中村惠一のエッセイ

メールアート展〜中村惠一

Mail art project THE FUTURE

              中村惠一

会期:2012年6月16日(土)〜7月1日(日)
会場:藤沢市 アトリエキリギリス

メールアート。郵便というプロセスを利用したり、郵便物に偽装した美術作品を作り、届ける密かな行為。フルクサスのアーティストであるレイ・ジョンソンはそれを「メールアート」と呼んだ。メールアートのネットワークは世界にひろがり、常にアクティブに動き続けている。藤沢のアトリエ キリギリスという魅力的な空間を6月16日から7月1日の期間(月・火休み 12−18時)メールアートが埋める。3.11以降の世界にあって今「未来」を問いたいと思った。世界のアーティストがどのような「未来」を表現するのかを見たいと思った。テーマは「未来」、郵便で送ることができるもの、だけを条件に無償で作品を送ってくれるよう依頼した。結果さまざまな国の100名を超えるアーティストから作品が届いたのであった。どんな未来が郵便で届いたのか、あなたに目撃者になってほしい。

 今回はアトリエ キリギリスに私がアーカイブしている過去のメールアートの閲覧室も出現する。ここでは郵便物に偽装したアートの実態を垣間見ることができるはずだ。封筒、切手、消印など郵便物を構成するエレメントのふりをアートがする、その偽装・擬態のさまを見ていただく。郵便物のふりをしたアートは郵便物に間違えられて私の郵便受に投函される。その瞬間に私の郵便受は美術館に、ギャラリーに変る。メールアートの本質は日常の生活現場にアートが直接に割り込んでくることにこそある。初日16日の14時から会場で現物を見ながらの解説を私が行う。過去何度かメールアートについて話したが、今回初めて現物を使っての解説となる。そして、私もまだみていない「未来」たち。それもぶっつけで解説してみたい。私の口からどんな言葉が出てくるのか自分でも楽しみである。
(なかむらけいいち)
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*画廊亭主敬白
大阪に単身赴任の中村惠一さんから「Mail art project THE FUTURE」展の案内状が届いた。
中村さんには何度も名文を書いていただいている(日和崎尊夫展西脇順三郎+飯田善國展ジョナス・メカス展)。
ブログ「中村惠一の落合雑記帳」がまた凄い。
1920〜30年代の文化史の研究者であり、コレクターであり、メールアーティストである。もちろん有能なサラリーマンであり、愛妻家である。
ときの忘れもののお客様には、ん十年の方も少なくないが、中村さんも古い。なにせ1977年に亭主が渋谷桜ヶ丘のマンションなどで開催していた「現代と声」連続シンポジウム(菊畑茂久馬、高橋悠治、原広司、廣松渉、真継伸彦、見田宗介)に学生時代に参加していたというのだから。
お忙しい中でのご執筆、中村さんありがとう。

「リトアニアへの旅の追憶」を見て 中村恵一

「リトアニアへの旅の追憶」を見て  中村惠一

 ジョナス・メカスは映画の数コマをプリントした作品を「フローズン・フィルム・フレームズ」=「静止した映画」とよんでいるが、今回の上映はヴィデオでもDVDでもなく、16ミリのフィルムであったところに意味があったように思う。なにより、改めて映像の力を思い知らされたのは、同じ位置に上映され続ける小さな光の四角のフレームを87分にもわたって観客すべてが見続けたことである。同様なことを絵画や写真に求めることは、ほぼ不可能であろう。フィルムで上映したことによる意味のひとつに、映写機の構造がある。映写機にはシャッターがあるので、実際には動いて光り続けているように見える画面が実はかなり闇ばかりなのだ。一瞬の光とほとんどの闇の連続が映画の本質なのである。つまり、フィルムの場合には我々は闇を覗いていることになる。暗闇の中に自らをおいたことがあるだろうか。完全な暗闇の場合、人によっては根源的な恐怖を感じることもあるだろう。しかし一方、暗闇は我々の視覚以外の感覚を研ぎ澄ますことになる。そして、いわゆる感覚レベルではなく、思考レベルでの感覚を研ぎ澄ますことにもなる。闇におかれていると深い思索へと自然に入ってゆくことがある。フィルムを使って暗闇の中で映写機によって上映を行うことは、観客が映像を受け取るばかりではなく、その映像について考えるという物理的な機会を与えていることに他ならないのだと思う。ここにフィルムで上映を行う意味があったのだ。

