小林美香のエッセイ

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第20回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第20回

『はな子のいる風景 イメージをくりかえす』(武蔵野市立吉祥寺美術館2017)

01(図1)
「はな子のいる風景―イメージを(ひっ)くりかえす」表紙

今回紹介する「はな子のいる風景―イメージを(ひっ)くりかえす」は、武蔵野市吉祥寺美術館で開催された展覧会に併せて刊行されたものです。この本は1947 年にタイで生まれ、1949 年に日本に贈られ、1954 年から井の頭自然文化園で暮らし、2016 年に69 歳で生涯を終えた象のはな子についての記録集です。制作にあたって、はな子が写った写真や映像が募集され、提供された写真の収集・保存・活用を通して、象のはな子、井の頭自然文化園、武蔵野市周辺の、さらには戦後日本の歩みをたどることが目的として掲げられ、プロジェクトが進められていきました。展覧会と記録集の出版に結実ししたこのプロジェクトの企画に携わったのが、NPO 法人remo(記録と表現とメディアのための組織)の運営者であり、AHA![Archive for Human Activities/人類の営みのためのアーカイブ]を主催する研究者の松本篤です。彼は多くの市民から寄せられた写真を、それらが撮影された日付順に整理し、写真を提供した人それぞれの写真にまつわる想い出が綴られた文章を別冊子として編集し、記録集にまとめあげました。記録集には、はな子が来日した1949 年に刊行された新聞紙面の複写版、はな子が飼育された象舎の設計図も付属品として含まれています。
写真集には1 ページに一点ずつ写真が掲載され、写真が撮影された日付と、同じ日に書かれた飼育日誌の文面が同じページに記されています(1960 年代末までの飼育日誌は現存していないため、記されていません)。写真は縦位置、横位置、正方形といった画面比の違いはあるものの、ほぼ同じサイズのモノクロのイメージに転換され、画面のコントラストも一様になるように調整されています。提供された写真の殆どは、家族でのお出かけや遠足のような行事で、井の頭自然文化園を訪れた記念写真として象のはな子を背景にして撮影されたものです。さまざまな人の家族アルバムの中に収められていたような写真が寄せ集められ、日付順にはな子の飼育日誌と併置されることによって、それぞれの写真の中で背景にいたはな子の存在が前景に押し出されてきます。記録集の題名に「イメージを(ひっ)くりかえす」とあるのは、このように、はな子が他界した現在の視点から、はな子を偲びつつ、彼女を写真の中で背景に佇み写り込んでいたものから主役的なものとして倒置させて見るような見方を含みもっていると言えるでしょう。はな子の存在を軸に編集された写真群は、1950 年から2016 年までの時間の流れと、彼女と共に写真に撮られた人たちの記憶とその時代をつなぎとめています。

02(図2)
図版の上に貼られた写真の複製

03(図3)
写真の複製をひっくり返してみた状態

04(図4)
写真と別冊子の文集

05(図5)
写真の複製をひっくり返してみた状態

この記録集の際立った特徴は、いくつかのページにおいて、大きさを揃えて図版として印刷された写真の上に、実際に提供された写真を実寸大で複写したものーー写真の表面だけではなく裏面までも複写されている——が、図版の上に重ねるように貼られているということにあります。(図、2,3,5)読者は、写真を手で触り捲り、つまり文字通り、(「ひっ」くりかえす)ことをしながら、元々の写真のあり方(色や大きさ)とモノクロに転換された図版との違いを確かめつつ、写真のものとしてのあり方を感触として味わうことができるのです。70 年近くにもわたる時間の流れを、写真のシークエンスとして眺めていると、それぞれの時代による自然文化園の変化、写っている人たちのポーズや表情、衣服などの豊かなディテールが立ち現れてきます。記録集に付属した別冊子(図4)の文章を、写真の日付をたよりに照らし合わせながら読むと、写真を提供した人の綴る言葉の端々から、はな子の存在が人々の記憶の中にいかに根を下ろしているのかということが伝わってきます。また、はな子の写っている写真を提供して欲しいという、このプロジェクトの呼びかけに応えるために、アルバム
の中の写真を探すことが契機となって、はな子にまつわることだけではなく、その当時の生活や家族のことを振り返り、思い出すことにもつながっていったことが伺われます。この記録集は、はな子という象の生きた時間を軸としながら、人が記録し、記憶に留めておこうとする営みや、残された記録から掘り起こされ、探り出される時間と記憶の交差する豊かな位相を示しているようです。
こばやし みか

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。

◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

●今日のお勧め作品は、尾形一郎 尾形優です。作家と作品については飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」第3回をご覧ください。
20171025_07_Kolmanscop-4-16-2006尾形一郎 尾形優
"Kolmanskop-4-16-2006"
2006年(2011年プリント)
ライトジェットプリント
124.0x100.0cm
Ed.5 サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


●図録を刊行しました
TAKIGUCHI_3-4『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』図録
2017年10月
ときの忘れもの 発行
92ページ
21.5x15.2cm
テキスト:瀧口修造(再録)、土渕信彦、工藤香澄
デザイン:北澤敏彦
掲載図版:65点
価格:2,500円(税別)*送料250円
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一個:大5,500円 小5,000円(税別)
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瀧口ファンならずとも手元に置きたくなるような色彩豊かな佳品です。特別頒布中ですのでどうぞご注文ください。


●六本木の国立新美術館で「安藤忠雄展―挑戦―」が開催されています。
会期:2017年9月27日[水]〜12月18日[月]
オープニングのレポートはコチラをご覧ください。

◆ときの忘れものは「細江英公写真展」を開催します。
会期=2017年10月31日[火]―11月25日[土]
293

10月31日(火)16時〜「細江英公写真展」オープニング
細江先生を囲んでのレセプションはどなたでも参加できます。

11月8日(水)18時飯沢耕太郎ギャラリートーク
*要予約:参加費1,000円

11月16日(木)18時より 植田実・今村創平トーク<ジャパンネスのこと、都市住宅のこと>
現在フランスで開催中の<ポンピドーセンター・メス「ジャパン・ネス 1945年以降の日本における建築と都市」の報告をするとともに、建築展覧会のあり方、建築の表現についてお話をします。また、同展にてフォーカスされた建築雑誌『都市住宅』について、同展での展示の狙いなど、同誌の元編集長植田実さんとお話しします。(今村創平)
*要予約:参加費1,000円

ギャラリートークへの参加希望は、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。twitterやfacebookのメッセージでは受け付けておりません。当方からの「予約受付」の返信を以ってご予約完了となりますので、返信が無い場合は恐れ入りますがご連絡ください。
E-mail: info@tokinowasuremono.com

●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第19回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第19回

『アライバル』ショーン・タン(2011)

01(図1)
ショーン・タン
『アライバル』表紙


今回紹介するのは、オーストラリアの絵本作家ショーン・タン(Shaun Tan, 1974-)の絵本『アライバル』(河出書房新社、2011年 原著はThe Arrival,2006年刊行)です。物語は、家族を残して船に乗って異国に渡った男性が仮住まいを得て、自分と同様にさまざまな経緯を経て移民してきた人たちに巡り会ってその人達の体験談を聞き、徐々に生活の基盤を築き、最後には家族を呼び寄せる過程を描いています。日本語のタイトルを『アライバル』とカタカナのままにしているのは、到着、出現、誕生、新参者という複数の意味合いを持つ「arrival」という言葉を一つの意味に限定しないような意図が含まれています。古い革張りの写真アルバムを彷彿させるような装丁で、タイトル以外にはまったく文章はなく、ページがコマ割りで分割され、そのシークエンスによって物語が綴られており、絵本というよりも、グラフィック・ノベルと呼ぶべきスタイルをとっています。
セピア色がかったモノクロームのイラストレーションは、細部にいたるまで緻密に描かれており、一つ一つの画面が写真や映画、絵画に描かれてきた場面を連想させます。ページによっては、写真がアルバムに貼りつけられ、その写真に折れ目が入ったり、汚れていたり、しみがついているように描かれている箇所もあります。そのために、描かれている光景やさまざまなもの――建造物や乗物、動物など――は実在しないものでありながら、ファンタジーの中にのみ存在するものというよりも、現実の世界で実際に起きた事柄とどこかでつながっているようなリアリティを帯びています。
ショーン・タンは、マレーシアから移住してきた父親を持ち、「移民」というテーマは自らの出自に深く関わっており、『アライバル』は彼自身のルーツに関わる歴史への探求と想像力が結実した作品と言えます。およそ4年間を要したこの作品の制作期間において、実際に構想を練って描くという段階に先立ち、また並行する形で入念に行われたリサーチ――美術館や図書館、博物館での資料調査、実際に移民の人々の体験談を聴くこと――が重要な位置を占めています。あとがきのなかでも言及されていることですが、移民を乗せた船の情景を描いた場面(図2)は、オーストラリアに移民する人たちを乗せた蒸気船のデッキの光景を描いたトム・ロバーツの絵画作品「Coming South」(図3)への敬意を込めて描かれています。また、主人公の男性が知り合った移民の女性が、劣悪な環境の工場で労働を強いられた過去を振り返る場面(図4)は、ギュスターヴ・ドレの『ロンドン巡礼(Over London by Rail)』(1872)(図5)が参照されています。

