オノサト・トシノブの世界

「Circles 円の終わりは円の始まり」開催中

画廊では「Circles 円の終わりは円の始まり」を開催中です。
(会期:2017年1月18日〜2月4日)

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Circles展

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本日の瑛九情報!
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先日に続き、画廊コレクションから瑛九の初期スケッチ帖をご紹介します。
qei_146_croquis2_01瑛九
「CARNET CROQUIS」(2)
スケッチブック
全18点の素描
28.5x24.7cm
うち5点に鉛筆サイン、15点にスタンプ印あり
*表紙に「9-Ei」の鉛筆サインあり

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瑛九 1935-1937 闇の中で「レアル」をさがす>展が東京国立近代美術館で開催されています(2016年11月22日〜2017年2月12日)。外野応援団のときの忘れものは会期終了まで瑛九について毎日発信します。

◆ときの忘れものは「Circles 円の終わりは円の始まり」を開催しています。
会期:2017年1月18日[水]―2月4日[土] *日・月・祝日休廊
201701_Circlesオノサト・トシノブの油彩を中心に、円をモチーフに描かれた作品をご覧いただきます。
出品作家:オノサト・トシノブソニア・ドローネ菅井汲瑛九、高松次郎、吉原治良

真岡でオノサト・トシノブ展

見てきました
入場料1600円(一般)、1200円(大学生)、800円(高校生)
国立美術館がこの料金とったらアーティスト育ちません。

http://www.momat.go.jp/am/exhibition/thomasruff/
五味彬さんのfacebookより)>

竹橋の東京国立近代美術館で開催されているいま話題のトーマス・ルフ展(8月30日〜 11月13日)の料金について五味先生の見解、まことに同感です。
この料金とったらアーティスト育ちません」、ずばり核心をつくのは五味先生の凄いところです。
高校生からも800円とるなんて、来るな(見るな)といっているようなもの(中学生以下、障害者手帳をお持ちの方とその付添者(1名)は無料。とのこと)です。
常設に準じる「近代風景〜人と景色、そのまにまに〜奈良美智がえらぶMOMATコレクション」の料金はというと、一般430円、大学生130円。高校生以下および18歳未満、65歳以上、障害者手帳をお持ちの方とその付添者(1名)は無料。
これなら、学生さんは何度でも通えます。
高額なクラシックのコンサートにだって音大生への特別割引があったと思うけれど、若いときにいいものを繰り返し見る、聞くことはとても重要です。
日本の為政者たち(行政も)はなぜかくも「教育」に無関心なのでしょうか。
大学生たちの奨学金地獄(20代の若者に数百万円の借金を負わせるなんて、国の未来を放棄していると言わざるを得ません)と、トーマス・ルフ展の高額入場料は同根です。

アタマに来たところで無料の展覧会のご案内です。
栃木県真岡でオノサト・トシノブ展が開催されています。
会場は久保貞次郎先生のお屋敷だったところです。
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久保記念観光文化交流館 美術品展示館 第9回企画展
オノサト・トシノブ展
会期=前期:2016年9月1日(木)〜10月3日(月)
会期=後期:2016年10月20日(木)〜11月28日(月)
午前9時〜午後6時(最終入館 午後5時30分)
休館日:毎週火曜日、展示替休館:8月31日(水)、10月5日(水)、10月19日(水)、11月30日(水)
※10月6日(木)〜17日(月)は第30回真岡市美術展を開催いたします。
会場:久保記念観光文化交流館 美術品展示館
〒321-4305 真岡市荒町1105番地1
筺0285-82-2012
観覧料:無料
オノサト・トシノブ(1912-1986)は、久保貞次郎(1909-1996)が支援し戦後日本の抽象絵画の先駆けとして高く評価されている画家です。真岡市所蔵の久保コレクションより、オノサトの代表的な作風である円や四角形などの幾何形体を鮮やかな色彩で配列した抽象作品約30点を前期と後期に分けて展示いたします。独自の絵画を追求し続けたオノサトの作品世界をお楽しみください。(主催の真岡市教育委員会のHPより)

母屋、洋館、いくつもの蔵、久保先生のお屋敷が久保記念観光文化交流館に生まれかわり、ご遺族から寄贈された瑛九はじめ久保コレクションが順次公開されています。
社長は久保先生の跡見での教え子でした。そのユニークな授業風景についてはコチラをお読みください。
お近くの方はもちろん、オノサトファンの皆さん、ぜひお見逃しなく。

●今日のお勧めはちょっとチャーミングなオノサト・トシノブの水彩です。
20160916_赤い十字のある円(水彩)_600
オノサト・トシノブ
「赤い十字のある円」
1966年 水彩
10.0×10.0cm Signed

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画廊コレクションから版画作品も紹介しましょう。
オノサト65-B
オノサト・トシノブ Toshinobu ONOSATO
"65-B"
1965年  リトグラフ
30.0×40.0cm
Ed.120  Signed
サインあり
※レゾネNo.16


onosato "Silk-2"
1966年
シルクスクリーン
31.0×40.0cm
Ed.120 Signed
*レゾネNo.20


onosato "Silk-7"
1967年
シルクスクリーン
50.2×50.2cm
Ed.150 Signed
*レゾネNo.27


Onosato "Silk-32"
1970年
シルクスクリーン
40.0×40.0cm
Ed. 100 Signed
*レゾネNo.55


Onosato "Silk-40"
1971年
シルクスクリーン
32.0×41.0cm
Ed. 160 Signed
*レゾネNo.64


Onosato "Silk-48"
1971年
シルクスクリーン
50.0×50.0cm
Ed. 100 Signed
*レゾネNo.72


Onosato "Silk-52"
1972年
シルクスクリーン
27.2×40.5cm
Ed.150 Signed
*レゾネNo.76


Onosato "Silk-103"
1979年
シルクスクリーン
30.0×30.0cm
Ed. 150 Signed
*レゾネNo.165


Onosato "Silk-105"
1980年
シルクスクリーン
30.0×30.0cm
Ed. 150 Signed
*レゾネNo.173


Onosato "A.S.-2"
1981年
シルクスクリーン
20.0×20.0cm
Ed.88(レゾネにはEd.80と誤記)
Signed
*レゾネNo.177


