ギャラリー  ときの忘れもの

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カテゴリ: 森本悟郎のエッセイ

森本悟郎のエッセイ「その後」第45回(最終回)

森本悟郎のエッセイ その後 第45回(最終回) 種村季弘(1933〜2004) (2)奇想の展覧会 種村さんから打診を受けた展覧会は、開催に際して大学当局・運営委員会ともに了解を得るには意義も内容も十分だったから、課題は会期と予算2点にあった。種村さんは画廊春秋での開 …
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森本悟郎のエッセイ「その後」第44回

森本悟郎のエッセイ その後 第44回 種村季弘(1933〜2004) (1)シブとタネ ぼくが種村季弘という名をはじめて知ったのは大学生になってからで、その初めが西洋美術史の講義※1で聞きかじったマニエリスムへの興味から読んだG・R・ホッケの『迷宮としての世界』訳者として …
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森本悟郎のエッセイ「その後」第43回

森本悟郎のエッセイ その後 第43回 澁澤龍彥(1928〜1987)と堀内誠一(1932〜1987) (2)旅の仲間 澁澤・堀内展を運営委員会で提案したのはフランス文学者で評論家の巖谷國士さんだった。2007年が澁澤・堀内両氏の没後20年に当たること、20年間にわたる80数通の手紙が残さ …
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森本悟郎のエッセイ「その後」第42回

森本悟郎のエッセイ その後 第42回 澁澤龍彥(1928〜1987)と堀内誠一(1932〜1987) (1)二人の出会い 今年は〈澁澤龍彥没後30年〉ということで、著書の復刊や特集した雑誌の刊行※、展覧会※※の開催(予定含む)が相次いでいる。昨年7月には「澁澤龍彥 没後30年を …
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森本悟郎のエッセイ「その後」第41回

森本悟郎のエッセイ その後 第41回 中平卓馬(1938〜2015)(3) 「日常 ─中平卓馬の現在─」展 《昭和五十二年九月中頃、(中略)急性アルコール中毒症と言う忌まわしき大病で死にかか》った(『新たなる凝視』)昏倒事故以後、中平さんは1978年に『アサヒカメラ』(12月 …
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森本悟郎のエッセイ「その後」第40回

森本悟郎のエッセイ その後 第40回 中平卓馬(1938〜2015)(2) 言葉と写真 中平卓馬の活動は大きく〈前期〉と〈後期〉に分けることができる。前期は1963年から77年9月10日まで、後期はその翌日から2015年に亡くなるまでである。 *63年、中平さんは雑誌『現代の眼』(現 …
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森本悟郎のエッセイ「その後」第39回

森本悟郎のエッセイ その後 第39回 中平卓馬(1938〜2015)(1) 記憶のなかの中平卓馬像 C・スクエアの企画はすべてぼくが決めていたと思われているふしがあるが、そんなことはない。設置当初から運営委員会方式を採用し、展覧会の企画案はぼくのであれ委員のであれ、公 …
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森本悟郎のエッセイ「その後」第38回

森本悟郎のエッセイ その後 第38回 角偉三郎 (2) 展覧会とその後 角偉三郎さんに初めて会ったのは1994年7月のこと。展覧会作家としてではなく、勤務先の中京大学へのアートワーク提供者としてだった。その後、輪島の仕事場や各地の展覧会場で作品に触れ話を聞くうちに、ふ …
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森本悟郎のエッセイ「その後」第37回

森本悟郎のエッセイ その後 第37回 角偉三郎(1940〜2005) (1)漆芸界の異端児か? C・スクエアという展示場所について、ぼくは特定のジャンルにこだわるつもりは当初からなかった。それは〈全ての表現は等価である〉という確信がもたらしたものだ。だからC・スクエアを …
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森本悟郎のエッセイ「その後」第36回

森本悟郎のエッセイ その後 第36回 合田佐和子 (3) C・スクエアで見せたかったこと C・スクエアで第60回目の企画となる「記憶ファンタジー 合田佐和子展」は2003年12月1日が初日だった。既述のように、そのちょうど1週間前まで「合田佐和子 影像 ―絵画・オブジェ・ …
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