谷川俊太郎のエッセイ

谷川俊太郎「元永定正点描」 Nonsense of Sadamasa MOTONAGA

谷川俊太郎「元永定正点描」(1977年執筆)

 十年ほど前、初めて元永定正夫婦に会った。場所はニューヨークだった。それから数ヶ月、私たち夫婦と元永夫婦はリンカーン・センターに近い同じ高層アパートの上下の部屋で暮らした。二組ともジャパン・ソサエティの奨学金をもらって来ていたのだが、これはなんの義務も仕事も強制しない大変のんきな制度で、私たち夫婦などはいわば毎日遊び暮らしていたわけだが、元永さんはすでに海外に名の知れた絵描きだったこともあって、一部屋のアパートのせま苦しい納戸に新聞紙を敷いて絵を画いていた。
 同じアパートに住んでいれば、自然毎日のように顔を合わせる。私たち夫婦はたちまち元永夫妻の人間的魅力のとりこになった。むこうは関西人、こっちは関東人、そのちがいに違和を覚えるよりも新しい発見のほうが多かった。元永さんは同道たる偉丈夫で、顔はいつどこの血がまじったのか知らないが、日本人離れして彫りが深い。対照的に元永夫人は観音さまのような日本的美人である。ところがこの観音さまの芯にあるのは、私の女房と言わせるに浪花女の土性骨であって、彼女は私たちの帰国後、ニューヨークの病院で一子を出産し、元永夫妻は赤んぼ連れでヨーロッパを廻って日本へ戻ったのである。
 在る日元永夫妻の部屋に遊びに行ってみると、棚の上にクラゲの干物とも、豆電球の傘ともつかぬ妙な物が置いてある。その面白い着色のしかたから、すぐ元永さんの作品だということは分ったが、材料の見当がつかない。元永さんはにやにや笑って、なかなか種をあかそうとはしなかったが、私が物書きのせいか職業上の秘密を横どりされることもあるまいと思ったのだろう。<これワンタンの皮ですねん>と答えてくれた。
 ワンタンの皮ときいて一瞬私は絶句した。もちろんそのあと笑いの発作に襲われたが、笑いながら私は感動していた。すべてを黄金に変えるマイダス王ではないが、元永さんは食べ物まで自分の世界にひきこんでしまうのか、油断も隙もあったもんじゃない、下手をするとこの男は世界全体を自分の作品にしかねないぞ、大げさに言えばそんな一種の恐怖すら私は覚えたのだ。
 当時は気づかなかったが、そのとき私は元永さんの作品世界の根底にある、ノンセンスに触れていたのだと思う。ワンタンは食物だときめてかかっている私たちのセンスを、元永さんはあっさりくつがえした。それは遊びであると同時に、ひとつのシリアスな創造行為でもある。私たちのコモン・センスをつきつめて行った先のノンセンスに、元永さんは気づいていて、そこに彼の造型などという言葉を超えた大きさがあると、今の私は考えている。
 ニューヨークで知り合ったことから、元永さんと何か一緒にやってみたい、何か一緒にできるんじゃないかと思っていた。小品のいくつかに、連想ごっこのようにして題名をつけたことはあったが、曲がりなりにも仕事ができたのはやっと昨年になってからである。『もこ もこもこ』と題された絵本で、元永さんの画く具象にしては不定形でありすぎ、抽象であるにしてはいきいきしすぎている奇妙な存在たちを、私の記憶の中で並べてみたら、それがそのままひとつのストーリイになった。
 元永さんの言ったことの中で、強く印象に残ったことのひとつは、<作家は新しくなければ作家ではない。新しい絵は大阪流に言えば、けったいな作品、奇妙なもので、それは平面、立体を問わないが、それが何かというと、何か分らない。そのへんに創作のおもしろ味があると思う>という発言で、これはそのまま彼自身の作品を適切に語っていると言える。
 彼の画面にはいつも生命の気配がある。どんな色を使っても、そこには或るぬくみがある。鮮明に画かれた形は、一瞬後には別の形に変化するのではないかと思わせるなまなましさに満ちている。形そのものに元永さんは常に生きて動いているものを見ているのだ。おそらく生まれ出る赤んぼが常に新しい存在であるように、元永さんの創り出す形も新しい。見る者をそう信じこませてしまうおおらかな楽天主義、それが私をひきつけてやまぬのだろう。
 生命の存在そのものが、つきつめてゆけばノンセンスであるということ、だがそのことの中にどんなにすばらしい美しさと輝きとユーモアがあることか。たとえば『ポアン・ホワンけのくもたち』という絵本の中で、元永さんは雲の種々相を画いているけれど、それらの雲は擬人化されているようで、どこまでも雲そのものに見える。かと言ってまたそれらは具象的な雲ではなく、一種微妙な抽象性をもっている。一時彼の属していたグループの<具体>という名は、誰よりも元永さんにふさわしいように私には思える。この言葉は元永定正という人間に似て、ふところが深いのだ。

