金平茂紀のエッセイ

金平茂紀「井桁裕子展をみて〜片脚で屹立する意志の美しさ」

金平茂紀「井桁裕子展をみて〜片脚で屹立する意志の美しさ」

img-041_600写真:齋藤哲也


img-048_600井桁裕子
「片脚で立つ森田かずよの肖像」
2015年桐塑、油彩
H100cm
頭部後ろ側にサイン
写真:齋藤哲也


 ああ、実に半年ぶりのアップデイトだ。でも、書かなければならない気持ちになった。

全く未知のアーティストの個展に足を運ぶ時はいつも少し緊張する。井桁裕子さんについて僕は何も知らない。その世界ではきっと名前の知られている人なのだ。僕はただの一観客だ。今回も一枚のチラシ(ネット上の)に魅入られて足を運んだのだ。会場は以前、大竹昭子さんの写真展≪NY 1980≫をやった南青山の「ときの忘れもの」という小さなギャラリーだ。井桁さんの新作≪片脚で立つ森田かずよの肖像≫という作品を中心に、彼女の焼き物の作品が展示されていた。圧巻はやはり≪森田かずよの肖像≫だった。本当にみてよかったと思う。会場に井桁さんがいらっしゃったが、他の人と熱心に話をしていたので声をかけるのをためらって、結局お話をすることもできなかった。だが、井桁さんの作品をみていて、この人は作品に登場する人間の顔の表情に非常にこだわっているのだなと思った。顔の部分とそのほかの造形との関係がとても重要なのだ。それは≪森田かずよの肖像≫についても言える。毅然とした表情の顔の部分と、障害をもった体の筋肉のねじれをともなう造形的な存在感、そしてその全体を支えている片脚のまっすぐな強さ。片脚で屹立している意志の強さが美しい。圧倒された。このモデルとなった森田かずよさんについても僕は何も知らなかった。重い<障害>を抱えて生まれた森田さんは、演劇やダンスをやっているという。<障害>を違いとしてそのまま表現したいのだとどこかの民放テレビのミニ番組のなかで語っていた。<障害>といわれている欠落や欠損、変形をそのまま認め受容すること。そこに当たり前の美しさを見出すこと。これはその社会のありようとも関係してくる。以前に見た写真家・石内都さんの≪キズアト≫という写真群で同じような感情に襲われたことがあった。キズを直視するまなざしから愛が生まれる経験などそれほど多くあるわけではない。だが石内さんの作品からはそうなったのだった。井桁さんが森田かずよさんとどのような邂逅を経て作品に辿りついたのかはわからない。ただギャラリーに展示されていた≪森田かずよの肖像≫は強靭な、そして敢えてこういう言葉を使うのは怖気づくのだけれど、聖なる美しさを放っていた、と僕は思う。
* * * * *
 上記の文章を書いていたら、何と翌日に森田さんのレクチュアが横浜の<障害×パフォーミングアーツの可能性>というシンポジウムであることを知って、さっそく足を運んだ。初めて森田さんにお会いした。Sarah Pickthallさんらのお話も素晴らしかったが、森田さんのお話は、短いが濃密なものだった。かつて芸術系の大学入学を志したが、どこも受験できず、障害者がアート表現に触れる機会がこれほど大変なのだと身をもって知ったのだという自身の経験談。身体を動かすモチベーションについて、学校時代に体育の時間に「お荷物」扱いされた経験から多くの障害者たちが身体を動かしたいというモチベーションを持ちにくくされているという話。パラリンピックでさえ、後天性の障害者中心で、先天性の人々のものとはなりにくいという現実。自分の身体を動かすことは気持ちがいいことで、それが表現に発展することになること。「障害のある人、ない人」という表記で、本当にそれでバリアーは薄くなるのか、という問題提起。「唯一無二」と言われることは果たしていいことなのか。表現の社会は、社会の縮図である、という冷徹な認識。森田さんの主張を聞いていて、僕は、南青山のギャラリーに展示されていた≪森田かずよの肖像≫の意味に少しだけ近づけたような気がした。
(かねひら しげのり)

*金平茂紀さんのご許可を得て、WEB多事争論「続・カルチュアどんぶり」より転載させていただきました。

金平茂紀 Shigenori KANEHIRA
1953年北海道旭川市生まれ。1977年にTBS入社。以降、一貫して報道局で、報道記者、ディレクター、プロデューサーをつとめる。「ニュースコープ」副編集長歴任後、1991年から1994年まで在モスクワ特派員。ソ連の崩壊を取材。帰国後、「筑紫哲也NEWS23」のデスクを8年間つとめる。2002年5月より在ワシントン特派員となり2005年6月帰国。報道局長を3年間歴任後、2008年7月よりニューヨークへ。アメリカ総局長・兼・コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。2010年10月からは「報道特集」キャスターを務める。著書に「世紀末モスクワを行く」「ロシアより愛をこめて」「二十三時的」「ホワイトハウスより徒歩5分」「テレビニュースは終わらない」「報道局長業務外日誌」「NY発 それでもオバマは歴史を変える」「沖縄ワジワジー通信」など多数。