02(図2)
『アライバル』より
移民達を乗せた船


03(図3)
トム・ロバーツ
「Coming South」(1886)


04(図4)
『アライバル』より
女性が工場で働く場面


05(図5)
ギュスターヴ・ドレ
『ロンドン巡礼(Over London by Rail)』(1872)


このように、ショーン・タンはさまざまな歴史的な絵画作品を参照することで、物語のなかに厚みのある時空をたくし込み、移民の歴史を具体的に、一つの地域に限定されることのない普遍的な営みとして描き出しています。
先ほどにも述べたように『アライバル』は、古い革張りのアルバムを模した装丁が施されており、描かれている場面がページに貼られた写真のように描かれているものもあります。また、ストーリーを構成する軸として二種類の写真が重要なモチーフとして扱われています。その一つは、主人公の家族写真です。彼は、家族の元を離れる際に、小さな額に収まった家族写真をトランクの中に仕舞い込み(図6)、長い船旅の船室の中で眺め、入国審査の際にはその係員にその写真を見せ、辿り着いた仮住まいの部屋の壁に写真をかけて眺めます(図7)。新天地に渡り、そこで生きることになった男性の心のよりどころとして家族写真は繰り返しストーリーの中に繰り返し登場します。ストーリーの終盤では男性が妻子を呼び寄せて、家族揃って暮らすようになった部屋の飾り棚に家族写真が飾られ、家族としての再出発を印象づけています(図8)。

06(図6)
『アライバル』より
旅立ちのための荷造り


07(図7)
『アライバル』より
家族写真を眺める


08(図8)
『アライバル』より
家族の団欒


主人公がストーリーの最初から最後まで携え、大事にしている家族写真に加えて、途中で手に入れるのが証明写真です。彼は、入国審査で身体検査を受け、面接を経て、身分証明書を手にします(図9)。彼が見知らぬ街を歩く中で巡り会った女性に身分証明書を差し出して自己紹介をすると、彼女もまた自分の身分証明書を取り出して、移民してくるまでの身の上話を語り出します。(図10)彼らの身分証明書に貼られた証明写真を元にして、絵本の見返しには、年齢や性別、国籍や人種もさまざまな人物の顔が並べられるように描かれています(図11)。描かれている顔(図12) (図14)の中には、20世紀初頭にアメリカ合衆国移民局があったエリス島で写真家のルイス・W・ハインが撮影した写真(図13)(図15)を元にして描かれたと思しき人物を見て取ることができます。

09(図9)
『アライバル』より
入国審査


10(図10)
『アライバル』より
身分証明書を見せ合う


11(図11)
『アライバル』見返し


12(図12)
『アライバル』見返し 部分


13(図13)
ルイス・W・ハイン
「ロシア系ユダヤ人の女性 エリス島」(1905)


14(図14)
『アライバル』見返し 部分


15(図15)
ルイス・W・ハイン
「イタリアから来た少女 エリス島」


ショーン・タンは歴史的な絵画作品のみならず、このような記録写真をも参照しながらアレンジを加えることによって、史実をファンタジーの時空に融合させるような試みをしており、彼の紡ぎ出す物語の中で、過去にさまざまな画家が描いた絵画や、写真家の捉えた場面がモンタージュのように相互につながり合い、新たに解釈が加えられているのです。また、家族写真や証明写真のように、人々の生活の記録やアイデンティティに結びついた写真が軸になることによって、ストーリーが普遍性を獲得しているとも言えるでしょう。移民や難民が、政治や社会に密接に結びついた問題として取り上げられることが多い昨今こそ、歴史と芸術、記録が詩的な方法で結びついて出来上がった本作は、訴求力を持った意義深いものだと言えるでしょう。
こばやし みか

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。

◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

●今日のお勧め作品は、ジャン=ウジェーヌ・アジェです。
20170925_atget_02ジャン=ウジェーヌ・アジェ
《サント・フォア通り24-26番地》
ゼラチンシルバープリント
Image size: 17.5x23.0cm
Sheet size: 17.5x23.0cm
*ピエール・ガスマンによるプリント


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小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第18回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第18回

小川康博『Cascade』

01(図1)
『Cascade』(蒼穹舎、2017)表紙


02(図2)
小口


今回紹介するのは、小川康博(1968−) の写真集『Cascade』(蒼穹舎、2017)です。
この写真集は、小川が撮影した写真と、映写された8ミリフィルムの映像を静止画像としてとらえた写真を織り交ぜるようにして構成されています。水の滲みや揺らめく炎、茫洋とした光彩をそのまま矩形に落とし込んだような表紙で、黒い見返しの紙に続くように、ページの上下に余白を設け、見開きのページで写真がつながるように配置されています。つまり、一点一点の写真を別個のものとして切り離して提示するのではなく、ページ全体の流れ、層の厚みの中で見せることに主眼が置かれた造本になっています。小口が上下の余白を挟んで写真の部分が黒みを帯びた色になっていることも、層の厚みを強く意識させます。(図1、2)
小川は写真集を紹介する映像や写真集のあとがきの中で、この写真集の成り立ちを語っています。2016年4月に母親が他界した後、小川は母親が一人で暮らしていたマンションで押し入れの奥にしまい込まれていた8ミリフィルムと古い映写機を見つけます。家財を引き払い、マンションを売却して明け渡すことになっていた同年の9月に、小川はマンションの室内で、壁に白い布をかけ、映写機を使ってその8ミリフィルムを映写します。
「映写機がさえあればどこでだって映写できるのだが、目の前の8ミリフィルムの束と対峙するのは、私が母親と長い年月を過ごしたこの古びたマンションの一室でなければならないような気がした。」母親との記憶が詰まった空間を手放す前に、8ミリフィルムに捉えられた過去の映像を見るということは、他界した母親と、主のいなくなった長年の住まいとの別れを確かめ、記憶の中に留めておくための儀式のようなものだったのかもしれません。8ミリフィルムを一度映写した後、二度目の映写ではデジタルカメラを手にして、流れてゆく映像を撮影します。「母が写っている。私が笑っている。私は半ば夢見心地でシャッターを切り続けた。あふれんばかりのイメージが滝(カスケード)となって流れ落ち、私の脳裏をさまざまな風景で満たしてゆく。」

03(図3)


04(図4)


05(図5)


06(図6)


滝のように流れ落ちるイメージの中に儚く現れる亡き母と幼い自分自身の姿は、ブレてぼやけた静止画像に転換されています。8ミリフィルムの抜き出されたコマではなく、流れ落ちる滝の中から掬い上げられたイメージの断片は、コマとコマの間の動きのブレだけではなく、白い布の表面の皺、映写機と布の間の空間の奥行き、部屋に残る湿気のような、触覚を伴う空間性をも感じさせます。(図3)写真集には、8ミリフィルムの静止画像のシークエンスの隙間に、所々、小川が撮影した写真――花や母親の遺品、アルバムのページ、水面や雲のような断片的な光景――が差し込まれています。(図4、5、6)幼かった頃の自分と母親の遠い記憶と、母親の縁(よすが)となるものや写真とを並び合って強い印象を残すのが、彼岸花、紫陽花、桜や秋桜といった花々をとらえた写真です(図7、8)。季節の巡り、時間の移ろいとともに現れ、姿を変えてゆく花の色は、8ミリフィルムの中から掬い出されたイメージの中の色にも重ね合わせられています。とくに、経年変化したフィルムのなかに強くあらわれる赤や青の色は、母親が着ていたワンピースの青い柄や子どもが運動会で被る赤白帽,花壇の赤い花のような映像の中に現われるディテールとして写真集の中に繰り返しあらわれてきます。(図3、9)

07(図7)


08(図8)


09(図9)


生命の色を宿す花と、遠い記憶の中にあらわれる色が相互に響きあい、時間の層が色味を帯びたイメージの集積として写真集のページの中に立ち現れてきます。イメージの中で色が鮮やかに立ち上がるほどに、そのイメージの中に存在していた人やものがすでに存在しないと感じる、喪失の感覚が見る者の中に強く沁み入ってきます。肉親がこの世を去った後の喪失感が、経年変化した8ミリフィルムの色合い、映写された空間の奥行きのなかに重なり合い、静かに深い余韻を残します。
こばやし みか

