石原輝雄のエッセイ

石原輝雄のエッセイ「マルセル、きみは寂しそうだ。」第4回

石原輝雄のエッセイ「マルセル、きみは寂しそうだ。」─4

『読むと赤い。』

展覧会 キュレトリアル・スタディズ(12)
    泉/Fountain 1917─2017
    京都国立近代美術館4階コレクション・ギャラリー
    2017年4月19日(水)〜2018年3月11日(日)

Case-4 デュシャンを読む: リサーチ・ノート
    キュレーション: ベサン・ヒューズ(アーティスト)
    2017年10月25日(水)〜12月24日(日)

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MR4-01平安神宮大鳥居 10月26日(木) 13:34


京都は紅葉の季節。4月から始まった『泉』の誕生100周年祝賀企画も6ヶ月目に入り、ウェールズ出身の美術家ベサン・ヒューズによる展示が10月25日から始まっている。この報告がアップされる頃には岡崎公園も錦秋に染まり、足元には木々の落葉が幾枚も重なって、気持ちよく歩いているだろう。地表の弾力と眼の喜び、そして、踏みしめる音。身体の感覚の元となっている色とりどりの葉が、ベサンの仕事に繋がるのではと思う。

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MR4-02Case-4の展示


MR4-03


 彼女が2007年から始めた『デュシャンを読む: リサーチ・ノート』のプロジェクトは、作者だけでなく、観る者によっても作品が作られると云うデュシャンの言説に触発されたようで、興味深い。美術館の壁面を埋め尽くしたベサンのA4シートはおよそ700枚。様々な写真や資料、書籍のページをコピーして余白に書き込んだ思考の痕跡が、仏語と英語の間を行き来し、メモ的なデッサンや所々に貼られた各色の付箋、新しいA4シートへと続く解釈が、さらに核心へ迫るのか? デュシャンの回りで溺れるのか? これに立ち入ろうとしたけど、日本語世界のわたしには難しい。美術史家や評論家、哲学者や収集家といった分類に属さず、デュシャンと同じ意味での美術家によるアプローチは、ファイルに入って、無造作に留められたA4シートのように美しい── で、どうして、彼女はデュシャンの虜になってしまったのかと26日のアーティスト・トークに参加しながら考えた。

 もちろん、デュシャンへの関心は『泉』(1917年)が最初。そして、ターニングポイントとなった作品が幾つかあり、修正されたレディメイドの『薬局』(1914年)もそのひとつと聞いた。彼女は「水辺に枯木の立っている風景」を手に翳し(シートだから可能)、透かし見ながら、「赤と青」の点が盤上に立つキングとクイーンに見えると、楽しげな様子。これはデュシャンに心を奪われたひとの眼差しだ。彼女はチェスを知らなければデュシャンは判らないと、駒の動きを勉強された。でも「ルールは学んだけれど、プレイはできない」と打ち明けられ、世界の半分を支配する男性と、お喋りな女性に言及され、チェスの勝敗を決する真ん中のライン、ニュートラルな部分こそデュシャン的だと。「頭脳によるスポーツの代表格」と云われるチェスの世界を使ってデュシャンと共に思考の動きを解読しようとする行為は、純粋な楽しみなんだろうな。トークの観客をまず『薬局』の前に誘い、初手の白い駒を進めた彼女の戦術は、上手くいったと思う。収集家の世界では、チェスのアイテムには特別の愛好家が存在し、しばしば、高騰する。それで、わたしの場合、入手出来ない目に何度かあった(これは関係ないか)。

 次いで、現物が展示されているレディメイドの『罠』(1917年)から音符を読む試み。音楽もデュシャンを理解する重要な要素として勉強されたとベサン。チェスの1プレイヤーが32音符と呼ばれるのも偶然ではないとも。そして、マス目の64に繋がるとの視覚的な連想。さらに、『泉』のシルエットで切り抜かれた写真からカトリックの三位一体説に触れ、デュシャンの家族観へと展開。カトリックの勉強もされたベサン。これ以上、ゲームを楽しむ彼女の熱いレクチャーに深入りすることは避けるが、宗教やフェミニズムへの配慮、『貞淑さの楔』での男性器への指摘などには、文化の違いから戸惑いを覚えた。

 試合の展開を俯瞰できるチェスと異なり、脳内で繰り広げられ、絞り出されてA4シートに落ちたイメージの往復運動は、対戦相手がフランスの代表選手であるが故に、凡人では、理解できない。「他者を自作へとしばる」デュシャン流の戦略は、ゲームのルールを『泉』を使って開示した初手のインパクトゆえの勝利であるのだろうな。時代や人間に共通する問題提起、解決の方法であるとしても。

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MR4-04『薬局』などのシート


MR4-05Bethan Huws(1961 - )


MR4-06『罠』などのシート


MR4-07常設展示室 10月26日(水) 15:49


 男も女も、そうでない人も、デュシャンの仕掛けた「罠」に捕まり、もがき苦しんでいるように思う。身近にもいる、そうした人たちは「わたしは違う」と言い訳した後に、作品やメモと云った思考の断片に取り組み、私的な解釈を、逆説的だけど「楽しげに」発表されている。読んでみると悦楽さえ感じさせる不思議な例が多い。哲学的であり、破綻しないように論を進める身振りが、網膜の喜びの側にいるわたしには苦しい。マン・レイはチェスの試合よりも駒のデザインに関心を持ち「問題などなにもない、だから解決などということもないのだ」とする友人に対して「解決があるだけである」と明るく、この前段に「感ずると同時に思考している頭脳がみせる異常は、どれもつねに興味深いものである」と『セルフ・ポートレイト』(千葉成夫訳、美術公論社、1981年刊、384-385頁)に書いている。いけない、いけない、デュシャンの「罠」に捕まりそうだ。

 それにしても、今回のベサン・ヒューズが、示したインスタレーションは、観客も彼女と共に、「迷宮で」デュシャンを楽しむ仕掛けに満ち、前3回の展示と比べて『泉』を身近に感じた。展示台に置かれたレディメイドも接近可能な状態であり、カメラ片手に盗撮に近い気分(したことはありません)で、『旅行用折りたたみ品』(1916年)や『三つの停止原基』(1913-14年)を覗いた。美的な意味を解釈してはいけないそうだけど、美しいのだから仕方がない。加えて、今回の展示でわたしの心が一番騒いだのは、レディメイドが入っていた木箱の意匠。初めて覗いた『秘められた音で』(1916年)の、内貼りのオレンジ色がエロティック。この色、平安神宮の大鳥居に続いてないかしら

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MR4-08『泉』(部分) (1917/1964)


MR4-09『旅行用折りたたみ品』(1916/1964)


MR4-10『三つの停止原基』(部分) (1913-14/1964)


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MR4-11『お尋ね者』などのシート


MR4-12

 
MR4-13Bethan Huws著『Research Notes』(2014年刊)の『貞淑さの楔』掲載頁(343)、


 アーティスト・トークの会場で、直接、「デュシャンと色」との関係を尋ねてみれば良かったのだけど、機会を逸してしまった。後日、再訪した折『お尋ね者』(1934年)からの付箋紙で「RED / READ」から「ROSE / ROUGE」へと繋がる単語を読んだ。デュシャンと言えばグリーンだと単純に思っていたけれど、『お尋ね者』での色使いの為か、「赤」から「読んだ」が連想され、さらに、寓意に満ちた「薔薇」「口紅」へとデュシャンをリサーチするベサン。「READ」は、彼女にとって特別の、意味ある動詞のようで、過去の作品でも重要なモチーフになっている。「READ」は、過去形も「READ」と綴り、発音が「RED」になるのは、よく知られている。デュシャンを読むと、木々の葉は赤く色づき、やがて風に舞って、足の周りに落ちてくる。寒暖の差が激しい不安な世界、美術館の壁面を埋め尽くしたベサンのA4シートが、どのように落下するのか? 襟を立てながら待っていたい。

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MR4-14


MR4-15岡崎公園 11月9日(木) 16:24


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MR4-16参考資料 左上 ホッチキス留め


MR4-17チラシ 表・裏


MR4-18盤上(?)の『秘められた音で』など


 さて、京近美では、アーティスト・トークで配付された平芳幸浩氏の参考資料8枚(両面刷り)の他に、折り畳んだ紙を拡げ、2枚並べてチェス板の64マスを演出するチラシなど、紙モノ好きの琴線に触れるアイテムが、続々と登場している。尚、来年1月5日(金)からの最終回(Case-5)は、アーティスト・毛利悠子さんの『散種』。批評家・浅田彰氏とのトークや、富山県美からの特別ゲスト上洛も予告され、今から期待が膨らんでいる。

続く

いしはら てるお

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「キュレトリアル・スタディズ12:泉/Fountain 1917−2017」
会期:2017年4月19日[水]〜2018年3月11日[日]
会場:京都国立近代美術館 4F コレクション・ギャラリー内
時間:9:30〜17:00(入館は16:30まで)
   ※毎週金曜・土曜9:30〜20:00(入館は19:30まで)
休館:月曜(月曜日が休日に当たる場合は、翌日が休館)、及び年末・年始
   ※展示替期間:2017年6月13日(火)、8月8日(火)、10月24日(火)
企画:平芳幸浩(京都工芸繊維大学美術工芸資料館准教授)、牧口千夏(当館主任研究員)

1917年にマルセル・デュシャンによって「制作」されたレディメイド作品《泉》は、20世紀美術にもっとも影響を与えた作品として知られています。また1960年代のコンセプチュアル・アート以降、デュシャンの《泉》を解釈・解読すること自体が創作行為にもなっています。2017年4月に《泉》が100周年を迎えるにあたって企画されたこのプログラムでは、当館の所蔵作品だけでなく現代の美術家によるデュシャン解読の作例を加え、各回展示替えをしながら本作品の再制作版(1964)を1年間展示するとともに、さまざまなゲストを迎えて《泉》およびデュシャンをめぐるレクチャーシリーズを開催します。

●Case 4: デュシャンを読む:リサーチ・ノート
2017年10月25日(水)〜12月24日(日)
キュレーション:べサン・ヒューズ(アーティスト)
アーティストトーク:10月26日(木)午後3時〜
会場:4階コレクション・ギャラリー
※先着40名、聴講無料、要観覧券、当日午後2時より1階インフォメーションにて整理券を配布します。

●Case 5: 散種
2018年1月5日(金)〜3月11日(日)
キュレーション:毛利悠子(アーティスト)
クロストーク:2018年1月26日(金)午後6時〜 毛利悠子×浅田彰(批評家)
会場:京都国立近代美術館 1階講堂
※先着100名、聴講無料、要観覧券、当日午後5時より1階インフォメーションにて整理券を配布します。
(京都国立近代美術館HPより転載)

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●今日のお勧め作品は、マン・レイです。
20171122_ray_08_newyork-duchampマン・レイ
《ニューヨークのマルセル・デュシャン》
1921年
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:28.0×21.0cm
裏面にスタンプあり


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆ときの忘れものは「細江英公写真展」を開催しています。
会期=2017年10月31日[火]―11月25日[土]
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細江先生は秋の叙勲で旭日重光章を受章されました。
●会期中、細江英公サイン入り写真集を特別頒布しています。

◆ときの忘れものは「メキシコ地震被災地支援・チャリティー頒布会」を開催します。
201711mexico
会期:2017年11月28日(火)〜12月2日(土)
出品100点のリストは11月11日ブログに掲載し、予約受付を開始しました。
全作品、一律8,000円で頒布し、売上金全額を被災地メキシコに送金します。
※お申込みの返信は、翌営業日となります。(日・月・祝日は休廊です。)


◆銀座のギャラリーせいほうで宮脇愛子展が開催されています。
201711MIYAWAKI「宮脇愛子展 last works(2013〜14)」
会期=2017年11月20日[月]〜12月2日[土] ※日・祝日休廊
会場=ギャラリーせいほう 
〒104-0061 東京都中央区銀座8丁目10-7 東成ビル1F
電話:03-3573-2468
最後の新作である油彩を中心に立体(ガラス、真鍮)、ドローイング、版画など。


●書籍のご案内
TAKIGUCHI_3-4『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』図録
2017年10月
ときの忘れもの 発行
92ページ
21.5x15.2cm
テキスト:瀧口修造(再録)、土渕信彦、工藤香澄
デザイン:北澤敏彦
掲載図版:65点
価格:2,500円(税別)*送料別途250円

