大竹昭子のエッセイ

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第64回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第64回

踊り子72dpi
(画像をクリックすると拡大します)

さっきからずっとこの写真を見つめては首を傾げている。いくら知恵を絞ってみても腑に落ちないのだ。
最初に視界に飛び込んでくるのはツバの広い夏帽子である。画面のなかでもっとも存在を主張しているのはこれで、引き下げられたツバが胸元から上を覆い隠している。被る部分が筒のように深くて”お化け帽子”と呼びたいような異様さを放っている。

次に目がいくのは水玉模様のエリアだが、これがどういうデザインの服なのかよくわからない。腰まで隠れるチュニック風のものなのか。半袖の下から伸びだした腕は肘のところで折られ、二本の指がツバの端をつまんで引っぱっている。もう一方の手はソファーの凹みに置かれ、と書きかかってどうもそれではどうも辻褄が合わないような気がした。掌が小さく、腕首のくびれや、指の曲がり具合や腕の感じが子どもの手のようで、ツバに添えられた手と対と見なすにはあまりに幼なすぎる感じがする。

合わないと言えば、シートの下に伸びた両脚もおかしい。甲の厚い足先に、しっかりと肉のついた太い脛と腿は、全体としてごつい印象があって大柄な女性を想像させる。ところが、その上の水玉エリアの印象はひどく華奢でちまちましていて、この上半身にこの両脚が生えているとはとても思えないのだ。

このアンバランスさが連想させたのは、膝の上に水玉模様のワンピースを着た少女をのせている、というものだった。少女の顔を自分のほうにむけて横抱きにし、寝入ってしまった彼女を帽子のツバでかばってやっている、そんなシーンをお思い浮かべた。
だが、よく見ればそれは理屈にあわない想像である。水玉模様のエリアに少女の体を感じさせる膨らみも立体感もないし、腕や足がどこにあるかもわからない。ただぽっと浮かんだだけの実体のないイメージにすぎなかった。それでも一度、生まれてしまったイメージは簡単には消えてくれず、水玉模様の下にやせっぽちのちいさな体が潜んでいるように思えてならない。

どこかで勘違いを起こしたのだ。そう考えて写真から身を引き、距離を置いて眺め直した。今度は帽子からではなく、足先からはじめてだんだんと視線を上げていき、腿にたどりついたとたとき、あれっと思った。それから先がないのである。まるでソファーの凹みに吸い込まれてしまったように腿から上が消えてしまっている。

そんな奇妙なことがあるはずがない。きっとなにかを見落としているのだ。水玉模様のエリアとつながる鍵がどこかにあるのに、気がつかずに「消えた」と結論づけているのだ。

これはひとりの女性像なのだからそう思って見なさい。自分にそのように暗示をかけ、イメージを捨てて頭を初期化し、全体をつかもうと試みた。ところが、うまくいきそうになったところで、帽子や腕や水玉模様などのパーツが目の端にひっかってくる。すると、まとまりかかっていた像はバラバラと壊れて元の木阿弥になってしまった。なんどやってもどうどう巡りで思う姿にたどりつけない。巧みな詐欺師のようである。

大竹昭子(おおたけあきこ)

■橋本とし子 Toshiko HASHIMOTO
1972年栃木県生まれ。高校生の時父親の二眼レフを譲り受けて写真を撮り始める。大学卒業後写真を学ぶ。プロラボ、新聞社に勤務後、フリー。以来、身辺の情景や旅をテーマに、雑誌・個展等で作品を発表している。2017年よりギャラリー・ニエプスに参加。現在、夫と10歳と2歳になる子ども、猫と暮らす。
個展:「愛すべきものたち」栃木 オランダ館(1998年)、「ニャーとシャー」根津 nomado/谷中 nido(2005年)「フシーチコナイ・フバヴォ」スライド上映会 結城 la famile/宇都宮 タフドア/谷中 nido(2007年)、「キチムは夜に飛ぶ」東京 四谷三丁目 ギャラリー・ニエプス(2017年)
グループ展:「18R Sound X Visual」拝島劇場(2008年)、「LOVE CAT」展 浅草 PIPPO(2009年)

●写真集のご紹介
上掲の写真作品は、5月15日(火)に発売される橋本とし子さんの写真集『キチムは夜に飛ぶ』に収録されています。

橋本とし子写真集
『キチムは夜に飛ぶ』

88頁 A4 並製本
著者:橋本とし子
企画・デザイン:長尾 敦子(BookPhotoPRESS)
印刷:渡辺美術印刷株式会社
発行:ふげん社
3,700円(税別)
※5月15日(火)発売

「キチム、キチム、キチムは よるに とぶ」 
夢と現実が交錯する2歳の長女が、あるとき口ずさんだ。
キ、チ、ム。
耳慣れない響き。まるで呪文のようだ。
「きちむ」は「吉夢」。
「縁起の良い夢」「幸先の良い夢」という意味があることを後に知った。
この言葉を当時の彼女が知る由も無く、突然口にしたこの言葉が、
未来のお告げのように、朧げだけれど確かな明かりに見えた。
吉夢のイメージは、
毎日繰り返される日常、時に味わう非日常の断片をすくい続ける。
これまでもこれからも。
私は何を見るのだろう。
ふげん社HPより転載)

●展覧会のご紹介
橋本とし子写真集刊行記念展「キチムは夜に飛ぶ」
2018年5月15日(火)〜5月26日(土)
火〜金:12:00〜19:00/土:12:00〜17:00
日・月休廊
会場:コミュニケーションギャラリーふげん社
   〒104-0045 東京都中央区築地1-8-4 築地ガーデンビル 2F
   TEL:03-6264-3665
このたび、橋本とし子写真集『キチムは夜に飛ぶ』を5月15日に刊行いたします。
夫と娘二人、猫と暮らす作家が、夢と現実が交錯する摩訶不思議でユーモラスな世界を、情感豊かに捉えました。
妻として、母として、写真家として葛藤を抱える日々で、「夢」は幸せの象徴でもありました。
思考の枠を解き放つ「吉夢」の豊穣な世界を、ご堪能ください。
発売にあわせ、刊行記念写真展を5/15(火)〜26日(土)に開催いたします。リニューアルを経たギャラリーの展覧会第一弾となります。
みなさまのご来場を心よりお待ちしております。
ふげん社HPより転載)

本日5月1日(火)と、明日2日(水)は普段通り営業しています。
5月3日(木・祝日)〜7日(火)は5日連続で休廊です。

◆ときの忘れものは没後70年 松本竣介展を開催します。
会期:2018年5月8日[火]―6月2日[土]
11:00-19:00  ※日・月・祝日休廊

ときの忘れものは生誕100年だった2012年に初めて「松本竣介展」を前期・後期にわけて開催しました。あれから6年、このたびは小規模ですが「没後70年 松本竣介展」を開催します。
201804MATSUMOTO_DM


◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。
 ・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」は毎月19日の更新です。
 ・柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」は毎月20日の更新です。
 ・土渕信彦のエッセイ「瀧口修造の本」は毎月23日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
----------
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました(時々番外編あり)。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は随時更新します。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・西岡文彦のエッセイ「現代版画センターの景色」は全三回、1月24日、2月14日、3月14日に掲載しました。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は終了しました。
 ・関根伸夫のエッセイ「〈発想〉について[再録]」は終了しました。
 ・倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は終了しました。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は終了しました。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は終了しました。
 ・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は終了しました。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は終了しました。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は終了しました。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は終了しました。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第63回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第63回

01
(画像をクリックすると拡大します)

みんな前のめりになって、身を右に傾けている。彼らから見ると左側になるが、なにか心奪われることがその方角で起きているのだ。いちばん左の男性は、シャッターが切られる直前に画面に踏み込んできたかのようだ。左足を踏ん張って身を低くし、どれどれ、という感じでみなの視界を覗き込んでいる。直立していては見えない位置で、それが起きているのだ。真ん中の男性が片足を下におろしているのも、視線を下げたいからだろう。

双眼鏡で見ている人が複数いることから、事態の起きている場所が肉眼ではディテールがわからないほどここから遠く離れていることが察せられる。身を低くして傾けたら見えるくらいの、かすかな気配なのだ。
それは獲物の姿であるのまちがいない。中央の男性がもっている鉄砲からそう思う。

でも、もし鉄砲が写っていなければ、まったく別の想像をすることも可能である。
木立のなかで素っ裸で踊っている女がいて、男がそれを撮影している、とそんな情報がはいってきて、村の男たちがその木立がみえる場所に結集し、どうしたものかねえ、と言いながら好奇心をかられて見つめている。男たちの表情が、モデル撮影会の雰囲気を連想させたせいかもしれない。

左側の男性は肩ベルトのついた長い包みを背負っている。この中身は何だろう。咄嗟に浮かんだのは組み立て式のイーゼルだが、雪山で絵を描く人がいるはずがないし、かといって鉄砲とも思えない。もしそうならば、隣の男のように出して手に持ってもよさそうではないか。

いちばん右の男も肩に何かさげている。これは別の形をした道具である。飛び出ている部分から想像するに、ノコギリではないかと思われる。柄だけが出ていて、刃の部分は布袋のなかにしまわれているのだ。

彼はほかの人たちのように身を屈めてはいない。そのことが彼に特別な雰囲気を与えている。視線が高く、外界を見下ろすような平然とした様子で佇むさまが、まるで彼だけがこの事態を別の角度から眺めているかのようだ。

彼の腰の後ろに尻当て皮のようなものが写っているのも気になる点だ。他の人も付けているのか知らないが、彼の佇まいと尻皮は実にお似合いだ。事態を引いて眺めるリーダーの風格が感じられる。
また、ほかの人たちは帽子をかぶっているのに、彼だけがねじり鉢巻きをしていることもそのイメージを強めており、彼の役割や人柄について想像をはせずにはいられない気分になる。

全員の体が片側に傾いてしまうと、冷静な判断ができなくなる。彼はぴんとのびた背筋でみんなの熱を支え、受け止め、視線を高く保って状況を観察している。手を当てた口元から、みんなを深くうなずかせる一言がまもなく飛び出すだろう。

大竹昭子(おおたけあきこ)

■亀山亮 Ryo KAMEYAMA
1976年千葉県生まれ、写真家。『AFRIKA WAR JOURNAL』で第32回土門拳賞受賞。八丈島在住。凪の日は基本的に魚突きが生業。

