建築家の版画とドローイング

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第25回

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」

第25回 スイス住宅事情


Wohnung 01_2

今回はスイスの、クール(Chur)の住宅事情について紹介します。

実は最近のこと、今住んでいる部屋が手狭になってきたので新しい住居を探していました。
日本で住居(賃貸物件)探しをする場合、まず賃貸仲介業者へ赴いて諸条件を話し、提案される物件の中から気に入った数件を担当者とともに訪れ、気に入ればそこに決める。物件は需要に比べて供給過多で、運良く気に入ったものが見つかれば割と簡単に引っ越し先を決めることができます。こうした方法が一番オーソドックスな探し方ではないでしょうか。

スイスでは少し違います。チューリッヒなどを見ると近年になって目覚ましく高層住宅が建てられているものの、僕が数年前に住んでいた時は空き家率ゼロに近いと言われていたくらい、住居探しには苦労しました。そこまではいかないにしても、ここクール(Chur)も条件によってはなかなか難しいところがあります。


ではスイスに住んでいる人はどうやって住まいを探しているのか?

まずいくつかの賃貸物件検索サイトがあり、いわゆるシェアハウスを探す場合はwgzimmer.ch、自分で借りる場合はnewhome.chやcomparis.chなどのサイトがあります。(とは言え、掲載されている物件は重複していることが多く、たくさんの検索エンジンを使う必要はありません) そこで自分にあった条件を入力してフィルターをかけて物件を探します。

試しにnewhome.chを見てみましょう。
サイトには現状の写真と図面、簡単な説明書きが載っていて、不動産屋(貸主)の連絡先さらには今現在住んでいる借主の連絡先もわかります。というのも、多くの場合は貸主へ連絡するのではなく現借主にアポイントを取って、彼らがまだ住んでいる住居にお邪魔して物件を見て、いろいろと話を聞くからです。実際に住んでいてどういう感じか、周辺や近隣住人からの生活音はどうなのか。なぜ引っ越すことにしたのかなど。。。
そして気に入ればあらかじめ貸主から現借主へ渡された応募用紙を受け取って必要事項(氏名生年月日はもちろんのこと、勤め先や年収、現貸主の連絡先を記入、ペットの有無や楽器を持っているか、家財保険に入っているかなども聞かれます)を記入して応募します。
ここでの重要ポイントは誰よりも早く応募すること、そして自身に支払い能力があるかどうかです。日本でも言われていたように、家賃は給料の三分の一以下であることを推奨されます。そして貸主は応募者の勤務先や現貸主に連絡をしたり、多くの場合は支払い経歴証明書の提出を求めたりと、将来の借主になる人の今までの素行を調べます。そこまでされると、何も悪いことはしていないけれど、何だかそわそわしてしまう自分がいます笑。

また、スイスにはアルファベットのLCGNFBで分けられた6種類のビザがあり、その種類によって滞在許可(可能)年数も変わってくる。もちろん貸主は同じ人に長く貸し続けたいから、それも一つの判断基準とされています。
そういったプロセスを経て、貸主は借主を決める。これから借りようとする人はそうしたテストみたいなものをパスしなければいけませんし、もちろん他の応募者との早い者勝ちの競争でもあります。


スイスでは多くの貸主と契約する際に、引っ越し(出ていく)可能な時期を決めます。それはほとんどの場合、例えば3、6、9月といった具合で一年で数回あります。そしてその引っ越しの三ヶ月前までに退出する旨を貸主に伝える。その時期による引っ越しが適わない場合は、住んでいる人の都合であるため、自分で次に住む人を探さなくてはいけません。
貸主にとってこのシステムは貸家を断続なく貸し続けることができるという意味で効果的、経済的です。一方で借主にとっては、結構な負担になります。自分が住んでいる部屋を複数の赤の他人に紹介することになるし、もちろん多くの人は自分たちの部屋をより良く見せようと清潔に整えようとする。そして大抵見に来るのはお互いに最も忙しい夕方か週末です。
これから借りようと見にくる人にとっても、全く知らない人のお家にお邪魔する遠慮感があり、また既にある家具が邪魔して部屋の正確な広さを把握しにくかったり、逆におしゃれな家具で部屋のイメージがよくなったりもします。


スイスに住んでいる人が気にする条件は、日当たりはもちろんのこと、広いバルコニーやテラスがあるかないか。そして設備が整っているキッチンがあるかどうか。僕の印象では、住居全体の部屋数や大きさに比べて、キッチンとそこに占める割合がやけに大きい。冷蔵庫と食洗機、オーブンは造り付けの場合が大半で、自分たちでそれら電化製品を持ってくるのではなく、それらを住居と一緒に借ります。

Wohnung 11_2

僕の家のキッチンはレトロでコンパクトに整っており、コックピットのように機能的でしたが、それは珍しいことでした。



僕が住居を探していて驚いたことは、シャワーがあるのにバスタブがない住居が意外に多いという事実です。日本でいう2LDKくらいの住居でもゲスト用のトイレが別にあるにもかかわらず、プライベートバスルームにはトイレ、洗面台とシャワーブースだけというのもざらにあります。ある改装したての物件を見学中になぜバスタブを付けないのかと不動産に聞くと、例えば高齢の方はバスタブを跨いで入るのが億劫なのでシャワーで済ませる人が多く、そういった人たちのニーズにも応えるためだということです。バスルームのスペースやバスタブを造りつけるコストの問題ではなく、ニーズがない。ほとんど毎日お風呂に浸かる習慣のある日本人の僕には結構びっくりな事実でした。

また、日本と大きく違うのは洗濯です。時には住居に洗濯機や乾燥機が完備されていますがそれは稀。大抵の場合は地下に共同の洗濯室があって、そこで週に1日ないし2日のインターバルで洗濯日が回ってきます。今日は天気が良いから洗濯して外に干そう!なんていう楽しい気まぐれは通用しません笑。大規模なマンションになると、その住戸数に対応して洗濯室は4、5部屋あるものの、8日間に一回しか洗えなかったりする。ということは単純に考えて、8日分の服装の組み合わせが必要になってきます。シャツや靴下を8日分揃えるだけでも、コストも収納場所もかかります。それはかなりハードルが高い。。。



僕の住んでいる建物はかつて自動車工場として戦後すぐに建てられ、今は改修され部分的にオフィスとしても使われている比較的古い建物です。そこに60年代増築された部分に住居があります。
次はどんな人が引っ越してくるのか。リビングの二倍以上あるテラスや小さくまとまったキッチンなど、なかなか住み手に使い方を求める住居であったので、その新しい人がどういう風に住居を使い倒していくのか。一人の建築家としてとても興味を持っています。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。
2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

●今日のお勧め作品は、バルビエです。
20180125_barbier_01バルビエ
"CHANSONS DE BILITIS"
*『LES ARTISTES DU LIVRE』より
1929年
ポショワール
イメージサイズ:20.3×17.2cm
シートサイズ:25.8×20.4cm
Ed.700

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆ときの忘れものは「ボブ・ウィロビー写真展〜オードリー&マリリン 」を開催しています。
会期:2018年4月10日[火]―4月28日[土]
11:00-19:00  ※日・月・祝日休廊

数々のスターが主演するハリウッド映画のメイキング・シーンを撮影してきた「スペシャル」フォトグラファー、ボブ・ウィロビー。ときの忘れもので2回目となる写真展を開催します。1950-60年代に撮影したオードリー・ヘップバーンとマリリン・モンローのポートレートをご覧いただきます。
詳しい出品リスト(25点)はホームページに掲載しました。
また10万冊を所蔵する雑誌図書館六月社の協力を得て、映画専門誌以外のオードリー・ヘプバーンとマリリン・モンローのゴシップ記事などを掲載した30年ほど前の雑誌60種類を図書室で公開しています。ぜひ手にとってご覧になってください。
201804_willoughby

●出品作品を順次ご紹介いたします
01_A120_Audrey-Studio-Carボブ・ウィロビー
《Hepburn, Audrey, 1953
Audrey Hepburn getting into a car after her first photo shoot at Paramount, having recently finished her first film "Roman Holiday," 1953.》(A120)

※「ローマの休日」
1953(Printed in 2004)
ゼラチンシルバープリント
Image size: 34.2×25.3cm
Sheet size: 40.6×30.2cm
Ed.200
ボブ・ウィロビー直筆のイニシャルと遺族のスタンプとサインあり


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◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。
 ・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」は毎月19日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
----------
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・土渕信彦さんの新連載「瀧口修造の本」(仮題)を5月から開始予定です。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました(時々番外編あり)。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は随時更新します。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・西岡文彦のエッセイ「現代版画センターの景色」は全三回、1月24日、2月14日、3月14日に掲載しました。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は終了しました。
 ・関根伸夫のエッセイ「〈発想〉について[再録]」は終了しました。
 ・倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は終了しました。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は終了しました。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は終了しました。
 ・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は終了しました。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は終了しました。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は終了しました。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は終了しました。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第15回

佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」

第15回 インドのプロジェクトについて、石山修武さんとのやりとり

インド・シャンティニケタンの家づくりの仕事をひとまず終えて日本へ帰国した後しばらくして、師である石山修武さんへその報告をした。できあがった写真数枚と掲載された新聞を見せ、若干の説明を言葉で加えただけであるが、石山さんはやはり透かして見ているかのようにその核心を突き止めてくる。その批評を、すぐに自身のウェブサイトに載せていただいている。(2018年4月4日現在、計10の文章)http://setagaya-mura.net/jp/top.html#sato-india-10

1


自分がインドで仕事を成したかったのは、何となく今まで生きてきた日本、特に東京という馴染みある環境に、自分自身の思考や手の動き、デザインの幅をはめ込みたくなかったからである。ともすれば、今自分が置かれている環境に順応し、満足してしまう自身の甘さを知っているので、自分を律するためにインドでの仕事を求めた。自分を律するとは、必ずしも自律、インディペンデントな振る舞いではなく、インドという巨大な未知に依っていきながら、むしろ閉塞しがちで固まりがちな自分の思考を解そうとしたのである。

2


石山さんが指摘するように、インド・シャンティニケタンで出来上がった家は、現地の鉄筋コンクリートの躯体と日本の木工技術の並存こそが重要である。本来、建築設計は施工全体を監理し、その施工の精度に配慮すべきでもあるが、シャンティニケタンの家では鉄筋コンクリートの躯体工事には私は現地に行かずにメールのやりとりのみの遠隔的な介入にとどまった。もちろん基本的な形状、平面形はあらかじめこちらで設計した図面によって指示を出しているが、特に構造的に必要となる梁と柱の接合部や、壁や床との取り合いなどについては現場の職人あるいは現地のコンストラクターらによる判断によって決められた。現場も小さかったため、いわゆる現場の監理は施主自らがほぼ毎日現場に通って、コンストラクターと協議をしてもいた。つまり、原形は作っていたにせよ、鉄筋コンクリート躯体の部分は私の手からはかなり遠く離れたところで現れ出たのである。なので、その後の日本の木工技術の付加は、鉄筋コンクリートと木造の周到な組み合わせのデザインというよりかは、いわゆるリノベーションのような、鉄筋コンクリートという既に存在する躯体に対して、取り付くように木造を内部に付加した。であるから、現場での判断は欠かすことはできず、木造、内部造作の工事段階では、私は現場に寝泊まりして滞在し、同じく滞在していた日本からのチームメンバーと共にほぼ一からデザインを組み立て直したのであった。

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石山さんからの、「それ故に写真で見る限り、柱、梁が内部に露出して線状の構造が少しばかりうるさい。日本的大工の線状形態の家具や、装置群とハレーションをおこしている。」(「佐藤研吾のインドでの仕事 6」)という指摘は、まさにその通りで、インドの現場が作り上げたあまり洗練されてはいない野暮な鉄筋コンクリートの造形に対して、抽象的で慎ましい表情の木工造作を対置するわけにも行かず、むしろハレーションを起こし、その内部空間においてそれぞれの造形がストラグルしながら応答するようなデザインを選んだ。設計段階においては、大江宏の香川県立文化会館を特に参照し、その鉄筋コンクリートと内部木造の同居からうまれる荘厳さを生み出そうとも試みたが、スケールの違いゆえに、実際の現場ではモノの質感と量感よりかはそれらの外形線、造形のぶつかり合いが強く出すぎてしまった感もあり、それは口惜しい。

4


次に続く、「安藤忠雄のコンクリートは柱、梁の線をすべて壁や床に埋め込んだところが特色である。佐藤研吾はまだそのコンクリートの状態を充分に身体化していない。すでに安藤のボキャブラリーは共有財産であるから、学んだ方が良い。」のアドバイスは粛々と受けて、次の現場で取り組まなければいけないことである。実はちょうど、今回のシャンティニケタンの家を見学に来た別のインドの人から、安藤忠雄のような家を作りたい、と相談を受けていたところであったので、インドの場当たり的な現場をどのように対峙し、洗練と野暮の同居をコントロールしていくか、次の課題である。

やはりインドの仕事をやっているときには、他者をもって自分自身を律しているのがより強く自覚できる。特に建築という具体的なモノを扱いながら、自分の思考を確かめることができるのは何よりも嬉しいことだと改めて実感している。
さとう けんご

■佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。
URL: http://korogaro.net/

●本日のお勧め作品は、六角鬼丈です。
20180207_02六角鬼丈
「直景(雑創の森学園)」
2017年 シルクスクリーン
Image size: 36.5x69.0cm
Sheet size: 56.0x75.0cm
Ed.15 サインあり

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201804_willoughby


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 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は終了しました。
 ・関根伸夫のエッセイ「〈発想〉について[再録]」は終了しました。
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 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は終了しました。
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 ・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は終了しました。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は終了しました。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は終了しました。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は終了しました。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
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JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第24回

