オノサト・トシノブの世界

コンクリートには抽象がよく似合う〜オノサト・トシノブと宮脇愛子など

13日から開催する「佐藤研吾展―囲いこみとお節介 」の準備が進んでいます。
会期中、作家は毎日在廊し、なおかつ全5回という、ときの忘れもの始まって以来の過密スケジュールで多彩なゲストをお迎えし、ギャラリートークを開催します。
既に予約された方の名簿を見ると、こちらがトークの主役にお願いしたいくらいの「時の人」もおられ、ミーハーの亭主は今から胸をときめかせています。
※要予約、参加費1,000円、複数回参加の方は二回目からは500円
12/13(木)13時〜 ゲスト:中島晴矢さん(現代美術家)
12/14(金)18時〜 ゲスト:岸井大輔さん(劇作家)
12/15(土)18時〜 佐藤研吾レクチャー
12/21(金)18時〜 ゲスト:小国貴司さん(Books青いカバ店主)
12/22(土)18時〜 佐藤研吾レクチャー
メールにてお申し込みください。 info@tokinowasuremono.com
一昨日のブログに、初日のゲスト中島晴矢さんに関しての佐藤さんのコメントを掲載しましたが、トーク二日目12月14日のゲストは劇作家の岸井大輔さんです。

最近、群像、群造形について考えています。それはモノに限らず人の群像、群れ、群れることもそうです。
群れたモノを作る(「囲い込みとお節介」出展内容)、人と群れながら作る、人の群れを作る(インドと歓藍社の活動)、といういくつかの切り口を考ようとしている(今月出る『SD2018』で小論書いてもいます)ときに、ぜひ話をしてみたいと思ったのが現代劇作家の岸井大輔さんです。
演劇は複数の人が居て成り立つ表現なのだろうと思っています。劇の中に、あるいは劇場の中に、複数の人が集まって居るのが、演劇というものであり、それはまた、建築を主にやっている自分(佐藤研吾)からすれば何となく羨ましさもある形で、さらにはそんな"運動"へとつながっていく群れ、集まりに興味があります。
去年、北千住に新たにできた劇場、BUoYアートセンターの工事をやった頃から、そんな演劇への関心が浮上し、また戯曲という、演劇の始まりに位置する制作物が、演劇の現場にどのような「あそび」(=隙間)を作り出しているのか。戯曲と演劇現場の関係は、建築でいう設計と工事現場の関係にも当然似ているところではありますが、そんな現場での「あそび」についても。
ぜひお越しください。

(佐藤研吾)>

準備が進んでいるとは書きましたが、尾立、新澤、松下の主力スタッフ3人は2日から16時間をかけて空路マイアミに出張しました。4日(日本では5日)のプレビューでは、まずまずの出だしだったようでホッとしています。フェアは6日間の長丁場、彼らが帰国するのは来週になります。
亭主と社長は女性スタッフたちと留守番であります。
男手は亭主一人という心細い状況ではありますが、吉報を待ちつつ、佐藤研吾展の準備に邁進いたしましょう。

画廊では「岡本信治郎とオノサト・トシノブ」の特集展示をしていますが、これがなかなかいいんですね(自画自賛)。

201811岡本・オノサト看板
会期は明後日12月8日までです。

201811オノサト玄関入るといきなりオノサトの大判シルクスクリーンが華やかに迎えてくれます。

201811オノサト油彩
額装のせいもあってかコンクリートの壁に油彩も映えます。

201811オノサト
初期版画の名作も渋いです。


岡本信治郎
二階図書室のここだけはクロスの壁には岡本信治郎の「ダン吉」が。


三階には宮脇愛子先生の最後の油彩を特別に飾りました。
宮脇愛子2014
宮脇愛子 「作品」 2014年 キャンバスにアクリル、50.5x61.0cm(F12号)
*裏に年記とサインあり

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


◆「今週の特集展示:岡本信治郎とオノサト・トシノブ
魔方陣
会期:2018年11月27日(火)〜12月8日(土)
*日曜・月曜・祝日は休廊
日本のポップ・アートの先駆的作家としてユーモラスな形態のなかにニヒルさを込めたシリーズを制作し続けてきた岡本信治郎と、ときの忘れもののメイン作家の一人であるオノサト・トシノブを特集展示しています。


◆ときの忘れものは「ART MIAMI 2018」に参加出展しています。
am 2018 - ogo with dates会期=2018年12月4日[火]〜12月9日[日]
VIPプレビュー:2018年12月4日(火)
一般公開:2017年12月5日(水)〜9日(日)
会場:One Miami Herald Plaza @ NE 14TH STREET
   Downtown Miami
ときの忘れものブースナンバー:AM432
出品作家:葉栗剛、野口琢郎、木原千春、光嶋裕介、安藤忠雄、磯崎新、ル・コルビュジエ、倉俣史朗


ときの忘れものは「第306回企画◆佐藤研吾展―囲いこみとお節介 」を開催します。
会期:2018年12月13日[木]―12月22日[土] 11:00-19:00 ※会期中無休
306
インド、東京、福島という複数の拠点を往還しながら創作活動に取り組んでいる建築家・佐藤研吾の初個展を開催します。
本展では、自身でデザインし制作した家具としてのハコや、ピンホールカメラ(ハコ)とそれを使って撮影したハコの写真、またハコのドローイングなど、独自の世界観をご覧いただきます。
会期中、作家は毎日在廊予定です。
以下の日程で以下のゲストをお迎えし、ギャラリートークを開催します。
※要予約、参加費1,000円、複数回参加の方は二回目からは500円
12/13(木)13時〜 ゲスト:中島晴矢さん(現代美術家)
12/14(金)18時〜 ゲスト:岸井大輔さん(劇作家)
12/15(土)18時〜 佐藤研吾レクチャー
12/21(金)18時〜 ゲスト:小国貴司さん(Books青いカバ店主)
12/22(土)18時〜 佐藤研吾レクチャー
全5回のギャラリートーク、予約受付を開始しました。メールにてお申し込みください。 
info@tokinowasuremono.com

●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は通常は休廊ですが、次回企画「佐藤研吾展―囲いこみとお節介」(12月13日[木]―12月22日[土])開催中は無休で開廊しています。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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今週の特集展示:岡本信治郎とオノサト・トシノブ

「特集展示:岡本信治郎とオノサト・トシノブ」

会期:2018年11月27日[火]―12月8日[土]11:00-19:00
*日曜、月曜、祝日は休廊です。
魔方陣

18日に終了した「光嶋裕介新作展―幻想都市風景 GOLD」の後始末をする間もなく、急遽実現した11月22日の「一日だけの須賀敦子展(主催:BOOKS青いカバ)」はおかげさまで大盛況でした。
須賀敦子の旅路
短期間に準備したにしてはとても盛り上がり、本についてできることはまだまだあるなと感じ入りました。
本好きはいるけれど、本に関連する環境が衰弱しているのですね。
どこに行ったら好きな本に出会えるのか、本の歓びをどのように分かちあったらいいのか分からないのです。
今回は、ふたつの場所が結びつくことで魅力が倍加し、駒込でなにか起きているという熱が人々に伝わったような気がします。
これからもアタマをやわらかくしていろいろと知恵を絞りましょう!

