ギャラリー  ときの忘れもの

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カテゴリ: 中村惠一のエッセイ

中村惠一のエッセイ「多摩美術大学美術館で寺田コレクション展(前期)7月10日〜9月20日」

多摩美術大学美術館で寺田コレクション展(前期)7月10日〜9月20日 「コレクションを読む楽しさ」 中村 惠一  日本の伝統的なコレクションの楽しみ方では、コレクションされたものの固有の価値だけではなく、そのものを誰がどういう形でコレクションして楽しんだのか、 …
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中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第12回(最終回)

中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第12回 ギャラリー・ユリイカ、柴橋伴夫、駅裏8号倉庫  北海道大学を卒業して日立製作所・宣伝部に入社したのは1982年4月。この卒業までの1年は実にめまぐるしかった。1981年7月、鈴木葉子が南3条西1丁目の和田ビル …
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中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第11回

中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第11回 テンポラリースペースと中森敏夫  目黒区美術館において「‘文化’資源としての<炭鉱>展」が2009年11月4日〜12月27日に開催された。12月16日には夕張炭鉱をめぐるトークイベントがあって吉増剛造とともに …
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中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第10回

中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第10回 藤原 瞬  藤原瞬との交流があったのは私が札幌に住んでいた時期に限定的だったので、思い出すことはあっても、その消息を調べることはなかった。この連載を始めて、藤原のことが少し気になってインターネットで検索して驚い …
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中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第9回

中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第9回 三神恵爾  三神恵爾と初めて出会ったとの認識はNDA画廊で開催された三神のドローイング展を見にいったときなのだ、と思い込んでいた。だが三神からの写真を見たら、一原有徳と知り合うために出かけた島州一展のオープニン …
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中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第8回

中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第8回 ギャラリー・レティナと岡部昌生、安田侃  北海道立近代美術館が札幌市中央区北1条西17丁目に開館したのは昭和52(1977)年7月20日のこと。その翌年の4月から私は札幌に住んだので、美術館はできたばかりで美しかった …
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中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第7回

中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第7回 神田日勝  札幌に住み始めた頃、ほぼ新築の北海道立近代美術館へ訪問することになったが、おそらく常設展示室で見た神田日勝の「室内風景」が強烈な印象を私に残したようで、神田日勝という名前は生涯忘れがたいものになった …
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中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第6回

中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」 第6回 三岸好太郎  三岸好太郎という画家の名前を聞いたのはNDA画廊の長谷川洋行からだったと記憶している。北海道立近代美術館が札幌に開館したのは昭和52(1977)年7月のことで私が札幌に住み始めた前年のことであった。 …
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中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第5回

中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」 第5回 クラーク画廊と木原康行、矢柳剛  NDA画廊のあった旧・道特会館には2階にクラーク画廊というギャラリーがあった。クラーク画廊のオーナーは帯広出身の児玉さんという方であったが、児玉さんは画廊のほかに商事会社を経営 …
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中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第4回

中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」 第4回 森ヒロコ  前回は道特会館にあった赤い扉の話であった。そして今回はその向かいにあった鮮黄の扉の内側とその主の話である。赤い扉の内側、つまりNDA画廊に行くようになると黄色い扉の内側も気になるようになった。そこ …
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