建築を訪ねて

磯崎新+アニッシュ・カプーア「アーク・ノヴァ」が東京ミッドタウンに登場

先日植田実先生と綿貫さんと令子さんと私の4人で、東京ミッドタウン芝生広場に現れた移動式コンサートホール「アーク・ノヴァ」に行き、「ルツェルン・フェスティバル」を鑑賞してきました。

アーク・ノヴァは、磯崎新先生とアニッシュ・カプーアさん制作によるもの。
ドーナツ状に膨らんだ紫色のそれは高さ18m、幅30m、奥行36mの大きさで、滑り台として遊べそうな大きな遊具にも見えます。これがコンサートホールだなんて、想像もつきません。一体この構造はどうなっているのだろう???と興味をそそります。

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「アーク・ノヴァは、塩化ビニールでコーティングされたポリエステル製の膜が1時間ほどの送風でドーム状に膨らみ、折り畳んで トラックで輸送できるように設計されている空気膜構造の建築です。
空気膜構造の外皮は輸送に適した軽量性を持った素材であり、同時に自由な形状をとることができます。ステージや客席などのホールの構成要素は輸送・再設営に配慮した規格で構成され、494名収容できるこのホールでは、2013年から2015年にかけて、松島、仙台、福島の3か所で展示され、コンサートやワークショップなどが行われました。」(TOKYO MIDTOWN HPより引用)

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内部空間はピンク色で、まるで胎内にいるような感覚。照明の数はそんなにありませんが、中は結構明るいです。

空気はどこから入っているのかと一周してみると、会場の裏に送風機がありました。
それにしても風だけでこの大きさのものを膨らまし、約2週間維持するのは簡単なことではないはずです。
風で少しは撓んだりするのかな?と思っていましたが、かなりパンパンに張っているように見えました。

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この日はピアノ、フルート、トランペット、トロンボーンの4名の奏者で行なわれたコンサートでした。音響はどうなのかな?と気になっていましたが、それぞれの音がドーナツ状の内部空間に充満し、心地よく響いていました。

会場内は暑いという噂もありましたが、私たちが訪ねた日は曇り空で少し肌寒い日だったため、快適に1時間ほどを過ごしました。

この不思議な空間を体験でき、記憶に残るひと時を過ごせました。

おだち れいこ

磯崎新+アニッシュ・カプーア「アーク・ノヴァ
「ルツェルン・フェスティバル アーク・ノヴァ 2017 in 東京ミッドタウン」
開催期間:9月19日(火)〜10月4日(水)
場所:ミッドタウン・ガーデン 芝生広場
主催:東京ミッドタウン
特別協力:ルツェルン・フェスティバル
ラテン語で「新しい方舟」を意味する「アーク・ノヴァ」は、スイスの音楽祭「ルツェルン・フェスティバル」が東日本大震災の復興支援のために企画し、 建築家の磯崎新と英国人彫刻家のアニッシュ・カプーアによって制作された移動式のコンサートホール。高さが18m、幅30m、奥行36mと巨大であり、494名を収容することができる。塩化ビニールでコーティングされたポリエステル製の膜は送風によってドーム状に膨らみ、 折り畳んでトラックで輸送できるように設計されている点が特徴だ。
「アーク・ノヴァ」は、2013年から2015年にかけて、松島、仙台、福島の3か所で計3回展示されており、コンサートやワークショップで延べ1万9千人を動員してきた実績がある。

●本日のお勧め作品は磯崎新です。
磯崎新「闇1」小磯崎新 Arata ISOZAKI
「闇 1」
1999年 シルクスクリーン
イメージサイズ:58.3×77.0cm
シートサイズ:70.0×90.0cm
Ed.35  サインあり

礒崎新「闇2」小磯崎新 Arata ISOZAKI
「闇 2」
1999年 シルクスクリーン
イメージサイズ:58.3×77.0cm
シートサイズ:70.0×90.0cm
Ed.35  サインあり

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


◆ときの忘れものは「安藤忠雄展 ドローイングと版画」を開催しています。
会期:2017年9月26日[火]〜10月21日[土] 11:00〜18:00 ※日・月・祝日休廊
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●六本木の国立新美術館で「安藤忠雄展―挑戦―」が開催されています。
会期:2017年9月27日[水]〜12月18日[月]
オープニングのレポートはコチラをご覧ください。

この秋、ときの忘れものはイベントが目白押しです。
10月27日(金)18時〜中尾拓哉ギャラリートーク<マルセル・デュシャン、語録とチェス>
*要予約:参加費1,000円
『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』刊行記念
同図録10月末までにお申し込みいただいた場合は特別価格:2,500円(税、送料サービス)でおわけします。メールにてお申し込みください。請求書を同封して代金後払いで発送します。

10月31日(火)16時〜「細江英公写真展」オープニング
細江先生を囲んでのレセプションはどなたでも参加できます。

11月8日(水)18時飯沢耕太郎ギャラリートーク<細江英公の世界(仮)
*要予約:参加費1,000円

11月16日(木)18時より 植田実・今村創平トーク<ジャパンネスのこと、都市住宅のこと>
現在フランスで開催中の<ポンピドーセンター・メス「ジャパン・ネス 1945年以降の日本における建築と都市」の報告をするとともに、建築展覧会のあり方、建築の表現についてお話をします。また、同展にてフォーカスされた建築雑誌『都市住宅』について、同展での展示の狙いなど、同誌の元編集長植田実さんとお話しします。(今村創平)
*要予約:参加費1,000円

ギャラリートークへの参加希望は、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。twitterやfacebookのメッセージでは受け付けておりません。当方からの「予約受付」の返信を以ってご予約完了となりますので、返信が無い場合は恐れ入りますがご連絡ください。
E-mail: info@tokinowasuremono.com

●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。
 ・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・関根伸夫のエッセイ「〈発想〉について[再録]」は毎月12日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は毎月17日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
 ・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。
 ・九曜明のエッセイ「植田実と本」[再録]は毎月23日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は終了しました。
 ・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は終了しました。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は終了しました。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は終了しました。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は終了しました。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。
 ・光嶋裕介のエッセイ「和紙に挑む」は終了しました。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました(時々番外編あり)。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」 第9回

倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」

第9回 孤立するモダン ロンシャン礼拝堂


倉方俊輔(建築史家/大阪市立大学准教授)


画:光嶋裕介(建築家)
原画

 ロンシャン礼拝堂は、1955年に献堂された時から突出していた。一見して、既存のルールから外れていた。キリスト教の礼拝堂には見えなかった上に、それまでのル・コルビュジエの作品にも、一般化できる要素とできない要素とが混じり合っていたが、これほどまでに、来たるべき世界の普通を作品から抽出しようという思いを裏切るものはない。では、これは何であるのか。未来でないとしたら、彼はどの過去に戻ったのか。表現主義? 古典主義? あるいは実はモダニズムを内包しているのだろうか? ロンシャン礼拝堂が、それまでコルビュジエに共感していた同時代の建築家や批評家たちを戸惑いの渦に巻き込んだとはよく言われる形容だが、今見ても、やはりそうだっただろうと思う。
 完成から60年以上経った今でも突出し、孤立した存在であることには変わりない。結局、このような作品が世界の現代建築の潮流となることは ―形態などほんの一部の類似を除いては― なかった。では、逆に過去の建築の潮流に帰属させられたかというと、それも無理だった。
 もちろん、パルテノン神殿から地中海沿岸のヴァナキュラー建築、中世の修道院や船舶まで、さまざまなモチーフが意識と無意識の狭間を横切って流れ込んでいることは、研究者たちの努力によって明らかにされている。アーカイブに保管されている図面の描線1本が、仔細な寸法が、樋やドアノブといった細部が、標本を解剖するかのように検討された結果だ。研究がどんなに生真面目で部分的に見えても、根本には「これは何であるのか」という衝撃が存在しているだろう。この一つの建築は人を突き動かし、豊穣に生産してきた。
 そして、何であるかを一言で言い表すことは、ますます困難になった。多種多様な要素がここで一つに集まっているという特異点としての性格はいっそう強まった。あくまでもピン留めされることを拒否し、コルビュジエの作品の系譜の中でも孤立している。彼自身も賢明なことに、同様のものを繰り返さなかったのだ。
 これがキリスト教の礼拝堂だという事実は、孤立の理由の一つではあるだろう。研究者のウィリアム・J.R. カーティスは、最初に設計の話が来た時、コルビュジエがすでに教会は「死滅した制度」だと主張して辞退したことに触れ、「このばかげた返答は、マグダラのマリアが晩年を過ごしたといわれるエックス・アン・プロヴァンス近郊のサント・ボームに建つ神殿の計画案が拒否されたという不快な経験とおそらく無関係ではないだろう」と推測している(※1)。ロンシャン礼拝堂の以前に考えたキリスト教の建築は、この実現しなかった計画のみだった。死滅したもの、と考えたら、何でも可能だ。コルビュジエは、ここから新たに始めることにした。

