菅原一剛の写真/断章

仲世古佳伸



 もう25年も前のことだが、菅原一剛が撮影したサンマルコの回廊にある大理石の列柱の写真を見たとき、僕は"肖像"だと思った。それと同時に、真正面に起立した肖像の数々が、不意に静かなマチエルをまとい、光や音や時間のざわめき立つ"抽象"のようにも映った。写真家の言ったCorrespondances(呼応)というボードレールの言葉を思い出し、改めて写真と対面してみたが、このざわめきは一層の高まりを奏でながらも、静寂とした元の場所に立ち続け、毅然とこちらを向いたままだった。
 頑固なまでのアティテュードと、狩猟者のまなざしで対象を写し取る写真家の眼の、何といさぎよいことか。概念を嫌い、流行は他人に預け、菅原一剛は、ただひたすらに"光のすがた"を追い求めていく。


古典技法であるガラス板に、風景を定着して並べた湿板写真の作品がある。2003年に、奄美の森の中で撮影した木漏れ日をとらえたこの写真で、菅原一剛は「写真の物質性」と「光の形象化」を試みた。僕らは通常、写真を重いものとして見ることはないが、ガラス板を用いたこの写真は、ズシリと重い。そして、粒子であり、あたたかい波動を発する形象としてとらえられた光のすがたが、精霊のように漂い、見るものの意識をゆさぶる。写真として露呈された光の形象は、サンマルコの列柱の、あのざわめいたマチエルと通じているように思える。
 写真家のめざす「あかるいところ」、「あたたかいところ」とは何処なのか。地上にあり、光から逃げられないものたちの還るところであり、満ち満ちた"起源"のざわめきの聞こえるところであり、光と生命の呼応するところであるに違いない。



スタルハイムの滝の写真を見て、最初スティーグリッツの雲の写真「イクィヴァレント」を想像したが、改めて思うのは、水の「非等質性」ということだ。被写体と内面のあいだには、象徴という衝動が働くが、象徴とはやっかいなものだ、詩的にも、観念的にも写ってしまうからだ。全身を開ききり、"滝に打たれる"菅原一剛の情動が迫ってくる。轟音を立てて立ちはだかる滝を前に、写真家は非均質に抵抗を示す「水の襞」に、一体何を見続けていたのだろうか。あるいは水の襞は、「光の襞」と言い換えてもいいもかもしれない。
 襞はさまざまな光の粒子をまとい、写真家を翻弄し、ときにその正体をあらわにする。音と匂いと、温度と官能の混じり合う滝の中に、あたたかいものを感じたという、そのあたたかさの正体とは何だろうか。異形の滝の表情の奥に見え隠れする正体が、決してのっぺりとしたすがたでないことだけは想像できるのだが。


 写真が言葉の通りに、真実を写さないことも、真実が写真のように存在していることも、また、世界は意図や支度の不在したありさまだということも僕らは認識しているが、ときに、実態と表象のあいだにゆらぐ写真のまなざしを前に戸惑うことがある。秩父の森の中で撮影した菅原一剛の、「Hidamari」の写真群もそのひとつだ。写真は、乱立する木々の内で光を追う写真家の身体の軌跡をとどめるが、そのあとかたは、眩しく発光する、流動的な光の動きと戯れながらも、何処か怪しい気配を湛えている。
 眼に見える実態が、いつも風景だとは限らない。写真家は森全体を充たす、その圧倒的な明るさを前に、"光の感情"を見たに違いないのだ。自然と感情のあいだでゆれる様、風景を認識するとはそういうことかもしれない。光、そして、あたたかいところ、その正体を無心に追い求める写真の内に、神聖なものを呼び戻そうとする、菅原一剛の感情を見た。
なかせこ•けいしん/アートディレクター)

仲世古佳伸(アートディレクター) NAKASEKO Keishin
1955 三重県生まれ
1980 大阪芸術大学芸術計画学科卒業
     卒業後、(株)イガラシステュディオに勤務し、五十嵐威暢のもとでCI、サイン計画などの仕事に従事する
1991 ナカセコアート設立
     グラフィックデザイン・クリエイティブのアートディレクション、展覧会の企画・構成・キュレーション、テキストの執筆、アート作品の制作など、デザインとアートを横断する多義的な表現活動を行う

【主なキュレーションとディレクション】
1995〜2000  アートイベント「モルフェ」の総合アートディレクション(東京青山周辺)
1996 「眼差しと視線01/02/03」(ミヅマアートギャラリー)
1998 「ゲームの規則」(ギャラリーアート倉庫/東京)
2002 「ひとりごっつー松本人志の世界展」(ラフォーレミュージアム原宿/東京)
2009 「オクターブ01/02」(TIME AND STYLE MIDTOWN/東京)
2010 「TDW-ARTジャラパゴス展」(東京デザイナーズウィーク2010/東京)
2011 「TARO LOVE 展 岡本太郎と14人の遺伝子」(西武渋谷店)
     「ジャラパゴス展」(三菱地所アルティアム/福岡)
2012 「ジパング展」(高島屋/日本橋/難波/京都)
     「えどがわ、アートな日和」(しのざき文化プラザ企画展示ギャラリー/東京)
2013 「ワンダフル・マイ・アートー高橋コレクションの作家たち」(河口湖美術館/山梨)


◆ときの忘れものは2013年10月16日[水]―10月23日[水]「菅原一剛写真展―Blue」を開催いたします(※会期中無休)。
菅原一剛展Blue
菅原一剛の写真集「Daylight|Blue」(2冊セット)の出版を記念して、ときの忘れものとギャラリー360°の二会場で同時開催します。
ゲストキュレター:仲世古佳伸

『Daylight|Blue』
価格:6,300円
2冊1組 各68P 320Hx257Wmm

会期中の10月19日(土)午後3時より、菅原一剛さんと仲世古佳伸さんと一緒に、2会場を周るギャラリーツアーを開催します(ときの忘れものスタート)。
ツアー終了後、18時よりギャラリー360°にてオープニングレセプションを行います。是非、ご参加ください。
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