大竹昭子のエッセイ

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第51回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第51回

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幼女が足を投げ出して床にぺたんと座っている。
両腿の上にのせているのは、何だろう。
かぼちゃにしては光りすぎだし、りんごにしては平たいがー。
足元にはフットボール型のものがあって、そのすぐ上には輪切りになったすいかがある、と書いて不安になった。すいかにしては種が大きすぎないか。
たぶんそうではなくて、瓜科の何かだろう。

果実のほかには水差しがあり、扇風機も半分見えている。
これらは少女に選ばれたのではなく、撮影者が持ってきて配置したのだろう。
少女はただ連れてこられて、言われたままにぺたんと座り、持ちなさい、と言われたものを抱えたのだ。
レンズを見あげる両目は、なぜ?と問うている。
なぜ、わたしは、これをしているの?

でも、撮っている人にその問いをむけても、答えられないだろう。
これらのモチーフは無意識の働きが誂え、並べてみた結果、合うとわかったのだ。
そこには共通項がある。どれもが丸い。直線をもつものが何一つ入っていないのである。

丸みは、柔らかさにつながる。
丸いのに堅い材質のものもあるが、曲線で構成されたものが視覚に訴えるのは、柔らかさであり、素材がわからなければ丸みから柔らかいものを自動的に想像するように、わたしたちの頭は出来ている。

また、丸さには生まれたての印象がある。直線の形をしてこの世に出てくるものはない。生まれいずるものはすべて、出てきやすいように、丸みを帯びた形状をしている。

この少女も同じだ。この世に生きてさほど時間が経っていないことを証拠づけるように、顔も、眼も、鼻も、口も、腕も、爪も、足の指も、丸っこい。そうでないところは見つからないほど、どこもかしこも丸みを帯びて、柔らかい。

でも、少女の丸さと柔らかさを表現するために、写真家は丸いものを集めたわけではないだろう。きっと、少女の雰囲気に合いそうなものを揃えたら、丸いものばかりになったのだ。
ここに絵本とかクレヨンとかを加えると、雰囲気ががらっと変わることからもそれがわかる。直線で構成されたものは、この写真の空気を壊してしまう。意志的で人工的な気配が、生まれたての感じを遠ざけてしまうのだ。

丸いものはみな生命感を孕んでいて、まだ固まっていない、生まれたての状態へと見る者の心を誘う。この写真では扇風機さえもが、それが生み出す風を感じさせるのに驚く。

大竹昭子(おおたけあきこ)

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●紹介作品データ:
塩谷定好
「児女と静物」
1932年
ゼラチンシルバープリント
23.9×22.9cm
サインあり
島根県立美術館寄託

■塩谷定好 Teikoh SHIOTANI(1899-1988)
鳥取県赤碕町(現・琴浦町赤碕)の廻船問屋に生まれる。本名は定好(さだよし)。小学校の頃から写真に親しみ、1919(大正8)年、赤碕に「ベスト倶楽部」を創設する。1924(大正13)年以降『藝術寫眞研究』『カメラ』『アサヒカメラ』『フォトタイムス』などの写真雑誌の月例懸賞に入選を続けた。1925(大正14)年、島根半島多古鼻の沖泊を撮影した《漁村》で、『アサヒカメラ』創刊号の月例懸賞第1位に選ばれる。1928(昭和3)年、日本光画協会会員となる。1930年『藝術寫眞研究』誌上に《三人の小坊主》が発表され、その深遠な表現は多くの写真家たちに感銘を与える。1982年ドイツでフォトキナ栄誉賞を、1983年日本写真協会功労賞を受賞。『塩谷定好名作集 1923-1973』(1975)、『海鳴りの風景―塩谷定好写真集』(1984)が刊行された。大正末から昭和初期の芸術写真が隆盛した時期に、一世を風靡した単玉レンズつきカメラ「ヴェスト・ポケット・コダック」(通称ヴェス単)を愛用し、「ヴェス単フードはずし」と称された軟調描写で山陰の風物を生涯に
わたって写した。日本の芸術写真を代表する写真家のひとりとして、高い評価を得ている。2014年、生家が塩谷定好写真記念館として開館した(琴浦町赤碕)。

●展覧会のご案内
島根県立美術館で塩谷定好さんの写真展「愛しきものへ 塩谷定好 1899-1988」が開催されています。

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「愛しきものへ 塩谷定好 1899-1988」
会期:2017年3月6日[月]〜5月8日[月]
会場:島根県立美術館
時間:10:00〜日没後30分(展示室への入場は日没時刻まで)
休館:火曜 ※ただし5月2日(火)は開館

「自然の心を私の心に重ねる」ように、山陰の風物を生涯写し続けた塩谷定好(1899-1988)。大正末から昭和初期に隆盛した絵画主義の写真「芸術写真」を代表する写真家です。
 19世紀末から20世紀初頭にかけて欧米で隆盛したピクトリアリスム(絵画主義)は、日本で独自の発展を遂げ、豊かな成果をもたらしました。塩谷は、洋画壇の前衛的な作風を取り入れた「日本光画協会」に属し、「ヴェス単」の愛称で知られる小型カメラを愛用し、独特の白の滲みに味わいのある軟調描写で、眼前の日本海や山里などの身近な自然とそこに暮らす人々を写し出しました。印画にメディウムを塗り、油絵具や蝋燭の油煙で仕上げる手法を用いた塩谷作品の深い味わいは、多くの写真家たちの胸を打ち、写真雑誌に次々と掲載されて全国に名を馳せたのです。写真に対するその真摯な態度は、いくつもの神話を生み、写真の道に進んだばかりの植田正治にとって、まさに神様のような存在でした。
 しかし、昭和10年頃から「新興写真」の名のもとにカメラの精緻な描写力をストレートに用いたモダン・フォトグラフィが一世を風靡すると、芸術写真は否定され、戦後のリアリズムなどの新たな潮流のなかで埋もれていったのです。多様な写真表現が展開される現在、芸術写真を再評価する機運が高まるなか、写真家・塩谷定好は、稀有の存在として再び注目されています。80年もの間大切に保存され、日の目を見ることのなかった貴重なコレクション約400点(作品約300点、資料約100点)によって、戦前の作品を中心に塩谷定好の全貌を公開します。
(島根県立美術館HPより転載)

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大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第50回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第50回

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大きな岩がごろごろし、ちょっとおどろおどろしい感じのする場所である。
草木が一切生えていないことも、そうした印象を助長しているのだろう。
生き物が育つのに欠かせない潤いが途絶えた土地なのだ。

そんな荒涼とした風景に、唯一見いだせる生き物が、ふたりの人間である。
ふたりはござを敷いた上に腹ばいになり、裸足の足をハの字に開いていて寝そべっている。体つきからすると女性のようで、そばには脱いだ履物とわずかな荷物が置かれている。

ふたりのいる場所には石囲いができている。
ほかと区切するために造られたのだろうが、何を区別するためなのかはわからない。囲いの外側は道である。そこを隔てるようにして石が置かれているが、両者のちがいとして気付くのは、道よりも囲いの中のほうが地面の色が明るいことだ。

囲いには大きな石も混じっている。造るのは結構な労力がいったと思う。だれがやったのか。このふたりでないことは確かだろう。
つまり、積んだのはほかの人たちだが、そこが囲まれている意味をふたりは知っていて、他のところではなくて囲いの中を選んだのだ。

渓流のそばにある露店の天然温泉の光景に、ちょっと似ているような気がする。温泉の成分を岩で堰止めるように、この囲みの内側に何か見えないものが溜まっている。

湯の入っていない温泉みたいだなと思って見ているうちに、ふたりの頭上のあたりに視線が停止した。そこに気になるものを見つけたのだ。斜面から岩が飛び出している。ほかの岩とちがって表面がごつごつしてなくて滑らかで、地中から彫り出したように形がはっきりしているのである。

