杉山幸一郎のエッセイ

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第19回

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」

第19回 祝祭の時間


今回は先月15日からブレゲンツ美術館(Peter Zumthor設計)で開催されている展覧会について紹介しようと思います。(概要はKunsthaus Bregenzも参考にしてください)

ブレゲンツ美術館は、スイスとドイツ、オーストリアが接するボーデン湖沿いのオーストリア側にある街ブレゲンツにある市立美術館で、ピーターズントーの代表作の一つとして知られています。(詳しくは過去の記事にて)
1997年に竣工し2017年の今年はオープン20周年の節目にあたるため、美術館はズントー事務所に展覧会を打診しました。実は10周年であった2007年にもピーターズントー展が行われ、その際は主に建築プロジェクトを説明する大きな模型とドローイング、インタビューで展示が構成されました。それもあってか今回はズントー建築を説明し紹介するいわゆる“建築の展覧会“ではなく、ズントー自身がキュレーターとなって展覧会をオーガナイズするという趣旨で始めから一貫して進められていきました。

具体的な企画とデザインがスタートしたのは今年に入ってからでしょうか。まずは美術館の縮尺1/50の簡単な空間模型をコンクリートで作り、(日本で言うところの)1階から4階までの各階にどういった展示企画を入れていこうかと話し始めます。この段階から後に1階はコンサートホール、2階は写真展、3階は図書室、4階はガーデンとほぼ案は固まり、では誰が何をどうするかというトピックに移りました。

タイトルはDear to me。込められた意味としては、ピーターが気に入って大切にしているモノや事柄を共有できる場所にしたいということです。ピーターの息子はドラムをメインの楽器として身の回りのモノを扱って音を創り出すミュージシャン。その彼が演奏家をオーガナイズして主に1階で行われる演奏会のプログラムを詰めていきます。全体のマネージメントはピーターの義理の娘が舵取りをし、建築制作的な部分は僕の担当に決まりました。

ズントーはパンフレットの冒頭の言葉で次のように語っています。
Denken ist eine Linie, Emotionen sind Raum.
Ich liebe das Denken in Bildern.
Räume schaffen können, die berühren,
wie gewisse Passagen in der Musik von Mahler oder Wagner,
komponiert mit den Mitteln von Schönberg oder Webern,
mit der Energie und Transparenz von Strawinski — das wäre schön.
Aber jetzt ein Fest!

思考は直線的で、感覚は空間的だ。
(図面に描かれた思考の線は、建築空間となって感動を呼ぶ)
私は情景を思い浮かべながら考えることが好きだ。
グスタフ・マーラーやリヒャルト・ワグナーの音楽にある音符群のように、
アルノルト・シェーンベルクやアントン・ヴェーベルンが編曲で行なったように、
イーゴリ・ストラヴィンスキーの曲がエネルギッシュで透明感があるように、
建築空間も創られ、そして人の心を動かすことができる。そうあって欲しいと思う。
さぁ祝祭の時間だ!(筆者訳)



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1階はグランドピアノのあるステージが中心にあります。ステージ上部には音響のために天井板が吊られ、建物の主構造であるコンクリート壁にも抽象的な幾何学の音響パネルがいくつか取り付けられています。ステージの周りにはレッドカーペットが敷かれ、どこかの授賞式のようにこれが“フェスティバル“であることが敢えて強調され、その上に今回の展示のために特別にデザインされた四種類の色と素材(深いオレンジ、青緑色、濃紫のベルベットと気紛れな生地のレザー)のアームチェアとスツール、そして二種類の素材(楓と洋梨の木)と大きさの異なる円形テーブルがあります。

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これらの家具は以前紹介した家具メーカーが中心となって制作されました。

美術館にまず入るとバーカウンターがあり、そこでチケットを購入しフリードリンクを受け取ります。演奏やディスカッションがないときでも、休日の朝にゆっくりとカフェを愉しみに来てもいい、なんて少し気取って行ってみたくなる(笑)ようなで場所であり、また同時にカジュアルな親しみやすさもあります。それはひとえに天井が高いということにとても関係しているのではないでしょうか。
6メートル20センチある天井高さと400平米強の広い空間は通常の建物ではなかなかあり得ないワンルームの大きさで、カフェとして使うにはとても贅沢。ぽかーんとした心地良い静けさとガラスを通して入ってくる朝の柔らかな光が “こういう大きな気積のあるカフェをいつも設計したかったんだ。やっぱり良いね“ と思わず口に出したい気持ちにさせます。少し奥まったところには映像作家がまとめたピーターのインタビュー(計30分)があり、ヴァルスの温泉施設を設計した若い頃の貴重なインタビューなども視聴することができます。



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2階はクラシックな展示空間で作品数はあまりないため、ブレゲンツ美術館の光と空間のコンセプトがよく見て感じられます。壁にはヘレン・ビネット(Hélène Binet)によって撮影された、ギリシャのランドスケープアーキテクト(Dimitris Pikionis)がデザインしたアテネにある舗装路の写真、ピーターのお気に入りです。作品の由来はともかくとしても、光と陰がモノクロによっては強調され、ヌメッとした舗装石の表情がぐっと感覚を惹きつける非常に力のある写真です。
写真レイアウトは当初計画したものから写真家自身が会場で変更し、一瞬アレっと思うほどの余白があります。配置を移動したい衝動に少しだけ駆られながらも、確かにこの写真は間隔を狭めて並列して展示するには強すぎるな。という気持ちにもさせてくれる。僕がとても感心してしまったのは、自分からはこうしない(勇気がなくてできない)だろうという微妙な、同時に絶妙な余白だからです。

中心にはオルガ・ノイヴィルス(Olga Neuwirth )による30分ほどの新曲がオルゴールとなっています。オルゴールなんて見たのも久しぶりだなぁ。とニヤッとさせてくれる遊び心があり(笑)、その穴の空いた約16mの紙は空中に滑らかな曲線を描いて天井から3点で支持されています。この綺麗な曲線は狙ったものではなく、はじめ単純に3点で吊ってチューリップのイラストみたいにしてみたらオルゴールが上手く回せず、試行錯誤のうちにたまたまできた形なのです。僕たちは恣意的に形をデザインすることを極力避けているのですが、こうした“出来てしまった形“が“作った形“よりも美しく見える瞬間がとても心地よいです。(とはいえ1階の壁にあるアコースティックパネルは若干、形が前にでてきていますが。。。)



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3階は僕たちの事務所があるハルデンシュタインの隣り街(Chur)にある古書店のオーナーから借りた約40,000冊の本からなる図書室です。本棚は黒MDFで簡単に作られ会場でビス打ちして組み立てられ、高さ3メートル弱、三種類の幅があります。その本棚をまるで多角形で円を描くようにしてアレンジして中心に読書スペースを作り、時にはそこで小さな演奏会や作家による読み聞かせなどのイベントを行います。
この約40,000の本は傍からみるとほとんどバラバラに収納されており、AtoZの並びにすらなっていません。(もちろん美術館側からはあるシステムで管理されています) 来館者はただ自分の気の向くままに歩き本に出会う。建築デザイン図書や好きな作家の小説コーナーはここにはなく、それが逆にデータベース化された公立図書館や書店とは違って無造作に収納された自分家の本棚のようで、妙にプライベートな感じがします。一方で、フロア全体の照明を少し暗してクラシックな図書室のような雰囲気にしなかったことで、本棚と本たちが展示室の中に置かれた作品のように見えてくる瞬間があります。

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またここにはライブラリーテーブルとスイスの老舗家具メーカー(Horgenglarus)の椅子があり、スタンドランプはこの展示のためにデザインされイタリアの照明メーカー(Viabizzuno)から販売されます。

ここまで会場を登ってくると少し疲れてきますが、最上階には最も美しい展示があります。



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スイス出身のアーティスト、シュタイナー・レンツリンガー(Steiner & Lenzlinger)によるガーデンのインスタレーションです。タイトルはルンゲンクラウト(Lungenkraut)。自然の枝木や木の実の殻など、そしてどこかの景品でもらったようなプラスチックのおもちゃなどを組み合わせて創られた美しいオブジェが天井からモビールのように吊られ、微かな風でゆっくりくるくると回って重力を感じさせないように浮遊しています。ルンゲンとはドイツ語で肺を意味し、展示物も肺で呼吸したように膨らんだ表現のものが多いため強い生命感も感じさせてくれます。
打ち上げの食事会で本人たちと出会い、今までいろんな場所で展示をしてきたけれど初めて展示作品を吊っているワイヤーが見えない状態の展示空間に出会うことができた。と話していたのが印象的でした。つまり会場が柔らかい光に満ちていて、どの方向からも強い光がないため影ができにくいのです。



オープニングには988人が訪れて会場は人混みとなりました。エントランスから2階へ向かう階段への動線は混み合って進めず、そのため来館者は一旦地下へ降りてそこからエレベーターで2階へ登るという不思議な動線を頼りにせざるを得ない事態になりました。(後々聞いたことには1997年にオープンして以来の来場者数だったそうです)
会場で出会った知人やプレス関係者に話を聞くと、建築家ピーターズントーの展示を目当てに来たものの、具体的に何の展示をしているのかは事前にチェックしていなかった、もっと言えばチェックせずとも、もちろん建築の展覧会だろうとタカをくくっていた人がほとんどで、十中八九に戸惑いと驚きの混じった印象を持っていました。それはこれがズントーがオーガナイズした展示であって、ズントー建築プロジェクトを紹介しているわけではなかったからです。