たにかわ しゅんたろう

『'77現代と声 版画の現在』(1978年 現代版画センター刊)より転載

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motonaga_book2『'77現代と声 版画の現在』
北川フラム編
1978年9月5日
現代版画センター 発行
141ページ
25.7x18.3cm
執筆者、座談会、対談出席者:
靉嘔オノサト・トシノブ磯崎新加山又造、小野具定、一原有徳、野田哲也関根伸夫元永定正、山田光春、岡部徳三、植田実、多木浩二、橋本誠二、吉村貞司、窪田般彌、尾崎正教、針生一郎、鈴木進、松永伍一、峯村敏明、立松和平、黒田三郎、大島辰雄、谷川俊太郎、松村寛、粟津潔菅井汲飯田善国、中原佑介、布野修司、北川フラム

motonaga_book1『もこ もこもこ』
1977年初版
文研出版 発行
29ページ
28.3x22.4cm
作:谷川俊太郎
絵:元永定正

*画廊亭主敬白
1978年に亭主が刊行した『'77現代と声 版画の現在』という本に寄稿していただいたエッセイを谷川俊太郎先生のご許可をいただいて再録掲載しました。
私たちが初めて元永定正先生のエディションをつくったのは1977年の現代版画センター企画「現代と声」のおりでした。
関根伸夫先生の強力な推薦で、下に紹介する「白い光がでているみたい」「いいろろ」「オレンジの中で」の3点の版画を初めてエディションしました。刷りはすべて石田了一さんです。
これ以前にも版画制作はされていたのですが、本格的なものはこれが最初です。
このときの「現代と声」企画には、各分野から9人の作家が選ばれましたが、その顔触れは、靉嘔オノサト・トシノブ磯崎新加山又造、小野具定、一原有徳、野田哲也関根伸夫、そして元永定正でした。
元永白い光が出ているみたい
元永定正
白い光が出ているみたい
1977年 
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
61.0×47.0cm
Ed.100 signed
「現代と声」出品作品

元永定正「いいろろ」
元永定正
いいろろ
1977年
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
47.0×61.0cm
Ed.100 signed
「現代と声」出品作品

元永「オレンジの中で」600
元永定正
オレンジの中で
1977年
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
47.0×61.0cm
Ed.100 signed
「現代と声」出品作品

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1983年6月23日_元永定正「日本芸術大賞」受賞を祝う会_6
1983年6月23日
元永定正さんの「日本芸術大賞」受賞を祝う会
会場:東京代官山 ヒルサイドテラスE棟ロビー
左から中辻悦子さん、元永定正さん、谷川俊太郎さん

DSCF1722_600
2014年4月8日
谷川俊太郎さんとときの忘れもののスタッフたち

20150606_ishida_600
2015年6月6日
刷り師の石田了一さん
展示中のすべての元永作品を石田さんが刷りました

◆ときの忘れものは2015年6月3日[水]―6月13日[土]「元永定正 もこもこワールド」を開催しています(*会期中無休)。
263_motonaga03具体グループで活躍した元永定正は1970年代から本格的に版画制作に取り組みます。本展では1977〜1984年に制作された版画代表作30点をご紹介します。
出品リストは既にホームページに掲載しました。価格リストをご希望の方は、「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してメールにてお申し込みください
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谷川俊太郎「声」




