杉山幸一郎のエッセイ

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第33回

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第33回

建築をつくること


≪建築を学ぶこと≫
スイスの教育システムは日本のそれとは異なり、大学進学を前提とした4年間の普通高校を卒業し大学入学資格の試験に合格することで医学、芸術系などの一部の学部を除けば、そのまま希望の大学へ進むことができます。(その代わりに進級試験が難しく、例えばスイス連邦工科大学建築学部の場合、学年が上がる毎に学生数が急激に減っていくとよく耳にします。) そして入学資格を取得後、すぐに大学へ進学する人もいれば、これからの人生設計を考えるためのモラトリアム期間を設ける人もいます。後者の彼らの中には実際に数週間から数ヶ月間のインターンシップをすることで、候補に挙がっている仕事の内容を現場で確かめようとする人も少なくありません。

僕自身の経験から言っても、高校生の時に見聞きして得た職業の内容と、それに就くために修めるべき科目などに関する知識は、今振り返ってみればかなり乏しく、進路を悩む時期にその全てを想像することはできませんでした。大学で、例えば建築学科を選んでもそこから派生する職種は実に幅広く、(僕は高校生の時から建築一辺倒で他の職種を考えてきませんでしたが)、自分が選び学ぼうとする職業が好きか、そしてまた自分に合っているかは、実際に身を置いて働いてみないと理解することが難しいところがあります。

実は僕たちの設計事務所でも、建築学生になる前の進路を決めかねている高卒生を特別にインターン生として短い期間ながら受け入れることがあります。僕がワークショップのチーフをしていた時期にも実際に二人の生徒を受け入れ、一人を建築系の学科へ導くことができました。もう一人は迷った挙句に法学の道へ進むことに決めてしまい、もっと建築の楽しさを伝えることができていたらと残念に思っています。。。悲)

またそれとは別に、社会見学ないし美術工作の授業の一環として僕たちの事務所で行なっている仕事の内容を高校生に説明することがあります。というのも僕たちの事務所のワークショップには常に7、8名のインターン生がいて年齢的にも近く、また建築設計を手作業(いわば工作)で行なっているために内容を理解、共有してもらい易いからかもしれません。
彼らに建築とは、建築家の仕事とはどういうものかを知ってもらう。もちろんそうした高校生(高卒生)と話し、共に働く際には建築学科で学ぶインターン生とは少し違った応えを用意しておかなくてはなりません。

先月には工作課題の参考にと高校生15人が事務所へ見学に来ました。今回はその際に紹介したことの一部を日本語版(笑)で振り返ります。これが果たして建築を学ぼうか迷っている高校生たちへの情報になるかはわかりませんが、建築を学び始めたばかりの人や、建築に興味を持っている異分野の人への理解の助けになればと思っています。
テーマは“建築プロジェクトを進めるにあたってモデルワークショップが担う役割とその意味について“です。

≪方法とプロセス≫
建築家は家畜小屋から美術館まで、いろいろな機能と規模の建物をデザイン設計し、実際に建つまでを計画します。そしてその仕事の進め方は建築家それぞれに非常に異なっています。
例えば、ある建築家はPC上で簡単な3Dモデリングを建ち上げてスタディを始めるかもしれないし、他の建築家はスケッチやドローイングから、また他の建築家は模型を作り始めることからスタートするかもしれません。共通の目的は建築を建てるという意味で同じであっても、そこへのアクセスはバラエティに富みます。
もしかしたら出来上がる建築はそのつくられ方、発展プロセスに拠っている。と言えるかもしれません。言い換えれば、そのつくられ方にこそが設計し出来上がる建築の個性を引き出し強調する術が隠されていることになります。設計ツールの選択とそれが行うことのできる範囲を知ることはとても重要で、そのような事実を踏まえて、僕たちの設計事務所ではいまのところ、建築模型を設計スタディの主な方法として利用しています。

≪素材の選択≫
一言に建築模型を作るといっても、いろいろな素材を用いることができます。
例えば、カードボードを用いれば真っ直ぐな線をもった形ができます。粘土を用いれば柔らかい形を比較的簡単に作ることができ、一方で真っ直ぐな形を作ることには向いていません。
つまり模型の表現可能性は素材に拠っているところが大きく、素材(ここでは模型材料)の選択が僕たちの想像を抑制することも、また同時に制限を加えることで限られたテーマに対する考えを深めるのに役立つこともあります。ただそこにあったからという安易な素材の選択には自覚的にならなければいけません。
それぞれの模型材料の特徴は、例えばカードボード(Finnpappe木質厚紙)は「1-3mm厚のバリエーションがあり、色はベージュ。テクスチュアは繊維質。表面の片側はやや光沢してもう片側は細かなメッシュ状。抽象的な木の表現として使うには適しているけれど、金属やコンクリートを表現するには素材の色とテクスチュアがあっていない。マッシブなヴォリュームを作るには適していない。」などの「色、テクスチュア、見かけと実際の重さ、作業性」などです。多くの素材の選択可能性、そして素材の特徴がある中から少しずつデザインに制限を加え、デザインを導き出していくこと。そこではいかに素材の特徴を捉え、洗練されたかたちで引き出していくか、それらをバランスよくアレンジできるかが問われます。

≪模型のタイプ≫
僕たちの事務所で作る模型は大きく分けると3つに分類され、それらの模型は特定の目的のために作られます。
1つ目は敷地へ訪れた印象を元に作られる(都市)敷地計画模型。都市計画、街の成り立ちを示すもので建築プロジェクトとその周辺の状況(既存の建物や道路、公園など)を示します。新しい建築ができることによって都市にどのような影響を与え、また都市からどのような影響を受けることになるかを表現します。 2つ目は素材感をできる限り排除した、カードボードでできた模型です。空間構成とそのスケール、また建築と既存の建築などからできる外部空間をスタディするためのものです。 そして3つ目は素材同士のぶつかり合いを見る、素材の組み合わせでできた模型。いわばマテリアルのコラージュです。素材そのままを用いることでその空間、建築のアトモスフィアを最も表すことのできる模型です。プロジェクトの最も一般的な概要図式を示し素材の可能性を示すことになります。

≪設計ツールとしての役割≫
こうして上述してできた模型が必要になるのはプロジェクトを進める設計プロセスの段階です。
つまり図面がすべて出来上がった後にそれに倣って模型が作られることはほとんどない。アーキテクトがPC上で描いた図面の変更を、モデルビルダーがすぐに大きなスケールをもった模型に落とし込み空間を疑似体験し、またそこから得られる変更をアーキテクトが図面に反映し返します。それはほぼ同時に行われる、まさに阿吽の呼吸をともなったimprovisation(即興的におこなうこと)です。
そのように常に現在進行形で設計スタディをするのは、僕たちにとって模型は予測できる結果を確認するために作るものではなく、思考よりも先にあるべきものと考えているからです。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。
2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

杉山幸一郎さんの連載エッセイは毎月10日の更新です。

●本日のお勧めはキネティック・アートのパイオニアの一人、ヤコブ・アガムです。
ヤコブ・アガムヤコブ・アガム
「Message of Peace (Olympic Suite)」
1978年  シルクスクリーン
イメージサイズ 89.5x75.0cm
額サイズ 120.1x101.5cm
Signed
アガムの特徴的なカラフルな格子の間にオリンピックマークが見えるようで見えない、不思議な雰囲気をもつ作品です。
キネティック・アートというのは、動く美術作品、または動くように見える美術作品のことで、アレクサンダー・カルダーやジャン・ティンゲリーなどが知られています。
日本では飯田善國などの作品も加えていいでしょう。

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


ときの忘れものは「第306回企画◆佐藤研吾展―囲いこみとお節介 」を開催します。
会期:2018年12月13日[木]―12月22日[土] 11:00-19:00 ※会期中無休
306
インド、東京、福島という複数の拠点を往還しながら創作活動に取り組んでいる建築家・佐藤研吾の初個展を開催します。
本展では、自身でデザインし制作した家具としてのハコや、ピンホールカメラ(ハコ)とそれを使って撮影したハコの写真、またハコのドローイングなど、独自の世界観をご覧いただきます。
会期中、作家は毎日在廊予定です。
以下の日程で以下のゲストをお迎えし、ギャラリートークを開催します。
※要予約、参加費1,000円、複数回参加の方は二回目からは500円
12/13(木)13時〜 ゲスト:中島晴矢さん(現代美術家)
12/14(金)18時〜 ゲスト:岸井大輔さん(劇作家)
12/15(土)18時〜 佐藤研吾レクチャー
12/21(金)18時〜 ゲスト:小国貴司さん(Books青いカバ店主)
12/22(土)18時〜 佐藤研吾レクチャー
ご予約はメールにてお申し込みください。 info@tokinowasuremono.com

●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は通常は休廊ですが、「佐藤研吾展―囲いこみとお節介」(12月13日[木]―12月22日[土])開催中は無休で開廊しています。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第32回

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて

スイスの建築文化


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10月も終わりかけてこの冬初めて雪が降った日に、クールにある職業訓練学校で開催されていたイベントへ向かいました。

それはDer Buendner Heimatschutzが催したものです。Heimatschutzとはスイスの史上重要な自然風景や建物等を指定、保護することを目的に、会員の寄付などから運営されているNPOです。Buendnerというのはグラウビュンデン州のという意味、つまり大本であるHeimatschutzの支部にあたります。
以前紹介したヴァレンダス (Valendas)の塔のある建物を改修して宿泊施設にするプロジェクトは、実はこのHeimatschutzが2005年に設立したStiftung Ferien im Baudenkmalによって進められました。この他にもHeimatschutzは歴史的価値のある建築の保存活動や改修プロジェクトを有識者や建築家とともに行なっています.