大竹昭子さんからのメール)>


野口琢郎倉俣史朗、光嶋裕介、須賀敦子+大竹昭子と続いた今秋の企画展ですが、2018年最後を飾る「佐藤研吾展―囲いこみとお節介 」は12月13日からです。
少し間があるので、11月27日[火]―12月8日[土]までコレクションから岡本信治郎とオノサト・トシノブと特集展示します。
岡本信治郎「ダン吉」
岡本信治郎「ダン吉」
1982年 シルクスクリーン
64×48cm AP Signed

日本の前衛美術には「ユーモアがない」とはよく言われることですが、日本のポップ・アートの先駆的作家としてユーモラスな形態のなかにニヒルさを込めたシリーズを制作し続けてきたのが岡本信治郎です。
1933年東京に生まれた岡本は高校卒業、独学で水彩画をはじめ、日本水彩画展、二紀展などに出品。1956年村松画廊で初個展を開催、同年ヨシダ・ヨシエらと「制作会議」を結成します。この頃、新印象派のスーラの作品に出会い、「人も事物も私自身さえも全て平等に、シルエットとして眺める眼」を獲得し、現代の病理を明るい色彩と単純な形態によって表現するようになります。1956年から読売アンデパンダン展に出品。1962年と翌年のシェル美術賞展で佳作賞を、1964年第1回長岡現代美術館賞展で大賞を受賞し注目を浴び、簡潔な線描と濁りのない明るい色彩による色面構成による画風を確立しました。自身の戦争体験と9.11テロをテーマにした連作を発表するなど、ユーモアのなかに社会への評言を独自の視点をもって提示し続けています。

岡本信治郎
岡本信治郎
1982年 シルクスクリーン
64×48cm AP Signed

*参考=岡本信治郎のオーラルヒストリー

岡本信治郎先生の作品は今まであまり紹介してきませんでしたが、オノサト・トシノブ先生はときの忘れもののメイン作家の一人であり、油彩、水彩、版画など多くのコレクションを持っています。
命日(1986年11月30日没)も近いので今回久しぶりにご紹介します。
オノサト・S−2
オノサト・トシノブ
Silk-2
1966年
シルクスクリーン
32.0×40.0cm
Ed. 120 Signed
*レゾネNo.20


F-2の原画_トリミングオノサト・トシノブ
F-2の原画
1981年
油彩
50.0x50.0cm Signed


Onosato "Silk-32"
1970年
シルクスクリーン
40.0×40.0cm
Ed. 100 Signed
*レゾネNo.55


Onosato "A.S.-17"
1984年
シルクスクリーン
60.5×72.5cm
Ed.100 Signed
*レゾネNo.200

9月の福岡のアートフェア(2018年9月7日〜9月9日)のことは、中野和加子さんのレポートでお読みいただきたいのですが、私たちは4回連続で出展し、なじみのお客様もできてきました。
今年も来場してくださったTさんというお客様から亭主にとっては感慨深いある本をいただきました。
オノサト文集実在への飛翔オノサト文集奥付

1978年秋に叢文社から刊行されたオノサト・トシノブ先生の文集『実在への飛翔』という本です。
Tさんは古書で偶然入手したとのことですが、扉を開けると8人のサインが記入されており、その中に亭主の名前もあったので、驚かれたようです。
20180920151117_00001

一番上に久保貞次郎先生、
その下にローマ字でn.jitsukawaとあるのは実川暢宏さん(当時自由ヶ丘画廊のオーナー)、
その下が高森俊さん(創造美育協会会員、美術教師、オノサト版画の版元「四人組」のメンバー)、
次の左が志水楠男さん(南画廊)、右にOnosatoとあるのがオノサト・トシノブ先生です。
オノサト先生の字で'78.10.1と書かれています。
一番下の左端にFujio Watanukiとあるのが亭主であります。
中央にTomoko,とあるのはオノサト先生の奥様であり画家のオノサト・トモコさん、
右端にTomaruとあるのがオノサト夫妻の次男の小野里十丸さんです。

往時茫々、この日(1978年10月1日)のことも正確に書き残しておかねばなりませんね。
志水楠男さんが急逝されたのはこの僅か半年後の1979年3月20日のことでした。
8人のうち、今もご健在なのは実川暢宏さん、高森俊さん、小野里十丸さんと亭主の4人。

●関連書籍のご案内
1467693720857『志水楠男と南画廊』
「志水楠男と南画廊」刊行会 発行
1985年
27x26.5cm 251P
執筆:大岡信、志水楠男、難波田龍起、今井俊満、小野忠弘、木村賢太郎、加納光於、オノサト・トシノブ、菊畑茂久馬、宇佐美圭司、野崎一良、靉嘔、中西夏之、清水九兵衛、飯田善國、戸村浩、菅井汲、保田春彦、桑原盛行、他
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。


◆本日はときの忘れもの・拾遺 第9回ギャラリーコンサート
武久源造コンサート
を開催します。
日時:2018年11月24日(土)15:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:武久源造
プロデュース:大野幸
今回は午後3時開演。ちょうど近くの六義園の紅葉のライトアップの時期です。
*要予約=料金:1,000円(あと少し席があります)
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊です。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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オノサト・トシノブ「べた丸」から「丸の分割」へ

テレビがないので、まったく疎いのですが、BSフジ『ブレイク前夜〜次世代の芸術家たち〜』という人気番組があるようです。
12月5日(火)21:55〜22:00 BSフジで放送中の『ブレイク前夜〜次世代の芸術家たち〜』にときの忘れもののエース光嶋裕介さんが出演します。わずか5分ですが丁寧につくられているそうで、ぜひご覧になってください。
私たちみたいなテレビ無い族は、数週間するとユーチューブにそれが公開されるとのことです。楽しみです。

さて本日11月30日はオノサト・トシノブ先生の命日です。
亡くなられたのは31年前の1986年11月30日でした。お元気ならばいま105歳、亡くなって30年が一つの区切りと良く言われます。

作家は亡くなると市場での価格は必ず下がります。よく「死ぬと高くなる」と思い込んでいる人が多いのですが、間違いです。
どんな作家でも生きているときのオーラが最高で、亡くなればオーラが消え、やがて忘れられていきます。
どんな作家でも逃れられない記憶と忘却というものの宿命です。

例えば、20世紀の日本の代表的画家を10人挙げろと言われれば、このブログをお読みになる方ならほとんどが答えられるでしょう。では19世紀の10人は? 18世紀の10人は? 17世紀の10人は? となったら専門の学者でもない限り無理です。
亭主だって答えに詰まる。

ときの忘れものの二枚看板、瑛九とオノサトですが(二人は生涯の盟友でした)、ほぼ同年で瑛九に比べ、オノサトは市場の評価も、美術界での評価もいまいちですが、どうやらだんだん近づいてきたようです。

