大竹昭子のエッセイ

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第69回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第69回


Masahisa Fukase_img01Seikan Ferry Boat, from the series Ravens, 1976 © Masahisa Fukase Archives(画像をクリックすると拡大します)

髪の毛って生えているときはきれいなのに、抜けるとどうしてこんなに汚いのかしら……。
スポーツジムの更衣室で水着に着替えていると、洗面台のほうからこんな声が聞えてきた。
思わず床に目をやる。
落ちている幾筋もの髪の毛。長かったり、短かったり、黒かったり、染められていたり。
つまみあげる指先におぞましさが走る。長いものほどそう感じさせる。
生えていればこんな気持ちにはならないのに。

髪の毛は不思議だ、とこの写真を見ても思う。
女子学生の後ろ姿が写っている。彼女は船の甲板に立っている。
甲板が写っていないのにそう思うのは、目の前が大海原だからか。
それもある。でも、それだけではない。
大きく傾むいた水平線が、不安定な場所にいるのを伝えるからだ。

そして、髪の毛である。
真ん中の女生徒の髪が四方八方に舞いひろがり、宙に飛び散っている。
更衣室の床の髪の毛とちがって、生えているから、汚くはない。
でも、きれいでもない。むしろ不気味。
彼女の意志を無視して狂喜乱舞しているところがきみわるい。

そのようにそそのかしたのはだれか。
海原を渡ってきた潮風だ。
振付師さながらに、彼女の長い髪のなかに手を入れて、右に、左に、上に、下に、前方に、背中に、と毛先を引っ張る。
毛根という大地から離陸させようと、サディステックな欲望を全開にしてあばれまわる。

もし望むならば、彼女はそれに抵抗し、振付師の動きを止めさせることだってできるはずだ。
むずかしいことはなにもない。
首のうしろに両手をまわして、髪を束ねてしまえばいいだけだ。
髪は再び彼女の配下に入り、おとなしく背中にたれるだろう。

でも、彼女はそうしない。
振付師が髪を引っ張りいたぶるのをただじっと受け止めている。
耐えているのではない。楽しんでいるのともちがう。
自分の人生がまだはじまっていないことを、でも、まもなくはじまろうとすることを、遠いどこかでだれかが告げているような気がしてならないのだ。
顔に当たる陽の光を細めた瞳のあいだから見つめつつ、その声を全身を透明にして聞いている。

大竹昭子(おおたけあきこ)

●作家紹介データ

深瀬昌久
1934年、北海道中川郡美深町に生まれる。日本大学芸術学部写真学科卒業。日本デザインセンターや河出書房新社などの勤務を経て、1968年に独立。代表作 「鴉」は世界的に高い評価を得ている。
1974年、アメリカ・MoMAで開催された歴史的な日本写真の展覧会「New Japanese Photography」への出展を皮切りに、これまで世界各国の展覧会に出展多数。1992年、不慮の事故で脳障害を負い、20年間の闘病の末、 2012年に亡くなる。享年78。2017年、フランスはアルル国際写真祭にて没後初の回顧展「l'incurable egoiste」を開催。2018年4月、京都のKYOTOGRAPHIE にて国内初の回顧展「遊戯」を開催。2018年9月からは、オランダはアムステルダムのFoam Museumにて、美術館では没後初となる回顧展「Private Scenes」を開催予定。深瀬が40年間の作家人生において制作した作品群の全貌を網羅した写真集「Masahisa Fukase」(Editions Xavier Barral より英語版及び仏語版、赤々舎より日本語版)が刊行される。

●今日のお勧め作品は、細江英公です。
44細江英公 Eikoh HOSOE
「鎌鼬#44, 1967」
1967年
ピグメント・アーカイバル・プリント
60.9×50.8cm
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


ときの忘れものは倉俣史朗 小展示を開催します。
会期:2018年10月9日[火]―10月31日[水]11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
倉俣史朗(1934-1991)の 美意識に貫かれた代表作「Cabinet de Curiosite(カビネ・ド・キュリオジテ)」はじめ立体、版画、オブジェ、ポスター他を展示。 同時代に倉俣と協働した磯崎新安藤忠雄のドローイングも合わせて ご覧いただきます。
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●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第68回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第68回


tosei097Copyright (c) Osamu Funao All Rights Reserved
(画像をクリックすると拡大します)

乾燥した大地に井戸がある。まずそのことに驚く。水脈に届くのにどれほど掘らなければならなかっただろう。地球の芯にむかって気が遠くなるほどまっすぐ掘り進んだのではないか。

井戸のデザインにも驚く。垂直に埋め込まれたシリンダーと、ピストンを上下させるレバーと、水がでてくる蛇口という必要最低限の要素が合体されたそれは、日本の古井戸とはまるで別人だ。まっすぐで、律義で、口数少なく、物静かである。日本の井戸も律義ではあるが、よくしゃべるし、人好きである。この井戸はひとりでいることが多く、”孤高の人”のような雰囲気を漂わせている。

ひとりの男がその井戸にやってくる。黒い肌、まっすぐ伸びた背筋、長い足、長い腕、格好のいい頭、腕輪や耳飾り、布を巻き付けた衣装など、彼もまた日本にいる人間とはまるで姿形がちがう。彼は井戸の本体にからだの軸を合わせるように向き合うと、直立の格好でレバーを持ち上げ、ゆっくりと下ろす。ちょろちょろと水音が響く。量は少なく勢いもないが、まぎれもない水である。乾いた地表にあがってきた大地の体液である。

彼の右手はレバーを握っているが、左の手のほうはなにをしているのか。もしかしたらレバーの反対側に同じように真横に突起があって、そこに添えられているのではないか。足の後ろからのぞいている棒は、おそらく腕とからだのあいだに挟まれていて、手先は両方とも自由なのだ。

見ていると、無駄な贅肉が少しもついていない、すっきりと伸びやかなからだが、井戸のかたちに重なってく。一方は人間で、もう一方は道具なのに、どこか通じるものがある。真横に並んで立っているから余計そう感じるのかもしれない。井戸が分身のように感じられる。

彼の目は井戸に注がれているが、蛇口の下に水瓶は置かれていない。水を受けるつもりはないようだ。ただ水が流れ出るさまを見れば満足なのか。コンクリートで囲われた浅い流しが蛇口の下につくられている。そのデザインは井戸のそれとは対照的に曲線をなし、やわらかな印象だ。レバーの側には同じくコンクリートで人の立つ場所が固められているが、そこも先端がすぼんだ有機的なデザインで、両方を上空から俯瞰したら人間の瞳のように見えるだろう。

井戸はたぶん鉄製で、その堅い材質ゆえに直線にならざるを得なかった。周囲も井戸にあわせて長方形にしてもよかったが、そうしなかった気持ちはわかるような気がする。地面と地つづきの場所は曲線がいい。直線ではうまく馴染まない。

井戸のまわりは果てしなくつづく荒れ地である。わずかな水で生きられる乾いた草だけが生えている。目に入るのはごくわずかなものだけという茫漠とした大地に刻まれた瞳形の井戸端に、まっすぐに立っている影がふたつ。抽象画のような光景。そのまま地面を離れてどこかに飛んでいけそうである。
大竹昭子(おおたけあきこ)

●作家紹介データ
船尾修
1960年神戸生まれ。筑波大学卒。出版社勤務の後、フリーに。
現在は大分県の中山間地にて無農薬で米作りをしながら家族4人で暮らしている。
主な著書、写真集に、「アフリカ 混沌と豊饒の大陸(全2巻)」(山と渓谷社)、「UJAMAA」(同)、「循環と共存の森から〜狩猟採集民ピグミーの知恵」(新評論)、「世界の子どもたち 南アフリカ」(偕成社)など。「カミサマホトケサマ」(冬青社)が第9回さがみはら写真新人奨励賞を受賞。「フィリピン残留日本人」(冬青社)が第25回林忠彦賞と第16回さがみはら写真賞をW受賞。最新刊は「カミサマホトケサマ国東半島」(冬青社)。

●展覧会のご紹介
船尾修写真展「Beyond The Border」
会期 :2018年9月7日(金)〜9月29日(土)
会場 :ギャラリー冬青(〒164-0011 東京都中野区中央5-18-20)
時間 :11:00〜19:00
休館日:日、月曜・祝日
船尾修さんの若き日の自由気ままな旅の中で撮影されたモノクロ写真27点が展示される。会期初日にはクロージング・パーティーも開催。

●今日のお勧め作品は、殿敷侃です。
08_block殿敷侃 Tadashi TONOSHIKI
《ドームのレンガ》(1)
1977
銅版、雁皮刷り
イメージサイズ:23.2×32.3cm
シートサイズ :32.8×44.0cm
Ed.50
サインあり

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大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第67回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第67回

澎湖印記-謝三泰攝,1991(c)Hsieh San-Tai
(画像をクリックすると拡大します)

若いふたりの門出を祝う結婚式があり、終わって記念撮影をしたところだ。海をバックに立っているのは、式場が海辺の景勝地にあったからか。どこで撮るか揉めた揚げ句に、長いドレスの裾をもちあげ、歩きにくい岩場を通って、七人でぞろぞろとここにやって来たのだ。