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」

第24回 設計スタディについて


今回は事務所での設計スタディの仕方について少しだけ紹介しようと思います。


建築は、実際に建てられて空間を体験する(住宅であれば住んで使ってみる)まではそれがどういったものになるのか、設計段階では建築家自身でさえも100%正確にイメージすることは難しいところがあります。だからこそスケッチし図面を描き、数え切れない模型を作り、また3Dソフトウェアを使って包括的に自分の設計を理解し、また擬似体験しイメージする。そうした多角的な方法を駆使して出来上がりの建築空間をクライアント、事務所内チームや施工する人たちと共有していきます。建築は本当に多くの人たちの力を借りないと造ることができないチームプレーの賜物なのです。
目的は同じでもその共有の仕方、“同じ方向を向いて“設計スタディを進めていくやり方は事務所によって本当に様々で、それこそが各々の建築事務所の、そしてそのデザインの特色を反映していると僕は思います。

建築設計の初期段階では、まずクライアントから、それが住宅であれ美術館であれ、必要諸室とその規模、具体的な使われ方について要望を聞き、どういった建築を作っていきたいのかを共有します。建築家は時にはクライアント自身も分かりかねている必要機能やその使われ方の具体的なイメージを与えられたプログラムからを考え直し、そこに変更を加え全く違った方向から考え直し提案をする。そして、その提案を元にスケッチや模型を作りながらデザインを詰めていく。


はじめに事務所のボスが訪れた計画敷地の印象や与えられたプログラムから簡単なイメージスケッチを描き、それをプロジェクトチームに預けて設計を始める、いわゆる「巨匠スケッチパターン」もあれば、クライアントからのプログラムをプロジェクトチームで徹底的に分析し、建築の外形よりもまず諸室を機能的に配置していく常套手段もある。一方で機能や敷地の条件以前に、面白く新しい空間体験とはどういうものだろうかと空間構成の設計スタディから始めて、そこからクライアントの要望を徐々に取り込んでいく方法など、建築家の友人知人からは各種いろいろなパターンを耳にします。もちろん最終的には誰もが建築を作っていくのであって、その過程はどれが良いとかいう問題ではありません。僕が強調したいのは、建築にはいろんな方向からそれを考えることのできる間口の広さがあり、そこがまた面白いところでもあるという事実です。


さて、ズントー事務所はどのパターンか。。
事務所で働き始める前に日本ではよく、“ズントーは建築を素材から考える“ という話をどこからか聞いていました。ちなみに当時僕が身近に感じていたのは、建物の床壁屋根の構成を決めてから最後にそこに素材を割り当てていく方法。例えばこの位置に壁を立てて部屋を作ることを決めてから、そこを青のスタッコ仕上げにして床をタイルにしようという思考プロセスです。そのため、僕には素材から考えるとは一体どういうことなのかよくわかりませんでした。
もちろん、ヴァルスの温泉施設(ピーターズントー設計)が地元で採れる有名な石を建材として使っていて。。。であるから建築を素材から考えている。「はぁなるほど、だからか!」という、そんなに単純な話ではないはずです笑。



僕がズントー事務所に来て一番はじめに驚いたのは、模型をコラージュのように作ることです。

多くの模型を作りながら設計の方向性を少しずつ決めていく。模型を作っていて偶然できてしまった面白い形に空間的な機能を見出したり、時には哲学的な意味を付加しながらそこからアイデアを発展させていく。そうした模型を大量に作りながらの設計スタディは、日本でもよく見られ、建築設計を進めていく上でのオーソドックスな手法であると言っていいと思います。
僕たちの事務所でも例に漏れず、模型は設計スタディの中心です。ただおそらく他と大きく違うのは、その模型材料が初めからかなり具体的であることです。

例えばある美術館のプロジェクトがあったとして、訪れた敷地の印象やクライアント、その地域の建築法規から与えられた条件を慮って、建築外形ないしヴォリュームが見えてきます。そこにどの機能をどこへ持って行こうかというプログラムの簡単な分配があり、それらが外に対して(公共として)閉じているべきか開いているべきかという空間属性の振り分けがあるとする。一方でここはソリッドであるべきだとか、ソフトであるべきかという素材の印象みたいなものが加わります。
一般的にその時点で作るのは「白模型」と言われる単色の素材による建築の構成を表す模型です。そこでの主題は空間構成であり、それ以外の、例えば素材とその色といった情報は見えていない。その始まりの模型は、日本でもよく使われているカードボードやスチレンボード、スタイロフォームといった建築模型材料で作られることが多い。

しかし僕たちは、いきなりレンガやコンクリート、金属や木材などの具体的な素材でコラージュのように建築を作っていきます。そしてそれらの材料は多くの場合、このプロジェクトの今その模型のために用意された、作られた部材ではありません。事務所内の工房にストックされている、また他のスタディ模型の屋根から拝借した。といったような、本来他の目的のために作られたものたちです。

その具体的すぎる始まりの素材は既に設計デザインとして念頭にあるものと一致していればそれで良いし、何も決まっていなければなんとなく合うものでいく。その際に、建築模型の縮尺と部材の縮尺(1/1)は合っていようがいまいが重要ではありません。空間構成を想像していく時に、既に具体的な素材があるという事実が大切なのです。その暫定的に選び取られた素材が設計最後までそのまま残るわけでもおそらくありません。(良い意味で)適当に選択された具体的な部材と、実はそれについて誰もよく知らない、逆にわからないままに始めることが、僕たちのインスピレーションを掻き立てて、ただ白い模型として抽象的に組み立てられていくはずだった空間構成をドライブさせ具体的に発展させていくのです。言い換えれば、僕たちの主題は始めから空間構成ではなく、「素材の見え方や扱い方を含めた空間構成」であると言えます。

そういう意味では、僕たちは「建築を素材から考える」ないし「素材の力を借りて考えていく」と言ってもいいかもしれません。

文章のみでプロジェクトの模型の挿絵を載せられない分、うまく伝えることができたかは自信がないのですが、僕たちの模型の作り方から、事務所の特徴やズントー建築を理解する手がかりみたいなものが少しでも伝えることができたとしたら幸いです。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にETH Zurichに留学。大学院修了後、建築家として活動する。
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◆杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。

◆埼玉県立近代美術館で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が開催されています。
会期:2018年1月16日(火)〜3月25日(日)
招待券をご希望の方は「ときの忘れもの」宛てメールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com
現代版画センターと「ときの忘れもの」については1月16日のブログをお読みください。
詳細な記録を収録した4分冊からなるカタログをぜひご購入ください(2,200円)。
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磯崎新(撮影:タケミアートフォトス)
埼玉チラシメカス600現代版画センターは会員制による共同版元として1974年〜1985年の11年間に約80作家、700点のエディションを発表し、全国各地で展覧会、頒布会、オークション、講演会等を開催しました。本展では安藤忠雄、磯崎新はじめ45作家、約280点の作品と、機関誌等の資料、会場内に設置した三つのスライド画像によりその全軌跡を辿ります。

【トークイベント】ウォーホルの版画ができるまで―現代版画センターの軌跡
日時:3月18日 (日) 14:00〜16:30
第1部:西岡文彦 氏(伝統版画家 多摩美術大学教授)、聞き手:梅津元(当館学芸員)
第2部:石田了一 氏(刷師 石田了一工房主宰)、聞き手:西岡文彦 氏
場所:2階講堂
定員:100名 (当日先着順)/費用:無料
〜〜〜〜
○<一昨日、ようやく行ってまいりました。
まずは、実にいい美術館ですね。あのあたりにあんな贅沢な展示場が(常設作品も含め)あろうとは
これまで知らなかったことを悔いた次第。
そして今回の版画の企画展ですが、とてもバラエティに富んだ選択と展示、ゆったりと楽しめる構成で、じゅうぶんに楽しませていただきました。
特に、磯崎新の建築「画」は、久々に「良き時代」の匂いを感じて、どこか懐かしくも、近年にない制作者のヴィジョンと自信の密度を感じることができました。
また、余談となりましょうが、一階の「Momasコレクション」の作品群も充実したもので、意外な驚きでした。

(20180304/TYさんからのメールより)>

西岡文彦さんの連載エッセイ「現代版画センターという景色が始まりました(1月24日、2月14日、3月14日の全3回の予定です)。草創期の現代版画センターに参加された西岡さんが3月18日14時半〜トークイベント「ウォーホルの版画ができるまでー現代版画センターの軌跡」に講師として登壇されます。

光嶋裕介さんのエッセイ「身近な芸術としての版画について(1月28日ブログ)

荒井由泰さんのエッセイ「版画の景色―現代版画センターの軌跡展を見て(1月31日ブログ)

スタッフたちが見た「版画の景色」(2月4日ブログ)

毎日新聞2月7日夕刊の美術覧で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が紹介されました。執筆は永田晶子さん、見出しに<「志」追った運動体>とあります。

倉垣光孝さんと浪漫堂のポスター(2月8日ブログ)

嶋吉信さんのエッセイ〜「紙にインクがのっている」その先のこと(2月12日ブログ)

大谷省吾さんのエッセイ〜「版画の景色−現代版画センターの軌跡」はなぜ必見の展覧会なのか(2月16日ブログ)

植田実さんのエッセイ「美術展のおこぼれ 第47回(3月4日ブログ)

土渕信彦さんのエッセイ<埼玉県立近代美術館「版画の景色ー現代版画センターの軌跡」展を見て(3月8日ブログ)

塩野哲也さんの編集思考室シオング発行のWEBマガジン[ Colla:J(コラージ)]2018 2月号が展覧会を取材し、87〜95ページにかけて特集しています。

○3月4日のNHK日曜美術館のアートシーンで紹介されました。

○月刊誌『建築ジャーナル2018年3月号43ページに特集が組まれ、見出しには<運動体としての版画表現 時代を疾走した「現代版画センター」を検証する>とあります。

○埼玉県立近代美術館の広報誌 ソカロ87号1983年のウォーホル全国展が紹介されています。

○同じく、同館の広報誌ソカロ88号には栗原敦さん(実践女子大学名誉教授)の特別寄稿「現代版画センター運動の傍らでー運動のはるかな精神について」が掲載されています。

現代版画センターエディションNo.189 オノサト・トシノブ「CeT4」
現代版画センターのエディション作品を展覧会が終了する3月25日まで毎日ご紹介します。
20180310オノサト・トシノブ
「CeT4」
1977年
布に特色刷り(刷り:富士製旗)
Image size: 120.0×80.0cm
Work size: 139.0×85.1cm
Ed.100


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

パンフレット_05
出品作家45名:靉嘔/安藤忠雄 /飯田善国/磯崎新/一原有徳/アンディ・ウォーホル/内間安瑆/瑛九/大沢昌助/岡本信治郎/小田襄/小野具定/オノサト・トシノブ/柏原えつとむ/加藤清之/加山又造/北川民次/木村光佑/木村茂/木村利三郎/草間彌生/駒井哲郎/島州一/菅井汲/澄川喜一/関根伸夫/高橋雅之/高柳裕/戸張孤雁/難波田龍起/野田哲也/林芳史/藤江民/舟越保武/堀浩哉 /堀内正和/本田眞吾/松本旻/宮脇愛子/ジョナス・メカス/元永定正/柳澤紀子/山口勝弘/吉田克朗/吉原英雄

ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第7回 愛といのち

日時:2018年4月3日(火)18:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:メゾ・ソプラノ/淡野弓子
   スクエアピアノ/武久源造   
プロデュース:大野幸
*要予約=料金:1,000円
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。

info@tokinowasuremono.com

◆ときの忘れものは「植田正治写真展ー光と陰の世界ーPart 供を開催します。
201803_UEDA
会場1:ときの忘れもの
2018年3月13日[火]―3月31日[土] 11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊(但し3月25日[日]は開廊)

昨年5月に開催した「Part I」に続き、1970年代〜80年代に制作された大判のカラー作品や新発掘のポラロイド写真など約20点をご覧いただきます。

●書籍・カタログのご案内
表紙植田正治写真展―光と陰の世界―Part II』図録
2018年3月8日刊行
ときの忘れもの 発行
24ページ
B5判変形
図版18点
執筆:金子隆一(写真史家)
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
価格:800円(税込)※送料別途250円

ueda_cover
植田正治写真展―光と陰の世界―Part I』図録
2017年
ときの忘れもの 発行
36ページ
B5判
図版33点
執筆:金子隆一(写真史家)
デザイン:北澤敏彦(DIX-HOUSE)
価格:800円(税込)※送料別途250円


●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
20170707_abe06新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。18〜24頁にときの忘れものが特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第14回

佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」

第14回 町のはずれの溶接屋さんとの共同について

インド・シャンディニケタンの家の内部をどのように設えるか。デザインを考える上で、まず念頭にあったのが、友人であり、大工を生業にしている青島雄大さんにインドへ来てもらうことだった。「日本の家」を如何にして作るかという課題に対して、「日本からインドへ作りに行く」という現在の出来事自体がその答えを担保し、そこからむしろ日本とインドとの間の距離、隔たりをどのようにデザイン、制作の中に取り組むかの試行錯誤に向かった。
したがって、内部の設えは自ずと木材を使ったものになった。日本から来た大工と、現地で調達する木材とのある種の共同の可能性も、ここでは意図するところである。

最終的にこの家の仕上げはとてもシンプルなものになった。シンプルというのは仕上げ材の種類が少なく、それぞれの取り合いが単純という意味である。モルタル、コンクリート、レンガ、鉄、ガラス、木。ややこしい接続金具はなく、大体はモルタルで埋めつぶすか、木ダボを差し込んだところに打ち込む釘留め程度のものであった。そうした材料を用いて、他にどのような異種の共同があり得るかを考え、また滞在中の限られた工期と予算も鑑みて、鉄を使った制作をしてみようと考えた。インドの多くの住宅はほとんどすべての窓に鉄格子をはめて防犯措置を施している。また門扉や柵も同様の鉄材で作られている。どれも日本のようなプロダクトメーカーがいるわけではなく、大体が町場の小さな溶接屋さんによるほとんどハンドメイドのものだ。

