石原輝雄のエッセイ

石原輝雄のエッセイ「マルセル、きみは寂しそうだ。」第7回

石原輝雄のエッセイ「マルセル、きみは寂しそうだ。」─7

親しげな影

展覧会 没後50年 マルセル・デュシャン特集
     京都国立近代美術館4階コレクション・ギャラリー
     2018年10月16日(火)〜12月16日(日)

東博から戻って2週間、今度は京近美で同館所蔵のレディメイド(シュワルツ版)を中心としたデュシャンの関連展示『没後50年 マルセル・デュシャン特集』が始まった。一年間続いた『泉』祝祭100年の後だけに、どのような切り口で見せてくれるのか、東博との関連から独自性を発揮できるのか、初日を待って足を運んだ。

MD7-01デュシャンのレディメイドなど、壁面左に森村泰昌作品


 いつもの常設展示室に入るとエコール・ド・パリの藤田嗣治、キスリング、ユトリロ、シャガールピカソなどの作品とマン・レイケルテスアジェなどの写真が並ぶ。見慣れた同館の所蔵品と共に初見となる寄託作品も多く、藤田の油彩9点などは個人や企業の所蔵と思うが程よい大きさで好ましい(欲しいと云う意味になりますが)。丁度、19日(金)から開催される『没後50年 藤田嗣治展』(1886-1968)と連係させた「パリに集まった芸術家たち」と題するコーナーで、デュシャンに至る動線として良い按配。
 丸天井の部屋に入ると、遠近法を意図したかのようにレディメイドが置かれている。前回までの『泉』祝祭100年に引っ張れすぎた感のあった日用品が、それぞれ場所を得て生気を取り戻した印象。肩の力が抜けてとても優しい空間となっている。森村泰昌の大判カラー写真『だぶらかし(マルセル)』(1988)からの視線が過度でなく、わたしにとっての同時代を演出するからだと思った。部屋を見渡すと入り口側にブレッソンやケルテスなどの写真の他、カッサンドルのポスターに加えてトーマス・シュトゥルートによる『メデューズ号の筏』を展示するルーヴル美術館の一室を撮った森村よりも大きいカラー写真が掛けられている。遭難事件を主題に選び「世間の関心」を一心に集めた28歳の画家・ジェリコーへの「賞賛と非難」は、『泉』が登場する100年前の出来事。同年齢の頃のデュシャンは『折れた腕の前に』にサインをし、2年の後には『泉』事件を手配するに至る。「非難」の側と思われるルーヴルの観客にわたしたちを重ねるのは容易く、ここ京都で『泉』に助けを求めるわたしたちに、注意喚起しているのは間違いない。

MD7-02 (左から以下同) トーマス・シュトゥルート『ルーヴル美術館4, パリ』、影(帽子掛け)、『トランクの中の箱』(部分)

MD7-03影(瓶乾燥器)、『三つの停止原器』(部分)


 『泉』の前に100年があり、『泉』の後にも100年があった。今はまた、その続き。改めて指摘する事柄ではないが、レディメイドが並ぶ展示台の前で立ち止まり、30歳前後の才能と出会いたい(わたしたちの時代に100年を越えて問題提起する人間の仕事が生まれているのだろうか)と思案した。美術に関心を寄せる人々も、アイドルを追いかけるファンと同じように、アイドルの重ねる年齢とともに高齢化し時代を後にする。デュシャンピアンも実際のデュシャンと出会った第一世代から、熱く影響を語りかけられた第二世代、そして今は第三・四世代に移って、それぞれのデュシャンをどこに見るのかと云う現実的な場の混乱に、悩みを持っていたのだが、ここ京都に置かれているレディメイドの経年変化が、第二世代のわたしにドンピシャであるのは、他の人に判ってもらえるだろうか。
 東博で見たばかりの『秘めた音で』(1916)のオリジナルと京近美レプリカとの差異、『泉』のジャニス版とシュワルツ版の差異など、1988年に当時「常設展示室7」と呼んだこの場所で出会ったシュワルツ版が原体験となっている身には、回帰する懐かしさに目頭が熱い。『泉』祝祭100年の連続展示の期間には持たなかった感情なので、東博でデュシャンの油彩を観た影響が強く働いているのだと思う。デュシャンの投げかけた禅問答のようなものは、どこか別の場所に置きつつ、家族の物語、人の一生に出会っている感覚。それらが上手く美術史の文脈にからめて展示され、デュシャンも孤高の人ではなくて、時代や友人とともに居ただろうの感を強める。壁に映し出されるレディメイドの影を見ながら、これはレイヨグラフのネガではないかと、幾枚かの写真を撮った。

MD7-04『秘めた音で』オリジナルは全体的に経年変化で黒く、特に麻ひも部分が顕著

MD7-05『泉』欠損あり


---

MD7-06影(帽子掛け)

MD7-07影(自転車の車輪)

MD7-08影(旅行用折りたたみ品)


 この後は、常設展示室で影ばかりに目が行った。ある程度の館内撮影は許されているので、影の解釈からデュシャンに接近。パチリ、パチリとやっていると実に気分がよろしい、ひょっとして、写真に撮られる事を想定した展示配置、「インスタ映え」に向くのかしら。これだけを目的とすると、「目頭が熱い」ことからは遠ざかるのだけど、新しいファンは必要なのだろうな。東博の広報などに接すると美術のポピュリズム傾向の顕著さに恐れおののく。見てくれさえすれば「デュシャンの謎」が世界の真実を開くと言いたげ。でも、先日、会ったフランス女性は「デュシャンは単純」と作品への否定的な発言をしておられた。アルコールの席での事柄なれど人それぞれ。わたしの若い友人たちは、「デュシャン大好き、格好良い」と高校生の頃から口に出していたのだけど、これもまた、人それぞれ。

MD7-09影(パリの空気50cc)


---

MD7-10デュシャン他、常設展示室


 デュシャンピアンは日本に多い。「禅」との関係なんて、まさしくデュシャン的。侘び寂びの世界、茶と華の道は、デュシャンの物質観、人生観、エロティシズムに繋がる。この点で東博の「日本美術」関連は、「大ガラス」の透明シート印刷などカタログの書容設計は良かったのだけど、展示については消化不良でいただけなかった。花入や器や掛け軸、蒔絵箱などが、デュシャン作品と並陳されていたら、それぞれの良さと弱さが如実に現れて、フィラデルフィアを「聖地」と形容するような「デュシャンしゃん」君では、この緊張には耐えられないだろうと同情した。
 この点で、エコール・ド・パリの同時代作家たちの作品と共に置かれた、京都での展示はあっぱれで、近年のデュシャン解釈の王道を示しているように思われた。展示室のどのあたりからデュシャン特集になるのか判らないのがよろしい。なだらかにキュビスムを抜ける感覚の後にエルンストの油彩やコルビュジエの色彩があり、特集の中にはマン・レイの『糊の時代』とピカビアの『機械的構図』が、『折れた腕の前に』が描く影と共演する一角も---喧騒のニューヨーク・ダダが、アトリエに影を投げかけている様子。雑誌発行時のそれぞれの年齢はデュシャン34、マン・レイ31、年長のピカビアは42だった。

MD7-11影(折れた腕の前に)、ピカビア『機械的構図』、マン・レイ『糊の時代』


---

 さて、京近美常設展示の括りは『没後50年 マルセル・デュシャン特集』。自宅に戻りグーグルマップの3D映像を開き、フランス西部の都市ルーアンの大聖堂を望む丘陵に位置するルーアン記念墓地に近づきビューを傾斜させながら、眠っている人の「さりながら死ぬのはいつも他人である」と云う墓碑銘を読んでいる(つもり)。わたしもまた、どこに眠るのか、拡大や縮小を加えながら2018年の画像に、美術館での影を重ねてしまう。50年の節目に意味があるか否かも含め、瀧口修造が残した「しかし限りある生に対して、死のなんと長いことだろう」と云う思いは、冬の近づくノルマンディーでも同じだろう。『泉』祝祭100年、没後50年と続くデュシャン・フィバーの動きが、フェルメールや藤田嗣治や東山魁夷などの展覧会がひしめく秋の日本で、どのように大衆に受け入れられるのかと気になりながら、京博の『京のかたな』展の方がマシかと思ったりした(関係ないけど)。
 油彩の多くが鑑賞出来なくなるフィラデルフィア美術館を気遣(関係ないのは、こちらの方が強いけど、不在期間の182室では『デュシャン家族展』を開催)っていたら、「2019年8月迄に、ほとんどのデュシャン・コレクションが東京、ソウル、シドニーと巡回展示されて不在となるのを心配しないで下さい。『大ガラス』と『遺作』はそのまま留まり、作品の方もいつでも、オンラインで検索が可能です」と現地メディアが伝えている。肉体の伴わない美術鑑賞は、ゲーム感覚の快楽、終わりがなく、死を早めることだろう。

MD7-12『トランクの中の箱』(部分)

MD7-13『ローズ・セラヴィよ、なぜくしゃみをしない』(部分)


---

MD7-14『フレッシュ・ウィドウ』(部分)


 どうして、デュシャンの人生を知ってしまうと「禅問答」に身を置きたくなるのだろう。このわたしでさえ、先達の残した言葉に思いをはせる。デュシャン本の読解は頁を広げたり、閉じたりの繰り返しで心もとない---としても。1978年に自由が丘画廊で催された『マルセル・デュシャン小展示』の折のリーフレットに、デュシャンと身近な第一世代の瀧口修造が「なんと近づきがたく、なんと親しげな存在。その全作品・・・を一堂に眺めることは、もういろんな意味で不可能になった」と寄せた言葉を再び広げながら、「微笑みかけるのを待つ」と続く死者への思いが、40年後の京都であるとしても、レディメイドの影に潜んでいると感じてならない。
(いしはら・てるお)

石原輝雄「マルセル、きみは寂しそうだ。」
第1回(2017年6月9日)『「271」って何んなのよ』

第2回(2017年7月18日)『鏡の前のリチャード』

第3回(2017年9月21日)『ベアトリスの手紙』

第4回(2017年11月22日)『読むと赤い。』

第5回(2018年2月11日)『精子たちの道連れ』

第6回(2018年10月8日)『エロティックな左腕』

〜〜〜
●今日のお勧め作品は、マルセル・デュシャンです。
RIMG1350_600瀧口修造 Shuzo TAKIGUCHI『マルセル・デュシャン語録
1968年 A版(限定50部)
各作家のサインあり
発行:東京ローズ・セラヴィ
刊行日:1968年7月28日
販売:南画廊
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


●書籍のご案内
TAKIGUCHI_3-4『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』図録
2017年10月
ときの忘れもの 発行
92ページ
21.5x15.2cm
テキスト:瀧口修造(再録)、土渕信彦、工藤香澄
デザイン:北澤敏彦
掲載図版:65点
価格:2,500円(税別、送料別途)


ときの忘れもの・拾遺 第9回ギャラリーコンサート
武久源造コンサート」のご案内

日時:2018年11月24日(土)15:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:武久源造
プロデュース:大野幸
今回は午後3時開演。ちょうど近くの六義園の紅葉のライトアップの時期です。
*要予約=料金:1,000円(定員に達し次第締切ります)
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊です。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

石原輝雄のエッセイ「マルセル、きみは寂しそうだ。」第6回

石原輝雄のエッセイ「マルセル、きみは寂しそうだ。」─6

エロティックな左腕

展覧会 マルセル・デュシャンと日本美術
    東京国立博物館 平成館 特別第1・2室
    2018年10月2日(火)〜2018年12月9日(日)

---
MD6-1『階段を降りる裸体 No.2』(1912)

---
14年ぶり三度目の来日となるマルセル・デュシャンの油彩『階段を降りる裸体 No.2』(1912)と再会するべく、上野公園の東博に向かった。10月1日は台風24号の影響で京都からの新幹線は75分遅れ、午前中に用事を済ませ、午後2時からの開会式に出席。東近美でも国立新美でもなく、東博でのデュシャン展。広告チラシのキャッチコピーで「なに、これ」と戸惑いを隠しきれない、国内のデュシャンピアンを横目に---、いやいや、今回、そんな解釈や立ち位置の問題ではなくて、旧アレンズバーグ・コレクションを中心とした油彩16点が東京に現れていると云う驚きに感謝したい。フィラデルフィアの留守部隊も困っているだろうと、強風で落下した銀杏の匂いがむせる上野公園を進んだ。開会式は『京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ』展と合同、会場に顔見知りの専門家や近・現代美術ファンはわずか。でも、テープカットを待って二階に上がると上七軒の芸舞妓の出迎えでセレモニーは華やか、千本釈迦堂ですから上七軒は御町内です。デュシャン目当ての参加者は一割もいないだろうか、わたし一番乗りでした。
---
MD6-2合同特別内覧会・レセプション招待状

MD6-3テープカット、右端にフィラデルフィア美術館館長ティモシー・ラブ

MD6-4会場入口

MD6-5『自転車の車輪』(1913/1964)




 1981年の軽井沢、池袋、2004年の大阪と観てきたデュシャンの油彩。今回、初来日が7点あり(事前にホームページのリストで確認)、期待MAX。15歳のマルセル少年が描いた『ブランヴィルの庭の礼拝堂』(1902)なんて、印象派のモネによる光の表現が見事に消化されていて嬉しくなった。クリーニングをしたかもしれないが、絵肌が輝き美しいのです。印刷物からでは伝わらない臨場感、オリジナルだけが持つアウラ…… 反感を買うかもしれないが、「油彩の一点主義、網膜の喜びを求めて、何が悪い」と言いたくなった。
 27歳までに描かれた油彩、特に初期作品に見られる「若い緑色」は、最高の技術、最高の個性。これだけの事が出来てしまうと、描く情熱は失せる。テレピン中毒となって人生を間違えなかったのだから、マルセルは偉いよな。

 デュシャンピアンのKさんが、「早熟な天才画家のこうした油彩を観てしまったから、アレンズバーグは、以降の如何なる作品も支持し、どうしても欲しいと思ったはずだ」と語られる、同感です。芸術場における問題提起の後日談には、いろいろな意見があるけれど、デュシャンが素晴らしい油彩を描ける人でなかったとしたら『泉』(1917)も評価されません。二流ではダメなのです。油彩の美しさに圧倒されて会場を巡った。品の良い濃紺の壁面にキュビスムの絵画が並ぶ、それぞれの画面を報告するのは別の機会として、アレンズバーグのサロンで、これらを視たとき、マン・レイは「マルセル、君は上手いな」と言ったに違いなく、二流の絵描きを自覚した。だから、油彩から離れ、写真やアエログラフなどの機械的表現にシフトした。マルセルが油彩をやめてしまっていたのも幸いしたのだろう…。補足するけど、マン・レイの持った複雑な感情の中で、自己を見つめ直し独自性を求めた表現に、二流故の悲しさのようなものを感じて、わたしウルウルするのです。なので、マルセルよりもマン・レイを愛します。Kさんのコレクターとしての実績に接しながら、二流のコレクターとして、わたしも悲しさの中で人生を送っています。


MD6-6『ブランヴィルの庭と礼拝堂』(1902) 『ブランヴィルの教会』(1902) 左から(以下同)

MD6-7『チェス・ゲーム』(1910) 『デュムシェル博士の肖像』(1910) 『叢』(1910-11)

MD6-8『ギュスターヴ・カンデルの母親の肖像』(1911-12) 『ソナタ』(1911)