 百瀬さんたちとモロッコを旅したのが、もう四半世紀近く前になるなんて信じられません。レンタカーのルノーカトルでサハラ砂漠の入り口まで行きました。夜明けのホテルで、夢うつつに街の塔から流れるコーランを聞いたのが何故か忘れられません。

白から黒へ
黒から白への無限の濃淡に
声がかくれている

祈る声
むずかる声
なじる声
囁く声

声は物音に紛れ
風音に消され
足音に寄り添いながら
ひそやかな歌になっていく

そして砂漠に吸われる
聖歌も無言歌も
あのひとの思い出も

 モロッコを旅した仲間の一人は、もうこの世にいません。私の手元にはマラケシュで買ったアンティークのペンとインク壺が残っています。いつかそれで詩を書いてみたいと思っているのですが。

                          
                  谷川俊太郎

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*百瀬恒彦さんの初めてのポートフォリオ『無色有情』(10点組、限定12部)のために詩人の谷川俊太郎さんに執筆していただきました。

谷川 俊太郎(たにかわ しゅんたろう 1931年〜)
1952年、詩集『二十億光年の孤独』でデビュー。1962年『月火水木金土日のうた』で第4回日本レコード大賞作詞賞、1975年『マザー・グースのうた』で日本翻訳文化賞、1982年『日々の地図』で第34回 読売文学賞、1993年『世間知ラズ』で第1回 萩原朔太郎賞、ほか受賞・著書多数。
近刊は『私』『詩の本』『トロムソコラージュ』『ぼくはぼく』『写真』など。
詩の他に作詞、絵本、翻訳、映画脚本など幅広いジャンルで活動。また中国など様々な国で作品が翻訳され世界的な評価も高く得ている。近年では、詩を釣るiPhoneアプリ『谷川』や、郵便で詩を送る『ポエメール』メールマガジン『谷川俊太郎のポエメール』など、 詩の可能性を広げる新たな試みにも挑戦している。

◆ときの忘れものは2014年4月2日[水]―4月11日[土]「百瀬恒彦写真展―無色有情」を開催しています(*会期中無休)。
DM画像600百瀬恒彦が1990年にモロッコを旅し、城壁の街フェズで撮ったモノクロ写真約20点を展示します。あわせてポートフォリオ『無色有情』(10点組、限定部数12部)を刊行します。
その写真世界については鳥取絹子のエッセイ「百瀬恒彦の百夜一夜」をお読みください。

●出品作品を順次ご紹介します。
momose_04_mushoku_01ポートフォリオ『無色有情』より1
1990年(2013年プリント)
ゼラチンシルバープリント、バライタ紙
20.3×25.4cm
サインあり

momose_04_mushoku_02ポートフォリオ『無色有情』より2
1990年(2013年プリント)
ゼラチンシルバープリント、バライタ紙
25.4×20.3cm
サインあり

momose_04_mushoku_03ポートフォリオ『無色有情』より3
1990年(2013年プリント)
ゼラチンシルバープリント、バライタ紙
20.3×25.4cm
サインあり

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●本日4月4日(金)18時より百瀬恒彦さんと森友嵐士さんによるギャラリートークを開催しますが、既に満席となり、予約受付は終了しました。
トーク終了後の19時から百瀬さんを囲んでレセプションを開催しますが、こちらはどなたでも参加できますので、皆さんお誘い合わせのうえご来廊ください。
(18時〜19時までは予約者以外は入場できませんのでご注意ください)
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本日のウォーホル語録

<お金は、くしゃっと持ち運ぶのがいちばんだ。しわくちゃのお札。紙袋に入れるのなんかいいな。
―アンディ・ウォーホル>


ときの忘れものでは4月19日〜5月6日の会期で「わが友ウォーホル」展を開催しますが、それに向けて、1988年に全国を巡回した『ポップ・アートの神話 アンディ・ウォーホル展』図録から“ウォーホル語録”をご紹介して行きます。
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ギャラリー&編集事務所「ときの忘れもの」は建築家をはじめ近現代の作家の写真、版画、油彩、ドローイング等を扱っています。またオリジナル版画のエディション、美術書・画集・図録等の編集も行なっています。
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