原茂のエッセイ

日本のアジェ死す〜写真家・風間健介さんの訃報に接して

日本のアジェ死す 
〜写真家・風間健介さんの訃報に接して〜

原茂


以前「ときの忘れもの」のフォトビューイングにも登場していただいた写真家の風間健介さんが死去されました。17日頃からSNSで情報が飛び交っていたようでしたが、私と同年代の若さで、しかもブログの更新も頻繁でしたから、いつもの「身体の調子悪い」「パソコン動かない」の類いではと半信半疑でした。しかし、6月20日に「北方ジャーナル」の公式ブログが報じ、北海道新聞が 6月23日朝刊で訃報を掲載したことで、動かしがたい事実であることを受け入れざるを得ませんでした。

風間健介さん死去 写真家、56才
 夕張市内で約18年間暮らし、写真集「夕張」(2005年、寿郎社)で06年度日本写真協会新人賞、第18回写真の会賞、第19回地方出版文化功労賞奨励賞をトリプル受賞した写真家風間健介(かざま・けんすけ)さんが千葉県館山の自宅で亡くなっていたことが、22日分かった。56才。死因は不明。
 風間さんは三重県出身で1989年、夕張に移住。炭鉱跡や炭鉱住宅を撮影しながら炭鉱遺産としての活用に取り組んだ。
 「そらち炭鉱遺産散歩」(北海道新聞空知「炭鉱」取材班編著、03年、共同文化社刊)の写真も担当した。
(北海道新聞6月23日朝刊)


 私が風間さんの作品を最初に拝見したは、安友志乃さんの『撮る人へ』(窓社)でした。なんと綺麗な写真なのだろうと思いました。写っているものはゴツいコンクリート打ちっ放しのうち捨てられた炭鉱施設なのに、背景に流れる白い雲の下、古代の神殿か何かのような神聖さを感じさせる不思議な写真でした。

 さらに、今はなき写真雑誌「TIDE」第3号に、夕張のシリーズから「星啼の街」が掲載され、「プリント販売いたします」との一文にふらふらと「注文」をしてしまったのが風間さんとのお付き合いの始まりでした。

 文字通り「直販」「手売り」でプリントを販売されていた風間さんはいつもお金がなく、軍艦島を撮りに行きたいがお金がないのでプリント買ってくださいとのメールをいただいて、先物買いで軍艦島のプリントを購入させていただいたこともありました。

 写真家は写真を売って生活するもの、写真家にとって写真は商品ではなく作品、という、ある意味あたりまえでありながら現実的にはあまりに困難な生き方を貫かれた風間さんの作品は、重厚でありながら重苦しさを感じさせない、軽やかさに満たされていながら軽薄さとは無縁な、濃密で端正な写真でした。

 けれども、ドキュメンタリー写真でも風景写真でもない、真の意味でのシリアスフォトグラフィーである風間さんの写真は、写真に「わかりやすさ」を求め、「なんとか」写真、「かんとか」写真と肩書きがつかないと落ち着かない日本の写真界で評価されるには時間がかかるだろうなと思わせられました。しかし時間はかかってもかならず評価されるに違いないと確信していました。

 実際、その作品は頻繁にというわけではなくても、コンスタントにカメラ雑誌にも掲載されてきましたし、2004年には、新宿ペンタックスフォーラムで「夕張」のシリーズから「風を映した街」の大規模な展示が行われました。

 この時、風間さんと初めてお目にかかることができました。第一印象は「え、この人がこの写真を」という実に失礼なものでしたが、話を聞くうちに、「ああ、この人だからこそこの写真なのだ」という思いが湧いてきたことです。ご一緒に新宿西口の居酒屋でホッケの塩焼きを口にしながら、アジェに初めてあったアボットもきっとこんな気持ちだったのではないかと想像したことを思い起こします。

 そして、2005年に写真集『夕張』を発表され、2006年に「日本写真協会新人賞」、「写真の会賞」、「地方出版文化功労賞奨励賞」を立て続けに受賞されます。特に、一部では「木村伊兵衛賞を取るより難しい」と言われる「写真の会賞」を、かの傑作、瀬戸正人さんの『picnic』を抑えて受賞されたことは、風間さんのお仕事にようやく写真界の評価が追いついてきたと胸のすくような思いをしたことです。

 その後、体を壊されたこともあって東京、さらに館山に居を移され、新しいシリーズを展開されていました。東日本大震災に際しては被災地にも足を運ばれ、報道写真とはひと味もふた味も違う−誤解を招く言い方かもしれませんが−本当に「美しい作品」を残されています。さらに、実験的な作品も試みておられ、その世界はますます彩りと深みを加えておられたように思っていました。

 その一方、生活と健康は好転せず、ブログには、毎回のように、体の不調とパソコンの不調を嘆くコメントが載せられていました。下の文章は、風間さんが6月3日にご自身のブログに書き込んだ最後のコメントです。

館山日記 6月3日

震える

好みの強い光なのだが、暑くて寒いのだ。
薄着で寝て毛布や布団を掛けていたのだが、
2〜3分で暑くなり布団を除けていた。
そして2〜3分で寒くなって布団を掛けていた。
これでは眠れないし28度でも寒いし、
汗ももの凄い。
トイレの帰りでも動悸と眼の痛みが痛い。
パソは騙し騙し使っているが、
薬を買いたいがアマゾンが使えないし、
動画も見えないし心臓が痛い。
友人に貰ったパソに変えたい。
しかし、データが移せないし、
体がもたない。汗びっしょり。

作業も遅れていて申し訳ありません。


恐らく、その後容態が急変し、助けを求める間もなく意識を失われ、そのままになられたのではないかと思われます。56歳という若さでの急逝、そして孤独死という最期に言葉を失います。けれども、その2日前のブログにはこうもありました。

問題

この時期は光が多く一番よいと思う。
しかし、体調や精神が悪いとその時間を活用出来ない。
解決出来ない問題は辛いし苦しいし、
金がいくらあっても解決出来ないのは辛い。
もちろん金はないし、作品だけなので幸福な人生なのだが。


そして、最期のブログに添えられた作品は、白い雲の浮かぶ真っ青な空に飛び立つ幾羽もの鳥の群れの写真でした。ひょっとしたらこのときすでに風間さんはその最期を覚悟しておられたのかも知れません。いくつもの珠玉の作品を残してこの世界から飛び立って行かれた風間さんの魂が安らかであることを祈るのみです。

その後、ご友人で現在沖縄に拠点をおいて活動しておられるミュージシャンの方がご遺族と連絡を取られ、ご自宅の整理と残された作品の管理を引き受けてくださっておられるようです。今後写真展や写真集の出版も考えておられ、その資金のために、風間さんの遺志を受け継いで、現在、一枚1000円でRCペーパーの六つ切りの作品を販売しておられます。関心のある方は、ネットで「風間健介」で検索していただければ、当該のツイッターやフェイスブックに辿り着けるかと思います。

56歳で自宅で孤独死という最期は、普通に考えればショッキングで悲惨ということになるのでしょうが、生前何度も聞かされた「自分は写真家だから、何が何でも写真を売って生きていく」という覚悟と、その類い希な撮影のセンスとプリントの超絶技巧と、それと引き替えのような徹底して不器用な(パソコンを含む)生き方があればこその、あの凛として涼やかな作品世界を知る者としては、不思議に「やっぱり」という思いと「でも早すぎる」という思いが交錯しています。

これだけの作家を日の当たる場所に出すことのできなかった不明を恥じます。

ただ、作家の場合は肉体は土に帰っても、作品は永遠に残りますから、あとは残された作品の保全と顕彰が残された者の責任となるかと思います。アジェにアボットがいたように、またシャーカフスキーがその評価を決定づけたように、風間健介の評価はこれから時間をかけて高まっていくことを信じて疑いません。
はら しげる

・風間さんのサイト http://kazama2.sakura.ne.jp/
・館山日記(風間さんのブログ) http://sayamanikki.seesaa.net/

●画廊コレクションより風間健介さんの作品をご紹介します。
20170629_kazama_01_yuubari-hatudensyo-1風間健介
「夕張 清水沢発電所(1)」
1991年
ゼラチンシルバープリント
23.6x30.0cm
サインあり


20170629_kazama_02_yuubari-hatudensyo-2風間健介
「夕張 清水沢発電所(2)」
1991年
ゼラチンシルバープリント
23.7x29.8cm
サインあり


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ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

小林紀晴フォトビューイングの報告と御礼〜原茂

第8回写真を買おう!! ときの忘れものフォトビューイング 
報告と御礼 原茂


20120127小林紀晴pv1
ホストの原茂さん(左)と小林紀晴さん(右)

