建築を訪ねて

「高崎市のレーモンド建築ツアー」に参加して

高崎市のレーモンド建築ツアー

6月23日に群馬県高崎市で開催した「レーモンド建築ツアー」に参加してまいりました。
takasaki_raymond_05旧・井上房一郎邸(写真:塩野哲也)

この「レーモンド建築ツアー」は、文化のパトロンといわれた高崎の実業家・井上房一郎さんの生誕120年の記念すべき年ということもあり、ときの忘れものが主催、開催いたしました。ツアーでは旧井上房一郎邸(1952年竣工、麻布笄町のレーモンド自邸の写し)と群馬音楽センター(1961年竣工、レーモンド設計)の二つを、塚越潤さん(高崎市美術館長)と、井上さんと近しかった熊倉浩靖さん(高崎商科大学特任教授)のお二人に案内していただきました。
参加者は美術館の学芸員、大学教授、建築家、建築関係の編集者、銀座の画廊オーナー、アーティスト、企業の文化支援担当者など21名。私以外はいずれも建築にお詳しい方ばかりで、地元からも井上房一郎さんを直接知る方(高崎高校の卒業生)がお二人参加されました。

熊倉さんには以前ブログに「井上房一郎先生 生誕120年にあたって」を寄稿していただきましたので、合わせてお読みください。熊倉さんが井上房一郎とレーモンドの関係や歴史については詳しく書かれているので新米の私は建築に関して見聞きしてきたことをレポートしたいと思います。

まず、高崎駅から直ぐの高崎市美術館に附属する旧井上房一郎邸へ。
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講義をして下さるのは建築がご専門である館長の塚越潤さん。(写真:中村惠一)

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長く井上房一郎さんの助手を勤めた熊倉浩靖さん。(写真:中村惠一)
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晩年の井上房一郎さん(写真提供:熊倉浩靖)

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自邸を焼失してしまった高崎市の建設会社井上工業の社長・井上房一郎が、東京・麻布の笄町(こうがいちょう、現 港区西麻布)に建てられていたレーモンドの自邸兼事務所を再現しようとし、レーモンドの快諾、図面の提供を受けた後、井上工業の職員に建物を実測させ、1952年に建設したのがこの旧井上邸です。母屋との関係でレーモンドの自邸とは東西が反転しているのですが、レーモンドの建築の原型を伝える貴重な作品となっています。
奥に見える書は日本初のノーベル賞受賞者・湯川秀樹博士。井上さんと親交がありました。(写真:塩野哲也)
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ここが居間です。柱や梁を2つに割った丸太で挟み込んだ「鋏状トラス」がしっかり屋根を支えるとともにその圧倒的存在感を見せつけています。こういった構造が堂々と人目に付く場所に存在しているという事がなんだか新鮮で不思議に思えました。杉板と断熱材と野地板で作られる軽い屋根ぶきは地震に強く実際震災に見舞われた時も損傷はなかったとのこと。そして壁のベニヤ板には真鍮釘がびっしり打ってあります。間柱にしっかりくっつけてありこちらも意匠と耐震を兼ねて作られています。また、南側の引き戸(ガラス戸と障子)は広く開放する事が出来、庭園と一体となった部屋のように感じます。当時から日本の風土を考え抜いた設計だった事がうかがえますね。(写真:塩野哲也)

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「ここに井上さんがくつろいでいた舞台(日本舞踊のための)があって」と少年時代の思い出を語る綿貫不二夫。(写真:塩野哲也)

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高崎高校時代から井上さんに親炙した熊倉さん(右)と綿貫不二夫(左)(写真:塩野哲也)

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ついつい話に力が入ってしまう・・・(写真:塩野哲也)

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熊倉さん(左)と塚越さん(右)は高崎高校の仲の良い同級生です。(写真:塩野哲也)

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(写真:中尾美穂)

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(写真:中尾美穂)

file10113この旧井上邸で火打梁があるのは居間だけでした。面白いのは隅にあるのではなく真ん中にあるという点でデザイン面も考えられています。暖炉も居間の中央付近に位置しています。ちなみに電気溶接の無い時代のガス溶接でつくられた形のよい暖炉です。
入り口付近の鴨居上には壁がなく廊下と居間が一体になった広々とした部屋でした。(写真:新澤悠)

次に寝室へ。
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奥の窓は芯が外れています。寝室だけでなく、居間、和室、台所でも同じような窓に出会いました。(写真上:吉川盛一、下:新澤悠)

file10243これは台所の窓ですがこちらも芯外し。窓と柱が分離していることで窓を開け放つことができより光を取り入れて明るい空間になります。(写真:新澤悠)

file10167手前のソファベッドは引き出し式。ここにあるテーブルはレーモンドの妻であったノエミ・レーモンドのデザイン。ここからもこの建築が井上房一郎とレーモンド夫妻の合作であったことがわかる、と熊倉浩靖さん。(写真:新澤悠)

和室に行きます。
IMG_3304まず入って目の前南開口部に一本面皮柱が和の雰囲気を醸し出しています。この窓が四角く切り取られることで外の紅葉が迫ってくるように見えます。秋に来たいですね。(写真:尾立麗子)

file10191垂木の間隔は一尺二寸ピッチで統一され、それに合わせて、壁が少しずれています。(写真:新澤悠)

file10207高さの無い床板は奥行き2尺。本床の奥行きが一般的な3尺ではありませんがその理由は台所に行って分かります。(写真:新澤悠)

file10216和室前のこの建具。画像だとふすま2枚が見えますが実際もっと広くてふすま2枚では閉まりません。なのに2枚しかないのは謎だそうです。(写真:新澤悠)

file10222丸太同士はほぞに突っ込んであります。別の場所で丸太を組んで確認してから運んできたそうです。屋根の勾配は3寸と比較的ゆるい傾斜のため木組みが大変難しかったとの事です。丸太で挟んだ部分はボルトをつけただけというシンプルな造り。(写真:新澤悠)

台所です。今回のツアーでは普段非公開の台所、浴室も研究目的のため特別に見学させていただきました。
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奥の窓、向かって一番左が少し小さくなって意匠的なバランスを合わせています。そしてご覧のとおりキッチンの奥行きが段違いになっていて収納スペースと作業台、水場がうまい具合に配置されています。この壁反対側がちょうど和室の本床で、奥行きをずらすことが各部屋の役割をうまく手助けしています。(写真上:中村惠一、下:新澤悠)

浴室です。
file10261この浴室は入り口から正面に風呂、その奥に大きな窓があります。実際のレーモンド邸は庭の先にプールがあったそうですが浴室が閉鎖的な空間であったり暗かったりしがちな日本家屋と対照的な印象です。ちなみに壁には空気の循環を助けるラジエーターがあります。ラジエーターは居間、寝室でも確認できます。(写真:新澤悠)

file10279ここで仏間や茶室へ向かうのですが、この建物は日本の建築に合わせて軒が長くなっており雨がきれいに落ちるようになっているのです。この日ちょうど雨が降っていました。雨の滴り落ちる光景は風情があります。(写真:新澤悠)

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元々焼失した母屋の一部と言われる仏間。(写真:新澤悠)

file10297一間の押入れがあり奥に仏壇、位牌が入る。(写真:新澤悠)

茶室に向かいます。
file10321茶室は約4畳ととても小さく入り口は大人がやっと出入りできるほどの大きさ。(写真:新澤悠)

旧井上房一郎邸は井上さんの死後、市民財団に買い取られ、「高崎哲学堂」と呼ばれ講演会を開催するなど市民に親しまれました。現在は高崎市の所有となり、隣接する高崎市美術館が管理しています。
大きな居間と寝室の間に開けたパティオ、玄関があったり芯外しの窓があったり、空間の内外をなるべく隔てないような建築、それでいて日本の伝統的な和室も設けられている。これがモダニズム建築かと思いつつ、外観だけでなく災害の多い日本の風土を考慮した造りに名建築の名建築たる必要条件を思い知らされた気がしました。

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最後に玄関からのパティオと庭園。
もともとのデザインではガラス屋根は無かったそう。(写真3枚とも:吉川盛一)

〜〜〜〜〜
その後は群馬音楽センターへ。
レーモンドの代表作であるこの建物については、昨秋ときの忘れものブログ「10月25日はアントニン・レーモンド没後40年」で画廊亭主がその歴史などを書いていますので、今回は内容がかぶらないように建築になどにより重点をおいて見てゆこうと思います。
file10477この特徴的な側面の折板構造(不整形折面架板構造)の壁は剛性が大きくなることのほかにコンクリートの使用量が少なく経済的であることからも採用されたようです。施工は井上工業。完成は1961年(昭和36年)、画廊亭主が高崎高校に入学した年です。(写真:新澤悠)

file10468側面。折板構造がよくわかります。屋根の厚さはわずか12cmととても薄いのですが、旧井上邸の屋根の軽さを思い出します。(写真:新澤悠)

file103391階ロビー。目の前はアントニン・レーモンドギャラリー。レーモンドの作品を見ることができるとともに群馬音楽センターや旧井上邸の模型も展示されています。(写真:新澤悠)

file10366群馬音楽センター第一案模型(写真:新澤悠)

file10360群馬音楽センター第二案模型(写真:新澤悠)

file10348群馬音楽センター最終案模型(写真:新澤悠)