Onosato "A.S.-3"
1981年
シルクスクリーン
20.0×20.0cm
Ed.88 Signed
*レゾネNo.178


Onosato "A.S.-4"
1981年
シルクスクリーン
20.0×20.0cm
Ed.88 Signed
*レゾネNo.179


Onosato "A.S.-5"
1981年
シルクスクリーン
20.0×20.0cm
Ed.88 Signed
*レゾネNo.180


オノサト"F-2"
1981年
シルクスクリーン
50.0×50.0cm
Ed.80 Signed
*レゾネNo.185


Onosato "A.S.-9"
1982年
シルクスクリーン
30.0×30.0cm
Ed.150 Signed
*レゾネNo.187


Onosato "A.S.-12"
1982年
シルクスクリーン
20.0×20.0cm
Ed.150 Signed
*レゾネNo.190


Onosato "A.S.-13"
1982年
シルクスクリーン
20.0×20.0cm
Ed.150 Signed
*レゾネNo.191


Onosato "A.S.-17"
1984年
シルクスクリーン
60.5×72.5cm
Ed.100 Signed
*レゾネNo.200


Onosato "F-8"
1984年
シルクスクリーン
60.5×72.5cm
Ed.100 Signed
*レゾネNo.201


Onosato "A.S.-21"
1986年
リトグラフ
35.0×42.0cm
Ed.70 Signed
*レゾネNo.208

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ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

オノサト・トシノブの版画

主力スタッフがジャカルタ出張の中、留守を預かる新人スタッフ松下の奮闘で、6日から菅井汲展が静かに始まりました。
今回、倉庫を整理して用意した菅井作品は38点です。作品画像とデータは8月4日のブログに掲載しましたが、それは亭主が手がけた(エディションした)約半数にあたります。長い間、倉庫に積まれ眠っていた作品群です。だから、いらした方が驚くほどに「コンディションは完璧」であります(ぶっちゃけた話、売れないからそのまま冷凍保存されていました)。

バブル崩壊後、日本の美術市場は悲惨なことになりました。日本画や版画は売る人ばかりで買う人がいなくなってしまった。
ときの忘れものは業者の交換会などには全く入っていないので正確なところはわかりませんが、某氏によれば「ワタヌキさん、ボクは会には2万円しか持っていかないんだ。2万円あると車いっぱいの版画が買える」というような一時は暴落状態でした。

援軍は以外なところからやってきました。
具体」や「もの派」が先ず海外で再評価の機運が盛り上がり、吉原治良白髪一雄リー・ウーハンなどのタブローは世界中から引っ張りだこになりました。どんどん名作は海外に流出しています。
それにつられて(というのが少々情けないのですが)、国内でもにわかに「具体」「もの派」はじめ戦後1960〜70年代の現代美術が注目を浴びます。
グッゲンハイムの具体展の前には、一枚数千円からせいぜい2万円で買えた白髪一雄の版画があれよあれよという間に数十万円に高騰します。とはいえ、具体の多くの作家は、(当時は売れませんでしたから、金のかかる)版画をほとんどつくっていません。
ただ一人、膨大な数の版画をつくっていたのが、元永定正先生でした。
おかげさまで、棚からぼたもちでときの忘れものの「元永定正展」は大ヒットしました。

制作されてから何十年、長い眠りから覚めた版画がいまようやく新たな購買層に受け入れられ、静かに浸透し始めています。
亭主が40年前から手がけ、数十点単位でエディションした作家は菅井汲、元永定正ばかりではなく、関根伸夫、島州一、草間彌生靉嘔オノサト・トシノブ磯崎新宮脇愛子たちですが、それら世界ではとうに高い評価を獲得していた作家の版画が、新しい市場(日本の若い世代、そして海外のアートフェア)で着実に売上げを延ばしています。
始まったばかりの菅井汲展ですが、珍しく初日から赤丸がつきました。嬉しいです。

ときを同じくして群馬県桐生の大川美術館でオノサト・トシノブの特集展示が行なわれていることは先日の小此木先生のエッセイでもご紹介しました。
亭主が「不運なオノサト、強運の瑛九」と嘆いたのはちょうど一年前ですが、どうやら風向きが少し変わってきたらしい。

「丸ひとすじ」と思われているオノサト先生ですが、もちろん具象の時代もあり、「丸」と言ってもその生涯で幾度かスタイルを変えています。その変遷については、<大川美術館「生誕100年 オノサト・トシノブ」展を見て2>に、オノサト・コレクターの故藤岡時彦さんによる時代区分を引用していますので、お読みください。

第1期 戦前の模索時代(1931〜1942年)
第2期 戦後の模索時代(1949〜1954年)
第3期 ベタ丸の時代(1955〜1959年)
第4期 丸の分割の時代(1960〜1968年)
第5期 多様化の時代(1969〜1980年)
第6期 総合の時代(1981〜1986年)

オノサト油彩の市場評価が高騰していると書きましたが、少し前までは1955年〜59年までの僅か5年の間に制作された「べた丸」のみが高額で、それ以降の作品には値がつかなかったというのが正直なところでした。
ところが、「べた丸」がどんなに小品(油彩、水彩)でも数百万円以上するようになったせいか、また東京都現代美術館の福原コレクション(オノサト)の影響か、1960年代の「丸の分割」または私たちが曼荼羅風といっている時代の作品もどんどん高くなってきました。
昨年のシンワオークションで、曼荼羅風のぼろぼろになった傷だらけの油彩が1,000万円を超えて落札されたのには驚きました。あれで一気にオノサト後期の作品にも注目が集まりだしたようです。
タブローが高騰し、なかなか普通の人たちには手が届かなくなると、必然的に版画作品の需要が高まります。

オノサト先生は、初めて版画を手がけた1958年のリトグラフから、没後の夫人によるエディションまで220点の版画作品を残しました。
220点もあると思うか、220点しかないと思うか。

ピカソでも、ウォーホルでも、高騰した市場の要請に幅広く応えられるのは版画しかありません。
シャガールは3000点以上の版画を残しました。
ウォーホルはありすぎて正確なところは不明。
菅井汲は405点。