オノサト58年二つの丸
二つの丸 黒と赤》 1958年 油彩、キャンバス 16.2x23.2cm サイン・年記あり

オノサト・トシノブ_1963年_1200
1963年  油彩・キャンバス  45.4×53.0cm(10号)  サイン・年記あり

上は典型的な「べた丸」の傑作、1958年ですから、べた丸の絶頂期ですね。
下は「べた丸」の時代から「丸の分割」に進んだ1963年の制作。前年の1962年に久保貞次郎先生の紹介で志水楠男さんを知り、南画廊で一回目の個展を開き注目されます。この年1963年の第7回日本国際美術展で「相似」(福岡シティ銀行所蔵)が最優秀賞(グランプリ)を受賞し、一躍現代美術の最前線に躍り出ました。
それまで日本国際美術展でグランプリを獲得したのは、安井曽太郎、脇田和、鳥海青児、岡鹿之助、福沢一郎、海老原喜之助斎藤義重の7名だけで、前回第6回は受賞者無しでした。いかにオノサト先生の登場が衝撃的だったかがわかります。
べた丸の時代を過ぎ、大きな円(丸)を精緻な正方形で分割し、埋め尽くす、「円の分割」の時代の最高潮の時期の作品です。
この頃から志水さんの尽力で海外に作品が多く売られていきます。この時期の秀作が国内に少ないのはそのためと思われます。
10号サイズの堂々たるこの時期の作品が市場に出るのは珍しく、私も驚きました。

2015年のシンワオークションに、同時期の作品(1961年、30号)が出たことがあるのですが、コンディションが最悪(剥落、ひび割れ)で、専門家から修復不能と言われたほどでしたが、なんと1千万円を超える落札でした。

シンワアートミュージアム 2015年11月20日開催
ロットNO.242 オノサト・トシノブ 72.8x90.0cm キャンバス、油彩 額装
1961年 裏にサイン、年代 「オノサト・トシノブ展」1962年(南画廊)出品作品

その作品は前述の1962年南画廊の個展に出たもので、出品作品の多くが美術館や海外に収蔵されてしまったため、市場に出てくるのは珍しく、希少と思われたのでしょう。「あんなひどい状態の作品を誰が一千万も出して買ったのか」と業界が騒然となりました。

これがひとつのきっかけでしょう。それまで「べた丸」ばかりが高額で、「丸の分割」時代の作品にはそう高い評価は出ませんでしたが、最近では「丸の分割」の名品には海外からも、国内からも引き合いがあるようです。
残された作品点数は圧倒的にオノサト先生の方が多い。
瑛九の油彩は600点前後、おそらく今後の新発見があっても700点は超えないだろうと、調査にあたった宮崎の学芸員さんは証言しています。
オノサトの油彩は、故・藤岡時彦さん(オノサトのコレクター)の推定では3,000点は優に超すだろうとのことです。

作品数が多いほうが市場では有利です。
さてこれから、オノサト先生の評価はどのように推移して行くでしょうか。鍵は若い世代のコレクターの出現、そして海外での評価です。
果報は寝て待て、といいますが、寝てられるほど優雅でもないし、寿命もある、何とか早いうちに嫁入り先を探したいものです。ぜひご注文ください。

◆ときの忘れものは「メキシコ地震被災地支援・チャリティー頒布会」を開催しています。
今回は予想を超える多くの方から予約申し込みをいただきました。ほとんどの作品が抽選となり、結果のご報告が遅れてしまい申し訳ありません。
メールのある方にはご連絡は完了しています。
ファックス、郵便の方には昨日から順次お送りしていますので、しばらくお待ちください。
201711mexico
会期:2017年11月28日(火)〜12月2日(土)
出品100点のリストは11月11日ブログに掲載しました。
全作品、一律8,000円で頒布し、売上金全額を被災地メキシコに送金します。


◆銀座のギャラリーせいほうで宮脇愛子展が開催されています。
201711MIYAWAKI「宮脇愛子展 last works(2013〜14)」
会期=2017年11月20日[月]〜12月2日[土] ※日・祝日休廊
会場=ギャラリーせいほう 
〒104-0061 東京都中央区銀座8丁目10-7 東成ビル1F
電話:03-3573-2468
最後の新作である油彩を中心に立体(ガラス、真鍮)、ドローイング、版画など。


●書籍のご案内
TAKIGUCHI_3-4『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』図録
2017年10月
ときの忘れもの 発行
92ページ
21.5x15.2cm
テキスト:瀧口修造(再録)、土渕信彦、工藤香澄
デザイン:北澤敏彦
掲載図版:65点
価格:2,500円(税別)*送料別途250円
*『瀧口修造展 I』及び『瀧口修造展 II』図録も好評発売中です。


安藤忠雄の奇跡安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言
2017年11月
日経アーキテクチュア(編)
B5判、352ページ
(NA建築家シリーズ 特別編 日経アーキテクチュア)
価格:2,700円+税 *送料:250円
亭主もインタビューを受け、1984年の版画制作始末を語りました。
安藤先生のサイン本をときの忘れもので扱っています。

六本木の国立新美術館では「安藤忠雄展―挑戦―」が開催されています。
会期:2017年9月27日[水]〜12月18日[月]
番頭おだちのオープニング・レポートはコチラを、光嶋裕介さんのエッセイ「安藤忠雄展を見て」と合わせてお読みください。
ときの忘れものでは1984年以来の安藤忠雄の版画、ドローイング作品をいつでもご覧になれます。


●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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暴挙なくして快挙なし

ときの忘れものの新天地駒込には「BOOKS 青いカバ」という本屋さんがあります。
歩いて数分の距離、亭主は二日にいっぺんはのぞいていますが、いつ寄ってもお客さんがいます。
本屋がどんどん潰れているご時勢にです。
きけば発信は twitter らしい。
早速フォローし始めたんですが、いやあ発信はもちろん、本好き、同業の古本屋さんたちの反応が凄いですね。

【新刊】『プレヴェール詩集』(岩波文庫)小笠原豊樹訳
ついに発売されました。
「詩はトイレットペーパーに書くんだ」と言っていたというプレヴェールにふさわしい文庫版です。しかも名訳の誉れ高い小笠原豊樹訳。感極まって口走った「100冊仕入れます」を実行した売場の写真をご覧ください。

(BOOKS 青いカバさんのtwitterより)
プレヴェール詩集青いカバさんの店頭のプレヴェール塔

今回は多くの人にお読みいただくため、送料無料にてネットショップでもお求めいただけます!
そして、小笠原豊樹さんについて触れたブログもぜひ!