*『瀧口修造展 I』及び『瀧口修造展 II』図録も好評発売中です。


安藤忠雄の奇跡安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言
2017年11月
日経アーキテクチュア(編)
B5判、352ページ
(NA建築家シリーズ 特別編 日経アーキテクチュア)
価格:2,700円+税 *送料:250円
亭主もインタビューを受け、1984年の版画制作始末を語りました。
安藤先生のサイン本をときの忘れもので扱っています。

六本木の国立新美術館では「安藤忠雄展―挑戦―」が開催されています。
会期:2017年9月27日[水]〜12月18日[月]
番頭おだちのオープニング・レポートはコチラを、光嶋裕介さんのエッセイ「安藤忠雄展を見て」と合わせてお読みください。
ときの忘れものでは1984年以来の安藤忠雄の版画、ドローイング作品をいつでもご覧になれます。

●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。
 ・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・関根伸夫のエッセイ「〈発想〉について[再録]」は毎月12日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は毎月17日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
 ・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は終了しました。
 ・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は終了しました。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は終了しました。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は終了しました。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は終了しました。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。
 ・光嶋裕介のエッセイ「和紙に挑む」は終了しました。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました(時々番外編あり)。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

石原輝雄のエッセイ「マルセル、きみは寂しそうだ。」第3回

石原輝雄のエッセイ「マルセル、きみは寂しそうだ。」─3

『ベアトリスの手紙』

展覧会 キュレトリアル・スタディズ(12)
    泉/Fountain 1917─2017
    京都国立近代美術館4階コレクション・ギャラリー
    2017年4月19日(水)〜2018年3月11日(日)

Case-3 誰が『泉』を捨てたのか
    キュレーション 河本信治
    2017年8月9日(水)〜10月22日(日)
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MR3-01京近美4階展示室


MR3-02


MR3-03吊り下げられた『折れた腕の前に』『帽子掛け』『男性用小便器』、固定された『男性用小便器』『罠』

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先日、美術館で再現された「リチャード・マット事件」の現場に行った。そこは、デュシャンのアトリエを連想させるような空間で、壁に映ったレディメイドの不気味な影と、例の小便器が吊り下がった奇妙な不安定状態がもたらす、犯行時の闇につつまれ、天井を見上げて無防備になったわたしは、雪かきシャベルと帽子掛けのシルエットを光源との関係から確認しつつ、ずんぐりした小便器の影は「認識出来ないな」と感じながら、幾枚かの写真を撮った。二本のロープで吊り下げられた小便器には「R.Mutt 1917」のサインがある。カメラを回すと入り口側の上部に、もう一つの小便器が固定して取り付けられており、これにもサインが認められる。でも、この2点、どこかおかしい。視線を戻して暗い部屋を進むと、最奥正面に雑誌『ザ・ブラインド・マン』第2号の該当頁が複写して掛けられているではないか、美術館で時折見かける他館貸出中の表示パネルみたい。シュヴァルツ版の『泉』はどこにあるのだろう。眼が慣れてA4サイズの解説シート5枚に気がついた。どうやら、ここに再現されているのは、主役が顔を出した雑誌、会場、デュシャンのアトリエ、再制作展示と云った場面であるらしい。

MR3-04影など


MR3-05雪かきシャベル『折れた腕の前に』


 監視員を避けて部屋を左側から出ようとすると、扉が開いていて長細い物置のような空間の奥に、台座に載せた『泉』が置かれている。側面のガラスに反射しているようでもあり、容易には近づけない。先の解説シートによると「独立美術家協会展の仮設壁裏の状況を試みた」とあるが、わたしのようなデュシャンに関する生半可な知識で事件現場を回るのは、危険極まりないと改めて思った。

MR3-06『泉』シュヴァルツ版6/8と男性用小便器の影


MR3-07大西洋を越えるとピカビアとマン・レイが待っている

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 さて、今回の『泉』誕生100周年を祝う連続企画第3回のキュレーションは京近美のシュヴァルツ版購入に尽力された元・学芸課長の河本信治氏。「リチャード・マット事件」で『泉』の現物が消えた真相を聴きたいと9月2日(金)夕方からのレクチャーに参加した。
 デュシャンの知人である作曲家エドガー・ヴァレーズが交通事故にあった1916年8月30日を事件考査の開始日とし、独立美術協会展の発足、翌年4月7日の『泉』会場到着、9日の展示拒否決定、『ザ・ブラインド・マン』第2号の発行を経て、スティーグリッツが291画廊を閉鎖した7月1日までのタイムテーブルに、登場人物の役割を当てはめながら「誰が『泉』を捨てたのか」の核心に迫って行った。──と書きたいところだが、最新研究を踏まえた調書も、主犯がマルセル・デュシャンとなると、もともと事件があったのか否かといったところまで、論を戻す必要もあって、困惑すると云うか、興奮してしまった。現代美術のイコンとして崇められる(?) スティーグリッツが撮影し雑誌に掲載された『泉』が、実際に会場へ持ち込まれ、一瞬「観ることが出来る状態で彫刻台の上に置かれていた」現物だったのか? 現物だったとしても、照明やカメラアングルの他に映像を加工しているといった指摘もあるらしい。その為に、「写真を最重要資料」として再現した「三次元的レプリカ」のシュヴァルツ版は、現物から乖離しているのではないか? スティーグリッツが用いたカメラの機構やレンズの性質をわたしは知らないので、判断を保留するけど、最新の画像解析技術が真実に近づくとは、とても思えない。いや、思いたくない。もちろん、購入されたとするパナマモデルの画像よりもシャープな形状になっているとは認めるけど。これにも、「背面が平らなベッドフォードシャー型」と云う研究があったりして、ややこしい。河本氏の解説とこちらの思考が入り乱れてしまった。氏は小便器複数説によって「グランド・セントラル・パレスでのアンデパンダン展会場仮設壁裏より消失」「デュシャンが回収後、アレンズバーグが紛失」「スティーグリッツが撮影後、ギャラリー291閉廊時に紛失」と云う3場面を解き明かしてくれた。これは、推理小説、2時間ドラマの世界。前2回同様に、レクチャーの内容が文字化されることを期待したい。でも、手にしたら「デュシャンピアン病」が発症するかしら、こちらは「マン・レイ狂い病」だから、合併症はいやなんだけど(笑)。
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MR3-08

 
MR3-09モダン・ギャラリー開設案内(左)とアルフレッド・スティーグリッツの肖像


MR3-10


 4階の常設展示室に戻った。犯行現場の闇はずいぶん明るくなっている。改めて雑誌『ザ・ブラインド・マン』第2号とイモジェン・カニンガムが撮ったスティーグリッツの肖像写真、モダン・ギャラリーの開設案内の前に立った。100年前の真相に迫る困難と「時限解除鍵」を手に出来る世代の楽しみを感じた。マン・レイは独立美術家協会展に油彩『魂の劇場』(後に『女綱渡り芸人はその影を伴う』と改題)を出品(会期中に「リチャード・マット事件」に抗議して取り下げたとも言われる)したが『自伝』(1963年)によると、スティーグリッツが作品の前で「まるで何か振動しているみたいだ、本当にほとんど眼もくらむばかりだ」(千葉成夫訳)と言ってくれたと誇らしげに書いている。事件の共謀者ではあったが、ルイーズ・ノートンと共に後から参加した扱いで、彼の役割が何だったかは判らない。マン・レイが撮った『泉』の写真が現れたら、世紀のニュースになるのだけど、それまで、生きているかしら(ハハ)
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MR3-11『帽子掛け』、『帽子掛け』の影、『罠』


MR3-12上部にシドニー・ジャニス版『泉』を模した男性用小便器

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 今回のCase-3では、京近美が2016年度に購入したマン・レイの2作品が初公開された。『糊の時代』は、日本で大規模な回顧展が最初に催された1984年に招来したコラージュで、机上を掃除する家政婦を助ける抜群の一品。1935年作のオリジナルはイギリスにあるはずだが、本作は1970年のレプリカ3点の内の3/3。もう1点は『自画像』で、こちらは「リチャード・マット事件」の時代に近い。原作は失われたと云うが1916年12月のダニエル画廊での第2回個展に出品されたもので、「もの笑いの種になった」「純粋な発明品」。これも『自伝』によると「黒とアルミ色の地のうえに電気のベルふたつと本物の押しボタンを取付けたものだった。中央部分には、手を絵の具のパレットに付けてその手形を署名みたいに記してあるだけだった。ボタンを押してみた人は、ベルが鳴らないのでがっかりした。」マン・レイは「創造において観客も積極的な役割をになうことを望んでいただけである。」(千葉成夫訳)としている。デュシャンの考えにつながる部分もあるが、マン・レイは気楽で楽しい。尚、本作は1970年にジョルジュ・ビザが版元となってアクリル版にシルクスクリーンで刷った再制作品で限定40部の内の21/40。ボタンもベルもイメージになってしまって、現在では美しいばかり、その為に長い引用となった、お許しいただきたい。加えて2点とも近年のデンマークやスウェーデンでの回顧展に登場していた事を報告しておきたい。

MR3-13マン・レイ作品3点、左から『糊の時代』『アングルのヴァイオリン』『自画像』


 事件現場から、フランシス・ピカビアの「機械的構図」「アストロラーブ」、マン・レイの「アングルのヴァイオリン」を加えた3点が掛けられた壁面との間は、大西洋が横たわるように輝いて広い。ニューヨークの短いスキャンダルの時代は、第1次世界大戦の終結と共に終わったように思う。「誰が『泉』を捨てたのか」の問は、犯人探しであるよりも、権威に対する反抗が、後年、小便器に謎を纏わせイコン化させる戦術で補強されたと、考えたい。それにしても、「現場」は美術館の展示室。京近美が1987年に「政府の貿易摩擦解消緊急経済対策の一環」として、『泉』を含むシュヴァルツ版のレディメイド13点を約1億円で購入した後、展示室のガラスケースに『折れた腕の前に』と並んで、台座の上に『泉』が置かれていた情景をわたしは思い出す(当時は「常設展示室7」と呼ばれていた。美術館ニュース『視る』259号参照)。その後、展示室は改装され、ガラスケースは展示壁に覆われた。あの時の『泉』が、90度向きを変えて仮設壁裏からわたしたちを見ていると思えてならない。今回の展示が終わって扉が閉ざされた後、『泉』の亡霊に怯えて展示室に入る姿を今から想像してしまった。---除霊しなければ。
 それで思ったのだが、デュシャンのアトリエ写真(1917年頃)から再現した小便器とシドニー・ジャニス画廊の出入り口上部に掲げた(1953年)小便器を模した2点は「誰が捨てるのだろう」、機会があったら「R.Mutt 1917」のサイン・シートを貼った方に尋ねてみたい。河本氏の話では、再現に用いた壁掛小便器は常滑市のジャニス工業の製品(U120BW1)で「シドニー・ジャニス版とシュヴァルツ版の折衷的な」形状だと云う。同品をネット検索したら1点1万円だった。デュシャンピアンの方なら注文されるでしょうね。──愛する小便器との生活、愛欲に溺れないようご注意下さい。

MR3-14ニューヨークのスタジオで吊るされた状態の『泉』を模した男性用小便器

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MR3-15『ザ・ブラインド・マン』第2号他


 京近美の『ザ・ブラインド・マン』第2号と1988年に対面した時は、ガラスケース越しだったが、今回の連続企画第1回の折に冊子仕様のコピーが配布されたので、今、それを手にしている。紙モノ好きには、こちらの魅力も捨てがたい。率直な感想を述べればアンリ=ピエール・ロシェ(37歳)、マルセル・デュシャン(29歳)、ベアトリス・ウッド(24歳)による男女の三角関係から生まれた雑誌と言ってもよいように思う。『泉』のスキャンダルを全面に押し出し、進歩的な女性による女性賛歌と、そこに取り込まれコケにされた「理想主義的急進主義者」のスティーグリッツ。悪ふざけは、それとして、別のところに書いているベアトリスのエッセイ「マルセル」(雑誌『アールヴィヴァン』第31号特集=ニューヨーク・ダダに収録)を読んで、わたしは青春の悲しみに涙した。彼女は愛するデュシャンの印象について「顔の上半分は生きていて、下半分は死んでいる状態を多くのひとが目撃している。若い頃にことばにはできない程のトラウマを被ったひとのようだった。」(矢内みどり訳)と書いている。わたしたちは、それぞれにトラウマを抱えて大人になって行くけれど、「意味のないことだよ」とマルセルのようには言えないのである。
 外に出ると月明かり。コレクターとしての人生は、ほとんど終わってしまって、意味を付け加えようとする余生ばかりが、暗く立ち込めている。やはり、今宵も一杯やりたいな。わたしのベアトリスは手紙を書いてくれるのだろうか?