●写真集のご紹介
上掲の写真作品は、亀山亮さんの写真集『山熊田』に収録されています。
yamakutama_h1+obi亀山亮写真集『山熊田』
2018年
夕書房 刊行
128ページ
B5変形
巻末テキスト:亀山亮、山川徹(ルポライター)、大滝ジュンコ(アーティスト)
装幀:鈴木聖


アフリカやパレスチナなど「戦場」の写真で知られる写真家・亀山亮の4年ぶりとなる新作写真集です。 舞台は新潟県村上市山熊田。人口50人足らず。新潟と山形の県境に位置するこの小さな集落にあるのは、山と熊と田だけ。 亀山はそこに暮らす人々が今も静かに続けている、生きるという行為、「生と死」をめぐる原初の生業を写し出していきます。 山焼きと熊狩り、そしてシナ織。これは山とともに生きる人々の暮らしの、現代の記録です。
夕書房HPより転載)

*画廊亭主敬白
画廊は本日(1日)と明日(2日)は休廊です。
植田正治2018DM植田正治写真展−光と陰の世界−Part II 」は駒込移転後では最も多い来場者があり、大盛況のうちに昨日に終了いたしました。
日本経済新聞に出品作品が大きく掲載されたのをご覧になった方も多く、新発掘のポラロイド写真という話題性もあり、植田人気の高さをあらためて感じました。来場者の皆さん、お買い上げいただいたお客様には心より御礼を申し上げます。

○<本駒込のときの忘れもので植田正治写真展「光と陰の世界 PartII」を鑑賞。話題の新発掘のポラロイド写真は既に売れてしまったのもあり、一組しかなくて残念。
実は最終日の今日まで南青山から移転した事を知らず、遅れて閉廊時間ギリギリの来訪になりましたが、それでも暖かく対応して頂き、大変感謝。

(20180331/乙城蒼无@4/1おもしろ同人誌バザールさんのtwitterより)>

○<本駒込・ときの忘れものにて植田正治展。初めて見つかったポラロイド写真を中心とした展示。インスタントな写真で時間をゆったりと切り取る。3/31まで https://ift.tt/2J6DIsj
(20180330/ムチコさんのtwitterより)>

○<ときの忘れもの「植田正治写真展−光と陰の世界−Part II」にて。
こういう鮮やかな作品、幻影シリーズにもあったけれどなんか珍しいと思って撮らせてもらった。
画廊での鑑賞ってあまりやったことないから勝手がよく分からず、部屋の中に飾ってあったポラロイドの作品は見られなかった。

(20180327/猫珠 深鈴さんのtwitterより)>

○<ギャラリーときの忘れもので開催中の植田正治「光と陰の世界 Part II」ですが、去年の5月には移転前の南青山でPart Iをやってたのですのね。これはPart Iで展示していたシリーズ「光の筐」の1枚。これが綺麗だったんです
(20180319/michiroさんのtwitterより)>

○<本日は駒込の【ときの忘れもの】という小さな会場で、植田正治写真展を観てきた。
帰りに最寄りの一駅前で降り、買い物袋とティッシュペーパーを手にして桜吹雪の中を歩く。桜は満開よりも散る時が好き。

(20180328/Eikoさんのtwitterより)>

○<ギャラリーときの忘れもの @Watanuki_Ltd の植田正治展、ポラロイドの他にもいろいろありますが代表作は今回少なめ、珍しいヤツ多めです。ヌード作品は他にもあるけど外国人モデルを撮ってるのは初めて見ました。飾り方もちょっと凝ってます。見た目ふつうの家みたいですが、この貼り紙が目印ですよ pic.twitter.com/tWIM11q0iL
(20180320/michiroさんのtwitterより)>

○<こだま和文さんのライブ前に美容院行ってのんたんに女っぷりをあげてもらい、映画観ようかなーって思ったけど、駒込へ。植田正治のポラロイド写真展@ときの忘れもの。すぐそこにみんないるような気がした。みんなといるような気がした。私のi Phoneもおなじだったらしく、顔認証してた。
(20180315/シブヤメグミさんのtwitterより)>

●本日のお勧め作品は浅田政志です。
toujin_600浅田政志
「浅田家『唐人踊り』」
2010
Cプリント
A.P.
27.4x35.1cm
サインあり

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第62回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第62回

S
(画像をクリックすると拡大します)

この写真を見たとき、まず目が引き寄せられたのは、ベランダ側のカーテンである。
薄い布地をすかして白い光が入ってくる。室内の仄暗さに比べて、この光は圧倒的に強い。
目は画面のなかの強いものに反応しがちである。言葉で考えるより速い速度で目立つものに反応し、イメージを立ち上げる。

だが、その瞬時の反応が写真の核となるものを見逃すこともありがちだ。初見のイメージに引きづられて細部が見えなくなる。そういうときは、写真から何がわかるかを端からあげていくと、視線が初期化されて良い。

その意識をもって、再び写真に目を凝らしてみよう。布団が敷かれている。上には羽毛布団がかかっている。ミシン目で区切られた矩形のなかに羽毛が詰まっていて、縫い目に押さえられ、中の羽毛がドームのように盛り上がっている。

羽毛布団の上には女性が寝ている。下ではない。そこが肝心だ。
体を横にし、縫い目の谷間に肢体を添わせ、羽毛の詰まった膨らみを抱きしめるようにして寝ている。
掛け布団の上に寝ているのは、暑くなってはいだだめのか。それとも、はじめから上に寝ころがっていたのだろうか。

女性はパジャマ姿ではない。着ているのは短パンにベアトップ。肩と脚はむきだしで、全身に肉がむっちりとついている。その張りきった肉が羽毛布団の矩形ドームに連なり、擬態しているかのようだ。

部屋は広くはない。たぶん縦の長さが敷布団の丈くらいだろう。畳が平行して敷いてある。円形のレトロな卓袱台、座布団の横には座椅子の背が見える。右側の壁には和箪笥が立っていて、ぜんたいとして古風な室内だ。

座椅子のむこうには紙袋が落ちている。「1990」と、その下に「NIPPON……ES」の文字が読める。推測するに「NIPPON SERIES」ではないか ? ということは、1990年の日本シリーズの紙袋? 
部屋のなかにその時代の空気が漂いはじめ、いろいろなものが古色蒼然としてくる。

そうやって部屋のなかのものに視線を這わせてから、もう一度、窓の光にもどってみると、前とはどこか印象がちがって感じられてくる。朝の光だと思っていたが、もしかして夕暮れのどきの斜光なのではないか。そんな想像が働いてくる。 

もしそうならば、女がパジャマ姿でないことも、掛け布団の上に寝ているのも腑に落ちるような気がする。疲れて、ふと寝ころがったら、羽布団を抱きしめていたのだ。

大竹昭子(おおたけあきこ)

■Tokyo Rumando
1980年、東京生まれ。2005年より独学で写真を撮り始める。自身のポートレートを主に撮影している。前作「Orphée」は2016年にロンドンのテート・モダンにて開催されたグループ展 ”Performing for the Camera”に出品された。主な個展に、「Hotel Life」(2012年、Place M)、「REST 3000~ STAY 5000~」(2012年、Zen Foto Gallery)、「Orphée」(2014年、TokyoLightroom、Place M、Zen Foto Gallery)、「I’m only happy when I’m naked」(2016年、Taka Ishii Gallery Photography Paris、2018年、Ibasho Gallery) などがある。また、Zen Foto Galleryより写真集『REST 3000~ STAY 5000~』(2012年)、『Orphée』(2014年)、『selfpolaroids』(2017年)を出版している。

●展覧会のご紹介
禪フォトギャラリーにてTokyo Rumando写真展「S」が開催されます。上掲の作品も出品されます。
会期:2018年3月2日[金]-3月31日[土]
時間:12:00〜19:00  *日・月・祝日休廊
オープニングパーティ:3月2日 [金] 18:00〜20:00
本展覧会はTokyo Rumando の約4年ぶり、3回目の禪フォトギャラリーでの個展となります。一貫してセルフポートレートを自身のスタイルとし、作品を発表してきた Tokyo Rumando の最新作である本作は、劇場の要素を取り入れることによりこれまでの手法をさらに進化させ、「S」と題された物語を Tokyo Rumando が自作自演することで観る者をまさに Rumando 劇場とも言える新たな世界へ誘います。
S is Story
She=S
S=Sexualviolet
S is es
S is Sandglass
Sayonara S
―Tokyo Rumando
禪フォトギャラリーHPより転載)

又、本展の開催に際し写真集『S』が刊行されます(上掲の写真作品も収録)。
Tokyo Rumando_S_2018Tokyo Rumando写真集『S』
15.5x23.0cm  136ページ
禅フォトギャラリー刊(2018)
ソフトカバー、PUR、スリップケース付き 日本語、英語
5,000円 (税込)
*お問い合わせはinfo@zen-foto.jpまで

〜〜〜〜
3月4日(日)朝9時のNHK日曜美術館をぜひご覧になってください(特集:イレーヌ ルノワールの名画がたどった140年)。司会は井浦新さんと高橋美鈴さん。ゲストとして多摩美術大学教授・西岡文彦さん、ピアニスト・西村由紀江さん、カメラマン・渡辺達生さんが出演します。後半のアートシーンにもご注目ください

◆埼玉県立近代美術館で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が開催されています。
埼玉チラシメカス600会期:2018年1月16日(火)〜3月25日(日)
現代版画センターと「ときの忘れもの」については1月16日のブログをお読みください。
現代版画センターは会員制による共同版元として1974年〜1985年の11年間に約80作家、700点のエディションを発表し、全国各地で展覧会、頒布会、オークション、講演会等を開催しました。本展では45作家、約280点の作品と、機関誌等の資料、会場内に設置した三つのスライド画像によりその全軌跡を辿ります。
【特別イベント】ジョナス・メカス監督作品「ウォールデン」上映会
日時:3月2日 (金)、3日(土)、4日(日)各 13:00〜16:00
場所:2階講堂
定員:100名 (当日先着順)、無料
【担当学芸員によるギャラリー・トーク】
日時:3月10日 (土) 15:00〜15:30
場所:2階展示室
費用:企画展観覧料が必要です。
【トークイベント】ウォーホルの版画ができるまで―現代版画センターの軌跡
日時:3月18日 (日) 14:00〜16:30
第1部:西岡文彦 氏(伝統版画家 多摩美術大学教授)、聞き手:梅津元(当館学芸員)
第2部:石田了一 氏(刷師 石田了一工房主宰)、聞き手:西岡文彦 氏
場所:2階講堂
定員:100名 (当日先着順)/費用:無料
〜〜〜〜
saitama埼玉県立近代美術館1階のショップで、詳細な記録を収録した4分冊からなるカタログを販売しています(2,200円)。
また当時のオリジナル版画を挿入した特装版を5種類販売(オノサト・トシノブ、菅井汲、元永定正、大沢昌助、堀内正和、各8,000円)していますが、どうやら完売間近のようです。どうぞお早めに