*****

 屋根の形がまず目を引く。これを上手に例えられれば、これが何であるのかを言い当てられそうだが、屋根はあらゆる方向で姿を変える。結局、既存の特定のものに当てはめることを諦めなくてはならない。
 重いようで軽いような屋根だ。その厚みと打ち放しコンクリートの表面は、物体としての存在感を感じさせる。似たものは土木構造物のような実物しか思い付かない。圧倒的でありながら、浮いているから不思議なのだ。壁は、実際には純白を使うことはまれだった1920年代の「白の時代」の壁よりも真っ白く、小石を混ぜた吹き付け塗装を施すことで、何でつくられているかを体感させる。抽象的な平面ではないのだ。
 そんなわけで、ともに構築的な表情でありながら、別々の要素であることが強調された屋根と壁とは、鋭いコントラストをなすでも、合一するわけでもなく、戯れる。屋根と壁の間にスリットが開いているのが、外観からも分かるだろう。庇のように屋根が壁に優まさって重く立ち込めたかと思えば、裏手では屋根は見えなくなる。塔は両者の間にある。ある方向からは壁に連続し、別の方向からは屋根の曲面と共鳴する。重力と無重力の間を、形は行き来しているのだ。
 結びつけられることと離れることとが一つになっている。それは周辺環境との関係も同じだ。ロンシャン礼拝堂は、彫塑的である。先にも触れたように、既存のルールから離れて超然としているというだけでなく、先のようにぐるりと一周して観察できるほどに周囲から見られる建ち方だ。軽やかに、彫塑的に、周囲から浮き上がっているとひとまず言える。
 同時に周囲に、重く結びついている。もちろん「させられている」のではなく、自ら選択「している」のだ。重力や素材との関係と同様に、第二次世界大戦後のコルビュジエは、離れることの一辺倒ではなく、あえて結びつくことへと自由の領域を拡張した。
 張り出した屋根の下は外部礼拝のための場所である。それだけではなく、歩き回れば、それぞれの壁が周囲の地形とともにあることに気づく。建物はいわば外部を囲い込み、領域をつくり出しているのだ。これは彫塑的であることと矛盾しない。光の変化を際立たせる造形は、時間や季節に応じて周囲それぞれが持つ個別の性格を強調している。建設されることによって、この敷地はよりこの敷地らしくなっている。どこにでも移動可能な彫塑ではなく、周囲に緊結された1回限りの建築なのだとわかる。
 内部に進もう。外部とは異なる空間がある。しかし、明確なコントラストで、建物という領域に閉じたドラマを生み出すことはない。屋根も壁も、基本的には外部の正直な反転である。歩き回るにつれて、バラバラな体験が一つに結ばれることも外部での経験を思い起こさせる。厚い壁に穿(うが)たれた窓は、光を増幅する装置である。 窓ガラスに文字が手書きされている。いくつか読んでみよう。「Je vous salue marie」(マリアに敬意を)、「mere Dieu」(母、神)、「Lamer」(海)。言葉は礼拝堂のマリア信仰と共鳴しながら、ある者を信仰へ、ある者を形態のさらなる読み解きへと誘う。連想の効果が導入されている。
 壁の一部には、第二次世界大戦で破壊された以前の礼拝堂の石積みが使われている。コルビュジエはここが古くからの巡礼の地であり、かつて古代の神殿があったことに注意を喚起している。
 ロンシャン礼拝堂は、環境の中の装置としてある。自然を反映して周囲のランドスケープを強調し、これまで築かれてきた文化・言語の連想を利用し、場所の歴史を引き受けている。根本にあるのは造形であって、それが言葉以上に人々を善導することを設計者は信じている。礼拝堂は都市の中にあるのではないが、孤独なモニュメントではない。内部・外部を通じた人の集まりが想定されている。共同体への信仰は、ここでも健在なのだ。

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ロンシャン礼拝堂
竣工年│1955年
所在地│Colline de Bourlemont 70250 Ronchamp, France
(撮影:倉方俊輔)
季節によって公開時間が異なるが、一般に公開されている。
カトリックで聖母マリア生誕の日とされている9月8日と被昇天の8月15日に多くの信徒が集まる

*****

 ロンシャン礼拝堂は、この場所のさまざまなものと結びついて、個として建っている。モダンなのである。「モダン(modern)」は、ラテン語の「ちょうど今」が由来。まさに今、何をしたら良いかを先入観抜きに考える態度だ。過去からも考えないし、未来のルールをつくるためにあるのでもない。
 コルビュジエは礼拝堂という対象に、空(から)の姿勢で向きあった。この場所にある環境、歴史、用いられる資材。そして、連想できるさまざまなものを結び合わせたのである。現実主義と理想主義は手を携えるものであり、それに反するのはルールに縛られたものである。ここにあるのは設計者の誠実さがもたらした孤立だ。建設以来、多くの要素が読み解かれ、傑作として認識されている。
 しかし、ルールがないのだとしたら、それが良いものであることが、どうやって建設以前に算定できるのだろう。建築家への全権委任状ではないか。コルビュジエは恐ろしいことにモダンがルール化ではなくて、逆だということを示してしまった。傑作によって、世界中の建築家に勇気を与え、一定の者をその方向性に走らせ、そして建築家の「悪」がやがて反省させられることの根源かもしれない。

※1…ウィリアム・J.R. カーティス著、中村研一訳『ル・コルビュジエ̶理念と形態』(鹿島出版会、1992)p.203

くらかた しゅんすけ

■倉方俊輔 Shunsuke KURAKATA
建築史家。大阪市立大学大学院工学研究科准教授。1971年東京都生まれ。著書に『東京レトロ建築さんぽ』『ドコノモン』『吉阪隆正とル・コルビュジエ』、編著に『吉祥寺ハモニカ横丁のつくり方』ほか。
生きた建築ミュージアム大阪実行委員会委員

表紙
『建築ジャーナル』
今年の『建築ジャーナル』誌の1月〜12月号の表紙を光嶋裕介さんが担当することになりました。
テーマはル・コルビュジエ。
一年間にわたり、倉方俊輔さんのエッセイ「『悪』のコルビュジエ」と光嶋裕介さんのドローイング「コルビュジエのある幻想都市風景」が同誌に掲載されます。ときの忘れものが企画のお手伝いをしています。
月遅れになりますが、気鋭のお二人のエッセイとドローイングをこのブログにも再録掲載します。毎月17日が掲載日です。どうぞご愛読ください。

●10月6日はル・コルビュジエの誕生日でした(Le Corbusier、1887年10月6日 - 1965年8月27日)。
生誕130年を祝う、今日のお勧め作品はル・コルビュジエです。
20171017_corbusier_31ル・コルビュジエ
《二人の女》
1938年
リトグラフ
イメージサイズ:17.6×26.7cm
シートサイズ:38.5×50.2cm
Ed.100
サインあり

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ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

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会期:2017年9月26日[火]〜10月21日[土] 11:00〜18:00 ※日・月・祝日休廊
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会期:2017年9月27日[水]〜12月18日[月]
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同図録10月末までにお申し込みいただいた場合は特別価格:2,500円(税、送料サービス)でおわけします。メールにてお申し込みください。請求書を同封して代金後払いで発送します。

10月31日(火)16時〜「細江英公写真展」オープニング
細江先生を囲んでのレセプションはどなたでも参加できます。

11月8日(水)18時飯沢耕太郎ギャラリートーク<細江英公の世界(仮)
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11月16日(木)18時より 植田実・今村創平トーク<ジャパンネスのこと、都市住宅のこと>
現在フランスで開催中の<ポンピドーセンター・メス「ジャパン・ネス 1945年以降の日本における建築と都市」の報告をするとともに、建築展覧会のあり方、建築の表現についてお話をします。また、同展にてフォーカスされた建築雑誌『都市住宅』について、同展での展示の狙いなど、同誌の元編集長植田実さんとお話しします。(今村創平)
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TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

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西では横尾忠則展が休止、東では安藤忠雄の悪戦苦闘

先日、某美術館の学芸員から電話がありました。
学芸員氏「お聞きかと思いますが、先日の大雨で・・・いや作品は大丈夫です。」
亭主「(何のことだかわからず)?」
学芸員氏「ワタヌキさんからお借りした横尾作品、いま神戸に巡回中なのですが、美術館に雨漏りがして、急遽作品を引き下げて展示を休止しています。」
えっ 雨漏り?!
テレビがないもんで、そんな被害が出ているとは知りませんでした。
急いで横尾忠則現代美術館のホームページを開くと、

先日(9月16日、17日)の台風18号等に伴う風雨により、
展示室の一部などに雨漏りが発生しました(作品に被害はありません)。
雨水排水管の劣化等が原因であり、改修工事が必要となったことから、
下記のとおり臨時休館いたします。
ご理解、ご協力のほどよろしくお願いいたします。
○展覧会「横尾忠則 HANGA JUNGLE」(9/9〜12/24)の休止  
2017年9月28日(木)〜改修工事終了まで(10月下旬の見込み)
>とありました。

心よりお見舞い申し上げます。

そんなわけで、ご案内するのをすっかり忘れておりました。
神戸で横尾忠則展が開催されています(ただし現在休館中)。
この美術館は、兵庫県立美術館王子分館(旧兵庫県立近代美術館、村野藤吾設計)の西館をリニューアルしたもので、2012年11月に開館しました。
20171114_横尾忠則


20171114_横尾忠則_裏
「横尾忠則 HANGA JUNGLE展」
会期:2017年9月9日[土]〜12月24日[日](ただいま臨時休館中
会場:横尾忠則現代美術館
   〒657-0837 神戸市灘区原田通3-8-30
〜〜〜〜〜

一方こちら東京六本木・国立新美術館の「安藤忠雄展―挑戦―」、ある程度は予想していましたが、建築家の個展がこれほどの大反響を呼び、多くの人をひきつけるのはなぜでしょうか。
新国立競技場問題や難渋極まりない渋谷駅では四面楚歌、ネット上で袋叩きに遭っているにもかかわらず、今回の展覧会についてはほぼ絶賛の嵐です。
連動して、隣の東京ミッドタウンにある21_21 DESIGN SIGHTで「安藤忠雄 21_21の現場 悪戦苦闘」が始まりました。
おかげさまで駒込のときの忘れものにも連日たくさんのお客様にいらしていただいています。
国立新美術館(黒川紀章設計)から、歩いて21_21 DESIGN SIGHT(安藤忠雄設計)へ回り、地下鉄を乗り継いで駒込のときのわすれもの(阿部勤設計)にいらっしゃることをお勧めします。
20171013安藤忠雄_裏
「安藤忠雄 21_21の現場 悪戦苦闘」
会期:2017年10月7日[土]〜10月28日[土]
会場:21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー3
   東京都港区赤坂9-7-6 東京ミッドタウン ミッドタウン・ガーデン
時間:10:00〜19:00
休館:火曜
21_21 DESIGN SIGHTは2007年、安藤忠雄が設計した建物で開館しました。21_21 DESIGN SIGHTの創立者である三宅一生と、かねてから日本のデザインの未来について語りあってきた安藤は、三宅の服づくりの根底にある「一枚の布」の考え方をふまえ、「一枚の鉄板」を折り曲げたような屋根が特色の建物を設計。建築の隅々には、日本の優れた技術力や職人の緻密な技が活かされています。
本プログラムでは、その様子に焦点をあてた2007年の21_21 DESIGN SIGHT特別企画「安藤忠雄 2006年の現場 悪戦苦闘」で紹介した建築の初期アイデアやスケッチ、建設現場の写真や映像の一部を再びご覧いただけます。また、本建築に関連するオリジナルグッズをはじめ、安藤忠雄に関する書籍などを揃えた期間限定のショップも登場します。
「発見と出会いの感動が生まれる場」に向けて安藤忠雄が試みた建築の魅力を、今年3月に誕生したギャラリー3の空間とともに堪能いただける機会です。(21_21 DESIGN SIGHT HPより転載)
〜〜〜〜〜

この秋、ときの忘れものはイベントが目白押しです。ぜひご参加ください。

10月27日(金)18時〜中尾拓哉ギャラリートーク<マルセル・デュシャン、語録とチェス>
*要予約:参加費1,000円
『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』刊行記念
同図録10月末までにお申し込みいただいた場合は特別価格:2,500円(税、送料サービス)でおわけします。メールにてお申し込みください。請求書を同封して代金後払いで発送します。