とはいえ、戸惑いの後に来るのは “なるほどなぁ“ という驚嘆。建築家による建築プロジェクト展は見たいけれど、4階フロアの会場では間延びしてしまうかもしれない。そこでこうしたズントー自身の作品を紹介するのではなく言わば “ズントーに影響を与えたモノや人たちを紹介してそこからズントーを導き出せ“ というメッセージは、とりわけクリエイティブな仕事をしている人たちにとってはなかなか刺激的な問いであったようです。

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会期中の毎週末にはズントーと作家、音楽家もしくは美術家との対談があり、展示に参加しているヘレン・ビネットやオルガ・ノイヴィルス、さらには造園家ジル・クレマンや映画監督ヴィム・ベンダースなどの各方面のエキスパートも来ます。またアーティストによる演奏会や作家による読み聞かせなども行われます。一度来て見て終わりではなく、足繁く通って理解していく展覧会。“ズントーパス“というディズニーもビックリな会期中無制限に入場できるパスもあるので、機会がある人は是非足を運んでみてください。



掲載している写真のうち、1,3,4番目のものはブレゲンツ美術館のウェブサイトより
その他は筆者によります。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にETH Zurichに留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同事務所勤務。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

●本日のお勧め作品は、エド・ベイナードです。
20171010_baynard_01_hanaエド・ベイナード
「花」
1980年
木版
作品サイズ:70.0×100.0cm
A.P.11/16
サインあり


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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


◆ときの忘れものは「安藤忠雄展 ドローイングと版画」を開催しています。
会期:2017年9月26日[火]〜10月21日[土] 11:00〜18:00 ※日・月・祝日休廊
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●六本木の国立新美術館で「安藤忠雄展―挑戦―」が開催されています。
会期:2017年9月27日[水]〜12月18日[月]
オープニングのレポートはコチラをご覧ください。

◆イベントのご案内
10月27日(金)18時〜中尾拓哉ギャラリートーク<マルセル・デュシャン、語録とチェス>
『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』刊行記念
*要予約:参加費1,000円

10月31日(火)16時〜「細江英公写真展」オープニング
細江先生を囲んでのレセプションはどなたでも参加できます。

11月8日(水)18時飯沢耕太郎ギャラリートーク<細江英公の世界(仮)
*要予約:参加費1,000円

11月16日(木)18時より 植田実・今村創平トーク<ジャパンネスのこと、都市住宅のこと>
現在フランスで開催中の<ポンピドーセンター・メス「ジャパン・ネス 1945年以降の日本における建築と都市」の報告をするとともに、建築展覧会のあり方、建築の表現についてお話をします。また、同展にてフォーカスされた建築雑誌『都市住宅』について、同展での展示の狙いなど、同誌の元編集長植田実さんとお話しします。(今村創平)
*要予約:参加費1,000円

ギャラリートークへの参加希望は、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。twitterやfacebookのメッセージでは受け付けておりません。当方からの「予約受付」の返信を以ってご予約完了となりますので、返信が無い場合は恐れ入りますがご連絡ください。
E-mail: info@tokinowasuremono.com

●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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 ・光嶋裕介のエッセイ「和紙に挑む」は終了しました。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました(時々番外編あり)。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第18回

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」

第18回 州立美術館


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今回はクールにある美術館を紹介しようと思います。

今、僕の住んでいるスイスのグラウビュンデン州の州立美術館は1875年にJohannes Ludwigという建築家によって建てられ、施主であるJacques Ambrosius von Plantaという(覚えるのが難しい)名前の方に因んで”Die Villa Planta”と名付けられました。その後、所有者が変わりながらも自然博物館として使用され1981年に新しい博物館にその機能が移転し、現在のように企画展ができる美術館として使用され始めました。
そしてズントー(Peter Zumthor)とPeter Calonder、Hans-Jörg Ruchが協働で改修をし、三年余りの工事を経て1990年には州立美術館として再オープンしています。

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外からでもよく見える主な改修部分は、現在ミュージアムカフェのあるサンルーム部分と、本館と隣の別館(現在は解体され2016年にスペインの建築家Estudio Barozzi veigaにより新築されている)を繋いでいたブリッジ部分でした。

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現在は(噂によれば構造家のPatrik Gartmannが引き取って)クールとハルデンシュタインの間にあるトウモロコシ畑の傍に置かれています。(今後どうするつもりなのでしょう。。)

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ブリッジを写真で見るとスチール構造のように見えるのですが実は木造で銀色に塗られています。なぜステインではなく、木のテクスチャを消すように厚く色を塗られていたのか?石造の本館と別館を繋ぐモノとして、“木造である“と見せることは素材として(の印象も含め)柔らかすぎたんだと僕は考えます。かといってスチールでは繊細ながらも重く堅すぎる。木造の軽やかさとスチールの堅強さという、矛盾しそうな2つの事柄の両義的な表現が必要だったのではないでしょうか?(実際は予算の関係で比較的安価な木造になったとかいうオチもありそうですが。。。)

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サンルーム部分に関しては何度か足も運んでいたのですが、担当しているプロジェクトの参考にしようと気にかけながらチェックしていきます。建築に限ったことではないのですが、身の回りに溢れているもの、当たり前に見て使っているものほとんどすべては、何かしらの理に適って作られ購入され使われているのだと僕は思い込んでいるところがあります。
そして今回のように「さてミュージアムカフェってどんなところであるべきだったろう」と考え出すと途端に、そこにあって見ていたはずだったけれど、きちんと認識していなかった色々なモノがどんどん露呈してきて、初めてメガネを買ってかけた時みたいに良さも粗も見えてくる。はたしてどこか理に適って作られ、どこがまだ改善の余地があるままに放ったらかしにされてしまっているのか。そんな「皆は気づいていないかもしれないけれど、僕は見つけたぞ」という発見をすることは常に僕の好奇心を搔き立てて、物事を考え直し改善することの面白さを再認識させてくれます。

建築することは建築家個人が作家として持っている“何か“を、空間を提供することによって表現することかもしれないけれど、建築が建っている地域の中で(もっと言えば世界で)通用する建築空間を世界中の建築家たちによって日々改善し、時代によって変わりゆく社会に合わせながらも、生活環境を新しくより良くしていこうとする行為でもあると思っています。


建築には、建築雑誌を見て“これは凄いな“と思いながら舐めるように見てしまう建築があり、中でも毎日同じページをめくっても飽き足らずに忘れられないものはいつか訪れたいと強く思い、またその中で、偶然にも時期が巡ってきて遠く離れていても実際に訪れて体験することができる。
そういった話で言えば僕にとってこの州立美術館の改修は、別の建築を見に行ったついでに駅の近くにあったから行ってみよう、くらいの関心の持ちようであったと思います。

さて、久しぶりに訪れてみると本当に落ち着く。今日は天気も良く風が気持ちよかったので窓が一部開いていて、窓が開いていたのを見たのは初めてで、開けることができたんだと思わず驚いたくらいです。(もちろん把手があったので物理的には可能だったに違いなかったのですが、なぜか開けられないような、開けてはならないような気配がありました)

その爽やかな空間で寸法を測り始めると、少し不審に思ったのか、一人で勉強していた人が声をかけてきました。よくこのカフェへ勉強しに来ているようで、僕が「よくよく考えてみたらものすごい良い空間だったことに気づいた」と話すと「私もそう思うからかなり頻繁に来るんだよ、ここは明るくて比較的静かで心地よいから」と返事がきました。
建築は、特に新しく建ったばかりの建築、有名な建築家が設計した建築はいつも僕を魅了するけれど、自分が作り手として何かを探し求めている時には、意外と身の回りのなんでもない空間が最も心地よく時には斬新ですらあり、一番の参考になる。そんなことを発見した1日でした。
もちろん、今回は(たまたま)ズントーらの協働設計だったのですが。。笑
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にETH Zurichに留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同事務所勤務。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

●本日のお勧め作品は、クリストです。
Christo_19 (2)クリスト
《包まれたタイムズスクエアのビル》
2003
リトグラフ+シルクスクリーン、コラージュ
Image size: 77.5x59.5cm
Frame size: 85.0x67.0cm
H.C.(Ed.20)  Signed
*レゾネNo.187
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

本日10日(日曜)と明日11日(月曜)は休廊です

◆ときの忘れものは12日から「今週の特集展示:駒井哲郎展」を開催します。
201709komai
会期=2017年9月12日[火]〜9月22日[金]
※日・月・祝日休廊
駒井哲郎の版画作品、詩画集など約10点を特集展示する他、恩地孝四郎南桂子国吉康雄フォーゲラー等の版画作品をご覧いただきます。


◆ときの忘れもののブログは建築関連のエッセイを多数連載しています。
佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。

倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は毎月17日の更新です。

大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。

植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は随時更新します。

光嶋裕介のエッセイは随時更新します。

藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は終了しました。

八束はじめ彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。

芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は終了しました。

建築を訪ねて

建築家の版画とドローイング

●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第17回

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」

第17回 ドイツの家具工場


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今回はドイツのシュタインハイム・アン・デア・ムル(Steinheim an der Murr)にある家具工場について紹介しようと思います。

この家具製作工場ルーカス シュナイト(Lucas Schnaidt)は1890年の創業から創業者家族での経営が3代続いた後、つい最近になってスイス老舗の家具メーカーであるホルゲングラルス(Horgenglarus)を保有していた元オーナーが買い取って経営を再スタートさせました。先代のオーナーは定年退職していく熟練職人を補充するように新入社員を採ってこなかったために従業員数は年々減っていき、かつてこの地域では“家具作りを学んだらルーカス シュナイトへ行く“とまで言われた老舗工場でありながら、現在従業員はそれぞれの部門を合わせても数名程度。僕たちが訪れた時は夏の休暇中だったこともあり、遠い昔に何かを置き忘れてしまった時のように、敷地内は閑散としていました。


