荒井由泰のエッセイ

荒井由泰「マイダイアリー:野田先生夫妻との思い出に残る二日間」

マイダイアリー:野田先生夫妻との思い出に残る二日間

アートフル勝山の会 荒井由泰


福井市のE&Cギャラリーでの「野田哲也展」がスタートした。初日である6月18日にギャラリートークとレセプションを企画し、当日、野田先生ご夫妻を福井駅に迎え、ギャラリーへお連れした。今回は北陸新幹線を利用して金沢経由で福井に入っていただいたが、北陸新幹線の東京駅の場所や金沢での乗り換え等、不安をお持ちだったようだ。とにかく、無事、予定通りの福井着で、主催者の一人としては一安心だった。
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今回の「野田哲也展」は私のコレクションから25点、そして柏わたくし美術館から代表作および新作を7点お借りして、総数32点の展覧会となった。1969年作から近作までということで回顧展的な展示となった。

私と野田作品の出会いは1970年代にさかのぼる。商社マンとして1972年から77年まで、ニューヨークで生活するチャンスがあったが、そのときはじめた版画コレクションのなかに野田作品が含まれる。当時からニューヨークでも野田作品が見られた。当時、私はどちらかというと銅版画に魅力を感じていたが、野田作品には不思議と惹かれるものがあった。理由は分からなかったが、今となれば写真・シルクスクリーン・木版という技法的な組み合わせと日記という物語性の得も言われぬ融合が私を刺激したのかもしれない。当時ニューヨークにあったAAAギャラリーやスズキギャラリーで何点か購入した。また、1984年と2001年の2回にわたり、アートフル勝山の主催で「野田哲也版画展」を開催し、野田先生との出会いを楽しませてもらった。その時に購入した作品も会場に並んだ。

ギャラリートークは15時にスタートした。湊先生(E&Cギャラリー)が司会役そして私と湊先生が質問をする形式ですすめた。野田先生オリジナルの版画技法について話していただきたかったこともあり、パソコンを持参いただき、プロジェクターで説明をいただいた。どれくらいの来場者があるのか不安であったが、会場がいっぱいになり、立ち見が出る状態で、胸をなでおろした。特に若い方がたくさん来ていただいたのは嬉しかった。

IMG_5436スピーチする野田哲也先生

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日記シリーズの由来や版画技法については詳しく話をしていただいた。日記シリーズの原点は子供時代の「絵日記」だったようだ。会場からの質問に対し、現在のスマホで皆さんが情報発信をするのと同じく、自己表現として「日記シリーズ」があるとの発言もされた。
また、「間(ま)」の大切さなども話をされた。まさに日本の伝統美に通ずる「間」の表現により、野田作品を引き立たせていることも理解できた。また、若い学生に対し、福井にはすばらしい越前和紙があることから、環境にも優しい水性の版画インクと木版画の技法を使って、もっと作品制作にチャレンジしてほしいと話されたことが印象的であった。みなさん、トークに満足頂いたようだった。主催者の一人としてほっと胸をなでおろした。

トーク後、簡単なレセプションを行ったが、たくさん残っていただき、先生と熱心に話をされていた。野田作品の魅力を届けるよい機会となったのではと思っている。

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野田夫妻と荒井さん(中央)

当日、先生といろいろ話をしていて、野田作品では自分で撮った写真を謄写版処理して、シルクスクリーン技法で表現し、木版画と組み合わせているが、摺りを含め、すべての工程を先生自らが行っていることもあり、たいへんな作業(労働)の末に、作品が出来上がっていることを、改めて認識した。そのうえ、先生は完璧主義なところもあって、ご苦労も多いことも知った。手間と作品の芸術性とは関係がないかもしれないが、実際の手作り感が作品の魅力として表出しているように感じる。そこに惹かれるのだろう。先生はどこにでもある技法を組み合わせただけ、謙虚におっしゃるが、ある人に言わせると「ノーベル賞ものの発見」であり、私流に言うと「野田マジック」である。まさに偉大な発見であり、日記シリーズが少しずつ変化をしながら、美しさを失うことなく継続していることに敬意を表したい。また、展示作品について日付にともなう物語や思いを直接お聞きしたが、作品の思いや魅力が増幅して心に伝わってくる。あまり説明的になることは「よし」としないものの、そんな思いがつまっているから、作品に力があるのだろう。作品それぞれの物語を知ることは、実のところ楽しい。「知るもよし、知らぬもよし」の世界だ。

夕食はE&Cギャラリーの宮崎先生や湊先生らと日本海の海の幸と福井の地酒を楽しんでいただいた。私と家内もご一緒させていただき、楽しい時間を過すことができた。

翌日は私が案内役で野田夫妻を一乗谷朝倉氏遺跡と永平寺を訪れた。小雨模様のなかであったが、美しい新緑とおいしい空気を楽しんでいただけたようだ。アップダウンのある場所が多かった行程であったが、お二人とも健脚で軽やかに歩かれるのに驚いた。お昼は一乗谷にある利休庵で「越前おろしそば」を味わっていただいたが、140年前に建てられた旧家の空間のなか、ゆったりとした時間を楽しませてもらった。私にとっては野田先生とドリット夫人との芸術の漂う、楽しく、思い出に残る2日間となった。
あらい よしやす

20160618野田哲也展20160618野田哲也展 裏
「野田哲也展〜日記シリーズ:切り取られた日常が綴る美しき絵物語」
会期:2016年6月18日[土]〜7月18日[月・祝日]
会場:E&Cギャラリー
   〒918-8231 福井県福井市問屋町3-111 永和システムマネジメント1F
   TEL. 0776-27-0207
時間:12:00〜19:00(金曜は21:00まで) *火・水休廊
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NC_cover_600福井の小コレクター運動とアートフル勝山の歩み―中上光雄・陽子コレクションによる―』図録
2015年 96ページ 25.7x18.3cm
発行:中上邸イソザキホール運営委員会(荒井由泰、中上光雄、中上哲雄、森下啓子)
出品作家:北川民次、難波田龍起、瑛九、岡本太郎、オノサト・トシノブ、泉茂、元永定正、 木村利三郎、丹阿弥丹波子、吉原英雄、靉嘔、磯崎新、池田満寿夫、野田哲也、関根伸夫、小野隆生、舟越桂、北川健次、土屋公雄(19作家150点)
執筆:西村直樹(福井県立美術館学芸員)、荒井由泰(アートフル勝山の会代表)、野田哲也(画家)、丹阿弥丹波子(画家)、北川健次(美術家・美術評論)、綿貫不二夫(ときの忘れもの)
編集:ときの忘れもの
価格:1,200円 ※送料250円
ときの忘れもので扱っています。メールにてお申し込みください。

先日ご案内したとおり、福井で野田哲也先生の個展が開催されています。
展覧会に関わった「アートフル勝山の会」の荒井由泰さんから初日オープニングのレポートが送られてきました。会期は18日までなので、お近くの方、ぜひお運びください。
野田作品のコレクター荒井さんの「マイコレクション物語」もあわせてお読みください(全11回の目次はコチラ)。

●野田哲也の50年間にわたる全作品を収録したカタログレゾネ(特装版)が刊行されました。
野田哲也_レゾネ_表紙『野田哲也全作品 Tetsuya Noda The Works 1964-2015』
2016年4月4日発行
著者 野田哲也
発行 阿部出版株式会社
29.7×22.2cm(A4判)
263ページ
特装版:75,000円(+税)
※特装版には下記のオリジナル版画が一点挿入されています。

日記 2014年1月22日野田哲也
「Diary; Jan. 22nd '14」

2014年
木版・シルクスクリーン
イメージサイズ:20.9×17.0cm
シートサイズ:26.5×20.5cm
Ed.100  Signed

ときの忘れもので扱っています。
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

●今日のお勧め作品は、野田哲也です。
20160708_noda_18野田哲也
「Diary; June 19th '92 (b)」
1992年
木版・シルクスクリーン
イメージサイズ:36.1×50.8cm
シートサイズ:45.2×60.5cm
Ed.45  サインと拇印あり

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ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」第5回(最終回)