MD6-9『肖像(デュルシネア)』(1911) 『階段を降りる裸体 No.2』(1912)

MD6-10『階段を降りる裸体 No.2』(1912) 『急速な裸体たちに囲まれるキングとクイーン』(1912)『急速な裸体たちに横切られるキングとクイーン』(1912)『チェス・プレイヤーの肖像』(1911)

---
 デュシャンの生涯をめぐりながらの作品展示は、会場のドラマティックな構成(施工: 株式会社マルモ)もあって、観客を引き入れてくれる。さすがに光による演出にたけた博物館の展示技術だと感心した。唐突に『泉』が持ち込まれた訳ではない実感があり『彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも(大ガラス)東京版』(1915-23/1980)から離れ、会場端のケースを覗き込むと便器の汚れ具合(ラベルなどの劣化ですが)など、極めてよろしい。そして、さすがにアレンズバーグのコレクション、『ザ・ブラインド・マン』第2号のキャプションの無いスティーグリッツ撮影の「便器」の校正刷りは、迫力があります。幸い、今回の会場は一部作品(マン・レイの写真)を除き写真撮影が許されている。必要なのでスナップを沢山撮らせていただいた。オリジナルの文献資料も多く、デュシャンの人生と連れ立って歩いている感覚、友人(マン・レイ)としてはこたえられません。
---
MD6-11(大ガラス)東京版他

MD6-12『泉』(1917/1950)

MD6-13『ザ・ブラインド・マン』第1号・第2号、校正刷り

---
 秘密を持って人生を終わるのは、未来を生きること。マルセルの「わたし大好き」感も相当なものだと思う。第1部会場構成の最終部分に遺作『与えられたとせよ 1.落ちる水 2.照明用ガス』(1946-66)を紹介する映像が流されている。諸般の事情からフィラデルフィア詣でを実行できないままのわたしは、体験者の話を聞きながら視姦者にならず、扉の匂いも嗅がなくてよかったと、捻くれてきたのだけど、今回の上映室手前のガラスケースで、エロティックな左腕(1959)を観てしまい、ギョットした。何か手淫を連想させる手の握り具合、手首の様子。デュシャンの性表現の極みです。遺作を東京まで運ぶことは出来ないけど、これは、制作途中の遺作の一部、未亡人となったティニーが美術館に寄贈したもの。ペニスのような「照明用ガス」灯を握る手が、手だけになって飛んできたなんて詩的すぎて卒倒します。どうすればこの質感を得られるのだろう。カタログには1958年の「猛暑で左手が損傷した」とあり、取り替えるさいのモデルをティニーがされたと云う。とすれば、飛来したのはマリアの左腕。60年が経過した今夏の日本、全国を襲った酷暑は誰の左手を損傷させたのだろう。連想がよくないけどデュシャンの「遺作」を「ブラック・ダリア事件」と関連付けたくなった。だから、デュシャンに嵌まるのは怖い、デュシャンピアンにはなりたくないな。
---
MD6-14『無題(左腕)』(1959) 石膏、絵具、シェラックスワニス、鉛筆、鉄製ピン

MD6-15「遺作」展示映像(2018)

MD6-16『無題(左腕)』(1959) 「遺作」展示映像(2018) 上段写真は85歳を演出するデュシャン(1945)からの引用


---
 尚、展覧会は2部構成でデュシャンと日本美術に別れ、カタログもグリーン・ボックスを連想させる東博編の『マルセル・デュシャンと日本美術 デュシャンの向こうに日本がみえる。』とフィラデルフィア美術館編、マシュー・アフロン著による国際出版の『デュシャン 人と作品』の二種が用意されている。ただし、どちらにも第1部デュシャン展示のリストは付されなく、会場で配布されるA3シート(二つ折り、作品の形状、材質・技法等の記載なし)、及び展覧会ホームページの参照が必要となる。国際出版での作品図版は展覧会出品番号との関連がなく、参考図版も多いので要注意。
 展覧会は東京の後、ソウルの国立現代美術館、シドニーのニューサウスウェールズ州立美術館へと巡回される。デュシャンの作品たちがフィラデルフィア美術館にもどるのは来年の秋頃、道中の無事をほとけさまに祈りたい。合掌。
(いしはら・てるお)

*画廊亭主敬白
事前の広報資料(チラシ他)の評判はさんざんでしたが、さすがトーハク、いやさすがなのはフィレデルフィア美術館でしょうね。国際巡回展のトップをきって開催されたデュシャン展のオープニングに名だたるコレクター三人の後ろについて行ってまいりましたが、感動しました! この秋というか人生必見の展覧会です。お手配してくださった某美術館館長のSさんには心より感謝いたします。
マン・レイになってしまった人・石原さんのブログも合わせてお読みください。
今回の評、「マルセル、きみは寂しそうだ。」第6回となっていますが、第1回〜第5回は以下の通りです。

石原輝雄「マルセル、きみは寂しそうだ。」
第1回(2017年6月9日)『「271」って何んなのよ』

第2回(2017年7月18日)『鏡の前のリチャード』

第3回(2017年9月21日)『ベアトリスの手紙』

第4回(2017年11月22日)『読むと赤い。』

第5回(2018年2月11日)『精子たちの道連れ』

〜〜〜
●今日のお勧め作品は、マルセル・デュシャンです。
RIMG1350_600瀧口修造 Shuzo TAKIGUCHI『マルセル・デュシャン語録
1968年 A版(限定50部)
各作家のサインあり
発行:東京ローズ・セラヴィ
刊行日:1968年7月28日
販売:南画廊
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


●書籍のご案内
TAKIGUCHI_3-4『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』図録
2017年10月
ときの忘れもの 発行
92ページ
21.5x15.2cm
テキスト:瀧口修造(再録)、土渕信彦、工藤香澄
デザイン:北澤敏彦
掲載図版:65点
価格:2,500円(税別)*送料250円


ときの忘れものは倉俣史朗 小展示を開催します。
会期:2018年10月9日[火]―10月31日[水]11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
倉俣史朗(1934-1991)の 美意識に貫かれた代表作Cabinet de Curiosite(カビネ・ド・キュリオジテ)」はじめ立体、版画、オブジェ、ポスター他を展示。 同時代に倉俣と協働した磯崎新安藤忠雄の作品も合わせて ご覧いただきます。
304


●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

石原輝雄のエッセイ「バウハウスへの応答展報告」

石原輝雄のエッセイ「バウハウスへの応答展報告」

『それぞれのバウハウス』


---

BI-001「BAUHAUS」マンション 築1988年


自宅近くに看板建築風のマンションがあって、庇に「BAUHAUS」と表記されている。京都市内に建物自体や飲食店、建築会社、デザイン系の事務所など、どれくらい、この七文字を冠した施設や組織があるのか知りようがないが、前を通る度に誰が命名したのかと気になっている。「BAUHAUS(バウハウス)」の浸透ぶりは相当数にのぼると思う。日本全国、さらに、世界にまで広げると、いったい、どれほどかと。そして、ヴァルター・グロピウスの提唱した理念が生きているのは、何処にあるか、誰の心に残されているのかと考える。

---

BI-002美術館看板 岡崎円勝寺町



BI-003新聞判展覧会カタログ-1


 さて、炎暑が続く京都で『バウハウスへの応答』展が始まった。本稿がブログにアップされる頃には「過ごしやすくなって」と願いながら、展覧会の様子を報告したい。若い頃にモホイ=ナジ・ラースローの『ザ・ニュー・ヴィジョン』やヴァシリー・カンデインスキーの『点・線・面 抽象芸術の基礎』などを手にしたが、関心は持ちながらも深入りには至らなかった。論理的思考に乏しいわたしの理解力に主な理由があるものの効率性や全体主義に対する素朴な反発と思うが、人口減少社会の中で見直す時期にきているのかもしれない。
 10月8日(月・祝)まで京都国立近代美術館で開かれている今回の展覧会は、来年開設から100年を迎えるバウハウスの「受容と展開の歴史性だけでなく、その現在性についての視座を我々に与えてくれる」と云う。案内のチラシに使われているオレンジ色が、バウハウスに固有の色彩なのだろうかと思いつつ、四階の会場に入った。

BI-004展示室 右端ケース内に「バウハウス宣言と綱領」写真提供:京都国立近代美術館(撮影:守屋友樹)以下(提供写真)と記す。



BI-005展示室 中央にルカ・フライによるインスタレーション『教育伝達のモデル』(提供写真)


---

 ちょっと高等学校の文化祭かと間違う空間。習作が並び、最終型の作品はほとんど見当たらない。しかし、エフェメラ等の資料類に愛着を感じるわたしには至福の場。最初のアクリルケースを覗くとグロピウスが1919年にライオネル・ファイニンガーの木版画を表紙に使って現した大判の「バウハウス宣言と綱領」が置かれている。アクリル越しではあるが廉価(?)な薄橙色用紙の経年変化に痺れる。「社会主義の大聖堂」の絵柄もさることながら、二枚所持していないと表裏面を見せるこの展示は出来ないので、羨ましいと云うか、昔、ミュンヘンでのオークションに同種の出品がされていたことを思い出した。そんな訳で、左右に現れた色の違いに、ここに至る時間を想像するのである。──と書いた後、再訪して覗いたら右側に置かれた宣言文の方は複写だと気付いた。展覧会で両面を見せたいが為に、マン・レイ資料を複数枚入手してきたわたしとしては、ケースの中の複製品もさることながら(入れるなら表示して欲しい)、老眼の現実に自信喪失。テキストを読めばこと足れりではなくて、オリジナルのオーラ、時間の乗り物の魅力を展示で伝えるべきなのだが。

 バウハウスは第一次世界大戦からの復興期に短期間存在したドイツ・ヴァイマール共和国の総合芸術学校。宣言は学生募集の過程で、高らかに「あらゆる造形活動の最終目標は建築である!」と歌う(再現色の異なる複写面なのだけど)。バウハウスの教育理念や時代状況については、幾つもの研究があるが、革命を経たヴァイマールの「民主主義的社会というコンテクスト」がドイツ精神と融合するのか、手厚い福祉政策と賠償金返済重圧下での独占による産業合理化、主にアメリカ資本による復興が世界恐慌によって頓挫する過程でのナチスの政権掌握。ドイツにおける「黄金の20年代」を映画産業ではなく、経済を主体的に發展させる建築からの視点で、デザインの分野と教育の現場から見直す事は今日的課題である。そして、芸術家と職人との垣根がはらわれ、共和国の発展に寄与する(?)。素材研究を重要視する予備課程を通しながらも、バウハウスの中心的な教育傾向は合理主義と機能主義。大量生産に結びつく工業デザインであり、資源の乏しいドイツでは、その不足を熟練工によって補おうとする考え(日本の状況と同じではないか)だと云う。
 しかし、宣言に含まれる「建築家、彫刻家、画家、我々全員が、手工業に戻らねばならない! なぜなら『職業としての芸術』は存在しないからである」と指摘する部分が、芸術によって人生を変えられてしまったわたしに戸惑いを覚えさせる。個人的な経験だが、長く勤めた会社は、企業の販売促進を支援する新聞の折込チラシや梱包資材の企画・デザイン、マーケティングなどを行っていた関係で、100人以上のデザイナーやプランナーを有していた。でも、同僚の美術系大学を出た人たちと「芸術」の話をした事が無いのである。職業にすると嫌いになった様子。最初から関心がなかったかも知れない。
 ケース内に置かれた綱領(こちらはオリジナル)によると100年前のドイツで造形芸術を愛する若者に課す一年間の事業料は180マルクだったそうである。

BI-006展示室 ヨーゼフ・アルバースの予備課程における素材研究、構成練習など(再制作・作者不詳など) (提供写真)


 今回の展覧会構成は、(1)バウハウス、(2)日本─新建築工芸学院、(3)インド─カラ・ババナの三部門に別れ、「バウハウス宣言」を端緒に日本とインドでの教育現場を中心とした受容を紹介している。展示品の多くは、教授陣の教科書、予備過程での生徒課題作品、授業風景の写真から生徒の残した時間割やノート、日本における紹介誌、インドでの織物や家具や玩具、と云った多面的な資料に、現代作家のルカ・フライによるインスタレーション『教育伝達のモデル』とオトリス・グループの映像作品『地平に O Horizon』が加わり現代への繋がりまでを示している。

 次室に入り、フライの鉄枠から下るパネルや紙のモビールの間に、太い針金で出来たオスカー・シュレンマーが指導したかのような人形を見付け、本橋仁の再制作による糸とレコード盤による習作から、マルセル・デュシャンが3D画像に使ったピラミッドを連想して微笑ましく思いながら、美しく並べられた圧巻の展示で迫る川喜田煉七郎による雑誌『建築工芸アイシーオール』(洪洋社)に釘付けにされた。表紙を示した号と頁を開いた号が混在する44冊。日本におけるバウハウス受容に果たした同誌の影響は大きく、理論面での展開が1931-36年にかけて続けられた。第2巻第2号(女性の顔に影が映る)、及び第3号(眼のクローズアップ)の表紙に使われた写真などは、新興写真との関連から特に注目。未見の雑誌に見入りながら、時代の雰囲気を感じた。どうして、当時の雑誌に魅力を感じるのだろう、戦禍を潜り残された幸福への感謝、手にとって頁をめくりたいけど、我慢しなければ。

BI-007展示室『建築工芸アイシーオール』(洪洋社)など (提供写真)



BI-008jpg展示室 台上の立体は水谷武彦、ヨハネス・ツァベルなど (提供写真)


 通路でもあるような開かれた部屋で興味を持ったのは、ヨーゼフ・アルバースの予備課程に提出された水谷武彦による『素材研究─三つの部分からなる彫刻』と、モホイ=ナジ指導の『バランスの習作』(再制作含む)二点(ヨハネス・ツァベル他)。先入観を捨てさせる予備過程には、若者の夢、可能性が凝縮されているようで、観る者の青春を振り返させてくれる希望に満ちている。

 夫婦でバウハウスに留学(1930-32)した山脇道子は、父親の影響で茶道に親しんでおり、「シンプルかつ機能的であることを良しとし、材質の特性をできるだけそのまま生かそうとする姿勢」(『バウハウスと茶の湯』新潮社、1995)と云った日本の伝統との共通点をバウハウスの教育に見出し、自信を持ったと回想している。20歳の日本女性がバウハウスラー(バウハウスの生徒)となって受け継いだ「ものを見る眼」、日本に戻って生活の中で使う品々、そして、バウハウスの紹介と実践を生きた生涯。