1ラタンパリの溶接屋さん。奥の鉄材の山から適当な材を引っ張り出してくる。だいたい毎日、二三人が働いていて、溶接機は二台あった。


こうした町場の小さなモノづくりによるデザインには大きな可能性を感じている。少なくとも、いきなり現地にやってきた我々と共同してくれるだけの融通さと技術の素朴さ、余白があるからだ。そこで、施主が制作した可動式の囲炉裏机の上に吊り下げる自在鉤と、一つ座机の骨組、そして日本に持ち帰ったある立体を制作してもらった。自在鉤とは囲炉裏の上に鉄鍋を下げて置くための釣り具で、部材間の摩擦を利用して、その高さを上下変えることができる装置である。よく日本の古民家などでは鯉の木彫りがその一部にあてられていたりするが、構造的には要は中心の棒を支える二点の接触部分を作れば良いので、すべて鉄で作ることにした。早速、溶接屋さんにオーダーするために原寸図を画用紙に描く。これはそのまま材を紙にあてて寸法を確認するためだ。また分かりやすいようにアイソメ図も描く。

2現地で描いた原寸図。工場に持って床に置いていたので泥んこである。


現場の家から歩いて10分くらいのところに、ラタンパリ(Ratanpali)という少し栄えた町があり、その裏手に小さな溶接屋さんがいる。そこに原寸図を持って行き、少々話して、使う材を選び、その材に切断する位置を墨付けしていく。墨付けは私がやり、職人さんに鉄オノかグラインダーで切ってもらう。そしてまた私が切った部材を手で持ちながら、部材同士を溶接して留めていく。作るモノの用途はあえて伝えない。基本的には切って付けるだけの作業なので、普段やっている窓の格子とさほど違いも無く、迷いがなければ直ぐ終わった。

3鉄の棒材を切る職人さん。


およそ10日間だろうか、この溶接屋さんへはほとんど毎日向かった。毎日職人さんらの作業を眺めていると、切断時にどんな形状の歪みが出てくるのか、どの部材から組み立てていけば形が決まっていくのか、など感触がつかめてくるものであった。また言葉は通じなくても、アーアー言いながら、切るジェスチャーをしたり、絵を描いたりすればやりとりも全く問題無い。

4自在鉤の部材の一部。ただし、このあといろいろ試行錯誤をしたので3,4回は部材を継ぎ足している。


5とりあえずの完成をみた自在鉤。背後にあるのは床の間。この床の間については次回以降に詳述したい。


さとう けんご

■佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。
URL: http://korogaro.net/

誤報でした(お詫び)
埼玉県立近代美術館で開催中の「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が3月4日のNHK日曜美術館のアートシーンで紹介されましたが、再放送はその日の夜にされており、11日(日)にはアートシーンの再放送はありません
会期:2018年1月16日(火)〜3月25日(日)
現代版画センターと「ときの忘れもの」については1月16日のブログをお読みください。
詳細な記録を収録した4分冊からなるカタログをぜひご購入ください(2,200円)。
埼玉チラシメカス600現代版画センターは会員制による共同版元として1974年〜1985年の11年間に約80作家、700点のエディションを発表し、全国各地で展覧会、頒布会、オークション、講演会等を開催しました。本展では45作家、約280点の作品と、機関誌等の資料、会場内に設置した三つのスライド画像によりその全軌跡を辿ります。

【担当学芸員によるギャラリー・トーク】
日時:3月10日 (土) 15:00〜15:30
場所:2階展示室
費用:企画展観覧料が必要です。
【トークイベント】ウォーホルの版画ができるまで―現代版画センターの軌跡
日時:3月18日 (日) 14:00〜16:30
第1部:西岡文彦 氏(伝統版画家 多摩美術大学教授)、聞き手:梅津元(当館学芸員)
第2部:石田了一 氏(刷師 石田了一工房主宰)、聞き手:西岡文彦 氏
場所:2階講堂
定員:100名 (当日先着順)/費用:無料
〜〜〜〜
○<『版画の景色 現代版画センターの軌跡』鑑賞。
前回訪れた時は十分な時間を持って見れなかったので、今回はリベンジマッチ。
版画で平面のはずなのに立体的に見えるような作品に心惹かれました。関根伸夫の『おちるリンゴ』、磯崎新の作品とか、あれ、他にもあったけど思い出せない…
関根伸夫さんの『大地の点』って言う鏡面仕上げの板のような作品も面白かった。あれ、端の方に染みのように色がついていて、屋根がないところに置いたら空が写って正に大地の点のようになるんだろうね。
小田襄さんの『銀世界ー夢』は金属の質感が出ていて、でもそこが何かとても美しく見えた。
こういうのも版画なんだねって言うのがこの小田襄さんの作品以外にもたくさんあって、新しいものにいっぱい出会えたのがこの展覧会の収穫です。
磯崎新さんの作品で印象に残ったのが『内部風景』って言うウィトゲンシュタインが共同設計した家、アルトーが収容されてた精神病院、そして磯崎さんの作品なのかな?がプリントしてある3点の連作のようなんですが、3作ともきれいに正方形。
なんでこれなのかわからないけどとても良かった。
そう言えば、一原有徳さんの作品な出会えたのも良かった。前に「日曜美術館」で実験的な版画を作るってことで特集されていて、すごい人がいるなと思っていたけど、実際見た作品は何物にも似てなくてとても不思議な作品でした。
ウォーホルの『KIKU』の連作がとてもウォーホルらしかった←って何言ってるのかわからないように見えるけど、あの写真から少しズレて書かれている線とかが本当にウォーホルなんだよね。
大谷石採掘所跡の地下空間にずらりと並べられたウォーホルの作品は写真で見ても壮観でしたね。
『版画の景色 現代版画センターの軌跡』は埼玉県立近代美術館も相当チカラを入れていたみたいですね。なんせ、チラシを4枚も作っているんですから。
今回は出口前の記録ファイルもじっくり見ることができました。展覧会お知らせの葉書とかあれが来たら本当にワクワクしちゃいますよね
とにかく圧倒的なボリューム、版画の海に溺れてみるのも良いんじゃないでしょうか。期間は3月25日迄とあと3週間あるので、皆さんぜひ行って見てください。

(20180304/タカハシさん のtwitterより) >

○<「版画の景色」展へ。“景色”という通り1枚の版画の中にも線やべたっとのせた色の積層や、かすれなどが見えてくる。版画がこんなに面白いとは。版画素人にはそもそもリトグラフ、シルクスクリーンの用語が分からず基礎知識の説明があるといいなと思ってたらあった、子供用のが(笑)これ先にほしかった
(20180302/雨宮佐藤明日香さんのtwitterより)>

西岡文彦さんの連載エッセイ「現代版画センターという景色が始まりました(1月24日、2月14日、3月14日の全3回の予定です)。草創期の現代版画センターに参加された西岡さんが3月18日14時半〜トークイベント「ウォーホルの版画ができるまでー現代版画センターの軌跡」に講師として登壇されます。

光嶋裕介さんのエッセイ「身近な芸術としての版画について(1月28日ブログ)

荒井由泰さんのエッセイ「版画の景色―現代版画センターの軌跡展を見て(1月31日ブログ)

スタッフたちが見た「版画の景色」(2月4日ブログ)

毎日新聞2月7日夕刊の美術覧で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が紹介されました。執筆は永田晶子さん、見出しに<「志」追った運動体>とあります。

倉垣光孝さんと浪漫堂のポスター(2月8日ブログ)

嶋吉信さんのエッセイ〜「紙にインクがのっている」その先のこと(2月12日ブログ)

大谷省吾さんのエッセイ〜「版画の景色−現代版画センターの軌跡」はなぜ必見の展覧会なのか(2月16日ブログ)

植田実さんのエッセイ「美術展のおこぼれ 第47回(3月4日ブログ)

塩野哲也さんの編集思考室シオング発行のWEBマガジン[ Colla:J(コラージ)]2018 2月号が展覧会を取材し、87〜95ページにかけて特集しています。

○月刊誌『建築ジャーナル2018年3月号43ページに特集が組まれ、見出しには<運動体としての版画表現 時代を疾走した「現代版画センター」を検証する>とあります。

○埼玉県立近代美術館の広報誌 ソカロ87号1983年のウォーホル全国展が紹介されています。

○同じく、同館の広報誌ソカロ88号には栗原敦さん(実践女子大学名誉教授)の特別寄稿「現代版画センター運動の傍らでー運動のはるかな精神について」が掲載されています。

現代版画センターエディションNo.162 難波田龍起「海の風」
現代版画センターのエディション作品を展覧会が終了する3月25日まで毎日ご紹介します。
難波田龍起「海の風」600難波田龍起「海の風」
1977年
銅版(刷り:木村茂)
18.0×27.9cm
Ed.35 サインあり
*現代版画センターエディション
※レゾネNo.53(阿部出版)

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

パンフレット_05
出品作家45名:靉嘔/安藤忠雄 /飯田善国/磯崎新/一原有徳/アンディ・ウォーホル/内間安瑆/瑛九/大沢昌助/岡本信治郎/小田襄/小野具定/オノサト・トシノブ/柏原えつとむ/加藤清之/加山又造/北川民次/木村光佑/木村茂/木村利三郎/草間彌生/駒井哲郎/島州一/菅井汲/澄川喜一/関根伸夫/高橋雅之/高柳裕/戸張孤雁/難波田龍起/野田哲也/林芳史/藤江民/舟越保武/堀浩哉 /堀内正和/本田眞吾/松本旻/宮脇愛子/ジョナス・メカス/元永定正/柳澤紀子/山口勝弘/吉田克朗/吉原英雄

ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第7回 愛といのち

日時:2018年4月3日(火)18:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:メゾ・ソプラノ/淡野弓子
   スクエアピアノ/武久源造   
プロデュース:大野幸
*要予約=料金:1,000円
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。

info@tokinowasuremono.com

◆ときの忘れものは「植田正治写真展ー光と陰の世界ーPart 供を開催します。
201803_UEDA
会場1:ときの忘れもの
2018年3月13日[火]―3月31日[土] 11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊(但し3月25日[日]は開廊)

昨年5月に開催した「Part I」に続き、1970年代〜80年代に制作された大判のカラー作品や新発掘のポラロイド写真など約20点をご覧いただきます。

●書籍・カタログのご案内
表紙植田正治写真展―光と陰の世界―Part II』図録
2018年3月8日刊行
ときの忘れもの 発行
24ページ
B5判変形
図版18点
執筆:金子隆一(写真史家)
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
価格:800円(税込)※送料別途250円

ueda_cover
植田正治写真展―光と陰の世界―Part I』図録
2017年
ときの忘れもの 発行
36ページ
B5判
図版33点
執筆:金子隆一(写真史家)
デザイン:北澤敏彦(DIX-HOUSE)
価格:800円(税込)※送料別途250円


◆佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
20170707_abe06新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。18〜24頁にときの忘れものが特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

「ジャパンーネス Japan-ness 1945年以降の日本の建築と都市計画」カタログ入荷しました。

今日の夕方はときの忘れものへ。現在開催されているのは韓国の若手作家、ハ・ミョンウンさんの個展
彼女の作品はアメリカの現代美術作品を引用、再構築した立体作品。一番印象的なのはロイ・リキテンスタインのブラッシュストロークを再構築した作品たち。パッと見てポップで美しいし、リキテンスタインの作品をなんとなくでも知っていたらニヤリとするし、更によく見てみると色違いのブラッシュストロークがそれぞれの板になって重ねられていることで、オリジナルの作品が持つ絵画の平面性への問題意識をずらして再生していることに気づかされる。
とはいえ、このシリーズ、最初からそういう意図で制作され始めたのではないらしい。元々は韓国で現代美術作品が賄賂として使われていたことに対する「作品がきちんと見れてもいない人たちが値段だけに目が眩んで」という風刺として作った作品だったのが、韓国を訪れたときの忘れもののご主人に「これはポップで面白い!」と目に留まったのだそう。いま日本で一番有名な韓国の現代美術作品「モルゲッソヨ」(金知鉉「BULLET MAN」)の話でも思ったんだけど、あるコンテキストで作られた作品の隠された魅力が異文化の人に発見される、という話は楽しいよね。

(林光一郎さんのブログより)>
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「ハ・ミョンウン展」は本日が最終日です。
最終日にもかかわらず、亭主は社長のお供で大雪(ん十年ぶりらしい)の福井県勝山に美味しいお酒とお料理、じゃなかった、福井の気鋭の若手の展覧会を拝見しに(仕事です)行ってまいります。
果たして、交通は大丈夫か、少々不安ではありますが・・・・

〜〜〜〜〜
●スタッフSのカタログ紹介
ジャパンーネス Japan-ness 1945年以降の日本の建築と都市計画

フランスが世界に誇るポンピドゥセンター、その分館であるポンピドゥ・メスにて2017年9月9日(土)から2018年1月8日(月)まで開催された、"Japan-ness. Architecture et urbanisme au Japon depuis 1945"のカタログが入荷しました

japan-ness-catalogue"Japan-ness : Architecture et urbanisme au Japon depuis 1945"
発行日:2017年9月20日
編集:Centre Pompidou Metz
ディレクター:Frédéric Migayrou
ページ数:342
言語:フランス語
寸法:28.6×21.5×3.2cm
価格:6000円+税
送料:250円

展覧会の内容については、今村創平先生によるブログ記事(2017年10月14日)をご覧ください。

カタログは1から10までフランス語で書かれており、紹介者としてあるまじきことに内容はチンプンカンプンなのですが、342ページと厚さに見合う大量の図面、写真、イラスト、模型画像が掲載されており、文字通り1945年から今日に至る日本の建築デザインの変遷を見る事が出来ます。