 87分に及ぶ映画のほとんどは、メカスの個人的な知己の日常的な情景の連続である。メカスは「幸せな場面だけを撮影したい」とどこかで述べていたが、フィルムの中のたとえば母親や兄弟、親族たちは水を汲み、火を焚き、食事を作り、歩き、大気を感じているのだ。つまり「生きている実感」だけが積み重ねられている。メカスにとって生きる=撮影する事だったのだろうし、フィルムの中にこそメカスの生の記憶が込められているのだろう。そうした個人的なフィルムを見るのはどういう感じなのだろうかと思ったが、これが不思議なほどに違和感なく、面白いのはどうしたことだろうか。もう一つ面白かったことは、ほとんどメカスがモンタージュやフェードを使っていない点だった。小手先で意味をつなぎたくはなかったのだろう。16ミリのムービーキャメラはマガジンに制約があって、短い時間しか撮影ができない。そうした制約を逆に武器にしているのは、まるで日本の定型詩のようだ。16ミリフィルムは1秒間に24コマの写真を撮影する。87分間ということは、5,220秒、125,280枚の写真を観たことになる。その膨大な量の写真たちにゆっくりとしたメカスの言葉がかさねられてゆく。その言葉のどれもが私には詩としてしか聞こえなかったのだった。(なかむらけいいち)

メカス 母ジョナス・メカス Jonas MEKAS
「エルズビエータ・メカス、わたしの母、リトアニア、1971(リトアニアへの旅の追憶)」CIBA print
35.4×27.5cm
signed

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画廊亭主敬白
前回企画展「ジョナス・メカス新作写真展」では、詩人・吉増剛造さんのギャラリートークと、メカスさんの映画「リトアニアへの旅の追想」の上映会を開催しました。
その両方に参加してくださった中村惠一さんはメール・アーティストとしても活躍されています。中村さんのブログをご覧ください。
この「コレクターの声」にも以前執筆していただきました(日和崎尊夫展詩画集『Chromatopoiema(クロマトポイエマ)』展 詩・西脇順三郎、画・飯田善國)。

「色彩の海あるいは渦巻く言葉の川/詩画集Chromatopoiema展」中村惠一〜コレクターの声第4回

「色彩の海あるいは渦巻く言葉の川/詩画集Chromatopoiema展」

中村惠一


飯田展DM

 詩または言葉、つまり詩句においては、いくつかの性格の異なる側面がある。通常、我々は詩を意味という側面で読み、解釈をする。詩集を黙読しながら、その意味を読み取っているという状態である。通常、詩を読むといった場合には、こうした行動を想像するであろう。
 だが、詩は音でありリズムである。詩は音読できる。音読されることで具体的なリズムが生まれる。このように詩の音の側面に重きをおいた場合、ポエトリー・リーディングとかサウンド・ポエトリーとかよばれるパフォーマンスになる。
 一方、詩、言葉、文字は形をもっており、その形そのものにポエジーは内包されている。また、その形を組み合わせたり、集積したりすることで造形が創造される。このように詩の形の側面に重きをおいた場合、コンクリート・ポエトリー(具体詩)とかヴィジュアル・ポエトリー(視覚詩)とよばれる表現になる。音素であるアルファベットではなく、象形文字である漢字を母国語の一部として使っている日本人には、文字の形態的な側面に注目する造形は親しみやすいのではないだろうか。それは、たとえば人の顔の輪郭を描いた中に目、耳、鼻、口を配置することによって顔が描けてしまうというように。
 このように、言葉を素材としたアートである詩は言葉の音、形、意味のそれぞれの側面に特化してみることによって様々な表現を獲得したのだった。

