小林美香のエッセイ

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第9回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第9回

吉江淳『川世界』

0001(図1)
吉江淳、『川世界』(Salvage Press, 2016)
表紙


今回ご紹介するのは吉江淳(1973−)の写真集『川世界』(Salvage Press, 2016)です。この写真集は、吉江が生まれ育った群馬県太田市の端を流れる利根川の川岸の風景を、およそ15年間にわたって取り続けた写真をまとめたものです。表紙(図1)にはシルバーの箔押しで地図から引き写された川の輪郭が象られており、周辺の地名を削ぎ落とされた川は、抽象絵画の断片のようにも映ります。

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写真集には、流れゆく水面や、川を含めた流域の景色を捉えたものよりも、川岸に生い茂る草木や、遠景に見える高架道路や橋、川辺の造成地を通過するドラックやバイク、小さな畑、工事現場の標識、何がしかの目的のために建てられた小屋といった川岸にあるものや景色、あるいは川岸から見える景色を捉えたものが多く含まれます。(図2、3、4)縦長の判型のページの下の方に写真が配置されているというレイアウトにより、写真に捉えられている空間の地面の広がりが強く意識されると同時に、景色が捉えられたその時々の空の色や雲の形や広がりが印象に残ります。写真集のページを捲っていくと、一連の写真は確かに川岸で撮影されたものらしいが、一体どのような場所を見ているのだろうが、訝しく不思議に思うような感覚が湧き上がってきます。
このように「川岸の景色を撮った写真を見ていて、そこがどういう場所なのかわからない」という印象を抱くのは、私が利根川流域を訪れたことがない、という単純な事情に拠るものでもありますが、それに加えて「川岸の景色」というものを思い浮かべる時に、自分自身の記憶の中の景色や地形を参照するからなのかもしれません。私が生まれ育った広島市(河川の多いデルタ地帯)や京都市(盆地、宇治川派流地域)、現在生活する東京都(荒川流域)で目にしてきた川岸の景色と、吉江淳の撮った利根川流域の景色は「川岸の景色」としてはあまりにも違っています。西日本の山の稜線と河川に近い場所で育ってきた私にとって、吉江淳が生まれ育った北関東平野を流れる利根川は規模としても景色としても河川のあり方がどうやら随分違うらしいと感じると同時に、風景や地形に対する身体感覚は、生まれ育った環境、幼少期からの経験によって培われるものであることに思い至ります。

吉江は撮影の動機や経緯について次のように語っています。「最初は幼少期の地理的な果てという感覚で撮り始めたのですが、我々生活圏のカスや排泄物といったものが流れ着く場所として、そして日常とは異なった世界がごく身近にあると言う驚きに駆り立てられ堤防を超えました。時に厳しくも静けさに満ちた風景と向き合うのは、自分にとって世界そのものとどう向き合っていくのか考える事だったし、ひいては写真を考える事だったのではないかという気が今はしています。」(Facebook上での投稿より抜粋)

0009(図5)


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幼少期の記憶や感覚に誘われるようにして川岸に向かい、川の堤防を日常の生活圏と異界を隔てる境界としてとらえてそれを超え、境界を行き来しながら写真を撮り続けるということは、眼前の景色を記録することにとどまらず、その景色の中で育ち、齢を重ねてきた自身の輪郭を確かめようとする動機に駆られるものでもあったのかもしれません。一連の写真は、風や雨、雪のような自然現象や、工事、時間の経過によって風景がその姿を変えていく有り様をも淡々と描き出しています。(図5、6、7)写真を繰り返し見るうちに、利根川流域という写真に捉えられた地域のみならず、自分が生まれ育ってきた場所が、歳月を重ねるなかでどのように姿を変えてきたのだろうかと、想いを馳せています。
こばやし みか

●今日のお勧め作品は、ヘルベルト・バイヤーです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第1回をご覧ください。
20160925_bayer_untitledヘルベルト・バイヤー
「Untitled」
1930年代(1970年代プリント)
Gelatin Silver Print on baryta paper
37.7×29.0cm
Ed.40(18/40)
裏面にサインあり


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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第8回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第8回

スージー・リー、『なみ』、『かげ』

01_cover(図1)
『なみ』表紙


02_6_titles(図2)
表紙6種類


今回紹介するのは、韓国の絵本作家スージー・リーの絵本、『なみ』(図1)(2009 講談社 原著は“Wave” 2008)です。スージー・リーの絵本は、この本のほかにも、『かげ』(2010 講談社 原著は”Shadow” (2010))、やイラストレーションを手がけた『この あかい えほんを ひらいたら』(2012 講談社 原著は” Open This Little Book”) が日本でも出版されていますが、いずれの作品も本を手に取ってページをめくる読者の行為に結びついて、強くうったえかけてくるような表現力を具えており、高く評価されています。『なみ』は、木炭の線描と水色のアクリル絵の具の色をデジタル技術で重ね合わせたイラストレーションで構成されており、文章がまったくなく、タイトルのみを翻訳して数カ国で出版されています(図2)。
絵本の内容はいたってシンプルで、お母さんに海に連れてきてもらった女の子が波打ち際で遊んで帰っていく、というものです。横長の判型の表紙からも明らかなように、見開きは幅の広いパノラマの画面で、本のノド(見開きのつなぎ目)が、左右で対面するページの軸となってストーリーが展開していきます。表紙(図1)では、女の子の後ろ姿越しに海が描かれていますが、扉のページをめくると、左側のページに女の子と海鳥、右側のページに海が描かれています。

03(図3)


04(図4)


女の子は、最初はおそるおそる寄せて返す波の動きをみつめては、波に近づいたり、後ずさりします(図3)。海鳥たちも女の子の後ろからかけてきたり羽ばたいたりして、女の子のわくわくしたり、ビクビクしたりする気持ちを強めて表わしています。しだいに女の子が波に慣れて、面白がりながらその動きと戯れたり、もっと大きな波になればいいのにと身振りをしたりするようになると、女の子や海鳥たちは、左側のページから右側のページへ入っていくようになります(図4)。このように女の子の動作を追って見ていくと、見開きのつなぎ目の線が、女の子が波に近寄ったり、後ずさりしたりするなかで、その動きの幅を表わし、波の動きや大きさを示す役割を果たしていることがわかります。また、左側のページの同じ位置に背景のなだらかな丘の稜線が描かれているために、読者は同じ視点から、次第に強さを増し大きくなっていく波の動きや、女の子の感情の高ぶりを感じ取ることができます。

05(図5)


06(図6)


07(図7)


08 (図8)


女の子が波と戯れて遊ぶうちに、波はどんどん大きくなっていきます(図5)。ふと気づいたときには、自分の背丈よりもはるかに大きな波が目の前に迫って女の子が呆然とした表情を浮かべた(図6)すぐその後に、必死になって海鳥と一緒に左手側に走ろうとした時(図7)に大波が襲いかかります(図8)。このシークエンスのなかで、(図3、4、5)の背景に描かれていた丘の稜線が、(図6)ではその線が薄くなり、(図7)ではすっかり消えてしまいます。このように徐々に背景を消していくことで、波の動きや大きさに集中し、(図8)で砕けて広がる波の圧倒的な力が体感として迫ってきます。左から右へとページをめくりながら、女の子の動作と波の動きのせめぎ合いを見開きのつぎ目を軸に感じた後に、画見開き全体に渦と飛沫として広がる波は、それまでに描かれていた光景のスケール感をリセットしてしまうような力を備え、読者もまた女の子と同様にしぶきを被ってしまったような気分を味わうのです。

09(図9)


10(図10)


11(図11)


波が引いた後に、呆然と座り尽くした女の子のまわりには波が運んできた貝殻が散らばり、海鳥たちと一緒に拾い集めます。(図9)日傘をさしたお母さんがサンダルを手に迎えに来て、一緒に遊んでいた海鳥は海の方へと羽ばたいていいきます。(図10)波を被った後(図9、10)には、(図3、4、5)で描かれていた丘の稜線が背景に再び描かれ、白かった空が海に染められたかのように水色に充ちています。(図10)では、濡れた砂浜に反射する女の子の姿も描かれていて、空と海にひたり満ち足りた表情の女の子の表情は、裏表紙(図11)の拾い集めた貝殻を差し出す女の子の笑顔へ続いていきます。海辺で過ごした時間は、実際にはほんのわずかな一時だったのかもしれませんが、そこで女の子が豊かな経験や、感情の動き、驚き、喜びが凝縮した形で表わされており、ページをめくるという動作の中でその生き生きとした動感が体験できることに、この本の魅力があります。Kindleやタブレットのような装置では再現できない、紙の本の魅力を味わえる一冊です。
こばやし みか


●今日のお勧め作品は、植田正治です。
ueda_13_hama_no_shonen植田正治
「浜の少年」
1931年(Printed later)
ゼラチンシルバープリント
20.2x30.1cm
サインあり

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小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第7回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第7回

写真集『森花 夢の世界』

01(図1)
『森花 夢の世界』
石川真生×吉山森花
(未来社 2014)


今回紹介するのは写真集『森花 夢の世界』です。タイトルに示されている通り、一連の写真は、沖縄の写真家、石川真生(1953-)がアーティストの吉山森花(1989-)が語った「奇妙で、過激で、セクシー」な夢の内容に触発され、吉山が夢の場面を演じ、それを石川が撮影するという共同作業で作り出されました。
それぞれの写真に添えられた説明文には、夢の内容にとどまらず、吉山の感情が綴られており、写真集の所々で挿入される吉山の手によるイラストは、刻みつけられたり、引き裂かれたり、増殖したり、ほかの生物と合体したような身体(図2)や、分裂したような顔(図3)が、紙面全体を覆うような線で描かれています。恐怖や不安に取り憑かれ、強迫観念を抱く心情がそのまま視覚化されたようなイラストと、吉山がカメラの前で演じた場面の写真、説明文の言葉が相互に混じり合い、「夢の世界」が複合的に描き出されています。