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軽いミーティングと食事をした後、現オーナーに製作工場を案内してもらいました。僕は家具デザインのようなことをした経験はあっても、大きな家具製作工場へ赴いて、どんな機材を使ってどうやって家具(例えば椅子)のパーツを切り出していくのか、具体的な製作方法と工程については詳しく知りません。椅子の脚部や、曲げ合板でできた座部が高く積み上げられた光景、ただ数え切れない量のクランプ(締め金具)が整然と並ぶ様子は見応えがあり、それだけでアーティストが設えたインスタレーションのようにも見えて素直に感動してしまう自分がいました。

よく知られているようにズントーは木工職人として父親の仕事場で数年間働き学んでいた経験があるため、工場内部の光景を見ると、“自分が学び働いていた頃と機材が大して変わっていない。経営再建にはまずこれらの機材を刷新し、加えて高性能CNCマシンなど大型機械の導入だな“と意見します。ベーシックな家具の製作に関して言えば、今まで通り旧式の単純動作をする機械で用は足りる。それでもこうして最新の技術をどんどん取り入れようとする姿勢は“職人的建築家ピーターズントー“という文脈でレッテルを貼って彼を理解しようとすると、少し違和感が覚えるかもしれません。もしかしたら多くの人にとって意外なことかもしれませんが、彼は実用的なことに対してはいつもとても柔軟に振る舞うのです。


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敷地内には切り出した余りの木材を保管し、時期によっては暖房器具の燃料とするために大きなサイロ(写真の赤色建物)があります。工場はそれら一部を除いて基本的には平屋建てです。この建物がある周辺敷地一体は工場地帯で、周りには80年代に建てられたと思われる複層階の工場があります。この建物だけが白い外観を持ち低層であり、巧みな敷地内の配置計画であるために周りから際立っていました。


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工場の外観はいわゆるモダニズム建築と言ったところでしょうか。中に入って工具やら何やらがある一定の距離を持って整列・乱雑しているのを見ると、多くの職人たちが働いていた当時の面影を感じさせ、またいかにもドイツ製と見える重厚な仕様の機材が並ぶ光景と、工場自体の印象からノスタルジーを呼び起こすような雰囲気がありました。ありきたりな言葉で形容するなら、建物に入った瞬間、過去にタイムスリップしたような感覚が起こった、外でしとしと降る小雨のジメッとした臭いと周りの静寂とが、またその懐かしさを助長するのでした。

現オーナー曰く、この工場を獲得するにあたって最も考慮したことは、この地域の天気が良いことと、静かなことであったと言います。
(僕たちが訪れた当日は雨でしたし、静かであることは製造ラインがうまく働いていないことを意味するようにも思いましたが、そこは話の腰を折るところではないと判断して、もちろん黙っていました笑)

ともあれ、この工場に関わる様々なコンテクスト(工場敷地の環境、製作工場の状態、会社の歴史など)は新しく物事を始めるにあたって非常に魅力的で、僕自身も“こんな工場で自分のキャリアをスタートさせたいな“と心底思うほど心を踊らせるものでした。


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この工場のように空間に水平的な広さがあって天井がそれほど高くないと相対的に見て、上から圧迫されたような少し窮屈な印象になってしまいがちです。しかし、屋根天井に緩い勾配がついて少し高くなっているために、空間が膨らんだような緩やかな広がりをもたらしています。まず工場全体を走るメインの通路が二本あって、その窓側に作業スペースがある。こうした流動と停滞が隣り合わせになったような作業空間が何十メートルも続き生産ラインを形成しています。僕がとてもいいなと思ったのは、非常に合理的でありながら、合理的に計画したという意図を感じないところ。それはこの家具製作工場が、家具を量産するためにできた生産効率を第一の目的としたものではなく、“家具職人のアトリエ“の延長線上にあるからかもしれません。

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サンディングをして滑らかな手触りを完成させるところ。ここで最終的な肌触りが決定されます。

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ポルスター製作部門。型をもとにして切り出し、縫い付けがされていきます。

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ステイン各種。秤なしで経験から色を混ぜていくのでしょうか。


新しいオーナーは僕たちとの協働を皮切りにして、これからどのように会社を再建していくかに闘志を燃やしていました。次々と新しい事にチャレンジしていく面白い発想の人を間近に見ると、自然と自分にも力がみなぎってくる。それは一体なぜだろうと、いつもとても不思議に思ってしまいます。

実は今回ここに訪れた理由は、9月16日にブレゲンツ美術館でオープンする展覧会企画Dear to me- Peter Zumthor’s Weltのためにテーブルやソファといった家具をデザインしているからなのです。
その展覧会はブレゲンツ美術館20周年の節目に因んで依頼されたものですが、いわゆる建築家ピーターズントーをモノグラフィ的に振り返る“ドローイングと模型で構成された展覧会“ではありません。
地上階はバーを備え中央にステージがあり、そこではミュージシャンの演奏を聴きながらソファに座り、ゆっくりと時間を過ごすクラブ(日本でいう社交サロンのようなところ)。
一階は建築写真家として世界的に有名なヘレン ビネット(Hélène Binet)がギリシャ建築家Dimitris Pikionisによるランドスケープを撮影した写真と、作曲家オルガ ノイヴィルト(Olga Neuwirth)による約16mの帯からなるオルゴール。
二階はクールにある古書店のオーナーが所蔵する約4万冊の本を用いた図書館と読み聞かせの場所。小さな演奏会や講演会も行われます。そのための読書テーブルやスタンドランプも新調しています。
そして三階には日本でもよく知られているシュタイナー レンツリンガー(Steiner Lenzlinger )による展示。

この展覧会は、訪れる人がアートに出会い何かを感じ持ち帰るというよりは、そこで長い時間を過ごすことができ、毎日でも訪れたくなるような場所。日常の延長にあるような気軽さと、いや、いつもより少しだけおしゃれして出かけようと思わせるセミフォーマルさを合わせ持った、湖沿いの都市にある美術館イベントスペース。そんな場所になってほしいという思いが担当している僕にはあります。

近々、この展覧会のレポートもしていくつもりです。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
1984年生まれ。日本大学高宮研究室で建築を学び、2008年東京藝術大学大学院北川原研究室に入学。
在学中にETH Zurichに留学し大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりスイスにて研修。 2015年からアトリエ ピーターズントー アンド パートナー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。
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●本日のお勧め作品は、北郷悟です。
20170810_北郷悟
《野菊》
2008年
リフトグランドエッチング・ドライポイント・雁皮刷り
19.9×15.0cm
Ed.15
サインあり


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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆ときの忘れもののブログは建築関連のエッセイを多数連載しています。
佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。

倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は毎月17日の更新です。

藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。

大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。

植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は随時更新します。

八束はじめ彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。

光嶋裕介のエッセイは随時更新します。

建築を訪ねて

建築家の版画とドローイング

●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第16回

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」

第16回 建築する手立て


5月4日に計画概要がプレス発表されたバイエラー美術館増築計画は、先立ってちょうど一年前の7月中旬に国際設計競技(コンペ)が行われました。今回はそのことについて“作り手の視点“から解説していこうと思います。

この国際コンペには世界各国から11組の建築設計事務所が招待され、僕たちズントー事務所の他にもスイスからはメルクリ(Peter Märkli)ら計4組、そして日本からも4組とほぼ二カ国で参加者の大半が占められていました。当時、事務所内でも“さすが日本の建築家たちは凄いな“と称賛混じりの驚きがあり、心の中で密かに同じ日本人として誇りに感じたことを思い出します。(僕自身が凄いわけではないのですが。。笑)

ピーターズントーはバーゼル近郊出身ということもあり、“故郷に錦を飾る“はないにしろ、ずっとバーゼルに、とりわけ彼の真骨頂である美術館を建てたいという気持ちがあり、そのことは事務所内で彼の話す言葉から度々伝わってきました。実は事務所ではもう何年もコンペに参加しておらず、最後に参加したルツェルンの駅前開発コンペ以来、“もうコンペはしない“と事務所内には了解ができていました。

僕たちの事務所では入ってくる新しいプロジェクトはまずマネージャーが取捨選択し、その一次振り落としに残ったものをピーターに提示して進めていくかどうかを考える、というのが一般的なプロセスです。 けれども今回のように、あるマネージャーが別のマネージャーによって振り落とされたこのコンペをたまたま見つけて再び議論のテーブルに持ち出すことがなかったら、こうした例外的なコンペの参加も、良い結果も起こらなかった。今回のケースは何だか人生論を語っている時に“機運も大事なんだ“と言っている良い事例のような出来事でした。


当選案自体についてはバイエラー美術館のホームページを見てもらいたいと思います。
既存の本館(レンゾピアノ設計)の東側にある同敷地の一角に小さな道を挟んで3つの建物が向かい合うようにして配置され、既存のランドスケープと一体となった広場を創り出しています。三又の形をした“Haus für Kunst“アートの家(展示室)、既存の壁に寄りかかるようにして建つ“Pavilion“パビリオン(バー、イベントスペース、ショップ)、そして搬出入やオフィス機能が詰まった“Servicegebäude“オフィス棟。ここで注目したいのは、それら3つの建物が同じ建築言語でできたもの(同じ考え方、組立て方でできた異なるバリエーションのこと)ではなく、全くと言っていいほどそれぞれが異なっていることです。アートの家は比較的荒い仕上げでできた三層の展示室。パビリオンは地上一層で地下に階段状に下がっていく、前面ガラスの建物。サービス棟は北側の既存の建物にくっついて、あたかも既存の建物に増築されたかのような振る舞いをしています。しかし3棟の独立した建築が、それぞれの美術館としての機能を補完し合うという意味で、また1つの広場を形成するという意味で一体になっているため違和感を感じないのです。