岡本太郎の太陽の塔の上にのっているような、デフォルメされた顔がそこから浮かび上がってくる。ふたつの大きな目玉とへの字口。見えないパワーが放たれているようだ。

この場所の核心は、実はその岩にあるのではないか。ふたりの人間はただそこに寝転がっているのではなく、その岩が発するパワーをあがめて五体投地しているのではないか。

だれかが、あるとき、この岩にパワーを感じて囲いをつくった。この場の力を守護するための結界を張ったのだ。

標しが付けらたことで、パワーの存在がわかりやすくなる。超能力の持ち主でなくても目で見てここだと認識できる。
噂が広まり、人々がやってくる。
人の祈ったり拝んだりする場所は、こうやって出来ていくのだ。

大竹昭子(おおたけあきこ)

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●紹介作品データ:
山縣勉
「涅槃の谷」
2014年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
Image size: 20.8x31.8cm
Sheet size: 27.9x35.6cm
裏面にサインあり

■山縣勉 Tsutomu YAMAGATA
写真家。1966年東京生まれ 東京都在住。
1988年 慶應義塾大学法学部法律学科卒 卒業後エネルギー企業に勤務
2004年 退社後、海外放浪。その後創作活動に入る。
2007年 フリーランス写真家になる
2013年 Photolucida Critical mass TOP 50

主な個展:
2014年 Dried-up Paris and Amsterdam, ALBA GALLERY (北京)
2013年 THIRTEEN ORPHANS, Colorado Photographic Arts Center (コロラド)
2012年 Double-dealing, ALBA GALLERY (北京)
2012年 国士無双, ZEN FOTO GALLERY (東京)
2011年 国士無双, ZEN FOTO GALLERY (北京)

主な出版物:
2015年 写真集 涅槃の谷 2015 (ZEN FOTO GALLERY)
2012年 写真集 国士無双 (ZEN FOTO GALLERY)
2011年 私家版写真集 Bulgarian Rose

●写真集のご案内
六本木のZEN FOTO GALLERYから、山縣勉さんの写真集『涅槃の谷』が出版されました。

写真集山縣勉写真集『涅槃の谷』
2016年
ZEN FOTO GALLERY 発行
108ページ
25.6x19.5cm
ハードカバー
限定700部
価格5,000円(税別)
ご注文、お問い合わせはZEN FOTO GALLERYへお願いします。


親が私を産んだ歳よりずっといってから子どもが産まれた。私の二世だ。同じころ、年老いた父が癌にかかった。その治療方法を調べるうちに、癌に冒された人が集うという東北の谷のことを知った。山に埋まった岩から強力な放射線が飛び出し、川は沸騰して流れている。モウモウと湧き上がる煙の切れ間から、山を中心に人が点々と横たわっているのが見える。その光景を初めて見たときに私は涅槃図を思い出した。寝そべる仏陀を中心に十名の高弟たちが思い思いの格好で過ごす絵は、煩悩が消え去って悟りが完成された最終境地を表すという。
すべてが剥がれ落ちた人たちから苦悩や焦りは感じられない。性別さえ薄らいで、安寧な世界への準備と循環する生への期待を思わせる。一段上に形なく存在しているかのようなこの場所に私は通いはじめた。徘徊し、ゴツゴツした岩に座ってゆっくりと息を整え、父や幼い息子のことを考える。
― 山縣勉、あとがきより
(ZEN FOTO GALLERYのHPより転載)

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大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第49回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第49回

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一瞬、海かと思った。
でも、よく見れば川である。しかも、かなりの急流だ。

海だと思いちがいしたのは、少年たちの姿のせいかもしれない。
ふんどしを着けている。その姿が川に結びつかなかったのである。
漁師たちが釣った魚をぶらさげて行進している青木繁の「海の幸」の影響からか、ふんどしを見れば荒々しい海が思い浮かぶという脳になってしまったのだ。

ふんどしを着けた姿は、臀部のかたちをあらわにする。丸っこかったり、平たかったり、キュッと締まっていたり、たれさがっていたりという形状がつまびらかになり、のみならず、お尻から脚に肉がなめらかにつながっている様子がわかる。脚部と胴体という区分が消えて、ひとつづきの生きもののようなイメージが立ち上る。

ためしに、頭のなかで少年たちのふんどしを解いて海水パンツに穿きかえさせてみよう。俊敏な肉体の動きやぴちぴちと飛び跳ねるようなイキのよさは殺され、呆気ないほどふつうの子どもになるにちがいないのだ。パンツは脚の位置を際立たせ、結果として全身の流れを断ち切ってしまう。西洋の服装には体を解剖的に考えるという成り立ちがあるのかもしれない。

ひるがえって、ふんどしには体の動きを流体のように見せる効果がある。全裸にヒモをかけただけなのに、目的意識が宿る。動物と互角にやりあおうとする人間の生きものとしての覚悟が出るのだ。

彼らは手に竹槍をもって水しぶきのあがる流れを覗きこんでいる。魚を見つけたらただちに槍で突こうというわけだ。この激しい流れにのって泳いでいるのだから、川魚の速度は相当なものだ。しかも、しぶきに遮られて魚影が見にくい。

だが、抜群の動体視力をもった彼らの肉体は自信に満ちている。大きく広げた両腕や四股を踏むように踏ん張った両脚に、挑戦の意気込みがほとばしりでている。魚の動きに合わせて体勢を整え、流れを凝視するうちに、彼らもまた魚になっていくのだ。

大竹昭子(おおたけあきこ)

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●紹介作品データ:
土門拳
「鮎突く子ら 静岡県伊豆」
1936年撮影(1978-79年プリント)
ゼラチンシルバープリント
Image size: 29.1x20.1cm
Sheet size: 40.0x34.5cm
サインあり

■土門拳 Ken DOMON
写真家。1909年山形県酒田市に生まれる。リアリズム写真を確立した写真界の巨匠。報道写真の鬼と呼ばれた時代もあり、その名は世界的に知られている。  ライフワークであった「古寺巡礼」は土門の最高傑作とされ、「室生寺」「ヒロシマ」「築豊のこどもたち」「古窯遍歴」「日本名匠伝」ほか数多くの作品をのこし、いずれも不朽の名作群として名高い。
土門拳の芸術は、日本の美、日本人の心を写し切ったところにあるといわれ、その業績に対する評価はきわめて高く、1943年に第1回アルス写真文化賞を受けたのをはじめ、多数の受賞に輝き、1974年に紫綬褒章、1980年に勲四等旭日小綬章を受けた。1974年酒田市名誉市民となる。1990年、歿。

●展覧会のご案内
東京工芸大学 写大ギャラリーで、「土門拳の原点 1935-1945」が開催されています。

「土門拳の原点 1935-1945」
会期:2017年1月23日[月]―2017年3月24日[金]
会場:東京工芸大学 写大ギャラリー
時間:10:00〜20:00
会期中無休

1935年から1945年は、土門拳が、「報道写真」の理念をドイツから日本に持ち帰った名取洋之助(1910−1962)の主宰する日本工房に採用され、後に外務省の外郭団体である国際文化振興会の嘱託や、内閣調査研究動員本部への所属などを経て終戦を迎え、フリーランスの写真家として活動を開始するまでの期間にあたります。

日本工房へ入社した土門は、当初は明治神宮での七五三スナップ、早稲田大学、東京女子高等師範学校(現・お茶の水女子大学)の卒業アルバムなどの撮影を担当していましたが、1936年に取材で訪れた伊豆での写真が、対外宣伝のためのグラフ誌『NIPPON』8月号に掲載され、これが土門の写真が初めて仕事として雑誌に掲載されたものになります。
土門は1939年に日本工房を退社し、外務省の外郭団体 国際文化振興会の嘱託となります。(1943年に辞職)1945年には内閣調査研究動員本部に参事として所属しますが、敗戦により完全にフリーランスの写真家として活動を始めることになります。
この時期の土門の作品群は、戦後の代表作となる「ヒロシマ」や「筑豊のこどもたち」、あるいは「風貌」「古寺巡礼」などに通ずる確かな視線の礎石となっていると言えます。
本展は、土門の初期作品群を概観しながら、被写体や世相を見つめる土門の視点や思想、そして、戦後の作品へとつながる土門の確固たる美意識を、改めて見直す機会になればと存じます。(東京工芸大学写大ギャラリーHPより転載)