「いとしの国ブータン紀行」第5回

アートフル勝山の会 荒井由泰

観光立国ブータン
ブータンは基本的には農業国だが、外貨を稼いでいる一番手が水力発電による売電である。インドに電気を送っている。次なるのが観光産業である。ブータンは公定料金を決めて、観光客の数を増やすというより、付加価値を高めた形で観光客を受け入れる政策を取っている。8月はシーズンオフで一人一日200ドル(ガイド・ホテル・食事・マイクロバス込み)、秋祭りのはじまる9月からは250ドルにアップする。国の税金として40%を取り、税収が国の貴重な財源になっている。年間目標10万人(次なる目標20万人)は達成としていると言っているが、インドの観光客も含んでいるようだ。現在一番多いのが米国人、次が中国人(増えることをあまり喜んでいないようだが)、そして日本人。日本人は年間4〜5千人程度で、2011年に国王が来日された翌年は7000人近くになったが、現在は減り勾配だ。西岡京治氏が30年にわたりブータン農業の近代化に貢献したこともあり、日本そして日本人に対する親愛の情は篤い。ブータンは日本人観光客がもっと増えることを望んでいる。公定レートの関係で多少料金が高くなるが、ブータンの魅力を真に理解できるのは日本人だと思うので、ぜひとも、皆さんにもブータンを訪ねて欲しい。
皆さんは食事のこと、特に料理が辛い(唐辛子が中心で、香辛料でなく、野菜である)ことを心配されるが、ホテルやレストランではビュフェ形式で、お米が主食でもあり、また外国人用に味付けもされており、一部のブータン料理を除き、辛さは心配しなくて大丈夫だ。
ブータンの旅はマイクロバスに乗り、ガイドさんとともに、舗装のしていない峠道をひたすら上り、そして下り、目的地・街にたどり着く旅だ。途中には稲作の棚田が広がる景色が見渡せるビューポイントがあり、ほっと一息つくことができる。また、経文旗のダルシンやルンタが至る所にあり風景に彩りをつけてくれる。一方、トイレが完備された休憩場所が少ないので、時には男性も女性も自然の中で用をたすことになるが、これもまた楽しい体験だ。今回は雨季のシーズンということで雲(霧)の中を走ることが多かったが、至る所に崖崩れが発生しており、ときどき交通渋滞に出くわした。それに道にも牛が放牧されており、進路を邪魔することも何度かあった。これもブータンの風景として楽しませてもらった。車中ではガイドさんが流ちょうな日本語でブータンの日常生活や恋愛ばなしまで話をしてくれ、ぐっとブータンの暮らしが身近になる。彼らのおだやかで、やさしい人間性が我々を癒してくれる感じだ。ガイドさんとのふれあいがブータン旅行の大きな魅力の一つだ。今回の旅ではすでに記したように、各地でゾンと言われる行政・宗教の拠点や僧院をいくつか訪れ、たくさんのマニ車(お経が書いてあり、一回、廻すとお経を読んだことになる)を廻し、祈りを捧げてきたので、少しは徳が積めたのではと思っているのだが・・・

01ガイドとともに畦道を歩く


02ガイドとともに(ドゥゲ・ゾンにて)


03峠でのレスト: 農家が売りに来たゆでたトウモロコシを味わう



04峠のビューポイントからみた棚田のある風景


閑話休題:ブータンまつたけ
今回は雨季ということで残念ながらヒマラヤの山々そして満天の星を見ることができなかったが、雨季ならではの山の幸にありつけた。「まつたけ」だ。最近、「ブータンまつたけ」が日本でも出回っているようだが、ブータンでは「まつたけ」はほとんど食べない。日本人が「まつたけ」大好きということで、日本にも輸出されている。今回もお土産として、輸出手続きをした形で1キロ購入したが価格は約1万円だった。市内のバザールではキロ2000円程度で売られていたから相当割高になってしまう。バザールで購入した「まつたけ」をホテルに持ち込み、スープそして焼きまつたけにして賞味した。香りについては日本のものより少ない感じだが、食感や味はまずまずで十分楽しめた。

05市場にて: ブータンの代表的野菜・トウガラシ


06市場にて: ブータンまったけ


福井とブータン
福井県は全国で幸福度NO.1ということから、幸福つながりで県レベルでブータンと交流をはかっている。GNHの生みの親でもあるブータン王立研究所のカルマ・ウラ所長を招聘し、講演会も開催している。また、知事や経済界の代表もブータンを訪問している。さらには福井の実業家・野坂氏がブータンのGNHの考え方に共感され、ブータンの伝統や文化を広く知ってもらうとともに、幸せが実感出来る持続可能な社会の創造および国際交流を目的として、自社ビルの1階に「ブータンミュージアム」を開設している。このミュージアムを支えるのが特定非営利活動法人「幸福の国」で、私も理事として末席を汚している。今回、ブータンにはじめて旅することができ、「知識としてブータンを知っていても、実際のブータンを知らない」という胸のつかえが取れ、ほっとしている。とにかく福井県とブータンは不思議なご縁で結ばれている。

07プナカ・ゾンを訪ねて


08プナカ・ゾンへつながる木造の橋で


09タクツアン僧院への途中にあるマニ車とルンタ



10カルマ・ウラ氏とブータンミュージアムの野坂氏(福井市にて)


11ブータン国王と西川福井県知事(2011年の歓迎レセプションにて)


観光立国ブータンから福井の観光を考える
今回の旅の目的の一つが観光立国ブータンから観光後進県、特に外国人観光客が極めて少ない(全国ワーストに近い)福井への処方箋を考えることであった。
福井は全国では1周遅れのフロントランナー。ブータンは世界から見ると2周遅れのフロントランナーで似たところが多くあり、古き良きもの(人・自然・文化)がまだ残っており、そこを自分たちの魅力として認識すべきではと勝手に思っている。
先にお話ししたように、ブータンは外貨獲得を観光に求める観光立国だ。今回、観光立国ブータンのガイドシステムなど、福井のインバウンド(海外特に欧米の旅行者)の対応に活用できないか検証すべく、自分が福井を訪れた欧米人の気持ちで観光を体験してみた。(福井の魅力を評価してくれるのはやっぱり欧米の人であろうと思うから。)ブータンでは旅行者・観光客の受け入れに公定レートを設定することにより、観光の質を保ち、外貨を獲得する仕組みを取っている。日本では入り込み数という考え方が強く、観光客数を優先する考え方が主流だが、人数を制限し、ブランドイメージを高め、高付加価値で対応する戦略だ。このシステムではガイドが重要な役割を果たしている。日本では通訳というかたちでツアーの案内人をつとめることが多いが、ブータンでは通訳兼ガイドで観光スポットでの説明を一人でやっている。福井でも人材教育の問題はあるが、有効なシステムに違いない。というのも福井は公共交通が発達していないので、マイクロバス(定員20名ぐらいまで)で地域を巡り、堪能な英語でガイドできればお客様の満足度も高まるはずだ。一部ローカル線(えちぜん鉄道)の旅を組み込むことも可能だろう。「ガイドと行く福井HAPPYツアー」とでも名付けよう。ガイドは和の雰囲気のある法被(はっぴ:HAPPYにつながる)姿が望ましい。訪問先は禅の拠点・永平寺、一乗谷朝倉遺跡(中世の城下町史蹟)、白山平泉寺(白山信仰の拠点・中世の宗教都市史蹟)、福井県立恐竜博物館等々で、福井の代表的の観光地巡りとなる。加えて、教育県として全国的に有名な福井でもあるので、小学校や保育園そして真宗王国福井の農家(大きな仏壇がある農家)なども加えるべきだろう。里山や水田風景の中の散策もいい。トンボやホタルや蝶とも出会える。食事は地酒に和食・田舎料理、宿泊は温泉。春祭り・秋祭りの見学もぜひ入れたい。いろいろ夢が広がる。お客様のご希望に応じてコース設定ができる旅だ。ブータンを訪ねて、いままで観光資源だと思っていなかった身近のモノやコトが観光資源になることを実感した。観光後進国福井を逆手にとって、ユニークであったかい旅が提案できたら共感を得られるのではと思う。そのためにはそれぞれの歴史的物語や日々の暮らしをきっちり英語でガイドできる人材がどうしても必要だ。働きがいのある仕事としてのステイタスと収入が保証される仕組みができないか、ぜひとも県内の方に提案していこうと思う。

いとしの国ブータン紀行を最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。近代化が進むなかで課題はあるものの、ブータンには日本が高度成長のなかで失ってしまった自然や人の心がまだまだ残っている。そこに我々は癒しや魅力を感じる。本当のブータンの価値が分かるのは経済発展が決して心の豊かさを生み出す唯一の価値では無いことを一番感じ取っている日本人ではなかろうか。福井もブータンに対する同じような気持ちを抱ける地域になることを願ってやまない。

最後の最後にもう一言。ブータンに関心をもたれた方はぜひブータンへの旅を実行して下さい。ブータンの国民は日本人の来訪を心より待っていますから。加えて、米原駅や東京駅で「ブータンミュージアム」の広告を見かけたら、福井を思い出してください。そして、ご縁がありましたら、わがふるさと越前福井へも足を運んで下さい。お待ちしています。
(あらいよしやす

●今日のお勧め作品は、野田哲也 Tetsuya NODAです。
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野田哲也 Tetsuya NODA
"Diary; June 19th '92 (b)"
1992年
木版・シルクスクリーン
イメージサイズ:36.1×50.8cm
シートサイズ:45.2×60.5cm
Ed.45
サインと拇印あり

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野田哲也 Tetsuya NODA
"Diary; Oct. 1st '92"
1992年
木版・シルクスクリーン
イメージサイズ:61.8×40.8cm
シートサイズ:74.0×52.8cm
Ed.40
サインと拇印あり