IMG_9972模型の展示に夢中になる面々(写真:中尾美穂)

file10372音楽センター緞帳下絵(写真:新澤悠)

filew柱のない特徴的な階段が見えます。(写真:新澤悠)

file10423竣工当初は東洋一といわれた壁画(ホワイエ・フレスコ画)。(写真:新澤悠)

いよいよコンサートホール内へ
takasaki_raymond_06コンサートはもちろん、歌舞伎や能、オペラなども上演される、光の差し込むコンクリートのホール。折板がこのホールに特有の残響特性をもたらす。
当日夜に「高崎市民吹奏楽団」のコンサートが予定されていましたが、楽団のご好意で本番前の練習をお聴きすることができました。(写真:塩野哲也)

IMG_9988特別に舞台裏に入らせてもらいます。折板は裏側まで続いています。ここから音楽が生まれるのかと思うと興味深いです。(写真:中尾美穂)

file10453天井を見上げると旧井上邸を彷彿とさせる構造が見えます。(写真:新澤悠)

この建物は高崎市の文化的シンボルとして高崎市民に親しまれているとのこと。老朽化で取り壊しの話も出たようですが、レーモンドの意匠を凝らした壮大な建築空間を全面的になくしてしまうのはあまりに惜しいですね。保存だけでなく、市民の方が使えるような再生がされればいいなと思います。
夕食は画廊亭主の同級生が経営する高崎きっての名店「魚仲」でした。

今回、新米の私はスタッフとして参加しましたが、建築や美術関係者など、専門家の方が参加してくださいました。そのため着眼点が多様で思いもよらぬ質疑応答があったりと知識を深めることができました。
参加された塩野哲也さんが編集刊行した『WebマガジンColla:J』7月号(高崎特集)もぜひお読みください。
現在、森美術館において『建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの』が開催中で、レーモンド作品も出品されています。とてもタイムリーな展示なので私も行ってみようと思います。
レーモンド建築にご興味のある方は軽井沢タリアセン園内の『ペイネ美術館』もおすすめします。レーモンドが1933年(昭和8年)に建てた「軽井沢・夏の家」と呼ばれるアトリエ兼別荘を移築したものだそうです。
今回お写真を提供してくださった、コラージ・塩野哲也さん、ベクトル・吉川盛一さん、中村惠一さん、ペイネ美術館の中尾美穂さん(順不同)、ありがとうございました。
講師として貴重なお話を聞かせてくださった塚越潤さん、熊倉浩靖さん、拙い素人の文章を添削してくださった高崎市美術館の学芸員の方には、たいへんお世話になりました。群馬音楽センターの事務局の方、本番直前の見学を快く承諾してくださった高崎市民吹奏楽団の皆様ありがとうございました。
この場を借りてお礼申し上げます。

それでは最後に今回のツアー参加者からの感想の一部をご紹介しながらお別れしたいと思います。お読みいただきありがとうございました。
(いたみちはる)
file10483(写真:新澤悠)

●STさん
先日は高崎ツアーのアテンド頂き、心より感謝申し上げます
群馬県立美術館から少林山、音楽センター、井上邸と
素晴らしいエッセンスをまわらせて頂き、本当に勉強になりました
熊倉先生や塚越館長はじめ、県美の田中さんや少林山のご住職など、
色々な方のお話を伺い、房一郎さんやタウト、レーモンドの実像が
多角的に浮き彫りになってきた感じがします
なかでも、音楽センターの素晴らしさには感嘆しました
これはぜひ、沢山の方に訪ねていただきたいと思いますので、
コラージ誌面でも、力をいれてご案内したく存じます
頂いた資料も大変な労作と思いました
本当にありがとうございました

●INさん
先日は充実した見学会、ありがとうございました。
参加者の方々とも有意義な意見交換ができました。

●NMさん
過日はありがとうございます。あのような機会を作ってくださって、心から感謝いたします。最初に熊倉さんのご都合を聞いてくださっただけでも光栄でしたが、みるまに豪華なツアー企画になっていて、綿貫さんのお力をあらためて知る思いでした。
夏の家ではふすまや暖炉がかなり型破りな感じでわかりにくかったのですが、井上邸の洗練された佇まいに目をみはりました。熊倉さん、塚越館長の専門的で詳細な解説をはじめ、皆様のお話とともに初めての見学ができましたこと、心からありがたく思います。行き届いた管理も羨ましい限りです。
音楽センターのトラスと曲線の構造もモダンで、雨が落ちるのがきれいでした。おっしゃるように雨天で幸運でした! 皆様の青春時代のお話、楽しかったです。

●TMさん
土曜日は初対面にもかかわらず温かく迎えてくださり
ありがとうございました。
美術館やギャラリーでの展示もそうですが、建築もやはり説明があるのとないのでは
大違いで、しかも井上さんを知る皆さまから直接お話しをうかがえた大変貴重な会に
参加できとても有意義な時間を過ごさせていただきました。
昔のパトロンは自分のことよりも社会全体のことを考え、器が違うと改めて思いました。
いま、そういう人たちはどこへいってしまったのだろうかと思います。

●HIさん
本日は大変お世話様になり、ありがとうございました。
熊倉さま、塚越さま、綿貫さまの貴重なお話、ありがたかったです。
お蔭様で、井上邸や群馬音楽センターを、高崎を、
本当の意味で楽しませていただいた気がいたします。
引き続き宜しくお願いいたします。
梅雨の時期、どうぞ御身お大切になさってください。

●KRさん(facebookより)
ときの忘れもの 主催の 井上房一郎&アントニンレーモンド ゆかりの建築ツアーに参加しています。
旧井上房一郎邸。
麻布にあったレーモンド自邸を反転させたプラン。木トラスという珍しい構造のモダニズム平屋。細かなディテールでは、オリジナルの碍子に電線が流れ、今も生きて使われていました。驚き。
高崎駅前一等地、マンションが立つエリアにある広大な邸宅の建築保存。公売にかけられたところを市民団体が最初に落札するなど、随分と苦労があったようです。曲折を経て市民の財産を残す手法は、参考になりました。
そして… 群馬音楽センター。
圧巻のコンクリート&構造美。交響楽団がパワフルにキャンディード♪をゲネ中。バックヤードも見せてもらい、素晴らしい音響も愉しませていただきました。
全国のコンクリート文化会館建築が取り壊されつつある昨今、この建築は最後の砦として生き延びて欲しいものです。
昨日はありがとうございました。建築を愛する皆様とご一緒でき、刺激を頂くとともに、勉強させていただきました。若い世代の私達も耳を澄まして記憶を紡いでいく次第です。また宜しくお願いします!

●TMさん
本日はレイモンドツアー堪能いたしました、ありがとうございました。
塚越さま、熊倉さまの丁寧なご説明と、綿貫さんの青春時代の貴重なお話を伺うことができ、井上氏がどれだけ高崎市の人々に、また文化土壌に、影響を与えたかを垣間見ることができました。やはり現地で当事者にお話を聞くのはとても楽しいものです。
このような企画にお声をかけていただき誠にありがとうございました。
また機会があれば参加させていただきます。
〜〜〜〜

●今日のお勧め作品は、アントニン・レーモンドです。
raymond_01_workアントニン・レーモンド Antonin RAYMOND
「作品」

1957年
水彩・紙
21.0x27.5cm
サインあり

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


●ときの忘れのは8月11日(土)〜20日(月)まで夏季休廊中です。

ときの忘れもの・拾遺 第8回ギャラリーコンサートのご案内
日時:2018年9月12日(水)18:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:武久源造、山川節子
プロデュース:大野幸
要予約=料金:1,000円
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

◆ときの忘れものは第302回企画◆吉田克朗 LONDON II 1975を開催します。
会期:2018年8月24日[金]―9月8日[土] 11:00-19:00※日・月・祝日休廊
吉田克朗(1943-1999)は「もの派」の中心作家として物性の強い立体作品を制作する一方、風景や人物のスナップ写真を使ったシルクスクリーン(後にフォトエッチング)による版画を精力的に制作しました。本展では『LONDON II』シリーズなど1975年の作品をご紹介します。
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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第29回