02(図2)
吉山森花のイラストレーション


03(図3)
吉山森花のイラストレーション


後書きの中で吉山が述べているように、彼女が「奇妙で、過激で、セクシー」な夢を見る背景として、幼い頃から抱いていたという「世の中に存在していることに対する罪の意識」や、「常に誰かに監視されていて、人を殺してしまう映像が頭の中に流れた」という強迫観念、「恐怖を感じずに自分を殺すにはどうしたらよいのか」とつねに考え自傷を繰り返していたという経緯があります。このような鬱屈した想念が色濃く投影された夢の世界を、実際に演じて写真に撮られることで、吉山は「生きている実感がする」ようになったとも述べています。石川との共同作業による作品制作を通して、吉山は自身の内面を解放し、自身を客観視する視点を得ることができたのかもしれません。
この作品のなかで用いられている「演じる」という要素は、石川の他の作品にも取り入れられています。たとえば、さまざまな背景や思想信条を持つ人たちが日本国旗を用いてその人自身、日本人、日本という国を表現するパフォーマンスを行って撮影した『日の丸を視る目』や、琉球国から現在にいたるまで大国に翻弄されてきた沖縄の歴史を、様々な場面ごとに友人や知人が演じて「再現」して撮影した写真をつなぎあわせた「大琉球写真絵巻」(現在進行中のプロジェクト)があげられます。石川は、「演じる」という要素を取り入れることで、写される人それぞれに具わる想像力や表現力を解き放ち、写真の中にそれを受けとめることによって、人と社会との関係を浮かび上がらせるような作品世界を生み出しています。
このような「演じる」ことを取り入れた石川の作品のなかでも、『森花 夢の世界』は、吉山森花に焦点をあわせて生み出されたものであるだけに、曝け出された彼女の身体性や感情が作品の要になっています。ポーズや衣装、とくに独特なメイクによって強調された目の表情――時には睨みつけ、見開き、挑発し、恐怖や苦しみを訴えるような――は、強烈な印象を残します。また、撮影された室内の空間や屋外の景色は、それぞれの場面での彼女の心境を反映し、沖縄という土地と彼女の関係を映し出したものとして読み解くことができます。

04(図4)
表紙の作品


05(図5)
ハンガー
ハンガーのアンテナをつけて情報を集める狂った女。


表紙(図1)の装丁にも使用されている作品(図4)では、取り壊されたバスルームでバスタブの中で寝そべりながら、瓦礫やスプレー缶、壁に書き散らされたグラフィティに囲まれ、瓦礫を貪り口から血を流しており、苦しみや混乱、攻撃性がないまぜになった心理が場面全体に表出しています。(図4)と同様に閉塞的な室内空間の中で心理状態が表現された作品として、「ハンガー」(図5)があります。頭にラップをまきつけ、ワイヤー製のハンガーを填め、階段の踊り場で這い回るようなポーズをしています。「ハンガー」(図5)のように、身のまわりにあるものや環境に衝動的に反応するようにして、自分の内面を曝け出すような吉山の身体表現は、「ポール」(図6)においても際立っています。学校の制服(社会からの抑圧や強制を表わすものとして、作品の中で頻繁に登場する要素)を着て、海辺のポールによじ登り、右手に煙草を持って、誘うような視線をカメラに向けながらポールを舐める姿は、エロティックで挑発的です。

06(図6)
ポール
高校生の女の子がポールのかっこよさに惚れてしまい、毎日学校帰りに港に立ち寄っては愛しあっている。


07(図7)
食卓
私を食べている日本人、特に東京の人。私はたくさん食べられて苦しかった。


08(図8)
米兵
戦争中にアメリカ兵に助けられた日本人の女の子


内側に潜む狂気や暴力性、性的な欲望などを、吉山一人で演じた作品に加えて、他の登場人物と共演して作り出された場面の中では、夢の内容は人間関係や家族、政治、歴史など社会的な側面に関わって、より具体的に描き出されています。「食卓」(図7)では、家族が食事をする食卓の上に裸で横たわり、お腹から内臓が引きずり出されるような状態になっている様子は、グロテスクで、ブラックユーモアを帯びながら、沖縄の視点から見た日本に対する批判的なメッセージに充ちています。
「米兵」(図8)では、裸で顔にガスマスクを装着した状態で、海の浅瀬に立つ男性に抱きかかえられており、「戦争中にアメリカ兵に助けられた日本人の女の子」という説明文と相まって、第二次世界大戦や、沖縄と米軍にまつわるさまざまな問題、米兵による暴行事件などを連想させ、背景に広がる青い海や空の下に横たわる歴史や現代の差し迫った問題が暗示されています。「食卓」(図7)と同様に、吉山が裸で演じることによって、夢の中の出来事にとどまらず、現実に差し迫った問題のありようが鮮明に浮き彫りにされていると言えるでしょう。

09(図9)
両親
両親にとって私は足かせであり、両親は私にとって何も見てくれないうえに、私を縛りつける人間だった。


10(図10)
妊婦
母体の中に入って母親に守ってもらいたい私の願望。


海辺は、吉山が生まれ育った場所、ルーツとしての沖縄を象徴するような場所であり、彼女が抱える根源的な欲求や問題を表わす舞台になっています。「両親」(図9)は、砂浜で男性と女性が足にロープを括り付け、それぞれ別の方向に向かって歩いている後ろ姿と、そのロープを首に巻きついて、二人と背中合わせになって苦しげな表情を浮かべる制服姿の吉山が、抜けるような青空と強い光の元に写し取られており、親子関係の葛藤が文字通り白日の下に晒されています。このような葛藤を抱えながらも、「妊婦」(図10)では、「守ってほしい母体」として、海を背景に佇む妊婦のお腹にすがりつく姿には、吉山が抱く、家族や生まれ育った土地、沖縄への複雑な感情が重なり合わされているようにも思われます。
『森花 夢の世界』は、「夢の世界」という極めて個人的、主観的なヴィジョンや感情を出発点としながらも、沖縄という土地の固有性のみならず、人がそれぞれに生まれ育ち、生きる社会の複雑さを提示していることに、石川と吉山二人の表現力が発揮されているのではないでしょうか。

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9月21日から25日の会期で、「石川真生 大琉球写真絵巻」展が名護市民会館中ホールで開催されます。展覧会の開催に向けて制作費・会場費のカンパも募集しています。詳細は石川真生のブログ及びFacebookページをご覧下さい。
こばやし みか

●今日のお勧め作品は、エドワード・スタイケンです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第32回をご覧ください。
20160825_steichen_21_Brancusiエドワード・スタイケン
「Brancusi, Voulangis, France」
1922年頃(1987年プリント)
ゼラチンシルバープリント
33.2x27.0cm
Ed.100
裏にプリンターと遺族のサインあり


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●ときの忘れものは、ただいま夏季休廊中です(2016年8月21日[日]〜8月29日[月])。
休み中のお問合せ等への返信は直ぐにはできませんので、ご了承ください。

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第6回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第6回

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(図1)
馬場磨貴『We are here』(赤々舎 2016)

今回ご紹介するのは、馬場磨貴の写真集『We are here』(赤々舎 2016)です。表紙(図1表紙は三種類 中身は同じ)の写真の画面全体を覆うようにタイトル「We are here」が細い銀色の文字でかぶせられていて、風景の中に佇む巨大な裸の妊婦の姿が強烈な印象を残します。風景の中に巨大な何かが現れるというと、「進撃の巨人」や「ゴジラ」のようなアニメや映画に登場する破壊者のような存在が連想されますが、「私たちはここにいる(We are here)」というタイトルの示すように、巨大な妊婦は何をするでもなく、ただそこに座ったり、佇んでいたりするといった様子です。
言うまでもないことですが、このような巨大な妊婦が実在するわけではなく、風景写真のなかに、別に撮影された妊婦の写真がスケールを調整して合成して嵌め込まれているのであり、「巨大な妊婦のいる風景」とは、馬場が想像の中に立ち上がらせたものです。なぜ彼女がこのような突飛にも映るヴィジョンを抱くようになったのか、写真集の内容に入る前に、作品を制作するにいたった経緯と着想について、写真集の後書きの文章を引用しながら解説しておきましょう。
馬場は、自身が妊娠・出産を経験する以前に出産の現場を撮影する機会を持ち、2010年から妊娠中の女性のヌードを撮影するようになりました。その後、自らも幼い子どもを抱え、妊娠中だった時に東日本大震災と原発事故が起こり、その後多くの妊婦や小さな子どもを抱えた母親がそうであったように、被爆やさまざまな問題に直面し、さらに2011年以降3度の流産を経験しました。馬場はこう語ります。「体内に私がまだ経験したこともない「死」があることに震えた。 私のお腹の中に起こった生と死は、女性が意志の力ではどうにもならない弱い存在であることを気づかせてくれた。 弱者の目をもつこと、それはきっと強者の目をもつことよりはるかに難しく、はるかに大切なことかもしれない」
「弱者の目を持つこと」 は、世界の中にあって自分がいかに小さな存在であるかということを自覚することだとも言えるでしょう。このような自覚があってこそ、「巨大な妊婦」という存在を風景の中に出現させる着想が導き出されたのかもしれません。馬場は作品のインスピレーションを受けた瞬間のことを次のように語ります。
「ある日街を歩いていて突然閃いた。目の前のビルの合間から、巨大な妊婦が現れた。その大きな姿に解放感とたまらない安心感を覚えた。それまで感じていた行き場のない怒りと、腹の底から湧き上がる不安のようなものが、ふっと軽くなった。 かくして彼女たちは誕生した。」

小さな存在としての自身の視点から、「巨大な妊婦」の姿を想像し、その姿に解放感と安心感を覚えたという馬場の言葉には、私自身が妊娠中に経験した身体的な感覚に照らし合わせても腑に落ちるところがあります。妊娠中の身体は、悪阻を感じる初期段階から臨月を迎えるまで、めまぐるしく変化していきます。妊娠初期には、身体の中に入り込んだ小さな異物が私の身体を操作しているようにも感じましたし、お腹が大きくなるにつれて、胎児の成長を常に意識ながら日々を過ごしていると、胎児の基準に自分の身体の状態を測るようになりました。このような、通常の(つまり妊娠していない状態)とは異なる、妊娠期特有の身体感覚は、周辺の環境に対する感じ方にも大きな変化をもたらします。馬場が思い描いた「巨大な妊婦」の姿は、胎児からみた母体という存在のスケール感覚を反映したものと捉えることもできるのではないでしょうか。巨大な妊婦の姿を思い描きながら都市空間へと向けられた眼差しには、ビルや建造物のような無機的なものが集積してできあがった風景のなかに、自分自身もその中につながっているという感覚を希求するような気持ちが潜んでいるようにも思われます。

『We are here』は、写し取られた空間と、合成された妊婦との関わり合いが、スケールの上で、徐々に変化していくようなシークエンスとして構成されています。また、妊婦の姿も全身像として写されているものもあれば、腰から下のみ、あるいは腰から上のみがフレームの中におさまっていたり、大きなお腹や胸、太もものような身体の一部のみがのぞいていたりするような写り方もあります。顔が写っている、つまり人物の特定できる姿として妊婦が嵌め込まれた写真と、半身や身体の一部のみとして妊婦が嵌め込まれた写真が、シークエンスの中に入り混じっていたり、モデルによっては複数の風景写真の中に嵌め込まれていたりするので、ページを捲っていると、妊婦がそれぞれの風景の中に佇んでいるだけではなく、複数の風景の間を移動しているかのようにも見えてきます。
 