---

 展示品を拝見しながら、リアリティに乏しい部分もあったので、8月12日(日)に催された梅宮弘光とヘレナ・チャプコヴァーによるレクチャー&ディスカッション「バウハウスと日本」(モデレーター: 本橋仁)を聴講させていただいた。
 渡欧することなく日本にあって、バウハウスの影響を受けた川喜田煉七郎の、ハリコフでの国際コンペ入賞や国内での教育活動、能率研究を基にした店舗設計などの解説から、前述の『建築工芸アイシーオール』の背景を知り、益々雑誌に魅力を感じた。それに、水谷の習作は一枚の丸い金属板に切り込みを入れて作られているそうだ。熱意を持って楽しく話される梅宮氏から伝わる日本人の様子は、「1929年を情報が伝わるピーク」として、興味深い。バウハウスと高崎の井上房一郎との関係など、ときの忘れもの繋がりで興味はさらに広がるのだけど、川喜田らの生活構成研究所(1932年に新建築工芸学院と改称)の教育内容などが教師たちに支持され「普通教育における美術教育」となっていく過程で、わたしなどは戦線離脱してしまった。
 個人の感想だけど、20歳前後に受けた文化や思想の影響で、人は一生を生きる。教育がそれを与える事は多いが、芸術家でも職人でもない人達が指導する技術ってなによ。「職業としての芸術」は存在しないと宣言された後、システムに従って自動的に出来てしまう造形、デザインの技術、職業を学ぶとは。「人」によってしか伝わらないバウハウスの理念も、時代の要請に従い伝言ゲームの過程で変質してしまう。「造形芸術を愛する若者」ではない人達を指導するってなんなの。わたしの場合も幾人かの師と仰ぐべき人と出会う幸運を持ったが、具体的な技術の指導はなかった。師の近くにいて後ろ姿を見ていただけ、写真から逃れなくなっていた若者だったから。でも、日本的な精神論では先に進みませんな。

BI-009展示室 インド─カラ・ババナ (提供写真)


 インドでの受容については、1922年に開かれた『欧州絵画素描展』のカタログを手掛かりに「環境を重視した教育」に迫りたいと思うが、オトリスの映画(81分)の助けを借りつつも、展示品の訴求力は今ひとつ。9月22日(土)にときの忘れもののブログで親近感を持つ佐藤研吾の講演「シャンティニケタンから建築とデザインを考え、学び、作る」が予定されているので、感想はそれまで保留したい。

---

BI-010新聞判展覧会カタログ-2


 会場では『バウハウスへの応答』展の新聞判カタログ(44.5 x 30.5cm、無綴、16頁)が用意されている。受付で尋ねると無料で配布していると云う。オレンジ色を基調にして印刷段階のトンボとチャートを残した意匠の優れもの、デザインは大阪の上田英司(シルシ)。これは、コレクター・アイテムになりますな。

BI-011常設展示室 ピエト・モンドリアン(左)とヨハネス・イッテン


 四階の常設展示室を進むと(会場の区切りが判りにくい)、夏にちなんで「水に映る影、水の戯れ」と題した小企画に、ピエト・モンドリアンの『コンポジション(プラスとマイナスのための習作)』(1916)と並んで、バウハウスの予備過程で色彩論を教えていたヨハネス・イッテンの油彩『幸福の島国』(1965)が掛けられていた。彼の指導は精神主義に寄りすぎて校長のグロピウスに解任されたと云うが視覚と精神は一続き、多数決は欺瞞に満ちている、造形よりも芸術の方がわたしの世界に近い。

 8月の間に何度か会場に足を運んだ。その都度、メモを取られるなどの熱心な鑑賞者の方々をお見受けした。声を掛けることは出来ないので、それぞれの関心領域、問題意識は判らないが、その人達にとっては熱気に包まれた展示空間であるかと思う。これが、来春、ベルリンで催される展覧会『bauhaus imaginista』に続いて行くのだろう。どんな連帯となるのか見守りたい。
 尚、本稿を纏めるにあたって、京都国立近代美術館の担当者の方々と神戸大学の梅宮弘光先生のお世話になった。記して感謝の意を現したい。「有難うございました」。

---

BI-012町内の地蔵祠


 冒頭のマンションから通りを西に入ると地蔵が祀られている不可思議な一角に出る。毎年、夏の終わりに催される地蔵盆では子供たちが、お菓子をもらったりゲームをしたりして楽しく遊ぶ。僧侶による読経や法話、主体を子供たちにおいての地域の伝統行事、年齢の違いを越えて共に遊んだ経験をもって育つ子供たちを思うと、教育は地域の文化。バウハウスと大上段に構える事もないのではないだろうか。
(いしはら てるお)

バウハウスへの応答
会期:2018年8月4日(土)〜 10月8日(月・祝)
会場:京都国立近代美術館
休館日:毎週月曜日
(ただし、9月17日、24日、10月8日(月・祝)は開館し、9月18日、25日(火)は閉館)

講演会「シャンティニケタンから建築とデザインを考え、学び、作る」
日時:9月22日(土) 午後5時〜6時30分
講師:佐藤研吾(In-Field Studio / 歓藍社)
会場:京都国立近代美術館 1階講堂
定員:先着100名(当日午後4時より1階受付にて整理券を配布します)
参加費:無料
〜〜〜

●今日のお勧め作品は三上誠です。
三上誠1967年
三上誠「作品
1967年   ミクストメディア
イメージサイズ:121.0×30.5cm
フレームサイズ:140.0×49.8×(厚さ)6.2cm
*『三上誠画集』(1974年、三彩社刊)所収No.90
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

石原輝雄「瀧口修造・宮脇愛子 ca.1960展報告」

石原輝雄のエッセイ「瀧口修造・宮脇愛子 ca.1960展報告」

『不思議な取っ手』


京都西陣、晴明神社近くの古いビルにあるART OFFICE OZASAで、6月2日から末日まで催された展覧会「瀧口修造 宮脇愛子 ca.1960」展は、作品と人との一期一会を物語る最高の場であった。しかし、場所は京都、昨今の積極的な広報とは別の次元で、ひっそりと画廊の扉は開かれていた。気づかないまま通り過ぎた人も多かったと思うが、なにげなく画廊の扉を押した人の幸せに祝福を贈りたい。このようにして宮脇さんの初期油彩を観ることは、もう出来ないとわたしは思っているので、展覧会を見逃された方々に展示の様子を捉えた写真をアップし、最高の場の一端を味わってもらいたいと願う(横道に逸れてしまうけど)。

---

TM60-1ART OFFICE OZASA 京都市上京区堅門前町414 西陣産業会館207


TM60-2宮脇愛子『作品3-4-62』『作品3-3-62』など


 瀧口 修造と宮脇愛子のお二人は、ときの忘れもののブログにアクセスされる皆さんにとっては親しく、その業績と人柄、作品との対面には、多数の機会が用意されてきたと思う。しかし、「二人の名前を冠した展覧会は始めてではないか」と綿貫さんにうかがい、展覧会のタイトルに記された「ca.1960」の意味合いを改めて考えた。
 瀧口さんは、’58年の欧州旅行の後、「ジャーナリスティックな評論を書くことに障害を覚えはじめ」’60になると「スケッチブックに万年筆で文字でない線描を走らせ」10月に初個展を開催。’62年には「デカルコマニーに没頭する」ようになり、やがて、個人的に友人や知人に「言葉」や「個展への序文」、あるいは造形の仕事を贈る場合が増えていった。一方の宮脇さんは’59年に初個展を銀座の養清堂画廊で開催し「溶岩のようなマチエールの肌」で注目を集めた後、瀧口さんや阿部展也氏の勧めもあって単身イタリアに渡り、’61年にミラノのミニマ画廊で個展。’62年に帰国し東京画廊で国内二度目の個展を開くほど活躍。その折、作品を気に入ったパリの画商アンドレ・シェレールが「120号以上の大作ばかり15点ぐらいをまとめて」購入。彼と契約してパリに拠点を移し、「並列的なレリーフ状の油彩」を描いて同年10月パリで個展。マン・レイとの交流が深まったのは、この時期だと云う。そうした1960年頃の状況が、リアリティを持って会場を支配しているのだから、遅れてきた世代としては、嬉しいと云うか、不思議な感覚である。

TM60-3瀧口修造 デカルコマニー 5点、宮脇愛子『作品3-3-62』


TM60-4宮脇愛子『作品3-6-62』『作品6』'61 瀧口修造 バーントドローイング、デカルコマニー


TM60-5宮脇愛子『作品』'62


 どうして宮脇作品の前に立つと、重力に逆らう物質の意志を感じるのだろう。彼女の手から絞り出され空気を孕んで固まった大理石粉の皮膜が、実は思いの外にはかなく、今でもやっとの思いで形象を留めていると感じるのは、個人コレクションの中で静かに余生を送ってきたためだろうか。
 瀧口さんのデカルコマニーから、海の深みと閉ざされた光を感じるのは、どうしてだろう。目には見えない何者かが、人の手を借りて紙の表面に、涙の痕跡を残した。──そんな事があるのだろうか。これまでもお二人の造形を見てきたはずなのに、特に気高い色彩を感じるのは、どうしてだろう。疑問ばかりがわたしの中を巡っている。

 画廊であって画廊でなく、生活の痕跡をわずかばかり残す距離のもたせ方は、京都のスタイルと言って良いかと思う。画廊主は黒いパンツとシャツが似合う人、宮脇さんもそうした服装を好む人だった。瀧口さんは煙の影に隠れて、ウフフと笑っておられるように思う。昨日が瀧口さんの命日にあたるので、特にこんな連想をしてしまった。四人で談笑しているような、気分なのである。

TM60-6画集『フォンタナ』、後方に掲載作品『無題』'64


TM60-7宮脇愛子 個展ポスターなど


TM60-8ミニマ画廊カタログなど


 東京で宮脇作品に魅せられ、パリに持ち帰ったシェレールは、没年から推測すると宮脇さんより1歳若く当時32歳。今回ART OFFICE OZASAで展示されている宮脇さんの油彩4作品は、氏との契約のもとパリ、モンパルナスのアトリエで制作された作品と思われ、シェレールの手許に長く置かれていた。近年、同氏のアフリカやアメリカの原始美術コレクションと共に市場に現れ、縁あって京都に招来された。そして、展覧会の後も京都に留まってくれれば(美術館などで)、地元民として幸せこの上ないのだが、全作品が展覧会の開催と同時に売約済となり、新しい所有者のところに移動してしまうと云う。ですから、ここには戻らないのです(涙)。

 わたしは作品と人との物語に興味を持つ、そのための資料が沢山用意されているこの展覧会は、居心地が良く、宮脇さんのアトリエ、あるいは、瀧口さんの書斎にお邪魔している感覚。この幸せを解説したくなった。例えば、みすず書房が’64年に刊行した現代美術シリーズ第25巻『フォンタナ』のテキストで、瀧口さんが「フォンタナという作家ほど近づきやすく、また誤解されやすい作家もめずらしいのではないか、私はいろんな機会にそう感じる。」と書いた冒頭を飾る対向頁の図版に用いられたフォンタナの作品(’64年)が、瀧口作品(’62年、宮脇旧蔵)の横に掛けられている。その手前のテーブルの上には、名古屋のギャラリー高木で行われた宮脇さんの個展(‘80年)の折に磯崎新氏がデザインしたポスターが置かれている。これにはマン・レイが撮影した彼女の肖像写真が使われていて、その経緯などを知っているものだから、懐かしさが一杯。そして、語り部の第一人者となるのは、ミニマ画廊での個展カタログ。手に取り彼女の初期油彩を背景に写真を撮った。書体と色合い、そして、紙の手触り。ミラノの石造りの建物に差し込んでいた光が、彼女の絵肌に留められたまま、京都までやってきた感覚。考えてみれば、油彩の表面は大理石扮なのだから、親和性があるのは当然なのだ、眼の解釈は正直である。

TM60-9中村美奈子 文鎮、瀧口修造 立体


TM60-10市田文子 半革装『瀧口修造の詩的実験 1927-1937』他


 展示台には、造本作家グループLes fragments de Mの皆さん(羽田野麻吏、市田文子、平まどか、中村美奈子)による瀧口修造へのオマージュ本が飾られている。作品保護のためにわたしの場合は、白手袋越しでしか楽しめないが、革製本の国の知性に対して、湿潤な国の用紙達の苦しみを体験してこられた瀧口さんが、どんな感想を持たれたのか尋ねてみたい。見ると彼女たちと共演するようにアクリルケースの中に、デカルコマニーを用いた四角錐台(’70)が置かれている。裏面の穴から覗くと言葉が認められる。なんて書いてあるのだろう。瀧口さんが贈ったオブジェに、「書物は姿を変えていく」と書物好きのわたしは思ってしまうのだった。

TM60-11手前に造本作家グループの装幀本、後方に瀧口修造、宮脇愛子


TM60-12岡崎和郎、瀧口修造、ルーチョ・フォンタナなど

 
 天井高4メートルと云う広い空間の、光に包まれた窓側の椅子に座って、会場を見渡している。視線の先に掛けられた作品たちとは、離れているから図像を見ているというのではなくて、存在を感じているといった感覚。並んで掛けられた斎藤義重、阿部展也両氏の小品などは、宮脇さんへのアドバイスの時期に関わるものなので、会話の余韻が立ち現れ、「ca.1960」へと続く彼女の新しい人生の扉であったように思う。57年の後、その取っ手をゆるやかに回すのは、だれだろう。開けることと閉めることが同時に行われる人生の扉。作品もそうした扉の一形態であるのは間違いない。ここからでは見えないが、対向壁には岡崎和郎さんによる一対の「HISASHI」が、題名そのままに「鳥のように」飛翔しているはずだから、心憎い演出である。柱の影に誰か居るのかしら……

---

TM60-13


 京都の梅雨開けは、「夕立三日」前祭の巡行が終わる頃だと云う。展覧会は終わってしまったが、幸せな記憶が残された。京都に住まいを移し画廊での仕事を始めた女性の、素直な指の先にも不思議な取っ手があることを、教えてあげたい。これは、蛇足だろうな。

(いしはらてるお)
〜〜〜

●「橄欖」第4号が
瀧口 修造(1903年(明治36年)12月7日 - 1979年(昭和54年)7月1日)の命日に刊行されました。
20180619173457_00001瀧口修造研究会 発行
2018年7月1日
22.5x15.0cm 211P
執筆者は掲載順に、霧山深、岩崎美弥子、山腰亮介、永井敦子、朝木由香、島敦彦、嶋田美子、藤澤顕子、石原輝雄、野海青児、宮井徹、山口馨、三谷風子、高島夏代、尾山景子、高橋修宏、伊勢功治、土渕信彦

20180619173633_00003
20180619173633_00004
20180619173457_00002

『橄欖』はときの忘れもので扱っています。メールにてお申し込みください。
頒価:1,500円、送料250円

●今日のお勧め作品は、瀧口 修造です。
takiguchi2014_II_18-18
デカルコマニー
イメージサイズ:15.7×9.0cm
シートサイズ :19.3×13.1cm 
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

石原輝雄のエッセイ「ウィーンでのマン・レイ展報告」

石原輝雄のエッセイ「ウィーンでのマン・レイ展報告」

『そして、ウィーンから……』

WIEN-1ボーイング777-200型機 Syibanyeより


WIEN-2オーストリア航空機内食


日本に戻る飛行機の中でこれを書いている。人生の幸せについて思いを巡らせながら、マン・レイの重要な油彩が展示された美術館での2日間。とりわけ、情報を提供し親身になって、わたしの「マン・レイ愛」を受け入れてくれた学芸員ベロニカ・ルドルファーの笑顔を、瞼の内側に浮かべている。さらに続けて、これを書こうとしながらペンを止め、機内食に合わせた一人乾杯で、オーストリアのビール、ゲッサーピルスナーとオッタークリンガーを立て続けに四缶飲んでしまい(嬉しく充実した旅だったのですね)。寝てしまった。

