瀧口修造の世界

『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』刊行

先ずは嬉しいニュースを。
<今週末10月7日(土)から、「MOMASコレクション第3期」が開幕します。今回は、「セレクション:ピサロとか岸田劉生とか」「描かれたこどもの世界」「明治・大正の日本画−江森天寿を中心に」「近代浦和・文化の景色」の4つのテーマで収蔵品を展示します。
そしてもう1つ、新たに収蔵品に加わった瑛九(えいきゅう)の作品「手」を初披露します。
浦和の地で精力的な活動を行った画家・瑛九は、幻想的な表現を含む多くの実験的な作品を制作し、後半は点描による抽象絵画を多く発表しました。「手」は、1957年(昭和32年)に制作され、吹付技法を用いて瑛九独特の夢幻的な色彩と空間が魅力的に描かれています。吹付技法による瑛九の絵画作品は作例が少なく、最晩年の、微細な点描の油彩画への展開を示す貴重な作品です。制作には、写真作品(フォト・デッサン:瑛九独自の写真作品)と同様の型紙が使われており、瑛九におけるフォト・デッサンと油彩画の有機的な関連が明快に示された、極めて重要な作品です。
ぜひご覧ください!!  瑛九《手》1957年

http://www.pref.spec.ed.jp/momas/?page_id=355
埼玉県立近代美術館のfacebookより)>

qei_154瑛九「手」
1957年
板に油彩吹き付け
46.4×38.3cm (F8号)
埼玉県立近代美術館所蔵
※山田光春『私家版・瑛九油絵作品写真集』(1977年刊)No.286
※宮崎県立美術館他『生誕100年記念 瑛九展』図録所収・油彩画カタログレゾネ(2011年刊)No.346


瑛九の「手」は1981年3月渋谷の松濤にオープンした現代版画センターの直営店「ギャラリー方寸」開廊記念展の出品作で、福井県勝山のNさんの旧蔵作品でした。

12月24日まで「2017 MOMASコレクション 第3期」として埼玉県立近代美術館一階に展示されていますので、ぜひご覧になってください。
10月21日からは、同館開館35周年記念展「ディエゴ・リベラの時代 メキシコの夢とともに」が開催されます。20世紀のメキシコを代表するディエゴ・リベラ(1886-1957)はメキシコ革命後の1920年代、リベラはその思想を民衆に伝えるために公共空間に壁画を描く「メキシコ壁画運動」の代表者となり、世界的な注目を集めました。
招待券ご希望の方は、メールにてお申し込みください。
------------------------------------

ときの忘れもので2014年と2015年に開催した「瀧口修造展」の合同図録『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』がようやく完成しました。
作品をお買い上げいただいた皆さん、ご執筆いただいた土渕信彦さん、工藤香澄さんには長いことお待たせしてしまいました。お詫びします。
瀧口修造展 I』、『瀧口修造展 II』よりページ数も増えました。

2017年10月末までにお申し込みいただいた方には特別価格:2,500円(税、送料サービス)でおわけします。メールにてお申し込みください。請求書を同封して代金後払いで発送します。
E-mail. info@tokinowasuremono.com

TAKIGUCHI_3-4『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』
2017年
ときの忘れもの 発行
92ページ
21.5x15.2cm
テキスト:瀧口修造(再録)、土渕信彦、工藤香澄
ハードカバー
英文併記
デザイン:北澤敏彦
掲載図版:65点
価格:2,500円(税別)、送料250円

「瀧口修造展 III 瀧口修造とマルセル・デュシャン」
会期=2014年11月5日[水]―11月22日[土]
会場:ときの忘れもの(南青山)

「瀧口修造展 IV」
会期=2015年10月17日[土]―10月31日[土]
会場:ときの忘れもの(南青山)

目次(抄):
・Personally Speaking 瀧口修造(再録)
・マルセル・デュシャン語録について 瀧口修造(再録)
・檢眼圖 だれの証拠品、だれが目撃者? 瀧口修造(再録)
・私製草子のための口上 瀧口修造(再録)
・「オブジェの店」を開く構想に関するノート 土渕信彦
・マルセル・デュシャンとマルチプル 工藤香澄

刊行を記念して◎10月27日(金)18時〜中尾拓哉さんによるギャラリートーク<マルセル・デュシャン、語録とチェス>を開催します。
*要予約
:参加費1,000円

〜〜〜〜

●中尾拓哉 著『マルセル・デュシャンとチェス』のご紹介
現代美術の父マルセル・デュシャンの制作論における秘密を、チェスを手がかりに精緻に読み解く、気鋭の美術評論家による力作。
20170930中尾拓哉 著
『マルセル・デュシャンとチェス』

2017年
平凡社 発行
396ページ
21.6x15.8cm
価格:4,800円(税別)※送料別途250円
*著者サイン入り
ときの忘れもので扱っています。


気鋭の美術評論家がチェスとデュシャンの失われた関係を解き明かし、制作論の精緻な読み解きから造形の根源へと至る、スリリングにしてこの上なく大胆な意欲作。生誕130年、レディメイド登場100年!
「チェスとデュシャンは無関係だという根拠なき風説がこの国を覆っていた。やっと霧が晴れたような思いだ。ボードゲームは脳内の抽象性を拡張する」──いとうせいこう氏推薦(本書帯より転載)

目次(抄):
・序章 二つのモノグラフの間に
・第一章 絵画からチェスへの移行
・第二章 名指されない選択の余地
・第三章 四次元の目には映るもの
・第四章 対立し和解する永久運動
・第五章 遺された一手をめぐって
・第六章 創作行為、白と黒と灰と

中尾拓哉(なかお・たくや)
美術評論家。1981年生まれ。多摩美術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。博士(芸術)。2014年に論考「造形、その消失において――マルセル・デュシャンのチェスをたよりに」で『美術手帖』通巻1000号記念第15回芸術評論募集佳作入選。単著に『マルセル・デュシャンとチェス』(平凡社、2017年)。
--------------------------------
◆ときの忘れものは「安藤忠雄展 ドローイングと版画」を開催しています。
会期:2017年9月26日[火]〜10月21日[土] 11:00〜18:00 ※日・月・祝日休廊
201709_ando

●六本木の国立新美術館で「安藤忠雄展―挑戦―」が開催されています。
会期:2017年9月27日[水]〜12月18日[月]
オープニングのレポートはコチラをご覧ください。

この秋、ときの忘れものはイベントが目白押しです。
10月27日(金)18時〜中尾拓哉ギャラリートーク<マルセル・デュシャン、語録とチェス>
*要予約:参加費1,000円
『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』刊行記念
同図録10月末までにお申し込みいただいた場合は特別価格:2,500円(税、送料サービス)でおわけします。メールにてお申し込みください。請求書を同封して代金後払いで発送します。

10月31日(火)16時〜「細江英公写真展」オープニング
細江先生を囲んでのレセプションはどなたでも参加できます。

11月8日(水)18時飯沢耕太郎ギャラリートーク<細江英公の世界(仮)
*要予約:参加費1,000円

11月16日(木)18時より 植田実・今村創平トーク<ジャパンネスのこと、都市住宅のこと>
現在フランスで開催中の<ポンピドーセンター・メス「ジャパン・ネス 1945年以降の日本における建築と都市」の報告をするとともに、建築展覧会のあり方、建築の表現についてお話をします。また、同展にてフォーカスされた建築雑誌『都市住宅』について、同展での展示の狙いなど、同誌の元編集長植田実さんとお話しします。(今村創平)
*要予約:参加費1,000円

ギャラリートークへの参加希望は、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。twitterやfacebookのメッセージでは受け付けておりません。当方からの「予約受付」の返信を以ってご予約完了となりますので、返信が無い場合は恐れ入りますがご連絡ください。
E-mail: info@tokinowasuremono.com

土渕信彦「富山県美術館の開館」後編

瀧口修造とマルセル・デュシャン(補遺2)―富山県美術館の開館 [後編]

土渕信彦


展示室6はさらに2つの部屋に分かれ、手前の部屋には、旅先の記念品やアーティストから贈られたオブジェなどが、壁の裏側の部屋には主に瀧口本人や他のアーティストの平面作品が展示されている。手前の部屋の両側の壁面全体に本棚のような棚が設けられており、オブジェや記念品が、分けられた小棚の中に収納・展示されている(図15)。ガラス越しにひとつひとつ見ていくと、瀧口との関わりやエピソードが次々と思い出されて、なかなか先に進めない。小棚それぞれがジョゼフ・コーネルの箱のように見えて、心を打たれた。

図15
図15
瀧口修造の部屋のオブジェなど

展示棚には、「瀧口修造コレクション」および「瀧口修造の書斎」のパネルも掲げられている(図16,17)。これを読めば、予備知識のない一般の人でも、瀧口の人物像やオブジェ・記念品などに親しみを覚え、興味深く展示を観ることができるだろう。(実際に会場で、「名前は聞いたことがあったけれど、こんなにハイカラなおじいちゃんだったのね」という囁きを聞いた。)

図16 瀧口修造コレクション図16
パネル「瀧口修造コレクション」


図17 瀧口修造の書斎図17
パネル「瀧口修造の書斎」


壁の裏側の部屋には、瀧口自身のデカルコマニー連作100点の第1部や、友人の作家たちから贈られた平面作品、さらにはマルチプル「檢眼圖」も展示されている(図18,19,20)。照明が落とされ、美しくレイアウトされていた。