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◆2015年10月19日の第一回から、毎月19日更新で連載した荒井由泰さんのエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は今回で終了です。ご愛読、ありがとうございました。
恩地孝四郎、駒井哲郎、ルドンなどのコレターである荒井さんにはいずれ次の連載を期待しましょう。

荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」第4回

「いとしの国ブータン紀行」第4回

アートフル勝山の会 荒井由泰

民族衣装はブータンの心
私自身の仕事が繊維関連であることから、ブータンの織物の素晴らしさに惚れ、15年余りまえにニューヨークでブータンの布を購入したこともある。今回ブータンを旅して、民族衣装の持つ力を改めて強く感じた。男性用は丹前のようなゴ、女性用は巻きスカートのようなキラ(テュゴという上着と併用)で正装には男性はカムニ(身分によって色が違う。一般人は白)、女性はラチューという肩掛けの着用が必要。ガイドさん・ドライバーさん(男性)はゴを着て、空港に出迎えてくれ、その後ずっとゴのままだった。暑いときはゴの上の部分を脱ぎ、肌着を見せていた。長めの黒ソックスに革靴が決まりのようだ。ゴそしてキラの素材は絹、木綿、ウールがあるが、様々なデザインがあり、なかなかオシャレである。現在も各地で手織りで生産されているが、一部インドから機械織りの織物が入ってきている。もちろん、価格は大きく違う。ゾンや寺院に入るときは地元の人は制服でもある民族衣装姿が義務であり、宗教心の篤さも表現するように思う。ブータンの風景も民族衣装がアクセントとなり、旅の感動を提供してくれる。一方、民族衣装を義務化することにより、民族衣装用の生地(織物)づくりを含め、伝統工芸が守られている。GNH(総国民幸福量)の4つの柱の一つに「伝統文化の保護と推進」があり、その考え方に基づき民族衣装の義務化が行われている。伝統文化を守るためにはある程度の義務化は必要に違いない。日本では和服とくに男性用については明治の時代に放棄したことで、多くの伝統そして産業が失われてしまった。女性の着物はまだ残っているものの、生地や仕立ての産地・産業は大きく縮小したままである。今になって、「和装復興」と言っても、手遅れの観がする。

ちなみに、GNH(Gross National Happiness)の4つの柱は1 持続可能な社会経済の発展 2 環境保全 3 伝統文化の保護と促進 4 良き統治 である。

01ブータンのキラ・ゴ売り場に並ぶ生地


02ゴを試着するブータンの青年


03ゴを着た筆者(左端)とキラを着た同行のいとこ達そしてガイドさん(右から2番目)


敬虔な仏教徒
ブータンを旅するとダルシンという縦型の経文旗やルンタという五色の旗が至るところで眼にする。これらの旗は風にはためくたびに書いてあるお経や平和への祈りなどが捧げられるという。まさに「祈り」が山々に、そして水田や川のある風景に満ちている。ブータンではチベット仏教が国教で、学校や施設の朝礼では必ず祈りの言葉を捧げられていたし、子供の僧侶もたくさん見かけた。また、標高3000メートルの絶壁の岩肌に沿うように建立されているタクツアン僧院を訪れた時にも、麓の駐車場から3時間近くかかるにも関わらず、正装で寺院に入り、お供え物を用意し、祈る姿を見ることができた。輪廻転生を信じ、生きているうちに徳を積む(お寺に通い、祈りを捧げ、マニ車を回す)ことで来世が良くなるという。この気持ちがブータンの高い幸福度と関係あるようだ。また、農家を訪れた際、二階の一番良い場所に大きな仏間があり、仏教が生活の中で大きな位置を占めていることを実感した。そして、殺生をきらい、生き物を大切にする姿も至る所にみられた。一番驚いたのは街中や寺院に野犬がたくさんおり、それも日中は安心しきったようにたむろして堂々と寝そべっている。それを誰も追い払おうとしない。えさはどうしているのだろうか。野犬は夜に活動するようで、夜中になると犬の吠える声がきこえる。寝そべる野犬や猫、それにのんびりと草を食んでいる牛や馬はブータンの思い出深い風景だ。農家では牛を飼っているが、あくまで牛乳目的で、自らとさつはしないとのことだ。また、絹織物につかう蚕(かいこ)も、日本では繭(まゆ)のままさなぎを殺して利用しているが、ブータンでは成虫(蛾)が出てきた繭を使っている。そのため紬(つむぎ)の絹織物が中心となってしまうようだ。これらすべてが、ブータン国民のやさしさ、気遣いの深さとつながっているのだろう。

04ダルシンのはためく風景


05ルンタのある風景


06絶壁に建つタクツアン僧院


07農家の大きな仏間


08大きなマニ車と寝そべる野犬たち


今回のツアーとは:「かっこちゃんと行く・ブータンの旅」
今回、いとこから誘われたのは「かっこちゃんと行くたんぽぽツアー:ブータンの旅」だ。「かっこちゃんて誰?」というのが正直なところで、資料をもらっても判然としないまま、旅に参加した。かっこちゃんとは「山元加津子さん」で、昨年やめられたが、長い間、養護学校の先生をされ、障害者教育に多大の実績をあげられ方だ。現在は作家・講演活動をされている。実は参加されている方は全て、彼女の支援者であり、ファンなのだ。毎年、海外旅行を計画され、それも途上国などあまり、皆さんの行かない場所に出かけており、募集前に希望者がいっぱいになる人気のツアーなのだ。彼女と同じ時間を過ごしたいという気持ちがあふれていた。実際、オーストラリアそしてイスラエルから2組の夫婦も参加され、まさに強い絆でつながれたグループであった。そこに門外漢の私ということで、戸惑いがあったが、何回か開かれた彼女の講話や参加者の皆さんとの交流を通じて、「かっこちゃん」の熱く、やさしい思いや支援者のあたたかい気持ちが分かり、ブータンの方々の気遣いのように、すがすがしい気持ちで旅をすることができた。かっこちゃんの話をきき、今まで心の片隅にあった障害者に対する偏見みたいなものがすっかり消え去った。「大好き」と思う強い気持ちが「魔法の言葉」のようだ。「大好き」が障害者の心を開き、健常者が持っていない能力を引き出すのだ。やっぱり人との出逢いが旅の楽しみの一つだ。「かっこちゃん」の活動に興味のある方、インターネットで検索してみて下さい。

09かっこちゃんツアーの面々たち


10犬にも慕われるかっこちゃん


ブータンの悩み
ブータンは北は中国、東西南はインドという大国にはさまれた小国ということもあり、いつひねり潰されるかもしれぬ脅威のなかに存在している。国の存立を守るため、また安全保障の視点で、GNHなどを世界に提案するなど、世界に発信し続けてきたのだろう。優秀な官僚達の世界戦略もあって、現在の「幸福の国」のイメージを確保できている。一方、ホテルのロビーではWIFIが使え、また、多くの若者がスマホを使用しており、さらにはテレビも衛星放送で多くのチャンネルが視聴できる現実があり、世界の情報・刺激が押し寄せてきている。今後とも人々の欲望は大きくなるに違いない。先日もブータンの若者の薬物汚染のニュースが流れていた。今回のツアーでまわった限りでは、まだマイナス面が大きく出ていないように感じたが、時間の問題かもしれない。ブータンの国民の力で桃源郷・幸せの国・ブータンが今後とも続くことを願ってやまない。
(あらいよしやす

勝山左義長まつりプレミアムツアー(2016年2月28日〜29日)
荒井さんが会頭をつとめる勝山商工会議所主催のツアーを12月10日のブログでご紹介しています。
亭主も社長たちと参加します。ぜひご一緒しませんか。

●今日のお勧め作品は、ムハマド・ユヌスです。
20160119_yunus_01ムハマド・ユヌス
「(作品)」
油彩、キャンバス
イメージサイズ:66.0×66.0cm
シートサイズ:71.5×71.3cm
サインあり


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荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」第3回

「いとしの国ブータン紀行」第3回

アートフル勝山の会 荒井由泰

いよいよブータンの旅の話にはいるとしよう。ブータンとのお付き合いは長く、知識としてのブータンはあるものの、何せ初めてのブータンであり、それも一週間という短期間の旅で、とてもブータンの現状を語る資格はない。それでもあえて、マイ・ブータンを語ることとする。

ゾンが地域の中心
ブータンを訪れた人は必ず行く観光スポットが各地にあるゾンである。ゾンは寺院と行政府が一体となった複合施設であり、かつては軍事的な要塞としての機能をもっていた。ゾンは曼荼羅に象徴される仏教的世界観にならい造られており、回廊式で石畳の広場を持ち、木造部分にはシックな色合いで独特のデザインがほどこされ、まことに美しい。今回、パロ・ゾン(パロ)、ドゥゲ・ゾン(パロ近郊で現在廃墟になっている)、タシチョ・ゾン(ティンプー)、プナカ・ゾン(プナカ)を訪ねた。タシチョ・ゾンは王宮であり官公庁でもある国内最大規模の歴史的建築物だ。古都プナカにあるプナカ・ゾンはブータンで一番美しいゾンと言われ、二つの川の合流点にりりしく建っている。現在は県庁として使われている。ゾンに入るには厳しいドレスコードがある。ブータンの人達は民族衣装の着用が義務づけされている。我々観光客も帽子、Tシャツ的なものはだめで、えりがある長袖で、パンツ・スカートは足が見えるものはだめと結構厳しい。短パン・Tシャツでは中に入れぬ事件が起こるので要注意だ。建物の内部に入るときはカメラも禁止だ。