(BOOKS 青いカバさんのtwitterより)

少し解説するとですね、店主の小国貴司さん、敬愛するジャック・プレヴェール(Jacques Prevert、1900年〜1977年)の詩集を無謀にも100冊仕入れてしまった。相手は天下の岩波書店、買取です。100冊仕入れたからってそう儲かるわけじゃあない、それこそ売れ残ったら大大赤字。

●8月18日 tomoka watanabe さんがツイート
1つのお店で岩波文庫100冊仕入れるだなんて、青いカバ、どうかしてます。(もちろん、いい意味で!) でも、書店界きってのガイブン目利きな小国さんが、この本!と取り組んでくださるんですから1、『プレヴェール詩集』、間違いないです。買いです。駒込、行くしかない。

●8月21日 古書ほうろう さんがツイート
BOOKS 青いカバさんのプレヴェール塔が、どんどん低くなっているそうです! みなさん、どうぞお早めに(笑)。それにしても凄い。暴挙なくして快挙なし

売れる本を仕入れるのではなく、売りたい本を仕入れる
画商の端くれがついつい忘れる原点を思いださせてくれました。

〜〜〜〜

話は変わりますが、亭主が主宰していた現代版画センターは1974〜1985年の10年間(足掛け12年)に約700点の版画、マルチプル作品をエディションしました。
現代版画センターのエディションの特徴は、最後のいくつかを除き、基本的には限定部数の全てを刷った(制作した)ことです。
つまり限定8部の希少エディション(例:磯崎新「内部風景III 増幅性空間―アラタ・イソザキ」1979年 アルフォト 80×60cm)から、限定11,111部のラージエディション(靉嘔「I love you 」1974年 シルクスクリーン 53×34cm)まで、売れようと売れまい全部数を完成させています。
そんなの当たり前じゃあないかと思うでしょうが、それが当たり前じゃあないのが「版画の世界」です。
このブログの「駒井哲郎を追いかけて」をお読みの方は、駒井作品の限定部数について、「実際に刷られたのは何部なのか?」と亭主が四苦八苦しているのをご存知でしょう。
現代版画の揺籃期(1950年代〜60年代)、まだ日本には本格的な版画の版元は存在していませんでした。作家は注文がくるたびに版木(原版)を取り出し必要な部数だけを刷って注文主に渡していました。芸大の版画教室で駒井先生は弟子の中林忠良先生たちに「何番まで刷ったか、必ずノートに記録しておくように」と教えました。
ところが教えた当のご本人がいちばんイイカゲンで、刷った記録をつけなかったのか、それとも忘れたり、紛失したのか、次の注文が入ると困ったことになる。仕方ないので、新たな限定部数を決めて刷るということを繰り返しました。つまり、同じ作品に1/20と、1/25という分母が違う例が駒井作品には多々あります。
普通に考えれば、ファーストエディションが20部と、セカンドエディションが25部の計45部が作られたことになりますが、実際にはファーストエディションは10部しか刷られず、何部刷ったか忘れてしまった駒井先生はセカンドエディションとして別の分母を記入して10部を刷る、などという顛末となり、20部しか実物は存在しない・・・・・・後世の研究者やコレクターたちが困惑するわけです。

ヨーロッパの近現代美術を支えた版元に倣い、1974年本格的な版画の版元を目指して現代版画センターが生まれました。
作家とはきちんと契約書を交わし(作品の技法、サイズ、限定部数、サイン料を明記)、刷り師(版画工房)には契約書に基づいた刷り部数(販売用+作家保存用+刷り師保存用+版元保存用)を発注する。作家、版元、刷り師(版画工房)の三者がいったん動き出すと、最後の最後に作家が全部数にサインをし、支払いを受けるまで流れは止まりません。

ですので、現代版画センターのエディションのほとんどは全部数が完成しています。
いま必要があって、それらを追いかけています。

縁の深かったオノサト・トシノブ先生にはいくつもエディションをお願いしたのですが、どうしても見つからない作品が2点あります
10cm角の小品で、限定部数も500部もあるので簡単に見つかると思ったのが間違い、苦戦しております。

20170831_onosato96オノサト・トシノブ
Ce.2
1974年
シルクスクリーン
10.0x10.0cm
Ed.500
サインあり
※レゾネNo.96. レゾネのタイトルは「G.H.C.3


20170831_onosato97オノサト・トシノブ
Ce.3
1974年
シルクスクリーン
10.0x10.0cm
Ed.500
サインあり
※レゾネNo.97. レゾネのタイトルは「G.H.C.4


タイトル(作品名)については、現代版画センターのエディション目録での表記と、後にレゾネが刊行されたときの表記が異なることはしばしばあります。

この2点、もしお持ちの方がいましたら、ご一報いただけないでしょうか。
どうぞよろしくお願いいたします。

●今日のお勧め作品はオノサト・トシノブ先生の最大サイズの版画作品です。
20170806_オノサト
オノサト・トシノブ「銀河 Galaxy」
1981年  シルクスクリーン
イメージサイズ:43.7×100.0cm
シートサイズ:54.8×111.0cm
Ed.150   サインあり
※レゾネNo.174

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●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

オノサト・トシノブ「丸の分割」から「銀河」へ

オノサト・トシノブ先生が亡くなって30年余りが経ちました。
バブル崩壊の余波もあって長い間、市場での評価は低迷していました。
生前は山口長男とともに日本の抽象画を代表する作家として、また南画廊の作家として一目も二目も置かれていたのに、オノサトファンとしては悔しい日々が続いてきました。
ところが、ここ数年、市場での評価が復活高騰しています。

油彩小品、水彩、版画大作「銀河」などが入ってきたので、ご紹介します。

04オノサト・トシノブ
二つの丸 黒と赤
1958年
油彩、キャンバス
16.2x23.2cm
サイン・年記あり

昔から人気なのは50年代の「ベタ丸の時代」。
しかし「ベタ丸の時代」は僅か5年ほどで終わってしまいました。従って作品数も少ない。

オノサト・トシノブ_水彩1963_600オノサト・トシノブ
「作品」
1963年
紙に水彩
19.3×28.5cm
サイン、年記あり

1963年という時期は、「ベタ丸の時代」が終わり、60年代の「丸の分割の時代」に入り、大きな丸(円)の中を、精緻な正方形で分割する作品が頂点に達した年です。
その前年の1962年に久保貞次郎先生に南画廊の志水楠男さんを紹介され、同年3月南画廊で個展を開催します。
60年代は「丸の分割、曼荼羅」スタイルの時代であり、同時に南画廊の志水さんとの蜜月時代でした。
その絶頂が、1964年の第32回ベニス・ビエンナーレ、1966年第33回ベニス・ビエンナーレへの連続出品でした。志水さんとしても、世界の舞台に<南画廊のオノサト>をアピールする重要な機会でした。
この二度のベニス・ビエンナーレに出品されたのが「作品100−A」という大作(130×162cm)で現在はPL教団が所蔵していますが、画面いっぱいに描かれた大きな円の中を小さな正方形が埋め尽くすスタイルの最も良質な作品です。