本日の瑛九情報!
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瑛九は早い時期から抽象的作品を制作したことは今回の近美に展示されている素描類からもうかがわれます。
今日ご紹介するのは久保貞次郎旧蔵の最初期の作品です。
瑛九「作品-B」
瑛九「作品ーB(アート作品・青)」
1935年 油彩(ボード)
29.0×24.0cm(F3号)
※山田光春『私家版・瑛九油絵作品写真集』(1977年刊)No.19、
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから

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瑛九 1935-1937 闇の中で「レアル」をさがす>展が東京国立近代美術館で開催されています(11月22日〜2017年2月12日)。外野応援団のときの忘れものは会期終了まで瑛九について毎日発信します。

◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第48回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第48回

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(画像をクリックすると拡大します)

要素の多い写真、という言い方がある。目に留まるものがたくさんあり、それらが強弱なく画面のなかに散在している、というニュアンスである。この写真も、写っているのはふたりだが、彼女たちの体にいろいろなものが付着し、まさしく「要素の多い写真」となっている。その数多い要素のなかでまず目がいったのは、彼女たちの顔だった。右側の女の子を見て、つぎに左の子に視線を移す。二度目のときも、三度目のときもこの順番は変わらず、まず顔、それから身につけているグッズ、なのだった。

首にかけている長いチェーンや口を開けたカエルのマスコット、手首にはめたブレスレットや輪っかやコード状のもの、指にはまっている星形の指輪やパンダの人形など、ふだんあまり見かけないものに引き寄せられる。何色かは考えず、質感だけを想像しながら見入る。付けている点数が多い割には重そうではない。大方がプラスチック製なのだろう。

生まれ落ちたときは裸で、この世にいる時間が長じるにつれて身につけるものが増す。服、靴下、靴、帽子、メガネ、バッグ、アクセサリー、メイクアップ、かつら……と増えていき、ピークをすぎるとその数が減って下降線をたどる、というのが人の一生だとすると、この少女たちはいまピークのまっただ中にある。これ以上身につけるアイテムはあるだろうかと思うほど、ありとあらゆるもので身を覆いつくしている。

いや、考えたらもうひとつあるではないか。顔にお面を付けるのだ。ピカチューとか、キティーちゃんとか、ゾンビとか、ドンキホーテに行けばいくらでも売っているだろう。だが、それを顔に被るという選択肢は彼女たちにはないらしい。それをしたら顔が見えなくなる。これはわたしです、というアピールが半減しては意味がない。

右側の女の子は口を半開きにし、もの言いたげな表情で左の子を見ている。かたや、見られているほうの子はアイラッシュをつけた両目を空にむけ、カルピスソーダを飲んでいる。ふたりの頬には星が飛んでいて、シールすらも身を飾るアイテム化している。右の少女の顎のところに水玉模様のものがある。これは何だろう、と考えるうちに、マスクだとわかった。それを顎にひっか掛けているのだ。ナルホド、口にかぶせるのは顔が隠れるからNGなのだ。

水玉模様と左の子のドリンクとのあいだに、なにか関連性があるような気がして考えているうちに、はたと思い付いた。濃縮カルピスが出回っていたころ、そのボトルはクレープ状の包装紙に包まれていた。その紙の模様が水玉模様だったのである。甘ったるい白い液体がドリンクの王様だった頃のことは、彼女たちは知るよしもないけれど、一瞬、そのイメージが瞼の奥にスパークしたのである。

大竹昭子(おおたけあきこ)

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●紹介作品データ:
元田敬三
〈OPEN CITY〉シリーズより
2012年撮影(2016年プリント)
ゼラチン・シルバー・プリント
106.3x136.5cm
サインあり
*2012年、原宿。原宿の磁場に引き寄せられるようにハデ子が2人参上。

■元田敬三 Keizo MOTODA
1971年大阪生まれ。桃山学院大学経済学部卒業後、ビジュアルアーツ専門学校大阪入学。 在学中、1996年写真[人間の街]プロジェクト(ガーディアン・ガーデン主催)入選、準太陽賞受賞。1997年より東京ビジュアルアーツ専門学校にて非常勤講師。

●展覧会のご案内
「総合開館20周年記念 東京・TOKYO 日本の新進作家vol.13」
会期:2016年11月22日[火]〜2017年1月29日[日]
会場:東京都写真美術館
時間:10:00〜18:00 ※木・金曜は20:00まで
   2017年1月2日(月・振休)・3日(火)は11:00-18:00
   (いずれも入館は閉館時間の30分前まで)
休館:月曜(月曜日が祝日の場合は開館し、翌平日休館)、年末年始(12月29日[木]―2017年1月1日[日・祝]、ただし図書室は12月29日[木]―2017年1月4日[水]まで休室)

東京都写真美術館は、写真・映像の可能性に挑戦する創造的精神を支援し、将来性のある作家を発掘し、新しい創造活動の場となるよう、さまざまな事業を展開しています。その中核となるのが、毎年異なるテーマを決めて開催している「日本の新進作家」展です。シリーズ第13回目となる本展は「東京」をテーマとして、東京というメガ・シティに対してアプローチしている現代作家たちをとりあげていきます。
東京は世界有数の都市として認知されています。しかし東京というとメディアに表現されるような、足早に大勢の人々が交差点で行き交うような風景だけではありません。人々が生活し、変化し続ける都市でもあります。写真技術が輸入されてから、多くの写真師、写真家によって記録され続けていた都市ですが、現在の写真家たちの眼にどのような形で映っているのでしょうか。今回は6人の新進作家による表現された「東京」をテーマにした展覧会を開催いたします。
東京都写真美術館では、「東京を表現、記録した国内外の写真作品を収集する」という収集方針があり、同時開催として、当館のコレクションによる「東京」をテーマとした収蔵品展を行います。(東京都写真美術館HPより転載)

本日の瑛九情報!
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新年明けましておめでとうございます。
お正月に瑛九を展示している全国の美術館を紹介します。
沖縄県立博物館・美術館本日1月1日(日)より開館しています。1月4日(水)と1月10日(火)は休館。開催中の「夢の美術館−めぐりあう名画たち−福岡市美術館・北九州市立美術館名品コレクション」展に瑛九の作品が展示されています。
東京国立近代美術館:1月1日(日)のみ休館、1月2日(月)から開館。<瑛九 1935-1937 闇の中で「レアル」をさがす>展を開催しています。
埼玉県立近代美術館:1月3日(火)まで休館、1月4日(水)から開館。「MOMASコレクション 第3期」で瑛九を展示しています。
久留米市美術館:1月3日(火)まで休館、1月4日(水)より開館。「久留米市美術館開館記念 2016 ふたたび久留米からはじまる。九州洋画」展には瑛九の点描作品も展示されています。
大川美術館:1月3日(火)まで休館、1月4(水)より開館。常設展示で瑛九の油彩とフォトデッサンを展示しています。
宮崎県立美術館:1月4日(水)まで休館、1月5日(木)より開館。全国で唯一「瑛九展示室」があり、いつでも瑛九の作品をご覧になれます。
都城市立美術館:1月4日(水)まで休館、1月5日(木)より<UMK寄託作品による「瑛九芸術の迷宮へ」展>が開催されます。本展については中村茉貴さんがはるばる宮崎まで遠征し、ブログでレポートしてくださる予定です。
亭主が把握している「お正月に瑛九を展示している美術館」は上記7館ですが、他にもありましたらぜひお知らせください。
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瑛九 1935-1937 闇の中で「レアル」をさがす>展が東京国立近代美術館で開催されています(11月22日〜2017年2月12日)。外野応援団のときの忘れものは会期終了まで瑛九について毎日発信します。