We are here_0001(図2)
東京駅周辺の路上


We are here_0011(図3)
交差点を俯瞰した写真


写真集の中からシークエンスの流れに沿うようにいくつかの写真を紹介しながら、妊婦のいるそれぞれの風景と、写真同士の関係を読み解いていきましょう。まず冒頭では、東京駅にほど近い数寄屋橋の交差点付近の路上に妊婦が現れます。(図2)車がひっきりなしに行き交う路上で佇む裸の妊婦の姿は、ほぼ実寸に近い大きさで合成されており、裸体で路上に立っているという状態があまりにも無防備で、今にも車にひかれてしまいそうな危うさ、脆さを印象づけます。その後に続く写真では、路地裏や歩道橋の上、建物の駐車場、家の軒先など、ごくありふれた場所に妊婦の姿が嵌め込まれています。裸で大きなお腹を晒しているがゆえに妊婦としての姿が際立たされ、通常は街中にいてもさほど目立たない(だからこそ、マタニティマークのような目印が必要とされているわけですが)妊婦の存在が「ここにいること」として示されています。多くの人々が行き交う交差点を俯瞰する視点で捉えた写真のシークエンスの中の一点(図3)に裸の妊婦が一人だけ忍び込まされることで、「妊婦が存在していることのわかりづらさ、見えにくさ」が浮き彫りにされています。

81MNeJJIKJL(図4)
ビルの谷間から姿を表わす妊婦


We are here_0020(図5)
高架の下を歩く人たちと、妊婦の身体の一部


このように都市空間の中での「妊婦の見えにくさ」が示された後に登場するのが、巨大な妊婦の姿です。ビルの谷間や高速道路の隙間から姿を現したり、線路を跨いだり、高速道路の隙間から姿を現す妊婦たちは、実寸大で風景の中に嵌め込まれていた妊婦と同様に、裸で無防備なまま佇んでいます。妊婦の肢体、とくに張った胸や丸いお腹のやわらかな曲線は、ビルのような建造物や道路の直線とコントラストをなしています。(図4)また、風景の中に人物の姿が小さく写り込むことによって、妊婦の姿のスケール感と、画面の広がりや奥行き強められています。(図5)

We are here_0023(図6)
東京ドーム


We are here_0029(図7)
恵比寿ガーデンプレイス


都心の写真の中でも、東京ドーム(図6)や恵比寿ガーデンプレイス(図7)、新宿御苑のような、多くの人が集まる場所で撮影されたものは、あたかも巨大な妊婦たちがその場所の周辺に集まっている人たちの視線を集めているかのようでもあり、妊婦たちの方は見られていようが気づかれずにいようが構うことなく、堂々と存在しているように見えます。

We are here_0037(図8)
工場のプラント


We are here_0046_2(図9)
除染作業が行われている地域


写真集の後半では、妊婦が登場する風景は、都心から離れ、河川や海辺、工場のプラント(図8)、発電所と続いたあとに、福島第一原子力発電所周辺の立ち入り禁止区域付近や、除染作業が行われている地域(図9)へと続いていきます。都心を離れるにつれて風景の中に写り込む人影も疎らになり、巨大な妊婦だけが風景の中に佇むようになっていきます。また、高層建築に囲まれる都心の景色とは異なり、木の茂みや一戸建ての家屋が点在する空間が捉えられているために、妊婦の姿は建造物との関係だけではなく、その風景の地面との関係がより強められているようにも見えます。東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故後、放射能汚染により多くの住人が周辺地域から避難している状況を鑑みれば、妊婦が「ここにいる」存在として描き出されていることの危うさ、意味合いが重みを増してきます。

We are here_0049(図10)
広島の原爆ドームと川の水面に映る妊婦


原発事故後の風景を経た後に、写真集の最後に掲載されているのは、広島の原爆ドームを川越しに捉えた風景で、川面には原爆ドームの傍らに佇むようにして妊婦の姿が写し込まれています。妊婦の姿は地上に立つ姿としてではなく、水面の影として映し出されているために、原爆忌に行われる灯籠流しを連想させ、原爆の犠牲者への鎮魂の祈りと、未来に命をつなぐ願いが込められた場面として、シークエンスの締め括りに重い余韻を残します。
このように写真集のシークエンスに沿ってみると、『We are here』は、エネルギーを消費する都市部と供給する地域との関係、原子力をめぐる現在と過去の関係を軸にして、命を育む女性一人一人の存在を、現代社会の風景の中に位置づけて描き出そうとする試みとして読み取られます。巨大な妊婦を風景の中に現出させる表現方法は、一見すると奇を衒った突飛なものに映るかもしれませんが、弱くとも小さな命を宿した存在を可視化するために必然的に導きだされた方法と言えるのではないでしょうか。

馬場磨貴写真展「We are here」が7月23日(土)-8月7日(日)、OGU MAG(東京・荒川区)にて開催されます。
是非足をお運び下さい。
こばやし みか

●今日のお勧め作品は、ウィン・バロックです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第25回をご覧ください。
20160725_bullock_03_navigation-without-numbersウィン・バロック
「Navigation Without Numbers」
1957年
ゼラチンシルバープリント
17.8x23.0cm
サインあり


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◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

●お勧め写真集・書籍のご案内
2016細江英公・笠井叡『透明迷宮』細江英公 × 笠井叡
『透明迷宮』(サイン本)

2016年
平凡社 発行
写真:細江英公
舞踏・文:笠井叡
80ページ
30.5x23.4cm
6,800円(税込7,344円) ※送料別途250円
細江英公、笠井叡の二人のサイン入り
*ときの忘れもので扱っています。メールにてお申し込みください。

201606大谷省吾大谷省吾
激動期のアヴァンギャルドシュルレアリスムと日本の絵画 一九二八−一九五三

2016年
国書刊行会 発行
664ページ
21.7x17.0cm
8,800円(税込9,504円) ※送料別途250円
著者からのメッセージ
*ときの忘れもので扱っています。メールにてお申し込みください。

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第5回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第5回

『木に持ちあげられた家』

今回は、絵本『木に持ちあげられた家』(スイッチパブリッシング 2014、 原著は“House Held Up by Trees”2012 )をご紹介します。作者はアメリカの詩人テッド・クーザー(Ted Kooser, 1939-) 、絵をカナダ出身のイラストレーター、ジョン・クラッセン(Jon Klassen, 1981-)が描いています。ジョン・クラッセンは、どことなく飄飄とした軽やかで味わいのある絵で人気を博しており、『どこいったん?』『アナベルとふしぎなけいと』『くらやみこわいよ』といった絵本が日本語にも翻訳されて出版されています。

01HOUSE_cover(図1)
『木に持ちあげられた家』表紙


02_ted-kooser(図2)
動画“House Held Up by Trees” by Ted Kooser
キャプチャー画像


『木に持ちあげられた家』(図1)は、テッド・クーザーが、彼の自宅から少し離れたところにある木々に囲まれた廃屋の周辺を長年通りすがりに見る中で着想を得て子ども向けの物語と作り出したもので、「自然が人間の作り出したものを完全に支配してしまう圧倒的な力」をテーマにしています。表紙(図1)は、一軒の家が土台ごと周辺を取り囲む木に持ち上げられている様子が下から仰ぎ見るような角度で描かれていて、家が宙に浮かぶその様子は一見すると奇妙に映りますが、実際にテッド・クーザーが物語の着想を得たという廃屋を背に語っている映像(図2)を見ると、木の枝が内側から窓を突き破るよう伸びており、「持ち上げられる」まではいかなくとも、廃屋が木の力によって姿を変えることは殊更に珍しいことではなく、この物語が作者の想像だけではなく現実の社会の有り様を反映していることがわかります。

03(図3)
家の周辺の野原や林で遊ぶ子どもたち


04(図4)
林の木越しに見える家
芝刈りをする父親を眺める子どもたち


物語は、父親と息子と娘の3人が暮らす一軒の家の経る時間の経過を辿り、ページの見開きで、家とその周辺の環境を、引きや俯瞰、仰角のようなさまざまなアングルから描き出しています。物語は家が建てられたばかりの頃(図3)から始まり、敷地の両脇の林越しにぽつんと立つ家と芝生の広がり、駆ける子どもたちが描かれ、次の見開き(図4)では、子どもたちは父親が丹念に家の廻りで芝刈りをするのを眺める様子が、林の木越しに描かれています。林の木々と木を伐採して造成された敷地に立つ家をこのように繰り返して描くことで、家の周辺の空間的な広がりが示され、自然(木)と人間の作り出したもの(家)が物語の中でこの後どのように関係していくのかということが暗示されています。

05(図5)
成長したこどもたちが、幼い頃に遊んだ林の傍らに佇む


06(図6)
芝を刈る父親の後ろ姿と家


幼かった子どもたちもやがて成長し、家を出て自立する頃を迎え、かつて遊んだ林の傍らに佇む後ろ姿が描かれます(図5)。父親は子どもたちが家を出ていく日が近づいても芝生の手入れを怠ることはなく、林の方から翼のついた木の種が芝を刈る父親の頭上と家の廻りを舞っています(図6)。子どもたちの後ろ姿に隠れて見えない家(図5)と、頑なまでに家と芝生をきれいに保とうとする父親の姿(図6)が、子どもと親それぞれの家との関係のあり方を浮かび上がらせています。

07(図7)
父親が去り、売りに出された家


08(図8)
買い手がつかずに放置されるがままになった家


子どもたちが家を出て、高齢になって一人で家に住み管理することを負担に感じるようになった父親は、街のアパートで一人暮らしをすることを決めて家を売りに出します(図7)。道路沿いに面した家と電柱が果てしなく立ち並ぶ道路沿いの荒涼とした風景は、夕暮れに染まる空と相まって寂寥感を高めて表わしています。いつまでたっても買い手のつかない家が上空から俯瞰するような視点で描かれ(図8)、芝生の手入れをされることのなくなった家の廻りには若木が生えています。次第に父親が家の様子を見に来ることもなくなり、家は荒れ果ててゆき、家の廻りに生えてきた若木も大きく育っていきます。