このコンペには3ヶ月くらい前から少人数のチームで案を練り始め、提出前には10人強が作業に取りかかりました。

一般に、スイスの設計コンペでは石膏でできた敷地模型が主催者側から配布され、そこに同じく白くペイントもしくは白い材料で作られた計画案模型を設置して提出します。それは色もテクスチュアも抽象化されたヴォリュームで、計画案の規模や都市計画(とまでの規模ではないにしろ、周辺建物との関係を示す計画)を理解し他案と比較するのに役立つと言われています。
その敷地模型は提出義務だったものの、事務所からは加えてプレゼンのために3つの異なるサイズの異なる素材からできた模型と、リノリウム版画で制作されたドローイングを提出したため、かなりのマンパワーが必要とされました。

僕は当時、事務所にあるワークショップ(製作工房)でチーフをしていました。ピーターにリノリウム版画で図面を制作したいと言われた時に、“全く経験がない、どうしようかな。“と困惑したのをよく覚えています。それでもリノプリントでの制作経験のある芸術家にアドヴァイスをもらい、同僚が鉄を溶接して、レオナルドダ・ヴィンチが遺した機械のスケッチのような装置を作り(笑)、大きなテーブルに固定して試し刷りをスタートさせていきました。


10年以上前のことですが、フランクゲーリーに密着したドキュメンタリー映画を見た時に、ゲーリー事務所がそれはもうかなり大きな模型を作り、その模型を何やら特殊な機械で部分毎にスキャンし、自社開発したソフトウェアで図面に起こしていたのが衝撃的でした。僕にはソフトウェアを開発することが建築家の仕事ではないように感じてしまっていたから。しかし今思えば、自分たちの作りたい形、モノがあって、それを作るためのベストな手立て(道具)がない場合、その手立てを考え作ることから始める。作るための道具を作る、実はとても単純明快な話でした。そうしたプロセスこそが、本当にクリエイティブであると今の自分には思えます。

提出図面はドイツで購入した厚い和紙(のような紙)に、プロッター(大判印刷機)で一部建築図面と版画のためのガイドラインを印刷し、そこへリノリウムを彫ってできた型にインクを塗り、1つ1つ版押ししていきました。とりわけ既存樹木は優秀なインターンが樹種やサイズ毎に異なる版を削ったため、CADで拡大縮小しながら反復して用いる樹木とは全く異なる印象になりました。そうしてできる約A0サイズの提出図面を一枚完成させるのに、3人がかりで約4時間かかります。その間に少しでも押し間違えるとcontrol+Z(やり直し)できないために、もちろんゼロからのやり直しです。作業中は良い緊張感がありました。

提出した模型の1つである1/250スケールの周辺模型(先のリンク先の動画を参照)は、バーゼル近郊で採れる石に因んで紫色に着彩した、ガスベトンと呼ばれる材料から彫刻して作られたものです。全体はいくつかの区分けされたパーツでできているものの、上物(建物)が敷地と一体化していないと、つまり敷地の土台プレートの上に建物が載っているのでは仮に同じマテリアルでできていたとしても一枚岩ではないため全体の印象としては建物が付属的で途端に弱く見えてしまう。それを避けるために大きな塊から建物を彫刻しなければなりませんでした。


計画案それ自体とは一見直接関係のないこの版画や模型たちによって、設計デザインに対して新しい角度の解釈が加わり説得力が増す。建築をやっていて本当に面白いなと思うのは、建築は出来上がるまで空間を実体験できない分、色々な手立てを使ってそれを表現し説明することができ、時に実体験とは全く違った、しかしそれよりも強烈な印象を与えることができる。という事実があるからだと僕はいつも感じています。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
1984年生まれ。日本大学高宮研究室で建築を学び、2008年東京藝術大学大学院北川原研究室に入学。
在学中にETH Zurichに留学し大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりスイスにて研修。 2015年からアトリエ ピーターズントー アンド パートナー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

●本日のお勧め作品は、ベン・ニコルソンです。
20170710_nicholson_04ベン・ニコルソン
《作品》
1968年
エッチング、鉛筆、ガッシュ、紙
イメージサイズ:30.0x28.0cm
シートサイズ:43.5x37.5cm
サインあり


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移転記念コレクション展
会期:2017年7月8日(土)〜7月29日(土) 11:00〜18:00 ※日・月・祝日休廊
※靴を脱いでお上がりいただきますので、予めご了承ください。
※駐車場はありませんので、近くのコインパーキングをご利用ください。
201707_komagome
出品作家:関根伸夫、北郷悟、舟越直木、小林泰彦、常松大純、柳原義達、葉栗剛、湯村光、瑛九、松本竣介、瀧口修造、オノサト・トシノブ、植田正治、秋葉シスイ、光嶋裕介、野口琢郎、アンディ・ウォーホル、草間彌生、宮脇愛子、難波田龍起、尾形一郎・優、他

ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

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JR及び南北線の駒込駅南口から約10分、名勝六義園の正門からほど近く、東洋文庫から直ぐの場所です。

◆杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第15回

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」

第15回 グラウビュンデンの大自然


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今回はスイスの、グラウビュンデン州の自然について少しだけ綴ります。


少しずつ暖かくなってきたこともあり、気晴らしにハイキングに出かけてきました。
ハイキングと聞くと車で1時間くらいかけて山へ行って。。と考えてしまいがちだったのですが、僕の住んでいるクールは山々に囲まれた谷あいの街で、バスに乗って10分登るともう山の麓に着きます。今回はクール(Chur)からトリミス(Trimmis)に向かうことにしました。

東京に住んでいた時は自然(樹々など)と暮らすのはいいなという感覚はあっても、それを実体験として強く持っていなかった、もしくは必要不可欠なものとして意識していなかったように思います。
大学のあった上野公園でベンチに座っておにぎりを食べる。そんな絵に描いたような典型的なランチを度々していたし、新宿御苑や井の頭公園へ出かけてのんびりとした休日を過ごしたりしていました。自然の中でひっそりと、しかし楽しく暮らすという"となりのトトロ的イメージ"には憧れさえ抱いていたのですが、理想として自分が思い描いていたイメージと、現実に自分の身の周りで考えるイメージには、かなりのギャップがありました。それはおそらく、みんなが"自然と暮らすっていうのはやっぱ良いよね"と言っていることに影響されて、"そりゃあ、もちろん僕も良いと思ってるよ"と当たり前の受け答えのように無条件に発言していた節があるからです。
簡単に言えば、僕は大自然と触れ合い暮らすことに、(既にそこにそういった環境があったとしても)100パーセント集中していなかったということです。今ようやく気が付きました笑。


よくよく考えてみると、そういった勘違いのような事柄は身の回りで頻繁に起こっています。。。起こっているのではないでしょうか? あまりに当たり前の言動や事柄で、それをなぜと考え直す時間が勿体無いとし、そうこうしているうちに日常となり慣習化し、気付けばどうしてこうしているのか忘れてしまって(もしくは初めから)わからないが、でもそうなっているからには最も自然な(ナチュラルという意味で)なことであるに違いないと自分に言い聞かせ、どうやら皆もそう思っているみたいだからそういうことにしておこう。。。その点にブレイクスルーをすることが、建築もとよりデザインの根底にあるはずです。

少し見苦しい自己弁護のようになってしまいました、話を戻します。

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駅からバスで森の入り口すぐの停留所までダイレクトに辿り着くことができるので、休日には多くの地元の人達を老若男女問わず見かけます。バス停から1分で山に入り少し歩けば、少し冷んやりする日陰の場所と、上方から射し込む太陽の光で暖かく心地良い場所とが混ざり合った、均衡の取れた森の状態に出会うことができます。日本ほど湿度が高くないため、真夏でも日陰にいると冷んやりと気持ちよく、風は少しだけ冷たく感じます。森林浴にはもってこいです。


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森の中には丸太を積んで乾燥させている箇所もいくつか見かけます。


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最近知人が、"建築家というのは世界のどこへ行ってもストレスと戦わなくてはいけない。それはきっと建築を建てるという行為自体が、実は人間の能力を超えている行為だからではないか"と話していました。この山の風景の中に立ち、そして10メートルは優に超える高さの木々を見上げると、なるほどそうかもしれない。自然の生命力は圧倒的であり、これと同じくらい、もしくは何倍もの高さの建築を数年で建ち上げてしまう。そしてややもすれば100年は持たせようとする。それはおそろしいくらいにものすごいことだ。とそれだけで改めて感動します。


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途中にある渓流で少し水浴びをして、足元にあった少し変わった石を拾い、そのうち1つはオニギリ石と名付けました笑。

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途中、子供連れや老夫婦を何度も見かけました。こういうところで幼少期を過ごすというのは一体どんなことなんだろう。自分もこういう所で育ったらどんな人間になっていただろう。と思わず考えざるを得ませんでした。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
1984年生まれ。日本大学高宮研究室で建築を学び、2008年東京藝術大学大学院北川原研究室に入学。
在学中にETH Zurichに留学し大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりスイスにて研修。 2015年からアトリエ ピーターズントー アンド パートナー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

●本日のお勧め作品は、山口勝弘です。
20170305_yamaguchi_05_yoru-shinkou山口勝弘
「夜の進行」
1981年
シルクスクリーン
イメージサイズ:47.0×40.0cm
シートサイズ:63.0×49.0cm
Ed.50  鉛筆サインあり