 「第8回 写真を買おう!! ときの忘れものフォトビューイング」は、1月27日(金)、写真家にして作家の小林紀晴さんをゲストに開催されました。
 模様替えのため少し印象の変わった「ときの忘れもの」に到着すると、小林さんはすでにアシスタントの佐々木さんと打ち合わせの最中。布製のトートバックに無造作に詰め込まれたコダックの印画紙の箱から次々にプリントが取り出されるのですが、その質と量とにびっくり。
 ブックマットどころかスリーブにも入れられていないプリントががひょいひょいと素手でつままれていくつかの山になっていきます。ちらほら見え隠れするスリーブに入ったプリントには赤や青のダーマトグラフ(太めの柔らかい芯を紙で巻いた色鉛筆。ネガやプリントのスリーブ等、色の乗りにくいものに使用される。写真がデジタルになって使われなくなった用品の一つ)で、「А廚箸「80.3」とかの数字が書き込まれ、これはどう見て印刷原稿そのものです。
 聞けば最初の写真集で、日本写真協会新人賞受賞作の『DAYS ASIA』の原稿をひとまとめお持ちくださったとのこと。Г魯據璽舷堯◆80.3」はパーセントで、原稿の縮小割合の指示だとか。細江英公先生おっしゃるところの「ヴィンテージの中のヴィンテージ」なわけで、こちらはあっけにとられるばかりです。ゆくゆくは美術館に所蔵されてしかるべきプリントをあっそんな無造作に……とひやひやするこちらの心配をよそに、大テーブルからあふれたプリント群は、引っ張り出された応接テーブルに、ギャラリー入り口の展示台と今回新設された展示台の上にずらりと並べられ、ギャラリーはあっという間にアジアのバザール状態となりました。
 それでも全部は展示できず、何回か展示替えすることを決めます。とても一枚一枚にコメントしていただく余裕がなく、とにかく気になったプリントがあったら自由に声を掛けていただき、気に入ったものがあれば(急遽設置された)「お取り置きボックス」に入れていただいて、後から購入を決めていただくということになってビューイングがスタートしました。

 開口一番、小林さんから、自分としてはプリントはあくまで印刷のための原稿という意識が強い、抜け殻とは思わないけれど、自分ではこれに価値があるとは思わないとの爆弾発言。ご亭主が、それではいくらにしましょうかということになって、ここではとても書けないような価格で「印刷原稿」そのもの=「ヴィンテージ中のヴィンテージ」を分けていだくことができることになりました。
 最初に並べていただいた「DAYS ASIA」のシリーズは、1995年頃35ミリカメラで撮ったもので、アメリカの「ニューカラー」の影響を受けて、そのころは一般的でなかった「ネガカラーフィルム」(当時はプロの写真家はカラーと言えばそのまま印刷原稿に使えるポジフィルムが一般的で、ネガフィルムは家庭用という位置付けでした)を使い、ネガカラー用引き伸ばし機、プリント用のプロセッサーを買って自家処理をしていたとのことでした。焼き込みや被い焼きといったモノクロプリントの手法を用いて、一枚一枚を仕上げていたので、同じものを、もしいま焼いて欲しいと言われても焼けないとのこと。写真集の表紙にもなったカンガーに浮かぶ小舟を漕ぐ老人のプリントを手に、この青く光るプリントも独自の仕上げなので他には誰も焼けないとコメントされていました。

 これまで印刷物(しかも必ずしも紙やインクにこだわったというイメージのない)で作品を拝見することがほとんどで、プリントにこだわる写真家というイメージがあまりなかったこともあって、プリントについて熱く語られる小林さんが新鮮でした。そして無造作に広げられた一枚一枚のプリントがまさに宝石のように思われてきたことでした。

 写真と文章との関係はという質問には、写真が挿絵にならないよう、文章が説明にならないように気を付けているというお答え。触れるか触れないかのバランスを大切にしているとのことでした。
 35ミリで「出会い頭」を撮ったという、小林さん言うところの「アジア第1期」のシリーズが何回かに分けて広げられていきます。その中に『アジアロード』の表紙を飾った赤い自転車で走り去る少女のプリントも。これは、この景色の中に自転車に乗った女の子が来ないかなと思っていたらちょうど来たので撮った一枚とのこと、こういう偶然を呼び寄せる力というか偶然が必然になる定めというものを持っているのが写真家というものなのでしょう。

 ちょっと気になったのがプリントの隅の傷。イメージにはまったく影響はないので問題がないといえばないのですがやはり気になります。そんなことを思っていると目ざとい参加者から、隅が欠けているプリントがあるのはどうしてかという鋭い質問。小林さん、これはわざとで、水洗の時に「これぞ」という一枚の隅をカットするとのこと。乾燥してしまうと焼きの違いが分かりにくくなるので水洗の時に印を付けるのだけれど、水の中でペンも鉛筆も使えないのでハサミで隅を僅かにカットして目印にするのだとか。だから隅のカットは作家の「自信作」の証し、自分以外にもけっこうカットを入れる作家さんは多いはずとのことでした。隅の傷も、プリントを吊して乾燥する時に洗濯バサミで挟んだ跡とのこと。専門のプリンターさんなら専用のクリップとかで傷が付かないようにするのだと思うのですが、作家自身の自家処理だと逆にこうした点ではアバウトさが出るのかも知れません。間違いなく自分がプリントしたという印です、と言われると、これまで傷にしか見えなかったカットや洗濯バサミの跡が逆に勲章のように見えるのですから現金なものです。

 アジアから帰ってきて、目に映るものが全部直線でできていることに違和感を感じて撮ったという『東京装置』のシリーズ(実は私の好きなシリーズの一つで、ニューヨークのものと並んで「都市写真家」としての小林さんの魅力がつまった一冊かと思います)を挟んで、次はインド国外で生活するインド人を追った「遠い国」。4×5インチのシートフィルムを使う大型カメラで撮られた作品です。最初は何でも撮っていたけれど、次第に撮りたいものと撮らなくてよいものが分かるようになってきて、これがいわば「アジア第2期」とのこと。緻密で濃密なイメージに、せわしなかった参加者の動きもこころなしかゆっくりになります。
 さらに、2000年12月から2002年1月までニューヨークに滞在した際の『days new york―デイズ ニューヨーク』からも何枚か、9.11以前、9.11以後、そしてまさに9.11当日の写真もあり、一同息を呑みます。
 そして次は6×7センチのフィルムサイズで撮られたアジアのシリーズ。これは以前小林さんが開いておられた東京・四谷の伝説のギャラリー「Days Photo Gallery」で個展をされた時の展示作品。こちらには小林さんのサインと1/20というエディションナンバーが入っています。「Days Photo Gallery」の販売スペースにしばらく展示されていたこともあって印象に残っていた「ゾウ」のイメージを中心にした、タイとミャンマーのシリーズ。再びアジアに戻って「混沌として何でもアリ」のアジアで「撮りたいものを淡々と撮っていく」ことができるようになってきた時期の、いわば「アジア第3期」のシリーズだとか。写真集としてはまだまとまっていないけれど自分としてはとても好きなシリーズで、特にゾウの皮膚の感じがプリントのしがいがあったとのコメントに、小林さんのプリントへのこだわりが再び垣間見えました。

 そして最後に今回のとっておきとも言うべき「蔵出し」の再近作が5枚。2011年から長野の八ヶ岳で撮り始められた4×5インチのシリーズ。子どもの頃から気になっていた、夕方の光に輝く草原とか、葉や枝の重なりとか、そういったノイズというか抽象的なものを撮りたいと思って始めたシリーズで、タイトルもまだついていないとのことでした。「ポロックのよう」との声があがりましたが、私としては難波田龍起さんの作品を連想したことでした。シリーズの完結まではまだかかりそうですが、完成の暁にはぜひ「ときの忘れもの」での個展をと願ったのは私だけではないはずです。
 
 一通り拝見してブレイクとなります。心づくしの軽食と飲み物を頂いて、いよいよ最終選考?というわけで、取り置きボックスの中身がもう一度テーブルに広げられ、これは○○さん、これは△△さんとそれぞれが落ち着くべき所に落ち着きます。「ときの忘れもの」のコレクションにも何枚かが納まることになりました。ほどなく「ときの忘れもの」のHPでも小林さんの作品を拝見することができるようになるかと思います。
 小林紀晴さんの写真の魅力、とりわけプリントとしての魅力を再確認させていただいたひとときでした。この楽しみをビューイングの参加者だけで独り占めするのは申し訳ないような気持ちで一杯で、今回はお持ちいただけなかった作品を含め、2回目、3回目を企画できないかなどと、不埒なことを考えた次第です。
 足をお運びいただいた皆様、購入くださった方々に心から感謝いたします。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。(はらしげる)
20120127小林紀晴pv2根岸文子
今回のフォトビューイングの参加申込み第一号はスペインから根岸文子さん夫妻でした。明日は成田発という日、わざわざホテルをとって参加してくださいました。

20120127小林紀晴pv4
数多くの写真集、著書に使われた印刷原稿そのものを持ち込んでのフォトビューイング。まさにこれぞビンテージ!

