2)
「田舎(地方)の描写」に関連する作品を展示した展示室


03(図3)
写真集を収めたケース


 今回のSFMOMAの訪問には、このコレクション展に並行して現在構想されている日本写真の研究プロジェクトのために、近年刊行された写真集をリサーチ・ライブラリーに寄贈するという目的がありました。SFMOMAは、数年前から所蔵作品に関連する研究成果をオンラインで公開するプロジェクトに取り組んでおり、日本写真の研究プロジェクトは、2013年に公開されたロバート・ラウシェンバーグ研究プロジェクトに続く第二弾のプロジェクトとして構想が進められています。
 私が写真集の寄贈を考えた理由として、2008年に3カ月間Patterson Fellowshipの助成金を受けて客員研究員として、美術館に収蔵されている日本の写真家の作品研究に携わった経験から、SFMOMAが森山大道、東松照明の展覧会などを始め、欧米において日本写真の研究、展示をリードしてきた、他に類を見ない機関であることを実感し、美術館でのさらなる作品や資料の蒐集が。この研究プロジェクトの立ち上げに欠かせないと考えたからです。写真集やアートブックを専門とする出版社やギャラリー、ディストリビューター、写真家の方々に個人的なお願いとして寄贈を申し出たところ、75冊もの写真集を提供して頂くことができました。
 「Japanese Photography: From Postwar to Now」の展示方法にも示されているように、写真集は展示されている写真作品(プリント)のシリーズとしての全体像を把握するための資料としての重要性を持つのみならず、造本やデザイン、構成などにおいて精緻でユニークな特徴を具えた写真集はそれ自体が作品としての価値を持っています。この作品としての価値を多くの人に伝え、広めていくことに、今後も微力ながらも貢献できればと考えています。

04(図4)
リサーチ・ライブラリーの書庫 Kurenboh Collectionとして寄贈された日本の写真集の棚


05(図5)
今回寄贈した写真集を載せたブック・カートと名誉キュレーターのサンドラ・S・フィリップスさん


こばやし みか

●今日のお勧め作品は、エドワード・スタイケンです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第32回をご覧ください。
20170225_steichen_21_Brancusiエドワード・スタイケン
「Brancusi, Voulangis, France」
1922年頃(1987年プリント)
ゼラチンシルバープリント
33.2x27.0cm
Ed.100
裏にプリンターと遺族のサインあり


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「普後均写真展―肉体と鉄棒―」は本日が最終日です。
普後均さんは13:00〜ラスト19:00まで在廊の予定です。
皆さんのご来廊をお待ちしています。
作家と作品については大竹昭子のエッセイ、及び飯沢耕太郎のエッセイをお読みください。
201702_FUGO

ときの忘れものでは初となる普後均の写真展を開催します。新作シリーズ〈肉体と鉄棒〉から約15点をご覧いただきます。
出品作品の詳細な画像とデータは2月18日のブログをご覧ください。
肉体と鉄棒 11-1《〈肉体と鉄棒〉より 11》
2010年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 12-1《〈肉体と鉄棒〉より 12》
2013年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 14-1《〈肉体と鉄棒〉より 14》
2012年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 15-1《〈肉体と鉄棒〉より 15》
2003年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:35.8×44.8cm
シートサイズ:40.6×50.8cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 16-1《〈肉体と鉄棒〉より 16》
2012年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 17-1《〈肉体と鉄棒〉より 17》
2013年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 18-1《〈肉体と鉄棒〉より 18》
2012年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 19-1《〈肉体と鉄棒〉より 19》
2008年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 20-1《〈肉体と鉄棒〉より 20》
2013年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:35.8×44.8cm
シートサイズ:40.6×50.8cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 21-1《〈肉体と鉄棒〉より 21》
2003年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:35.8×44.8cm
シートサイズ:40.6×50.8cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 22-1《〈肉体と鉄棒〉より 22》
2013年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり


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◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第11回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第11回

『遠い渚』小松透 (Place M、2016)

16128299_10212051691831334_1941197541_n(図1)
『遠い渚 a distant shore』表紙 


DS-001(図2)
#宮城 #気仙沼 #祝崎 2016/4(表紙)


DS-042(図3)
#宮城 #気仙沼 #祝崎 2016/4(裏表紙)


今回紹介するのは、東京を拠点に活動する写真家小松透(1969-)の写真集『遠い渚 a distant shore』(Place M、2016)です。小松は、1992年から静物をテーマに写真や映像作品を制作しており、この写真集には2011年の東日本大震災以降、津波や地震の被害があった場所の木々を撮ったモノクロームの写真で構成されています(収録作品は2012年から2016年にかけて撮影)。写真集の判型は正方形で、表紙と裏表紙には丸くくり抜かれた白いボード紙が被せられており、オーバーマットのように写真を円形にトリミングするような役割を果たしています。(図1)丸くくり抜かれた写真の中では、画面の中心にある木々と左右両側から打ち寄せる波に囲まれた岩山の形が際立ち、表紙をめくって矩形の状態の写真と比べながら見ていると、画面の奥と手前の距離感が変化するのを感じ取ることができます。題名の「遠い渚」が示唆するように、この写真集の主題は、眼前の光景を写真に撮ることや写真を見ることに関わる「距離」であり、そのことはこのような装丁の仕方にも明確に反映されています。裏表紙(図3)には、表紙の写真(図2) と同じ場所で撮影された別の写真が使われており、波しぶきや光の状態の違いによって、時間の経過が表されています。
写真集の冒頭で、小松は幼少期を回想するモノローグのような文章を綴っています。

山育ちなので海は子供のころの憧れだった。
初めて海を見たのはいつだったかな?
野蒜に海水浴に連れて行ってもらった時か、遠足で松島に行った時かな?
大きくなったら海の近くに住もうと。
今は山も海も見えないところにすんでいるけど、いつもあの海を思っている。

このような語り口から浮かび上がらされているように、「遠い渚」とは海辺の光景を眺める時の物理的な距離だけではなく、幼少期と現在の間の時間的な隔たり、現在居住している都市と海辺の地域との距離など、心理的に感じられ、測られるさまざまな意味での「遠さ」を含み持つ場所だと言えるでしょう。東日本大震災と津波により甚大な被害を被った沿岸地域の光景は、小松にとって幼少期の記憶の中の光景と重なりつつも、震災によって大きく変容した風景の様相は、過ぎ去った時間の隔たりを強く感じさせるものでもあったのであろう、と想像されます。
写真集には円形にトリミングをほどこされた写真のシークエンスに時折、矩形の写真が挟み込まれ、矩形の写真の前には円形にくり抜かれた白いページが挿入されています。表紙や裏表紙と同様に、白いページを写真の上に重ねたり捲ったりしながら繰り返し見てゆくと、ディテールや構図のあり方に意識が誘われていきます。写真は、写された光景の地平線や水平線がちょうど円の直径に重なるように切り取られており、画面の縁は少し暗くなっているために、筒を通して覗き込んでいるような効果が生み出されています。矩形の画面の場合では、縦横の比率や四方の角を基準にして構図が形作られますが、円形の画面の場合は径が基準となり、中心と周辺との関係が強く意識されます。

DS-010(図4)
#福島 #小高 2016/6


DS-012(図5)
#宮城 #七ヶ浜 #黒崎 2015/12


そのために画面の中心近くにあるものやその形――たとえば、木々の幹や枝、木の生い茂る岩山、断崖、小さな島、家屋や建造物、塀など――が際立ち、とくに、岩山や島は円形の画面の中で、△や□の形としてその姿を浮き上がらせてきます。(図 4、5)このように、せまい湾が複雑に入り組み、小さな島が沿岸に点在する三陸海岸周辺地域に固有の景色のなかに岩山や島を抽出された形として意識すると、その側面に見える断層や褶曲、傾斜などの地層の断面に眼が惹きつけられていきます。地殻変動や地震、気候変動など、遥か太古から自然の力が形作ってきた地形の形状と、過去数十年の間に建造されていった道路や建造物、造成地、堤防、消波ブロック、ブロック塀、法面(図6、7、8)のような人工物の組合わさった景色は、その土地に経過していった時間のさまざまな痕跡をとどめています。たとえば、(図8)のように、造成地に残る岩山と、その脇のブロック塀の端や塀の後ろから僅かにのぞく屋根が組合わさっている様子は、人間の生活の営みも、自然の力や経年変化など様々な要因によって姿を変え、やがては朽ちていくものであることを示唆しているようにも思われます。