版画家でいうと、
日本の長谷川潔は、初期の木版やクリスマスカードを含めても634点。
駒井哲郎はモノタイプを加えてもまあ600点前後でしょう。

今後の世界の市場でオノサト人気が高まれば高まるほど「版画の需要」が増えます。それに応じられるのは僅か200種類前後です。

オノサトの初期のリトグラフ(1958〜1966)は18種類しかありません。うち「べた丸」版画は3点のみ、これが一番市場価格も高く、入手はなかなか難しい。
次に1966年からいわゆる「四人組(尾崎正教、高森俊、大野元明、岡部徳三)」が版元となってシルクスクリーンの制作が始まります。刷りは名プリンター岡部徳三さんでした。
後年には岡部さん以外の刷り師が刷ったものもありますが、大半は岡部刷りです。

今後オノサト版画がどういう市場(コレクター)の評価を受けて行くでしょうか。特に若い世代の人たちがオノサトの世界をどう感じるかによって、随分と違ってくるでしょう。
せめて亭主の生きているうちに、「ともに強運のオノサトと瑛九」になって欲しいと切望しています。
さて、亭主が倉庫でアトランダムに選んだオノサト版画21点、じっくりと見ていただき、ご注文をお待ちしています。

オノサト65-A
オノサト・トシノブ Toshinobu ONOSATO
"65-A"
1965年  リトグラフ
イメージサイズ:17.0×24.0cm
Ed.120  Signed
※レゾネ(アートスペース 1989年)No.15。レゾネにはEd.150とあるが誤記、正しくはEd.120。


オノサト65-B
オノサト・トシノブ Toshinobu ONOSATO
"65-B"
1965年  リトグラフ
30.0×40.0cm
Ed.120  Signed
サインあり
※レゾネNo.16


onosato "Silk-2"
1966年
シルクスクリーン
31.0×40.0cm
Ed.120 Signed
*レゾネNo.20


onosato "Silk-7"
1967年
シルクスクリーン
50.2×50.2cm
Ed.150 Signed
*レゾネNo.27


Onosato "Silk-32"
1970年
シルクスクリーン
40.0×40.0cm
Ed. 100 Signed
*レゾネNo.55


Onosato "Silk-40"
1971年
シルクスクリーン
32.0×41.0cm
Ed. 160 Signed
*レゾネNo.64


Onosato "Silk-48"
1971年
シルクスクリーン
50.0×50.0cm
Ed. 100 Signed
*レゾネNo.72


Onosato "Silk-52"
1972年
シルクスクリーン
27.2×40.5cm
Ed.150 Signed
*レゾネNo.76


Onosato "Silk-103"
1979年
シルクスクリーン
30.0×30.0cm
Ed. 150 Signed
*レゾネNo.165


Onosato "Silk-105"
1980年
シルクスクリーン
30.0×30.0cm
Ed. 150 Signed
*レゾネNo.173


Onosato "A.S.-2"
1981年
シルクスクリーン
20.0×20.0cm
Ed.88(レゾネにはEd.80と誤記)
Signed
*レゾネNo.177


Onosato "A.S.-3"
1981年
シルクスクリーン
20.0×20.0cm
Ed.88 Signed
*レゾネNo.178


Onosato "A.S.-4"
1981年
シルクスクリーン
20.0×20.0cm
Ed.88 Signed
*レゾネNo.179


Onosato "A.S.-5"
1981年
シルクスクリーン
20.0×20.0cm
Ed.88 Signed
*レゾネNo.180


オノサト"F-2"
1981年
シルクスクリーン
50.0×50.0cm
Ed.80 Signed
*レゾネNo.185


Onosato "A.S.-9"
1982年
シルクスクリーン
30.0×30.0cm
Ed.150 Signed
*レゾネNo.187


Onosato "A.S.-12"
1982年
シルクスクリーン
20.0×20.0cm
Ed.150 Signed
*レゾネNo.190


Onosato "A.S.-13"
1982年
シルクスクリーン
20.0×20.0cm
Ed.150 Signed
*レゾネNo.191


Onosato "A.S.-17"
1984年
シルクスクリーン
60.5×72.5cm
Ed.100 Signed
*レゾネNo.200


Onosato "F-8"
1984年
シルクスクリーン
60.5×72.5cm
Ed.100 Signed
*レゾネNo.201


Onosato "A.S.-21"
1986年
リトグラフ
35.0×42.0cm
Ed.70 Signed
*レゾネNo.208

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◆「ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート第3回 独奏チェロによるJ.S.バッハと20世紀の音楽」を9月17日(土)夕方4時(16時)より開催します。いつもより早い開演時間です。
プロデュース:大野幸、チェロ:富田牧子によるプログラムの詳細は8月18日にこのブログで発表します。
要予約、会費:1,000円。メールにてお申し込みください。

小此木美代子「オノサト・トシノブと戦後桐生の青春〜1950年代を中心に」をめぐって、思うこと

大川美術館小特集「オノサト・トシノブと戦後桐生の青春〜1950年代を中心に〜」をめぐって、思うこと

小此木美代子(大川美術館学芸員)


 1955年3月12日〜13日、桐生織物会館で開催されたミノリ文化服装学院による「ミノリ・コスチューム・ショー」。オノサト・トシノブは、この舞台装置の一部として自身の絵画を数点提供した。本作は、市内旧家の蔵から発見され、昨年当館に寄贈されている。
 戦後、和装から洋装に移り変わるなか、桐生にも洋裁学校が次々と開校した時代のこと。この頃頻繁にオノサトのもとに通った若者の一人であり、当時学院で教えていた有村真鐵(1929〜)氏はショーの舞台装置を担当しており、有村の提案によってオノサトから数点の作品が提供されたという。

有村アルバム1有村アルバム2
ミノリコスチュームショー の様子 (有村真鐵氏蔵)
左写真)向かって右手の小品がこのほど当館に寄贈になった一点。他の作品は不明。

「ノーボタンのシックなコート」「プレーンなストリート・ドレス」「手芸的な麻のスーツ」「ミディ・シルエットのホームドレス」など、「春のモードおよそ120体が紹介され、会場を埋め尽くした一般観客の間からただうっとりため息が漏れた」(桐生タイムス1955年3月12日)