○<ラスト、ウォーホールらのアングラ感がかっこよかった!「版画の景色 現代版画センターの軌跡」3 月 25 日(日)まで☆埼玉県立近代美術館
(20180215/タウン誌Acoreおおみやさんのtwitterより)>

○<埼玉県近代美術館『現代版画センターの軌跡』。
版画の平板さが息苦しいくらいだった。作品以前に自分にはちょっとつらい。

(20180225/KT/ジャカルタ/白いチョークさんのtwitterより)>

○<‏ 国立西洋美術館版画素描室。「マーグ画廊と20世紀の画家たち」
良かったです!!ロートレックや現代版画センター、ルドンも良かったので個人的には最近版画ブーム。
こちらはミロ。他にもボナール、マティス、カンディンスキーなどなど。ミロの色彩と浮遊感が好き。

(20180225/甘酒さんのtwitterより)>

○<初めまして。
■■■宛でご送付いただきましたご案内は、他界した私の父名義でございます。
私、3月に東京に出かけるかもしれませんので、その際に拝見する機会があるかと思いますので、私、息子でございますが、差し支えなければ招待状をご恵送頂きましたら有り難いと思います。

(20180223/福岡県旧会員Oさんのご子息よりのメール)>

○<版画の景色後期を観ました。磯崎新さんの無機質な作品、空白の中に無人の建築物がある作品が好きで、何時間でも眺めていられそうでした。
磯崎新さんはそもそも建築家なのですね。あの立体化された作品も建築家ならではなのでしょうか。島州一さんの作品も目を奪われました。版画の技法もほぼ解らない無知なド素人ですし、とてもじゃないけど鑑賞力があるとは言い難い私ですが、それでもやっぱり良い作品だと思います。
菅井汲さんの作品は数学好きな方は面積求めたくなるんじゃないかな、と思いました。
菅井汲さんの作品は不思議な奥行きがあり、自分が浮遊した状態で眺めているような気になりました。

(20180223/樺太柳葉魚‏さんのtwitterより) >

○<“ 版画の景色 ”現代版画センターの軌跡
2018.1.16 - 3.25 埼玉県立近代美術館
活気のあった” 版画の時代 ”の存在を感じ、圧倒されました

(20180222/淀井彩子さんのfacebookより)>

○<埼玉県立近代美術館にて、現代版画センターの軌跡。見応えたっぷり❗️常設展もゆっくり堪能して3時間。人も少なくてひとつひとつをじーっくり観られました✨
(20180223/つばめ こよみさんのtwitterより)>

西岡文彦さんの連載エッセイ「現代版画センターという景色が始まりました(1月24日、2月14日、3月14日の全3回の予定です)。草創期の現代版画センターに参加された西岡さんが3月18日14時半〜トークイベント「ウォーホルの版画ができるまでー現代版画センターの軌跡」に講師として登壇されます。

光嶋裕介さんのエッセイ「身近な芸術としての版画について(1月28日ブログ)

荒井由泰さんのエッセイ「版画の景色―現代版画センターの軌跡展を見て(1月31日ブログ)

スタッフたちが見た「版画の景色」(2月4日ブログ)

毎日新聞2月7日夕刊の美術覧で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が紹介されました。執筆は永田晶子さん、見出しに<「志」追った運動体>とあります。

倉垣光孝さんと浪漫堂のポスター(2月8日ブログ)

嶋吉信さんのエッセイ〜「紙にインクがのっている」その先のこと(2月12日ブログ)

大谷省吾さんのエッセイ〜「版画の景色−現代版画センターの軌跡」はなぜ必見の展覧会なのか(2月16日ブログ)

塩野哲也さんの編集思考室シオング発行のWEBマガジン[ Colla:J(コラージ)]2018 2月号が展覧会を取材し、87〜95ページにかけて特集しています。

○月刊誌『建築ジャーナル2018年3月号43ページに特集が組まれ、見出しには<運動体としての版画表現 時代を疾走した「現代版画センター」を検証する>とあります。

○埼玉県立近代美術館の広報誌 ソカロ87号1983年のウォーホル全国展が紹介されています。

○同じく、同館の広報誌ソカロ88号には栗原敦さん(実践女子大学名誉教授)の特別寄稿「現代版画センター運動の傍らでー運動のはるかな精神について」が掲載されています。

現代版画センターエディションNo.197 野田哲也「Diary; Jan.15th '77」
現代版画センターのエディション作品を展覧会が終了する3月25日まで毎日ご紹介します。
15th '77》野田哲也
<現代と声>より《Diary; Jan.15th '77》
1977年
木版、シルクスクリーン(刷り:作家自刷り)
Image size: 35.7×50.8cm
Sheet size: 49.4×62.7cm
Ed.100
サインあり

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
パンフレット_05
出品作家45名:靉嘔/安藤忠雄 /飯田善国/磯崎新/一原有徳/アンディ・ウォーホル/内間安瑆/瑛九/大沢昌助/岡本信治郎/小田襄/小野具定/オノサト・トシノブ/柏原えつとむ/加藤清之/加山又造/北川民次/木村光佑/木村茂/木村利三郎/草間彌生/駒井哲郎/島州一/菅井汲/澄川喜一/関根伸夫/高橋雅之/高柳裕/戸張孤雁/難波田龍起/野田哲也/林芳史/藤江民/舟越保武/堀浩哉 /堀内正和/本田眞吾/松本旻/宮脇愛子/ジョナス・メカス/元永定正/柳澤紀子/山口勝弘/吉田克朗/吉原英雄

ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第7回 愛といのち

日時:2018年4月3日(火)18:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:メゾ・ソプラノ/淡野弓子
   スクエアピアノ/武久源造   
プロデュース:大野幸
*要予約=料金:1,000円
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。

info@tokinowasuremono.com

◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
20170707_abe06新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。18〜24頁にときの忘れものが特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第61回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第61回

01_1500
(画像をクリックすると拡大します)

温泉場ではじまり、すっかりおなじみになった足湯である。
お湯のなかに足先を漬ける、とたったそれだけのことがもたらす大きな効果に、いつも驚かされる。
暖かさが体内にじわっと広がるにつれて、肢体のこわばりが解け、たいていのことは許せ認めてしまえるような寛大な気持ちがわきあがる。
足は第二の心臓というけれど、きっと見えないところでたくさん働いているのだ。
その苦労がお湯の力によって一気に解放される。

足湯は室内か足湯場でするのがふつうだが、ここではバケツを外にもってきて、草地の上でおこなっている。足を入れているのは男性で、すねに生えている黒い毛が地面をみっしりと覆っているクローバーのイメージと重なる。もじゃもじゃして複雑。

バケツの横には男の脱いだスニーカーがある。まず右側を脱いで、その足先で左側の踵をおさえながら、もう一方の足を引き抜いたのだろう。左の踵の縁が少しつぶれている。
脱いだ足はすぐにバケツに浸されたのか(裸足だったらそうだ)、それとも靴下を脱いだり、ズボンをまくり上げたりという動作が後につづいただろうか。
ともあれ、靴にとじこめられていた足は、お湯に触れたとたん、バスタブに入れたときとはちがう歓びをあじわったはずだ。それは足だけのために時間が用意された歓喜である。

湯気はたっていないから、徐々に浸していくほど温度は高くなさそうだ。適温のあたたかさのお湯のなかには草の葉や茎が浮いている。これはきっと薬草だ。
体によさそうな匂いだと本能的に直感し、男の顔はくつろいでくる。
眉間に刻まれた縦じわは消え、愁眉が開かれ、目尻はふくわらいの顔のように垂れさがる。

視線を下げた彼は、ふと、バケツのなかに空が映っているのに気づく。円のなかに空と足と草が収まっていて、水のわずかな動きがその影をゆすり、あいまいにする。
周囲に密生するクローバーの葉や花は細かなデザインで、そのかたちが律儀すぎるほどだが、ゆれる影がそれを中和し、足下を見ていた男の視線は、だんだんと高く、遠くなり、足の歓びがその人の歓びとなり、ひとつになって天に昇っていく。

大竹昭子(おおたけあきこ)

■紀成道 Seido KINO
1978年、愛知県生まれ。2005年、京都大学大学院を中退し、写真家を志す。2016年、「フォト・プレミオ」(コニカミノルタ)年度賞受賞。

●写真集のご紹介
上掲の写真作品は、紀成道さんの写真集『Touch the forest, touched by the forest.』に収録されています。
book2736紀成道写真集『Touch the forest, touched by the forest.』
2017年 赤々舎 発行
96ページ 267×208mm
デザイン:中島雄太

森にふれる、心にふれる。
人と森とのかかわりを医療の現場から見つめる、清新なドキュメント。
北海道の、ある精神科病院では、周囲の森を生かした森林療法を取り入れています。人の気配のする明るい森は温もりにあふれ、四季の美しさを湛える空間。
散策路を自由に歩くことで、社会で生きていく力を取り戻していく患者たち。紀成道は、この病院の営みを記録しながら、人間と自然との接続域、当事者と健常者の共存域である、
「ふれあえる森」での出来事を写し出していきます。医療や福祉の現場から、存在と交わりの空間を捉えた貴重なドキュメンタリー。
北海道と京都の森で採集した木の葉を貼り込み、柔らかな布で包み込んだ装丁も世界観を伝えます。(赤々舎HPより転載)

◆埼玉県立近代美術館で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が開催されています。現代版画センターと「ときの忘れもの」についてはコチラをお読みください。
詳細な記録を収録した4分冊からなるカタログはお勧めです。ぜひご購入ください(2,200円)。
会期:2018年1月16日(火)〜3月25日(日)
埼玉チラシAY-O600現代版画センターは会員制による共同版元として1974年〜1985年までの11年間に約80作家、700点のエディションを発表し、全国各地で展覧会、頒布会、オークション、講演会等を開催しました。本展では45作家、約300点の作品と、機関誌等の資料、会場内に設置した三つのスライド画像によりその全軌跡を辿ります。

○<埼玉県立近代美術館「版画の景色 現代版画センターの軌跡」を拝見してきました。
えーっと、みなさま。
「版画の景色 現代版画センターの軌跡」は常軌を逸してます


現代版画センターの記録。と一言でいってしまえません。
膨大な資料と記録と作品群。年譜と地理。文字情報と画像と
新たに収集する関係者の言葉。
うずもれ到着地点どころか今、どこにいるのかさえ
分からなくなるような量の未整理の資料がどんどん集まってくる。
(想像しただけで吐きそう)
物量はその人の許容量を超えると一気に
思考停止になり、苦しみから助かりたさに
あらぬところに到着点・逃避をはかる。
担当学芸員さんの「量」にたじろがない偏執的な笑みと
美術に関わっているもろびとへの愛(とはいえクール)と
匕首(笑)を感じながら
展示空間を、カタログを、堪能しました。

カタログ!
機会があればカタログご覧になって下さい!
この展覧会のきちがいっぷりのハンパなさが
一目瞭然です。(チラシも4種類!
変形三つ折り仏壇開き(そんな言葉無い・笑)の
展覧会タイトルの文字真ん中を切る!)