上掲の水彩作品は、ベニス・ビエンナーレ出品作の制作に没頭していた時期のもので、絵の構成は「作品100−A」に共通しています。
水彩の透明感が強調され、油彩より一層「丸の分割」が鮮やかに見えてきます。

onosato "Silk-2"
1966年
シルクスクリーン
31.0×40.0cm
Ed.120 サインあり
*レゾネNo.20


002_オノサト・トシノブオノサト・トシノブ
「Silk-10」
1967年
シルクスクリーン
50.0x50.0cm
Ed.150
サインあり

オノサト絵画のコレクターとして有名だった藤岡時彦さんが2005年3月に桐生の大川美術館で開催された「オノサト・トシノブ展ーー織都・桐生に生きた抽象画家ーー」図録に<オノサト芸術の時代区分>として、その画業を六期に分けてそれぞれの時代の特徴を論じています。
(詳しくは同図録を参照してください)
第1期 戦前の模索時代(1931〜1942)
第2期 戦後の模索時代(1949〜1954)
第3期 ベタ丸の時代(1955〜1959)
第4期 丸の分割の時代(1960〜1968)
第5期 多様化の時代(1969〜1980)
第6期 総合の時代(1981〜1986)

ブログ7月24日_2_600
1978年3月15日
桐生のアトリエにて
オノサト・トシノブ先生


286オノサト・トシノブ
「波形の十二分割」
1980年
油彩、キャンバス
10.0x10.0cm
裏面にサインあり

丸の分割が行き着くところまで行き、1969年からは藤岡さんの言う「多様化の時代」が約10年続きました。南画廊の志水さんと袂を分かってからの失意と模索の時代といってもいいかも知れません。
亭主が初めてオノサト先生のアトリエを訪ねたのはこの時代でした。

最晩年となる「総合の時代(1981〜1986)」には、色彩は明度を取り戻し、華麗な画面に大転換します。
下にご紹介するシルクスクリーンによる「銀河」は亭主が手がたオノサト版画の中でも最も大判で、最晩年を飾るにふさわしい力作と自負しています。
20170806_オノサト
オノサト・トシノブ「Galaxy」
1981年  シルクスクリーン
イメージサイズ:43.7×100.0cm
シートサイズ:54.8×111.0cm
Ed.150   サインあり
※レゾネNo.174

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12

オノサト・トシノブ 1982年黒の復活

引越し騒ぎでてんやわんや、毎日海外国内から来るお問い合わせにもろくろくお答えできない有様ですが、思いがけずもオノサト・トシノブ先生の油彩の大作が入ってきました。
連日倉庫と青山、移転先を行ったり来たりで、ヘロヘロですが、こういう力作を目にすると、疲れもふっとび仕事への意欲が湧いてきます。画商冥利に尽きます。

onosato_s100_600オノサト・トシノブ
「衝撃波の円」シリーズより
1982年
油彩・キャンバス
100×100cm
サイン・年記あり

オノサト先生は円を描き続けた画家として有名ですが(もちろん最初から丸一筋というわけではなく初期には建物や静物、風景なども描いています)、その円も時代によって描き方が変化します。

04オノサト・トシノブ
二つの丸 黒と赤
1958年
油彩、キャンバス
16.2x23.2cm
サイン・年記あり

50年代の「べた丸」の典型的な作品ですが、市場での評価が高騰している「べた丸」の時代は僅か5年ほどで終わり、60年代には「丸の分割」の時代が始まり、曼荼羅風の円の作品が多数制作されました。

CIMG1703_600オノサト・トシノブ
「64-G」
1964年  リトグラフ
Image size: 24.0x24.0cm
Sheet size: 49.0x32.0cm
Ed.120
サインあり
※レゾネNo.14

1962年久保貞次郎先生の紹介で志水楠男さんが経営する南画廊で個展を開催、日本の最も良質な画商に認められたことで評価が高まり、続いて1964年のヴェニス・ビエンナーレに出品することで国際的な舞台に押し上げられます。
しかし蜜月は長く続かず、1969年6月の南画廊個展を最後に志水さんとの関係が断絶します。

002_オノサト・トシノブオノサト・トシノブ
「Silk-10」
1967年
シルクスクリーン
Image size: 50.0x50.0cm
Sheet size: 56.5x56.0cm
Ed.150
サインあり


70年代のオノサト先生は黄色を多用したシステマティクな画風に変化しました。
南画廊と断絶したことで発表の場を失ったオノサト先生は極く少数の個人コレクターや、いわゆる四人組(尾崎正教、岡部徳三、高森俊、大野元明)による版画制作によって生活が支えられるという時代が長く続きます。
14オノサト・トシノブ
Tapestry B
1977年
捺染、布
119.5x80.0cm
Ed.100 Signed
*現代版画センターエディション
*レゾネNo.143

1979年3月志水さんが急逝、周囲が期待しまた実際に関係者が和解の労をとったにも関わらず二人の関係は遂に復活しませんでした。
その後、今まで遠慮していた画商たちもオノサト先生に種々の誘いをかけ、先生も画風を一変させ、最後の挑戦をします。
しかし、ある画商からリクエストされた丸型キャンバスの要求にはさすがのオノサト先生も疲労困憊し、1986年に体調を崩し11月30日亡くなりました(享年74)。

1980年代のオノサト先生大きな特徴は「黒の復活」です。
冒頭にご紹介した「衝撃波の円」シリーズよりがその典型です。
オノサト先生は初期から1950年代のべた丸時代には黒色を多用しています。とろこが60年代、70年代にはその画面から黒は消えてしまいました。
南画廊の志水さんが欧米のコレクターに売り込んだ作品には黒はあまり使われていません。
黒なしの画面が20年ほど続き、志水さん没後の1980年代に突如画面に「黒」が復活します。
オノサト先生の中に何がおこったのでしょうか。

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「Circles 円の終わりは円の始まり」開催中

画廊では「Circles 円の終わりは円の始まり」を開催中です。
(会期:2017年1月18日〜2月4日)

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Circles展


本日の瑛九情報!
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先日に続き、画廊コレクションから瑛九の初期スケッチ帖をご紹介します。
qei_146_croquis2_01瑛九
「CARNET CROQUIS」(2)
スケッチブック
全18点の素描
28.5x24.7cm
うち5点に鉛筆サイン、15点にスタンプ印あり
*表紙に「9-Ei」の鉛筆サインあり

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瑛九 1935-1937 闇の中で「レアル」をさがす>展が東京国立近代美術館で開催されています(2016年11月22日〜2017年2月12日)。外野応援団のときの忘れものは会期終了まで瑛九について毎日発信します。

◆ときの忘れものは「Circles 円の終わりは円の始まり」を開催しています。
会期:2017年1月18日[水]―2月4日[土] *日・月・祝日休廊
201701_Circlesオノサト・トシノブの油彩を中心に、円をモチーフに描かれた作品をご覧いただきます。
出品作家:オノサト・トシノブソニア・ドローネ菅井汲瑛九、高松次郎、吉原治良