オノサト作品 1954オノサト作品
1955年頃


 1948年、オノサトは3年間に及ぶシベリア抑留から帰国。以来桐生に住み、大間々中学校の美術教師のかたわら桐生美術協会初代会長をつとめ、養鶏業をし、1951年には田口智子と結婚した。1952年頃から「オノサト・トシノブ」と表記するようになる。この頃より桐生の若い人たちは、オノサトのアトリエによく通った。オノサトは若い人たちを自身の友人として迎え入れ、受け止め、皆の絵をよく見、若い人たちの話によく耳を傾けた寡黙な人であった、と当時を知る人達は口をそろえる。1954年には「若い画家展」「グループ10」などの結成のなかに、オノサト・トシノブは、指導者としての存在というよりは、その人間的な魅力において、精神的な支持を与える存在としてあった。「グループ10美術展」のリーフレットに寄せられた言葉のなかにオノサトがいかに青年画家たちの心を捉えたか、想像させる一文があるので下記に紹介しておこう。

 「中央にだけ頼らず 自分達の場所で自分達を育てることの必要さを感じだしていることは 芸術と言うものの最も大切な根についた問題にぶつかっているわけです。現在の日本の現実は この様な考え方が育つのに非常に難しい現実です。桐生が他に率先して 新しい独立した日の場所になることを希望してやみません。」(オノサト・トシノブ)

 オノサトが円や四角などの幾何学的な構成の抽象絵画で、独自の絵画世界を確立した1950年代、桐生の街は日々変化を遂げていった。本町通りにスズラン燈が点灯、子供遊園地の開園、吾妻公園の開設、おびただしい数の映画の上映、パン屋、喫茶室の宣伝、その街のなかに、「フラフープ」なんていう遊具も大ブームとなった時代。
 殊に1950年代の作品から鮮烈に放たれてくるかのオノサト絵画の独立心みたいな感覚、あるいは極端なまでの陰と陽の並列といった絵画から立ち上る質感は、1950年代の桐生の街の様相とも、どこか重なり見えてくるような、そんな気分にもなる。

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 このほど、戦後いち早く発刊した「桐生タイムス」に触れる機会を得たが、この時代、心中や人身事故、服毒自殺、駆け落ち、借金苦のニュースが、なんと紙面に目立って取り上げられた時代だったことか、という感想を持った。戦災による大きな被害を免れた桐生の戦後において、むしろ精神的復興の過渡期のなかで桐生に暮らしたオノサトは、多くの若者と交流し、ひたすらその絵画空間を探究していたのだ。オノサト没後30年を迎える今、画家40代の青春に改めて思いを馳せる時間を持ってみたいと思っている。
おこのぎみよこ

メモ)8月27日(土)18時〜 放談会「オノサト・トシノブ語り合う」を開催予定。

●展覧会のご案内
群馬県桐生の大川美術館で7月2日(土)〜9月25日(日)まで「オノサト・トシノブと戦後桐生の青春〜1950年代を中心に」が特集展示されています。
時間:10:00〜17:00(入館は16:30まで) 
休館:月曜(月曜祝日の場合は火曜日)、その他臨時休館あり

*画廊亭主敬白
大川美術館は桐生出身の故・大川栄二さんによって1989年に設立されました。松本竣介野田英夫を軸に彼らとつながりの深い作家たちの作品を多数収蔵しています。
桐生で生涯を終えたオノサト・トシノブについても熱心な学芸員によって幾度か回顧展が企画されています。不遇時代を支えた人々によって、市内には多くのオノサト作品がのこされています。
今回の展示を企画した小此木先生に桐生とオノサトのつながりについてご執筆いただきました。亭主が初めてアトリエを訪れた1970年代以降、晩年まではほとんど外部との接触を断ち、ひたすら描くことに没頭されていたのですが、50年代のオノサト先生は多くの若い人たちと交流し、その中からご自分の道を究めていったのだとわかります。
小此木先生にはお忙しい中、貴重な論考をありがとうございました。
特集展示は9月25日までです。オノサトファンの皆さん、ぜひ桐生にお出かけください。
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●本日のお勧め作品はオノサト・トシノブです。
オノサト65-A
オノサト・トシノブ Toshinobu ONOSATO
"65-A"
1965年  リトグラフ
イメージサイズ:17.0×24.0cm
Ed.120  Signed
※レゾネ(アートスペース 1989年)No.15。レゾネにはEd.150とあるが誤記、正しくはEd.120。

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オノサト・トシノブのタペストリー

久保貞次郎先生の紹介をきっかけに南画廊の志水楠男さんは1962年に初めてオノサト・トシノブ展を開催します。
1979年3月に急逝した志水楠男さんの七回忌を機に刊行された『志水楠男と南画廊』(1985年 同刊行会)から、南画廊でのオノサト作品の展示の軌跡をたどってみましょう。

●オノサト・トシノブ展
1962年3月12日〜24日(油彩画近作20余点)

●オノサト・トシノブ展
1966年2月21日〜3月2日(油彩作品16点)

●オノサト・トシノブ小品展
1966年10月24日〜11月10日(小品24点)

●オノサト・トシノブ展
1969年6月16日〜28日(油彩画16点、シルクスクリーン1点)

onosato_10
『志水楠男と南画廊』
1985年
「志水楠男と南画廊」刊行会 発行
執筆:大岡信、志水楠男、難波田龍起、今井俊満、小野忠弘、木村賢太郎、加納光於、オノサト・トシノブ、菊畑茂久馬、宇佐美圭司、野崎一良、靉嘔、中西夏之、清水九兵衛、飯田善國、戸村浩、菅井汲、保田春彦、桑原盛行

オノサト先生の南画廊での個展は上記4回です。
油彩の制作数の激増した70年代にそれらが南画廊の壁面を飾ることはありませんでした。

オノサト先生の1970年代、80年代の生活(創作)を支えたのは尾崎正教、大野元明、高森俊、岡部徳三のいわゆる4人組による版画制作(エディション)でした。
皮肉なことですが、この時代、オノサト先生は「版画家」といって差し支えないような世間での評価でした。
膨大な数の油彩画をひとり桐生のアトリエにこもり制作し続けたオノサト先生ですが、それらを本格的に扱う画商はいませんでした。
散発的にオノサト展(油彩)が開かれることはあっても、それは長続きせず、実質的に生活を支えたのは版画でした。
onosato_17
『オノサト・トシノブ 版画目録1958-1989』
1989年
アートスペース 発行
テキスト:オノサト・トシノブ