新婦は翼のようなフリルがたくさんついたウエディングドレスを着て、首元と胸元をネックレスとコサージュで飾っている。風でドレスの裾がめくれて足先がのぞいているが、履いているのはヒールのついていないペタンとした靴だ。

新郎のほうはスーツ姿だが、リーゼントの髪形にリキが入っている。大きな頭がなおさら膨らんで”頭でっかち尻つぼみ”の印象。襟元の蝶ネクタイが傾いているのが気になるが、よく見ると傾いているのはネクタイではなく、彼の体のほうである。新婦の腕をとったために、そちら側の肩があがって体が傾いだのだ。「腕をとる」と言ったが、実際は「とられている」ように見えるのは、彼女の身長のせいである。顔半分くらい彼より身長が高い。彼の眼がようやく彼女の唇に届くくらいだから、キスするにはつま先立ちする必要があるだろう(彼女の靴がペタンコな理由を了解)

新婦の反対側には彼女の親族がいる。横の女性は顔立ちも、前髪を膨らませて右に流した髪形も新婦に似ているから姉だろう。気丈で、しっかりもので、少し口うるさいところもある。その右にいるのは妹で、彼らは三姉妹なのだ。

新郎に目を移すと、左側にいるのは彼の兄である。目と口元がそっくりだ。眉間にしわを寄せ、照れたような困ったような表情で弟の行く末を気にしている。彼は重心が低くて安定感があり、甘えん坊でスイートな雰囲気の弟と好対照をなしている。

とここまで書いて、彼が胸にコサージュを飾っているのが気になりだした。新郎がつけるのはわかるとしても、どうして「兄」もなのだろう。新婦の「姉」を見てみると、彼女の胸元にもそれらしきものがついている。はっとしてこれまでの想像ががらがらと崩れ去った。「兄」と「姉」と思っていたが、そうではなくてふたりは夫婦なのではないか。彼らは若い友人の結婚に立って媒酌人を務め、その徴として胸にコサージュをつけているのではないか。

写真でふたりの関係を改めて確認することにした。新郎・新婦の姿を手で隠し、「兄」と「姉」の顔を交互に見比べる。するとにわかにふたりのあいだに夫婦らしい雰囲気が立ち上がってきたのに驚いた。長く連れ添った人生の先輩の風格と落ち着きが漂い、媒酌人にふさわしい人はこの夫婦を置いていないように思えてきたのである。

こうなると、これまでの想像を根本から問い直さなければならないと、ほかの人たちにも同じことを試してみた。まず新婦と彼女のとなりの「姉」を手で覆い、「新郎」と新婦の「妹」を見比べたところ、似ている。やや離れ気味の眼や、頬から口元にかけての表情などそっくりで、兄妹と言われたら信じるだろう。

新郎の後には控えめな様子でポロシャツの男が立っている。新郎の姿を隠してつぎにこの彼と新婦を見比べてみたら、あにはからんや、彼らもまた血縁と言ってもおかしくないほど似た空気を漂わせているではないか!

こうして写真のあちこちに手をかざし、比較するうちになにがなんだかわからなくなってきた。似ていると思えば、だれもが似ているように思えてしまう。目が類似点のほうに反応し、差はあってもグラデーションの範疇に収まり、大きなちがいはどこにも認められなくなったのだ。最後にたどりついたのは、「ここに写っている人たちは同じ一族である」ということだった。それがいちばん説得力ある、真実に近いことばのように思えた。

大竹昭子(おおたけあきこ)

●紹介作品データ:
謝三泰 (シェ・サンタイ) 
《澎湖の印象》

1991年 (C)Hsieh San-Tai

●展覧会のご紹介
清里フォトアートミュージアムで台湾写真交流展 島の記憶 1970〜90年代の台湾写真が開催中です。
チラシ表
チラシ裏
台湾写真交流展
島の記憶 1970〜90年代の台湾写真
会期 2018年7月7日〜12月2日
会場 清里フォトアートミュージアム
住所 山梨県北杜市高根町清里3545-1222
電話 0551-48-5599
開館時間 10:00〜18:00
休館日 火曜日 (11.20開)、7.7-9.3は無休
観覧料 一般800円、学生600円、中高生400円
アクセス JR清里駅よりタクシー10分

清里フォトアートミュージアムにおける世界の若手写真家を支援する公募&コレクション活動、「2018年度ヤング・ポートフォリオ展」展は、毎年冬期休館あけの3月より開催。
2018年度YPは、2019年3月中旬〜6月下旬に清里フォトアートミュージアムで開催予定。選考委員は 川田喜久治さん、上田義彦さん、細江英公さん。
現在、過去23年間のYPコレクションの一部を、国立台湾美術館に巡回中。


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2018年から営業時間を19時まで延長します。
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JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第66回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第66回

01
(画像をクリックすると拡大します)

風船と洗濯ばさみは友好関係を結ぶことができない。
飛び立とうとするものと、つなぎとめようとするもの。
膨らむ力と、それを留める力。
オプティミズムとシニシズム。

相反する力が働くふたつの物体を、身にまとって、立っている男。
風船の数は12個で、洗濯ばさみの数はわからないが、体の前面にもつけているから相当な数にのぼる。

男はどんな表情でそこに立っているのだろう。後ろ向きで見えないが、背を向けて、足をやや開きぎみに立っている様子は、直立不動というほど固くはないが、リラックスしているようにも見えない。
両腕と胴体のあいだには隙間があけてある。洗濯ばさみが付いていて密着できないのかもしれないが、腕を離して立っているこの姿勢が決闘シーンを連想させる。
腰にさげたケースから拳銃を抜いて、いままさに発砲しようと構えているガンマンのように。

そう思ってしまうもうひとつの理由は、上着の肩のあたりに並んでいる洗濯ばさみである。これがカウボーイの皮ジャケットについているビラビラしたフリンジに似てみえて仕方がない。男の正面にはホルモン焼き屋がある。そこに正面から突っ込んでいこうとしているような、何かを覚悟している人間の緊張感を嗅ぎとる。

店の入り口には提灯がさがっている。この写真を見たときにまっさきに目に入ったのは、風船とこの提灯だった。提灯の丸みと風船の膨らみに空気圧という共通項を見つけたのか。提灯にはホルモン焼きの名称が書かれていて、「コリコリ」「テッポウ」「キアラ」「チレ」などと知らない名前がつづく

鶴橋の文字が見える。大阪の焼き肉街として名高い場所である。男の立っている道はかなり幅が広いが、この道はホルモン屋にぶつかって行き止まりなのだろうか。
はじめに見たときはそう思った。コの字型に店が囲んでいる小さな広場のような空間が想像されたのだ。

ところが、ホルモン屋の看板に「この横の焼き肉本通を通って徒歩30秒」という文言を見つけて、考えがぐらついた。矢印もついている。店の前に細い横道があるのかもしれない。
とはいえ、文字情報がなければ行き止まりと思うのが自然で、そう思うわけは簡単だ。道の交差する場所が男のからだで塞がれ、見えないからである。

袋小路に立っているように見えることが、男の抱えている圧力を強めている。風船と洗濯ばさみの抗う力をみなぎらせて入ってきた男は、この場所でぴたりと足を止めたのだ。看板やネオンがかまびすしく客寄せをしているゴテゴテした路上で、エネルギーを体表に集めて静止し、見えない拳銃をいままさに抜かんとしている。

大竹昭子(おおたけあきこ)

●紹介作品データ:
森村泰昌
《高く、赤い、中心の、行為:「中」09》

2018年
ゼラチンシルバープリント
34.0x26.7cm
courtesy of MEM

森村泰昌 Yasumasa MORIMURA
1951年大阪市生まれ。京都市立芸術大学美術学部卒業。1985年ゴッホに自ら扮したセルフ・ポートレート写真を発表、有名絵画の登場人物に扮する「美術史シリーズ」で脚光を浴びる。1988年ヴェネチア・ビエンナーレでアペルト部門に選ばれて注目を集め、海外の展覧会への出品、個展などを行うようになる。「女優シリーズ」「サイコボーグシリーズ」のほか「フェルメール」「フリーダ・カーロ」などのシリーズなどもあり、最近ではヴィデオ作品もも手がける。他にも、映画や芝居などで役者として活躍をしている。

●展覧会のご紹介
ギャラリーMEMで森村泰昌展「高く、赤い、中心の、行為」が開催されています。
森村泰昌展「高く、赤い、中心の、行為」
会期:2018年6月9日(土)〜7月8日(日)
会場:ギャラリーMEM
時間:12:00〜20:00
休館:月曜日 (祝日または祝日の振替休日は開廊し、翌日休廊])

「高く、赤い、中心の、行為」と題された本展は、初期の「星男」含め過去の作品から新作まで、パフォーマンスを含め身体の行為を基礎にした森村作品の側面を考察する。
展覧会タイトルと同名の新作は、高松次郎、赤瀬川原平、中西夏之により結成されたハイレッド・センターによって、1964年に東京の路上で行われた「第6次ミキサー計画」での、各作家による「行為」を参照しながら、作家の地元大阪の鶴橋で森村自身によって行われたパフォーマンスを基に写真とビデオ作品を制作したものである。加えて、同様にパフォーマンスのビデオと写真作品で構成される60年代暗黒舞踏の運動を率いた大野一雄の「ラ・アルヘンチーナ頌再考」(2010-2018)も展示される。(ギャラリーMEMHPより転載)