DS-037(図6)
#宮城 #宮戸 2014/8


DS-041(図7)
#宮城 #宮戸 2015/8


DS-026(図8)
#福島 #鹿島 #柚木 2015/12


小松は、(図4、6、8)のように陸地にある岩山を(図2、3、5、7)に捉えられているような海に浮かぶ島に対して、「陸に浮かぶ島」と呼び、写真集のあとがきの締めくくりで、「陸に浮かぶ島は、海から遠く隔てられた今でも、海に浮かんでいたときを忘れていないのだろうと想像する。」と述べています。つまり、「遠い渚」とは、写真を撮る小松自身から距離だけではなく、かつては周辺を海に囲まれた島だった岩山からの、時間的、空間的に隔たったところにある地点であることが示唆されています。このように、距離を自分自身が測るものとしてだけではなく、島という被写体から測られるものとしても捉えるような見方は、小松が写真を撮影するにあたって、被写体になる光景と相互に交感する感覚に根ざしているように思われます。津波や地震の被害があった場所の木々を撮り続けるなかで意識するようになったという「陸に浮かぶ島」は、写真が円形に切り取られているがゆえに、景色との関係の中ではスケール感が測り難くなっています。しかし、その島の上に育っている木々や植物が島のスケールを手立てとなり、また小さな島それぞれの存在を静かに語りかける声を秘めて佇んでいるようにも見えるのです。

本作品は、2016年11月にTokyo Art Book Fairの企画により開催されたSteidl Book Award Japanに出品され、ファイナリストに選出されました。2017年秋にドイツのSteidl社から写真集が刊行される予定です。
こばやし みか

●今日のお勧め作品は、オリビア・パーカーです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第24回をご覧ください。
20161125_parker_01_hane-compositionオリビア・パーカー
「羽のあるコンポジション」
1981年 カラー・ダイ・トランスファー
33.7×39.4cm
Ed.75 Signed


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本日の瑛九情報!
〜〜〜
昨日からご紹介している福井県大野の堀栄治さんの功績の一つとして忘れてはならないのは『福井創美の歩み』(1990年10月初版、2007年5月第5版発行)という手作りの記録集を残されたことです。
福井における創造美育運動、ひいては小コレクター運動の詳細な日録です。
20150307182903_00001_600

たとえば、1954(昭和29)11月2日3日の項目をそのまま引用してみましょう。

<11月2日 久保コレクション「西洋版画展」(だるま屋)(ポスター制作 渡辺)
・前売り券を競争して売る 純利益金四万六千円(入場七千人)
・純益が久保氏の予想を大きく上回ったので、堀、久保氏との賭けに勝ちピカソのリトグラフを金三万円で入手する
・久保氏、瑛九来福 山内旅館泊 会期中仲間が交替で展覧会場で不寝番をする
谷口、自転車盗難に遭う
11月3日 久保、瑛九、繊協ビルで座談会 席上、堀の提唱により希望者に瑛九のエッチングを特別安く頒けて貰うことになる(75点)
これが福井に瑛九の作品が入るさきがけとなる。瑛九が初めて訪れた福井で同志的愛情に触れたと言っている意味は深く、その友情は生涯変わることなく益々大きく発展していった>


次に瑛九の亡くなった1960年3月10日からの項目を引用します。

=====
1960年3月10日
瑛九 午前8時30分 急性心不全で永眠

3月15日
午後2時から自宅で無宗教による告別式が行なわれる
池田満寿夫自作の[鎮魂歌―心から瑛九に捧げる―]を静かに読みあげる

3月19日
坂井ブロック 児童美術普及のため絵の見方についての会合を持つ

3月28日〜29日
瑛九宅を訪問して、瑛九の遺作を整理する
・木水・谷口・堀・藤本・中村 6名


瑛九 遺作
・エッチング 605点
・リトグラフ 1,567点
・フォトデッサン705点(*)
・吹付デッサン66点
・コラージュ 27点
・カット 32点
・デッサン 427点
・油絵吹付 11点
・油絵リアリズム 32点
・スケッチブック 30点
・油絵30号まで 175点
・水彩 247点
・毛筆 6点
・ガラス絵 9点
(*引用した第5版にはフォトデッサンの項目が脱落しており、この項だけ初版の記述を再録しました。亭主記)

・堀、瑛九の絶筆の詩「ヒミツ」を謹写して福井瑛九の会、会員に渡す

(「読売新聞に『花ひらく瑛九氏の遺作』12人の教員グループ」という記事がのる。

 超現実主義派の草分けの一人として特異な作風で知られた画家、清和市本太五の四四、瑛九氏(四八)(本名杉田秀夫氏)は、
 さる十日慢性ジン炎がもとで東京神田の病院でなくなったが、生前九年間も同氏を支持し続けて来た福井県小、中学の若い先生たちのグループ六人が春休みを待って二十八日、浦和の瑛九氏宅に集まった。
 都未亡人を慰め、遺作の整理をするとともに、瑛九氏の遺志をくんで五月のはじめ福井市内で初の遺作展を開くことになった。)
   

3月26日
福井小コレクター例会 福井市三上ビル
・撲九後援会のこと、遺作展のことについて話し合う

5月1日
瑛九遺作展の準備 福井市三上ビル

5月3日
瑛九遺作展のために資金カンパをする
・北川民次のリト8点(中間は58年の12月に入手した「子供を抱く二人の裸婦」を1点宛拠出する)泉のリト5点集まる

5月7日
「瑛九遺作展」が福井繊協ビルで福井瑛九の会主催によって開かれ
・遺作80余点が陳列される
・浦和市より 瑛九夫人、岩瀬久江女史、宇佐美兼吉
・大阪より 福野正義・松本弘駆けつける(福野「故瑛九に捧げる詩」を500部持参する)

5月29日
国立近代美術館「物故作家四人展」4月27日より(菱田春草・高村光太郎・瑛九・上阪雅人)を見るために上京 堀・福野

5月30日
堀・福野、瑛九宅訪問(瑛九宅で中西末治と合う)
・福井の瑛九の会 仲間に頒布するために次の作品を預かる
エッチング 特大 13点、リトグラフ 征版13点、ミノ版 13点、水彩 13点、
油10号 1点、8号 3点、3号 1点、ガラス絵6号 1点
福野 水彩 リト大 油10号 各1点
中西個人で油20号 8号 4号 2号 各1点、10号 2点、デッサン 3点 購入する>
=====
瑛九が亡くなって僅か二週間後の3月末、木水育男さんや堀栄治さんら福井の教師たち6人が春休みをつかって瑛九のアトリエに入り、遺された作品を整理、カウントしたことは特筆にあたいします。
〜〜〜
瑛九 1935-1937 闇の中で「レアル」をさがす>展が東京国立近代美術館で開催されています(2016年11月22日〜2017年2月12日)。外野応援団のときの忘れものは会期終了まで瑛九について毎日発信します。

◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第10回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第10回