09(図9)
風に吹かれ、家を鳥の巣のように包み込む木々


10(図10)
木々に持ち上げられた家


放置された家はあちこち傷んで腐っていきますが、家を取り囲むように生えてきた木々が、家を鳥の巣のように包み込み(図9)家は辛うじて家の形を留めてゆき、木々の成長と共に家が地面から持ち上げられて、ツリーハウスのように宙に浮かんでいきます。(図10)物語は次のような言葉で締めくくられています。「木々に囲まれた家、木々の力に支えられた家、そして、小さな緑の花々の香りをたたえてふく風」。かつて家族が暮らしていた家が、空き家になり荒れ果て、壊れていく経過は、現実の事象として捉えれば現在の日本でも深刻化している「空き家問題」そのものなのですが、物語としては、家族に関わる問題としてではなく、その経過を家や周辺の環境の変化という観点から描き出すことで、人が作り出したものを遥かに凌駕する自然の力、理(ことわり)を、詩的に淡々と語っているのです。

以前にも、連載「母さん目線の写真史」の中で、家にまつわる物語としてバージニア・リー・バートン作の『ちいさいおうち』について取り上げ、19世紀末から20世紀半ばにかけてのアメリカの都市化の流れや同時代の写真家の作品と照らし合わせながら読み込んでいきました。この『木に持ちあげられた家』もまた、アメリカ社会の変化や写真家の作品に照らし合わせると、物語の中に描かれていることをより具体的に理解できるのではないかと思います。

11_robert-adams(図11)
ロバート・アダムズ
「新築のトラクトハウス、コロラド州 コロラド・スプリングス」(1968)


まず、森林が伐採されて造成された土地に住宅が建てられるところから物語が始まりますが、これは第二次世界大戦後に急速に進行する郊外住宅の建設ラッシュの状況にもかさなるところがありますし、1939年生まれのテッド・クーザー自身が幼い頃からその状況を目の当たりにしてきた世代にあたります。テッド・クーザーと同世代のアメリカの写真家ロバート・アダムズ(Robert Adams, 1937-)は、1960年代後半からコロラド州やロサンゼルス近郊などで、郊外住宅やその周辺の風景を撮影し、大規模な宅地開発によって風景がどのような変容を遂げてきたのかということを冷徹な眼差しで捉えています。アダムズがコロラド・スプリングスやデンバー近郊の郊外住宅で撮影した写真集をまとめた『The New West』(1974) には、トラクトハウス(規格化された団地開発型戸建住宅)の建設過程や、郊外住宅地が遠く背景に山脈をのぞむような環境と共に写し取られていて、(図3)や(図4)に描かれている情景と重なり合うところがあります。
アメリカの経済発展とともに拡張していった宅地開発は、風景の有り様を大きく変容させていきましたが、作り出された住宅が、さまざまな要因のために後の世代に引き継がれることなく放置されているという現状に対しては、クーザーやアダムズから見ると子どもにあたる世代が新たな眼差しをむけています。

12_james-d-griffioen(図12)
ジェームズ・D・グリフィオン
「Feral Houses(野生化した家、野良家)」より


デトロイト近郊を拠点に活動する写真家ジェームズ・D・グリフィオン(James D. Griffioen 1977-)は、財政破綻のために荒廃したデトロイト郊外空き家を2000年代後半から撮影し、シリーズ「Feral Houses(野生化した家、野良家)」として発表しています。自動車産業の中心としてかつては繁栄したデトロイトでは、今や住民が出て行った住宅地の空き家化が深刻な社会問題になっていることは広く知られていますが、グリフィオンは、空き家のまま長年放置される間に、雑草や樹木、蔦のような植物が家全体を取り囲み、飲み込んでしまっている様子をそれぞれの家の正面から写し取っています。写された家の中には、大きな邸宅と呼べるようなものもあり、人々が買い求めた財産が無惨に打ち捨てられている状態を克明に記録するグリフィオンの撮影方法には、アメリカン・ドリームの象徴としてマイホームを手に入れることに躍起になってきた親の世代や経済的な価値観に対する醒めた姿勢が根底にあるように思われます。

家という財産を手に入れ、それを維持して守っていくということは、一つの世代の中では完結せず、次の世代に続くべき営みですが、『木にもちあげらた家』は、人間の営みや作り出すものよりもはるかに強く、長く持続する自然の力に、いかに意識を向けるのか、ということを語っているかのようです。物語を締めくくる「小さな緑の花々の香りをたたえてふく風」という一文に表わされた生命の微(きざし)は、微かであるが故に深い印象を残すのです。
こばやし みか

●今日のお勧め作品は、ピーター・ビアードです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第22回をご覧ください。
20160625_beard_01_san-quentinピーター・ビアード
「San Quentin Summer 1971(T.C.& Bobby Beausoleil)」
1971年撮影(1982年プリント)
ゼラチンシルバープリント(すこし描きこみあり)
22.5×33.5cm
Ed.75 サインあり


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

「第2回アートブック・ラウンジ〜画廊のしごと(南画廊のカタログ)」は本日が最終日です。
モンドリアン本棚「第2回アートブック・ラウンジ〜画廊のしごと(南画廊のカタログ)」
会期:2016年6月14日[火]〜6月25日[土]
*日曜、月曜、祝日は休廊
志水楠男が設立した南画廊が1956年から79年に開催した199回の展覧会から、1959年の今や伝説となったフォートリエ展はじめ、ヤング・セブン展、中西夏之展、サム・フランシス展などのカタログ50冊を頒布します。南画廊の作家たちー靉嘔、オノサト・トシノブ、駒井哲郎、菅井汲、嶋田しづ、山口勝弘、山口長男、難波田龍起、加納光於の作品を展示し、1968年10月南画廊で刊行記念展が開催された瀧口修造『マルセル・デュシャン語録』(M・デュシャン、荒川修作、J・ジョーンズ、J・ティンゲリー)の完璧な保存状態のA版も出品します。

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第4回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第4回

写真を廻る旅 / 写真が経た旅 ベルティアン・ファン・マネン『Give Me Your Image』

cover


今回紹介するのは、オランダの写真家ベルティアン・ファン・マネン(Bertien van Manen, 1942-)の写真集『Give Me Your Image』(Steidl, 2006)です。ファン・マネンは、フランス語を学んだ後、1970年代に二人の子どもたちの写真を撮るようになったことから、写真に取り組むようになりました。当初はファッション写真などの仕事も手がけていましたが、徐々に個人的な作品制作に専心するようになり、欧州やロシア、中国、アメリカなさまざまな地域を旅しながら写真を撮り続けてきました。近年、イギリスの出版社MACKから継続して出版してきた以下のような写真集が注目を集めています。
『Let's sit down before we go』(2011)
1991年から2009年の間にロシアや東欧の国々を旅して撮影した写真で構成 「出かける前に座ろう」という言葉は、ロシアでの慣習、言い回しに由来する。
『Easter and Oak Trees』(2013)
1970年代に毎年休日を過ごしていたオランダのden Eikenhorst(「オークの木の巣」という意味)という地域で撮影された家族写真をまとめたもの。当時の大らかな時代性が反映されている。
『Moonshine』
アメリカのアパラチア地方で密造酒(月夜の下で製造されることからmoonshineという呼称)に携わる人、炭坑労働者たちの家族(ヒルビリーというスコットランド系の移民)を1980年代からおよそ30年にわたって撮影した写真で構成。
『Beyond Maps and Atlases』 (2016)
ファン・マネンが夫を亡くした後に、アイルランドで2013年から2015年にかけて撮影した写真で構成。

彼女の作品に共通する特徴として、年月をかけて旅を重ね、訪れる地域の人々と親密な交流を持って撮影をすること、コンパクトカメラを使ってその時々の状況に即座に反応するような撮り方をする、ということが挙げられます。つまり、フォトジャーナリストのようにプロ仕様の機材を使って取材をするという姿勢ではなく、あくまでも旅行者として写真を撮り、時には旅先で知り合った人の家に泊めてもらうなどして親交を深めていくために、様々な地域の市井の人々の生活空間が写真の中に色濃く留められているのです。また、写真集の中には、撮影からかなり時間を経た後に編集されているものも多く、撮影時期の違いや時間の経過が、作品の主題になっているものもあります。
今回紹介する写真集『Give Me Your Image』は、2002年から2005年にかけてヨーロッパ各地を旅する中で、出逢った人たちが持っている写真を、持ち主の部屋の中で撮影した写真を纏めたものです。写真集の表紙(図1)からも看て取れるように、写真が置かれている場所の光の状態や、写真の重なり合いなど、ものとして写真がどのような状態にあるのかということを意識して撮っていることが伺われます。写っているのは、アルバムのページや、壁にかけられたり戸棚やサイドボードの上に置かれたりしている額縁に収められた写真が多く、写真集のページの判型に合わせるように、見開きで写真を裁ち落とすようにして纏められています。このような編集の仕方によって、見知らぬ人の家の中に入って、部屋の隅に近寄ってまじまじと写真を見つめるような効果が作り出されています。

13113188_10209673822386084_1074486269_o(図2)
ローマ 2005年


13112647_10209673822746093_1592426032_o(図3)
ミュンヘン 2004年


白黒写真のプリント越しに額縁に収められたカラー写真が覗いている様子や写真の周辺にある調度品などから(図2)、持ち主それぞれの家族の歴史や暮らしぶりが想像されますし、持ち主の手が写っている写真(図3)は、家族の話を聞きながら写真を撮ったファン・マネンと撮られる側の間の関係の親しさを感じさせます。写真集の巻末には、撮影場所と撮影年が写真のインデックスとともに記載されており、記載された情報に照らし合わせながら写真を見ると、彼女がヨーロッパ各地で撮影をしたことがわかりますが、クローズアップで撮影された写真だけを見ると、どこで撮影されたものなのかははっきりとは判りません。写真集を見る人は、アルバムに書き込まれた文字や周辺に置かれたものなどを手がかりに、いつそれらの写真が撮られたのか、持ち主はどのように写真を扱っているのかということを探りながら、それぞれの写真が辿ってきた時空の旅に想いを巡らせることになります。

stalin-lamp(図4)
ノヴォクズネツク 1992年


rally-dress(図5)
マドリッド 2004年


写されているのは家族写真だけではなく、その地域の歴史に深く関わるものもあります。たとえば、ファン・マネンがこのシリーズに着手する以前に、ソ連邦崩壊直後のロシアを旅していた時期に、ノヴォクズネツクで撮影された写真(図4)では、ランプや生活雑貨が雑然と置かれた部屋の片隅に、スターリンのポートレートを貼り合わせた台紙のようなものが置かれており、スターリンの施策により工業都市として急速に発展した街に暮らした人々の営みから、歴史の痕跡を看て取ることができます。また、戸棚か机の上にドレスに身を包み着飾った女性達のスナップ写真の傍らに、政治集会で敬礼をする群衆の写真が置かれた写真(図5)は、個人的な体験と社会的、歴史的な出来事が写真を通して人々の記憶の中に刻み込まれていくありようを示唆しているようでもあります。