オノサト先生が亡くなられた後、ご遺族が油彩の画集ではなく、リトグラフ、シルクスクリーン、木版、タペストリー(布に捺染)の全版画220点の画像とデータを収録した版画の目録(カタログレゾネ)を刊行したことがその間の事情を反映しています。
発行元の「アートスペース」はご家族が経営していた画廊です。

亭主は現代版画センター時代に10数点の版画をエディションしました。
中でも1977年にディションしたタペストリー2点は大作でした。
13出品No.13)
オノサト・トシノブ
Tapestry A
1977年
捺染、布
119.5x80.0cm
Ed.100 Signed
*現代版画センターエディション
*レゾネNo.142

14出品No.14)
オノサト・トシノブ
Tapestry B
1977年
捺染、布
119.5x80.0cm
Ed.100 Signed
*現代版画センターエディション
*レゾネNo.143

この2点は、1977年の「現代と声」展のために制作してもらった作品です。
「現代と声」とは、現代美術の状況に対するメッセージとして、新たな共同性の構築をめざす目的をもって、現代版画センターが全国展開したイヴェント全体の呼び名で、その中心は現代日本美術の断面を示す9人の作家(靉嘔磯崎新、一原有徳、小野具定、オノサト・トシノブ、加山又造、関根伸夫野田哲也元永定正)による版画23点の制作でした。
オノサト先生以外の8人は紙による版画作品でしたが、オノサト先生だけには、私たちから布に捺染という技法での制作をお願いしました

なぜか。
上述の「四人組」の皆さんが岡部徳三さんの刷りによるシルクスクリーンをエディションし始めたのは1966年からです(「silk-1」が最初)。
そのシステムは、新作ができあがると四人組の皆さんが桐生のアトリエに呼ばれ、版画にする油彩を選び(購入)、その代金を負担します。選ばれた(購入された)油彩をもとに、刷り師の岡部さんがシルクスクリーンの版をつくり(カッティング)、自ら刷るというものでした。刷り上がった枚数をオノサト家を含め五等分して分け合い、それぞれが自分の持分を自分の販売ルートで販売するというものでした。
つまり、初期リトグラフと違い、シルクスクリーンのほとんどには原画(油彩)が存在します。
オリジナル版画の定義に従えば、これは「エスタンプ(複製版画)」です。
当初から、「オノサト版画はエスタンプではないか」という批判があったようですが、オノサト先生を支援し、版画によってオノサト芸術を普及しようとした四人組と、久保貞次郎先生をはじめとする仲間たちの善意を疑うものはなく、結局それで通ってしまいました。

さて、亭主は1977年の「現代と声」企画にあたり、磯崎新先生、小野具定先生ら今までまったく版画制作をしていない作家にも参加を求めました。それぞれに優秀な刷り師(版画工房)を用意して「オリジナル版画」の制作を依頼したのでした。
オノサト先生に「版画」を依頼すれば、従前のやり方(原画をもとにシルクスクリーンで刷る)になってしまう。それでは他の8作家の「オリジナル版画」との兼ね合いがおかしなものになってしまいます。

油彩を原画とする版画ではなく、純粋に版画のための「原稿」をつくってもらい、オリジナルな版画作品を制作する。そのために考え出したのが、布に捺染技法でつくるタペストリーでした。
これなら、四人組の皆さんの功績を損なうことなく、オリジナル版画を発表できます。ただし制作費用はめちゃくちゃかかりました。
従って上掲の「Tapestry A」「Tapestry B」には原画はありません
オノサト先生の手書き(鉛筆)による実物大の「原稿」があるだけです。

1977年10月21日_現代と声_ヤマハエピキュラス_1 のコピー

現代と声」全国展は1977年10月21日の渋谷ヤマハエピキュラスにおけ る「一日だけの展覧会」を皮切りに1978年2月まで全国を縦断して行われました。それらの会場では作家や評論家たちを招き、パネルディスカッションをはじめとする様々なイヴェントを開催しました。
ブログ7月24日_8_600
1977年10月21日
於:ヤマハエピキュラス
左から、針生一郎、北川フラム(「現代と声」実行委員長)、一原有徳、元永定正、オノサト・トシノブ、野田哲也、飯田善國、関根伸夫、尾崎正教(現代版画センター事務局長)

ブログ7月24日_4_6001977年11月3日
於:群馬県桐生市シマ画廊
「現代と声 '77」桐生展パネル・ディスカッション
右から、
オノサト・トシノブ
岡部徳三(プリンター、岡部版画工房を主宰)
尾崎正教(現代版画センター事務局長)
奈良彰一(桐生支部)

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◆ときの忘れものは2015年7月25日[土]―8月8日[土]「オノサト・トシノブ展―初期具象から晩年まで」を開催しています(*会期中無休)。
onosato_DM6001934年の長崎風景をはじめとする戦前戦後の具象作品から、1950年代のベタ丸を経て晩年までの油彩、水彩、版画をご覧いただき、オノサト・トシノブ(1912〜1986)の表現の変遷をたどります。
会場が狭いので実際に展示するのは20数点ですが、作品はシートを含め92点を用意したのでお声をかけてくれればば全作品をご覧にいれます。
全92点のリストはホームページに掲載しました。
価格リストをご希望の方は、「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してメールにてお申し込みください。
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●作家と作品については亭主の駄文「オノサト・トシノブの世界」をお読みください。

オノサト・トシノブ文献資料

亭主の本棚からオノサト・トシノブ関係の主な文献をご紹介します。

●『ONOSATO』
オノサトの生前刊行された唯一の作品集。収録点数は14点。ベニス・ビエンナーレにもって行くために英文併記でつくられた。
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『ONOSATO』
1964年
南画廊 発行
テキスト:オノサト・トシノブ、久保貞次郎、瀧口修造


●『季刊版画 第9号』
美術出版社は久保貞次郎らが中心になり「版画友の会」を組織し版画の普及に力を入れた。「版画の時代」を象徴し、1961年〜1968年まで機関誌を、その後1968〜1971年まで『季刊版画』を12号まで刊行した。
美術雑誌でのオノサト特集が版画中心に推移したことにより、「版画家オノサト」というレッテルがはられ、油彩画家としての本領が知られることがなかったことは今から思うと残念なことでした。
季刊版画9
『季刊版画』第9号
1970年10月
美術出版社 発行
特集:国際版画展の動向
作家研究:オノサト・トシノブ
テキスト:三木多聞