〜〜〜〜〜

*画廊亭主敬白
今回は凝縮された日本滞在でしたが、難しかった個展の開催等、思わぬほど多大に苦労をお掛けし、然し乍ら、首尾良く個展が出来、大変お世話になりました。
チョット前、自宅に帰って来まして、リラックスしているところであります。
想像以上に、多くの人が訪れてくださいまして、楽しく歓談することが出来ました。アメリカで孤立している為か、余計に多くの人と喋れたのが、私にとって貴重な経験でもありました。
先ずはお礼まで・・・
20180630 関根伸夫


銀座のギャラリーせいほうで開催していただいた「関根伸夫展」が6月29日に終了しました。上掲はロスに戻られた関根先生からのメールです。
70年代の立体、紙の作品から、近年の新作絵画「空相ー皮膚 Phase of nothingness-skin」シリーズまでを展示した本展は久しぶりに作家が帰国したこともあって多くの方にご来場いただきました。
お買い上げいただいたお客様には心より感謝申し上げます。
1979青森五拾壱番館ギャラリー 関根伸夫今から約40年前、左から亭主、関根先生、五拾壹番館ギャラリーの高木保さん、
1979年10月22日青森市・五拾壹番館ギャラリー「関根伸夫展」オープニング

20180618_sekine_opening_042
お互い70代を迎えてしまった左からギャラリーせいほうの田中譲さん、関根伸夫先生、亭主
2018年6月18日銀座・ギャラリーせいほう「関根伸夫展」オープニング

ありがとうございました

◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第65回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第65回

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(画像をクリックすると拡大します)

三人の女性が道を歩いている。年格好はおなじくらい。うちふたりは荷物をもっている。鞄でなくて風呂敷包みだ。三番目の人はショルダーバックかとも思ったが、風呂敷に包んだものを肩に斜め掛けしているようだ。胸のあたりに結び目らしきものが見える。先頭の人も写ってないだけで風呂敷包みを持っているかもしれない。

三人は連れ立って村の婦人会にでもいくような雰囲気で歩いている。みな顔をほころばせていて、二番目の人など笑いで破顔し、その勢いで髪が後ろになびいている。写真家がなにかおもしろいことを言ったのだろうか。そうではないだろう。カメラを向けたらいきなり笑ったのだ。写真に撮られることの滑稽さと晴れがましさ。そこに恥ずかしさが入り交じってこんな表情になってしまった。

前の二人は歯を見せて笑っている。とくに先頭の女性の歯が二番目の人以上に目を引くのは出っ歯だからだろう。上下の前歯がすべて歯茎も含めてあからさまだ。馬みたいで、まわりからもよく、あんたは馬みたいに笑う、とからかわれる。恥ずかしいとは思うけれど、笑うと忘れてしまって、開いてから気づくのだ。

口を開けて笑えるのは無邪気な証拠である。子供はみんなそうだ。でも大人になって恥じらいを意識すると手で口を覆うようになる。ティーンエイジャーのしぐさを思いだせばわかるだろう。もしやこのような場面で彼女たちにシャッターを切ったら、口元に手をやって隠すにちがいないのだ。

いや、それは現代社会が広めたしぐさであり、モノを運ぶのに風呂敷を使っていたこの頃はどの世代も大口を開けていた可能性がある。人前で口を隠すという価値観はまだ浸透してなくて、笑うときは老いも若きもためらいなく口を開けっぴろげだったのだ。

その証拠に、むかしの写真を見ると人は大口を開いて笑っている。奥歯も金歯も喉ちんこも見えるほど全開にするのに少しもためらいがない。笑うことは身を開くことであり、喉が広がって空気が入り、気持ちがほころび寛容になる。それが笑いの意義なのだ。現代ではそうなるには少しお酒が必要かもしれない。酔えば口をふさぐなんて面倒なことはだれもしなくなる。カバのように口を開けて笑える。

彼女たちのまわりの景色には奇妙な重さが漂う。黒い雲、藁葺き屋根のライン、上からつんつんと伸びている茅、草の密集する庭などが、密度の濃い重い空気をつれてくる。三人の表情が屈託なく天衣無縫なためにその感じがより強まっているようだ。見ているうちに、自分の先祖を遡っていくとこのうちのだれかに行き当たるような寂しい懐かしさが足下からわきあがってきた。藁葺き屋根の軒下には「1948」という数字がさがっている。何を意味しているのだろう。写真のなかの唯一の抽象記号であるその文字が気がかりで惹かれる。

大竹昭子(おおたけあきこ)

■内藤正敏 Masatoshi NAITO
1938年東京都生まれ。大学時代、化学を専攻後、フリーの写真家になり、初期は宇宙・生命をテーマとした「SF写真」に取り組んだ。25歳で即身仏に出会ったことをきっかけに、羽黒山伏の入峰修行に入る。写真集『婆 東北の民間信仰』(79年)、『出羽三山と修験』(82年)、『遠野物語』(83年)、『東京 都市の闇を幻視する』(85年)などを発表。多数の研究書・論文を発表する民俗学者でもある。元・東北芸術工科大学大学院教授、東北文化研究センター研究員。

●展覧会のご紹介
東京都写真美術館で「内藤正敏 異界出現」が開催されています。

「内藤正敏 異界出現」
会期:2018年5月12日[土]〜7月16日[月・祝]
会場:東京都写真美術館
時間:10:00〜18:00(木・金曜は20:00まで)※入館は閉館時間の30分前まで
休館:月曜(ただし、7月16日は開館)

このたび東京都写真美術館は、「内藤正敏 異界出現」展を開催します。本展は異色の写真家・内藤正敏の50年を超える軌跡をたどりご紹介します。作家は60年代の初期作品において、化学反応で生まれる現象を接写して生命の起源や宇宙の生成の姿を捉えました。その後、山形県・湯殿山麓での即身仏との出会いをきっかけに、60年代後半から80年代にかけて、主に東北地方で民間信仰の現場に取材した〈婆バクハツ!〉〈遠野物語〉など刺激的な写真シリーズを次々と発表しました。また作家は自らの写真に触発された民俗学研究も手がけ、東北と江戸・東京、科学と宗教といった異質なテーマを交差させ、日本文化の隠された思想体系を発見する研究論文をこれまでに多数発表してきました。90年代以降は、そうした研究と自身の想像力を融合させ、修験道の霊山における空間思想を解読するシリーズ〈神々の異界〉を手がけています。
「モノの本質を幻視できる呪具」である写真と、見えない世界を視るための「もう一つのカメラ」である民俗学を手段として、現世の向こう側に幻のように浮かび上がる「異界」を発見する人、内藤正敏。そのヴィジョンは、今日の私たちに大きな戦慄と深い洞察を与えてくれるはずです。本展は主な写真シリーズを通して、その50年を超える足跡をたどるとともに、その表現に通底する独自の世界観、生命観をとらえていきます。(東京都写真美術館HPより転載)

●写真集のご紹介
上掲の写真作品は、内藤正敏さんの写真集『遠野物語』に収録されています。
『遠野物語』
1983年
春秋社 発行
151ページ
29.3x22.0cm
ブックデザイン:後藤一之
構成:長谷川明
目次:
・写真
 生者の章
 死者の章
 神々の章
・文
 <遠野物語>別考 吉本隆明
 遠野物語ノート 内藤正敏
 闇のアジールの住人たち
 死者の肖像画
 異形の神々と隠し念仏
・あとがき

◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第64回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第64回

踊り子72dpi
(画像をクリックすると拡大します)

さっきからずっとこの写真を見つめては首を傾げている。いくら知恵を絞ってみても腑に落ちないのだ。
最初に視界に飛び込んでくるのはツバの広い夏帽子である。画面のなかでもっとも存在を主張しているのはこれで、引き下げられたツバが胸元から上を覆い隠している。被る部分が筒のように深くて”お化け帽子”と呼びたいような異様さを放っている。

次に目がいくのは水玉模様のエリアだが、これがどういうデザインの服なのかよくわからない。腰まで隠れるチュニック風のものなのか。半袖の下から伸びだした腕は肘のところで折られ、二本の指がツバの端をつまんで引っぱっている。もう一方の手はソファーの凹みに置かれ、と書きかかってどうもそれではどうも辻褄が合わないような気がした。掌が小さく、腕首のくびれや、指の曲がり具合や腕の感じが子どもの手のようで、ツバに添えられた手と対と見なすにはあまりに幼なすぎる感じがする。

合わないと言えば、シートの下に伸びた両脚もおかしい。甲の厚い足先に、しっかりと肉のついた太い脛と腿は、全体としてごつい印象があって大柄な女性を想像させる。ところが、その上の水玉エリアの印象はひどく華奢でちまちましていて、この上半身にこの両脚が生えているとはとても思えないのだ。