そして誰に説明しても理解不能だったカタログプランを
デザイナーだけは一発で理解し、面白がってくれた。と。
異脳ってステキ。

(20180120/御殿谷教子さんのfacebookより)>

○<埼玉県立近代美術館「版画の風景 現代版画センターの軌跡」とっても良かったです!!なので図録購入。眺めながら感想つぶやきます。
埼玉県立近代美術館「版画の風景」74年から10年間現代版画の普及に力をつくした現代版画センターを知る。というか現代版画自体に個人的には馴染みがうすいが表現の多彩さに圧倒。解説には〈版画の景色〉を観るとあった。そのことに意識して観ると具象も抽象も版画ならではの景色を感じることができた。
埼玉県立近代美術館「版画の景色」様々な手法で紙を始め支持体に加圧より線や色、形を乗せる。景色として観るとはなんだろう。ふと思いついて陶磁器を観るようにモノのして観てみた。すると一本一本の線や色、描がき、そして描かないことが絵画とは少し違う存在感で迫ってきた。的外れかもだけど・・

(20180128/甘酒さんのtwitterより)>

○<埼玉県立近代美術館で開催中の「現代版画センターの軌跡」展に、35年前の私の版画リトグラフも展示されているようです。当時の「現代版画センター」の、現実の世の中に作品や版画を撃ちはなっていくような活動方針に興味を抱いて、版画を発表してまもなく自分の作品を持ってアポなしで売り込みに行きました。それからしばらくして、エディション出すことになりました。その昔やっとのことで部数をなんとか自身で刷り上げて渡した記憶があります。
(20180124/藤江民さんのfacebookより)>

○<北浦和公園はとっても寒かったです...。埼玉近美で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」を見ました。こういう切り口の展覧会は今まで見たことがないですね。
展覧会は版画展ではありますが、「現代版画センター」という一企業が、版元となり、イベントの企画者になり、機関誌を発行することまでを含めた美術の運動体となり、渦のように美術家とコレクターとを巻き込んでいった活動を検証するというものでした。1974年〜85年という時代を強く感じる展示でもあります。
作品も、いわゆる版画家だけでなく、関根伸夫から山口勝弘、磯崎新からジョナス・メカスと多岐に渡ります(このあたりの版画はほとんど初見)。宮脇愛子の版画もなかなか良いです。アンディ・ウォーホルにオリジナルの版画制作を依頼し展覧会を開いたというのもすごいことですね。
活動は、版画というメディアゆえに膨大で、その資料をまとめた展覧会カタログも見ものです。[A] テキスト・ブック、[B]ビジュアル・ブック、 [C]アトラス、 [D]ケースと、構成されています(そう但し書きがされているわけです)。このカタログは梅津氏の担当箇所。

(20180129/中根 秀夫さんのfacebookより)>

○<埼玉県立近代美術館にゆき「版画の景色」現代版画センターの軌跡を観る。ある意味、懐かしくしかし運動体としての活動として見るべきであり、全体像が見られたことで、あらためて活動の意味を知ることができた。最初にかった美術作品は島州一だった。次は一原有徳。2人とも今回の展示作家である。
(20180128/中村惠一さんのfacebookより)>

○<版画の景色 それは版画を景色として捉えるという試みなのだろう。版画に接する感覚は常に紙の質感、インクの厚み、色彩の干渉、版の存在といった複雑な要素を介して受容するそれは景色を捉える感覚にも重なる。そういうことなのだろう。展示は景色を巡るような重層的な構成。学芸に同郷の同級生であった方がおられ、アポもなく受付で尋ねるも残念ながら本日お休みとのこと。まあ、11月の盛岡での個展でお会いしたので。展キャプションや映像資料には、盛岡大曲という文字が頻繁に出てくる。それは現代版画センターの仕事が東北の岩手においても直接的に浸透していたことを意味するわけで、岩手において優れた最前線の版画作品をリアルタイムで観られたことは恵まれていたと改めて感じる。今以上に企画画廊があった盛岡だが、現代版画センターの名前をちょくちょく耳にしたのはMORIOKA第一画廊であって知らず知らずに日本のそして世界の優れた作家に触れられたことは、この地で美術をやっていこうという確信に近いものを与えてくれた気がする。少なからず現在の自分の制作に影響を与えたあの頃の”時間”を版画の中に探して歩いた。
(20180120/長谷川 誠さんのfacebookより)>

○<昼食後、埼玉県立近代美術館にて、「版画の景色展」を、鑑賞しました。アンディー・ウォーホルさんの作品も、鑑賞することができて、たいへん面白い展示会でした。ありがとうございます。
(20180128/tadataka‏さんのtwitterより )>

西岡文彦さんの連載エッセイ「現代版画センターという景色が始まりました(1月24日、2月14日、3月14日の全3回の予定です)。草創期の現代版画センターに参加された西岡さんが3月18日14時半〜トークイベント「ウォーホルの版画ができるまでーー現代版画センターの軌跡」に講師として登壇されます。

光嶋裕介さんのエッセイ「身近な芸術としての版画について(1月28日ブログ)

荒井由泰さんのエッセイ「版画の景色―現代版画センターの軌跡展を見て(1月31日ブログ)

○埼玉県立近代美術館の広報誌 ソカロ87号では1983年のウォーホル全国展が紹介されています。

○同じく、同館の広報誌ソカロ88号には栗原敦さん(実践女子大学名誉教授)の特別寄稿「現代版画センター運動の傍らでー運動のはるかな精神について」が掲載されています。

現代版画センターエディションNo.アンディ・601 アンディ・ウォーホル「KIKU 1」
現代版画センターのエディション作品を展覧会が終了する3月25日まで毎日ご紹介します。
アンディ・ウォーホル
601_アンディ・ウォーホル《KIKU 1》アンディ・ウォーホル
《KIKU 1》 1983年
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
Image size: 50.0×66.0cm
Sheet size: 56.5×76.4cm
Ed.300  サインあり

パンフレット_01


◆ときの忘れものは「ハ・ミョンウン展」を開催します。
会期=2018年2月9日[金]―2月24日[土] ※日・月・祝日休廊
201802_HA
ロイ・リキテンスタイン、アンディ・ウォーホルなど誰もが知っている20世紀を代表するポップアートを、再解釈・再構築して自らの作品に昇華させるハ・ミョンウン。近年ではアジア最大のアートフェア「KIAF」に出品するなど活動の場を広げ、今後の活躍が期待される韓国の若手作家です。
ときの忘れものでは2回目となる個展ですが、新作など15点を展示します。 ハ・ミョンウンは会期中数日間、日本に滞在する予定です。
●オープニングのご案内
2月9日(金)17時から、来日するハ・ミョンウンさんを囲んでオープニングを開催します(予約不要)。皆さまお誘いあわせの上、是非ご参加ください。

◆国立近現代建築資料館で2月4日[日]まで「紙の上の建築 日本の建築ドローイング1970s-1990s」展が開催されています。磯崎新安藤忠雄らの版画作品も出品されています。
展覧会については戸田穣さんのエッセイをお読みください。

●日経アーキテクチュアから『安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言』が刊行されました。
亭主もインタビューを受け、1984年の版画制作始末を語りました。日経アーキテクチュア編集長のコラム<建築家・安藤忠雄氏の言葉の力:第3回>で、出江寛先生、石山修武先生の次に紹介されていますので、お読みください。

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。
 ・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」は毎月19日の更新です。
 ・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・新連載・西岡文彦のエッセイ「現代版画センターの景色」は全三回、1月24日、2月14日、3月14日に掲載します。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・関根伸夫のエッセイ「〈発想〉について[再録]」は終了しました。
 ・倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は終了しました。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は終了しました。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は終了しました。
 ・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は終了しました。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は終了しました。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は終了しました。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は終了しました。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました(時々番外編あり)。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
20170707_abe06新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。18〜24頁にときの忘れものが特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第60回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第60回

01
(画像をクリックすると拡大します)

文章とちがって、写真は一瞬である。
目にしたとたんに、その写真を見つづけるかどうかが決まってしまう。
それはことばの判断を差し挟む間もないほど瞬発的な身体的反応である。

おもしろくないと思った写真が、あとになって何事かを語りかけてくる場合もあるから、はじめの印象がすべての価値を定めるわけではないが、初見のときに何かひっかかるものがある写真は、うちに秘密を隠しもっているとみてまちがいない。

人が去り、家具が運びだされ、不要なものが残された室内に、強力な力が働いた。壁に造り付けられていた棚は跡だけを残して消え去り、そこに入っていた食器類は床に投げされた。

まず手前にある皿が目に飛び込んできた。
大皿がとりわけ気になったのは、裏返って底を見せているからだろうか。降参!という叫びが聞こえてきそうだ。

奥のコーナーに目を移すと、トイレの便器が静かに白い肌を晒している。跳び箱に似た台座の上に、アボガドをまっぷたつに割ってくり抜いた形の便器が載っている。

これらの皿と便器は自らの意志でこのように散乱したのではなく、外からの力によって、偶然にもこのような姿をさらすはめになったのだが、じっと見ているうちに、これまで思ってもみなかった感想がわいてきた。どちらも陶器だな、と。食器をつくる素材が、便器をもつくる。おなじ器でありながら、盛られるものがちがうなと。

日常生活では食器と便器を同時に目にすることはない。トイレとキッチンが隣り合っていても、壁で仕切られ、便器の半径2,3メートルのところに食器があるとはよもや思わないのである。ふたつの関係は巧妙に隠される運命にあるmpだ。