---

WIEN-3リンクトラム ブルク劇場停車場


WIEN-4ボグナーガッセ エンゲル薬局(左) 前方にクンストフーラム・ウィーン


WIEN-5フライウング クンストフーラム・ウィーン


 ウィーンから成田までの飛行時間は10時間30分。やっと半分が過ぎ、再びこれを書いている。ウィーン中心部、リンク内のフライウング通りにあるクンストフォーラム・ウィーンで2月14日から開かれているマン・レイの展覧会は、京都から出掛けなければならないほどの重要作を多数集めた好企画で、貸出先はニューヨークのMOMA、ホイットニー、パリのポンピドゥセンター、ロンドンのテイト、ロッテルダムのボイマンス・ヴァン・ペーニンゲン、ドイツのビーレフェルトなどの美術館を始め、画廊や著名な個人収集家のものも含めた、およそ200点の油彩、水彩、デッサン、写真、オブジエ、書籍、映画などで構成されている。全体を統括した学芸員のリサ・オルトナー=クレイユは、「今日、写真家としての仕事のみがよく知られるマン・レイ作品の多様性と遊び心だけでなく、永続性と激しさを伝えたい」と語って、マン・レイが望むような会場構成を実現させている(もちろん、わたしの推測)。アマゾンの新刊検索で展覧会を知った昨年の12月、美術館の予告サイトでMOMAが所蔵する油彩『女綱渡り芸人はその影を伴う』(1916年)が展示されると期待して、心が高まった。マン・レイの場合、同名の版画が展示される事も多いし、実際にウィーンまで油彩が運ばれるかは、始まってみないと判らないのが、これまでの経験則。それで、ベロニカにいろいろ確認させてもらった訳である。
 この作品の他に、わたしが注目し、恋い焦がれてきた未見の『眠る女』『5人』『スタジオドア』『幸運』『初恋』『フェルー街』などを含む油彩16点が一堂に会している。べロニカが各部屋の展示意図を説明してくれながら、特に強調したのは、「影」に注目するニューヨーク時代の作品群の中での『女綱渡り芸人はその影を伴う』だった。これまで画集や研究書の図版で知っていたものだけど、現物の絵肌に限りなく接近すると(手で触るのはできません、ガラスがあります)、作者の青春の物語がわたしの中を駆け巡り、熱くなってしまった。画面右上の踊り子たちがくるくる回り、光輝く動きに合わせて、手を広げ、身体を傾け、踊りだしている。オーストリアの人々の歌と踊りを好む気分が展示室を満たし、つられて、わたしもくるくると回ってしまった。三人の踊り子、あるいは、一人の残像。絵柄に合わせて、こちらも傾ける。マン・レイの絵筆の流れをとらえ、空間で腕を大きく動かす。ぎこちない動きも、すぐに気持ち良く、心からの幸せに包まれた。──こんな調子で、書き続けると、文字数が多くなりすぎるので、これくらいにしておこう。さらにお付き合いくださる方は、いずれ上梓する銀紙書房本『マン・レイの油彩が巡る旅』(仮題)をお買い求めください(ハハ)。

---

WIEN-6クンストフーラム・ウィーン エントランス


WIEN-7絵葉書『女綱渡り芸人はその影を伴う』1ユーロ


WIEN-8観光馬車フィアカーはクンストフーラム・ウィーンの手前シュトラオホガッセで左折


 旅行の前に綿貫さんから「写真を沢山入れて」とアドバイスされていたのだが、会場は撮影禁止。沢山の写真がSNSの世界で流通しているのを承知しているが、便乗は出来ない。たやすい画面や紙の上に再現された図像で、知ったつもりになってはいけません。油彩は額縁も含めた立体物であり、わたしの身体を回転させるほどのエネルギーを秘めた1910年代からの歴史、四次元世界の存在なのです。それに比べると写真作品の方は、厚みが少なく(紙だけですから)、存在感が希薄であるのは否めない。さらに、トリミング、レタッチ、色調、印画紙の種類、複写の問題などが複雑に絡み合い、ヴィンテージ・プリントの真贋は、作品の来歴と経年変化の推測からしか見極められない。わたしが写真を撮れば、本来の姿が伝わると自負しているのだが、いたしかたない。幸い、事前にベロニカから制限を聞いていたので、ショックを受ける事はなかった。それで、今回は美術館の外見とエントランスホールの写真だけとなってしまった。お許し下さい。

 初日は開館の10時から8時間30分。昼食も休息もとらず、見る人に徹し、翌日も別れを惜しみつつの2時間を過ごした。彼の初期絵画の楽しさ、自伝で述べている「色彩の画家」の才能が伝わってくる展示。こうしたものは画集などでは判らない。100年前の青春、稚拙な筆運び、マン・レイの油彩論へのいくつものアプローチを手に入れた体験だった。エッセイ執筆の話をベロニカに伝えると、「期待している、わたしも読みたい。」と言ってくれたけど、英語で表現するのは無理ですな-----

---

WIEN-9クリムト『接吻』ベルヴェデーレ宮殿


WIEN-10クリムト 壁画『古代エジプト』美術史美術館


WIEN-11デメル2階 ザッハトルテ


 リタイアした身であればこそ実現出来た今回のオーストリア周遊。わがままを許し、心よく参加させてくれた家人に感謝したい(口には出せません)。もちろん彼女が好むクリムトの『接吻』(ベルヴェデーレ宮殿)や本年秋まで仮設階段で間近に観る事の出来る初期壁画、またブリューゲルの『バベルの塔』(どちらも美術史美術館)なども鑑賞し、美術史の中でのマン・レイを思った。彼に狂って45年、生き残った画家のなんと誇らしげであることよ。コールマルクト通りのデメルでザッハトルテと珈琲を二人で頂きながら、眼の喜び、心の充足を改めて確認。そして、マン・レイの油彩に対する彼女の何気ない一言に、この人はマン・レイを理解してくれているのだと、嬉しく思った。
 展覧会は6月24日まで開かれている。どうぞ、みなさんウィーンまでお出掛け下さい。寝起きで1時間書きましたが、このあたりで終わりたい。また、ビールをもらわなくちゃ(笑)。

WIEN-12フライウング パッサージュ


---

Kunstforum Wien
MAN RAY
14.2-24.6.2018


Kontakt
Bank Austria Kunstforum Wien
Freyung 8 1010 Wien
+43(1) 537 33 26
www.kunstforumwien.at

いしはら てるお

●今日のお勧め作品は、マン・レイです。
20180606_ray_45マン・レイ
《宝飾品のための最初の広告写真》
1935年(1986年リプリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:25.5x34.2cm
シートサイズ:29.2x39.0cm

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆ときの忘れものは昨日から6月のコレクション展を開催しています。
会場:ときの忘れもの
201806_collection会期:2018年6月5日(火)〜6月9日(土)
出品作家:安藤忠雄、瑛九、オノサト・トシノブ、駒井哲郎、瀧口修造、長谷川潔、ル・コルビュジエ、シャガール、平井進、他


●展示風景
DSC_0329
入口階段にはシャガール長谷川潔

DSC_0330
マルク・シャガール《画家の花嫁》

DSC_0335
長谷川潔《パリの小鳩嬢》

DSC_0336
2階通路左から)
オノサト・トシノブ《波形の十二分割》
平井進《作品》
瑛九《作品−B(アート作品・青)》

DSC_0344
同じく2階通路左から)
ル・コルビュジエ《雄牛#6》
安藤忠雄《Koshino House》
駒井哲郎《恩地孝四郎頌》

DSC_0346


DSC_0348
図書館入り口横には、瀧口修造《V- 31》

●出品作品のご紹介です
安藤忠雄
出品No.1)
安藤忠雄
《Koshino House》

2015年
紙にクレヨン、コラージュ
Image size: 20.7×61.0cm
Sheet size: 23.6×63.6cm
サインあり

瑛九出品No.2)
瑛九
《作品−B(アート作品・青)》

1935年
油彩、ボード
29.0×24.0cm(F3号)
※山田光春『私家版・瑛九油絵作品写真集』(1977年刊)No.19


オノサト・トシノブ出品No.3)
オノサト・トシノブ
《波形の十二分割》

1980年
油彩、キャンバス
10.0x10.0cm
サインあり


駒井哲郎出品No.4)
駒井哲郎
《恩地孝四郎頌》

1974年
アクアチント(亜鉛版)
20.7×10.0cm
サインあり
※レゾネNo.309(美術出版社)


瀧口修造出品No.5)
瀧口修造
《V- 31》

デカルコマニー、紙
Image size: 12.5x7.6cm
Sheet size: 17.8x12.8cm


長谷川潔出品No.6)
長谷川潔
《パリの小鳩嬢》

エッチング
Image size: 11.5x8.5cm
サインあり


平井進出品No.7)
平井進
《作品》

1968年
油彩
73.0×61.0cm
サインあり


シャガール出品No.8)
マルク・シャガール
《画家の花嫁》

1967年
リトグラフ
Image size: 67.5×50.5cm
Ed.75
サインあり


ル・コルビュジエ出品No.9)
ル・コルビュジエ
《雄牛#6》

1964年
リトグラフ
Image size: 60.0×52.0cm
Sheet size: 71.7×54.0cm
Ed.150
サインあり


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

石原輝雄のエッセイ「マルセル、きみは寂しそうだ。」第5回(最終回)

石原輝雄のエッセイ「マルセル、きみは寂しそうだ。」─5(最終回)

『精子たちの道連れ』

展覧会 キュレトリアル・スタディズ(12)
    泉/Fountain 1917─2017
    京都国立近代美術館4階コレクション・ギャラリー
    2017年4月19日(水)〜2018年3月11日(日)

Case-5 散種 
    キュレーション: 毛利悠子(アーティスト)
    2018年1月5日(金)〜3月11日(日)

---

MD5-1『泉』1917/1964 シュヴァルツ版 ed. 6/8


MD5-21月26日20:03


事件発生からの100周年を祝う「恥ずかしながら」の企画展示も、残り1ヶ月となった。紛失犯逮捕がなされないまま、事件捏造の様相も帯びた1950年代を越えて、神格化させ、男性用小便器を途方もない時価総額の頂きに祭り上げた21世紀の昨今。日本では個人情報ばかりが独り歩きして、単純な隠秘ばかりが幅をきかせている。祝祭最終のCase-5を担当する美術家の毛利悠子は、マルセル・デュシャンから数えると曾孫、あるいは玄孫の世代に当たるかと思う。その彼女が受容したデュシャンの芸術は「脳の活動」といったものではなくて具体的な作品。経年変化の過程にある『花嫁は彼女の独身者たちによって裸にされて、さえも』(通称《大ガラス》)や『泉』が持つ「物の生命」と対面した感情の発露であると言える。彼女を「デュシャンピアン」と呼ぶ関係者もいるようだが、デュシャンの言説がどこまで咀嚼されたのか、読解に意味があるのかも含め、作家による『散種』と題したインスタレーションの中に、品物だけがポンと置かれている。1950年生まれの藤本由紀夫、61年生まれのベサン・ヒューズ、そして80年の毛利悠子と繋がってきた美術家によるキュレーションを拝見しながら世代間のズレと云うか、「素材としてのデュシャン」と云った扱い方に先行世代として「これは、なんだろう」と戸惑った。

---

MD5-3


MD5-4「独身者」のエリア


---

MD5-5<境界線>


---

MD5-6


MD5-7「花嫁」のエリア


 「日用品と音や光、水などを組み合わせたインスタレーション」で知られ、世界的に注目される毛利悠子の発表なので、2015年の『モレモレ: 与えられた落水』がどんな変化をするのか、いろいろと期待をしながらの拝見だったが、足下に置かれた「検眼図、眼科医の証人」を模したステンレスの形状や、「欲望の磁気発電機」の辺りに置かれた扇風機とスキャナーのチープな仕様に気を取られて、《大ガラス》の三次元的展開への構想には思い至らなかった。もちろん、彼女は会場に掲示したコメントで、その場を「厚みを持った2次元(=3次元)は4次元の射影である」とし、「鑑賞者はすでに《大ガラス》のなかにいる」との手掛かりを与えているので、わたしの方が迂闊なのだけど。コメントには「大ガラスの中味の雑味が目立つのはこの際お許しいただくとして」と、自身の持ち味にも言及した部分があり、個人的な戸惑いを述べるのは礼を失した行いであるのだが、1メートルも越えるような展示壁を挟んで拡がる「独身者」と「花嫁」を繋ぐケーブル間の空洞が、デュシャンが《大ガラス》で「重力の監視人」と「ボクシングの試合」を放置したまま未完成とした心情と解離しているようで、嫌なのだ。──好き嫌いを言っちゃ、お終いなんだけど。

 美術館4階最奥の常設展示室を《大ガラス》に見立て、デュシャンが自作品をミニチュア化して詰めた『トランクのなかの箱』の構造を借用しながら、毛利悠子は『パリの空気』『旅行用折りたたみ品』『泉』の3レディメイドを会場に取り込んだ。実際の『トランクのなかの箱』では《大ガラス》の横に上段から「花嫁」<境界線>「独身者」と対応しながら括り付けられている訳だが、重力から解き放し、併置した3点は、どうも、しまりが悪い(これも好き嫌いだけど)。

MD5-8『パリの空気』(手前)


MD5-9『泉』(手前)


 ──などと感じながら、若い美術家の仕事に包まれ歩いたけど、内実はうわの空だったと告白しておきたい。それは、今回のインスタレーションを特徴づけ、抜き差しならぬ『散種』の概念を撒き散らしてやまない富山県立美術館から貸し出された限定豪華版『トランクのなかの箱』に収められた『罪のある風景』(1946年)が、男性用小便器である『泉』と寄り添うように展示されていた事による。300部程度造られた普及版(『トランクの箱』と称される)の他に、一点毎が異なるオリジナル作品の入った20部(プラス非売品4部)が存在するとされ、会場で対面していたものは、マルセル・デュシャンが愛人であった在米ブラジル大使夫人のマリア・マルティンスに贈った12番本で、奇妙な素描が特別の画材によって描かれている。デュシャンの伝記を著したカルヴィン・トムキンズによると「1989年に行われた化学検査の結果、素描に射精された精液が用いられていることが判明する。」(『マルセル・デュシャン』木下哲夫訳、みすず書房、2003年、362頁)との事で、彫刻家でもあったマリアは、それまでの女性に対する接し方を見失うほどデュシャンにとって特別の存在であったようで、『与えられたとせよ 1.落ちる水 2.照明用ガス』 (通称《遺作》)への導入部にあたるとの説もある。それなので、眼が釘付けになって、いつまでも、いつまでも、執拗に見続けた(写真もたくさん撮った)。本作を富山の美術館にもたらした画商の逸話を聞いているものだから、行き場を見いだせないままの精子が死に絶え、同時に体温も消え失せて、あらぬ風景が固定されていく様子が浮かんで、目眩を覚えるほどの衝撃の中にいる。その場所が《大ガラス》の内側であり、公共の美術館の一室であるのだから、声を大にして、近くにいる男にも女にも、そうでない人にも伝えたくてしょうがない。「綺麗だよね」──もっとも、展示品の素材紹介を「体液」と表記するにとどめざるおえなかったのは、致し方ないとはいえ、残念である。

MD5-10『罪のある風景』(1946年)