20120127小林紀晴pv3


20120127小林紀晴pv5サイン
お買い上げいただいた作品はその場でサインしていただきました。

以下の作品をご覧になりたい方は、画廊にありますので、どうぞ声をかけてください。
work1
小林紀晴:頒布作品1(バリ島)
イメージサイズ:21.4x17.3cm
シートサイズ :25.3x20.3cm
Gelatin silver print
サインあり

work2
小林紀晴:頒布作品2(バリ島)
イメージサイズ:22.6x15.2cm
シートサイズ :25.3x20.3cm
Gelatin silver print
サインあり

work3
小林紀晴:頒布作品3(大江戸線)
イメージサイズ:20.4x17.0cm
シートサイズ :25.3x20.3cm
Gelatin silver print
サインあり

work4
小林紀晴:頒布作品4(インド、ガンジス川)
イメージサイズ:23.0x15.6cm
シートサイズ :25.3x20.3cm
c-print
サインあり

work5
小林紀晴:頒布作品5(ネパール、カトマンズ)
イメージサイズ:24.3x16.3cm
シートサイズ :25.3x20.3cm
Gelatin silver print
サインあり

work6
小林紀晴:頒布作品6(ミャンマー)
イメージサイズ:22.0x27.2cm
シートサイズ :24.0x30.4cm
Gelatin silver print
サインあり

work7
小林紀晴:頒布作品7(ラオス、ビエンチャン)
イメージサイズ:18.6x27.9cm
シートサイズ :25.3x30.3cm
Gelatin silver print
サインあり

work8
小林紀晴:頒布作品8
イメージサイズ:32.0x25.7cm
シートサイズ :35.6x28.0cm
Gelatin silver print
Ed.1/20
サインあり

work9
小林紀晴:頒布作品9(八ヶ岳)
イメージサイズ:23.8x30.4cm
シートサイズ :28.0x35.2cm
Gelatin silver print
サインあり

work10
小林紀晴:頒布作品10(ラオス、ビエンチャン)
イメージサイズ:18.7x28.2cm
シートサイズ :25.3x30.3cm
c-print
サインあり

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第8回写真を買おう!! ときの忘れものフォトビューイング〜小林紀晴さんを迎えて 原茂

第8回となる「写真を買おう!! ときの忘れものフォトビューイング」を小林紀晴さんを迎えて開催します。

日時:2012年1月27日[金] 18:30-20:00
会場:ときの忘れもの
コレクターの原茂さんが気鋭の写真家を迎え、写真をコレクションする楽しみを語るとともにゲスト写真家の作品を御覧いただくフォトビューイングです。
第8回ゲスト:小林紀晴
ホスト:原茂(コレクター)
※要予約(参加費1,000円/参加ご希望の方は、電話またはメールにてお申し込み下さい)
Tel.03-3470-2631/Mail info@tokinowasuremono.com

*尚、小林さんの仕事柄、急な撮影が入った場合には、万が一、日時を変更させていただくことがありますので、予めご了承ください。
小林紀晴アジアン・ジャパニーズ

先ずは原茂さんの口上をお読みください。

第8回写真を買おう!!ときの忘れものフォトビューイング「口上」 原茂

 「第8回 写真を買おう!! ときの忘れものフォトビューイング」には、写真家にして作家の小林紀晴さんhttp://www.kobayashikisei.com/ をお招きいたします。
 私などが改めてご紹介するまでもなく、第一作『アジアン・ジャパニーズ』以来、写真×文章によって綴られる独特の世界が多くのファンを惹きつけてやまない、当代きっての人気作家のお一人です。
 これまで出版されたものをあげるだけでも

『アジアン・ジャパニーズ』(情報センター出版局、1995/04)
『アジアン・ジャパニーズ2 』(情報センター出版局、1996/09)
『DAYS ASIA 』(情報センター出版局、1996/10)
『アジア旅物語』(世界文化社、1996/11)
『アジアロード』(講談社、1997/07)
『東京装置』(幻冬舎、1998/01)
『東京外国人』(メディアワークス、1998/09)
『japanese road 』(集英社、1998/09)
『homeland 』(NTT出版、1999/01)
『アジアの少年』 (幻冬舎文庫、幻冬舎、1999/04)
『Tokyo Generation 』(河出書房新社、1999/06)
『ハノイの犬、バンコクの象、ガンガーの火』(幻冬舎文庫、幻冬舎、1999/11)
※『アジア旅物語』(世界文化社、1996/11)改題(加筆訂正、写真一部差し替え)
『暗室』(幻冬舎、2000/04)
『アジアン・ジャパニーズ3』(情報センター出版局、2000/05)
『アジアン・トラヴェラーズ―総特集 (KAWADE夢ムック) 』(河出書房新社、2000/07)
『写真学生』( 集英社、2000/10)
『国道20号線』(河出書房新社、2001/01)
『小説家『(河出書房新社、2001/05)
『小林紀晴 life 1986‐2002 (SWITCH LIBRARY)』(スイッチパブリッシング、2002/07)
『遠い国』(新潮社、2002/12)
『東京装置』(幻冬舎文庫、幻冬舎、2002/12)
『days new york―デイズ ニューヨーク』(平凡社、2003/08)
『9月11日からの僕のこと』(講談社、2003/09)
『写真学生』(集英社文庫、集英社 (2004/02)
『盆地』(エイ文庫、エイ出版社、2004/03)
『ASIAN JAPANESE―アジアン・ジャパニーズ〈1〉』(新潮文庫、新潮社、2004/03)
『旅をすること』(エレファントパブリッシング、2004/10)
『アジアロード』(講談社文庫、講談社、2004/10)
『ASIAN JAPANESE―アジアン・ジャパニーズ〈2〉 (新潮文庫、新潮社、2005/01)
『ASIAN JAPANESE〈3〉』(新潮文庫、新潮社、2005/05)
『SUWA』(アクセスパブリッシング、2005/08)
『写真展に、行ってきました。』(平凡社、2006/02)
『最後の夏 1991』(バジリコ、2006/08)
『父の感触』(文藝春秋、2007/08)
『十七歳』(日本放送出版協会、2008/06)
『はなはねに』(情報センター出版局、2008/06)
『昨日みたバスに乗って』(講談社、2009/11)
『写真と生活』(リブロアルテ、2011/12)

 といった長大なリストになります。
共著や寄稿まで入れれば、このリストがさらに長くなるのはいうまでもありません。印象的なのは、『ASIAN JAPANES』をはじめその作品が次々と文庫化されていることで、それだけ息の長い、多くの人に受け入れられ、愛される作品を送り出してこられたということだと思います。
 60年代に小田実さんの『何でも見てやろう』(1961年)が、70年代に藤原新也さんの『印度放浪』(1972年)が、80〜90年代に沢木耕太郎さんの『深夜特急』(1986)がそうであったように、90年代後半からは小林紀晴さんの著作が、デイパッカーをはじめとする若い旅行者のバイブルと言われるようになっていたのは記憶に新しいところです。
 こちらは1961年生まれ。年代的には20代で藤原新也さんや沢木耕太郎さんを読んだ世代にあたります。藤原さんの「FOCUS」でのお仕事などはまさにリアルタイムで拝見し、衝撃も受けたはずなのですが、私としてはもう決して若いとは言えない年齢になってから接した小林さんの作品の方から深い印象を与えられてきました。
 その印象を一言で表すとすれば「静謐」でしょうか。実際には暑さと湿気と喧噪とに満ちているはずの場所で、海千山千一癖もふた癖もある人たちが写っているはずなのに、そこからは「静かさ」と「優しさ」が伝わってきます。人はこれでいいんだ、あなたはそれでいいんだと肩を抱かれたような気がします。それでいて一本筋が通っていて、明日には何かあるはずだ、自分には何かできるはずだと背中を押されたような思いがします。何かを告発するわけでも声高に主張するわけでもないのに、一枚一枚が記憶に残ります。
 その静かなそして凛としたたたずまいは、世界と人にと対する深い敬意からのものであるように思います。世界が世界としてそこに存在していること、人が人としてそこに生きていること、そのことに対する根元的な承認と祝福とが、一枚一枚の写真に刻まれているように思えるのです。それはアジアから始まって、東京、沖縄、ニューヨークを経て諏訪に至るまで、そして現在の、2011年3月11に被災地で生まれた子どもたちと家族のポートレイトのプロジェクト「ハッピーバースデイ 3.11〜あの日、被災地で生まれた11人の子どもたちと家族の物語〜
http://www.fujifilm.co.jp/photosalon/tokyo/minigallery/11101403.html 
http://www.asahicamera.net/info/blog/detail.php?idx=258 
に至るまで一貫して変わりません。
 今回は、数多くの作品の中から、特にアジアのものを中心にお持ちいただき、撮影時のエピソードなども交えながらプリントを拝見することにいたしました。書籍や雑誌では何度も拝見しながら、なかなか直接プリントを目にする機会のない小林紀晴さんのオリジナルプリントを目にそして手にするまたとない機会かと思います。足をお運びいただければ幸いです。