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて

アルプスから都市へ、そしてその逆


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とても嬉しいことに、建築やデザインの仕事に携わる人と知り合うと≪ブログ読んでいますよ≫と声をかけてもらえることがあります。人口約1000人のスイスアルプスの村ハルデンシュタインで設計活動している僕にとって、その飛び道具の効果は単純に大きな驚きであり、時として≪自分はこんな辺鄙なところで何をやっているんだろう。。このままで大丈夫なのだろうか。。≫と思い返してしまう僕に、日本の社会や人とまだまだつながっているという事実を教え、心を穏やかにしてくれます。(冗談のようで本当です笑) ここへ来て丸四年が経ちました。いつかは日本でも仕事をしたいと思っている僕にとって、そうしたつながりはとても大切なのです。

≪始めに質問したいこと≫
新しくピーターズントー事務所へ就職したインターンやアーキテクトは事務所パーティなどで≪穏やかな≫ズントーを見つけては、常に聞きたかった質問を投げかけます。皆が始めに決まって聞くことは、なぜこのハルデンシュタインという村で設計活動をしているのか。ということです。(ネット上に公開されているいくつかのインタビューでもそうした質問がされているのを見ることができます)

ズントー曰く、学生時代を過ごしたアメリカから帰国して来た後、ハルデンシュタインから車で約10分ほど離れたクール市の≪地域の集落を調査し保存修復を専門とする部署≫へ就職したこと、また後に妻となる恋人がエンガーディーン地方(クール市と同じグラウビュンデン州にある地域、サンモリッツなど観光地として有名) 出身であったこと。などの実際的な理由があったからだそうです。
とはいえ、ハルデンシュタインを住まいと仕事の拠点とし始めた当初は、こんなに長く居続けることは想定していなかったと言います。海外へ仕事で出張した帰り、チューリッヒ空港から車でハルデンシュタインまでの道を走る時にはいつも、≪なんで私はこんな地方へ行かなければならないのか。。≫と後悔とも取れる思いをずっと持っていたそうです。そうした気持ちを克服するまでには約10年かかったと、生真面目な顔をして応えていたのが印象的でした。

≪ロールモデル≫
いつであったか、スイス老舗の家具メーカーであるHorgen GlarusのあるGlarus(グラールス)という村で設計活動をしている建築家と知り合った時に、彼が自身の拠点を15年住んでいたチューリッヒからグラールスに移して来たばかりだということを聞きました。彼はその土地出身というわけではありませんでしたが、チューリッヒという大都市では全ての物事がスムーズに運び、都市がこの自分に求めてくるものがなかった。ことなどを理由に決断したようでした。詳しくは
チューリッヒから電車で1時間ほど離れたこの場所を見つけたために引っ越し、設計活動をスタートしたとのこと。彼はまた、ズントーの存在が大きかったとも言います。
あまり注目されていないことですが、ズントーがスイス建築家に影響を与えた最も大きなことの一つは、彼がチューリッヒやバーゼルなど大都市ではなくハルデンシュタインという小さな村を拠点とし、それでも世界中にプロジェクトを抱え、建築家として成功を収めることができる。という事実を実践して示したことでした。当時は誰もが成功するために大都市へ行かなければならないという価値観があったようです。(考えてみれば、日本で人口1000人くらいの村にそんな建築事務所があったら、確かにそれは驚くべきことです)

そうして人口約6000人のグラールスに住み始めた彼にとっての初めの困難は、スタッフを集めることだったと言います。若い建築家はスイスの大都市で建築教育を受けそこで働き始める。卒業後に遊ぶところが少なく旧知の友人もいない、都市に比べれば不便なところもある小さな街へ引っ越してくることは、確かに少しハードルが高いことです。僕自身、東京からクールへ引っ越して来るのには、少しなりとも勇気が要りました。

日本でも知られているヴァレリオ オルジアティも自身のために建てたポルトガルにあるヴィラに一年のうち半年くらい滞在し、そこから地元フリムス(Flims)にある設計事務所のスタッフとスカイプなどでやり取りをしていると聞きます。建築はその場にしか建たないものだけれど、設計は世界中のどこでも行うことができるし、よほど辺鄙な場所へ行かない限り安定したネット環境に囲まれている昨今では、クライアントやスタッフとのコミュニケーションはいつでもどこでもできます。むしろ世界中にプロジェクトを抱える建築家にとっては、自身が四六時中その現場にいることができない代わりに、いかに現地の協力者と円滑かつ精確なコミュニケーションができるかということが良い建築を建てる条件の一つになります。そうした≪信頼をもとにしたチームプレー≫が前提の建築家の仕事にとって、自分が仕事をする場所はどこでもいい。もはや唯一の障害は時差だけなのかもしれません。
(むしろ時差のある各国の拠点事務所を利用した眠らない設計事務所を作ることもできますが。。)


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≪インターナショナルな小さな村≫
僕たちの事務所では7月1日現在、16カ国の大都市からやって来た、インターンも含めて計30人くらいの事務所スタッフがハルデンシュタインで働いています。ただ僕たちスタッフにとっては、その場所はどこでも良かったかもしれない。僕自身、スイスという国は学生時代に過ごし慣れていたものの、もしズントー事務所が、例えばブラジルにあったとしてもそこへ行っただろうと思います。ともあれ、結果としてハルデンシュタインはその人口比率からすれば、稀に見るインターナショナルな村になったのです。
春になると羊やヤギの群が山頂の草を食べるために事務所のすぐ裏山へ、カラカラと鈴の音を鳴らして登って行きます。夏場になると村中が緑で生い茂り、様々な匂いがします。秋の紅葉はいわゆるポストカードの絶景で、なんだか嘘っぽい感じすらします。冬は本当に寒くてスキーなど外出をしないと性格が暗くなってしまいそうです。
また大都市とは流れている時間感覚が全く違います。チューリッヒへ行けば急いでいなくとも周りに合わせて無意識せかせかと歩いてしまう僕がいる一方、ハルデンシュタインでは昼休みにすぐ裏の山へ昼食を持ってハイキングなんていうのも、日常茶飯事に行うことができます。
スタッフは皆、今まで自分が住んで来た都市とのギャップをむしろ喜び、日々の小さな発見を楽しみながら仕事をしています。

実は僕のブログ記事を多くの人に読んでもらえるようになったのは、いくつかのメディア、とりわけarchitecturephoto.netでの紹介がきっかけでした。(度々紹介していただき、どうもありがとうございます。)
その主宰者である後藤連平さんが半年前ほどに出版された≪建築家のためのウェブ発信講義≫という本を先日時間をかけて読んでみました。
淡々としながらも読み易いリズムで全体の文章が綴られ、読み終わった後、とてもわかり易くて実用的な講義を聞いたような充実感を得ました。何より僕が常々感じていた、どうやったらこの特異な状況を大きなアドヴァンテージとして活用することができるだろうか。ということへの的確な示唆とアドヴァイスを教えてもらったように思います。これから自分ができることの可能性、その多様さを知ることで新しいことにチャレンジする勇気が湧いてくる。その感覚を皆さんも本を手に取って読み体験してみてはいかがでしょうか。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。
2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

●今日のお勧め作品は、安藤忠雄です。
andou_30_naoshima安藤忠雄 Tadao ANDO
《直島》
2017年
ドローイング(紙に鉛筆、墨)
21.0×218.0cm
Signed
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


ときの忘れもの・拾遺 第8回ギャラリーコンサートのご案内
日時:2018年9月12日(水)18:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:武久源造、山川節子
プロデュース:大野幸
要予約=料金:1,000円
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

●ときの忘れのは8月11日(土)〜20日(月)まで夏季休廊します。

内間安瑆・内間俊子展は本日が最終日です。
会期:2018年7月17日[火]―8月10日[金] ※日・月・祝日休廊
内間安瑆の油彩、版画作品と内間俊子のコラージュ、箱オブジェ作品など合わせて約20点をご覧いただきます。
水沢勉「ふたりでひとり―内間安瑆と内間(青原)俊子」
水沢勉版の音律―内間安瑆の世界」(版画掌誌第4号所収)
永津禎三内間安瑆の絵画空間
内間安瑆インタビュー(1982年7月 NYにて)第1回第2回第3回
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佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第19回

佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」

第19回 ときの忘れものでの展覧会の構想について3

なんとなく、「お節介」という言葉を携えてモノを作ってみると、ホノボノとした気配が自分の手先に漂い出す気がしてきた。「お節介」という言葉には、「何かのために」という、作るモノの根拠と動機なるものが、肩にのしかかってくるのではなく、その重圧から解放された、建築で言えばいわゆる機能主義なる20世紀的規範から一歩踏み出す面白さをもたらしてくれている気がしている。
そんなことを考えながら、近頃は福島県大玉村で歓藍社の「小姓内の染め場」の建設に取り組んでいた。その場所の中で考え、手を動かしたモノコトはいくつかあり、また歓藍社の他のメンバーと共に作ったものばかりであるが、その中から一つばかり取り出してみて「お節介」という言葉が意味するところの先を進めてみたい。