MR3-16岡崎公園


続く

いしはら てるお

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「キュレトリアル・スタディズ12:泉/Fountain 1917−2017」
会期:2017年4月19日[水]〜2018年3月11日[日]
会場:京都国立近代美術館 4F コレクション・ギャラリー内
時間:9:30〜17:00(入館は16:30まで)
   ※毎週金曜・土曜9:30〜20:00(入館は19:30まで)
休館:月曜(月曜日が休日に当たる場合は、翌日が休館)、及び年末・年始
   ※展示替期間:2017年6月13日(火)、8月8日(火)、10月24日(火)
企画:平芳幸浩(京都工芸繊維大学美術工芸資料館准教授)、牧口千夏(当館主任研究員)

1917年にマルセル・デュシャンによって「制作」されたレディメイド作品《泉》は、20世紀美術にもっとも影響を与えた作品として知られています。また1960年代のコンセプチュアル・アート以降、デュシャンの《泉》を解釈・解読すること自体が創作行為にもなっています。2017年4月に《泉》が100周年を迎えるにあたって企画されたこのプログラムでは、当館の所蔵作品だけでなく現代の美術家によるデュシャン解読の作例を加え、各回展示替えをしながら本作品の再制作版(1964)を1年間展示するとともに、さまざまなゲストを迎えて《泉》およびデュシャンをめぐるレクチャーシリーズを開催します。

●Case 3: 誰が《泉》を捨てたのか
2017年8月9日(水)〜10月22日(日)
キュレーション・講師: 河本信治(元・当館学芸課長)
レクチャー:9月2日(土)午後6時〜7時30分
会場:京都国立近代美術館 1階講堂
※先着100名、聴講無料、要観覧券、当日午後5時より1階インフォメーションにて整理券を配布します。

下記は、詳細が決まり次第当ページにてお知らせします。
●Case 4 
2017年10月25日(水)〜12月24日(日)

●Case 5
2018年1月5日(金)〜3月11日(日)
(京都国立近代美術館HPより転載)

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●今日のお勧め作品は、マン・レイです。
20170921_ray_06_portrait_kaoマン・レイ 
"顔"(『ファースト・ステップス』より)
1920年撮影(1971年制作)
ゼラチン・シルバー・プリント
イメージサイズ:25.2×14.2cm
シートサイズ:25.2×14.2cm
限定8部
裏面にスタンプあり


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

石原輝雄のエッセイ「マルセル、きみは寂しそうだ。」第2回

石原輝雄のエッセイ「マルセル、きみは寂しそうだ。」─2

『鏡の前のリチャード』

展覧会 キュレトリアル・スタディズ(12)
    泉/Fountain 1917─2017
    京都国立近代美術館4階コレクション・ギャラリー
    2017年4月19日(水)〜2018年3月11日(日)

Case-2 He CHOSE it.
    キュレーション 藤本由紀夫(美術家)
    2017年6月14日(水)〜8月6日(日)
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MR2-1会場のiPad画面 タイトル部分を黄色で表示


MR2-2リチャード・マット事件(多田羅珠希訳)


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 藤本由紀夫さんの作品と初めて接したのは、大阪江戸堀の児玉画廊での個展だった。ずいぶん昔の事である。最近では京都四条大宮のクマグスクで移住空間的に遭遇。音への耐性を持たない身には、視覚と聴覚とのコラボで新しい感覚を幾つか頂戴した。わたしの場合には「眼」が先行していると思うが、今回の『泉/Fountain 1917-2017』年間企画での、氏によるマルセル・デュシャン解釈が、どの辺りにあるのか、現代の美術家にとって、避けて通れないデュシャンの呪縛が、どう消化されているのか、そんな事に興味を持ちながら、拝見させていただいた。
 京都国立近代美術館4階奥の展示室「D」は中央の壁によって観客の素通りから展示を守っているようで、入り口の位置関係からか、わたしの場合は日本画などを観ながら右回りで入室する事が多い。今回は大きな箱と暗幕が張られた先にカメラが置かれた暗い部屋になっていて、見世物小屋の期待感が漂う。そして、カメラの背後に立つと鏡の世界が広がって思わず吸い込まれてしまった。視覚移動は奥から始まり手前のファインダーに繋がる仕掛。『泉』が背中越しに4つの表情を見せ、物質感を消して視覚だけに訴えかける様子。藤本さんは眼の位置を何処へ誘導しようとしているのだろう。ぼんやりとピントグラスに逆さの像が浮かび上がっている。
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MR2-3


MR2-4


MR2-5


 「左右は逆なのに上下はそのままに視える」鏡の不思議が鏡面との距離を反映した結果と知ったのは最近であるが、「普通の眼」しか持たない者にとって、この世界が四次元の影であるとしたら、合わせ鏡が投影する世界は光速の中にあり「影」を自明にする装置は時間と共にあるだろう。マン・レイは運動を色彩によって現そうとしたが、デュシャンは分割写真の並置による残像で解決しようとした。『階段を降りる裸体 No.2』(1912年)の後に現れた便器についての解釈は、さまざまあるが、時間の問題を取り込み、便器の後ろ姿の「カッコ良さ」に着目した藤本さんが、レンズを挟んで像の上下を逆にし、イメージが飛び去るのを防いでいるように思えた。ルーペを使ってピント面を確認したいところだけど美術館の展示室では許されないね----次回はギャラリースコープを持参しなくちゃ。
 暗い部屋の入り口付近に置かれた研究書の頁では、デュシャンが写る20世紀初頭に流行した合わせ鏡による肖像写真が紹介されている。便器を持ち込んだ同じ年の秋、ブロードウェイの写真館で撮らせたと云う。

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MR2-6キャロライン・エヴァンス著『機械的微笑 フランスとアメリカにおけるモダニズムと初期ファッションショー 1900-1929』(イェール大学出版、2013年刊) 48-49頁


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MR2-7


MR2-8ウォルター・ホップス、ウルフ・リンデ、アルトゥーロ・シュワルツ編著『マルセル・デュシャン: レディメイドなど』(テラン・ヴァーグ、1964年刊)


MR2-9マルセル・デュシャン『不定法にて(ホワイト・ボックス)』シート「次のようなものの間の類似」(1966年刊)


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 6月23日(金)の夕方、美術館1階講堂で藤本由紀夫さんの講演会が開かれた。各座席に『ザ・ブラインドマン』のコピーが置かれているので、驚き、今回の年間企画に対する関係者の熱意に恐れ入った。資料コピーの扱いじゃなくて、全16頁の冊子仕様。聴講者が溢れている。展覧会タイトルの「彼はそれを選んだのだ。」の「彼」はご自身の訳だから、話題は興味深い。デュシャンの発言から「作品を見る者にも、作品をつくる者と同じだけの重要性をあたえるのです。」や「芸術は選ぶことになる。」などを紹介しながら、友人から土産品として貰ったデュシャン展(メニル・コレクション、1987年)のカタログの裏面に飾られた「便器の後ろ姿」の美しさに気づいた体験を語られ、効果確認の為の紙製便器が肉付きされ、しだいに、デュシャンに成りきる作家の日常が面白い。合わせ鏡に便器を鎮座させるアイデアでの展示は、『泉』100年を祝福する世界中のどこかの美術館で採用される恐れがあるので、5期に別れた年間企画の早いタイミングでの展示をお願いしたと藤本さんは告白されていた。尚、前回の平芳幸治氏と同様、講演の内容は後日、文字起こしされると聞いた。紙モノが、どんどん生み出される展覧会、これは、すごい、そして、嬉しい。

MR2-10藤本由紀夫『VEXATION』(2017年、作家蔵)


MR2-11藤本由紀夫『passage(la vierge/la Mariée)』(2014年、作家蔵)


MR2-12藤本由紀夫『here & there』(2010年、作家蔵)


MR2-13藤本由紀夫『ECHO (A RIGHT ANGLED) ver.2』 (2001年、西宮市大谷記念美術館蔵)


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 新作の『VEXATION』は壁に向かって開かれ、後ろ姿を意識させるものの、キャサリン・ドライヤーに繋がる「いまいましさ」へは、『Tu m'』の解釈を聞かないとたどり着けない。今回、藤本さんが選んだ作品(?)たちは、鏡に関するもので、音速から遠く離れ、視覚のズレと脳による再構成でなっている。眼の学習が必要な面持ちで、それぞれの視点を探した。像を結ぶと云うけれど、裏返された像は何処にあるのだろう? ヘリコイドを回す代わりに身体を移動させてしまった。
 暗い部屋に戻って暗幕と便器の間で「自分」の見え方を観察。『泉』に仮託したデュシャンは五人だけど、鏡を写すわたしの像は四人。世界の果ては後頭部にあると若い時に聞いたけど、わたしも又、どこに行こうとしているのだろう。藤本さんが用意した観客の立ち位置は、セットされたカメラの背後であるかと思う。スティーグリッツの肩越しにピント面を覗き込むリチャード・マット氏の身振りも想定された事だろう。

MR2-14R.Mutt氏になった気持ちの筆者が四人


MR2-15京近美の玄関から見上げた平安神宮大鳥居など 


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 マン・レイの写真集(カイエ・ダール、1934年刊)に寄せたデュシャンのエッセイ『鏡の前の男たち』は、文学的レディメイドとして知られているが、最終段には「鏡は彼らを眺める。彼らは気を取り直す。入念に、まるでネクタイを結ぶように、格好をつくる。図々しく、まじめくさって、自分の顔付を意識しながら、あたりを見廻し、さて世の中に対面するのである。」(『マルセル・デュシャン語録』(1968年刊)収録『鏡の前の男たち』(瀧口修造訳)、78-80頁。以下引用も同じ)とある。

 講演会が終わり、近くの古書店で雑談した。「便器の後ろ姿と云うけれど、実用では見上げるんだよね、とばっちりが来そう」などと続けると品がないけど、先のエッセイの書き手はデュシャンを意識して「およそ美男というものは恋にふさわしくない。」と文中で述べた後、「だが恋に向いているのは偉大な醜さなのであって」とマン・レイを連想させ「偉大な無口男たちは沈黙のかげに豊かなものを持っているか、何も持っていない。」と段落を終えている。「何も持っていない。」無口男は夜更けに大鳥居を見上げ、改めてリチャードには近づいちゃいけないと思うのだった。

続く 

いしはら てるお

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「キュレトリアル・スタディズ12:泉/Fountain 1917−2017」
会期:2017年4月19日[水]〜2018年3月11日[日]
会場:京都国立近代美術館 4F コレクション・ギャラリー内
時間:9:30〜17:00(入館は16:30まで)
   ※毎週金曜・土曜9:30〜20:00(入館は19:30まで)
休館:月曜(月曜日が休日に当たる場合は、翌日が休館)、及び年末・年始
   ※展示替期間:2017年6月13日(火)、8月8日(火)、10月24日(火)
企画:平芳幸浩(京都工芸繊維大学美術工芸資料館准教授)、牧口千夏(当館主任研究員)

1917年にマルセル・デュシャンによって「制作」されたレディメイド作品《泉》は、20世紀美術にもっとも影響を与えた作品として知られています。また1960年代のコンセプチュアル・アート以降、デュシャンの《泉》を解釈・解読すること自体が創作行為にもなっています。2017年4月に《泉》が100周年を迎えるにあたって企画されたこのプログラムでは、当館の所蔵作品だけでなく現代の美術家によるデュシャン解読の作例を加え、各回展示替えをしながら本作品の再制作版(1964)を1年間展示するとともに、さまざまなゲストを迎えて《泉》およびデュシャンをめぐるレクチャーシリーズを開催します。

●Case 2: He CHOSE it.
2017年6月13日(水)〜8月6日(日)
キュレーション:藤本由紀夫(美術家)
レクチャー:6月23日(金) 午後6時〜7時30分
会場:京都国立近代美術館 1階講堂
※先着100名、聴講無料、要観覧券、当日午後5時より1階インフォメーションにて整理券を配布します。

●Case 3: 誰が《泉》を捨てたのか
2017年8月9日(水)〜10月22日(日)
キュレーション・講師: 河本信治(元・当館学芸課長)
レクチャー:9月2日(土)午後6時〜7時30分
会場:京都国立近代美術館 1階講堂
※先着100名、聴講無料、要観覧券、当日午後5時より1階インフォメーションにて整理券を配布します。

下記は、詳細が決まり次第当ページにてお知らせします。
●Case 4 
2017年10月25日(水)〜12月24日(日)