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。

◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

●今日のお勧め作品は、ヘレン・レヴィットです。作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第20回をご覧ください。
20170825_levitt_01_mexico1941ヘレン・レヴィット
「メキシコ 1941」
ゼラチンシルバープリント
18.0x21.1cm
1981年  サインあり
※現代版画センターのシール貼付

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●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第17回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第17回

木村高一郎『ことば』、『ともだち』

01(図1)


今回紹介するのは、木村高一郎(1975-)の写真集『ことば』と『ともだち』(いずれもリブロアルテ、2017年)です。『ことば』や『ともだち』という、やや漠然としたタイトルからはその内容を測ることは難しいですが、いずれも木村自身の家族を自宅で撮影した写真で構成されており、家族との生活の中で、繰り返される営みが主題になっています。
『ことば』は、木村が家族(妻と幼い息子)と共に就寝する寝室の天井に、自動タイマー付きのカメラを設置して撮影した写真をまとめたものです。表紙には3人の眠る姿のシルエットがエンボス加工で象られており、薄い赤い紙が毛布のように身体の上に被さるように重ねられています。(図1)縦長の判型で見開きページ全体に写真が掲載されており、画面右側に設置されたベッドの隣に、二枚並べて敷かれたマットレスの上に、親子3人、あるいは妻と息子、木村と息子、息子一人が眠っている場面が繰り広げられていきます。マットレスの間にページの綴じが重なるように写真が配置されているため、マットレスの上での家族それぞれの振る舞い――寝相や団欒、絵本を読み聞かせている様子、ストレッチをしたり、ふざけて遊んだりしている様子など――を真上から眺めているかのように感じられます。写真をシークエンスとして見る中で、家族の振る舞いだけではなく、マットレスの周辺に置かれているものや、季節による布団やタオルなどの寝具の変化を観察することができます。

02(図2)


03(図3)


木村家の「川の字に眠る」就寝スタイルは、息子を中心に左側が妻、右側に木村が寝るパターンを基本型としつつ、息子がマットレスの中外を縦横無尽に動き回るというもので、暑い時期にはお互いに幾分離れ、寒い時期には身を寄せ合って布団をかぶり、寝相のあり方にも季節の変化があらわれています。(図2、3)

04(図4)


05(図5)


息子に絵本の読み聞かせをしたり、世話をしたりしつつ、時に自分の読書に勤しむ妻や、寝相の姿勢が相似する木村と息子など、眠る前や就寝中、あるいは目覚めた後の行動をつぶさに見ていくと、家族それぞれの振る舞いのなかに、役割や関係性、生活習慣などが垣間見られます。写真集のタイトルである「ことば」とは、話したり書いたりする狭義の「言葉」に限定されるのではなく、寝室という一つの空間の中で、無意識的に繰り広げられるそれぞれの振る舞いが関わり合っている状態のことをも含んでいると言えるでしょう。木村が家族に直接カメラを向けて自分でシャッターを切るのではなく、家族全員を俯瞰できるような地点にカメラを固定し、自動でシャッターを切るように設定して撮影するという手法を取り入れることで、睡眠中とその前後の行動観察記録を通して偽りのない家族の関係性が浮かび上がっています。(図4、5)

06(図6)『ともだち』表紙


『ことば』で木村が用いている観察的な手法は、『ともだち』にも通じています。『ともだち』は、木村の息子が4、5歳の頃にトイレで排便をする様子を、踏ん張り、息み、時に放心しているかのような表情に焦点をあわせて撮影した写真をまとめたものです。正方形に近い判型の写真集は、便座の蓋が描かれた表紙が上に開くような装丁になっています(ページは横開き)。(図6)手持ちのカメラで撮影されているため、『ことば』のようには固定した視点とはいかないものの、息子が便座に座り排便する様子を、正面から見守るような視点で捉えた写真が連なっていきます。自分の育児経験から測ると、4、5歳の年頃の幼児は、トイレで排便することはできても、トイレのドアを閉めることを嫌がり、ドアを開けたままにして戸口で親が一緒に付き添い、用を足した後に尻を拭き、水を流すまでの行程を手伝うことが多いものです。「ともだち」というタイトルは、このように誰かを伴ってトイレに行くような感覚と、幼児にとっての「うんち」に対する感覚――自分の中から出てくる分身、友達のような存在で、用を足した後に水を流すことを「うんちにバイバイする」と表現するような感覚――を反映しているように思われます。
排便の度にカメラを向けられることもあって、撮られ慣れていることも手伝ってか、息子はカメラの存在を全く意識していないように、その時々のあるがままの感情をあらわにしています。写真集では左右の見開きに一点ずつ写真が掲載されており、視線の向け方や、身体や顔の向き、表情、などにおいてそれぞれに似通っていたり、共通点があったりするものが対になるように組み合わせられています。(図7、8、9)写真を見ていくと、幼児が毎回の排便にこれほど真剣で豊かな表情を見せるものなのかと驚かされます。
『ことば』と『ともだち』を相互に見比べて見ると、息子が身につけている寝間着のような洋服から判断して、これらの写真が撮影された時期が重なっていることがわかります。同じ被写体であり、同じ空間の中で、毎日同じように繰り返される営みでありながら、日々それぞれに異なる表情を具えていることが、ごく当たり前のことでありながら、写真として目に見える形をとることで新鮮に映ります。『ことば』と『ともだち』は、子どもが家族からの直接的なケアを必要とする幼児で、親から干渉を受けずに占有できる個室のようなテリトリーを主張する前の段階だからこそ成立したプロジェクトであると言えるでしょう。このように日常生活の中で、定期的に写真に撮る、撮られる関係性が成り立つのは、親子のように血縁があって生活を長く共にする場合でも、期間として限られるものなのかもしれません。

07(図7)


08(図8)


09(図9)

こばやし みか

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。

●今日のお勧め作品は、中藤毅彦です。
20170725_nakafuji_46中藤毅彦
"Winterlicht"
1999年
ヴィンテージゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:54.0×35.9cm
シートサイズ:57.0×38.8cm
サインあり

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

移転記念コレクション展
会期:2017年7月8日(土)〜7月29日(土) 11:00〜18:00 ※日・月・祝日休廊
※靴を脱いでお上がりいただきますので、予めご了承ください。
※駐車場はありませんので、近くのコインパーキングをご利用ください。
201707_komagome_2出品作家:関根伸夫、北郷悟、舟越直木、小林泰彦、常松大純、柳原義達、葉栗剛、湯村光、瑛九、松本竣介、瀧口修造、オノサト・トシノブ、植田正治、秋葉シスイ、光嶋裕介、野口琢郎、アンディ・ウォーホル、草間彌生、宮脇愛子、難波田龍起、尾形一郎・優、他

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ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

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JR及び南北線の駒込駅南口から約8分、名勝六義園の正門からほど近く、東洋文庫から直ぐの場所です。

◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第16回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第15回

藤岡亜弥『川はゆく』

今回紹介するのは、藤岡亜弥(1972−)の写真集『川はゆく』(赤々舎、2017年)です。藤岡は20代の頃から台湾やヨーロッパ諸国、南米、ニューヨークと世界各地で旅や滞在を重ねながら写真家として活動を続け、人との巡り会いや、近親者や土地との関係を見つめながら、その関係の中にある自身の位置を探るような作品を制作してきました。これまでに発表した写真集として、ヨーロッパを旅する中で撮影した写真をまとめた『さよならを教えて』(ビジュアルアーツ、2004年)や、2000年から2006年にかけて東京に生活の拠点を置きながら、広島県呉市にある実家に帰省した際に撮り続けた写真をまとめた『私は眠らない』(赤々舎、2009年)を発表しています。ニューヨークから帰国後2013年から広島市内に生活拠点を移して写真を撮り続け、2016年に開催した写真展「川はゆく」により第41回(2016年度)伊奈信男賞を受賞しました。写真集『川はゆく』は、この写真展にもとづきつつ、作品を追加して綿密に再編成されています。