スイスにはこれらNPO団体の他にDenkmalpflege (史跡保護)という各州に属している組織があります。よく知られているようにズントーが若かりし頃に働いていたところです。州に属しているぶん政治的な決定力もあり、また逆にその影響を受けるため、中立的立場にある先のHeimatschutzがDenkmalpflegeの活動をけん制することもあるようです。その一例として最近ではクール市内の主な道路であるマサンサー通りの拡張工事を行うために、既存の古い建物(Haus zur Kante)を壊すか保存するかの議論が繰り広げられています。その一方でクールで辺りを見渡せば、あちこちに建設現場のクレーンが見えるほど、新しい建築もどんどん建てられている現状もあります。
ともあれこれら二つの組織がスイスの歴史的価値のある建築物を保存する大きな役割を担っているとも言えます。

スイスで設計活動をしていて面白いなと思うことの一つは、自治体 (Gemeinde)毎に独自の都市計画や建築ルールを制定していて、それが時として創造の自由を縛る、言い換えればそれを上手く解決するための知恵が求められていることです。基本的な姿勢は既存の建築、風景、その歴史を重んじて継承していこうというスタンス。具体的には建築は勾配屋根を持たなくてはならないであるとか、屋根はスレート葺でなくてはならないであるといった事柄です。ハルデンシュタイン(自治体)のズントー事務所がある≪村の核≫と呼ばれる辺りでは、新築は住み手たちが使用するしないに関わらず必ず二台分の駐車場は確保しなくてはならない。新しく建てる建築は既存の家々のように道いっぱいは建てられず、道沿いに塀を建てセットバックして建てなくてはならない。などといった単に建築デザイン、景観上の問題だけではなく、施主にも多くを求める条件があります。
建築家はそれぞれの自治体が持つルールを理解し、それを解決した上で計画を提案する。そしてその考査には他の自治体で活動する建築家がアドバイザーとして参加します。
もちろん建築家は施主の要望に沿うように、建築デザイン上有利に働くようにルールを上手く読み解釈しようとしますが、担当者や現役員の解釈の塩梅にも左右され政治的な部分も関わってくるため、スイスでは概して建築の許可を受けるまでに時間がかかります。建築事務所にとって、こうした≪待ちの期間≫に事務所の動員をどうオーガナイズするかがとても重要になってきます。


イベントへ戻ります。

プログラムを見ると丸一日を使って講演会やワークショップなどが催され、その締めのイベントとしてあるドキュメンタリーフィルムの上映がありました。

そのフィルムは今から20年以上前の1995年にロマンシュ語放送局 (RTR)が地元の建築家を特集して放映したものです。(スイスではドイツ語、フランス後、イタリア語に続き国の公式言語としてロマンシュ語があります。) 登場する建築家はズントー (Peter Zumthor)とカミナダ (Gion Caminada)。カミナダはVrin (フリン)という人口250人程度のグラウビュンデン州にある小さな村出身の建築家でもともとは大工としての教育を受け、その後大学で建築を修めています。
現在はスイス連邦工科大学 (ETH)の教授としてもよく知られていますが、放送当時はあまり知られてはいなかった。一方でちょうどヴァルス (Vals)にある温泉施設で知られていたズントーとともに特集されたことをきっかけに、彼は広く知られるようになったと多くの人から聞きます。(とはいえフィルムを見る限りズントーよりカミナダの方が既に多くの建築を建てて建築家として経験を積んでいる印象がありましたが。)

フィルムを撮ったのはChristoph Schaubという映像作家です。彼はズントーの映像を当時から撮り続けてきた一方、ヘルツォーク ド ムーロン設計の北京オリンピックメインスタジアムを扱った映画 ≪Bird’s Nest≫など建築や建築家を題材に撮った作品が多く、日本でも名前を見聞きしたことがあるかもしれません。ズントーに関する作品では、今回再放映された特集映像とともに他の講演会やインタビューをまとめたダイジェストフィルムを昨年のブレゲンツ美術館での展覧会 ≪Dear to me≫で発表したばかりです。(詳しくは第19回の記事にて) 

20年前のズントーはインタビューで今よりもカジュアルな話ぶりでヴァルスの温泉施設を語ります。今となっては温泉施設で使用された石材として有名な地元で採れる片麻岩ですが、設計当時はイタリア産石材とともに2種類の石を空間の性格によって変えて用いることを検討していたようです。
しかし設計が進んでいき時が経つにつれて、一つの石だけを使った方が良いと考えるようになった。それは同じ石でも切り方や削り方、そしてその部分によって少し赤味がかったり、青みがかったりした様相を表すことがあるという事実があり、そうした素材の特性を≪信じ頼りにする≫ことにしよう、そう思い始めたからだとズントーは言います。
もしあの温泉施設が現在建てられたようでなかったとしたら。。僕にはこの素材を信じ頼りにし始めたことが、ズントーにとって大きなステップだったように思えてなりません。石材だけでなく木材(とりわけ突板)にしてみても、同じ木材からその部分と切り方によって実に多くの表現ができるからです。そうした素材の個性を上手く引き出すことはズントー建築の真骨頂であり、それは彼の設計した建築へ訪れると発見することができます。

温泉施設の建設で用いたその石は一つ一つは小さな石材だけれど、それを何層にも積んでできた大きな量感は地面の下にある地層そのもの。別の言い方をすれば小さな糸を紡いでできた洋服のようだとも、ズントーは自身が着ているジャケットを指差して形容します。
そうした一つの素材を(字義通り)多くの切り口から変容させ表現し直すことは、大きな山から石を削り出し積むことで全く違った印象を与えることになったピラミッドのようです。それは僕にとって建築家として素材に対する素直で健康的な対応であり、魅力的な方法に映ります。
ズントーはコルンバ美術館ではレンガをデンマークのメーカー (Petersen) と開発し、既存の歴史的価値のある旧教会の壁の上に続けて何層にも積み上げています。(その使用された石は現在Kolumbaとして広く販売されています。) 素材そのものの特徴や性質を顕にするだけでなく、必要な素材がない場合は自分たちで開発することなど、現在のズントーの姿勢は当時既にあったとわかります。


一方僕はカミナダという建築家について、学生時代にVrinを訪れ村の建築を回った見たものの、残念ながら勉強不足であまり多くを知りません。今回このフィルム上映をきっかけに別のインタビューをネットで探して見ましたが、建築の考え方、それに対する姿勢にはとても共感を覚えるものがありました。今後、カミナダの建築についても紹介していければと思っています。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。
2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

杉山幸一郎さんの連載エッセイは毎月10日の更新です。

●今日のお勧め作品は、ル・コルビュジエです。
corbusier_31ル・コルビュジエ Le Corbusier
《二人の女》
1938年
リトグラフ
イメージサイズ:17.6×26.7cm
シートサイズ:38.5×50.2cm
Ed.100
Signed
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
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JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第31回

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて

木の量感


今回は年に一度の事務所イベント、日帰りハイキングの様子を綴ろうと思います。

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ズントー事務所ではサマーパーティ、クリスマスディナーなどのイベントに加えて年に一度、スキーデイがあります。とはいえスキーはボードやブーツ、ヘルメットなどの道具を借り、そしてリフト券代を払うとかなりの出費になってしまうため、また実力に個人差があるために全員が一緒に滑り行動できず、事務所イベントとしては若干一体感に欠けていました。僕たち事務所スタッフが住んでいるクールからはスキーリゾートが近いために、多くの人は週末には雪山へ行くので皆本当にスキーが上手い。ハワイやブラジルからのインターンが事務所に在籍した時もあったけれど、彼らもなぜかすごく上手かった。一年に一度この日しかスキーをしていなかった僕は皆についていくのに必死で、このイベントは少し緊張しながら参加していました。
そんな僕の気持ちが伝わったのか、今年のイベントはそのスキーに代わって1日かけてのハイキングになりました。(とは言え個人的にはスキーも好きなのですが。。) ハイキングの良いところは皆が一緒に列をなして歩き、景色を楽しみ話しながら歩み進めるところです。ズントー自身も含め、事務所内のほぼ全員の参加です。

朝早くクール駅から車両の一部を貸し切って電車で西の方向へ、イランツ(Ilanz) まで向かいます。そこからバスに乗り換えてヴァルス(Vals) へ。あの有名な温泉施設を見学すると思いきや、そのままさらに先へと進みます。途中トンネル(Rotenberg tunnel) に出くわすのですが、これが映画か歴史の教科書に出てくるような荒削りの全長175mの直線トンネルで、内部は洞窟のように壁が凸凹している。。トンネル内部は狭く一方通行であるため、トンネル両端の出入口に信号があって交通規制されているようです。

そのトンネルを抜けて登って目的のバス停ツァーヴライラ(Zervreila) に着きます。9月と言えども気温は4度、そしてかなり霧がかっていました。想像以上の寒さにおののき、スタートする前にバス停前のカフェでまず休憩。笑。こんなスタートで大丈夫かなとも一同とまどいながら天候の回復を待ってみたものの、寒さは変わらないので再スタート。霧のある景色もAtmosphereがあってズントー事務所っぽいね。なんてある同僚が言っていましたが、薄着で少し凍えながら歩いていた同僚には何の助け舟にもなっていませんでした。。悲


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さらに登っていくと大きなコンクリートの建造物に出会いました。これは。。。ダムです。
日本で見たことのあるダムは、もっと水門やら何やらと構築物が複数備わっていたと記憶していたので、このダムのようにただシンプルにコンクリートでできた厚い壁を見た時は、一瞬これは何だろうと思わせられました。今、水が溜まり湖のようになっている谷底にはかつてZervreilaという名前の村落があったそうです。そしてダム建設のためにすべての住人が引っ越したものの、村の建物自体はそのまま湖底に沈んであるそうです。スキューバで潜って見たいものです。


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さて、ダムを渡ってさらに登っていくと19世紀に建てられた数件の農家がありました。この辺りの標高までは牧草が育つため、この農家は家畜を飼うことのできる最高の位置にあることになります。左奥の農家は伝統的なStrickbau(Blockbau 日本でいうところのログハウス)でできていて、右の倉庫の方は石積みでできています。