◆小林紀晴
1968年長野県に生まれ。東京工芸大学短期大学部写真科卒業。
新聞社カメラマンを経て、1991年よりフリーランスフォトグラファーとして独立。
1997年に「ASIAN JAPANES」でデビュー。1997年「DAYS ASIA」で日本写真協会新人賞受賞。
2000年12月 2002年1月、ニューヨーク滞在。
現在、雑誌、広告、TVCF、小説執筆などボーダレスに活動中。
写真集に、「homeland」、「Days New york」、「SUWA」、「はなはねに」などがある。他に、「ASIA ROAD」、「写真学生」、「父の感触」、「十七歳」など著書多数。

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中藤毅彦フォトビューイング報告とサイン入り写真集 原茂

「第7回写真を買おう!! ときの忘れものフォトビューイング」報告と御礼
                        原茂


 「第7回 写真を買おう!! ときの忘れものフォトビューイング」は、9月2日(金)、写真家の中藤毅彦さんをゲストに開催されました。台風の接近する中、開催できるのだろうか、お客様には来ていただけるのだろうかと心配しながら、「ときの忘れもの」に足を運びました。
 6時30分からの開始ということで6時過ぎに伺ったのですが、すでにお二方がいらしてくださっていました。そのお一人は関西からわざわざ足を運んでくださったということで感激でした。
 挨拶を交わしているうちに中藤さんが到着。黒い大型のキャリーバックからは16×20インチ(小全紙)のストレッジボックスが登場。最初の写真集『Enter the mirror』(ギャラリーモール、1997年)、2冊目の『Winterlicht』(ワイズ出版、2001年)からの作品と、まだ写真集としてはまとまっていない東欧のシリーズから全部で50〜60点のプリントが納められた宝箱に「おおっ」と声が出ます。そしてさらに分厚いがっしりとした黒表紙のファイルが次から次へと姿を現します。8×10インチ(六切り)サイズのプリントが50〜60枚ずつ納められたプロ用(?)のクリアファイルが8冊もテーブルの上に並びます。「せっかくなのでブックも持ってきました」と中藤さんはこともなげでしたけれど、中には「DEEP HAVANA」、「東欧」、「BUCURESTY」とタイトルの付けられたファイルもあり、現在編集中の写真集というか、ダミーの一歩手前というかというか、普通なら決して目にすることできないはずのモノが目の前にドンと積まれて声も出ませんでした。
 そうこうしているうちに天気予報を物ともしない勇者たちが次々に登場。定刻をもってビューイングを始めることができました。
 最初に自己紹介代わりにお持ちいただいた中藤さんの写真集を紹介していただきました。今では絶版でプレミアがついている『Enter the mirror(鏡の向こうの風景)』はいくつかの都市の写真をバラバラにして組み合わせ、自分にとっての都市を描こうとしたもの、ひょっとするとまだ店頭在庫が数冊残っているかもしれない『Winterlicht(冬の光)』は、旧東欧圏のなんとも言えない寒々しさ、コークスの匂い、冷え冷えとした空気に惹かれて撮り始め、これも色々な町の断片を組み合わせて映画のような表現を試みたもの、そして現在新刊で手に入る唯一の写真集である『Night Crawler』(禪フォトギャラリー、2011年)は、東京の夜をデジタルで撮ったもの、との解説がありました。なお「Night Crawler」のシリーズはZen-Foto-Gallery に預けてあるので関心のある方はそちらに連絡を取ってくださいとのことでした。
 いずれもマットブラックの装丁が美しい、モノとしての写真集の魅力に溢れた一品で、参加者の目が釘付けになります。今回販売していただけるのは『Night Crawler』だけで、あとは古書を探すほかはないのですが、現在でも「高額古書」の絶版写真集は、ほどなく「超高額古書」になってしまうのは明らかなので、発見次第入手されるのがお勧めです。
 とはいえ、古書にどれほどプレミアがついても、写真家や最初にリスクをとってくださった版元に利益が還元されるわけではないので、写真家を支持し写真の世界を盛り上げていこうとするなら、社会的評価が定まる前(プレミアがつく前)に自分の目を信じて写真集を買いプリントを購入するという博打を打つのが本道でしょう。
 というわけでいよいよプリントの拝見となります。小全紙(16×20インチ)がレギュラーサイズの中藤さんの作品ですが、今回は特別に大四つサイズ(11×14インチ)のものを3万5千円でプリントしていただけることになりました。こうなるとこれは博打とはいっても「鉄板」(!)なわけで、一同ストレッジボックスから取り出される一枚一枚を食い入るように拝見しました。
 最初の一枚は東欧のシリーズから「ブカレスト駅」、『Winterlicht』、『Enter the mirror』、さらに雑誌や個展で拝見していた作品が次々に姿を現し、中藤さんはその一枚一枚に丁寧にコメントを加えて下さいました。撮影時のエピソードを始め、使用機材、現像やプリントの方法、フィルムや印画紙に至るまで、参加者からの質問にも丁寧に応えて下さり、これがビューイングの醍醐味だと思わされたことでした。
 一通りプリントを拝見し、一同「お腹一杯」といった態でふーっと息をついたところで、さらに中藤さんからお持ち頂いたブックの説明がありました。ファイルされているのが写真集の原稿そのものであること、これまで展示したことのないアウトテイクのものも含まれているとのことで、飲み物と軽食のアナウンスにも関わらず、ギャラリーは黙々とブックをめくる音だけが響く空間となりました。
 お目当てのプリントを白手袋で確認したり、順番を待ちながらブックに付箋を貼ったりと、熱気の溢れるビューイングとなりました。当初「見本」としてお持ち頂いたはずのプリント(数十年後〔十数年後?〕にはヴィンテージプリントとなるプリントです!)も、参加者からの熱心な求めに応えて販売していただけることになりました。私もその余沢に与らせていただくことができ、「ニューヨーク」から一枚をコレクションさせていただくことができました。これで私も胸を張って「中藤ファン」を名乗ることができます。えっへん。
 最後に、これからの予定について伺いました。9月には大阪で個展、10月にはデジタルでの大規模なグループ展が予定されているとのことです。特に、今はフィルムで撮った中国(大連)のシリーズをまとめているところで、久々に手応えのある作品になりそうだとのコメントに、異口同音に、展示はいつですか、どこでですかとの質問が飛びましたが、まだ何も決まっていないとのことでした。それならばぜひ「ときの忘れもの」でと心の中で思ったのは私だけではないはずです。
 悪天候の中、足を運んで下さり、また身銭を切って一票を投じて下さった皆様に心から感謝いたします。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
(はらしげる)
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中藤毅彦写真集〜サイン入り
『Night Crawler』『Night Crawler』中藤毅彦サイン入り
2011年 ZEN PHOTO GALLERY 発行
各44ページ
26.0x18.4cm
価格:3,999円

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「第7回写真を買おう!!ときの忘れものフォトビューイング」口上 原茂

「第7回写真を買おう!!ときの忘れものフォトビューイング」口上
 
                     原茂


 「第7回 写真を買おう!! ときの忘れものフォトビューイング」には、写真家の中藤毅彦さんをお招きいたします。
 自称「小」コレクターの私などがご紹介するまでもなく、中藤毅彦さんと言えば、ストリートフォトグラフィーの旗手にしてモノクロームプリントの名手。アルフレッド・スティーグリッツから始まり、ウォーカー・エバンス、ロバート・フランク、リー・フリードランダーと続くストレートフォトグラフィーの王道を歩む、世界中どこに出しても恥ずかしくない現代日本を代表する写真家のお一人で、当然のことながら私も大ファンです。

 それならなぜ今までフォトビューイングに呼ばなかったのかと言われれば、それは私が中藤さんのプリントを一枚も持っていない(泣)ためで、これについては申し開きも立ちません。ビューイングの7回目にして、「原さんがお持ちのコレクションだけでなく、これからコレクションする予定(!)の写真家さんでもいいですよ」とのお許しが出て、中藤さんに依頼のメールをお送りすることができたような次第です(汗)。