ドゥゲ・ゾン1ドゥゲ・ゾン


ドゥゲ・ゾン2


タシチョ・ゾン1タシチョ・ゾン


タシチョ・ゾン2


タシチョ・ゾン3


プナカ・ゾン1プナカ・ゾン


プナカ・ゾン2


プナカ・ゾン3


プナカ・ゾン4


プナカ・ゾン5


人を育てる:ブータンの教育
今回、パロでGaupel(ガウペル)という小中学校を訪れ、朝礼そして授業を見学することができた。この学校には8学年の630人が在籍していた。学校は義務教育化はされていないようだが、授業料は全て無料とのことだ。(学校に行かせるには親にはそれなりの出費はあるようだ。)午前8時すぎに学校に着いたが続々と子供たちが集まってきていた。彼らは制服として民族衣装を着ており(男子はゴ、女子はキラ)、とにかくかわいい。日本人とよく似ており、親しみがある。彼らにとっても日本人は親しみを感じるようで、少しシャイな様子だが、話をしてくれる。授業が英語で行われており、子供たちと英語でコミュニケーションできるのは楽しい。「将来の夢は?」とたずねると「女優」とか「医者」とか、返事が返ってきた。そして60歳をすぎた私に向かって「貴方のアンビションは何か?」と切りかえされたのには面食らったが、いくつになっても夢を持たねばならぬことを教えられた次第だ。

ガウペル小中学校1ガウペル小中学校


ガウペル小中学校2


ガウペル小中学校3


ガウペル小中学校4


ガウペル小中学校5


ガウペル小中学校の校庭には以下の様な言葉(英語で)が掲げられていた。うまく訳せないが、その点はお許しいただくとして・・・・(写真を参照ください)

ビジョン:個々人が教育され、創造的で、やさしく、心豊かな幸せな社会
ミッション:価値感や社会的責任を育てながら知識や技術を磨くことを通じてガウペルの生徒達の可能性を最大にする。その結果、生徒達は変化する世界への挑戦に対し勝利する。
重要な価値:1.自己鍛錬 2.チームワーク 3.尊敬の念
3つの信念:1.優秀な学力 2.生徒の個性(人間性)づくり 3.先生の能力向上

社会の一員として変革する世界に対応できる人づくりに対する強い気持ちがあふれている文言であり、感動した。学校の朝礼では全員が校庭に集まり、国歌斉唱そして祈りの言葉(けっこう長く、書いたものを読んでいた)、その後校長先生からの訓示もあったが、すべて英語で行われていた。また、授業も見せてもらったが、一年生から全て英語で授業が行われており、子供たちが英語を流ちょうに話せる訳が納得できた。ブータンの国語はゾンガであるが、世界の動きや情報を知り、先人達の知恵を学ぶには英語を通して勉強するのが一番の早道であるという理由もあるのだろう。

また、首都のティンプーでは障害児のための職業訓練施設(Drak-Tsho)も訪問した。ブータンにはこのような施設は全国に2カ所のみとのことだ。NGO(非政府組織)で運営されており、日本からの寄付もいただいているとのことであった。
まだまだ、障害のある人には厳しい社会のようだが、「スペシャルオリンピックでメダリストが出たこともあり、偏見が少なくなりつつあります」との校長先生の言葉が印象的であった。校長先生は女性でで、使命感をもって運営されていた。子供たちは年齢層も幅広く、また障害の程度もさまざまだが、自立に向けて、ブータンの伝統工芸品づくりの勉強、さらには販売用の商品作りに熱心に取り組んでいた。同行した我々は彼らが造った工芸品(バック、財布、織物、絵など)を少しでも運営の支えになればと競って買い求めた。パロの空港内にこの学校の生徒が造った工芸品を売る店舗があるのを帰国の際、見つけた。人々の優しい心で学校が支えられていることを実感して、嬉しい気持ちになった。

校長先生と(女性)校長先生と(女性)


障がい者のための学校にて障がい者のための学校にて


朝礼にて朝礼にて


伝統工芸に取り組む子供達1伝統工芸に取り組む子供達


伝統工芸に取り組む子供達2


伝統工芸に取り組む子供達3


(あらいよしやす

勝山左義長まつりプレミアムツアー(2016年2月28日〜29日)
荒井さんが会頭をつとめる勝山商工会議所主催のツアーを12月10日のブログでご紹介しています。

●今日のお勧め作品は、駒井哲郎です。
20151219_komai_04_hana駒井哲郎
「花」
1965年
銅版(アクアチント)+手彩色
12.5×9.3cm
Ed.100
サインあり


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は毎月19日の更新です。

◆冬季休廊のお知らせ
2015年12月27日(日)―2016年1月4日(月)はギャラリーをお休みします。

荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」第2回

「いとしの国ブータン紀行」第2回

アートフル勝山の会 荒井由泰

はじめてのブータンへの旅

今回夢が叶い、8月18日から一週間という限られた時間ではあったが、プライベートでブータンを訪ねることができた。旅の報告の前にブータンについて詳しくない方も多いと思うので基本情報をお伝えしたい。

○基本情報:
ブータンは北は中国、東西南はインドの大国に囲まれた小国で、人口は70万余、国土は九州ぐらいの大きさである。南部の標高は100メートル、北は7000メートル級の山々がつらなるヒマラヤ山脈と変化に富んだ地形からなる。チベット仏教が国教で、2008年に王国から立憲君主制に移行した。現在の国王は5代目のワンチュク国王である。日本と同じく、アジアにおいて植民地化を経験していない数少ない国の一つでもある。ブータンと言えば「幸福の国」とのイメージが強いと思う。4代国王のときにGDPという経済指標でなくGNH(国民総幸福量)を国の運営方針にするとの考え方を世界に発信された。当時はGNHという発想に対する共感は少なかったが、現在ではユネスコでも評価され、日本においても関心が高い。

今回8月17日に日本を発ち、18日から24日までの7日間、西ブータンの旅を楽しんだ。いとこから「ブータン旅行でキャンセルがあるので行かない」との声があり、急きょブータン行きが決まった。空港のあるパロから旅がはじまり、首都ティンプーそして古都プナカそしてパロに戻る旅であった。ブータンに行くにはタイのバンコク経由が一番ポピュラーのようだ。17日の夕刻に成田空港を出発し、バンコクに深夜に到着、翌日は早朝の便ということもあり、空港の近くのホテルでは仮眠程度で、ふたたび空港へ。そしてブータンのドルックエアにてブータンのパロへ向かった。トランジットでインドのコルカタ(カルカッタ)経由して、ようやく空港のあるパロ(標高2300メートル)に到着である。パロ空港は山間の狭い場所にあり、パイロットにとって難度の高い空港とのことだ。空港にはガイドそしてマイクロバスが待機しており、歓迎の白い布が皆さんに渡された。実は今回飛び込みで参加したツアーは48人の大所帯ということもあり、4台のマイクロバスに12名ずつ分乗して旅することになる。このツアーについては追ってお話しすることにして、各マイクロバスには1名のガイドとドライバーが同行し、一緒に全行程を旅するスタイルだ。
ブータンの第一印象は「時間がゆっくり流れている」また、「日本人と似たブータン人の優しい笑顔、稲作の水田、山々の景色、ブータン独特の民家、民族衣装・・・なにか懐かしい風景がひろがっている」「私のふるさと福井県勝山市と似ている」・・かつて浜野氏から聞いた風景や暮らしが今なお、残っていると安堵するとともに違和感なくブータンに入り込んだ。

IMG_3719ブータンの風景


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(あらいよしやす

●臨時ニュース
会期間際のご案内になってしまいましたが、frgmの皆さんによる「ルリユール 書物への偏愛」でもお馴染みのルリュール(製本工芸)のワークショップが開催されます。
ルリユール2_600ルリユール1_600

日時:2015年11月23日(月、祝日) 
第一回:11時〜13時  第二回:14時〜16時 各回6名
参加費:3,000円(要予約)
会場:神楽坂+(プリュス) http://www.kagurazakaplus.ocnk.me
お申し込み:http://reliure.petit.cc

●今日のお勧め作品は、若林奮です。
20151119_012UNDERWOOD-9若林奮
「UNDERWOOD-9」
1989年
リトグラフ
100.0x75.5cm
Ed.30
サインあり


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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

神奈川県立近代美術館・葉山館にて「若林奮 飛葉と振動」展が開催されています。
会期:2015年8月15日(土)−12月23日(水・祝)

