井桁裕子「加速する私たち」 於、ときの忘れもの(東京・南青山)

京谷裕彰

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桐の粉に糊を混ぜ粘土状にした素材で造形する、桐塑(とうそ)という伝統的手法で制作された「加速する私たち」は、2年近い制作期間の間中(その最初の頃から)、壊しては作り直し、削っては盛り直して磨く、をずっと繰り返しながら仕上がる直前まで細部の造形を続けたのだ、と井桁裕子さんはいう。
数ヶ月前には、白い肌に手直しの痕でまだら模様になった着彩前の姿が撮影・公開されたのだが、もう二度と実物で見ることのできない姿が公に示されたということは、この人形の体に起こったあらゆる出来事全てを含み込んだものとして、作品が成り立っていることを意味しているように思う。見る人の趣味的好悪を超えて迫り来る、とてつもない存在感は、そのような制作姿勢によって担保されているのだろう。
一つひとつの作業工程の中で加えられた手の痕には、微細な時間が折り畳まれているかのようだ。
360度×360度、あらゆる角度から、あらゆる角度に。

この「加速する私たち」は、天空揺籃に所属する舞踏家・高橋理通子(たかはしりつこ)さんをモデルにした作品であり、小さめの作品「墜落」も、つくっているうちに顔が理通子さんに似てきたのだという。
舞踏=動、人形=静。舞踏家の理通子さんは生が死を内包していることを象徴する白塗りの肌で舞台狭しと躍動するのに対し、人形の理通子さんは傷ついた姿を晒しながらも生命力漲る血色のいい肌で静止している。
モデルと作品との対照性を通じて、矛盾や二律背反、そしてあらゆる対極的な価値観がひとつの場所に共在する作品が、両義性を開示する。しかもその両義性は、さらなる複数的な位相の重なりをかたちづくる。

そうして目の前に現れた作品は、高橋理通子さんの肖像であると同時に、感性までもが高速化を強いられる時代を生きる、"私たち"の肖像でもあるのだ。

人はどこまでも独りであることを峻厳に示しながら、それでいて理通子さんの似姿は孤絶への志向ではなく、共にあることへと向かって走り続ける。たとえ肉体が千切れても、墜落しても、主体が想定する事態を超えた圏域から、掬ってくれる手が現れるという希望。
神のように大きく頼もしい手であったり、赤ん坊の小さな手であったり。
そこに空虚なニヒリズムはない。しかしニヒリズムのどん底を経て、その彼方を展望した者だけが確信をもって語ることのできる"私たち"という一人称複数がここにはある。
作品と共に過ごしたあとに残る余韻の、神々しいまでの清々しさはおそらくそれに起因するのだろう。

ところで、玩具と芸術とのあわいから、フェティッシュ・アートとしての球体関節人形という分野をハンス・ベルメールが開拓し四谷シモンが展開したことは美術史に記録される事実であるが、彼らを継ぐ作家としてその系譜上に井桁さんがいることもまた周知のことである。
だが井桁さんは、自らが拓いた肖像人形という閾をも超えて、新たな境地に達しているのではないか。
にもかかわらず、それは他ならぬ人形であり、極北の舞踏を志向する理通子さんとの交わりの中でしか生まれ得なかったものなのだ。

その、舞踏家の身体を静止した姿でつくるという行為は、永遠への差し向けを意味する行為である。
現前する世界秩序の彼方に光るものをしかと見ているからこそ、井桁さんはそれを成し得るのだろう。

"加速する私たち"が今いる場所は、決してpoint of no return―後戻りの出来ない地点―ではないことを、語っている。
確かな視座から。
おぼろげな未来への投企という形をとって・・・。

ときの忘れもの 井桁裕子作品展「加速する私たち」 11/22〜12/1
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陶による小品も粒よりのものが並ぶ。
(きょうたにひろあき)
「亰雜物的野乘」より転載

*画廊亭主敬白
12月1日に終了した「井桁裕子作品展 加速する私たち」は、先日ご紹介した通りたくさんの方が、ツイッター、フェイスブック、ブログなどで感想を書いてくださいました。
京谷さんは関西から上京されて「アリア」の上映会にも参加、ご自身のブログで今回の井桁展について論じてくださいました。お許しを得て、転載させていただきます。

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