 もっともこれには「ときの忘れもの」さんの責任も大きくて(責任転嫁)、私が中藤さんのプリントに最接近した2006年9月の中藤毅彦写真展「Street Rumbler Shanghai/Russia」Gallery Niepce + LOTUS ROOT GALLERY が、「ときの忘れもの」が写真に進出するきっかけとなった伝説の「Eros&Khaos, X氏写真コレクション」展とかち合ってしまい、苦悶の果てに中藤毅彦「上海俯瞰夜景」ではなく、イリナ・イオネスコ「EVA No.2」を購入してしまったのが、私が今まで中藤毅彦作品の「魂のコレクター」に甘んじてきた理由の一つだからである。「エヴァ」を購入したことはまったく後悔していないが(立派!)、あのとき借金してでもロール紙の「上海俯瞰夜景」を手に入れなかったのは一世一代の不覚である(号泣)。

 とはいってもこれには中藤さんの責任も大きくて(責任転嫁×2)、買おうか買うまいかハムレットの如く輾転反側していた私に優しすぎる言葉をかけてくださったのが在廊しておられたご本人で、その言葉に一人で納得しほっとしてしまいその足で外苑前のとあるギャラリーまでふらふらと来てしまったハンバート・ハンバート氏は「9歳から14歳までの範囲で、その何倍もの年上の魅せられた旅人に対してのみ、人間ではなくニンフの本性を現すような乙女」にころりと魂を奪われて魂ばかりか預金通帳の残高まで奪われてしまったのだった(放心)。
 
 ちなみに当時、「PhotoPre」(現在は「JapanPHOTO」http://the-za.somard.co.jp/j_photo/index.html)にアップさせて頂いていた「コレクターのギャラリーめぐり 原茂日記」では、この展示について次のようなことを書いておりました。現在はHP上で読めなくなってしまっているので、その「あらすじ」をご紹介して皆々様には前車の轍を踏まぬよう御注進させて頂く次第です。ちゃんちゃん。

あらすじ
 9月6日(水)、四谷のロータスルートとニエプスへ。「Gallery Niepce + LOTUS ROOT GALLERY 共同企画中藤毅彦写真展「Street Rumbler Shanghai/Russia」。まずはHPを見て「参って」しまった「上海空撮」(?)からということでロータスルート。

 壁を覆い尽くす「上海俯瞰夜景」の前で固る。ロール紙のピン張りなのだが、まるでそこに窓が開いたよう。自分が超高層ビルの窓から下界を覗いているような、というより、上海上空に「どこでもドア」が開いた感じ。しばらく写真の前でぼおっとしてしまう。銀塩のつぶつぶがまるで黒い羅紗の上に撒かれたダイヤモンド。といってもそんなもの実際には見たこともないし見る機会があるとあるとも思えないのだがもしそんな時があったらそのときには「まるで中藤さんのプリントのよう」と口走ってしまうような気がする。

 欲しいと思うがサイズがサイズだけに二の足を踏む。価格的には「大 ロール紙 RCペーパー ゼラチンシルバープリント(限定各1点 プリントのみ)」が10万円以下(当時)。「美術館は何してる!」と叫びたいが蔵も倉庫も持っていない当方としては指を銜えているしかない。ちなみに小は「小 小全紙 バライタ ゼラチンシルバープリント(プリント+額、マット付き)」で5万円しない(もちろん当時)。こちらも大バーゲン。ただあの巨大ロールプリントを見てしまうと小全紙ではちょっと悔しい。ピン張りの方が絶対にカッコいいのだからどこかであの「上海空撮」(?)をポスターにしてくれないだろうか。きっと売れると思うんだけど、などと勝手なことを考えながら次はニエプス。

 ニエプスでは椅子に座る少年の横長のロールプリントに目を奪われる。コンクリートの床とトタン(?)の壁と柔らかに差し込む光とが譬えようもなく美しい。頬ずりしたらビロードとシルクと洗いざらしのコットンの肌触りが楽しめるのではないかと思うほどである。その微妙で繊細なプリントに唸るほかない。

 これもサイズと価格は変わりなし。在廊されていた中藤さんに聞くと、ロールプリントの方は現物一枚きりだけど、小全紙のものはいつでも焼くし他のサイズでと言われれば要望には応じますとのこと。それではどうしても今日中に決めなくてもいいということだなと一人で納得しほっとする。あーあ。そんなだから一枚も作品を持っていない「中藤ファン」などという情けない人間ができあがってしまうのだ。反省。

 以上あらすじでした。
今回は初期作品から近作まで、小全紙のプリントを40〜50点ほどお持ちいただき、希望に応じて四つ切りのプリントを3万5千円という「驚きのプライス」で焼いていただけることになりました。(もちろん小全紙サイズのものもお求めいただけます。)まだプリントをお持ちでない「中藤ファン」の皆さま、この機会にぜひ「魂のコレクター」から「リアル・コレクター」へと一歩を踏み出して下さいますように。

「まず自分が買いなさい!」「はい、仰せの通りです。」 どっとはらい。

■中藤毅彦
1970年東京生まれ。写真家。
早稲田大学第一文学部中退 東京ビジュアルアーツ写真学科卒業。
2000年より5年間東京ビジュアルアーツ非常勤講師。
モノクロームの都市スナップショットを中心に作品を発表し続けている。
国内の他、近年は東欧、ロシア、キューバなど旧社会主義諸国を中心に世界各地を取材。
作家活動とともに、四谷三丁目にてギャラリー・ニエプスを運営。

下記の写真作品の番号は、仮に私達がつけたものでタイトルではありません。

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◆「第7回写真を買おう!!ときの忘れものフォトビューイング」を開催します。
日時:2011年9月2日(金)18時半〜20時
ゲスト=中藤毅彦(写真家)
ホスト:原茂(コレクター)
参加費:1,000円
参加ご希望の方は、メールにてお申し込み下さい。
info@tokinowasuremono.com

渡部さとる「Silent Shadow Aomori 2011」 原茂

渡部さとる「Silent Shadow Aomori 2011」 原茂

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写真を買おう!! ときの忘れものフォトビューイング」の第2回目にご登場いただいた渡部さとるさんの個展「Silent Shadow Aomori2011」が3日(金)から中野の「ギャラリー冬青」で始まります。
渡部さんのブログによれば、今回の個展でプリントが25枚売れたら冬青社から写真集が出るとのこと、皆さま応援よろしくお願いします。

***************
(以下ブログから転載です)

<25枚売れたら写真集。>
 5月も今日で終わり、明日からは6月になる。そして金曜日からはギャラリー冬青で写真展が始まる。
 午後、冬青に行って最終確認を行う。29枚の大四つ切のプリントは16×20インチのマットに収まっていた。マットをかけると3割増し。これで額に入れば更に2割増し。計5割増しとなるわけだ。
(中略)
 帰る間際、「社長の見立ててでは、今回僕の写真は何枚売れると思います?」と単刀直入に聞いてみた。社長は「震災後、どのギャラリーもお客さんの数が減って作品の売れ行きはガタリと落ちている。冬青でも厳しい状態です。渡部さんでも10枚いったら凄いと思いますよ」との意見だった。
 僕は社長に賭けをしようと持ちかけた。「25枚売れたら写真集を作ってください」。
 社長は嬉しそうに「その賭けに乗りましょう」。
 冬青には何のメリットもない提案に乗ってくれたことがうれしかった。
 そこで、今回プリントを冬青で買い上げてもらったかたには、まだ何も決まっていない次回写真集の引き換え券を付けます。
 ここまで書いてAKB48のようだなと思った(笑)

*****************

*画廊亭主敬白
原さん、掲示板へのご投稿ありがとう。
渡部さんさすがですね。
ときの忘れもので写真が20枚以上売れた展覧会など数えるほどしかありません。
ご盛会を心よりお祈りする次第です。

こちらも尾形さんの写真展、がんばって売らなければ!
下は、尾形さんのときの忘れものでの展示スナップです。
尾形展1

尾形展2

尾形展3

尾形展4

尾形展5

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◆ときの忘れものは、2011年5月30日[月]―6月11日[土]「ナミビア:室内の砂丘 尾形一郎 尾形優写真展」を銀座と青山の二会場で同時開催しています。
営業時間と休廊日が異なりますので、ご注意ください。
20年に亘って大型カメラを携え、世界の辺境に残された建築物を撮りつづけている尾形一郎と尾形優。 昨年好評を博したシリーズ〈ウルトラ・バロック〉に引き続き、今回は、アフリカ・ナミビアの砂漠に残された100年前の家々の痕跡を撮影したシリーズ〈室内の砂丘〉を発表します。
銀座・ギャラリーせいほうでは大作7点、南青山・ときの忘れものでは20点組の初のポートフォリオを出品します。
尾形展ナミビア案内状600
作家と作品については、「尾形一郎 尾形優のエッセイ」をぜひお読みください。