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そしてもちろん彼らのための小さな礼拝所もありました。こうした気候が厳しいところでは冬を生き抜くのが大変だったと想像できます。


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山を越えるようにして、少しずつ下っていくと霧がかった空も晴れ、木々もちらほらと見えて来ました。実は今回の目的地はヴァルスの上方にあるライス(Leis)という小さな村にある、ズントー設計の週末住宅群です。これら週末住宅はヴァルスの温泉施設に併設されたホテルの経営に携わっていたズントー夫人の住まいとしてまず一軒建てられ、その後に隣接して同じ建築言語(デザインスタイル)でさらに二軒の住宅が建てられました。現在ではその三軒のうち二軒が週末住宅として借りられるようになっています。
詳しい写真はウェブサイトまたはInstagramにて。


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この家も先ほどの農家と同様にStrickbau(Blockbau) でできています。しかし先ほどの農家の地上階の傾斜する敷地の地面に接する部分が石積みでできているのに対して、この家は地面まで同じ工法で一貫してできています。(厳密に言えば地面に近い部分は上階から吊られています)
また、この矩形の木造家屋に屋根が間隔を開け独立した要素として架けられているところが先ほどの農家とは違います。屋根材であるスレートを下から見上げることが、デザインとしてとても大切であったと見て取れます。

住宅内部に入ってダイニングテーブルでディテールについての小レクチャー。ズントーは静かにゆっくりと話します。このような無垢の木材を大胆に用いた工法では当然に建築部材の天候による乾燥収縮が大きく、それらすべてに追従する余裕(隙間)を取ることが困難であるために大きな開口部を設けることができない。しかしこの住宅ではBlockbauでできた室ヴォリュームのユニット同士の間に窓枠を嵌めているためにその乾燥収縮の問題から少しだけ自由になっています。
スイスの冬は非常に乾燥していて、かつ内部は暖房や強い日差しが入って暖かくなりさらに乾燥するために、設計時に予想していた以上の収縮があったそうです。


ハルデンシュタインにあるズントーの事務所兼住居には楓の(化粧合板)で囲まれたリビングがあります。しかし今回の住宅は木材で量感が全く違う。入ってすぐに家の内部で聞こえる音、暖かさ、木の香りが全然違うことに気づきます。こんなに多くの無垢の木に囲まれた経験は、銭湯にあった小さなサウナくらいだったので、こうした余裕のある空間に身を置くことはとても不思議な感じがしました。
またこの住宅はいわゆるズントー建築と思われているような≪雰囲気のある感じ≫ではなく、なんとも爽やかで健康的、そして伝統的なアルプスの木造建築です。一方でマッシブなコンクリート造と比べれば、同じように素材の量感があってもそれぞれの部材が小さいために見えてくる線(部材同士の接線、継ぎ目)が多くなります。そうした積み上げられた量感は、スケールは違うもののピラミッドのそれのようです。大きな素材が積み上げられて、大きな量感を創り出している。
とは言え、個人的には何か消化しきれずにしっくりこないところがあって、実は置いてある家具に対しても少し違和感がある。だからといってどうあるべきかも自分ではまだわかりません。。

宿泊するにはかなり高額ですが、余裕のある方は一度訪れて見てはどうでしょうか。もしかしたら新しい発見があるかもしれません。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。
2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

杉山幸一郎さんの連載エッセイは毎月10日の更新です。

●今日のお勧め作品は、安藤忠雄です。
andou_17_TateModern安藤忠雄 Tadao ANDO
「テート・モダン」
2002年
シルクスクリーン
イメージサイズ:33.0x86.0cm
シートサイズ:75.0x106.0cm
Ed.15
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第30回

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて

建築デザインの引き出し


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今回はクールにあるホームセンターについて紹介しようと思います。


東京に住むことに比べてみればクールに住んでいて不便なことは少なからずありますが、もちろん良い面もあります。その1つを挙げれるとすれば、いろいろなお店が街の中にコンパクトにまとまっていて、それらを比較的簡単に回ることができるという点でしょうか。

例えばクール駅から電車でわずか一分、隣駅のクールウエスト駅(Chur West)の近くには大きなホームセンターが3つほど点在しています。クール市内では地下鉄やトラムが走っておらず、移動はもっぱらバスや自家用車、もしくは自転車になります。お店はもちろん、そのような交通手段でアクセスしやすい立地条件、道路沿いの広い駐車場を備えています。

スイスでのスーパー(食料生活用品店)と言えば、おそらく誰もがまず思い浮かべるのはミグロ(Migros、最後のsは読まない)とコープ(coop)です。双方とも生協を母体として始まり、今ではスイス人を二分する人気店ですが、わかりやすい大きな違いとしてミグロではお酒とタバコを売っていないことが挙げられます。(理由は健康に悪いものだからそうです笑) そのためミグロはお酒とタバコを売っているデンナー(Dennner)と併設されていることが多い。そのミグロに比べてコープは全体的に少しだけ商品の値段が高めという印象が僕にはありますが、どちらのお店が良いかというよりは、自宅から近い方へ行く。という判断をしている人が僕の周りでは大多数です笑。

先ほどの3つのホームセンターというのは、実はそのMigrosが提供するDo it+Garden Migros、coopが経営するcoop bau+hobby、そして最後に僕たちの事務所が一番よく訪れる≪Do it≫のことです。この≪Do it≫は僕たちの住んでいる地域ではよく名の知れた建材会社gasser Baumaterialienが経営しているお店です。
                                                                                                                                    
少しだけお店を見ていきます。

まずはDo it+Garden Migrosから。
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続いてcoop bau+hobby、
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最後に≪Do it≫です。
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店内で売っている商品の違いは、そんなに大差はありません。建物の外観だけを見ると先の2つは商業建築という感じがしますが、最後の≪Do it≫は倉庫といった感じです。店内フロアの規模はクールのこの3店に限って言えばcoop bau+hobbyが一番広いですが、店員さんの知識は≪Do it≫のが豊富。木工房も併設されており、高度な加工はできませんが直線であればすぐにその場でカットしてもらえます。


僕たちの事務所が設計スタディに用いる建築のモデルの大半は、鉄道模型などで使用される模型材料や添景でできていません。むしろ実際の建築で用いる実寸の材料を用いることが多い。その材料を異なる縮尺の模型のために素材の持つスケール感覚に気を使いながら用い、光を素材によって、また素材を光によって引き立てる。
そうした感覚に頼ったことの他にもどういう手順で空間を形成していくかというテーマがあり、それは実際に建設する際の施工手順にも影響します。つまり出来上がった建築やそのモデルを見て、どう組み立てて完成させたのかが説明なしでわかるような理に適った工法も、完成した建築の一つの強みになります。

ズントーはミーティングで口癖のように≪Ask your grandmother≫と言います。設計デザインしたものが祖父母、つまり二世代上の人たちにも容易にわかるものであること、模型や図面もそういった表現であることが重要であるということです。
建築デザインは理解するのが難しいものであってはならず、子供からおじいさんおばあさんまでわかるような簡単な言葉や表現で、新しい生活や物事の見方を指南するようなものでなくてはいけない。

事務所では主に3つの異なる目的の工房を使って約7名のインターンがチームに分かれ模型を作ります。そして新しい模型を作る際には、プロジェクトを担当するアーキテクトも参加し、形や空間構成よりも素材や建築の成り立ちに関するコンセプトを確認し、またそれを壊して飛び越えるような創造行為を合同して行います。(設計スタディについては第24回の記事を参照してください)
その際に事務所で働くスタッフにとって、どんなものが身近にあるのか知っておくことが、自分たちの模型表現のまず基本的な引き出しになるわけです。どこでどういう素材が手に入り、世の中にはどういう工具が存在しているのか。それらをどのように使ったらどんなものができるのか。事務所の工房では時に生地を染めて縫ったり、コンクリートやアスファルトを打ち流し込んだり、溶接をしてエアブラシで塗装仕上げをしたりと多岐に渡る工作をしますが、更にそのもう一歩先のひと工夫があると表現が飛躍的に増え、設計デザインの大きな手助けとなります。
今、ベネチア建築ビエンナーレで展示されているズントー事務所の建築模型群を見れば、僕たちにとって模型がプロジェクトの段階から実際の建築にたどり着くまでにいかに重要なものとして作用しているかがわかると思います。


ここでホームセンターの話に戻ります。

そうした模型を中心とした設計デザインのために、特に目的がない時でもそれらのホームセンターをハシゴして一つ一つの商品の可能性を探り、時間をかけてゆっくり全ての商品棚を見回り、店員さんにいろいろと質問をして今後の可能性を広げていく必要があります。
例えばAという限られた目的のためだけに製造された商品や工具を、全く違うBという目的のために使用してみることに大きな可能性があります。もし目的に見合った工具がなければ、自分たちで作らなくてはいけません。そんな時のために様々な分野において広く技術的な知識のある芸術大学の先生のような相談相手を近くに見つけておくことが、とても重要であると僕は思っています。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。
2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

杉山幸一郎さんの連載エッセイは毎月10日の更新です。

●今日のお勧め作品は、磯崎新です。
isozaki_artaud磯崎新 Arata ISOZAKI
《内部風景II カトルマル精神病院ーアントナン・アルトー》
1979年
アルフォト
80.0x60.0cm
Ed. 8 サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
ただし9月20日[木]―9月29日[土]開催の野口琢郎展は特別に会期中無休です
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第29回

