君島彩子のエッセイ

君島彩子のエッセイ「墨と仏像と私」 第13回(最終回)

君島彩子のエッセイ「墨と仏像と私」 第13回

「花まつり」


4月8日、この連載を始めてから丁度1年が経った。

本日4月8日が「花まつり」、釈迦の誕生日であると気がつく人が日本にはどのくらいいるのだろうか?12月25日のクリスマスがキリストの誕生日であることは殆どの日本人が知っているのだが、年度始めの花まつりが浸透する気配は感じられない。年末が近づき街中がイルミネーションで飾られているので、クリスマスはすぐに思い出される。しかし、通常の生活をしていると花まつりを街中で感じることはできない。

ところが先日、銀座の鳩居堂に筆を買いに行った際、店の前にきれいな花で飾り付けられた花御堂とその中に誕生仏が飾られていて驚いた。あまり意識しなかったが、鳩居堂では毎年飾られていたのかもしれない。

花まつりは、正式には灌仏会と呼ばれる仏教行事である。日本では多くの場合、花で飾りつけをした花御堂を作り、その中に灌仏桶を置き、甘茶を満たす。誕生仏の像をその中央に安置し、柄杓で誕生仏に甘茶を灌ぐ。これは、生まれたばかりの釈迦の体に、9頭の龍が天から清浄の水を灌いだとか、竜王が釈迦の誕生を祝って甘露の雨を降らせたという伝説にちなんだものと言われている。

銀座の真ん中で誕生仏に甘茶を灌ぎ、手を合わせてきた。春は色々な花が咲く季節。生花で飾られた小さな仏様に甘茶を灌いで春を感じるのも良いかもしれない。

さっそく購入した筆で誕生仏と花を描いてみた。墨の色だけで春の雰囲気を伝えるのは難しいが、薄墨の色が伝われば嬉しい。

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一般的に使われる「花まつり」の名称は、明治時代以降に作られたものだが、現在は宗派を問わず灌仏会の代名詞として多くもちいられている。

花まつりに一番親しんでいるのは、仏教系の幼稚園や保育園の園児ではないだろうかと私は予想している。園児たちにとっては、甘茶を灌いだり飲んだりする日であり、華やかな稚児行列を出す寺院も多いので、仮装を楽しみにしている子供もいるだろう。

以前、花まつりの手伝いをした際に多くの子供達が、誕生仏に甘茶を灌ぐことを知っており驚いた。中には天と地を指さして小さな釈迦の真似をしてくれた子供もいた。釈迦は生まれてすぐ、7歩あゆみ右手で天を指し左手で地を指し「天上天下唯我独尊」と言ったと伝えられている。私は甘茶を灌いだ後に天と地を指さした子供の堂々とした表情は忘れられない。

クリスマスのように一般化してはいないが、花まつりは子供達を通じて受け継がれていくでしょう。何かと忙しい年度始めですが、子供の頃に甘茶を灌いだ記憶のある方は、気分転換に寺院に足を運ぶのもいいかもしれません。

この連載は本日が最終回です。このような機会を作って下さった「ときの忘れもの」の皆様に感謝いたします。この1年間で改めて仏像について考えたり、自分の未熟さを痛感したりと多くを学ぶ良い機会になりました。

この4月から本格的に仏像の研究を行うことになりました。近代化していくなかで仏像の形や意味も変わってきました。その中でも変わらない部分もあるのではないかと考えながら研究を進める日々です。いつかまたこの場で自分自身の研究の成果を発表できればと願っております。

1年間ありがとうございました。
(きみじまあやこ)

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・新連載・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は毎月5日の更新です。
 ・君島彩子のエッセイ「墨と仏像と私」は今月8日の更新で最終回です。
 ・故・針生一郎の「現代日本版画家群像」の再録掲載は毎月14日の更新です。
 ・鳥取絹子のエッセイ「百瀬恒彦の百夜一夜」は最終回を迎えました。
 ・井桁裕子のエッセイ「私の人形制作」は毎月20日の更新です。
  バックナンバーはコチラです。
 ・森下泰輔のエッセイ「私のAndy Warhol体験」は毎月22日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「母さん目線の写真史」は毎月25日の更新です。
 ・「スタッフSの海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」は終了しました。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」は英文版とともに随時更新します。
 ・浜田宏司のエッセイ「展覧会ナナメ読み」は随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイ他を随時更新します。
 ・ときの忘れものではシリーズ企画「瀧口修造展」を開催し、関係する記事やテキストを「瀧口修造の世界」として紹介します。土渕信彦のエッセイ「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。

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◆ときの忘れものは2014年4月2日[水]―4月11日[土]「百瀬恒彦写真展―無色有情」を開催しています(*会期中無休)。
DM画像600百瀬恒彦が1990年にモロッコを旅し、城壁の街フェズで撮ったモノクロ写真約20点を展示します。あわせてポートフォリオ『無色有情』(10点組、限定部数12部)を刊行します。
その写真世界については鳥取絹子のエッセイ「百瀬恒彦の百夜一夜」をお読みください。

●出品作品を順次ご紹介します。
momose_04_mushoku_08ポートフォリオ『無色有情』より10
1990年(2013年プリント)
ゼラチンシルバープリント、バライタ紙
25.4×20.3cm
サインあり