01(図1)
写真集『川はゆく』左 ケースの表 左 表紙


02(図2)
写真集『川はゆく』 ケースの裏


03(図3)
航空写真


『方丈記』の冒頭の一節「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」を連想させる題名を追うようにして、写真集のケースの裏側には「川は血のように流れている 血は川のように流れている」と記されています(図2)。タイトルが示唆する無常観ととともに、血と川が相互に入れ替わる類推的な関係にあるものとして組み合わせられることで、体内の血の巡りが川の流れになぞらえられているようにも読み取られます。写真集のケースと表紙には、川が写った2点の航空写真を捉えた写真がトリミングの仕方を変えて使われており(図1)、ケースの方では、二枚の航空写真を収める金属製のフレームが、写真の画面を縦半分に、あたかも二つの川の間に差し込むように分割しています。写真集に収録された写真(図3)に照らし合わせて見ると、二枚の航空写真のうち左側は、原爆投下後の焦土と化した広島市街の川沿いの区画を捉えたものであり、右側はその後しばらく時間が経過した後に同じ地点を捉えたものであることが見て取れます。このように写真とむすびつけてみると「川は血のように流れている 血は川のように流れている」というフレーズは、夥しい数の被爆者達が流した血と結びついて紡ぎ出されたもののようにも響きます。藤岡は写真を撮り続けるなかで、自分の体内を巡る血と、原爆により流された血のありように想像を巡らせ、そこから広島という土地の現在と過去の間を往還するように写真集を編んだのではないでしょうか。

伊奈信男賞受賞に際して藤岡は次のようにコメントしています。「広島を歩くと、いやがおうでもヒロシマの表象に出会う。広島で平和を考えるのはあたりまえのことのようでもあるが、日常という厚い皮層からヒロシマの悲劇を垣間みることの困難さなど、生活してみて初めて知ることが多かった」。ここで藤岡が「広島」と「ヒロシマ」と二通りの表記の仕方を選び、繰り返し用いていることからも明らかなように、原爆に関わる事象としての「ヒロシマ」は、戦後から70年の時間の経過の中で抽象化され、あくまでも「表象」として日常生活の中に断片的にさし出されるもの、それ自体は直接確かめることのできない、不可視的なものになっています。藤岡が写真を撮りながら追求してきた「日常を通してヒロシマを考えるという作業」は、日常の景色の中から不可視的な層を掬い上げようとする試みであり、『川はゆく』が、写真集としては大部の240ページというボリュームになったのも、本質的には要約してまとめることのできない「日常」という時空との格闘の軌跡を示すことにあったと言えるでしょう。

04(図4)
小学生の集団


05(図5)
フラワーフェスティバル


06(図6)
被爆者を捉えた写真パネルとそれを撮影するカメラを持つ手


07(図7)
オバマ元大統領の広島来訪を報道する番組を見る人たち


08(図8)
原爆ドームを背景に、取材を受ける男性


藤岡は、デルタ地帯である広島市の川辺の景色や、通勤・通学で路上を行き交う人たち、遠足や社会見学、修学旅行で集団行動する子どもたち(図4)、路面電車の車内、8月6日の原爆忌などの行事のために平和公園の周辺に集う人々、広島東洋カープの試合やひろしまフラワーフェスティバル(図5)、夏祭りなど、人々が集まるイベントにカメラを向け、時折人々の日常生活の光景の片隅に現れる原爆ドームや広島平和記念資料館、被爆建物といった、原爆にまつわる建造物の姿を捉えています。写真集を通して眼をひきつけるのが、画面の中に別の画面を収める「複写」のような撮影手法です。平和資料館の展示物の写真パネルや印刷物をとらえたり(図6)、アメリカの政府要人(ケリー元国務長官、オバマ元大統領)の広島訪問を報道する番組を放映するテレビ画面をとらえたり(図7)、あるいは原爆ドーム周辺で報道カメラを向ける情景をとらえたりする撮影手法を用いることで(図8)、藤岡は「ヒロシマ」の表象のあり方、人々が「ヒロシマ」に視線を向け、フレーミングを形作る方法や関係のあり方を示しています。このような意図的に視線を入れ籠にしたり、人々が対象を見る状況を俯瞰して捉えてみせたりするような恣意的な画面の作り方は、「見る」ことや「記録する」という行為を意識化させ、それらの行為がどのような状況の元に成り立っているのか、ニュース報道がどのように伝達され、どのように受容されているのかといったことを含めて、その時空を記録しようとする意志に裏打ちされています。

09(図9)
ポストカードと原爆ドーム


10(図10)
ジャンプして宙に浮く女子学生たち


11(図11)
フラダンサーたち


藤岡の「見る」という行為への意識の向け方を探る上で重要な位置を占めているのが、原爆ドームの捉え方です。藤岡は「日常を通してヒロシマを考えるという作業」を続けていくなかで、「ヒロシマ」の揺るぎないシンボルである原爆ドームを、日常の景色の一部として捉えることを何度も試みています。たとえば、写真絵葉書を実際の原爆ドームの手前にかざして、過去に捉えられた姿と現在の状態の双方を見比べるような撮り方をしてみたり(図8)、原爆ドームが面している元安川の川沿いで偶発的に起きている出来事と組み合わせるような撮り方をしています。たとえば、女子学生達のグループが一斉にポーズを作ってジャンプし、宙に浮いているような写真を撮るのに興じている情景(図9)や、鮮やかなピンクの衣裳を纏ったフラダンサーたちが、対岸の原爆ドームの方を向いて並んでいる情景(図10)は、一見するとどことなくユーモラスな場面にも映りますが、手前と向こう岸の関係は、此岸と彼岸にも重なって見え、原爆ドームとその周辺の場所が担わされてきた意味合いと日常の営みの間にある裂け目のようなものをあらわにしているようでもあります。

12(図12)
金髪の少女


(図10)や(図11)においてもそうですが、子どもたち(図4)や若い女性(図5)、10代の若者達の姿が、写真集全体を通して多く捉えられています。被爆者の世代に属する高齢者の人たちの姿も所々に見られますが、戦後から遠く隔たった世代の幼い子どもたちや若者たちや外国から訪問してきたと思しき白人の少女の姿(図12)は、「ヒロシマ」として抽象化され得ない現在の広島を表す存在として差し出されているようでもあります。
藤岡や筆者のような1970年代に生まれた団塊ジュニア前後の世代、すなわち現在40代から50代にさしかかる世代で(以前にも書きましたが、私は1歳から18歳までの17年間、子供時代を広島市で過ごしました。)で、
広島やその周辺で育った人たちは、学校の中で原爆に関する平和教育を受けるだけではなく、被爆者の存在を、祖父母や親戚として身近に存在することを肌で感じ、体験談を耳にすることができました。しかし、さらに一世代を下った現在の若者や子どもたちは、被爆者の高齢化が進み、世代が移り変わっていくなかで、そういった経験をすることが難しくなっている現状があります。『川はゆく』は、移ろいゆく時間のなかで、日常という皮層の下に横たわる歴史を探るとともに、未来を担う子どもや若者達の相貌を景色の中に位置づけ、「ヒロシマ」と「広島」が多層的に重なる現在の広島の姿を描き出しているのです。
こばやし みか

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。

●今日のお勧め作品は、植田正治です。
作家については、飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」第4回をご覧ください。
20170625_ueda_12_tasogare植田正治
《昏れる頃 3》
1974年
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:14.7×22.4cm
シートサイズ:20.2×25.6cm
サインあり

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ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第15回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第15回

ジェレミ・ステラ『東京の家 tokyo no ie』(青幻社、2017)

01(図1)
『東京の家 tokyo no ie』表紙
(青幻舎、2017)


02(図2)
『tokyo no ie : Maisons de Tokyo』表紙(右は帯つき)
(Le Lezard Noir, 2014)

今回紹介するのは、東京を拠点に活動するフランス人の写真家、ジェレミ・ステラ(Jérémie Souteyrat, 1979-)の写真集『東京の家 tokyo no ie』(図1)です。この写真集は、フランスの出版社から刊行された『tokyo no ie : Maisons de Tokyo』(2014) (図2)を新たに日本版として編集、制作されました。フランス版の写真集が刊行された2014年のインタビューで語っているように、ジェレミ・ステラは2009年から東京に在住し、都内に点在する著名な建築家が設計したユニークな住宅とその周辺の光景に惹かれ、建築雑誌の住宅特集号やインターネットを手がかりに住宅を探し出し、住人と交渉して許可を得て4年間かけて撮影に取り組みました。
フランス版(図2)は縦位置の判型に左開きの構成で、横位置の写真をページ毎に上下左右に余白を設けて配置したり、あるいは見開き全体で一枚の写真を配置したりしており、写真のサイズの違いが際立っています。それに対して日本版では、上開きの構成で、ページを上向きに繰りながら上下それぞれのページで一つ一つの場面に対峙し、空間の広がりや奥行き、住宅の形を吟味することができるようになっています。ところどころで、都心の景色を遠景から捉えた裁ち落としの写真が挿入されていますが、ページに余白の有無にかかわらず、写真のサイズが大きくは違わないため、写真集を通じて淡々としたリズムが刻まれています。フランス版は黒いクロス製本ですが、日本版では、建材のコンクリートや鋼鉄やアルミニウムのような建材を連想させる光沢のある灰色の紙で装丁されています。
写真集の巻末には、作品のリストとして、住宅の名前、撮影年月日がまとめられています。住宅の名前には、所在地や素材、形状、設計のコンセプトにかかわる言葉が使われおり、「建築家の作品」としての住宅が、あたかも彫刻や立体、インスタレーション作品として存在しているありようを印象づけます。一連の住宅の竣工年と、撮影年月日を照らし合わせて見ると、住宅が完成して数年を経た後に撮影されていることがわかります。一般的に、建築家の作品としての建築物をとらえた写真と言うと、竣工写真のような完成直後を捉えたものが思い浮かべられますし、建築雑誌でもそういった写真が数多く紹介されています。しかし、ジェレミ・ステラの関心は、それらの住宅が、住人や周囲の環境とともに、どのように存在し、時間の流れのなかでどのような変化を遂げているのか、ということに向けられています。そのため、ステラは、水平と垂直を整えた上で、住宅の構造がきちんと収まるような視点を注意深く選びつつ、通行人や車、自転車のような偶発的な要素を画面の中に取り入れています。