金平茂紀「異邦のノスタルジア」〜大竹昭子写真展

異邦のノスタルジア

金平茂紀


 仕事の関係で久しぶりにニューヨークに行った。つい2年前までアッパーウェストのハドソン川沿いのアパートに住んでいたので見慣れた風景がいつのまにか目の前に現れた。もちろんこの地では僕は異邦人のひとりにしか過ぎなかったのに、なぜか強烈な懐かしさがこみ上げてきた。その地で取材で動き回っているところへ、東京都の老知事が職を投げ出したというニュースが東京から伝わってきた。それで急遽、日本に戻ることになった。ニューヨークから成田までは12時間近いフライト。旅慣れた人ならば機内でうまく時差調整もできるのだろうが、僕はそういうことが苦手なので、成田から東京都内に着いた時にはぐったりしていた。その時なぜか大竹昭子さんの写真展の案内のことが頭をかすめた。写真展は確かあしたまで、場所は南青山だったはずだ。ちょっと寄ってみようか。時計をみると午後5時をまわっていた。場所をみつけるのにちょっと時間がかかったが、その小さなギャラリーに入ってみると、大竹さんが1980年にニューヨークに住んでいたころに撮ったモノクロの写真が展示されていた。1980年といえば今から30年以上も前、つまり一世代前の時間と風景だ。けれどもわずか十数時間前まで僕がそこにいたニューヨークの風景と地続きでつながってみえた。ニューヨークはニューヨークなのだ。写真に撮られていたのはニューヨークの表の顔ではなくて、裏街の煤けた建物の肌触りや気温までもが直に伝わってくるようなシーン。みているうちに大竹さんの写真のなかの風景になぜか愛おしいノスタルジアのような感情を抱いてしまった。それは想像するに、大竹さん自身も異邦人としてすごしたニューヨークの空間と時間に対する、異邦人としての共感のような感情ではないか。ほの明かりのなかでアジア系の数人がテーブルを囲んで話をしている光景や、屋上に現れた数匹の野良犬(?)たちのスリムな体躯、ビルとビルの谷間のような場所でゴミを漁るホームレス風の老人の後ろ姿。どれも懐かしさを感じるのはなぜか。不思議な街だと思う、ニューヨークは。大竹さんはそのギャラリーにいて、先に訪れていた3人連れの人たちに自作につい夢中になって語っていた。さっきのゴミを漁る老人の手前に一匹の猫がいることをその説明をちょっと離れたところで耳にはさんで知った。あ、本当だ。写真をあらためてみると、黒っぽい猫が一匹うずくまっていた。そのままボーッとした頭のなかにノスタルジアだけが残った状態でギャラリーをあとにした。この写真展をみられたので、あの老知事の辞職もラッキーとでも考えてみるか。
054金平茂紀「大竹昭子展」(大竹昭子写真展にて 筆者撮影)

集英社新書WEBコラムより転載)

*画廊亭主敬白
10月に開催した「大竹昭子写真展―Gaze+Wonder/NY1980」には大竹さんの幅広い分野での活躍を反映してときの忘れものには珍しく、連日多数のお客様がいらっしゃった。
関川夏央さんの名を芳名簿に見つけたときは驚くとともに、ちょうど外出していてお会いできず悔しい思いをしました(亭主は大のファン)。
そんなある日、たまにしか見ないテレビでお顔を覚えていた金平茂紀さんらしき人が・・・
大竹さんは他の客との話に夢中で気がつかない。
しばらくしてその方は黙って出ていかれた。
亭主「金平さんがさっきまでいらしていましたけど」
大竹「そんなはずないわ、彼今はニューヨークだって言っていたもの」
亭主が芳名簿を見せるや、大竹さん大パニックで追いかけて行きましたが、時すでに遅し。
NYにいるはずの金平さんが例の石原知事の騒動で急遽帰国させられ、お忙しい時間の合間を縫って来場してくださり、その上WEBに展評まで書いてくださった。ありがとうございます。
ご了解を得て転載させていただきます。

■金平茂紀(かねひら しげのり)
TBS「報道特集」キャスター。1953年北海道生まれ。1977年TBS入社。報道局社会部記者、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長及びTBSインターナショナル副社長等を歴任。2004年度「ボーン・上田記念国際記者賞」受賞。著書に『テレビニュースは終わらない』『世紀末モスクワを行く』『電視的』『二十三時的』『ホワイトハウスから徒歩5分』『報道再生ーグーグルとメディア崩壊』(河内孝氏との共著)他。

大竹昭子ポートフォリオ『Gaze+Wonder NY1980』
600600

発行日:2012年10月19日
発行:ときの忘れもの
限定8部
・たとう入りオリジナルプリント12点組
・写真集『NY1980』(赤々舎)同梱
テキスト:堀江敏幸、大竹昭子
技法:ゼラチンシルバープリント
撮影年:1980年〜1982年
プリント年:2012年
シートサイズ:20.3x25.4cm
各作品に限定番号と作者自筆サイン入り
価格:231,000円(税込)

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