染め場の流しで使う上水配管を支えるための木造作を作った。上水配管はその後色々と手を加えられるよう、またドクドクと、水の流れる様を見えるように農業用の透明ビニルホースを使い配管して、空中を翔ぶホースを支える架構である。通常、配管というものは猥雑なものとされ、壁の中に隠したり、スッキリと納めてなるべく目立たないようにする。けれどもこの染め場、藍染め工房では水という要素はかなり重要な位置をしめている。染液を作るにも、染めた布を洗うにも、水は欠かせない。そしてこの水は地下水を汲み上げて出てきた水である。先月7月、歓藍社が拠点とする大玉村(の小姓内集落)ではなかなか雨が降らず、田んぼの水不足や井戸水や山水の枯渇が危惧されていた。そんな中での染め場建設工事でもあったので、地下水の共通資本としての意識、水を地下から掘って汲みあげること自体への畏敬が現場の中でも共有され、それがこんな造作の表現に飛んで行った。
すなわち、自分たちが使う水を、手に取るように把握できる設えを考え、まさに木造作たちが流れる水を”手にとる”ように、玩び(もてあそび)ながら空中で支持する様を試みた。そこでは、水の流れというものが主たるモノであることはもちろんだが、主たるモノに対して、良かれと思って勝手な介入を試み、介入自体を愉しむ、モノとモノの意図的なすれ違いの関係性、「お節介」の現場を生み出そうとしてもいる。

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染め場の流し台上部に設置した上水を支える木造作(側面から)。透明ホースの柔軟さと軽さに対して、どっしりと重たい木片を頭上から釣り下ろしている。木はナラ材。

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透明ホースのルートを定めるための通り穴をあけ、巻きつけ、木とホースの摩擦によって固定している。

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手元の蛇口付近の納まり。農業用バルブを蛇口とし、それをナラ材に掘った溝にギュッと押し込んで固定させている。ビニルホースの固定と支持に対する半ば過剰な設え。その過剰な関係とそれを実現させるための労力の過大さから、「あそび」という表現の可能性を見つけていきたい。

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この一連の木造作は夜なべをして作り上げたものであるが、だんだんと部材を組み上げていき、透明ホースのルートを考え込んでいるうちに、最後の作業、夜明けの薄暗い現場で、両側のホース吊り下げ部材の振れ止めとして作った繋ぎ材の中央部に、空中を飛ぶホースのニョロリとした造形が写り込んだ。
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透明ホースを支える木造作のドローイング(pencil, color pencil on paper. 50cm*35cm)
何か別のモノを支えるためモノを作る、というのは、実はなんとなく気が楽だ。変な気負いがなくなる。


アマチュアという言葉がある。よく、素人や非専門を指し、プロフェッショナルという言葉の反対として考えられているが、実はそういう意味でもないらしい。アマチュアの語源はamatorというラテン語で、「愛する人」とか「熱狂者」というところであるらしい。なんともロマンチックな言葉であるが、つまり熱狂するプロ、プロのアマチュアという人間も存在するということだ。ジョン・ラスキンやウィリアム・モリスらが、労働を知性の発露の現場とし、創造と労働を同じ地平のものとして見、そして労働の中での喜びを求めたように、上の意味でのアマチュア=過多な熱狂するモノづくりによる表現という筋道がありえるのではと思っている。
そんな過多な熱狂を即応的にモノのデザインに取り込むためには、どうしても主体が一人であるほうが良い時がある。設計施工の分離による、複数人の協働の展開の広さと同じく、独人での創作の筋の行先もまた広い。この木造作は筆者自身がやったものであるが、自分自身の技量の限界がわかっているからこそ、そのリミットの内であり得る作り方を考える、表現の筋を考えるというスリルある愉しみがある。
けれども一方で、独人の思考と作業に没頭しつつも、透明ホースのような、扱い方もよくわからない、扱いきれない全く枠外のモノがあることが必要で、さらにはそんな正体不明のホースをどう扱うかのアイデアを発露する場、議論し良し悪しをバツンと言い合う他の主体が必要でもある。独人という限界性の境界を引くことで、その境界の内外を交易して時には横断する機会が欲しい。
そんな独人の創作かつ、複数人での共有が並存する場が最近の歓藍社の拠点にはある。
その拠点で、秋(あるいは冬先)のときの忘れものでの展覧会の作品作りに取り組んでいる。
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先日、大玉村にて夏祭り「ちいさな藍まつり 小姓内の染め場お披露目会!ゴロゴロドン!」を開催した。集落の中を練り歩くパレードを終えてその躍動の中、藍の葉っぱを使って染めをやっている現場である。(筆者は画面中央のコンクリート大皿に四つん這いになって染めをやっている(ゴロゴロ染め))
こんなゴチャゴチャとした共有の場で、独人という枠を据えて創作を試ることがけっこう面白い。
文・さとう けんご/Photo: comuramai

■佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。
URL: http://korogaro.net/

*今秋、ときの忘れものでは佐藤研吾さんの個展を開催します。どうぞご期待ください。

◆佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。

●本日のお勧め作品は、磯崎新です。
isozaki_ittgenste
磯崎新 Arata ISOZAKI
《内部風景I ストン・ボロウ邸ールートウィッヒ・ウィトゲンシュタイン》
1979年
アルフォト
80.0x60.0cm
Ed. 8
サインあり

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


ときの忘れもの・拾遺 第8回ギャラリーコンサートのご案内
日時:2018年9月12日(水)18:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:武久源造、山川節子
プロデュース:大野幸
要予約=料金:1,000円
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

●ときの忘れのは8月11日(土)〜20日(月)まで夏季休廊します。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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Session in TAKASAKI 井上房一郎の描いた絵〜タウト、レーモンド、磯崎新

暑い!

本日7月27日は文化のパトロン・井上房一郎(1898年5月13日〜1993年7月27日)さんの命日です。
このブログで幾度も書いていますが、亭主が主宰した現代版画センター(1974〜1985)の生みの親は二人います。
15歳にときに出会った高崎の井上房一郎さんと、井上さんの導きで28歳のときに巡り会った真岡の久保貞次郎先生です。
今年は井上さんの没後25年、生誕120年という記念すべき年であり、また久保先生の23回忌でもあります。
お二人に薫陶を受けた身としては微力ではありますが、今後もその顕彰に努めたいと考えています。

6月23日、ときの忘れもの主催で「高崎市のレーモンド建築ツアー」を開催しました。
美術館の学芸員、建築家、研究者、編集者など全国から21名が参加しました。
ツアーに参加した<月刊WEBマガジン Colla:J(コラージ)>(塩野哲也さん)が当日のツアーの様子や井上房一郎さんが関与した高崎の文化的資産について、綿密な調査取材をもとに、コラージ愛逢月「Session in TAKASAKI 井上房一郎の描いた絵」を発行されましたので、ぜひお読みください。

桂離宮の美を再発見したといわれるブルーノ・タウト。
ナチスから逃れ日本に滞在した3年半のうち、
実に2年以上を群馬県・高崎の禅寺で過ごした事をご存知でしょうか。
その滞在をサポートした人物が井上房一郎です。
高崎の工芸運動を指導し、レーモンド設計の群馬音楽センターや
磯崎 新の群馬県立近代美術館を立案した先鋭的な文化の推進者でした。
希代のパトロンの生涯を通して、都市文化醸成の過程をたどります。

編集思考室シオング「Colla:J」編集局
編集兼発行人 塩野哲也>

画面をクリックしてください。
20180725

<特集 :Session in TAKASAKI 井上房一郎の描いた絵
群馬県立近代美術館 磯崎新
タウトの暮らした禅寺 少林山達磨寺
高崎文化の発信源 旧井上房一郎邸
群馬音楽センター アントニン・レーモンド


[海外見本市レポート]
CeMAT(セマット)物流機器見本市
[ 好評連載 ]
卓上のきら星たち 第83回 奥深きイチジクの世界 / 大原千晴
工房楽記 第121回 70の流学 / 鈴木惠三
ヨーコの旅日記 第9信「フィンランド流、夏の週末」 / 川津陽子
Kenostein's Relativity 自宅、築27年目の耐震化その2 / 小林清泰
ドラゴンシリーズ 47 天は自ら助くる者を助く / 吉田龍太郎>
01


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亭主が高崎高校一年(15歳)のときにめぐり会い、音楽と美術を導いて下さった井上房一郎さんですが、73ページには、私の少年時代の写真も掲載されています(もちろん井上さんも)。
上掲右端は亭主の後輩で、井上さんの助手を務めた熊倉浩靖さんです。この日は熊倉さんと同級の塚越潤さん(高崎市美術館館長)も講師として案内してくださいました。