駒込の画廊にご来廊いただければ「立ち読み」も可能ですので、ご興味のある方は是非お出かけください。
しんざわ ゆう

◆埼玉県立近代美術館で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が開催されています。現代版画センターと「ときの忘れもの」についてはコチラをお読みください。
詳細な記録を収録した4分冊からなるカタログはお勧めです。ぜひご購入ください(2,200円)。
会期:2018年1月16日(火)〜3月25日(日)
埼玉チラシAY-O600現代版画センターは会員制による共同版元として1974年〜1985年までの11年間に約80作家、700点のエディションを発表し、全国各地で展覧会、頒布会、オークション、講演会等を開催しました。本展では45作家、約280点の作品と、機関誌等の資料、会場内に設置した三つのスライド画像によりその全軌跡を辿ります。

○<2018年2月6日大雪の新潟を後にした時はそれなりに時間のゆとりをもって出たつもりであったが、途中やはり2件の雪道事故や除雪渋滞に巻き込まれ、埼玉県立近代美術館に着いたのは閉館30分前と、全く余裕のない状況でのことであった。
平日の閉館間際と言うのに何人かの熱心な観覧者も見受けられ、かなりマニアックな展示会である為、入館者は限られるのではという一方的な思いは早くも裏切られることになる。
現代版画センターの活動は1974年に開始され、そこからおよそ10余年で活動を閉じる事になる。
この十年間は日本のサブカルチャーが世界に大きく花開いていく時期と重なる。
日本の美術界は日本画、洋画共にタブロー志向が強く、これほど版画が発達した日本にあっても
版画の位置は極めて低い状態が続いていた時代でもある。ところがこの日本において版画が注目を浴びる切っ掛けになる事件?が起こる。
1973年、ピカソの死去である。
ピカソは世界最大にして最高の芸術家であったのみならず、むしろ世界最大かつ最高の版画家としても高い評価を得ていた画家である。
これを機に細々と紹介されていた輸入版画の世界がいっきに日本国内で花開く。版画が世界的にも認知されたマーケットを持つ世界である事が遍く日本国内に認知された年でもあった。
その翌年に現代版画センターが活動を始動したのは偶然では無いように思える。
巨星ピカソの死去の後、ミロが1980年、シャガールが1985年と相次いで亡くなり、時代は大きく戦後から新世紀を迎えようとしている時代、それがこの現代版画センターの時代であったと思う。
ロックや漫画、アニメ、ファッション、建築、映画、写真と国内では今一つ大人の教養人が論ずるジャンルではないとされた分野において、多くの開拓者たちが生まれた時代であり、まさにその時代をトレスするかのように今回の現代版画センターが先進的に「版」というメディウムを使ってファインアートのジャンルでは括れないカテゴリーのアーティストたちの表現の場を与えてきた役割は今こうして振り返ってみても先進的である。
ファインアートの世界でも一部の現代美術のジャンルの若い芸術家たちにとって版画は最もプログレッシブで前衛的な表現形態であったと言う事が今回の展覧会では一望する事が出来るのである。
棟方志功が民芸運動の中で評価されその後世界で認められて初めて国内評価が固まったり、草間彌生も国内では長い間冷遇され続け、評価は世界文化賞まで待たなければならなかったそんな時代にまさに現代版画センターは確実に「現代」を切り取っていたのである。
アニメや漫画にいたっては言わずもがな。少年マガジンを中心に漫画から劇画へ大きく進化し始め、映画も黒沢、溝口、小津の3大ブランドからATG系や日活ロマンポルノ系に新たなウェーブが育ちつつあった時代。
もちろん背景には欧米のPOPカルチャーやヌーベルヴァーグが交差している中での出来事である。
現代版画センターの仕事はそんな背景の中、多くの若い芸術家たちと「版」の可能性を共に信じ表現の場を模索して行った、今の「ときのわすれもの」の主宰者様の熱い息吹が聞こえてきそうな展覧会となっている。
版画に携わる人間として、この会の企画を見れた事は改めて自らの立ち位置を再確認させてもらえた大変ありがたい機会であった。
期せずして今日から作品の入れ替えが行われて後期展示会が始まるとの事。
後期展も是非また訪れて見てみたい展示会であった。
この展示会を企画してくださった埼玉県立近代美術館の学芸の皆さんと膨大な資料と作品を大切に保管されてきた「ときのわすれもの」主宰様に敬意と感謝を込めて展示会にお招き頂いたお礼に代えさせて頂きたいと思います。

(20180221/三浦正彦さんからのメールより)>

西岡文彦さんの連載エッセイ「現代版画センターという景色が始まりました(1月24日、2月14日、3月14日の全3回の予定です)。草創期の現代版画センターに参加された西岡さんが3月18日14時半〜トークイベント「ウォーホルの版画ができるまでー現代版画センターの軌跡」に講師として登壇されます。

光嶋裕介さんのエッセイ「身近な芸術としての版画について(1月28日ブログ)

荒井由泰さんのエッセイ「版画の景色―現代版画センターの軌跡展を見て(1月31日ブログ)

スタッフたちが見た「版画の景色」(2月4日ブログ)

毎日新聞2月7日夕刊の美術覧で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が紹介されました。執筆は永田晶子さん、見出しに<「志」追った運動体>とあります。

倉垣光孝さんと浪漫堂のポスター(2月8日ブログ)

嶋吉信さんのエッセイ〜「紙にインクがのっている」その先のこと(2月12日ブログ)

大谷省吾さんのエッセイ〜「版画の景色−現代版画センターの軌跡」はなぜ必見の展覧会なのか(2月16日ブログ)

塩野哲也さんの編集思考室シオング発行のWEBマガジン[ Colla:J(コラージ)]2018 2月号が展覧会を取材し、87〜95ページにかけて特集しています。

○埼玉県立近代美術館の広報誌 ソカロ87号1983年のウォーホル全国展が紹介されています。

○同じく、同館の広報誌ソカロ88号には栗原敦さん(実践女子大学名誉教授)の特別寄稿「現代版画センター運動の傍らでー運動のはるかな精神について」が掲載されています。

現代版画センターエディションNo. 708 安藤忠雄「SCENE I/WALL」
現代版画センターのエディション作品を展覧会が終了する3月25日まで毎日ご紹介します。
12安藤忠雄
《SCENE I/WALL》
1984年 
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
Image Size: 38.0×38.0cm
Sheet Size: 65.0×50.0cm
Ed.150  サインあり
*現代版画センターエディション
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

現代版画センターのエディションはNo.1の靉嘔「I love you」に始まり、700番台で終わった。安藤先生のこの作品はセンター終末期のものですが、その誕生と発表については、昨秋刊行された『安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言』に亭主のインタビューが掲載されています。
日経アーキテクチュア編集長のコラム<建築家・安藤忠雄氏の言葉の力:第3回>で、出江寛先生、石山修武先生の次に紹介されていますので、お読みいただければ幸いです。
安藤忠雄の奇跡安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言
2017年11月
日経アーキテクチュア(編)
B5判、352ページ
価格:2,700円(税別) *送料:250円
ときの忘れもので扱っています。

パンフレット_05
出品作家45名:靉嘔/安藤忠雄 /飯田善国/磯崎新/一原有徳/アンディ・ウォーホル/内間安瑆/瑛九/大沢昌助/岡本信治郎/小田襄/小野具定/オノサト・トシノブ/柏原えつとむ/加藤清之/加山又造/北川民次/木村光佑/木村茂/木村利三郎/草間彌生/駒井哲郎/島州一/菅井汲/澄川喜一/関根伸夫/高橋雅之/高柳裕/戸張孤雁/難波田龍起/野田哲也/林芳史/藤江民/舟越保武/堀浩哉 /堀内正和/本田眞吾/松本旻/宮脇愛子/ジョナス・メカス/元永定正/柳澤紀子/山口勝弘/吉田克朗/吉原英雄

ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第7回 愛といのち

日時:2018年4月3日(火)18:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:メゾ・ソプラノ/淡野弓子
   スクエアピアノ/武久源造   
プロデュース:大野幸
*要予約=料金:1,000円
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。

info@tokinowasuremono.com

●書籍のご案内
版画掌誌第2号
版画掌誌第2号
オリジナル版画入り美術誌
2000年3月31日/ときの忘れもの 発行
特集1/磯崎新
特集2/山名文夫
B4判変形(32.0×26.0cm) シルクスクリーン刷り
A版:限定35部:120,000円(税別 版画6点入り)
B版:限定100部:35,000円(税別 版画2点入り)

TAKIGUCHI_3-4『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』図録
2017年10月
ときの忘れもの 発行
92ページ
21.5x15.2cm
テキスト:瀧口修造(再録)、土渕信彦、工藤香澄
デザイン:北澤敏彦
掲載図版:65点
価格:2,500円(税別) *送料250円
*『瀧口修造展 I』及び『瀧口修造展 II』図録も好評発売中です。


●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
20170707_abe06新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。18〜24頁にときの忘れものが特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第23回

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」

第23回 クールデザイン


僕の住んでいるクールという街は人口が3万5千人くらい。東京に比べたら本当に小さな街ですが、それでもスイス、グラウビュンデン州の立派な州都です。
周りを山に囲まれて守られているような安心感がある一方で、太陽高度の低い冬には日差しを遮られ、時として気持ちを寂しくさせる。実際少しだけ出不精になります。こんなにも住んでいるところの地理的条件や季候が人の気持ちに大きく作用してくるなんて、ここへやって来る以前には思ってもいませんでした。それでもクールはスイスの中では最も天候が良く、可照時間が長いという統計もあるようです。確かに学生時代に住んでいたチューリッヒなどはいつも曇っている印象がありましたが、はたして本当でしょうか。。。

よく言えば(笑)、緑に囲まれていて夏にはハイキング、冬にはスキーと山でのスポーツを満喫し、まさにアルプスの少女ハイジに出てくるような世界がある。しかしそんなクールに住んでいて不便に感じることは少なくありません。
その一つの例を挙げるならば、比較的手頃な値段で欲しいと思える雑貨を買い求めることができないこと。例えば友人への誕生日プレゼント、目上の方に招かれた時に手提げていくものを探そうと思うとなかなか見つかりません。もちろんワインやチーズをよく知っていれば十分かもしれないけれど、酒と漬物の日本人の僕にはなかなかハードルの高いところなのです。笑 (僕は酒と漬物に関してもよく知らないのですが。。。)


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さて、そんなところに最近新しいショップができました。
そこのオーナーは以前建築事務所を開設し、なかなかどうしてうまくいっていたものの、このまま一生この仕事を続けていくのには違和感を覚えたらしく、その事務所を友人に譲って今のプロダクトディレクターとも言える仕事を始めました。デザイナーや作り手、職人との間に立って一緒に様々なスケールのプロダクトをデザイン、発明していこうという仕事のようです。彼自身も、チューリッヒの美大でプロダクトデザインの教育を受けているものの、自分で何かを創るというよりはデザイナーや職人たちの仕事をサポートしながら共にプロダクトを発展させ、ブランド化して自身のショップで売っていくということに楽しさとやりがいを感じている。
聞けばそんなに目新しいビジネスモデルではないけれど、たくさんの創造的な人たちと関わりながら、また感心するばかりの精度でモノを作る職人の作業を目の当たりにしながら、そして彼らのネットワークをつなげながら多面的に仕事することは、僕の目にはとても興味深く映ります。


例えばグラウビュンデン州には腕の良い職人がたくさんいます。きちんとした設備をもった製作所も多くある。しかしそういった人たちの多くは、頼まれたものを作る。もしくは今まで作られ作ってきたものを作り続けている腕の良い職人、製作者であって自分たちで何か新しいモノを考案していないことがほとんどです。ただそれは挑戦したいと思う人が少ないわけではなく、興味を持っているのだけれど時間的、経済的に都合の良い機会には恵まれていないから。

また仮にそういった機会があったとして、僕が腕の良い職人たちがオリジナルとして作ったモノを見かけた時に感じるのは、まず第一に完全に(実)用に適ってモノが作られているということ。しかし時として、職人の腕の見せ所(作り手側に技術が要求される仕様)が見てくれとばかりに強調されていることがある。(実)用と美はあるものの、やや技巧的に見えてしまうことがあるのです。


例えば次の写真のスツール。一つは家具職人自身によってデザイン製作され、もう一つはズントーによるデザインで同じ家具職人によって製作されたものです。(どちらが誰によるものかは内緒です笑 ここで僕はどちらが良いという白黒の判断をしたいわけではありません)

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家具職人曰く、デザインの原型は酪農家が牛の乳を搾る際に一時的に座れるように一本足の椅子( Melkstuhl) にあります。 従来の座面と一本足、それに腰に巻くベルトでできている代わりに三本足になっている。
一つ目の写真はお尻がうまく乗りそうなすり鉢状になっていて、三本足の間隔やそれらの座面での配置は安定しているように見えます。一方で二つ目の写真は座面が大きいぶん、足の間隔が相対的に狭くやや不安定に見える、ただオブジェとしてはとても軽やかに見えます。足は根元から一旦太くなり、そして足元にかけて再び細くなっていく。


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上から見ると二つ目の椅子は足が座面上部まで貫通してきているのがわかり、全体が木のみでできていることを強調されているかのようにも取れます。一つ目のそれは上から見えない分、脚部がネジや金具によって座面内部に固定されているかもしれません。もちろんその場合でも外からは木だけにしか見えませんが。。。



ここで以前紹介した別の家具職人による棚を見てみます。
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家具に限らずに建築においても、その対象物がどう在るか(見えるか)ということと、それがどう機能するか(使うことができるか)はなかなか一致しないことが多い。その不一致は常にネガティブではないと思います。逆に一致してしまうと何だか合理的に見えすぎたり、どことなく物足りなさや魅力に欠けているかもしれない。

これからモノを選び使っていく際には、この(実)用と美についてもう少しだけ気をつけていこうと思わせる小さな出来事でした。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にETH Zurichに留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同事務所勤務。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

◆埼玉県立近代美術館で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が開催されています。現代版画センターと「ときの忘れもの」についてはコチラをお読みください。
詳細な記録を収録した4分冊からなるカタログはお勧めです。ぜひご購入ください(2,200円)。
会期:2018年1月16日(火)〜3月25日(日)
埼玉チラシウォーホル600現代版画センターは会員制による共同版元として1974年〜1985年までの11年間に約80作家、700点のエディションを発表し、全国各地で展覧会、頒布会、オークション、講演会等を開催しました。本展では45作家、約300点の作品と、機関誌等の資料、会場内に設置した三つのスライド画像によりその全軌跡を辿ります。