季刊版画9 目次目次


●『版画藝術 1975年10月号』
オノサトの生前、美術雑誌での特集で最もページが割かれたのがこの『版画藝術』の小特集です。
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『版画藝術 1975年10月号』
1975年
阿部出版 発行
テキスト:中原佑介、村井正誠、オノサト・トシノブ


●『'77 現代と声 版画の現在』
現代と声」は、現代美術の状況に対するメッセージとして、新たな共同性の構築をめざす目的をもって、現代版画センターが1977年度の企画として行なっ たイヴェント全体の呼び名。オノサトなど選ばれた9人の作家の新作版画を中心に全国展、パネルディスカッション、連続シンポジウムなどが各地で開催された。本書はその記録集。
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『'77 現代と声 版画の現在』
1978年
現代版画センター 発行
執筆者、座談会、対談出席者:靉嘔、オノサト・トシノブ、磯崎新、加山又造、小野具定、一原有徳、野田哲也、関根伸夫、元永定正、山田光春、岡部徳三、植田実、多木浩二、橋本誠二、吉村貞司、窪田般彌、尾崎正教、針生一郎、鈴木進、松永伍一、峯村敏明、立松和平、黒田三郎、大島辰雄、谷川俊太郎、松村寛、粟津潔、菅井汲、飯田善国、中原佑介、布野修司、北川フラム


●『実在への飛翔 オノサト・トシノブ文集』
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『実在への飛翔 オノサト・トシノブ文集』
1978年
叢文社 発行
テキスト:久保貞次郎、オノサト・トシノブ


●久保貞次郎著『わたしの出会った芸術家たち』
美術評論家、大コレクターであり「小コレクター運動」を主導した久保は、本書で最も親しい画家として北川民次、瑛九、オノサト・トシノブ、靉嘔の4人をあげている。上掲の『実在への飛翔 オノサト・トシノブ文集』も久保の支援により刊行された。
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『わたしの出会った芸術家たち』
久保貞次郎著
1978年
形象社 発行


●はらだいさむ(原田勇)著『覚え書き オノサト・トシノブ』
瑛九の晩年、木水育男を中心とした福井のコレクターが頒布会を組織して支援したことはよく知られています。
そのメンバーのひとり原田勇と、アートフル勝山の会(荒井由泰代表)の中上光雄らが「福井オノサトの会」を組織して、1970年代以降、取り扱い画商を持たなかったオノサトを支援し、展覧会や版画のエディションを展開しました。
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『覚え書き オノサト・トシノブ』
はらだいさむ(原田勇)著
1981年
日本素朴派、福井オノサトの会 発行


●『季刊みづゑ 1984年夏号』
あまたある美術雑誌でのオノサト油彩の特集は僅かなものでした。
onosato_02
『季刊みづゑ 1984年夏号』
1984年
美術出版社 発行
テキスト:中原佑介


●『志水楠男と南画廊』
1979年3月急逝した志水楠男の七回忌に刊行された南画廊史。オノサトは「志水氏との出会い」という文章を寄稿。貴重な証言なので同書から引用します。
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『志水楠男と南画廊』
1985年
「志水楠男と南画廊」刊行会 発行
テキスト:大岡信、志水楠男、難波田龍起、今井俊満、小野忠弘、木村賢太郎、加納光於、オノサト・トシノブ、菊畑茂久馬、宇佐美圭司、野崎一良、靉嘔、中西夏之、清水九兵衛、飯田善國、戸村浩、菅井汲、保田春彦、桑原盛行

志水氏との出会い
オノサト トシノブ 画家

 南画廊に、最初に私を紹介したのは、1961年から2年にかけての頃、久保貞次郎であるが、個展をひらくきっかけは,志水氏が市谷の砂土原町に住いのあ る久保氏を尋ね、そのとき壁にかかっていた、私の小品に、はじめて心がとま ったことにあったようだ。その作品は10号位、ひとつの丸、朱の作品であっ た。これはずっとあとで志水氏の述懐である。すでに数年まえ兜屋画廊で、すでに丸のもっとも初期の作品を彼はみているが、その時はほとんどなにも感じ なかったという。
 第1回個展は盛況であった。瀧口修造が、「アラベスクの様な」とパンフレ ットをかざった。
 個展は2回、3回と進んで、そしてヴェネチア・ビエンナーレの出品にもつ ながっていった。私とトモコと志水さんとのヨーロッパ・アメリカ旅行は、その親密な関係のなかで生れた。
 4回目の個展のあと、10年だって、ひさしぶりに桐生で会うことになる。78年の秋に出版された私の文集の出版記念のパーティーに、志水さんが出席し てくれた折であった。桐生に1泊した翌日、私のアトリエを訪れて終日すごし た。陽差しが暖かい、とても気持のよい1日であった。帰りにトモコの車で駅までおくっていった。
 南画廊と共にあった10年間は、大作を次々と制作していた年月であった。
 その頃、ちょうどいろいろの波がよせはじめていた。私は自分にとっての 「絵画とは何か」という問題だけを追い続けていた。
 時代に逆行はない。私もまた、次の新たな時を生きることになるだろう。
 重要な出会いというものがある。そのためにはそれぞれの者が、時代という 条件のなかで、永い重い準備の時間がある。時間が必要である。お互いに知る ことなく、時代の必然性に導かれて、ついに出会うのである。
 氏と私との出会いはその様なものであったと考えている。

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■1986年11月30日 桐生の自宅でオノサト・トシノブ死去。

以下はオノサト没後に刊行されたものです。

●はらだいさむ(原田勇)著『オノサト・トシノブ 実在への招喚』
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『オノサト・トシノブ 実在への招喚』
はらだいさむ(原田勇)著
1987年
福井オノサトの会・中上光雄・原田勇 発行


●『抽象への道 オノサト・トシノブ画文集』
新聞、雑誌、個展パンフレットなどに掲載された文章を編んだもの。作品画像も豊富で初期具象から晩年までを網羅。巻末の中原佑介編の「オノサト・トシノブ年譜」は生前の二回にわたるインタビューをもとに編まれたもので詳細な記述は第一級の資料的価値をもつ。
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『抽象への道 オノサト・トシノブ画文集』
1988年
新潮社 発行
テキスト:オノサト・トシノブ
年譜:中原佑介編