◆荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は毎月19日の更新です。

新連載・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」第1回

「いとしの国ブータン紀行」第1回

アートフル勝山の会 荒井由泰
 
 28年前、ふとしたことからブータンと出逢い、恋人のごとく思いを募らせてきたが、ようやく、一週間という短期間ではあったが、いとしの国・ブータンを旅する機会を得た。ブータンとの出逢いそして今回の旅で体感したブータンについて5回シリーズで記してみたい。

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私とブータンとの出逢い
私とブータンとの関係は浜野安宏氏(ライフスタイルプロデューサー)の壮大なプロジェクト提案からはじまった。1987年勝山青年会議所主催の講演会で福井県勝山市を訪れた浜野氏を完成前の越前大仏を案内する機会があったが、その折、彼が突然、「越前大仏の落慶のイベントをぜひとも手がけたい」と言いだした。そして彼の口から「ブータン」を使ったイベントにしたいと、はじめて「ブータン」という言葉がでた。当時、「ブータン」という国については私も含め、ほとんど知られていなかった。彼にブータンの魅力を山ほど聞かされ、越前大仏とブータンを組み合わせることにより、新しい大仏に魂をうえつけることができる旨を説かれた。高度成長のなかに失われた日本の心そして原風景がブータンにあると共感し、浜野氏のプロジェクトの内容をまとめ、施主である当時の相互タクシーの多田社長に提案させていただいた。残念ながら、費用面でも4億円と高額であり、唐突の「ブータン」であったことから、この落慶のイベントは実現できなかった。しかし、私にとってはブータンが身近な存在となるきっかけとなった。浜野氏には感謝の気持ちでいっぱいだ。

IMG_0760若かれしころの浜野安宏氏(勝山市にて)


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せっかくなので越前大仏のことを少しお話しすると、越前大仏は大仏殿(中に大仏と1000余りの石仏)、中門・大門(木造)、五重の塔、広大な庭園からなり、勝山出身の実業家・多田清氏(当時 相互タクシー社長)の手で1987年5月に建立された。総工費380億円という壮大なもので、今となれば昭和の大建造物だ。ちなみに大仏殿は熊谷組、大門・中門は前田建設工業、五重の塔は清水建設が手がけた。今後もこんなプロジェクトはそうないだろう。多田社長は「1000年後にも地域に貢献できる文化財にする」と明言し、情熱をもって取り組まれた。その後、様々な経緯を経て、現在は臨済宗妙心寺派の拠点の一つとして、宗教法人として運営されている。福井県立恐竜博物館、白山平泉寺(JR東日本の大人の休日倶楽部のCMで吉永小百合が案内しています)とともに勝山市の名所となっている。ぜひとも皆さんにも訪れてもらいたい場所である。

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IMG_4128現在の越前大仏


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日本ブータン友好協会への入会
浜野氏の熱い言葉に動かされ、ブータンに興味を持ち、すぐさま日本ブータン友好協会に入会した。1988年2月に行われた通常総会に初めて出席した。日本ブータン友好協会は1981年に設立され、当時、発起人の方々が役員をつとめられていた。発起人の多くが京都大学関係者で、登山や学術研究でブータンと交流のあった方々であった。文化人類学者でKJ法の生みの親・川喜田二郎氏、フランス文学者で文化勲章受章者・桑原武夫氏、植物学者で日本人として最初のブータン訪問者・中尾佐助氏、社会人類学者で文化勲章受章者・中根千枝氏、南極探検隊長で品質管理の権威・西堀栄三郎氏、外交官の東郷文彦氏ら、まさに日本頭脳というべきそうそうたる面々だ。総会では会長の桑原武夫先生が挨拶され、懇親会には出席されず退席された。先生は私と同郷の福井出身であったので、お話しできず残念に感じたことを思い出す。桑原先生は同年4月に急逝された。当時、副会長であった西堀栄三郎氏とはいろいろお話しできたことを懐かしく思い出される。
日本ブータン友好協会の会員になったことで、会報等でブータンに関する情報が得られるようになり、また、ブータンに関する書籍を読むことで、ブータンとの距離が近くなった。特に、2011年にブータンのワンチュク国王夫妻が来日され、東日本大震災に対する心温まる対応には、日本国民が感動し、まさに日本にブータンブームをもたらしたことは記憶にあたらしい。日本ブータン友好協会の会員ということで、東京での歓迎レセプションに出席させていただき、国王夫妻のあたたかい心遣いにじかに接することができ、ブータンへの思いがさらに募った。この時ほど年会費を払い続けて良かったと感じたことはなかった。
(あらいよしやす

*画廊亭主敬白
福井県勝山市という人口3万人足らずの小さな町で1970年代から「アートフル勝山の会」を主宰し、現代美術をサポートするコレクター運動を繰り広げてきた荒井由泰さんと勝山の人たちのことはこのブログで幾度となくご紹介してきました(北陸の里に現代美術の輪 その後)。
ご自身優れたコレクターでもある荒井さんが11回にわたってこのブログで連載した「マイコレクション物語」もたいへん好評でした(全11回の目次はコチラ)。
今回は長年の夢だったブータン訪問を終えた荒井さんに旅の思い出を執筆していただきます。どうぞご愛読ください。

●今日のお勧めは斎藤義重です。
斎藤義重ボーパンG赤斎藤義重 Yoshishige SAITO
「ボーパンG―赤 Beaupin G-Red」
1973年 合成樹脂 アルミ板
73×61cm  Ed.100
Signed 
東京画廊シール、自筆サイン・シール有リ

斎藤義重自筆署名シール
斎藤義重自筆サイン・シール

斎藤義重・東京画廊シール
東京画廊シール

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◆荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は毎月19日の更新です。

北陸の里に現代美術の輪 その後――荒井由泰

北陸の里に現代美術の輪 その後
荒井由泰


 1997年の12月に「北陸の里に現代美術の輪」というタイトルで日本経済新聞社の文化欄で書く機会を得たが、その後の活動についての問い合わせもあるので、少し書き加えたい。前回と重複するが、はじめて読まれる方のために、物語の流れをお話することとしたい。  
 1977年にニューヨークから、ふるさと福井県勝山市に戻り、そこでアートフル勝山の会と称するグループを作り、作家を招き展覧会を開催したり、コンサートを開くなどしてきた。また、その費用を捻出するために、作品の販売も手がけながら、勝山市(人口2万6千人)という小都市で30年にわたり活動を続けてきた。招聘してきた作家は24名にもおよぶ。主な作家を紹介すると、難波田龍起、岡本太郎、オノサトトシノブ、泉茂、吉原英雄、元永定正、磯崎新、木村利三郎、野田哲也、関根伸夫、丹阿弥丹波子、舟越桂、小野隆生、土屋公雄、柄澤齊、北川健次、戸村茂樹等、多士済々のメンバーである。オノサトトシノブ、野田哲也、元永定正、泉茂、木村利三郎、小野隆生等面々には、北陸の小都市まで複数回足を運んでいただいた。
現在は活動拠点であった中上邸イソザキホールの家主である中上氏が病気療養中ということもあり、アートフルの活動は休止中だが、私がアートフル活動でコレクションした作品を含め、40年にわたりコツコツと蒐集してきた作品(版画が中心だが)を福井市内のギャラリーで公開する形で、活動を続けさせていただいている。この点については後で述べたいと思う。
 今になって思うが、よくも30年にわたり、アートフル勝山の会として現代美術を皆さんに見ていただき、関心を持っていただく、さらには作家の支援のために作品を購入してもらう活動が継続できたと思う。それは郷土の大先輩の土岡秀太郎氏が60年にわたり、北荘画会そして北美文化協会をベースに前衛美術・現代美術を紹介し、作家を育ててきたこと。さらには北美文化協会とも関わっているが、学校の先生方が創造美育運動(創美)に取り組まれ、それが小コレクターの会活動(3点の作品を持てば小コレクター)と広がった。そして、その活動のなかで創美に関わった先生達が瑛九と出会い、瑛九の芸術を全身全霊で応援することで、現代美術の歴史のなかで燦然と輝く希有な物語が創りあげられた。まさに福井の先人達の情熱や努力の力に支えられ、アートフルの活動が続けられたのではと強く感じている。
 招聘した作家の数名は亡くなられている。また、創美運動・小コレクター運動を引っ張ってこられた先生方の多くも鬼籍に入られた。幸せにもそんな方々と直に交流できたこと、また情熱の一端に直接触れることができたことは私にとっては宝である。一方、地域文化の伝統として将来に伝える使命をも感じている。
 アートフル活動では先輩諸氏にくらべれば地域文化への貢献はわずかであるが、この活動を通じて得たものをなんとか、ふるさとの若い人に伝えていきたいと思っている。その活動の一つがコレクションの公開だと思っている。
 現在福井市に福井大学の先生方が中心に設立されたNPO法人が運営するE&Cギャラリーがある。ギャラリーがオープンして5年になる。最初の展覧会が今は亡き宇佐美先生の「宇佐美圭司展」であったことからレベルを理解してもらえると思うが、現代美術の発表の場、また普及の場として着実に活動している。
 その場を活用させていただき、テーマを絞って、私のコレクション展を開催してきた。(A氏コレクションよりとしたが)2009年の「駒井哲郎版画展」をかわきりに2回の「人物博覧会」、一番最近の「恩地孝四郎と月映展」を含め5回開催した。ギャラリートークやレセプションを通じ、若い人達と交流することで自分のコレクションの中味やコレクションに対する考え方にも変化があったように思う。コレクションはあくまでも一時の預かりものでもあり、皆さんに見ていただくことで価値が出てくるものに違いない。コレクションの公開によって、蒐集する態度も変わる。皆さんに伝えたいものを意識するようになる。本年(2014)開催の「恩地孝四郎と月映展」では私が私淑している「恩地孝四郎」の先進性やその芸術、さらには幻の版画誌「月映」をとおして、当時の画学生が木版に刻み込んだ魂の叫びを皆さんに感じ取ってもらう努力をしたところである。
 今回、「福井の小コレクター運動とアートフル勝山の歩み、中上光雄・陽子コレクションより」展が福井県立美術館にて開催される運びとなったが、中上ご夫妻のコレクションを通じて、福井の小コレクター運動そして私が深く関わったアートフル勝山の活動を知っていただく機会を得たことは大きな意義があると思っている。この展覧会で先人達の現代美術に対するあふれんばかりの情熱の一端を感じ取っていただき、次世代に伝える力となることを切に願ってやまない。
 かつては福井県は戦前・戦後において現代美術の先進地であった。チャレンジ精神が旺盛であったことを物語っている。しかし、現在はあまり元気がない。おかげさまで勝山市にある「福井県立恐竜博物館」は大人気でたくさんの方に来場いただいているが…。
 今一度先人達の想いをしっかり受け止めて、アートの世界でも新たな光が見えることを期待している。