『While Leaves Are Falling』金山貴宏 (赤々舎 2016)

cover1(図1)
写真集『While Leaves Are Falling…』表紙1
写真「京都のホテルにて、2010」


cover2(図2)
『While Leaves Are Falling…』表紙2
写真「大磯にて、2008」


今回紹介するのは、金山貴宏(1971-)の写真集『While Leaves Are Falling…』(赤々舎、2016)です。この写真集はニューヨークに拠点を置いて活動する金山が、1999年から2016年にかけて日本に帰国する折に彼の家族――彼の母親と二人のおば(母親の姉と妹)――を撮影した写真をまとめたものです。「木の葉が落ちる間に」というタイトルは、落葉する晩秋の季節、淡々と過ぎゆく時間の流れの中での心模様を連想させるとともに、撮影された期間に50代、60代から70代、80代へと年齢を重ねていった三姉妹の「人生の晩秋期」にも重なります。写真集は、金山の母親の写真(図1)と、三姉妹の写真(図2)の二種類の表紙で装丁されています。
金山が自分の母親とその姉妹を撮り続けてきた動機は、彼自身の生い立ちに遡ります。彼は両親の離婚後、母方の実家で、母親、祖母、ふたりのおばという4人の女性に育てられますが、1991年に金山が20歳になって間もない頃に、母親が統合失調症(当時は精神分裂病と呼ばれていました)を発症します。意味不明で支離滅裂な言動を繰り返すようになった母親は実家から精神病院に居場所を移すことになり、その後、金山は写真を学ぶためにニューヨークに渡ります。「1999年春、4人の長である祖母が死んだ。家族は自分の記憶の中にあるまま永遠に不変だ、と道理なく思っていた私にとって、祖母の死は過ぎ去って行った時間を鋭く意識させる出来事だった。そこで、祖母の死後、私はニューヨークから東京に里帰りするたびにそれまで撮影することがなかった家族を撮影した。ここから普遍的なテーマである家族、老い、そして時間の経過を主題に、家族と共有する時間と場所の記録が始まった。」(写真集あとがきより抜粋)

03(図3)
家族 母の病院にて、1999


04(図4)
家族 日光にて、2000


05(図5)
家族 自宅にて、2007


06(図6)
家族 箱根のホテルにて、2015


写真集のページを捲っていて感じられる一連の写真に共通する特徴は、被写体との独特の距離感です。金山は実家や病院にいる母親を撮る際も、姉妹三人揃った写真を撮る際にも、それぞれがいる空間の広がりや建物の構造、窓や柱のような空間的な要素を構図の枠組とした上で、それぞれの姿を空間との関係の中で捉えています。まず、三姉妹が一緒に写っている写真をいくつか見てみましょう。写真集の冒頭の方の三人が近寄ってしゃがんで写っている(図3 左から、伯母(母の姉)、叔母(母の妹)、母)は、三人の容姿から血縁のつながりが見て取れるとともに、それぞれの微妙にずれた顔や視線の向きが、三人の間の関係性と、それを見る金山との距離を強く印象づけます。旅行先の日光で撮影された(図4)では、水辺のテラスのような場所で三人がそれぞれに別々のベンチに腰掛けており、三人の姿がお互いの距離、二本の円柱、遠景に霞む稜線によって囲まれた空間の広がりと奥行きの中に捉えられています。家族で営む不動産屋の店舗と2階の住居部分の外観を正面からとらえた(図3)では、向かって右の部屋で金山の母が、左側の部屋で伯母と飼い犬のケリーを抱いた叔母が窓から外を見下ろしており、三姉妹の存在が、彼女達が生まれ育ち、生活を営んできた環境のなかに描き出されています。三姉妹の写真は、思い出づくりのためにでかける家族揃って出かける旅行先で撮影されたものが多く、とくに箱根のような何度も繰り返し訪れている場所で撮影された写真は、より広い空間を画面の中に取り入れるために遠くから撮影されることも多くなり、(図6)のように滞在先のホテルのバルコニーに佇む三人を建物の外で階下から見上げるように撮られたものもあります。このような周辺の環境を画面の中に取り込むような撮影の仕方は、家族にとっての旅行が互いに共有できる思い出を作るためだけではなく、「旅行先で家族全員が揃っている」ということを証立てる一種の儀式のような性格を帯びてきていることを物語っています。
金山が家族を撮り続ける過程で、周辺の環境や家族との距離そのものを意図的に指し示すような手法を用いるのには、自らから切り離され得ない存在として家族を見つめる覚悟がより強固になっていったことが根底にあるように思われます。このような覚悟の証左として、金山はニューヨークに留学した要因の一つとして、母親が統合失調症になり、それ以前とは全く別人のようになってしまったという事実を受け入れることができなかったことを理由として挙げ、「いくら自分を母のいる場所から遠ざけても、実際は母の事を頭の中から分離することはできなかった」と語っています。

07(図7)
母と祖母が最後に家にいた日のままの祖母の日めくりカレンダー、2009


08(図8)
病院の隔離室にて 1、2016


三姉妹ではさまざまな場所で撮影されているのに対して、母親が一人で写っている写真の殆どは、実家の室内や病院のような室内で捉えられており、窓や襖、扉のような枠組が、母親を取り囲む空間と、母親と金山との間の距離を示す手立てになっていて、そのような枠組が存在することで、母親が金山に向ける眼差しの力がいっそう強められています(図7、8)。また、見開きで母親の写真と、屋外の情景――旅先や実家周辺の景色や、季節の移ろいを感じさせる植物の様相――を捉えた写真が組み合わせられることで、屋外と室内の対比が作り出され、病によって母親が外の世界から隔離されている状態が示されるとともに、金山が家族と共有する時間の経過が重層的に表わされています。(図9、10)

09(図9)
(左)無題、2005
(右)母とケリー、2008


10(図10)
(左)金髪の母 2014
(右)ホテルから展望 箱根、2014


このような被写体との距離のとりかたや、見開きでの写真の組み合わせ方、シークエンスの構成は、家族や老い、時間の経過という作品のテーマを、抑揚を控えたトーンで描き出すための手法として周到に練り上げられたものだと言えるでしょう。金山がアメリカからの帰国の都度に、統合失調症という病とともに年齢を重ねる母親が幻覚や妄想、水中毒(過剰の水分摂取によって生じる中毒症状)などのさまざまな病態を呈する様を目の当たりにしたり、病院に見舞いや面会に行ったりすることは、息子として心の重くなるような辛い体験であることは想像に難くありません。しかし、そういった体験を通したその時々の心の動きや感情を直裁に表すのではなく、客観的に冷静な態度で見つめ直そうとする「距離をとる」金山の姿勢があってこそ、個人的な経験をとらえた写真が作品として成り立ち、家族の病や老いという誰にとっても避け難い事象を語る普遍性を獲得しています。

11(図11)
(左)母 (左から1971、1971、1978)
(右)母、1976 祖母と私とおば、1974


12(図12)
(左)病院の面会室にて 1 2016
(右)病院の面会室にて 2 2016


写真集の後半には、1970年代に撮影されたスナップ写真―――金山が生まれて間もない頃に母親と一緒に撮影されたものや、母や叔母、祖母の写っているもの―――で構成された見開きがあります(図11)。古いアルバムの中から選ばれた写真は、金山が幼い頃の母親や家族の記憶の縁(よすが)であり、母親が病気を発症し、金山が祖母の死後に1999年から写真を撮り始めた時期との時間の隔たりを強く印象づけます。(右ページの左側に掲載されている、母親が犬を抱いてソファーに座っている写真に写っている壁掛け鏡が、(図7)で母親の背後の壁掛け鏡と同じものであることは、経過した時間と家との関係を物語るものとして興味深いところです。)写真集の終盤では、母親が入院する病院で2016年に撮影された写真が続き、面会室の中で対面した際に撮影された写真が見開きで組み合わせられています(図12)。白い壁を背景にテーブルの前にして椅子に座る母親は、左側のページでは金山の方を向き、右側のページでは視線を下に落としています。面会時間の中で撮影された二枚の写真の組み合わせは、老いて弱った母親と向き合う一時を記憶にとどめるものとして静謐な強度を湛えています。アルバムのスナップ写真を通して家族の過去に向き合あうこと(図11)と、面会室のテーブルを隔てて母親に向き合うこと(図12)は、家族との時間的、空間的な隔たりを示す手法であり、そのような「隔たり」のなかに金山は自身の姿を見定めようとしているのではないでしょうか。
こばやし みか