10月31日(火)16時〜「細江英公写真展」オープニング
細江先生を囲んでのレセプションはどなたでも参加できます。

11月8日(水)18時飯沢耕太郎ギャラリートーク<細江英公の世界(仮)
*要予約:参加費1,000円

11月16日(木)18時より 植田実・今村創平トーク<ジャパンネスのこと、都市住宅のこと>
現在フランスで開催中の<ポンピドーセンター・メス「ジャパン・ネス 1945年以降の日本における建築と都市」の報告をするとともに、建築展覧会のあり方、建築の表現についてお話をします。また、同展にてフォーカスされた建築雑誌『都市住宅』について、同展での展示の狙いなど、同誌の元編集長植田実さんとお話しします。(今村創平)
*要予約:参加費1,000円

ギャラリートークへの参加希望は、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。twitterやfacebookのメッセージでは受け付けておりません。当方からの「予約受付」の返信を以ってご予約完了となりますので、返信が無い場合は恐れ入りますがご連絡ください。
E-mail: info@tokinowasuremono.com

●今日のお勧め作品は、横尾忠則の初期名作と、安藤忠雄の版画処女作です。
20171114_yokoo2横尾忠則
作品集〈今日の問題点〉より
《写性》
1969年
シルクスクリーン
イメージサイズ:19.0×13.6cm
シートサイズ :19.8×19.8cm
Ed.70  サインあり


12安藤忠雄
《SCENE I/WALL》
1984年 シルクスクリーン
Image Size: 38.0×38.0cm
Sheet Size: 65.0×50.0cm
Ed.150  サインあり
*現代版画センターエディション
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


◆ときの忘れものは「安藤忠雄展 ドローイングと版画」を開催しています。
会期:2017年9月26日[火]〜10月21日[土] 11:00〜18:00 ※日・月・祝日休廊
201709_ando

●六本木の国立新美術館で「安藤忠雄展―挑戦―」が開催されています。
会期:2017年9月27日[水]〜12月18日[月]
オープニングのレポートはコチラをご覧ください。

●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第19回

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」

第19回 祝祭の時間


今回は先月15日からブレゲンツ美術館(Peter Zumthor設計)で開催されている展覧会について紹介しようと思います。(概要はKunsthaus Bregenzも参考にしてください)

ブレゲンツ美術館は、スイスとドイツ、オーストリアが接するボーデン湖沿いのオーストリア側にある街ブレゲンツにある市立美術館で、ピーターズントーの代表作の一つとして知られています。(詳しくは過去の記事にて)
1997年に竣工し2017年の今年はオープン20周年の節目にあたるため、美術館はズントー事務所に展覧会を打診しました。実は10周年であった2007年にもピーターズントー展が行われ、その際は主に建築プロジェクトを説明する大きな模型とドローイング、インタビューで展示が構成されました。それもあってか今回はズントー建築を説明し紹介するいわゆる“建築の展覧会“ではなく、ズントー自身がキュレーターとなって展覧会をオーガナイズするという趣旨で始めから一貫して進められていきました。

具体的な企画とデザインがスタートしたのは今年に入ってからでしょうか。まずは美術館の縮尺1/50の簡単な空間模型をコンクリートで作り、(日本で言うところの)1階から4階までの各階にどういった展示企画を入れていこうかと話し始めます。この段階から後に1階はコンサートホール、2階は写真展、3階は図書室、4階はガーデンとほぼ案は固まり、では誰が何をどうするかというトピックに移りました。

タイトルはDear to me。込められた意味としては、ピーターが気に入って大切にしているモノや事柄を共有できる場所にしたいということです。ピーターの息子はドラムをメインの楽器として身の回りのモノを扱って音を創り出すミュージシャン。その彼が演奏家をオーガナイズして主に1階で行われる演奏会のプログラムを詰めていきます。全体のマネージメントはピーターの義理の娘が舵取りをし、建築制作的な部分は僕の担当に決まりました。

ズントーはパンフレットの冒頭の言葉で次のように語っています。
Denken ist eine Linie, Emotionen sind Raum.
Ich liebe das Denken in Bildern.
Räume schaffen können, die berühren,
wie gewisse Passagen in der Musik von Mahler oder Wagner,
komponiert mit den Mitteln von Schönberg oder Webern,
mit der Energie und Transparenz von Strawinski — das wäre schön.
Aber jetzt ein Fest!

思考は直線的で、感覚は空間的だ。
(図面に描かれた思考の線は、建築空間となって感動を呼ぶ)
私は情景を思い浮かべながら考えることが好きだ。
グスタフ・マーラーやリヒャルト・ワグナーの音楽にある音符群のように、
アルノルト・シェーンベルクやアントン・ヴェーベルンが編曲で行なったように、
イーゴリ・ストラヴィンスキーの曲がエネルギッシュで透明感があるように、
建築空間も創られ、そして人の心を動かすことができる。そうあって欲しいと思う。
さぁ祝祭の時間だ!(筆者訳)



IMG 02

1階はグランドピアノのあるステージが中心にあります。ステージ上部には音響のために天井板が吊られ、建物の主構造であるコンクリート壁にも抽象的な幾何学の音響パネルがいくつか取り付けられています。ステージの周りにはレッドカーペットが敷かれ、どこかの授賞式のようにこれが“フェスティバル“であることが敢えて強調され、その上に今回の展示のために特別にデザインされた四種類の色と素材(深いオレンジ、青緑色、濃紫のベルベットと気紛れな生地のレザー)のアームチェアとスツール、そして二種類の素材(楓と洋梨の木)と大きさの異なる円形テーブルがあります。

IMG 07

これらの家具は以前紹介した家具メーカーが中心となって制作されました。

美術館にまず入るとバーカウンターがあり、そこでチケットを購入しフリードリンクを受け取ります。演奏やディスカッションがないときでも、休日の朝にゆっくりとカフェを愉しみに来てもいい、なんて少し気取って行ってみたくなる(笑)ようなで場所であり、また同時にカジュアルな親しみやすさもあります。それはひとえに天井が高いということにとても関係しているのではないでしょうか。
6メートル20センチある天井高さと400平米強の広い空間は通常の建物ではなかなかあり得ないワンルームの大きさで、カフェとして使うにはとても贅沢。ぽかーんとした心地良い静けさとガラスを通して入ってくる朝の柔らかな光が “こういう大きな気積のあるカフェをいつも設計したかったんだ。やっぱり良いね“ と思わず口に出したい気持ちにさせます。少し奥まったところには映像作家がまとめたピーターのインタビュー(計30分)があり、ヴァルスの温泉施設を設計した若い頃の貴重なインタビューなども視聴することができます。



IMG 03

2階はクラシックな展示空間で作品数はあまりないため、ブレゲンツ美術館の光と空間のコンセプトがよく見て感じられます。壁にはヘレン・ビネット(Hélène Binet)によって撮影された、ギリシャのランドスケープアーキテクト(Dimitris Pikionis)がデザインしたアテネにある舗装路の写真、ピーターのお気に入りです。作品の由来はともかくとしても、光と陰がモノクロによっては強調され、ヌメッとした舗装石の表情がぐっと感覚を惹きつける非常に力のある写真です。
写真レイアウトは当初計画したものから写真家自身が会場で変更し、一瞬アレっと思うほどの余白があります。配置を移動したい衝動に少しだけ駆られながらも、確かにこの写真は間隔を狭めて並列して展示するには強すぎるな。という気持ちにもさせてくれる。僕がとても感心してしまったのは、自分からはこうしない(勇気がなくてできない)だろうという微妙な、同時に絶妙な余白だからです。

中心にはオルガ・ノイヴィルス(Olga Neuwirth )による30分ほどの新曲がオルゴールとなっています。オルゴールなんて見たのも久しぶりだなぁ。とニヤッとさせてくれる遊び心があり(笑)、その穴の空いた約16mの紙は空中に滑らかな曲線を描いて天井から3点で支持されています。この綺麗な曲線は狙ったものではなく、はじめ単純に3点で吊ってチューリップのイラストみたいにしてみたらオルゴールが上手く回せず、試行錯誤のうちにたまたまできた形なのです。僕たちは恣意的に形をデザインすることを極力避けているのですが、こうした“出来てしまった形“が“作った形“よりも美しく見える瞬間がとても心地よいです。(とはいえ1階の壁にあるアコースティックパネルは若干、形が前にでてきていますが。。。)



IMG 04

3階は僕たちの事務所があるハルデンシュタインの隣り街(Chur)にある古書店のオーナーから借りた約40,000冊の本からなる図書室です。本棚は黒MDFで簡単に作られ会場でビス打ちして組み立てられ、高さ3メートル弱、三種類の幅があります。その本棚をまるで多角形で円を描くようにしてアレンジして中心に読書スペースを作り、時にはそこで小さな演奏会や作家による読み聞かせなどのイベントを行います。
この約40,000の本は傍からみるとほとんどバラバラに収納されており、AtoZの並びにすらなっていません。(もちろん美術館側からはあるシステムで管理されています) 来館者はただ自分の気の向くままに歩き本に出会う。建築デザイン図書や好きな作家の小説コーナーはここにはなく、それが逆にデータベース化された公立図書館や書店とは違って無造作に収納された自分家の本棚のようで、妙にプライベートな感じがします。一方で、フロア全体の照明を少し暗してクラシックな図書室のような雰囲気にしなかったことで、本棚と本たちが展示室の中に置かれた作品のように見えてくる瞬間があります。

IMG 09

またここにはライブラリーテーブルとスイスの老舗家具メーカー(Horgenglarus)の椅子があり、スタンドランプはこの展示のためにデザインされイタリアの照明メーカー(Viabizzuno)から販売されます。

ここまで会場を登ってくると少し疲れてきますが、最上階には最も美しい展示があります。



IMG 10

スイス出身のアーティスト、シュタイナー・レンツリンガー(Steiner & Lenzlinger)によるガーデンのインスタレーションです。タイトルはルンゲンクラウト(Lungenkraut)。自然の枝木や木の実の殻など、そしてどこかの景品でもらったようなプラスチックのおもちゃなどを組み合わせて創られた美しいオブジェが天井からモビールのように吊られ、微かな風でゆっくりくるくると回って重力を感じさせないように浮遊しています。ルンゲンとはドイツ語で肺を意味し、展示物も肺で呼吸したように膨らんだ表現のものが多いため強い生命感も感じさせてくれます。
打ち上げの食事会で本人たちと出会い、今までいろんな場所で展示をしてきたけれど初めて展示作品を吊っているワイヤーが見えない状態の展示空間に出会うことができた。と話していたのが印象的でした。つまり会場が柔らかい光に満ちていて、どの方向からも強い光がないため影ができにくいのです。