●Case 5
2018年1月5日(金)〜3月11日(日)
(京都国立近代美術館HPより転載)

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●今日のお勧めは、『マルセル・デュシャン語録』特装版です。
takiguchi2015_selected_words
『マルセル・デュシャン語録』
1968年
本、版画とマルティプル
外箱サイズ:36.7×29.8×5.0cm
本サイズ:33.1×26.0cm
サインあり
A版(限定部数50部)
1968年7月28日
東京ローズ・セラヴィ 発行
販売:南画廊


duchamp_03マルセル・デュシャン
〈マルセル・デュシャン語録〉より
《プロフィールの自画像》
A版所載の印刷版複製
1968年
29.4×23.0cm
マルセル・デュシャンと著者の自筆サインあり


takiguchi2015_roseselavyportrait瀧口修造
マルセル・デュシャン
〈マルセル・デュシャン語録〉より
《ウィルソン・リンカーン・システムによるローズ・セラヴィ》
1968年
サインあり


takiguchi2015_roseselavyportrait2角度によって見え方が変化します


johns_02ジャスパー・ジョーンズ
〈マルセル・デュシャン語録〉より
《夏の批評家》
1968年
レリーフ版画
サインあり


tinguely_02ジャン・ティンゲリー
〈マルセル・デュシャン語録〉より
《コラージュ・デッサン》
c.1967年
シルクスクリーン
サインあり


arakawa_02荒川修作
〈マルセル・デュシャン語録〉より
《Still Life》
1967年
サインあり


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

移転記念コレクション展
会期:2017年7月8日(土)〜7月29日(土) 11:00〜18:00 ※日・月・祝日休廊
※靴を脱いでお上がりいただきますので、予めご了承ください。
※駐車場はありませんので、近くのコインパーキングをご利用ください。
201707_komagome_2出品作家:関根伸夫、北郷悟、舟越直木、小林泰彦、常松大純、柳原義達、葉栗剛、湯村光、瑛九、松本竣介、瀧口修造、オノサト・トシノブ、植田正治、秋葉シスイ、光嶋裕介、野口琢郎、アンディ・ウォーホル、草間彌生、宮脇愛子、難波田龍起、尾形一郎・優、他

◆ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

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JR及び南北線の駒込駅南口から約8分、名勝六義園の正門からほど近く、東洋文庫から直ぐの場所です。
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『石原輝雄 初期写真 1966-1972』

石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」番外編─3

新刊『石原輝雄 初期写真 1966-1972』のお知らせ


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『石原輝雄 初期写真 1966-1972』 写真: 石原輝雄 テキスト: 山本悍右 銀紙書房 2017年刊

限定25部  角背上製本 144頁 サイズ 21x15cm。 書容設計・造本(パピヨンかがりによる手製本): 石原輝雄  限定番号・サイン入り。 本文: Aプラン・ピュアホワイト 71.50kg 製本裏打ちクロス: キハラ100cm巾色番号4087 表紙カバー: キュリアスIRパール 103kg 印刷: エプソン PX-504A

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 新しい本『石原輝雄 初期写真 1966-1972』を上梓して「ときの忘れもの」さんに納品した。3月後半からテキストの入力を始め、書容設計、面付け、印字出力、造本と作業を続けておよそ3ヶ月、時間に余裕が生じた生活(定年退職再雇用終了なのです)となったお陰で短期間に全25冊の造本を終える事ができた。銀紙書房と名乗っての本作りについては、昨年の3月まで連載させていただいた「マン・レイへの写真日記」で報告しているけれど、今回は角背上製本の写真集、新しい挑戦となった。

manray28-2表紙エンボスにタイトル表示


 これまでに銀紙書房の刊行物で上製本としたものには、『マン・レイと彼の女友達』(1978年、限定8部) 『マン・レイとの遠近法』(2001年、限定3部) 『青い言葉と黒い文字』(2006年、限定8部) などがある。一般的な上製本(ハードカバー)は中身よりも大きめのボール紙などに裏打ちしたクロスを貼り付け、包んで仕上げた本で、耐久性があり手触りにも優れている。しかし、わたしが造本した場合、表紙と本文のスムーズな開きを得るのが難しく、不満が残る結果となっていた。frgmの皆さんのような本格的ルリユールに憧れつつも、技術も道具も持ち合わせない身、教室に通わねばと思いつつ、恥ずかしいと躊躇していた。今回、新しい本を写真集で計画、写真の印字出力と本紙の相性テストをすると連量を71.50kg程度にする必要があり、厚みの関係から従来の並製本では、本としてのたたずまいが破綻してしまうと判断、上製本に取り組まねばと思ったのである。8月に刊行日を設定し、井上夏生さんの解説書『手製本レッスン』を読みながら造本テストを繰り返した。「クータ」の使用など、多くのヒントを与えていただき感謝している。

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manray28-3「目次」7頁


manray28-4「名古屋10.21」41頁


 新刊の報告を「物としての本」の側に当ててしまうのは、わたしの悪い癖であるけど、一切合切を一人でやる楽しみについては、知ってもらいたい。銀塩写真の焼付をしていた頃と同じように、プリンターから出力される用紙を見ている。わたしの場合「本」が自己表現の手段であり、作品なのである。それ故に、版画と同じように限定番号とサインを入れる。

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 マン・レイ作品の収集と研究を、自己癒着することなく続けていけるのは(本人談です)、展覧会での公開と「本」の制作を通した客観化であると思う。このところの終活にともなうネガ整理の過程で、マン・レイに魅了される以前の日々に関心を持った。そこには「どうしてマン・レイなのだろう」と云う根源的な問の回答があると思うのである。中学3年生で撮り鉄をしていたわたしが、中部学生写真連盟高校の部に関わって、写真による現状認識から自己改革に目覚め、学生運動ではなく「私写真」の側に表現の場を得た過程は、「きみは記念写真よりほかに撮れなくなってしまう。写真は決してきみを裏切らない。」と云う顧問であった故山本悍右先生のエッセイ「高校生写真のこと」からの影響だった。70年安保を挟んだ50年ほど前の名古屋での出来事、ここにわたしが居るのである。20歳までに撮影したフィルムは35mmで246本、自選した写真は51枚。「目次」で示したように「高校生写真」「名古屋10.21」「鉄道ファン14歳」「S.L.」「Halation」「飛行機雲」の6編に別けて構成した。以下にそれぞれの写真を紹介したので、ご理解いただけると思う(詳細を「あとがき」に書いたので、読んで頂けたら嬉しい)。

manray28-5「高校生写真」


manray28-6「名古屋10.21」


manray28-7「鉄道ファン14歳」


manray28-8「S.L.」


manray28-9「Halation」


manray28-10「飛行機雲」


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シュルレアリスト山本悍右

 本書では、前述した故山本悍右先生のエッセイ2編を再録する事ができた。どちらも1967年に発行された中部学生写真連盟の機関誌に発表されたもので、高校生向けの「高校生写真のこと」には副題として「技術は君たちにとって何か?」とあり、これは二度目の再録、わたしは高校3年生の時に先輩(故杉山茂太氏)から頂いた「フォト・オピニオンNo.1」からガリ版切りで転記し、集会で使用したのだった(当時の様子については「山本悍右とフォト・オピニオン」と題して季刊『リア』14号で報告した)。もう1遍は大学生向けの「闇の中の二枚の証明書」で、友人(山崎正文氏)からコピーの提供を受けた。つたない、わたしの写真群だけでは、時代と状況が蘇らないと思うが、今日では容易に読むことの叶わないエッセイの中に含まれる「静かな抵抗」を取り出せたことが、わたしにとって喜びとなった。
 先生は1914年のお生まれで、15歳の頃から詩作をされ、17歳で「独立写真研究会」に参加された早熟の人。発禁処分を受けたシュルレアリスム詩誌『夜の噴水』の編集・発行人であり、「ナゴヤ・フォトアバンギャルド」のメンバー。生涯を前衛写真家、詩人として過ごされ、1965年頃から10年程度中部学生写真連盟の顧問として後進の指導に当たられた。1987年に亡くなられたが、没後再評価され東京ステーションギャラリー(2001年)やゲッティ美術館(2013年)などで大規模な回顧展が開かれている。尚、本年4月、日本芸術写真協会から作品集が刊行された。

manray28-11「高校生写真のこと」46-47頁


manray28-12「闇の中の二枚の証明書」88-89頁


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 本書の造本過程をブログ「マン・レイと余白で」で報告したところ、訪問者のTさんが「本がいきなり現れるのではなく、ブログを通じてですが徐々に生成している過程も手に取った作品にしみわたっています。」と書いてくださった。望外の喜びである。造本を終え、積み上げた「物としての本」に、もう一人のわたしがうっとりしている。「美しい」---でも、全冊、引き取ってくれる方が現れるか? 恐る恐るの告知が始まります(22日)。

manray28-136月21日(水)に全冊造本終了。


いしはら てるお


●今日のお勧め作品は、山口長男です。
001_山口長男山口長男
「裸婦」
1981年
リトグラフ
Image size: 51.5x42.0cm
Sheet size: 59.0x44.0cm
Ed.30  サイン、印あり

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆ホームページのWEB展を更新しました。2017年1月〜6月までの青山時代の企画展・アートフェア出展の記録をまとめました。

駒込開店5日前(画廊亭主敬白)
久しぶりの休日。社長は駒込開店前の合間を縫って家事のあれこれを片付けなければならず、少々お疲れ気味。
上掲の石原さんの手作り本『石原輝雄 初期写真 1966-1972』は完成と同時に完売になったようです。その内容の濃さ、造本の美しさをよく知る亭主はずいぶん前から京都にラブレターを再三送りつけ、何とか確保いたしました。
7月7日のお披露目の折には、お客様専用の「図書室」にぜひ並べたいと思っております。
本日7月2日は敬愛する恩地孝四郎、そして岡鹿之助の誕生日です。
亭主が日本映画史上の最高傑作と称揚してきた蔵原惟繕監督の「執炎」の主演女優、浅丘ルリ子さんの誕生日でもあります。
え〜、そしてですね(何をごちゃごちゃ言ってるのか)、亭主は本日無事に72歳を迎えることができました。好きな仕事をしながらこの日を迎えることができ、愛する家族、友人、お客さま、そしてわがままな亭主をサポートしてくれる若いスタッフたちには心より感謝いたします。
学生時代には「画商」という商売があることも知らず、何かわけのわからない運命の糸に引きずられ美術界に入って43年にもなりました。
69歳のときに「画商生活40年」と題して写真アルバムをつくりかけたのですが、1995年の49歳で息切れしてしまい、中途半端なままです。何とか後半50歳以降のどったんばったんもまとめたいと思っています。期待せずにお待ちください。

〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

ささやかですが、新しい空間のお披露目をいたします。
2017年7月7日(金)12時〜19時(ご都合の良い時間にお出かけください)
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JR及び南北線の駒込駅南口から約10分、名勝六義園の正門からほど近く、東洋文庫から直ぐの場所です。

新連載・石原輝雄のエッセイ「マルセル、きみは寂しそうだ。」第1回

石原輝雄のエッセイ「マルセル、きみは寂しそうだ。」─1

『「271」って何んなのよ』

展覧会 キュレトリアル・スタディズ(12)
展覧会 泉/Fountain 1917─2017
展覧会 京都国立近代美術館4階コレクション・ギャラリー
展覧会 2017年4月19日(水)〜2018年3月11日(日)

Case-1 マルセル・デュシャン29歳、便器を展覧会に出品する。
Case-1 キュレーション 平芳幸浩
Case-1 2017年4月19日(水)〜6月11日(日)
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MD1-1京近美4階からの眺望:平安神宮大鳥居 (1929年4月10日竣工報告祭)
後方:京都市美術館 (1933年竣工、旧大礼記念京都美術館)


MD1-2小便器排水口 (TOTO製 京近美1階男子便所内)


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四次元が時の移ろいの中にあるとしたら、100年を遡り祝う事にも意味があるかも知れない。全国でどれだけ知られているか判りようがないが、京都の国立近代美術館でマルセル・デュシャンが仕掛けた「リチャード・マット事件」の物証と再制作品による展覧会が4月19日から始まっている。事件は年会費と出品料を添えて作品を送れば無条件、無審査で展示するとされた「アメリカ独立美術家協会展」に持ち込まれた男性用小便器が展示拒否されたと云うもので、1917年4月9日に開かれた内覧会から100年を経て、仕掛人の意図やニューヨークのアバンギャルドたちの相関図、その後の美術の歴史に与えた影響について、さまざまな言説が飛び交っている。張本人と目されるデュシャンの身振りについては、深入りしないよう努めながら、京都での1年間に渡る関連企画をレポートしたい。尚、タイトルとした「マルセル、きみは寂しそうだ。」は、最後の晩餐(1968年10月1日)で旧友マン・レイが語りかけた言葉(ニール・ボールドウイン著『マン・レイ』草思社、488頁)。