本日の瑛九情報!
〜〜〜
瑛九のもとに集まった若い作家たちの中で最も華々しい活躍を示したのは池田満寿夫でしょう。1960年の東京国際版画ビエンナーレで色彩銅版画が高く評価され文部大臣賞を受賞して脚光を浴びます。池田にモノトーンではなく着色することを薦めたのが瑛九でした。
瑛九自身は1951年から1958年までの僅か足掛け8年の間に350点もの銅版画を制作していますが、ただの一点も着色したものはありません。池田の才能が色彩にあることを見抜いた瑛九の慧眼というべきでしょう。
ikeda_01[1]池田満寿夫 Masuo IKEDA
作品集〈今日の問題点〉より 《この空の上》
1969年
エッチング、ルーレット
イメージサイズ:16.1×14.2cm
シートサイズ :20.0×20.0cm
signed

池田の快進撃は続きます。1965年ニューヨーク近代美術館で日本人として初の個展を開催、翌1966年ヴェネツイア・ビエンナー展日本代表に選ばれ、版画部門の国際大賞を受賞し一躍世界の第一線に躍り出ます。このとき呼ばれもしないのに会場に乗り込みゲリラ参加したのが草間彌生でした。
あれから50年、「マスオ」の名を知る人は減り、片や草間彌生は文化勲章を授章し名実ともに日本を代表する作家になりました。二人の評価はこれからどうなるのでしょうか・・・・・〜〜〜
瑛九 1935-1937 闇の中で「レアル」をさがす>展が東京国立近代美術館で開催されています(11月22日〜2017年2月12日)。ときの忘れものは会期終了まで瑛九について毎日発信します。

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●ときの忘れものは2016年12月28日(水)〜2017年1月16日(月)まで冬季休廊です。
いつもより長い冬休みですが、お正月早々、ART STAGE SINGAPORE 2017に出展するためです。
また銀座のギャラリーせいほうで開催される「石山修武・六角鬼丈 二人展ー遠い記憶の形ー」(2017年1月10日〜1月21日)に企画協力しています。
メールやネットでのお問合せ、ご注文には通常通り対応いたします。

◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第9回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第9回

吉江淳『川世界』

0001(図1)
吉江淳、『川世界』(Salvage Press, 2016)
表紙


今回ご紹介するのは吉江淳(1973−)の写真集『川世界』(Salvage Press, 2016)です。この写真集は、吉江が生まれ育った群馬県太田市の端を流れる利根川の川岸の風景を、およそ15年間にわたって取り続けた写真をまとめたものです。表紙(図1)にはシルバーの箔押しで地図から引き写された川の輪郭が象られており、周辺の地名を削ぎ落とされた川は、抽象絵画の断片のようにも映ります。

0004(図2)


0007(図3)


0007-2(図4)


写真集には、流れゆく水面や、川を含めた流域の景色を捉えたものよりも、川岸に生い茂る草木や、遠景に見える高架道路や橋、川辺の造成地を通過するドラックやバイク、小さな畑、工事現場の標識、何がしかの目的のために建てられた小屋といった川岸にあるものや景色、あるいは川岸から見える景色を捉えたものが多く含まれます。(図2、3、4)縦長の判型のページの下の方に写真が配置されているというレイアウトにより、写真に捉えられている空間の地面の広がりが強く意識されると同時に、景色が捉えられたその時々の空の色や雲の形や広がりが印象に残ります。写真集のページを捲っていくと、一連の写真は確かに川岸で撮影されたものらしいが、一体どのような場所を見ているのだろうが、訝しく不思議に思うような感覚が湧き上がってきます。
このように「川岸の景色を撮った写真を見ていて、そこがどういう場所なのかわからない」という印象を抱くのは、私が利根川流域を訪れたことがない、という単純な事情に拠るものでもありますが、それに加えて「川岸の景色」というものを思い浮かべる時に、自分自身の記憶の中の景色や地形を参照するからなのかもしれません。私が生まれ育った広島市(河川の多いデルタ地帯)や京都市(盆地、宇治川派流地域)、現在生活する東京都(荒川流域)で目にしてきた川岸の景色と、吉江淳の撮った利根川流域の景色は「川岸の景色」としてはあまりにも違っています。西日本の山の稜線と河川に近い場所で育ってきた私にとって、吉江淳が生まれ育った北関東平野を流れる利根川は規模としても景色としても河川のあり方がどうやら随分違うらしいと感じると同時に、風景や地形に対する身体感覚は、生まれ育った環境、幼少期からの経験によって培われるものであることに思い至ります。

吉江は撮影の動機や経緯について次のように語っています。「最初は幼少期の地理的な果てという感覚で撮り始めたのですが、我々生活圏のカスや排泄物といったものが流れ着く場所として、そして日常とは異なった世界がごく身近にあると言う驚きに駆り立てられ堤防を超えました。時に厳しくも静けさに満ちた風景と向き合うのは、自分にとって世界そのものとどう向き合っていくのか考える事だったし、ひいては写真を考える事だったのではないかという気が今はしています。」(Facebook上での投稿より抜粋)

0009(図5)


0011(図6)


0012(図7)


幼少期の記憶や感覚に誘われるようにして川岸に向かい、川の堤防を日常の生活圏と異界を隔てる境界としてとらえてそれを超え、境界を行き来しながら写真を撮り続けるということは、眼前の景色を記録することにとどまらず、その景色の中で育ち、齢を重ねてきた自身の輪郭を確かめようとする動機に駆られるものでもあったのかもしれません。一連の写真は、風や雨、雪のような自然現象や、工事、時間の経過によって風景がその姿を変えていく有り様をも淡々と描き出しています。(図5、6、7)写真を繰り返し見るうちに、利根川流域という写真に捉えられた地域のみならず、自分が生まれ育ってきた場所が、歳月を重ねるなかでどのように姿を変えてきたのだろうかと、想いを馳せています。
こばやし みか

●今日のお勧め作品は、ヘルベルト・バイヤーです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第1回をご覧ください。
20160925_bayer_untitledヘルベルト・バイヤー
「Untitled」
1930年代(1970年代プリント)
Gelatin Silver Print on baryta paper
37.7×29.0cm
Ed.40(18/40)
裏面にサインあり


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◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第8回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第8回

スージー・リー、『なみ』、『かげ』

01_cover(図1)
『なみ』表紙


02_6_titles(図2)
表紙6種類


今回紹介するのは、韓国の絵本作家スージー・リーの絵本、『なみ』(図1)(2009 講談社 原著は“Wave” 2008)です。スージー・リーの絵本は、この本のほかにも、『かげ』(2010 講談社 原著は”Shadow” (2010))、やイラストレーションを手がけた『この あかい えほんを ひらいたら』(2012 講談社 原著は” Open This Little Book”) が日本でも出版されていますが、いずれの作品も本を手に取ってページをめくる読者の行為に結びついて、強くうったえかけてくるような表現力を具えており、高く評価されています。『なみ』は、木炭の線描と水色のアクリル絵の具の色をデジタル技術で重ね合わせたイラストレーションで構成されており、文章がまったくなく、タイトルのみを翻訳して数カ国で出版されています(図2)。
絵本の内容はいたってシンプルで、お母さんに海に連れてきてもらった女の子が波打ち際で遊んで帰っていく、というものです。横長の判型の表紙からも明らかなように、見開きは幅の広いパノラマの画面で、本のノド(見開きのつなぎ目)が、左右で対面するページの軸となってストーリーが展開していきます。表紙(図1)では、女の子の後ろ姿越しに海が描かれていますが、扉のページをめくると、左側のページに女の子と海鳥、右側のページに海が描かれています。

03(図3)


04(図4)