オープニングには988人が訪れて会場は人混みとなりました。エントランスから2階へ向かう階段への動線は混み合って進めず、そのため来館者は一旦地下へ降りてそこからエレベーターで2階へ登るという不思議な動線を頼りにせざるを得ない事態になりました。(後々聞いたことには1997年にオープンして以来の来場者数だったそうです)
会場で出会った知人やプレス関係者に話を聞くと、建築家ピーターズントーの展示を目当てに来たものの、具体的に何の展示をしているのかは事前にチェックしていなかった、もっと言えばチェックせずとも、もちろん建築の展覧会だろうとタカをくくっていた人がほとんどで、十中八九に戸惑いと驚きの混じった印象を持っていました。それはこれがズントーがオーガナイズした展示であって、ズントー建築プロジェクトを紹介しているわけではなかったからです。

とはいえ、戸惑いの後に来るのは “なるほどなぁ“ という驚嘆。建築家による建築プロジェクト展は見たいけれど、4階フロアの会場では間延びしてしまうかもしれない。そこでこうしたズントー自身の作品を紹介するのではなく言わば “ズントーに影響を与えたモノや人たちを紹介してそこからズントーを導き出せ“ というメッセージは、とりわけクリエイティブな仕事をしている人たちにとってはなかなか刺激的な問いであったようです。

IMG 08

会期中の毎週末にはズントーと作家、音楽家もしくは美術家との対談があり、展示に参加しているヘレン・ビネットやオルガ・ノイヴィルス、さらには造園家ジル・クレマンや映画監督ヴィム・ベンダースなどの各方面のエキスパートも来ます。またアーティストによる演奏会や作家による読み聞かせなども行われます。一度来て見て終わりではなく、足繁く通って理解していく展覧会。“ズントーパス“というディズニーもビックリな会期中無制限に入場できるパスもあるので、機会がある人は是非足を運んでみてください。



掲載している写真のうち、1,3,4番目のものはブレゲンツ美術館のウェブサイトより
その他は筆者によります。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にETH Zurichに留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同事務所勤務。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

●本日のお勧め作品は、エド・ベイナードです。
20171010_baynard_01_hanaエド・ベイナード
「花」
1980年
木版
作品サイズ:70.0×100.0cm
A.P.11/16
サインあり


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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


◆ときの忘れものは「安藤忠雄展 ドローイングと版画」を開催しています。
会期:2017年9月26日[火]〜10月21日[土] 11:00〜18:00 ※日・月・祝日休廊
201709_ando

●六本木の国立新美術館で「安藤忠雄展―挑戦―」が開催されています。
会期:2017年9月27日[水]〜12月18日[月]
オープニングのレポートはコチラをご覧ください。

◆イベントのご案内
10月27日(金)18時〜中尾拓哉ギャラリートーク<マルセル・デュシャン、語録とチェス>
『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』刊行記念
*要予約:参加費1,000円

10月31日(火)16時〜「細江英公写真展」オープニング
細江先生を囲んでのレセプションはどなたでも参加できます。

11月8日(水)18時飯沢耕太郎ギャラリートーク<細江英公の世界(仮)
*要予約:参加費1,000円

11月16日(木)18時より 植田実・今村創平トーク<ジャパンネスのこと、都市住宅のこと>
現在フランスで開催中の<ポンピドーセンター・メス「ジャパン・ネス 1945年以降の日本における建築と都市」の報告をするとともに、建築展覧会のあり方、建築の表現についてお話をします。また、同展にてフォーカスされた建築雑誌『都市住宅』について、同展での展示の狙いなど、同誌の元編集長植田実さんとお話しします。(今村創平)
*要予約:参加費1,000円

ギャラリートークへの参加希望は、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。twitterやfacebookのメッセージでは受け付けておりません。当方からの「予約受付」の返信を以ってご予約完了となりますので、返信が無い場合は恐れ入りますがご連絡ください。
E-mail: info@tokinowasuremono.com

●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。
 ・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・関根伸夫のエッセイ「〈発想〉について[再録]」は毎月12日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は毎月17日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
 ・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。
 ・九曜明のエッセイ「植田実と本」[再録]は毎月23日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は終了しました。
 ・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は終了しました。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は終了しました。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は終了しました。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は終了しました。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。
 ・光嶋裕介のエッセイ「和紙に挑む」は終了しました。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました(時々番外編あり)。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第9回

佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」

第9回 インドの先住民Santal-Kheladangaの人々の家づくりについて-脱線2の2

シャンティニケタンの家作りのプロジェクトについて、続きを書きたい。前回、インドと日本の間を巡る自分自身の旅を、一つの物語として建築の中に架構する、などという回りくどい宣言をしてその稿を括ってしまった。現代の、様々なモノが容易にそして手早く出力・生産できてしまう世界において、建築は明らかに作られる速度が遅い。工場生産、部材の規格化が著しい日本でも、小さな住宅が建てられるのに半年程度はかかる。インドだと、雨季に工事が滞ったり、予期せぬ停滞やレンガを積み上げていくような人力仕事が主なので、1年弱あるいはそれ以上はかかる。ウェブコンテンツやアプリ開発に比べれば牛歩の如くである。さらには設計自体は建設工事が始まる前からやっているので、正味2年くらいはその住宅の何かしらを考え続けているのだ。

自分自身の移動の径を一つの物語として建築の中に架構するとは、つまるところ、そんな長らく続く建設過程における幾つかの要所となる段階で、自分がインドにいるべきか、日本にいるべきかを定めながら、プロジェクトを進めていこうということである。さらには、日本から自分に限らず、友人の大工・青島雄大、そして幾人かの作り手と共にシャンティニケタンの現場へ向かい、工事を協働する。建築はあくまでも実体のものであるから、”日本の家”なるものをインドで作って見ようとする時点で、何らかの折衷、あるいは並存の状況が現れることは間違いない。ならば変に取り繕うのではなく、両者が並存する舞台をいくらかの時間的尺度を備えて設えてみようとしている。

舞台と言っても、強引な乱闘、異種格闘技戦を現場で催す訳ではない。建築の主構造は、当初は木造を目指したが、現地の職方の技術の素朴さと気候の湿潤さゆえの虫の被害を考慮して、鉄筋コンクリート+レンガ積造とし、現地の職工が担当する。今年の4月から工事はスタートしたが、根切り、基礎工事、コンクリート打設、レンガ壁積、など絶え間なく現場から私のところに写真が送られてきている。現場ではコンストラクション・マネジャーが一人いるようだが、細かな指示や日本にいる私との調整はなんと施主自身がやっている。2017年10月現在、すでに二階の壁までは現場でできており、若干の工事の遅れはあるが年末までには躯体は完成しそうな見込みである。

171004-1現場写真。コンクリートの構造とレンガ壁はほぼ同時に施工される。レンガ壁に穴を空けておき、そこに竹を差し込んで内部足場とする。分業化されていない多能工が融通の利く材料を使って取り組む場当たり的な現場であるからこのようなアクロバットができるのだろう。空いた壁の穴はいくつかそのまま残す予定である。背後に施主がコツコツと手入れする鬱蒼とした庭が見える。


171004-2現場写真。梁の型枠を支える支保工は竹とレンガブロック。


171004-3現場写真。2階はね出し部分の床の型枠。


171004-4現場写真。1階内部空間。現場では仕上げられるところから適宜工事を進めている。


日本からやってくる我々は、コンクリート+レンガの躯体が出来上がったあとの内部空間で木造と木工家具を主とした工事を行う。日本からいくらかの木材と部材を持って大工と共にインド現地に入り、階段の手すりを含む吹き抜け空間での立体架構を基点として内部全体に造作を布置する。野物と化粧という関係を少し広く捕まえるとすれば、インドの職工が作るコンクリート+レンガが野物となり、日本の大工を始めとする我々の内部造作が化粧となる。野物というものは本来化粧に隠され、また化粧は下地としての野物に従う(化粧に合わせて野物が設えられるとも言えるが)ものであるが、ここでは化粧である内部造作それ自体がシステムを持って自律し、必ずしも野物を隠さない。内外の序列と工事の順序を持ちながら両者の並存、力関係をどう調停するかが肝だろうと考えている。

先月、東京・北千住のある建設現場の中の一画を占拠して、このシャンティニケタンの家作りの準備をしていた。北千住の現場も、比較的規模の大きいコンクリート躯体に対して新たに木工造作を挿入する形であり、その現場での作業から様々なアイデアが飛び火してくる。主に家具についてのアイデアを思いついたので、早速、大工・青島にそのプロトタイプを制作してもらった。それぞれの家具が備えている赤い小さなキューブは、日本から道具、あるいはお土産まがいのエレメントを詰めてインドに持っていくための梱包箱である。そしていくつかの脚部材も日本から持ち込み、ノックダウン方式で、その箱と共に現地で家具として組み立てようとしている。現地ではさらにインドの溶接工に依頼して鉄部材を用意してもらい、木工家具とドッキングさせる。異なる作業段階の時間的な偏差と、長距離移動の手間が、このプロジェクト自体の根拠となっており、また創作表現の基軸を担う。私自身がインドにこだわって滞在と移動を続けているのは、そんな表現の可能性を確かめたいからである。

171004-5木工家具のスケッチ。箱のアイデアは実は以前からあった。持ち運びができまた収納ともなる、長持のようなスケールと、江戸時代の裁縫台の構成が組み合わさったような形をイメージしていた。それが日本-インド間を移動するという前提を備えて工作プロセスを含めて変容した。


171004-6木工家具の制作。制作は青島雄大。


171004-7プロトタイプとして制作した木工家具。足元の十字部分に鉄のフレームを現地で差し込み座面を付加する。背後にあるのは住宅の内部模型。


さとう けんご

■佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。
URL: http://korogaro.net/

●今日のお勧め作品は、石山修武です。
20171007_01710石山修武
《やがて廃墟を歩く足も出現した》
2016年  銅版
イメージサイズ: 15.0x15.0cm
シートサイズ: 26.0x25.3cm
Ed. 5  サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆ときの忘れものは「安藤忠雄展 ドローイングと版画」を開催しています。
会期:2017年9月26日[火]〜10月21日[土] 11:00〜18:00 ※日・月・祝日休廊
201709_ando

●六本木の国立新美術館で「安藤忠雄展―挑戦―」が開催されています。
会期:2017年9月27日[水]〜12月18日[月]
オープニングのレポートはコチラをご覧ください。カタログと展示はまったく違う構成になっており、建築展として必見の展覧会です。