図18 連作100点図18
瀧口修造連作100点「私の心臓は時を刻む」より


図19 平面図19
瀧口修造の部屋の作品


図20 「檢眼圖」図20
マルチプル「檢眼圖」(岡崎和郎との共作)


一つ気になったのは、前出の「瀧口修造コレクション」Exhibition Room for Shuzo Takiguchi Collection、「瀧口修造の書斎」The Study of Shuzo Takiguchiというパネルである。デカルコマニー連作百点や「檢眼圖」などは「コレクション」ではないのだし、何よりも瀧口自身が「自分は蒐集家ではない」「部屋に在る作品やオブジェは、いわゆるコレクションや蒐集ではなく、一種の記念品である」という趣旨を、比較的有名なエッセイ「白紙の周辺」「物々控」「自成蹊」などで語っているのだから、タイトルと解説文中に用いられた「コレクション」「書斎」という言葉は、実態に合わないように思われる。この趣旨を述べた個所の引用も展示棚の中に掲示されているので(図21,22,23)、それなりの配慮が示されているのは確かだが、物事の通常の在り方に疑問を投げかけ、別の在り方を志向するところにこそ瀧口の真骨頂が顕れているとするなら、ありきたりの「コレクション」「書斎」という言葉は避けるべきではなかろうか。さまざまな記念品が集積していただけでなく、デカルコマニーなどの制作、「オブジェの店をひらく」構想、『マルセル・デュシャン語録』の刊行など、すべてがこの部屋の中で進められた点も視野に入れると、パネルのタイトルは「瀧口修造記念室」Exhibition Room for Shuzo Takiguchi、「瀧口修造の部屋」「瀧口修造のスタジオ」The Studio of Shuzo Takiguchiなどに改めた方が良いように思われる。

図21 白紙の周辺図21
パネル「白紙の周辺」


図22 物々控図22
パネル「物々控」


図23 自成蹊図23
パネル「自成蹊」


それはともかく、常設展示室が設置され、心のこもった展示がされていると確認できて安堵した。部屋を出ると、通路の右側にも展示室6の別室があり、ここにはバイオリニストのシモン・ゴールドベルク夫人でピアニストの山根美代子さんから寄贈されたゴールドベルク遺愛の美術品が展示されていた。

3階から屋上に上がると芝生の庭園になっており、樹脂製の雲のようなトランポリン「ふわふわドーム」などの遊具も置かれていた(図24)。屋上庭園全体がこの「ふわふわ」を敷衍して「オノマトぺの屋上」と命名されている。親子連れでにぎわっていた(図25)。なかなか眺望が良く、晴れた日には立山・剣岳・乗鞍岳なども見えるそうだが、この日はあいにく雲がかかって見えなかった(図26)。

図24 フロアマップ屋上図24
屋上フロアマップ(美術館ホームページより)


図25 屋上図25
屋上庭園


図26 屋上から図26
屋上からの眺め


最後に、企画展示「開館記念展 LIFE」にも簡単に触れておきたい。開催趣旨は以下のとおりである。

「開館記念展の第一弾として、アートの根源的なテーマである「LIFE」を「『すばらしい世界=楽園』をもとめる旅」ととらえ、「子ども」「愛」「日常」「感情」「夢」「死」「プリミティブ」「自然」の8つの章により構成し、国内外の美術館コレクションの優品を中心とした約170点を紹介するものです」(同館ホームページより)

展示リスト
http://tad-toyama.jp/wp-content/uploads/2017/07/6bd3241dbd2918e046a5cce21da783a8.pdf

素晴らしい企画展なので、是非ご覧になるようお勧めしたい(11月5日まで。水曜日休館)。上のリストでお判りのとおり、展示作品は全国各地の美術館から集められた名品ばかりだが、特に第5章に展示されたエーリッヒ・ブラウァー「かぐわしき夜」(新潟市美術館蔵)について、ご紹介したい。原題は単に「おやすみなさい」の意味だが、これを「かぐわしき夜」と訳したのは瀧口修造である旨の解説パネルが付され、以下の瀧口訳のブラウアーの言葉も引用されていた。このあたり、美術館の見識が感じられた。

「幸福なとき、わたしは2つ半の幼児のようにものを見る―信じられないような、怖ろしい、壮大なものが、わたしの頭上にただよっているのを見ることがある。―年を経るにつれて、われわれの眼はみずみずしさを失い、盲目同然になる。
私の目的は世界をほんとうにあるがままの姿に描くことだ―それは胸がわくわくするように絡み合い、花のように輝き、楽園のように壮大な景観なのだ。」(初出は青木画廊「夜想」展カタログ、1965年4月)

つちぶち のぶひこ

前編はこちら。

●展覧会のご紹介
チラシ1チラシ2


チラシ3チラシ4

「富山県美術館開館記念展 Part1 生命と美の物語 LIFE − 楽園をもとめて」
(同時開催:コレクション展 I)
会期:2017年8月26日[土] 〜11月5日[日]
会場:富山県美術館
時間:9:30〜18:00(入館は17:30まで)
休館:水曜日(祝日を除く)、祝日の翌日 ※11月4日は臨時開館

古来より現在まで、多くの作品が「生命=LIFE」をテーマに生み出されてきました。古今東西の芸術家たちがこのテーマに関心を持ち、作品を通してその本質を明らかにしようとしてきたのは、それが私たち人間にとってもっとも身近で切実なものであったからにほかなりません。      本展は、富山県美術館(TAD)の開館記念展の第一弾として、アートの根源的なテーマである「LIFE」を「『すばらしい世界=楽園』をもとめる旅」ととらえ、「子ども」「愛」「日常」「感情」「夢」「死」「プリミティブ」「自然」の8つの章により構成し、国内外の美術館コレクションの優品を中心とした約170点を紹介するものです。ルノワールなどの印象派から、クリムト、シーレなどのウィーン世紀末美術、ピカソ、シャガールなどの20世紀のモダンアート、青木繁、下村観山などの日本近代絵画、折元立身、三沢厚彦などの現代アートまで、生命と美の深い関わりについて考察し、この富山県美術館でしか体験できない、新たなアートとの出会いを創出します。(富山県美術館HPより転載)

●今日のお勧め作品は、瀧口修造です。
20171009_v-09瀧口修造
《V-09》
水彩、インク、色鉛筆、紙
Image size: 27.5x22.7cm
Sheet size: 31.5x26.8cm
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆ときの忘れものは「安藤忠雄展 ドローイングと版画」を開催しています。
会期:2017年9月26日[火]〜10月21日[土] 11:00〜18:00 ※日・月・祝日休廊
201709_ando

●六本木の国立新美術館で「安藤忠雄展―挑戦―」が開催されています。
会期:2017年9月27日[水]〜12月18日[月]
オープニングのレポートはコチラをご覧ください。カタログと展示はまったく違う構成になっており、建築展として必見の展覧会です。

◆イベントのご案内
10月27日(金)18時〜中尾拓哉ギャラリートーク<マルセル・デュシャン、語録とチェス>
『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』刊行記念
*要予約:参加費1,000円

10月31日(火)16時〜「細江英公写真展」オープニング
細江先生を囲んでのレセプションはどなたでも参加できます。

11月8日(水)18時飯沢耕太郎ギャラリートーク<細江英公の世界(仮)
*要予約:参加費1,000円

11月16日(木)18時より 植田実・今村創平ギャラリートーク<ポンピドーセンター・メス「ジャパン・ネス 1945年以降の日本における建築と都市」展をめぐって(仮)>
*要予約:参加費1,000円
ギャラリートークへの参加希望は、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。twitterやfacebookのメッセージでは受け付けておりません。当方からの「予約受付」の返信を以ってご予約完了となりますので、返信が無い場合は恐れ入りますがご連絡ください。
E-mail: info@tokinowasuremono.com

●ときの忘れものが出品協力している埼玉県立近代美術館の「駒井哲郎 夢の散策者」展は本日が最終日です。
企画を担当された吉岡知子さん(同館学芸員)に<企画展「駒井哲郎 夢の散策者」に寄せて―武田光司氏のコレクション>をご寄稿いただきました。

●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

土渕信彦「富山県美術館の開館」前編

瀧口修造とマルセル・デュシャン(補遺2)―富山県美術館の開館 [前編]

土渕信彦


去る8月26日(土)、瀧口修造の故郷である富山に、新しい県立美術館「富山県美術館」が開館した。旧富山県立近代美術館は1981年の開館後35年間にわたって親しまれてきたが、老朽化したため2016年12月をもって閉館し、新設することになったそうである。単なる移転でないことは、名称から「近代」が外されていることからも判る。では何が異なるのだろう? 何よりも、同館が所蔵していた20世紀美術の素晴らしいコレクションや、内外のアーティストから瀧口に贈られ、没後、遺族から寄贈された貴重な作品やオブジェはどうなっているのだろう? 開館3日目の8月28日(月)に訪れ、実際に確認してきたので、以下、簡単にレポートする。

前週末から滞在していた大阪を午前7時過ぎに出発し、11時前に富山駅に到着した。新美術館は駅の北側(旧近代美術館とは反対側)の木場町に建設されており、新幹線改札口のある南口から、北口に回らなければならない。構内案内板に記載された南北自由通路は未完成とのこと。地下道を捜してやっと北口にまわる。地上に出ると、後の径路は判り易く、7〜8分ほどで神通川支流沿いの道に出る。空が大きく拡がって気持ちがよい。遠くに美術館の建物も見える(図1)。対岸に渡ると運河があり、周辺がカナルパーク「富岩運河環水公園」として整備されている。クルーズ船も就航している(図2)。公園内をぶらぶら歩き、美術館に到着(駅から15分ほど)。