◆ときの忘れものは休み明けの1月18日(水)より「Circles 円の終わりは円の始まり」を開催します。
会期:2017年1月18日[水]―2月4日[土] *日・月・祝日休廊
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オノサト・トシノブソニア・ドローネ菅井汲瑛九、高松次郎、吉原治良など円をモチーフに描かれた作品をご覧いただきます。


◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第47回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第47回

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(画像をクリックすると拡大します)

羊飼いが牧草地でピクニックをしている。
草原に布を広げ、と書いてからよく見ると、布ではなくて上着のようだ。ジッパーがついているのでわかる。野外とはいえ、テーブルはなくてはならない。食べ物を置くため、というよりも祝祭的な気分を盛り上げるために。裏地のチェック模様がテーブルクロスっぽく、最適だ。

「テーブル」の上にはパンが載っている。ぶっといのがごろんと三本。加えて画面の端にぽつんともう一本。ソーセージかチーズがありそうだと探すが、見当たらない。代わりに見つかったのは缶詰である。くるくると巻き上げる蓋の中は何だろう、と思って見つめていると、そこから少し離れたテーブルの左うしろにチーズらしきものが顔を覗かせているのがわかる。あの丸い入れ物はカマンベールにちがいない。

祝祭気分は上々のようだ。すでにワインが2本空いており、3本目のボトルにハンチングの男の手がかかっている。右のセーターの男より彼のほうがずっと飲ん兵衛なのだ。すっかりでき上がった様子で寝転がっている。

セーターの男は用心深い性格で、もう一本開けて大丈夫かな、という表情でそれを見ている。上着を脱いで草の上に敷いたのも、この男だ。なかなか几帳面な人なのである。昼飯、いっしょに喰わないか?とハンチングに誘われ、悪くないな、と応じて、羊同伴でこの草原で落ち合うことと相成ったのだ。

背後にいる羊はふたりが共同で飼っているのだろうか、と考えていると、群れのなかにRFという焼き印が捺されているのが見つかった。どちらかの羊がRFなのだ。見分けがつくよう徴が要る。ごっちゃになるのはよくない。付けたのはセーターの方だ、という気がする。

羊はどのくらいいるのか、画面を外れたほうまで群れは広がっている。数えきれないほどたくさんだ。彼らは草を食むわけでなく、羊のようにおとなしいという形容どおりの静けさでその場に佇んでいる。

そのなかに一頭だけ男たちのほうを向いているのがいる。目の離れた淡い三角形の顔を正面に突き出し、テーブルをのぞき込んでいる。その表情はどう考えても「なに食べてんの?」と言っているとしか思えない。

と、たちまち羊と人間の立場が逆転して、この写真の主人公は彼らだ、という声がどこかから響いてきた。たしかに、数から言っても羊のほうがマジョリティーである。どんなに待たされても怒らないし、急かさない。寛容な心をもってご主人に交遊のときを許している。薄ぼんやりした顔が神々しく輝きだす。

大竹昭子(おおたけあきこ)

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●紹介作品データ:
ロベール・ドアノー
〈移牧〉シリーズより「野営」
1958年
ゼラチン・シルバー・プリント
40.0×50.0cm
©Atelier Robert Doisneau/Contact

ロベール・ドアノー Robert DOISNEAU
1912年パリ郊外のジョンティイ生まれ。印刷会社でリトグラフの仕事を経験後、1931年写真家に転向。1934年ルノー自動車で広告、工業写真家として勤務し、1939年に独立するが、すぐに召集を受ける。パリ陥落後はレジスタンス活動に加わる。戦後は1946年にラフォ通信社に参加し、フリー写真家として「パリ・マッチ」などのフォトジャーナリズム分野で活躍。一方、1948年から1952年まではファッション誌の「ヴォーグ」の仕事も行う。
パリの庶民生活をエスプリを持って撮影し、もっともフランス的な写真家として根強い人気がある。1947年にコダック賞、1956年にニエペス賞を受賞。また、シカゴ美術館(1960年)、フランス国立図書館(1968年)、ジョージ・イーストマン・ハウス(1972年)をはじめ世界中の主要美術館で回顧展が開催されています。1994年、歿。

●展覧会のご案内
静岡県のベルナール・ビュフェ美術館で、「ロベール・ドアノーと時代の肖像 ―喜びは永遠に残る」が開催されています。

「ロベール・ドアノーと時代の肖像 ―喜びは永遠に残る」
会期:2016年9月15日[木]〜2017年1月17日[火]
会場:ベルナール・ビュフェ美術館
時間:10:00〜16:30(入館は閉館の30分前まで)
休館:水曜(祝日の場合は翌日休)、2016年12月26日[月]〜2017年1月6日[金]は休館

日常の小さなドラマを絶妙にとらえ、「イメージの釣り人」と評されるフランスの国民的写真家、ロベール・ドアノー(1912-1994)。ドアノーがとらえた、パリの恋人たちや子どもたちの豊かな表情、ユーモアや風刺の効いた街頭の一場面など、人間に対する無限の愛情と好奇心に満ちた写真は、時代を超えて世界中で愛され続けています。
写真家ロベール・ドアノーを語る上で欠かせない分野、それが「ポートレイト」です。鋭い洞察力と観察眼に裏打ちされたドアノーによる芸術家のポートレイト群は、ドアノー自身の「見る喜び」を見事に体現したものでもあります。
本展では、同時代を代表する人々を写したポートレイトを中心に、精選されたドアノーの代表作など、未発表作品を含む約140点を一堂に展示します。ロベール・ドアノーのまなざしを通して提示される同時代人たちの肖像は、写真の本質でもある「見る喜び」とともに、あらためて創造の喜びを私たちに伝えてくれるに違いありません。(ベルナール・ビュフェ美術館HPより転載
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●大竹昭子ポートフォリオ『Gaze+Wonder NY1980』のご案内
600600
大竹昭子ポートフォリオ『Gaze+Wonder NY1980』
発行日:2012年10月19日
発行:ときの忘れもの
限定8部
・たとう入り オリジナルプリント12点組
・写真集『NY1980』(赤々舎)挿入
テキスト:堀江敏幸、大竹昭子
技法:ゼラチンシルバープリント
撮影年:1980年〜1982年
プリント年:2012年
シートサイズ:20.3x25.4cm
各作品に限定番号と作者自筆サイン入り
価格:220,000(税別)
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

●大竹昭子写真集『NY1980』(サイン本)のご案内
NY1980大竹昭子写真集『NY1980』サイン本
2012年
赤々舎 発行
109ページ
20.5x15.7cm
テキスト:大竹昭子(ときの忘れものWEB連載エッセイ「レンズ通り午前零時」に加筆・修正+書き下ろし)
デザイン:五十嵐哲夫
2,300円(税別) ※送料別途250円

「撮るわたし」と「書くわたし」を育んだ80年代のニューヨークへ!
鋼鉄のビルが落とす鋭い影、ストリートにあふれるグラフィティー。
30年前、混沌のニューヨークへ渡り、カメラを手に街へ、世界へと歩きだした。生のエネルギーを呼吸し、存在の謎と対峙する眼。
ジャンルを超えて活躍する著者が、写真と言葉の回路を解き明かした重要な一冊。
そこに通っているのは一本のレンズ通りである。虚構と現実をつなぐこの通りこそが、過去といまと未来を接続するラインなのであり、それをつかみとることに生のリアリティーがあるのを強く確信したのだった。(本文より)
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本日の瑛九情報!
〜〜〜
彼の魂は扉の向うとこちらにいる。
その居ずまいが存在理由
ふと差出された真昼の夢は
陰と陽の落し子