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本日のウォーホル語録

<お金で友人を買うのはすばらしい。お金をたくさん持っていて、それで、人をひきつけるというのが悪いことだとは思わない。ほら、見てごらん!あなたはみんなをひきつけてるではないか!
―アンディ・ウォーホル>


ときの忘れものでは4月19日〜5月6日の会期で「わが友ウォーホル」展を開催しますが、それに向けて、1988年に全国を巡回した『ポップ・アートの神話 アンディ・ウォーホル展』図録から“ウォーホル語録”をご紹介して行きます。

君島彩子のエッセイ「墨と仏像と私」 第12回

君島彩子のエッセイ「墨と仏像と私」 第12回

「花を描きながら」


最近、本格的に仏像に関係する調査を行うようになってきたので、以前よりも寺院を訪れる機会が増えてきた。2月は珍しく東京で大雪が降ったが、多くの寺院で美しい梅の花を見ることができた。

せっかく梅を愛でたので、梅を描こうと思い真っ白い紙に向かった。しかし、尾形光琳をはじめとした先人が描いた梅のモチーフが次々と思い出され、なかなか自分らしい梅の花を描くことができない。そうやって悩んでいたら、だんだん本物の梅の感動が薄れてきてしまい、筆を置いてしまった。

描画材料に墨を用いると、所謂「日本画」のイメージに引きずられることを常に心配してしまう。もちろん長い年月、描かれ続けるモチーフにはそれだけの魅力があるのだが、形式化が進むと、時として非常に陳腐なイメージになってしまう。特に花は陳腐なイメージになってしまう可能性が、強いように感じられる。

しかし、今年は花というテーマで制作を続けるつもりである。今の時代だからこそ描ける花のイメージがあるのではないかと模索している。梅を描くのは止めたが、代わりに以前から何度かテーマにしている蓮の花を描いてみた。

墨は少し紫がかった色を使用し、普段使用している青墨よりもまったりとした印象になってしまったのが残念だが、私のイメージする蓮の花が描けたと思う。蓮の花は、今後も描き続けたいテーマである。

Lotus_600君島彩子
「Lotus」
2014年
紙、墨
19.0x28.0cm


蓮の花は、寺院で最もよく見かける花の意匠である。仏像の持物や蓮華座だけでなく、様々な場所に蓮華のデザインが使用されている。また仏前には、常花と呼ばれる金色の蓮華が置かれていることが多く、他の生花とは異なり一年を通して蓮の花は見ることができる。

どんな泥水の中でも美しい花を咲かせる蓮の花は、仏教において智慧や慈悲の象徴とされてきた。また死後に極楽浄土に往生し、蓮の花の上に生まれ変わって身を託すという思想もあり、蓮の花は非常に重要なモチーフとされてきた。

実際の蓮の花が咲くのは6月くらい。まだまだ早いけれども仏像について研究しているのだから、蓮華を描くのは奥深いかもしれないなどと考えつつ制作を行った。しかし、蓮の花もまた多くの先人によって描かれており、自分のスタイルを確立するにはまだ時間がかかりそうである。

花のシリーズが完成した時には、まとまった形で発表することができればと考えて制作を続けている。また、研究を進めている仏像についても、数年後にはきちんと論文として発表できればと考えている。二足のわらじがどのように影響しあうか、まだ分からないけれども、蓮の花の表現はひとつの結果かもしれない。
(きみじまあやこ)

◆君島彩子のエッセイ「墨と仏像と私」は毎月8日の更新です。
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本日のウォーホル語録

「撃たれる前、ぼくは、自分がトータルにその場にいないで、半分だけ存在しているようにいつも思っていた。もしかして、人生を生きているかわりにテレビを見ているんじゃないかと思っていた。ときどき、人々は、映画で起こることは現実じゃないと言うけれども、明らかに、あなたの人生で起こることも、非現実的なんだ。映画は、本当のことのように強烈に感情をわきたたせるけれども、あなたの身に本当に起こることは、まるでテレビを見ているみたいで――あなたは何も感じない。ぼくが撃たれてしばらくは、テレビを見ているようだった。チャンネルは変わってもテレビには変わりなかった。本当に何かに巻き込まれているときには、いつも人は何か別のことを考えている。ことが起こったとき――人は他の空想にふけっている。
―アンディ・ウォーホル」


ときの忘れものでは4月19日〜5月6日の会期で「わが友ウォーホル」展を開催しますが、それに向けて、1988年に全国を巡回した『ポップ・アートの神話 アンディ・ウォーホル展』図録から“ウォーホル語録”をご紹介して行きます。

アンディ・ウォーホル『ポップ・アートの神話 アンディ・ウォーホル展』図録
1988年
30.0x30.0cm
56ページ
図版:114点収録
価格:3,150円(税込)※送料別途250円

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君島彩子のエッセイ「墨と仏像と私」 第11回

君島彩子のエッセイ「墨と仏像と私」 第11回

「十一面観音菩薩像」


東日本大震災からもうすぐ3年が経つ。これまでもテレビ越しに、阪神大震災や中越沖地震などの被害を見てきたので、地震の恐ろしさを感じることは何度もあった。しかし津波と原発に関しては、今回の震災で初めて恐怖を感じる体験をした。