図1 美術館遠望図1
美術館遠望


図2 クルーズ船図2
クルーズ船(帰路に撮影)


外壁がガラス張りの瀟洒な建物だ(図3,4)。設計は内藤廣建築設計事務所。近年ではこうしたガラス張りを取り入れた美術館や、周囲に水を湛えた美術館なども増加している。確かに建物自体の佇まいは美しく、親近感や開放感も演出できるが、将来、収蔵品の維持・管理や館全体の空調などに問題が出ないか、少し心配でもある。この美術館ではエントランスに水ではなく白い石材が貼り廻らされており、照り返しが少々キツかった(図5)。自動車普及率が1世帯平均1.7台と、全国でも1・2を争う富山県では、車での来館者が大半なのだろう。だが、海外・県外からの来館者のなかには、タクシー代を節約したいバッグパッカーや学生、私のような貧乏コレクターも居ることだろう。駅からのアクセスの整備、案内板の設置、コインロッカーの増設なども含め、もう少し徒歩の来館者に対する配慮があっても良いと思う。なお、路線バスが20分に1本運行されているようなので、付記しておく。

図3 建物1図3
美術館


図4 建物2図4
美術館全景(美術館ホームページより)


図5 照り返し図5
エントランス


入口正面の受付で、知り合いの学芸員氏が在館か尋ねたが、他の県立施設に出掛けていて不在とのこと。アポなしだから仕方がない。1階には小さな展示スペース「TADギャラリー」があり(図6)、道路側のガラス壁面沿いにはミュージアム・ショップ、その向こうにカフェが置かれるが、大半のスペースは屋内駐車場に充てられている。車での来館者には便利だろう。地下フロアがないのは地盤の制約なのかもしれない。

図6 フロアマップ1階図6
1階フロアマップ(美術館ホームページより)


エスカレーターで2階に上がると、ホワイエと常設展示室1・2となる(図7)。ここには旧近代美術館から引き継いだ20世紀美術のコレクションが展示され、「開館記念展 LIFE」は奥の展示室3・4で展示されていた。旧近代美術館では2階の常設展を観ずに、1階の企画展だけで帰る来館者もいたそうなので、工夫したようだ。常設展示が「自然・風景」「肖像」などのテーマ別なのも、親しみやすさを優先したものかもしれない(図8,9)。だが、名品が揃いなのに対して小さな壁面やブースが続き、少し息苦しさを覚えたのも事実である。「20世紀美術の流れ」に沿ってゆったりと廻廊を廻る、旧近代美術館の展示が懐かしく感じられた。

図7 フロアマップ2階図7
2階フロアマップ(美術館ホームページより)


図8 常設展示図8
常設展示


図9 展示常設2図9
同上


新収蔵品としてレオナール・フジタの「二人の裸婦」(1929年。油彩、178×94.2僉砲加えられ、作品の傍らに購入協力者や企業のリストも表示されていた。旧近代美術館のコレクションの欠落を補う作品と位置付けられているようだ。展示室を出ると、三沢厚彦の大きなシロクマが展示されている(図10)。同じポーズで記念撮影する人も見かけた。2階の屋外広場(テラス)にも小ぶりのクマが設置されている(図11)。人気コーナーとなることだろう。開館記念展については後で触れる。

図10 シロクマ図10
三沢厚彦「ANIMALS」より「クマ」


図11 屋外広場図11
屋外広場


3階に上がるとアトリエがあり、ワークショップなどに使われる。アトリエ奥の左側には、ポスターと椅子を展示する展示室5があり(図12)、右側はレストランとなる。東京日本橋の老舗洋食店が出店し、通路まで行列が続いていた。展示室5の内部には、左手にポスターが掛けられ、右手に椅子が展示されている。ガウディ・チェアなど、実際に腰かけられる椅子もある(図13,14)。右側の壁面に設けられた通路を入って、左側が展示室6となる。瀧口の遺族から寄贈された作品・オブジェなどはここに展示されている。「美術館の肝」とも言える最奥の位置だが、意識していないと見落すこともあるだろう。案内板か順路の表示が欲しいところだ。

図12 フロアマップ3階図12
3階フロアマップ


図13 展示室5図13
展示室5内部


図14 ガウディ・チェア図14
ガウディ・チェア


後編へつづく(明日掲載します)

つちぶち のぶひこ

●展覧会のご紹介
チラシ1チラシ2


チラシ3チラシ4

「富山県美術館開館記念展 Part1 生命と美の物語 LIFE − 楽園をもとめて」
(同時開催:コレクション展 I)
会期:2017年8月26日[土] 〜11月5日[日]
会場:富山県美術館
時間:9:30〜18:00(入館は17:30まで)
休館:水曜日(祝日を除く)、祝日の翌日 ※11月4日は臨時開館

古来より現在まで、多くの作品が「生命=LIFE」をテーマに生み出されてきました。古今東西の芸術家たちがこのテーマに関心を持ち、作品を通してその本質を明らかにしようとしてきたのは、それが私たち人間にとってもっとも身近で切実なものであったからにほかなりません。      本展は、富山県美術館(TAD)の開館記念展の第一弾として、アートの根源的なテーマである「LIFE」を「『すばらしい世界=楽園』をもとめる旅」ととらえ、「子ども」「愛」「日常」「感情」「夢」「死」「プリミティブ」「自然」の8つの章により構成し、国内外の美術館コレクションの優品を中心とした約170点を紹介するものです。ルノワールなどの印象派から、クリムト、シーレなどのウィーン世紀末美術、ピカソ、シャガールなどの20世紀のモダンアート、青木繁、下村観山などの日本近代絵画、折元立身、三沢厚彦などの現代アートまで、生命と美の深い関わりについて考察し、この富山県美術館でしか体験できない、新たなアートとの出会いを創出します。(富山県美術館HPより転載)

●今日のお勧め作品は、瀧口修造です。
20171008_takiguchi_IV_02瀧口修造
《IV-02》
1961年
紙に水彩
イメージサイズ:9.7×9.0cm
シートサイズ:12.3×9.0cm
額裏にサイン・年記あり


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆ときの忘れものは「安藤忠雄展 ドローイングと版画」を開催しています。
会期:2017年9月26日[火]〜10月21日[土] 11:00〜18:00 ※日・月・祝日休廊
201709_ando

●六本木の国立新美術館で「安藤忠雄展―挑戦―」が開催されています。
会期:2017年9月27日[水]〜12月18日[月]
オープニングのレポートはコチラをご覧ください。カタログと展示はまったく違う構成になっており、建築展として必見の展覧会です。

◆イベントのご案内
10月27日(金)18時〜中尾拓哉ギャラリートーク<マルセル・デュシャン、語録とチェス>
『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』刊行記念
*要予約:参加費1,000円

10月31日(火)16時〜「細江英公写真展」オープニング
細江先生を囲んでのレセプションはどなたでも参加できます。

11月8日(水)18時飯沢耕太郎ギャラリートーク<細江英公の世界(仮)
*要予約:参加費1,000円

11月16日(木)18時より 植田実・今村創平ギャラリートーク<ポンピドーセンター・メス「ジャパン・ネス 1945年以降の日本における建築と都市」展をめぐって(仮)>
*要予約:参加費1,000円
ギャラリートークへの参加希望は、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。twitterやfacebookのメッセージでは受け付けておりません。当方からの「予約受付」の返信を以ってご予約完了となりますので、返信が無い場合は恐れ入りますがご連絡ください。
E-mail: info@tokinowasuremono.com

●埼玉県立近代美術館で開催中の「駒井哲郎 夢の散策者」展は会期も残り少なくなってきました。
会期:2017年9月12日[火]〜10月9日[月・祝]
ときの忘れものも出品協力しています。企画を担当された吉岡知子さん(同館学芸員)に<企画展「駒井哲郎 夢の散策者」に寄せて―武田光司氏のコレクション>をご寄稿いただきました。

●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

中尾拓哉「マルセル・デュシャン、語録とチェス」ギャラリートークのご案内

今日10月2日はマルセル・デュシャン(1887年7月28日生〜1968年10月2日没)の命日です。
2017年は生誕130年の記念すべき年であり、また現代美術史最大の事件となった既製の便器にR・MUTTとサインしただけの〈泉〉を発表してから(ただし実物は現存せず)、ちょうど100年にあたります。
東より西で関連の企画が種々開催されており、その一端は石原輝雄さんのレポートに詳しい。
ときの忘れものもささやかですが、デュシャン顕彰の試みとして下記の展示とトークショーを開催します。

ときの忘れもので2014年11月2015年10月に開催した「瀧口修造展」の合同図録『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』が諸々の事情で予定よりかなり遅れてしまいましたが、ようやく完成の運びとなりました。
その刊行を記念して、安藤忠雄展の終了後、短い会期ですが「特集展示:瀧口修造とマルセル・デュシャン」を開催し、中尾拓哉さんを講師に迎えてギャラリートークを開催します。

ギャラリートーク<マルセル・デュシャン、語録とチェス>
日時:2017年10月27日(金)18時より
講師:中尾拓哉
*要予約:参加費1,000円
必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。定員(20名)に達し次第、締切ります。
E-mail. info@tokinowasuremono.com

特集展示:瀧口修造とマルセル・デュシャン
会期:2017年10月24日[火]―10月28日[土] 11:00〜18:00
201710_TAKIGUCHI
瀧口修造のロトデッサン、水彩、「デュシャン語録」などを展示します。