月刊WEBマガジン Colla:J(コラージ)を主宰する塩野さんは、あの辛口の山本夏彦さんの雑誌「室内」最後の編集者ですから、わかりやすく簡潔な文章はもちろんですが、デザインも写真の美しさもずば抜けています。
おそらくWEBマガジンとしては日本一ではないかしら。無料ですので登録してご愛読ください。

●今日のお勧め作品は、アントニン・レーモンドです。
アントニン・レーモンド_色彩の研究_600
アントニン・レイモンド Antonin RAYMOND
色彩の研究
紙に油彩
64.1x51.6cm
Signed
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●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第28回

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて

スイスの先端技術


ピーターズントー事務所と聞くと、良くも悪くも何だか職人的/手仕事(handcraft)で比較的ローテクな手法で建築施工を行なっているという印象を持たれがちです。当たらずしも遠からず(笑)な部分もありますが、多くの所員は新しい技術や試みにも敏感で常にそれをキャッチしようとアンテナを張っています。

スイスのsia (schweizerischer ingenieur- und architektenverein)会員には、ほぼ週刊の機関紙が送られてきます。それは≪TEC21≫という冊子です。各号にトピック記事があり、その前後ページには最近行われたコンペ結果、話題になっている建築プロジェクトの紹介や展覧会イベント、そして建築に関わる求人広告が載っていたりします。この種の冊子は建材の広告が多く、あまりぱっとしない内容であるという偏見がありました。が、読んでみると意外に面白い。新しい技術を採用した建築についての記事が多く、少しだけミーハーなところ(好奇心旺盛とも笑)のある僕にはとても良い刺激になっています。

img05
はじめに紹介するのは少し前の記事(2017年11月17日号) です。ここではファサード全面が太陽光パネルになっているチューリッヒに建つ集合住宅が紹介されています。

太陽光発電は日本でも各家庭にまで普及しているように、その導入はスイスでも日常的に行われています。(実際に僕たちの事務所の建築プロジェクトにも) ただし、従来のパネルは屋根の上に≪設置≫するタイプが一般的で、どうしても付加された建築要素に見えてしまう。それはそれで近隣住民に≪私たちは地球環境のことを考え、太陽光パネルを設置しています≫というスタンスを示しているという意味では良いのですが、どうにかしてうまくデザインの一部に取り込めれば、それに越したことはありません。その工夫をこの記事に見ます。

img08
この集合住宅の外壁パネルは、写真を見るとわかるように従来の≪太陽光パネル≫という印象は全くありません。特注されたガラスタイルの裏は赤茶色にデジタルプリントされ、そのまた裏に太陽光モジュールが隠されているからです。訪れた同僚曰く、このファサードに3mくらいまで近づくとようやくガラスタイルの裏にある太陽光モジュールが透けて見えますが、それよりも離れると全くその存在に気付かないそうです。また、このガラスタイルは波打ったような加工がしてあるためにプリズム効果によって集熱効果を高めています。これは当初、設計者の意図ではなく、集熱結果を測定したところ北側外壁面から予想以上の測定結果が出たために、このガラス加工の恩恵に気づいたそうです。
img07
この太陽光モジュールの付いたガラスタイルは6mmの目地間隔を以って設置され、単体で装着離脱ができるため、後々の修繕や交換がしやすいという利点があります。一見太陽光エネルギーとは関係のないようなこの集合住宅のファサードは事務所内でも大きな注目を集めていました。集熱面積を増やすために矩形ではなく多角形にした平面計画や、三角形の突き出たバルコニーなど賛同できる部分とそうでない部分はあるものの、とても興味深いプロジェクトです。記事によれば、この建物全体に必要とされている以上のエネルギー(56,000 kWh/年) を取得できるそうです。




次の記事は非常に薄いコンクリートシェルを可能にした実験的な施工の事例です。それを少し見ていきましょう。


img01
大学で建築を学び始めると一番最初に習う材料学の基礎があります、それは
≪鉄筋コンクリートは圧縮力に強く引張力に弱いコンクリートと、引張力に強く圧縮に弱い鉄筋を組み合わせることで相互の力学的欠点を補う。またアルカリ性のコンクリートが酸性に弱い鉄筋を錆びから守る≫

通常、建設現場で鉄筋コンクリートを作るには、主に木板と鋼管でできた型枠(硬化前の流動的なコンクリートを流し込むフレームのこと) に鉄筋を決められた手順と方法をもって配筋して、そこにコンクリート(セメントと細かい骨材、粗い骨材と水の混合物) を隅々まで流し込んで作ります。その後コンクリートが固まるまでの養生期間を経て型枠を外せば出来上がりです。

しかしこの記事(2018年3月9日号) で紹介されているコンクリートシェル構造は木板の代わりにメンブレン(膜材) を、そして鋼管の代わりにスチールワイヤーを利用し、鉄筋ならぬカーボン筋によって非常に薄いコンクリートシェルの施工を可能にしています。鉄筋の代わりに用いたカーボン筋のおかげで通常のコンクリートよりも3〜4分の1まで薄くでき、また重さは最大80%削減することができるそうです。また施工方法も異なっていて、コンクリートを型枠に流し込むのではなく、固練りのコンクリートを塗りつけるという点です。通常の水セメント比 (水の量をセメントの量で割った比)は60-65%以下ですが、この記事のコンクリは25%で調合されています。つまり、水分が少なく、流し込むのではなく粘土のあるものを塗りつけるというわけです。


img02
この図を見ながら構成を見ると、上から
1.コンクリートシェル
2.カーボン筋
3.膜材
4.スチールワイヤーネット
5.アーチ部の土台とそれを支える支柱
となっています。


img03
写真は上から順に土台、スチールワイヤーネットの交点、そして型枠が全て出来上がった様子です。

通常コンクリートはその厚みを使って荷重がかかった時のたわみを防いだり、各種パイプ類を通したり、積載される重量や地震、風力を負担する応力に耐えたりしています。何も薄く軽くすることが常の目標ではありません。それでも新しい材料と新しい工法によって、厚紙を曲げたように見えるコンクリートが実現できていることに、見たこともないような新しい空間実現のヒントを見つけることができます。


建築設計をしていてとても面白いと感じることは、建築には様々な方面から要求されることが数多くあるということです。それはデザインや美的な要素から、機能や使い勝手のこと。クライアントからの特別な要請、もちろん法的な規制もあります。それらは建築家にとって悩みのタネであると同時に、それらに応えた計画ができるとすれば、それは(大げさに言えば)世の中を変えることができる余地があるということになります。建築はその中に人が入って活動することができるくらいの、人が造ることのできる最も大きなモノとも言えます。そのぶん、人々や社会に与える影響は大きくなるのは必然です。

例えば今回紹介した2つの記事のように、新しい技術を導入することで環境問題などの社会的要求に技術的に応えながら、人の振る舞いや生活スタイルをも変えてしまうような空間体験を実現できればと思っています。

今回は何だか掻い摘んだようになってしまいましたが、面白い記事を見つけたらどんどん紹介していこうと思います。


写真を含む記事はTEC 21(2017年11月17日号, (2018年3月9日号, 2018年6月15日号)より掲載。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。
2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

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佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第18回

佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」

第18回 ときの忘れものでの展覧会の構想について2

展覧会のテーマを、「囲い込み、お節介」としてみようかと考え始めている。どちらの言葉も少々物々しいものであるが、何かとそんな厄介か否かの境目を渡り歩くような創作に可能性を見たいからである。建築とは、時にはそんなものでもないだろうか、とも考えている。

「囲い込み」とは、近世頃のイギリスにおいてなされた”エンクロージャー“の訳語でもある。それまで開放耕地制であった土地を、領主や地主が牧羊場や農場にするため垣根などで囲い、私有地化した事象を指す。歴史の大局的には、日本でいう前近代における入会地が、近代的土地所有の制度が整備されていく過程(地租改正あたり)で消失していった当時の状況にも近いかもしれない。ただし日本においては、測量と図面作成によって境界が確定されはしたが、その新たな土地所有者が必ずしも垣根や塀などで明確な境界装置を設けた訳ではないし、むしろ入会的な土地の性格を保持するために、その共同体の代表者が名義のみ出して便宜上土地を所有した例もある。何が言いたいのかというと、囲い込んだことで内外の領域がとりあえず設定はされるが、それはある時は難攻不落の牙城となり、ある時は境界を行き来する新たな応答関係を与え、またある時は外から身を守るための隠れミノ、秘匿の箱ともなる。ちなみに、イギリスのエンクロージャー以前も開放耕地と言ってもその土地を扱うことができる人は何がしかの共同体に属し、共同体という一つの境界の中に在ったのであるから、不可視の囲いは存在していた。