真岡でオノサト・トシノブ展

見てきました
入場料1600円(一般)、1200円(大学生)、800円(高校生)
国立美術館がこの料金とったらアーティスト育ちません。

http://www.momat.go.jp/am/exhibition/thomasruff/
五味彬さんのfacebookより)>

竹橋の東京国立近代美術館で開催されているいま話題のトーマス・ルフ展(8月30日〜 11月13日)の料金について五味先生の見解、まことに同感です。
この料金とったらアーティスト育ちません」、ずばり核心をつくのは五味先生の凄いところです。
高校生からも800円とるなんて、来るな(見るな)といっているようなもの(中学生以下、障害者手帳をお持ちの方とその付添者(1名)は無料。とのこと)です。
常設に準じる「近代風景〜人と景色、そのまにまに〜奈良美智がえらぶMOMATコレクション」の料金はというと、一般430円、大学生130円。高校生以下および18歳未満、65歳以上、障害者手帳をお持ちの方とその付添者(1名)は無料。
これなら、学生さんは何度でも通えます。
高額なクラシックのコンサートにだって音大生への特別割引があったと思うけれど、若いときにいいものを繰り返し見る、聞くことはとても重要です。
日本の為政者たち(行政も)はなぜかくも「教育」に無関心なのでしょうか。
大学生たちの奨学金地獄(20代の若者に数百万円の借金を負わせるなんて、国の未来を放棄していると言わざるを得ません)と、トーマス・ルフ展の高額入場料は同根です。

アタマに来たところで無料の展覧会のご案内です。
栃木県真岡でオノサト・トシノブ展が開催されています。
会場は久保貞次郎先生のお屋敷だったところです。
20160920_onosato1_125020160920_onosato2_1250

久保記念観光文化交流館 美術品展示館 第9回企画展
オノサト・トシノブ展
会期=前期:2016年9月1日(木)〜10月3日(月)
会期=後期:2016年10月20日(木)〜11月28日(月)
午前9時〜午後6時(最終入館 午後5時30分)
休館日:毎週火曜日、展示替休館:8月31日(水)、10月5日(水)、10月19日(水)、11月30日(水)
※10月6日(木)〜17日(月)は第30回真岡市美術展を開催いたします。
会場:久保記念観光文化交流館 美術品展示館
〒321-4305 真岡市荒町1105番地1
筺0285-82-2012
観覧料:無料
オノサト・トシノブ(1912-1986)は、久保貞次郎(1909-1996)が支援し戦後日本の抽象絵画の先駆けとして高く評価されている画家です。真岡市所蔵の久保コレクションより、オノサトの代表的な作風である円や四角形などの幾何形体を鮮やかな色彩で配列した抽象作品約30点を前期と後期に分けて展示いたします。独自の絵画を追求し続けたオノサトの作品世界をお楽しみください。(主催の真岡市教育委員会のHPより)

母屋、洋館、いくつもの蔵、久保先生のお屋敷が久保記念観光文化交流館に生まれかわり、ご遺族から寄贈された瑛九はじめ久保コレクションが順次公開されています。
社長は久保先生の跡見での教え子でした。そのユニークな授業風景についてはコチラをお読みください。
お近くの方はもちろん、オノサトファンの皆さん、ぜひお見逃しなく。

●今日のお勧めはちょっとチャーミングなオノサト・トシノブの水彩です。
20160916_赤い十字のある円(水彩)_600
オノサト・トシノブ
「赤い十字のある円」
1966年 水彩
10.0×10.0cm Signed

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画廊コレクションから版画作品も紹介しましょう。
オノサト65-B
オノサト・トシノブ Toshinobu ONOSATO
"65-B"
1965年  リトグラフ
30.0×40.0cm
Ed.120  Signed
サインあり
※レゾネNo.16


onosato "Silk-2"
1966年
シルクスクリーン
31.0×40.0cm
Ed.120 Signed
*レゾネNo.20


onosato "Silk-7"
1967年
シルクスクリーン
50.2×50.2cm
Ed.150 Signed
*レゾネNo.27


Onosato "Silk-32"
1970年
シルクスクリーン
40.0×40.0cm
Ed. 100 Signed
*レゾネNo.55


Onosato "Silk-40"
1971年
シルクスクリーン
32.0×41.0cm
Ed. 160 Signed
*レゾネNo.64


Onosato "Silk-48"
1971年
シルクスクリーン
50.0×50.0cm
Ed. 100 Signed
*レゾネNo.72


Onosato "Silk-52"
1972年
シルクスクリーン
27.2×40.5cm
Ed.150 Signed
*レゾネNo.76


Onosato "Silk-103"
1979年
シルクスクリーン
30.0×30.0cm
Ed. 150 Signed
*レゾネNo.165


Onosato "Silk-105"
1980年
シルクスクリーン
30.0×30.0cm
Ed. 150 Signed
*レゾネNo.173


Onosato "A.S.-2"
1981年
シルクスクリーン
20.0×20.0cm
Ed.88(レゾネにはEd.80と誤記)
Signed
*レゾネNo.177


Onosato "A.S.-3"
1981年
シルクスクリーン
20.0×20.0cm
Ed.88 Signed
*レゾネNo.178


Onosato "A.S.-4"
1981年
シルクスクリーン
20.0×20.0cm
Ed.88 Signed
*レゾネNo.179


Onosato "A.S.-5"
1981年
シルクスクリーン
20.0×20.0cm
Ed.88 Signed
*レゾネNo.180


オノサト"F-2"
1981年
シルクスクリーン
50.0×50.0cm
Ed.80 Signed
*レゾネNo.185


Onosato "A.S.-9"
1982年
シルクスクリーン
30.0×30.0cm
Ed.150 Signed
*レゾネNo.187


Onosato "A.S.-12"
1982年
シルクスクリーン
20.0×20.0cm
Ed.150 Signed
*レゾネNo.190


Onosato "A.S.-13"
1982年
シルクスクリーン
20.0×20.0cm
Ed.150 Signed
*レゾネNo.191


Onosato "A.S.-17"
1984年
シルクスクリーン
60.5×72.5cm
Ed.100 Signed
*レゾネNo.200


Onosato "F-8"
1984年
シルクスクリーン
60.5×72.5cm
Ed.100 Signed
*レゾネNo.201


Onosato "A.S.-21"
1986年
リトグラフ
35.0×42.0cm
Ed.70 Signed
*レゾネNo.208

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ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

オノサト・トシノブの版画

主力スタッフがジャカルタ出張の中、留守を預かる新人スタッフ松下の奮闘で、6日から菅井汲展が静かに始まりました。
今回、倉庫を整理して用意した菅井作品は38点です。作品画像とデータは8月4日のブログに掲載しましたが、それは亭主が手がけた(エディションした)約半数にあたります。長い間、倉庫に積まれ眠っていた作品群です。だから、いらした方が驚くほどに「コンディションは完璧」であります(ぶっちゃけた話、売れないからそのまま冷凍保存されていました)。

バブル崩壊後、日本の美術市場は悲惨なことになりました。日本画や版画は売る人ばかりで買う人がいなくなってしまった。
ときの忘れものは業者の交換会などには全く入っていないので正確なところはわかりませんが、某氏によれば「ワタヌキさん、ボクは会には2万円しか持っていかないんだ。2万円あると車いっぱいの版画が買える」というような一時は暴落状態でした。