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて

アルプスから都市へ、そしてその逆


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とても嬉しいことに、建築やデザインの仕事に携わる人と知り合うと≪ブログ読んでいますよ≫と声をかけてもらえることがあります。人口約1000人のスイスアルプスの村ハルデンシュタインで設計活動している僕にとって、その飛び道具の効果は単純に大きな驚きであり、時として≪自分はこんな辺鄙なところで何をやっているんだろう。。このままで大丈夫なのだろうか。。≫と思い返してしまう僕に、日本の社会や人とまだまだつながっているという事実を教え、心を穏やかにしてくれます。(冗談のようで本当です笑) ここへ来て丸四年が経ちました。いつかは日本でも仕事をしたいと思っている僕にとって、そうしたつながりはとても大切なのです。

≪始めに質問したいこと≫
新しくピーターズントー事務所へ就職したインターンやアーキテクトは事務所パーティなどで≪穏やかな≫ズントーを見つけては、常に聞きたかった質問を投げかけます。皆が始めに決まって聞くことは、なぜこのハルデンシュタインという村で設計活動をしているのか。ということです。(ネット上に公開されているいくつかのインタビューでもそうした質問がされているのを見ることができます)

ズントー曰く、学生時代を過ごしたアメリカから帰国して来た後、ハルデンシュタインから車で約10分ほど離れたクール市の≪地域の集落を調査し保存修復を専門とする部署≫へ就職したこと、また後に妻となる恋人がエンガーディーン地方(クール市と同じグラウビュンデン州にある地域、サンモリッツなど観光地として有名) 出身であったこと。などの実際的な理由があったからだそうです。
とはいえ、ハルデンシュタインを住まいと仕事の拠点とし始めた当初は、こんなに長く居続けることは想定していなかったと言います。海外へ仕事で出張した帰り、チューリッヒ空港から車でハルデンシュタインまでの道を走る時にはいつも、≪なんで私はこんな地方へ行かなければならないのか。。≫と後悔とも取れる思いをずっと持っていたそうです。そうした気持ちを克服するまでには約10年かかったと、生真面目な顔をして応えていたのが印象的でした。

≪ロールモデル≫
いつであったか、スイス老舗の家具メーカーであるHorgen GlarusのあるGlarus(グラールス)という村で設計活動をしている建築家と知り合った時に、彼が自身の拠点を15年住んでいたチューリッヒからグラールスに移して来たばかりだということを聞きました。彼はその土地出身というわけではありませんでしたが、チューリッヒという大都市では全ての物事がスムーズに運び、都市がこの自分に求めてくるものがなかった。ことなどを理由に決断したようでした。詳しくは
チューリッヒから電車で1時間ほど離れたこの場所を見つけたために引っ越し、設計活動をスタートしたとのこと。彼はまた、ズントーの存在が大きかったとも言います。
あまり注目されていないことですが、ズントーがスイス建築家に影響を与えた最も大きなことの一つは、彼がチューリッヒやバーゼルなど大都市ではなくハルデンシュタインという小さな村を拠点とし、それでも世界中にプロジェクトを抱え、建築家として成功を収めることができる。という事実を実践して示したことでした。当時は誰もが成功するために大都市へ行かなければならないという価値観があったようです。(考えてみれば、日本で人口1000人くらいの村にそんな建築事務所があったら、確かにそれは驚くべきことです)

そうして人口約6000人のグラールスに住み始めた彼にとっての初めの困難は、スタッフを集めることだったと言います。若い建築家はスイスの大都市で建築教育を受けそこで働き始める。卒業後に遊ぶところが少なく旧知の友人もいない、都市に比べれば不便なところもある小さな街へ引っ越してくることは、確かに少しハードルが高いことです。僕自身、東京からクールへ引っ越して来るのには、少しなりとも勇気が要りました。

日本でも知られているヴァレリオ オルジアティも自身のために建てたポルトガルにあるヴィラに一年のうち半年くらい滞在し、そこから地元フリムス(Flims)にある設計事務所のスタッフとスカイプなどでやり取りをしていると聞きます。建築はその場にしか建たないものだけれど、設計は世界中のどこでも行うことができるし、よほど辺鄙な場所へ行かない限り安定したネット環境に囲まれている昨今では、クライアントやスタッフとのコミュニケーションはいつでもどこでもできます。むしろ世界中にプロジェクトを抱える建築家にとっては、自身が四六時中その現場にいることができない代わりに、いかに現地の協力者と円滑かつ精確なコミュニケーションができるかということが良い建築を建てる条件の一つになります。そうした≪信頼をもとにしたチームプレー≫が前提の建築家の仕事にとって、自分が仕事をする場所はどこでもいい。もはや唯一の障害は時差だけなのかもしれません。
(むしろ時差のある各国の拠点事務所を利用した眠らない設計事務所を作ることもできますが。。)


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≪インターナショナルな小さな村≫
僕たちの事務所では7月1日現在、16カ国の大都市からやって来た、インターンも含めて計30人くらいの事務所スタッフがハルデンシュタインで働いています。ただ僕たちスタッフにとっては、その場所はどこでも良かったかもしれない。僕自身、スイスという国は学生時代に過ごし慣れていたものの、もしズントー事務所が、例えばブラジルにあったとしてもそこへ行っただろうと思います。ともあれ、結果としてハルデンシュタインはその人口比率からすれば、稀に見るインターナショナルな村になったのです。
春になると羊やヤギの群が山頂の草を食べるために事務所のすぐ裏山へ、カラカラと鈴の音を鳴らして登って行きます。夏場になると村中が緑で生い茂り、様々な匂いがします。秋の紅葉はいわゆるポストカードの絶景で、なんだか嘘っぽい感じすらします。冬は本当に寒くてスキーなど外出をしないと性格が暗くなってしまいそうです。
また大都市とは流れている時間感覚が全く違います。チューリッヒへ行けば急いでいなくとも周りに合わせて無意識せかせかと歩いてしまう僕がいる一方、ハルデンシュタインでは昼休みにすぐ裏の山へ昼食を持ってハイキングなんていうのも、日常茶飯事に行うことができます。
スタッフは皆、今まで自分が住んで来た都市とのギャップをむしろ喜び、日々の小さな発見を楽しみながら仕事をしています。

実は僕のブログ記事を多くの人に読んでもらえるようになったのは、いくつかのメディア、とりわけarchitecturephoto.netでの紹介がきっかけでした。(度々紹介していただき、どうもありがとうございます。)
その主宰者である後藤連平さんが半年前ほどに出版された≪建築家のためのウェブ発信講義≫という本を先日時間をかけて読んでみました。
淡々としながらも読み易いリズムで全体の文章が綴られ、読み終わった後、とてもわかり易くて実用的な講義を聞いたような充実感を得ました。何より僕が常々感じていた、どうやったらこの特異な状況を大きなアドヴァンテージとして活用することができるだろうか。ということへの的確な示唆とアドヴァイスを教えてもらったように思います。これから自分ができることの可能性、その多様さを知ることで新しいことにチャレンジする勇気が湧いてくる。その感覚を皆さんも本を手に取って読み体験してみてはいかがでしょうか。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。
2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

●今日のお勧め作品は、安藤忠雄です。
andou_30_naoshima安藤忠雄 Tadao ANDO
《直島》
2017年
ドローイング(紙に鉛筆、墨)
21.0×218.0cm
Signed
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内間安瑆・内間俊子展は本日が最終日です。
会期:2018年7月17日[火]―8月10日[金] ※日・月・祝日休廊
内間安瑆の油彩、版画作品と内間俊子のコラージュ、箱オブジェ作品など合わせて約20点をご覧いただきます。
水沢勉「ふたりでひとり―内間安瑆と内間(青原)俊子」
水沢勉版の音律―内間安瑆の世界」(版画掌誌第4号所収)
永津禎三内間安瑆の絵画空間
内間安瑆インタビュー(1982年7月 NYにて)第1回第2回第3回
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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第28回

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて

スイスの先端技術


ピーターズントー事務所と聞くと、良くも悪くも何だか職人的/手仕事(handcraft)で比較的ローテクな手法で建築施工を行なっているという印象を持たれがちです。当たらずしも遠からず(笑)な部分もありますが、多くの所員は新しい技術や試みにも敏感で常にそれをキャッチしようとアンテナを張っています。

スイスのsia (schweizerischer ingenieur- und architektenverein)会員には、ほぼ週刊の機関紙が送られてきます。それは≪TEC21≫という冊子です。各号にトピック記事があり、その前後ページには最近行われたコンペ結果、話題になっている建築プロジェクトの紹介や展覧会イベント、そして建築に関わる求人広告が載っていたりします。この種の冊子は建材の広告が多く、あまりぱっとしない内容であるという偏見がありました。が、読んでみると意外に面白い。新しい技術を採用した建築についての記事が多く、少しだけミーハーなところ(好奇心旺盛とも笑)のある僕にはとても良い刺激になっています。

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はじめに紹介するのは少し前の記事(2017年11月17日号) です。ここではファサード全面が太陽光パネルになっているチューリッヒに建つ集合住宅が紹介されています。

太陽光発電は日本でも各家庭にまで普及しているように、その導入はスイスでも日常的に行われています。(実際に僕たちの事務所の建築プロジェクトにも) ただし、従来のパネルは屋根の上に≪設置≫するタイプが一般的で、どうしても付加された建築要素に見えてしまう。それはそれで近隣住民に≪私たちは地球環境のことを考え、太陽光パネルを設置しています≫というスタンスを示しているという意味では良いのですが、どうにかしてうまくデザインの一部に取り込めれば、それに越したことはありません。その工夫をこの記事に見ます。