03(図3)
House Tokyo, 三幣順一 / A.L.X
2012年9月7日

04(図4)
Laatikko, 木下道郎ワークショップ
2013年10月

表紙にも使われている、House Tokyoをとらえた写真(図3)では、四つ角の斜向いから住宅を捉えつつ、自転車で通り過ぎた人物の黄色い帽子と、路面に描かれた十字線の中心の黄色い四角が偶さかに呼応するような瞬間が捉えられています。このように、住宅という動かないものを被写体の中心に据えつつも、その時の現象、偶然の出会いによって成り立つ生き生きとしたストリート写真としての性格をも具えていることが、ステラの写真の魅力だと言えるでしょう。
ステラが捉えた住宅の多くは、都心の限られた敷地に建てられたいわゆる狭小住宅と呼ばれるもので、ユニークな造形の住宅とともに、建てられた敷地のあり方にも眼が惹きつけられます。たとえば、いびつな形をした区画の端や角のわずかな空間や、建物と建物の間の間口が3mにも満たないような細長い形状の土地のように、町の土地区画から取り残された敷地の中に、建築家がアイデアと工夫を凝らして作り上げた住宅が納まり、側に停められた自動車や自転車、通行人が、家のスケールを測る尺度のようにも映ります。「Laatikko」(図4)は、隣接する建て売り住宅の方が画面の中に大きく捉えられ、わずかに戸口と側面だけが写っており、画面を右側から通りかかる女子学生たちの姿と相まって、主役であるはずの住宅が、さほど目立つこともなく、周囲の景色に馴染んでひっそりと存在するものとして捉えられています。House Tokyo(図3)が、素材や形において、周囲の住宅とは全く異質な強い存在感を持つものとして、その特徴が際立つような視点から捉えられているのと比べると、「Laatikko」(図4)は、敷地の形や隣接する建物との位置関係によって、景色の中に紛れ込んでしまっているようです。どんなに奇抜なデザインの住宅も、町の景色の中に飲み込まれている様子は、新陳代謝を繰り返す東京という都市が持つ性格をあらわにしているようでもあります。

05(図5)
BB 山縣洋建築設計事務所
2011年2月15日

06(図6)
ペンギンハウス アトリエ天工人
2010年11月20日

それぞれの住宅が、竣工からしばらく年数を置いて撮影されていることは、先にも述べましたが、数年の間に、住宅が経た変化は、壁面、とくに白い壁面の汚れに見て取ることができます。
たとえば、「BB」(図5)の白い壁面の量塊感は隣の住宅と並ぶことで強いインパクトを放っていますが、採光用の天窓の角の部分からの雨だれにより、筋のような汚れが残っています。「ペンギンハウス」(図6)も同様に、白い壁面に汚れが沈着しつつ、周辺の木立とともに、その外観を時間の中で徐々に変えていっていることを伺わせます。双方(図5)(図6)ともに、壁面の汚れの痕跡が、偶然そこに居合わせた通行人や隣家の住人の存在も相まって、撮影時の時間性を強く印象づけるものになっています。
ジェレミ・ステラが、住宅を通して東京という都市の構造や変化を記録する姿勢は、フィールドワークに臨む研究者のような理知性と、その時々の状況に即座に反応するストリート写真家の視線に根ざしています。写真に捉えられた住宅や周辺の町の情景が、数十年を経た後にどのように変化していくのか、ステラ自身の関心は、東京の未来の姿にも向けられているのかもしれません。

2017年5月26日(金)〜6月8日(木)の会期で、新宿のエプソンイメージングギャラリー エプサイトにて、展覧会「東京の家」(【東京写真月間2017】関連企画)が開催されます。写真集に収録された作品の大型プリントが展示されます。6月3日には、展覧会関連イベントとして<アーティストトーク&サイン会>ジェレミ・ステラ(Jérémie Souteyrat)x小林美香が開催されますので、是非お運び下さい。また、「日本、家の列島 ―フランス人建築家が驚くニッポンの住宅デザイン―」(汐留ミュージアム、2017年4月8日(土)〜6月25日(日))においても、『東京の家』の写真作品や、撮影された住宅の内部を捉えた写真や映像、縮小模型などが展示されています。こちらも併せてどうぞお運び下さい。
こばやし みか

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。

●今日のお勧め作品は、ジョナス・メカスです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第31回をご覧ください。
20170525_0909-35ジョナス・メカス
「ウーナ、1歳...」
CIBA print
35.4x27.5cm
サインあり


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小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第14回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第14回

大橋英児『Roadside Lights』(Zen Foto Gallery, 2017)

01(図1)
『Roadside Lights』表紙


今回紹介するのは、北海道を拠点に活動する写真家、大橋英児の写真集『Roadside Lights』です。表紙には、残雪の平原に設置された一台の自動販売機が正面から捉えられており、煌煌と光を放つ赤い自動販売機は、背景に広がる荒涼とした平原と重い雲が立ちこめる冬の空模様のなかで、強い存在感を放っています。誰がこんな平原をはるばると歩いて飲み物を買いにくるのか、電力はどのように供給されているのかと訝しくも感じられます。タイトルにも示されているように、大橋は自動販売機を「道端の光」として捉えており、写真集の中には、仄暗い夕暮れや夜間のような自動販売機の光が明るく輝いて見える時間帯に撮影した写真が収められています。
大橋が自動販売機に注意深く視線を向け、撮影を続けてきた動機には、北海道の風土のなかで暮らしてきた生活者としての経験に根ざしています。『Roadside Lights』に先立って、大橋は雪深い北海道の各地で自動販売機を白黒写真で撮影したシリーズをまとめた写真集『Merci(メルシー)』(窓社、2015年)を刊行しています(収録作品の撮影時期は2008-2014年)(表紙 図2)。『Merci』のあとがきのなかで、大橋は日本最北端の地、稚内市で住んでいた時に吹雪に見舞われ、その時自動販売機の光を手がかりに自分の位置を確認することができたという自身の経験を綴っています。自動販売機が自然災害時の命綱になった自身の経験が契機となり、「Merci!(ありがとう)」という感謝の念を抱きながら自動販売機と自然環境との関係を見つめながら風景を撮影していくようになりました。撮影を続ける過程で、東日本大震災が起き、震災後には電力を消費する自動販売機の使用を控えたり、撤去したりした方がよいという声が起きる一方で、被災地の復興作業に従事する人たちのためにいち早く自動販売機が設置されたという経緯も知り、そういったことが地域社会の中での自動販売機の位置づけを再考するきっかけにもなったと語っています。

02(図2)
『Merci』表紙 小樽市春香町


03(図3)
岩見沢市幌向


『Merci』の表紙(図2)では、街灯に照らされた夜の路上に設置された自動販売機の側面が、高く積もった雪越しに捉えられた写真が使われており、降雪という自然現象が作り出した稜線のようなカーブと、自動販売機の直線やロゴのコントラストが眼を惹きつけます。この写真集では、後に刊行された『Roadside Lights』に収録された写真と比べると、自動販売機を至近距離から捉えた写真が多く収録されています。雪に埋もれた自動販売機が放つ光が周辺の雪に反射され、光に満たされた独特の空間を作り出しています。降雪により、商品を販売する機能を一時的に奪われ、また人が近づいていくことも難しくなった自動販売機の佇まいは、電動の機械である以上の擬人的な存在感を帯びています(大橋は、この存在感を笠地蔵に喩えています)。
『Roadside Lights』では、白黒写真では明暗としてとらえられた光の様相が、色味の異なる光の関係として捉えられています。表紙(図1)にも見て取られるように、夕暮れの自然光と、自動販売機の蛍光灯やLEDのが、周辺の景色、積雪面の反射により、相互に影響し合って独特の色が作り出されています。『Merci』と比較すると、自動販売機から距離をおいて、周辺の景色を画面の中に捉えた写真が多く収録されています。(図4)は、『Merci』の表紙(図2)に近い状況化で、自動販売機を斜め後ろから捉えており、雪に反射するオレンジ色を帯びた街灯の光と、自動販売機の放つ青みを帯びた光が、幻想的な光の世界を作り出しています。