援軍は以外なところからやってきました。
具体」や「もの派」が先ず海外で再評価の機運が盛り上がり、吉原治良白髪一雄リー・ウーハンなどのタブローは世界中から引っ張りだこになりました。どんどん名作は海外に流出しています。
それにつられて(というのが少々情けないのですが)、国内でもにわかに「具体」「もの派」はじめ戦後1960〜70年代の現代美術が注目を浴びます。
グッゲンハイムの具体展の前には、一枚数千円からせいぜい2万円で買えた白髪一雄の版画があれよあれよという間に数十万円に高騰します。とはいえ、具体の多くの作家は、(当時は売れませんでしたから、金のかかる)版画をほとんどつくっていません。
ただ一人、膨大な数の版画をつくっていたのが、元永定正先生でした。
おかげさまで、棚からぼたもちでときの忘れものの「元永定正展」は大ヒットしました。

制作されてから何十年、長い眠りから覚めた版画がいまようやく新たな購買層に受け入れられ、静かに浸透し始めています。
亭主が40年前から手がけ、数十点単位でエディションした作家は菅井汲、元永定正ばかりではなく、関根伸夫、島州一、草間彌生靉嘔オノサト・トシノブ磯崎新宮脇愛子たちですが、それら世界ではとうに高い評価を獲得していた作家の版画が、新しい市場(日本の若い世代、そして海外のアートフェア)で着実に売上げを延ばしています。
始まったばかりの菅井汲展ですが、珍しく初日から赤丸がつきました。嬉しいです。

ときを同じくして群馬県桐生の大川美術館でオノサト・トシノブの特集展示が行なわれていることは先日の小此木先生のエッセイでもご紹介しました。
亭主が「不運なオノサト、強運の瑛九」と嘆いたのはちょうど一年前ですが、どうやら風向きが少し変わってきたらしい。

「丸ひとすじ」と思われているオノサト先生ですが、もちろん具象の時代もあり、「丸」と言ってもその生涯で幾度かスタイルを変えています。その変遷については、<大川美術館「生誕100年 オノサト・トシノブ」展を見て2>に、オノサト・コレクターの故藤岡時彦さんによる時代区分を引用していますので、お読みください。

第1期 戦前の模索時代(1931〜1942年)
第2期 戦後の模索時代(1949〜1954年)
第3期 ベタ丸の時代(1955〜1959年)
第4期 丸の分割の時代(1960〜1968年)
第5期 多様化の時代(1969〜1980年)
第6期 総合の時代(1981〜1986年)

オノサト油彩の市場評価が高騰していると書きましたが、少し前までは1955年〜59年までの僅か5年の間に制作された「べた丸」のみが高額で、それ以降の作品には値がつかなかったというのが正直なところでした。
ところが、「べた丸」がどんなに小品(油彩、水彩)でも数百万円以上するようになったせいか、また東京都現代美術館の福原コレクション(オノサト)の影響か、1960年代の「丸の分割」または私たちが曼荼羅風といっている時代の作品もどんどん高くなってきました。
昨年のシンワオークションで、曼荼羅風のぼろぼろになった傷だらけの油彩が1,000万円を超えて落札されたのには驚きました。あれで一気にオノサト後期の作品にも注目が集まりだしたようです。
タブローが高騰し、なかなか普通の人たちには手が届かなくなると、必然的に版画作品の需要が高まります。

オノサト先生は、初めて版画を手がけた1958年のリトグラフから、没後の夫人によるエディションまで220点の版画作品を残しました。
220点もあると思うか、220点しかないと思うか。

ピカソでも、ウォーホルでも、高騰した市場の要請に幅広く応えられるのは版画しかありません。
シャガールは3000点以上の版画を残しました。
ウォーホルはありすぎて正確なところは不明。
菅井汲は405点。

版画家でいうと、
日本の長谷川潔は、初期の木版やクリスマスカードを含めても634点。
駒井哲郎はモノタイプを加えてもまあ600点前後でしょう。

今後の世界の市場でオノサト人気が高まれば高まるほど「版画の需要」が増えます。それに応じられるのは僅か200種類前後です。

オノサトの初期のリトグラフ(1958〜1966)は18種類しかありません。うち「べた丸」版画は3点のみ、これが一番市場価格も高く、入手はなかなか難しい。
次に1966年からいわゆる「四人組(尾崎正教、高森俊、大野元明、岡部徳三)」が版元となってシルクスクリーンの制作が始まります。刷りは名プリンター岡部徳三さんでした。
後年には岡部さん以外の刷り師が刷ったものもありますが、大半は岡部刷りです。

今後オノサト版画がどういう市場(コレクター)の評価を受けて行くでしょうか。特に若い世代の人たちがオノサトの世界をどう感じるかによって、随分と違ってくるでしょう。
せめて亭主の生きているうちに、「ともに強運のオノサトと瑛九」になって欲しいと切望しています。
さて、亭主が倉庫でアトランダムに選んだオノサト版画21点、じっくりと見ていただき、ご注文をお待ちしています。

オノサト65-A
オノサト・トシノブ Toshinobu ONOSATO
"65-A"
1965年  リトグラフ
イメージサイズ:17.0×24.0cm
Ed.120  Signed
※レゾネ(アートスペース 1989年)No.15。レゾネにはEd.150とあるが誤記、正しくはEd.120。


オノサト65-B
オノサト・トシノブ Toshinobu ONOSATO
"65-B"
1965年  リトグラフ
30.0×40.0cm
Ed.120  Signed
サインあり
※レゾネNo.16


onosato "Silk-2"
1966年
シルクスクリーン
31.0×40.0cm
Ed.120 Signed
*レゾネNo.20


onosato "Silk-7"
1967年
シルクスクリーン
50.2×50.2cm
Ed.150 Signed
*レゾネNo.27


Onosato "Silk-32"
1970年
シルクスクリーン
40.0×40.0cm
Ed. 100 Signed
*レゾネNo.55


Onosato "Silk-40"
1971年
シルクスクリーン
32.0×41.0cm
Ed. 160 Signed
*レゾネNo.64


Onosato "Silk-48"
1971年
シルクスクリーン
50.0×50.0cm
Ed. 100 Signed
*レゾネNo.72


Onosato "Silk-52"
1972年
シルクスクリーン
27.2×40.5cm
Ed.150 Signed
*レゾネNo.76


Onosato "Silk-103"
1979年
シルクスクリーン
30.0×30.0cm
Ed. 150 Signed
*レゾネNo.165


Onosato "Silk-105"
1980年
シルクスクリーン
30.0×30.0cm
Ed. 150 Signed
*レゾネNo.173


Onosato "A.S.-2"
1981年
シルクスクリーン
20.0×20.0cm
Ed.88(レゾネにはEd.80と誤記)
Signed
*レゾネNo.177