○<「版画の景色展」を観て、懐かしさがこみあげてきました。建築の世界に長いので、磯崎さんの作品はリアルタイムで影響を受けてきました。それらの版画に使われている原色が印象的です。安藤さんのモノトーンの版画の世界は、キャンソン紙に鉛筆で光を描いたような独特の世界です。他に関根伸夫さんの一本の木が輪で繋がるように切り出すプロジェクトは、何故か自分にも出来そうな気にさせるユーモラスな作品で、発表時に見て微笑んだ自分が蘇りました。版画の想い出とこの展覧会の感動をいつでも思い出せるようにカタログを購入しました。ありがとうございました。
(20180207/群馬県・TKさんのメールより)>

○<埼玉県立近代美術館の版画の景色-現代版画センターの奇跡。チケットがあるので早く観に行きたい。素晴らしい芸術家と、名前も知らない人がいるけど、すごく興味あり。パンフレットの写真が差し替わって、全種類頂いて来た。マニアのもらい方でしょう。今年美術館の注目ものですね。
(20180207/文字デザイナー横田龍堂さんのtwitterより)>

西岡文彦さんの連載エッセイ「現代版画センターという景色が始まりました(1月24日、2月14日、3月14日の全3回の予定です)。草創期の現代版画センターに参加された西岡さんが3月18日14時半〜トークイベント「ウォーホルの版画ができるまでーー現代版画センターの軌跡」に講師として登壇されます。

光嶋裕介さんのエッセイ「身近な芸術としての版画について(1月28日ブログ)

荒井由泰さんのエッセイ「版画の景色―現代版画センターの軌跡展を見て(1月31日ブログ)

スタッフたちが見た「版画の景色」(2月4日ブログ)

毎日新聞2月7日夕刊の美術覧で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が紹介されました。執筆は永田晶子さん、見出しに<「志」追った運動体>とあります。

倉垣光孝さんと浪漫堂のポスター(2月8日ブログ)

○埼玉県立近代美術館の広報誌 ソカロ87号1983年のウォーホル全国展が紹介されています。

○同じく、同館の広報誌ソカロ88号には栗原敦さん(実践女子大学名誉教授)の特別寄稿「現代版画センター運動の傍らでー運動のはるかな精神について」が掲載されています。

現代版画センターエディションNo.4 高柳裕「魚座」
現代版画センターのエディション作品を展覧会が終了する3月25日まで毎日ご紹介します。
004_高柳裕《魚座》高柳裕
「魚座」
1973年
凸版(作家自刷り)
イメージサイズ:40.0×50.1cm
シートサイズ:50.4×65.8cm
Ed.67 サインあり

パンフレット_05
出品作家45名:靉嘔/安藤忠雄 /飯田善国/磯崎新/一原有徳/アンディ・ウォーホル/内間安瑆/瑛九/大沢昌助/岡本信治郎/小田襄/小野具定/オノサト・トシノブ/柏原えつとむ/加藤清之/加山又造/北川民次/木村光佑/木村茂/木村利三郎/草間彌生/駒井哲郎/島州一/菅井汲/澄川喜一/関根伸夫/高橋雅之/高柳裕/戸張孤雁/難波田龍起/野田哲也/林芳史/藤江民/舟越保武/堀浩哉 /堀内正和/本田眞吾/松本旻/宮脇愛子/ジョナス・メカス/元永定正/柳澤紀子/山口勝弘/吉田克朗/吉原英雄
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


●日経アーキテクチュアから『安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言』が刊行されました。
亭主もインタビューを受け、1984年の版画制作始末を語りました。日経アーキテクチュア編集長のコラム<建築家・安藤忠雄氏の言葉の力:第3回>で、出江寛先生、石山修武先生の次に紹介されていますので、お読みください。

◆杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
20170707_abe06新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。18〜24頁にときの忘れものが特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第13回

佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」

第13回 シャンティニケタンから帰ってくる

インド・シャンティニケタンでの家作りから、ようやく日本の東京へ帰ってきた。自分はおよそ2ヶ月あまりの滞在であり、日本からやってきた友人ら(同志)はおよそ1ヶ月の滞在であったが、ゆっくりとした時間の中で毎日なにかしらの大小様々な発見と新しい出会いのある日々であった。もともと、滞在の期間は飛行機の予約で決まっていたので、それまでの間目一杯作業を行った。

日々の記録は当方の些細なウェブサイトでダラリと書き列ねているが、ここでは何回かに渡ってもう少し締まりよく言葉を紡いでいきたい。ちなみに日々の記録、すなわち手記は一応、師である石山修武さんの世田谷村日記を自分なりに咀嚼して続けてみているものであるが、なかなかあの原稿用紙に迷い無くほとんど書き直しなく一気に書き上げるスタイルは自分には難しい。自分はPCの画面の上で、迷いながら、そして断片を継ぎ合わせながら、やっとこさ文章の体を出している。それはPCでの打ち込みが自分の思考の延長にあることも知るからである。もちろん、手描きのスケッチは自分自身の作業の中で欠くことのできないものであるが、文字の並びはどうも手で書くよりも、キーボードで打ち込む方が自分の頭の回転に馴染むらしい。しかしながら、その手記は今現在、1月18日付までで公開は途絶えてしまっていて、それ以降は未完結のメモが残っている。なので、すでに帰国はしてしまっているが、頭だけ再度シャンティニケタンに居残らせて少しずつ書き切っていこうと考えている。手記が未完結である後半の滞在は、予定がほとんど詰まり、またいくらかの気持ちの揺れ動きもあって大変ではあった。けれども特に、その期間に建ち現れた内部の木架構は日本にいては絶対にできない、一回限りの創作であったようにも今は思う。詳しくは次回、あるいは次次回に言葉を見つけることを試みたい。

1滞在終盤に建ち上がった内部の木架構の一部。やはりこれがこの家作りの肝であったようにも思う。


今回の家作りはひとまず一段落したとも思っているが、シャンティニケタンにはまた今年の冬に戻ろうと思っている。今回の滞在で出会い、また時間を共にした大切な人たちが待っているからだ。もちろんこの家作りのプロジェクトには施主がいて、私と日本からの友人(同志)らは建築設計と内部工事を主として関わった。けれども、現場に滞在しての創作、あるいは工作は、施主のための家作りという枠を超えて、私たち自身のための新しい居場所作りでもあったように思う。施主からしてみれば勝手な話である。けれども、施主もそれを望んでいるようだった。

なので、その新たな居場所に帰るために、待っている彼らと再会を果たすために、シャンティニケタンには近々戻りたい。実は、新築の家を作るのは私にとって日本インドを問わず初めての経験であった。けれども、こんなふうに世界に自分の居場所、訪れることのできる場所が増えていくのはとても幸福なことである。建築、家を作ることの本質に触れることができた気がしている。

2深夜、計画について話す施主のNilanjanさんと筆者。様々なギャップはあるが、そのギャップあってこその現場制作であった。


さとう けんご

■佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。
URL: http://korogaro.net/

*画廊亭主敬白
今月の原稿、お送りいたします。
送るのがとても遅くなってしまい本当にすみません。
なお、数日前に無事にシャンティニケタンから帰国いたしました。佐藤

というメールが入ったのは5日である(怒)。担当の秋葉の焦るまいことか。写真で見ると(実物はもっと優男)華奢でおとなしそうな青年だが、これが喰わせモンで、いい度胸をしている。昔の亭主だったら即「連載中止!」と叫んだ(と思う)。今はそんな元気はない、「佐藤さんもインドからたいへんだねえ」なんてイイこぶってます(笑)。
数日前から予告していますが、本日7日(水)は都合により、17時で終業します17時以降は閉廊しますので、ご注意ください。
新しく入った作品や、以前からの在庫で未収録の作品などは順次ホームページに掲載しています。担当は最年少スタッフの勝見ですが、時々ミスをする(まあ誰でもしますが)。上智の学生なので勤務は週に二日、従ってミスの訂正は他のスタッフがすることになります。
http://www.tokinowasuremono.com/artist-d95-shimak/shimak03.html
島先生の布に刷った70年代としては画期的な作品でしたが、記載データに誤字が一字あります。さて、なんでしょう。これを勝見がどこかで読めば即訂正するでしょうが、訂正するには惜しい傑作誤字であります。
2月7日21時25分亭主追記〜佐藤さんから遠慮がちに「原稿は5日にお送りしていたつもりでしたが、、ご迷惑をおかけしてしまったようで申し訳ございませんでした」というメールが届きました。ありゃあ、5日に届いていたようで、とんだ濡れ衣でした、佐藤さん勘違いしてごめんなさい。

◆埼玉県立近代美術館で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が開催されています。現代版画センターと「ときの忘れもの」についてはコチラをお読みください。
詳細な記録を収録した4分冊からなるカタログはお勧めです。ぜひご購入ください(2,200円)。
会期:2018年1月16日(火)〜3月25日(日)
埼玉チラシウォーホル600現代版画センターは会員制による共同版元として1974年〜1985年までの11年間に約80作家、700点のエディションを発表し、全国各地で展覧会、頒布会、オークション、講演会等を開催しました。本展では45作家、約300点の作品と、機関誌等の資料、会場内に設置した三つのスライド画像によりその全軌跡を辿ります。

○<「版画の景色 現代版画センターの軌跡」鑑賞。
圧倒的なボリュームの展示数、夕方に予定入れてたのを少し後悔しましたよ。作品はどれも見応えがありましたが、磯崎新の作品はカッコいいってのをチラホラ聞いて見てみたら、やっぱり良かった。立体を上手く平面に落とし込んだような感じが良いのかな。
今回の企画展、現代版画センターが発行した会報誌なども閲覧可能になっていて、これをじっくり見るとなると本当に時間に余裕が必要になってしまいます。なので来月にもう一度時間に余裕を持って見に行きたいと思います。
しかし版画で美術を広めるなんて熱いムーブメントが昔あったんですね。
追伸:今回の展覧会、たくさんの素敵な作品に出合えて貴重な時間を過ごすことが出来ました。ありがとうございます。
『版画センターニュース』を熟読してしまい、映像資料も見れず後半の鑑賞時間も駆け足気味になったので次回は余裕をもって来館して資料にも目を通したいと思います。

(20180204/タカハシさんのtwitterより)>

○<版画は木版画だけじゃない。リトグラフはまさに印刷。表現のバリエーション、奥深さを知った。これからもっと版画を知ろうと思う。良い企画。図録も凝っている。/「 #版画の景色 現代版画センターの軌跡」展
(20180204/shotaさんのtwitterより)>

○<埼玉近代美術館の『版画の景色』は圧巻でした。
若かりし頃、特に70年代に出会った作品群に、
何とも言えない感慨深いものを感じ、また改めて刺激を受けた次第です。
ありがとうございました。

(20180205/大分県・TTさんからのメールより)

西岡文彦さんの連載エッセイ「現代版画センターという景色が始まりました(1月24日、2月14日、3月14日の全3回の予定です)。草創期の現代版画センターに参加された西岡さんが3月18日14時半〜トークイベント「ウォーホルの版画ができるまでーー現代版画センターの軌跡」に講師として登壇されます。

光嶋裕介さんのエッセイ「身近な芸術としての版画について(1月28日ブログ)

荒井由泰さんのエッセイ「版画の景色―現代版画センターの軌跡展を見て(1月31日ブログ)

スタッフたちが見た「版画の景色」(2月4日ブログ)

○埼玉県立近代美術館の広報誌 ソカロ87号1983年のウォーホル全国展が紹介されています。

○同じく、同館の広報誌ソカロ88号には栗原敦さん(実践女子大学名誉教授)の特別寄稿「現代版画センター運動の傍らでー運動のはるかな精神について」が掲載されています。

現代版画センターエディションNo.110 菅井汲「シグナルA」
現代版画センターのエディション作品を展覧会が終了する3月25日まで毎日ご紹介します。
110_菅井汲《シグナルA》
菅井汲
《シグナルA》
1976年
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
Image size: 34.0×14.0cm
Sheet size: 40.5×28.5cm
Ed.150  サインあり

出品作家45名】靉嘔/安藤忠雄 /飯田善国/磯崎新/一原有徳/アンディ・ウォーホル/内間安瑆/瑛九/大沢昌助/岡本信治郎/小田襄/小野具定/オノサト・トシノブ/柏原えつとむ/加藤清之/加山又造/北川民次/木村光佑/木村茂/木村利三郎/草間彌生/駒井哲郎/島州一/菅井汲/澄川喜一/関根伸夫/高橋雅之/高柳裕/戸張孤雁/難波田龍起/野田哲也/林芳史/藤江民/舟越保武/堀浩哉 /堀内正和/本田眞吾/松本旻/宮脇愛子/ジョナス・メカス/元永定正/柳澤紀子/山口勝弘/吉田克朗/吉原英雄

パンフレット_05


◆ときの忘れものは「ハ・ミョンウン展」を開催します。
会期=2018年2月9日[金]―2月24日[土] ※日・月・祝日休廊
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ロイ・リキテンスタイン、アンディ・ウォーホルなど誰もが知っている20世紀を代表するポップアートを、再解釈・再構築して自らの作品に昇華させるハ・ミョンウン。近年ではアジア最大のアートフェア「KIAF」に出品するなど活動の場を広げ、今後の活躍が期待される韓国の若手作家です。
ときの忘れものでは2回目となる個展ですが、新作など15点を展示します。 ハ・ミョンウンは会期中数日間、日本に滞在する予定です。
●オープニングのご案内
2月9日(金)17時から、来日するハ・ミョンウンさんを囲んでオープニングを開催します(予約不要)。皆さまお誘いあわせの上、是非ご参加ください。