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この集合住宅の外壁パネルは、写真を見るとわかるように従来の≪太陽光パネル≫という印象は全くありません。特注されたガラスタイルの裏は赤茶色にデジタルプリントされ、そのまた裏に太陽光モジュールが隠されているからです。訪れた同僚曰く、このファサードに3mくらいまで近づくとようやくガラスタイルの裏にある太陽光モジュールが透けて見えますが、それよりも離れると全くその存在に気付かないそうです。また、このガラスタイルは波打ったような加工がしてあるためにプリズム効果によって集熱効果を高めています。これは当初、設計者の意図ではなく、集熱結果を測定したところ北側外壁面から予想以上の測定結果が出たために、このガラス加工の恩恵に気づいたそうです。
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この太陽光モジュールの付いたガラスタイルは6mmの目地間隔を以って設置され、単体で装着離脱ができるため、後々の修繕や交換がしやすいという利点があります。一見太陽光エネルギーとは関係のないようなこの集合住宅のファサードは事務所内でも大きな注目を集めていました。集熱面積を増やすために矩形ではなく多角形にした平面計画や、三角形の突き出たバルコニーなど賛同できる部分とそうでない部分はあるものの、とても興味深いプロジェクトです。記事によれば、この建物全体に必要とされている以上のエネルギー(56,000 kWh/年) を取得できるそうです。




次の記事は非常に薄いコンクリートシェルを可能にした実験的な施工の事例です。それを少し見ていきましょう。


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大学で建築を学び始めると一番最初に習う材料学の基礎があります、それは
≪鉄筋コンクリートは圧縮力に強く引張力に弱いコンクリートと、引張力に強く圧縮に弱い鉄筋を組み合わせることで相互の力学的欠点を補う。またアルカリ性のコンクリートが酸性に弱い鉄筋を錆びから守る≫

通常、建設現場で鉄筋コンクリートを作るには、主に木板と鋼管でできた型枠(硬化前の流動的なコンクリートを流し込むフレームのこと) に鉄筋を決められた手順と方法をもって配筋して、そこにコンクリート(セメントと細かい骨材、粗い骨材と水の混合物) を隅々まで流し込んで作ります。その後コンクリートが固まるまでの養生期間を経て型枠を外せば出来上がりです。

しかしこの記事(2018年3月9日号) で紹介されているコンクリートシェル構造は木板の代わりにメンブレン(膜材) を、そして鋼管の代わりにスチールワイヤーを利用し、鉄筋ならぬカーボン筋によって非常に薄いコンクリートシェルの施工を可能にしています。鉄筋の代わりに用いたカーボン筋のおかげで通常のコンクリートよりも3〜4分の1まで薄くでき、また重さは最大80%削減することができるそうです。また施工方法も異なっていて、コンクリートを型枠に流し込むのではなく、固練りのコンクリートを塗りつけるという点です。通常の水セメント比 (水の量をセメントの量で割った比)は60-65%以下ですが、この記事のコンクリは25%で調合されています。つまり、水分が少なく、流し込むのではなく粘土のあるものを塗りつけるというわけです。


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この図を見ながら構成を見ると、上から
1.コンクリートシェル
2.カーボン筋
3.膜材
4.スチールワイヤーネット
5.アーチ部の土台とそれを支える支柱
となっています。


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写真は上から順に土台、スチールワイヤーネットの交点、そして型枠が全て出来上がった様子です。

通常コンクリートはその厚みを使って荷重がかかった時のたわみを防いだり、各種パイプ類を通したり、積載される重量や地震、風力を負担する応力に耐えたりしています。何も薄く軽くすることが常の目標ではありません。それでも新しい材料と新しい工法によって、厚紙を曲げたように見えるコンクリートが実現できていることに、見たこともないような新しい空間実現のヒントを見つけることができます。


建築設計をしていてとても面白いと感じることは、建築には様々な方面から要求されることが数多くあるということです。それはデザインや美的な要素から、機能や使い勝手のこと。クライアントからの特別な要請、もちろん法的な規制もあります。それらは建築家にとって悩みのタネであると同時に、それらに応えた計画ができるとすれば、それは(大げさに言えば)世の中を変えることができる余地があるということになります。建築はその中に人が入って活動することができるくらいの、人が造ることのできる最も大きなモノとも言えます。そのぶん、人々や社会に与える影響は大きくなるのは必然です。

例えば今回紹介した2つの記事のように、新しい技術を導入することで環境問題などの社会的要求に技術的に応えながら、人の振る舞いや生活スタイルをも変えてしまうような空間体験を実現できればと思っています。

今回は何だか掻い摘んだようになってしまいましたが、面白い記事を見つけたらどんどん紹介していこうと思います。


写真を含む記事はTEC 21(2017年11月17日号, (2018年3月9日号, 2018年6月15日号)より掲載。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。
2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第27回

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて

第27回 クールのタンポポハウス


今日はスイスのクール(Chur)の街にあるパン工場を紹介します。

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クールでパン屋さんと言えば頭に浮かぶのは5つくらいのお店。その中で最も規模の大きなお店はMerzメルツです。創業1946年でパン、ケーキ、そしてチョコレート菓子の販売をしている。僕の好物はMandelgipfeliというアーモンド餡の入ったクロワッサン、結構ヴォリュームがあるので忙しく疲れた時の間食にぴったり笑。今回紹介するのはそのパン製造工場兼店舗です。


タンポポハウスと言えば藤森照信さんが設計した自邸が有名です。屋根のみならず外壁にも植物が生い茂り、人が住むための家なのか、それとも動植物が棲むための家なのかがわからないくらいで、見ていて本当にワクワクしてくる。時にはジブリ映画に出てきそうなファンタジー溢れる建築とも形容されています。一方でスイスの現代建築を眺めると、コンクリートでできた建物が多く、セメント色で冷たい印象、ワクワクというよりはカッコよく決めている笑。そんな中でクールにもタンポポハウスがあることはとても貴重なことなのです。

この建物、実は新しく建てられたものではありません。(竣工は2010年) 僕にとっては、大学の先輩がその設計士であるClavout事務所で働くことに決まったと聞いて、写真を見せてもらったのがはじまりです。当時、学生の僕にはスイスにも面白い建築があるんだなぁというくらいの印象でした。というのも、日本にはもっと心踊らせるような建築が数多くあったから。そこまでグッと感じる個性の強さみたいなものは感じなかったと記憶しています。


一般的にスイスの建築は山岳のようにどっしりとしているものが多く、日本の建築と比べると質量が大きいと言えます。世界中の風景を見てわかるように、気候や自然、都市環境が違うとそこに住んでいる人たちが共有している文化の根底も必然的に異なり、当然の成り行きとして、そのアウトプットとしての建築の姿も変わってきます。だからこそ建築は建つ場所に依っていると言われ、極端な話をすれば同じ建築でもそれが建つ場所によって、その存在意義や人々に与える印象は全く変わってきてしまうのです。実際スイスの建築が、例えばズントー設計のヴァルスの温泉施設がそのまま日本に移築されたら、がっちりとし過ぎていて何だかスイスで見たそれとは違った建築に見えてしまうかもしれません。


僕が一昨年前にこのクールのタンポポハウスをはじめて訪れた時には、いかにもスイスらしい力強い木造(一部コンクリート造) 建築だなぁというくらいにしか思いませんでした。けれども先日久しぶりに近くを通ってみたところ、現在の姿に驚きます。


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実際にはタンポポだけが生えているわけではありません。(そもそもタンポポハウスという敬称ではありません) 平らな屋根の上に、公園の砂場で作ったなだらかな砂山がのっかっているように見えますが、実際は地上2階地下1階の建築。つまり見えている緑の山に2階部分が内包されています。
後でその事実を知った時に、実は僕は少しがっかりしてしまいました。構造的に全てが土であれば重すぎて一階が潰れてしまうかもしれません。が、僕には見えている屋根の重さが突然に軽減されて、何だか軽い建築になってしまった。屋上の自然もどこからか運ばれてきた芝セットのように、薄っぺらいものとして見え始めてきてしてしまう。背景にある力強いカランダ山と一体となって見ると、余計にその気持ちは強くなります。この建築はもっと強くあるべきだ、重たくあるべきだ、というようにです。


個人的な印象と願望(笑)はひとまず横に置き、俯瞰した全体をみていきます。

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この敷地の近くには大きな屋内外プールやテニスコートのあるスポーツ施設が北側にあり、また東側に高速道路が南北に走りその出入口も近い。東側には市街地が広がっています。反対側である西側には大きな芝のフィールドがあり、航空図を見るとこの建築がそれらの境界点に建っているのがわかります。(赤い丸で示してあるのが今回の建物です)

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併設したカフェのある北東側には多くのテラス席があって、奥に広がる草原を眺められる一方、車が行き交う忙しい道路を見ると自分は街(都市)に属していることを実感させられます。

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入り口を挟んでテラスと反対側の東側道路沿いには、スイスでは珍しいドライブスルーがあります。そのためこの辺りはいつも人と車が行き交ってガヤガヤと活気に溢れています。

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店内ではパン菓子を売り、カウンターの奥には工場の作業風景が見えます。建物外周は全面ガラスなので、外のどこからでもパンを作っている様子が見てとれます。オープンキッチンを字義通り作ったという典型的な例です。



このように、この製作工場は敷地や施主の条件に対してとても素直な回答をし、優秀な機能配置をしています。そして僕はその≪建築が表している態度、姿勢≫のようなものがとても気に入っています。最終的な見え方や細かいデザインもとより、この建築の在り方は誰もが理解できるほど易しいからです。≪こうしたいから、このように設計したという素直さ≫がこの自然いっぱいのクールのおおらかさと、とても合っているように思います。
屋上庭園に関して言えば、僕が≪屋根にこうあって欲しいと思っていた在り方、こうあるだろうと認識した在り方≫と、≪実際に在るもの≫との間にはギャップがありました。そうしたギャップは、実はどの建築を訪れても必ずどこかの部分で1つや2つは見つけることができるのですが、時に僕を驚かせ嬉しくさせたり、がっかりさせたりもする。それはある建築を理解していこうとした時にぶつかる、避けて通れないプロセスであって、建築を考える上で最も重要なことの1つだと僕は考えています。

このクールのタンポポハウスに続いて、この建築家の作品ももっと紹介していこうと思っています。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
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磯崎新「還元CONVENTION CENTER」磯崎新
「CONVENTION CENTER」
1983年
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
イメージサイズ:55.0x55.0cm
シートサイズ:90.0x63.0cm
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ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。