女の子は、最初はおそるおそる寄せて返す波の動きをみつめては、波に近づいたり、後ずさりします(図3)。海鳥たちも女の子の後ろからかけてきたり羽ばたいたりして、女の子のわくわくしたり、ビクビクしたりする気持ちを強めて表わしています。しだいに女の子が波に慣れて、面白がりながらその動きと戯れたり、もっと大きな波になればいいのにと身振りをしたりするようになると、女の子や海鳥たちは、左側のページから右側のページへ入っていくようになります(図4)。このように女の子の動作を追って見ていくと、見開きのつなぎ目の線が、女の子が波に近寄ったり、後ずさりしたりするなかで、その動きの幅を表わし、波の動きや大きさを示す役割を果たしていることがわかります。また、左側のページの同じ位置に背景のなだらかな丘の稜線が描かれているために、読者は同じ視点から、次第に強さを増し大きくなっていく波の動きや、女の子の感情の高ぶりを感じ取ることができます。

05(図5)


06(図6)


07(図7)


08 (図8)


女の子が波と戯れて遊ぶうちに、波はどんどん大きくなっていきます(図5)。ふと気づいたときには、自分の背丈よりもはるかに大きな波が目の前に迫って女の子が呆然とした表情を浮かべた(図6)すぐその後に、必死になって海鳥と一緒に左手側に走ろうとした時(図7)に大波が襲いかかります(図8)。このシークエンスのなかで、(図3、4、5)の背景に描かれていた丘の稜線が、(図6)ではその線が薄くなり、(図7)ではすっかり消えてしまいます。このように徐々に背景を消していくことで、波の動きや大きさに集中し、(図8)で砕けて広がる波の圧倒的な力が体感として迫ってきます。左から右へとページをめくりながら、女の子の動作と波の動きのせめぎ合いを見開きのつぎ目を軸に感じた後に、画見開き全体に渦と飛沫として広がる波は、それまでに描かれていた光景のスケール感をリセットしてしまうような力を備え、読者もまた女の子と同様にしぶきを被ってしまったような気分を味わうのです。

09(図9)


10(図10)


11(図11)


波が引いた後に、呆然と座り尽くした女の子のまわりには波が運んできた貝殻が散らばり、海鳥たちと一緒に拾い集めます。(図9)日傘をさしたお母さんがサンダルを手に迎えに来て、一緒に遊んでいた海鳥は海の方へと羽ばたいていいきます。(図10)波を被った後(図9、10)には、(図3、4、5)で描かれていた丘の稜線が背景に再び描かれ、白かった空が海に染められたかのように水色に充ちています。(図10)では、濡れた砂浜に反射する女の子の姿も描かれていて、空と海にひたり満ち足りた表情の女の子の表情は、裏表紙(図11)の拾い集めた貝殻を差し出す女の子の笑顔へ続いていきます。海辺で過ごした時間は、実際にはほんのわずかな一時だったのかもしれませんが、そこで女の子が豊かな経験や、感情の動き、驚き、喜びが凝縮した形で表わされており、ページをめくるという動作の中でその生き生きとした動感が体験できることに、この本の魅力があります。Kindleやタブレットのような装置では再現できない、紙の本の魅力を味わえる一冊です。
こばやし みか


●今日のお勧め作品は、植田正治です。
ueda_13_hama_no_shonen植田正治
「浜の少年」
1931年(Printed later)
ゼラチンシルバープリント
20.2x30.1cm
サインあり

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◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第7回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第7回

写真集『森花 夢の世界』

01(図1)
『森花 夢の世界』
石川真生×吉山森花
(未来社 2014)


今回紹介するのは写真集『森花 夢の世界』です。タイトルに示されている通り、一連の写真は、沖縄の写真家、石川真生(1953-)がアーティストの吉山森花(1989-)が語った「奇妙で、過激で、セクシー」な夢の内容に触発され、吉山が夢の場面を演じ、それを石川が撮影するという共同作業で作り出されました。
それぞれの写真に添えられた説明文には、夢の内容にとどまらず、吉山の感情が綴られており、写真集の所々で挿入される吉山の手によるイラストは、刻みつけられたり、引き裂かれたり、増殖したり、ほかの生物と合体したような身体(図2)や、分裂したような顔(図3)が、紙面全体を覆うような線で描かれています。恐怖や不安に取り憑かれ、強迫観念を抱く心情がそのまま視覚化されたようなイラストと、吉山がカメラの前で演じた場面の写真、説明文の言葉が相互に混じり合い、「夢の世界」が複合的に描き出されています。

02(図2)
吉山森花のイラストレーション


03(図3)
吉山森花のイラストレーション


後書きの中で吉山が述べているように、彼女が「奇妙で、過激で、セクシー」な夢を見る背景として、幼い頃から抱いていたという「世の中に存在していることに対する罪の意識」や、「常に誰かに監視されていて、人を殺してしまう映像が頭の中に流れた」という強迫観念、「恐怖を感じずに自分を殺すにはどうしたらよいのか」とつねに考え自傷を繰り返していたという経緯があります。このような鬱屈した想念が色濃く投影された夢の世界を、実際に演じて写真に撮られることで、吉山は「生きている実感がする」ようになったとも述べています。石川との共同作業による作品制作を通して、吉山は自身の内面を解放し、自身を客観視する視点を得ることができたのかもしれません。
この作品のなかで用いられている「演じる」という要素は、石川の他の作品にも取り入れられています。たとえば、さまざまな背景や思想信条を持つ人たちが日本国旗を用いてその人自身、日本人、日本という国を表現するパフォーマンスを行って撮影した『日の丸を視る目』や、琉球国から現在にいたるまで大国に翻弄されてきた沖縄の歴史を、様々な場面ごとに友人や知人が演じて「再現」して撮影した写真をつなぎあわせた「大琉球写真絵巻」(現在進行中のプロジェクト)があげられます。石川は、「演じる」という要素を取り入れることで、写される人それぞれに具わる想像力や表現力を解き放ち、写真の中にそれを受けとめることによって、人と社会との関係を浮かび上がらせるような作品世界を生み出しています。
このような「演じる」ことを取り入れた石川の作品のなかでも、『森花 夢の世界』は、吉山森花に焦点をあわせて生み出されたものであるだけに、曝け出された彼女の身体性や感情が作品の要になっています。ポーズや衣装、とくに独特なメイクによって強調された目の表情――時には睨みつけ、見開き、挑発し、恐怖や苦しみを訴えるような――は、強烈な印象を残します。また、撮影された室内の空間や屋外の景色は、それぞれの場面での彼女の心境を反映し、沖縄という土地と彼女の関係を映し出したものとして読み解くことができます。

04(図4)
表紙の作品


05(図5)
ハンガー
ハンガーのアンテナをつけて情報を集める狂った女。


表紙(図1)の装丁にも使用されている作品(図4)では、取り壊されたバスルームでバスタブの中で寝そべりながら、瓦礫やスプレー缶、壁に書き散らされたグラフィティに囲まれ、瓦礫を貪り口から血を流しており、苦しみや混乱、攻撃性がないまぜになった心理が場面全体に表出しています。(図4)と同様に閉塞的な室内空間の中で心理状態が表現された作品として、「ハンガー」(図5)があります。頭にラップをまきつけ、ワイヤー製のハンガーを填め、階段の踊り場で這い回るようなポーズをしています。「ハンガー」(図5)のように、身のまわりにあるものや環境に衝動的に反応するようにして、自分の内面を曝け出すような吉山の身体表現は、「ポール」(図6)においても際立っています。学校の制服(社会からの抑圧や強制を表わすものとして、作品の中で頻繁に登場する要素)を着て、海辺のポールによじ登り、右手に煙草を持って、誘うような視線をカメラに向けながらポールを舐める姿は、エロティックで挑発的です。