このアンバランスさが連想させたのは、膝の上に水玉模様のワンピースを着た少女をのせている、というものだった。少女の顔を自分のほうにむけて横抱きにし、寝入ってしまった彼女を帽子のツバでかばってやっている、そんなシーンをお思い浮かべた。
だが、よく見ればそれは理屈にあわない想像である。水玉模様のエリアに少女の体を感じさせる膨らみも立体感もないし、腕や足がどこにあるかもわからない。ただぽっと浮かんだだけの実体のないイメージにすぎなかった。それでも一度、生まれてしまったイメージは簡単には消えてくれず、水玉模様の下にやせっぽちのちいさな体が潜んでいるように思えてならない。

どこかで勘違いを起こしたのだ。そう考えて写真から身を引き、距離を置いて眺め直した。今度は帽子からではなく、足先からはじめてだんだんと視線を上げていき、腿にたどりついたとたとき、あれっと思った。それから先がないのである。まるでソファーの凹みに吸い込まれてしまったように腿から上が消えてしまっている。

そんな奇妙なことがあるはずがない。きっとなにかを見落としているのだ。水玉模様のエリアとつながる鍵がどこかにあるのに、気がつかずに「消えた」と結論づけているのだ。

これはひとりの女性像なのだからそう思って見なさい。自分にそのように暗示をかけ、イメージを捨てて頭を初期化し、全体をつかもうと試みた。ところが、うまくいきそうになったところで、帽子や腕や水玉模様などのパーツが目の端にひっかってくる。すると、まとまりかかっていた像はバラバラと壊れて元の木阿弥になってしまった。なんどやってもどうどう巡りで思う姿にたどりつけない。巧みな詐欺師のようである。

大竹昭子(おおたけあきこ)

■橋本とし子 Toshiko HASHIMOTO
1972年栃木県生まれ。高校生の時父親の二眼レフを譲り受けて写真を撮り始める。大学卒業後写真を学ぶ。プロラボ、新聞社に勤務後、フリー。以来、身辺の情景や旅をテーマに、雑誌・個展等で作品を発表している。2017年よりギャラリー・ニエプスに参加。現在、夫と10歳と2歳になる子ども、猫と暮らす。
個展:「愛すべきものたち」栃木 オランダ館(1998年)、「ニャーとシャー」根津 nomado/谷中 nido(2005年)「フシーチコナイ・フバヴォ」スライド上映会 結城 la famile/宇都宮 タフドア/谷中 nido(2007年)、「キチムは夜に飛ぶ」東京 四谷三丁目 ギャラリー・ニエプス(2017年)
グループ展:「18R Sound X Visual」拝島劇場(2008年)、「LOVE CAT」展 浅草 PIPPO(2009年)

●写真集のご紹介
上掲の写真作品は、5月15日(火)に発売される橋本とし子さんの写真集『キチムは夜に飛ぶ』に収録されています。

橋本とし子写真集
『キチムは夜に飛ぶ』

88頁 A4 並製本
著者:橋本とし子
企画・デザイン:長尾 敦子(BookPhotoPRESS)
印刷:渡辺美術印刷株式会社
発行:ふげん社
3,700円(税別)
※5月15日(火)発売

「キチム、キチム、キチムは よるに とぶ」 
夢と現実が交錯する2歳の長女が、あるとき口ずさんだ。
キ、チ、ム。
耳慣れない響き。まるで呪文のようだ。
「きちむ」は「吉夢」。
「縁起の良い夢」「幸先の良い夢」という意味があることを後に知った。
この言葉を当時の彼女が知る由も無く、突然口にしたこの言葉が、
未来のお告げのように、朧げだけれど確かな明かりに見えた。
吉夢のイメージは、
毎日繰り返される日常、時に味わう非日常の断片をすくい続ける。
これまでもこれからも。
私は何を見るのだろう。
ふげん社HPより転載)

●展覧会のご紹介
橋本とし子写真集刊行記念展「キチムは夜に飛ぶ」
2018年5月15日(火)〜5月26日(土)
火〜金:12:00〜19:00/土:12:00〜17:00
日・月休廊
会場:コミュニケーションギャラリーふげん社
   〒104-0045 東京都中央区築地1-8-4 築地ガーデンビル 2F
   TEL:03-6264-3665
このたび、橋本とし子写真集『キチムは夜に飛ぶ』を5月15日に刊行いたします。
夫と娘二人、猫と暮らす作家が、夢と現実が交錯する摩訶不思議でユーモラスな世界を、情感豊かに捉えました。
妻として、母として、写真家として葛藤を抱える日々で、「夢」は幸せの象徴でもありました。
思考の枠を解き放つ「吉夢」の豊穣な世界を、ご堪能ください。
発売にあわせ、刊行記念写真展を5/15(火)〜26日(土)に開催いたします。リニューアルを経たギャラリーの展覧会第一弾となります。
みなさまのご来場を心よりお待ちしております。
ふげん社HPより転載)

◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第63回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第63回

01
(画像をクリックすると拡大します)

みんな前のめりになって、身を右に傾けている。彼らから見ると左側になるが、なにか心奪われることがその方角で起きているのだ。いちばん左の男性は、シャッターが切られる直前に画面に踏み込んできたかのようだ。左足を踏ん張って身を低くし、どれどれ、という感じでみなの視界を覗き込んでいる。直立していては見えない位置で、それが起きているのだ。真ん中の男性が片足を下におろしているのも、視線を下げたいからだろう。

双眼鏡で見ている人が複数いることから、事態の起きている場所が肉眼ではディテールがわからないほどここから遠く離れていることが察せられる。身を低くして傾けたら見えるくらいの、かすかな気配なのだ。
それは獲物の姿であるのまちがいない。中央の男性がもっている鉄砲からそう思う。

でも、もし鉄砲が写っていなければ、まったく別の想像をすることも可能である。
木立のなかで素っ裸で踊っている女がいて、男がそれを撮影している、とそんな情報がはいってきて、村の男たちがその木立がみえる場所に結集し、どうしたものかねえ、と言いながら好奇心をかられて見つめている。男たちの表情が、モデル撮影会の雰囲気を連想させたせいかもしれない。

左側の男性は肩ベルトのついた長い包みを背負っている。この中身は何だろう。咄嗟に浮かんだのは組み立て式のイーゼルだが、雪山で絵を描く人がいるはずがないし、かといって鉄砲とも思えない。もしそうならば、隣の男のように出して手に持ってもよさそうではないか。

いちばん右の男も肩に何かさげている。これは別の形をした道具である。飛び出ている部分から想像するに、ノコギリではないかと思われる。柄だけが出ていて、刃の部分は布袋のなかにしまわれているのだ。

彼はほかの人たちのように身を屈めてはいない。そのことが彼に特別な雰囲気を与えている。視線が高く、外界を見下ろすような平然とした様子で佇むさまが、まるで彼だけがこの事態を別の角度から眺めているかのようだ。

彼の腰の後ろに尻当て皮のようなものが写っているのも気になる点だ。他の人も付けているのか知らないが、彼の佇まいと尻皮は実にお似合いだ。事態を引いて眺めるリーダーの風格が感じられる。
また、ほかの人たちは帽子をかぶっているのに、彼だけがねじり鉢巻きをしていることもそのイメージを強めており、彼の役割や人柄について想像をはせずにはいられない気分になる。

全員の体が片側に傾いてしまうと、冷静な判断ができなくなる。彼はぴんとのびた背筋でみんなの熱を支え、受け止め、視線を高く保って状況を観察している。手を当てた口元から、みんなを深くうなずかせる一言がまもなく飛び出すだろう。

大竹昭子(おおたけあきこ)

■亀山亮 Ryo KAMEYAMA
1976年千葉県生まれ、写真家。『AFRIKA WAR JOURNAL』で第32回土門拳賞受賞。八丈島在住。凪の日は基本的に魚突きが生業。

●写真集のご紹介
上掲の写真作品は、亀山亮さんの写真集『山熊田』に収録されています。
yamakutama_h1+obi亀山亮写真集『山熊田』
2018年
夕書房 刊行
128ページ
B5変形
巻末テキスト:亀山亮、山川徹(ルポライター)、大滝ジュンコ(アーティスト)
装幀:鈴木聖


アフリカやパレスチナなど「戦場」の写真で知られる写真家・亀山亮の4年ぶりとなる新作写真集です。 舞台は新潟県村上市山熊田。人口50人足らず。新潟と山形の県境に位置するこの小さな集落にあるのは、山と熊と田だけ。 亀山はそこに暮らす人々が今も静かに続けている、生きるという行為、「生と死」をめぐる原初の生業を写し出していきます。 山焼きと熊狩り、そしてシナ織。これは山とともに生きる人々の暮らしの、現代の記録です。
夕書房HPより転載)

*画廊亭主敬白
画廊は本日(1日)と明日(2日)は休廊です。
植田正治2018DM植田正治写真展−光と陰の世界−Part II 」は駒込移転後では最も多い来場者があり、大盛況のうちに昨日に終了いたしました。
日本経済新聞に出品作品が大きく掲載されたのをご覧になった方も多く、新発掘のポラロイド写真という話題性もあり、植田人気の高さをあらためて感じました。来場者の皆さん、お買い上げいただいたお客様には心より御礼を申し上げます。