immigrant(図6)
パリ ヴィリエ=ル=ベル セネガルからの移民 2002年


concentration-camp(図7)
ブダペスト 2004年


個人的な体験と、社会の変化や歴史との関わり合いが、写真と撮影場所によって示されているものもあります。たとえば、食器棚に並べられたグラスの傍らに、赤ん坊に授乳をするアフリカ系の女性をとらえたスナップ写真が置かれている写真(図6)は、パリ郊外の街ヴィリエ=ル=ベルで撮影され、写真の持ち主はセネガルからの移民であると記されています。写真に写っている母子が写真の持ち主なのか、あるいは持ち主の家族でセネガルに残っているのかといった詳細は定かではありませんが、ヨーロッパへの移民という現在も進行する社会変動の中で、このスナップ写真がたまさかにこの場所に辿り着いたことの証となっています。このように、写真が時空の旅を経て人の手元に残されていることの意味を痛切に感じさせるのは、(図7)のような、第二次世界大戦中に強制収容所で撮影されたと思しき写真です。頭髪を剃られて立ち並ぶ女性達の群衆を捉えた写真の下の方には、2つの矢印が書き込まれていて、写真の中に写されている女性達の中の誰かが、写真の持ち主に何らかの関係があることを示しているようです。
写真集のページを繰り返し捲っているうちに、見知らぬ誰かのプライベートな空間に入り込み、親しみにも似た感情を抱くと同時に、部屋の小さな角に置かれた写真が、歴史の奥深く、遠い時空の旅へと見る者を誘っていきます。ベルティアン・ファン・マネンがこの写真集に、「Give Me Your Image(あなたのイメージを私に下さい)」という懇願のメッセージを題名として冠したのは、決して他人に譲ることのできない、人生や歴史の証となる写真という「もの」それ自体ではなく、「もの」が確かに存在すること、また彼女と写真の持ち主との交友が紡がれたことの証を残し、遠い時空につながる小さな窓を写真を見る人たちに対して開きたいという切なる願いが込められているからではないでしょうか。
こばやし みか

●今日のお勧め作品は、ヘレン・レヴィットです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第20回をご覧ください。
20160525_levitt_01_mexico1941ヘレン・レヴィット
「メキシコ 1941」
ゼラチンシルバープリント
18.0x21.1cm
1981年 Signed

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●明日のブログはスタッフSによる「Art Busan 2016」帰国レポートです。

◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第3回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第3回

ワーキングマザーとしての写真家『IMOGEN: The Mother of Modernism and Three Boys』

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『IMOGEN: The Mother of Modernism and Three Sons』表紙


SEL19(図2)
イモジン・カニンガム
「セルフポートレート」(1912)


今回取り上げるのは、20世紀のアメリカを代表する写真家の一人であるイモジン・カニンガム(Imogen Cunningham 1883-1976)の伝記絵本『IMOGEN: The Mother of Modernism and Three Sons(イモジン:モダニズムと3人息子の母)』です。作者のエミー・ノヴスキーAmy Novesky)は、主に児童文学の分野で活躍する文筆家で、著名な女性の芸術家を題材にした絵本を発表しており、過去にはフリーダ・カーロやジョージア・オキーフについて、最近ではルイーズ・ブルジョワについての絵本が刊行されています。絵は、イラストレーターのリサ・コンドンが手がけており、明るい色合いと素朴な描写が親しみを感じさせ、三脚に備えつけられたカメラとともに描かれたイモジン・カニンガムの姿が、彼女のセルフポートレート(図2)に似ていることからも明らかなように、カニンガムが撮影した写真を参照して描かれた部分も多く見られます(写真作品との関係はまた後ほど詳述します)。
イモジン・カニンガムは、20世紀初頭から70年以上写真家として活動しましたが、この絵本の中では、19世紀末から1920年代前半にかけて、彼女が写真家を志した10代の頃から写真家として活動し、版画家のロイ・パートリッジと出逢って1915年に結婚し(1934年に離婚)、3人の息子(1915年に長男のグリフィッド、1917年に双子のロンダルとパードレク)が生まれて、育児をしながら制作活動に取り組んだ時期のことが描かれています。絵本のタイトルにも示されているように、芸術家としての活動と3人息子の育児をどのように両立させて、作品を作り出していったのかということが、物語の核になっています。作者のノヴスキー自身が、自宅で著述家・編集者として仕事をするワーキングマザーであり、彼女は、女性が仕事や家庭に関して、限られた選択肢しか持ち得なかった20世紀初頭という時代において、イモジン・カニンガムがいかにして人生を切り拓き、仕事と生活を結びつけたのかということを描き出して子どもたちに伝えたかった、とインタビューの中で語っています。絵本の物語は、カニンガムの人生にまつわる史実・資料を参照しつつ、子どもたちにも読みやすいように、簡潔な文体で語られています。また、彼女の人生の軌跡に重ね合わせるようにして、カニンガムの写真作品が色や描写に演出を加えつつも、元の作品に照らし合わせると、ある程度判別できるように描き出されています。

カニンガムは、シアトルで貧しい大家族に育ちながら、10代の頃から写真家になることを志して、家族の中で唯一大学に通って化学を学び、さらに奨学金を得てドイツに留学、帰国後の1910年にはシアトルに戻ってわずかな資金を元に肖像写真館を開設します。19世紀末から20世紀初頭にかけてピクトリアリズム(絵画主義写真)運動が隆盛していた時期に彼女が制作した作品を紹介する見開き(図3)では、「夢」(図4 図3では左端の作品の元になっている)やヌードのセルフポートレート(図5 図3では画面中央の作品の元になっている)のような作品が描き込まれており、写真の歴史的な文脈に関する知識がなくても、人物の表情やポーズから当時の「絵画のような写真」がどのようなものだったか、そのおおよその雰囲気が伝わるようになっています。
 
imogen-spread-4(図3)
「カニンガムは版画家のロイと結婚し、屋外で演出をほどこして絵画のような写真を撮りました。」


EAR23(図4)
イモジン・カニンガム
「夢」(1910)


SEL05(図5)
イモジン・カニンガム
「セルフポートレート」(1906)


幼い3人息子の育児に奮闘するようになった1910年代後半は、作品制作に取り組むことは時間的にも経済的にも厳しくなりますが、カニンガムは、自宅(1917年にカリフォルニアに転居)に暗室を作り、庭で子どもたちを遊ばせる傍らで、庭に育てた植物の写真を撮ったり、子どもたちの写真を撮ったりするようになります(図6)幼い子どもたちが庭で植物に触れたり、動物で戯れたりする様子をとらえた写真(図7)をもとに描かれたページを、「ジギタリスの花を摘む双子」(図8)や「バケツの中の蛇」(図9)といった写真作品に照らし合わせながら見ると、カニンガムが子どもたちの成長を記録すると同時に、子どもたちや植物、動物の被写体としての魅力を探求していったことを伺い知ることができます。

imogen-spread-1(図6)
「カニンガムは家に暗室を作り、庭に植物を植えて、庭で遊ぶ子どもたちの写真を撮りました」


Imogen1(図7)
庭で植物に触れ、動物と戯れる息子達


Twins Picking Foxglove Buds, 1919_jpg(図8)
「ジギタリスの花を摘む双子」(1919年)


Snake in Bucket, 1920's_jpg(図9)
「バケツの中の蛇」(1920年代)


Imogen2(図10)
息子たちが昼寝をしている間にマグノリアの花を撮影するカニンガム


imospread10(図11)
(左)暗室で、傍らにいる息子とともにプリントを現像するカニンガム
(右)パッドの中の現像液に浸されたマグノリアの花の写真


3_imogen_cunningham_magnolia_blossom(図12 )
マグノリアの花(1925)


育児に追われ、外出することもままならなかった1910年代後半から20年代前半にかけて、カニンガムが自由に撮影することのできた被写体は、自宅の庭で育てていた植物でした。彼女は息子達が一時間昼寝をしている間に植物の撮影に集中して取り組みます(図10)。とくにこの時期は、植物をクローズアップで捉え、そのディテールと造形的な特徴を精緻に描き出した作品を制作しており、「マグノリアの花」(図12)は、彼女の代表作として知られています。
カニンガムが撮影した写真を暗室で現像していると、興味をそそられた双子の一人が傍らにやってきて、林檎の箱の上に立ち、母親の作業を見ています。(図11左)現像液に浸された印画紙の表面に撮影された花の像が浮かび上がってくるのを親子二人で見守り、写真を指差している様子(図11右)は、親子で過ごす時間の中から「マグノリアの花」(図12)のような名作が生み出されたことを情感豊かに描き出しています。

Self+Portrait+with+My+Children,+early+1920s(図13)
1920年代初頭 子どもたちと一緒のセルフポートレート


物語の最後は、家族とともに夕食の食卓を囲む場面で締めくくられています。カニンガムは、育児と作品制作を両立させようと奮闘していた時期のことを「片方の手は皿洗い桶の中に、もう一方の手は暗室にあった」と振り返り、その生活は決して楽でも、簡単に物事が片づいていくわけではなかった、とも語っています。絵本の巻末には著者の覚え書きと共に、1920年代初頭に撮影されたセルフポートレートが掲載されています。強い日差しの下で枝垂れた木の傍らに佇む三人の息子たちは、それぞれに自然な表情が引き出されており、ややうつむき気味にして写っているカニンガムは眼鏡に光が反射してその表情ははっきりとは見て取れないものの、息子たちを近くに寄せてかまう姿は母親の力強さを感じさせます。
100年以上前に写真家という職業を選び取って人生を切り拓き、表現活動を続けてきた女性の存在を、絵本を通して知ることができるのは、子どもたちのみならず、育児に取り組む母親にとっても勇気づけられることではないでしょうか。
こばやし みか

●今日のお勧め作品は、ロベール・ドアノーです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第3回をご覧ください。
20160425_doisneau_04_kyabareロベール・ドアノー
「L'ENFER 地獄カフェ」
1952年
ゼラチンシルバープリント
35.0x24.5cm
サインあり


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◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

●ときの忘れものは連休明けの5月10日から、オクヤナオミの個展を開催します。
OKUYA_DM_1200
オクヤナオミ展
会期:2016年5月10日(火)〜5月28日(土)
*日・月・祝日休廊
本展では、パリ時代の油彩6点を中心にご覧頂きます。
同時期にアートフェア東京とアート釜山にも出展しますが、画廊は通常通り営業していますので、どうぞお出かけください。
(画面をクリックすると拡大します)

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小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第2回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第2回