だが、人が住まなくなったいま、そのことを隠す必要はどこにもなくなった。秘密は暴かれたのだった。

食器と便器が同時に写っている奇妙な光景には、人の営みの残滓のようなものが感じられる。
食べて、出して、また食べるという,生命を維持するのに欠くことのできない行いが、無人の空間に染みわたっている。

大竹昭子(おおたけあきこ)

■石内都 Ishiuchi Miyako
1947年群馬県桐生市生まれ。神奈川県横須賀市で育つ。 1979年に「Apartment」で第4回木村伊兵衛写真賞を受賞。2005年、母親の遺品を撮影した「Mother’s」で第51回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館代表作家に選出される。 2007年より現在まで続けられる被爆者の遺品を撮影した「ひろしま」も国際的に評価され、近年は国内外の美術館やギャラリーで個展を多数開催。2013年に紫綬褒章、2014年に「写真界のノーベル賞」と呼ばれるハッセルブラッド国際写真賞を受賞。2015年、J・ポール・ゲティ美術館(ロサンゼルス)の個展「Postwar Shadows」では「ひろしま」がアメリカの美術館で初公開され、大きな反響を呼んだ。

●写真集のご紹介
上掲の写真作品は、石内都さんの写真集『yokohama互楽荘』に収録されています。
cover石内都写真集『yokohama互楽荘』
2017年10月31日
蒼穹舎 刊行  限定550部
A4変型  上製本
モノクロ  ページ数:76
作品点数:63点
編集:大田通貴
装幀:原耕一

かつて横浜にあった集合住宅地・互楽荘。1932年に東京の商人が娘のために建てたが、太平洋戦争後、アメリカ軍兵士のための 赤線第一号の建物となった。「その事実を知ったことで同潤会アパートとはどこか違う影の濃さをはじめに感じたことが納得できた」 (あとがきより)。初期の代表作『APARTMENT』(1978年)と対をなす、もうひとつの「アパートメント」と言えるこの作品集を見ることで、建物が持つひとつの歴史が浮かび上がってくる。(蒼穹舎HPより転載)

●展覧会のご紹介
「石内 都 肌理と写真」
会期:2017年12月9日[土]〜2018年3月4日[日]
会場:横浜美術館
時間:10:00〜18:00
   *2018年3月1日(木)は16:00まで 
   *2018年3月3日(土)は20:30まで
   (入館は閉館の30分前まで)
休館:木曜日、2017年12月28日(木)〜2018年1月4日(木)

石内都(1947年生まれ)は、2014年にアジア人女性として初めてハッセルブラッド国際写真賞を受賞するなど、現在、国際的に最も高く評価される写真家のひとりです。
多摩美術大学で織りを学んだ石内は、1975年より独学で写真を撮り始め、思春期を過ごした街・横須賀や、日本各地の旧赤線跡地などを撮影した粒子の粗いモノクローム写真で一躍注目を集めました。近年は、被爆者の遺品を被写体とする「ひろしま」やメキシコの画家フリーダ・カーロの遺品を撮影したシリーズで、その活動は広く知られています。
2017年は、石内が個展「絶唱、横須賀ストーリー」で実質的なデビューを果たしてから40年を迎える年にあたります。本展は、この節目の年に、石内自らが「肌理(きめ)」というキーワードを掲げ、初期から未発表作にいたる約240点を展示構成するものです。
住人のいなくなったアパート、身体の傷跡、日本の近代化を支えた大正・昭和の女性たちが愛用した絹織物、亡き母や被爆者らの遺品の写真を通して、存在と不在、人間の記憶と時間の痕跡を一貫して表現し続ける石内の世界を紹介します。(横浜美術館HPより転載)

●本日のお勧め作品は、瑛九です。
qei_violin
瑛九《バイオリン》
フォトデッサン
26.6x21.1cm
都夫人のサインあり(裏面)
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

●冬季休廊のご案内
ときの忘れものは2017年12月29日(金)〜2018年1月4日(木)まで冬季休廊いたします。
ブログは年中無休、気鋭の執筆陣によるエッセイと忘れてはならない小さな情報を毎日お届けしています。

◆埼玉県立近代美術館で新春1月16日〜3月25日の会期で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」が開催されます。
会員制による共同版元として現代版画センターは1974〜1985年に約80作家、700点のエディションを世に送り出しました。全国各地で展覧会、頒布会、オークション、上映会、講演会、パネルディスカッション等を頻繁に開きましたが、今回の展覧会では、その中から埼玉近美が選んだアンディ・ウォーホルなど45作家、約300点の作品と、11年間に発信された機関誌など資料が一部展示換えをしながら展観されます。
パンフレット_04

●書籍のご案内
版画掌誌第2号
版画掌誌第2号
オリジナル版画入り美術誌
2000年/ときの忘れもの 発行
特集1/磯崎新
特集2/山名文夫
B4判変形(32.0×26.0cm) シルクスクリーン刷り
A版:限定35部:120,000円(税別 版画6点入り)  
B版:限定100部:35,000円(税別 版画2点入り)


TAKIGUCHI_3-4『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』図録
2017年10月
ときの忘れもの 発行
92ページ
21.5x15.2cm
テキスト:瀧口修造(再録)、土渕信彦、工藤香澄
デザイン:北澤敏彦
掲載図版:65点
価格:2,500円(税別) *送料250円


安藤忠雄の奇跡安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言
2017年11月
日経アーキテクチュア(編)
B5判、352ページ
価格:2,700円(税別)  *送料:250円
亭主もインタビューを受け、1984年の版画制作始末を語りました。日経アーキテクチュア編集長のコラム<建築家・安藤忠雄氏の言葉の力:第3回>で、出江寛先生、石山修武先生の次に紹介されていますので、お読みください。
ときの忘れもので扱っています。
ときの忘れものでは1984年以来の安藤忠雄の版画、ドローイング作品をいつでもご覧になれます。


◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
20170707_abe06新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。18〜24頁にときの忘れものが特集されています。
ときの忘れものの小さな庭に彫刻家の島根紹さんの作品を2018年1月末まで屋外展示しています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
 

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第59回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第59回

02
(画像をクリックすると拡大します)

ひとつのシーンを横位置で撮るか、縦位置で撮るかは、大きな分かれ目だ。
三脚を立てるなら別だが、手持ちで撮るときには、充分に考えて縦横を選ぶより、直感的に判断することが多いように思う。ちょっと奇妙な感じのするこの写真も、おそらくそうやって撮られたものだろう。とっさにカメラを縦にしてシャッターを切ったのだ。

人の目玉は横についている。
だから、日常生活で物を見るときは、視線を上下させるよりも、横にスライドさせて見ているのであり、写真もまた横長に撮ることのほうが多いので、カメラ自体もそうしやすいように作られている。
横長の写真には空間の情報がたくさん写る。そこがどういう場所で、どういう状況下にあるか、どういう空気が流れているかを見るものに伝える。
一方、縦位置に切りとられた写真は、空気よりも写っている事柄を前面に押しだし、複数の要素を対置させるところがある。
撮らないかぎりは意識することのない物事の関係性が、縦位置写真には思いがけず立ち現れることがあるのだ。

と前置きしたところで、この写真の話に入っていきたい。
まず目がいくのは、壁にかかっている写真だろう。
最近、鬼籍にはいったロックスターの若き日の横顔が写っている。
縦位置写真である。顔写真は縦が多い。目鼻口などが縦に並んでいるからだ。
額の横には、柱や、ドアのパネルや、窓枠など、縦長の形のものがつらなっていて、フレームの上半分がそれらの要素で埋まっている。

では下半分はどうかというと、テーブルで占められている。
テーブルの上にはオープンリールの録音テープや映画フィルムらしきものが載っている。手前のものほど大きく写るレンズの原理により、円形の形状がより強調され、背後の長方形と対照をなしているのがおもしろい。
テーブルの背後にはサングラスの男がいる。
床にしゃがんでいるらしく、上半身の一部しかみ見えない。彼の顔の前にあるのはノートパソコンかと一瞬思ったが、時代が合わない。ほかのものがタイプライターにしろ、オープンリールのテープレコーダーにしろ、完全にアナログ時代の品々なのだから。

何かはわからないが、彼の前には平たいボックス状があるわけだ。そこに入っているものを探しているらしい。細かい文字で何か記してあるのか、目を近づける必要があって、しゃがんだのだろう。
そうやって探している最中に、何か気を引かれることが起きて、顔画面左に向けたのだ。それが何事なのかは写真からは想像がつかない。横位置だったら、あるいはヒントめいたものが少しは写ったかもしれないが、この写真にはそうした要素が皆無で、物語に入っていくルートは断ち切られてしまっている。

奇妙なのは、額に入った男も同じ方向をむいていることである。彼もまた同じことに気がついて顔をそちらにむけたのだろうか。同じことを不安がっているような表情をしている。
壁のクローズアップの男は威風堂々とした気品を感じさせるが、テーブルの下に屈みこんでる男は何かに脅えているようだ。次の瞬間には机の下に隠れたりしたかもしれない。子どもぽい、傷つきやすい人のような気がする。

大竹昭子(おおたけあきこ)

●紹介作品データ:
金坂健二
アンディ・ウォーホル
1968年
ゼラチンシルバープリント
34.0x26.7cm

金坂健二 Kenji KANESAKA
映画作家、評論家、写真家。1934年東京都生まれ。1957年慶応義塾大学文学部英米文学科卒業。松竹映画国際部に社長(城戸四郎)付きの通訳として籍を置き、ハーバード大学の国際セミナーに参加するうちに米国のアングラ映画作家と知り合い、松竹を休職中にフルブライト基金を受けて渡米、ノースウェスタン大学に1年間留学。映画『アメリカ、アメリカ、アメリカ』を完成して学校を離れ、日本に帰国後、1966年に映画『ホップスコッチ』を完成。1964年、飯村隆彦、石崎浩一郎、大林宣彦、高林陽一、佐藤重臣、ドナルド・リチー、足立正生らと実験映画製作上映グループ「フィルム・アンデパンダン」を結成した。1999年、歿。

12月5日(火)21:55〜22:00 BSフジブレイク前夜〜次世代の芸術家たち〜』に光嶋裕介さんが出演します。

◆埼玉県立近代美術館の広報紙ZOCALOの12月-1月号が発行されました。おもて面の特集は、次回の企画展「版画の景色 現代版画センターの軌跡」とMOMASコレクション第4期。館内で無料配布しているほか、HPからもご覧いただけます。

◆ときの忘れものは「メキシコ地震被災地支援・チャリティー頒布会」を開催しています。会期は明日2日までです。
201711mexico
会期:2017年11月28日(火)〜12月2日(土)
出品100点のリストは11月11日ブログに掲載しました。
全作品、一律8,000円で頒布し、売上金全額を被災地メキシコに送金します。