◆イベントのご案内
10月27日(金)18時〜中尾拓哉ギャラリートーク<マルセル・デュシャン、語録とチェス>
『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』刊行記念
*要予約:参加費1,000円

10月31日(火)16時〜「細江英公写真展」オープニング
細江先生を囲んでのレセプションはどなたでも参加できます。

11月8日(水)18時飯沢耕太郎ギャラリートーク<細江英公の世界(仮)
*要予約:参加費1,000円

11月16日(木)18時より 植田実・今村創平ギャラリートーク<ポンピドーセンター・メス「ジャパン・ネス 1945年以降の日本における建築と都市」展をめぐって(仮)>
*要予約:参加費1,000円
ギャラリートークへの参加希望は、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。twitterやfacebookのメッセージでは受け付けておりません。当方からの「予約受付」の返信を以ってご予約完了となりますので、返信が無い場合は恐れ入りますがご連絡ください。
E-mail: info@tokinowasuremono.com

●埼玉県立近代美術館で開催中の「駒井哲郎 夢の散策者」展は会期も残り少なくなってきました。
会期:2017年9月12日[火]〜10月9日[月・祝]
ときの忘れものも出品協力しています。企画を担当された吉岡知子さん(同館学芸員)に<企画展「駒井哲郎 夢の散策者」に寄せて―武田光司氏のコレクション>をご寄稿いただきました。

●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。
 ・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・関根伸夫のエッセイ「〈発想〉について[再録]」は毎月12日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は毎月17日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
 ・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。
 ・九曜明のエッセイ「植田実と本」[再録]は毎月23日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は終了しました。
 ・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は終了しました。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は終了しました。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は終了しました。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は終了しました。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。
 ・光嶋裕介のエッセイ「和紙に挑む」は終了しました。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました(時々番外編あり)。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

植田実「美術展のおこぼれ」第45回<日本の家 1945年以降の建築と暮らし>

植田実のエッセイ
「美術展のおこぼれ」第45回


日本の家 1945年以降の建築と暮らし
会期:2017年7月19日―10月29日
会場:東京国立近代美術館

 いろんな意味で、必見の展覧会だ。
 建築に関わるひとにとって。でないひとにとってはなおいっそう。建築展は実物がそこにないものを見るのだから、はじめから何か面倒に出会う覚悟で行くことになる。その気持ちを少し掘り下げると、美術展だって同じだ。実物の絵を目の前にしながら、これを美術の現実と言い切るのはむつかしい。5年ほど前、松本竣介生誕百年記念展が、岩手、神奈川、宮城、島根の各県立美術館と東京の世田谷美術館を10ヵ月かけて巡回したとき、綿貫さんに言われて、この5美術館の展示を追っかけ訪ねたことがある。出展作品とその構成は基本的に同じで、カタログも同じだが、展示空間は当然それぞれに違う。部屋の大小、天井の高さ、壁面の長さや配置が違う。それ以前に絵と絵の間隔がわずかに広かったり狭かったりするだけでも、竣介の同じ絵画が毅然としたり親しみを帯びたり微妙に変化するのに驚いた。絵が生きて動いていた。
 建築展はそれに比べると、会場の外、遠くにある実物と、会場内でのその反映・写し・説明とのあいだの距離を読みとる展覧会である。「日本の家」展はまずオープニングに行ったけれど、その距離を楽しむには人も展示物も多くて疲れてしまい早々に退散した。その後はカタログでひととおり見当をつけ、数日前にもう一度竹橋のMOMATを訪ねた。3時間ほどかけて見てまわったが時間切れ。やはり多い。なのでとくに印象的だったものを3つだけ挙げて報告にする。全体を知るには自分で行って見てくるのがやはりいちばん。
 その1。ヴィデオがけっこうある。全部見たけれど、アトリエ・ワン設計の「ハウス&アトリエ」がよく分かった。ここには2回ほどお邪魔して、私的な住まいゾーンと公的な仕事場ゾーンの混然一体を垣間見たし、写真や図面もそこを核心として語っていたのだけれど、まだ理念としてのレベルが残るとも思えたのである。今回のヴィデオはそこがすでに堅固な構造体として働いていて、この時代におけるきわめてヴィヴィッドな提案であることを一瞬にしてとらえている。とにかく大勢のスタッフが動きまわる。プライヴェートな場面がある。それらがあくまでも建築の描出になっているのだ。
 その隣に石山修武の「世田谷村(自邸)」に入りこんだヴィデオ。住まいのほかに工房、スタジオ、その他の機能が重層し、アトリエ・ワンの住居と仕事場と共通するところがありそうだが、その建築はヴィデオによって明らかにされない。というか隠されている。屋上の菜園や屋内の暗いところで何かがずっと動いている気配だけがある。当の石山修武が手にした小さな銅板をドライポイントふうに彫りつづける姿だけがある。(ときの忘れもの註:グランドをひいて銅板をお渡ししていますが、そんなことはお構いなしにドライポイントあるいはビュランのように彫っています。)そんな小さな時間だけで、この世田谷村がめざす壮大な自給自足の家が見事に描かれている。
 この2本のヴィデオ制作者の名を見ると、石山友美。映画「少女と夏の終わり」、「だれも知らない建築のはなし」の監督であり、世田谷村は住まい手として知りつくしている。そこから十分に計算された対照的なヴィデオになったのか。
 建て主であり住まい手である人々へのインタヴューのヴィデオもいくつかあって興味深い。語り続ける表情にひきこまれていくうちに、家の所有や生活の豊富化といった局面が意識の中で強まってきて戸惑う。構成上、話に終わりがなくなり建築と住むこととが相対化してくる。そのなかで中山英之設計の「О邸」のヴィデオには人も見えないし声も聞こえない。椅子やカーテンやドアや窓が沈黙の表れのように静止画に近いかたちで淡々と写される。デザイン・ディレクターである施主の撮影と編集によるものらしいが、住む人の存在がいちばん見えているヴィデオでもあった。
 これらのヴィデオは当然、カタログでは見ることができない。とくに今回展のカタログは、展示の方向性を大きくとらえたあとはかなり自由に制作されており、独立した建築誌として読むこともできる。
 会場で印象的だったその2。
 西沢大良設計の「大田のハウス」のスタディ図面がそれで、東西に長い西入りの矩形の敷地に、さらに細長い箱のような住棟を北側に寄せて南面をあける。一見まるで単純な配置を執拗に検討する12点の図面(カタログ145ページ)がすごい。その隣のもう1枚はもっとすごい。住棟内の階段室を赤いインクで寸法チェックと併せて繰り返すとても小さな手描きの検討図面は、建築家というひとの誠実な怖さに直に触ってしまう迫力で、会場ではダントツの展示物だ。この生々しさは印刷にしたら消えてしまうだろうなと思いつつカタログのなかを探したら、図面そのものが省略されていた。
 その3。
 会場入口に掲げられていた「ごあいさつ」のパネル。
 本の表紙かとびらページみたいに、どの企画展でも会場の入口まわりに必ず見られる、あのパネル。企画の主旨を簡潔に述べている。当然カタログの巻頭にもまったく同じ文章が再録され、私もそれを読んで美術館にやってきた。にもかかわらず、あらためて「ごあいさつ」に向きあうと違う文章なのだ。会場という現場でこそ、人々を迎える主催者の、決断と高揚がストレートに伝わってくるからだ。展示そのものとカタログとはやはり違うのである。
 会場では「50人(組)を超える建築家による75件の家」を「13のテーマ(系譜)に分けて」(「ごあいさつ」より)、写真、図面、模型、ヴィデオ、モックアップ(実物大の部分模型)などの多様なプレゼンテーションで見せている。13のテーマとは、日本的なるもの、プロトタイプと大量生産、閉鎖から開放へ、家族を批評する、等々の、1945年以降の住宅を見直す切り口でもあり整理棚でもある。
 建築家による住宅建築の代表例を選んで展示する企画はこのところなぜか集中して、例えば「戦後日本住宅伝説」展(2014‐15年、埼玉県立近代美術館、ほか)では16件、「日本、家の列島」展(2017年、パナソニック汐留ミュージアム。ヨーロッパでの巡回展は3年ぐらい前から行なわれてきたらしい)では「昨日の家」のブロックに14件、まちなかでのスナップ写真を集めた「東京の家」36件、写真、図面、住まい手へのインタヴューなどでそれぞれを紹介する「今の家」21件を選んでいる(カタログを参照した)。「伝説」と「家の列島・昨日の家」では1950‐70年代の住宅が中心であり、丹下健三の「住居」、菊竹清訓の「スカイハウス」、東孝光の「塔の家」、安藤忠雄の「住吉の長屋」などのよく知られる事例がダブっている。量も質もほかのどの国に負けない日本の「建築家による住宅」のなかから、かなり特異な事例までが迷わず選ばれた結果、戦後日本の代表的住宅といえばどこも同じようなラインナップになる。展覧会だけではない。雑誌や単行本の特集を加えればさらに動かし難い歴史になっていく。「建築文化」別冊「日本の住宅50年」(布野修司編1995年)では42人の建築家・評論家がひとり10点の持ち点で選んだその集計結果は「塔の家」「スカイハウス」「住吉の長屋」が最高得点になった。現実に個人が所有し(していた)、住んでいる(いた)物件を人気投票みたいに順番をつけて評価することに問題ないのか気にもなるが、それはひとつには「外からの眼」の自然な漂着点なのかもしれない。
 住宅の基本は、外から入れない建築である。仮りに客として招かれても住宅ではほんとうになかに入れたわけではない。その組織は建築という表層(屋内であっても)に端的に可視化され、だれもがそのとくに拒絶の表れに敏感に反応する。ひらたく言えばいっぷう変わった迷宮のような家がおもしろい。なかに入ってみたい欲望に襲われる。同時代の者はその不可能性から住宅を見始めた。それが過ぎ去った時代の住宅になれば遅れて来た者はさらに外からの眼を自覚し、優位に立つ場に向かう。生活という現在性(「スカイハウス」には50年代の、「塔の家」には60年代の、「住吉の長屋」には70年代の)を抜き取ればいっそう外から俯瞰しやすくなる。
 そのあたりの自己中心性を断ち切ったのは「戦後日本住宅伝説」展の「伝説」というネーミングだ。みな同質的に住宅事例を並べてしまうことの言い訳、ではなく正当性を言っている。建築家ひとりに1作品というルールも、大スクリーンを各作品コーナーのフロントとする(東工大百年記念館での坂本一成展のアイデアを譲り受けたとはいえ)手法も、明快でおもしろく分かりやすかった。
 「日本、家の列島」展は4人のフランス人(建築家と写真家)によるものだから、まさに外からの眼を通しての展覧会で、キュートで愛らしいカタログらしからぬカタログにも、その企画内容がよく表れていた。
 対して「日本の家」展は、内側から見せようとしている眼を感じる。
 まず13のテーマに分別することで年代的序列から住宅を語り、時代を追って説明する常套から逃れている。それなりに各住宅のリアリティを支えていた属性が剥離して、どこか不安定になった姿でもある。例えば形態や構成にある共通性が見られるがそれらの住宅を生んだ時代背景や状況があまりにも違う。見た目が似ているからこそ別々のものとして考えたいと思っていた住宅が同じテーマの下に連結されているのを見る落ち着かなさ。また例えばその住宅が出現した当時、住宅に対する自分の慣習的見方を徹底して否定された衝撃を長年確信してきたのに、それとはマギャクなテーマのなかに追いこまれているのを見る生半可感。だがじつはこの身の置きどころがないような気分こそ、「日本の家」展の醍醐味である。建築本来の生命を弱めることもある、テーマの下での批評という外科的処置に、ここで疑問や不信を口に出したら負けだ。それをいちばん痛感しているのはほかならぬ監修者で、そこを自ら乗り越えるように書かれた各テーマや作品例の解説は、だからとても丁寧だ。それが新たな住宅観へと案内してくれるかどうかは、自分が会場内に立ってみて判断することである。
 だから繰り返し言わせてもらいます。必見の展覧会だ。
2017.9.20 うえだまこと