◆杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第26回

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて

第26回 当たり前(自然)であること


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今回はスイスの建築雑誌Hoch Parterre 5.2005に掲載されていたズントーアトリエ兼住居を見てみようと思います。

以前の記事では2016年2月から設計事務所として使い始めた新しいアトリエを「上品な納屋」と形容して紹介しました。今回見ていくのは遡って2005年に建てられたコンクリート造のアトリエ兼住居です。先の新しいアトリエができるまでは(日本で言うところの)1階の一部は設計事務所として、地下は作業工房として、その他の部分はズントーの自邸として建てられ、少し前まで僕も机を並べて作業してきました。


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図面 (5 EG)を見ると南側のウイングにはアトリエスペースが、北側のウイングにはピーター自身のアトリエが、そしてそれら二つが出会う東側のスペースはミーティングルームとして計画されているのがわかります。それら3つのスペースに共通しているのは一面をコンクリート壁、反対側を中庭に面したガラスで構成されていること。壁に貼られたプロジェクトの図面を見るか、それとも楓を中心に木々が植えられた中庭に視線を向けるか。そんな気持ちの良い、落ち着いて作業できるアトリエでした。

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全体のヴォリュームは、1980年代に建てられた木造アトリエに比べるとかなりどっしりとしたコンクリートの細長い塊です。外壁はテキスタイルのようなフィルムで型枠表面をカバーし打設されているので、その繊維が転写されて表情のある仕上げになっています。ツルッとした光を反射するようなコンクリートもいいけれど、影を吸収して奥行きを出すようなこの仕上げも悪くありません。また、その表情がグレーコンクリートの重たい印象を和らげているのに寄与しています。

現在の新アトリエは地上4階地下1階建てと背が高く、僕の机は最上階にあるので眺める景色は最高です。一方で以前のコンクリートアトリエのようにすぐ傍で季節の訪れを教えてくれる自然が近く感じられないのは少し残念なところがあります。自然のその中に身を置くのか、それともその外に身を置いて鑑賞するのか。建築を設計する際にはどちらも重要なテーマになります。


このようにして、今となってはハルデンシュタインに3つの事務所建築があるものの、この雑誌の記事が書かれる2005年前までは二階建ての木造アトリエで仕事をし、ブレゲンツ美術館やヴァルスの温泉施設、コルンバ美術館を設計竣工させていた。現在の事務所で行われているような、大きな模型をバンバン作っていきながら設計スタディしていくの見ていると、当時はどうやって作業していたのか。何か信じられないことのように思えます。

そういえば、ある友人が言っていました。事務所を広くするとその分仕事が入ってくる。
確かにスペースが広すぎるというのは問題ではなく、使い始めはそう思っても自然とその空きスペースは埋まっていって、いつしか手狭になっていくものです。
(この法則みたいなものは一体何なのでしょうか。。。)



話を戻して、記事を読み進めるとズントーがスイスのメンドリジオにある大学で教鞭を振るっていた頃の話に及びます。(筆者意訳)

Eigenen Bilder vertrauen

«Die Studenten müssen Präsentationen vorbereiten, Pläne zeichnen, Modelle bauen. Dazu dürfen sie dann nicht mehr als fünf Sätze sagen. Wenn einer beginnt, einen Plan zurecht zu argumentieren, dann kann er es bei mir sofort vergessen. So einfach ist das.»


学生はプレゼンを準備し図面を描き、そして模型を作らなくてはいけない。それらの成果物について、学生は六言以上説明してはいけない。もしそれ以上説明し始めれば、彼はすぐに私たちが聴いていることを忘れてしまう、そんなものなのです。

«Ich merke sofort, wenn an einem Projekt etwas dran ist. Schliesslich lese ich seit bald fünfzig Jahren Pläne. Entweder es ist etwas da, das dich sofort elektrisiert oder eben nicht. Das lässt sich mit den gescheitesten Sätzen nicht herbei plappern»

私はプロジェクトを見ればすぐにそこに何かがあるかないか気づく。 何しろ私はもう50年近く図面を見続けて来ているから。何か衝撃を与えるようなものがそこにあるかないか。それは詭弁によってできることではない。

«Make it typical, then it will become special.»

(あなたにとって)典型的に作ってみなさい。そうすると特別なものになるから。




建築家が自身のために自邸を作るケースはぼくの知っている限り意外と多くありません。必要性の有無、もちろん経済的な理由もあると思いますが、建築家自身が設計し住んでいる家をクライアントに見せること以上に身近で説得力のあるプレゼンテーションはない気もします。
このコンクリートアトリエも例に漏れず、至る所にズントーの建築言語(ズントーが発展させた建築デザインの要素)が散りばめられている。そして照明や家具もこの住居のためにデザインされていて、そうした総合的な空間創りがどれだけ建築空間を強めるのかがとても参考になっています。


先ほど図面とともに簡単に説明したように建物自体は複雑な構成ではありません。二階建ての北側住居部分に関していえば、細長い平面の端に二層分の高さを持つリビング(西側)とダイニングキッチン(東側)があります。リビングは階高がかなりある割に開口部が低く配置され、また部屋の中心に暖炉があることで部屋全体の重心が低い。内装は全体が楓の木で仕上げてあり、部屋に入るとすぐに室音の聞こえ方の違いを感じます。

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一方でダイニングキッチンは写真にあるように、階高いっぱいの開口部で囲われ、一部に固定式の机とベンチのあるダイニングがあります。この小さな一角はスイスの伝統的な農家でよく見られるダイニングの形式です。こういうところを見るとズントーがかつてクール市の保存修復課でアルプスの農家などを調査し改修していたというのを思い出します。


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北ウイングのアトリエ部分に戻りましょう。床はコンクリート大判タイルでセメントと一緒に混ぜてある鉱石によって時折キラキラと光ります。この床を見るたびに僕は小学生の頃、校庭で光る石を金と言って友人と長らく集めていたことを思い出してしまいます。ここでも同じです。遠くから見ると光っているのに、近寄ると反射の関係でよく見えない。カメラのフィルムケースに一杯に貯めたその金は、今どこにあるかわかりません。(もちろんご存知の通り、それは黄金ではありません笑)
辺りはコンクリートで囲まれているのに、コンクリート造の建物に身を置いた時の重圧感、良く言えば空間の強さみたいなものは感じません。むしろ、木のような柔らかさと軽やかさがある。先の外壁とは変わって、壁にはコンクリート型枠木材の木目が薄っすらと見え、天井は表面加工された型枠を使用しているため、かなりつるっとしていて光沢があります。コンクリートでも重さと軽さを使い分け表現できるのです。



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また、このコンクリートアトリエには木工家具職人としてのズントーが垣間見えます。実に17種類もの木材を棚、床、内壁仕上げとして使い分け、ドアはそれぞれが違った木でできています。
加えて6種類の木材で家具を作り、今では希少価値の高いアフリカ産のWengeで作られたミーティングテーブルも。なぜこの木をここで使ったという論理的な理由はまだ聞いたことがありませんが、僕には木それぞれの色は元より開け閉めした時の重さ(比重)、光に対する柔らかさが関係しているように思えます。



このHoch Parterre 5.2005の記事でも述べられているように、ズントー建築は常に彼自身のプライベートな経験(空間体験)から来ていると言われています。その経験というのはもちろん人それぞれ。だからこそ典型的、もっと言ってみれば自分にとって最も素直に感じ、自然に振る舞えるところから考える。そしてそのいわば「私にとっての当たり前」は結果的には固有で特別なものになりうるのではないか。

この文章を書いている僕、そして読んでいるあなた。何も思考の奥の闇にすごく深く潜っていかなくても、他人と差別化しようと気負わなくても、詳細にその個人の経験をなぞりながら「私にとっての当たり前」を再現していくことで、何か面白いものが生まれる可能性がある。それは僕たちが使っている現代の(建築)言語と相まって、必ずしも過去を振り返るノスタルジーには陥らないし、むしろ全く現代的にすら見えることがあるかもしれない。

そうした建築への姿勢はもしかしたら繰り返し言い続けることが恥ずかしくなるくらいに模範的、優等生的ですらあるかもしれません。でもだからこそ「ありきたりでつまらない」とも形容されがちになる。
かつてズントーが学生に言っていたように、今僕たちが「自分にとって当たり前」に何かを作り始めることは、そのまま固有の魅力をもったものとなる。それは確かにズントー建築を見ていて最もなるほどと感じることかもしれません。

ここでもう一度振り出しに戻ってみようと思わせられた過去の記事でした。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。
2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

●今日のお勧め作品は、南桂子です。
20180510_minami_08_cactus_tower南桂子
《サボテンと塔》
1978年
銅版
35.7×28.2cm
Ed.100
サインあり

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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆ときの忘れものは没後70年 松本竣介展を開催しています。
会期:2018年5月8日[火]―6月2日[土]
11:00-19:00  ※日・月・祝日休廊

ときの忘れものは生誕100年だった2012年に初めて「松本竣介展」を前期・後期にわけて開催しました。あれから6年、このたびは小規模ですが「没後70年 松本竣介展」を開催します。
201804MATSUMOTO_DM

「没後70年 松本竣介展」出品作品を順次ご紹介します
3出品No.2)
松本竣介
《人物像》
(裏面にも作品あり)
1946年頃
紙にインク
Image size: 24.0x13.0cm
Sheet size: 27.2x19.0cm
※『松本竣介没後50年展―人と街の風景―』(1997年、南天子画廊)p.16所収 No.39


3_裏(裏面)


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●本展の図録を刊行しました
MATSUMOTO_catalogue『没後70年 松本竣介展』
2018年
ときの忘れもの 刊行
B5判 24ページ 
テキスト:大谷省吾(東京国立近代美術館美術課長)
作品図版:16点
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
税込800円 ※送料別途250円

◆杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第25回

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」

第25回 スイス住宅事情


Wohnung 01_2

今回はスイスの、クール(Chur)の住宅事情について紹介します。

実は最近のこと、今住んでいる部屋が手狭になってきたので新しい住居を探していました。
日本で住居(賃貸物件)探しをする場合、まず賃貸仲介業者へ赴いて諸条件を話し、提案される物件の中から気に入った数件を担当者とともに訪れ、気に入ればそこに決める。物件は需要に比べて供給過多で、運良く気に入ったものが見つかれば割と簡単に引っ越し先を決めることができます。こうした方法が一番オーソドックスな探し方ではないでしょうか。

スイスでは少し違います。チューリッヒなどを見ると近年になって目覚ましく高層住宅が建てられているものの、僕が数年前に住んでいた時は空き家率ゼロに近いと言われていたくらい、住居探しには苦労しました。そこまではいかないにしても、ここクール(Chur)も条件によってはなかなか難しいところがあります。


ではスイスに住んでいる人はどうやって住まいを探しているのか?