MD1-3Case-1 「マルセル・デュシャン29歳、便器を展覧会に出品する。」
2017.4.19-6.11


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MD1-4Fountain(泉)
1917/1964
シュワルツ版ed. 6/8


展覧会に先立つ4月8─9日に美術館でキックオフ・イベントが催された(デュシャンに関連する作品を持つ世界中の美術館が参加し展示拒否から100年を祝賀)。館内のトイレにA3版程度の告知書が貼り出され、忍耐強く読み進めると招待状を受け取る幸運が舞い込む仕掛け---用を足しながら読むとしたら黙読で2分15秒(わたしの場合)---トイレから受付まで、手を洗いハンカチで拭きながら、何人の「リチャード・マット氏」が行き来したのかと想像して、笑った。さり気ない「R.MUTT / 1917」のサインが本物かどうか、手触りで確認した人がいたかも知れないが、石鹸を使わなくちゃいけません(笑)。── として、後日、コレクション・ギャラリーで再製作された男性用小便器と対面した時、工業製品ではなく美術品として「美しく」(デュシャンは意図しないと言うけど)仕上げられ、置かれた便器との隔たり、安全を保証された鑑賞の立ち位置に、「痒い」ものを感じたのは、わたしだけではないだろう。

MD1-5雑誌『ザ・ブラインド・マン』第2号
1917年


資料好きとしては、展示拒否に抗議して特集が組まれた雑誌『ザ・ブラインド・マン』に載ったスティーグリッツの証拠写真に涎が止まらない。これはオリジナルな訳で、さらに左下に結び付けられた荷札のようなものの表記を読みたい。網目印刷では判読できないと承知しているけど、マット氏の筆跡から人物の特定に繋げたいと思ってしまうのだ。
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MD1-6ギャラリートークをされる平芳幸浩氏
(5月20日 14:00〜15:00)


今回の関連企画というのは、来年の3月11日までを5つの期間に分け、さまざまなゲストによって「『泉』およびデュシャンをめぐるレクチャーシリーズ」を開催するもので、まずは入門編(Case-1)として企画者の一人である平芳幸浩(京都工芸繊維大学美術工芸資料館准教授)氏が担当(展示は6月11日迄)。わたしは「お祭り」と聞くと血が騒ぐたちなものだから、20日(土)の朝から美術館に出掛けギャラリートークに備えると、一般の方からプロ(?)の研究者までが参加され、人数の多さに驚いた。デュシャンの引力は半端じゃありません。トークの内容はビギナーに判りやすく、また、専門家への問題提起もあって、100年前のニューヨークで遭遇したような臨場感。デュシャンが持ち込んだ『泉』と『ザ・ブラインド・マン』での抗議誌面が示す人格置き換えの謎解き。氏は昨年『マルセル・デュシャンとアメリカ──戦後アメリカ美術の進展とデュシャン受容の変遷』(ナカニシヤ出版、2016.7刊)を上梓され、また今年に入って『夢見るモダニティ、生きられる近代』(ありな書房、2017.1刊)の中で「ニューヨーク・ダダからソシエテ・アノニムへ」の章を執筆されるなど、鋭い指摘をいくつもしておられ、最新の研究から遠ざかってしまったわたしには、目から鱗の刺激だった。

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50点あまりの展示品は個人2点を除くと、レディメードと雑誌類が同館、写真と版画類が国立国際美術館の所蔵となっている。展示で注目したのは初公開となるロベール・ルベルの大著『マルセル・デュシャン』(トリアノン, 1959刊)の版下用写真資料で、マン・レイが撮った10年代のデュシャンやグラディーヴァ画廊のブルトンやタンギー、それに、ゴッサム書店のウインドウに映るデュシャンとブルトンの姿と云った現場を目で追ってしまった。

MD1-9手前のケースにルベルの版下用資料、『泉』の右壁面には『L.H.O.O.Q.』


MD1-10「商品カタログやショーウインドーに置かれているように、今回は影の演出を排除しているんです」


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MD1-11左から「ローズ・セラヴィよ、なぜくしゃみをしない」「ローズ・セラヴィ」(マン・レイ)、「フレッシュ・ウィドウ」


MD1-12奥から「秘めた音で」「パリの空気50cc」


展示室に置かれた『泉』の壁の裏面には、上記2つのレディメードが置かれている。どこか湧水の成分を暗示するようで、面白いやり方だと感心した。
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さて、地元なのでデュシャンの謎に取り込まれないよう注意しながら、自転車で出掛け、気楽に展示を拝見している。美術館4階のコレクション・ギャラリーでは撮影も許されているので、わたしなど何度も足を運んでしまう訳。デュシャンの怖さは「1960年代のコンセプチャル・アート以降、デュシャンの『泉』を解釈・解読すること自体が創作行為になっています。」と説明されるような思考の袋小路への誘導にあるけど、すでに、巧妙な罠にかかり日参している重病の御仁や、このブログを読んで慌てて上洛されるファンがいるかもしれない。今回、美術館が用意したチラシには「デュシャン菌」が染み込んでいると思うので、手になさらないでと警告しておきたい。といっても、わたし読んでしまったので、しばらく治りません。

MD1-13展覧会チラシの色違い3種(無料)


MD1-14「271」


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三次元が現代科学では計測不能な空間の影であるとしたら、怨霊が渦巻く京都盆地に『泉』がぽんと置かれているのは意味がある。水脈がどこを通っているのか知っているやんごとなきお方も岡崎の地には多いだろうから、含まれる鉱物をすくって飲みたい誘惑に抗えない。用意された8個の貯水槽からキラキラ光る言葉の流れが水管を伝って『泉』から湧き出ている。平芳幸浩氏がチラシに寄せたテキストは10,000字を超え、ダダイストたちが喜びそうな紙面構成で貯水槽と蛇口が繋がれ、それぞれに大きく「Living in the Material World」「271」「事件は会議室で起きてるんじゃない」「変身」「ガラスの仮面」「箱男」「蜘蛛の糸」「トモダチコレクション」と書かれている。遊び心満載で筆者の楽しみが直接伝わる感覚。チラシの「もの」としての魅力も含め、コレクター・アイテムとなること間違いなし。ところで「291」なら雑誌も展示されていたし、スティーグリッツとの関連で判るのだけど、「271」って何んなのよ。
 右上に配された貯水槽を黙読すると2分23秒、音読だと3分29秒かかった。言霊が身体から離れてしまったので、共同企画者である美術館の主任研究員、牧口千夏さんに助けを求めると、地球に侵入し人間標本5・6を採取しようとする宇宙生物の一人(?)だと教えてくれた。地球の平和を守るハヤタ隊員の変身は3分が限度だったっけ。

続く

いしはら てるお

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「キュレトリアル・スタディズ12:泉/Fountain 1917−2017」
会期:2017年4月19日[水]〜2018年3月11日[日]
会場:京都国立近代美術館 4F コレクション・ギャラリー内
時間:9:30〜17:00(入館は16:30まで)
   ※毎週金曜・土曜9:30〜20:00(入館は19:30まで)
休館:月曜(月曜日が休日に当たる場合は、翌日が休館)、及び年末・年始
   ※展示替期間:2017年6月13日(火)、8月8日(火)、10月24日(火)
企画:平芳幸浩(京都工芸繊維大学美術工芸資料館准教授)、牧口千夏(当館主任研究員)

1917年にマルセル・デュシャンによって「制作」されたレディメイド作品《泉》は、20世紀美術にもっとも影響を与えた作品として知られています。また1960年代のコンセプチュアル・アート以降、デュシャンの《泉》を解釈・解読すること自体が創作行為にもなっています。2017年4月に《泉》が100周年を迎えるにあたって企画されたこのプログラムでは、当館の所蔵作品だけでなく現代の美術家によるデュシャン解読の作例を加え、各回展示替えをしながら本作品の再制作版(1964)を1年間展示するとともに、さまざまなゲストを迎えて《泉》およびデュシャンをめぐるレクチャーシリーズを開催します。

●Case 1: マルセル・デュシャン29歳、便器を展覧会に出品する
2017年4月19日(水)〜6月11日(日)
キュレーション:平芳幸浩
ギャラリートーク:5月20日(土) 午後2時〜3時
会場:本展開催場所(4階コレクション・ギャラリー)
※聴講無料、要観覧券、開始10分前に4階コレクション・ギャラリー入口にお集まり下さい。

●Case 2: He CHOSE it.
2017年6月13日(水)〜8月6日(日)
キュレーション:藤本由紀夫(美術家)
レクチャー:6月23日(金) 午後6時〜7時30分
会場:京都国立近代美術館 1階講堂
※先着100名、聴講無料、要観覧券、当日午後5時より1階インフォメーションにて整理券を配布します。

●Case 3: 誰が《泉》を捨てたのか
2017年8月9日(水)〜10月22日(日)
キュレーション・講師: 河本信治(元・当館学芸課長)
レクチャー:9月2日(土)午後6時〜7時30分
会場:京都国立近代美術館 1階講堂
※先着100名、聴講無料、要観覧券、当日午後5時より1階インフォメーションにて整理券を配布します。

下記は、詳細が決まり次第当ページにてお知らせします。
●Case 4 
2017年10月25日(水)〜12月24日(日)

●Case 5
2018年1月5日(金)〜3月11日(日)
(京都国立近代美術館HPより転載)
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●今日のお勧め作品は、マン・レイです。
20170613_ray_06_portrait_kaoマン・レイ
「顔」(『ファースト・ステップス』より)
1920年撮影(1971年制作)
ゼラチン・シルバー・プリント
イメージサイズ:25.2×14.2cm
シートサイズ:25.2×14.2cm
限定8部
裏面にスタンプあり


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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」番外編─2-2

石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」番外編─2-2

『マン・レイへの廻廊』

展覧会『Reflected; 展覧会ポスターに見るマン・レイ』
    2016年11月7日(月)〜12月16日(金)
    京都工芸繊維大学 美術工芸資料館2階展示室


manray27-1北山通り

manray27-2京都工芸繊維大学美術工芸資料館

石原輝雄


2-2-1 展示準備

11月4日(金)、美術工芸資料館(京都工芸繊維大学)での展示作業に立ち合った。地下鉄を松ヶ崎で降り北山通りに上がると紅葉が始まっている。東寺の五重塔の先端が北山通りと云う高低差から、この辺りは京都市内でも秋が早く、大学の木々も黄色く美しい。展示室に入ると、ほとんどのポスターのパネル貼り込みが済んでおり、仮り置きされている。担当のH氏とシートの状態や全体とのバランスから展示品の最終調整。そして、各室で国別、開催年度順を基本にしつつ、視覚効果を考慮し展示位置を決定。パネルの高さはセンター合わせの140cmで等間隔、国毎の境は広くとってメリハリをつけ決定。国や時代によるポスターの変遷が判りやすい展示になったと思う。後は専門家の作業に任せ、早めの昼休憩をとりに学食のオルタスへ。そして、H氏とデュシャンやマン・レイをからめての世間話。学生達の表情を見ていると、光に包まれた空間に、希望があればと願う。── この日の作業は順調に進み3時頃に終了。会場を回りながら「我が愛しのマン・レイ」の細部を確認すると、入手した日の事柄が浮かぶ、思えば遠くへ来たものだ。

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manray27-6オルタス

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manray27-7展示準備

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2-2-2 マン・レイへの廻廊

11月8日(月)、午前中に仕事を済ませ、急いで松ヶ崎へ向かう。美術工芸資料館のエントランスには展覧会の垂れ幕、二階会場正面には白い文字で「Reflected IMAGES OF MAN RAY IN POSTERS」── インパクトのある洒落た導入部となっている。廻廊で繋がれた3箇所の展示室は、全て黒色の壁面で、シートを挟むパネルも黒。ここに照明を当てるとイメージが光り輝いて現れる。洞窟でイコンと出会う感覚に近いと言えようか。