●展覧会のご紹介
20171006_チラシ


20171006_チラシ裏
「日本の家 1945年以降の建築と暮らし」
会期:2017年7月19日[水]〜10月29日[日]
会場:東京国立近代美術館
   千代田区北の丸公園3-1
   Tel. 03-5777-8600
開館時間:10:00〜17:00(金・土は21:00まで)※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜(10月9日は開館)、10月10日

本展は日本の建築家56組による75件の住宅建築を、400点を超える模型、図面、写真、映像などを通して紹介する壮大な試みです。
時系列ではなくテーマごとの展示になっているので、「日本の家」の特徴を深く理解いただけます。2016年秋からローマ、ロンドンを巡回し、いよいよ東京で開幕します。

出品建築家一覧:相田武文、青木淳、東孝光、アトリエ・ワン(塚本由晴+貝島桃代)、阿部勤、安藤忠雄、五十嵐淳、生物建築舎(藤野高志)、生田勉、池辺陽、石山修武、伊東豊雄、乾久美子、o+h(大西麻貴+百田有希)、大野勝彦+積水化学工業、岡啓輔、柄沢祐輔、菊竹清訓、岸和郎、隈研吾、黒川紀章、黒沢隆、金野千恵、坂倉準三、坂本一成、篠原一男、篠原聡子、島田陽、白井晟一、清家清、妹島和世、丹下健三、手塚建築研究所(手塚貴晴+手塚由比)、dot architects(家成俊勝+赤代武志)、中川エリカ、中山英之、難波和彦、西沢大良、西沢立衛、西田司、長谷川逸子、長谷川豪、広瀬鎌二、藤井博巳、藤本壮介、藤森照信、前川國男、増沢洵、宮本佳明、無印良品、毛綱毅曠、山下和正、山本理顕、吉阪隆正、吉村順三、アントニン・レーモンド
(東京国立近代美術館HPより転載)

20171006_カタログ『日本の家 1945年以降の建築と暮らし』図録
2017年
新建築社 発行
255ページ
29.7x22.2cm


20171006_石山石山修武
「幻庵」
1975年


石山修武_世田谷村石山修武
「世田谷村」
2001年


20171006_阿部阿部勤
「中心のある家」外観
1974年


20171006_阿部_2内観


◎臨時ニュース
ただいまフランスのポンピドーセンター・メスで<「ジャパン・ネス 1945年以降の日本における建築と都市」展が開催されています。同展のオープニングに出席された今村創平さんと、同展カタログに執筆された植田実先生のお二人によるギャラリートークを来月11月16日(木)18時より開催することになりました。
詳細は近日中に発表します。
*要予約:参加費1,000円
ギャラリートークへの参加希望は、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。twitterやfacebookのメッセージでは受け付けておりません。当方からの「予約受付」の返信を以ってご予約完了となりますので、返信が無い場合は恐れ入りますがご連絡ください。
E-mail: info@tokinowasuremono.com

●本日のお勧め作品は安藤忠雄です。
01安藤忠雄
住吉の長屋
1998年 シルクスクリーン
Image size: 43.0×69.5cm
Sheet size: 60.0×90.0cm
Ed.35  サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆ときの忘れものは「安藤忠雄展 ドローイングと版画」を開催しています。
会期:2017年9月26日[火]〜10月21日[土] 11:00〜18:00 ※日・月・祝日休廊
201709_ando

●六本木の国立新美術館で「安藤忠雄展―挑戦―」が開催されています。
会期:2017年9月27日[水]〜12月18日[月]
オープニングのレポートはコチラをご覧ください。カタログと展示はまったく違う構成になっており、建築展として必見の展覧会です。

『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』刊行記念ギャラリートークのご案内
日時:2017年10月27日(金)18時
講師とテーマ:中尾拓哉<マルセル・デュシャン、語録とチェス>
*要予約:参加費1,000円
必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
E-mail. info@tokinowasuremono.com

●埼玉県立近代美術館で15年ぶりとなる「駒井哲郎 夢の散策者」展が開催されています。
会期:2017年9月12日[火]〜10月9日[月・祝]
ときの忘れものも出品協力しています。企画を担当された吉岡知子さん(同館学芸員)に<企画展「駒井哲郎 夢の散策者」に寄せて―武田光司氏のコレクション>をご寄稿いただきました。
20170911_駒井哲郎_裏


●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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映画「ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ」

20170913_ル・コルビュジエ


20170913_ル・コルビュジエ_裏


ル・コルビュジエ映画試写会

先日、植田実先生と「ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ」の映画試写会に行ってきました。
アイリーン・グレイの家具はいくつか知っていましたが、恥ずかしながらその生涯については全く知りませんでした。
このお話の中心は家具デザイナーであるアイリーン・グレイの生涯と、彼女が設計したカップ・マルタンにある〈E.1027〉を巡るお話。そこには、ル・コルビュジエフェルナン・レジェも登場し、アーティストの交流も垣間見られます。
ネタバレになるので詳しくは書きませんが・・・
アイリーンが設計した〈E.1027〉は恋人で建築家兼評論家のジャン・バドヴィッチのために考え尽くされた二人の住居。「住宅とは住むための機械である」と言うル・コルビュジエに対し、「住居とは人間を包む殻である」と真っ向から対立するアイリーンでしたが、コルビュジエが提唱してきた「近代建築の5原則」を取り入れ、コルビュジエが嫉妬するほど完成度の高いものとなりました。
当時、壁画を描くことに意欲を見せていたコルビュジエは、アイリーンに無断で〈E.1027〉に壁画を描き、アイリーンは心を痛めます。ここに登場するコルビュジエは腹立たしいほど強欲な悪者です。
映画に登場するアイリーンデザインの家具は凛とした佇まいで、美しく、エレガントでうっとりとさせられます。映像も綺麗なので、〈E.1027〉が映るシーンは食い入るように鑑賞しました。
数々の悲運に見舞われた〈E.1027〉ですが、2007年に仏政府機関に買い取られ、本格的な修復が始まったそうです。この映画の撮影のために内部を修繕され、いくつかの家具は復元され、実際のロケ地として使われたそうな。
10月14日より東京のBunkamuraル・シネマほか全国にて順次公開されるので、是非ご覧ください。
おだちれいこ

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ル・コルビュジエ ロンシャン礼拝堂にて 2009年 
Photo by Reiko Odachi

毎月17日に掲載している倉方俊輔さんのエッセイ「『悪』のコルビュジエ」もお読みください。


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最近、我が家の絵本に加わった『3びきのこぶた 建築家のばあい』にもアイリーン・グレイデザインのラグ「ブルー・マリン」が登場します。


IMG_3246こぶたの下に敷いているラグです。このラグは〈E.1027〉のためにデザインされたそうです。


●本日のお勧め作品は、ル・コルビュジエです。
33_corbusier_unite-11〈ユニテ〉より#11b
1965年
カラー銅版画
57.5×45.0cm
Ed.130  Signed

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


◆ときの忘れものは「安藤忠雄展 ドローイングと版画」を開催しています。
会期:2017年9月26日[火]〜10月21日[土] 11:00〜18:00 ※日・月・祝日休廊
201709_ando

●六本木の国立新美術館で「安藤忠雄展―挑戦―」が開催されています。
会期:2017年9月27日[水]〜12月18日[月]

●10月3日のときの忘れもの・拾遺 第6回ギャラリーコンサート 秋<カラス>は満席になりましたので、受付は終了しました。

『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』刊行記念ギャラリートークのご案内
日時:2017年10月27日(金)18時
講師とテーマ:中尾拓哉<マルセル・デュシャン、語録とチェス>
*要予約:参加費1,000円
必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。定員(20名)に達し次第、締切ります。
E-mail. info@tokinowasuremono.com

●埼玉県立近代美術館で15年ぶりとなる「駒井哲郎 夢の散策者」展が開催されています。
会期:2017年9月12日[火]〜10月9日[月・祝]
ときの忘れものも出品協力しています。企画を担当された吉岡知子さん(同館学芸員)に<企画展「駒井哲郎 夢の散策者」に寄せて―武田光司氏のコレクション>をご寄稿いただきました。
20170911_駒井哲郎_裏


●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」 第8回

倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」

第8回 時代からの出航 マルセイユのユニテ・ダビタシオン


倉方俊輔(建築史家/大阪市立大学准教授)