中尾拓哉さんからのメッセージ
 この度、『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』の刊行を記念し、自著『マルセル・デュシャンとチェス』を軸にした、お話をさせていただきます。
デュシャンがマン・レイとチェスをしている映画『幕間』のシーンに始まり、「デュシャンはこの世界を相手にチェスをしてきたのだろうか、あるいはそうかも知れない」と終わっていく、瀧口修造による『マルセル・デュシャン語録』。その中に散りばめられた言葉とともに、デュシャンがチェスにたいして語った言葉を読みながら、彼がいわゆる「制作」をせずに没頭したとされ、「芸術の放棄」の代名詞となった「チェス」の謎を紐解き、多くの人々を魅了したこの人物の営為に迫ります。


中尾拓哉(なかお・たくや)
美術評論家。1981年生まれ。多摩美術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。博士(芸術)。2014年に論考「造形、その消失において――マルセル・デュシャンのチェスをたよりに」で『美術手帖』通巻1000号記念第15回芸術評論募集佳作入選。単著に『マルセル・デュシャンとチェス』(平凡社、2017年)。

---------------------

●書籍のご案内
TAKIGUCHI_3-4『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』図録
2017年10月
ときの忘れもの 発行
92ページ
21.5x15.2cm
テキスト:瀧口修造(再録)、土渕信彦、工藤香澄
デザイン:北澤敏彦
掲載図版:65点
価格:2,500円(税別) *送料250円

目次(抄):
・Personally Speaking 瀧口修造(再録)
・マルセル・デュシャン語録について 瀧口修造(再録)
・檢眼圖 だれの証拠品、だれが目撃者? 瀧口修造(再録)
・私製草子のための口上 瀧口修造(再録)
・「オブジェの店」を開く構想に関するノート 土渕信彦
・マルセル・デュシャンとマルチプル 工藤香澄

〜〜〜〜

20170930中尾 拓哉 (著)
『マルセル・デュシャンとチェス』

2017年
平凡社 発行
396ページ
21.6x15.8cm
価格:4,800円(税別)*送料250円
*著者サイン入り
ときの忘れもので扱っています。

気鋭の美術評論家がチェスとデュシャンの失われた関係を解き明かし、制作論の精緻な読み解きから造形の根源へと至る、スリリングにしてこの上なく大胆な意欲作。生誕130年、レディメイド登場100年!
「チェスとデュシャンは無関係だという根拠なき風説がこの国を覆っていた。やっと霧が晴れたような思いだ。ボードゲームは脳内の抽象性を拡張する」──いとうせいこう氏推薦(本書帯より転載)
目次(抄):
・序章 二つのモノグラフの間に
・第一章 絵画からチェスへの移行
・第二章 名指されない選択の余地
・第三章 四次元の目には映るもの
・第四章 対立し和解する永久運動
・第五章 遺された一手をめぐって
・第六章 創作行為、白と黒と灰と
〜〜〜
*画廊亭主敬白
遅れに遅れていた『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』がようやく刊行の運びとなりました。デザインを担当した盟友北澤敏彦さんに謹んで捧げたいと思います。彼の生きているうちに出せればよかったのですが・・・

亭主は親の遺言で賭け事一切を禁じられました。籤運が悪い! 勝負事になるとカッカしてしまい前後の見境がつかなくなる。そんなわけで将棋もマージャンもゴルフもしない(できない)。
にもかかわらず親も想像できなかった「画商」といういわばギャンブラーになってしまった。
突如として現われた中尾拓哉さんの『マルセル・デュシャンとチェス』という分厚い本にここしばらく魅了され、読みふけっています。

●本日のお勧め作品は、瀧口修造です。
20161217_takiguchi2015_selected_words
瀧口修造
『マルセル・デュシャン語録』
1968年
本、版画とマルティプル
外箱サイズ:36.7×29.8×5.0cm
本サイズ:33.1×26.0cm
サインあり
A版(限定部数50部)
発行:東京ローズ・セラヴィ
刊行日:1968年7月28日
販売:南画廊
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

●毎月2日は堀尾貞治先生の「ドローイング集 あたりまえのこと」を順次ご紹介していますが、今月は休載とします。来月2日をご期待ください。

◆ときの忘れものは「安藤忠雄展 ドローイングと版画」を開催しています。
会期:2017年9月26日[火]〜10月21日[土] 11:00〜18:00 ※日・月・祝日休廊
本日2日(月)は休廊です。

201709_ando

●六本木の国立新美術館で「安藤忠雄展―挑戦―」が開催されています。
会期:2017年9月27日[水]〜12月18日[月]

●埼玉県立近代美術館で15年ぶりとなる「駒井哲郎 夢の散策者」展が開催されています。
会期:2017年9月12日[火]〜10月9日[月・祝]
ときの忘れものも出品協力しています。企画を担当された吉岡知子さん(同館学芸員)に<企画展「駒井哲郎 夢の散策者」に寄せて―武田光司氏のコレクション>をご寄稿いただきました。
20170911_駒井哲郎_裏


●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

棟方志功と瀧口修造

今日(23日)から25日までの三日間は画廊はお休みです。

今週の特集展示:駒井哲郎」は昨日終了しました。たくさんのご来場ありがとうございました。
昨日のブログでも書いた通り、埼玉近美での駒井展は10月9日までですので、まだの方はぜひ北浦和へ!

最近入手した作品をご紹介します。
20世紀を代表し国際的にも高い評価を得ている日本の画家は誰か、という問いに藤田嗣治と並び必ず挙げられるのが木版画の棟方志功でしょう。
40数年前、門外漢からいきなり美術の世界に入り、ドシロウトですね揶揄された亭主でさえ、棟方志功の名は知っていました。

方や詩人、美術評論家として大きな影響力を及ぼした瀧口修造。私たちは造型作家としての瀧口修造の再評価、顕彰に力を入れています。

この二人が、同い年だということに今回初めて気がつきました。
棟方志功は、1903年(明治36年)9月5日青森県生まれ。1975年(昭和50年)9月13日に没します。享年72。
瀧口修造は、1903年(明治36年)12月7日富山県生まれ。亡くなったのは1979年(昭和54年)7月1日でした。享年75。
数年ですが瀧口修造が長生きした。

●先ずは典型的な棟方志功の木版
munakata (2) _600棟方志功
柳緑花紅頌 松鷹の柵
1955年  木版
イメージサイズ:46.0×46.5cm
シートサイズ:59.0×56.0cm
サインあり

12点シリーズの中の一点。大原美術館にも収蔵されています。
■棟方志功(むなかた しこう)
1903年(明治36年)9月5日 - 1975年(昭和50年)9月13日)。青森生まれ。ゴッホを目指して上京、川上澄生の版画「初夏の風」を見た感激で、版画家になることを決意。第5回国画会入選を期に民芸運動に参加、仏典や日本神話などから着想を得た、土着性の強い木版画を制作し、国際的にも高く評価された。1942年以降、彼は版画を「板画」と称し、木版の特徴を生かした作品を一貫して作り続けた。
1956年ヴェネツィア・ビエンナーレに「湧然する女者達々」他を出品し、日本人として版画部門で初の国際版画大賞を受賞。1970年文化勲章を受章。

●デカルコマニーが良く知られる瀧口修造ですが、今回入手したのはかなり珍しいタイプの水彩です。
takiguchi_600瀧口修造
《-2》
1961年
紙に水彩
イメージサイズ:9.7x9.0cm
シートサイズ:12.3x9.0cm
額裏に献辞、署名・年記あり

瀧口作品でサインがあり、制作年代まで特定できるものはそう多くはありません。
ときの忘れものが刊行した図録『瀧口修造展 』(44点収録)『瀧口修造展 』(47点収録)に掲載した作品も多くは年代不詳です。
献辞(ここでは公開できませんが)の相手先も、瀧口の交友関係、1960年代のアートの動向をうかがえる貴重な情報であり、瀧口ファンにぜひお勧めの逸品です。

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


◆ときの忘れものは「安藤忠雄展 ドローイングと版画」を開催します。
会期:2017年9月26日[火]〜10月21日[土] 11:00〜18:00 ※日・月・祝日休廊
201709_ando

●六本木の国立新美術館で「安藤忠雄展―挑戦―」が開催されます。
会期:2017年9月27日[水]〜12月18日[月]

●埼玉県立近代美術館で15年ぶりとなる「駒井哲郎 夢の散策者」展が開催されています。
会期:2017年9月12日[火]〜10月9日[月・祝]
ときの忘れものも出品協力しています。企画を担当された吉岡知子さん(同館学芸員)に<企画展「駒井哲郎 夢の散策者」に寄せて―武田光司氏のコレクション>をご寄稿いただきました。
20170911_駒井哲郎_裏


●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第7回

清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第7回

 宇和島市在住の画家で戦前にシュルレアリスムの影響を受け、瀧口とも交流のあった三輪田俊助先生に当時のお話を伺いたいと思い、初めてご自宅を訪ねたのは1980年代中頃のことだったと記憶する。道路に面した生垣、奥の玄関へ続く煉瓦を敷いた通路脇の植込みや中庭の佇まいに植物を愛する画家のまなざしを感じた。

01三輪田先生の家


01-2中庭


01-3三輪田俊助先生(1997年回顧展カタログより)


 アトリエに入ると正面の大きな掛時計が目に付くが、昔測候所で使われていたものだそうである。描きかけの絵やモティーフとなる静物の類が所狭しと置かれ、ここで画家は日々思索を重ねながら制作されているのだろう。