瀧口修造【瑛九へ「ノートから 1951」】より)〜〜〜
瑛九 1935-1937 闇の中で「レアル」をさがす>展が東京国立近代美術館で始まりました(11月22日〜2017年2月12日)。ときの忘れものは会期終了まで瑛九について毎日発信します。

◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第46回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第46回

山田脩二「ひと夏の旅」より(佐田岬半島)_1500
(画像をクリックすると拡大します)

男の子の世界と、女の子の世界。
真ん中の樹木によってふたつに分たれている。
女の子の世界は木の根方より低いところにあり、陽がよく当たる。
男の子の世界はそこより少し高くて、木陰になっている。

女の子たちはおしゃべりしながら、膝の上に広げた帳面に何かを書き付けている。
男の子がしているのはそれぞれ別のこと。奥にいる子は両脚を木の幹にもたせかけてドリル帳のようなものを両手で掲げ、手前の子は顎の下に手を置いて膝を折って眠っている。

どこの子も齢は七、八歳くらい。にもかかわらず、おとなになったときの姿が早くもその身に宿っているように感じられてならない。子どもらしい、と感じるのと同時に、歳を重ねたおばさんやおじさんを見ているような感覚にもなるのだ。

たとえば、少女たちが土間で干した豆をよったり、梅干しを漬けている姿を、すんなりと目に浮かべることができないだろうか。手を動かしながら口も動かしていて、おしゃべりしつつも作業は着々と進んでいく。

少年たちがいるのは、田んぼが見渡せる屋根付きの台の上だ。弁当を食べ終えて一休みしているところで、ひとりは農事日記をめくって昨年の作柄を振り返り、もうひとりは胎児のように身をちぢめて昼寝している

どちらか一方の世界に重心を置くこともできたが、写真家はそうせずに世界をまっぷたつに分けてとらえた。樹々を境にして男女の世界が別々にあることに反応し、画面の左右にそれを分銅のように分けてバランスをとったのだ。

それから数十年がたったいま、写真を見ながらわたしは思うのだ。世界を男と女に分けてバランスを取るのは、そのころの社会のやり方でもあったということに。

共同体的なものをひきずっている社会に暮らす人間は、都市社会にいる人間と表情がちがう。昔はもちろんのこと、現代でもそうだ。子どものなかにおとながいる、と同時に、おとなのなかにも子どもがいる。都会のおとながハメを外して子どもじみた騒ぎをするのとは別の子どもがいる。

それは、「うしろを振りむくと親である/親のうしろがその親である」ではじまる山之口莫の詩「喪のある風景」にあるような、人から人にバトンが渡された記憶がふっと表にでてくる瞬間だ。日の光、土のにおい、風のにおい、空気の湿り気などに呼び覚まされ、人のからだに一瞬灯るそれは、子どもでもあり、おとなでもある人の姿なのだと思う。

大竹昭子(おおたけあきこ)

〜〜〜〜
●紹介作品データ:
山田脩二
〈ひと夏の旅〉より(佐田岬半島)
1963年撮影
ゼラチン・シルバー・プリント
29.4×20.5cm
『山田脩二 日本旅1961-2010』(2010年、平凡社)収録

山田脩二 Shuji YAMADA
1939年兵庫県生まれ。桑沢デザイン研究所を修了後、印刷会社で印刷と写真の技術を2年間学ぶ。退社後、グラフィックデザイナーを目指しながら、常滑や瀬戸内海などを旅する。1970-80年代にかけて、建築写真家(カメラマン)として活躍。造形的な写真を撮り続けるかたわら日本各地を旅して、新旧入りまじった村や街、都市の風景を撮影した写真が、数多くのメディアに取り上げられる。1982年に職業写真家に「終止符宣言」をして、兵庫県淡路島の瓦生産地集落・津井で瓦師(カワラマン)に転身。伝統的ないぶし瓦を現代に活かす作り手として活動しながら、地域に点在する炭焼生産地の現場を訪ね、"焼き"にこだわり続ける。主な著書、『山田脩二 日本村1969-79』(1979年、三省堂)、『カメラマンからカワラマンへ』(1996年、筑摩書房)、『山田脩二 日本旅1961-2010』(2010年、平凡社)など。

●展覧会のご案内
兵庫県の西脇市岡之山美術館で山田脩二さんの展覧会が開催されます。
「山田脩二―日本村・日本旅・日本晴れ―」展
会期:2016年11月27日[日]〜2017年3月26日[日]
会場:西脇市岡之山美術館
   〒677-0039 兵庫県西脇市上比延町345-1
時間:10:00〜17:00(入館は16:30まで)
休館:月曜日(祝日の場合は翌日)と祝日の翌日、年末年始12月29日(木)〜2017年1月3日(火)
入館料:大 人 310円(260円)
高大生 210円(160円)
小中生 110円(80円)  ()内20名以上の団体割引料金
※障がい者割引有
※ココロンカード利用可

西脇市岡之山美術館は「山田脩二―日本村・日本旅・日本晴れ―」展を開催する運びとなりました。
山田脩二は1939年兵庫県武庫郡鳴尾村(現西宮市)に生まれ、桑沢デザイン研究所に学び、グラフィックデザイナーを志して印刷工場の現場に2年間身を投じた後、職業カメラマンとして主に建築写真のジャンルで活躍しました。同時に日本各地を旅して人々の生業と暮らしの表情、常滑などの焼きもの産地の製造現場、都市と地域をカメラに収めました。それらの仕事の集大成写真集『山田脩二・日本村1969―1979』(1979年、三省堂刊)は、高度成長によって新旧が激しく混じり合う、常に変容してやまない日本の姿が映し出された貴重なドキュメントとして注目を浴びました。
1982年以降は淡路島の瓦産地、津井に移住して瓦師(カワラマン)となり、2007年南あわじ津井の瓦衆と《達磨窯プロジェクト「脩」》を立ち上げ、達磨窯を復興・築窯し、いぶし瓦を焼き続け、銀色に渋く光る肌と独特の風合いをみせる瓦・敷瓦の製造を手がけながら淡路島の風景、全国に点在する炭焼きの現場、日本の津々浦々の写真も撮り続けています。
本展は、淡路移住以降の写真の仕事を中心に紹介し、淡路の達磨窯との出会いが生む独創的な“山田瓦”の仕事、写真も瓦も焼いて、裏と表の“焼き具合”に徹底的にこだわる山田脩二の人生の旅そのものの魅力を紹介します。(プレスリリースより転載)

[イベント]
山田脩二とキュレーターによるギャラリートーク

日時:11月27日(日)11:00〜11:30
会場:本館

スライドショー&対談
山田脩二×山均(当館客員キュレーター、神戸芸術工科大学教授)
日時:11月27日(日)14:00〜15:00
会場:アトリエ
参加費:無料(要入館料)
定員:20名(要予約)

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●大竹昭子ポートフォリオ『Gaze+Wonder NY1980』のご案内
600600
大竹昭子ポートフォリオ『Gaze+Wonder NY1980』
発行日:2012年10月19日
発行:ときの忘れもの
限定8部
・たとう入り オリジナルプリント12点組
・写真集『NY1980』(赤々舎)挿入
テキスト:堀江敏幸、大竹昭子
技法:ゼラチンシルバープリント
撮影年:1980年〜1982年
プリント年:2012年
シートサイズ:20.3x25.4cm
各作品に限定番号と作者自筆サイン入り
価格:220,000(税別)
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

●大竹昭子写真集『NY1980』(サイン本)のご案内
NY1980大竹昭子写真集『NY1980』サイン本
2012年
赤々舎 発行
109ページ
20.5x15.7cm
テキスト:大竹昭子(ときの忘れものWEB連載エッセイ「レンズ通り午前零時」に加筆・修正+書き下ろし)
デザイン:五十嵐哲夫
2,300円(税別) ※送料別途250円