Onosato "A.S.-3"
1981年
シルクスクリーン
20.0×20.0cm
Ed.88 Signed
*レゾネNo.178


Onosato "A.S.-4"
1981年
シルクスクリーン
20.0×20.0cm
Ed.88 Signed
*レゾネNo.179


Onosato "A.S.-5"
1981年
シルクスクリーン
20.0×20.0cm
Ed.88 Signed
*レゾネNo.180


オノサト"F-2"
1981年
シルクスクリーン
50.0×50.0cm
Ed.80 Signed
*レゾネNo.185


Onosato "A.S.-9"
1982年
シルクスクリーン
30.0×30.0cm
Ed.150 Signed
*レゾネNo.187


Onosato "A.S.-12"
1982年
シルクスクリーン
20.0×20.0cm
Ed.150 Signed
*レゾネNo.190


Onosato "A.S.-13"
1982年
シルクスクリーン
20.0×20.0cm
Ed.150 Signed
*レゾネNo.191


Onosato "A.S.-17"
1984年
シルクスクリーン
60.5×72.5cm
Ed.100 Signed
*レゾネNo.200


Onosato "F-8"
1984年
シルクスクリーン
60.5×72.5cm
Ed.100 Signed
*レゾネNo.201


Onosato "A.S.-21"
1986年
リトグラフ
35.0×42.0cm
Ed.70 Signed
*レゾネNo.208

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◆「ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート第3回 独奏チェロによるJ.S.バッハと20世紀の音楽」を9月17日(土)夕方4時(16時)より開催します。いつもより早い開演時間です。
プロデュース:大野幸、チェロ:富田牧子によるプログラムの詳細は8月18日にこのブログで発表します。
要予約、会費:1,000円。メールにてお申し込みください。

小此木美代子「オノサト・トシノブと戦後桐生の青春〜1950年代を中心に」をめぐって、思うこと

大川美術館小特集「オノサト・トシノブと戦後桐生の青春〜1950年代を中心に〜」をめぐって、思うこと

小此木美代子(大川美術館学芸員)


 1955年3月12日〜13日、桐生織物会館で開催されたミノリ文化服装学院による「ミノリ・コスチューム・ショー」。オノサト・トシノブは、この舞台装置の一部として自身の絵画を数点提供した。本作は、市内旧家の蔵から発見され、昨年当館に寄贈されている。
 戦後、和装から洋装に移り変わるなか、桐生にも洋裁学校が次々と開校した時代のこと。この頃頻繁にオノサトのもとに通った若者の一人であり、当時学院で教えていた有村真鐵(1929〜)氏はショーの舞台装置を担当しており、有村の提案によってオノサトから数点の作品が提供されたという。

有村アルバム1有村アルバム2
ミノリコスチュームショー の様子 (有村真鐵氏蔵)
左写真)向かって右手の小品がこのほど当館に寄贈になった一点。他の作品は不明。

「ノーボタンのシックなコート」「プレーンなストリート・ドレス」「手芸的な麻のスーツ」「ミディ・シルエットのホームドレス」など、「春のモードおよそ120体が紹介され、会場を埋め尽くした一般観客の間からただうっとりため息が漏れた」(桐生タイムス1955年3月12日)

オノサト作品 1954オノサト作品
1955年頃


 1948年、オノサトは3年間に及ぶシベリア抑留から帰国。以来桐生に住み、大間々中学校の美術教師のかたわら桐生美術協会初代会長をつとめ、養鶏業をし、1951年には田口智子と結婚した。1952年頃から「オノサト・トシノブ」と表記するようになる。この頃より桐生の若い人たちは、オノサトのアトリエによく通った。オノサトは若い人たちを自身の友人として迎え入れ、受け止め、皆の絵をよく見、若い人たちの話によく耳を傾けた寡黙な人であった、と当時を知る人達は口をそろえる。1954年には「若い画家展」「グループ10」などの結成のなかに、オノサト・トシノブは、指導者としての存在というよりは、その人間的な魅力において、精神的な支持を与える存在としてあった。「グループ10美術展」のリーフレットに寄せられた言葉のなかにオノサトがいかに青年画家たちの心を捉えたか、想像させる一文があるので下記に紹介しておこう。

 「中央にだけ頼らず 自分達の場所で自分達を育てることの必要さを感じだしていることは 芸術と言うものの最も大切な根についた問題にぶつかっているわけです。現在の日本の現実は この様な考え方が育つのに非常に難しい現実です。桐生が他に率先して 新しい独立した日の場所になることを希望してやみません。」(オノサト・トシノブ)

 オノサトが円や四角などの幾何学的な構成の抽象絵画で、独自の絵画世界を確立した1950年代、桐生の街は日々変化を遂げていった。本町通りにスズラン燈が点灯、子供遊園地の開園、吾妻公園の開設、おびただしい数の映画の上映、パン屋、喫茶室の宣伝、その街のなかに、「フラフープ」なんていう遊具も大ブームとなった時代。
 殊に1950年代の作品から鮮烈に放たれてくるかのオノサト絵画の独立心みたいな感覚、あるいは極端なまでの陰と陽の並列といった絵画から立ち上る質感は、1950年代の桐生の街の様相とも、どこか重なり見えてくるような、そんな気分にもなる。

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 このほど、戦後いち早く発刊した「桐生タイムス」に触れる機会を得たが、この時代、心中や人身事故、服毒自殺、駆け落ち、借金苦のニュースが、なんと紙面に目立って取り上げられた時代だったことか、という感想を持った。戦災による大きな被害を免れた桐生の戦後において、むしろ精神的復興の過渡期のなかで桐生に暮らしたオノサトは、多くの若者と交流し、ひたすらその絵画空間を探究していたのだ。オノサト没後30年を迎える今、画家40代の青春に改めて思いを馳せる時間を持ってみたいと思っている。
おこのぎみよこ

メモ)8月27日(土)18時〜 放談会「オノサト・トシノブ語り合う」を開催予定。

●展覧会のご案内
群馬県桐生の大川美術館で7月2日(土)〜9月25日(日)まで「オノサト・トシノブと戦後桐生の青春〜1950年代を中心に」が特集展示されています。
時間:10:00〜17:00(入館は16:30まで) 
休館:月曜(月曜祝日の場合は火曜日)、その他臨時休館あり

*画廊亭主敬白
大川美術館は桐生出身の故・大川栄二さんによって1989年に設立されました。松本竣介野田英夫を軸に彼らとつながりの深い作家たちの作品を多数収蔵しています。
桐生で生涯を終えたオノサト・トシノブについても熱心な学芸員によって幾度か回顧展が企画されています。不遇時代を支えた人々によって、市内には多くのオノサト作品がのこされています。
今回の展示を企画した小此木先生に桐生とオノサトのつながりについてご執筆いただきました。亭主が初めてアトリエを訪れた1970年代以降、晩年まではほとんど外部との接触を断ち、ひたすら描くことに没頭されていたのですが、50年代のオノサト先生は多くの若い人たちと交流し、その中からご自分の道を究めていったのだとわかります。
小此木先生にはお忙しい中、貴重な論考をありがとうございました。
特集展示は9月25日までです。オノサトファンの皆さん、ぜひ桐生にお出かけください。
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●本日のお勧め作品はオノサト・トシノブです。
オノサト65-A
オノサト・トシノブ Toshinobu ONOSATO
"65-A"
1965年  リトグラフ
イメージサイズ:17.0×24.0cm
Ed.120  Signed
※レゾネ(アートスペース 1989年)No.15。レゾネにはEd.150とあるが誤記、正しくはEd.120。

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