●『オノサト・トシノブ 版画目録1958-1989』
リトグラフ、シルクスクリーン、木版、タペストリー(布に捺染)の全版画220点の画像とデータを収録したカタログレゾネ。
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『オノサト・トシノブ 版画目録1958-1989』
1989年
アートスペース 発行
テキスト:オノサト・トシノブ


●『オノサト・トシノブ展図録』
没後初の回顧展カタログ。1939年から晩年までの油彩、水彩を満遍なく網羅し、版画、タペストリーなども加え総計133点が出品された。
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『オノサト・トシノブ展図録』
1989年
練馬区立美術館 発行
テキスト:横山勝彦、中原佑介


●オノサト・トモコ著『オノサト・トシノブ伝』
夫人が日記などをもとに著した作家の伝記。
onosato_03
『オノサト・トシノブ伝』
オノサト・トモコ著
1991年
アート・スペース 発行


●『オノサト・トシノブ―円を描いた画家―』展図録
オノサトの生まれた長野県で開催された回顧展カタログ。1937年から1986年までの油彩45点を中心に、水彩、版画など総計77点が出品された。
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『オノサト・トシノブ―円を描いた画家―』
1992年
長野県信濃美術館 発行


●『オノサト・トシノブ展 収集家への賛辞―大野元明コレクション』図録
大野元明は尾崎正教、高森俊、岡部徳三のいわゆる「オノサト版画の4人組」のひとりで、1966年から始まったシルクスクリーンの制作を支えた。
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『オノサト・トシノブ展 収集家への賛辞―大野元明コレクション』図録
1997年
フジテレビギャラリー 発行
テキスト:瀬木慎一、大野元明


●『抽象のパイオニア オノサト・トシノブ』展図録
今まで開催された最も大規模な回顧展カタログ。東京国立近代美術館はじめ国内主要美術館とチェース・マンハッタン銀行や個人蔵の代表作を網羅。1933年の初期具象から1986年までの油彩85点を中心に水彩、版画など総計117点が出品された。
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『抽象のパイオニア オノサト・トシノブ』
2000年
群馬県立近代美術館、群馬県立近代美術館友の会、桐生市教育委員会 発行
テキスト:市川政憲、五十殿利治、藤川哲


●『オノサト・トシノブ展―織都・桐生に生きた抽象画家』図録
オノサトが10歳のときに移り住み亡くなる74歳まで住んでいた桐生の大川美術館で開催された回顧展カタログ。大川美術館所蔵作品を中心に油彩20点はじめ水彩、版画など総計35点が出品された。図版の掲載は4点のみ。
大川美術館では1993年に1回目のオノサト展を開催し、カタログも編集されたが、事情があって公開されていません。
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『オノサト・トシノブ展―織都・桐生に生きた抽象画家』
2005年
大川美術館 発行
テキスト:大川栄二、春原史寛、宮地佑治、有村真鐵、奈良彰一、渡邉保、原田勇、新井淳一、保倉一郎、中上光雄、荒井由泰、遠藤京子


●『PRINT WORKS 版画工房と作家たち』図録
1970年代以降の発表場所を持たないオノサトの制作を支えたのは「四人組」による版画制作(エディション)でした。その最大の功労者が上掲の『オノサト・トシノブ伝』に一字も登場しない刷り師の岡部徳三でした。
岡部の没後に開催された工房展カタログには岡部自身の回想が収録されているので引用します。
onosato_18
『PRINT WORKS 版画工房と作家たち』図録
2007年
岡部版画工房 発行
テキスト:今泉省彦、岡部トモ子、岡部徳三

第一回東京国際版画ビエンナーレ展が開催されたのは1957年。美術界の片隅で息をひそめていた版画に、ようやく陽が差し込むようになった頃だ。その頃よりオノサト・トシノブ氏や靉嘔(アイオウ)氏をシルクスクリーンで刷ってみないか、と周囲から勧められた事もあり、工房の設立を考えていた。両氏とも、まだ無名にちかい作家であり、私自身もシルクスクリーンについて殆ど知識を持たず、同じ創造美育教会のメンバーであった友人より、シルクスクリーン一式を譲り受け、全て手探り状態でスタートした。
 両氏の版画を熱心に勧めてくれる人の中に美術評論家の久保貞次郎氏もいて、「版画は刷るよりも売る方が難しい」と力説されていた。採算がとれない事を心配して、刷り上がった作品の一部を買い取ってくれる事になった。
 こうして両氏の版画を1966年から刷る事になる。
 当時は写真製版がまだ開発途上にあって、今のように柔軟に対応できる代物ではなかった。版ズレがあって当たり前というニス原紙のカッティング版で悪戦苦闘したおかげで、印刷にはどう対応したらよいかが、少しずつ見え始めてきた。
(1996年 神戸アートビレッジセンター「版画工房の仕事展」より 岡部徳三 記)


●『生誕100年 オノサト・トシノブ』展図録
生誕100年を機に開催された唯一の回顧展で、大川美術館では3回目となる。1935年から1986年までの油彩56点、アクリル1点、水彩、コラージュなど総計86点が出品された。1960年前後の「ベタ丸」時代の作品を中心にすえ、1970年以降の油彩の出品は僅か10点という非網羅的展示によりオノサト評価の方向を大胆に提案した画期的な展覧会でした。
onosato_13
『生誕100年 オノサト・トシノブ』
2012年
大川美術館 発行
テキスト:本江邦夫、小此木美代子

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●今回の展覧会から岡部徳三さんが刷ったシルクスクリーンのいくつかをご紹介します。
16出品No.16)
オノサト・トシノブ
「Silk-2」
1966年
シルクスクリーン(刷り:岡部徳三)
Image size: 32.0x40.0cm
Ed.120 サインあり
※レゾネNo.20

17出品No.17)
オノサト・トシノブ
「Silk-7」
1967年
シルクスクリーン(刷り:岡部徳三)
Image size: 50.5x50.2cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.27

23出品No.23)
オノサト・トシノブ
「Silk-32」
1970年
シルクスクリーン(刷り:岡部徳三)
Image size: 40.0x40.0cm
Ed.100 サインあり
※レゾネNo.55