イギリスにおいてさらに付言するならば、エンクロージャーという物騒めいたものではなく、庭の文化、英国式庭園における自然の囲い方、その秘匿性からうまれた児童文学(不思議の国のアリス、ピーターラビットなど数知れず)からも学ぶところは多い。庭というのは不思議なものだ。そしてとても難しい。人間が勝手に領域を決め、そこに彼らが好きな植物を配置していく。配置したその植物の性質を読み取り、メカニズムを熟知した上で管理する。それでいて、それら管理された植物たちを眺めながら、日々の生活を共にし、愛で、自然という壮大なダイナミズムの豊かさをその共同生活から感じたりもするのだ。そこでは統御という作為の限界性を楽しんでいるのではないかとも思ったりもする。作為と無為の宥和関係を楽しむ、そんな状況を
「お節介」という言葉で言い表してみる。

12017年、「インド・シャンティニケタンへ同志を募って家を作りに行く」のプロジェクトに際して制作した家具の原型(photo:comuramai)

昨年頃から、何某かを嵌め込み、隠し、包み、囲うハコを制作している。そんなハコは、家具スケールのものであるが、本来雨風をしのぐために生まれた建築、家の原形のようなものでもあるのだ。そして、そんなハコが一人歩きまたは群動するような、家具ないし建築がこちらへ「おーい」と呼びかけてくるような、不可視の応答関係を見てみたいと考えるようになった 。

古来の絵巻に度々登場する、身の回りの日用品からニョッキリ足が生えて動き回る付喪神のように、あるいは里山のイノシシやハクビシンないし、イヌネコといった街場の動物たちのように、人間とともにその場所に佇み、時には人間なんていう存在に構うことなく勝手にやっている「彼ら」「あいつら」というモノを作ってみたい。

そして「彼ら」が何を囲い込むのか。誰にお節介をかけるのか。その相手を彼ら達の間で決めさせてみる。つまりは造形的な連関を持ちつつ、連歌のように形を呼応させていきながら、向き合う、応答し合う彼らの会話のやり取りをでっち上げてみる。ややこしい言い方だが、彼らの眼球の中に写るその像を、別のメディアでまた新たな主体として登場させようというものだ。そのメディアが針穴写真機の仕掛けである。写真機を一つのモノとして制作し、側に立つ別のモノを撮影し、囲い込み、彼らの関係を可視化させてみる。そして現像した写真を縁取り、また新たなモノを出現させてみる。彼らの造形も制作する順序で連関性が生まれるように、彼ら同士の関係も、具体的な応答の順序をここでひとまずは作り出そうというものだ。


2
自作したピンホールカメラで写した写真。少々分かりにくいが、家具が写っている。


3
二体の家具の原型を向き合わせてみる。
(photo:comuramai)


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ドローイング。ここでは二体の家具原型の関係を、間に別種のオブジェクトを橋のように架け渡して立ち現せようとした。(2017年)


5ときの忘れものでの展覧会の会場構成スケッチ。モノとモノの応答関係、お節介の矢印の方向(双方向の時もある)を考える。


そして、お節介の対象は彼ら、つまり制作される家具の原型たちの他にもいる。自作自演ばかりでは、時にはこちらも白けてしまうからだ。それが今、福島で、時にはインドでも共に活動をしている自分の仲間と呼べる人々が作るモノである。彼らの制作の断片を、断片として切り取り、勝手にこちらでその制作物手足を生やしてみようと思う。詳しくはまた次回。
さとう けんご


■佐藤研吾(さとう けんご)
建築家。1989年神奈川県生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor。同年、東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍、近代初頭の東京の空き地を研究。インドで工作を通して大地と人間生活の関係を探求する「In-Field Studio」を主宰。福島県大玉村で藍の栽培と染めの作業から震災後の里山の風景を描く「歓藍社」所属。2018年より同村地域おこし協力隊着任、村に残る蔵、屋敷の風景の調査と実践に取り組む。
インド、福島、東京を主な拠点とし、それらの場所で得た経験と行動の軌跡を辿り、その展開から次なる建築工作の構想に取り組む。
主なプロジェクトに「インド・シャンティニケタンに同士を募って家を作りに行く」(2018)、「BUoY 北千住アートセンター」(2017)。
今秋11月にときの忘れもので個展を計画中、乞うご期待。
URL: http://korogaro.net/

●本日のお勧め作品は、クリストです。
Christo_19 (2)クリスト
《包まれたタイムズスクエアのビル》
2003
リトグラフ+シルクスクリーン、コラージュ
Image size: 77.5x59.5cm
Frame size: 85.0x67.0cm
H.C.(Ed.20)  Signed
*レゾネNo.187
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
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◆佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。

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JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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映画『蝶の眠り』からの住宅論

映画『蝶の眠り』からの住宅論

植田実


 映画のなかに現れる建築や都市が虚構をめざすとき、あちこちの建築や都市の断片をつなぎ合わせ、ときにはセットを加えて現実から逃げようとしているのが面白い。あるいはよく知られた街にいっさい手を加えないままに、例えばサンフランシスコの街なかで実際にはあり得ない激しいカーチェイスの一部始終を撮影するとき、坂の起伏だけを身体接触でたどる街に切り替えられて、サンフランシスコは虚構になる。あるいは違反に向かう速度が外科手術的に摘出した、サンフランシスコの真実になる。テリー・ギリアムの『未来世紀ブラジル』ではパリ郊外の集合住宅「アブラクサス」の屋内通路にやはり破壊的なカーチェイスが挿入される時、ふだんは子どもたちが遊んでいる安全な場所が見知らぬ都市空間に移植される。リドリー・スコットの『ブレードランナー』ではロサンジェルスの歴史的建築の玄関側ファサードをつくり変え、館内の床を水浸しにするだけで本来の建築が奪い去られて、見知らぬ建築が居坐っている。
 そのような作品がいくつかあるというのではなく、すべての映画のなかで建築と都市がウソとホントとのあいだを行ったり来たりしている。物語られる全プロセスが眼に見えるようにつくられる、それが映画の宿命でありエンタテイメントにもなっている。気楽に見ているテレビ・ドラマでも、外観は超高層の企業本社ビルや贅をつくした政治家の邸宅の、一歩屋内に入ればあきらかに別のところで撮ったにちがいないエントランスロビーや応接間との辻褄あわせが楽しい。まさに物語のなかの建築になっているのだ。

 今年三月に試写会で見せてもらった『蝶の眠り』は素晴らしかった。映画のなかの建築が否応なく虚構と現実とに向き合わされるというより、以前からよく知っていたつもりの建築が映画の視線によって思いがけない読まれ方をしている。そこを実際に訪れたという信頼できるはずの体験、図面やスティル写真を中心としたメディアでの再現がいかにも狭く弱く思えてしまう。ただの動画も同じである。物語をつくる映画だけに可能な建築の解読、それを『蝶の眠り』は示唆していると思ったのだ。
 主人公の小説家(中山美穂)の住まいでも仕事場でもある建築がそれで、建築家の阿部勤さんの、現在はひとり住まいの自邸を、居抜きじゃないが生活していた状態をほとんどそのままに阿部さんから明け渡してもらって、あとはたぶん監督(チョン・ジェウン)の判断で家の内外にあるもの、家具その他の道具類から書物までを見繕いながら撮影したように思われる。1974年の竣工時の取材から始めて私は何度か訪ねているので、映画のなかには見覚えのある椅子や壁に架けられた絵の気配が濃く残っていて、けれどもそこには阿部さんはいわば住んでいない。つまり物語というトンネルを抜けて懐しく親しい家を訪ねている。
 肝心のその物語の流れは忘れてしまって申しわけないのだが、女性小説家は街で偶々知りあった韓国人留学生(キム・ジュウク)に自分の仕事を手伝ってもらうことになる。彼は手に障害がある彼女の口述筆記役をつとめ、あるときは愛犬散歩係を引き受ける。現実の阿部邸は東京西郊の緑が多い美しい住宅地の一画にある。1階は鉄筋コンクリート造。その上に木造の2階が載る建物だが、まさにその家の前から犬を連れた青年は歩き出す。すぐ広々とした公園のなかを歩いている。背後に超高層建築軍が迫っている。新宿中央公園らしい。所沢と新宿と、ふたつの場所の縫い合わせはごく自然である。と同時に不可解な隔たりもちゃんと残されている。それは家そのものがまとっている雰囲気、設計する側からすれば、ある独自の構成のせいだ。