02アトリエ


03同上


04同上


 この訪問がきっかけとなり度々お宅にお邪魔するようになったが、先生はいつも旺盛な好奇心と探求心に溢れ、お話し好きで瀧口修造のイメージと重なるようなところがあった。控えめで寄り添うようにしておられる奥様も瀧口夫人に似通った印象のある方だった。愛媛の洋画家を代表する一人であり、度々宇和島に取材に訪れた小説家の司馬遼太郎とも交流があった。司馬遼太郎は「街道をゆく」のなかで、三輪田先生が史跡である城山に市が武道館建設を計画していることを知り、「城山の緑を守る会」を立ち上げて反対運動をした経緯について書いている。また、庶民の視点で戦争の悲惨さを後世に伝える「宇和島の空襲を記録する会」の冊子に毎回表紙絵と挿絵の提供をされていることも先生の人間性の一面を伝えるものである。

05司馬遼太郎「街道をゆく」(朝日文芸文庫版)


06城山と「緑を守る会」マイクの前に立つ三輪田先生(季刊えひめ)


07「宇和島の空襲」表紙絵


 三輪田先生は1913年に宇和島和霊神社の宮司の二男として生まれ、國學院大学に進学するが、洋画家で水彩画家として知られた中西利雄と偶然の出会いから親しくなり、絵に興味を持つようになった。いきなり日本水彩画展に出品して入選し、猪熊弦一郎の研究会に参加したり川端画塾でデッサンを学ぶようになり、遂には親に無断で1935年に帝国美術学校(現武蔵野美術大学)に転入学するが、徴兵のこともあり「画家になりたい、というよりもそこへ行くよりほか、もう行き場がないといった追いつめられた気持ちだった。」と当時を述懐している。
自由な校風のなかで新しい芸術思潮であるシュルレアリスムに魅かれ、1937年に学友の浜田浜雄ら6人でグループを結成する。翌年の5月頃からほぼ月に一回瀧口修造を招いて批評会を行い、12月に「繪畫」第一回展を銀座の紀伊国屋画廊で開催した。瀧口が第一回展評を「アトリエ」に発表するが、その中で「二、三を除いてダリのエピデミックな影響はよいにつけ悪いにつけ考えさせられた。」と評される。

08グループ「繪畫」のメンバー(左より浜田浜雄・石井新三郎・武内秀太郎・三輪田俊助・田中素生・田中坦三)


09「繪畫」第1回展ポスター(左)


10「繪畫」第1回展評と浜田浜雄作品(日本のシュールレアリスム展カタログより)


 しかし、意外にも瀧口から「君の絵はルネ・マグリットのようだ。」と言われたそうである。たしかに大地に屹立する大きな蝶を描いた「風景」と題する作品は、「だまし絵」のように見える。蝶の翅は朽ちた葉であり、胴体は蓑のようで、左前方に落ちている翅の破片はまるで飛行機の残骸を想わせる。本人は、「アトリエから見た吉祥寺の景色に、ここに偶然蝶を置いたらどうなるだろうという発想。背景は常に身辺的風景ですが、非合理的な世界をきちっと見せたいという気持ちでした。」と語っている。この作品は「急速に戦時体制へと傾斜していく時代のなかで抑圧され、傷ついていく前衛美術そのものを象徴しているかにみえる。」(大熊敏之「日本超現実主義絵画にみる蝶と貝のモティーフ」蝶の夢・貝の幻1927〜1951展・三岸好太郎北海道立美術館1989年)と評されるなど、日本のシュルレアリスムの代表的な作品としてしばしば取り上げられることになる。

11三輪田俊助「風景」(蝶の夢・貝の幻展カタログより)


12同上カタログ


13「東京モンパルナスとシュールレアリスム展」カタログ


14同上カタログより


 「繪畫」としての活動は1940年6月の第四回展をもって終わり、やがてグループも解散するが、1941年6月には杉並署に拘留されていた瀧口のもとへ仲間の浜田、立川と一緒にお金を出し合って果物の差入れをしたこともあったという。卒業後は「旬刊美術新報」の編集の仕事に就くが、1942年に応召され徳島連隊で三年間を過ごし終戦を迎える。

15「繪畫」第4回展リーフレット


16旬刊美術新報


 帰郷したものの空襲で家は焼け跡となり、そこにバラック小屋を建て父母と一緒に自給自足に近い生活を送っていた頃、知人から貰った油絵具で拾ったタイルに描いたのが「少女像」だった。わずか15センチ四方の小品だが、市井の人々の復興に向けた暮らしをバックに純真な眼差しの少女の凛とした姿が胸を打つ。また、宇和島の「城山」を描いた作品はまさに「国破れて山河在り」を象徴しており、画家としての新たな出発を告げる重要な作品となった。

17「少女像」1946年作(三輪田俊助展カタログより)


18「城山」1946年作(同上)


 戦後は中学校教員として勤務する傍ら、中央画壇や公募展とは一線を画し「愛媛現代美術家集団」や「シコロ」など革新的なグループを結成し、地方での活動が中心となるが、1964年に銀座のサエグサ画廊で行った個展では、現代画廊を経営し「気まぐれ美術館」の著者で友人でもある洲之内徹が「美しい白と青」と題して展評(愛媛新聞)を寄せ、「仕事のほうはすこしも中央との距離やずれを感じさせない。」と書かれたことが励みになったという。「戯れ」「白い部屋」などの作品には抽象表現主義の影響も見られ、常に新しい表現を追求していたことが伺える。

19「戯れ」1964年作(三輪田俊助展カタログより


20「白い部屋」1964年作(同上)


 その二十年後の1984年には美術評論家の坂崎乙郎の紹介で東京新宿の紀伊国屋画廊で新旧の作品による個展を行っている。

21三輪田俊助展リーフレット(1984年)


22同上


23「高窓の家」1963年作(三輪田俊助展カタログより)


24「廃園にてA」1982年頃作(同上)


 1997年にはそれまでの画業の集大成として、町立久万美術館で回顧展が開催されることになった。そのカタログに先生の盟友である浜田浜雄さんやシュルレアリスム研究家で板橋区立美術館主任学芸員(当時)の尾崎眞人さんらと共に私が寄稿させていただくことになったのは、先生と松岡義太館長(当時)の強いお勧めがあったからである。

25三輪田俊助回顧展パンフレット


26同展カタログ表紙「植物のかげE」1989年作


 そして、展覧会の感想のつもりで書いた文章を先生が愛媛新聞社に紹介し、それが展評として掲載されることになったのである。そのなかで私が言いたかったのは、先生が一貫してシュルレアリスムの精神を持った画家であり、単に「土着の画家」と呼ばれることに異を唱え、優れた画家は住む場所がどこであれ、自然や人間の営みのなかに潜む宝(本質)を見出し、普遍性に達する表現ができるということだった。先生自身も画業を振り返って「風景と自分との関係性というか、無意識の世界を引き出して行く感じです。それはつまり、シュールレアリスムの発想。要するに六十年たって、手法は違うけど、らせん階段を上がるように元のシュールに戻って来たんだね。」と語っている。

27三輪田俊助回顧展評(愛媛新聞)


 2012年には松山市のミウラート・ヴィレッジで「ふるさとを愛した画家三輪田俊助展」が開催され、先生はそれから三年後の2015年5月30日に百一歳の天寿を全うされたが、百歳を超えてもなお、絵筆をとっておられたそうである。

28三輪田俊助展パンフレットより「船影」2012年制作


※三輪田先生の経歴と言葉は主に1997年2月に愛媛新聞紙上に4回に分けて連載された「三輪田俊助が語る〜時代の風景・心の光景」を参考にさせていただいた。

せいけ かつひさ

■清家克久 Katsuhisa SEIKE
1950年 愛媛県に生まれる。

◆清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。

●今日のお勧め作品は、瀧口修造です。
20170920_takiguchi2014_I_16瀧口修造
《I-16》
インク、紙(郵便はがき)
イメージサイズ:14.1×10.2cm
シートサイズ :14.1×10.2cm

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


埼玉県立近代美術館では15年ぶりとなる「駒井哲郎 夢の散策者」展が開催されています。
会期:2017年9月12日[火]〜10月9日[月・祝]
企画を担当された吉岡知子さん(同館学芸員)のエッセイ<企画展「駒井哲郎 夢の散策者」に寄せて―武田光司氏のコレクション>をお読みください。

●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第6回

清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第6回

 1989年は瀧口修造没後10年目にあたり、その記念として私のコレクションだけで小展示をすることを思い立った。きっかけとなったのは、その年の3月に大阪の青井画廊で「オマージュ瀧口修造展」が開かれた事だった。画廊に問い合わせると個人コレクターのもので、展示作品の写真を送ってもらったが「妖精の距離」「デュシャン語録」「檢眼圖」「漂流物標本函」に水彩作品や原稿等、驚くほどの内容で私のコレクションなどその比ではなかった。

1案内状


2展示作品


3同上


4同上


5同上


 それに刺激を受け、ささやかなコレクションながら愛媛で初のオマージュ展をやってみたいと思ったのである。しかし、私一人では自信がなく、尊敬している宇和島市在住の画家で戦前にシュルレアリスムの影響を受け瀧口とも交流のあった三輪田俊助先生にご相談すると賛同と協力のお言葉をいただき決意が固まった。

6三輪田俊助先生(1997年2月22日付愛媛新聞記事)より


7「日本のシュールレアリスム1925〜1945」展カタログより(左頁右下・三輪田俊助作品)