あらい よしやす(アートフル勝山の会代表)

*『福井の小コレクター運動とアートフル勝山の歩み―中上光雄・陽子コレクションによる―』図録より転載
舟越桂展_1_600
舟越桂展
1993年10月
左から中上陽子、舟越桂、中上光雄、荒井由泰

19951027_イソザキホールにて下中央から時計回りに、中上光雄、荒井由泰、荒井多恵子、中上陽子、綿貫令子、浪川和江、綿貫不二夫
1995年10月
(撮影:浪川正男)

IMG_3403_600中上邸イソザキホール
撮影:マイク・ヨコハマ 2014年

NC_cover_600『福井の小コレクター運動とアートフル勝山の歩み
―中上光雄・陽子コレクションによる―』図録

2015年 96ページ 25.7x18.3cm
発行:中上邸イソザキホール運営委員会(荒井由泰、中上光雄、中上哲雄、森下啓子)
出品作家:北川民次、難波田龍起、瑛九、岡本太郎、オノサト・トシノブ、泉茂、元永定正、 木村利三郎、丹阿弥丹波子、吉原英雄、靉嘔、磯崎新、池田満寿夫、野田哲也、関根伸夫、小野隆生、舟越桂、北川健次、土屋公雄(19作家150点)
執筆:西村直樹(福井県立美術館学芸員)、荒井由泰(アートフル勝山の会代表)、野田哲也(画家)、丹阿弥丹波子(画家)、北川健次(美術家・美術評論)、綿貫不二夫(ときの忘れもの)
編集:ときの忘れもの

価格:1,200円のところ、会期中のみ1,000円で頒布
※送料別途250円
ときの忘れもので扱っています。メールにてお申し込みください。
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

20150103中上コレクション展 表「福井の小コレクター運動とアートフル勝山の歩み
―中上光雄・陽子コレクションによる―」
会期:2015年1月3日[土]〜2月8日[日]
主催:福井県立美術館
●明日1月18日14時より、福井県立美術館にて座談会「福井の小コレクター運動について語るが開催されます。お近くの方はぜひご参加ください。

20150103中上コレクション展 裏
出品作家:北川民次、難波田龍起、瑛九、岡本太郎、オノサト・トシノブ、泉茂、元永定正、 木村利三郎、丹阿弥丹波子、吉原英雄、靉嘔、磯崎新、池田満寿夫、野田哲也、関根伸夫、小野隆生、舟越桂、北川健次、土屋公雄

*展覧会開催を記念して中上邸イソザキホール運営委員会から提供されたオノサト・トシノブ、吉原英雄、靉嘔の版画作品を特別頒布しています。

津村節子「時のなごり ある町の盛衰」

先日、荒井由泰さんの11回にわたる長期連載「マイコレクション物語」が終了しましたが、皆さんはお読みになっていかがでしたでしょうか。

荒井さんが生まれ育った北陸の山間の小都市・勝山には、1970年代から亭主は数え切れないほど訪れました。亭主がしょっちゅう行商してまわるほど、経済的にも文化的にも奥深い蓄積がある。

荒井さんは版画を中心に集めているコレクターですが、この町の素晴らしさは荒井さんだけではなく、人口3万人にも満たない町のあちこちに現代美術の優れた作品がコレクションされていることです。

新潮社のPR誌『波』に小説家の津村節子さんが「時のなごり」というエッセイを連載しています。確か12月号だったか「時のなごり ある町の盛衰」と題して、荒井さんの住む勝山のことを書かれていました。

かつては機業の町として栄えた勝山には津村さんのお父さんが住んでいました。戦争中、勝山で急死されたお父さんのことを描いた小説「雪の柩」のこと、勝山精華高校(南高校)の卒業生が吉村昭さん(津村さんのご主人)が亡くなるまで毎年お手伝いさんとして来ていたこと、その南高校の校歌を作詞したのが津村さんだったこと、しかしその高校もこの春閉校になることなどが、哀切な響きをもって綴られていました。

さっそく荒井さんにそのエッセイのことをお知らせしたら、折り返し以下のメールが返ってきました。

津村さんの父上が勝山市にある松文産業(同業の機屋さん)でお勤めで、勝山で亡くなられています。
また、今年3月に閉校になる勝山南高校の前身となったのは勝山精華高校で我が社が作った定時制高校です。戦後の厳しい経済状況のなか、自分の力で(周3日働き、3日勉強 全寮制)で勉強できたことで、多くの方から喜ばれました。
残念ながら昭和29年にケイテーの経営状況悪化で県に移管した歴史があります。
津村(吉村)家のお手伝いさんとして勝山精華高校出身者が何代にもわたり、つかえたこともあり、深い因縁があります。
昨年の南高校の創立70周年記念の式典には津村さんと息子さんが駆けつけてくださり、 楽しい時間を過ごしました。(荒井由泰)


津村さんと勝山のつながりについては津村節子の軌跡をお読みください。
荒井さんは明治から続く地元の繊維会社「ケイテー」の六代目の社長さんですが、同社は全国から集まった女工さんたちのために「働きながら学ぶー働学一如」を建学の理念に1941(昭和16)年に勝山精華学園を創立します。全国初の昼間定時制高校です。
定時制というと、昼間働き夜学校に通うというのが普通ですが、「ケイテー」の経営者たちの素晴らしさは「若い人たちが昼働くだけでもタイヘンなのに、夜学ぶなんて辛いし長続きもしない。だったら三日働いて、三日学校へ行けばいい」という卓見を示したことでした。

いまどきの自社の利益ばかりを追求する経営者たちといかに違うことか。
亭主が荒井さんはじめ勝山の人たちに敬愛の念を抱くのは、こういう歴史と文化の厚みを築いてきたことが町の佇まいや人々の暮らしにうかがわれるからです。

勝山の山の一角に、「平泉寺墓地」というその周辺地区の共同墓地があります。
磯崎新展3
山の斜面にそって、古くは中世のお坊さんのお墓から、昨日亡くなったばかりの方の卒塔婆までが境目もなく、点在しています。

亭主は「日本一美しい墓地」と勝手に宣伝しています。
高橋治さんの『さまよう霧の恋歌』(新潮文庫)は勝山を舞台にした小説ですが、この墓地ももちろん出てきます。

自然と歴史に恵まれたこの町にはもう一つ、宝物があります。
磯崎新設計による「中上邸イソザキホール」です。
磯崎先生の住宅作品の中でも傑作のひとつ。
1999年10月には磯崎新展を開催し、磯崎先生のギャラリートークも開催しました。
磯崎新展2
1999年10月18日
中上邸イソザキホール

磯崎新展1
左・磯崎新先生
中央マイクを持つのが荒井さん
右に宮脇愛子先生


あらためて、荒井さんのエッセイの目次をご覧ください。
そしていつか荒井さんたちの住む勝山にお出かけください。
第1回ルドン作「光の横顔」の話

第2回コレクション事始め In New York その1

第3回コレクション事始め In New York その2

第4回「アートフル勝山の会」活動とマイコレクション その1

第5回「アートフル勝山の会」活動とマイコレクション その2

第6回「アートフル勝山の会活動」とマイコレクション その3

第7回バルテュスのこと、そしてマイ駒井哲郎コレクションについて

第8回装幀・挿画本コレクション&恩地孝四郎との出会い

第9回駒井哲郎と彼が敬愛したアーティスト達について:
ルドン、ブレスダン、メリヨン、長谷川潔そして恩地孝四郎


第10回もう一つのマイコレクション:同時代を生きるアーティスト達

第11回コレクションの公開&コレクションとは何かについて(まとめ)