銀座:ギャラリーせいほう  
   東京都中央区銀座8-10-7 電話03-3573-2468
   11:00-18:00 日曜・祭日休廊
青山:ときの忘れもの  
   東京都港区南青山3-3-3 青山Cube101 電話03-3470-2631
  12:00-19:00  会期中無休

第6回写真を買おう!!ときの忘れものフォトビューイング「口上」/原茂

第6回写真を買おう!! ときの忘れものフォトビューイング口上 原茂

 「第6回 写真を買おう!! ときの忘れものフォトビューイング」には、写真家の内藤さゆりさんをお招きいたします。
 私が内藤さんの作品を初めて拝見したのは2005年7月、渋谷は「ギャラリールデコ」でのグループ展。余黒を広くとった5枚の24×30インチのLEDプリントを前に、一瞬自分がどこか別な場所に迷い込んでしまったような気がして思わず後を振り向いてここがルデコの2階であることを確かめてしまうような、実に不思議な引力を持った作品群でした。
 内藤さんは1978年広島県生まれ。専門学校でコンピューターグラフィックスを勉強中に写真に出会い方向転換。1998年、「コマーシャル・フォト」でカメラマン事務所のアシスタント募集の公告を見て応募し、すでに目一杯埋まっていた採用枠を一枠広げさせた武勇伝の持ち主。当時の使用器材はEOS-kissだったとのこと。
 その後3年間のアシスタント生活を経て2001年からフリー。無理な姿勢での仕事がたたって重症のぎっくり腰になり、医者から一生治らないかもと言われ、いっそのこと写真をやめて故郷に帰ろうか思った時に、どうせ一生治らないならやりたいことをやってやれと開き直って、写真のワークショップに当時の全財産をはたいて受講。
 使用期限が切れて仕事に使えなくなってしまったコダックEPP(カラーポジフィルム)を、ブローニーサイズのフィルムが使える当時持っていた唯一のカメラだったホルガ(レンズ60mmF8固定、シャッター1/100秒単速、距離ゾーンフォーカス式目測)に詰めて家から電車で一駅の二子多摩川に足を運んで撮りためた作品をグループ展に出展されます。
 このグループ展に来廊された方から、メーカー系ギャラリーに応募してみたらと勧められ、「フォトプレミオ」で見事入選。翌2006年3月に、コニカミノルタプラザで「フォト・プレミオ −24人の新しい写真家登場− 内藤さゆり写真展『多摩川日和』」が開催されることになります。
 この展示では、サイン、マット付のLEDプリント(スキャニングした画像をLED光源によって出力する高画質デジタルプリント)が販売され、こちらはDMにもなった「コスモス」(これは勝手に付けたタイトルで正式には「多摩川日和」No.16を購入。そしてこのときの展示をきっかけに冬青社から写真集『4月25日橋』が出版されることになります。
 翌2007年にはキヤノンギャラリーで「内藤さゆり写真展『polymophic card』」を開催。こちらは35ミリのポジフィルムを使ってキヤノンのプリンターで出力。2年続けてメーカー系ギャラリーで写真展開催という快挙を成し遂げます。
 その後のご活躍はすでに「ときの忘れもの」ブログやご自身のHPで皆さまがすでによく知っておられる通りで、現在もっとも期待されている若手写真家のお一人です。
 「多摩川日和」から「4月25日橋」まで、カメラやフィルム、プリンターやペーパーがどれほど変わっても、いつも変わらない柔らかな光がそこにあり、アナログとデジタルとの境界を易々と越えてしまう軽やかな風が吹いている内藤さんの世界をご一緒に探検できればと思います。
 今回は「4月25日橋」シリーズに加え、新作(!)の「Silent Gold & Singing Black」を「ファーストコレクションサイズ」(これは©もののネーミングですね)として、17×17センチのプリントをマット付で21,000円(!)で提供していただけるということです。
最初の一枚をお考えの方、コレクションの充実をお考えの方、ぜひぜひ足をお運びください。
(はら しげる)

第6回写真を買おう!!ときの忘れものフォトビューイング」
日時:2011年5月13日(金)19時〜20時

ゲスト:内藤さゆり(写真家)
ホスト:原茂(コレクター)
参加費:1,000円/参加ご希望の方は、電話またはメールにてお申し込み下さい。
Tel.03-3470-2631/Mail.info@tokinowasuremono.com

内藤さゆり
1978年広島県生まれ。2001年より、フリーランスの写真家として活動開始。
2005年コニカミノルタ主催フォトプレミオに入選。
2009年、ポルトガル・リスボンの日常の風景を中心とした写真集『4月25日橋』を発表。同年、パリ日本文化会館と東京都写真美術館 『日本の新進作家展 Vol.8 旅』にて『4月25日橋』の展示をした。
2010年6月より、日本ポルトガル修好通商条約150年の文化交流事業として、ポルトガル・レイリア市で展示。メキシコへも巡回予定。
主な個展
2009年 『4月25日橋』 Roonee 247 Photography (東京)
2007年 『Polymorphic Card』キャノンギャラリー (東京・名古屋・仙台・大阪)
2006年 『多摩川日和』コニカミノルタプラザ (東京)
主なグループ展
2010年 『Viagem』レイリア市立ギャラリー (ポルトガル・レイリア)
2009年 『日本の新進作家展』東京都写真美術館 (東京)
2009年 『VOYAGE』パリ日本文化会館 (パリ)
出版物
2009年 図録『VOYAGE』東京都写真美術館 (講談社)
2009年 写真集『4月25日橋』(冬青社)
受賞
2005年 コニカミノルタ主催フォトプレミオ入選 
収蔵
東京都写真美術館

下記に掲載のプリントは、全て作家本人により作成されています。各プリントは、半永久的な色彩を保つ所蔵要件を満たす為に、100%コットンのアーカイバル用紙にプリントされています。
4月25日橋-1内藤さゆり
「4月25日橋(1)」
2007年 インクジェットプリント
17.0x17.0cm
Ed.3 signed

4月25日橋-2内藤さゆり
「4月25日橋(2)」
2007年 インクジェットプリント
17.0x17.0cm
Ed.3 signed

4月25日橋-3内藤さゆり
「4月25日橋(3)」
2007年 インクジェットプリント
17.0x17.0cm
Ed.3 signed

4月25日橋-4内藤さゆり
「4月25日橋(4)」
2007年 インクジェットプリント
17.0x17.0cm
Ed.3 signed

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細江英公展オープニングに出席して 原茂

細江英公展オープニングに出席して 原茂

 
 「細江英公写真展―写真絵巻とフレスコ画の時を越えた出会い〜イタリア・ルッカ」のオープニングにお伺いしました。こんな時期にとも思いましたが、こんな時期にこそとの思いも一方にありました。阪神淡路大震災の際に神戸にいたこともあって(住まいが神戸の西区でしたので当時は救援の側に回ることがゆるされました)、必要以上の自粛と買い控えが結果的に復興のブレーキになってしまうことを経験させられていたからです。「ボランティアでもないのに」「悪いから」「申し訳ないから」「気の毒だから」と被災地から足が遠のいてしまいがちな私に、来てもらうこと、見てもらうこと、買ってもらうこともボランティアです、と被災したお店のスタッフが声を掛けてくれたことを思い起こします。

 もちろん、商売をしている人ばかりではないでしょうし、物見遊山で来てもらってはたまらないという声もあるでしょう。けれども、人と物とお金が動いて初めて復興ということになるわけですから、今回直接の被害を受けることがなかった者たちは、募金や節電という個人でできることを行いながら、しかし極力いつもと同じように(買いだめにも買い控えにも走らず)生活をしていくことが結果的には一番被災地のためになるように思うのです。そして交通の便が戻り、宿泊施設が再開し、土産物屋さんがお店を開けたら、みんなで大挙して「観光」に押しかけるのが、一番役に立つのではないでしょうか。東北の名建築と温泉と海産物を訪ねるツァーをぜひ計画していただきたいところです。
VillaBottini_09
Eikoh HOSOEVilla Bottini #9
2009(Printed in 2011)
Type-C print 55.6x43.3cm
Ed.6/10-Ed.10/10  Signed