○<本駒込のときの忘れもので植田正治写真展「光と陰の世界 PartII」を鑑賞。話題の新発掘のポラロイド写真は既に売れてしまったのもあり、一組しかなくて残念。
実は最終日の今日まで南青山から移転した事を知らず、遅れて閉廊時間ギリギリの来訪になりましたが、それでも暖かく対応して頂き、大変感謝。

(20180331/乙城蒼无@4/1おもしろ同人誌バザールさんのtwitterより)>

○<本駒込・ときの忘れものにて植田正治展。初めて見つかったポラロイド写真を中心とした展示。インスタントな写真で時間をゆったりと切り取る。3/31まで https://ift.tt/2J6DIsj
(20180330/ムチコさんのtwitterより)>

○<ときの忘れもの「植田正治写真展−光と陰の世界−Part II」にて。
こういう鮮やかな作品、幻影シリーズにもあったけれどなんか珍しいと思って撮らせてもらった。
画廊での鑑賞ってあまりやったことないから勝手がよく分からず、部屋の中に飾ってあったポラロイドの作品は見られなかった。

(20180327/猫珠 深鈴さんのtwitterより)>

○<ギャラリーときの忘れもので開催中の植田正治「光と陰の世界 Part II」ですが、去年の5月には移転前の南青山でPart Iをやってたのですのね。これはPart Iで展示していたシリーズ「光の筐」の1枚。これが綺麗だったんです
(20180319/michiroさんのtwitterより)>

○<本日は駒込の【ときの忘れもの】という小さな会場で、植田正治写真展を観てきた。
帰りに最寄りの一駅前で降り、買い物袋とティッシュペーパーを手にして桜吹雪の中を歩く。桜は満開よりも散る時が好き。

(20180328/Eikoさんのtwitterより)>

○<ギャラリーときの忘れもの @Watanuki_Ltd の植田正治展、ポラロイドの他にもいろいろありますが代表作は今回少なめ、珍しいヤツ多めです。ヌード作品は他にもあるけど外国人モデルを撮ってるのは初めて見ました。飾り方もちょっと凝ってます。見た目ふつうの家みたいですが、この貼り紙が目印ですよ pic.twitter.com/tWIM11q0iL
(20180320/michiroさんのtwitterより)>

○<こだま和文さんのライブ前に美容院行ってのんたんに女っぷりをあげてもらい、映画観ようかなーって思ったけど、駒込へ。植田正治のポラロイド写真展@ときの忘れもの。すぐそこにみんないるような気がした。みんなといるような気がした。私のi Phoneもおなじだったらしく、顔認証してた。
(20180315/シブヤメグミさんのtwitterより)>

●本日のお勧め作品は浅田政志です。
toujin_600浅田政志
「浅田家『唐人踊り』」
2010
Cプリント
A.P.
27.4x35.1cm
サインあり

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

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大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第62回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第62回

S
(画像をクリックすると拡大します)

この写真を見たとき、まず目が引き寄せられたのは、ベランダ側のカーテンである。
薄い布地をすかして白い光が入ってくる。室内の仄暗さに比べて、この光は圧倒的に強い。
目は画面のなかの強いものに反応しがちである。言葉で考えるより速い速度で目立つものに反応し、イメージを立ち上げる。

だが、その瞬時の反応が写真の核となるものを見逃すこともありがちだ。初見のイメージに引きづられて細部が見えなくなる。そういうときは、写真から何がわかるかを端からあげていくと、視線が初期化されて良い。

その意識をもって、再び写真に目を凝らしてみよう。布団が敷かれている。上には羽毛布団がかかっている。ミシン目で区切られた矩形のなかに羽毛が詰まっていて、縫い目に押さえられ、中の羽毛がドームのように盛り上がっている。

羽毛布団の上には女性が寝ている。下ではない。そこが肝心だ。
体を横にし、縫い目の谷間に肢体を添わせ、羽毛の詰まった膨らみを抱きしめるようにして寝ている。
掛け布団の上に寝ているのは、暑くなってはいだだめのか。それとも、はじめから上に寝ころがっていたのだろうか。

女性はパジャマ姿ではない。着ているのは短パンにベアトップ。肩と脚はむきだしで、全身に肉がむっちりとついている。その張りきった肉が羽毛布団の矩形ドームに連なり、擬態しているかのようだ。

部屋は広くはない。たぶん縦の長さが敷布団の丈くらいだろう。畳が平行して敷いてある。円形のレトロな卓袱台、座布団の横には座椅子の背が見える。右側の壁には和箪笥が立っていて、ぜんたいとして古風な室内だ。

座椅子のむこうには紙袋が落ちている。「1990」と、その下に「NIPPON……ES」の文字が読める。推測するに「NIPPON SERIES」ではないか ? ということは、1990年の日本シリーズの紙袋? 
部屋のなかにその時代の空気が漂いはじめ、いろいろなものが古色蒼然としてくる。

そうやって部屋のなかのものに視線を這わせてから、もう一度、窓の光にもどってみると、前とはどこか印象がちがって感じられてくる。朝の光だと思っていたが、もしかして夕暮れのどきの斜光なのではないか。そんな想像が働いてくる。 

もしそうならば、女がパジャマ姿でないことも、掛け布団の上に寝ているのも腑に落ちるような気がする。疲れて、ふと寝ころがったら、羽布団を抱きしめていたのだ。

大竹昭子(おおたけあきこ)

■Tokyo Rumando
1980年、東京生まれ。2005年より独学で写真を撮り始める。自身のポートレートを主に撮影している。前作「Orphée」は2016年にロンドンのテート・モダンにて開催されたグループ展 ”Performing for the Camera”に出品された。主な個展に、「Hotel Life」(2012年、Place M)、「REST 3000~ STAY 5000~」(2012年、Zen Foto Gallery)、「Orphée」(2014年、TokyoLightroom、Place M、Zen Foto Gallery)、「I’m only happy when I’m naked」(2016年、Taka Ishii Gallery Photography Paris、2018年、Ibasho Gallery) などがある。また、Zen Foto Galleryより写真集『REST 3000~ STAY 5000~』(2012年)、『Orphée』(2014年)、『selfpolaroids』(2017年)を出版している。

●展覧会のご紹介
禪フォトギャラリーにてTokyo Rumando写真展「S」が開催されます。上掲の作品も出品されます。
会期:2018年3月2日[金]-3月31日[土]
時間:12:00〜19:00  *日・月・祝日休廊
オープニングパーティ:3月2日 [金] 18:00〜20:00
本展覧会はTokyo Rumando の約4年ぶり、3回目の禪フォトギャラリーでの個展となります。一貫してセルフポートレートを自身のスタイルとし、作品を発表してきた Tokyo Rumando の最新作である本作は、劇場の要素を取り入れることによりこれまでの手法をさらに進化させ、「S」と題された物語を Tokyo Rumando が自作自演することで観る者をまさに Rumando 劇場とも言える新たな世界へ誘います。
S is Story
She=S
S=Sexualviolet
S is es
S is Sandglass
Sayonara S
―Tokyo Rumando
禪フォトギャラリーHPより転載)

又、本展の開催に際し写真集『S』が刊行されます(上掲の写真作品も収録)。
Tokyo Rumando_S_2018Tokyo Rumando写真集『S』
15.5x23.0cm  136ページ
禅フォトギャラリー刊(2018)
ソフトカバー、PUR、スリップケース付き 日本語、英語
5,000円 (税込)
*お問い合わせはinfo@zen-foto.jpまで

〜〜〜〜
3月4日(日)朝9時のNHK日曜美術館をぜひご覧になってください(特集:イレーヌ ルノワールの名画がたどった140年)。司会は井浦新さんと高橋美鈴さん。ゲストとして多摩美術大学教授・西岡文彦さん、ピアニスト・西村由紀江さん、カメラマン・渡辺達生さんが出演します。後半のアートシーンにもご注目ください

◆埼玉県立近代美術館で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が開催されています。
埼玉チラシメカス600会期:2018年1月16日(火)〜3月25日(日)
現代版画センターと「ときの忘れもの」については1月16日のブログをお読みください。
現代版画センターは会員制による共同版元として1974年〜1985年の11年間に約80作家、700点のエディションを発表し、全国各地で展覧会、頒布会、オークション、講演会等を開催しました。本展では45作家、約280点の作品と、機関誌等の資料、会場内に設置した三つのスライド画像によりその全軌跡を辿ります。
【特別イベント】ジョナス・メカス監督作品「ウォールデン」上映会
日時:3月2日 (金)、3日(土)、4日(日)各 13:00〜16:00
場所:2階講堂
定員:100名 (当日先着順)、無料
【担当学芸員によるギャラリー・トーク】
日時:3月10日 (土) 15:00〜15:30
場所:2階展示室
費用:企画展観覧料が必要です。
【トークイベント】ウォーホルの版画ができるまで―現代版画センターの軌跡
日時:3月18日 (日) 14:00〜16:30
第1部:西岡文彦 氏(伝統版画家 多摩美術大学教授)、聞き手:梅津元(当館学芸員)
第2部:石田了一 氏(刷師 石田了一工房主宰)、聞き手:西岡文彦 氏
場所:2階講堂
定員:100名 (当日先着順)/費用:無料
〜〜〜〜
saitama埼玉県立近代美術館1階のショップで、詳細な記録を収録した4分冊からなるカタログを販売しています(2,200円)。
また当時のオリジナル版画を挿入した特装版を5種類販売(オノサト・トシノブ、菅井汲、元永定正、大沢昌助、堀内正和、各8,000円)していますが、どうやら完売間近のようです。どうぞお早めに