画:光嶋裕介(建築家)
原画

 優れた設計者が時代に乗って本領を発揮するとすれば、「建築家」は時代からズレたときに本領を発揮する。建築におけるモダニズムの中に、そんな作家の領分をはっきりと確保したのは、ル・コルビュジエだった。大文字の建築は延命した。モダニズムは建築の歴史の中の1ページとなった。作家の死が訪れることもなかった。建築の改革者ではなく、建築という聖域の擁護者としてのコルビュジエの像が明瞭になったのは、第二次世界大戦の後。戦後をちょうど20年生きた彼は、1965年に没した頃から一層、戦後から遡行して分析され、研究され、世俗の荒波の中にあってよく建築を守り抜いた聖人として、そのように建築家が存在できることのイコンとなった。
 マルセイユのユニテ・ダビタシオンは、その始まりである。1945年に復興・都市計画大臣のラウル・ドートリーから設計の話を持ちかけられ、官僚らとの多くの交渉の中での敷地や計画の変転を経て、1947年に着工した立体都市が、1952年に完成した。
 眺められるのは、打放しコンクリート仕上げで自らが何でできているかを露わにした、長さ約165m、幅が約24m、高さが約56mの直方体である。17層に337戸が収まっている。想定されている入居者は約1,600人。単身者向けから大家族向けまで、23種類の住戸タイプがある。
 巨大な直方体は34本のピロティに支持され、大地から浮き上がっている。ピロティは人間のスケールよりもはるかに大きい。構造体でありながら、描くカーブの中に配管類を通している。構造と設備は、直上のメガストラクチャーに続いている。コルビュジエが言うところの「人工土地」だ。中には機械設備が入る。構築された人工空間を、ピロティと人工土地はダイナミックな造形で持ち上げ、地上を歩行者に開放したことを誇っているのだ。
 直方体の中の共用廊下は、長手方向に5本しかない。各住戸は2層の構成となっていて、住戸内の階段で結ばれている。3階を1セットにして、断面方向に噛み合った形の真ん中に共用廊下が位置している。これは「室内道路」と命名された。廊下の総数を減らして空間を有効活用した分、幅は広い。上からも下からも中間に当たる7、8層の共用廊下は、そのまま公的なスペースへの動線になっている。確かに道路と呼べるかもしれない。ショッピングセンターがあり、薬局、郵便局、クリーニング店などが設けられ、ホテルの入り口もここに面している。
 この中間層にある公共施設を理由に、直方体の外観も変化する。2層吹き抜けの縦桟のブリーズ・ソレイユと、直接アクセスするための外階段がそれだ。ちまちました1層ごとの間取りにしなかったことと合わせて、遠望に応える存在感を増している。都市としての建築であることと、都市の中の建築であることは、こうして呼応し合っている。
 持ち上げられた直方体は、大きな声で大地と対話していた。都市と挨拶を交わした。最後に向き合うのは天空だ。この建物の最も造形的な要素は、屋上にある。幼稚園の入る部分は、まるで別に設計された一戸の独立住宅である。脚元のピロティとは異なって、こちらのピロティは戦前のサヴォア邸のごとく、重力と無縁であるかのような細い丸柱。ただし、外壁は打放しコンクリートと別物で、タイルが埋め込まれ、素材を扱う手の痕跡を強めている。
 脚元のピロティを反復するかのようでありながら、何も支えていないことで陽光の中でシュールレアリスティックな排気口。練ったコンクリートが放置され、凝固したような不整形な遊び場。タイルが輝くプールの水面。いずれも地中海沿いの都市であるマルセイユの空と海とに呼応する。同じ形状であるわけではなく、違う単語の同一言語であるようにコミュニケーションを交わしている。建築と既存の大地・都市との関係と同じように。
 建築は重力に規定されている。素材に規定されている。環境に規定されている。1920年代のコルビュジエは、それをいったん括弧にくくることで、人間の自由の幅を広げた。そんな条件に頼らない「無重力」の表現として、建築は十分に有効な、独自のアートであることを示した。
 マルセイユのユニテ・ダビタシオンでコルビュジエは、別の可能性を明快に提示した。重力、素材、環境は、もう表現において、あえて無視されてはいない。それらとかかわることができる。むろん、かかわらないことだってできる。どちらかを選択し、呼応の仕方を決めるのは人間だ。場合場合の選択によって、建築の可能性は拡張されている。
 建物は1952年の竣工以前から、すでに世界に影響を与え始めていた。第二次世界大戦後の復興において、模範の一つとなる作品として受け取られた。各地の集合住宅や都市再開発の中に、その残響を聞くことができる。

*****

 もちろん、現地を訪れて印象づけられるのは、後の多くの模倣者とは異なる存在感だろう。造形としての一体感がある。彫塑的な印象を強めているのが、打放しコンクリート仕上げだ。白あるいは淡い色彩に仕上げることが多かった戦前の彼の作品とは違った特徴は、すぐに世界中で流行した。打放しコンクリート仕上げという戦後の風潮に大きな影響を与えたことは、本作に関して特筆される事柄だろう。
 それでも戦前からのコルビュジエとの強い連続性は、組み立てられた感覚にある。1930年代以降、コルビュジエはジャン・プルーヴェと共同で、いくつものプロジェクトを進めた。これもその一つだった。当初、鉄骨造が検討されたが、遮音の関係などで断念された。代わりに採用されたのは、プルーヴェが提唱したワインラック状の構成である。鉄筋コンクリートのフレームの中に、工場生産した規格化されたユニットを挟むというものだ。結局はほとんど現場での生産となったが、コルビュジエは作品集において、ユ
ニット同士が独立してフレームの中に組まれていることを強調している。
 全体から分割するのではなく、独立した部分の組み立てとして建築を考える特徴が、戦前からコルビュジエには見いだせる。それが彼の後期作品と似て見えるかもしれない彫塑的なべたっとした造形作品との隔たり、配置計画から落とし込んでいく、ありきたりの集合住宅との違いでもある。
 単に住戸ユニットの特徴にとどまらない。ピロティ、人工土地といった構成も、個々の機能が組み立てられた一種の爽やかさを備えている。屋上のさまざまな要素にも、意味に取り囲まれた暑苦しさはない。工業主義的な威圧感からも、それと反対のテーマパーク感とも離れている。組み立てられた感覚があるからだ。
 個々の要素が分離して考えられることが、マルセイユのユニテ・ダビタシオンを孤立した傑作にはしなかった。各要素はそれぞれに発展可能だ。例えばピロティの脚の形態にしても、人工土地の考え方にしても、ビルディングタイプを超えて、それぞれに世界中で真似され、展開された。いや、都市的な複合体というビルディングタイプも、それ自体、独立して参照できる要素となる。全体を分解し、組み立てとして再構成し、しかも異なる機能が壁を隔てて同居する。組み立てられた感覚という持ち味は、クールにプログラムを再編するような、ずっと後年の建築にも影響を与えたことだろう。
 だから、言葉にすると奇妙かもしれないが、現在におけるマルセイユのユニテ・ダビタシオンの初体験には「初めて目にした」と「見たことがある」が同時にある。計画から70年近くの間に、この建築は散種され、私たちはすでに出会っている。

*****

 マルセイユのユニテ・ダビタシオンは、一方で重力・素材・環境と和解したことによる現地に適合した良作であり、他方で部分に分解されて世界各地の多くの設計者に消費されたのだろうか。その2つに解消できない要素がある。組み立てられた全体が目指した先だ。
 第二次世界大戦後の都市は、車によって変わった。ル・コルビュジエ自身も車による移動を念頭に置いた都市計画を下敷きに、マルセイユのユニテ・ダビタシオンの計画を練っている。しかし、なぜこの作品は、ここまで船舶のメタファーに満ちているのだろうか。
 車は第二次世界大戦後の都市をますます席巻する。個人が独立して所有し、自己顕示のできる存在である。機能が直接に反映した形態であることを超えて、流行し、買い換えるものだ。それは戦後の建築のメタファーで あるかもしれない。
 しかし、コルビュジエは、共同体である時代遅れの船舶にこだわっている。組み立ての向かう先は、そんな個人的な情念ではないだろうか。ここにいるのは、戦前のように時代に同伴する建築家ではない。
 ブリーズ・ソレイユや打ち放しコンクリートという本作における要素は、戦後に独立を果たした非ヨーロッパ諸国に用いられるだろう。個々にバラバラになるだけではなく、かといって世界一律でない、共同体としての船舶は、コルビュジエの思いを超えて、戦後という方向性のない世界に船出をした。そんな深みを持つ作品も、時代とズレたことによって可能になったのだった。
くらかた しゅんすけ

■倉方俊輔 Shunsuke KURAKATA
建築史家。大阪市立大学大学院工学研究科准教授。1971年東京都生まれ。著書に『東京レトロ建築さんぽ』『ドコノモン』『吉阪隆正とル・コルビュジエ』、編著に『吉祥寺ハモニカ横丁のつくり方』ほか。
生きた建築ミュージアム大阪実行委員会委員

表紙
『建築ジャーナル』
今年の『建築ジャーナル』誌の1月〜12月号の表紙を光嶋裕介さんが担当することになりました。
テーマはル・コルビュジエ。
一年間にわたり、倉方俊輔さんのエッセイ「『悪』のコルビュジエ」と光嶋裕介さんのドローイング「コルビュジエのある幻想都市風景」が同誌に掲載されます。ときの忘れものが企画のお手伝いをしています。
月遅れになりますが、気鋭のお二人のエッセイとドローイングをこのブログにも再録掲載します。毎月17日が掲載日です。どうぞご愛読ください。

◆倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は毎月17日の更新です。

●今日のお勧め作品は、光嶋裕介です。
20170917_04
光嶋裕介 "幻想都市風景2016-04"
2016年 和紙にインク
45.0×90.0cm   Signed
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ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

埼玉県立近代美術館では15年ぶりとなる「駒井哲郎 夢の散策者」展が開催されています。
会期:2017年9月12日[火]〜10月9日[月・祝]
企画を担当された吉岡知子さん(同館学芸員)のエッセイ<企画展「駒井哲郎 夢の散策者」に寄せて―武田光司氏のコレクション>をお読みください。

●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第18回

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」

第18回 州立美術館


Img01
今回はクールにある美術館を紹介しようと思います。

今、僕の住んでいるスイスのグラウビュンデン州の州立美術館は1875年にJohannes Ludwigという建築家によって建てられ、施主であるJacques Ambrosius von Plantaという(覚えるのが難しい)名前の方に因んで”Die Villa Planta”と名付けられました。その後、所有者が変わりながらも自然博物館として使用され1981年に新しい博物館にその機能が移転し、現在のように企画展ができる美術館として使用され始めました。
そしてズントー(Peter Zumthor)とPeter Calonder、Hans-Jörg Ruchが協働で改修をし、三年余りの工事を経て1990年には州立美術館として再オープンしています。

Img03
外からでもよく見える主な改修部分は、現在ミュージアムカフェのあるサンルーム部分と、本館と隣の別館(現在は解体され2016年にスペインの建築家Estudio Barozzi veigaにより新築されている)を繋いでいたブリッジ部分でした。