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。
 ・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」は毎月19日の更新です。
 ・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・新連載・西岡文彦のエッセイ「現代版画センターの景色」は全三回、1月24日、2月14日、3月14日に掲載します。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・関根伸夫のエッセイ「〈発想〉について[再録]」は終了しました。
 ・倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は終了しました。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は終了しました。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は終了しました。
 ・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は終了しました。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は終了しました。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は終了しました。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は終了しました。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました(時々番外編あり)。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
20170707_abe06新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。18〜24頁にときの忘れものが特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

渋谷Bunkamuraで「ブレイク前夜〜次世代の芸術家たち〜」

野口琢郎さんが「日曜美術館」に出演します
今週28日(日)放送のNHK Eテレ 日曜美術館のクリムト特集にVTRで出演します。
クリムト関係のテレビ出演は2回目、箔画やってると海外のアートフェアなんかで「まるでクリムトね、あはは」と笑われて通り過ぎて行かれる事もあり悔しい思いは何度もしましたが、クリムトのお陰でテレビに出られるので有り難いかもです 笑
恐らく2〜3分のVTRになるかと思いますが、今回は半笑いでモゾモゾ話さないように気をつけたつもりなので 笑 ぜひご視聴くださいませ、どうぞよろしくお願い致します。
NHK Eテレ 日曜美術館 「熱烈!傑作ダンギ クリムト
1月28日(日) 9:00〜9:45
2月 4日(日) 20:00〜20:45 (再放送)
(野口さんのfacebookより)
〜〜〜〜
かたや、光嶋裕介さんがBSフジで毎週火曜21時55分から放映されている「ブレイク前夜〜次世代の芸術家たち〜」に出演したことは先日ご紹介しました。
テレビの無い亭主も、ユーチューブでも見ることができました。

5分間のテレビ番組で、次世代を担う芸術家たちを毎週ひとりずつ紹介しています。
そこに登場した作家たちの展覧会が渋谷Bunkamuraで開催され、ときの忘れものの扱い作家の中から二人が出品します。どうぞご高覧ください。

ブレイク前夜〜次世代の芸術家たち〜
いま見るべき旬のアーティストたちの祭典ブレイク前夜

Part  光嶋裕介さんが出品します。
会期:2018年2月 1日(木)〜2月12日(月・祝)12日間

Part  木原千春さんが出品します。
会期:2018年2月24日(土)〜3月 4日(日)9日間

時間: 午前10時から午後7時30分まで※2/12のみ午後4時まで
会場: Bunkamura Gallery
東京都渋谷区道玄坂2−24−1 Bunkamura1F メインロビーフロア

本展では、これまでに番組に登場した作家たちの作品を一堂に会し、油彩や日本画をはじめ写真、インスタレーション、書、人形、彫刻など、多様な活動領域のアーティストたちをご紹介します。
番組の見どころでもあり毎回反響の大きい「アトリエロケ」。普段見る事のないアーティストの制作現場を通して、それぞれの創作における想いをインタビュー形式で放映してきました。鑑賞方法や理解が難しいと言われる現代美術においても、本展とテレビ番組「ブレイク前夜」の相互作用によって、彼らの作品世界を少しでも身近に感じていただけることでしょう。
これまでに番組で紹介された若手アーティストたちの中から、国内外から注目を集める約60余名を、2会期にわたりご紹介します。日夜作品と向き合い、悩み、そして没頭する彼らの作品から何が感じ取れるでしょうか。将来の巨匠たちの現在にご期待下さい。
(Bunkamuraのサイトより引用)
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ときの忘れもののコレクションから、光嶋さんと木原さんの作品をご紹介します(上掲の展覧会の出品作ではありません)。
koshima_4_kenchiku-2
光嶋裕介
『凱風館通信』より《建築のある風景-02》
2014年
紙に水彩、ペン
17.8×13.9cm
サインあり

02_frog
木原千春
《frog》(1)
2017年
和紙にアクリル、ガッシュ
65.7x96.6cm
表に落款、裏にサイン有り

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆ときの忘れものは「Art Stage Singapore 2018」に出展しています。
Art_Stage_Singapore_2018_logo2018年1月25日(木)〜28日(日)
会場はマリーナベイサンズのコンベンションセンター。3回目の出展となりますが、今回は葉栗剛、安藤忠雄、光嶋裕介の三人展です。

◆埼玉県立近代美術館で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が始まりました。現代版画センターと「ときの忘れもの」についてはコチラをお読みください。
会期:2018年1月16日(火)〜3月25日(日)
埼玉チラシAY-O600現代版画センターは会員制による共同版元として1974年〜1985年までの11年間に約80作家、700点のエディションを発表し、全国各地で展覧会、頒布会、オークション、講演会等を開催しました。本展では45作家、約300点の作品と、機関誌等の資料、会場内に設置した三つのスライド画像によりその全軌跡を辿ります。同館の広報誌もお読みください。

西岡文彦さんのエッセイ「現代版画センターという景色が始まりました(1月24日、2月14日、3月14日の全3回の予定です)。

現代版画センターエディションNo.87 木村利三郎「サンフランシスコ」
現代版画センターのエディション作品を展覧会が終了する3月25日まで毎日ご紹介します。
087_木村利三郎《サンフランシスコ》木村利三郎
《サンフランシスコ》1976年
シルクスクリーン(作家自刷り)
Image size: 41.0×54.0cm
Sheet size: 53.7×67.8cm
Ed.50  サインあり

パンフレット_02
メカス


◆国立近現代建築資料館で2月4日[日]まで「紙の上の建築 日本の建築ドローイング1970s-1990s」展が開催されています。磯崎新安藤忠雄らの版画作品も出品されています。
展覧会については戸田穣さんのエッセイをお読みください。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
18駒込庭
新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。18〜24頁にときの忘れものが特集されています。
ときの忘れものの小さな庭に彫刻家の島根紹さんの作品を2018年1月末まで屋外展示しています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

植田実「建築家の手の在り処」

「建築家の手の在り処」

植田実

(2000年3月31日刊行の版画掌誌『ときの忘れもの』第2号より再録)

 昨年の暮れ、磯崎新さんが一週間ほどインドに行ってきたときのスケッチブックを見せてもらった。
 シンガポールからボンベイ(ムンバイ)に入った最初のころは、スケッチも文章もほんのメモていどだが、そこからインドールを経てのウダイプールでは早くも旅の時間に身体が合ってきたみたいで、ピチョーラ湖に面したシティパレスの構成的な正面ファサードをとらえる筆致が鋭くなり、一方、湖中のレイクパレスホテルを眺める眼はすっかりくつろいでいる。
 さらにはジャイプールへ。70もの出窓が珊瑚のように密生して表通りの赤砂岩のファサードをつくりあげている「風の宮殿(ハワ・マハル)」を見ているころから、筆ペンによるスケッチに色が注がれはじめる。そのすぐ近くにある天文観測所ジャンタル・マンタルの構内に入ると、磯崎さんはもう腰を据えてしまう。石造りの建築的スケールに近い観測儀群は18世紀に建造されたが、磯崎さんの筆致はそれらをつい最近竣工した現代建築のように見せている。付けられたメモには、先のウダイプールではムガール風のデザインから英国風のコロニアル、インドールではアールデコが通過しているが、ジャイプールは、ジャンタル・マンタルを建てた「サワイ・ジャイ・シング二世にすべてもどる」と書かれている。磯崎さんの蒼古にして超現代のものとも思えてくるスケッチを見ていると、ジャイプールだけでなく世界の都市全体が、そこに戻っていく気持ちにさえなってくる。
 スケッチブックのページを追っていくと、観測儀が20以上も集まっているこの造形物の楽園から10キロほど先の、案ベール城塞の眺めをパノラマ風にスケッチしたあと、再度ジャンタル・マンタルに戻ってまた、一カットだけだが描いている。カメラを携えての足どりとはちがうのだ。建築を見る時間が変化してきている。
 翌日には、アグラへ、そこからいよいよ南西40キロにあるファテプール・シクリに向かっている。この16世紀における束の間の都市の凄さについては、磯崎さんから何度もきかされていた。メモにはこう書かれている。「ファテプール・シクリ再訪。再訪に価する唯一の場所である」。アクロポリスと桂離宮とこれがベスト・スリーと書かれてもいる。すでにただの旅のスケッチではない。建築を描いているのではない。空と広場が熱気をはらんでいる。その熱が赤い五層楼や内謁殿を蜃気楼のように現出させている。たしかに無敵の建築。再開したよろこびの吐息が伝わってくるようなどっしりとした色彩の塊と、それを建築に変えていく、じつに微妙で素早いペンの黒い描線。この地平からは磯崎新自身の建築まで次々と現れてくるかのようだ。
 数ページにわたって描かれた熱い空気は、アグラ市内に戻った翌早朝、これも再訪したタージマハールの屋根の、白い大理石の「大球面」が、ヤムブー河に立ちこめた朝もやから浮き出てくるスケッチにつなげられて、やっと冷えていく気配がある。同じ川ぞいに並ぶ、貝の形状をしたプランの、アグラ城塞の長大で分厚い壁(メモに「レッド・フォートは赤砂岩と影だけ」)を眼でたどりながら、また城内の中庭と白大理石のパラスを訪ねながら、視界は外にまで開いている。遠くには動かない支点のように、タージマハールが見えている。
 そして最終日はニューデリーからドーハへと書かれているが、そこから帰国したのか、それとも次に予定があってヨーロッパにでも飛んだのかはわからない。なにしろただ一冊のスケッチブックから磯崎さんの足どりを追っている。しかもこちらはインドに行ったことがない。もしトンチンカンな間違いがあるとしたら、それは私のせいである。
 たとえば最近の磯崎さんは、暑い国を旅するときはどんな服装をしているのだろうかと思う。そんなことさえまるで見当がつかないまま、スケッチとメモだけから一週間の旅を読みとろうと している。
 30年ほどまえに夏のヨーロッパとギリシャに御一緒したことがある。とくにギリシャでの磯崎さんが印象的だったのだが、ウィー ンからアテネに入ったころから俄然マイペースになってきた。それでもパルテノンの丘にのぼったときは青い半袖シャツにカメラバッグという、まあ普通の出で立ちだった。じつに長いあいだ、神殿の前に坐って動かなかった(翌日もまたパルテノ ンに一日行っていたらしい)。このときの記憶を、ジャンタル・マンタルやファテプール・シクリのなかに佇む建築家の姿に重ねている。
 さて、アテネからさらにエーゲ海の島々をめぐる旅がはじまると、このひとは島では上半身は裸、レンズ一本を装着したカメラを肩から吊っているだけという大軽装になってしまう。パスポートや財布は尻のポケットに入れていたのか。スケッチをしたりしていた記憶がない。磯崎さんを知ったときから写真のうまさはプロはだしという印象が強かったので、カメラを構える姿はよく目にとどめるようにしていたのだが。このときもすでに再訪の場所が多かったようで、こちらがあせ-って撮りまくるのとは別のペースだった。帰ってからそのときの写真を見せてもらった。モノクロームのちょっとシュルレアルな雰囲気で、同行していた宮脇愛子さんが画面の中央でどこか演劇的なポーズをとっている。その背後にミコノスやサントリーニの白い集落がひれ伏している。そんな印象の写真ばかりだった。どうしてあんなふしぎな写真が撮れたのか、いまでもわからないのだが、とにかくその頃は、「磯崎さんの写真」という意識の目を通して建築を見ていたような気がする。それほど強い印象を受けていた。
 アテネから西に向かう飛行機のなかで、私は磯崎さんの右隣りに腰掛けていた。ウィスキーのグラスが空になり、彼はコースターを手にとって、左隣りの宮脇さんの膝に置かれた帽子をフェルトペンで一筆描きみたいにさらさら描いた。広いプリムに縁取られた、いかにも涼し気な日除けである。ギリシャの太陽の下を歩いてきた帽子だ。とっさに私は手を出した。苦笑いしながらもすぐARATA ROMEとサインしてそのコースターを渡してくれた。そう、もうローマの上空だった。飛行機が高度を下げはじめた。