上空から映しだされる津波の映像は今でも目にやきついている。そして現地を訪れ、10メートルを超える津波の爪痕を目の前にして、改めて自然の脅威を感じた。歴史的な史料からも三陸海岸が、何度も津波の被害に苦しめられてきたことが分かる。そのため巨大な防潮堤が作られた地域も多かった。けれども津波が、防潮堤を超えるニュースの映像を見て、自然の力を防ぐことの難しさを感じた。

先日、畑中章宏の『津波と観音 十一の顔をもつ水辺の記念碑』を読んだ。この本の中で、平安時代以前に建てられた三陸海岸の社寺の多くは、高台にあり津波の被害を間逃れたと述べられていた。逆に、近代になって高台から降ろされた観音像は、津波で破損したそうだ。仏像には、古代からの様々なメッセージが込められており、私たちはそれを見逃してはいけないのだと感じた。

特に十一面観音像は、海や川そして湖などの側に祀られていることが多い。それは、治水や利水のための事業に命を懸けた人々を弔うため、また津波や洪水の経験を記憶にとどめるためではないかと畑中氏は論じている。本の副題につけられた「十一の顔をもつ水辺の記念碑」とは、水辺に建立された十一面観音像のことである。

「水と十一面観音」と言えば『十一面観音巡礼』を思い出す。白洲正子は、水神信仰との習合を確認するため十一面観音を巡っている。この本の中で紹介された多くの十一面観音像の中で、私が最も美しいと感じたのは、白洲が「蓮のうてなから、一歩踏み出さんとする動きには、こぼれるような色気がある」と述べた渡岸寺の十一面観音像である。

十一面観音_600


実は私は、自分の部屋の壁に、この十一面観音像のポスターを貼っている。この絵を描いているときに、3月11日の地震でフレームだけが落下し、十一面観音像のポスターだけが壁に残されていたのを思い出した。そんな私にとって思い出深い十一面観音像である。

この像は、檜の一木造りで、彩色、金箔等を施さない素地仕上げである。作られたのは、平安初期と考えられている。頭上面が大きく、左右2面が更に大きい憤怒面で、頂上面が菩薩形、そしてインドや西域風の顔立ちなど一般的な十一面観音像とはかなり異なっている。このような異形の像が、琵琶湖の湖畔に建立されたのは、何か水にまつわるメッセージが込められているのかもしれないと思った。古代には建立地と仏像には深い繋がりがあったのだから、大きな湖と因果関係があってもおかしくはない。

現在、日本中に溢れかえる公共彫刻の中で、場所との関係性を考えて設置されているものがどの程度あるのだろうか。碑や像を立てる行為は、後世へメッセージを伝えるという意味もあるのだと、もう一度考えるべきでではないか。私は、街中の裸婦や抽象的モニュメントを見ながら考えた。勿論、政教分離のご時世に仏像を街中に設置するのは難しいだろうが。
(きみじまあやこ)

◆君島彩子さんのエッセイ「墨と仏像と私」は毎月8日の更新です。

君島彩子のエッセイ「墨と仏像と私」 第10回

君島彩子のエッセイ「墨と仏像と私」 第10回

「新年に向けて」


あけましておめでとうございます。
昨年は、ときの忘れものでの展示、韓国での展示など多くの活動の場を提供していただき充実した1年を過ごすことができました。また、このような連載をさせていただいたことを光栄に思います。そして、私のつたない文章にお付き合いいただいた皆様にも心より感謝いたします。

01_600君島彩子
「Flower Basket」
2014年
水彩紙、墨
38.0x54.0cm


新年に向けて描いた今年最初の作品になります。早春の花を籠に活けた花籠を描きました。この作品では、籠の部分が有刺鉄線になっています。昨年も何点かの新作で、植物と有刺鉄線を描いたのですが、引き続き今年も「花と有刺鉄線」をモチーフにした作品を制作していきたいと考えております。

有刺鉄線は危険区域や立入禁止区域に張られたものです。今も世界中の多くの場所に有刺鉄線が張られており、有刺鉄線のある場所は多くの問題を内包しているとも言えます。しかし、そのような場所でも植物は自由に生き、花を咲かせています。私はそこに、人間には超えられない強さと美しさを感じるのです。

また昨年、福島県の帰還困難区域でアスファルトを割って生きている植物達を見たことも、草花をテーマに制作をしていこうと決めた大きな動機となっております。人のいない場所でも花は咲いているのだと改めて感じました。

モチーフは少しずつ変化していますが、本年も引き続き墨による制作を続けていき、墨の魅力をもっと引き出すことができるように、研究をしていきたいと考えております。

特に墨による絵画が、インターナショナルな表現であることを伝えていければと思っています。墨は紀元前より現在に至るまで、中国を中心に東アジアで使用された筆記、描画材料です。筆記つまり書を中心に発達してきましたが、唐代後半には山水画の技法として水墨画が成立し、さらに禅宗の普及とともに、朝鮮半島、日本にも広がりそれぞれの発展をみせました。