最初の展示室は「フランス」で、1954年のフルステンベール画廊から1981年にポンピドー・センターで開かれた大回顧展までの17シート。ニースのロヴレリオ画廊を除くと開催地はパリに限定される結果となった。ほとんどのシートがマン・レイ存命中の個展のものなので、作者自身の好みや戦略から選んだイメージが並び、注目に値する。学芸員やデザイナーの解釈以前の、生身のマン・レイが展示室に居る、部屋には眼を閉じたまま入り、中でゆっくり瞼を開けてもらいたい。心の解像力がアップしたのは、わたしだけでは無いと思うのだけど。

manray27-10京都工芸繊維大学美術工芸資料館

manray27-11会場正面

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展示室1: フランス

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manray27-15第一の廻廊

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 美術工芸資料館二階の展示室の二つは、一片が斜めになった四角形で違和感が残る空間なのだが、光を上手く遮断し、次の展示室への廻廊を魅力的にしている。扉で塞がれていない展示室2(長方形で一番広く26点展示)に向かうと、『天文台の時間──恋人達』を使ったミラノ市立美術館のシートが、暗闇から浮かびあがっている。70年代アメリカのPOPなエロティシズムと、スイスやイタリアのデカダンな魅力が交差して、この部屋も見応えがある。── 展示室毎に平芳幸浩准教授が適切な解説を示しておられるので、ご確認願いたい。

展示室2: アメリカ、ヨーロッパ諸国、オーストラリア

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manray27-19第二の廻廊 詩人・谷川俊太郎氏旧蔵のラジオコレクションが置かれている。

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 最後の展示室には日本の画廊や美術館のシート16点を飾った。この中には、わたしが1983年に京都のR画廊で開催したコレクション展の折に作った(わたしのデザインです)シートが含まれていて、マン・レイの未亡人ジュリエットに贈って喜んでいただいた事を思い出す。我が国での1981年から2010年のポスターを通観すると、マン・レイの受容に関する統一感や進展のなさを感じるが、総じてセゾン系(高輪美術館、セゾン美術館、セゾン現代美術館)のものは魅力的である。


展示室3: 日本

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 一階展示ホールを眼下に囲んでめぐる3箇所の展示室。洞窟のような暗闇から浮かびあがって輝くイメージは、マン・レイのイコンであり、廻廊の様々な角度から観る事の出来る表情は、ミーノータロウスに捧げられた生贄の少年や少女であるように思われる。赤い糸玉を渡される事なく迷宮に入ってしまったわたしが、38年の後まで生きてこれたのはマン・レイの慈悲、いやいや、迷宮の大きさ故に見付かっていないと解釈すべき事柄。今日も片手を壁から離すことなく、ゆっくり進んでおります。

 さて、展覧会の報告に多くの写真を提供させていただいた。本来は先入観なく御高覧いただいた方々それぞれの視点でポスターと時代、マン・レイ受容の国柄による差異を感じて欲しいところですが、お許しください。── わたしには、このように見えているのです。

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 展覧会に関連して12月3日(土)13時から美術工芸資料館で「マン・レイとシュルレアリスム」と題するシンポジウムが催されます。出演者4名のテーマは、塚原史「マン・レイ─ダダ・シュルレアリスムの越境者」、松本和史「レイヨグラフ作品を起点とした即興のパフォーマンス」、河上春香「チェコ・アヴァンギャルドの中のマン・レイ─プラハからの眼差し」、木水千里「「私は近作を描いたことがない」─1966年のアメリカでの大回顧展からみるマン・レイの晩年」と予定されており、関西シュルレアリスム研究会との共同開催なので、多様な視点で盛り上がる討論を期待したい。尚、シンポジウム聴講には事前申し込みが必要となっているので、聴講希望の場合は、参加者の氏名を記したメールを美術工芸資料館宛(sympo123@jim.kit.ac.jp)にお送りいただきたい。

(いしはらてるお)


●今日のお勧め作品はマン・レイです。
ray_10_banzyou板上の影
1972年
イメージサイズ:46.0×36.0cm
額装サイズ:67.5×87.0cm
E.A.
Signed

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●著者サイン入り本のご案内
aotayumi粟生田弓『写真をアートにした男 石原悦郎とツァイト・フォト・サロン』
著者サイン入り

2016年 小学館  322頁
定価本体2,200円+税=2,376円
送料:サービス

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石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」番外編─2

石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」番外編─2

展覧会『Reflected; 展覧会ポスターに見るマン・レイ』
    2016年11月7日(月)〜12月16日(金)
    京都工芸繊維大学 美術工芸資料館2階展示室

石原輝雄

これまでに集めたマン・レイの展覧会ポスターに焦点を当てた展示をすることになった。会場は京都駅から地下鉄烏丸線で17分、松ヶ崎駅下車徒歩9分にある京都工芸繊維大学の美術工芸資料館。同館は浅井忠、武田五一などの創設時教授がもたらしたデザイン教育の教材を核として充実させた世紀末から第一次世界大戦期に至るポスターや、村野藤吾の建築資料などの収集・研究・展示で特に知られている。黒い壁面が特徴的な二階の会場からは虹のモニュメント越しに比叡山が望まれ、北側の山には「妙法」の火床、8月16日のざわめきが、冬の季節には嘘のように寒い。
 展覧会は、京都市内で催されたあるレセプションで、関係者と交わした何気ないやり取りが発端だったが、今回の場合も、わたし的にはお酒の援護射撃を受けての出来事だった。

manray26-1高野川(2016年2月)

manray26-2京都工芸繊維大学美術工芸資料館

manray26-3展示室から;  虹のモニュメントの後方に比叡山を望む

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 さて、コレクションをしているポスターは1954年にパリ6区のフュルステンベル画廊のものが一番古く、作家の死(1976年11月)をはさんで、最近の国際的な回顧展までのおよそ150枚。熱心に集めて38年が経った。展覧会のポスターはマン・レイの作家活動を直接的に跡づける貴重なアイテムで、多くの場合は会期が終わると処分され、残されることがない。「自伝作家」であるマン・レイの仕事に迫ろうとした時、何時、何処で、どんな展覧会があったのか、誰が企画し何が展示されていたのかを追跡するのは極めて重要だと思う。カタログや案内状も、これを物語ってくれるけれど、壁面に掲示されたポスターは、「歩く人」にとって、特に重要だと思われる。少なくともわたしには影響力が強い──ポスターの前に立つと、何故か血が騒いでしまうのである。

manray26-4フュルステンベル画廊(1954年)

manray26-5エスポジツィオーニ宮殿(1975年)

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 展示品は会場スペースの関係で、約60枚にしぼられたが、時代と地域によってデザインが変化しているのを、改めて感じた。作家の選択による生前の展覧会は別として、1980年代以降の国際的な再評価の動きの中で、展示品から選ぶイメージが国によって変わる事や、『聖職のヴィーナス』『桃風景』『イジドール・デュカスの謎』などの場合に顕著である画面処理の変化を知るのは刺激的である。マン・レイの場合にも当てはまるが、物故作家の展覧会は、同じような作品が数年間隔で世界を巡回する為に、目新しさに欠ける。しかし、組織する企画者の力量によって、時代状況や問題意識が明確に打ち出された場合には、作家が今も生きているような感覚を味わう事ができる。そして、これを明確に示すのが展覧会を告知するポスターの役割であり、デザイナーの解釈・表現力が試される機会ともなる。さらに加えるならば、展示された場所の気配が濃厚に現われるのもポスターの性格で、フランスのエスプリやイタリのモダン、ドイツのバロック的気配、アメリカの金権主義、日本の潔癖症といったものを指摘するのも可能であるだろう。こうした、ポスターを入手する度に感じていたものを、展覧会場で一同に並べ、相互に見比べながら確認出来るのは、コレクターとしても研究者(自身でこう称するのは躊躇するけど)としても有り難い。

 出来上がってきた同大学の美馬智氏によるポスターを見ていると、2016年京都でのマン・レイ解釈が判る。光のイメージはマン・レイに固有のもので、「f」を強調させたことで代表作「アングルのヴァイオリン」を想起させてくれるし、カメラや暗室の空間で、暗と明、右と左の反転が作品を生み出す様子を理解させてくれる。さらに、紙面端がフイルムのノッチに見え、鏡の側か現実の側のどらを見ているのか、戸惑わせるインパクトに包まれている。タイポグラフだけのポスターには、ウイーンの画廊(1990年)のものがあるが、このアプローチは、几帳面で日本的である。

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manray_flyer_表manray_flyer_裏京都工芸繊維大学美術工芸資料館(2016年)

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 今回の展覧会は、国立国際美術館でのマルセル・デュシャン展(2004年)のキュレーターであった平芳幸浩准教授の担当で行われる企画で、題して『Reflected; 展覧会ポスターに見るマン・レイ展』 会期中の12月3日(土)13時より、関西シュルレアリスム研究会と共同で、「マン・レイとシュルレアリスム」をめぐる公開研究会が行われ、特別講師としてトリスタン・ツァラの研究で知られる早稲田大学の塚原史教授が上洛。俊英の研究者である木水千里、河上春香両氏と詩人松本和史氏の発表も予定されていると聞く(尚、聴講は無料であるが事前申し込み制となっている)。
 
 展覧会の様子などは改めて報告させていただきたいと思うので、楽しみにお待ちいただきたい。

(いしはらてるお)

●今日のお勧め作品はマン・レイです。
20150205_ray_43_turi-1マン・レイ
「釣人の偶像」
1926年/1975年
ブロンズ
H20.8x4.4x4.4cm
Ed.1000
マン・レイの刻印あり

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石原輝雄『マン・レイへの写真日記』刊行

石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」番外編

新刊『マン・レイへの写真日記』 2016年7月京都

番外-1 ごぶさたしております。

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『マン・レイへの写真日記』石原輝雄著 銀紙書房 2016刊
限定25部(著者本2) 240頁 限定番号・サイン入り 写真232図(カラー1) サイズ 21x14.7cm 著者自装(パピヨンかがりによる手製本) 本文; Aプラン・アイボリーホワイト 47.50kg 表紙; ケンラン・モスグレー 265kg 表紙カバー; キュリアスIRパール 103kg
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皆さま、おひさしぶりです。お元気ですか? 京都のマン・レイ狂いです。今回は、銀紙書房の新刊『マン・レイへの写真日記』について報告したいと思います。
 二年間続けさせて頂いた連載が終わって4ヶ月、公私ともに慌ただしい日々を過ごしております。マン・レイに関してはジェニファー・マンディ編による『マン・レイの芸術に関する著作集』の刊行を世界的な特記事柄としてあげたく思い、個人的には5月に開かれた京都国立近代美術館での展示会場でマン・レイ作品と共に、記念写真を撮ってもらったのが嬉しい事柄でした(日本の美術館も撮影OKが増えてまいりました)。 7月に入り京都の街では祇園会。お囃子も聴こえ、勤務先から近い長刀鉾でお披露目される見送りの伊藤若冲「旭日鳳凰図」に祭り好きの血が騒いでおります。

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祇園会後祭巡行 北観音山(2015年)

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吉田家屏風飾り(新町六角下ル)

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京都国立近代美術館『オーダーメイド: それぞれの展覧会』会場 壁面にはギルバート・コレクションの『アングルのヴァイオリン』
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番外-2 限定25部

 さて、連載させていただいたブログでは1975年7月から2012年7月に至る個人史から24編(作品19、展覧会4、出版1)を紹介させていただいた訳ですが、綿貫不二夫さんからお誘いを受けた時から、最後に纏めて本にしたいと考えておりました。その為に、ブログでは注記をせず(出版時に追記)、全体の原稿量も240頁程度で収まるように調整しつつの執筆でした。第22回で取りあげた『マン・レイ展のエフェメラ』のように、手作りの個人出版で限定25部刊行。家庭用プリンターとパピヨン縢りによる造本は、メモを参照しながら前回通りで行っているにもかかわらず、微妙にズレてしまいます。加齢による経年変化への対応が心許ない結果。そんな訳で、制作部数は25部。これ以上の作業は指先と目に悪い(笑)。銀紙書房本のファンの方々全てにお届け出来ないのは心苦しいのですが、どうか、お許しください。とはいえ「お知らせ」してから、完売となるまでの数日間は、どなたが注文して下さるのだろうかと気をもんで、心によろしくありません。

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印刷はエプソンPX-504A。 表裏のピッチズレ対応で、A4用紙を1mmカットしております。
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タイトル頁 扉図はコレクション第1号となった版画につながるマン・レイの写真『アンナ・ド・ノエールの肖像』

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12-13頁

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40-41頁
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今回の帯は、黄色の紙に黒文字で刷った。文言は想像上の会話と付ける薬が無い困った人の告白。表紙のデザインとマッチしていると思うのだけど、いかがですか?
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番外-3 未発表2編