 1960年代後半に、磯崎アトリエのスタッフだった六角鬼丈(現・東京芸大教授)は、磯崎さんが「直接定規を持って製図している姿を見たことがない」と最近書いた文章のなかで回想している。そのころは足繁くアトリエ通いをしていた私には初耳で、やはり内部にいた人じゃなければ知らないことがあるんだと、おもしろかった。その少し前、彼の最初期、つまり1960年から数年間に描かれた、大判のしかもばっちりと墨入れされた図面を次々と見せてもらっていたとき、ちょっときまり悪そうに、どこか他人事のように、図面さえ描いていれば満足だったのさと、彼がつぶやいていたのを覚えていたからだ。
 しかしそれは建築家の姿勢が一貫していたことを、逆に物語っているような気がする。最初期の製図といえば、計画案のものが多く、一本の巨大な円柱だけの建築だったり、あるいはその円柱が何十本もの数に増えて、丸の内や新宿の既存の建築群を踏み抜いていたりする。そこにギリシャ神殿の廃虚の写真をコラージュした、高名な「孵化過程」もこの時期のものである。
 計画案というより描かれた「命題」といったほうがいい。途方もない建築計画は19世紀から20世紀にかけてじつに数多く描かれているが、はじめから実現化とはっきり縁を切っている建築図面はそんなに多くはないはずである。現代都市とは何であるかを見てしまった、発見的命題としての建築を図面化するのは極度に私的な作業であったにちがいない。製図に熱中したのは当然と思う。
六角は同時に、たぶん先輩からきいたのだろう、大分県立図書館の実施設計では、断面詳細図を驚くべきスピードで一晩のうちに描きあげたという言い伝えも紹介している。その後は仕事が一気に増えてきている。それは建築計画が特定のものに限定され、次々と実現へ動きはじめた時期である。こうした建築の製図に手を染めることは、どれほど意識化しようと長い隧道のなかを行くように、来るべき完成された建築への同化を避けえない。それは危険すぎると、本来の価値破壊者である建築家は感じはじめた。スタッフの手の必要がそこにあった。そう思う。製図はしないが、スケッチは怠らず、模型を見ながらの手直しを命ずることは徹底していたというが、それは破壊において建築を完成させていく、際どい作業だったにちがいない。
 だれでもやっていることかも知れない。しかし「孵化過程」を描いてしまった建築家の破壊作業は筋金入りだった。その実証としての数々の建築を、現在に至るまで私たちは目にしてきた。
磯崎新の版画は1977年、まず「ヴィッラ」シリーズではじまるが、90°のアクソメトリックというやや特殊な図法ではあるものの、いってしまえば一般的な建築の製図をシルクスクリーンで刷っただけである。最初は意表をつかれた。スケッチのような描線を期待し てもいたからである。だが彼は「古典的なアウラ※1」としての手のあとを回避して、定規による製図表現に徹する。自分の手による描線をアートにしてみせるようなナルシシズムには陥らない。というより、それ以上にちゃんと先々まで戦略をたてていたというか、コレクターへのサーヴィスを考えていたというか、あるいは版画制作の技術まで見極めていたにちがいない。
 手の痕跡にとらわれない製図表現は、百里靴をはいたかのようにどんどん先に進んでいってしまう。「還元」シリーズの形態要素の分析、「MOCA」シリーズの透視図、あるいは「内部風景」シリーズでは写真まで使っている。「MOCA」の直かに色彩の地底から掘り起こしたような強烈な空と建物と影との対比、超大型の「MOCA EXTERIOR,INTERIOR」、さらには立体までからむ「空洞としての美術館」などはそれぞれ、版画技術の臨界点に立ち会っている緊迫感に満ち満ちている。このあいだに数点の、それこそ手のあとがうかがえる酒落た銅版画が幕間のように挿入されてはいるとはいえ、全体の展開は、完結した建築を切り崩していく、見えない「手」に支配されたコンセプトの明視性が決定的であるといっていい。
考えてみれば、カメラのシャッターを押すだけの行為にさえ、手の痕跡を残そうとする意識がはたらいていることを、磯崎さんは見抜いている。つまり、いわゆるフォトジェニックな構図とかシャッター・チャンスとかは彼の興味の対象ではない。いつだったか 彼が古い数寄屋建築や茶室を撮った写真は、思いがけないことに超広角レンズを使っていた。その結果、伝統的な日本の建築につきまとう情感が払拭されて、その構成要素がレントゲン写真のように剥き出しになっていた。「還元」シリーズに、それはつながっているといえる。

 しかし最近の磯崎さんはそのカメラも持たない。今度インドを旅したときもそうだし、建築の構想も同じ小さなスケッチブックに筆ペンと絵具で、スケッチ風の描写に戻っている。いや戻っているというのは不確かで、うんと先に行ってしまったという実感のほうが強い。
版画制作を始めたときからの大きな流れ、つまり製図表現を思い切りコントロールする手法は、昨年の新作「」「」「」シリーズで極限に達した。その冥さも華麗さも、あるカタストロフィに接続されているようにさえ見える。カタストロフィ、それは実現した建築さえも版画という仕掛けを通して解体されたかのように見せてしまう光景であり、同時にその解体あるいは破壊作業そのものが意味を失なってきている今の時代状況の不気味さが見えはじめた、そのカタストロフィでもあるのだ。
一方で、これも同時期につくられた「栖十二」はまったく異質のシリーズである。まず自分の手がけた建築ではない。いやひとつだけルイジ・ノーノの墓が入ってはいるが、あとはル・コルビュジェの「母の小さい家」やウィトゲンシュタインのストンボロウ邸、さらにはパッラディオ、マッキントッシュ、フランク・ロイド・ライト、ミース・ファン・デル・ローエ、小堀遠州などによる十二の家を描いている。そこに終の栖のありようを求めたと彼はいう。しかしそれらは建築家たちによる彼等自身のための終の栖ではない。磯崎新設計のノーノの墓がまさにそうであるように、最後にたどりつく栖を自分自身で間違いなくつくることは、だれにもできない。つまりどこで永い眠りについたにせよ、それはすべて本質的に野垂れ死にだというのだ。
 これらはどれも旅のスケッチブックから銅版画に起こされたものである。その一見抒情的な絵柄は、手の痕跡が甘美でさえあり、そのひとつひとつの筆致が身近かで優しく感じられるだけ、虚空のように隣り合っているものの気配が強い。その虚空とは建築そのものの本体かも知れない。荘厳であるほど絶対的な死に近づいてしまう建築を、またしても彼は命題として描き出す。しかし今度は「孵化過程」のように決定的な一枚の絵ではなく、「帰還する場所の不在※2」を物語る優しい手描きの、限りない数のスケッチである。それは自分の設計する建築において、すべてを収斂できる時代が不意に消えてしまったことを、だれよりも逸早く感じとった建築家の、限りない旅への予感の表われのようにもみえる。今回のインドへの道もそこからはじまっているにちがいない。
 磯崎さんにはすでに見えてしまっているその「場所の不在」が、自分にも否定しようもなく見えてくるのがおそろしい。しかし、そこに徐々に押しやられていく過程がじつは磯崎新の描いたものを見る、ほんとうの愉楽なのである。
うえだまこと
※1「The Prints of Arata lsozaki, 1977-1983」(現代版画センター、1983年)より
※2「栖十二」(住まいの図書館出版局、1999年)より

版画掌誌第2号
版画掌誌第2号
オリジナル版画入り美術誌
2000年3月31日/ときの忘れもの 発行
特集1/磯崎新
特集2/山名文夫
B4判変形(32.0×26.0cm) シルクスクリーン刷り
A版:限定35部:120,000円(税別 版画6点入り)
B版:限定100部:35,000円(税別 版画2点入り)

06磯崎新のスケッチブック
版画掌誌『ときの忘れもの』第2号より

051999年のインド旅行の折のスケッチ
版画掌誌『ときの忘れもの』第2号より


版画掌誌『ときの忘れもの』第2号収録作品
01磯崎新
「ファテプール・シクリ1」
2000年  エッチング
13.5×18.0cm
Ed.35  サインあり
*A版に収録

02磯崎新
「アグラの赤い城」
2000年  エッチング
18.0×13.5cm
Ed.35  サインあり
*A版に収録

03磯崎新
「ファテプール・シクリ2」
2000年  エッチング
13.5×18.0cm
Ed.35  サインあり
*A版に収録

04磯崎新
「ファテプール・シクリ3」
2000年  エッチング
13.5×18.0cm
Ed.135  サインあり
*A版、B版に収録

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*画廊亭主敬白
 東京は大雪です。
交通機関も大混乱、スタッフの一人加畑からのメールでは乃木坂を昨夕17時に出たのに22時の時点でまだ町田の自宅に辿りつけないとか・・・
実は本日午前の便で、秋葉と新澤はシンガポールに向けて羽田を飛び立つ予定なのですが、果たしてどうなることやら。

本日のブログは植田実先生に18年前(もうそんなに経ったのか)に書いていただいた文章です。
いま埼玉県立近代美術館国立近現代建築資料館で奇しくも同じ磯崎新先生の版画「還元」シリーズが展示されており、建築家がなぜ描くか、版画を制作するのかについて論じていただいた版画掌誌の文章を再録しました。

以下は亭主の「編集後記」からの抜粋です。
 「版画は余技ではなく、自分の建築を批評すること」。優れた建築家とは優れたアーティストだと思う。建築家の磯崎新が版画制作に取り組んだのは1977年からで、当時私が主宰していた現代版画センターからの依頼がきっかけだった(その経緯は、昨年住まいの図書館出版局から刊行された磯崎新著『栖十二』巻末の栞[Appendix]17〜19頁に書いてあるので参照されたい)。建築家が技術者としてみられている日本では珍しいことだった。その後、20数年たった今にいたるまで、建築家は版画から撤退することなく、制作を続けている。編集者としてそれをずっとみてきた植田実氏に建築家が描くことの意味について執筆していただいた。
 「カメラを持つと、カメラの眼を頼ってしまい、空間を身体で感じることができない」。私が磯崎アトリエに通い出した70年代後半には建築家はすでにカメラを捨てており、かわりにスケッチブックがいつも旅の同伴者だった。何十冊にもなるそれらのスケッチブックから、昨年発表した『栖十二』の40点にも及ぶ銅版画連作が生まれ、今回本誌に挿入した銅版画も昨年インド旅行したときのスケッチをもとに帰国後制作されたものである。磯崎ファンならずとも覗いてみたいそのスケッチブックを、一冊まるごと特集させて貰った。(後略)
2000年3月 綿貫不二夫
*版画掌誌『ときの忘れもの』第2号 編集後記より抜粋
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現在開催中の「Arata ISOZAKI × Shiro KURAMATA: In the ruins」の展示風景をご紹介します。
201801_磯崎倉俣展_01

201801_磯崎倉俣展_04

201801_磯崎倉俣展_06

201801_磯崎倉俣展_07

201801_磯崎倉俣展_08

201801_磯崎倉俣展_09

201801_磯崎倉俣展_10

201801_磯崎倉俣展_11
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆埼玉県立近代美術館で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が始まりました。現代版画センターと「ときの忘れもの」についてはコチラをお読みください。
会期:2018年1月16日(火)〜3月25日(日)
埼玉チラシAY-O600現代版画センターは会員制による共同版元として1974年に創立、1985年までの11年間に約80作家、700点のエディションを発表し、全国各地で展覧会、頒布会、オークション、講演会等を開催しました。本展では45作家、約300点の作品と、機関誌等の資料、会場内に設置した三つのスライド画像によりその全軌跡を辿ります。同館の広報誌もお読みください。

○<「版画の景色」@埼玉県立近代美術館。現代版画センター(1974-85)に関する予備知識ゼロだけど楽しめた。部屋に飾りたいと思うの多数。磯崎新のシルクスクリーンが超かっこよくて驚いた。
ジョナス・メカスのこれが良すぎた。ほしい。「夜の街を走る車 マンハッタン」1983
ひっそりと戸張孤雁(1882 - 1927)が展示されてたけど、あれはどういう文脈だったのかしら。この人だけ時代違う。

(20180121/KNMさんのtwitterより)>

○<埼玉近代美術館の企画展「版画の景色」を観てきました。魅力的な現代アートの数々を目にする事ができて興奮しました。ウォーホルや草間彌生の作品があったのも驚きましたが、磯崎新の建築物を描いたシルクスクリーンが特に印象に残りましたね。また観に行こうと思います。
(20180121/Takao Rival‏さんのtwitterより)>

○<本日は埼玉県立近代美術館で版画の景色展をみてまいりました
版画と言うのはどうも自分の中で整理がつかないものがあり興味深くみたのですがますます分からなくなりました(笑)
抽象表現とは相性が良いですね
MOMASコレクションで小村雪岱の青柳がみれました

(20180120/しの‏さんのtwitterより)>

現代版画センターエディションNo.42 島州一「ゲバラ」
現代版画センターのエディション作品を展覧会が終了する3月25日まで毎日ご紹介します。
042_島州一《ゲバラ》島州一《ゲバラ》
1974年 
布にシルクスクリーン(刷り:小峰プロセス)
Image size: 69.0×99.0cm
Sheet size: 103.1×125.1cm
Ed.50  サインあり

昨日に続き、島州一先生のエディションです。
版画の定義は文字通り「版の絵」であり、支持体は問わない。現代版画センターは島先生の布に刷ったこの作品をはじめ、アクリルやキャンバスに刷った版画作品をいくつもエディションしました。

パンフレット_05


◆国立近現代建築資料館で2月4日[日]まで「紙の上の建築 日本の建築ドローイング1970s-1990s」展が開催中。磯崎新、安藤忠雄らの作品が出品されています。展覧会については戸田穣さんのエッセイをお読みください。
磯崎新「還元LECTURE HALL-2 」磯崎新
「LECTURE HALL-II」
1982年
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
イメージサイズ:55.0x55.0cm
シートサイズ:90.0x63.0cm
Ed.75  サインあり
*現代版画センターエディション

ギャラリートーク「建築版画の世界」のご案内
植田実(住まいの図書館出版局編集長)× 石田了一(石田版画工房)× 綿貫不二夫(ときの忘れものディレクター)
司会:日埜直彦
日時:1月27日(土曜日)14時から
場所:文化庁国立近現代建築資料館
住所:〒113-8553 東京都文京区湯島4-6-15
入場方法:旧岩崎邸庭園からの入館となりますので、入園料400円(一般)が必要となります。

●日経アーキテクチュアから『安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言』が刊行されました。
亭主もインタビューを受け、1984年の版画制作始末を語りました。日経アーキテクチュア編集長のコラム<建築家・安藤忠雄氏の言葉の力:第3回>で、出江寛先生、石山修武先生の次に紹介されていますので、お読みください。

◆ときの忘れものは「Arata ISOZAKI × Shiro KURAMATA: In the ruins」を開催しています。
会期=2018年1月9日[火]―1月27日[木] ※日・月・祝日休廊
磯崎新のポスト・モダン(モダニズム)ムーブメント最盛期の代表作「つくばセンタービル」(1983年)に焦点を当て、磯崎の版画作品〈TSUKUBA〉や旧・筑波第一ホテルで使用されていた倉俣史朗デザインの家具をご覧いただきます。他にも倉俣史朗のアクリルオブジェ、磯崎デザインの椅子なども出品します。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。18〜24頁にときの忘れものが特集されています。
06駒込玄関ときの忘れものの小さな庭に彫刻家の島根紹さんの作品を2018年1月末まで屋外展示しています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