06(図6)
ポール
高校生の女の子がポールのかっこよさに惚れてしまい、毎日学校帰りに港に立ち寄っては愛しあっている。


07(図7)
食卓
私を食べている日本人、特に東京の人。私はたくさん食べられて苦しかった。


08(図8)
米兵
戦争中にアメリカ兵に助けられた日本人の女の子


内側に潜む狂気や暴力性、性的な欲望などを、吉山一人で演じた作品に加えて、他の登場人物と共演して作り出された場面の中では、夢の内容は人間関係や家族、政治、歴史など社会的な側面に関わって、より具体的に描き出されています。「食卓」(図7)では、家族が食事をする食卓の上に裸で横たわり、お腹から内臓が引きずり出されるような状態になっている様子は、グロテスクで、ブラックユーモアを帯びながら、沖縄の視点から見た日本に対する批判的なメッセージに充ちています。
「米兵」(図8)では、裸で顔にガスマスクを装着した状態で、海の浅瀬に立つ男性に抱きかかえられており、「戦争中にアメリカ兵に助けられた日本人の女の子」という説明文と相まって、第二次世界大戦や、沖縄と米軍にまつわるさまざまな問題、米兵による暴行事件などを連想させ、背景に広がる青い海や空の下に横たわる歴史や現代の差し迫った問題が暗示されています。「食卓」(図7)と同様に、吉山が裸で演じることによって、夢の中の出来事にとどまらず、現実に差し迫った問題のありようが鮮明に浮き彫りにされていると言えるでしょう。

09(図9)
両親
両親にとって私は足かせであり、両親は私にとって何も見てくれないうえに、私を縛りつける人間だった。


10(図10)
妊婦
母体の中に入って母親に守ってもらいたい私の願望。


海辺は、吉山が生まれ育った場所、ルーツとしての沖縄を象徴するような場所であり、彼女が抱える根源的な欲求や問題を表わす舞台になっています。「両親」(図9)は、砂浜で男性と女性が足にロープを括り付け、それぞれ別の方向に向かって歩いている後ろ姿と、そのロープを首に巻きついて、二人と背中合わせになって苦しげな表情を浮かべる制服姿の吉山が、抜けるような青空と強い光の元に写し取られており、親子関係の葛藤が文字通り白日の下に晒されています。このような葛藤を抱えながらも、「妊婦」(図10)では、「守ってほしい母体」として、海を背景に佇む妊婦のお腹にすがりつく姿には、吉山が抱く、家族や生まれ育った土地、沖縄への複雑な感情が重なり合わされているようにも思われます。
『森花 夢の世界』は、「夢の世界」という極めて個人的、主観的なヴィジョンや感情を出発点としながらも、沖縄という土地の固有性のみならず、人がそれぞれに生まれ育ち、生きる社会の複雑さを提示していることに、石川と吉山二人の表現力が発揮されているのではないでしょうか。

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9月21日から25日の会期で、「石川真生 大琉球写真絵巻」展が名護市民会館中ホールで開催されます。展覧会の開催に向けて制作費・会場費のカンパも募集しています。詳細は石川真生のブログ及びFacebookページをご覧下さい。
こばやし みか

●今日のお勧め作品は、エドワード・スタイケンです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第32回をご覧ください。
20160825_steichen_21_Brancusiエドワード・スタイケン
「Brancusi, Voulangis, France」
1922年頃(1987年プリント)
ゼラチンシルバープリント
33.2x27.0cm
Ed.100
裏にプリンターと遺族のサインあり


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

●ときの忘れものは、ただいま夏季休廊中です(2016年8月21日[日]〜8月29日[月])。
休み中のお問合せ等への返信は直ぐにはできませんので、ご了承ください。

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第6回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第6回

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(図1)
馬場磨貴『We are here』(赤々舎 2016)

今回ご紹介するのは、馬場磨貴の写真集『We are here』(赤々舎 2016)です。表紙(図1表紙は三種類 中身は同じ)の写真の画面全体を覆うようにタイトル「We are here」が細い銀色の文字でかぶせられていて、風景の中に佇む巨大な裸の妊婦の姿が強烈な印象を残します。風景の中に巨大な何かが現れるというと、「進撃の巨人」や「ゴジラ」のようなアニメや映画に登場する破壊者のような存在が連想されますが、「私たちはここにいる(We are here)」というタイトルの示すように、巨大な妊婦は何をするでもなく、ただそこに座ったり、佇んでいたりするといった様子です。
言うまでもないことですが、このような巨大な妊婦が実在するわけではなく、風景写真のなかに、別に撮影された妊婦の写真がスケールを調整して合成して嵌め込まれているのであり、「巨大な妊婦のいる風景」とは、馬場が想像の中に立ち上がらせたものです。なぜ彼女がこのような突飛にも映るヴィジョンを抱くようになったのか、写真集の内容に入る前に、作品を制作するにいたった経緯と着想について、写真集の後書きの文章を引用しながら解説しておきましょう。
馬場は、自身が妊娠・出産を経験する以前に出産の現場を撮影する機会を持ち、2010年から妊娠中の女性のヌードを撮影するようになりました。その後、自らも幼い子どもを抱え、妊娠中だった時に東日本大震災と原発事故が起こり、その後多くの妊婦や小さな子どもを抱えた母親がそうであったように、被爆やさまざまな問題に直面し、さらに2011年以降3度の流産を経験しました。馬場はこう語ります。「体内に私がまだ経験したこともない「死」があることに震えた。 私のお腹の中に起こった生と死は、女性が意志の力ではどうにもならない弱い存在であることを気づかせてくれた。 弱者の目をもつこと、それはきっと強者の目をもつことよりはるかに難しく、はるかに大切なことかもしれない」
「弱者の目を持つこと」 は、世界の中にあって自分がいかに小さな存在であるかということを自覚することだとも言えるでしょう。このような自覚があってこそ、「巨大な妊婦」という存在を風景の中に出現させる着想が導き出されたのかもしれません。馬場は作品のインスピレーションを受けた瞬間のことを次のように語ります。
「ある日街を歩いていて突然閃いた。目の前のビルの合間から、巨大な妊婦が現れた。その大きな姿に解放感とたまらない安心感を覚えた。それまで感じていた行き場のない怒りと、腹の底から湧き上がる不安のようなものが、ふっと軽くなった。 かくして彼女たちは誕生した。」

小さな存在としての自身の視点から、「巨大な妊婦」の姿を想像し、その姿に解放感と安心感を覚えたという馬場の言葉には、私自身が妊娠中に経験した身体的な感覚に照らし合わせても腑に落ちるところがあります。妊娠中の身体は、悪阻を感じる初期段階から臨月を迎えるまで、めまぐるしく変化していきます。妊娠初期には、身体の中に入り込んだ小さな異物が私の身体を操作しているようにも感じましたし、お腹が大きくなるにつれて、胎児の成長を常に意識ながら日々を過ごしていると、胎児の基準に自分の身体の状態を測るようになりました。このような、通常の(つまり妊娠していない状態)とは異なる、妊娠期特有の身体感覚は、周辺の環境に対する感じ方にも大きな変化をもたらします。馬場が思い描いた「巨大な妊婦」の姿は、胎児からみた母体という存在のスケール感覚を反映したものと捉えることもできるのではないでしょうか。巨大な妊婦の姿を思い描きながら都市空間へと向けられた眼差しには、ビルや建造物のような無機的なものが集積してできあがった風景のなかに、自分自身もその中につながっているという感覚を希求するような気持ちが潜んでいるようにも思われます。

『We are here』は、写し取られた空間と、合成された妊婦との関わり合いが、スケールの上で、徐々に変化していくようなシークエンスとして構成されています。また、妊婦の姿も全身像として写されているものもあれば、腰から下のみ、あるいは腰から上のみがフレームの中におさまっていたり、大きなお腹や胸、太もものような身体の一部のみがのぞいていたりするような写り方もあります。顔が写っている、つまり人物の特定できる姿として妊婦が嵌め込まれた写真と、半身や身体の一部のみとして妊婦が嵌め込まれた写真が、シークエンスの中に入り混じっていたり、モデルによっては複数の風景写真の中に嵌め込まれていたりするので、ページを捲っていると、妊婦がそれぞれの風景の中に佇んでいるだけではなく、複数の風景の間を移動しているかのようにも見えてきます。
 