04(図4)


05(図5)
『Roadside Lights』より


カラー写真で捉えられることによってより際立ってくるのが、自動販売機と、その周囲にある、とくに年季の入った木造家屋のような建造物とのコントラストです(図5)。業者によって定期的にメンテナンスが行われ、売り上げが悪ければ撤去される自動販売機は、古びていたり、故障していたりするようなものはそのままに放置されていることはありません。つまり、景色の中にあって、その環境の経年変化とは同期せずに、自動販売機は存在しているのです。設置される環境が都心であれ、人里離れた場所であれ、人の注意を換気するべく設置された自動販売機という装置がいかに遍在しているのか、またその色や形がいかに画一化、企画化されているのかということを、写真を通して確かめることで、この国で人々の生活を成り立たせているインフラや経済を新たな視点から見つめることができるのではないでしょうか。

06(図6)


07(図7)


こばやし みか

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。

◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

●今日のお勧め作品は、ウィン・バロックです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第25回をご覧ください。
20170425_bullock_03_navigation-without-numbersウィン・バロック
「Navigation Without Numbers」
1957年(Vintage)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:17.8x23.0cm
台紙サイズ:33.5x38.0cm
サインあり


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小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第13回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第13回

アフリカ系アメリカ人写真家の伝記絵本『ゴードン・パークス』

01(図1)
『ゴードン・パークス』(光村教育図書、2016)表紙


今回紹介するのは、伝記絵本『ゴードン・パークス』(光村教育図書、2016)です。ゴードン・パークス(Gordon Parks、1912−2006)はアフリカ系アメリカ人の写真家で、1940年代初頭からフォトジャーナリズム、ファッション写真などの分野で活躍し、『ライフ』誌でアフリカ系アメリカ人初の専属写真家兼記者として活躍し、公民権運動、貧困問題に関するフォトエッセイを発表したことで知られています。また、写真家としてのみならず、小説や詩、作曲、映画の制作も手がけ、映画『黒いジャガー』(1971)の監督としても知られています。絵本の著者、キャロル・ボストン・ウェザーフォードも、アフリカ系アメリカ人の著述家で、歴史や芸術家に関するテーマで児童文学作品を手がけており、最近では、写真家ドロシア・ラングの伝記絵本『Dorothea Lange The Photographer Who Found the Faces of the Depression』(2017)を発表しました。絵はイラストレーターのジェイミー・クリストが手がけており、登場人物の表情とともに、20世紀前半のアメリカの街の光景を情感豊かに描いています。
絵本では、黒人に対する差別が厳しかった時代にカンザス州の貧しい家庭に生まれたゴードン・パークスがさまざまな仕事をしながら生計を立て、25歳の時に中古のカメラを7ドル50セントで買い求め、写真家としての才能を開花させて、人生を切り拓いていった過程が描かれています。物語の中では、ゴードン・パークス自身の記憶や、彼の眼に捉えられた光景、心情を表す文章として、当時の黒人に対する差別の厳しさが語られています。(図2、3、4)

02(図2)
(少年時代)「ところが、黒人ばかりのクラスで、白人の先生が言いはなった。「あなたたち黒人は、どうせ荷物運びか、ウェイターになるしかないのよ。」 どうしてそんなことがわかるんだろう。」


03(図3)
(写真家になり、ワシントンD.C.に移住)「さらに歩くと、建国の精神を伝える大理石の像や記念碑がたくさんあった。白人たちをたたえるものばかりだ。 そんなものを撮った写真は、めずらしくもなんともないだろう。」


04(図4)
(ワシントンD.C.の街中)「あちこちの店の窓に「白人専用!」の看板が出ている。あんな看板がない場所でも、どうせ黒人はまともにあつかってもらえるはずがない。「白人専用!」


05(図5)
ゴードン・パークス「アメリカン・ゴシック」(1942)


06(図6)
グラント・ウッド「アメリカン・ゴシック」(1930)


07(図7)
(「アメリカン・ゴシック」を撮影する場面)「しかし、いちばん有名な作品といえば、「アメリカン・ゴシック」だろう。新聞にのったその写真は、人種差別のきびしさをアメリカじゅうに訴えた。 星条旗の前に、エラ・ワトソンが立っている。手にしたほうきは、エラの日常を、そして、孫たちの未来を物語ってもいる。」


物語の終盤のハイライトになっているのが、ゴードン・パークスの代表作「アメリカン・ゴシック」(1942)(図5)にまつわるエピソードを描いた部分です。この写真は、ゴードン・パークスがFSA(Farm Security Administration 農業保障局:世界恐後のアメリカの農村の惨状およびその復興を記録するプロジェクトを行った政府機関)からの奨学金を得て、人種差別の状況を写真に撮ろうと考え、FSAの事務所のあるビルで掃除婦として働く黒人女性エラ・ワトソンを何週間にも渡って撮り続けたものの中の一点です。タイトルの「アメリカン・ゴシック」は、グラント・ウッドによる同名の絵画作品(図6)に由来します。ウッドの作品では、アメリカの農村部に見られるゴシック様式の一軒家の前に、ピッチフォークを右手に持つ年老いた農夫のような男性と、その脇に佇む妻か娘と思しき女性の姿が描かれており、二人の険しく神妙な表情と視線が謎めいた印象を残します。ゴードン・パークスは、FSAの事務所内に掲げられた星条旗を背景に、右手に帚を持って立つエラ・ワトソンの姿を捉えています。(星条旗にはモップのようなものが立てかけられています)家の前に立つ白人の男女の姿を、アメリカの家族や社会の価値観を映し出すものとして描いたのであろう「アメリカン・ゴシック」を参照しつつ、家族を養うために低賃金で身を粉にして働く黒人の女性を星条旗の前で捉えることで、社会の中での黒人が置かれている立場を明るみに出しています。絵本の中では、なぜこの写真が「アメリカン・ゴシック」というタイトルで発表されたのか、グラント・ウッドの「アメリカン・ゴシック」との関連性は説明されていませんが(アメリカでは、この絵画作品が説明を要することのないほど有名なものだということもありますが)、一点の写真が何故どのように撮影されたのか、その写真がどのような反響を巻き起こしたのかを、丁寧に描き出しています。ゴードン・パークスがエラ・ワトソンを撮影する場面(図7)は、彼女の右側の窓から光が差し込む室内の空間を下から見上げるような角度で描かれており、読者が撮影の現場に立ち会っているかのような臨場感が作り出されています。

本書の原書は、「Gordon Parks: How the Photographer Captured Black and White America(ゴードン・パークス:写真家がいかにして黒人と白人のアメリカをとらえたのか)」という題名で2015年に刊行されました。近年、近年、写真家、美術家の伝記絵本が欧米の出版社から相次いで出版されており、この本はその流れに位置づけられるものでもあります。世界規模の政治的な動乱が続き、移民排斥や人種差別の問題がクローズアップされている状況で、そういった問題の歴史的な背景を、子どもたちや若い世代にどのように伝えるのか、ということが大きな課題になっていることの証左と言えるでしょう。
人種差別や公民権運動など社会的問題を伝える上で、芸術家や写真家がどのような役割を果たしてきたのかということを、子どもたちに視覚的に伝える手段として絵本の果たす役割は大きいのではないでしょうか。
こばやし みか

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。

●今日のお勧め作品は、ヘルベルト・バイヤーです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第1回をご覧ください。
20170325_bayer_untitledヘルベルト・バイヤー
「Untitled」
1930年代(1970年代プリント)
Gelatin Silver Print on baryta paper
37.7×29.0cm
Ed.40(18/40)
裏面にサインあり


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◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第12回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第12回