◆銀座のギャラリーせいほうで宮脇愛子展が開催されています。
201711MIYAWAKI「宮脇愛子展 last works(2013〜14)」
会期=2017年11月20日[月]〜12月2日[土] ※日・祝日休廊
会場=ギャラリーせいほう 
〒104-0061 東京都中央区銀座8丁目10-7 東成ビル1F
電話:03-3573-2468
最後の新作である油彩を中心に立体(ガラス、真鍮)、ドローイング、版画など。


◆ときの忘れものは「WARHOL―underground america」を開催します。
会期=2017年12月12日[火]―12月28日[木] ※日・月・祝日休廊
201712_WARHOL

1960年代を風靡したアングラという言葉は、「アンダーグラウンドシネマ」という映画の動向を指す言葉として使われ始めました。ハリウッドの商業映画とはまったく異なる映像美を目指したジョナス・メカスアンディ・ウォーホルの映画をいちはやく日本に紹介したのが映画評論家の金坂健二でした。金坂は自身映像作家でもあり、また多くの写真作品も残しました。没後、忘れられつつある金坂ですが、彼の撮影したウォーホルのポートレートを展示するともに、著書や写真集で金坂の疾走した60〜70年代を回顧します。
会期中毎日15時よりメカス映画「this side of paradise」を上映します
1960年代末から70年代始め、暗殺された大統領の未亡人ジャッキー・ケネディがモントークのウォーホルの別荘を借り、メカスに子供たちの家庭教師に頼む。週末にはウォーホルやピーター・ビアードが加わり、皆で過ごした夏の日々、ある時間、ある断片が作品には切り取られています。60〜70年代のアメリカを象徴する映像作品です。(予約不要、料金500円はメカスさんのNYフィルム・アーカイブスに送金します)。

●六本木の国立新美術館で「安藤忠雄展―挑戦―」が開催されています。
会期:2017年9月27日[水]〜12月18日[月]
オープニングのレポートはコチラをご覧ください。

◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第58回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第58回

01
(画像をクリックすると拡大します)

この写真を見てまず目がいったのは、部屋のなかの女性たちではなく、そこにかかっているカーテンだった。なんだかカーテン屋のショールームのようではないか。
窓側にも入口にもさがっていて、広くはない部屋がカーテン攻めにあっている。
しかも、そのカーテンはシンプルとは言いがたいデザインで、奥のものにはフリルやポンポンがつき、手前のものは派手なレース模様でしかもドレイプがたっぷりで、狭い部屋のなかがゴテゴテでさわがしい。

奥の壁側は窓だからカーテンが必要だろう。でも、手前のほうはどうだろう。
カーペットの際のところにレールが見えるから、ここに引き戸がついているのだ。
それを閉じれば間仕切りできるから、カーテンをつける必要はないのではないか。
ということは、室内の雰囲気づくりのためにわざわざカーテンをさげたのだろう。

そう思って改めて見ると、このカーテンが天蓋に見えてきた。
部屋はちょうどキングサイズのダブルベッドに匹敵する大きさだし、カーペットの模様もなにやらベッドカバーを連想させなくもない。
どうやらふたりは、寝る部屋を天蓋付きベッドに見立ててデコレーションしたらしい。

彼女たちが日本人ではないのは一目瞭然である。
タイとか、ミャンマーとか、東南アジア系のような気がする。
手前の女性は民族衣装を着けて頭に冠をのせ、奥の女性はフリル付きのワンピースを着てロングヘアに髪飾りを付けている。部屋のインテリアに負けないほど装飾たっぷりだ。

ところで、この部屋はどこにあるのだろう。彼らの国の家のなかだろうか。
どうもそうとは思われないのである。壁を見ると横木がまわされている。これは長押と呼ばれる日本建築の特徴で、古いアパートにはよくこれが付いていた。いまでは減りつつあるけれど、ハンガーなどをかけるのに重宝したものだ。

この長押から、ここは日本のアパートではないか、という想像が生まれる。
外階段がついている「○○荘」とか「コーポ××」というような名の二階建てアパートで、階段をドンドンと踏みならして上がり、見かけよりもはるかに軽いドアをすーっと開けて中に入ると、小さな三和土が台所に通じていて、その奥にレースのカーテンが下がっている。
壁のスイッチを手探りして蛍光灯がついたとたんに、部屋のなかが照らしだされる。

ふたりは、自国ではこういうインテリアの部屋に暮らしてはいないような気がする。
たぶんあっさりしたインテリアの部屋で、ジーンズであぐらをかいていたりするのだ。
彼女たちがこの部屋をカーテン攻めにし、フリフリの格好でくつろいでいるのは、ここがコスプレの国、日本だからなのである。あらゆる場面が芝居っけたっぷりで、何のフリをしても許されるこの国で、思いっきりお姫さま気分を味わっている。

大竹昭子(おおたけあきこ)

〜〜〜〜

■瀬戸正人 Masato SETO
1953年、タイ国ウドーンタニ市生まれ。写真家。
東京写真専門学校(現・東京ビジュアルアーツ)卒業後、深瀬昌久氏アシスタントを経て、1981年、フリーランスの写真家として独立。1987年、山内道雄氏と東京都新宿区四谷4丁目にギャラリー〈Place M〉を開設。国内外で個展、グループ展多数。
写真集に『《バンコク、ハノイ》 1982―1987』(IPC、1989年刊)『部屋 Living Room, Tokyo』(新潮社、1996年刊)『Silent Mode』(Mole、1996年刊) 『picnic』(Place M、2005年刊)等。その他の著作に『トオイと正人』(朝日新聞社、1998年刊)『アジア家族物語』(『トオイと正人』文庫版改題、角川書店、2002年刊)。 1990年日本写真協会新人賞、1995年東川賞新人作家賞、1996年第8回写真の会賞、1996年第21回木村伊兵衛賞、1999年新潮学芸賞。
公式サイト:http://www.setos.jp/

●展覧会のご紹介
瀬戸正人さんが代表を務めるフォトギャラリー〈Place M〉にて、二人展が開催されます。上掲の作品も出品されます。
都築響一/瀬戸正人
Place M 30周年企画展
「TOKYO STYLE/LIVING ROOM」

会期:2017年11月13日[月]〜11月19日[日]
会場:PLACE M
   東京都新宿区新宿1-2-11 近代ビル3F

●今日のお勧め作品は超レアな草間彌生の1983年のポスターです。
1983年草間展ポスター
「草間彌生展」ポスター
1983年
ポスター
109.0×79.0cm
*原宿にあったビデオギャラリーSCAN(中谷芙二子主宰)の草間彌生展のポスターである。その多くは作家の意図で小さくちぎって来場者に配られたため、ポスターとして現存するのは極く僅かと思われる。SCANはアーティストの中谷芙二子が1980年にヴィデオ・アート専門のギャラリーとして原宿にオープンし、80年代の日本のヴィデオ・アートの中心的存在だった。

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆ときの忘れものは「細江英公写真展」を開催しています。
会期=2017年10月31日[火]―11月25日[土]
293

●会期中、細江英公サイン入り写真集を特別頒布しています。

◆ときの忘れものは「メキシコ地震被災地支援・チャリティー頒布会」を開催します。
201711mexico
会期:2017年11月28日(火)〜12月2日(土)
出品100点のリスト:11月11日ブログに掲載
全作品、一律8,000円で頒布し、売上金全額を被災地メキシコに送金します。


●書籍のご案内
TAKIGUCHI_3-4『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』図録
2017年10月
ときの忘れもの 発行
92ページ
21.5x15.2cm
テキスト:瀧口修造(再録)、土渕信彦、工藤香澄
デザイン:北澤敏彦
掲載図版:65点
価格:2,500円(税別)*送料250円


中村美奈子さんが瀧口修造にオマージュした文鎮を制作しました。
中村美奈子 文鎮こげ茶、赤、緑、オレンジの4色あります。
一個:大5,500円 小5,000円(税別)
二個組:10,000円(税別)
三個組:14,000円(税別)
紙ケース付、送料は一律500円(何個でも)。
瀧口ファンならずとも手元に置きたくなるような色彩豊かな佳品です。特別頒布中ですのでどうぞご注文ください。


●六本木の国立新美術館で「安藤忠雄展―挑戦―」が開催されています。
会期:2017年9月27日[水]〜12月18日[月]
オープニングのレポートはコチラをご覧ください。

●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12


◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第57回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第57回

1500
(画像をクリックすると拡大します)

ふたりが座しているのは、食卓である。
手前に急須と湯吞みが、むかって左奥に蓋付きの容器が、その背後にはラジカセが見える。

このように食卓についている人が正面きってカメラを見つめることは、日常ではまずないだろう。記念撮影の場に食卓が選ばれることはめずらしく、もしシャッターを切るとしても笑ったり、おしゃべりしているスナップになるだろう。構えて撮るのには食卓はあまりに日常的すぎるのだ。
そのミスマッチが、写真に異様な雰囲気をもたらしている。

いや、そのこと以上に非日常感を際立たせているのは、言うまでもなく、ふたりの女性が服をまとわず、裸をさらしていることだろう。
ふたりは母と娘のようだ。顔もさることながら、首から肩や胸にかけての体つきがそっくりである。顔は化粧でどうにでもなるが、骨格は変えられないし、乳房や乳輪のかたちも親から子へと引き継がれるものの典型である。
そうしたディテールの総体が、ふたりの肉体の構えに、赤の他人とは思わせない類似した表情をもたらしている。

服を着ていても異様な構図なのに、ましてや裸体となれば、二重の意味で見る者の日常にくいこんでくる。気の弱い男性なら、ちょっとひるむかもしれない。
娘のほうは髪の毛を剃って坊主にしている。ぶかっとしたワークシャツを着ていたら、男の子と思ってもおかしくないだろう。乳房があらわなゆえに、女性とわかるわけで、髪型は性別を見分けるには役立たず、衣服でつねに隠されている乳房と性器だけがそれを可能にする、という当たり前の事実に改めて思い至る。

テーブルの横には食器棚があり、扉の開け閉てがかろうじて出来るくらいにぎっしりと皿やグラスが詰め込まれている。それに並んで冷蔵庫が立っているが、こちらのドアにはお知らせや領収証のたぐいがびらびらと張られてにぎにぎしい。窓を覆っているカーテンも、チェックの柄が細かく、狭くて雑然とした空間を想像させる。