 そんなことを思いながら「ときの忘れもの」の扉を開けると、そこはいつもと変わらない、いえいつも以上の熱気で溢れていました。それはなにより、そこに展開されている作品の力によるものでした。それは絢爛という言葉がぴったりでありつつ、同時に静謐でもあり、きらびやかでありつつ、しっとりと落ち着いて、いまがいつでここがどこなのかを忘れさせる不思議な力に充ちていました。なにより、一枚の写真の中で、16世紀のフレスコ画と21世紀の写真とががっぷり四つに組んで、そこに新しい世界を開いていることに驚きました。現代の写真が中世のフレスコ画に負けないことに感激し、細江さんの写真が500年後にもその輝きを失わないことを確信しました。そして、その競演が写真という形で残されていること、否、作品の中でにまさに競演していることに圧倒されました。21世紀の写真がたしかにここにあること、そしてそれがこれからも確かに残っていくであろうことに、「安堵」というあまり展覧会の感想にはそぐわない思いがわき上がってくることに不思議な思いをしていました。
VillaBottini_08
Eikoh HOSOE「Villa Bottini #8
2009(Printed in 2011)
Type-C print 43.3x55.6cm
Ed.6/10-Ed.10/10  Signed

 作品として発表するつもりなどなく、記録写真として撮ったというこの作品を「発見」して、作品として世に出して下さり、それをポートフォリオとして歴史に残そうという「英断」を下してくださった「ときの忘れもの」の慧眼と蛮勇とに、16世紀のフレスコ画作者と21世紀の観客と26世紀の美術愛好家を(勝手に!)代表して敬意と感謝とを表する次第です。そしてこの「美」という人が人であるために失うことのできないものを過去から未来へと手渡していくリレーに、コレクターとして参加して下さる方が加わって下さることを願ってやみません。

 初日にしてすでに売約済みの赤丸印が複数(!)付けられている作品もちらほら見かけました。英国王立写真協会創立百五十周年記念特別賞、ルーシー賞(アメリカ)受賞作家にして、2010年の文化功労者、そして「ルッカデジタルフォトフェスト2009」の招待作家の限定10部の大型(43.3x55.6cm)ヴィンテージプリントが10万円台などということは本来ありえないことなので当然といえば当然ですが、この目一杯敷居の低くなっている折、「ときの忘れもの」の勇気と細江先生の情熱とに賛意をあらわしてくださる方の「挙手」をお待ちする次第です。クレジット、分割も可能なはずです(多分)。

 帰りの足を配慮して、一次会のみの散会となりました、少し残念な気持ちはありましたが、不満な思いが少しもないのが不思議でした。「扉を押して入って来た時より、出ていく時の方が少しだけ幸福になっている」という言葉の意味が実感として理解できました。それがすぐれた作品の力だと思いますし、名ギャラリーと言われる画廊の力なのだと思いました。多くの方がこの空間に足を運んで下さり、「ときを忘れて」くださることを、そこで歴史を越えたいのちと力をもらって、この「ときを越えて」くださることを祈っています。(はら しげる)

細江英公展オープニング 2011年3月18日
オープニング02オープニング03
この日78歳を迎えた細江英公先生がオープニングを開催するに至った思いを語る。

オープニング04オープニング05
亭主からは、被災地の方からのオープニングへのメッセージが読み上げられました。

オープニング06オープニング01
細江写真の美を語り、お互いの一週間を語り合い、時間のたつのも忘れました。

オープニング07オープニング08
ツイッターやウエブで知り初めて来廊された方もいました。

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◆ときの忘れものは、2011年3月18日[金]―4月2日[土] 「細江英公写真展―写真絵巻とフレスコ画の時を越えた出会い〜イタリア・ルッカ」を開催しています(会期中無休)。
細江英公展案内状600

昨年の文化功労者に選ばれた写真家・細江英公の新作による〈ヴィッラ・ボッティーニ〉12点連作は、イタリアのルッカにある16世紀の貴族の館を舞台に、ルネサンス期のフレスコ画と21世紀の細江作品との息詰まるような「対決と融合」の瞬間を捉えた作品です。
2009年11月の細江英公展の会場となったヴィッラ・ボッティーニは天井や壁面にフレスコ画が描かれた邸宅で、その絢爛たる空間に、総延長120mにわたり、細江先生と日本の職人チームが日本的伝統美の粋をこらした赤・青・緑の壁面をしつらえ、〈おとこと女〉〈薔薇刑〉〈鎌鼬〉〈ガウディの世界〉〈春本・浮世絵うつし〉他の代表作の絵巻、軸、屏風を展示しました。ヨーロッパの壮大な古典的建築空間と、和の色彩世界の対決と融合は、カラー作品でなくては表現できなかったでしょう。撮影は2009年ですが、発表するのは今回が初めてです(ヴィンテージ)。ホームページに掲載した12点の画像はいかにもけばけばしい感じですが、実物作品の瑞々しい、したたるような美しさには思わず溜め息が出ます。

第5回写真を買おう!! ときの忘れものフォトビューイング 報告と御礼(原茂)

第5回写真を買おう!! ときの忘れものフォトビューイング 報告と御礼  原茂

 「第5回 写真を買おう!! ときの忘れものフォトビューイング」は、2月11日(金)、写真家の林和美さんをゲストに、6名の参加者を得て開催されました。

20110211フォトビューイング01 当日は祝日ということもあり、午後5時からの開始となりました。林さんが「営業」のときにつかっておられるという「林和美 資料」からプロフィールの部分をコピーしていただき、写真家林和美のこれまでの歩みを語って頂きながら、作品を拝見しました。

 高校生の時にお兄さんのキャノンAE-1を手にしたのをきっかけに写真に目覚め、高校の写真部から大阪芸術大学に進まれたこと、芸術「論」中心の大学の講義には興味が持てず、「ただのカメラマン」になりたいと、地元に鈴鹿サーキットがあったこともあって最初はF1カメラマン(!)を目指されたこと、当時活躍していたモータースポーツの写真家に作品と弟子入り志願の手紙をを願ったところ「技術を磨きなさい」(!)とのやんわりとした断りの返事が届いたこと、その後は「なんとなく」大学で4年間を過ごして卒業されたということです。

 大学卒業後は広告代理店に就職。「普通に会社員」をする中、写真は一時止めてしまわれたということでした。一年後、もっと写真に「近い」生活がしたくなって、広告代理店を退職し、主に公告のために写真を貸し出すフォトエージェンシーに営業として勤務。その後自分でも写真を撮ってエージェンシーに預けるようになり、写真家としての歩みを始められます。

 その後、もっと写真を大事にしたいと思うようになった頃、OL向き(!)のフリーペーパーに載っていた公告を見てギャラリー開設のための講座に参加したことをきっかけに、2000年6月にギャラリー「ナダール」を開設。その中で自分の作品を新しく作り始め、色々撮っていたもののどうしても理屈が先に立つ「頭でっかち」な写真しか撮れず、「これ」というものが定まらなかったこと、そんな中で、本当に自分が好きなものは何かを考えて、自分は「女性が好き」(!)だということに気がついたこと、「女の人って綺麗だな」「髪の毛が綺麗だな、手が、足が綺麗だな」という自分の気持ちにはウソがないことを確認できたことから、自分の作品が撮れるようになったとのことでした。

 ナダールで佐内正史さんの企画展をされたことをきっかけに、当時京都の青幻舎におられ、今や飛ぶ鳥を落とす勢いというか、ヒヨコを空に飛ばす勢いというか、木村伊兵衛賞受賞作家を立て続けに世に出している赤々舎の姫野希美さんと面識を得て、撮りためた作品を見て貰うようになり、2ヶ月に1回、100枚くらいづつ1年近く作品を持ち込まれたこと、自分でも「もう最後だな」と思いながら作品を持って行った時に「出しましょう」ということになって、かの『ゆびさき』の出版に至ったことを聞きました。世が世なら林さんは木村伊兵衛賞受賞作家ではないか、いやいやこれはきっと未来の木村伊兵衛賞受賞作家に違いないと心の中で頷いたことでした。

20110211フォトビューイング02 とはいえ写真集の出版までには紆余曲折があったとのこと。モデルになってくださった方の関係で写真集にできない写真が出てきて、花や風景を「女性を撮るようにして撮った」作品が加えられて、『ゆびさき』が誕生したことを興味深くうかがいました。

 花はギャラリーへの祝花で、「枯れていく中で残った色」「きれいな一本の線」を撮るために、花瓶で撮るのではなく「シーツに寝かせてあげて」「しっとり」したところを「ゆびでさわって」あげながら撮る、そのためにカメラは片手でシャッターの切れるようにニコンのF80をずっと使っているとの「秘話」を聞きながら、そんなふうにして撮るのは花だけではないに違いないと確信、こ、これは実に「羊の皮をかぶった荒木経惟」「草食系のアラーキー」ではないかと失礼(!)な感想を覚えたことでした。