 ここからがじつは本論、あるいは結論というとおおげさだけど、言いたかったことのまとめである。私には、家の本来の在り方としてその土地に繋ぎとめられ土地の顔になっているなどという、つねに変わらぬ住宅論の息苦しさがこの映画作品によって窓を思い切り開け放ったように消えていくのに気がついた。青年と犬のあとを追って家が、建っている場所から辷り出していくような動きを感じたのだ。
 この家の例えば配置図を見るといい。住宅地のなかの十字路に面した4つの敷地に4軒が建ち、その1軒が阿部邸なのだが、この家だけ敷地に約30度斜めに振られている。家の正面が十字路の中心に向き、しかも塀も生垣もない三角形の空地をつくり出して建っている。もし他の3軒も同じように家を斜めに振り塀をやめて配置したら十字路は広場に変わるだろうが、1軒がそのようにしただけでも住宅地の風景が一新されたことがすぐ分かる。
 阿部邸はこれまで、私有地を閉ざさず公共空間に連続させていると評価されてきた。けれども映画を見ると向こう三軒両隣にだけ貢献しているのではない。この建築自体の特性として、はるか遠くにまで辷り出していくような、移動するような性格を帯びていることがわかってくる。配置だけでない。平断面計画の至るところに同じ特性が見られる。これ以上詳しい説明は省くが、映画はそこをじつに的確に描写している。それは阿部さんが手がけたほかの建築にも通じている特性なのだ。いつも旅へ誘っているかのような。
 小説家には厖大な蔵書がある。作家別あるいは項目別に書棚に並べてあるが彼女はその全体を把握しきってしまっているために目をつむったままでも目的の本を取り出すことができ、逆にそれで悩んでいる。本を新しく読むことができないのだ。青年は蔵書全部を並べ替える。内容に関係なく背表紙の色に則して揃えてゆく。結果は虹のように色調が移り変わる美しい書棚になり、内容は脈絡がつかない。アナーキーな整理法で蔵書を「新生」させたのだ。
 これ、阿部さんの設計手法と思いがけないところでつながっている気がする。これから考えたいことだ。小説家の家はその後は住まい手がさらに増えたかのように、変わって街の小さな図書館になっていた。
(うえだまこと

【メイン】蝶の眠り
5月12日(土)、角川シネマ新宿ほか全国ロードショー
配給:KADOKAWA

small16-07-2416-07-24-0003阿部勤さん自邸。玄関ホールから見る左はアプローチ、右は屋内

small16-08-0416-08-04-0010阿部勤さん自邸。正面外観

*東京都内での上映は6月17日(日)までですが、そのほかの地域では上映中、もしくはこれから上映する予定です。詳しくは公式サイト『蝶の眠り』をご覧くださいませ。
*ときの忘れものの新米スタッフによる「中心のある家」阿部勤邸訪問記もお読みいただければ幸いです。

関根伸夫展
会場:銀座・ギャラリーせいほう
会期:2018年6月18日[月]―6月29日[金] ※日曜休廊
さきほど(16日午前10時)関根先生から「ロサンゼルスから無事帰国した」との電話をいただきました。
初日18日(月)17時より関根伸夫先生を囲みオープニングを開催します。皆様のご来場をお待ちしています。

関根伸夫展_Gせいほう_案内状


●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
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JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第27回

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて

第27回 クールのタンポポハウス


今日はスイスのクール(Chur)の街にあるパン工場を紹介します。

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クールでパン屋さんと言えば頭に浮かぶのは5つくらいのお店。その中で最も規模の大きなお店はMerzメルツです。創業1946年でパン、ケーキ、そしてチョコレート菓子の販売をしている。僕の好物はMandelgipfeliというアーモンド餡の入ったクロワッサン、結構ヴォリュームがあるので忙しく疲れた時の間食にぴったり笑。今回紹介するのはそのパン製造工場兼店舗です。


タンポポハウスと言えば藤森照信さんが設計した自邸が有名です。屋根のみならず外壁にも植物が生い茂り、人が住むための家なのか、それとも動植物が棲むための家なのかがわからないくらいで、見ていて本当にワクワクしてくる。時にはジブリ映画に出てきそうなファンタジー溢れる建築とも形容されています。一方でスイスの現代建築を眺めると、コンクリートでできた建物が多く、セメント色で冷たい印象、ワクワクというよりはカッコよく決めている笑。そんな中でクールにもタンポポハウスがあることはとても貴重なことなのです。

この建物、実は新しく建てられたものではありません。(竣工は2010年) 僕にとっては、大学の先輩がその設計士であるClavout事務所で働くことに決まったと聞いて、写真を見せてもらったのがはじまりです。当時、学生の僕にはスイスにも面白い建築があるんだなぁというくらいの印象でした。というのも、日本にはもっと心踊らせるような建築が数多くあったから。そこまでグッと感じる個性の強さみたいなものは感じなかったと記憶しています。


一般的にスイスの建築は山岳のようにどっしりとしているものが多く、日本の建築と比べると質量が大きいと言えます。世界中の風景を見てわかるように、気候や自然、都市環境が違うとそこに住んでいる人たちが共有している文化の根底も必然的に異なり、当然の成り行きとして、そのアウトプットとしての建築の姿も変わってきます。だからこそ建築は建つ場所に依っていると言われ、極端な話をすれば同じ建築でもそれが建つ場所によって、その存在意義や人々に与える印象は全く変わってきてしまうのです。実際スイスの建築が、例えばズントー設計のヴァルスの温泉施設がそのまま日本に移築されたら、がっちりとし過ぎていて何だかスイスで見たそれとは違った建築に見えてしまうかもしれません。


僕が一昨年前にこのクールのタンポポハウスをはじめて訪れた時には、いかにもスイスらしい力強い木造(一部コンクリート造) 建築だなぁというくらいにしか思いませんでした。けれども先日久しぶりに近くを通ってみたところ、現在の姿に驚きます。


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実際にはタンポポだけが生えているわけではありません。(そもそもタンポポハウスという敬称ではありません) 平らな屋根の上に、公園の砂場で作ったなだらかな砂山がのっかっているように見えますが、実際は地上2階地下1階の建築。つまり見えている緑の山に2階部分が内包されています。
後でその事実を知った時に、実は僕は少しがっかりしてしまいました。構造的に全てが土であれば重すぎて一階が潰れてしまうかもしれません。が、僕には見えている屋根の重さが突然に軽減されて、何だか軽い建築になってしまった。屋上の自然もどこからか運ばれてきた芝セットのように、薄っぺらいものとして見え始めてきてしてしまう。背景にある力強いカランダ山と一体となって見ると、余計にその気持ちは強くなります。この建築はもっと強くあるべきだ、重たくあるべきだ、というようにです。


個人的な印象と願望(笑)はひとまず横に置き、俯瞰した全体をみていきます。

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この敷地の近くには大きな屋内外プールやテニスコートのあるスポーツ施設が北側にあり、また東側に高速道路が南北に走りその出入口も近い。東側には市街地が広がっています。反対側である西側には大きな芝のフィールドがあり、航空図を見るとこの建築がそれらの境界点に建っているのがわかります。(赤い丸で示してあるのが今回の建物です)

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併設したカフェのある北東側には多くのテラス席があって、奥に広がる草原を眺められる一方、車が行き交う忙しい道路を見ると自分は街(都市)に属していることを実感させられます。

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入り口を挟んでテラスと反対側の東側道路沿いには、スイスでは珍しいドライブスルーがあります。そのためこの辺りはいつも人と車が行き交ってガヤガヤと活気に溢れています。

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店内ではパン菓子を売り、カウンターの奥には工場の作業風景が見えます。建物外周は全面ガラスなので、外のどこからでもパンを作っている様子が見てとれます。オープンキッチンを字義通り作ったという典型的な例です。



このように、この製作工場は敷地や施主の条件に対してとても素直な回答をし、優秀な機能配置をしています。そして僕はその≪建築が表している態度、姿勢≫のようなものがとても気に入っています。最終的な見え方や細かいデザインもとより、この建築の在り方は誰もが理解できるほど易しいからです。≪こうしたいから、このように設計したという素直さ≫がこの自然いっぱいのクールのおおらかさと、とても合っているように思います。
屋上庭園に関して言えば、僕が≪屋根にこうあって欲しいと思っていた在り方、こうあるだろうと認識した在り方≫と、≪実際に在るもの≫との間にはギャップがありました。そうしたギャップは、実はどの建築を訪れても必ずどこかの部分で1つや2つは見つけることができるのですが、時に僕を驚かせ嬉しくさせたり、がっかりさせたりもする。それはある建築を理解していこうとした時にぶつかる、避けて通れないプロセスであって、建築を考える上で最も重要なことの1つだと僕は考えています。

このクールのタンポポハウスに続いて、この建築家の作品ももっと紹介していこうと思っています。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。
2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

●今日のお勧め作品は、磯崎新です。
磯崎新「還元CONVENTION CENTER」磯崎新
「CONVENTION CENTER」
1983年
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
イメージサイズ:55.0x55.0cm
シートサイズ:90.0x63.0cm
Ed.75  サインあり

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ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。