 会場については松山市の画廊での開催が念頭にあり、市の中心部に位置する三番町の「タカシ画廊」に目星を付けていた。ここは、以前東京銀座の「画廊轍」の松山店として1983年に「瑛九展」が開催され、独立し移転してからは1985年に「宇樹夢舟銅版画展」を行い、その折に発行されたリーフレットに美術評論家の瀬木慎一が寄稿し瀧口のことに触れていた経緯もあり、この画廊なら引き受けてもらえそうな予感があった。

8タカシ画廊


9「瑛九展」リーフレット


10同上


11「宇樹夢舟銅版画展」リーフレット


12同上


 4月頃だったか、いきなり画廊を訪ねて画廊主の隆彰雄さんに面会した。趣旨を説明すると画廊企画としては無理だが、2日間程度なら無償で場所を提供してもよいとのご返事をいただいた。丁度瀧口の月命日の7月1日と翌2日が土曜日曜にあたり、私も仕事を休まなくて済むのでわずか2日間ではあるがその日に開催することが決まった。
テーマは「滝口修造と画家たち展」として「マルセル・デュシャン語録」A版を中心に画家との共作である詩画集や瀧口のデカルコマニー1点、加納光於とサム・フランシスの版画各1点を展示することにしたが、それが当時のコレクションの全てだった。
すぐに案内状とカタログ的なリーフレットの作成に取り掛かり、案内状のデザインは「デュシャン語録」に収録されている「self-portrait」を用いることにした。印刷費用を安くするためでもあったが、黒と黄色の2色刷りはシンプルでインパクトがあると思った。

13案内状・表


14案内状・裏


 リーフレットは「瀧口修造の詩的実験1927〜1937」(1967年思潮社刊)に付いている「添え書き」を参考に黄色い紙を三つ折りにすることにした。序詞として大岡信と加納光於の共作のオブジェの函に寄せて書かれた瀧口の詩「アララットの船あるいは空の蜜へ小さな透視の日々」の冒頭の一節を載せたのは、瀧口自らが詩人と画家の間にあって創作するなかで書くこと描くことの意味を問うキーワードだったからある。そして、開催趣旨と出品リストの他に瀧口の生涯と業績のあらましがわかるように自筆年譜と著作年表から抜粋して略年譜を作成した。友人が営む印刷所に頼んで格安で出来上がったが、折りたたむと長形3号の封筒に納まるサイズで内容ともに自分でも納得できるものだった。

15「詩的実験」添え書き


16リーフレット表紙


17出品リストと序詞


18略年譜と開催趣旨 (2)


18-2即席のポスター


 展示にあたっては、画廊の壁面を埋めるほどの作品数がないので「デュシャン語録」の作品を一点ずつ額装することに決めていたが、三輪田先生が自前の額縁にマットを切って余白を活かした額装をしてくださったのは大変有難かった。瀧口関連の展覧会などでは本冊と一緒に平台に並べて展示されるのが通例だが、それぞれが独立した作品としての存在感を発揮しているようで新鮮に映った。
開催当日の朝、自家用車に作品を積んで画廊へ運び、開廊までに準備する時間は2時間ほどしかないという慌しさだった。詩画集の展示用にレンタルしていたショーケースと長机の搬入や、一人での慣れない飾り付け作業に手間取っているのを見かねて画廊主が手伝ってくださり、ポスターも用意してなかったがリーフレットと案内状を組み合わせて即席に作ってもらい何とかオープンに間に合った。

19展示風景


20同上


21同上


 天童さんから祝電と友人からお祝いの花が届いた。事前に新聞社に案内状を送り告知もされてはいたが、どこからも取材はなく2日間を通して友人の他に訪れた客は少なく、残念ながら目論見に反した結果に終わってしまった。

22毎日新聞(1989年6月17日付)より


 しかし、後日土渕信彦さんから思いがけないお手紙をいただき、そこには次のように記されていた。
 「拝啓 先日は滝口修造と画家たち展のカタログをお送りいただき、どうも有難うございました。何という素晴らしいカタログでしょう!封筒を開けるとすぐあのなつかしい黄色が眼に飛びこんできました。この黄色を見ただけでもう胸が高鳴ってしまいました。そっと頁を開けて出品リストを拝見すると主要な詩画集が網羅されています。愛媛にいらっしゃってここまでお集めになるというのは大変なご努力だっただろうと頭が下がります。また、略年譜もポイントがきっちりと実に的確におさえられており、瀧口修造に対する真のアクチャリテが如実にあらわれています。このように純粋な、瀧口氏に対する敬愛の念が感じられるお仕事に接したのは実に久しぶりであるような気がします。私自身がノアであると言うつもりは全くありませんが、どうやらアララットの山腹に漂着した感のある今の私にとって、このカタログはまさにオリーブの小枝か、あるいは空の蜜のようなものであるといっても過言ではないと思います。文字どおり感激しました。」
 過分な讃辞で恐縮したが、土渕さんからこのように評価されたことは何よりの励みとなり、行ったことが無意味ではなかったと思えた。そして、このことが後に新たな出会いをもたらすことになろうとは予想もできなかった。
せいけ かつひさ

■清家克久 Katsuhisa SEIKE
1950年 愛媛県に生まれる。

●今日のお勧め作品は、瀧口修造です。
II-10(137)瀧口修造
《II-13》
デカルコマニー、紙
Image size: 7.3x12.6cm
Sheet size: 9.8x13.7cm
※富山近美76番と対

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。

●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第5回

清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第5回

 瀧口綾子夫人の連絡先は自由が丘画廊の実川さんに教えていただいたが、あの書斎のあった新宿西落合の家を出られてから何度目かの転居の後に神奈川県足柄上郡大井町にある実弟の鈴木陽さんの家の近くのアパートに住まわれていた。お手紙によれば「絵画等は郷里の富山県立(近代)美術館に寄託、蔵書は多摩美大図書館に寄贈しました。」とあり、身辺にあって大切に保管していた瀧口の作品や原稿類などの整理にようやく手を付け始めたばかりとの事で、弁護士に相談をしているが著書の出版さえままならないと嘆いておられる状態だった。そうした中で1985年7月に佐谷画廊が第5回オマージュ展として瀧口修造の絵画作品の展示を行った。ドローイング、水彩、バーントドローイング、デカルコマニー、ロト・デッサンなど160点余りが展示されたが残念ながら見に行くことができなかった。

01「第5回オマージュ瀧口修造展」カタログ


02同上カタログより


 だが、購入可能な作品もあるということを聞き、天童さんに依頼してその中から1点のデカルコマニーを選んでもらうことにした。カタログにも掲載されているが、サインは無く1960年代に制作されたモノクロームの作品である。それまでは瀧口の絵画作品が一般に売りに出されるような機会はほとんどなかったのではないだろうか。

03デカルコマニー作品(1960年代)


 翌年の2月には京橋のM.ギャラリーでも「画家としての瀧口修造展」が開かれることになり、綾子夫人から案内状が届いた。初日には間に合わなかったが所用で上京した折に見に行ったところ、すでにほとんどが売約済みとなっていた。後日、記名帖を見られた綾子夫人からお礼の手紙と共にこのカタログが贈られてきたのには恐縮してしまった。

04「画家としての瀧口修造展」案内状


05同上カタログ


06同上カタログより


 土渕さんに初めてお会いしたのは1987年7月1日、佐谷画廊の第7回オマージュ瀧口修造展「マルセル・デュシャンと瀧口修造」の折ではなかったかと記憶している。この展覧会は一画廊の企画としては充実した内容で、デュシャン夫人と綾子夫人から借りてきた作品に加え、「大ガラス」東京版レプリカ制作のために瀧口が遺していた「シガー・ボックス」と呼ばれるメモなどが入った箱とガラスの試作品「チョコレート磨砕器」などが展示されていた。この日、美術評論家の東野芳明さんが画廊の入口に突然現われ、ガラスのドアを一瞬開閉するやいなや立ち去って行ったのを目撃した。酔っているようにも見えたが、東野さんならではのパフォーマンスではないかと私は思った。

07「第7回オマージュ瀧口修造展」カタログ


08同上カタログより


09同上カタログより


 その晩には有楽町のレバンテという会場で瀧口修造を偲ぶ「橄欖忌」が催され、佐谷画廊の手配で私にもその案内状が届いていた。実験工房のメンバーで作曲家の秋山邦晴さんが世話人代表となり、瀧口綾子夫人、武満徹、吉岡実夫妻、漆原英子、北代省三、池田龍雄、岡崎和郎、篠原佳尾、岡田隆彦、吉増剛造、阿部良雄、海藤日出男さんなど、これまで写真でしか見たことがない錚々たる顔ぶれの集まりであった。私は佐谷さんや土渕さんの他に知る人もなく、場違いな所へ来たと感じながら来場者を眺めているしかなかった。武満徹さんが入ってきたときは、まるで武術の達人のように見えたし、当時私が最も傾倒していた詩人吉岡実さんにも近寄ることすらできなかった。吉増剛造さんは懇談に加わらず、独り椅子に座ってカタログを見ていた。綾子夫人にもこの時初めてお会いしたのだが、土渕さんの紹介でご挨拶するだけが精一杯だった。

10橄欖忌案内状


11瀧口綾子夫人(中央)


12左より北代省三、武満徹、海藤日出男


13左より池田龍雄、漆原英子、吉岡実夫妻、篠原佳尾


14左より松澤宥、漆原英子、池田龍雄、岡崎和郎


15左より山口勝弘、吉増剛造


 翌日は竹芝桟橋の近くにある雅陶堂ギャラリーの「ジョゼフ・コーネル展」を見に行った。
「Crystal Cage(水晶の鳥籠)[ portrait of Berenice ](ベレニスの肖像)」というテーマで、コーネルにとって重要な作品とされているものである。
 