We are here_0001(図2)
東京駅周辺の路上


We are here_0011(図3)
交差点を俯瞰した写真


写真集の中からシークエンスの流れに沿うようにいくつかの写真を紹介しながら、妊婦のいるそれぞれの風景と、写真同士の関係を読み解いていきましょう。まず冒頭では、東京駅にほど近い数寄屋橋の交差点付近の路上に妊婦が現れます。(図2)車がひっきりなしに行き交う路上で佇む裸の妊婦の姿は、ほぼ実寸に近い大きさで合成されており、裸体で路上に立っているという状態があまりにも無防備で、今にも車にひかれてしまいそうな危うさ、脆さを印象づけます。その後に続く写真では、路地裏や歩道橋の上、建物の駐車場、家の軒先など、ごくありふれた場所に妊婦の姿が嵌め込まれています。裸で大きなお腹を晒しているがゆえに妊婦としての姿が際立たされ、通常は街中にいてもさほど目立たない(だからこそ、マタニティマークのような目印が必要とされているわけですが)妊婦の存在が「ここにいること」として示されています。多くの人々が行き交う交差点を俯瞰する視点で捉えた写真のシークエンスの中の一点(図3)に裸の妊婦が一人だけ忍び込まされることで、「妊婦が存在していることのわかりづらさ、見えにくさ」が浮き彫りにされています。

81MNeJJIKJL(図4)
ビルの谷間から姿を表わす妊婦


We are here_0020(図5)
高架の下を歩く人たちと、妊婦の身体の一部


このように都市空間の中での「妊婦の見えにくさ」が示された後に登場するのが、巨大な妊婦の姿です。ビルの谷間や高速道路の隙間から姿を現したり、線路を跨いだり、高速道路の隙間から姿を現す妊婦たちは、実寸大で風景の中に嵌め込まれていた妊婦と同様に、裸で無防備なまま佇んでいます。妊婦の肢体、とくに張った胸や丸いお腹のやわらかな曲線は、ビルのような建造物や道路の直線とコントラストをなしています。(図4)また、風景の中に人物の姿が小さく写り込むことによって、妊婦の姿のスケール感と、画面の広がりや奥行き強められています。(図5)

We are here_0023(図6)
東京ドーム


We are here_0029(図7)
恵比寿ガーデンプレイス


都心の写真の中でも、東京ドーム(図6)や恵比寿ガーデンプレイス(図7)、新宿御苑のような、多くの人が集まる場所で撮影されたものは、あたかも巨大な妊婦たちがその場所の周辺に集まっている人たちの視線を集めているかのようでもあり、妊婦たちの方は見られていようが気づかれずにいようが構うことなく、堂々と存在しているように見えます。

We are here_0037(図8)
工場のプラント


We are here_0046_2(図9)
除染作業が行われている地域


写真集の後半では、妊婦が登場する風景は、都心から離れ、河川や海辺、工場のプラント(図8)、発電所と続いたあとに、福島第一原子力発電所周辺の立ち入り禁止区域付近や、除染作業が行われている地域(図9)へと続いていきます。都心を離れるにつれて風景の中に写り込む人影も疎らになり、巨大な妊婦だけが風景の中に佇むようになっていきます。また、高層建築に囲まれる都心の景色とは異なり、木の茂みや一戸建ての家屋が点在する空間が捉えられているために、妊婦の姿は建造物との関係だけではなく、その風景の地面との関係がより強められているようにも見えます。東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故後、放射能汚染により多くの住人が周辺地域から避難している状況を鑑みれば、妊婦が「ここにいる」存在として描き出されていることの危うさ、意味合いが重みを増してきます。

We are here_0049(図10)
広島の原爆ドームと川の水面に映る妊婦


原発事故後の風景を経た後に、写真集の最後に掲載されているのは、広島の原爆ドームを川越しに捉えた風景で、川面には原爆ドームの傍らに佇むようにして妊婦の姿が写し込まれています。妊婦の姿は地上に立つ姿としてではなく、水面の影として映し出されているために、原爆忌に行われる灯籠流しを連想させ、原爆の犠牲者への鎮魂の祈りと、未来に命をつなぐ願いが込められた場面として、シークエンスの締め括りに重い余韻を残します。
このように写真集のシークエンスに沿ってみると、『We are here』は、エネルギーを消費する都市部と供給する地域との関係、原子力をめぐる現在と過去の関係を軸にして、命を育む女性一人一人の存在を、現代社会の風景の中に位置づけて描き出そうとする試みとして読み取られます。巨大な妊婦を風景の中に現出させる表現方法は、一見すると奇を衒った突飛なものに映るかもしれませんが、弱くとも小さな命を宿した存在を可視化するために必然的に導きだされた方法と言えるのではないでしょうか。

馬場磨貴写真展「We are here」が7月23日(土)-8月7日(日)、OGU MAG(東京・荒川区)にて開催されます。
是非足をお運び下さい。
こばやし みか

●今日のお勧め作品は、ウィン・バロックです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第25回をご覧ください。
20160725_bullock_03_navigation-without-numbersウィン・バロック
「Navigation Without Numbers」
1957年
ゼラチンシルバープリント
17.8x23.0cm
サインあり


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

●お勧め写真集・書籍のご案内
2016細江英公・笠井叡『透明迷宮』細江英公 × 笠井叡
『透明迷宮』(サイン本)

2016年
平凡社 発行
写真:細江英公
舞踏・文:笠井叡
80ページ
30.5x23.4cm
6,800円(税込7,344円) ※送料別途250円
細江英公、笠井叡の二人のサイン入り
*ときの忘れもので扱っています。メールにてお申し込みください。

201606大谷省吾大谷省吾
激動期のアヴァンギャルドシュルレアリスムと日本の絵画 一九二八−一九五三

2016年
国書刊行会 発行
664ページ
21.7x17.0cm
8,800円(税込9,504円) ※送料別途250円
著者からのメッセージ
*ときの忘れもので扱っています。メールにてお申し込みください。

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第5回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第5回

『木に持ちあげられた家』

今回は、絵本『木に持ちあげられた家』(スイッチパブリッシング 2014、 原著は“House Held Up by Trees”2012 )をご紹介します。作者はアメリカの詩人テッド・クーザー(Ted Kooser, 1939-) 、絵をカナダ出身のイラストレーター、ジョン・クラッセン(Jon Klassen, 1981-)が描いています。ジョン・クラッセンは、どことなく飄飄とした軽やかで味わいのある絵で人気を博しており、『どこいったん?』『アナベルとふしぎなけいと』『くらやみこわいよ』といった絵本が日本語にも翻訳されて出版されています。

01HOUSE_cover(図1)
『木に持ちあげられた家』表紙


02_ted-kooser(図2)
動画“House Held Up by Trees” by Ted Kooser
キャプチャー画像


『木に持ちあげられた家』(図1)は、テッド・クーザーが、彼の自宅から少し離れたところにある木々に囲まれた廃屋の周辺を長年通りすがりに見る中で着想を得て子ども向けの物語と作り出したもので、「自然が人間の作り出したものを完全に支配してしまう圧倒的な力」をテーマにしています。表紙(図1)は、一軒の家が土台ごと周辺を取り囲む木に持ち上げられている様子が下から仰ぎ見るような角度で描かれていて、家が宙に浮かぶその様子は一見すると奇妙に映りますが、実際にテッド・クーザーが物語の着想を得たという廃屋を背に語っている映像(図2)を見ると、木の枝が内側から窓を突き破るよう伸びており、「持ち上げられる」まではいかなくとも、廃屋が木の力によって姿を変えることは殊更に珍しいことではなく、この物語が作者の想像だけではなく現実の社会の有り様を反映していることがわかります。

03(図3)
家の周辺の野原や林で遊ぶ子どもたち


04(図4)
林の木越しに見える家
芝刈りをする父親を眺める子どもたち


物語は、父親と息子と娘の3人が暮らす一軒の家の経る時間の経過を辿り、ページの見開きで、家とその周辺の環境を、引きや俯瞰、仰角のようなさまざまなアングルから描き出しています。物語は家が建てられたばかりの頃(図3)から始まり、敷地の両脇の林越しにぽつんと立つ家と芝生の広がり、駆ける子どもたちが描かれ、次の見開き(図4)では、子どもたちは父親が丹念に家の廻りで芝刈りをするのを眺める様子が、林の木越しに描かれています。林の木々と木を伐採して造成された敷地に立つ家をこのように繰り返して描くことで、家の周辺の空間的な広がりが示され、自然(木)と人間の作り出したもの(家)が物語の中でこの後どのように関係していくのかということが暗示されています。