中世から近世にかけての水墨画は、親密な絵画交渉により作風のみでは作られた地域を特定出来ないものも多いです。それは、禅宗の画僧の交流に中心となり、東アジアにおいてインターナショナルに水墨画の情報が共有なされていたからです。もちろん大和絵や民画など各国で自国の文化と結びついたすばらしい水墨画が多く制作されています。しかし、墨にはひとつの国や地域に収まらない魅力があると私は考えております。

今年も、多くの地域を訪れ、多くの方と出会い新しい作品を制作していくことができればと考えております。本年もどうぞよろしくお願い致します。
(きみじまあやこ)

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君島彩子 Ayako KIMIJIMA(1980-)
1980年生まれ。2004年和光大学表現学部芸術学科卒業。現在、大正大学大学院文学研究科在学。
主な個展:2012年ときの忘れもの、2009年タチカワ銀座スペース ���tte、2008年羽田空港 ANAラウンジ、2007年新宿プロムナードギャラリー、2006年UPLINK GALLERY、現代Heigths/Gallery Den、2003年みずほ銀行数寄屋橋支店ストリートギャラリー、1997年Lieu-Place。主なグループ展:2007年8th SICF 招待作家、2006年7th SICF、浅井隆賞、第9回岡本太郎記念現代芸術大賞展。

◆君島彩子さんのエッセイ「墨と仏像と私」は毎月8日の更新です。

◆ときの忘れものは2014年1月8日[水]―1月25日[土]「瀧口修造展 機を開催しています。
245_takiguchi2014年、ときの忘れものでは3回に分けてドローイング、バーントドローイング、ロトデッサン、デカルコマニーなど瀧口修造作品をご覧いただきます(1月、3月、12月)。
このブログでは関係する記事やテキストを「瀧口修造の世界」として紹介します。土渕信彦のエッセイ「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。

カタログのご案内
表紙
『瀧口修造展 I』図録
2013年
ときの忘れもの 発行
図版:44点
英文併記
21.5x15.2cm
ハードカバー
76ページ

執筆:土渕信彦「瀧口修造―人と作品」
再録:瀧口修造「私も描く」「手が先き、先きが手」
価格:2,100円(税込)
※送料別途250円(お申し込みはコチラへ)

瀧口修造 Shuzo TAKIGUCHIの出品作品を順次ご紹介します。
I-15(181)
瀧口修造 Shuzo TAKIGUCHI
「出品番号 I-15」
1961年
水彩、インク、紙
イメージサイズ:34.2×26.9cm
シートサイズ :35.2×27.0cm
右下に年記、サインあり

I-16(143)
瀧口修造 Shuzo TAKIGUCHI
「出品番号 I-16」
インク、紙(郵便はがき)
イメージサイズ:14.1×10.2cm
シートサイズ :14.1×10.2cm

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君島彩子のエッセイ「墨と仏像と私」 第9回

君島彩子のエッセイ「墨と仏像と私」 第9回

「『信貴山縁起絵巻』と法輪」


私の修士論文のテーマは、森村泰昌が『信貴山縁起絵巻』の「剣の護法」に扮した作品の研究でした。なぜこのテーマを選んだのかというと、古い仏教美術と現代美術を結びつけるような研究をしてみたかったからです。実際に、イメージ論や造形論だけでは語れない様々な要素があり、苦労しましたが貴重な経験でした。

最初は一般的な仏教美術的な印象だった『信貴山縁起絵巻』ですが、実際研究を進めてみると説話的要素や仏教が伝わる以前の稲作信仰の影響などがあり、仏教的な要素だけでは説明できない絵巻でした。そひて森村泰昌が映像セルフポートレート作品として表現した時、さらに様々な要素が付け加えられたのです。

『信貴山縁起絵巻』は10世紀初め醍醐天皇の時代に実在した僧命蓮にまつわる霊験譚、法力譚を表した絵巻で、現存する最古の縁起絵巻ですが、他の院政期の絵巻と同様に説話的な要素が強く、説話絵巻として制作されたものが後に内容と関係の深い信貴山に納められたと考えられています。鎌倉時代に数多く制作された寺社縁起絵巻のように、寺社の功徳を説明する要素は少なく娯楽的な要素が強いので、現代人の感覚からしても面白い絵巻といえると思います。

特に森村泰昌が扮した「剣の護法」はとっても不思議な存在で、単純に仏ということは出来ませんでした。「剣の護法」は童子の姿で剣を沢山つけた鎧を着ており、手には不動明王と同じ剣と索を持っています。そして法輪を転がしたり、法輪の上に乗ったりしています。『信貴山縁起絵巻』の中でも比較的有名な場面なので、見たことがある方も多いのではないでしょうか。

森村泰昌も法輪を回転させながら空を飛行する「剣の護法」を演じています。仏教の中で法輪は輪宝ともいい、釈迦が説いた法が人間の迷いや悪を破り、駆逐するさまを宝輪にたとえ、舵輪状のしるしにしたものを言います。法輪の図像は、寺院の装飾や仏像の甲冑の装飾などにも広く用いられており、釈迦の教えのシンボルですがが、ひとつのデザインパターンとして普及しているものです。今でもお寺に行くと法輪のデザインをよく見かけます。