16ジョゼフ・コーネル展案内状


17ジョゼフ・コーネル展会場


 ベレニスは永遠の若さの象徴としての架空の少女の名前で、このカタログに寄せてサンドラ・L・スター女史は「コーネルが愛してやまなかった物語の主人公たちをもとにし、事実とフィクションを織り混ぜて作り上げられた夢の子供なのだ。」と解説している。それは一つの作品として顕在しているのではなく、「一個のトランクの中に閉じこめたさまざまな素材の風変わりなアッサンブラージュ(集積)として表現した。」ものなのである。さらに、コーネルとデュシャンの関係に触れて、デュシャンの「大ガラス」のための制作メモを収めた「グリーン・ボックス」などから着想を得たのではないかとも述べている。

18「ベレニスの肖像」(ジョゼフ・コーネル展」1992年・神奈川県立近代美術館カタログより


19グリーン・ボックス(「マルセル・デュシャンと20世紀美術展」2004年国立国際美術館カタログより)


 コーネルの作品を見たのは初めてで、他に箱の作品5点とコラージュ作品4点が展示されていた。コーネルの箱を見ると、小学生の頃に夏休みの図画工作の課題で海藻や珊瑚の絵を背景に糸で釣られた色んな魚たちが泳いでいる紙箱で作った水族館や昆虫の標本箱の記憶が蘇る。巧緻を極めた美しいコーネルの作品は童心を呼び覚まし、ノスタルジーを掻き立てる。

20第3回ジョゼフ・コーネル展カタログ


21同上カタログより


 雅陶堂ギャラリー(現・横田茂ギャラリー)は海岸に面した倉庫の4階の一角をギャラリーに転用し、その広い空間を活かした展示と取り扱う作家に特徴があり、画廊主の横田茂さんは古美術商としての経験と現代美術への造詣を併せ持ち、長く残る本物の美術しか扱わないというポリシーを持った方である。

22鈴江第3倉庫・4階に横田茂ギャラリー


23横田茂ギャラリー


 1978年に日本で初めてコーネルの展覧会を行い、そのときのカタログ制作には瀧口も全面的に協力し、序詩と七つの作品に寄せた断片的な詩を発表していて一冊の詩画集のような趣をもたらしている。1982年に第2回展を行い、この時が3回目にあたるが、それを実現した横田さんの功績は賞賛されねばならないだろう。

24第1回「ジョゼフ・コーネル展」カタログ


25同上カタログより


26同上カタログより


 この東京でデュシャンとコーネルの展覧会がほぼ同時期に開催され、いずれも瀧口修造へのオマージュとして企画されていたのも不思議な巡り会わせであった。
せいけ かつひさ

■清家克久 Katsuhisa SEIKE
1950年 愛媛県に生まれる。

●今日のお勧め作品は、瀧口修造です。
20170720_takiguchi2014_I_11瀧口修造
"I-11"
インク、紙
イメージサイズ:30.5×22.0cm
シートサイズ :35.4×27.0cm

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

移転記念コレクション展
会期:2017年7月8日(土)〜7月29日(土) 11:00〜18:00 ※日・月・祝日休廊
※靴を脱いでお上がりいただきますので、予めご了承ください。
※駐車場はありませんので、近くのコインパーキングをご利用ください。
201707_komagome_2出品作家:関根伸夫、北郷悟、舟越直木、小林泰彦、常松大純、柳原義達、葉栗剛、湯村光、瑛九、松本竣介、瀧口修造、オノサト・トシノブ、植田正治、秋葉シスイ、光嶋裕介、野口琢郎、アンディ・ウォーホル、草間彌生、宮脇愛子、難波田龍起、尾形一郎・優、他

ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

12

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分、名勝六義園の正門からほど近く、東洋文庫から直ぐの場所です。

◆清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。

清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第4回

清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第4回

 1980年に思潮社より「現代詩読本」シリーズの1冊として「瀧口修造」が刊行され、その表紙に使われたのが自由が丘画廊での「窓越しに…マルセル・デュシャン小展示」(1978年)に来廊した時の写真(撮影:安齊重男)である。この展示はデュシャンのコレクター笠原正明さんの所蔵品を主とし「瀧口が監修的な立場で関与した国内初の本格的なデュシャンの個展」(「瀧口修造とマルセル・デュシャン」展カタログより千葉市美術館2011年刊)であった。

01現代詩読本15瀧口修造


02同上表紙の元となった写真
「瀧口修造とマルセル・デュシャン展」千葉市美術館カタログより


1984年の末頃、自由が丘画廊に瀧口関連の作品を探している旨電話と手紙で伝えたところ、しばらくして画廊主の実川暢宏さんから速達の返事が届いた。その中には先の「小展示」におけるリーフレットと瀧口のオブジェの写真が同封されていた。オブジェはある関係者から預かったもので売価も記されていた。12センチ四方の木箱の中に鳥の羽根とバラの花が白い台紙の上に置かれ、「誰のものか、これは? 瀧口修造 (日付) 綾子へ 庭で拾う」とペン書きの献辞があり、月日は判読できないがその下に‘73と書かれている。1973年といえばマルセル・デュシャン大回顧展のために渡米し「扉に鳥影」が作られた時期と重なり、綾子夫人への贈物であるこのオブジェはデュシャンとの関連も伺わせる。

03「マルセル・デュシャン小展示」リーフレット


04瀧口修造のオブジェ


05「扉に鳥影」
ユリイカ1977年8月号付録より


しかし、写真だけでは判断がつかず、翌年の2月に上京した折に初めて自由が丘画廊を訪れ実川さんから現物を見せていただいたが、これは私のような者が持つべきではないと思ったのは、それがあまりに純粋でプライベートな作品であり、お金で購うことへの抵抗感があったのかもしれない。
瀧口は1962年に出身地の富山市で開催された第15回全国造形教育大会において「今日の美術―オブジェを中心として」と題した講演を行っているが、その下書きにあたる未発表原稿が「オブジェの生命」覚え書として遺されていた。(みすず357号1990年12月)その中で「シュルレアリスムがオブジェというものを普遍化させた最初の体系的な運動」であり、「日本に芸術用語としてのオブジェを流行させた最初の張本人は私であった。」と述べ、オブジェの分類の中でも「本質的で基本的なものはobjet naturel(自然の物体)殊にobjet trouvé(発見されたオブジェ)である。」と結論付けていた。

06みすず357号


07同上収録「オブジェの生命覚え書」


瀧口によるあのオブジェはまさにその典型だろう。後日、私の家の近くにある神社の境内で見つけた鳥の羽根を手紙に添えて綾子夫人にお送りしたら「石神井の庭で拾った羽根を失くしてしまい― 思いがけず濡れた様に美しい鳥の羽根をいただき だれが落した羽根かしらと思いました」との返事をいただいたが、もしかすると失くしたのはあのオブジェの羽根だったのだろうか?

08綾子夫人の手紙


実川さんは初対面の私にも親切に応対してくださり、画廊を始めた経緯や日本ではあまり取り扱われていなかったド・スタールやポリアコフなどの展覧会を行ったこと、駒井哲郎の版画がまだ売れない時期に1枚1万円で仕入れていたことなどを話された。そして、瀧口先生はまるで仙人のような生活を送っていたと語り、あの書斎をそのまま遺せなかったことを惜しまれた。また、デュシャンの「大ガラス」東京版が国有財産として東京大学教養学部美術博物館に東洋美術の考古物と一緒に陳列されていることが面白いと言い、見に行くことを勧められ、その場で「大ガラス」の制作に携わった東大の横山正助教授の助手の方に電話して見学の了解まで取り付けていただいた。翌日、駒場にある美術博物館へ行き「大ガラス」と初めて対面することができた。世界で三つしかない「大ガラス」のレプリカの一つが、この日本にあること自体特筆すべきだが、デュシャン夫人は瀧口修造と東野芳明による監修を条件に制作を許可したそうである。しかし、その完成を見ずに瀧口は逝ってしまったのも「ガラスの遅延」(「急速な鎮魂曲」美術手帖1968年12月号)と言うべきだろうか。

09東京大学教養学部美術博物館パンフレット


10「大ガラス」東京版
(写真・清家克久)


実川さんは瀧口の本を探すなら友人でそうした情報に詳しい人がいると言って紹介されたのが詩人で朗唱家の天童大人さんだった。天童さんからは瀧口の本が見つかるたびに電話や手紙で頻繁に連絡をいただいた。そのおかげで一気に収集が進み、その中には「超現実主義と絵画」「黄よ。おまえはなぜ」「星は人の指ほどの―」「畧説虐殺された詩人」「自由な手抄」など容易に見つけることができないものも含まれていた。

11アンドレ・ブルトン「超現実主義と絵画」
訳厚生閣書店刊1930年


12サム・フランシスとの詩画集「黄よ。おまえはなぜ」
南画廊刊1964年


14野中ユリとの詩画集「星は人の指ほどのー」
私家版1965年


15アポリネール「畧説虐殺された詩人」
訳湯川書房刊1972年


16マン・レイ素描エリュアール詩「自由な手・抄」
訳GQ出版社刊1973年


17同上


このことが機縁となって交流が始まり、ご自身の活動である詩の朗唱や美術展評に関する資料などを送っていただいた。私には朗唱という言葉は聞き慣れないものだったが、聲の持つ始原の力を現代に蘇らせる行為として朗読との違いを強調されていたように思う。天童さんが初めて即興朗唱を試みたのは瀧口の三回忌を目前にした1981年6月26日、東京・六本木のストライプハウス美術館でのイベントにおける「アントナン・アルトー ― 瀧口修造へ ―」と題する作品であったという。(巒気通信創刊号1985年発行)瀧口とアルトーといえば第1巻のみ刊行され絶版となった「アントナン・アルトー全集」(現代思潮社刊1971年)の瀧口にしては珍しくエキセントリックな装幀と内容見本に書かれた「未知の人アントナン・アルトー」を思い出す。