MD5-11「体液、透明フィルム、黒サテン」


---
 デュシャンの精子が飛び出し、膣ならぬ『泉』に侵入する様を視覚的に実感できる配置は、今回のcase-5における出色の風景であり、これだけの接近を許す展示は初めてのように思う。年月を閉じ込め、経年変化したセルロイド上の気泡(?)を含む、歪んだ《大ガラス》越しに『罪のある風景』を見ながら、エロティックなデュシャン像のしたたかさを改めて考えた。幾万の精子たちが夢見た世界、一個体にしか開かれない扉の向こうで、彼の実際の子供へと着床したのかどうかは判らないが、1946年とすれば現在72歳、会いたくもあり、会いたくもないような複雑な気持ちである。今回のCase-5に関連した毛利悠子とのクロストーク(1月26日(金))で、批評家の浅田彰は、キュレーション・タイトルとした『散種』にふれ、難解なフランスの哲学者ジャック・デリダの用語を平明に解説し(展示に合わせたということだけど)、デュシャンとデリダは女性にもてたと前置きしながら、二人の態度は「種をまき子供ができたら責任はとると、認知するとか養育するとかとは別に、自分は対応すると」話されたけど、どうだろう── わたしに撒き散らすというのはそぐわないが(これは、デュシャンとは関係ないけど)、デュシャンの言説や視覚的な作品が、時間と場所を無分別に「意味を繁殖させて通常の意味論から空間を破壊する」。他者の作品や人生に対するデュシャンの寂しげな距離感は、プラトン的世界に生きているコレクターとしては、実践できない態度であり、自己弁護的にデリダの著書『散種』がスイユ社から刊行されたのは、デュシャンが亡くなって4年後の1972年だった事を補足しておきたい。

MD5-12『トランクのなかの箱』(手前)


MD5-13『罪のある風景』(手前)と『泉』


---
 さて、蛇足になるのか、そうでないのか判らないが、先のトムキンズによる伝記には、デュシャンの実の娘として1911年生まれの美術家が登場する。場面は1966年の娘宅、デュシャンは『トランクのなかの箱』を手土産に夫人のティーニーを伴い訪ねたと云う。「4人が一堂に会したわけをだれもが知っていながら、イヴォンヌがデュシャンの娘だという事実(それが事実だとして)は、その日もそれ以降も、まったく話題にのぼらなかった。」(455頁)。── 1918年にパリの地下鉄で偶然会った昔の恋人が連れていた幼い娘を実子だと感じたデュシャンの心情、さらに、その後の態度に立ち入るのは難しい。作品をとらえ、実子のようだと指摘するのは簡単だけど、「自由」の代償として「寂しさ」がついて回るのは、子孫と云う「永遠」が掴めなかったということでもあり、わたしのような凡夫には耐えられない事柄であると言える(これこそが、蛇足です)。

 ある科学者は、およそ200万年前、脳の体積が大きくなりすぎて人間の男性は性欲を失い、女性からの働きかけによる「誘導型性欲」によって子孫を残すようになったと指摘する。様々な理由で一般的な機能を発揮しなかった精子の物語、あるいは、発揮したことにしたくなかった物語は、デュシャンの全作品に見られ、《遺作》で横たわる裸體(マリアかも知れない)の性器に収斂していくように思えてならない。

MD5-14『旅行用折りたたみ品』1916/1964 シュヴァルツ版 ed.6/8


MD5-15『パリの空気』1919/1964 シュヴァルツ版 ed.6/8


---
 性欲の話題は現役を引退している身なので、このあたりで終わりたいが、毛利悠子が持ち込んだ今作の題名は『めくる装置、3つのヴェール』と名付けられている。彼女は音楽にも関心を持ち、機械のエラーやノイズにも反応する感性の持ち主であるようだが、すでに一定したアウトプットを吐き出す機械といった捉え方からくる偶然への対応は、パソコンやスキャナーの黎明期を生きてきたわたしには幼く思える。

 会場を出て4階ロビーから眼下を望むと、平安神宮の大鳥居から北に続く公園を《大ガラス》に見立てた方が、『散種』にふさわしいような気になった。改装工事の進む向かい側の京都市美術館では大型クレーンが単調な回転運動を続けて、「独身者の機械」のようであるし、遠くに見える応天門は3つの「換気弁」がひっつくのに最適であるし、二条通を<境界線>とすると、左側の派出所など『旅行用折りたたみ品』にドンピシャ。京都国立近代美術館を『泉』とするのは当然として、この場合にも彫刻家・富樫実のモニュメントが切断・撤去されて、独身者の欲望は花嫁に届かないままである。1年間続いた祝祭企画が終わる頃、岡崎公園の北西側にある枝垂れ桜が美しく咲き誇り、『パリの空気』ならぬ、京の花吹雪が風に舞う情景を思い描く。《大ガラス》の内部に居るとしたら、晴天のもと、飲めや歌への大騒ぎでありたい。花見で一杯、酒飲みはこれでなければいけません(ハハ)。

MD5-16


MD5-17左から平安神宮大鳥居、京都国立近代美術館、京都府立図書館


---
 昨年の12月17日、祝祭展示の共同企画者でCase-1のキュレーションを担当された京都工芸繊維大学の平芳幸浩准教授の著書『マルセル・デュシャンとアメリカ』(ナカニシヤ出版、2016年)が、優れた芸術評論に贈られる第27回吉田秀和賞を受賞された。大変喜ばしい事で、氏の静かで楽しいデュシャンへの熱中が、著書だけでなく1年間にわたる展示の期間中、エフェメラ類の充実とともに、わたしたちを包んでくれた。とても嬉しく、心からお礼申し上げたい。

 拙いわたしの報告「マルセル、きみは寂しそうだ。」も今回で終了となる。その間、平芳幸浩氏を始めとしたキュレーションを担当された方々や、美術館のさまざまな関係者のお世話になった。記して感謝の意を表したい「ありがとうございました」。この後、美術館では、1年間を報告する書籍の刊行を予定されていると聞く。そして、今年はマルセル・デュシャン没後50周年の節目の年。さらに、『散種』で予告されたように、ばらまかれ、芽吹き、育った者たちが、新しいデュシャン像や、デュシャン理解の言説を生み出していくだろうと期待する。先行世代としては「アンダーウッド」のスカートをこっそり捲って、デュシャンのサインをカメラに収めるくらいの、細やかな援護射撃を続けたいと思う。そして、もちろん、5回の連載とはいえ続けられたのは、ときの忘れもののブログを読んでいただいた皆様の温かい励ましの賜物、重ねてお礼申し上げたい。「皆様、ありがとうございました」。
いしはら てるお

fryer_cs12_wh-2fryer_cs12_wh-1
「キュレトリアル・スタディズ12:泉/Fountain 1917−2017」
会期:2017年4月19日[水]〜2018年3月11日[日]
会場:京都国立近代美術館 4F コレクション・ギャラリー内
時間:9:30〜17:00(入館は16:30まで)
   ※毎週金曜・土曜9:30〜20:00(入館は19:30まで)
休館:月曜(月曜日が休日に当たる場合は、翌日が休館)、及び年末・年始
   ※展示替期間:2017年6月13日(火)、8月8日(火)、10月24日(火)
企画:平芳幸浩(京都工芸繊維大学美術工芸資料館准教授)、牧口千夏(当館主任研究員)

1917年にマルセル・デュシャンによって「制作」されたレディメイド作品《泉》は、20世紀美術にもっとも影響を与えた作品として知られています。また1960年代のコンセプチュアル・アート以降、デュシャンの《泉》を解釈・解読すること自体が創作行為にもなっています。2017年4月に《泉》が100周年を迎えるにあたって企画されたこのプログラムでは、当館の所蔵作品だけでなく現代の美術家によるデュシャン解読の作例を加え、各回展示替えをしながら本作品の再制作版(1964)を1年間展示するとともに、さまざまなゲストを迎えて《泉》およびデュシャンをめぐるレクチャーシリーズを開催します。