 飯沢耕太郎さんによれば、「『女の子』写真」のルーツの一つが「アラーキー」さんということですから、「男の『女の子』写真家」(これも実に双方に失礼なネーミングですが)林和美むべなるかなといったところでしょうか。

 この『ゆびさき』の出版によって「写真家としてやっていけそうな気がして」東京へ。それ以外には食べる方法を思い付かなかったからとご本人は謙遜しておられましたが、マンションの部屋の中に壁を立てて、これまた伝説のギャラリー「ナダール東京」を2003年に開廊。昼間はギャラリー夜は寝室という「写真に囲まれた生活」どころか文字通り「写真と寝る」生活を開始。いまでもこの中目黒のサードリハイツ時代の「ナダール」を知っているというとそれだけでちょっと自慢ができるというのは、ここでいくつもの名写真展が行われたからで、ギャラリストの覚悟と写真家の覚悟(フツーのマンションのフツーじゃない一室で写真展を開こうというわけですから)が化学反応を起こすとこんなことができるのかと毎回楽しみに足を運んだことを思い出します。
 
 その中で、『ゆびさき』のテイストでカラーができないかと2004年からカラーの作品に取り組み始められます。作品を装幀に使いたいというオファーをきっかけに「装幀写真」というジャンルを開拓。学生時代から「弱い」と言われてきた自分の写真だけれど、作品の邪魔をしない、ここから物語が始まる感じがすると、作品の装幀に使ってくださる作家さんたちとの出会いの中で、自分にしかできないものとして、装幀の仕事は好きですと語っておられました。

 その集大成として2008年に『装丁写真』を「ナダール書林」から出版。「そのときに自分ができることの全部」を注ぎ込んだという『装丁写真』には、かの谷川俊太郎さんが詩を寄せてくださっています。


世界の気配
          谷川俊太郎

光が通過している
色を
空へと

記憶のファイルの中で
写真は少しずつ
魂のリアルに近づく

肉眼はぼやけている
肉眼はぶれている
視覚から逃れようと

ピクセルは世界の気配を写せない
瞑目できないから
目を信じすぎていて

柔らかい焦点に抱かれて
懐かしい無名へと
帰っていくものたち

視線が愛撫すると
うっとりと目を閉じる
細部を忘れて

世界は無口
囁きと木霊と
微笑みだけで自らを装幀する


20110211フォトビューイング03 写真家よりも詩人の名前の方が大きい(!)と林さんは謙遜しておられましたが、頼まれれば誰にでもというわけではないはずの谷川さんが詩を寄せてくださったということ自体、『装幀写真』がどのような質をもった作品であるかを雄弁に語っています。

 「弱い」と見えるものがどれだけの強度を持っているか、「やわらかな」外見がいかに堅固な志によって支えられているか、8×10インチ(203×254mm)の「小さい」作品がどれほどの存在感を示しているか、それは今回のビューイングがこれまでで最高の売り上げを達成したことからも分かります。
 
 自分が前に出ることよりも、人を前に出すことの方が得意という林さんですが、ナダールの林和美としてだけではなく、写真家の林和美としてもっともっと前に出て欲しいと思うことしきりです。
(原茂)
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林 和美 ポートフォリオ「ゆびさき」7点組 限定10部
林和美「ゆびさき」より1林 和美「ゆびさき」より1
2011年プリント ゼラチンシルバープリント
9.5x14.2cm Ed.10 サイン有

林和美「ゆびさき」より2林 和美「ゆびさき」より2
2011年プリント ゼラチンシルバープリント
15.0x10.0cm Ed.10 サイン有

林和美「ゆびさき」より3林 和美「ゆびさき」より3
2011年プリント ゼラチンシルバープリント
14.5x9.8cm Ed.10 サイン有

林和美「ゆびさき」より4林 和美「ゆびさき」より4
2011年プリント ゼラチンシルバープリント
14.8x9.5cm Ed.10 サイン有

林和美「ゆびさき」より5林 和美「ゆびさき」より5
2011年プリント ゼラチンシルバープリント
9.5x14.2cm Ed.10 サイン有

林和美「ゆびさき」より6林 和美「ゆびさき」より6
2011年プリント ゼラチンシルバープリント
9.4x14.4cm Ed.10 サイン有

林和美「ゆびさき」より7林 和美「ゆびさき」より7
2011年プリント ゼラチンシルバープリント
9.6x14.5cm Ed.10 サイン有

単品での販売も可能です。
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第5回写真を買おう!! ときの忘れものフォトビューイング口上(つづき) 原茂

第5回写真を買おう!! ときの忘れものフォトビューイング口上(つづき) 原茂

 林和美さんの『ゆびさき』は、実に興味深い(!)形で紹介されたことがあります。
「エスクァイア日本版」2003年7月号臨時増刊『ルカ』No.3の特集「アートなお仕事、アートな生き方」の中で「人気アートブック店スタッフによる、今最も重要な女性カメラマン写真集6冊」(!)の中の一冊として

「『ゆびさき』 林和美(青幻社)¥2.300/夢で出会ったことがあるような、マシュマロみたいに柔らかで、霧のかかったモノクロ世界」

と紹介されたのです。お名前が「和美」なので「女性カメラマン」だと思われたのでしょうか。けれども、そのセレクトにあたったのが、これ以上はないほどの写真の目利きである「PROGETTO」と「Shelf」だったりするわけですから、それが単純な間違いということは考えられません。もしそれが間違いだったとしても、それは、名前のためではなく、写真そのもののためであると言わざるをえないのです。

 しかも、そこにあげられている残りの5冊というのが
『THE SIGN OF LIFE』清野賀子(オシリス)
『Mother's』石内都(蒼穹社)
『鳥を見る』野口里佳(P3)
『Day Light』MOTOKO(Pie Books)
『How to Make a Pearl』オノデラユキ(Nazraeli Press)
というわけですから、林和美がどのような写真家として評価されているかがわかります。

 その作品が女性写真家の作品と間違われる、そこに写真家林和美の資質と魅力があるように思うのです。同じページには、飯沢耕太郎さんの「飯沢耕太郎さんが語る、女性写真家たちが伝えてくれたこと」という談話が掲載されているのですが、そこには「瞬間を決定的にねらい撃つんじゃなくて、カメラが体から離れて空中を浮遊するような視点、そういう感覚は女性写真家の方が積極的に取り入れやすいところがある。ウェブでの環境を含めて、今後新しい動きが出てくると思います」とのコメントがありました。

 また、飯沢さんは、近著の『「女の子写真」の時代』(NTT出版、2010年)の最終章「写真における男性原理と女性原理」で宮迫千鶴の『《女性原理》と「写真」』(国文社、1984年)を引用しながら、「男性原理的な写真と女性原理的な写真が融合した、両性具有的な写真の可能性」について語っておられますが、私としてはそこに極めて近い場所に林和美さんの作品があるように思っています。

 「柔らかに世界を横断し、さまざまな奇跡的な出来事と出会い、それらをたがいに結びつけていく、『女の子写真』の眼差しのあり方が、いまこそ求められているのではないだろうか。肩肘を張り、高みから見下ろすのではなく、そっと、でも勇気を持って腕を伸ばし、指先に触れてくる手触りを信じること、写真に限らず、この先が見えないカオスの時代を生き抜くための表現は、そこからしかはじまらないはずだ」(『「女の子写真」の時代』205頁)とのコメントは、まさに『ゆびさき』や『装丁写真』にふさわしいものだと言ったら飯沢さんに怒られるでしょうか。『ゆびさき』とのタイトルに「やられた」と思った理由の一端がなんとなく分かったような気がしたことです。

皆様のビューイングへのご参加を心からお待ちいたしております。

◆本日開催する第5回写真を買おう!!ときの忘れものフォトビューイングは、休日ということもあってか、まだ席に余裕がありますので、ぜひご参加ください。
上掲の口上を述べたコレクターの原茂さんが写真をコレクションする楽しみを語ると同時に、今回はゲストに大阪と東京でギャラリーNADARを主宰し、写真家として創作活動を続ける林和美さんをお招きし、作品を作家自身のトークとともに御覧いただきます。
日時:2011年2月11日(金)17時00分~18時00分
ゲスト:林 和美
参加費:1,000円/参加ご希望の方は、電話またはメールにてお申し込み下さい。
Tel.03-3470-2631/Mail.info@tokinowasuremono.com
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ギャラリー&編集事務所「ときの忘れもの」は建築家をはじめ近現代の作家の写真、版画、油彩、ドローイング等を扱っています。またオリジナル版画のエディション、美術書・画集・図録等の編集も行なっています。
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