アレン・セイ 『Grandfather’s Journey(おじいさんの旅)』 
写真が紡ぐ家族と歴史の物語


今回紹介するのは、アメリカの作家、イラストレーターのアレン・セイ(Allen Say 1939-(本名はJames Allen Koichi Moriwaki Seii))の『おじいさんの旅(原題:Grandfather’s Journey)』です。本名からも察しがつくように、アレン・セイは、日系アメリカ人で、アメリカ人の母と韓国人の父の間に日本で生まれ、16歳の時に渡米、建築を学んだ後、アメリカ陸軍に従軍、除隊後は商業写真家として生計を立てながら、イラストレーション、絵本の仕事に取り組み、50歳を過ぎてから絵本作家として知られるようになったという経歴の持ち主です。『おじいさんの旅』は、セイが発表してきた日系アメリカ人としてのアイデンティティ、歴史に関わる絵本作品の一つで、明治時代に渡米した彼のおじいさんの人生の軌跡を辿りつつ、彼自身の人生を振り返る自叙伝的な物語として構成されています。
セイの絵本は、商業写真家としての経験が反映されていて、水彩画による写実的で端正な描写が特徴的です。とくに『おじいさんの旅』は、セイがおじいさんから聞いた話やおじいさんにまつわる記憶を、写真を見ながら回想するような語り口で話が展開していくため、写真を下敷きしたと思わせるような描き方が、物語の舞台になっている時代(19世紀末から20世紀半ば)における写真のあり方を反映しています。絵の描き方や見開きのシークエンスなど絵本の構成に見れられる「写真的な要素」に注目しながら、物語のあらすじを辿っていきましょう。

01(図1)
アレン・セイ
左『おじいさんの旅』(2002 ぽるぷ出版)
右 『Grandfather’s Journey』(1993)


02(図2)
左 ぼくのおじいさんが世界をみようと旅にでたとき、おじいさんはまだ若者だった。
右 はじめておおきな船にのった。太平洋はおどろきだった。


まず表紙(図1)ですが、高い波を背景に傾く船の甲板の上で、よろめきそうになりながら立っている青年が描かれています。大きな黒いコートを着て、帽子を風に吹き飛ばされないように両手でしっかりと押さえており、硬く引き締まった表情で正面を見つめる様子は、航海の記念に撮影されたスナップ写真を連想させます。表紙からも見て取れるように、この絵本はで黒い枠線の中に絵が描かれており、中のページでは絵の下に文章が添えられ、見開きで左右の絵にコントラストが生み出されるような組み合わせ方がなされています。
物語の冒頭のページ(図2)では、左ページにおじいさんが若者だった頃の和装のセピア色のポートレート写真が、右ページに表紙と同じ絵が組み合わせられています。どっしりと安定した佇まいを漂わせるポートレートと組み合わせられることによって、甲板の上に立つおじいさんの不安定な様子や、大き過ぎる「はじめての洋服」のぶかぶかな様子が際立ち、「若者」というよりもずっと幼い「少年」のような印象すら与えるものになっています。

03(図3)
左 砂漠にたった巨大な彫刻のような岩に目をみはった。
右 はてしのない畑をみわたして、わたってきた海をおもった。


04(図4)
左 おおくの人びとにであった。黒人に白人、東洋人にインディアン、みんなと握手をした。
右 旅をつづければつづけるほどあたらしい風景をみたくなり、おじいさんは故郷をおもいだしもしなかった。


このように、左右のページで人物の大きさにコントラストをつけて描き組み合わせるという方法は、若き日のおじいさんがアメリカ各地を廻りさまざまな体験を重ねていく過程を語る場面で用いられています。たとえば、光に照らし出されたグランド・キャニオンに佇む小さな後ろ姿として描かれているページの隣では、畑の中で横向きに佇む姿が描き出されています(図3)。(図3)のような見開きの絵は、写真を元にというよりも、おじいさんから聞いた話をもとに想像して描かれたもののように見えるのですが、人物が正面を向いた状態で描かれている絵は、写真を元に描かれた印象を強く与えます。たとえば、おじいさんがアメリカでさまざまな人にであったことを語る場面(図4 左)は、床屋のポーチの前に黒人や白人などさまざまな人種の男性達と一緒に写った写真を元に描かれています(それぞれのポーズや表情の違いも興味深いところです)。またこのような人物の集合する場面は、航行する船の上に描かれた人物のシルエットと対応するように人物の大きさにコントラストをつけて組み合わせられています。
アメリカ各地を廻ったおじいさんは、やがてカリフォルニア州に落ち着き、一度日本の故郷の村に戻って幼なじみの娘と結婚し、二人でアメリカに戻ってサンフランシスコに住み、そこで娘(セイの母親)が産まれます。娘が成長するにつれて、おじいさんは故郷のことを懐かしく思い出すようになります。このようにおじいさんが家庭を持ち、娘の成長する過程は、若夫婦が産まれたばかりの赤ちゃんを抱いて写っている家族写真(図5左)と、写真館で撮影された娘の写真(図5右)によって描かれています。家族揃って洋服を着ていることや、娘が金髪巻き毛の人形を乗せた玩具の乳母車の脇に立っている様子など、おじいさんがアメリカ(西洋)社会の中で暮らす中で身につけた所作を強く印象づけます。

05(図5)
左 新婚のふたりはカリフォルニアの街サンフランシスコにすみ、そこで娘がうまれた。
右 娘の成長をみながら、おじいさんは自分の幼いころをおもった。幼ともだちがなつかしくおもいだされた。


06(図6)
左 しかし故郷の村はサンフランシスコでそだった娘にはあわなかった。おじいさんは都会にすまいをうつした。
右 娘はその都会で恋をし、結婚した。まもなく、ぼくがうまれた。


娘が大きくなってからおじいさんは家族とともに日本の故郷に戻りますが、娘は故郷の村には馴染めなかったため、おじいさんは都会に住まいをうつし、そこで娘は結婚します。洋服を着て故郷の村の家から出て行く娘(図6左)と、洋装の夫(セイの父親)と一緒に結婚の記念写真に写る和服の娘(図6右)が組み合わせられることで、日系米人として生まれながら、日本に帰化した娘の境遇が鮮かに描き出されています。

07(図7)
左 ちいさいころ、ぼくはおじいさんの家へいくのがいちばんのたのしみだった。おじいさんはカリフォルニアのことを、いろいろはなしてくれた。
右 おじいさんはその家でメジロやウグイスをかってみても、カリフォルニアの山や川がわすれられなかった。またもどろうと心にきめた。


08(図8)
左 おじいさんたちは、ふたたび故郷の村にもどった。そこで小鳥をかうことはなかった。
右 ぼくがおじいさんと最後にあったとき、おじいさんはもういちどカリフォルニアをみたいといった。でも、もどることはなかった。


その後1939年にセイが生まれ、第二次世界大戦中と戦後におじいさんとセイの関係が描かれていきます。おじいさんはいつかカリフォルニアに戻りたいと願い、セイにカリフォルニアの話をいろいろと語り聞かせますが、太平洋戦争が勃発し、終戦を迎えた頃にはおじいさんはもう戻ることができないほど、年齢を重ねてしまいます。おじいさんとセイを描いた絵は、カメラへの視線の向け方という点で興味深いものがあります。幼い頃のセイとおじいさんを描いたページ(図7左)では、おじいさんが家の庭でセイの後ろ側にまわり、セイにカメラのレンズの方を向くようにと促すような表情で、セイは幼い子供らしく視線をややそらすような表情で描かれています。(図8右)戦後になっておじいさんとセイが最後にあったときの写真では、セイがおじいさんの後ろに回っておじいさんの肩に手を置いています。二人とも正面を向いていますが、おじいさんの視線には(図7左)の時のような力が感じられません。

09(図9)
そしてぼくがおじいさんとおなじ若者になったとき、カリフォルニアにいくことにした。(中略) 不思議なことに、いっぽうにもどると、もういっぽうが恋しい。


10(図10)
いまぼくは、おじいさんのことがわかってきたようだ。もういちど、おじいさんにあいたい。


成長したセイはカリフォルニアに渡り、やがて家族を持つようになります(図9)。カリフォルニアでヤシの木と青空を背景に佇むセイは、若き日のおじいさんの面影を残していますが、表紙(図1)のおじいさんとは違って、身体にぴったりとあった洋服を着てしっかりと地面に立っています。セイはアメリカに根をおろしつつも故郷が恋しくなって故郷に戻ることもありますが、アメリカと日本の間を行き戻りすることに対して、「不思議なことに、いっぽうにもどると、もういっぽうが恋しい。」と語っています。
物語は、最初の見開き(図2左)で登場したおじいさんのポートレート写真で締めくくられます。最初は写真の画面全体が描かれていましたが、最後では、写真に楕円形の窓がくり抜かれた台紙が被せられています。つまり、最初は「像(イメージ)」として描かれていたポートレートが、最後には「もの」として差し出され、同じ写真に立ち戻りつつも、過ぎ去った時間の奥行きをさらに深めて示してもいるのです。「いまぼくは、おじいさんのことがわかってきたようだ。もういちど、おじいさんにあいたい。」と、手元に置かれた写真に語りかける切々とした語り口は、おじいさんとセイ自身の人生に響き合い、読者の胸に迫ってきます。写真が家族の個人的な物語を紡ぎ出し、手元に留めておくための縁(よすが)となるだけではなく、一人一人の人生の営みが、より大きな歴史(この物語で具体的に語られているのは、移民の歴史や第二次世界大戦)と深くつながっていることの証となることを、セイはその人生経験から深く理解しているのです。
こばやし みか

●今日のお勧め作品は、ラルフ・スタイナーです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第14回をご覧ください。
20160325_steiner01_untitledラルフ・スタイナー
「無題(自転車)」
1922年以降
ゼラチンシルバープリント
11.6x9.0cm
サインあり


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◆新連載・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

新連載・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第1回

新連載・小林美香のエッセイ
「写真集と絵本のブックレビュー」第1回


小島康敬『coming back』/『New York』/『Tokyo』


今回から、「写真集と絵本のブックレビュー」と題して、私が興味を持っている写真集や絵本のご紹介をしていきます。美術館で写真作品について調査したり、大学などで写真に関する講義をしたりする仕事柄、写真集を手に取って見ることは多いですし、娘に読み聞かせる絵本を選ぶために頻繁に図書館に通っていたりもしています。そのような経験を重ねる中で、写真集や絵本の「もの」としての魅力を再認識することも多く、本に触れて紙の手触りや重みを感じ、ページをめくるといった体感が、絵や写真によって表されていることや物語や味わう上で重要なものであることを実感するようにもなりました。娘が字を読むようになってからは、選ぶ本の幅も広がってきたこともあって、私が興味を持った絵本作家の作品を読み比べたりするようにもなり、そういった絵本の読み方が、写真集の見方に反映されるようになってきたようにも思います。この連載では、写真集や絵本の構成、装幀、編集についても考えながら本という形式ならではの表現の特徴や魅力について探っていきたいと考えていますのでよろしくおつきあい下さい。