●Case 5: 散種
2018年1月5日(金)〜3月11日(日)
キュレーション:毛利悠子(アーティスト)
クロストーク:2018年1月26日(金)午後6時〜 毛利悠子×浅田彰(批評家)
会場:京都国立近代美術館 1階講堂
※先着100名、聴講無料、要観覧券、当日午後5時より1階インフォメーションにて整理券を配布します。
(京都国立近代美術館HPより転載)
~~~~~
●ときの忘れものは本日11日(日)と明日12日(月、祝日)は休廊です

◆埼玉県立近代美術館で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が開催されています。現代版画センターと「ときの忘れもの」についてはコチラをお読みください。
詳細な記録を収録した4分冊からなるカタログはお勧めです。ぜひご購入ください(2,200円)。
会期:2018年1月16日(火)〜3月25日(日)
埼玉チラシウォーホル600現代版画センターは会員制による共同版元として1974年〜1985年までの11年間に約80作家、700点のエディションを発表し、全国各地で展覧会、頒布会、オークション、講演会等を開催しました。本展では45作家、約300点の作品と、機関誌等の資料、会場内に設置した三つのスライド画像によりその全軌跡を辿ります。

○<朝日新聞学芸部編『余白を語る』を買取り均一棚へ。難波田龍起のインタビューを一読(聞き手:米倉守)。
「私は松本竣介を弟と思ってきたが史男を失って竣介と史男が完全に重なってしまっています。そして父親は七十九歳で去り、光太郎は七十三歳で去ったのにみんな八十二歳の私より年長にみえます」
難波田龍起のページをまっさきに開いたのは、昨日、埼玉県立近代美術館でその作品を観てきたばかりだから。「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展、素晴らしかったです! 知らない作家や未知の作品をあんなに浴びたのはひさしぶり。まだちょっと興奮してます
「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展、個人的な備忘録。
菅井汲/スクランブル
岡本信治郎/つばめ
磯崎新/内部風景
難波田龍起/銅版画集『街と人』
北川民次/瀬戸の街
内間安瑆/FOREST BYOBU
ジョナス・メカス/I Leave Chelsea Hotel
関根伸夫/おちるリンゴ(を使った高橋悠治ポスター)
「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展。栗山豊が収集したアンディ・ウォーホル関連の大量の資料を見られたのもうれしかったです。数ヶ月前、栗山豊の作品集『PORTRAITS』が入荷し、その際スクラップブックの存在も知ったのですが、まさかこんなすぐにお目にかかれるとは!
「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展。もうひとつうれしかったのは、展覧会の半券が、すぐそばのディスクユニオン北浦和店の割引券になること! しかもこの日読み始めた幸松肇『世界の弦楽四重奏団とそのレコード』で知ったばかりのシャンペイユSQのラヴェルが見つかり、心の中で雄叫びが(笑)

(20180208/古書ほうろうさんのtwitterより)>

西岡文彦さんの連載エッセイ「現代版画センターという景色が始まりました(1月24日、2月14日、3月14日の全3回の予定です)。草創期の現代版画センターに参加された西岡さんが3月18日14時半〜トークイベント「ウォーホルの版画ができるまでーー現代版画センターの軌跡」に講師として登壇されます。

光嶋裕介さんのエッセイ「身近な芸術としての版画について(1月28日ブログ)

荒井由泰さんのエッセイ「版画の景色―現代版画センターの軌跡展を見て(1月31日ブログ)

スタッフたちが見た「版画の景色」(2月4日ブログ)

毎日新聞2月7日夕刊の美術覧で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が紹介されました。執筆は永田晶子さん、見出しに<「志」追った運動体>とあります。

倉垣光孝さんと浪漫堂のポスター(2月8日ブログ)

○埼玉県立近代美術館の広報誌 ソカロ87号1983年のウォーホル全国展が紹介されています。

○同じく、同館の広報誌ソカロ88号には栗原敦さん(実践女子大学名誉教授)の特別寄稿「現代版画センター運動の傍らでー運動のはるかな精神について」が掲載されています。

現代版画センターエディションNo.154 木村茂「森の道 I」
現代版画センターのエディション作品を展覧会が終了する3月25日まで毎日ご紹介します。
154_木村茂《森の道機木村茂
「森の道 I」
1977年
銅版(作家自刷り)
イメージサイズ:20.0×18.0cm
シートサイズ:約30.5×28.5cm
Ed.75 サインあり

パンフレット_05
出品作家45名:靉嘔/安藤忠雄 /飯田善国/磯崎新/一原有徳/アンディ・ウォーホル/内間安瑆/瑛九/大沢昌助/岡本信治郎/小田襄/小野具定/オノサト・トシノブ/柏原えつとむ/加藤清之/加山又造/北川民次/木村光佑/木村茂/木村利三郎/草間彌生/駒井哲郎/島州一/菅井汲/澄川喜一/関根伸夫/高橋雅之/高柳裕/戸張孤雁/難波田龍起/野田哲也/林芳史/藤江民/舟越保武/堀浩哉 /堀内正和/本田眞吾/松本旻/宮脇愛子/ジョナス・メカス/元永定正/柳澤紀子/山口勝弘/吉田克朗/吉原英雄
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
20170707_abe06新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。18〜24頁にときの忘れものが特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

石原輝雄のエッセイ「マルセル、きみは寂しそうだ。」第4回

石原輝雄のエッセイ「マルセル、きみは寂しそうだ。」─4

『読むと赤い。』

展覧会 キュレトリアル・スタディズ(12)
    泉/Fountain 1917─2017
    京都国立近代美術館4階コレクション・ギャラリー
    2017年4月19日(水)〜2018年3月11日(日)

Case-4 デュシャンを読む: リサーチ・ノート
    キュレーション: ベサン・ヒューズ(アーティスト)
    2017年10月25日(水)〜12月24日(日)

---

MR4-01平安神宮大鳥居 10月26日(木) 13:34


京都は紅葉の季節。4月から始まった『泉』の誕生100周年祝賀企画も6ヶ月目に入り、ウェールズ出身の美術家ベサン・ヒューズによる展示が10月25日から始まっている。この報告がアップされる頃には岡崎公園も錦秋に染まり、足元には木々の落葉が幾枚も重なって、気持ちよく歩いているだろう。地表の弾力と眼の喜び、そして、踏みしめる音。身体の感覚の元となっている色とりどりの葉が、ベサンの仕事に繋がるのではと思う。

---

MR4-02Case-4の展示


MR4-03


 彼女が2007年から始めた『デュシャンを読む: リサーチ・ノート』のプロジェクトは、作者だけでなく、観る者によっても作品が作られると云うデュシャンの言説に触発されたようで、興味深い。美術館の壁面を埋め尽くしたベサンのA4シートはおよそ700枚。様々な写真や資料、書籍のページをコピーして余白に書き込んだ思考の痕跡が、仏語と英語の間を行き来し、メモ的なデッサンや所々に貼られた各色の付箋、新しいA4シートへと続く解釈が、さらに核心へ迫るのか? デュシャンの回りで溺れるのか? これに立ち入ろうとしたけど、日本語世界のわたしには難しい。美術史家や評論家、哲学者や収集家といった分類に属さず、デュシャンと同じ意味での美術家によるアプローチは、ファイルに入って、無造作に留められたA4シートのように美しい── で、どうして、彼女はデュシャンの虜になってしまったのかと26日のアーティスト・トークに参加しながら考えた。

 もちろん、デュシャンへの関心は『泉』(1917年)が最初。そして、ターニングポイントとなった作品が幾つかあり、修正されたレディメイドの『薬局』(1914年)もそのひとつと聞いた。彼女は「水辺に枯木の立っている風景」を手に翳し(シートだから可能)、透かし見ながら、「赤と青」の点が盤上に立つキングとクイーンに見えると、楽しげな様子。これはデュシャンに心を奪われたひとの眼差しだ。彼女はチェスを知らなければデュシャンは判らないと、駒の動きを勉強された。でも「ルールは学んだけれど、プレイはできない」と打ち明けられ、世界の半分を支配する男性と、お喋りな女性に言及され、チェスの勝敗を決する真ん中のライン、ニュートラルな部分こそデュシャン的だと。「頭脳によるスポーツの代表格」と云われるチェスの世界を使ってデュシャンと共に思考の動きを解読しようとする行為は、純粋な楽しみなんだろうな。トークの観客をまず『薬局』の前に誘い、初手の白い駒を進めた彼女の戦術は、上手くいったと思う。収集家の世界では、チェスのアイテムには特別の愛好家が存在し、しばしば、高騰する。それで、わたしの場合、入手出来ない目に何度かあった(これは関係ないか)。

 次いで、現物が展示されているレディメイドの『罠』(1917年)から音符を読む試み。音楽もデュシャンを理解する重要な要素として勉強されたとベサン。チェスの1プレイヤーが32音符と呼ばれるのも偶然ではないとも。そして、マス目の64に繋がるとの視覚的な連想。さらに、『泉』のシルエットで切り抜かれた写真からカトリックの三位一体説に触れ、デュシャンの家族観へと展開。カトリックの勉強もされたベサン。これ以上、ゲームを楽しむ彼女の熱いレクチャーに深入りすることは避けるが、宗教やフェミニズムへの配慮、『貞淑さの楔』での男性器への指摘などには、文化の違いから戸惑いを覚えた。

 試合の展開を俯瞰できるチェスと異なり、脳内で繰り広げられ、絞り出されてA4シートに落ちたイメージの往復運動は、対戦相手がフランスの代表選手であるが故に、凡人では、理解できない。「他者を自作へとしばる」デュシャン流の戦略は、ゲームのルールを『泉』を使って開示した初手のインパクトゆえの勝利であるのだろうな。時代や人間に共通する問題提起、解決の方法であるとしても。

---

MR4-04『薬局』などのシート


MR4-05Bethan Huws(1961 - )


MR4-06『罠』などのシート


MR4-07常設展示室 10月26日(水) 15:49


 男も女も、そうでない人も、デュシャンの仕掛けた「罠」に捕まり、もがき苦しんでいるように思う。身近にもいる、そうした人たちは「わたしは違う」と言い訳した後に、作品やメモと云った思考の断片に取り組み、私的な解釈を、逆説的だけど「楽しげに」発表されている。読んでみると悦楽さえ感じさせる不思議な例が多い。哲学的であり、破綻しないように論を進める身振りが、網膜の喜びの側にいるわたしには苦しい。マン・レイはチェスの試合よりも駒のデザインに関心を持ち「問題などなにもない、だから解決などということもないのだ」とする友人に対して「解決があるだけである」と明るく、この前段に「感ずると同時に思考している頭脳がみせる異常は、どれもつねに興味深いものである」と『セルフ・ポートレイト』(千葉成夫訳、美術公論社、1981年刊、384-385頁)に書いている。いけない、いけない、デュシャンの「罠」に捕まりそうだ。

 それにしても、今回のベサン・ヒューズが、示したインスタレーションは、観客も彼女と共に、「迷宮で」デュシャンを楽しむ仕掛けに満ち、前3回の展示と比べて『泉』を身近に感じた。展示台に置かれたレディメイドも接近可能な状態であり、カメラ片手に盗撮に近い気分(したことはありません)で、『旅行用折りたたみ品』(1916年)や『三つの停止原基』(1913-14年)を覗いた。美的な意味を解釈してはいけないそうだけど、美しいのだから仕方がない。加えて、今回の展示でわたしの心が一番騒いだのは、レディメイドが入っていた木箱の意匠。初めて覗いた『秘められた音で』(1916年)の、内貼りのオレンジ色がエロティック。この色、平安神宮の大鳥居に続いてないかしら

----

MR4-08『泉』(部分) (1917/1964)


MR4-09『旅行用折りたたみ品』(1916/1964)


MR4-10『三つの停止原基』(部分) (1913-14/1964)


---

MR4-11『お尋ね者』などのシート


MR4-12

 
MR4-13Bethan Huws著『Research Notes』(2014年刊)の『貞淑さの楔』掲載頁(343)、


 アーティスト・トークの会場で、直接、「デュシャンと色」との関係を尋ねてみれば良かったのだけど、機会を逸してしまった。後日、再訪した折『お尋ね者』(1934年)からの付箋紙で「RED / READ」から「ROSE / ROUGE」へと繋がる単語を読んだ。デュシャンと言えばグリーンだと単純に思っていたけれど、『お尋ね者』での色使いの為か、「赤」から「読んだ」が連想され、さらに、寓意に満ちた「薔薇」「口紅」へとデュシャンをリサーチするベサン。「READ」は、彼女にとって特別の、意味ある動詞のようで、過去の作品でも重要なモチーフになっている。「READ」は、過去形も「READ」と綴り、発音が「RED」になるのは、よく知られている。デュシャンを読むと、木々の葉は赤く色づき、やがて風に舞って、足の周りに落ちてくる。寒暖の差が激しい不安な世界、美術館の壁面を埋め尽くしたベサンのA4シートが、どのように落下するのか? 襟を立てながら待っていたい。

---

MR4-14


MR4-15岡崎公園 11月9日(木) 16:24


---

MR4-16参考資料 左上 ホッチキス留め


MR4-17チラシ 表・裏


MR4-18盤上(?)の『秘められた音で』など


 さて、京近美では、アーティスト・トークで配付された平芳幸浩氏の参考資料8枚(両面刷り)の他に、折り畳んだ紙を拡げ、2枚並べてチェス板の64マスを演出するチラシなど、紙モノ好きの琴線に触れるアイテムが、続々と登場している。尚、来年1月5日(金)からの最終回(Case-5)は、アーティスト・毛利悠子さんの『散種』。批評家・浅田彰氏とのトークや、富山県美からの特別ゲスト上洛も予告され、今から期待が膨らんでいる。

続く

いしはら てるお

fryer_cs12_wh-2fryer_cs12_wh-1
「キュレトリアル・スタディズ12:泉/Fountain 1917−2017」
会期:2017年4月19日[水]〜2018年3月11日[日]
会場:京都国立近代美術館 4F コレクション・ギャラリー内
時間:9:30〜17:00(入館は16:30まで)
   ※毎週金曜・土曜9:30〜20:00(入館は19:30まで)
休館:月曜(月曜日が休日に当たる場合は、翌日が休館)、及び年末・年始
   ※展示替期間:2017年6月13日(火)、8月8日(火)、10月24日(火)
企画:平芳幸浩(京都工芸繊維大学美術工芸資料館准教授)、牧口千夏(当館主任研究員)

1917年にマルセル・デュシャンによって「制作」されたレディメイド作品《泉》は、20世紀美術にもっとも影響を与えた作品として知られています。また1960年代のコンセプチュアル・アート以降、デュシャンの《泉》を解釈・解読すること自体が創作行為にもなっています。2017年4月に《泉》が100周年を迎えるにあたって企画されたこのプログラムでは、当館の所蔵作品だけでなく現代の美術家によるデュシャン解読の作例を加え、各回展示替えをしながら本作品の再制作版(1964)を1年間展示するとともに、さまざまなゲストを迎えて《泉》およびデュシャンをめぐるレクチャーシリーズを開催します。

●Case 4: デュシャンを読む:リサーチ・ノート
2017年10月25日(水)〜12月24日(日)
キュレーション:べサン・ヒューズ(アーティスト)
アーティストトーク:10月26日(木)午後3時〜
会場:4階コレクション・ギャラリー
※先着40名、聴講無料、要観覧券、当日午後2時より1階インフォメーションにて整理券を配布します。

●Case 5: 散種
2018年1月5日(金)〜3月11日(日)
キュレーション:毛利悠子(アーティスト)
クロストーク:2018年1月26日(金)午後6時〜 毛利悠子×浅田彰(批評家)
会場:京都国立近代美術館 1階講堂
※先着100名、聴講無料、要観覧券、当日午後5時より1階インフォメーションにて整理券を配布します。
(京都国立近代美術館HPより転載)

--------------------------------------------

●今日のお勧め作品は、マン・レイです。
20171122_ray_08_newyork-duchampマン・レイ
《ニューヨークのマルセル・デュシャン》
1921年
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:28.0×21.0cm
裏面にスタンプあり


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆ときの忘れものは「細江英公写真展」を開催しています。
会期=2017年10月31日[火]―11月25日[土]
293

細江先生は秋の叙勲で旭日重光章を受章されました。
●会期中、細江英公サイン入り写真集を特別頒布しています。

◆ときの忘れものは「メキシコ地震被災地支援・チャリティー頒布会」を開催します。
201711mexico
会期:2017年11月28日(火)〜12月2日(土)
出品100点のリストは11月11日ブログに掲載し、予約受付を開始しました。
全作品、一律8,000円で頒布し、売上金全額を被災地メキシコに送金します。
※お申込みの返信は、翌営業日となります。(日・月・祝日は休廊です。)


◆銀座のギャラリーせいほうで宮脇愛子展が開催されています。
201711MIYAWAKI「宮脇愛子展 last works(2013〜14)」
会期=2017年11月20日[月]〜12月2日[土] ※日・祝日休廊
会場=ギャラリーせいほう 
〒104-0061 東京都中央区銀座8丁目10-7 東成ビル1F
電話:03-3573-2468
最後の新作である油彩を中心に立体(ガラス、真鍮)、ドローイング、版画など。


●書籍のご案内
TAKIGUCHI_3-4『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』図録
2017年10月
ときの忘れもの 発行
92ページ
21.5x15.2cm
テキスト:瀧口修造(再録)、土渕信彦、工藤香澄
デザイン:北澤敏彦