 『Chromatopoiema(クロマトポイエマ)』展を見た。詩人・西脇順三郎の英語詩18篇に対するは彫刻家・飯田善國。1972年に刊行された二人の詩画集である。詩画集と名付けながら通常の詩画集のようなつくりではない。フリージャズのセッションのようにコラボレートしているのだ。これは、飯田が「絵と詩をまったく同格にして結合するにはどうしたらいいか」と悩み続けた結果獲得できた、過去にまったく類例のない対象化手法の発見であったのではないかと思うのだ。もちろん悪戦苦闘の末の発見だろうが、アルファベットを色彩に置換して絵画の中に構成することをみつけだした。
 詩句に色彩という新たな側面が与えられた瞬間である。26個のアルファベットが26色の色彩になる。詩は色から発生する新たなリズムを紙面上に生み出していく。画面にちりばめられた英語の詩句が割り当てられた色彩に置き換えられ、お互いに干渉をはじめる。その干渉や構成の様子は30年以上を経過した今でも新鮮に見える。詩が、文字が色彩の海をうみだしていく。色は波をうったり、渦をえがいたりしながらリズムをもった造形を形作り、そこに新たなポエジーを生み出すにいたっている。しかし、面白いのは、この造形は彫刻家である飯田善國が作りあげたのではなく、詩人である西脇順三郎の詩句によって作り上げられる点である。彫刻家はきわめて厳格にルールを守っている。メソッドを重視し、「方法」的に表現を尖らせている。それによって、「詩」そのものが彩られた平面に変化したのであった。
 このアルファベットを色彩に置き換える手法は、飯田に新たな展開を準備した。『Chromatopoiema(クロマトポイエマ)』の立体化である。ステンレスの造形と色のついたナイロンストリングによる彫刻の誕生である。これらの彫刻は飯田の代表作としてなじみのある作品ではないかと思うのだが、原点は平面、しかも実際の詩の言葉を色彩におきかえるというコラボレーションが出発点であった。飯田の色紐を使った彫刻は彼の詩であり、彼の世界認識の具体的な表現であり、言語的な主張でもある。色のついた紐は文字にあたり、文字の構成は詩句を生む。詩句には、冒頭に記述したように意味、音、形の側面があり、それがもともとの造形との関係で世界を構築する。その重層的な表現が飯田の彫刻による「詩」であったのだと私は読んだ。

2006年8月23日    
なかむらけいいち

クロマトポイエマ


飯田善國展


飯田展かげ


*画廊亭主敬白
前回の日和崎尊夫展に続き中村さんに寄稿していただいた。
怠惰な画廊亭主の感慨を記せば、8月18日〜9月2日の会期で開催中の<西脇順三郎・飯田善國 詩画集Chromatopoiema展>で、私自身はじめてこの作品の全貌を知ることができた。
この詩画集が出たとき(つまり30年前)私の大切な顧客であった詩人F氏に頼まれ飯田先生からこの詩画集を直接わけていただき、F氏を飯田先生のアトリエにご案内したことがある。
詩の言葉を色に置き換えるアイデアにいたる経緯を作品を見せながら飯田先生が熱心に説明してくださったのだが、なにせ大きな詩画集で全部を広げられない。全体像がわからずこの詩画集のすばらしさを実感できなかった。
その後、別のコレクターから入手した「詩画集Chromatopoiema」はながくときの忘れものの在庫としてしまいこんだままだった。
今回はじめて全部を展示することができ、30数年前の作品とは思えぬ新鮮な迫力に圧倒された。
不明を恥じるばかりである。
ときの忘れものの大きな窓からはいる光がときどき思わぬ外の風景を映し出す。
自然の光に満ちたこの空間で、飯田先生の色彩が躍動する、既に故人となられた飯田先生、F氏のお二人を偲んで日々のうつろいを楽しんでいる。