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◆杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第14回

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」

第14回 上品な納屋


新しい自社ビルに引っ越してから一年余りが経ちました。

以前にこのブログでその様子を少し書きましたが、先月にスイス国内の建築家なら誰もが知っているHoch Parterreという建築雑誌で特集記事があったため、今回はその内容を紹介しようと思います。

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昨年2月に引っ越したばかりの当時には、僕が知っている限り竣工写真のようなものは撮っていなかったと思います。半年以上過ぎた昨年末辺りからフリーカメラマンが何人かやって来ては写真を撮り、年初めには先述の雑誌のためにカメラマンが数日かけて撮影に来ました。その際には特に大掃除をして家具を移動させて写真用に設えをするわけでもなく、普段の仕事をしているままに写真が撮られていきました。
出版された写真を見ると彩度が若干落としてあり全体の印象としてややモノクロに近い、色のコンポジションよりも光と影を含めた空間の構成が見えやすくなっています。(むしろ初めからカラフルな建築や家具ではないのですが。。。)

竣工したばかり建築空間に家具などをほとんど入れていない状態で撮られた、空間構成をわかり易く見せる写真や、逆に家具などが不自然なほどにも綺麗にセッティングされた建築写真は雑誌でよく見かけます。そしてレンダリング(CG)技術が発達した昨今では、もはやプロジェクト段階のレンダリングなのか、それとも現実に撮られた竣工写真なのか区別が付かないような非常に高精度なイメージ画像は一般雑誌やインターネットサイトで目にする機会が増えました。

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今回雑誌に掲載されたような雑多で現実世界に起こっている不可避なノイズ(例えば特にポーズを決めていない人物や特別に整理されていない日用品など)を含めながら、しかし建築空間の良い部分がわかる写真は珍しい。ここで僕が言いたいのは、この事務所建築は空間構成としては単純極まりなく(凡庸ですらあり)、ここで働く人や雑多な模型、机の上の散らかったものたち。。。が建築を逆に豊かに生き生きとしたものとして見せている。それはズントーがしきりに言う“Gebrauch(用)“としての建築を目指しているからだと考えます。


以前の記事で紹介した時に僕はこの建築をその空間構成の単純さ、そして肩肘張りすぎない態度から敢えて凡庸に"自社ビル"と形容しました。一方でズントーは記事の中でこう語っています。


Ich nehme nur das Essenzielle auf, das ich im Dorf sehe: Stein, Holz, Wellbrech, arm und elegant zugleich, mit dem allereinfachste Schöpfe und Unterstände vor dem Regen geschützt werden.

(筆者意訳)
私はこの村で見かける本質的なもの(石、木材、波板鋼板、つまり貧相であると同時に華やかさのあるもの)たちを拾い取り、最も単純な雨風を凌ぐ納屋(シェルター)を作った。


確かになるほどと思うのは、この建築は一言でいえばガラス建築なのだけれど、その建ち方や使われている素材から、上品な納屋のような様相を呈しているところです。

具体的には、
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1.建物の裏側に家畜農家が建っていた当時の石積みの壁があり、その面影を残している。

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2.安価な波板鋼板を切妻屋根やキャノピーに用いることで小屋のような仮設性を有している。

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3.妻側の間口が狭く華奢な印象を与えている。平面図を見るとわかるように、この建築は1986年に建てられた木造アトリエとほぼ同じ広さで、高さが4階建になっています。

これらの要素の印象はもちろん全世界共通ではありません。しかしズントーが言っているように、このハルデンシュタインという村を歩いて観察してみれば、明らかにそう捉え認識されることができる、有効性があるのです。


Das erste Atelier wollte Holz sein. Da war ich noch Denkmalpfleger: Nur die Wohnhäuser sind aus Stein! Und ein Atelier ist nicht aus Stein, das hört man ja, das ist etwas Leichtes. Damals bräuchte es eine neue Einstellung, um mit Holz zu bauen. Das Atelier ist dann ein bisschen wie ein Möbel geraten.

(筆者意訳)
初めのアトリエは木造で在りたかった。私は当時まだ保存修復家(の名残が)であったので、住宅だけが石造であるべきだ、アトリエは石造ではなく、(アトリエという言葉の音から聞き感じるように)何か軽いものであるべきだと考えていた。当時木造を作るには新しい考え方が必要で、出来たものはやや家具に近いものになった。


以前ソーリオの建築家ルイネッリさんを訪れた時、彼も住宅は石造でアトリエは家畜小屋もしくは穀物倉庫のように木造であるべきだと、ソーリオの村のタイポロジーを分析したうえで発言していました。同じ時期に比較的同じ規模のアトリエを建てた二人の建築家が"これはこうでなければいけない"というある種の縛り、もしくは共通認識のようなものがあったのかと考えると興味深いところがあります。


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その仮定を基に考えると、この新しいアトリエの最上階は現在事務所スペースとして使われているものの、キッチンやバスタブ、シャワーといった機能も備え付けられている。であるから、この新しいアトリエは石造(コンクリート造)であって良かったのでしょうか。。?

ズントーは自身がモダニズムの建築家と世間に認識されていることに関して、こう語っていました。
"私は伝統的なものの形を参照するのではなく、伝統的なものの中にある感情や雰囲気といったものを参照していきたい。そして出来たものはモダンに見えるかもしれないが、その国(地域)の人々が、これこそがこの国(地域)の建築だと思えるものにしたい。"

この新しいアトリエが出来た当時、僕はこれこそがこの村(ハルデンシュタイン)の建築とは正直あまり感じませんでした。一年以上経った今、違和感を感じなくなっているのは僕がただこの建築に慣れてきたのか、それともこの村をより深く理解できてきたのか、第三者に尋ねてみたいものです。

(全ての写真はHoch paaterre 4/17より)

すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
1984年生まれ。日本大学高宮研究室で建築を学び、2008年東京藝術大学大学院北川原研究室に入学。
在学中にETH Zurichに留学し大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりスイスにて研修。 2015年からアトリエ ピーターズントー アンド パートナー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

●本日のお勧め作品は、堀尾貞治です。
大_01堀尾貞治
《20 Oct 2016》 1
2016年
ドローイング
108.5×77.0cm
サインあり


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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第13回

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」

第13回 ハルデンシュタイン


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一年前このエッセイを始めた時に、勤務先のあるハルデンシュタインでの生活を紹介しました。今回は再びこの村での生活について見ていきたいと思います。


人口千人ほどのこの村に英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、ロマンシュ語、ルーマニア語、ノルウェー語、アラビア語、日本語。。が聞こえるインターナショナルな事務所があるのは知られていますが、村を訪れる多くの人たちは残念ながらその事務所建築だけを見て帰ってしまいます。お世辞にも"華がある村"ではないですが笑、それでも毎日通っても飽きない風景があり、ふとした日常の中にも小さな発見があります。

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村を訪れると先ず目に入るのはお城です。シンデレラ城のような象徴的な高い塔はないものの、規模はなかなかのもので良い状態で残っています。綺麗なガーデンもあり、ここには村の役所機能はもとより、オフィスや作業所、個人の住居と幅広く利用されています。

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ハルデンシュタインには1つしかお店(日本で言うスーパーまでいかない商店)がなく、しかも営業時間が07:30-12:15と夕方に時おり二、三時間という、日本の状況と比べるとかなり不便な設定です。昼休みに食材を買いに行く時間には皆注意しています。その上階にはこれも村唯一のレストランがあり、僕は滅多に行かないですが、美味しいスープをお昼に出してくれます。
村の建物の大部分はCalanda(カランダ)と呼ばれるこの地域を代表する山を背にして建ち並び、東側へ向かって開口を持っています。そのため冬でも綺麗な朝日が建物内に差し込んできてなんとも言えない美しさがあり、眠気なまこな僕をいつもやる気にさせてくれます。

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事務所へ向かう途中、家の前に持ち込み、持ち出し自由の小さなライブラリーがあります。

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人と知り合ってよく聞かれるのは、小さな村で働くとはどんなものであるのか、ということです。僕自身、こんな小さな村に世界中から人が集まって働いていることに対して、少し滑稽にすら思えてしまうことがあります。何もニューヨークやパリ、ベルリン、サンパウロなど大都市からわざわざここに来なくても(笑)。その妙な集まり感と言ったらいいのか、それでも働き始めると良い意味で考え方にギャップは有るものの、チームワークを妨げるような支障は驚くほどありません。それは僕らの目指し作ろうとしている建築、すなわち"使い易くて住みやすい、なおかつ新しい生活、ライフスタイルの提案(創造力)を掻き立てるものであって欲しい"ということが共通しているからでしょうか。

三月末現在、事務所には約30名のスタッフがいます。秘書マネージャー人事関係の人が5名。インターンと職業訓練学校生が9人。建築家は15名程です。日本のアトリエ設計事務所と大きく違うだろうは、働く女性の割合でしょうか。スタッフの半数以上は女性で実はプロジェクトリーダーも女性の方が多い。以前インターンの面接を担当していた時に、ピーターから半数は女性にすること。と言われたのを覚えています。建築をつくることは完全にチームプレー(事務所内に留まらず、現場も含めて多くの人が関わって建築を作ります)なので、チームの輪を乱すほどに強い個性があるよりは、社交力に長けた人が好まれるからでしょうか。僕が思うに、女性の方が落ち着いて物事を決断することに長けているような気がします。

さて話を村の様子に戻して、事務所からさらに奥へ歩いて行ってみます。さてここで質問です。今から紹介する建築のうち、ズントーが新築改修したものはどれでしょう?