サンフランシスコ近代美術館(SFMOMA)「Japanese Photography: From Postwar to Now」と日本写真の研究プロジェクト

01(図1)
「Japanese Photography: From Postwar to Now」展 会場入口


 2月に1週間ほどサンフランシスコに滞在し、サンフランシスコ近代美術館(SFMOMA)で開催されている展覧会「Japanese Photography: From Postwar to Now」(会期は2017年3月12日まで)(図1)を見てきました。この展覧会は、美術館の収蔵作品を展示するコレクション展であり、戦後から現代までの日本写真の展開を概観し、Kurenboh Collection(現代美術ギャラリー空蓮房を主宰する谷口昌良氏が寄贈した写真作品)を紹介するという意図を持つものでもあります。SFMOMAでは、キュレーターのサンドラ・S・フィリップス(2017年現在では名誉キュレーター)の企画により「Daido Moriayma: Stray Dog」(1999)と、「Shomei Tomatsu: Skin of a Nation」(2004)が開催され、これらの展覧会を契機として森山大道、東松照明、深瀬昌久、畠山直哉、石内都など、第二次世界大戦後に活躍してきた写真家の作品に重点を置いて蒐集が続けられており、Kurenboh Collectionの寄贈により、日本の写真コレクションは若い世代の写真家の作品も含む幅の広いものになっています(SFMOMAのウェブサイトで作品を検索、閲覧することができます。)
 展示会場は、時系列に沿って歴史を辿るというよりも、「アメリカと日本の関係」、「田舎(地方)の描写」、「近代都市という概念」、「写真界への女性の進出」、「自然災害が日本に与えてきた影響」といったテーマに沿って、異なる世代の作家の作品を緩やかに結びつけ、相互に見比べることができるように構成されています。また、東日本大震災以降に津波の被害や原発、放射能の問題を扱った作品も数多く紹介され、現代写真の展開の中でもひときわ重要な転換点として扱われていることが伺われました。
 現代美術を含む多様な作家の作品を紹介することに重点を置いていること、Kurenboh Collectionに収められた作品が、写真家のシリーズ全体を把握できるような点数で構成されているものではないこと、さらに展示空間の物理的な制約もあり、日本の写真の文脈に通じていないアメリカの観客には、作品の内容や意図が一見してすぐに把握しやすくはないだろうと思われる部分もあります。しかし、すでに名を知られている世代の作家の作品の間に、アメリカではまださほど名の知られていない若手、中堅の写真家の作品が織り交ぜられることによって現代写真の展開の厚みが示されているように感じられました。写真作品を読み取るための手がかりとして、関連する写真集も併せて会場の中で展示されていたことも、写真集を軸とする日本の写真への関心を反映しています。(図2、3)

02(図2)
「田舎(地方)の描写」に関連する作品を展示した展示室


03(図3)
写真集を収めたケース


 今回のSFMOMAの訪問には、このコレクション展に並行して現在構想されている日本写真の研究プロジェクトのために、近年刊行された写真集をリサーチ・ライブラリーに寄贈するという目的がありました。SFMOMAは、数年前から所蔵作品に関連する研究成果をオンラインで公開するプロジェクトに取り組んでおり、日本写真の研究プロジェクトは、2013年に公開されたロバート・ラウシェンバーグ研究プロジェクトに続く第二弾のプロジェクトとして構想が進められています。
 私が写真集の寄贈を考えた理由として、2008年に3カ月間Patterson Fellowshipの助成金を受けて客員研究員として、美術館に収蔵されている日本の写真家の作品研究に携わった経験から、SFMOMAが森山大道、東松照明の展覧会などを始め、欧米において日本写真の研究、展示をリードしてきた、他に類を見ない機関であることを実感し、美術館でのさらなる作品や資料の蒐集が。この研究プロジェクトの立ち上げに欠かせないと考えたからです。写真集やアートブックを専門とする出版社やギャラリー、ディストリビューター、写真家の方々に個人的なお願いとして寄贈を申し出たところ、75冊もの写真集を提供して頂くことができました。
 「Japanese Photography: From Postwar to Now」の展示方法にも示されているように、写真集は展示されている写真作品(プリント)のシリーズとしての全体像を把握するための資料としての重要性を持つのみならず、造本やデザイン、構成などにおいて精緻でユニークな特徴を具えた写真集はそれ自体が作品としての価値を持っています。この作品としての価値を多くの人に伝え、広めていくことに、今後も微力ながらも貢献できればと考えています。

04(図4)
リサーチ・ライブラリーの書庫 Kurenboh Collectionとして寄贈された日本の写真集の棚


05(図5)
今回寄贈した写真集を載せたブック・カートと名誉キュレーターのサンドラ・S・フィリップスさん


こばやし みか

●今日のお勧め作品は、エドワード・スタイケンです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第32回をご覧ください。
20170225_steichen_21_Brancusiエドワード・スタイケン
「Brancusi, Voulangis, France」
1922年頃(1987年プリント)
ゼラチンシルバープリント
33.2x27.0cm
Ed.100
裏にプリンターと遺族のサインあり


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

「普後均写真展―肉体と鉄棒―」は本日が最終日です。
普後均さんは13:00〜ラスト19:00まで在廊の予定です。
皆さんのご来廊をお待ちしています。
作家と作品については大竹昭子のエッセイ、及び飯沢耕太郎のエッセイをお読みください。
201702_FUGO

ときの忘れものでは初となる普後均の写真展を開催します。新作シリーズ〈肉体と鉄棒〉から約15点をご覧いただきます。
出品作品の詳細な画像とデータは2月18日のブログをご覧ください。
肉体と鉄棒 11-1《〈肉体と鉄棒〉より 11》
2010年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 12-1《〈肉体と鉄棒〉より 12》
2013年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 14-1《〈肉体と鉄棒〉より 14》
2012年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 15-1《〈肉体と鉄棒〉より 15》
2003年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:35.8×44.8cm
シートサイズ:40.6×50.8cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 16-1《〈肉体と鉄棒〉より 16》
2012年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 17-1《〈肉体と鉄棒〉より 17》
2013年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 18-1《〈肉体と鉄棒〉より 18》
2012年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 19-1《〈肉体と鉄棒〉より 19》
2008年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 20-1《〈肉体と鉄棒〉より 20》
2013年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:35.8×44.8cm
シートサイズ:40.6×50.8cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 21-1《〈肉体と鉄棒〉より 21》
2003年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:35.8×44.8cm
シートサイズ:40.6×50.8cm
Ed.15
サインあり

肉体と鉄棒 22-1《〈肉体と鉄棒〉より 22》
2013年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり


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小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第11回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第11回

『遠い渚』小松透 (Place M、2016)

16128299_10212051691831334_1941197541_n(図1)
『遠い渚 a distant shore』表紙 


DS-001(図2)
#宮城 #気仙沼 #祝崎 2016/4(表紙)


DS-042(図3)
#宮城 #気仙沼 #祝崎 2016/4(裏表紙)


今回紹介するのは、東京を拠点に活動する写真家小松透(1969-)の写真集『遠い渚 a distant shore』(Place M、2016)です。小松は、1992年から静物をテーマに写真や映像作品を制作しており、この写真集には2011年の東日本大震災以降、津波や地震の被害があった場所の木々を撮ったモノクロームの写真で構成されています(収録作品は2012年から2016年にかけて撮影)。写真集の判型は正方形で、表紙と裏表紙には丸くくり抜かれた白いボード紙が被せられており、オーバーマットのように写真を円形にトリミングするような役割を果たしています。(図1)丸くくり抜かれた写真の中では、画面の中心にある木々と左右両側から打ち寄せる波に囲まれた岩山の形が際立ち、表紙をめくって矩形の状態の写真と比べながら見ていると、画面の奥と手前の距離感が変化するのを感じ取ることができます。題名の「遠い渚」が示唆するように、この写真集の主題は、眼前の光景を写真に撮ることや写真を見ることに関わる「距離」であり、そのことはこのような装丁の仕方にも明確に反映されています。裏表紙(図3)には、表紙の写真(図2) と同じ場所で撮影された別の写真が使われており、波しぶきや光の状態の違いによって、時間の経過が表されています。
写真集の冒頭で、小松は幼少期を回想するモノローグのような文章を綴っています。

山育ちなので海は子供のころの憧れだった。
初めて海を見たのはいつだったかな?
野蒜に海水浴に連れて行ってもらった時か、遠足で松島に行った時かな?
大きくなったら海の近くに住もうと。
今は山も海も見えないところにすんでいるけど、いつもあの海を思っている。

このような語り口から浮かび上がらされているように、「遠い渚」とは海辺の光景を眺める時の物理的な距離だけではなく、幼少期と現在の間の時間的な隔たり、現在居住している都市と海辺の地域との距離など、心理的に感じられ、測られるさまざまな意味での「遠さ」を含み持つ場所だと言えるでしょう。東日本大震災と津波により甚大な被害を被った沿岸地域の光景は、小松にとって幼少期の記憶の中の光景と重なりつつも、震災によって大きく変容した風景の様相は、過ぎ去った時間の隔たりを強く感じさせるものでもあったのであろう、と想像されます。
写真集には円形にトリミングをほどこされた写真のシークエンスに時折、矩形の写真が挟み込まれ、矩形の写真の前には円形にくり抜かれた白いページが挿入されています。表紙や裏表紙と同様に、白いページを写真の上に重ねたり捲ったりしながら繰り返し見てゆくと、ディテールや構図のあり方に意識が誘われていきます。写真は、写された光景の地平線や水平線がちょうど円の直径に重なるように切り取られており、画面の縁は少し暗くなっているために、筒を通して覗き込んでいるような効果が生み出されています。矩形の画面の場合では、縦横の比率や四方の角を基準にして構図が形作られますが、円形の画面の場合は径が基準となり、中心と周辺との関係が強く意識されます。