○<ラスト、ウォーホールらのアングラ感がかっこよかった!「版画の景色 現代版画センターの軌跡」3 月 25 日(日)まで☆埼玉県立近代美術館
(20180215/タウン誌Acoreおおみやさんのtwitterより)>

○<埼玉県近代美術館『現代版画センターの軌跡』。
版画の平板さが息苦しいくらいだった。作品以前に自分にはちょっとつらい。

(20180225/KT/ジャカルタ/白いチョークさんのtwitterより)>

○<‏ 国立西洋美術館版画素描室。「マーグ画廊と20世紀の画家たち」
良かったです!!ロートレックや現代版画センター、ルドンも良かったので個人的には最近版画ブーム。
こちらはミロ。他にもボナール、マティス、カンディンスキーなどなど。ミロの色彩と浮遊感が好き。

(20180225/甘酒さんのtwitterより)>

○<初めまして。
■■■宛でご送付いただきましたご案内は、他界した私の父名義でございます。
私、3月に東京に出かけるかもしれませんので、その際に拝見する機会があるかと思いますので、私、息子でございますが、差し支えなければ招待状をご恵送頂きましたら有り難いと思います。

(20180223/福岡県旧会員Oさんのご子息よりのメール)>

○<版画の景色後期を観ました。磯崎新さんの無機質な作品、空白の中に無人の建築物がある作品が好きで、何時間でも眺めていられそうでした。
磯崎新さんはそもそも建築家なのですね。あの立体化された作品も建築家ならではなのでしょうか。島州一さんの作品も目を奪われました。版画の技法もほぼ解らない無知なド素人ですし、とてもじゃないけど鑑賞力があるとは言い難い私ですが、それでもやっぱり良い作品だと思います。
菅井汲さんの作品は数学好きな方は面積求めたくなるんじゃないかな、と思いました。
菅井汲さんの作品は不思議な奥行きがあり、自分が浮遊した状態で眺めているような気になりました。

(20180223/樺太柳葉魚‏さんのtwitterより) >

○<“ 版画の景色 ”現代版画センターの軌跡
2018.1.16 - 3.25 埼玉県立近代美術館
活気のあった” 版画の時代 ”の存在を感じ、圧倒されました

(20180222/淀井彩子さんのfacebookより)>

○<埼玉県立近代美術館にて、現代版画センターの軌跡。見応えたっぷり❗️常設展もゆっくり堪能して3時間。人も少なくてひとつひとつをじーっくり観られました✨
(20180223/つばめ こよみさんのtwitterより)>

西岡文彦さんの連載エッセイ「現代版画センターという景色が始まりました(1月24日、2月14日、3月14日の全3回の予定です)。草創期の現代版画センターに参加された西岡さんが3月18日14時半〜トークイベント「ウォーホルの版画ができるまでー現代版画センターの軌跡」に講師として登壇されます。

光嶋裕介さんのエッセイ「身近な芸術としての版画について(1月28日ブログ)

荒井由泰さんのエッセイ「版画の景色―現代版画センターの軌跡展を見て(1月31日ブログ)

スタッフたちが見た「版画の景色」(2月4日ブログ)

毎日新聞2月7日夕刊の美術覧で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が紹介されました。執筆は永田晶子さん、見出しに<「志」追った運動体>とあります。

倉垣光孝さんと浪漫堂のポスター(2月8日ブログ)

嶋吉信さんのエッセイ〜「紙にインクがのっている」その先のこと(2月12日ブログ)

大谷省吾さんのエッセイ〜「版画の景色−現代版画センターの軌跡」はなぜ必見の展覧会なのか(2月16日ブログ)

塩野哲也さんの編集思考室シオング発行のWEBマガジン[ Colla:J(コラージ)]2018 2月号が展覧会を取材し、87〜95ページにかけて特集しています。

○月刊誌『建築ジャーナル2018年3月号43ページに特集が組まれ、見出しには<運動体としての版画表現 時代を疾走した「現代版画センター」を検証する>とあります。

○埼玉県立近代美術館の広報誌 ソカロ87号1983年のウォーホル全国展が紹介されています。

○同じく、同館の広報誌ソカロ88号には栗原敦さん(実践女子大学名誉教授)の特別寄稿「現代版画センター運動の傍らでー運動のはるかな精神について」が掲載されています。

現代版画センターエディションNo.197 野田哲也「Diary; Jan.15th '77」
現代版画センターのエディション作品を展覧会が終了する3月25日まで毎日ご紹介します。
15th '77》野田哲也
<現代と声>より《Diary; Jan.15th '77》
1977年
木版、シルクスクリーン(刷り:作家自刷り)
Image size: 35.7×50.8cm
Sheet size: 49.4×62.7cm
Ed.100
サインあり

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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
パンフレット_05
出品作家45名:靉嘔/安藤忠雄 /飯田善国/磯崎新/一原有徳/アンディ・ウォーホル/内間安瑆/瑛九/大沢昌助/岡本信治郎/小田襄/小野具定/オノサト・トシノブ/柏原えつとむ/加藤清之/加山又造/北川民次/木村光佑/木村茂/木村利三郎/草間彌生/駒井哲郎/島州一/菅井汲/澄川喜一/関根伸夫/高橋雅之/高柳裕/戸張孤雁/難波田龍起/野田哲也/林芳史/藤江民/舟越保武/堀浩哉 /堀内正和/本田眞吾/松本旻/宮脇愛子/ジョナス・メカス/元永定正/柳澤紀子/山口勝弘/吉田克朗/吉原英雄

ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第7回 愛といのち

日時:2018年4月3日(火)18:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:メゾ・ソプラノ/淡野弓子
   スクエアピアノ/武久源造   
プロデュース:大野幸
*要予約=料金:1,000円
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。

info@tokinowasuremono.com

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●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
20170707_abe06新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。18〜24頁にときの忘れものが特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第61回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第61回

01_1500
(画像をクリックすると拡大します)

温泉場ではじまり、すっかりおなじみになった足湯である。
お湯のなかに足先を漬ける、とたったそれだけのことがもたらす大きな効果に、いつも驚かされる。
暖かさが体内にじわっと広がるにつれて、肢体のこわばりが解け、たいていのことは許せ認めてしまえるような寛大な気持ちがわきあがる。
足は第二の心臓というけれど、きっと見えないところでたくさん働いているのだ。
その苦労がお湯の力によって一気に解放される。

足湯は室内か足湯場でするのがふつうだが、ここではバケツを外にもってきて、草地の上でおこなっている。足を入れているのは男性で、すねに生えている黒い毛が地面をみっしりと覆っているクローバーのイメージと重なる。もじゃもじゃして複雑。

バケツの横には男の脱いだスニーカーがある。まず右側を脱いで、その足先で左側の踵をおさえながら、もう一方の足を引き抜いたのだろう。左の踵の縁が少しつぶれている。
脱いだ足はすぐにバケツに浸されたのか(裸足だったらそうだ)、それとも靴下を脱いだり、ズボンをまくり上げたりという動作が後につづいただろうか。
ともあれ、靴にとじこめられていた足は、お湯に触れたとたん、バスタブに入れたときとはちがう歓びをあじわったはずだ。それは足だけのために時間が用意された歓喜である。

湯気はたっていないから、徐々に浸していくほど温度は高くなさそうだ。適温のあたたかさのお湯のなかには草の葉や茎が浮いている。これはきっと薬草だ。
体によさそうな匂いだと本能的に直感し、男の顔はくつろいでくる。
眉間に刻まれた縦じわは消え、愁眉が開かれ、目尻はふくわらいの顔のように垂れさがる。

視線を下げた彼は、ふと、バケツのなかに空が映っているのに気づく。円のなかに空と足と草が収まっていて、水のわずかな動きがその影をゆすり、あいまいにする。
周囲に密生するクローバーの葉や花は細かなデザインで、そのかたちが律儀すぎるほどだが、ゆれる影がそれを中和し、足下を見ていた男の視線は、だんだんと高く、遠くなり、足の歓びがその人の歓びとなり、ひとつになって天に昇っていく。

大竹昭子(おおたけあきこ)

■紀成道 Seido KINO
1978年、愛知県生まれ。2005年、京都大学大学院を中退し、写真家を志す。2016年、「フォト・プレミオ」(コニカミノルタ)年度賞受賞。

●写真集のご紹介
上掲の写真作品は、紀成道さんの写真集『Touch the forest, touched by the forest.』に収録されています。
book2736紀成道写真集『Touch the forest, touched by the forest.』
2017年 赤々舎 発行
96ページ 267×208mm
デザイン:中島雄太