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真ん中奥の家

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左手前の家

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正解は全てです。事務所建築のみならず、ハルデンシュタインには何軒ものズントー作の住居(個人事務所を開く前にクールの歴史的建造物の修復の仕事をしていた頃のものも含む)があり、さらに何軒もの無名ながら素晴らしい建築があります。こうしたものを傍目に時系列で見ながら、自分なりのハルデンシュタインを散策されてみることをお勧めします。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
1984年生まれ。日本大学高宮研究室で建築を学び、2008年東京藝術大学大学院北川原研究室に入学。
在学中にETH Zurichに留学し大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりスイスにて研修。 2015年からアトリエ ピーターズントー アンド パートナー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

◆杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。

●本日のお勧め作品は、蛯名優子です。
20170305_ebina_01_e-12蛯名優子
「01. e-12」
2001年
水彩、紙
61.0×79.0cm
サインあり


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第12回

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」

第12回 すべてのモノに対する愛


今回はずっと気になっているピーターメルクリ設計のルミスベルク(Rumisberg)にある住居付きスタジオを皮切りにメルクリの住宅について考えてみようと思います。

archithese 1. 2014 s78 von Hubert Adams
Für das Haus eines Musikerpaars hat Peter Märkli sein Konzept, alltäglichen Dingen die gleiche Sorgfelt angedeihen zu lassen wie werthalten Materialien, noch einmal radikalisiert: Kaum etwas ist verkleidet, vieles roh belassen. Dabei geht es nicht um Rohbauästhetik, sondern um die Schönheit des Unprätentiösen.

筆者訳
メルクリは音楽家夫婦のための住宅において「日常にありふれたモノを価値あるモノと同じように扱う」という彼の考えを再びラディカルに実現させました。ほとんどの建築要素が被覆されておらず、躯体仕上げのまま(例えばレンガ壁を漆喰で覆っていないということ)にしてあります。しかしそれは躯体構造の美学からではなく、気負いのない素朴な美しさを意図したものなのです。



ふと思い起こせば、僕が建築を勉強し始めた頃、10年くらい前になりますが、建築を計画する上で与えられたプログラム(建築に必要な諸機能、例えば住宅であればリビング、キッチン、バストイレ、寝室など)を一旦バラバラにして、できる限り細分化した部屋・空間単位と捉え、またそれらをヒエラルキーのない(例えば寝室はキッチンよりも重要である。とせずに)等価なものとして扱い、それら単体機能の相互関係、配置の組み合わせで建築を考え直す、言わば"空間の関係性"で建築を考えることがよく議論されていました。
それに対してここでメルクリが行なっているのは、そうした"プログラムレベル"での解体、価値の見直しではなく、すべてのものを"オブジェクトレベル"で同じように大切なものとして気配りをし価値あるもの認識する。ということになります。

この住宅はAnia Losinger というアーティストとそのパートナーであるMats Eser夫妻家族のためのスタジオです。Aniaが用いるXala と名付けられた大きな木琴のような楽器は人がその上でフラミンゴシューズを履いて踊ることで響きのある音色を奏でます。人が小さなスティックの代わりに木琴を足で叩きながら、同時に踊って魅せるパフォーマンスです。ここにそのスタジオの風景も少し映っています。shanghai patterns


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彼らのスタジオを作ることがメインのプログラムで、そこに人を招くためのゲストルーム、家族のための寝室が付随しています。重要なのはスタジオ付き住居ではなく、住居付きスタジオであるということです。そのためスタジオは地下でも別棟でもなく家の中心にあり、そこから放射線状に住居の諸機能が配置されています。また音響効果のために少しだけ歪められた壁が単調になりがちな残りの空間にアクセントを与え、とりわけキッチンからリビング、主寝室へ続く空間に動きが生まれています。


それでは内部を見ていきます。

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写真を見るとわかるように、室内では空洞レンガ壁下部の漆喰を塗り残し、室外ではコンクリートの壁の下部を打ち放しのまま露わにしています。こうして粗い仕上げが建物内部にまで入ってくることで、本来あるはずの建物の内と外の大きな"区切り"を緩やかに"繋がった"ものとして認識するのを助けてくれます。
内部の写真を見ると、壁が白く塗られていない(素材そのままの)部分にはそれと同じくらいの高さの家具が配置されて、白く塗られた(簡単な処置がされた)高さの領域にはほとんど空間しかありません。塗られた領域は今まさにできたばかりの新しさがあり、塗られていない部分はもう20年くらい経ったような粗さがあります。もちろんどちらの領域も同時期に新しく建てられたものだけれど、今の時点でもう異なる時代・時間の流れを感じることができ、またこれから過ごすであろう時間も自然と想起させてくれます。
この写真がとても上手い(ズルイ)なと思うのは右手前の壁にプリント用紙を貼り、"素材そのままの部分"と"簡単な処置がされた部分"との境界ラインを曖昧にしているところです。暖炉部分の塗り分けラインも暖炉の高さと外してあって視覚的な印象を和らげています。
またルドルフ・オルジアティの住宅(第5回の記事を参照)のような空間プロポーションとスケールを感じます。小さめで、しかし狭い感じのしない心地良い大きさがあります。

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このバスルームの写真はとても建築家メルクリらしい印象を受けます。まさに、目に映る全てのモノそれぞれから異なる時間を感じ、しかしそれぞれが丁寧に存在しているためなのか、不可分な要素たちに思えてきます。果たしてこの建築は、古い建物を改修してできたものなのか?この黄色の化粧品棚はメルクリがデザインし、ここにあるべきだと造り付けられたものなのか?それとも施主が衝動的にIKEAで買ってきた安価なものなのか?それは全く問題になっていません。そういったそれぞれの要素の辿って来た軌跡や歴史すべてが一緒になって溢れ出してくるような感覚。"カッコ良く新しくデザインされた感じ"ではなく、肩肘張らずにすんなりと"そこにある、もしくはあった"ような感じです。僕はそうした"異なる時間軸を持った建築"にとても興味があります。



「メルクリの建築には化粧材がふんだんに使われ、表面部分がどう見えるかということがとても重要視されている」とある友人は話していました。一方でメルクリは講演会で「躯体構造に正しいプロポーションを与えることができれば建築はほとんどできたようなものだ」と語っています。それらは「視覚的効果のある化粧材」と「綺麗なプロポーションの躯体構造」という二項分立の話ではない、つまり正しくは「化粧材」ではなく「要素(躯体もその1つ)とそれが有する時間」なのだろう、と僕は考えます。躯体は物理的に建築の大部分で頑強であるし、他のどの要素よりも時間に耐えうる。一方で化粧材などは比較的簡単に付け加えることができ、その分脆いかもしれないけれど、少ない要素で建築に大きな意味を与えることができるかもしれない。そういったすべての要素を"オブジェクトレベル"で等価に扱いながら、それぞれの要素が有する時間軸を混ぜていくことで、過去も現在も未来も担える建築にしていく。おそらくこのメルクリの住居付きスタジオでは、建築家がデザインした本棚も、100円ショップで買ったカラフルなペンケースも同じように扱われ、存在を主張しているのだろうと思います。

最後に再び記事から一部を抜粋。

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archithese 1. 2014 s81 von Hubert Adams
Installationen offenzulegen und Baumaterialien möglichst unverändert zu verwenden sind Strategien, die Peter Märkli in vielen seiner Arbeiten erprobt hat. Mit dem Haus in Rumisberg wurde sein Ansatz noch einmal radikalisiert. Hohlziegelwände samt Zementfugen bleiben unverputzt, zum Teil sogar steinsichtig. Wo Materialien aufeinandertreffen, sind die Fugen sichtbar. Und während des Bauprozesses wurde sogar entschieden, die Foamglasblöcke nicht zu verkleiden. Mehrfach lackiert, um das Abbröseln zu verhindern, verleihen sie dem Haus mit ihrem anthrazitfarbenen Ton eine fast festliche Atmosphäre.


筆者訳
設備を露わにし、建築材料をできるだけそのままの形で使用するという手法をメルクリは何年も試みてきた。そして、この住宅で彼は、自身の原点の考え方をもう一度推し進めた。部分的に漆喰の塗り残しをすることで、空洞レンガの壁とセメント目地のあらわにし、また素材同士が隣り合うところの目地を見えるようにした。建設途中には、断熱材であるスタイロフォームに被覆をしないと決め直し、幾重にも塗料を重ねることによって、そのスタイロ表面のぼろぼろとした箇所を補修し仕上げた。その結果与えられた黒灰色のトーンは、その住宅をほとんど祝福的ともいえる空間にしている。


いつか実際に訪れてみたいものです。

掲載した写真は全てarchithese 1.2014より

すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
1984年生まれ。日本大学高宮研究室で建築を学び、2008年東京藝術大学大学院北川原研究室に入学。
在学中にETH Zurichに留学し大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりスイスにて研修。 2015年からアトリエ ピーターズントー アンド パートナー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

●本日のお勧め作品は、磯崎新です。
028 のコピー磯崎新
《Museum Form"Plan-A"》
1986年
レリーフ、鉛
サイズ:60.0×60.0cm
Ed.8
刻印(制作年)
*Ed.8とあるが、実際には数点しか制作されなかった。


◆杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第11回

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」

第11回 至高のくうかん


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さて、ずいぶんと大層なサブタイトルを付けてしまいましたが、久々に向かったケルンでのズントー建築二作品について今回は綴ろうと思います。