DS-010(図4)
#福島 #小高 2016/6


DS-012(図5)
#宮城 #七ヶ浜 #黒崎 2015/12


そのために画面の中心近くにあるものやその形――たとえば、木々の幹や枝、木の生い茂る岩山、断崖、小さな島、家屋や建造物、塀など――が際立ち、とくに、岩山や島は円形の画面の中で、△や□の形としてその姿を浮き上がらせてきます。(図 4、5)このように、せまい湾が複雑に入り組み、小さな島が沿岸に点在する三陸海岸周辺地域に固有の景色のなかに岩山や島を抽出された形として意識すると、その側面に見える断層や褶曲、傾斜などの地層の断面に眼が惹きつけられていきます。地殻変動や地震、気候変動など、遥か太古から自然の力が形作ってきた地形の形状と、過去数十年の間に建造されていった道路や建造物、造成地、堤防、消波ブロック、ブロック塀、法面(図6、7、8)のような人工物の組合わさった景色は、その土地に経過していった時間のさまざまな痕跡をとどめています。たとえば、(図8)のように、造成地に残る岩山と、その脇のブロック塀の端や塀の後ろから僅かにのぞく屋根が組合わさっている様子は、人間の生活の営みも、自然の力や経年変化など様々な要因によって姿を変え、やがては朽ちていくものであることを示唆しているようにも思われます。

DS-037(図6)
#宮城 #宮戸 2014/8


DS-041(図7)
#宮城 #宮戸 2015/8


DS-026(図8)
#福島 #鹿島 #柚木 2015/12


小松は、(図4、6、8)のように陸地にある岩山を(図2、3、5、7)に捉えられているような海に浮かぶ島に対して、「陸に浮かぶ島」と呼び、写真集のあとがきの締めくくりで、「陸に浮かぶ島は、海から遠く隔てられた今でも、海に浮かんでいたときを忘れていないのだろうと想像する。」と述べています。つまり、「遠い渚」とは、写真を撮る小松自身から距離だけではなく、かつては周辺を海に囲まれた島だった岩山からの、時間的、空間的に隔たったところにある地点であることが示唆されています。このように、距離を自分自身が測るものとしてだけではなく、島という被写体から測られるものとしても捉えるような見方は、小松が写真を撮影するにあたって、被写体になる光景と相互に交感する感覚に根ざしているように思われます。津波や地震の被害があった場所の木々を撮り続けるなかで意識するようになったという「陸に浮かぶ島」は、写真が円形に切り取られているがゆえに、景色との関係の中ではスケール感が測り難くなっています。しかし、その島の上に育っている木々や植物が島のスケールを手立てとなり、また小さな島それぞれの存在を静かに語りかける声を秘めて佇んでいるようにも見えるのです。

本作品は、2016年11月にTokyo Art Book Fairの企画により開催されたSteidl Book Award Japanに出品され、ファイナリストに選出されました。2017年秋にドイツのSteidl社から写真集が刊行される予定です。
こばやし みか

●今日のお勧め作品は、オリビア・パーカーです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第24回をご覧ください。
20161125_parker_01_hane-compositionオリビア・パーカー
「羽のあるコンポジション」
1981年 カラー・ダイ・トランスファー
33.7×39.4cm
Ed.75 Signed


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本日の瑛九情報!
〜〜〜
昨日からご紹介している福井県大野の堀栄治さんの功績の一つとして忘れてはならないのは『福井創美の歩み』(1990年10月初版、2007年5月第5版発行)という手作りの記録集を残されたことです。
福井における創造美育運動、ひいては小コレクター運動の詳細な日録です。
20150307182903_00001_600

たとえば、1954(昭和29)11月2日3日の項目をそのまま引用してみましょう。

<11月2日 久保コレクション「西洋版画展」(だるま屋)(ポスター制作 渡辺)
・前売り券を競争して売る 純利益金四万六千円(入場七千人)
・純益が久保氏の予想を大きく上回ったので、堀、久保氏との賭けに勝ちピカソのリトグラフを金三万円で入手する
・久保氏、瑛九来福 山内旅館泊 会期中仲間が交替で展覧会場で不寝番をする
谷口、自転車盗難に遭う
11月3日 久保、瑛九、繊協ビルで座談会 席上、堀の提唱により希望者に瑛九のエッチングを特別安く頒けて貰うことになる(75点)
これが福井に瑛九の作品が入るさきがけとなる。瑛九が初めて訪れた福井で同志的愛情に触れたと言っている意味は深く、その友情は生涯変わることなく益々大きく発展していった>


次に瑛九の亡くなった1960年3月10日からの項目を引用します。

=====
1960年3月10日
瑛九 午前8時30分 急性心不全で永眠

3月15日
午後2時から自宅で無宗教による告別式が行なわれる
池田満寿夫自作の[鎮魂歌―心から瑛九に捧げる―]を静かに読みあげる

3月19日
坂井ブロック 児童美術普及のため絵の見方についての会合を持つ

3月28日〜29日
瑛九宅を訪問して、瑛九の遺作を整理する
・木水・谷口・堀・藤本・中村 6名


瑛九 遺作
・エッチング 605点
・リトグラフ 1,567点
・フォトデッサン705点(*)
・吹付デッサン66点
・コラージュ 27点
・カット 32点
・デッサン 427点
・油絵吹付 11点
・油絵リアリズム 32点
・スケッチブック 30点
・油絵30号まで 175点
・水彩 247点
・毛筆 6点
・ガラス絵 9点
(*引用した第5版にはフォトデッサンの項目が脱落しており、この項だけ初版の記述を再録しました。亭主記)

・堀、瑛九の絶筆の詩「ヒミツ」を謹写して福井瑛九の会、会員に渡す

(「読売新聞に『花ひらく瑛九氏の遺作』12人の教員グループ」という記事がのる。

 超現実主義派の草分けの一人として特異な作風で知られた画家、清和市本太五の四四、瑛九氏(四八)(本名杉田秀夫氏)は、
 さる十日慢性ジン炎がもとで東京神田の病院でなくなったが、生前九年間も同氏を支持し続けて来た福井県小、中学の若い先生たちのグループ六人が春休みを待って二十八日、浦和の瑛九氏宅に集まった。
 都未亡人を慰め、遺作の整理をするとともに、瑛九氏の遺志をくんで五月のはじめ福井市内で初の遺作展を開くことになった。)
   

3月26日
福井小コレクター例会 福井市三上ビル
・撲九後援会のこと、遺作展のことについて話し合う

5月1日
瑛九遺作展の準備 福井市三上ビル

5月3日
瑛九遺作展のために資金カンパをする
・北川民次のリト8点(中間は58年の12月に入手した「子供を抱く二人の裸婦」を1点宛拠出する)泉のリト5点集まる

5月7日
「瑛九遺作展」が福井繊協ビルで福井瑛九の会主催によって開かれ
・遺作80余点が陳列される
・浦和市より 瑛九夫人、岩瀬久江女史、宇佐美兼吉
・大阪より 福野正義・松本弘駆けつける(福野「故瑛九に捧げる詩」を500部持参する)

5月29日
国立近代美術館「物故作家四人展」4月27日より(菱田春草・高村光太郎・瑛九・上阪雅人)を見るために上京 堀・福野

5月30日
堀・福野、瑛九宅訪問(瑛九宅で中西末治と合う)
・福井の瑛九の会 仲間に頒布するために次の作品を預かる
エッチング 特大 13点、リトグラフ 征版13点、ミノ版 13点、水彩 13点、
油10号 1点、8号 3点、3号 1点、ガラス絵6号 1点
福野 水彩 リト大 油10号 各1点
中西個人で油20号 8号 4号 2号 各1点、10号 2点、デッサン 3点 購入する>
=====
瑛九が亡くなって僅か二週間後の3月末、木水育男さんや堀栄治さんら福井の教師たち6人が春休みをつかって瑛九のアトリエに入り、遺された作品を整理、カウントしたことは特筆にあたいします。
〜〜〜
瑛九 1935-1937 闇の中で「レアル」をさがす>展が東京国立近代美術館で開催されています(2016年11月22日〜2017年2月12日)。外野応援団のときの忘れものは会期終了まで瑛九について毎日発信します。

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