私は以前から法輪のデザインが好きだったのですが、回転する様子を躍動的に描いたものは少なかったので、特に『信貴山縁起絵巻』が気に入っていました。そして森村泰昌が、その図像をもとに法輪が回転し飛び回る映像を制作したことで、改めて本来の回転する武器であるということを確認し、器を釈迦の教えに転化するイメージ力はすごいなと感じました。

このような例を見ていると、『信貴山縁起絵巻』のように古くからある美術作品を現代美術として表現することによって、本来の意味が理解できることもあるのではないのかと感じました。

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(きみじまあやこ)

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君島彩子 Ayako KIMIJIMA(1980-)
1980年生まれ。2004年和光大学表現学部芸術学科卒業。現在、大正大学大学院文学研究科在学。
主な個展:2012年ときの忘れもの、2009年タチカワ銀座スペース ���tte、2008年羽田空港 ANAラウンジ、2007年新宿プロムナードギャラリー、2006年UPLINK GALLERY、現代Heigths/Gallery Den、2003年みずほ銀行数寄屋橋支店ストリートギャラリー、1997年Lieu-Place。主なグループ展:2007年8th SICF 招待作家、2006年7th SICF、浅井隆賞、第9回岡本太郎記念現代芸術大賞展。

◆君島彩子さんのエッセイ「墨と仏像と私」は毎月8日の更新です。

君島彩子のエッセイ「墨と仏像と私」 第8回

君島彩子のエッセイ「墨と仏像と私」 第8回

「塑像について」


立体の美術作品のことを、技法によって「彫刻」「彫塑」と呼んでいる。しかし、一般的に定着しているのは「彫刻」の方である。「彫刻」という言葉は「彫塑」を含むが、「彫塑」には「彫刻」を含めない。

明治時代に「sculpture」の訳語として、「彫刻」と「彫塑」のどちらを用いるのか論争になったらしい。最終的に「彫刻」の方が広く使用されるようになったのは、近世まで制作されてきた仏像が木彫中心だったからではないのかと、私は予想している。

一木造りの仏像、さらに立木仏は霊木信仰などとも重なり、日本では木彫の仏像に対する独自の信仰が生まれた。そして、様々な仏像が木を彫る事によって作られたのである。奈良や鎌倉の大仏のように銅を鋳造した有名な仏像もある、けれども日本の仏像は木で作られたものが最も多い。そんな信仰を考えると、木の内側から彫り出すことによって表面化するイメージには、sculptureとは違う感覚があるのではないかとすら思える。

最近の美術批評では、「平面」に対して「立体」の語を使用する事が多いが、「彫刻」は、まだ根強く使用されている。街でよく見かけるブロンズ像は粘土で原型を作るが、皆「彫刻」と呼んでいる。そんなわけで少し影の薄い「彫塑」という言葉だが、土偶や埴輪のように粘土で作った造形の歴史は古く、粘土で作った仏像にも素晴らしい像がたくさんある。

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今回のスケッチは東大寺法華堂の月光菩薩像である。なんとなく日光菩薩像に似てしまったが、月光菩薩の方である。日光・月光菩薩は法華堂の本尊である不空羂索観音像の左右に立つ。日光・月光菩薩の呼び方は江戸以前の文献には出てこないため、制作された当初は、梵天・帝釈天像であったのではないかと考えられている。そのため、この像は「伝日光・月光菩薩像」と表記されていることが多い。

 長い間、他のお堂から移された仏像だと考えられてきたが、2009年に奥健夫氏が、日光・月光菩薩像は当初から法華堂の不空羂索観音の眷属として立っていた可能性が高いと論文で発表したことは記憶に新しい。奥氏は、須弥壇上にある八角台座下段の痕跡が日光・月光菩薩像の台座底面輪郭と一致すると述べている。さらに、東大寺戒壇院の四天王像も、共に置かれていた跡が残されているとあることから、東大寺に残されている国宝の塑像は、もともと一緒に祀られていたことになる。不空羂索観音像の周りを繊細な表情の塑像が取り囲んでいる姿を想像すると少しゾクッとした。勿論、作られた当初は極彩色であったのだが、今の姿で並べてみても美しいだろう。

現存する塑像の作例は少ない。耐久性の問題からあまり残っていないのだろう。しかし1000年以上の経年変化によって退色し、お堂の中で白く輝く像には独特の雰囲気があって私は好きである。そこに微かに残る色彩に流れた時を感じ、塑像独特の柔らかい質感に、木とは別の生命感を感じるのかもしれない。

話は変わるが、この夏、僧侶達と一緒に粘土で仏像を作るワークショップを行った。仏像彫刻とは異なり、誰でも手軽に造形を作ることができる粘土は便利である。同じ量の粘土から様々な仏像が作られた。仏像を見るばかりでなく、実際に作ってみるのも新しい発見があるかもしれないと思える経験であった。
(きみじまあやこ)

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君島彩子 Ayako KIMIJIMA(1980-)
1980年生まれ。2004年和光大学表現学部芸術学科卒業。現在、大正大学大学院文学研究科在学。
主な個展:2012年ときの忘れもの、2009年タチカワ銀座スペース ���tte、2008年羽田空港 ANAラウンジ、2007年新宿プロムナードギャラリー、2006年UPLINK GALLERY、現代Heigths/Gallery Den、2003年みずほ銀行数寄屋橋支店ストリートギャラリー、1997年Lieu-Place。主なグループ展:2007年8th SICF 招待作家、2006年7th SICF、浅井隆賞、第9回岡本太郎記念現代芸術大賞展。