年始めに少し無理して早朝からチューリッヒ空港へ向かい、飛行機でドイツのケルン(Köln)まで。そのまま電車で1時間強南下してザッツウェイ(Satzvey)という駅前に全くお店のないスーパーローカルな駅に着きました。ここから約4kmの道のりを歩いてヴァッヒェンドルフ(Wachendorf)という村まで行きます。そこにズントー設計の小さなチャペル(Bruder Klaus Feldkappelle)があるのです。

自動車なしでチャペルへ行くにはアクセスし難い場所あり、以前訪れた時はヒッチハイクして近くまで乗せて行ってもらったのですが、今回は雲一つない快晴であったので、何より新年早々向かっていく先に太陽が光り輝いていたので(単純ながら笑)縁起良しと思って歩いて行くことにしました。

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鉄道駅からしばらく自動車道沿いに歩いて行くとぱっと拓けたフィールドに出ます。周りは自然だけで歩いていると穏やかな風の音、草花がかすれ合う音が聴こえてくるかのようです。
それは2010年にフランス中西部にあるウイスキーで有名な街コニャック(Cognac)からスペインのイベリア半島最西部まで歩いたキリスト教の巡礼道を僕に強く思い出させました。200棟以上のロマネスク教会を訪ね描き留めていた頃、いつもこうして感覚が研ぎ澄まされていったのを覚えています。
一月一日というのに、むしろ、であるからなのか最寄りの村Wachendorfにある駐車場から目的のチャペルへ向かう道中では少なくない人たちに出会いました。それも家族連れが多い。なるべく一人きりでゆったりと空間に対峙したかったので、人が空く時間帯を見計うために道中のベンチで待っていたのですが、どうもひっきりなしに人がやってくるので諦めて進んで中に入りました。

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中に入ってすぐ"ずいぶんタイトな空間だな"と思わず言葉になって出ました。内と外を意識的にきっちりと隔てている非常に重厚な扉を開けると人がギリギリすれ違う程の空間があり、さらに数歩進むとすぐに祈りの空間に出会います。そこで先の家族連れが溜まっていたので空間的にも狭い。子供がお父さんに"これは何?"と不思議そうな顔をして色々と質問していたので、残念ながら神秘的でもない。何だか少し呆気ない感じでがっかりしてしまいました。僕自身がダイナミックな感動を求めすぎていたかもしれませんが。。
それでもそこに佇んで時間を過ごしていると、周りの自然が為す音が聞こえてきました。教会(チャペル)というのは、とても特殊な役割を担っている。そこは人が集まる場所であり、静かに佇む場所、学ぶ場所でもあり、そしてコンサートホールのようにもなる場所。多目的でありながらも一貫しているのは人が無意識にも静かになってしまうところ。考えてみればロマネスク時代は小さな教会で巡礼者が一夜を明かすこともありました。

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上を見上げると12mの吹き抜けがあります(写真は吹き抜けから雨が降って溜まった小さな水溜りを撮っています)。文字通り垂直方向に吹き抜けた感じが強い。備えられた蝋燭を消すほどの勢いある風も上部から吹いて来ます。外は天気がよく強い陽射しのおかげで暖かいものの、中は日陰で底冷えするほど寒い。でもなぜか沖縄にいるような匂いがします。それはどこからくるのでしょうか?

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このチャペルが有名であるのは、一つにその特殊な工法から来ています。このアイフェル(Eifel)地方で調達されたスプルース(Fichte)の丸太を120本使ってテント屋根のように並べ内側の型枠とし、外側の通常型枠との間にGestampfter Betonつまり版築の要領でコンクリートを打ちます。その骨材もこの地方で取れた川砂利と赤黄色の砂利。ベースは白セメントです。砂利は内側表面に5cmくらいの大きさのものがよく現れてきています。床は厚さ2cmの錫と鉛でできており、近くのメヒャーニッヒ(Merchernich)という地域にある鉛山に因んでいる。版築は一日に50cmずつ行い、高さ12mになるまで24日間かかります。その後に中の丸太を燻して乾燥させ、コンクリートと丸太型枠を剥離し易くします。こうして中の空間は丸太を反転させた形態になり、内側と外側の型枠を結んでいた金具を外してできるパイプの内側端部には吹きガラスでできた雫のようなガラスを嵌めて内部に光が入ってくるようにしています。(現地のパンフレットと掲示板を参照)

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結局このチャペルに入ったり出たりしながら二時間ほどここに滞在しました。その間に少なくとも30人くらいの人々が行ったり来たり。小さな子供たちがきゃっきゃっとチャペルの周りを駆け回るのを見て、初めのうちは早く人が掃けてくれないかな、建築だけの写真が撮りたいなと思っていましたがよく考えてみればここは教会、老若男女が集まって来て当然なのです。人がいない状態で建築だけが存在すること自体がおかしい。素晴らしい空間があって、そこに人が集まって、彼らがそれに対してどう振舞うのか。そしてそれらが他の人(例えば僕)にどういう影響を与えるのか。空間体験(認識)の仕方も様々です。




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翌日コルンバ美術館(Kolumba)へ向かいました。事務所の同僚と待ち合わせて行きます。以前訪れたのは2009年、今回が二度目6年半ぶりになります。以前ここを訪れた時あまりの空間体験に感動して、"こんな美術館を自分でも作ってみたい"と思ったことを強烈に覚えています。言動に若さを感じる笑、しかし今でもそう思い続けています。僕が事務所で働きたいと思ったキッカケもこの美術館でした。遥々やって来たのは今関わっている美術館プロジェクトの参考にと、あまり思い出せない部分を実体験して取り戻し、前回気付かなかったことを発見するためです。少しは成長して見えてくるものも変わって来ただろうと信じて中に入ります笑。
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一歩入った瞬間から、もうズントーです。この美術館は特に全てのモノがデザインされている。窓枠から始まりドアノブから傘立て、チケットショップの什器からコインロッカー、非常灯。既製品であるのはトイレの便器と洗面くらいなのではないか。。どれだけ労力が、そしてもちろんコストもかかっているのか。。おかげで見て感じるもの全てから、何と言ったらいいのか、同じ種類の心地良さを感じます。全てがコントロールされているのだけれどそれは強制的な感じではなく、無意識に操作されている感じでもなく、ポジティブな意味での"建築空間という芸術"の中にいる感覚です。この空間を体験して、バウハウスがなぜ建築を"総合芸術"として位置づけ、カルキュラムの最後に据えたのかが理解できました。

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空間に気品があって、しかし同時に素材感の泥くささもある。全体は大らかにできているけれど、部分は華奢で繊細。2つの相反する要素が混在しているけれど、それらが相殺されて中途半端になっていない。そのバランス感覚とアレンジ力がよく見えます。オルジアティ事務所で長く働いていた友人が、オルジアティの凄いところはその"空間をアレンジする力"だと言っていたのを思い出しました。床壁天井を用いた空間プロポーションを、開口部や吹き抜けなどの構成を、建築要素や家具をアレンジするのは、空間体験というコマ送りの為にひとつひとつ丁寧に絵コンテを考え、アレンジしているようなものかもしれません。

かと言ってこの美術館が完璧な建築という気も全然しない笑。今回は個人的に二つの点がとても気になりました。

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まず、読書室に入るドアがどうしてもしっくりこない。2004年に竣工したズントー自邸兼アトリエも同様に、室内ドアは見た目には重厚ですが実際は意外と軽く、無垢材ではなく突き板なので他の重厚な建築要素と比べるとその在り方に少しがっかりします。ドアノブもドアの大きさに不釣り合いな程に華奢で光沢があり、合わせて時に安っぽく見えてしまうことがあります。
ズントーはハリボテ装飾を嫌うので、例えば石材を躯体壁に貼ったりは絶対にしないのですが、家具職人であった素地からか木の扱い方に関しては柔軟で、突き板を多用し木目を活かした現れとすることが多い。その"木の例外的な扱い"が起こす矛盾がマイナスイメージとしてのフェイクを思わせるのです。一方で、考え直してみると、その(軽い)ドアを(重厚な)壁の1つの変形要素としてではなく、独立した1つの(移動が簡単な)家具として考えているのではないか。そう考えると、その軽いフラッシュドアの留め方やハンドルの付け方もしっくりくるところがあります。
そうした建築要素の"実際の在り方"と、自分が"こう(であって欲しい)と考える在り方"を行き来しながら建築を認識し理解していく作業からは、思いもかけない楽しさを発見できることが多い。それは建築を体験することの醍醐味です。繰り返し、空間に割り当てる素材を含めた建築要素をアレンジするピーターのセンスにはいつも脱帽してしまいます。

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二つ目にタワーと呼ばれる展示室空間。コルンバには3つあります。9-12m弱の高さがあるこの空間にはハイサイドライトが採られ、柔らかくも空から降ってくるような光を空間に取り込んでいます。しかしその開口部の大きさが少し大きすぎるように感じるのと、開口部に取り付けられた半透明ガラスとその留め具が悪い意味で強くインダストリアル感があることが、ナチュラルに手仕事で仕上げられた展示壁の漆喰とどこか合っていないように感じるのです。もっと光を鈍く光らせてくれる留め具であって欲しかった。それは以前紹介したブレゲンツ美術館展示室の天井からも思います。ズントー建築を形容するキーワードには"手仕事"や"素材感"といったどちらかと言うと手触りを意識し、デザインの手垢を残しているように思われがちですが、実際はこうした光沢のある工業製品のように"サラッとし過ぎてはいないか?"と思わせる素材の使い方もよくしています。そのバランス感覚を頭で理解し想定するのには、一筋縄にはいかないところがあります。
また展示室へアプローチする入り口の大きさが展示空間に対して小さいことで、その高さを活かした作品を搬入出来ずにいます。その制限された入り口が逆にあの教会のようなプロポーションの空間体験をさらにダイナミックなものにしているとも言えるのですが。。