森にふれる、心にふれる。
人と森とのかかわりを医療の現場から見つめる、清新なドキュメント。
北海道の、ある精神科病院では、周囲の森を生かした森林療法を取り入れています。人の気配のする明るい森は温もりにあふれ、四季の美しさを湛える空間。
散策路を自由に歩くことで、社会で生きていく力を取り戻していく患者たち。紀成道は、この病院の営みを記録しながら、人間と自然との接続域、当事者と健常者の共存域である、
「ふれあえる森」での出来事を写し出していきます。医療や福祉の現場から、存在と交わりの空間を捉えた貴重なドキュメンタリー。
北海道と京都の森で採集した木の葉を貼り込み、柔らかな布で包み込んだ装丁も世界観を伝えます。(赤々舎HPより転載)

◆埼玉県立近代美術館で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が開催されています。現代版画センターと「ときの忘れもの」についてはコチラをお読みください。
詳細な記録を収録した4分冊からなるカタログはお勧めです。ぜひご購入ください(2,200円)。
会期:2018年1月16日(火)〜3月25日(日)
埼玉チラシAY-O600現代版画センターは会員制による共同版元として1974年〜1985年までの11年間に約80作家、700点のエディションを発表し、全国各地で展覧会、頒布会、オークション、講演会等を開催しました。本展では45作家、約300点の作品と、機関誌等の資料、会場内に設置した三つのスライド画像によりその全軌跡を辿ります。

○<埼玉県立近代美術館「版画の景色 現代版画センターの軌跡」を拝見してきました。
えーっと、みなさま。
「版画の景色 現代版画センターの軌跡」は常軌を逸してます


現代版画センターの記録。と一言でいってしまえません。
膨大な資料と記録と作品群。年譜と地理。文字情報と画像と
新たに収集する関係者の言葉。
うずもれ到着地点どころか今、どこにいるのかさえ
分からなくなるような量の未整理の資料がどんどん集まってくる。
(想像しただけで吐きそう)
物量はその人の許容量を超えると一気に
思考停止になり、苦しみから助かりたさに
あらぬところに到着点・逃避をはかる。
担当学芸員さんの「量」にたじろがない偏執的な笑みと
美術に関わっているもろびとへの愛(とはいえクール)と
匕首(笑)を感じながら
展示空間を、カタログを、堪能しました。

カタログ!
機会があればカタログご覧になって下さい!
この展覧会のきちがいっぷりのハンパなさが
一目瞭然です。(チラシも4種類!
変形三つ折り仏壇開き(そんな言葉無い・笑)の
展覧会タイトルの文字真ん中を切る!)

そして誰に説明しても理解不能だったカタログプランを
デザイナーだけは一発で理解し、面白がってくれた。と。
異脳ってステキ。

(20180120/御殿谷教子さんのfacebookより)>

○<埼玉県立近代美術館「版画の風景 現代版画センターの軌跡」とっても良かったです!!なので図録購入。眺めながら感想つぶやきます。
埼玉県立近代美術館「版画の風景」74年から10年間現代版画の普及に力をつくした現代版画センターを知る。というか現代版画自体に個人的には馴染みがうすいが表現の多彩さに圧倒。解説には〈版画の景色〉を観るとあった。そのことに意識して観ると具象も抽象も版画ならではの景色を感じることができた。
埼玉県立近代美術館「版画の景色」様々な手法で紙を始め支持体に加圧より線や色、形を乗せる。景色として観るとはなんだろう。ふと思いついて陶磁器を観るようにモノのして観てみた。すると一本一本の線や色、描がき、そして描かないことが絵画とは少し違う存在感で迫ってきた。的外れかもだけど・・

(20180128/甘酒さんのtwitterより)>

○<埼玉県立近代美術館で開催中の「現代版画センターの軌跡」展に、35年前の私の版画リトグラフも展示されているようです。当時の「現代版画センター」の、現実の世の中に作品や版画を撃ちはなっていくような活動方針に興味を抱いて、版画を発表してまもなく自分の作品を持ってアポなしで売り込みに行きました。それからしばらくして、エディション出すことになりました。その昔やっとのことで部数をなんとか自身で刷り上げて渡した記憶があります。
(20180124/藤江民さんのfacebookより)>

○<北浦和公園はとっても寒かったです...。埼玉近美で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」を見ました。こういう切り口の展覧会は今まで見たことがないですね。
展覧会は版画展ではありますが、「現代版画センター」という一企業が、版元となり、イベントの企画者になり、機関誌を発行することまでを含めた美術の運動体となり、渦のように美術家とコレクターとを巻き込んでいった活動を検証するというものでした。1974年〜85年という時代を強く感じる展示でもあります。
作品も、いわゆる版画家だけでなく、関根伸夫から山口勝弘、磯崎新からジョナス・メカスと多岐に渡ります(このあたりの版画はほとんど初見)。宮脇愛子の版画もなかなか良いです。アンディ・ウォーホルにオリジナルの版画制作を依頼し展覧会を開いたというのもすごいことですね。
活動は、版画というメディアゆえに膨大で、その資料をまとめた展覧会カタログも見ものです。[A] テキスト・ブック、[B]ビジュアル・ブック、 [C]アトラス、 [D]ケースと、構成されています(そう但し書きがされているわけです)。このカタログは梅津氏の担当箇所。

(20180129/中根 秀夫さんのfacebookより)>

○<埼玉県立近代美術館にゆき「版画の景色」現代版画センターの軌跡を観る。ある意味、懐かしくしかし運動体としての活動として見るべきであり、全体像が見られたことで、あらためて活動の意味を知ることができた。最初にかった美術作品は島州一だった。次は一原有徳。2人とも今回の展示作家である。
(20180128/中村惠一さんのfacebookより)>

○<版画の景色 それは版画を景色として捉えるという試みなのだろう。版画に接する感覚は常に紙の質感、インクの厚み、色彩の干渉、版の存在といった複雑な要素を介して受容するそれは景色を捉える感覚にも重なる。そういうことなのだろう。展示は景色を巡るような重層的な構成。学芸に同郷の同級生であった方がおられ、アポもなく受付で尋ねるも残念ながら本日お休みとのこと。まあ、11月の盛岡での個展でお会いしたので。展キャプションや映像資料には、盛岡大曲という文字が頻繁に出てくる。それは現代版画センターの仕事が東北の岩手においても直接的に浸透していたことを意味するわけで、岩手において優れた最前線の版画作品をリアルタイムで観られたことは恵まれていたと改めて感じる。今以上に企画画廊があった盛岡だが、現代版画センターの名前をちょくちょく耳にしたのはMORIOKA第一画廊であって知らず知らずに日本のそして世界の優れた作家に触れられたことは、この地で美術をやっていこうという確信に近いものを与えてくれた気がする。少なからず現在の自分の制作に影響を与えたあの頃の”時間”を版画の中に探して歩いた。
(20180120/長谷川 誠さんのfacebookより)>

○<昼食後、埼玉県立近代美術館にて、「版画の景色展」を、鑑賞しました。アンディー・ウォーホルさんの作品も、鑑賞することができて、たいへん面白い展示会でした。ありがとうございます。
(20180128/tadataka‏さんのtwitterより )>

西岡文彦さんの連載エッセイ「現代版画センターという景色が始まりました(1月24日、2月14日、3月14日の全3回の予定です)。草創期の現代版画センターに参加された西岡さんが3月18日14時半〜トークイベント「ウォーホルの版画ができるまでーー現代版画センターの軌跡」に講師として登壇されます。

光嶋裕介さんのエッセイ「身近な芸術としての版画について(1月28日ブログ)

荒井由泰さんのエッセイ「版画の景色―現代版画センターの軌跡展を見て(1月31日ブログ)

○埼玉県立近代美術館の広報誌 ソカロ87号では1983年のウォーホル全国展が紹介されています。

○同じく、同館の広報誌ソカロ88号には栗原敦さん(実践女子大学名誉教授)の特別寄稿「現代版画センター運動の傍らでー運動のはるかな精神について」が掲載されています。

現代版画センターエディションNo.アンディ・601 アンディ・ウォーホル「KIKU 1」
現代版画センターのエディション作品を展覧会が終了する3月25日まで毎日ご紹介します。
アンディ・ウォーホル
601_アンディ・ウォーホル《KIKU 1》アンディ・ウォーホル
《KIKU 1》 1983年
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
Image size: 50.0×66.0cm
Sheet size: 56.5×76.4cm
Ed.300  サインあり

パンフレット_01


◆ときの忘れものは「ハ・ミョンウン展」を開催します。
会期=2018年2月9日[金]―2月24日[土] ※日・月・祝日休廊
201802_HA
ロイ・リキテンスタイン、アンディ・ウォーホルなど誰もが知っている20世紀を代表するポップアートを、再解釈・再構築して自らの作品に昇華させるハ・ミョンウン。近年ではアジア最大のアートフェア「KIAF」に出品するなど活動の場を広げ、今後の活躍が期待される韓国の若手作家です。
ときの忘れものでは2回目となる個展ですが、新作など15点を展示します。 ハ・ミョンウンは会期中数日間、日本に滞在する予定です。
●オープニングのご案内
2月9日(金)17時から、来日するハ・ミョンウンさんを囲んでオープニングを開催します(予約不要)。皆さまお誘いあわせの上、是非ご参加ください。