倉方俊輔「『悪』のコルビュジエ」連載を終えて

「『悪』のコルビュジエ」連載を終えて

倉方俊輔


これはとんでも無いことを引き受けたと感じたのは、2016年夏に光嶋裕介さんからお声がけいただいて、ル・コルビュジエに関する連載を受け、この期に未見の作品も訪れようと企てた秋のヨーロッパ旅行の最中だった。
だいぶ以前に、どなたかは忘れてしまったが、建築家はどれだけ後世に論文を産み出させたかに価値がある。コルビュジエを扱った論文は近ごろ多産で、アカデミックなポストを多くの人に与えているといった少し皮肉が入った文章を書かれていた記憶があって、それから数十年が経過した今回の旅行で、作品ごとに1冊、多いものでは2、3冊の書籍が刊行されているというコルビュジエ研究の一大蓄積を目にし、これは叶わないなあと改めて感じた。私も専門研究者なので、オリジナルの史料や作品を深く読み込まない文章が、どれだけ切ないものかは知っているつもりだ。切ないというのは、一見すると魅力的だが、スカスカで、そのスカスカさが時間が経つにつれ外面をも侵食して、見るに耐えないものになるから。
困った、困った。
連載では、2016年に世界文化遺産となった17のコルビュジエ作品のうち、過去に私が見たものと先の旅行の見学対象を合わせて12作品を扱うことにした。国内の作品でなじみが深い国立西洋美術館を1月号に掲載し、以後は竣工年の順に取り上げる。光嶋さんのドローイングが雑誌『建築ジャーナル』の表紙を飾る。私の文章は同誌の中に見開きで掲載される。同じ毎月1作品に光を当てながら、光嶋さんと私の仕事は同時に進めよう。光嶋さんのドローイングは、文章に添えるイラストではない。私の文章も、単なる描写対象の解説文ではない。だから並行して、自然に絡み合うに違いない。プロジェクトの概略は気心が知れた光嶋さんとなので、さっと決まった。
「『悪』のコルビュジエ」というタイトルも、ふとした拍子に降ってきた。本当に建築の世界は「善」ばかり。特に建築家の言葉はそうかもしれない。社会的な存在であるし、仕事を頼まれないと仕事が始まらない。クライアントを獲得するためには分かりやすく、良く、当時の時流に乗った言葉を吐かないといけないからだろうか。そうである。自分のやっていることが「悪」だなんて言ったら、クライアントに不誠実だろう。金を出したのはクライアントであって、あなたの作品ではないのだ。絵画や音楽などと勘違いしてはダメ。所員さん、大工さん、みんなで力を合わせて生まれたものである・・それはそうだが、だったら「建築家」は要るのか? 少なくとも近代のそれは、とてもエゴ(自我)イスティックな存在ではないのか。昨今のモダニズム評価の傾向のように、その前提を抜きに、近代の建築や建築家が良い物語の退屈さに懐柔されてしまっては、彼らが生み出した必要のなかった軋轢の意味が無いではないか。
そんなエゴの近代を乗り越える、なんて言葉が近年の「善」だが、簡単ではないだろう。必要なのかも怪しい。疑ったほうがいい。私たちが前進できるとしたら、「悪」の中にある価値を見出そうとすることからではないか。本人も悪い気が無かったりするし、大建築家ともなると全身建築家だから、見た目も口ぶりも紳士そのものだ。建築家の「善」に騙されないほうがいい。それは楽だけど。いい人にもなれるけど。
「『悪のコルビュジエ』というのは面白いですね。タイトルがいい」と先日、日本建築協会創設100周年の記念シンポジウムでご一緒した槇文彦さんが、控え時間に二人きりでしゃべっている時に微笑まれたので、驚いて尋ねると、富永譲さんが教えてくれたとのことで、コルビュジエに実際にお会いした建築家と、数十年来の誠実な研究・実践者である建築家の寛容さに恐縮するばかりだった。

そんな連載を終えることができたのは、なぜか。毎回、困った挙句、書き始めると文章ができてしまっていたのは、珍しい経験だった。おそらく、使えるものがないのが理由の一つ。事実にしても論理にしても、それだけで自明に新規であったり、社会の中で何かの役割を果たす正統性を有していないのだ。ゼロから書くしかないから、書いているうちに生まれる。波をせき止めない書き方は、このところの私が封印してきたものだった。
「悪」というタイトルも大きいだろう。「悪」なんだから、と開き直って、分かりやすい善悪の構図などに収めなくても良かったのが、二つめの理由。
昔の文章が好きだ。手で原稿を書いていた時代の文章が。ワープロ(後にパソコン)と異なり、いちいち消したり、位置を変えたりするのが手書きは面倒である。すでに文字として表してしまったものから、言葉を続けることになる。理屈を後付ける。流れの辻褄を合わせる。読者にとってはそれがリズムとなり、単語や構成の伏線が生まれ、単純に要約できたり、データとロジックとに還元できるものにならない。文章とは死んだものではない。ライブなのだ。昔の文章は、そんなものだったから今見ると長い。現在ならYoutubeのようなものだ。そんな文章の最後の書き手を建築界で挙げれば、藤森照信さんだと思う。世代が少し上だけど、現役の方で言えば、あと植田実さん。大好きだ。
私の初めての単著『吉阪隆正とル・コルビュジエ』(王国社、2005年)がそんな文章の実験でもあったのを今、思い出した。中学校からワープロを使っているので手書き能力を喪失した自分としては徹底的にコピーペーストで推敲して、エピゴーネン嫌いとしては誰かの文章に似ないように努めた12年前の経験が、期せずしてコルビュジエというテーマでつながった。
綿貫さんが「最終回の弁または連載を終えて」を書いてくださいとおっしゃって、何も思い浮かばずに書き始めたら意外に長くなった。「ときの忘れ物」だからだ。これが連載が誕生した第三の理由でもあるだろう。磯崎新さんの「悪」が大好きなのだが‐それが無いエピゴーネンが好きではないのだが‐、住まい学体系第100巻『栖すみか十二』(住まいの図書館出版局、1999年)は、肉体で書いた文章の最たるものと昔から認識していた。その立役者から画文集を依頼されたのだから、と言い訳にして、自分の枠を取り去れたのだと思う。

『悪』のコルビュジエ 連載12回の目次
表紙_600
・第1回 建築家の欲望 国立西洋美術館

表紙2月
・第2回 罪作りな延命 ラ・ロッシュ・ジャンヌレ邸

表紙
・第3回 答えない男 ペサックの集合住宅

表紙
・第4回 明白な夏 ヴァイセンホフ・ジードルングの住宅

表紙
・第5回 一つのピリオド サヴォア邸

表紙
・第6回 透明な砦 ナンジュセール・エ・コリ通りのアパート(ポルト・モリトーの集合住宅)

表紙
・第7回 停泊させられた船 イムーブル・クラルテ

表紙
・第8回 時代からの出航 マルセイユのユニテ・ダビタシオン

表紙
・第9回 孤立するモダン ロンシャン礼拝堂

表紙
・第10回 歳月の手触り ラ・トゥーレットの修道院

表紙
・第11回 投げ出された自由 チャンディーガルのキャピトル・コンプレックス

表紙
・第12回 浮遊する永遠 フィルミニの文化と青少年の家

■倉方俊輔 Shunsuke KURAKATA
建築史家。大阪市立大学大学院工学研究科准教授。1971年東京都生まれ。著書に『東京レトロ建築さんぽ』『ドコノモン』『吉阪隆正とル・コルビュジエ』、編著に『吉祥寺ハモニカ横丁のつくり方』ほか。
生きた建築ミュージアム大阪実行委員会委員

●BSフジで毎週火曜 に放映される「ブレイク前夜〜次世代の芸術家たち〜」に光嶋裕介さんが紹介され、ユーチューブでも見ることができます。


◆埼玉県立近代美術館で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が始まりました。
現代版画センターと「ときの忘れもの」についてはコチラをお読みください。
会期:2018年1月16日(火)〜3月25日(日)
埼玉チラシAY-O600現代版画センターは会員制による共同版元として1974〜85年までの11年間に約80作家、700点のエディションを発表し、全国各地で展覧会、頒布会、オークション、講演会等を開催しました。本展では45作家、約300点の作品と、機関誌等の資料、会場内に設置した三つのスライド画像によりその全軌跡を辿ります。同館の広報誌もお読みください。

○<「版画の景色 現代版画センターの軌跡」堂々オープンしました!
そうそうたる作家陣45名による約280点の作品・資料の展示。
大展示室、順路はありません。現代版画センターが提唱した作品との自由な出逢いをお楽しみください。

(20180116/埼玉県立近代美術館さんのtwitterより)

○<1月16日(火)〜3月25日(日)に埼玉県立美術館で開催される『版画の景色ー現代版画センターの軌跡』展に、ぼくの最初期の版画3点が展示されます。
「現代版画センター」は、1974年に綿貫不二夫さん(現・ときの忘れもの主宰)が立ち上げた、版画の普及とコレクターの育成を目指した運動体で、惜しくも1985年に倒産するまでの10年間に多くのアーティストに版画制作の機会を提供しました。
ぼくは1982年に「美学校」のシルクスクリーン工房による「プリントシンポジウム」という公開制作の場に呼ばれて、初めての版画を制作しましたが、そのときの版元が「現代版画センター」でした。その間の経緯などを、同展カタログでアンケートに答える形で執筆しています。

(20180104/堀浩哉さんのメルマガより)

○<埼玉近美、今日から始まった「版画の景色/現代版画センターの軌跡」展に出掛けてきた。たっぷり3時間の満足感。資料コーナーが閲覧しづらいのが難点。大展示場に順路表示がないが、自由に鑑賞してくださいの看板があれば、なお親切。欲しい作家の作品が満杯。中でも関根伸夫さんの版画に興味津々。  
埼玉近美「版画の景色/現代版画センターの軌跡」展の図録。オノサトトシノブ、菅井汲、元永定正、堀内正和、大沢昌助の当時のオリジナル版画が封入された特装版が破格との情報だったが、5人の作品が1点封入という形だった。5作品各10部ずつの限定50冊。私は、迷った挙げ句、元永定正を選択。

(20180116/ouro1008さんのtwitterより)

○<埼近美の現代版画センター展の初日に行けた。
カラフル、抽象、前衛、写実、、、
アートの超豪華フルコースって感じでした。。ほんと良い。これで1000円は安い、安すぎる。。
あと2回は行きたいなぁ。
展示を観たらアンディウォーホル好きになっちゃった

(20180116/もしゆかさんのtwitterより)

現代版画センターエディション番外 オノサト・トシノブ「GHC1(黄)」
現代版画センターのエディション作品を展覧会が終了する3月25日まで毎日ご紹介します。
オノサト・トシノブ_GHC1
1974年度入会プレミアム作品 オノサト・トシノブ「GHC1(黄)」
1974年  シルクスクリーン(刷り:岡部徳三) 10×10cm
Ed.1500 スタンプサイン
*レゾネ(『ONOSATO オノサト・トシノブ版画目録 1958-1989』ART SPACE 1989年刊)94番
現代版画センターのエディションNo.1は1月16日に紹介した靉嘔「I love you」ですが、実質的に最初に制作したのはオノサト・トシノブの入会プレミアム2点でした(もう一点は明日ご紹介します。
創立の1974年度から1980年度まで、毎年会員にはラージエディションによる「入会プレミアム作品」を送っていました。7年間、毎年二種類、計7作家(オノサト・トシノブ、木村茂、菅井汲、堀内正和、日和崎尊夫、元永定正、大沢昌助)の14作品が制作されました。エディション番号はついておらず、すべて番外作品です。
パンフレット_05

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆国立近現代建築資料館で2月4日[日]まで「紙の上の建築 日本の建築ドローイング1970s-1990s」展が開催中。磯崎新、安藤忠雄らの作品が出品されています。展覧会については戸田穣さんのエッセイをお読みください。
磯崎新「還元LECTURE HALL-2 」磯崎新
「LECTURE HALL-II」
1982年
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
イメージサイズ:55.0x55.0cm
シートサイズ:90.0x63.0cm
Ed.75  サインあり
*現代版画センターエディション

ギャラリートーク「建築版画の世界」のご案内
植田実(住まいの図書館出版局編集長)× 石田了一(石田版画工房)× 綿貫不二夫(ときの忘れものディレクター)
司会:日埜直彦
日時:1月27日(土曜日)14時から
場所:文化庁国立近現代建築資料館
住所:〒113-8553 東京都文京区湯島4-6-15
入場方法:旧岩崎邸庭園からの入館となりますので、入園料400円(一般)が必要となります。

●日経アーキテクチュアから『安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言』が刊行されました。
亭主もインタビューを受け、1984年の版画制作始末を語りました。日経アーキテクチュア編集長のコラム<建築家・安藤忠雄氏の言葉の力:第3回>で、出江寛先生、石山修武先生の次に紹介されていますので、お読みください。

◆ときの忘れものは「Arata ISOZAKI × Shiro KURAMATA: In the ruins」を開催しています。
会期=2018年1月9日[火]―1月27日[木] ※日・月・祝日休廊
磯崎新のポスト・モダン(モダニズム)ムーブメント最盛期の代表作「つくばセンタービル」(1983年)に焦点を当て、磯崎の版画作品〈TSUKUBA〉や旧・筑波第一ホテルで使用されていた倉俣史朗デザインの家具をご覧いただきます。他にも倉俣史朗のアクリルオブジェ、磯崎デザインの椅子なども出品します。
版画掌誌第2号
版画掌誌第2号
オリジナル版画入り美術誌
2000年/ときの忘れもの 発行
特集1/磯崎新
特集2/山名文夫
B4判変形(32.0×26.0cm) シルクスクリーン刷り
A版:限定35部:120,000円(税別 版画6点入り)
B版:限定100部:35,000円(税別 版画2点入り)


●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。18〜24頁にときの忘れものが特集されています。
06駒込玄関ときの忘れものの小さな庭に彫刻家の島根紹さんの作品を2018年1月末まで屋外展示しています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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ギャラリー&編集事務所「ときの忘れもの」は建築家をはじめ近現代の作家の写真、版画、油彩、ドローイング等を扱っています。またオリジナル版画のエディション、美術書・画集・図録等の編集も行なっています。
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