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全体として、現在事務所で行なっているいくつかのプロジェクトにも同じような意匠ディテールが(今のところ)見られます。それを飛躍的な進歩がない為に滞留というのか、それとも物事を洗練させるとはこういうことだというのか、消費されない設計というのか。。竣工から20年経とうとしている今訪れてもデザインに古さを感じないコルンバ美術館を見ていると、建築デザインが担うべき時間の流れというのをもう一度考えざるを得ません。

次回はメルクリの住宅から建築を考えてみようと思います。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
1984年生まれ。日本大学高宮研究室で建築を学び、2008年東京藝術大学大学院北川原研究室に入学。
在学中にETH Zurichに留学し大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりスイスにて研修。 2015年からアトリエ ピーターズントー アンド パートナー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

●今日のお勧め作品は、倉俣史朗です。
kuramata_04_mirror_blac20161122_k倉俣史朗
「鏡」(黒)
1983年
H80.0×W50.0×D5.5cm
磯崎新設計「つくば第一ホテル」のためのオリジナル家具
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


本日の瑛九情報!
〜〜〜
ときの忘れものは1995年6月に開廊し、最初の企画「銅版画セレクション1」展では瑛九の銅版画を展示しました。続いて翌1996年3月 6日〜3月23日には「第1回瑛九展」を開催し、以後2015年5月の「第26回瑛九展 光を求めて」まで毎年のようにシリーズ「瑛九展」を開催してきました。
第20回瑛九展表紙裏表紙『奈良美智24歳×瑛九24歳 画家の出発』展図録
2010年
ときの忘れもの 発行
15ページ 25.6x18.1cm
執筆:三上豊(和光大学教授)
出品作品図版:15点
参考図版:27点
税込864円 ※送料別途250円

20170210瑛九『第23回 瑛九展』図録
2013年
ときの忘れもの 発行
24ページ 25.6x18.1cm
執筆:大谷省吾(東京国立近代美術館主任研究員)
図版:約30点
税込864円 ※送料別途250円

昨年(2016年)は海外のアートフェア出展に忙殺され、瑛九展は初めてお休みしましたが、そろそろ第27回目となる瑛九展を開催したいと準備を進めています。
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瑛九 1935-1937 闇の中で「レアル」をさがす>展が東京国立近代美術館で開催されています(11月22日〜2017年2月12日)。外野応援団のときの忘れものは会期終了まで瑛九について毎日発信します。

◆杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第10回

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」

第10回 建築への静かな姿勢


スイスから、新年明けましておめでとうございます。

このエッセイもこれで第10回となりました。たまたま記事を見つけて来られた方も、毎回楽しみにしていてくださる方も、どちらとも言えない方も(笑)、読んでいただきどうもありがとうございます。
スイスで建築をしていて感じたことを自分の中だけに留めずにどこかへ発信できればと思って始めましたが、誰かわからないけれど世界のどこかでそれを受信していてくれる方がいるという事実は、小さな村で活動をしている僕にとっては心強いこと。と同時に、よく考えてみるとどこか不思議な気持ちにもなります。
これからも自分がいいなと、面白いなと感じたことを無理なくできる範囲で綴っていこうと思っています。今年もよろしくお願いします。




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12月も終わりにさしかかってきた頃、知人のクリスマスディナーに誘われました。Chur から電車で30分程西へ向かいイランツ(Ilanz)という街に着きます。そこからバスで東に少し戻ってヴァレンダース(Valendas)という小さな村が今回の目的地です。ここに古い建物をできるだけ手を付けずに改装したホテル(貸別荘)があり、そこで食事をして宿泊するというわけです。実はこの村は、近年村興し(とまでの規模ではないけれど)として複数の建物を改修することで今後の村の在り方を探っています。正面に見えるのが村の広場(井戸)で、そこに面してギオンカミナダ(Gion Caminada)改修の建物があります。右奥にあるのが今回の宿泊先です。

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この井戸の反対側には、フリムスを拠点に活躍している Selina Walder und Georg Nickisch によるビジターセンター(2016)があります。つまり井戸を中心にそれにほぼ面した3つの建物が改修されています。

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ビジターセンター内部は白く塗られて展示室になっていて、オルジアティ改修のフリムスにあるイエローハウス(Gelbhaus)が良くも悪くも頭の中に過ぎりましたが、師の影響はなかなかぬぐえないもの。外観は元学校の面影を残すように落ち着いた手の加え方です。


僕たちが宿泊したゲストハウスは、実は昨年から泊まってみたいなと思っていたところでした。友人からクリスマス休暇の滞在先参考として保存建築物に泊まれるという話を聞き、そのウェブサイトで見つけたはいいものの、既に予約で一杯だったのです。http://www.magnificasa.ch


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宿泊先であるTüralihuus(小さな階段塔の家)は1485年に建てられ、18世紀末に建て増しされています。もちろん縦方向にも増築され、通称玉ねぎ屋根の塔は貴族としての威厳を村の人たちに表すためのものでした。そして60年以上空き家になっていたところを2007年に Stifung Ferien im Baudenkmal des Schweizer Heimatschutzes という、言わば保存建築物を宿泊所にして有効活用しようという機関の手に渡り、2010-14にイランツで活躍する Capaul & Blumental Architekten という建築事務所に改修されています。いやもっと言えばほんの少し補修されているだけです。


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図面を見てみると西側に階段塔があり、広い踊り場のような場所からバスルーム、キッチン、寝室やリビングへアプローチします。北側部分へは、キッチンを経由して向かう。所々に段差があり、そして開口部も限られているため方向感覚がやや不確かで、実際に中に入ると少し混乱するところがあります。天井も低めで壁も真っ直ぐでない。子供のためのアトラクションのような感じもする。こうした段差は初めから意図したものではなく度重なる増改築によるものですが、アドルフロースのラウムプランを思い起こさせます。


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メインの部屋は大きなオーブンがあります。これはドイツ南部の農家を調べていた時にもたくさん見かけました。この反対側に必ずキッチンがあって壁の中でつながっており、ここで炊いた火で調理もします。今回はなかったのですが大抵はベンチが付属してそこに祖父母が座り、また近くで雪に濡れたブーツを乾かす。家族が集まって来るのが想像できます。

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写真奥の寝椅子があるところの壁は接木のように補修されています。異なる種類の木材で補修されていて、ちょっとしたアクセントになっています。部屋という器に施された金継ぎのような印象を受けました。


スイスの建物は一般的にみて日本よりも長い間そこに存在し、部分的に改修されてきているものが多く、空間の中に様々な時系列が存在しています。例えばここは1700年に、そしてここは1850年に改修され、更に増築された。。など。今現在からしてみれば、もはやどこがどの年代からなのか全くわからない。だから今回の補修も、声高々に「私たち建築家はこう改修して空間を豊かにしました!」という感じがしません。もちろん劇的な変化もない。しかし、そうした保守的なコラージュに実はとても労力がかかっており、その軌跡をふとした瞬間に見つけた時のニヤッとしてしまう楽しさは建築家でなくとも感じられるものではないでしょうか?

こうした建築に対する静かな姿勢も学んでいくべきだと僕は強く感じています。
すぎやま こういちろう

写真5.6枚目はp31.32, 11-2015 werk, bauen+wohnenより掲載
参考資料
Architekturrundgänge in Graubünden Valendas, Bündner Heimatschutz
Dorfgeschichten 11-2015 werk, bauen+wohnen, Verlag Werk AG
Surselva Aufbruch im Dorf, Themenheft von Hochparterre, Oktober 2014

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
1984年生まれ。日本大学高宮研究室で建築を学び、2008年東京藝術大学大学院北川原研究室に入学。
在学中にETH Zurichに留学し大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりスイスにて研修。 2015年からアトリエ ピーターズントー アンド パートナー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

●今日のお勧め作品は、アントニン・レイモンドです。
20170110_raymond_01_workアントニン・レイモンド
「作品」
1957年 水彩・紙
21.0x27.5cm
サインあり

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

●「今月のお勧め作品」を更新しました(オノサト・トシノブ)。

本日の瑛九情報!
〜〜〜
瑛九の会の機関誌『眠りの理由』を順次ご紹介しています。
5『眠りの理由 No.5(季刊)』
限定500部
1967年12月10日 瑛九の会発行
編集発行者:尾崎正教
54ページ 24.5×17.6cm

目次:
瑛九さんと私 ------------------山城隆一 1
瑛九伝 -----------------------山田光春 4
瑛九誕生 -----------------------杉田正臣 45
瑛九とその兄妹達 ------------日高笑子 46
芳信抄------------------------------------ 50
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瑛九 1935-1937 闇の中で「レアル」をさがす>展が東京国立近代美術館で開催されています(11月22日〜2017年2月12日)。外野応援団のときの忘れものは会期終了まで瑛九について毎日発信します。

◆本日から銀座のギャラリーせいほうで「石山修武・六角鬼丈 二人展―遠い記憶の形―」が開催され、ときの忘れものの新作エディションが出品展示されています。
会期:2017年1月10日[火]〜1月21日[土]*日・祝日休廊
201701_ISHIYAMA-ROKKAKU
主催/会場:ギャラリーせいほう
協力:ときの忘れもの
石山修武の新作銅版画の詳細はコチラ
六角鬼丈の新作シルクスクリーンの詳細はコチラをご覧ください。
●オープニングパーティー
本日1月10日(火)17:00〜19:00
ぜひお出かけください。


◆杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
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