掲載図版:65点
価格:2,500円(税別)*送料別途250円

*『瀧口修造展 I』及び『瀧口修造展 II』図録も好評発売中です。


安藤忠雄の奇跡安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言
2017年11月
日経アーキテクチュア(編)
B5判、352ページ
(NA建築家シリーズ 特別編 日経アーキテクチュア)
価格:2,700円+税 *送料:250円
亭主もインタビューを受け、1984年の版画制作始末を語りました。
安藤先生のサイン本をときの忘れもので扱っています。

六本木の国立新美術館では「安藤忠雄展―挑戦―」が開催されています。
会期:2017年9月27日[水]〜12月18日[月]
番頭おだちのオープニング・レポートはコチラを、光嶋裕介さんのエッセイ「安藤忠雄展を見て」と合わせてお読みください。
ときの忘れものでは1984年以来の安藤忠雄の版画、ドローイング作品をいつでもご覧になれます。

●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

石原輝雄のエッセイ「マルセル、きみは寂しそうだ。」第3回

石原輝雄のエッセイ「マルセル、きみは寂しそうだ。」─3

『ベアトリスの手紙』

展覧会 キュレトリアル・スタディズ(12)
    泉/Fountain 1917─2017
    京都国立近代美術館4階コレクション・ギャラリー
    2017年4月19日(水)〜2018年3月11日(日)

Case-3 誰が『泉』を捨てたのか
    キュレーション 河本信治
    2017年8月9日(水)〜10月22日(日)
---
MR3-01京近美4階展示室


MR3-02


MR3-03吊り下げられた『折れた腕の前に』『帽子掛け』『男性用小便器』、固定された『男性用小便器』『罠』

---
先日、美術館で再現された「リチャード・マット事件」の現場に行った。そこは、デュシャンのアトリエを連想させるような空間で、壁に映ったレディメイドの不気味な影と、例の小便器が吊り下がった奇妙な不安定状態がもたらす、犯行時の闇につつまれ、天井を見上げて無防備になったわたしは、雪かきシャベルと帽子掛けのシルエットを光源との関係から確認しつつ、ずんぐりした小便器の影は「認識出来ないな」と感じながら、幾枚かの写真を撮った。二本のロープで吊り下げられた小便器には「R.Mutt 1917」のサインがある。カメラを回すと入り口側の上部に、もう一つの小便器が固定して取り付けられており、これにもサインが認められる。でも、この2点、どこかおかしい。視線を戻して暗い部屋を進むと、最奥正面に雑誌『ザ・ブラインド・マン』第2号の該当頁が複写して掛けられているではないか、美術館で時折見かける他館貸出中の表示パネルみたい。シュヴァルツ版の『泉』はどこにあるのだろう。眼が慣れてA4サイズの解説シート5枚に気がついた。どうやら、ここに再現されているのは、主役が顔を出した雑誌、会場、デュシャンのアトリエ、再制作展示と云った場面であるらしい。

MR3-04影など


MR3-05雪かきシャベル『折れた腕の前に』


 監視員を避けて部屋を左側から出ようとすると、扉が開いていて長細い物置のような空間の奥に、台座に載せた『泉』が置かれている。側面のガラスに反射しているようでもあり、容易には近づけない。先の解説シートによると「独立美術家協会展の仮設壁裏の状況を試みた」とあるが、わたしのようなデュシャンに関する生半可な知識で事件現場を回るのは、危険極まりないと改めて思った。

MR3-06『泉』シュヴァルツ版6/8と男性用小便器の影


MR3-07大西洋を越えるとピカビアとマン・レイが待っている

---
 さて、今回の『泉』誕生100周年を祝う連続企画第3回のキュレーションは京近美のシュヴァルツ版購入に尽力された元・学芸課長の河本信治氏。「リチャード・マット事件」で『泉』の現物が消えた真相を聴きたいと9月2日(金)夕方からのレクチャーに参加した。
 デュシャンの知人である作曲家エドガー・ヴァレーズが交通事故にあった1916年8月30日を事件考査の開始日とし、独立美術協会展の発足、翌年4月7日の『泉』会場到着、9日の展示拒否決定、『ザ・ブラインド・マン』第2号の発行を経て、スティーグリッツが291画廊を閉鎖した7月1日までのタイムテーブルに、登場人物の役割を当てはめながら「誰が『泉』を捨てたのか」の核心に迫って行った。──と書きたいところだが、最新研究を踏まえた調書も、主犯がマルセル・デュシャンとなると、もともと事件があったのか否かといったところまで、論を戻す必要もあって、困惑すると云うか、興奮してしまった。現代美術のイコンとして崇められる(?) スティーグリッツが撮影し雑誌に掲載された『泉』が、実際に会場へ持ち込まれ、一瞬「観ることが出来る状態で彫刻台の上に置かれていた」現物だったのか? 現物だったとしても、照明やカメラアングルの他に映像を加工しているといった指摘もあるらしい。その為に、「写真を最重要資料」として再現した「三次元的レプリカ」のシュヴァルツ版は、現物から乖離しているのではないか? スティーグリッツが用いたカメラの機構やレンズの性質をわたしは知らないので、判断を保留するけど、最新の画像解析技術が真実に近づくとは、とても思えない。いや、思いたくない。もちろん、購入されたとするパナマモデルの画像よりもシャープな形状になっているとは認めるけど。これにも、「背面が平らなベッドフォードシャー型」と云う研究があったりして、ややこしい。河本氏の解説とこちらの思考が入り乱れてしまった。氏は小便器複数説によって「グランド・セントラル・パレスでのアンデパンダン展会場仮設壁裏より消失」「デュシャンが回収後、アレンズバーグが紛失」「スティーグリッツが撮影後、ギャラリー291閉廊時に紛失」と云う3場面を解き明かしてくれた。これは、推理小説、2時間ドラマの世界。前2回同様に、レクチャーの内容が文字化されることを期待したい。でも、手にしたら「デュシャンピアン病」が発症するかしら、こちらは「マン・レイ狂い病」だから、合併症はいやなんだけど(笑)。
---
MR3-08

 
MR3-09モダン・ギャラリー開設案内(左)とアルフレッド・スティーグリッツの肖像


MR3-10


 4階の常設展示室に戻った。犯行現場の闇はずいぶん明るくなっている。改めて雑誌『ザ・ブラインド・マン』第2号とイモジェン・カニンガムが撮ったスティーグリッツの肖像写真、モダン・ギャラリーの開設案内の前に立った。100年前の真相に迫る困難と「時限解除鍵」を手に出来る世代の楽しみを感じた。マン・レイは独立美術家協会展に油彩『魂の劇場』(後に『女綱渡り芸人はその影を伴う』と改題)を出品(会期中に「リチャード・マット事件」に抗議して取り下げたとも言われる)したが『自伝』(1963年)によると、スティーグリッツが作品の前で「まるで何か振動しているみたいだ、本当にほとんど眼もくらむばかりだ」(千葉成夫訳)と言ってくれたと誇らしげに書いている。事件の共謀者ではあったが、ルイーズ・ノートンと共に後から参加した扱いで、彼の役割が何だったかは判らない。マン・レイが撮った『泉』の写真が現れたら、世紀のニュースになるのだけど、それまで、生きているかしら(ハハ)
---
MR3-11『帽子掛け』、『帽子掛け』の影、『罠』


MR3-12上部にシドニー・ジャニス版『泉』を模した男性用小便器

---
 今回のCase-3では、京近美が2016年度に購入したマン・レイの2作品が初公開された。『糊の時代』は、日本で大規模な回顧展が最初に催された1984年に招来したコラージュで、机上を掃除する家政婦を助ける抜群の一品。1935年作のオリジナルはイギリスにあるはずだが、本作は1970年のレプリカ3点の内の3/3。もう1点は『自画像』で、こちらは「リチャード・マット事件」の時代に近い。原作は失われたと云うが1916年12月のダニエル画廊での第2回個展に出品されたもので、「もの笑いの種になった」「純粋な発明品」。これも『自伝』によると「黒とアルミ色の地のうえに電気のベルふたつと本物の押しボタンを取付けたものだった。中央部分には、手を絵の具のパレットに付けてその手形を署名みたいに記してあるだけだった。ボタンを押してみた人は、ベルが鳴らないのでがっかりした。」マン・レイは「創造において観客も積極的な役割をになうことを望んでいただけである。」(千葉成夫訳)としている。デュシャンの考えにつながる部分もあるが、マン・レイは気楽で楽しい。尚、本作は1970年にジョルジュ・ビザが版元となってアクリル版にシルクスクリーンで刷った再制作品で限定40部の内の21/40。ボタンもベルもイメージになってしまって、現在では美しいばかり、その為に長い引用となった、お許しいただきたい。加えて2点とも近年のデンマークやスウェーデンでの回顧展に登場していた事を報告しておきたい。

MR3-13マン・レイ作品3点、左から『糊の時代』『アングルのヴァイオリン』『自画像』


 事件現場から、フランシス・ピカビアの「機械的構図」「アストロラーブ」、マン・レイの「アングルのヴァイオリン」を加えた3点が掛けられた壁面との間は、大西洋が横たわるように輝いて広い。ニューヨークの短いスキャンダルの時代は、第1次世界大戦の終結と共に終わったように思う。「誰が『泉』を捨てたのか」の問は、犯人探しであるよりも、権威に対する反抗が、後年、小便器に謎を纏わせイコン化させる戦術で補強されたと、考えたい。それにしても、「現場」は美術館の展示室。京近美が1987年に「政府の貿易摩擦解消緊急経済対策の一環」として、『泉』を含むシュヴァルツ版のレディメイド13点を約1億円で購入した後、展示室のガラスケースに『折れた腕の前に』と並んで、台座の上に『泉』が置かれていた情景をわたしは思い出す(当時は「常設展示室7」と呼ばれていた。美術館ニュース『視る』259号参照)。その後、展示室は改装され、ガラスケースは展示壁に覆われた。あの時の『泉』が、90度向きを変えて仮設壁裏からわたしたちを見ていると思えてならない。今回の展示が終わって扉が閉ざされた後、『泉』の亡霊に怯えて展示室に入る姿を今から想像してしまった。---除霊しなければ。
 それで思ったのだが、デュシャンのアトリエ写真(1917年頃)から再現した小便器とシドニー・ジャニス画廊の出入り口上部に掲げた(1953年)小便器を模した2点は「誰が捨てるのだろう」、機会があったら「R.Mutt 1917」のサイン・シートを貼った方に尋ねてみたい。河本氏の話では、再現に用いた壁掛小便器は常滑市のジャニス工業の製品(U120BW1)で「シドニー・ジャニス版とシュヴァルツ版の折衷的な」形状だと云う。同品をネット検索したら1点1万円だった。デュシャンピアンの方なら注文されるでしょうね。──愛する小便器との生活、愛欲に溺れないようご注意下さい。

MR3-14ニューヨークのスタジオで吊るされた状態の『泉』を模した男性用小便器

---
MR3-15『ザ・ブラインド・マン』第2号他


 京近美の『ザ・ブラインド・マン』第2号と1988年に対面した時は、ガラスケース越しだったが、今回の連続企画第1回の折に冊子仕様のコピーが配布されたので、今、それを手にしている。紙モノ好きには、こちらの魅力も捨てがたい。率直な感想を述べればアンリ=ピエール・ロシェ(37歳)、マルセル・デュシャン(29歳)、ベアトリス・ウッド(24歳)による男女の三角関係から生まれた雑誌と言ってもよいように思う。『泉』のスキャンダルを全面に押し出し、進歩的な女性による女性賛歌と、そこに取り込まれコケにされた「理想主義的急進主義者」のスティーグリッツ。悪ふざけは、それとして、別のところに書いているベアトリスのエッセイ「マルセル」(雑誌『アールヴィヴァン』第31号特集=ニューヨーク・ダダに収録)を読んで、わたしは青春の悲しみに涙した。彼女は愛するデュシャンの印象について「顔の上半分は生きていて、下半分は死んでいる状態を多くのひとが目撃している。若い頃にことばにはできない程のトラウマを被ったひとのようだった。」(矢内みどり訳)と書いている。わたしたちは、それぞれにトラウマを抱えて大人になって行くけれど、「意味のないことだよ」とマルセルのようには言えないのである。
 外に出ると月明かり。コレクターとしての人生は、ほとんど終わってしまって、意味を付け加えようとする余生ばかりが、暗く立ち込めている。やはり、今宵も一杯やりたいな。わたしのベアトリスは手紙を書いてくれるのだろうか?

MR3-16岡崎公園


続く

いしはら てるお

fryer_cs12_wh-2fryer_cs12_wh-1
「キュレトリアル・スタディズ12:泉/Fountain 1917−2017」
会期:2017年4月19日[水]〜2018年3月11日[日]
会場:京都国立近代美術館 4F コレクション・ギャラリー内
時間:9:30〜17:00(入館は16:30まで)
   ※毎週金曜・土曜9:30〜20:00(入館は19:30まで)
休館:月曜(月曜日が休日に当たる場合は、翌日が休館)、及び年末・年始
   ※展示替期間:2017年6月13日(火)、8月8日(火)、10月24日(火)
企画:平芳幸浩(京都工芸繊維大学美術工芸資料館准教授)、牧口千夏(当館主任研究員)

1917年にマルセル・デュシャンによって「制作」されたレディメイド作品《泉》は、20世紀美術にもっとも影響を与えた作品として知られています。また1960年代のコンセプチュアル・アート以降、デュシャンの《泉》を解釈・解読すること自体が創作行為にもなっています。2017年4月に《泉》が100周年を迎えるにあたって企画されたこのプログラムでは、当館の所蔵作品だけでなく現代の美術家によるデュシャン解読の作例を加え、各回展示替えをしながら本作品の再制作版(1964)を1年間展示するとともに、さまざまなゲストを迎えて《泉》およびデュシャンをめぐるレクチャーシリーズを開催します。

●Case 3: 誰が《泉》を捨てたのか
2017年8月9日(水)〜10月22日(日)
キュレーション・講師: 河本信治(元・当館学芸課長)
レクチャー:9月2日(土)午後6時〜7時30分
会場:京都国立近代美術館 1階講堂
※先着100名、聴講無料、要観覧券、当日午後5時より1階インフォメーションにて整理券を配布します。

下記は、詳細が決まり次第当ページにてお知らせします。
●Case 4 
2017年10月25日(水)〜12月24日(日)

●Case 5
2018年1月5日(金)〜3月11日(日)
(京都国立近代美術館HPより転載)

--------------------------------------------

●今日のお勧め作品は、マン・レイです。
20170921_ray_06_portrait_kaoマン・レイ 
"顔"(『ファースト・ステップス』より)
1920年撮影(1971年制作)
ゼラチン・シルバー・プリント
イメージサイズ:25.2×14.2cm
シートサイズ:25.2×14.2cm
限定8部
裏面にスタンプあり


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

石原輝雄のエッセイ「マルセル、きみは寂しそうだ。」第2回

石原輝雄のエッセイ「マルセル、きみは寂しそうだ。」─2

『鏡の前のリチャード』

展覧会 キュレトリアル・スタディズ(12)
    泉/Fountain 1917─2017
    京都国立近代美術館4階コレクション・ギャラリー
    2017年4月19日(水)〜2018年3月11日(日)

Case-2 He CHOSE it.
    キュレーション 藤本由紀夫(美術家)
    2017年6月14日(水)〜8月6日(日)
---

MR2-1会場のiPad画面 タイトル部分を黄色で表示


MR2-2リチャード・マット事件(多田羅珠希訳)


---
 藤本由紀夫さんの作品と初めて接したのは、大阪江戸堀の児玉画廊での個展だった。ずいぶん昔の事である。最近では京都四条大宮のクマグスクで移住空間的に遭遇。音への耐性を持たない身には、視覚と聴覚とのコラボで新しい感覚を幾つか頂戴した。わたしの場合には「眼」が先行していると思うが、今回の『泉/Fountain 1917-2017』年間企画での、氏によるマルセル・デュシャン解釈が、どの辺りにあるのか、現代の美術家にとって、避けて通れないデュシャンの呪縛が、どう消化されているのか、そんな事に興味を持ちながら、拝見させていただいた。
 京都国立近代美術館4階奥の展示室「D」は中央の壁によって観客の素通りから展示を守っているようで、入り口の位置関係からか、わたしの場合は日本画などを観ながら右回りで入室する事が多い。今回は大きな箱と暗幕が張られた先にカメラが置かれた暗い部屋になっていて、見世物小屋の期待感が漂う。そして、カメラの背後に立つと鏡の世界が広がって思わず吸い込まれてしまった。視覚移動は奥から始まり手前のファインダーに繋がる仕掛。『泉』が背中越しに4つの表情を見せ、物質感を消して視覚だけに訴えかける様子。藤本さんは眼の位置を何処へ誘導しようとしているのだろう。ぼんやりとピントグラスに逆さの像が浮かび上がっている。
---

MR2-3


MR2-4


MR2-5


 「左右は逆なのに上下はそのままに視える」鏡の不思議が鏡面との距離を反映した結果と知ったのは最近であるが、「普通の眼」しか持たない者にとって、この世界が四次元の影であるとしたら、合わせ鏡が投影する世界は光速の中にあり「影」を自明にする装置は時間と共にあるだろう。マン・レイは運動を色彩によって現そうとしたが、デュシャンは分割写真の並置による残像で解決しようとした。『階段を降りる裸体 No.2』(1912年)の後に現れた便器についての解釈は、さまざまあるが、時間の問題を取り込み、便器の後ろ姿の「カッコ良さ」に着目した藤本さんが、レンズを挟んで像の上下を逆にし、イメージが飛び去るのを防いでいるように思えた。ルーペを使ってピント面を確認したいところだけど美術館の展示室では許されないね----次回はギャラリースコープを持参しなくちゃ。
 暗い部屋の入り口付近に置かれた研究書の頁では、デュシャンが写る20世紀初頭に流行した合わせ鏡による肖像写真が紹介されている。便器を持ち込んだ同じ年の秋、ブロードウェイの写真館で撮らせたと云う。

---

MR2-6キャロライン・エヴァンス著『機械的微笑 フランスとアメリカにおけるモダニズムと初期ファッションショー 1900-1929』(イェール大学出版、2013年刊) 48-49頁


---

MR2-7


MR2-8ウォルター・ホップス、ウルフ・リンデ、アルトゥーロ・シュワルツ編著『マルセル・デュシャン: レディメイドなど』(テラン・ヴァーグ、1964年刊)


MR2-9マルセル・デュシャン『不定法にて(ホワイト・ボックス)』シート「次のようなものの間の類似」(1966年刊)