 仕事の昼休みにイノダコーヒでゆっくり、仕上がった本の頁を繰っている。光に包まれた噴水に、水音が気持ち良い。ブログから書物に転身した『マン・レイへの写真日記』は、第1回の「アンナ」から始まって「シュルレアリスム展」「ヴァランティーヌの肖像」「青い裸体」「ダダメイド」「プリアポスの文鎮」「よみがえったマネキン」「マン・レイになってしまった人」「ダニエル画廊」「エレクトリシテ」「セルフポートレイト」「贈り物」「指先のマン・レイ展」「ピンナップ」「破壊されざるオブジェ」「マーガレット」「我が愛しのマン・レイ展」「1929」「封印された星」「パリ国立図書館」「まなざしの贈り物展」「マン・レイ展のエフェメラ」「天使ウルトビーズ」、そして、最終第24回の「月夜の夜想曲」に、未発表2編を加えております。モニターでのスクロール感と異なる紙の本がもらす指先の充実は、自作本の場合でも、うっとりとした気持ちにさせてくれる。わたしは、これが好きなんだ。未発表作は、購入していただいた方へのささやかなプレゼントとご理解ください。
 アラビアの真珠を飲みながら2年間を振り返ると、毎回、マン・レイにまつわる出来事に傾注する方法として、友人・知人・先輩方に登場願った。本を読んでいると、いろいろな人の顔が浮かびあがる。そうした中にはツァイト・フォト・サロンの石原悦郎さんのように、今年、鬼籍に入ってしまわれた方もいて、涙する場面に遭遇。残された我が身の衰えは、コレクションの行く末と重なって、人の世の黄昏と思っている。
 
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イノダコーヒ(堺町三条下ル) ガーデン席

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(いしはらてるお)

■石原輝雄 Teruo ISHIHARA(1952-)
1952年名古屋市生まれ。中部学生写真連盟高校の部に参加。1973年よりマン・レイ作品の研究と収集を開始。エフェメラ(カタログ、ポスター、案内状など)を核としたコレクションで知られ、展覧会企画も多数。主な展示協力は、京都国立近代美術館、名古屋市美術館、資生堂、モンテクレール美術館、ハングラム美術館。著書に『マン・レイと彼の女友達』『マン・レイになってしまった人』『マン・レイの謎、その時間と場所』『三條廣道辺り』、編纂レゾネに『Man Ray Equations』『Ephemerons: Traces of Man Ray』(いずれも銀紙書房刊)などがある。京都市在住。

day160614-1石原輝雄
『マン・レイへの写真日記 1975−2012』

2016年
銀紙書房 発行
238ページ
21.3x15cm
限定25部

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目次(抄):
・アンナ 一九七五年二月京都
・ヴァランティーヌの肖像 一九七七年一二月京都
・青い裸体 一九七八年三月神戸
・ダダメイド 一九八〇年三月神戸
・プリアポスの文鎮 一九八二年八月パリ
・よみがえったマネキン 一九八三年七月大阪
・マン・レイになってしまった人 一九八三年九月京都
・ダニエル画廊 一九八四年九月京都
・エレクトリシテ 一九八六年一二月パリ
・セルポートレイト 一九八六年七月ミラノ
・贈り物 一九八八年二月大阪
・ファシール 一九八九年五月東京
・指先のマン・レイ展 一九九〇年六月大阪
・ピンナップ 一九九三年七月東京
・破壊されざるオブジェ 一九九三年一一月ニューヨーク
・マーガレット 一九九五年四月ロンドン
・我が愛しのマン・レイ展 一九九六年1一二月名古屋
・1929 一九九九年九月東京
・封印された星 一九九九年六月パリ
・パリ国立図書館 二〇〇ニ年一一月パリ
・まなざしの贈り物展 二〇〇四年六月東京
・肖像 二〇〇六年一一月ロンドン
・マン・レイ展のエフェメラ 二〇〇八年一二月京都
・天使ウルトビーズ 二〇一一年七月東京
・月夜の夜想由 二〇一二年七月東京
・あとがき

京都の石原です。

亭主が入院中、気になって仕方なかったのは、先ず商売のこと。<画商の敵は病気と怪我>とつくづく思い知らされました。
画廊で皆さんが作品を買って下さるのは<売り子>がいるからで、本人がベッドの上じゃあ、売りも買いもできません。3月は記録的売上げ減で社長のご機嫌はすこぶる悪い。

次にこのブログのことでした。
いくつかの連載の終了を受けて、新たな執筆陣を再編する作業が進行中だったのですが、おかげさまで小林紀晴さんはじめ執筆をお願いした皆さんには、快く引き受けていただき、2016年も充実した内容で「毎日更新」ができそうです。

明日4月5日からは、ときの忘れものでは初登場の方の新連載が始まります。
前任の石原輝雄さんの推薦です。異例なことですが、私たちはまだお会いしたことも、電話でお話しすらしたことがありませんがいただいた第一回の原稿は素晴らしい内容で、亭主も興奮しています。どうぞご期待ください。

ツァイトの石原さんの葬儀のあと、京都の石原さんが3月11日のご自身のブログに書かれたものを再録させていただきます。亭主の事故は3月12日でした。

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20160310214540

石原悦郎さんの葬儀告別式が営まれた3月5日(土)は、奇しくもギャラリーときの忘れものでの連載『マン・レイへの写真日記』最終(第24回)の日、式場はときの忘れものと目と鼻の距離、綿貫不二夫さんとお会いしたので、悦郎さんの功績や人柄について話ながら画廊まで戻った。綿貫さんと悦郎さんとのお付き合いは長く、画廊のブログでも追悼の言葉を寄せておられる。わたしが写真のコレクションを始めた頃、ギャラリー16で『PRINT COMMUNICATION』誌でのインタビュー記事での悦郎さんの発言を読んで、「うなった」のを覚えている。時代に先駆けたツァィトのスタートだったけど、共感を持てるので違和感はひとつもなかった。綿貫さんは『ツァイト・フォト 石原悦郎さんを慎む』としてオマージュをブログに書いておられ、その中で

「石原さん、なぜ写真のギャラリーなんですか」と聞いたら、「ワタヌキ君、銀座に画廊は400軒あるんだ。ボクが普通の画廊を開いたら401番目からのスタートだよ。誰もやっていない写真のギャラリーを開けば、ボクはその日からナンバーワンだからね。」、いかにも石原さんらしい答えでした。あれから38年、見事に初志を貫いて「写真」を美術作品に押し上げ、日本の写真界に一時代を築いた功績は永く記憶されるでしょう。オープンの年に私たちが石原さんにインタビューした記事を、追悼の心をこめて再録します。

 そして「石原さんにもらった作品」と云うヴォルスの写真をブログに掲げておられる。お邪魔したときの忘れものでの壁面は、マン・レイへのオマージュとなっていて、加えてマン・レイによるジャン・コクトーの肖像と『ミスター&ミセス ウッドマン』の版画が並べられていた。

20160310214543石原悦郎へのオマージュ


20160310214542綿貫不二夫氏


 ときの忘れもののブログでは、写真評論家の飯沢耕太郎氏の追悼文『石原悦郎──写真をアートにした希代のギャラリスト』を3月9日に掲載、わたしの『マン・レイへの写真日記』第9回での「ダニエル画廊」も合わせて紹介して下さった。悦郎さんへの追悼文、業績評価の仕事がいくつも準備されていると思うが、葬儀告別式の会場で示されていたのは粟生田弓さんによる『写真をアートにした男〜ツァィト・フォト・サロン石原悦郎物語〜』(仮題)、小学館から夏頃に刊行されると云う。早く読んでみたい、悦郎さんが生きているような本になっているだろうな。

 マン・レイと宮脇愛子さんとの交流については、ブログの中に書きましたので、読んでいただけると嬉しく思いますが、展覧会の折のスナップ写真を追加にアップしておきます。ブログでは写真点数の制約を受けないので楽しく選ばせていただきましたが、公開を躊躇したり、年月日がはっきりしない場面も多く、自主規制も含め今後の課題が残りました。個人の趣味、楽しみで撮った写真を公開するには、まだまだ年数が必要であるのかもしれません。また、コレクションを始めた23歳からさかのぼって38年(2012年まで)間を、24章の作品と出来事でたどり、人生史の側面(これが全面に出ているかな)も濃厚かとも思います。
改めて2014年4月5日公開の第1回「アンナ 1975.7 東京」からのテーマを再録しておきます。
2回「シュルレアリスム展 1975.1 京都」
3回「ヴァランティーヌの肖像 1977.12 京都」
4回「青い裸体 1978.8 大阪」
5回「ダダメイド 1980.3 神戸」
6回「プリアポスの文鎮 1982.6 パリ」
7回「よみがえったマネキン 1983.7 大阪」
8回「マン・レイになってしまった人 1983.9 京都」
9回「ダニエル画廊 1984.9 大阪」
10回「エレクトリシテ 1985.12 パリ」
11回「セルフポートレイト 1986.7 ミラノ」
12回「贈り物 1988.2 大阪」
13回「指先のマン・レイ展 1990.6 大阪」
14回「ピンナップ 1991.7 東京」
15回「破壊されざるオブジェ 1993.1 ニューヨーク」
16回「マーガレット 1995.4 ロンドン」
17回「我が愛しのマン・レイ展 1996.12 名古屋」
18回「1929 1998.9 東京」
19回「封印された星 1999.6 パリ」
20回「パリ国立図書館 2002.11 パリ」
21回「まなざしの贈り物展 2004.6 東京」
22回「マン・レイ展のエフェメラ 2008.12 京都」
23回「天使ウルトビーズ 2011.7 東京」
24回「月夜の夜想曲 2012.7 東京」 
ときの忘れもののサイトに入っていただければ、いつでもお読みいただけますので、お楽しみ下さい。

●今日のお勧め作品は、石原さんの愛するマン・レイです。
ray_01_kagiana
マン・レイ
《鍵穴》
1970年
銅版
イメージサイズ:21.5×19.3cm
額装サイズ:57.0×46.8cm
Ed.50 他に E.A.70
サインあり
レゾネNo.17 (Studio Marconi)



ray_09_jean-cocteau
マン・レイ
《ジャン・コクトー》
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:28.5×21.5cm
額装サイズ:44.0×36.5cm


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石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」 第24回(最終回)

石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」第24回(最終回)

月夜の夜想曲 2012年7月7日 東京

24-1 これはなんだろう。

マン・レイと交流のあった日本人で、特に知られているのは画家の宮脇愛子さんである。裕福な家庭に生まれ、美しく、結婚の経験もあり、マン・レイと出会ったのは30代前半。イタリア在住時代にミラノやローマで個展、パリに移り住んでからも画業に専念し、「金属浮彫りに似た効果を出す」独自の絵肌を持った抽象絵画を制作されていた。マン・レイと会ったのは、ハンス・リヒターに連れられてフェルー通りのスタジオを訪問した1962年6月、その様子を「シュルレアリスムの裏方」と題して雑誌(『芸術新潮』 1963年8月号)に報告されている。わたしがマン・レイのライフスタイルを知ったのは彼女の軽妙な語り口からだったし、この記事が最初であったように思う。文中の「黒いサンド・ペーパーに、ダイヤモンドを入れた”月夜”の作品は、昨12月のシュール・レアリスム展(ポアン・キャルディナーレ画廊)でも、非常に評判であった。」(127頁)とある部分については、「画廊などで、若い女性に話しかけられているマン・レイは、いかにも、うれしそうで、若々しかった。若い女性と、話をするのが好きなようだった。」とするマン・レイ評に隠れて、読み過ごしてしまっていた。当時、マン・レイは71歳。

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manray24-1『美術手帖』1973年10月号
112-113頁


 マン・レイ再評価の動きが日本でも始まった頃、雑誌『美術手帖』(1973年10月号)で特集が組まれ、中原佑介、山口勝弘、吉岡康弘、井上武吉と共に、宮脇愛子さんも「いそがしい皮肉屋──マン・レイを語る」を寄稿された。吉岡、井上の両氏がフェルー通りのスタジオ訪問に言及している事から、スタジオの魅力、人を惹きつける面白さは格別だと証明出来そうだが、宮脇さんがされるマン・レイが住むパリの、生活に根ざした回想も堪能させてもらえた。この中で「去年、一昨年会ったときは、「せっかく作品をみんなが買い出したら、こっちは足が動かない。皮肉だね、人生は」なんていっていました。」(113頁)と紹介されるマン・レイに接してから、彼を益々好きになったと告白したい。この頁には5.2×8cmの図版が掲載されていて、下段に「紙ヤスリに宝石をはめ込んだ作品(マン・レイから宮脇氏に贈られたもの)」と注記されていた。──判りにくい図だけど、これはなんだろう。