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 ・大竹昭子さんのエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
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 ・鳥取絹子さんのエッセイ「百瀬恒彦の百夜一夜」は毎月16日の更新です。
 ・井桁裕子さんのエッセイ「私の人形制作」は毎月20日の更新です。
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 ・小林美香さんのエッセイ「母さん目線の写真史」は毎月25日の更新です。
 ・「スタッフSの海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・故・針生一郎の「現代日本版画家群像」の再録掲載は第4回までは毎月28日の更新でしたが、次回第5回(11月)からは毎月14日の更新に変更します。
 ・植田実さんのエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実さんのエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」は終了しました。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・飯沢耕太郎さんのエッセイ「日本の写真家たち」は英文版とともに随時更新します。
 ・浜田宏司さんのエッセイ「展覧会ナナメ読み」は随時更新します。
 ・深野一朗さんのエッセイは随時更新します。
 ・荒井由泰さんのエッセイ「マイコレクション物語」は終了しました。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイ他を随時更新します。
 ・ときの忘れものでは2014年1月から数回にわけて瀧口修造展を開催します。関係する記事やテキストを「瀧口修造の世界」として紹介します。土渕信彦のエッセイ「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。

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君島彩子のエッセイ「墨と仏像と私」 第7回

君島彩子のエッセイ「墨と仏像と私」 第7回

「東北で感じたこと」


今年の夏は、東北の太平洋側に何度か足を運んだ。勿論、その中には東日本大震災で被災した地域も多く含まれていた。

あれからもう2年半が経過したのかと思うと月日の経つのが早く感じる。しかし、実際に被災地に足を踏み入れてみると、決して復興は進んでいるとは言えない状況であり、まだ地震や津波の爪痕が残されていた。津波で建物が流された地域では、殆ど再建が進んでいないため、草が生い茂っていた。植物の生命力を感じる反面、人工物の儚さも感じる。

数は多くないが、津波で流された家屋の基礎部分や防波堤、そして仮設住宅の壁などにボランティアによって描かれた絵を見かけた。それらの絵は被災された方の気持ちを明るくするためか、鮮やかな色で花などが描かれていた。このような活動は、すばらしいことだと思う。

しかし、これらの絵は、再建が進めば消えていく。もしかしたら災害の記憶と共に、絵の記憶も封印されていくかもしれない。可塑的でサイトスペシフィックな作品と捉えれば、それはそれで良いことだと思う。ただ私は、大災害を目の前にして美術家の出来ることが多くないのだという虚しさも感じた。

被災地では世界中の音楽家によるコンサートが様々な場所で開催されている。人から人へ、目をあわせて直接伝える事の出来る音楽が、少し羨ましい気分もあった。音楽なら、その場で人々の気持ちを明るくすることが出来るだろう。


私は東北で、様々な思いを巡らせた。そして東京に帰ったら新しいテーマで制作を行いたいと思っていた。東北でイメージを蓄えてきたが、自分自身の感じたものを形にする作業には時間がかかる。断片的ではあるが、今自分が感じたことを形に残していくことで、自分なりに震災と関わっていくことになると思う。

最近は、様々な紙を使用しており、墨が紙に浸透するような滲みのある作品も制作している。そのような滲みが、今の作品にあっているのかもしれない。

新作の画像を1点載せさせていただきます。まだこれから発展する可能性のある作品ではあるのですが。

01_600君島彩子
《site001》
2013年
紙、墨
17.0x25.0cm


(きみじまあやこ)

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君島彩子 Ayako KIMIJIMA(1980-)
1980年生まれ。2004年和光大学表現学部芸術学科卒業。現在、大正大学大学院文学研究科在学。
主な個展:2012年ときの忘れもの、2009年タチカワ銀座スペース ���tte、2008年羽田空港 ANAラウンジ、2007年新宿プロムナードギャラリー、2006年UPLINK GALLERY、現代Heigths/Gallery Den、2003年みずほ銀行数寄屋橋支店ストリートギャラリー、1997年Lieu-Place。主なグループ展:2007年8th SICF 招待作家、2006年7th SICF、浅井隆賞、第9回岡本太郎記念現代芸術大賞展。

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子さんのエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・土渕信彦さんのエッセイ「瀧口修造の箱舟」は毎月5日の更新です。
 ・君島彩子さんのエッセイ「墨と仏像と私」は毎月8日の更新です。
 ・鳥取絹子さんのエッセイ「百瀬恒彦の百夜一夜」は毎月16日の更新です。
 ・井桁裕子さんのエッセイ「私の人形制作」は毎月20日の更新です。
  バックナンバーはコチラです。
 ・小林美香さんのエッセイ「母さん目線の写真史」は毎月25日の更新です。
 ・「スタッフSの海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・故・針生一郎の「現代日本版画家群像」の再録掲載は毎月28日の更新です。
 ・植田実さんのエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実さんのエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」は終了しました。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・飯沢耕太郎さんのエッセイ「日本の写真家たち」は英文版とともに随時更新します。
 ・浜田宏司さんのエッセイ「展覧会ナナメ読み」は随時更新します。
 ・深野一朗さんのエッセイは随時更新します。
 ・荒井由泰さんのエッセイ「マイコレクション物語」は終了しました。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイ他を随時更新します。

