ギャラリー  ときの忘れもの

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カテゴリ: 中村惠一のエッセイ

中村惠一のエッセイ「アーカイブや美術館のコレクションについて考える」

アーカイブや美術館のコレクションについて考える 中村惠一(『文芸誌がいこつ亭』128号より再録)  コロナの影響もあるのだろうか、近日、公立美術館の開館周年記念展を連続して見た。その初めは、栃木県立美術館の「題名のない展覧会 50年のキセキ」であり、栃木県立美 …
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中村惠一のエッセイ「東京国立近代美術館コレクション展より<純粋美術と宣伝美術>」

東京国立近代美術館 MOMATコレクション展 小特集「純粋美術と宣伝美術」をみる 中村惠一  美術館といえばコレクションはファインアート、つまり純粋美術を収蔵、展示するものであった。だが、最近では、過去には資料的に扱われてきたポスターや広告、書籍の挿画や装丁な …
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中村惠一のエッセイ「多摩美術大学美術館で寺田コレクション展(前期)7月10日〜9月20日」

多摩美術大学美術館で寺田コレクション展(前期)7月10日〜9月20日 「コレクションを読む楽しさ」 中村 惠一  日本の伝統的なコレクションの楽しみ方では、コレクションされたものの固有の価値だけではなく、そのものを誰がどういう形でコレクションして楽しんだのか、 …
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中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第12回(最終回)

中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第12回 ギャラリー・ユリイカ、柴橋伴夫、駅裏8号倉庫  北海道大学を卒業して日立製作所・宣伝部に入社したのは1982年4月。この卒業までの1年は実にめまぐるしかった。1981年7月、鈴木葉子が南3条西1丁目の和田ビル …
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中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第11回

中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第11回 テンポラリースペースと中森敏夫  目黒区美術館において「‘文化’資源としての<炭鉱>展」が2009年11月4日〜12月27日に開催された。12月16日には夕張炭鉱をめぐるトークイベントがあって吉増剛造とともに …
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中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第10回

中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第10回 藤原 瞬  藤原瞬との交流があったのは私が札幌に住んでいた時期に限定的だったので、思い出すことはあっても、その消息を調べることはなかった。この連載を始めて、藤原のことが少し気になってインターネットで検索して驚い …
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中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第9回

中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第9回 三神恵爾  三神恵爾と初めて出会ったとの認識はNDA画廊で開催された三神のドローイング展を見にいったときなのだ、と思い込んでいた。だが三神からの写真を見たら、一原有徳と知り合うために出かけた島州一展のオープニン …
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中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第8回

中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第8回 ギャラリー・レティナと岡部昌生、安田侃  北海道立近代美術館が札幌市中央区北1条西17丁目に開館したのは昭和52(1977)年7月20日のこと。その翌年の4月から私は札幌に住んだので、美術館はできたばかりで美しかった …
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中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第7回

中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第7回 神田日勝  札幌に住み始めた頃、ほぼ新築の北海道立近代美術館へ訪問することになったが、おそらく常設展示室で見た神田日勝の「室内風景」が強烈な印象を私に残したようで、神田日勝という名前は生涯忘れがたいものになった …
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中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第6回

中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」 第6回 三岸好太郎  三岸好太郎という画家の名前を聞いたのはNDA画廊の長谷川洋行からだったと記憶している。北海道立近代美術館が札幌に開館したのは昭和52(1977)年7月のことで私が札幌に住み始めた前年のことであった。 …
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