日常とは、このようにごちゃごちゃした未整理な空間で、行き当たりばったりに、出たとこ勝負で進んでいくものである。水の流れに似て、流れているかぎりはディテールも内実も意識されないのがふつうなのだ。

そうした日常の対極にある価値を、正面切った一対の裸体は屹立させる。あたかも人工のせせらぎに巨大な岩が投げ込まれたように、狭い空間のなかに始原を立ち上がらせ、意味を超えた何ものかをつきつけてくる。

大竹昭子(おおたけあきこ)

〜〜〜〜
●紹介作品データ:
長島有里枝
《Self-Portrait (Mother #24)》
From the series Self-Portrait
1993年
ゼラチン・シルバー・プリント
38.7x58.0cm
東京都写真美術館蔵

■長島有里枝 Yurie NAGASHIMA
1973年、東京都中野区生まれ。1995年、武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業。1999年、カリフォルニア芸術大学にてMaster of Fine Arts取得。1993年、家族とのポートレイトで「アーバナート#2」展パルコ賞を受賞しデビュー。2001年、写真集『PASTIME PARADISE』(マドラ出版、2000年)で、第26回木村伊兵衛賞受賞。2010年、エッセイ集『背中の記憶』(講談社、2009年)で第26回講談社エッセイ賞受賞。主な写真集に『YURIE NAGASHIMA』(風雅書房、1995年)、『empty white room』(リトルモア、1995年)、『家族』(光琳社出版、1998年)、『not six』(スイッチパブリッシング、2004年)、『SWISS』(赤々舎、2010年)、『5 Comes After 6』(マッチアンドカンパニー、2014年)など。

●展覧会のご紹介
東京都写真美術館で、「長島有里枝 そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」が開催されています。

「長島有里枝 そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」
会期:2017年9月30日[土]〜11月26日[日]
会場:東京都写真美術館
時間:10:00〜18:00(木・金曜は20:00まで)※入館は閉館の30分前まで
休館:月曜 ※ただし10月9日(月・祝)は開館、10日(火)休館

東京都写真美術館は長島有里枝の個展を開催します。デビュー以来、長島は社会における「家族」や「女性」のあり方への違和感を作品で問い続けてきました。ラディカルさとしなやかさをあわせ持つ、パーソナルな視点にもとづいた長島の表現は、若い世代を中心に支持され、国際的にも評価が高まっています。
長島は武蔵野美術大学在学中の1993年、家族とヌードで撮影したセルフ・ポートレイトで「アーバナート#2」展パルコ賞を受賞し、一躍注目を集めました。2001年には、写真集『PASTIME PARADISE』で第26回木村伊兵衛写真賞を受賞。近年では、自身の幼少期をモチーフにした短編集『背中の記憶』で、2010年に第26回講談社エッセイ賞を受賞するなど、写真以外にも活動の幅を広げています。
公立美術館で初めての個展となる本展では、初期を代表する〈セルフ・ポートレイト〉や〈家族〉、90年代のユースカルチャーを切り取った〈empty white room〉のシリーズに始まり、アメリカ留学中の作品、2007年にスイスのアーティスト・イン・レジデンスで滞在制作をした植物の連作、女性のライフコースに焦点を当てた新作までを一堂に展示します。
デビューから四半世紀近くが経ち、共同制作など新しい試みも取り入れながら、長島の表現はさらなる広がりを見せつつあります。本展では、作家の「今」が色濃く反映された現在の作品とともに、これまでの歩みを振り返り、パーソナルかつポリティカルな視点にもとづく写真表現の可能性を探ります。(東京都写真美術館HPより転載)

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第56回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第56回

01_1500
(画像をクリックすると拡大します)

上野公園でときどき餌をあげていたカラスたちが、上空を追いかけて千駄ヶ谷にある家をつきとめ、以来、上野の森から通ってきては、ベランダで羽をばさつかせて餌をねだるようになったーーー。

この話を人から聞いたとき、カラスの観察力、思考力、記憶力に舌を巻いた。それらをフル稼働して彼らが日々溜め込むものは、すべてこの世で生きながらえるために費やされる。人間のように使わずにただしまっておくだけのものはない。知恵とは本来そういうものなのだろう。

ここに一羽のカラスがいる。頭の毛と胴体の羽の部分がつながらないほどからだが細いが、ただ、痩せているだけなのか。カラスも痩せるとこんな姿になるのか。唯一、カラスらしさを感じさせるのは足。精悍で、野卑で、獰猛な印象の鉤爪をクルマの屋根に載せている。ぴかぴか光る車体に爪が反射し、影が円弧を描いて一瞬、金属の部品がついているのかと思った。

カラスの前には男がいる。イグサで編んだ帽子を被り、メガネをかけ、首を右に傾けて唇をつきだしている。カラスは髭におおわれたその口にくちばしを突っ込んでいる。男がくれとおねだりしてたものを、カラスから口移しに受け取っているかのようだ。でも、本当は逆だろう。男の口のなかにはカラスの好物が入っている。それをカラスはくちばしでつまみ出そうとしているのだ。そのように口移しに物をあげるのは男の習慣で、彼が口を突き出したらどうすればいいかをカラスはよくわかっている。これぞ、生きものの知恵である。

カラスに餌を上げるとしても、やり方はいろいろあるだろう。皿に載せてもいいし、ただ地面に置いてもいいし、掌に載せてやってもよい。ところが、この男はそのどれもとらずに、口からあげるやり方を選んだのだ。あいだに何も介さずに、口と口を直結させて食べ物をカラスのからだに送り込む、その束の間の一体感を味わうために。

人間の口とカラスの口を比較して、どちらが無防備かと言えば、人間の口に決まっている。われわれのやわな口蓋に、カラスのあの黒々したくちばしを本気で突っ込まれたらひとたまりもない。その弱い部分を相手に差し出し、男は契りを乞いたかったのだろう。オレはこれほどオマエを信じているんだよ、と。

カラスも男にすっかりなついて信頼している様子である。瀕死の状態で路上に落下していたのを助けられたのかもしれないし、翼が折れていて飛べなくなり大空に帰ることが出来ないのかもしれない。ともあれ、カラスには男になつかずにはいられない事情があったのだ。この男についていけば生きられると直感したのだ。

思うに、男のほうにも似たような事情があったのではないか。だれかになつかずにはいられない。でも、人間が相手だとどうもなつけない。そんな鬱屈に浸り込んでいたときに、傷ついたカラスに遭遇したのである。弱った者同士がともに支え、求めあう関係。話す言葉がちがうから、齟齬も生じないし、喧嘩にもならない。わかり合えるような合えないような曖昧さが救いなのである。

大竹昭子(おおたけあきこ)

〜〜〜〜
●紹介作品データ:
梁丞佑
〈人〉より
2003年撮影(2017年プリント)
ゼラチンシルバープリント
Image size: 21.0x32.5cm
Sheet size: 11x14inch
Ed.5
サインあり

■梁丞佑 YANG Seung-Woo
韓国出身。
1996 来日
2000 日本写真芸術専門学校卒業
2004 東京工芸大学芸術学部写真学科卒業
2006 東京工芸大学大学院芸術学研究科メディアアート修了
主な出版物:『君はあっちがわ僕はこっちがわ』(2006、新風舍)、『君はあっちがわ僕はこっちがわ2』(2012、禪POTOギャラリー)、『青春吉日』(2012、禪POTOギャラリー)
主な個展:「外道人生」(2004、東京工芸大学芸術情報館ギャラリー・中野)、「君はあっちがわ僕はこっちがわ」(2005、JCII日本カメラ博物館・千代田区一番町)、「だるまさんが転んだ」(2006、銀座ニコンサロン)、「LOST CHILD」(2007、企画展ギャラリーニエプス・四谷三丁目)、「LOST CHILD 2」(2008、アルバカーキ)

●写真集のご紹介
禅フォトギャラリーから、写真集『人』が刊行されました。上掲の作品も収録されています。

梁丞佑写真集『人』
2017年
禅フォトギャラリー 発行
112ページ
21.0x29.7cm
ソフトカバー

社会からはみ出した他人同士が寿町では家族のように付き合っている姿がここにある。前回の写真集『新宿迷子』同様に梁丞佑の丁寧な付き合いが彼らとの関係を築き、信頼を得た。2002年から最近までレンズを向け続けた情熱と鋭い問題意識に目を見張らされる。
―大石芳野(写真家)

神奈川県横浜市寿町。
横浜中華街から10分ほど歩いた所に存在する。
最初は話に聞いて何の気なしに訪れた。
いろんな国の言葉が聞こえ、さらに私が思っている日本像とはあまりに違う街の様子に「ここは日本ではない」と感じた。
撮りたいと強く思い、この街に通いつめるわけだが、しばらくは「ただ、見ていた」。隠し撮りをするという方法もあったのだが、それではなんだか気がとがめ、彼らと交わりたいと思った。
とりあえず、道に座って酒を飲んでみた。
彼らは私が煙草の吸殻を灰皿に捨てたら「変な奴だ」と言った。言葉も乱暴。しかし「分け合う」ことを知っていた。生活は貧しくても心は豊かであるように感じた。
こうして彼らと過ごす事3ヶ月。やっと、私に1人が聞いた。
「お前は何をやっている人間なんだ」と。
仕事もせずに日がな一日道に座っている事を、やっと奇妙に思ってくれたのだ。
満を持して私は言った。
「写真しています」と。そこから私の撮影が始まった。
ぎりぎりで、這いつくばるような、そうかと思えば、すでに全てを超え浮遊しているような、悲しさや寂しさ辛さとともに、幸せも楽しみも、悪意も善意も。
手に取るように感じられた。
「人が生きるということは…」
そう問われているように感じた。
ある日、コインランドリーの入り口で雨宿りをしていた一人の中年男性がいた。血だらけだった。「どうしたの?」と聞いたら、その男性は私の目を見て、
「だるまさんが転んだ…」とだけ繰り返した。温かいお茶を差し出したら、
「ありがとう」と言って、ただ握っていた。私がいるときには、飲まなかった。
日本には「だるまさんが転んだ」という遊びがある。
鬼が「だるまさんが転んだ」といって振り返ると、鬼に向かって近づいて来ていた人達は、動きを止める。もし動いている事がばれると、自分もまた鬼になる。
オレに構うな。
「だるまさんが転んだ」
もしかするとそういう事だったのかもしれないと今になって思う。
2017年現在、寿町は他のドヤ街と同じく以前の姿は消え、高齢化が進み、街の「境界」は曖昧になり他の街となじみつつある。