まずいくつかの賃貸物件検索サイトがあり、いわゆるシェアハウスを探す場合はwgzimmer.ch、自分で借りる場合はnewhome.chやcomparis.chなどのサイトがあります。(とは言え、掲載されている物件は重複していることが多く、たくさんの検索エンジンを使う必要はありません) そこで自分にあった条件を入力してフィルターをかけて物件を探します。

試しにnewhome.chを見てみましょう。
サイトには現状の写真と図面、簡単な説明書きが載っていて、不動産屋(貸主)の連絡先さらには今現在住んでいる借主の連絡先もわかります。というのも、多くの場合は貸主へ連絡するのではなく現借主にアポイントを取って、彼らがまだ住んでいる住居にお邪魔して物件を見て、いろいろと話を聞くからです。実際に住んでいてどういう感じか、周辺や近隣住人からの生活音はどうなのか。なぜ引っ越すことにしたのかなど。。。
そして気に入ればあらかじめ貸主から現借主へ渡された応募用紙を受け取って必要事項(氏名生年月日はもちろんのこと、勤め先や年収、現貸主の連絡先を記入、ペットの有無や楽器を持っているか、家財保険に入っているかなども聞かれます)を記入して応募します。
ここでの重要ポイントは誰よりも早く応募すること、そして自身に支払い能力があるかどうかです。日本でも言われていたように、家賃は給料の三分の一以下であることを推奨されます。そして貸主は応募者の勤務先や現貸主に連絡をしたり、多くの場合は支払い経歴証明書の提出を求めたりと、将来の借主になる人の今までの素行を調べます。そこまでされると、何も悪いことはしていないけれど、何だかそわそわしてしまう自分がいます笑。

また、スイスにはアルファベットのLCGNFBで分けられた6種類のビザがあり、その種類によって滞在許可(可能)年数も変わってくる。もちろん貸主は同じ人に長く貸し続けたいから、それも一つの判断基準とされています。
そういったプロセスを経て、貸主は借主を決める。これから借りようとする人はそうしたテストみたいなものをパスしなければいけませんし、もちろん他の応募者との早い者勝ちの競争でもあります。


スイスでは多くの貸主と契約する際に、引っ越し(出ていく)可能な時期を決めます。それはほとんどの場合、例えば3、6、9月といった具合で一年で数回あります。そしてその引っ越しの三ヶ月前までに退出する旨を貸主に伝える。その時期による引っ越しが適わない場合は、住んでいる人の都合であるため、自分で次に住む人を探さなくてはいけません。
貸主にとってこのシステムは貸家を断続なく貸し続けることができるという意味で効果的、経済的です。一方で借主にとっては、結構な負担になります。自分が住んでいる部屋を複数の赤の他人に紹介することになるし、もちろん多くの人は自分たちの部屋をより良く見せようと清潔に整えようとする。そして大抵見に来るのはお互いに最も忙しい夕方か週末です。
これから借りようと見にくる人にとっても、全く知らない人のお家にお邪魔する遠慮感があり、また既にある家具が邪魔して部屋の正確な広さを把握しにくかったり、逆におしゃれな家具で部屋のイメージがよくなったりもします。


スイスに住んでいる人が気にする条件は、日当たりはもちろんのこと、広いバルコニーやテラスがあるかないか。そして設備が整っているキッチンがあるかどうか。僕の印象では、住居全体の部屋数や大きさに比べて、キッチンとそこに占める割合がやけに大きい。冷蔵庫と食洗機、オーブンは造り付けの場合が大半で、自分たちでそれら電化製品を持ってくるのではなく、それらを住居と一緒に借ります。

Wohnung 11_2

僕の家のキッチンはレトロでコンパクトに整っており、コックピットのように機能的でしたが、それは珍しいことでした。



僕が住居を探していて驚いたことは、シャワーがあるのにバスタブがない住居が意外に多いという事実です。日本でいう2LDKくらいの住居でもゲスト用のトイレが別にあるにもかかわらず、プライベートバスルームにはトイレ、洗面台とシャワーブースだけというのもざらにあります。ある改装したての物件を見学中になぜバスタブを付けないのかと不動産に聞くと、例えば高齢の方はバスタブを跨いで入るのが億劫なのでシャワーで済ませる人が多く、そういった人たちのニーズにも応えるためだということです。バスルームのスペースやバスタブを造りつけるコストの問題ではなく、ニーズがない。ほとんど毎日お風呂に浸かる習慣のある日本人の僕には結構びっくりな事実でした。

また、日本と大きく違うのは洗濯です。時には住居に洗濯機や乾燥機が完備されていますがそれは稀。大抵の場合は地下に共同の洗濯室があって、そこで週に1日ないし2日のインターバルで洗濯日が回ってきます。今日は天気が良いから洗濯して外に干そう!なんていう楽しい気まぐれは通用しません笑。大規模なマンションになると、その住戸数に対応して洗濯室は4、5部屋あるものの、8日間に一回しか洗えなかったりする。ということは単純に考えて、8日分の服装の組み合わせが必要になってきます。シャツや靴下を8日分揃えるだけでも、コストも収納場所もかかります。それはかなりハードルが高い。。。



僕の住んでいる建物はかつて自動車工場として戦後すぐに建てられ、今は改修され部分的にオフィスとしても使われている比較的古い建物です。そこに60年代増築された部分に住居があります。
次はどんな人が引っ越してくるのか。リビングの二倍以上あるテラスや小さくまとまったキッチンなど、なかなか住み手に使い方を求める住居であったので、その新しい人がどういう風に住居を使い倒していくのか。一人の建築家としてとても興味を持っています。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。
2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

●今日のお勧め作品は、バルビエです。
20180125_barbier_01バルビエ
"CHANSONS DE BILITIS"
*『LES ARTISTES DU LIVRE』より
1929年
ポショワール
イメージサイズ:20.3×17.2cm
シートサイズ:25.8×20.4cm
Ed.700

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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第24回

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」

第24回 設計スタディについて


今回は事務所での設計スタディの仕方について少しだけ紹介しようと思います。


建築は、実際に建てられて空間を体験する(住宅であれば住んで使ってみる)まではそれがどういったものになるのか、設計段階では建築家自身でさえも100%正確にイメージすることは難しいところがあります。だからこそスケッチし図面を描き、数え切れない模型を作り、また3Dソフトウェアを使って包括的に自分の設計を理解し、また擬似体験しイメージする。そうした多角的な方法を駆使して出来上がりの建築空間をクライアント、事務所内チームや施工する人たちと共有していきます。建築は本当に多くの人たちの力を借りないと造ることができないチームプレーの賜物なのです。
目的は同じでもその共有の仕方、“同じ方向を向いて“設計スタディを進めていくやり方は事務所によって本当に様々で、それこそが各々の建築事務所の、そしてそのデザインの特色を反映していると僕は思います。

建築設計の初期段階では、まずクライアントから、それが住宅であれ美術館であれ、必要諸室とその規模、具体的な使われ方について要望を聞き、どういった建築を作っていきたいのかを共有します。建築家は時にはクライアント自身も分かりかねている必要機能やその使われ方の具体的なイメージを与えられたプログラムからを考え直し、そこに変更を加え全く違った方向から考え直し提案をする。そして、その提案を元にスケッチや模型を作りながらデザインを詰めていく。


はじめに事務所のボスが訪れた計画敷地の印象や与えられたプログラムから簡単なイメージスケッチを描き、それをプロジェクトチームに預けて設計を始める、いわゆる「巨匠スケッチパターン」もあれば、クライアントからのプログラムをプロジェクトチームで徹底的に分析し、建築の外形よりもまず諸室を機能的に配置していく常套手段もある。一方で機能や敷地の条件以前に、面白く新しい空間体験とはどういうものだろうかと空間構成の設計スタディから始めて、そこからクライアントの要望を徐々に取り込んでいく方法など、建築家の友人知人からは各種いろいろなパターンを耳にします。もちろん最終的には誰もが建築を作っていくのであって、その過程はどれが良いとかいう問題ではありません。僕が強調したいのは、建築にはいろんな方向からそれを考えることのできる間口の広さがあり、そこがまた面白いところでもあるという事実です。


さて、ズントー事務所はどのパターンか。。
事務所で働き始める前に日本ではよく、“ズントーは建築を素材から考える“ という話をどこからか聞いていました。ちなみに当時僕が身近に感じていたのは、建物の床壁屋根の構成を決めてから最後にそこに素材を割り当てていく方法。例えばこの位置に壁を立てて部屋を作ることを決めてから、そこを青のスタッコ仕上げにして床をタイルにしようという思考プロセスです。そのため、僕には素材から考えるとは一体どういうことなのかよくわかりませんでした。
もちろん、ヴァルスの温泉施設(ピーターズントー設計)が地元で採れる有名な石を建材として使っていて。。。であるから建築を素材から考えている。「はぁなるほど、だからか!」という、そんなに単純な話ではないはずです笑。