24-2 仲間に入れてくれたら。

宮脇愛子さんが真鍮パイプを使った一連の作品から、空間に広がり、多様に変化するワイヤーを素材に「うつろひ」の仕事を始められ、日本で最初に野外設置をされた1980年、マン・レイ作品を購入した縁でギャラリーたかぎの沢島亮子さんに個展で紹介していただいた。宮脇さんからマン・レイとの交遊やスタジオの様子を直接うかがって、羨ましく思うと共に憧れた。

manray24-2滋賀県立近代美術館


 その後、滋賀県立近代美術館で催された『マン・レイ展』(1985年)での篠山紀信氏との記念講演「鬼才マン・レイをめぐって」を聴講、持参した『芸術新潮』の該当頁にサインをいただいた。講演の直前に刊行された雑誌『アールヴィヴァン』15号が「特集=篠山紀信─マン・レイのアトリエ」だったので、家人と訪問した新婚旅行を思い出し、こちらには篠山氏とお二人でのサインを依頼。スタジオの衝立の裏に回ったり、引出を開けてマン・レイの秘密を垣間見る感覚を味わった。平凡なファンが、宮脇さんの思い出話に導かれて、マン・レイと対面している感覚、仲間の末席に加えていただいたように思ってしまった。


24-3 振り向いちゃいけない。

マン・レイと宮脇愛子さんとの交流を物語る作品は、幾つもあるが、特にわたしが恋い焦がれたのが、先に「これはなんだろう。」と打ち明けた「黒いサンド・ペーパーに、ダイヤモンドを入れた”月夜”の作品」。雑誌での図版を超えて、原物と対面したのは『マン・レイ展「私は謎だ。」』の埼玉県立近代美術館(2004年9月)の会場だった。丁度、宮脇さんもおいでで、話をお聞きし、記念写真もパチリ。作品下段の献呈がよろしいな。静かな夜の海原に月が輝いている。

manray24-3埼玉県立近代美術館


 マン・レイから本作を贈られた経緯を彼女は東京国立近代美術館ニュース『現代の眼』(1984年10月号)に書いていて、わたしは、これを読んでいたものだから、「月夜のノクターンさ」と得意気に言いながら渡してくれたマン・レイの前に居る気分。詳しくは「私の好きな一点」を読んでいただかなければならないが、「この”月夜のノクターン”は、私がいつも傍らに大切に持っています。その後、ニューヨーク、東京と移り住んで、20何年もたった今、見ても見てもあきません。そして、どうして、マン・レイは私が、月夜の海がとくに好きだったことを知っていたのかしら、と不思議に思いながら、心の中では歓喜していました。」と教えてくれた作品。白く塗られた金属額に入った本作は、『月夜の夜想曲』と名付けられているが、1962年、1965年、1974年と三度に渡って、おおよそ各回10部程度作られたものの初期作品と思われる。一般的には『ガラスの星(L’Étoile de verre)』と呼ばれ、サンド・ペーパー(papier de verre)とマン・レイの代表的映画作品『ひとで(L’Étoile de mer)』を連想させる題名となっている。マルチプルではありながら、素材や月影の位置が微妙に異なり(手作業故に)、固有の風景を作っている。下段の「作家持ち、宮脇愛子へ」と書かれたマン・レイのサインを見ながら、エッセイの最後が彼の言葉で「このダイヤがほんものかにせものかは、後世の鑑定家にまかせるんだね──」と締めくくられていたのを思い出した。胸をしめつけられ、涙しながらの反復なのだから、夜の海は孤独で美しい。美術館の壁面から離れ、振り向いちゃいけないと京都まで戻った。

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manray24-4『現代の眼』1984年10月号
6頁



24-4 ときの忘れもの

その宮脇さんから信頼を受け、長くお付き合いをされてこられた綿貫不二夫、令子ご夫妻と、親しく言葉を交わすようになるとは予測できなかった。人生は不思議である。画廊が『マン・レイ展』(2009年4月)を開催されるのに伴い、講演を依頼されたのが直接の経緯と思うが、最初に南青山をギャルリー・ワタリ側と反対に歩いたのは、この連載第19回で報告したフローリス・ノイスス氏から手紙を頂いた頃で、瑛九のフォトデッサンを観る為に訪ねたのだった。友人のお宅に庭から上がる案配の一軒家、型紙などもあったと記憶する。初対面だったので写真は撮らなかった。20年後の講演会の折に綿貫さんから「1970年代に先輩の画商から「マン・レイにはスタイルが無い、スタイルが無いのは売りづらい」と教わった。でも、僕が尊敬する瑛九も、まったく同じで、決まったスタイルがなかった。当時、日本で流通していたマン・レイ作品は版画しかなくて、これを沢山扱った。写真については、商品として考えられていなかったのが実情で、ツァイト・フォト・サロンの功績が大きかった。」と伺った。そして、マン・レイの版画を使った画廊の第2回企画展(1995年7月)案内状を頂く、時を遡るエフェメラの臨場感は、心地良い。参加された方々とイタリアンで歓談、有難い夜だった。

manray24-5綿貫不二夫、令子ご夫妻


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manray24-6『マン・レイ』展 講演会


manray24-7参加者のみなさんと記念撮影


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 ときの忘れものでは、翌年の秋、『マン・レイと宮脇愛子』展を開催。天上が高く、フェルー通りのマン・レイ・スタジオを連想させるときの忘れものの空間の、二階部分との間に『天文台の時刻に──恋人たち』が掛けられ、下の側には『月夜の夜想曲』。宮脇さんを撮った肖像写真や書棚を模したケースに飾られたカタログや写真集の数々。ブルーのボールペンで書かれた献辞に眼をやりながら、羨ましくて困った(売り物ではありません)。しかし、画廊内は宮脇さんの彫刻や油彩と相俟って、楽しい雰囲気になっている。せめてもの悦びにと、作品の前で写真を撮ってもらった。この時、救われたのは、装幀家でもある綿貫令子さんが記念に制作されたオブジェ本『Hommage à Man Ray』を入手できたことで、イオラス画廊のカタログからの引用が散りばめられた折り本仕立ての25部限定刊行。宮脇さんの新作版画とマン・レイとの思い出の品々との競演となっていた。もちろん『月夜の夜想曲』も紹介されていて、改めて惹かれてしまったのである。

manray24-8『マン・レイと宮脇愛子』展


manray24-9筆者、壁面に『月夜の夜想曲』



24-5 壁からはずして。

80歳を越えても精力的に新作の発表を続けてこられた宮脇愛子さんが、親交のあった作家たちから託された作品や資料をときの忘れもので『宮脇愛子、私が出逢った作家たち』と題して展覧されたのは、2012年6月25日から7月7日。マン・レイの他に瀧口修造阿部展也斎藤義重南佳子、ジオ・ポンテイ、ジャスパー・ジョーンズ堀内正和サム・フランシス、辻邦生、菅野圭介、オノサト・トシノブグドゥムンドル・エロと云った錚々たる顔ぶれであった。画廊から送られてきたリストを拝見してビックリ仰天、マン・レイ作品に価格が付記されているのである。宮脇さんが思い出の品々を手放される決心をされたご様子。悲しい部分もあるけれど、どんな様子だろうかと、心騒いで新幹線に乗った。

 美術品の評価尺度には諸説あるが、来歴は重要な意味を持っている。作者の手を離れてからたどった、作品の一生を証明する資料のそろった場合には、臨場感があってこたえられない。マン・レイが亡くなってから集め始めたわたしのようなコレクターにとっては、入手すれば言葉を交わし、家族の写真アルバムを一緒に観ているようで、縁戚に連なった特別の感情。もしも、彼女が手放されるのならば、わたし以上に、これを愛する人はいないと思ってしまうのだ。だから、価格の事は一切関係ないと、表明しておこう。
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manray24-10ギャラリーときの忘れもの
東京都港区南青山3-3-3 青山Cube1F


manray24-11『宮脇愛子、私が出逢った作家たち』展


 展覧会の最終日だった。多くの作品に売約済みの印が付いている。入り口から向かって右奥窓側からマン・レイ作品が並べられている。『透明巨人』と『ジュリエットの肖像』に囲まれて、1962年から続く夜の海が奥行き深く広がっている。画面からの月の光が反射し、プレートには赤丸シール。──事前に「貼って」とお願いしていたのである。綿貫不二夫さんから宮脇さんのご様子をお聞きするとお元気との事。「他の記念品と別れるのは辛いだろうが、許してね」と、夕方、壁から外してもらい、その場面を記念写真に収めた。東京から京都への移動は、パリからニューヨーク、東京へと続いた旅に比べれば、部屋の中で模様替えをする程度の感覚だろうか。国内に本作が残る事を彼女は喜んでくれるのではないかと、自己弁護した。

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 車椅子の不自由な生活にあっても続けられた制作を、2013年12月にときの忘れもので『宮脇愛子 新作展』として発表され、生の躍動と衰えぬ好奇心を示しておられた宮脇さんだったが、2014年8月20日、膵臓癌の為に帰らぬ人となってしまった。享年84。体調の変化をご存じで、見事に終活をなされた後の旅発ちだったと、謹んでご冥福をお祈りしたい。


24-6 おわりに

夕焼け時の名鉄瀬戸線特急900系の写真から始めた『マン・レイへの写真日記』を、7月7日夜9時、東京駅で出発を待つのぞみN700系で締めくくることにした。京都市在住の平凡なサラリーマン・コレクターによる個人史報告が、美術への関心と云う共通項によって、読んでいただいた皆さま方にも楽しんで頂けたとしたら、本人として望外の喜びである。そして、最終回までたどり着けたのは、綿貫不二夫・令子ご夫妻の励ましと画廊スタッフのサポートのお陰と感謝している。本当に有難うございました。

 再雇用での会社勤めも残り僅かとなり、刀折れ矢尽きた身なれば、「マン・レイ作品と出会わない事を願って」の年金生活。せめて、家族への罪滅ぼしに、「終活」すると誓ったところであります。でもね、マン・レイを手放したコレクターでは、だれも相手にしてくれない。淋しくて、悲しくて、どうやって生きていったらよいのやら、煩悩ばかりの夜具の中です。

manray24-12東京駅 のぞみN700系


(いしはらてるお)

■石原輝雄 Teruo ISHIHARA(1952-)
1952年名古屋市生まれ。中部学生写真連盟高校の部に参加。1973年よりマン・レイ作品の研究と収集を開始。エフェメラ(カタログ、ポスター、案内状など)を核としたコレクションで知られ、展覧会企画も多数。主な展示協力は、京都国立近代美術館、名古屋市美術館、資生堂、モンテクレール美術館、ハングラム美術館。著書に『マン・レイと彼の女友達』『マン・レイになってしまった人』『マン・レイの謎、その時間と場所』『三條廣道辺り』、編纂レゾネに『Man Ray Equations』『Ephemerons: Traces of Man Ray』(いずれも銀紙書房刊)などがある。京都市在住。

*画廊亭主敬白
二年間にわたる石原さんの連載が今回をもって終了します。
正直言って残念です。このブログがある限り書き続けてもらいたい、そんな気持ちにさせる毎回の興味深く、生々しく、それでいて品位を失わない、すばらしいコレクターの自叙伝であり、正確かつ豊富な資料に裏付けられた「マン・レイになってしまった人」による現代美術史といっても過言ではないでしょう。
石原輝雄さんにまだ会う前、私たちの周囲でマン・レイの話題になるときまって「石原さん」の名が飛び交い、その度に「どっちの石原さんよ。ツァイトの石原さん、それとも京都の石原さん?」となるのでした。
京都の石原さんのこの連載にも幾度となくツァイトの石原さんが登場しましたが、マン・レイの受容というより、世界的なレベルでの評価に二人の石原さんが果たした役割は大きい。
奇しくも石原輝雄さんの連載が終了する今日、ときの忘れものから僅か数分の梅窓院で石原悦郎さんの告別式が執り行われます。
二人の石原さんに深い感謝をささげるとともに、京都の石原さん、そして奥様の純子さんの末永い健康とますますのご活躍を祈る次第です。
ありがとうございました。

●今日のお勧め作品は、宮脇愛子です。
20160305_miyawaki_15宮脇愛子
「Work」(15)
2013年
紙に銀ペン
Image size: 24.5x24.5cm
Sheet size: 42.1x29.7cm
サインと年記あり


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