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荒井由泰「マイコレクション物語」第11回

荒井由泰「マイコレクション物語」第11回(最終回)

コレクションの公開&コレクションとは何かについて(まとめ)
荒井由泰


コレクションの公開
福井市の北の庄通りにE&Cギャラリーがある。2009年に福井大学の美術科の先生・学生が運営するNPO法人の画廊としてオープンした。EはEdge(周縁)、CはCenter(中心)を意味しており、文化の受信地であり、発信地でありたいという気持ちが込められている。最初の展覧会が福井県にアトリエを持つ宇佐美圭司展でファインアートの発信地を目指す意気込みを感じ取っていただけると思う。E&Cギャラリーのホームページをのぞいていただくと分かるが、4年間にわたり、積極的に企画展を開催している。また、ポスターや案内状・ちらしのデザインも学生達が担当し、作品展示についても先生の指導のもと、すべてやってくれるので出展する方としては本当にありがたい。このギャラリーで、先生方の依頼もあり、3度ばかり私のコレクション展を開催させていただいた。コレクションを公にするのは初めての経験で、最初は戸惑いを感じたものの、結果的にはすばらしい経験となった。「駒井哲郎版画展」(2009)、「駒井哲郎と彼が敬愛したアーティスト達」(2011)、「人物博覧会」(2012)がそれらであり、A氏コレクションよりという形で展示させてもらった。「駒井哲郎版画展」では駒井作品を30点ほど展示し、ときの忘れものの綿貫氏にギャラリートークをお願いした。「駒井哲郎と彼が敬愛したアーティスト達」展では前回出品のなかった駒井作品に加え、長谷川潔恩地孝四郎ルドン、ブレスダン、メリヨンの作品を展示した。「人物博覧会」では私のコレクションから人物表現の作品を集め展示した。ルドンの「光の横顔」ほか、駒井哲郎、舟越桂池田満寿夫、藤森静雄、谷中安規等の作品が並んだ。この展覧会では各人好きな作品を3点投票してもらったが、ベスト3にはルドン、藤森、モーリッツ作品が選ばれた。投票結果を見て、好みにはバラツキがあることを改めて実感した。これらの展覧会ではE&Cギャラリーの湊先生と一緒にギャラリートークもさせてもらった。コレクションの苦労話や作家・作品にまつわる物語など、みなさん熱心に聞いてくれたのは楽しい思い出となった。
2009 駒井哲郎版画展600「駒井哲郎版画展」
2009

駒井哲郎版画展1「駒井哲郎版画展」
ギャラリートーク

駒井哲郎版画展2「駒井哲郎版画展」
ギャラリートーク

駒井哲郎版画展3「駒井哲郎版画展」
ギャラリートーク

2011 駒井哲郎と彼が敬愛したアーティスト達600「駒井哲郎と彼が敬愛したアーティスト達」
2011

600「駒井哲郎と彼が敬愛したアーティスト達」
ギャラリートーク

600「駒井哲郎と彼が敬愛したアーティスト達」
ギャラリートーク

600「駒井哲郎と彼が敬愛したアーティスト達」
ギャラリートーク

2012 人物博覧会600「人物博覧会機
2012
 
人物博覧会_01「人物博覧会I」
ギャラリートーク

人物博覧会_02「人物博覧会I」
ギャラリートーク

人物博覧会_03「人物博覧会I」
ギャラリートーク

600「人物博覧会I」

コレクションを公開して感じたことを記してみる。.ャラリーで自分のコレクションを並べてみると違って見える。(家ではスペースが限られているし、より客観的にコレクションをみることができる。)∈酩覆鯆未靴涜燭の方とコミュニケーションができる。(特に学生さんとのコミュニケーションが楽しい。)8開されることで自分のコレクションに対して自信が深まるとともに責任も感じることにもなった。
ちょっと大げさに言えば、コレクションはあくまで「預かりもの」であり、文化財を次の世代に伝える義務と責任があることを強く感ずるとともに、コレクションという行為についても考えたり、述べたりする絶好の機会にもなった。展覧会のトークの時にも話をしたが、コレクションというとお金があって、楽な遊びと見えることが多いなか、身銭を切っての真剣勝負であり、自分なりの美を追求する「自己表現」のひとつの形であることを自分なりに発信させてもらった。

コレクションをするとは
先日、芥川喜好著の「時の余白」(みすず書房)を読んでいたら、コレクションに関する話で芥川氏は昭和の民芸運動を主導した柳宗悦の「集める者は、物の中に<他の自分>を見いだしているのである。集まる品はそれぞれに自分の兄弟なのである。血縁の者がここで邂逅するのである」の言葉を引用して、「“自分のいい兄弟たち”を集め、それによって自分自身を語ろうとする―その辺がコレクションの要諦でしょう。」と締めている。いままでは自分と共感できる自分の分身を集めることで、コレクションされた作品を並べて、「これらすべてが自分です」と言う、まさにコレクションは自己表現のひとつの形ですと言ってきたが、「いい兄弟たち」と思うのも悪くないと感じた。しかし、真剣勝負で見いだす行為であることは強調したいが・・・・

コレクションの充実のために
次にコレクション充実の極意というか、姿勢について少し述べてみたい。実際、私の経験から言うとコレクションはまずは心を打つ美しい作品と出会い、そして是非とも欲しい、手に入れたいと強く思うことからはじまる。私の場合は予算的な枠があり、50万、100万円となると気持ちよくあきらめられるが、分割払いでなんとかなる20〜30万円までのいい作品に出会うと心が動く。現在は不況のせいか、かつては100万円以上した作品が、そんな値段で手に入ることがあるから、幸せな出会いを思い・待ち続けながら画廊等に足を運ぶことが重要だ。その強い思いによって、アーティストや作品との出会いが偶然に、突然に、タイミング良くやってくる。それはまさに必然というほかない。それがコレクションの醍醐味でもあろう。なお、出会った作品のコンディション(保存状態)についての考え方だが、基本的にはコンディションを重視したい。特に新しい作品については必要条件と思っている。しかし、4,50年以上前の作品となれば、ある程度は妥協するが、作品の持っている印象を重視して、Yes or No を決めている。古い作品では裏がベニヤヤケでひどいものやマージン部分を勝手にカットしたものを見ると心が痛む。また、日焼けやスポット的なかび汚れを補修してあるものも見かけるが、オリジナルの色・印象をどこまで残っているかで判断するほかない。額装して飾っておけば必ず日焼けがおこるので、こまめに変えることが大切だ。前にも述べたが版画は手に持ってフレッシュな印象を楽しむのが一番だ。

コレクションの今後
コレクターにとっては最終的に自分のコレクションをどうするのか(どうなるのか)?という大きな課題を抱えている。コレクションした作品にはそれぞれ物語があり、どんな形で次の世代につなぐにしても、コレクターの感動や思いを正確に引き継ぐことは不可能であり、コレクター一人でしか完結しえないもののように思う。元気なうちに、作品を整理して、ムンクなどの好きな作品、数点にしぼりこむことも考えてみたが、やっぱり、多くの兄弟達と一緒の方がいいし、好きな作家・作品との出会いを楽しんだ方がベターであると現在は思っている。コレクションは家族にとっては財産的な価値がクローズアップされるが、コレクター本人にとってはプロセス・物語の集大成であり、まったく違った価値観のうえに成り立っている。しかし、最近はある時点では自分のコレクションの行方をすべて他人にゆだねるより、自分が元気なうちある程度の整理をすることは必要でないかと感じるようになった。と言っても、ある時点がいつなのか、どのように整理するのか、などなど難しい決断が待っており、ついつい先送りになる。コレクションに対する情熱が失せた時なのか、ある程度の年齢になった時なのか、この課題は消えることがない。

ところで私自身、偶然あるいは必然として、版画に出会い、そのおかげで人生が豊かになったことに心から感謝をしている。版画に限らず、自分が夢中になれて、かつより深く入り込める分野を持つことは、様々な出会いや好奇心の広がりにつながり、必ずや人生を豊かにすると感じている。そんなことで皆さんには「コレクションそれも版画のコレクションをお薦めしたい。」

全11回にわたり勢いにまかせてエッセイを綴ってきたが、「マイコレクション物語」をそろそろ終わりとしたい。私は現在64歳、私のコレクション物語はもう少し続くことになるとは思うがどんな形の結末になるのか、興味があるが、私自身にも分からない。