◆国立近現代建築資料館で2月4日[日]まで「紙の上の建築 日本の建築ドローイング1970s-1990s」展が開催されています。磯崎新安藤忠雄らの版画作品も出品されています。
展覧会については戸田穣さんのエッセイをお読みください。

●日経アーキテクチュアから『安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言』が刊行されました。
亭主もインタビューを受け、1984年の版画制作始末を語りました。日経アーキテクチュア編集長のコラム<建築家・安藤忠雄氏の言葉の力:第3回>で、出江寛先生、石山修武先生の次に紹介されていますので、お読みください。

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。
 ・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」は毎月19日の更新です。
 ・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・新連載・西岡文彦のエッセイ「現代版画センターの景色」は全三回、1月24日、2月14日、3月14日に掲載します。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・関根伸夫のエッセイ「〈発想〉について[再録]」は終了しました。
 ・倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は終了しました。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は終了しました。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は終了しました。
 ・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は終了しました。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は終了しました。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は終了しました。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は終了しました。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました(時々番外編あり)。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
20170707_abe06新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。18〜24頁にときの忘れものが特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第60回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第60回

01
(画像をクリックすると拡大します)

文章とちがって、写真は一瞬である。
目にしたとたんに、その写真を見つづけるかどうかが決まってしまう。
それはことばの判断を差し挟む間もないほど瞬発的な身体的反応である。

おもしろくないと思った写真が、あとになって何事かを語りかけてくる場合もあるから、はじめの印象がすべての価値を定めるわけではないが、初見のときに何かひっかかるものがある写真は、うちに秘密を隠しもっているとみてまちがいない。

人が去り、家具が運びだされ、不要なものが残された室内に、強力な力が働いた。壁に造り付けられていた棚は跡だけを残して消え去り、そこに入っていた食器類は床に投げされた。

まず手前にある皿が目に飛び込んできた。
大皿がとりわけ気になったのは、裏返って底を見せているからだろうか。降参!という叫びが聞こえてきそうだ。

奥のコーナーに目を移すと、トイレの便器が静かに白い肌を晒している。跳び箱に似た台座の上に、アボガドをまっぷたつに割ってくり抜いた形の便器が載っている。

これらの皿と便器は自らの意志でこのように散乱したのではなく、外からの力によって、偶然にもこのような姿をさらすはめになったのだが、じっと見ているうちに、これまで思ってもみなかった感想がわいてきた。どちらも陶器だな、と。食器をつくる素材が、便器をもつくる。おなじ器でありながら、盛られるものがちがうなと。

日常生活では食器と便器を同時に目にすることはない。トイレとキッチンが隣り合っていても、壁で仕切られ、便器の半径2,3メートルのところに食器があるとはよもや思わないのである。ふたつの関係は巧妙に隠される運命にあるmpだ。

だが、人が住まなくなったいま、そのことを隠す必要はどこにもなくなった。秘密は暴かれたのだった。

食器と便器が同時に写っている奇妙な光景には、人の営みの残滓のようなものが感じられる。
食べて、出して、また食べるという,生命を維持するのに欠くことのできない行いが、無人の空間に染みわたっている。

大竹昭子(おおたけあきこ)

■石内都 Ishiuchi Miyako
1947年群馬県桐生市生まれ。神奈川県横須賀市で育つ。 1979年に「Apartment」で第4回木村伊兵衛写真賞を受賞。2005年、母親の遺品を撮影した「Mother’s」で第51回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館代表作家に選出される。 2007年より現在まで続けられる被爆者の遺品を撮影した「ひろしま」も国際的に評価され、近年は国内外の美術館やギャラリーで個展を多数開催。2013年に紫綬褒章、2014年に「写真界のノーベル賞」と呼ばれるハッセルブラッド国際写真賞を受賞。2015年、J・ポール・ゲティ美術館(ロサンゼルス)の個展「Postwar Shadows」では「ひろしま」がアメリカの美術館で初公開され、大きな反響を呼んだ。

●写真集のご紹介
上掲の写真作品は、石内都さんの写真集『yokohama互楽荘』に収録されています。
cover石内都写真集『yokohama互楽荘』
2017年10月31日
蒼穹舎 刊行  限定550部
A4変型  上製本
モノクロ  ページ数:76
作品点数:63点
編集:大田通貴
装幀:原耕一

かつて横浜にあった集合住宅地・互楽荘。1932年に東京の商人が娘のために建てたが、太平洋戦争後、アメリカ軍兵士のための 赤線第一号の建物となった。「その事実を知ったことで同潤会アパートとはどこか違う影の濃さをはじめに感じたことが納得できた」 (あとがきより)。初期の代表作『APARTMENT』(1978年)と対をなす、もうひとつの「アパートメント」と言えるこの作品集を見ることで、建物が持つひとつの歴史が浮かび上がってくる。(蒼穹舎HPより転載)

●展覧会のご紹介
「石内 都 肌理と写真」
会期:2017年12月9日[土]〜2018年3月4日[日]
会場:横浜美術館
時間:10:00〜18:00
   *2018年3月1日(木)は16:00まで 
   *2018年3月3日(土)は20:30まで
   (入館は閉館の30分前まで)
休館:木曜日、2017年12月28日(木)〜2018年1月4日(木)

石内都(1947年生まれ)は、2014年にアジア人女性として初めてハッセルブラッド国際写真賞を受賞するなど、現在、国際的に最も高く評価される写真家のひとりです。
多摩美術大学で織りを学んだ石内は、1975年より独学で写真を撮り始め、思春期を過ごした街・横須賀や、日本各地の旧赤線跡地などを撮影した粒子の粗いモノクローム写真で一躍注目を集めました。近年は、被爆者の遺品を被写体とする「ひろしま」やメキシコの画家フリーダ・カーロの遺品を撮影したシリーズで、その活動は広く知られています。
2017年は、石内が個展「絶唱、横須賀ストーリー」で実質的なデビューを果たしてから40年を迎える年にあたります。本展は、この節目の年に、石内自らが「肌理(きめ)」というキーワードを掲げ、初期から未発表作にいたる約240点を展示構成するものです。
住人のいなくなったアパート、身体の傷跡、日本の近代化を支えた大正・昭和の女性たちが愛用した絹織物、亡き母や被爆者らの遺品の写真を通して、存在と不在、人間の記憶と時間の痕跡を一貫して表現し続ける石内の世界を紹介します。(横浜美術館HPより転載)

●本日のお勧め作品は、瑛九です。
qei_violin
瑛九《バイオリン》
フォトデッサン
26.6x21.1cm
都夫人のサインあり(裏面)
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

●冬季休廊のご案内
ときの忘れものは2017年12月29日(金)〜2018年1月4日(木)まで冬季休廊いたします。
ブログは年中無休、気鋭の執筆陣によるエッセイと忘れてはならない小さな情報を毎日お届けしています。

◆埼玉県立近代美術館で新春1月16日〜3月25日の会期で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」が開催されます。
会員制による共同版元として現代版画センターは1974〜1985年に約80作家、700点のエディションを世に送り出しました。全国各地で展覧会、頒布会、オークション、上映会、講演会、パネルディスカッション等を頻繁に開きましたが、今回の展覧会では、その中から埼玉近美が選んだアンディ・ウォーホルなど45作家、約300点の作品と、11年間に発信された機関誌など資料が一部展示換えをしながら展観されます。
パンフレット_04

●書籍のご案内
版画掌誌第2号
版画掌誌第2号
オリジナル版画入り美術誌
2000年/ときの忘れもの 発行
特集1/磯崎新
特集2/山名文夫
B4判変形(32.0×26.0cm) シルクスクリーン刷り
A版:限定35部:120,000円(税別 版画6点入り)  
B版:限定100部:35,000円(税別 版画2点入り)


TAKIGUCHI_3-4『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』図録
2017年10月
ときの忘れもの 発行
92ページ
21.5x15.2cm
テキスト:瀧口修造(再録)、土渕信彦、工藤香澄
デザイン:北澤敏彦
掲載図版:65点
価格:2,500円(税別) *送料250円


安藤忠雄の奇跡安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言
2017年11月
日経アーキテクチュア(編)
B5判、352ページ
価格:2,700円(税別)  *送料:250円
亭主もインタビューを受け、1984年の版画制作始末を語りました。日経アーキテクチュア編集長のコラム<建築家・安藤忠雄氏の言葉の力:第3回>で、出江寛先生、石山修武先生の次に紹介されていますので、お読みください。
ときの忘れもので扱っています。
ときの忘れものでは1984年以来の安藤忠雄の版画、ドローイング作品をいつでもご覧になれます。


◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
20170707_abe06新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。18〜24頁にときの忘れものが特集されています。
ときの忘れものの小さな庭に彫刻家の島根紹さんの作品を2018年1月末まで屋外展示しています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
 
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