ギャラリー  ときの忘れもの

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カテゴリ: 中村惠一のエッセイ

中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第9回

中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第9回 三神恵爾  三神恵爾と初めて出会ったとの認識はNDA画廊で開催された三神のドローイング展を見にいったときなのだ、と思い込んでいた。だが三神からの写真を見たら、一原有徳と知り合うために出かけた島州一展のオープニン …
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中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第8回

中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第8回 ギャラリー・レティナと岡部昌生、安田侃  北海道立近代美術館が札幌市中央区北1条西17丁目に開館したのは昭和52(1977)年7月20日のこと。その翌年の4月から私は札幌に住んだので、美術館はできたばかりで美しかった …
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中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第7回

中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第7回 神田日勝  札幌に住み始めた頃、ほぼ新築の北海道立近代美術館へ訪問することになったが、おそらく常設展示室で見た神田日勝の「室内風景」が強烈な印象を私に残したようで、神田日勝という名前は生涯忘れがたいものになった …
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中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第6回

中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」 第6回 三岸好太郎  三岸好太郎という画家の名前を聞いたのはNDA画廊の長谷川洋行からだったと記憶している。北海道立近代美術館が札幌に開館したのは昭和52(1977)年7月のことで私が札幌に住み始めた前年のことであった。 …
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中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第5回

中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」 第5回 クラーク画廊と木原康行、矢柳剛  NDA画廊のあった旧・道特会館には2階にクラーク画廊というギャラリーがあった。クラーク画廊のオーナーは帯広出身の児玉さんという方であったが、児玉さんは画廊のほかに商事会社を経営 …
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中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第4回

中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」 第4回 森ヒロコ  前回は道特会館にあった赤い扉の話であった。そして今回はその向かいにあった鮮黄の扉の内側とその主の話である。赤い扉の内側、つまりNDA画廊に行くようになると黄色い扉の内側も気になるようになった。そこ …
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中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第3回

中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」 第3回 NDA画廊と長谷川洋行  大学生活の4年間とその後の美術にかかわる人生を考えるとき、私に最も影響を与えたのは札幌にあったNDA画廊というギャラリーの存在であった。もちろん札幌に行く以前でも美術にも文学にも興味があり、 …
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中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第2回

中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」 第2回 一原有徳  北海道には昭和53(1978)年4月から丸4年間暮らした。きっかけは大学受験。静岡県浜松市の高校に通っていた私は日高山脈や大雪山系といった北海道の山々のスライドを先輩に見せてもらったことをきっかけに …
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新連載・中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第1回

中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」 第1回 はこだてトリエンナーレにゆく 秋山直子さんデザインのガイドブックをみて函館トリエンナーレに行くと決める  「はこだてトリエンナーレ」のことは今まで全く知らなかった。フェイスブックでアーティストの秋山直子さんか …
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中村惠一のエッセイ「盛岡彷徨記」その3

中村惠一のエッセイ「盛岡彷徨記」その3 岩手県立美術館  盛岡建築ツアーは蕎麦の老舗・直利庵の昼食をもって終了。午後は岩手県立美術館を訪問した。もちろん、岩手県立美術館といえば地元出身作家の萬鐵五郎、松本竣介、舟越保武らの作品を展示する常設展示室を見るのが …
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