◆杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。

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君島彩子「近況報告と仏教文化講座のお知らせ」

近況報告と仏教文化講座のお知らせ

君島彩子


 以前こちらのブログで、「墨と仏像と私」というタイトルのエッセーを連載させていただいていました。幼少期から絵を描くことは好きでしたが、文章を書くのが苦手だった私は、大学院生になったことをきっかけに、エッセーを書いてみようと思ったのです。水墨画を制作しているので「墨」について、そして研究対象である「仏像」について文章にしてみました。読み直すと稚拙で、恥ずかしい文章もありますが、とても良い経験になりました。
 最近は水墨画の制作ペースを落として、博士後期課程の院生として、論文を書いたり、学会発表をしたり、研究が中心の生活をおくっています。

 私の研究対象は「近代以降の仏像」です。仏像といえば、飛鳥時代から鎌倉時代までの文化財を思い出す方が多いと思います。しかし、近代以降も現在に至るまで仏像は作り続けられています。社会的背景をふまえて、近代以降に作られた仏像の研究を行うことは、美術史とは異なる視座から仏像を考えることにつながりました。研究成果がまとまりましたら、またこちらでお知らせさせていただきたいと思います。

 今回は、私が事務局を行っている仏教文化資源研究会の連続講座「らかん仏教文化講座」について紹介させていただきます。

東京都目黒区の五百羅漢寺で開催している「らかん仏教文化講座」は、既存の仏教研究枠組みにとらわれず、生活に関わりが深い近代以降につくられた仏教文化について紹介する講座です。これまで、近代彫刻としての仏像、仏像写真、仏教映画、仏教絵本などの講座を開催してまいりました。

第5回となる6月16日の講座では、清水重敦先生による「近代仏教が求めたモダン建築」と題した講演を行います。伊東忠太が設計した築地本願寺や武田五一が設計した求道会館など、近代の名建築の中には仏教に関連したものがいくつかあります。このような建築が生み出された背景についてお話いただく予定です。近代建築や近代仏教にご関心がある方はぜひご来場いただければと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
きみじま あやこ

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第5回らかん仏教文化講座「近代仏教が求めたモダン建築」
期日: 2018年6月16日(土) 18:00〜19:30
講師:清水 重敦(京都工芸繊維大学大学院 教授)
会場:天恩山五百羅漢寺
   (東京都目黒区下目黒3-20-11)
聴講料:500円
主催:仏教文化資源研究会
予約不要ですので、直接会場にお越しください。17:30から受付を開始いたします。

君島 彩子 / KIMISHIMA AYAKO
国際日本文化研究センター総合研究大学院大学 博士後期課程。
個展:2009年タチカワ銀座スペース Åtte、2008年羽田空港 ANAラウンジ 2007年 新宿プロムナードギャラリー 2006年UPLINK GALLERY、現代Heigths/Gallery Den 2003年みずほ銀行数寄屋橋支店ストリートギャラリー 1997年Lieu-Place。グループ展:2007年8th SICF 招待作家2006年7th SICF、 浅井隆賞、 第9回岡本太郎記念現代芸術大賞展。

●君島彩子のエッセイ「墨と仏像と私」目次(2013年4月〜2014年4月まで連載)
・第1回 法隆寺「百済観音」
・第2回 國立故宮博物院「青銅鍍金釈迦牟尼仏坐像」
・第3回 「弥勒菩薩半跏思惟像」
・第4回 「妙見菩薩」
・第5回 「阿修羅」
・第6回 「庄薬師堂」
・第7回 「東北で感じたこと」
・第8回 「塑像について」
・第9回 「『信貴山縁起絵巻』と法輪」
・第10回 「新年に向けて」
・第11回 「十一面観音菩薩像」
・第12回 「花を描きながら」
・第13回(最終回)「花まつり」

●今日のお勧め作品は、君島彩子です。
20180609_kimijima_34_RECALL_01君島彩子
"RECALL"
2012年
水彩紙、墨
32.0x22.0cm
サインあり


20180609_kimijima_35_THINK君島彩子
"THINK"
2012年
水彩紙、墨
32.0x22.0cm
サインあり


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佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第17回

佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」

第17回 ときの忘れものでの秋の展覧会の構想について1

最近はもっぱら福島の大玉村に来て、「染め場とカフェ」の計画に取り組んでいる。設計をするのも工事をするのも自分だけではないが、構想をめぐらせてみると、やってみたいことはけっこうあり、他のプロジェクトでは試みる機会すら得られないような面白そうな造作やオブジェクトを各所で実験ができそうである。素材で言えば、コンクリート、木、そして水、布、藍という色といった要素が、既存の民家の古材と取り合いながら互いにせめぎ合う状況を実現させたい。

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「染め場とカフェ」の初期スケッチ。現段階のデザインや作り方はこのスケッチとは大きく異なるものであるが、こんなボヤっとした部材の取り合いの感じはどこかに維持したいとも思っている。「染め場とカフェ」の整備の事情については下記リンクにて。
https://camp-fire.jp/projects/view/68881

そんな素材、部材間の取り合いへの興味が自分にあるのかと改めて思ったのは、ある友人から自分の持つカメラについて指摘を受けてのことであった。自分が普段持っている一眼レンズは35mmの単焦点であるのだが、そんな狭い画角のレンズを持っている建築家はいないだろうと言われた。ほう、確かにこのレンズではとても建物全体や部屋全体を一枚で収めることはできない。いわゆる建築写真の広角のすこしアオリの効いたものであるのは知っていた。けれども、自分はどうもその全体を把握してしまう写真にあまり面白みを感じず、もちろんそんな広角のレンズも時には必要であるので持ってはいるが、普段持ち歩いているのは小さな部分、対象の素材感の細部を見つめることができるようなレンズであった。

そして、そんな持ち歩くカメラのレンズ選定は、どうやら自分の建築のデザインの注力の仕方の反映でもあったことに気づかされた。部材の取り合いや、拮抗の様に注視し、それをある種の建築表現としようという意欲が自分にはあることが多く、一方で”空間”というものはそんな取り合いが組み合わされた幾多の部材によって囲まれることで生まれるのだろう、そんな風に考えていた。それゆえに、インドのシャンティニケタンでの家作りでも家具や木工造作をバラバラと散布し、その遠隔的な造形の連関や、組み合わせをウンウンと考え込んたのを思い出す。いわゆる計画学的な対処療法から始める設計屋との”空間”の作り方は異なるものであり、ときにはそのことを揶揄されたこともあったが、自分では全く卑下することなく開き直ってはいる。

2インド・シャンティニケタンでの家の吹き抜け空間に架構した木工造作の細部。



秋に、ときの忘れもので、展覧会をやらせていただく機会をいただいた。そこではぜひ自分が建築を作る、作ろうとするときに考えていることを直截に表現したいと思っている。ギャラリーの中で、展示するモノ同士が互いに呼び合っているような、群像劇を催したい。群像劇なので、「おーい」と展示のモノたちが叫び合っているようなザワめいた状況を目指したい。
展示するのは、ドローイングと、木工を中心とした家具スケールの立体である。ドローイングは、立体を作るためのある種の見取り図、あるいはヒントでもあれば、ドローイングそれ自体が建ち現れた立体と造形の呼び合いを繰り広げてほしい。家具スケールの立体群においては、上で書いた部品間の取り合いはもちろん、異なる素材部品がそれぞれ異なる制作者によって、異なる履歴をもって作られ、それらのアッセンブル、同居関係を繰り広げてみたい。つまり、共作という平和的な制作プロセスではなく、拮抗状態ともいうべきの、睨めっこのバチバチの現場であろうか。そしてその現場が、確信犯めいた演出で終わらないためにも、立体とその立体に関連するドローイングとの間の齟齬、矛盾の関係が必要であるなと予感している。言葉では、どうやら今はこの程度の言い回ししかできなさそうでもあるので、ともかく実際の制作でそれを表現してみたいと思うのである。

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布と色と木の呼び合いを備えた家具スケールのモノのドローイング。具体的な立体での取り合いと整合させることもあれば、整合を意図せずにその物体間の越境を試みることもある。
さとう けんご

■佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。
URL: http://korogaro.net/

*今秋、ときの忘れものでは佐藤研吾さんの個展を開催します。どうぞご期待ください。

●本日のお勧め作品は、平井進です。
平井進
平井進
《作品》
1968年  油彩
73.0×61.0cm
サインあり

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左から)
オノサト・トシノブ《波形の十二分割》
平井進《作品》
瑛九《作品−B(アート作品・青)》
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◆佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。

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ギャラリー&編集事務所「ときの忘れもの」は建築家をはじめ近現代の作家の写真、版画、油彩、ドローイング等を扱っています。またオリジナル版画のエディション、美術書・画集・図録等の編集も行なっています。
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