「撮るわたし」と「書くわたし」を育んだ80年代のニューヨークへ!
鋼鉄のビルが落とす鋭い影、ストリートにあふれるグラフィティー。
30年前、混沌のニューヨークへ渡り、カメラを手に街へ、世界へと歩きだした。生のエネルギーを呼吸し、存在の謎と対峙する眼。
ジャンルを超えて活躍する著者が、写真と言葉の回路を解き明かした重要な一冊。
そこに通っているのは一本のレンズ通りである。虚構と現実をつなぐこの通りこそが、過去といまと未来を接続するラインなのであり、それをつかみとることに生のリアリティーがあるのを強く確信したのだった。(本文より)

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は毎月5日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は毎月11日の更新です。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は毎月14日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は毎月24日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・光嶋裕介のエッセイ「和紙に挑む」は毎月30日の更新です。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第45回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第45回

<日々>より、1971年 (2)
(画像をクリックすると拡大します)

さっきからずっと気になっていることがあるような気がしてこの写真を見ているが、それが何なのかわからない。

犬が顎を上げて鼻を天に向けている。スタイルとしては遠吠えにちかいけれど、口は開いていないし、そもそも窓辺に手をついてそんなことはしないだろう。きちんと揃えられた両手には鼻先とおなじくらい神経が張りつめている。

犬のうしろには竹で編んだ背負い籠のようなものがある。同じものがその背後にも、右手にもあって、それらは天井まで高く伸びている。
あるのは籠だけ、という部屋である。

でも、籠の収納場にしては建物の造りは凝っている。窓のまわりの壁にはガラスキューブがはめられ、その横の壁は小さなタイル仕立てで、上部にはまた別の横長のタイルが張られている。ちょっとモダンな雰囲気を漂わせる建物のなかに、籠と犬が居る。

ところで、彼(犬のことだ)は鼻を上にむけて何をしているのか。空気の匂いを嗅いでいるのか。いい匂いがするが、それはどこだろうと出所を探っているのか。いまは匂いを嗅いでいるけれど、それが終わったらどうする? 
外国の老人のように、窓辺から道行く通行人を眺めて過ごすのだろうか。

と、そこまで来てようやく気になることが何かがわかった。
窓の下にある車のことである。その運転席に人がいない。気になっていたのはそのことだった。
答えは簡単だ、車を駐車して出て行ったんだ、と言う人がいるかもしれない。つまりこの車は路上駐車しているのだと。

でも、どうしてもそうは思えないのである。
道はわずかに傾斜していて、画面左手には何かの影が建物の上まで大きく伸びている。どこか不吉な印象の影だが、その影を出て緩やかな上り坂を進んできた車は、いま窓の下を通過し、彼(犬のことだ)の黒い鼻先が示す方向(そこは陽の当たる場所だ)へと、走り去ろうとしているのである。
坂を上っていく車のエンジン音を、彼(犬のことだ)は聞いたにちがいない。中に人が乗っているかどうかは関心の埒外で、無人とは気づかなかっただろうけれど。

ところで、この部屋の床はどのあたりあるのか。さっぱり想像がつかない。もし彼(犬のことだ)がその床に後脚で立っているならば、窓の位置は異様なほど低くなる。もっと下のほうに床があるならば、何かの上に乗って立ちあがっていることになる。

そこまでして身を乗り出し、追わなければならない匂いとは、いったいどんな匂いなのか。光る鼻先を見つつ彼(犬のことだ)に尋ねてみると、固まった姿勢のままきっぱりと、「アナタには決して嗅ぐことのできない匂いです」と断言したのだった。

大竹昭子(おおたけあきこ)

〜〜〜〜
●紹介作品データ:
牛腸茂雄
〈日々〉より、1971年
1967-68年撮影(2016年プリント)
(初出『カメラ毎日』1968年10月号、<四匹の犬>)
ゼラチン・シルバー・プリント
Image size: 12.0x18.0cm
Sheet size: 24.0x30.5cm

牛腸茂雄 Shigeo GOCHO
1946年11月2日、新潟県南蒲原郡加茂町(現・加茂市)で金物屋を営む家に次男として生まれる。3歳で胸椎カリエスを患いほぼ1年間を寝たきりで送る。 10代から数々の美術展、ポスター展などに入選。 1965年、新潟県立三条実業高等学校を卒業後、桑沢デザイン研究所リビングデザイン科入学、その後、リビングデザイン研究科写真専攻に進む。 1968年、同校卒業。デザインの仕事と並行して写真を撮り続ける。 1977年、『SELF AND OTHERS』(白亜館)を自費出版。1978年、本写真集と展覧会により日本写真協会賞新人賞受賞。 1983年、体調不良のため実家に戻り静養を続けるが、6月2日、心不全のため死去。享年36歳。 2004年には回顧展「牛腸茂雄 1946-1983」(新潟市立美術館、山形美術館、三鷹市民ギャラリー)が開催され、2000年には佐藤真監督によるドキュメンタリー映画「SELF AND OTHERS」が製作され大きな反響を呼ぶ。 2013年、『こども』(白水社)、新装版『見慣れた街の中で』(山羊舍)が相次いで刊行された。

●展覧会のご案内
FUJIFILM SQUARE 写真歴史博物館企画写真展
「GOCHO SHIGEO 牛腸茂雄という写真家がいた。1946-1983」

会期:2016年10月1日[土]〜12月28日[水]
会場:FUJIFILM SQUARE(フジフイルム スクエア)写真歴史博物館
   〒107-0052 東京都港区赤坂9丁目7番3号(東京ミッドタウン・ウエスト)
時間:10:00〜19:00(入場は18:50まで)
会期中無休
作品点数:約30点
入場料:無料
主催:富士フイルム株式会社
監修協力:三浦和人
後援:港区教育委員会
企画:コンタクト

 新しい写真表現の豊穣期であった1970年代、その一翼を担う写真家として注目を浴びながら、36歳という若さでこの世を去った牛腸茂雄という写真家がいました。
 1946年、新潟県に生まれた牛腸茂雄は3歳で胸椎カリエスを患い、長期間にわたって下半身をギプスで固定される生活を余儀なくされたことから成長が止まり、生涯、身体的ハンディとともに生きていくことになりました。10代からデザインの分野で非凡な才能を見せた牛腸の大きな転機となったのが、高校卒業後、デザイナーを志し進学した桑沢デザイン研究所での大辻清司との出会いでした。戦後美術史に重要な足跡を残した写真家・大辻は、新しい世代の礎となる才能を数多く見出した優れた教育者でもありました。「もしこれを育てないで放って置くならば、教師の犯罪である、とさえ思った」。その回想にある言葉通りの大辻の熱心な説得は、牛腸の心を動かし本格的に写真の道を歩む決意を固めます。
 レンズを通して見つめる新たな世界を獲得した牛腸茂雄は、憑かれるように創造の世界に没頭し、カメラ雑誌などに発表した作品が次第に評判を呼び、若い世代の写真家として注目されるようになっていきました。何気ない日常で出会った子どもたち、家族、友人... 静逸で淡々とした作品の奥からこちらを見つめる被写体のまなざしは、写真を通して「自分と世界との関わり」を探求し続けた牛腸茂雄のポートレイトでもあります。その身体的ハンディゆえに「見ること」と「見られること」、「自己」と「他者」との関係性を意識することを強いられていた牛腸が世界を見るまなざしには、常に初めて世界をみたような初々しさと深い洞察が共存しています。

 本展は、<日々><幼年の「時間(とき)」><SELF AND OTHERS>などモノクロ作品のシリーズから精選した約30点により「夭折の写真家」牛腸茂雄の足跡をたどります。近年、再評価の新たな機運が高まる牛腸茂雄が提示する世界は、見るものそれぞれの奥に眠る記憶を呼び起こし、静かで深い感動を呼ぶものと確信します。
(FUJIFILM SQUARE HPより転載)

◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第44回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第44回

AkiraGOMI_PB18_ItoShiina
(画像をクリックすると拡大します)

ベッドの上に女性が寝転がっている。
全裸で、男物のような黒い靴下だけを履いて……。
床にはジーンズが脱ぎ捨てられているが、下着は落ちていない。
ジーンズとまとめて一緒に脱いでしまったのか。それとも最初から着けてなかったとか?