Img04
現在は(噂によれば構造家のPatrik Gartmannが引き取って)クールとハルデンシュタインの間にあるトウモロコシ畑の傍に置かれています。(今後どうするつもりなのでしょう。。)

img08
ブリッジを写真で見るとスチール構造のように見えるのですが実は木造で銀色に塗られています。なぜステインではなく、木のテクスチャを消すように厚く色を塗られていたのか?石造の本館と別館を繋ぐモノとして、“木造である“と見せることは素材として(の印象も含め)柔らかすぎたんだと僕は考えます。かといってスチールでは繊細ながらも重く堅すぎる。木造の軽やかさとスチールの堅強さという、矛盾しそうな2つの事柄の両義的な表現が必要だったのではないでしょうか?(実際は予算の関係で比較的安価な木造になったとかいうオチもありそうですが。。。)

Img02

サンルーム部分に関しては何度か足も運んでいたのですが、担当しているプロジェクトの参考にしようと気にかけながらチェックしていきます。建築に限ったことではないのですが、身の回りに溢れているもの、当たり前に見て使っているものほとんどすべては、何かしらの理に適って作られ購入され使われているのだと僕は思い込んでいるところがあります。
そして今回のように「さてミュージアムカフェってどんなところであるべきだったろう」と考え出すと途端に、そこにあって見ていたはずだったけれど、きちんと認識していなかった色々なモノがどんどん露呈してきて、初めてメガネを買ってかけた時みたいに良さも粗も見えてくる。はたしてどこか理に適って作られ、どこがまだ改善の余地があるままに放ったらかしにされてしまっているのか。そんな「皆は気づいていないかもしれないけれど、僕は見つけたぞ」という発見をすることは常に僕の好奇心を搔き立てて、物事を考え直し改善することの面白さを再認識させてくれます。

建築することは建築家個人が作家として持っている“何か“を、空間を提供することによって表現することかもしれないけれど、建築が建っている地域の中で(もっと言えば世界で)通用する建築空間を世界中の建築家たちによって日々改善し、時代によって変わりゆく社会に合わせながらも、生活環境を新しくより良くしていこうとする行為でもあると思っています。


建築には、建築雑誌を見て“これは凄いな“と思いながら舐めるように見てしまう建築があり、中でも毎日同じページをめくっても飽き足らずに忘れられないものはいつか訪れたいと強く思い、またその中で、偶然にも時期が巡ってきて遠く離れていても実際に訪れて体験することができる。
そういった話で言えば僕にとってこの州立美術館の改修は、別の建築を見に行ったついでに駅の近くにあったから行ってみよう、くらいの関心の持ちようであったと思います。

さて、久しぶりに訪れてみると本当に落ち着く。今日は天気も良く風が気持ちよかったので窓が一部開いていて、窓が開いていたのを見たのは初めてで、開けることができたんだと思わず驚いたくらいです。(もちろん把手があったので物理的には可能だったに違いなかったのですが、なぜか開けられないような、開けてはならないような気配がありました)

その爽やかな空間で寸法を測り始めると、少し不審に思ったのか、一人で勉強していた人が声をかけてきました。よくこのカフェへ勉強しに来ているようで、僕が「よくよく考えてみたらものすごい良い空間だったことに気づいた」と話すと「私もそう思うからかなり頻繁に来るんだよ、ここは明るくて比較的静かで心地よいから」と返事がきました。
建築は、特に新しく建ったばかりの建築、有名な建築家が設計した建築はいつも僕を魅了するけれど、自分が作り手として何かを探し求めている時には、意外と身の回りのなんでもない空間が最も心地よく時には斬新ですらあり、一番の参考になる。そんなことを発見した1日でした。
もちろん、今回は(たまたま)ズントーらの協働設計だったのですが。。笑
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にETH Zurichに留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同事務所勤務。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

●本日のお勧め作品は、クリストです。
Christo_19 (2)クリスト
《包まれたタイムズスクエアのビル》
2003
リトグラフ+シルクスクリーン、コラージュ
Image size: 77.5x59.5cm
Frame size: 85.0x67.0cm
H.C.(Ed.20)  Signed
*レゾネNo.187
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本日10日(日曜)と明日11日(月曜)は休廊です

◆ときの忘れものは12日から「今週の特集展示:駒井哲郎展」を開催します。
201709komai
会期=2017年9月12日[火]〜9月22日[金]
※日・月・祝日休廊
駒井哲郎の版画作品、詩画集など約10点を特集展示する他、恩地孝四郎南桂子国吉康雄フォーゲラー等の版画作品をご覧いただきます。


◆ときの忘れもののブログは建築関連のエッセイを多数連載しています。
佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。

倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は毎月17日の更新です。

大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。

植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は随時更新します。

光嶋裕介のエッセイは随時更新します。

藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は終了しました。

八束はじめ彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。

芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は終了しました。

建築を訪ねて

建築家の版画とドローイング

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佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第8回

佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」

第8回 インドの先住民Santal-Kheladangaの人々の家づくりについて-脱線2の1

第6回目の投稿(「脱線1」)の冒頭で、インドへの再訪が年末に延期となってしまったと書いたが、それは現地でいま進めている住宅建設(家づくり)のプロジェクトに遅れが出てしまったからである。今回はそのプロジェクトについて書いてみる。第6回目投稿と同じく脱線であるが、Kheladanga村の外に出て、南東へおよそ10kmほど離れたところの話であるので、6回目よりも大きく脱線する。といってもKheladangaがそもそも森の中にあるのに対し、プロジェクトの敷地はシャンティニケタンの中心部、Visva-Bharati大学と地続きにある住宅地域の一区画である。

そもそも、シャンティニケタンをはじめて訪れたのは2016年の春である。詩人ラビンドラナート・タゴールが一世紀前に創設した学校を見てみたいという素朴な動機からであった。また岡倉天心や横山大観をはじめとする幾人かの日本の表現者がベンガル地方を訪れていたことにも興味があった。そして大学を訪問し、日本語学科や芸術学科の教授らに面会して、その日に何かやろうと思い立ち、In-Field Studioという短期学校(ワークショップ)の開校を提案した。その後何回か足を運んで調整をし、2017年3月にIn-Field Studioを開催した(http://infieldstudio.net/)。その記録は少々遅滞してしまっているが、もうじき公開する予定である。

一方、住宅建設のプロジェクトは、そのIn-Field Studioの活動とは全く別に、けれども同じ町で同じ時期に始まった。先述のシャンティニケタン初訪問の2016年春に、その報告をインターネットにあげたところ、それをどこかで見たのか、知らぬインド人からメールが届いた。彼はシャンティニケタンに住み暮らしており、新しい家を地に作りたいと言う。そして、「日本の家」を作りたいとメールで書いてきた。すでに土地を購入し鬱蒼とした庭を作り続けており、設計図も現地建築家と相談して作成をしていた。その設計図について意見をもらいたいと言う。ほうほうと同封のファイルを開いてみると、「日本の家」とは決して形容できない、中華風の窓が取り付き、給水タンクを内包する煙突状のレンガ造りの塔屋も備えた、少々不思議な姿形をした家の設計図であった。ぜひやらせてほしいと、半ば勝手にこちらからも図面を作って返事を出した。自分が「日本の家」を設計できるという確信はなかったし、ましてや「日本の家」とは何かを考えても記号的なイメージだけが頭をよぎるだけで、その皮相な感触にそもそも自分が納得することができない。けれども、ともかく主にメールでスケッチや言葉を送りあい、途中2回ほど現地に模型を持って行っての打ち合わせを重ね、計画案を修練させていき、2017年春から現地で建設がスタートした。

1模型を眺める施主のNilanjan氏と現地建築家のMilon氏。


2施主がコツコツと拵えてきた庭。夏みかんや柿の木など、日本にも馴染みの深い草木が育っている。


こうして進んでいった家づくりであるが、実はもう一つの背景がある。シャンティニケタンは、詩人ラビンドラナート・タゴールが20世紀初頭に学校を創設した場所であることは先述の通りである。その学校には国外からも多くの指導者が集まり、日本からは仏教家、柔道家、そして芸術家といった様々な人間がその地を訪れた。岡倉天心もまさにそのころ都市カルカッタに滞在して『The Ideas of the East(東洋の理想)』を執筆し、シャンティニケタンでタゴールにも会っている。そしてシャンティニケタンを訪れた日本人の中に、カサハラ・キンタローという一人の大工がいた。彼の目的は、釈迦の悟りの地として知られるインド北東部の聖地ブッダガヤの修復とその調査であったが、道中のシャンティニケタンに立ち寄った。当時タゴールは周辺農村の自立復興のため農村の人々に木工技術を教えることのできる人間を探しており、カサハラが抜擢された。彼は木工だけでなく日本の庭作りも教え、タゴールの家にはカサハラによる内部造作と日本庭園が残されている。また郊外の森の中には瞑想のためのツリーハウスが建設されている。

3カサハラ・キンタローについて。なかなかネットや書籍などで探しても情報が無かったのだが、シャンティニケタンに”KASAHARA”というカフェが最近オープンし、そのレジカウンターの後ろに貼ってあった。


4シャンティニケタン郊外の森の中にカサハラが建設したツリーハウス。タゴールがしばしば瞑想の場所として使っていたという。ぼやけた写真であるがよく見ると幾つかの木組みの工夫がなされている。(写真:『Architecture of Santiniketan』より抜粋)


およそ一世紀前のこんな出来事、日本とインドをつなぐ先人の動きをまずはなぞってみようと考えた。たとえ近代化のフレームの中にあろうとも、「日本」とは何か、「日本」をどうするかを求めた彼らの行動は、確実にこのプロジェクトの創作の原点になるだろうとも直観した。

「日本の家」を求めるにあたって、行動と意志が先行した当時の彼らのように、自分自身が日本とインドの間を行き来する移動の軌跡(経験)自体を建築として具現化できないか。岡倉天心が「Asia is one」と高らかに宣言し、中国やインドに実際に彼自身が赴き現地の人々と思想を交わすことで、「アジア」と いうフィクショナルな領域を仮構したように、「日本」という幻影まがいの存在を幻影のままに、シャンティニケタンのこの計画で日本とインドの間を 巡る自分自身の旅を一つの物語として建築の中に架構してみようと考えた。

続く。

5プロジェクトの模型。


(このインドの家づくりのプロジェクトについて、SDレビュー2017(東京展:9月13日-24日、京都展:10月2日-29日)の展覧会に出展する予定です。http://www.kajima-publishing.co.jp/sd2017/

さとう けんご

■佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。
URL: http://korogaro.net/

●今日のお勧め作品は、オノサト・トシノブです。
20170907_onosato_184オノサト・トシノブ
《F-8》
1984年
シルクスクリーン
イメージサイズ:60.5x72.5cm
Ed. 100  サインあり

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佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。

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