---
 6月23日(金)の夕方、美術館1階講堂で藤本由紀夫さんの講演会が開かれた。各座席に『ザ・ブラインドマン』のコピーが置かれているので、驚き、今回の年間企画に対する関係者の熱意に恐れ入った。資料コピーの扱いじゃなくて、全16頁の冊子仕様。聴講者が溢れている。展覧会タイトルの「彼はそれを選んだのだ。」の「彼」はご自身の訳だから、話題は興味深い。デュシャンの発言から「作品を見る者にも、作品をつくる者と同じだけの重要性をあたえるのです。」や「芸術は選ぶことになる。」などを紹介しながら、友人から土産品として貰ったデュシャン展(メニル・コレクション、1987年)のカタログの裏面に飾られた「便器の後ろ姿」の美しさに気づいた体験を語られ、効果確認の為の紙製便器が肉付きされ、しだいに、デュシャンに成りきる作家の日常が面白い。合わせ鏡に便器を鎮座させるアイデアでの展示は、『泉』100年を祝福する世界中のどこかの美術館で採用される恐れがあるので、5期に別れた年間企画の早いタイミングでの展示をお願いしたと藤本さんは告白されていた。尚、前回の平芳幸治氏と同様、講演の内容は後日、文字起こしされると聞いた。紙モノが、どんどん生み出される展覧会、これは、すごい、そして、嬉しい。

MR2-10藤本由紀夫『VEXATION』(2017年、作家蔵)


MR2-11藤本由紀夫『passage(la vierge/la Mariée)』(2014年、作家蔵)


MR2-12藤本由紀夫『here & there』(2010年、作家蔵)


MR2-13藤本由紀夫『ECHO (A RIGHT ANGLED) ver.2』 (2001年、西宮市大谷記念美術館蔵)


---
 新作の『VEXATION』は壁に向かって開かれ、後ろ姿を意識させるものの、キャサリン・ドライヤーに繋がる「いまいましさ」へは、『Tu m'』の解釈を聞かないとたどり着けない。今回、藤本さんが選んだ作品(?)たちは、鏡に関するもので、音速から遠く離れ、視覚のズレと脳による再構成でなっている。眼の学習が必要な面持ちで、それぞれの視点を探した。像を結ぶと云うけれど、裏返された像は何処にあるのだろう? ヘリコイドを回す代わりに身体を移動させてしまった。
 暗い部屋に戻って暗幕と便器の間で「自分」の見え方を観察。『泉』に仮託したデュシャンは五人だけど、鏡を写すわたしの像は四人。世界の果ては後頭部にあると若い時に聞いたけど、わたしも又、どこに行こうとしているのだろう。藤本さんが用意した観客の立ち位置は、セットされたカメラの背後であるかと思う。スティーグリッツの肩越しにピント面を覗き込むリチャード・マット氏の身振りも想定された事だろう。

MR2-14R.Mutt氏になった気持ちの筆者が四人


MR2-15京近美の玄関から見上げた平安神宮大鳥居など 


---
 マン・レイの写真集(カイエ・ダール、1934年刊)に寄せたデュシャンのエッセイ『鏡の前の男たち』は、文学的レディメイドとして知られているが、最終段には「鏡は彼らを眺める。彼らは気を取り直す。入念に、まるでネクタイを結ぶように、格好をつくる。図々しく、まじめくさって、自分の顔付を意識しながら、あたりを見廻し、さて世の中に対面するのである。」(『マルセル・デュシャン語録』(1968年刊)収録『鏡の前の男たち』(瀧口修造訳)、78-80頁。以下引用も同じ)とある。

 講演会が終わり、近くの古書店で雑談した。「便器の後ろ姿と云うけれど、実用では見上げるんだよね、とばっちりが来そう」などと続けると品がないけど、先のエッセイの書き手はデュシャンを意識して「およそ美男というものは恋にふさわしくない。」と文中で述べた後、「だが恋に向いているのは偉大な醜さなのであって」とマン・レイを連想させ「偉大な無口男たちは沈黙のかげに豊かなものを持っているか、何も持っていない。」と段落を終えている。「何も持っていない。」無口男は夜更けに大鳥居を見上げ、改めてリチャードには近づいちゃいけないと思うのだった。

続く 

いしはら てるお

fryer_cs12_wh-2fryer_cs12_wh-1
「キュレトリアル・スタディズ12:泉/Fountain 1917−2017」
会期:2017年4月19日[水]〜2018年3月11日[日]
会場:京都国立近代美術館 4F コレクション・ギャラリー内
時間:9:30〜17:00(入館は16:30まで)
   ※毎週金曜・土曜9:30〜20:00(入館は19:30まで)
休館:月曜(月曜日が休日に当たる場合は、翌日が休館)、及び年末・年始
   ※展示替期間:2017年6月13日(火)、8月8日(火)、10月24日(火)
企画:平芳幸浩(京都工芸繊維大学美術工芸資料館准教授)、牧口千夏(当館主任研究員)

1917年にマルセル・デュシャンによって「制作」されたレディメイド作品《泉》は、20世紀美術にもっとも影響を与えた作品として知られています。また1960年代のコンセプチュアル・アート以降、デュシャンの《泉》を解釈・解読すること自体が創作行為にもなっています。2017年4月に《泉》が100周年を迎えるにあたって企画されたこのプログラムでは、当館の所蔵作品だけでなく現代の美術家によるデュシャン解読の作例を加え、各回展示替えをしながら本作品の再制作版(1964)を1年間展示するとともに、さまざまなゲストを迎えて《泉》およびデュシャンをめぐるレクチャーシリーズを開催します。

●Case 2: He CHOSE it.
2017年6月13日(水)〜8月6日(日)
キュレーション:藤本由紀夫(美術家)
レクチャー:6月23日(金) 午後6時〜7時30分
会場:京都国立近代美術館 1階講堂
※先着100名、聴講無料、要観覧券、当日午後5時より1階インフォメーションにて整理券を配布します。

●Case 3: 誰が《泉》を捨てたのか
2017年8月9日(水)〜10月22日(日)
キュレーション・講師: 河本信治(元・当館学芸課長)
レクチャー:9月2日(土)午後6時〜7時30分
会場:京都国立近代美術館 1階講堂
※先着100名、聴講無料、要観覧券、当日午後5時より1階インフォメーションにて整理券を配布します。

下記は、詳細が決まり次第当ページにてお知らせします。
●Case 4 
2017年10月25日(水)〜12月24日(日)

●Case 5
2018年1月5日(金)〜3月11日(日)
(京都国立近代美術館HPより転載)

--------------------------------------------

●今日のお勧めは、『マルセル・デュシャン語録』特装版です。
takiguchi2015_selected_words
『マルセル・デュシャン語録』
1968年
本、版画とマルティプル
外箱サイズ:36.7×29.8×5.0cm
本サイズ:33.1×26.0cm
サインあり
A版(限定部数50部)
1968年7月28日
東京ローズ・セラヴィ 発行
販売:南画廊


duchamp_03マルセル・デュシャン
〈マルセル・デュシャン語録〉より
《プロフィールの自画像》
A版所載の印刷版複製
1968年
29.4×23.0cm
マルセル・デュシャンと著者の自筆サインあり


takiguchi2015_roseselavyportrait瀧口修造
マルセル・デュシャン
〈マルセル・デュシャン語録〉より
《ウィルソン・リンカーン・システムによるローズ・セラヴィ》
1968年
サインあり


takiguchi2015_roseselavyportrait2角度によって見え方が変化します


johns_02ジャスパー・ジョーンズ
〈マルセル・デュシャン語録〉より
《夏の批評家》
1968年
レリーフ版画
サインあり


tinguely_02ジャン・ティンゲリー
〈マルセル・デュシャン語録〉より
《コラージュ・デッサン》
c.1967年
シルクスクリーン
サインあり


arakawa_02荒川修作
〈マルセル・デュシャン語録〉より
《Still Life》
1967年
サインあり


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

移転記念コレクション展
会期:2017年7月8日(土)〜7月29日(土) 11:00〜18:00 ※日・月・祝日休廊
※靴を脱いでお上がりいただきますので、予めご了承ください。
※駐車場はありませんので、近くのコインパーキングをご利用ください。
201707_komagome_2出品作家:関根伸夫、北郷悟、舟越直木、小林泰彦、常松大純、柳原義達、葉栗剛、湯村光、瑛九、松本竣介、瀧口修造、オノサト・トシノブ、植田正治、秋葉シスイ、光嶋裕介、野口琢郎、アンディ・ウォーホル、草間彌生、宮脇愛子、難波田龍起、尾形一郎・優、他

◆ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

12

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分、名勝六義園の正門からほど近く、東洋文庫から直ぐの場所です。
14

『石原輝雄 初期写真 1966-1972』

石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」番外編─3

新刊『石原輝雄 初期写真 1966-1972』のお知らせ


manray28-1


---

『石原輝雄 初期写真 1966-1972』 写真: 石原輝雄 テキスト: 山本悍右 銀紙書房 2017年刊

限定25部  角背上製本 144頁 サイズ 21x15cm。 書容設計・造本(パピヨンかがりによる手製本): 石原輝雄  限定番号・サイン入り。 本文: Aプラン・ピュアホワイト 71.50kg 製本裏打ちクロス: キハラ100cm巾色番号4087 表紙カバー: キュリアスIRパール 103kg 印刷: エプソン PX-504A

---

 新しい本『石原輝雄 初期写真 1966-1972』を上梓して「ときの忘れもの」さんに納品した。3月後半からテキストの入力を始め、書容設計、面付け、印字出力、造本と作業を続けておよそ3ヶ月、時間に余裕が生じた生活(定年退職再雇用終了なのです)となったお陰で短期間に全25冊の造本を終える事ができた。銀紙書房と名乗っての本作りについては、昨年の3月まで連載させていただいた「マン・レイへの写真日記」で報告しているけれど、今回は角背上製本の写真集、新しい挑戦となった。

manray28-2表紙エンボスにタイトル表示


 これまでに銀紙書房の刊行物で上製本としたものには、『マン・レイと彼の女友達』(1978年、限定8部) 『マン・レイとの遠近法』(2001年、限定3部) 『青い言葉と黒い文字』(2006年、限定8部) などがある。一般的な上製本(ハードカバー)は中身よりも大きめのボール紙などに裏打ちしたクロスを貼り付け、包んで仕上げた本で、耐久性があり手触りにも優れている。しかし、わたしが造本した場合、表紙と本文のスムーズな開きを得るのが難しく、不満が残る結果となっていた。frgmの皆さんのような本格的ルリユールに憧れつつも、技術も道具も持ち合わせない身、教室に通わねばと思いつつ、恥ずかしいと躊躇していた。今回、新しい本を写真集で計画、写真の印字出力と本紙の相性テストをすると連量を71.50kg程度にする必要があり、厚みの関係から従来の並製本では、本としてのたたずまいが破綻してしまうと判断、上製本に取り組まねばと思ったのである。8月に刊行日を設定し、井上夏生さんの解説書『手製本レッスン』を読みながら造本テストを繰り返した。「クータ」の使用など、多くのヒントを与えていただき感謝している。

---

manray28-3「目次」7頁


manray28-4「名古屋10.21」41頁


 新刊の報告を「物としての本」の側に当ててしまうのは、わたしの悪い癖であるけど、一切合切を一人でやる楽しみについては、知ってもらいたい。銀塩写真の焼付をしていた頃と同じように、プリンターから出力される用紙を見ている。わたしの場合「本」が自己表現の手段であり、作品なのである。それ故に、版画と同じように限定番号とサインを入れる。

---

 マン・レイ作品の収集と研究を、自己癒着することなく続けていけるのは(本人談です)、展覧会での公開と「本」の制作を通した客観化であると思う。このところの終活にともなうネガ整理の過程で、マン・レイに魅了される以前の日々に関心を持った。そこには「どうしてマン・レイなのだろう」と云う根源的な問の回答があると思うのである。中学3年生で撮り鉄をしていたわたしが、中部学生写真連盟高校の部に関わって、写真による現状認識から自己改革に目覚め、学生運動ではなく「私写真」の側に表現の場を得た過程は、「きみは記念写真よりほかに撮れなくなってしまう。写真は決してきみを裏切らない。」と云う顧問であった故山本悍右先生のエッセイ「高校生写真のこと」からの影響だった。70年安保を挟んだ50年ほど前の名古屋での出来事、ここにわたしが居るのである。20歳までに撮影したフィルムは35mmで246本、自選した写真は51枚。「目次」で示したように「高校生写真」「名古屋10.21」「鉄道ファン14歳」「S.L.」「Halation」「飛行機雲」の6編に別けて構成した。以下にそれぞれの写真を紹介したので、ご理解いただけると思う(詳細を「あとがき」に書いたので、読んで頂けたら嬉しい)。

manray28-5「高校生写真」


manray28-6「名古屋10.21」


manray28-7「鉄道ファン14歳」


manray28-8「S.L.」


manray28-9「Halation」


manray28-10「飛行機雲」


---

シュルレアリスト山本悍右

 本書では、前述した故山本悍右先生のエッセイ2編を再録する事ができた。どちらも1967年に発行された中部学生写真連盟の機関誌に発表されたもので、高校生向けの「高校生写真のこと」には副題として「技術は君たちにとって何か?」とあり、これは二度目の再録、わたしは高校3年生の時に先輩(故杉山茂太氏)から頂いた「フォト・オピニオンNo.1」からガリ版切りで転記し、集会で使用したのだった(当時の様子については「山本悍右とフォト・オピニオン」と題して季刊『リア』14号で報告した)。もう1遍は大学生向けの「闇の中の二枚の証明書」で、友人(山崎正文氏)からコピーの提供を受けた。つたない、わたしの写真群だけでは、時代と状況が蘇らないと思うが、今日では容易に読むことの叶わないエッセイの中に含まれる「静かな抵抗」を取り出せたことが、わたしにとって喜びとなった。
 先生は1914年のお生まれで、15歳の頃から詩作をされ、17歳で「独立写真研究会」に参加された早熟の人。発禁処分を受けたシュルレアリスム詩誌『夜の噴水』の編集・発行人であり、「ナゴヤ・フォトアバンギャルド」のメンバー。生涯を前衛写真家、詩人として過ごされ、1965年頃から10年程度中部学生写真連盟の顧問として後進の指導に当たられた。1987年に亡くなられたが、没後再評価され東京ステーションギャラリー(2001年)やゲッティ美術館(2013年)などで大規模な回顧展が開かれている。尚、本年4月、日本芸術写真協会から作品集が刊行された。

manray28-11「高校生写真のこと」46-47頁


manray28-12「闇の中の二枚の証明書」88-89頁


---


 本書の造本過程をブログ「マン・レイと余白で」で報告したところ、訪問者のTさんが「本がいきなり現れるのではなく、ブログを通じてですが徐々に生成している過程も手に取った作品にしみわたっています。」と書いてくださった。望外の喜びである。造本を終え、積み上げた「物としての本」に、もう一人のわたしがうっとりしている。「美しい」---でも、全冊、引き取ってくれる方が現れるか? 恐る恐るの告知が始まります(22日)。

manray28-136月21日(水)に全冊造本終了。


いしはら てるお


●今日のお勧め作品は、山口長男です。
001_山口長男山口長男
「裸婦」
1981年
リトグラフ
Image size: 51.5x42.0cm
Sheet size: 59.0x44.0cm
Ed.30  サイン、印あり

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆ホームページのWEB展を更新しました。2017年1月〜6月までの青山時代の企画展・アートフェア出展の記録をまとめました。

駒込開店5日前(画廊亭主敬白)
久しぶりの休日。社長は駒込開店前の合間を縫って家事のあれこれを片付けなければならず、少々お疲れ気味。
上掲の石原さんの手作り本『石原輝雄 初期写真 1966-1972』は完成と同時に完売になったようです。その内容の濃さ、造本の美しさをよく知る亭主はずいぶん前から京都にラブレターを再三送りつけ、何とか確保いたしました。
7月7日のお披露目の折には、お客様専用の「図書室」にぜひ並べたいと思っております。
本日7月2日は敬愛する恩地孝四郎、そして岡鹿之助の誕生日です。
亭主が日本映画史上の最高傑作と称揚してきた蔵原惟繕監督の「執炎」の主演女優、浅丘ルリ子さんの誕生日でもあります。
え〜、そしてですね(何をごちゃごちゃ言ってるのか)、亭主は本日無事に72歳を迎えることができました。好きな仕事をしながらこの日を迎えることができ、愛する家族、友人、お客さま、そしてわがままな亭主をサポートしてくれる若いスタッフたちには心より感謝いたします。
学生時代には「画商」という商売があることも知らず、何かわけのわからない運命の糸に引きずられ美術界に入って43年にもなりました。
69歳のときに「画商生活40年」と題して写真アルバムをつくりかけたのですが、1995年の49歳で息切れしてしまい、中途半端なままです。何とか後半50歳以降のどったんばったんもまとめたいと思っています。期待せずにお待ちください。

〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

ささやかですが、新しい空間のお披露目をいたします。
2017年7月7日(金)12時〜19時(ご都合の良い時間にお出かけください)
12

JR及び南北線の駒込駅南口から約10分、名勝六義園の正門からほど近く、東洋文庫から直ぐの場所です。
ときの忘れもの
blogランキング

ギャラリー&編集事務所「ときの忘れもの」は建築家をはじめ近現代の作家の写真、版画、油彩、ドローイング等を扱っています。またオリジナル版画のエディション、美術書・画集・図録等の編集も行なっています。
ときの忘れもの
ホームページはこちら
Archives
Categories
最新コメント
記事検索
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