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君島彩子のエッセイ「墨と仏像と私」 第6回

君島彩子のエッセイ「墨と仏像と私」 第6回

「庄薬師堂」


先日、アシナガバチに刺されそうになった、幸いにも私は刺されることはなかったが、一緒にいた友人が刺されてしまい、大変痛そうであった。その時、以前アシナガバチに刺された日の記憶が蘇った。四国のお寺で刺されたことは覚えているのだが、何処の場所であったか思い出す事ができない。そこで昔のスケッチブックを掘り出し、当時の記憶を呼び起こした。
スケッチブックには「平成15年9月10日、愛媛県北条市庄部落薬師堂」とある。インターネットで確認したところ、北条市は松山市に吸収合併されすでになくなっており、時が経つことを改めて感じた。
最近は、墨以外の描画材料を使うことがないので、寺院でスケッチをする事はなくなってしまったが、当時は鉛筆でスケッチしていたようだ。このスケッチの最中にアシナガバチに刺されたのだと思う。その後タクシーで薬を買いに行った事は覚えているが、スケッチ中の記憶はない。せっかくなので、痛い思い出のスケッチを載せておきたい。

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JR伊予北条駅から車で10分ほどの農村の中に薬師堂はあった。
行基が、伊予を訪ね「伊予七薬師」を呼ばれる堂宇を建てたという縁起がある。薬師堂から本堂までL字の回廊で結ばれていたとされるが、大規模な区画整理によって回廊がどこにあったのか分からなくなっていた。

平成8年に建てられた新しい薬師堂には、室町時代の丈六寄木造りの薬師如来が安置されている。明治30年に建てられた以前の薬師堂には、薬師如来の周囲に多数の破損仏が集められていたと伺った。お堂の立て直しの際に、破損仏の中でも比較的大きく状態の良い2体の菩薩像が収蔵庫に移された。そのうちの1体が私のスケッチした菩薩立像である。
当時のメモによると、この木心乾漆菩薩立像は、ハルニレの一木造りとある。損傷が目立つが、一部に乾漆を確認することができる程度には状態を保っていた。胸の厚みや腰から脚へ流れる衣紋の表現は、天平の作風が強い平安時代初期の制作と考えられ、愛媛県内で最も古い仏像とされる。腰をひねる表現から脇侍として制作されたのかもしれないと予想されたが、今はこの像のみが残されているため、尊格を詳しく特定することは出来ない。
もう1体、収蔵庫に収められた菩薩像は更に破損がひどく、髻すら失われていた。乾漆は見られないことから少し新しいのかもしれない。

収蔵庫に収められなかった破損仏は、薬師如来の左右に安置されている。形を殆どとどめていないが、如来形、菩薩形、神将形、女神形などかろうじて分かるものもあった。特に木の根が残っている立木仏や大きな鱗が真ん中に空いている像など、明らかに仏像製作には適さない木から彫られた仏像もあった。この木はかつて神宿る霊木として信仰を集めていたのかもしれない。大洪水や戦火にあい、破損しながらも、今日まで仏像が保存されてきたのも信仰の力であろう。

アシナガバチにおかげで、庄の仏像のことを思い出すことができた。久しぶりにスケッチブックを持って出かけたい気分になった。しかしこのごろは、信仰の場でスケッチするの不遜な行為かもしれないという気持ちも持つようになったのも事実である。
(きみじまあやこ)

君島彩子 Ayako KIMIJIMA(1980-)
1980年生まれ。2004年和光大学表現学部芸術学科卒業。現在、大正大学大学院文学研究科在学。
主な個展:2012年ときの忘れもの、2009年タチカワ銀座スペース ���tte、2008年羽田空港 ANAラウンジ、2007年新宿プロムナードギャラリー、2006年UPLINK GALLERY、現代Heigths/Gallery Den、2003年みずほ銀行数寄屋橋支店ストリートギャラリー、1997年Lieu-Place。主なグループ展:2007年8th SICF 招待作家、2006年7th SICF、浅井隆賞、第9回岡本太郎記念現代芸術大賞展。