01(図1)
左『coming back』(Superlabo, 2013)
中『New York』(蒼穹舎 2014)
右『Tokyo』(蒼穹舎 2015)


今回ご紹介するのは、小島康敬(1977-)が2013年から三年にわたって発表した三冊の写真集『coming back』(2013)、『New York』(2014)、『Tokyo』(2015)(図1)です。通常、ブックレビューといえば、一冊の本に焦点を合わせて紹介するのが一般的なやり方ですが、この三冊は、相互に関連を持って編集、制作されているので、それぞれの写真集の判型や編集の仕方の違いに注目しながら見比べつつ、紹介します。
小島康敬は、2006年にニューヨークに渡り国際写真センター(ICP)に在籍しながら写真家として活動し、ニューヨークの街を撮影し、2008年からは日本に帰国する折に東京の街を撮影してきました。小島は、人間の欲望によって形成される大都市に"儚さ"を感じてきた、と語っており、(「東京画」掲載のステートメントより) ニューヨークと東京という二つの都市の間を行きつ戻りつしながら、それぞれの都市空間を記録してきました。最初に刊行された写真集『coming back』は、そのタイトルが示唆するように二つの都市の空間の間を「行きつ戻りつする」過程を反映するような形で構成され、『New York』(2014)は2008年から2013年まで、『Tokyo』(2015)は2008 年から2014年までの間にそれぞれの都市で撮影された写真が纏められています。

02(図2)
『coming back』カバーをずらした状態


03(図3)
『coming back』開いて伏せておいた状態


『coming back』(2013)は後の二冊にいたる途中経過で制作されたものですが、編集方法、ブックデザインのユニークさが際立っています。表紙には青い文字ででタイトルや作家の名前を記した透明なカバーが被せられています。(図1)では右綴じの本として右側に文字が重なるようにカバーを被せていますが、左綴じとしてカバーを被せることも可能です(図2) 。つまり、どちらの面が本の表紙なのかということを見る側が任意に決めることができるということであり、本を広げることで、一つの写真の画面が表紙と裏表紙で半分に分けられているということがわかります(図3)。綴じを左にしてページを捲ると、左ページにカラー写真、右ページに白黒写真が並び(図4)、綴じを右にしてページを捲ると、左ページに白黒写真、右ページに白黒写真が並ぶ(図5)という見開きが表れ、写真に写された街の建物や文字情報から、カラー写真で東京が、白黒写真でニューヨークが撮影されたものであることを看て取ることができます。
本の真ん中には薄い紙に印刷された奥付のページが表れ、そのページを閉じて上に持ち上げてみるとニューヨークで撮影された白黒写真が見開きに現れます。この見開きを見ることで、この本のデザイン、仕掛けの全容を理解することができます。つまり、一枚の紙の一面に東京で撮影したカラー写真を、もう一面にニューヨークで撮影した白黒写真を印刷したものを重ね合わせ、画面を縦半分に折った上でホチキスで留めて製本されており、重ね合わされて対面した東京とニューヨークの写真が、右半分と左半分に分断された状態の見開きを作り出しています。

04(図4)
『coming back』見開き


05(図5)
『coming back』見開き


06(図6)
奥付の前後のページ見開き


07 
(図7)
東京


08(図8)
ニューヨーク


先に挙げた見開き(図4)と(図5)では、東京で撮影された写真(図7)とニューヨークで撮影された写真(図8)が組み合わさっていますが、この写真集ではそれぞれの画面全体を一度では見渡すことができないようになっています。したがって、写真集を見る人はページの間を「行きつ戻りつ」して、写し取られた断片的な光景のディテールを見ながら左右に分断された写真を頭の中で接合するような作業をしていくことになります。このように、敢えて写真を分断して見せるというユニークな編集方法を用いることで、めまぐるしく変化する二つの都市を行き来しながらその様相を記録してきた小島康敬の都市に対する姿勢や、それぞれの都市の特徴や違いが鮮明に浮かび上がってきています。
『coming back』に続いて、蒼穹舎から刊行された『New York』と『Tokyo』は、それぞれの都市で撮影した写真をまとめたもので、どちらも同じサイズ、判型、見開きでページに余白を設けてで左右に写真を一点ずつ並べるというオーソドックスな方法で構成、編集されています。『New York』のシリーズを掲載したウェブサイトのページを見ると、一連の写真の多くが、高層建築を見上げたり、あるいは高所から俯瞰したりするような視点ではなく、路上で真っすぐに立って見るような視点で撮影されたものであることや、マンハッタンを遠景に望むような川を隔てたエリアで撮影されたものが多いこと、空間の広がりよりも奥行きを強く意識させるような撮り方をしていることがわかります。ページに余白の幅を広くとって、ページの下の方に写真を配置するという写真集のレイアウト(図9)は、このような視点や写真の撮り方に結びつき、広い余白が穴を覗き込むような効果を作り出し、奥行きの感覚を強めています。

09(図9)
『New York』


10(図10)
『Tokyo』


『New York』が白黒写真で緻密な空間の奥行きへと視線を引き込むような効果を作り出しているのに対して、「Tokyo」のシリーズはカラー写真でやや俯瞰するような視点で捉えられたものが多く、写真集ではページの上の方にに写真が配置され、余白の幅は狭く空間の広がりを印象づけるような構成になっています(図10)。『coming back』の見開き(図4)(図5)のように同じサイズで二つの写真を分断・接合するような編集の仕方を経た後に、写真のサイズやページでの位置関係に明確な違いを設定した別個の写真集として提示することで、二つの都市空間の特徴や視点の位置の違いを詳細に吟味するような姿勢をこの二冊の写真集から看て取ることができます。『New York』と『Tokyo』を見た後に再び、『coming back』を見ると、左右に分断された写真と、分断されていない写真の全体像を見比べるなかで、画面の中にそれまで見落としていようなディテール、とくに建造物の素材や構造、建物同士の位置関係といったような、普段生活していても意識に留めないような都市空間の様相が記憶に刻まれていくように感じられます。
小島康敬は、二つの都市の間を「行きつ戻りつ」しながら撮り続けた写真を、ページの間を「行きつ戻りつ」するような見方を促すような写真集『coming back』として構成した上で、さらに続けて『New York』、『Tokyo』を刊行することで、三部作の写真集の間を「行きつ戻りつ」しながら写真を繰り返し見るという「見方」を提示しているようにも思われます。このような見ることに対する執拗かつ真摯な姿勢は、PCやタブレットの画面で画像として写真を見るだけでは分かるものではなく、写真集という「もの」に接してこそ受け止めることのできるものではないでしょうか。
こばやし みか

*画廊亭主敬白
しばらくお休みしていた小林美香さんがようやく復帰してくれました。
昨秋から今春にかけていくつかの連載が終了となり、その後継をどうするかで四苦八苦しておりましたが、新たな執筆陣のめどもたち、小林さんもカムバックしてくれ、一安心です。
小林さんの新連載タイトルは「写真集と絵本のブックレビュー」、つい先日20日に新登場した浜田宏司さんの連載タイトルも“ART&BOOK”ナナメ読み、どうやら2016年は本の年になりそうですね。本好きの亭主にとっては異存があろうはずもなく、画廊亭主ならぬ古本屋のおやじになったつもりで楽しみましょう。
再三再四「竹橋へ」と連呼している東京国立近代美術館の恩地孝四郎展ですが、今日を入れて残り4日です(2月28日まで)。あまりに亭主がわめくものだから、画廊に来るお客さまも、ドアをあけるなり「行ってきました」。わざわざ電話をかけてきて「ワタヌキさん、行ってきましたよ」と報告してくださる方も多々あり。
先日なんぞ、わざわざ京都からいらしてくれたお客をほったらかして、盛岡から来た別のお客さんとえんえん恩地談義を繰り広げたものだから、おそれをなした京都人はそそくさと立ち上がり「私、これから行ってきます」。
まことにはた迷惑な話であります。

●今日のお勧め作品は、エドワード・スタイケンです。
20160211_steichen_14_Merle_Oberonエドワード・スタイケン
「Merle Oberon, Hollywood」
1935年(1986年プリント)
ゼラチンシルバープリント
33.5x27.0cm
Ed.100
裏にプリンターと遺族のサインあり


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◆新連載・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

小林美香のエッセイ「母さん目線の写真史」 第26回

小林美香のエッセイ「母さん目線の写真史」 第26回

前回(第25回「ネットいじめ」撲滅ポスター 子どもに写真の「使い方」を教えること)の締めくくりで、「写真を撮ること、見ることを通して子どもたちと共に考える教育活動の実践例をご紹介します。」と書きましたように、今回はアメリカの写真家、教育者のウェンディ・イーワルド(Wendy Ewald、1951-)の活動、作品を紹介します。

I Wanna Take Me A Picture cover px400(図1)
『I Wanna Take Me a Picture』(2002)表紙


jpg_SX350_BO1,138,138,138_SH30_BO0,100,100,100_PA7,5,5,10_(図2)
『The Best Part of Me』(2002)表紙


ウェンディ・イーワルドは1970年代前半に写真を学んだ後、40年以上にわたって世界各地で現地の人々、とくに子どもたちと交流しながら、数々のアートプロジェクトを手がけてきました。彼女は子どもたちに写真の撮り方を教え、簡素なカメラを手渡して、子どもたち自身の生活や地域社会の様子を写真に撮るように促しています。また、彼女が撮った子どもたちのポートレート写真に、子どもたちが言葉を書き加えるといった共同作業的な方法でも作品を作り出しています。
彼女が手がけてきた教育活動の成果は、(図1)『I Wanna Take Me a Picture』(図1)『The Best Part of Me』(図2)のような本としてまとめられるほかに、子どもたちとイーワルドが撮った写真をもとに展覧会が開催されたり、写真集としても発表されたりもしています。
イーワルドの教育活動に一貫している目標は、子ども達が、自分自身の視点で身の周りの世界を捉え、撮った写真を通して日々の生活の中で考えたり、感じたりしていることや個人的な経験を表現できるように励ましていくということです。
イーワルドから写真の手ほどきをうけた子どもたちが撮る写真は、地域の中で生活していなければ捉えられないような情景や、人々の表情を映し出しています。このような子どもたちの視点のあり方は、地域の外から来た人の視点、たとえばニュースを報道するフォトジャーナリストの視点とはかけ離れたものです。その地域やそこで起きている出来事について客観的かつ具体的に説明するような写真を撮るのがフォトジャーナリストだとすれば、子どもたちは自分の関心の赴くままにレンズを向け、思いつきでシャッターを切るということもしばしばで、一見するとどういう状況を捉えているのかよく分からないような写真もあります。とくに、「夢の中で見た場面を再現して写真を撮る」というプロジェクトに参加した子どもたちが撮った写真の中には、子どもたちが想像した状況が現実の生活空間の中で演じられていて、謎めいた強烈な印象を与えるものもあります。たとえば、(図3)には、木の股の隙間から一人の少年が寄りかかるようにして頭を出し、両手を広げている様子が捉えられています。作品のタイトルと、テキストを読むことで、ようやく撮影の経緯や表現されている状況が把握できます。(以下参照)