夏のあいだ彼女の肌はむきだして、最小限のエリアだけが小さな「布切れ」で覆われていた。
太陽はその肌を印画紙にして布切れを転写した。
フォトグラムの手法で白く焼き付けられた布のかたち。

皮膚がむきだしだと、外界の変化が直に感じとれる。
着衣状態よりも感覚は鋭敏になり、野性が目覚めてくる。
衣装を欠いた裸体から、本来あるべき動物的な裸体に移行する過程を経て、
彼女の体はこの夏無敵の身体へと発展した。

だが、彼女に野性を与えた夏がいま去ろうとしている。
夏は別れに悩まない。ぐずぐずと引き伸さない。
去ると決めたら即実行、振り向いたらもういない、
それが夏というヤツだ。

彼女はその非情さをよく解っている。
からだは夏の側に残しつつも、気持は秋にむけて準備している。
皮膚に焼きつけられたビキニのシルエットが夏の余韻ならば、
足先を覆っている黒いソックスは秋への心得だ。

ベッドの上空には、いままさにバトンを渡して立ち去ろうとする夏の潔さが漂っている。
それに対抗するには、全裸から一気に靴下の極へと走らなくてはならない。

大竹昭子(おおたけあきこ)

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●紹介作品データ:
五味彬
「PLAYBOY 91-06-05」
1991 printed in 2009
Gelatin Silver Print
26.2x20.5cm サインあり

五味彬 Akira GOMI
1953年東京生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業。77年渡仏し、ローレンス・サックマン、ミッシェル・ベルトンに師事する。83年帰国後、ファッション誌『流行通信』『エル・ジャポン』などを中心に活躍。93年日本初のCD-ROM写真集『YELLOWS』を発表。その後、『YELLOWS2.0』『AMERICANS』『YELLOWS3.0』など00年までに14タイトルを発表。バンタンデザイン研究所で写真Webデザインを教える。97年東京都写真美術館で《アウグスト・ザンダーと五味彬》展。99年《YELLOWS RESTART》を発表。
97年DIGITALOGUE Gallery Tokyo(東京・原宿)で個展《YELLOWS Contemporary Girls Psycho Sexual》。2008年キャノンギャラリー(銀座、名古屋、梅田を巡回)にて個展《YELLOWS Return To Classic》、ときの忘れものにて個展《五味彬写真展 Yellows 1.0》。09年GALLERY COSMOSで元アシスタントたちとのグループ展《Family Plots》。

◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

◆ときの忘れものは「アール・デコの作家〜バルビエ、エルテ、ラブルール、カッサンドル展」を開催しています。
会期:2016年9月1日[木]〜9月10日[土] *日曜、月曜、祝日休廊
201609artdeco
1910年代半ばから1930年代にかけてヨーロッパおよびアメリカを中心に一世を風靡したアール・デコ(仏: Art Déco)を代表する4人の作品約15点をご覧いただきます。

本日は出品作の中からラブルール(Jean=Emile LABOUREUR、1877〜1943)をご紹介します。
086LABOUREUR_01_armyラブルール
《軍隊の通過》
1900年
木版
22.9×30.0cm
Ed.60
Signed

ラブルールの初期を飾る木版画です。バルビエと同じナント出身で、1911年から銅版画を始める。キュビストたちの影響を受け、エッチングによる繊細な線描により1920年代の都市生活や自然を描いた。新時代のホテルやカフェ、レストラン、モダンなファッションの女たち、デパートで買い物をする人、といったさりげない日常の都市風景を描き、そのさりげなさが多くの人々に愛されたが、それゆえに美術史の上では長く忘れ去られていました。

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第43回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第43回

01_1500
(画像をクリックすると拡大します)

外に面した側は障子で、手前側は唐紙、ふたつの部屋を仕切るのは板戸である。畳の上には布団が敷かれ、その上には竹製の傘がさがり、丸い電球がふたつ灯っている。

眼が覚めると、部屋のなかは薄暗かった。外は晴天ではなさそう。ヒモを引っ張ってパチンと電灯をつけ、障子を開ける。と、白い光が飛び込んできた。電灯の光量を超えるほどの明るさ。あたり一面に雪が降り積もっている。そこになにがあったかわからないほどの嵩があり、その雪に吸い取られたように音の消えた静かな朝である。

少女が三人いる。そのうちのふたりは窓の前に立って、腰布だけ巻いた姿で外を見ている。上半身は裸だ。右の部屋にいる子は腰ヒモを横にピンとひっぱり、左の部屋の子は両腕を上にあげて五本指をヤモリのように開いてからだをガラスに押し付けている。冷たくないだろうか。

三人目の少女はどこにいるかと言うと、乱れたふとんの上に少し前屈みの姿勢で座っている。顔を窓のほうに向けてぼうっとした様子。肩のラインに力がない。起きたばかりで夢とうつつの間をさまよっているらしい。

もしもこの少女がいなければ、こちらの視線はストレートに窓辺の少女にそそがれるが、彼女がいるためにその視線が意識に入って少女の視線は「わたし」のものになる。つまり、最初にいたのはこの少女だけなのだ。

ふとんから起き上がってふと窓辺を見ると、自分に似た子がそこに立っていた。右目と左目を代表するようにふたりいて、ひとりは腰ヒモをつかんで腕を真っ直ぐ伸ばし、もうひとりは両腕を上にあげて窓に押し付けている。
どうして、なにのためにふたりはこういう格好をしているのか。意図はわからないが違和感はない。もしかするといまより少し先の「わたし」を暗示しているのではないか。

まだ形が定まっていないあやふやな状態の「わたし」は、幻影の背中を見つめながらそんなふうに思い、雪にからだを開いて直立する快感や、見えない意志が発動する震えや、冷たさと熱さの落差がもたらす興奮などが自分のなかから離陸していくのを意識する。そして、雪の朝は何度も経験しているのに、今朝はじめてこういう感覚になったのはどうしてだろうと思い、おとなになったある日、この朝のことが鮮明によみがえってくるのを確信する。

大竹昭子(おおたけあきこ)

〜〜〜〜
●紹介作品データ:
榮榮&映里
「妻有物語 No.11-3 2014年」
2014年
ゼラチンシルバープリント
50.8x61.0cm

榮榮&映里 RongRong&inri
榮榮:1968年中国の福建省生まれ、北京在住。
映里:1973年神奈川県生まれ、京都在住。
北京を拠点に世界中で展覧会を開催。2007年に北京の草場地に中国初となる写真専門の民間現代アートセンター、三影堂撮影芸術中心(Three Shadows Photography Art Centre)を設立。2010年からは南仏の「アルル国際写真フェスティバル」と提携した「草場地春の写真祭」を開催、2015年には厦門に三影堂厦門撮影芸術中心を設立するなど、中国写真芸術の中心的存在として活動を続ける。国内での主な展覧会に「榮榮&映里写真展 三生万物」(資生堂ギャラリー、2011)、越後妻有アートトリエンナーレ2012、「写真のエステ−五つのエレメント」(東京都写真美術館、2013)、「LOVE展」(森美術館、2013)など。