「静かの海に咲く花の・・・・日和崎尊夫展」中村惠一〜コレクターの声第3回

日和崎尊夫展DM


 最初は女性が普通にこちらを向いているアップ。でも息を吐くと大きな泡があらわれる。それによって女性のまわりを実は「水」が満たしていたのがわかる。最近見たテレビCMの中でとても印象に残ったものだ。一体何のコマーシャルだったのだろう、それ自体は覚えていないのに、我慢できずについに水の中で息を吐き出すシーンは忘れることができない。この一見、トリックのような映像に日和崎尊夫の一連の木口木版画をかさねてイメージしていた。

 私にとって日和崎作品のイメージは「海」である。同じ木口木版であっても柄澤齊の作品には「宇宙」とか「空中」とかを感じるので、海のイメージは木口木版が根源的に内包しているものではなく、日和崎が抱えているイメージなのだろう。日和崎の作品を見る時、たとえモチーフが花であったとしても周囲に水を、海を感じていた。

 今回の日和崎尊夫展で、久しぶりに彼の作品をまとめて見たように思う。私が日和崎の作品を見ていたのは80年代前半、場所は札幌と東京と半々くらいだったろうか。その多くはギャラリーに飾られた木口木版作品としてみたが、ごく一部は雑誌などの扉作品や本の装丁などの印刷物としても見ていた。このたびの展覧会では「旧友」に久しぶりに再会したような懐かしく、楽しい気分になった。

 同じ木版画なのに、板目木版と木口木版とはまったく異なる世界を出現させる。板目木版の場合、正目を使う。自然木でいえば、もっとも成長の早い伸びしろの大きな部分が正目である。正目はともかくのびのびしている。木の状態では垂直になっているものを版画では水平において使う。一方、木口木版の場合、もっとも成長が遅く、伸びしろのないのが木口である。したがって硬い。木のなかの「おしん面」なのである。ともかく苦労している。立ったままの木を水平にカットして、そのまま版画の面として使うのが木口木版である。だから自然の摂理から考えると倒錯がない。もっとも自然な状態なのである。日和崎は特に椿を版木に使った。木口で切断された椿には時に割れもあったが、その割れも作品の一部として使う度量が日和崎にはあったし、黄楊ほどには硬くない椿の切断面をきれいに金属でいえば鏡面に磨きあげる作業を惜しまなかった。木口が苦労している「おしん面」であるなら、これを使う版画家も下準備に徹底して苦労する。この工程なくして木口木版作品の深さはでない。この磨きあげた面に黒いインクをのせて刷ると漆黒の闇がプリントされる。それは深い深い闇であるが、日和崎の闇は、私にとって果てしない海である。

 銅版画つまりエングレービングの場合、光る金属面をさらに刃物で削る。すると、さらに輝く面が光をはじく。目に痛いほどである。だが、これを刷る場合、インクは輝く溝に入り込み、黒い刻み線としてプリントされる。左右の逆転とともにネガとポジの転換が生じる。木口木版の場合、左右逆転はあってもポジはポジのままである。硬くそして滑らかに磨かれた面に黒い海を孕ませ、刻んだ一本一本の線が光となって輝き始める。聖書には「はじめに光あれ」という言葉があり、世界のはじまりの前に光が生まれたということであるが、光がうまれるためには闇が必要であり、日和崎はまさにこの世界の生成を小さな木口という版木の上に形成していった。そして、その小さな宇宙は無音の海であり、海には生命のはじまりや生命の終わりが潜んでいる。日和崎は彼の代表作を『KALPA』と名付けている。KALPAとは古代インドの時間の永遠さを表す言葉。天女が百年に一度降りてきて羽衣でこする、これを繰り返して7km四方の石がなくなる時間というのだから無限ということだろう。生命の誕生からはじまる命をつなぐ無限の時間を日和崎は感じていたのかもしれないと思った。
                      2006.8.3.  (なかむらけいいち)

*「闇を刻む詩人 日和崎尊夫展」2006年7月21日〜8月5日

日和崎尊夫KALPA-69
日和崎尊夫「KALPA-69」

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日和崎尊夫「KALPA-74」
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ギャラリー&編集事務所「ときの忘れもの」は建築家をはじめ近現代の作家の写真、版画、油彩、ドローイング等を扱っています。またオリジナル版画のエディション、美術書・画集・図録等の編集も行なっています。
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