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君島彩子のエッセイ「墨と仏像と私」 第5回

君島彩子のエッセイ「墨と仏像と私」 第5回

「阿修羅」


先月、長野県茅野市の出身である矢崎虎夫(1904 - 1988)の彫刻を集めた、蓼科高原美術館「矢崎虎夫記念館」を訪れた。矢崎は東京美術学校で平櫛田中に師事し、院展や日展での発表をした後、1964年にフランスへ渡り、オシップ・ザッキンに師事している。平櫛田中とザッキンに師事しているという事には、不思議な感じもしたが、矢崎の作風を見ていると納得できる部分もあった。
全体として仏教をテーマにした作品が多く、仏像彫刻も何点か展示されている。シルクロードをテーマにした作品などは、形骸化した仏教のイメージとも捉えられ、このような作品にはあまり心を動かせられなかった。しかし、日蓮をはじめとして、人物像としての僧侶像は見応えのある作品が多かった。特に矢崎の代表作《雲水群像》は、僧侶の群像という珍しいテーマであり、ジョージ・シーガルの群像作品のような、多数の人物像によって構成された迫力によって、結合する魂のような重圧さを感じた。この像は神奈川県の総持寺だけではなく、パリ市内の公園にも展示がされているという。同じ彫刻作品が、公園と宗教施設内に展示された時の差異についても改めて検討を行ないたいが、仏師の制作した仏像と彫刻家の制作した仏像の差異についての研究は、今後の自分自身の課題となりそうである。
矢崎の作品の中で特に気になったものは、《阿修羅》というブロンズ彫刻であった。この作品は1965年にパリのGALERIE du FOYER des ARTISTESで行われ個展の際にポスターの写真に使用されていた作品である。説明文によると、ポスターは貼り直しても貼り直しても盗まれてしまうほどの人気であったという。この《阿修羅》は、ジャコメッティのように細い身体で胴体の中心が空洞となっている。三面六臂の身体以外によってそれが阿修羅の像であることが理解できる要素はない。
このような細身の阿修羅は、興福寺の阿修羅像をモデルとしているのであろう。興福寺の阿修羅像は中性的な顔立ちや憂いを秘めた表情で人気がある。しかし、他の阿修羅像が忿怒の表情で筋肉質な体型をしており、興福寺の像が特異な像であることが、理解できる。阿修羅はアジアの様々な信仰の中から生まれた存在であり、単純に仏教の文脈からは語ることができない。この阿修羅像の複雑な成り立ちに関しては、北進一の『アシュラブック』に詳しい。興福寺の阿修羅像の人気は、造形的な魅力だけではなく多くの要素によって成り立っていることも関係するのかもしれない。

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そして、興福寺のの阿修羅像のみに見られる細身で中性的な姿は、矢崎をはじめ多くの作家に影響を与えているのであろう。今回の長野の調査は、彫刻とは何か、仏像とは何か改めて考える良い機会となった。
(きみじまあやこ)

君島彩子 Ayako KIMIJIMA(1980-)
1980年生まれ。2004年和光大学表現学部芸術学科卒業。現在、大正大学大学院文学研究科在学。
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君島彩子のエッセイ「墨と仏像と私」 第4回

君島彩子のエッセイ「墨と仏像と私」 第4回

「妙見菩薩」


先月、千葉市美術館で開催されていた特別展「仏像半島―房総の美しき仏たち―」を鑑賞してきた。千葉市美術館は、浮世絵から現代美術まで色々な企画の展覧会がされており、私の好きな美術館のひとつである。
房総半島の仏像で「仏像半島」というネーミングセンスもなかなか素敵であるが、展覧会のタイトルに負けないくらい、出品されている仏像も素晴らしいものばかりであった。その中でも「七仏薬師と妙見菩薩」は、房総半島にゆかりの深い仏像であり、千葉ならではの特集展示で、たいへん興味深かった。特に妙見菩薩は以前、千葉市立郷土博物館でも鑑賞していたので、千葉にゆかりの深い仏像であることは知っていたが、今回の展示は郷土博物館よりも、さらに充実した内容であった。

妙見菩薩は、北斗七星または北極星を神格化した菩薩である。古代中国の思想では、北極星は天帝と見なされた。「妙見」とは「優れた視力」という意味で、善悪や真理をよく見通す者ということである。星宿信仰に仏教思想が入り「菩薩」の名が付けられ、妙見菩薩と呼ばれるようになった。
中世には千葉氏、大内氏ら地方の豪族や武士の間で、守護神や軍神として多く信仰された。近世に入ると、星の信仰するところから商業の神、さらに「妙見」という名前から眼病平癒の神などとして、民衆に広く信仰されていた。つまり、特定の信仰のみの仏ではないのである。

妙見菩薩信仰には星宿信仰に道教、密教、陰陽道など様々な信仰の中から生まれたものであるため、像容も一定していない。二臂および四臂、忿怒形や童子形、菩薩形など基本的造形も様々である。また、甲冑を着けた武将形で玄武(亀と蛇の合体した想像上の動物で北方の守り神)に乗るもの、雲中に座ったり青龍の上のに立つもの、唐服を着て笏を持った陰陽道系の像など信仰の広がりとともに、様々な造形的要素が付け加えられた。
「仏像半島」では、多数の妙見菩薩が一同に展示され、その造形の多様性を改めて確認することができた。私は、童子形で玄武に乗った妙見菩薩が特に気に入っている。

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妙見菩薩は様々な信仰の中から生まれた仏であり、本来仏典に書かれた仏とは異なる。そして星という形のないものに、具体的な形を与えることは、世界中の神話と共通するところである。経典に書かれた姿を忠実に再現するのではなく、信仰の中から様々な造形が生み出すことは非常にクリエイティブな作業であり、学ぶことが多かった。
そして自分自身の作品における、メタファー的な人物像について改めて考えてみたいと思っている。
(きみじまあやこ)

君島彩子 Ayako KIMIJIMA(1980-)
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