391(図3)
「親友のリッキー・ディクソンを殺してしまった夢を見た」
アレン・シェパード
ケンタッキー州
1975-82


「アレン・シェパードは、親友のリッキー・ディクソンと喧嘩をした。リッキーとアレンはナイフを交換していて、アレンはリッキーが彼をだまして巻き上げたのだと思い込んだ。二人は互いに話しあうことを拒み、ついにアレンがリッキーを殺す夢をみてしまった。アレンはリキーが木の枝の枝分かれしているところで死んでいるところを撮ろうと決心した。アレンはリッキーにポーズをして欲しいと頼んだ。一緒に協力して写真を撮ることで、二人は仲直りした。」

(図3)のような作例からも明らかなように、子どもたちがイーワルドとともに取り組む写真のプロジェクトにおいて、子どもたちが日々の生活の中で体験していること、感じていることを言葉で表現し、友だちや家族など身近な人とのコミュニケーションを通して実現するプロセスが重要な意味を持っています。プロジェクトの中で紡ぎ出される言葉は、写真に添えられたり、あるいは写真の中に書き込まれたりすることによって、子どもたちから写真を見る人に向けられたメッセージにもなるのです。

イーワルドの手がけるプロジェクトは、子どもたちの視線と言葉を通して,子どもたちのパーソナルなヴィジョンのみならず、さまざまな地域の風習や文化、社会問題を浮かび上がらせるものでもあり、時には長期間にわたって制作や展示を含め、コミュニティ全体に関わって行われるものもあります。アートプロジェクトを支援するイギリスの団体Artangelが主催して2005年から2006年にかけて行われた「Towards a Promised Land(約束の地に向かって)」は、そういった一例です。このプロジェクトは、イギリスの海辺の街マーゲイトに、様々な国から移住してきた22人の子どもたちと協同して行われました。子どもたちは、戦争や貧困、政治的な争乱に陥った国から亡命してきたり、家族を追って街から街へと移ってきて流れ着いたりするなど、それぞれに困難な体験を重ねてきました。イーワルドは、1年半にわたって子どもたちにインタビューを重ね、移住する前と現在の生活の様子の話を聞いたり、子どもたちの写真を撮ったり、子どもたちに写真の撮り方を教えるなどして交流を深めながら、プロジェクトを進めていきました。
イーワルドは、子どもたちを正面と背後から撮影し、子どもたちは移住する時に持ってきた所持品(写真や玩具、本など大切にしているもの)を撮影しました。一人の子どもにつき制作された3点の写真には、子どもたちが生まれ育った国で体験したことや、移住先であるイギリスで感じていることを綴る言葉が書き込まれています。(こちらで、ポートレート写真を見ることができます。)正面から捉えられたポートレート写真は子どもたちの強い眼差しが捉えられ、背後から捉えられた写真には子どもたちの髪型や衣服のディテールが捉えられていて、子どもたちそれぞれに関わる人種、文化、宗教といったバックグラウンドを浮き上がらせています。3点一組になった写真作品の一例として、2004年にコンゴ民主共和国からマーゲイトに移住してきたラビーという11歳の少女の背面(図4)、正面(図5)、所持品(図6)をとらえた写真をその中に書き込まれた短い文章と共に見ると、彼女にとって移民するという経験がいかに苦難に充ちたものだったのかということを推し測ることができます。

_0(図4)
ラビー
1993年
コンゴ民主共和国生まれ、マーゲイトに2004年に移住 


pr_0(図5)
「お母さんが面接を受けている間、私たちは椅子に座っていた。お姉さんは心配していなかった。だって、眠っていたから。」


p_0(図6)
「彼らは学校にやってきてガスを発射し、生徒たちを追い出そうとした。2004年9 月24日金曜日」


image2_1(図7)
マーゲイトの街に掲出されたバナー


このプロジェクトを通じてイーワルドと子どもたちが制作した写真は、マーゲイトの街の海辺に面した建物の壁面や、市街の中心地に巨大なバナーとして張り出され、子どもたちが撮影した写真は地域のギャラリーで展示されました。このような形で、公共空間の中で写真が発表されることによって、子どもたちは、自らの成果を実感するとともに、地域住民達は、移民してきた子どもたちがどのような経験をして、何を感じ、考えているのか、ということ知る機会を得たのです。社会状況に翻弄され、生活する場所を変えざるを得なかった移民の子どもたちは、犠牲者、社会的な弱者と看做され、そのように扱われる存在だと言えます。イーワルドのプロジェクトは、そういった子どもたちの存在や言葉を社会の中で可視化する試みであり、彼女の長年にわたる教育活動の目的は、さまざまな状況に置かれた子どもたちに、表現することで生きる力を与えることなのです。

―――
先月に続いて、「子どもに写真の力を教えること」について考えてきましたが、このようなテーマについて私が最近考えを巡らせてきた理由の一つには、現在日本で進行している政治状況に対して抱く危機感とも関係しています。私はこの文章を、安全保障関連法が国会で「成立」した後の連休に書いています。法案の審議が行われ、採決にいたる過程で、生活の根幹にあるルール(立憲主義、民主主義)が蹂躙されている状況を目の当たりにして強い憤りを感じるとともに、メディアでの報道やSNS上でさまざまな世論に接し、連日精神的な緊張状態を強いられているように感じています。
このような状況のなかで気がかりなのは、私と同じように子どもを育てている保護者達が一連の政治動向についてどのように感じているのか、ということです。娘が通う保育園には、20人前後のクラスの中で、1人か2人の割合で、外国籍(中国、韓国、タイ、フィリピン)の親のもとに生まれた子どもたちがいます。保育園の先生たち、保護者ともに、子どもたちには、お互い色々な違いを認めて仲良くやっていってほしいと願いながら日々接していますが、保護者同士は、送り迎えの時間に保育園の門周辺や園内ですれ違い、挨拶をするぐらいで、会話をすることはあまりありません。とくに外国から来たお母さんたちは、このような政治状況をどのように感じているのか気になっているのですが(仮に自分が外国から現在日本に来て育児をしている立場だったら、相当のストレスを抱えるのではないかと想像します)、そういう話をする機会はなかなか得られません。同じ環境で子どもを育てている者同士だからこそ、生活や教育に直結する政治のあり方について感じること、疑問に思っていることを語り合えれば良いのにと、もどかしい気持ちを抱えています。
ウェンディ・イーワルドが手がけてきたプロジェクト、とくに「Towards a Promised Land(約束の地に向かって)」のような移民の子どもたちと行ったプロジェクトに対して私が興味を持ち、表現としての可能性を感じるのは、子どもの存在や言葉が、作品制作や展示を通して地域社会の中で可視化されることで、それを見る地域社会の人々が、子どもたちに目を向けるだけではなく、地域社会や政治のあり方について考えたり、対話をしたりするような契機を持つだろうと、考えるからです。このような、対話を生み出す契機を日常的な地域社会の中で作り出すことが、今日切実に求められていることなのではないでしょうか。
――――
現在、本連載「母さん目線の写真史」を青弓社から書籍として纏めて出版するための準備を進めております。しばらく、執筆に専念したいと考えておりますので、本連載をしばらく休載いたします。いずれまた再開したいと考えておりますので、本の完成とともに、しばしお待ち頂ければ幸いです。
(こばやしみか)

*画廊亭主敬白
26回に及んだ小林美香さんの「母さん目線の写真史」ですが、出版の企画が進行しています。当ブログの人気番組がしばし休載になるのは残念ですが、これもたくさんの読者があったればこその書籍化、嬉しいできごとです。連載開始直後はいくらママさんになったからって「母さん目線の写真史」なんてネタが続くのかいな、と心配したのですが(小林さん自身も若干の不安があったらしい)、次から次へと話が展開し、今までになかった鉱脈を発見したようです。小林さん、ご苦労さまでした。とはいえ近い将来の再開を期待しています。
ちょっと態勢を整えて、11月からは分野は違いますが重量級の新連載企画が始まります。

●今日のお勧め作品は、ヘルベルト・バイヤーです。作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第1回をご覧ください。
20150925_bayer_untitledヘルベルト・バイヤー
「Untitled」
1930年代(1970年代プリント)
Gelatin Silver Print on baryta paper
37.7x29.0cm
Ed.40(18/40)
裏面にサインあり


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◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmの皆さんによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は毎月5日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」は毎月8日の更新です。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は毎月11日の更新です。
 ・土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」は毎月13日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・新連載・森下泰輔のエッセイ「 戦後・現代美術事件簿」は毎月18日の更新です。
 ・井桁裕子のエッセイ「私の人形制作」は毎月20日の更新です。
 ・新連載・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「母さん目線の写真史」はしばらく休載します。
 ・「スタッフSの海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」は終了しました。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・浜田宏司のエッセイ「展覧会ナナメ読み」は随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイ他を随時更新します。
 ・故・木村利三郎のエッセイ、70年代NYのアートシーンを活写した「ニューヨーク便り」の再録掲載は終了しました。
 ・故・針生一郎の「現代日本版画家群像」の再録掲載は終了しました。
 ・故・難波田龍起のエッセイ「絵画への道」の再録掲載は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「私のAndy Warhol体験」は終了しました。
 ・ときの忘れものでは2014年からシリーズ企画「瀧口修造展」を開催し、関係する記事やテキストを「瀧口修造の世界」として紹介します。土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。新たに1974年10月7日の「現代版画センターのエディション発表記念展」オープニングの様子を掲載しました。
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緑豊かな青山のギャラリー&編集事務所「ときの忘れもの」は建築家をはじめ近現代の作家の写真、版画、油彩、ドローイング等を扱い、毎月企画展を開催しています。またオリジナル版画のエディション、美術書・画集・図録等の編集も行なっています。
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