18「巒気通信創刊号」
鹿火編集室刊1985年


19「アントナン・アルトー全集第1巻」
現代思潮社刊1971年


20同上内容見本


天童さんは1983年より吉増剛造さんらと共に北海道を回る「北ノ朗唱」を行っていたが、愛媛でも聲を発したいという希望に応えるため、私が仲介となり松山で出版を営む創風社の大早友章さんに主催を、後援を友人の江原哲治さんにお願いして1989年9月9日松山市のアオノホールにおいて詩人の白石かずこさんと天童さんを招き「詩の夜 SPIRIT VOICE」と題して四国初の朗唱のイベントが行われた。

21「北ノ朗唱」ポスター1986年


22「詩の夜SPIRIT VOICE」チラシ


23同上新聞記事


せいけ かつひさ

■清家克久 Katsuhisa SEIKE
1950年 愛媛県に生まれる。

●今日のお勧め作品は、瀧口修造です。
041瀧口修造
「III-19」
デカルコマニー
※『瀧口修造の造形的実験』(2001年)No.205と対
Image size: 14.0x10.5cm
Sheet size: 25.1x17.5cm


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。

清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第3回

清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第3回

 佐谷画廊のことを知ったのは、1982年7月に「オマージュ瀧口修造展」と銘打って詩画集「妖精の距離」と「スフィンクス」の展示を行っていたからである。このカタログは小冊子のモノクロ図版だったが、滅多に見ることができない詩画集の全容を写真で紹介していた。このために寄せられた巖谷國士さんの「三年ののち」と題するテキストは、戦前におけるチェコスロヴァキアと日本のシュルレアリスム運動の比較を通していかに瀧口修造が孤立し「詩的実験」が彼一人によって遂行された〈運動〉であったかを論じ、その中から生まれた幸福とも言える成果が「妖精の距離」であることを示されたものだった。そして、初めて名前を知ったもう一人の寄稿者、土渕信彦さんの「切抜帖から」と題する文章からは、純粋かつ熱烈なファンとしての追悼の念とこれから研究を志す決意のようなものが伝わってきて親近感を覚えた。

「オマージュ瀧口修造展」案内状佐谷画廊1982年「オマージュ瀧口修造展」案内状
佐谷画廊
1982年


「オマージュ瀧口修造展」カタログ佐谷画廊1982年「オマージュ瀧口修造展」カタログ
佐谷画廊
1982年


 佐谷画廊はこの前年に瀧口の三周忌に合わせてアントニ・タピエスとの詩画集「物質のまなざし」の展示を行っているが、後になってそれを第1回展として恒例のオマージュ瀧口修造展を開催するようになった。1982年の11月には画廊も京橋から銀座に移り、翌年の第3回展は「加納光於 ― 瀧口修造に沿って」と題し、カタログも大判となりカラー図版も入るようになった。

「物質のまなざし」カタログ佐谷画廊1981年「物質のまなざし」カタログ
佐谷画廊
1981年


「加納光於ー瀧口修造に沿って」カタログ佐谷画廊1983年「加納光於ー瀧口修造に沿って」カタログ
佐谷画廊
1983年


同上カタログより同上カタログより


 私が初めて佐谷画廊を訪れたのは1984年の2月のことで、佐藤忠雄コレクション展が開かれていた。「画廊にて 現代絵画収集35年の軌跡」刊行記念の企画で、著者の佐藤さんもおられて本にサインをしていただいた。佐藤さんは高級官僚の経歴を持つ現代美術のコレクターとして知られていた。この本の中で特に印象に残ったのは、南画廊における三木富雄の絶筆となったデッサンとの出会いの場面と、画廊主志水楠男の死に触れて「この人の偉さはパイオニアとしての偉さであると思う。精力的に新しい画壇の創成に、努力された点にあると思う。価値のあるものを売ったり買ったりするのではない。まったく価値のないものを、価値のあるものにする仕事をされたのである。」と書いていたことである。

JPG「佐藤忠雄コレクション展」案内状
佐谷画廊
1984年


JPG「画廊にて」佐藤忠雄著
1984年
書苑刊行


JPG「月刊大樹誉6月号」より
三木富雄のデッサンと佐藤忠雄さん
1991年(株)東興


 この展覧会の折に画廊の応接間に置かれていた一つの作品に目が留まった。それは動物の紋章のような形に鮮やかなコバルトブルーの色が紙に食い込むように刷られたもので、加納光於の「ソルダード・ブルー」(接合された青)と名付けられた作品だった。私は直感的に瀧口修造の詩におけるイメージと物質の結合を連想したが、それはまるで「原型ノナイ青空ノ鋳物」のように見えた。(「掌中破片」煌文庫1書肆山田1979年刊)

JPG加納光於「ソルダード・ブルー」
1965年作


JPG「掌中破片」
書肆山田
1979年刊行


 周知のとおり加納光於は独学で銅版画を始め、早くから瀧口にその才能を認められ1956年にはタケミヤ画廊で最初の個展を行っている。瀧口はすでにその将来を予見するかのように南画廊での個展に寄せて「加納光於は黒と白の銅版画家である。そして、いままでのところそれに限っている。」(「一人の銅版画家についてのノート」1960年加納光於個展リーフレットより)と書いているが、その4年後に飽くなき表現技法の追求の過程で初めて色彩に取組んだのが亜鉛版をガスバーナーで焼き切ったものに色を付け凸版で刷ったメタルプリントだった。加納は「金属表面の凹凸のため圧刷プレス機がこわれてもいい、その瞬息の間に消え去った〈色彩〉の動的なダイナミズムのようなものを呼び戻してみたい。そうしてできたのがソルダード・ブルー」だと語っている。(ポエティカ臨時増刊特集・加納光於「馬場駿吉によるインタビュー〈揺らめく色の穂先に〉」より1992年小沢書店刊)

10「加納光於個展」リーフレット
南画廊
1960年


11「ポエティカ臨時増刊特集・加納光於」
小沢書店
1992年


11-2馬場駿吉によるインタビュー記事〈揺らめく色の穂先に〉


 この作品を購入したことがきっかけとなって、私は加納さんへ手紙を出したが、すぐに作品を購入したことへの感謝とデータを記した返事を頂いた。そして、1985年の2月に神奈川県の鎌倉山にあるアトリエを訪ねた。鎌倉駅からバスに乗り、とある停留所で降りて谷側に沿った細い小径を下って行くと入口に加納光於と書かれた白い木製の郵便箱が立っていた。その右手に見える白い洋館がかつて瀧口修造も訪れ「ある日、私は辿りついた谷間の家で」と書いたアトリエであった。(「加納光於についてのある日の断章」1967年南画廊個展〈半島状の!〉より)

12加納光於さんの手紙


13加納光於のアトリエ
「ポエティカ臨時増刊特集加納光於」より
小沢書店
1992年


 その日は、あいにく激しい雨が降っていたが、函のオヴジェ「アララットの船あるいは空の蜜」が置かれた書斎のような部屋でいくつか質問を交えてお話を伺った。瀧口さんについて何か書く予定はないですかと聞くと「瀧口さんのような人は後にも先にもいないし、書くことによってますます捉えがたい存在となるおそれがあるが、いつかオマージュとしての本を出したい。」と答えられ、制作にあたっては、「先にイメージがあるのではなく、不定形なものを明確にしたい欲求にかられて表現している。版画にこだわる訳ではないが、そのプロセスを大切にしている。」と語った。また、レオナルド・ダ・ヴィンチの素描「洪水」についての関心も示されたが、詩画集「稲妻捕り Elements」(1978年書肆山田刊)はその反映であったのかもしれない。
2時間ほど滞在し、その場で署名をされた図録「加納光於1977」(南画廊での個展に際して刊行)を戴いて帰途についたが、しばらくは興奮冷めやらぬ心地であった。
※アトリエ訪問時における加納さんの言葉は私の覚書に基づくものである。

14「アララットの船あるいは空の蜜」
1972年制作
(みずゑ1978年3月号特集・加納光於より)


15レオナルド・ダ・ヴィンチ素描展カタログより
「洪水」
西武美術館
1985年


16「稲妻捕り Elements」
書肆山田
1978年


17同上図版より


18「加納光於1977」
南画廊刊


せいけ かつひさ

■清家克久 Katsuhisa SEIKE
1950年 愛媛県に生まれる。

●今日のお勧め作品は、瀧口修造です。
20170520_V-09(185)瀧口修造
「V-09」
水彩、インク、色鉛筆、紙
Image size: 27.5x22.7cm
Sheet size: 31.5x26.8cm
サインあり


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。

◆清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。
ときの忘れもの
blogランキング

ギャラリー&編集事務所「ときの忘れもの」は建築家をはじめ近現代の作家の写真、版画、油彩、ドローイング等を扱っています。またオリジナル版画のエディション、美術書・画集・図録等の編集も行なっています。
ときの忘れもの
ホームページはこちら
Archives
Categories
最新コメント
記事検索
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