僕がズントー事務所に来て一番はじめに驚いたのは、模型をコラージュのように作ることです。

多くの模型を作りながら設計の方向性を少しずつ決めていく。模型を作っていて偶然できてしまった面白い形に空間的な機能を見出したり、時には哲学的な意味を付加しながらそこからアイデアを発展させていく。そうした模型を大量に作りながらの設計スタディは、日本でもよく見られ、建築設計を進めていく上でのオーソドックスな手法であると言っていいと思います。
僕たちの事務所でも例に漏れず、模型は設計スタディの中心です。ただおそらく他と大きく違うのは、その模型材料が初めからかなり具体的であることです。

例えばある美術館のプロジェクトがあったとして、訪れた敷地の印象やクライアント、その地域の建築法規から与えられた条件を慮って、建築外形ないしヴォリュームが見えてきます。そこにどの機能をどこへ持って行こうかというプログラムの簡単な分配があり、それらが外に対して(公共として)閉じているべきか開いているべきかという空間属性の振り分けがあるとする。一方でここはソリッドであるべきだとか、ソフトであるべきかという素材の印象みたいなものが加わります。
一般的にその時点で作るのは「白模型」と言われる単色の素材による建築の構成を表す模型です。そこでの主題は空間構成であり、それ以外の、例えば素材とその色といった情報は見えていない。その始まりの模型は、日本でもよく使われているカードボードやスチレンボード、スタイロフォームといった建築模型材料で作られることが多い。

しかし僕たちは、いきなりレンガやコンクリート、金属や木材などの具体的な素材でコラージュのように建築を作っていきます。そしてそれらの材料は多くの場合、このプロジェクトの今その模型のために用意された、作られた部材ではありません。事務所内の工房にストックされている、また他のスタディ模型の屋根から拝借した。といったような、本来他の目的のために作られたものたちです。

その具体的すぎる始まりの素材は既に設計デザインとして念頭にあるものと一致していればそれで良いし、何も決まっていなければなんとなく合うものでいく。その際に、建築模型の縮尺と部材の縮尺(1/1)は合っていようがいまいが重要ではありません。空間構成を想像していく時に、既に具体的な素材があるという事実が大切なのです。その暫定的に選び取られた素材が設計最後までそのまま残るわけでもおそらくありません。(良い意味で)適当に選択された具体的な部材と、実はそれについて誰もよく知らない、逆にわからないままに始めることが、僕たちのインスピレーションを掻き立てて、ただ白い模型として抽象的に組み立てられていくはずだった空間構成をドライブさせ具体的に発展させていくのです。言い換えれば、僕たちの主題は始めから空間構成ではなく、「素材の見え方や扱い方を含めた空間構成」であると言えます。

そういう意味では、僕たちは「建築を素材から考える」ないし「素材の力を借りて考えていく」と言ってもいいかもしれません。

文章のみでプロジェクトの模型の挿絵を載せられない分、うまく伝えることができたかは自信がないのですが、僕たちの模型の作り方から、事務所の特徴やズントー建築を理解する手がかりみたいなものが少しでも伝えることができたとしたら幸いです。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にETH Zurichに留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同事務所勤務。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

◆杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。

◆埼玉県立近代美術館で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が開催されています。
会期:2018年1月16日(火)〜3月25日(日)
招待券をご希望の方は「ときの忘れもの」宛てメールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com
現代版画センターと「ときの忘れもの」については1月16日のブログをお読みください。
詳細な記録を収録した4分冊からなるカタログをぜひご購入ください(2,200円)。
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磯崎新(撮影:タケミアートフォトス)
埼玉チラシメカス600現代版画センターは会員制による共同版元として1974年〜1985年の11年間に約80作家、700点のエディションを発表し、全国各地で展覧会、頒布会、オークション、講演会等を開催しました。本展では安藤忠雄、磯崎新はじめ45作家、約280点の作品と、機関誌等の資料、会場内に設置した三つのスライド画像によりその全軌跡を辿ります。

【トークイベント】ウォーホルの版画ができるまで―現代版画センターの軌跡
日時:3月18日 (日) 14:00〜16:30
第1部:西岡文彦 氏(伝統版画家 多摩美術大学教授)、聞き手:梅津元(当館学芸員)
第2部:石田了一 氏(刷師 石田了一工房主宰)、聞き手:西岡文彦 氏
場所:2階講堂
定員:100名 (当日先着順)/費用:無料
〜〜〜〜
○<一昨日、ようやく行ってまいりました。
まずは、実にいい美術館ですね。あのあたりにあんな贅沢な展示場が(常設作品も含め)あろうとは
これまで知らなかったことを悔いた次第。
そして今回の版画の企画展ですが、とてもバラエティに富んだ選択と展示、ゆったりと楽しめる構成で、じゅうぶんに楽しませていただきました。
特に、磯崎新の建築「画」は、久々に「良き時代」の匂いを感じて、どこか懐かしくも、近年にない制作者のヴィジョンと自信の密度を感じることができました。
また、余談となりましょうが、一階の「Momasコレクション」の作品群も充実したもので、意外な驚きでした。

(20180304/TYさんからのメールより)>

西岡文彦さんの連載エッセイ「現代版画センターという景色が始まりました(1月24日、2月14日、3月14日の全3回の予定です)。草創期の現代版画センターに参加された西岡さんが3月18日14時半〜トークイベント「ウォーホルの版画ができるまでー現代版画センターの軌跡」に講師として登壇されます。

光嶋裕介さんのエッセイ「身近な芸術としての版画について(1月28日ブログ)

荒井由泰さんのエッセイ「版画の景色―現代版画センターの軌跡展を見て(1月31日ブログ)

スタッフたちが見た「版画の景色」(2月4日ブログ)

毎日新聞2月7日夕刊の美術覧で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が紹介されました。執筆は永田晶子さん、見出しに<「志」追った運動体>とあります。

倉垣光孝さんと浪漫堂のポスター(2月8日ブログ)

嶋吉信さんのエッセイ〜「紙にインクがのっている」その先のこと(2月12日ブログ)

大谷省吾さんのエッセイ〜「版画の景色−現代版画センターの軌跡」はなぜ必見の展覧会なのか(2月16日ブログ)

植田実さんのエッセイ「美術展のおこぼれ 第47回(3月4日ブログ)

土渕信彦さんのエッセイ<埼玉県立近代美術館「版画の景色ー現代版画センターの軌跡」展を見て(3月8日ブログ)

塩野哲也さんの編集思考室シオング発行のWEBマガジン[ Colla:J(コラージ)]2018 2月号が展覧会を取材し、87〜95ページにかけて特集しています。

○3月4日のNHK日曜美術館のアートシーンで紹介されました。

○月刊誌『建築ジャーナル2018年3月号43ページに特集が組まれ、見出しには<運動体としての版画表現 時代を疾走した「現代版画センター」を検証する>とあります。

○埼玉県立近代美術館の広報誌 ソカロ87号1983年のウォーホル全国展が紹介されています。

○同じく、同館の広報誌ソカロ88号には栗原敦さん(実践女子大学名誉教授)の特別寄稿「現代版画センター運動の傍らでー運動のはるかな精神について」が掲載されています。

現代版画センターエディションNo.189 オノサト・トシノブ「CeT4」
現代版画センターのエディション作品を展覧会が終了する3月25日まで毎日ご紹介します。
20180310オノサト・トシノブ
「CeT4」
1977年
布に特色刷り(刷り:富士製旗)
Image size: 120.0×80.0cm
Work size: 139.0×85.1cm
Ed.100


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パンフレット_05
出品作家45名:靉嘔/安藤忠雄 /飯田善国/磯崎新/一原有徳/アンディ・ウォーホル/内間安瑆/瑛九/大沢昌助/岡本信治郎/小田襄/小野具定/オノサト・トシノブ/柏原えつとむ/加藤清之/加山又造/北川民次/木村光佑/木村茂/木村利三郎/草間彌生/駒井哲郎/島州一/菅井汲/澄川喜一/関根伸夫/高橋雅之/高柳裕/戸張孤雁/難波田龍起/野田哲也/林芳史/藤江民/舟越保武/堀浩哉 /堀内正和/本田眞吾/松本旻/宮脇愛子/ジョナス・メカス/元永定正/柳澤紀子/山口勝弘/吉田克朗/吉原英雄

ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第7回 愛といのち

日時:2018年4月3日(火)18:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:メゾ・ソプラノ/淡野弓子
   スクエアピアノ/武久源造   
プロデュース:大野幸
*要予約=料金:1,000円
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。

info@tokinowasuremono.com

◆ときの忘れものは「植田正治写真展ー光と陰の世界ーPart 供を開催します。
201803_UEDA
会場1:ときの忘れもの
2018年3月13日[火]―3月31日[土] 11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊(但し3月25日[日]は開廊)

昨年5月に開催した「Part I」に続き、1970年代〜80年代に制作された大判のカラー作品や新発掘のポラロイド写真など約20点をご覧いただきます。

●書籍・カタログのご案内
表紙植田正治写真展―光と陰の世界―Part II』図録
2018年3月8日刊行
ときの忘れもの 発行
24ページ
B5判変形
図版18点
執筆:金子隆一(写真史家)
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
価格:800円(税込)※送料別途250円

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植田正治写真展―光と陰の世界―Part I』図録
2017年
ときの忘れもの 発行
36ページ
B5判
図版33点
執筆:金子隆一(写真史家)
デザイン:北澤敏彦(DIX-HOUSE)
価格:800円(税込)※送料別途250円


●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
20170707_abe06新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。18〜24頁にときの忘れものが特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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ギャラリー&編集事務所「ときの忘れもの」は建築家をはじめ近現代の作家の写真、版画、油彩、ドローイング等を扱っています。またオリジナル版画のエディション、美術書・画集・図録等の編集も行なっています。
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