●展覧会のご紹介
水戸芸術館 現代美術ギャラリーで榮榮&映里の展覧会が開催されています。
「記憶の円環|榮榮&映里と袁廣鳴の映像表現」
会期:2016年7月23日[土]〜2016年9月19日[月・祝]
会場:水戸芸術館 現代美術ギャラリー
時間:9:30〜18:00 ※入場時間は17:30分まで
休館:月曜 ※ただし9月19日(月・祝)は開館

東アジアの進展に伴うかのように、今までにはなかった新しい写真・映像表現がこの地域に増えています。本展ではその中から、日常や伝統を新しいメディアで捉えなおし、自然や家族、人と人との交感を詩情豊かな写真と映像で表現する2組の作家を紹介します。
榮榮&映里(ロンロン・アンド・インリ: 1968年中国生まれ、1973年日本生まれ/写真)は、中国の社会的現実とそこでの彼らの生活を写した作品や、人と美しい自然との関係性を、自身の身体を媒体として表現した作品で高い評価を得ています。地方特有の文化的性質を色濃く残す越後妻有を何度も訪れ、滞在しながら四季折々の里山の風景を撮影した《妻有物語》は、榮榮&映里が創作活動の主軸としている「生命の環」というテーマを象徴する作品となっています。
袁廣鳴(ユェン・グァンミン:1965年台湾生まれ/映像)は台湾におけるビデオアートの先駆者として、ケーブルカムなどの特殊機材や、自ら開発した機器を用いた撮影・展示により、常に映像表現の新たな可能性を追求してきました。彼自身、家、そして家族の日常を中心テーマに制作される作品は、視覚体験のみならず、身体的、心理的な感覚へも訴えかけます。近年は社会の成り立ち、そしてその構成メンバーとしての個に関心を寄せた作品を制作しています。
本展はギャラリーを二分し、榮榮&映里、袁廣鳴それぞれの個展として空間を構成します。「記憶の円環」というタイトルのもとに、二つの個展が並行しつつも共鳴する展覧会となるでしょう。(水戸芸術館 同展HPより転載)

◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

●皆様にご協力いただいた「ここから熊本へ〜地震被災者支援展」での売上げ総額634,500円は、一番被害の大きかった益城町でお年よりや子供たちのケアに尽力されている木山キリスト教会に400,000円を、熊本市の城下町の風情を残す唐人町で被災した築100年の商家(カフェアンドギャラリーなどが入居、一時は解体も検討された)の西村家の復興資金に234,500円を、それぞれ送金いたしました。
詳しくはコチラをお読みください。

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第42回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第42回

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(画像をクリックすると拡大します)

この写真を見てすぐに頭に浮かんできたシーンがある。60年代のアングラ芝居の観客席の様子である。人が肩を寄せ合って身じろぎもせずになにかのはじまりを待っている、そんな熱気と期待が似ている気がした。だが、よく見ると、「観客」の目の前にあるのは舞台の緞帳ではなくてコンクリートの壁だ。そこには「人民路售票処」と大書されており、切符売り場であるのがわかる。

左に「船票」の文字が見えるから、売り出されるのは船のチケットらしい。いったいどこに行くための船に売り出し前からこんなに列ができるのか。それにしてもこの並び方は尋常ではない。鉄柵の上に一部の隙なくぎっしりと並んでいるさまは、養鶏場のニワトリを想わせる。前屈みになっているのは下の鉄柵に両脚をのせているせいで、接着剤かなにかでくっつけたように全員が一つのかたまりと化していて、だれかの背中をぐいと押したら、全員が前につんのめって落ちてしまいそうだ。

二段目のバーには、つま先の向きが彼らとは反対になっている人たちがのぞき見える。彼らの膝は曲がってなくて伸びている。お尻はどこに据えれているのだろう。見えない場所に腰を下ろせるものがあるとか? それとも背中を向けている人に抱きかかえられているとか? いや、ちがう。上半身を後ろの壁にもたせかけ、宙に浮いた格好で脚だけを柵にのせているのだ。

彼らの足下にもぐって床に腰をおろしている人がいる。もしかしたら、いちばん乗りは彼らだったのかもしれない。しゃがみ込んで場所取りしているうちに、上にどんどん人垣が作られていき、首すら伸ばせなくなったのだ。全身が入り切らずに横向きになって柵にしがみついている人もいるが、彼らは後から横入りしたのかもしれない。この格好から想像できるのは、鉄柵の内側にいることがとても重要だということだ。そうでなくてはチケットを売ってもらえないのだろう。だからきつくてもがまんして、柵のなかに身を忍び込ませ、買う権利を主張しているのである。

券売所が開くのはずっと先で、このままの姿勢でかなり長く待たされるにちがいない。腹を空かせる人が出るのを見込んで露天商が出ていることからわかる。四角いケースのなかにはラップされたサンドイッチが入っている。これをかじりながら、いつ開くとも知れない券売所の窓を忍耐強く待つのだ。小屋に押し込められた家畜のように。

柵の内側にはサンダル履きの人は一人もいなくて、みな靴を履いている。一方、柵の外にしゃがんでいる人のなかには、サンダルをつっかけている男がいる。この差がなにを意味するかわからないが、両者には雰囲気のちがいが感じられる。柵の内側にいる人は「学生」っぽく、対する柵の外の男たちは「おっさん」っぽい。そう思いながら眺めるうちに、内側にいる人たちがスクラムを組んだデモ隊のようにも見えてきた。

思えば、アングラ芝居も学生デモも同時代の出来事で、皮膚をくっつけ合うことは「連体」の証であり、体内の熱が文字どおり集合して場を熱狂させたのだった。ここにいる彼らは熱狂していないが、こうやって待つことをイヤだとも苦しいとも思っていない。比較するものがないから、当然のこととして受け入れているのだ。

そういう心理状態にあるとき、人は家畜に近い姿になる。もっとも、彼らは猛々しいものを内に抱えていて、声も動作も大きく粗暴そうで、姿は家畜に似ていても飼いならされた印象は与えないが、家畜だって怒ったらなにするかわからないのだ。ギリギリのところで耐えているエネルギーの充満を感じる。

大竹昭子(おおたけあきこ)

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●紹介作品データ:
小畑雄嗣
「乗船券予約に並ぶ男たち」
1986年撮影
ゼラチンシルバープリント、アーカイバルピグメントプリント
サイズ:可変
エディション:Sサイズ10、Mサイズ10
サインあり

小畑雄嗣 Yuji OBATA
1962年神奈川県生まれ。1985年日本大学芸術学部写真学科卒業。太陽賞(1987年)、コニカ写真奨励賞(1997年)、日本写真協会新人賞(1998年)を受賞。主な個展に「ヨーロッパの果て−Marginal Land of Europe−」(2001年)がある。主な写真集:平凡社から『Bird of Paradise: MADEIRA』(2001年、平凡社)、『二月 Wintertale』(2007年、蒼穹舍)、『SHANGHAI,SHANGHAI』(2016年、蒼穹舍)など。

●写真集のご紹介
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小畑雄嗣写真集『SHANGHAI,SHANGHAI』特装版(プリント付)
2016年5月15日
蒼穹舎 刊行
A4変型
上製本
モノクロ・カラー
ページ数:136
作品点数:124点
編集:大田通貴
装幀:木村裕治、川崎洋子(木村デザイン事務所)
20,000円(税別)
普及版(限定500部)は5,000円(税別)
※販売については蒼穹舎にお問い合わせください

蒼穹舎では『二月 Wintertale』以来となる小畑雄嗣写真集。1986年と2015年、モノクロとカラー、時代と色数を対象させることで、上海という巨大な都市の移ろいをイメージによって表現した、意欲的な作品集。
(蒼穹舎HPより転載)

◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
tokinowasuremono
緑豊かな青山のギャラリー&編集事務所「ときの忘れもの」は建築家をはじめ近現代の作家の写真、版画、油彩、ドローイング等を扱い、毎月企画展を開催しています。またオリジナル版画のエディション、美術書・画集・図録等の編集も行なっています。
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