長い期間にわたり拝読いただいた皆様に感謝申し上げたい。少しはお役にたったのかなあ。とにかく、ありがとうございました。また、このような機会を与えてくれたときの忘れものの綿貫夫妻にも厚くお礼を申し上げて、筆をおく。
(あらいよしやす)

荒井由泰「マイコレクション物語」第10回

「マイコレクション物語」第10回   荒井由泰

もう一つのマイコレクション:同時代を生きるアーティスト達


私のもう一つのコレクションテーマは私と同時代を生き、私のこころにしっかり響くアーティスト達のことを紹介したい。(すでに登場している作家達であるが)これらの作家・作品は意識をして集めたものでなく、縁があって、気になる作家・作品としてコレクションに加わったものである。気に入った作家については最低数点はコレクションしたいと考えていたこともあり、縁があって(このときの縁とは気に入った作品と購入可能なお金がやりくり可能な状態を言う)、一点一点購入した結果として、コレクションが構成されたものである。
作家・作品論については評論家でないのでうまく表現できないが、独断と偏見で自分なりの「惹かれる理由」を自分のなかで見つめてみたい。

メクセペル・モーリッツ・デマジエール
海外アーティストからはじめよう。最初はメクセペル(Friedrich Meckseper 1936〜)だが正直なところあまりドイツの作家には興味がないが、彼の静物画にはなぜか惹かれる。アルファベット・筒・玉・分度器とかが、繰り返し作品に現れる。ドイツらしく強い存在感を感じる。背景となる空間にはなんとも言えない銅版画のマチエールがにじみ出ており、抑えた色彩とともに、私を魅了する。最近、かつては高嶺の花であった「四つの玉」(1968)を格安で手に入れた。市況が悪いのか、版画の人気がないのか、好みの変化なのか、為替の問題なのか、真なる原因は分からない。「四つの玉」を見ながら、「良いものは良い」「作品としての価値は変わらない」と勝手に納得している。次はモーリッツ(Phillipe Mohlitz 1941〜 )、彼はビュラン(エングレービング)の名手である。ヨーロッパの伝統的な技術を受け継ぐ版画家の一人だ。彼もブレスダンやルドンと同じくボルドーの出身であり、幻想の世界に身をおいている点で彼らとつながっている。フィッチのところで作品に出会って以来、モーリッツの幻想的かつシニカルな世界に魅せられた。拡大鏡を片手に作品を見ると楽しい。図柄で好きなものを70年代中心に集めたが、モーリッツも最近はあまり人気がないようだ。作品を見る機会が減っていることも原因かもしれない。オークション等に初期の名品が手頃な価格で出ていることもあり、初期の好きな作品をコレクションに追加している。本年7月に福井のE&Cギャラリーで開催した「人物博覧会」に3点のモーリッツを出品したところ、若い人に人気があった。どうも劇画的な描き込みが心を捉えたようだ。人の心が変わるように、人の好みも時間とともに変化する。私自身も「ちょっと重すぎると感じはじめた」ことと、一時価格が異常に高かったこともあり、70年代の作品でコレクションを停止した。海外作家の最後がデマジエール(Erik Desmazières 1948〜)だ。彼は私と同世代だ。彼を知ったにはフィッチが出版した「銅版画のルネッサンス」という5人の作家の版画集(1975 限定100部 浜口陽三、メクセペル、デマジエールほか)を購入したときが初めてだったように思う。この版画集のなかの作品は石の大きな構築物が崩壊する瞬間をエッチングで描いたもので、迫力満点の作品だ。彼の銅版画はヨーロッパの伝統技法を受け継いでおり、少し古風な雰囲気があるものの、銅版画の好きな方にはたまらない魅力がある。最近の作品では古書をテーマにした作品が好きだ。下総屋画廊で出版された「迷宮供廚鰐症覆世隼廚辰討い襦今後とも好きな作品をコレクションに加えようと思っている。
-2 600メクセペル
「4つの玉」 
1968

-4 600モーリッツ   
「L'eglise(教会)」
1975

-6 600デマジエール   
「Labryinth供別袖椨供法
2003


野田哲也舟越桂小野隆生・柄澤齊・北川健次
紙面も限られているので、日本人作家に移ろう。日本人作家についてはすでに紹介しているので、なるべく簡略にすすめたい。最初に野田哲也(のだてつや1940〜):写真、シルク、木版の組み合わせと日記シリーズという物語性に彼の才能が加わり、魅力的な野田ワールドをつくり出している。奥様も含め、何度かお会いしているがその気さくで優しい人間性にも惹かれる。日記シリーズに本人、奥様、娘さんも登場しているので、なぜか家族ぐるみのお付き合いが続いている感じがするから不思議である。コレクションは50点近くになった。お気に入りは日記:1970年4月27日でニューヨークで池田満寿夫、リラン、川島猛が登場する作品だ。空の色は池田のブルーで当時の熱気が伝わってくる。次は舟越桂(ふなこしかつら1951〜)。今や人気の彫刻家・アーティストだ。彫刻のみならず、版画の様々な技法にチャレンジしてくれるのはうれしい。もう少し好みの作品を集めたいところだが、値段が高くて苦しい。一番最近のコレクション作品は「戦争を視るスフィンクス」(2005 銅版画)だ。殺し合いをする愚かな人間達を悲しみの心で見つめるスフィンクスが描かれている。赤い色は戦火を表現しているのだろうか。好きな作品だ。次は小野隆生(おのたかお1950〜)。アートフル主催の企画展は4回を数えた。肖像が好きで、私としては珍しく版画でなく、テンペラ作品もコレクションさせてもらった。強く・主張する女性から少しずつマイルドになっているのが気にはなるが、変化も含めてコレクションするのは楽しい。彼の肖像にはモデルがいないとのことだが、どこからイメージが沸いてくるのか、いつも不思議に感じている。次は柄澤斉(からさわひとし1950〜)。一番長いつきあいの作家だ。版画作品のみならず、挿画本にこだわったり、自分で「SHIP」という版画入り雑誌を発刊したりで、作品のテーマも含め、共感できることの多い作家だ。そんなことで「肖像シリーズ」をはじめ、コレクション数が一番多い。やっぱり「肖像シリーズ」が一番お気に入りである。アートフルの展覧会で購入した「岸田劉生」(2007 木口木版・手彩色)は秀作だ。版画のみならず、表現領域を広げており、今後の活躍が楽しみだ。出来る限り応援を続けたいと思っている。しんがりは北川健次(きたがわけんじ1952〜)。彼は福井出身だが、お付き合いの面では一番最近のアーティストだ。少しばかり古風でノスタルジックなイメージの中に彼の鋭い感性・美意識が走る。ちょっと重い感じがしないでもないが、軽いものが蔓延しているなかでは光っている。とにかく彼の感性とかこだわり、さらには自信を持って自分自身をアピールする姿勢には敬服している。また、アートにとって厳しい世の中にもかかわらず、版画集、オブジェ作品、コラージュ、ミクストメディア作品を積極的に発表しつづける姿勢にも大いに評価したい。今のところ、私のコレクションは版画集が中心だが、彼の発表する写真作品にも興味を抱き、コレクションに加えている。彼のこれからの活躍に期待して、微力ながら応援したいと思っている。
-8 600野田哲也
「池田満寿夫と仲間たち」 
1970日記:1970年4月17日
 
-11 600舟越桂 
「戦争を視るスフィンクス」
2005

-12 600小野隆生 
「少女像」
1980 
テンペラ

-13 600小野隆生
「アイマスクの女」 
肖像図98-13
1998  
テンペラ

-14 600 柄澤斉
「肖像検A.ランボー」 
1982
 
-15 600柄澤斉 
「肖像XLV掘ヾ濺栂生」
2007
 
-16 600北川健次
「回廊にて」 
2007

  
同時代を生きたアーティスト達とは異なるが、気になる作家で、何点か作品をコレクションしている作家を挙げてみたい。谷中安規、難波田龍起オノサトトシノブ、藤森静雄、戸村茂樹、若手で気になる作家は青木野枝、小林孝亘、光嶋裕介らである。

改めて自分のコレクションを見つめると様々な技法・表現の作品があり、果たして脈絡のしっかりしたコレクションと言えるのかと不安になるが、私が生きてきた時代のなかで心にひっかかり、所有したいと願った作品群であることは確かだ。

次回が最終回となるが、コレクションとは何か、コレクションの公開についてなど、まとめの形で述べてみたい。
(あらいよしやす)

*画廊亭主敬白
荒井さんのエッセイ、亭主としてはもっともっと聞きたいところですが、次回が最終回となります。
いま開催中の松本竣介展(後期)初日に、偶然野田哲也先生と土渕信彦さんがいらっしゃいました。RIMG11914_600
野田哲也先生(右)
2013年1月9日
土渕さん撮影
tokinowasuremono
緑豊かな青山のギャラリー&編集事務所「ときの忘れもの」は建築家をはじめ近現代の作家の写真、版画、油彩、ドローイング等を扱い、毎月企画展を開催しています。またオリジナル版画のエディション、美術書・画集・図録等の編集も行なっています。
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