殿敷侃さんのこと

西田考作


 <カッセルのドクメンタ展や、ボイスの作品・コンセプトに関し、またボイスから一万円札にサインをもらった話など、今回の出来事を、時折冗談を交えながら話してくれた。(中略)作品を興味ありげに覗き込むと、彼は「今回、海外アーティストの作品をたくさん見てきたから、自分も作品を作りたくなってね・・・」と照れ笑いしながら、一枚一枚の作品を丁寧に見せてくれた。その無数の、サインペンによって黒く塗りつぶされた抽象的なドローイングのイメージについて質問すると、「これら一つ一つの黒い点は、僕の体の中から出した灰だよ・・・」と言い、その後彼はこれまでの自分の生い立ち、被爆体験について話してくれた。>
 彫刻家の土屋公雄氏がロンドンで殿敷さんと初めて出会った時のことを、自身のブログ「さまざまな出会いから 殿敷侃」に記されている。

 1982年6月、かんらん舎の大谷夫妻らと渡欧。私の初めてのヨーロッパだった。大谷さんの案内で、まず訪れたのはフランクフルト郊外のダルムシュタット美術館。イコンからボイスまで、歴史を総括できるような場所だった。入口ホールに巨大な恐竜の骨格模型が設置されている。デュシャンなど名前だけ知っている作家の作品が何室にもわたって展示されているが、圧巻はボイスの大コレクション。積み上げられたフェルトや、巻いたフェルトと懐中電灯、固められたラードを積んだ橇などはまだしも、これが美術作品かと、混乱するようなものが大量に展示されていた。
 翌日、カッセルに到着。「7000本の樫の木」プロジェクトに使われる玄武岩がメイン会場の前に雑然と並べられている。その所々がピンクに染まっている。開幕直前に誰かがピンクの塗料をぶちまけたらしい。係員が総出で洗ったが洗いきれなかったものだった。上を見上げるとダニエル・ビュレンのストライプの作品が、運動会の万国旗のように張られていた。ひと渡り会場を回って出てきたら会場前に人だかり、中心にいたのはフィッシャーマンベストにフェルト帽の出立のボイスだった。次々に差し出されるパンフレットや雑誌などにサインをしているボイスに一万円札を差し出した日本人がいた。ボイスは、ニヤッと差出人の顔を見て、おもむろにサインをした。その彼が殿敷さんだと、輪が解けた後大谷さんに紹介された。一万円札にサインをもらったことを大谷さんに揶揄された彼は少し居心地悪そうな笑顔を浮かべていたように記憶している。
 数日後、私は大谷さんらと別れてひとりでアムステルダムに向かった。ステデリーク美術館で「60−80」展を見るのが目的だった。戦後の欧米の美術を知るのには打って付けの展覧会。ボイスの「ユーラシア」が展示されていた。その会場で殿敷さんと偶然の再会。リチャード・セラの彫刻の前にあるカフェテリアで互いの観てきた物などを話した。ボイスの石群にピンクの塗料をぶちまけた奴がいたこと、残念だけれど、分からなくもない、と言っていた。オランダの後ロンドンへ行くと言っていたが、そこで上記の土屋氏と会ったのだ。

 彼が版画を制作していると聞いていた私は、1987年にソウルのウォーカーヒル・アート・センターで企画した「現代版画 日本の状況」展に出品を依頼した。送られてきた作品は、私の想像していたものと全く違っていた。全紙大のアルシュ紙に無数の数字のスタンプが捺されたものが二枚。青や赤、中には色が混じって紫になった数字が画面からはみ出さんばかりに捺されている。暴力的といってもいい作品だった。その数字の一つ一つは、土屋氏が聞いたという「体の中から出した灰」だったのかもしれない、と今思う。
 私が、綿貫夫妻の力を借りて画廊を始めたのが1982年1月。美術のことは西も東もわからない状態だったが、ドクメンタを体験したことはその後に大きく影響した。殿敷さんも衝撃を受け、その後のスタイルを大きく変えたという。アムステルダムで、転換点にあった二人は何を話していたのだろう。あれから30年余過ぎた。

 彼から送られてきた作品集『逆流する現実』に挟んでいた小さな紙片。いつ挟んだのか記憶がない。が、平成四年であることには間違いない。
「四十九日忌法要 法名 覚証院釋深諦居士 俗名 殿敷侃 行年五十才」と印刷されている。

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■西田考作(にしだこうさく)
1950年奈良に生まれる。1982年西田画廊開設。

*画廊亭主敬白
21日から開催する「殿敷侃遺作展」に関連して奈良の西田画廊のオーナー西田考作さんにご寄稿いただきました。カッセルでのボイスとの出会いが西田さんにとっても、殿敷さんにとっても大きな刺激になったことがわかります。
上掲の写真はすべて西田さんからご提供を受けました。

●『殿敷侃 遺作展』カタログのご案内
Tonoshiki表紙600『殿敷侃 遺作展』カタログ
2013年
ときの忘れもの 発行
15ページ
25.6x18.1cm
執筆:濱本聰
図版:21点
価格:800円(税込)
※送料別途250円

2013年8月開催の「殿敷侃 遺作展」のカタログです。
広島で生まれた殿敷侃は、被爆体験をもとにヒロシマにまつわる遺品や記憶を細密極まる点描で描き、後に古タイヤなどの廃品で会場を埋めつくすというインスタレーションで現代社会の不条理に対して批判的・挑発的なメッセージを発信し、1992年50歳で亡くなりました。
このブログでは「殿敷侃の遺したもの」を記録するため「久保エディション第4回〜殿敷侃」はじめ、濱本聰(下関市立美術館)さん、山田博規さん(広島県はつかいち美術ギャラリー)、友利香さん、土屋公雄さん、西田考作さん、池上ちかこさんらに寄稿(再録も含む)していただきました。

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