05(図5)
成長したこどもたちが、幼い頃に遊んだ林の傍らに佇む


06(図6)
芝を刈る父親の後ろ姿と家


幼かった子どもたちもやがて成長し、家を出て自立する頃を迎え、かつて遊んだ林の傍らに佇む後ろ姿が描かれます(図5)。父親は子どもたちが家を出ていく日が近づいても芝生の手入れを怠ることはなく、林の方から翼のついた木の種が芝を刈る父親の頭上と家の廻りを舞っています(図6)。子どもたちの後ろ姿に隠れて見えない家(図5)と、頑なまでに家と芝生をきれいに保とうとする父親の姿(図6)が、子どもと親それぞれの家との関係のあり方を浮かび上がらせています。

07(図7)
父親が去り、売りに出された家


08(図8)
買い手がつかずに放置されるがままになった家


子どもたちが家を出て、高齢になって一人で家に住み管理することを負担に感じるようになった父親は、街のアパートで一人暮らしをすることを決めて家を売りに出します(図7)。道路沿いに面した家と電柱が果てしなく立ち並ぶ道路沿いの荒涼とした風景は、夕暮れに染まる空と相まって寂寥感を高めて表わしています。いつまでたっても買い手のつかない家が上空から俯瞰するような視点で描かれ(図8)、芝生の手入れをされることのなくなった家の廻りには若木が生えています。次第に父親が家の様子を見に来ることもなくなり、家は荒れ果ててゆき、家の廻りに生えてきた若木も大きく育っていきます。

09(図9)
風に吹かれ、家を鳥の巣のように包み込む木々


10(図10)
木々に持ち上げられた家


放置された家はあちこち傷んで腐っていきますが、家を取り囲むように生えてきた木々が、家を鳥の巣のように包み込み(図9)家は辛うじて家の形を留めてゆき、木々の成長と共に家が地面から持ち上げられて、ツリーハウスのように宙に浮かんでいきます。(図10)物語は次のような言葉で締めくくられています。「木々に囲まれた家、木々の力に支えられた家、そして、小さな緑の花々の香りをたたえてふく風」。かつて家族が暮らしていた家が、空き家になり荒れ果て、壊れていく経過は、現実の事象として捉えれば現在の日本でも深刻化している「空き家問題」そのものなのですが、物語としては、家族に関わる問題としてではなく、その経過を家や周辺の環境の変化という観点から描き出すことで、人が作り出したものを遥かに凌駕する自然の力、理(ことわり)を、詩的に淡々と語っているのです。

以前にも、連載「母さん目線の写真史」の中で、家にまつわる物語としてバージニア・リー・バートン作の『ちいさいおうち』について取り上げ、19世紀末から20世紀半ばにかけてのアメリカの都市化の流れや同時代の写真家の作品と照らし合わせながら読み込んでいきました。この『木に持ちあげられた家』もまた、アメリカ社会の変化や写真家の作品に照らし合わせると、物語の中に描かれていることをより具体的に理解できるのではないかと思います。

11_robert-adams(図11)
ロバート・アダムズ
「新築のトラクトハウス、コロラド州 コロラド・スプリングス」(1968)


まず、森林が伐採されて造成された土地に住宅が建てられるところから物語が始まりますが、これは第二次世界大戦後に急速に進行する郊外住宅の建設ラッシュの状況にもかさなるところがありますし、1939年生まれのテッド・クーザー自身が幼い頃からその状況を目の当たりにしてきた世代にあたります。テッド・クーザーと同世代のアメリカの写真家ロバート・アダムズ(Robert Adams, 1937-)は、1960年代後半からコロラド州やロサンゼルス近郊などで、郊外住宅やその周辺の風景を撮影し、大規模な宅地開発によって風景がどのような変容を遂げてきたのかということを冷徹な眼差しで捉えています。アダムズがコロラド・スプリングスやデンバー近郊の郊外住宅で撮影した写真集をまとめた『The New West』(1974) には、トラクトハウス(規格化された団地開発型戸建住宅)の建設過程や、郊外住宅地が遠く背景に山脈をのぞむような環境と共に写し取られていて、(図3)や(図4)に描かれている情景と重なり合うところがあります。
アメリカの経済発展とともに拡張していった宅地開発は、風景の有り様を大きく変容させていきましたが、作り出された住宅が、さまざまな要因のために後の世代に引き継がれることなく放置されているという現状に対しては、クーザーやアダムズから見ると子どもにあたる世代が新たな眼差しをむけています。

12_james-d-griffioen(図12)
ジェームズ・D・グリフィオン
「Feral Houses(野生化した家、野良家)」より


デトロイト近郊を拠点に活動する写真家ジェームズ・D・グリフィオン(James D. Griffioen 1977-)は、財政破綻のために荒廃したデトロイト郊外空き家を2000年代後半から撮影し、シリーズ「Feral Houses(野生化した家、野良家)」として発表しています。自動車産業の中心としてかつては繁栄したデトロイトでは、今や住民が出て行った住宅地の空き家化が深刻な社会問題になっていることは広く知られていますが、グリフィオンは、空き家のまま長年放置される間に、雑草や樹木、蔦のような植物が家全体を取り囲み、飲み込んでしまっている様子をそれぞれの家の正面から写し取っています。写された家の中には、大きな邸宅と呼べるようなものもあり、人々が買い求めた財産が無惨に打ち捨てられている状態を克明に記録するグリフィオンの撮影方法には、アメリカン・ドリームの象徴としてマイホームを手に入れることに躍起になってきた親の世代や経済的な価値観に対する醒めた姿勢が根底にあるように思われます。

家という財産を手に入れ、それを維持して守っていくということは、一つの世代の中では完結せず、次の世代に続くべき営みですが、『木にもちあげらた家』は、人間の営みや作り出すものよりもはるかに強く、長く持続する自然の力に、いかに意識を向けるのか、ということを語っているかのようです。物語を締めくくる「小さな緑の花々の香りをたたえてふく風」という一文に表わされた生命の微(きざし)は、微かであるが故に深い印象を残すのです。
こばやし みか

●今日のお勧め作品は、ピーター・ビアードです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第22回をご覧ください。
20160625_beard_01_san-quentinピーター・ビアード
「San Quentin Summer 1971(T.C.& Bobby Beausoleil)」
1971年撮影(1982年プリント)
ゼラチンシルバープリント(すこし描きこみあり)
22.5×33.5cm
Ed.75 サインあり


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

「第2回アートブック・ラウンジ〜画廊のしごと(南画廊のカタログ)」は本日が最終日です。
モンドリアン本棚「第2回アートブック・ラウンジ〜画廊のしごと(南画廊のカタログ)」
会期:2016年6月14日[火]〜6月25日[土]
*日曜、月曜、祝日は休廊
志水楠男が設立した南画廊が1956年から79年に開催した199回の展覧会から、1959年の今や伝説となったフォートリエ展はじめ、ヤング・セブン展、中西夏之展、サム・フランシス展などのカタログ50冊を頒布します。南画廊の作家たちー靉嘔、オノサト・トシノブ、駒井哲郎、菅井汲、嶋田しづ、山口勝弘、山口長男、難波田龍起、加納光於の作品を展示し、1968年10月南画廊で刊行記念展が開催された瀧口修造『マルセル・デュシャン語録』(M・デュシャン、荒川修作、J・ジョーンズ、J・ティンゲリー)の完璧な保存状態のA版も出品します。
tokinowasuremono
緑豊かな青山のギャラリー&編集事務所「ときの忘れもの」は建築家をはじめ近現代の作家の写真、版画、油彩、ドローイング等を扱い、毎月企画展を開催しています。またオリジナル版画のエディション、美術書・画集・図録等の編集も行なっています。
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