これらの写真は、2002年から2017年まで寿町で撮影したものです。
―梁丞佑
禅フォトギャラリーHPより転載)

◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

●今日のお勧め作品は、クリストです。
Christo_02 (2)クリスト
《包まれた木馬》
1963-2000
ドローイング、コラージュ
Image size: 20.3x20.3cm
Frame size: 35.2x35.2cm
Signed


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第55回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第55回

HIH_press001
(画像をクリックすると拡大します)

この写真を見たときに、最初に目がいったのは、最前列のむかって左側の人たちだった。
腕を組んで横につながり、背筋をピンと伸ばし、片足をすっと前に出すしぐさがダンスのステップを踏んでいるように見えた。

とくにその姿が際立っているのは、中央にいる腕に腕章を巻いたコートの男である。
顎を引いて前方を見据え、胸を張り、上半身に彫像のような緊張感をみなぎらせながら足を踏み出している。となりのメガネの男と比べると、彼のほうが他者の視線を意識しており、中央に立つにふさわしい勇ましさをも感じさせる。

彼の左どなりにいるのは、女性である。スーツなのかワンピースなのか、黒っぽい服をまとい、腕には男とおなじく腕章を巻き、靴はまぶしいくらいの白だ。彼女の肩のラインにも、男と同様の張りつめたエレガンスが感じられる。

彼女が腕を組んでいるのは、前列でもっとも年若い女性である。肩にショルダーバッグをかけ、片手に傘をもった姿は颯爽としていて、大柄のからだから踏み出される足幅は大きく大胆だが、緊張感に関しては中央の男女よりも見劣りがする。どこか日常的な雰囲気なのだ。

それにつづくコートの女性は、明らかに彼女とは世代がちがう。背の低いずんぐりした体形で、歳もかなり上だが、それを感じさせるのは風貌以上に足の出し方である。膝が曲がってガニ股ふうなのだ。

同様に、彼女のとなりにいるコートと帽子姿の女性もガニ股気味。でも、おかしなことに、彼女の足は隣の女性と反対のほうが踏みだされていて、そのために足と同じ側の肩が前に出ている。なんだかふたりで二人三脚しているようだ。

このように、つい足の動きに目が行ってしまうのは、女性たちがみなスカートを履いているせいがだいぶあるだろう。パンツの時代はまだ先のこと、膝のかくれるスカート丈からあらわになった脛が、足のかたちや、出し方や、動きや、歩幅や、歩く速度を際立たせている。

腕組みをして道幅いっぱいに広がるこのようなスタイルのデモを「フランス式」という。ダンスしているように見えるのも、こんなに人がたくさんいるのに汗くさい感じがしないのも、「フランス式」と思ってみると、なんとなく納得するし、隊列の先頭をいく男が掲げる旗の「日教」の文字に気付くと、参加者に女性の数が多いことにも合点がいく。そう、彼らは日教組に入っている教職員なのだ。

道路には敷石がしかれ、都電の線路が通っていて、はるか後方には、身動きのとれなくなった車輛の頭も見える。前進する人の波が都電を押しとどめたのだ。その前進が、なによりも人の足によってなされたことを、この写真は強く訴えかけており、そこに溌剌した希望が感じられる。

大竹昭子(おおたけあきこ)

〜〜〜〜
●紹介作品データ:
濱谷浩
“June 22, 1960” from the series “A Chronicle of Grief and Anger”
1960年
ゼラチンシルバープリント
Image size: 15.9x24.0cm
Sheet size: 16.9x24.9cm
(C)Keisuke Katano / Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography / Film
*当該作品は1960年に刊行の『怒りと悲しみの記録』の入稿原稿。プリント背面に作家が押したスタンプと手書きの制作年記載あり。

■濱谷浩 Hiroshi HAMAYA
1915年東京生まれ(1999年没)。1933年、二水実用航空研究所に入所し航空写真家としてキャリアを始め、同年オリエンタル写真工業株式会社(現・サイバーグラフィックス株式会社)に就職。1937年に退職し、兄・田中雅夫と「銀工房」を設立。1938年、土門拳らと「青年写真報道研究会」の結成や、瀧口修造を中心とした「前衛写真協会」設立に参加。1939年にグラフ雑誌『グラフィック』の取材により新潟県高田市を訪れ、民俗学者・市川信次や渋沢敬三と出会う。1941年、木村伊兵衛、原弘らを擁する東方社に入社するも、43年に退社。同年、太平洋通信社の嘱託社員として日本の文化人を取材。1960年マグナムの寄稿写真家となる。主な個展に「写真家・濱谷浩展」川崎市市民ミュージアム(神奈川、1989年)、「写真の世紀 濱谷浩 写真体験66年」東京都写真美術館(1997年)など。主な写真集に『雪国』毎日新聞社刊(1956年)、『裏日本』新潮社刊(1957年)、『怒りと悲しみの記録』河出書房新社刊(1960年)など。主な受賞に第2回毎日写真賞(「裏日本」にて、1956年)、日本芸術大賞(『濱谷浩写真集成:地の貌・生の貌』にて、1981年)、ハッセルブラッド国際写真賞(1987年)など。

●展覧会のご紹介
六本木のタカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルムで濱谷浩さんの展覧会が開催されています。上掲の作品も出品されています。

濱谷浩「怒りと悲しみの記録」
会期:2017年7月8日[土]〜8月12日[日]
会場:タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルム
   〒106-0032 東京都港区六本木5-17-1 AXISビル2F
時間:11:00〜19:00
日・月・祝日休廊

濱谷は1930年代より、人間と人間を育む環境・風土の関係を透徹した眼差しで捉え、峻厳な態度で写真の記録性に向き合い、時代を映す重要なドキュメントを数多く残しました。本展では、濱谷が1960年の日米安保闘争を1ヶ月に亘り取材し上梓した『怒りと悲しみの記録』(河出書房新社、1960年)より約22点を展示いたします。

東京に生まれた濱谷浩は、モダニスムの空気が漂う1930年代に都会や下町における新旧の混沌たる市井風俗を撮影し、1933年、西欧の先進的な芸術動向を紹介したカメラ雑誌『フォトタイムス』を刊行していたオリエンタル写真工業に就職しました。グラフ・ジャーナリスムの確立や新興写真の隆盛など、近代写真表現の模索に伴い、写真家という存在も近代化へ向かっていた時代において、堀野正雄や木村専一といった新時代を象徴する写真家や編集者との出会いは、濱谷にプロフェッショナルとしての写真家の在り方を意識させる機会となりました。新進気鋭の写真家として活躍する傍ら、「前衛写真協会」の設立に携わるなど、写真の近代化の最先端に身を置いていた濱谷は、グラフ雑誌『グラフィック』の仕事で新潟県高田市の陸軍スキー連隊の冬季演習を取材した際、民俗学研究者・市川信次や民俗学資料博物館を主宰する渋沢敬三と出会い、また和辻哲郎の著作『風土:人間学的考察』に感銘を受けたことを通じ、それまで都会の華やかなものに向けられていた視線を、人間とその形成に基底的な作用を持つ風土に転じ、時代の転換の中でこれらを記録することの重要性を改めて認識するようになりました。

記録することは、人類が人類であるために絶対に切り離すことのできぬ人間的な貴重な行為なのである。そして写真こそは、その最も近代的機能をもったものであるといえる。
濱谷浩、「写真の記録性と記録写真」、『カメラアート』カメラアート社、1940年12月終刊号

1940年、新潟県・桑取谷における小正月の民俗行事を撮影する中で、雪深い越後の庶民の古典的な生活と向き合い、人々の自然に対する畏怖と調和の精神を目の当たりにした濱谷は、以降10年に亘り山間の村に通い『雪国』を発表します。その後、より広範に日本列島の気候風土、歴史的な地域社会の成立過程とその現況を確かめるべく、日本海沿岸の厳しい自然風土の中で暮らす人々を取材記録した『裏日本』の冒頭には、「人間が人間を理解するために、日本人が日本人を理解するために」という濱谷の生涯のテーマとなる言葉が記されています。

戦争へ向かう情勢の中、濱谷は東方社に入社し対外宣伝グラフ誌『FRONT』の撮影をするも、社の幹部と衝突し退社します。多くの写真家の仕事が戦時下の体制に組み込まれていく中で、濱谷は一貫して厭戦思想を貫き、1944年には新潟県高田に移り終戦を迎えました。戦後の高度経済成長の中、濱谷は1960年の日米安保闘争を市民の立場で客観的に取材、約1ヶ月間で2,600点にも及んだ記録は『怒りと悲しみの記録』として出版されました。

それまで、私は政治的な取材には縁が薄かった。だが今度は違う。五月十九日の強行採決、民主主義を崩壊に導く暴力が議事堂内部で起こった。私は戦前戦中戦後を生きてきた日本人の一人として、この危機について考慮し、この問題にカメラで対決することにした。
濱谷浩、『潜像残像:写真家の体験的回想』、河出書房新社、1971年、p.198

1960年にマグナム・フォトにアジア人として初めて参加した濱谷の写真は、広く欧米で関心を集め、「怒りと悲しみの記録」は6月25日付『パリ・マッチ』に掲載、その後マグナムを通じてイギリスの『ザ・サンデー・タイムス』でも連載され、日本では写真展が銀座・松屋を皮切りに日本全国の展示会場や大学を巡回しました。しかしながら、高まりを見せていたはずの政治意識の急速な萎靡沈滞とその後に続く擬似的な太平・繁栄の氾濫を受け、日本の政治体制や人間に対して大きな失望感を抱いた濱谷は、日本人の特異な性質との因果関係を自然に求め、「人間はいつか自然を見つめる時があっていい」とし、60年代後半より科学的な視点から自然風景の撮影へと向かいます。その後も南極やサハラ砂漠など海外の辺境へと視点を移し撮影を行なった濱谷の活動は、常に「人間と自然の課題を自身の目で探る」ことに根ざし、そのヴィジョンは写真が社会とどのように関わりうるかを問い続けています。
協力:Marc Feustel(Studio Equis)
タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルムHPより転載)

●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

12

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分、名勝六義園の正門からほど近く、東洋文庫から直ぐの場所です。

◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
ときの忘れもの
blogランキング

ギャラリー&編集事務所「ときの忘れもの」は建築家をはじめ近現代の作家の写真、版画、油彩、ドローイング等を扱っています。またオリジナル版画のエディション、美術書・画集・図録等の編集も行なっています。
ときの忘れもの
ホームページはこちら
Archives
Categories
最新コメント
記事検索
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