38出品No.38)
オノサト・トシノブ
「G.H.C 5」
1974年
シルクスクリーン(刷り:岡部徳三)
Image size: 21.8x27.1cm
Ed.200 サインあり
*現代版画センターエディション
※レゾネNo.98

50出品No.50)
オノサト・トシノブ
「Silk-74」
1975年
シルクスクリーン(刷り:岡部徳三)
Image size: 60.5x72.0cm
Ed.100 サインあり
※レゾネNo.108

59出品No.59)
オノサト・トシノブ
「Prints C」
1979年
シルクスクリーン(刷り:岡部徳三)
Image size: 20.0x20.0cm
Ed.250 サインあり
*現代版画センターエディション
※レゾネNo.164

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onosato_DM6001934年の長崎風景をはじめとする戦前戦後の具象作品から、1950年代のベタ丸を経て晩年までの油彩、水彩、版画をご覧いただき、オノサト・トシノブ(1912〜1986)の表現の変遷をたどります。
会場が狭いので実際に展示するのは20数点ですが、作品はシートを含め92点を用意したのでお声をかけてくれればば全作品をご覧にいれます。
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瀧口修造「画家の時刻のかなた」(再録)

「画家の時刻のかなた」

滝口修造
(1962年執筆)

 抽象とはなにか。今日の造形芸術で、なんと抽象という言葉は使いふるされ、私たちを不感症にしてしまっていることだろう。
 事実、いくつかの抽象の原型がつくられたが、それははてしない浪費と反復を生んだ。さてモンドリアンも、いまは凝結したまま、極北のように隔たったところに住んでいる。あれほど近代生活に安易にむすびつけられようとしたモンドリアンも、美学者が「隔離」という名で洗礼した抽象の運命にみちびかれたか。もう私は抽象という言葉をめったなことでは使うまい、と覚悟する。そんなときにオノサト・トシノブの作品が私たちの前にくりひろげられたのだ。
 そこにはまず純潔な眩暈感がある。そして今しがた私のした覚悟を忘れさせる何ものかがある。たとえば、形而上的なものが、あるプロセスの奇蹟によって、もっとも肉眼的なものと焦点が合ったのだ。照準のように、とにかく何かが出会った点、それ以外に抽象という言葉を使うまいと私が思ったような点に、私は出会ったのだ、と思う。
 ここには、時間が鉱物のような結晶のなかに、閉じこめられている。鶏小屋のなかからしか報じられない時間のなかで、画家はふしぎな時を刻む。そこには、朝、ひる、夜、眠りの時もふくめて、すべてがある。けいれんする生命とともに、長いプロセスがただ一点で凝結してしまう種類のものだ。こうして何事もなかったかのように、鄙びた諧音をすらかなでている。これが生命だ、といってさしだされたものの優雅ともいえようか。
 実際は、画家はその生活のなかで、しだいに不必要な道具や材料を、あの無数の色彩をすら身辺からふり落していったのだ。もはや入要なものといえば幾本かの筆と四つの基本的な色彩だけになった。溢出する魔術は、この引き算の末に始まっている。おそらくこの画家にも、抽象形態というものがしつこくつきまとったであろう。たとえば円形や四角。あの林檎と同じようにとりつかれたプラトニックな亡霊。だが、それすらいまはない。なんとユニイクな逆説だろう。倦まず、刻明に「時」には無関心に、床といわず天井といわず抽象形態をちりばめていったアラビア人がばら色の夜明けを迎えたときのように。

(1962年3月オノサト・トシノブ個展・於南画廊・カタログより)
-----------------------
*1962年南画廊で開催されたオノサト・トシノブ展のカタログに瀧口修造が執筆した「画家の時刻のかなた」をご遺族の了解を得て再録させていただきました。
テキストは『ONOSATO』(1964年 南画廊刊 テキスト:オノサト・トシノブ、久保貞次郎、瀧口修造)に収録されているものを使いました。
オノサトトシノブ1
1966年(昭和41)10月
南画廊「オノサト・トシノブ小品展」にて
左から、オノサト・トモコ、靉嘔、瀧口修造、オノサト・トシノブ、
『志水楠男と南画廊』(1985年 同刊行会)144ページより

オノサトトシノブ2
1974年(昭和49)9月6日
デンマークのルイジアナ美術館「Japan pa Louisiana」展オープニング準備中スナップ
左より、関根伸夫、志水楠男、篠田守男
壁面にはオノサト・トシノブ作品
『志水楠男と南画廊』(1985年 同刊行会)147ページより

04出品No.4)
オノサト・トシノブ
二つの丸 黒と赤
1958年
油彩、キャンバス
16.2x23.2cm
サインあり


09出品No.9)
オノサト・トシノブ
二つの丸 朱と紺
1959年
水彩
Image size: 16.7x26.0cm
サインあり


15出品No.15)
オノサト・トシノブ
64-B
1964年
リトグラフ
Image size: 17.0x25.0cm
Ed.120 サインあり


16出品No.16)
オノサト・トシノブ
Silk-2
1966年
シルクスクリーン
Image size: 32.0x40.0cm
Ed.120 サインあり
※レゾネNo.20


17出品No.17)
オノサト・トシノブ
Silk-7
1967年
シルクスクリーン
Image size: 50.5x50.2cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.27

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◆ときの忘れものは2015年7月25日[土]―8月8日[土]「オノサト・トシノブ展―初期具象から晩年まで」を開催しています(*会期中無休)。
onosato_DM6001934年の長崎風景をはじめとする戦前戦後の具象作品から、1950年代のベタ丸を経て晩年までの油彩、水彩、版画をご覧いただき、オノサト・トシノブ(1912〜1986)の表現の変遷をたどります。
会場が狭いので実際に展示するのは20数点ですが、作品はシートを含め92点を用意したのでお声をかけてくれればば全作品をご覧にいれます。
全92点のリストはホームページに掲載しました。
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●作家と作品については亭主の駄文「オノサト・トシノブの世界」をお読みください。

不運なオノサト、強運の瑛九

明日から、ときの忘れものとしては15年ぶりとなるオノサト・トシノブ展を開催します。
5月に「第26回瑛九展」を開いたのと大違い、ともに亭主が敬愛し、扱い量も多いのですが・・・

オノサト・トシノブ先生は日本を代表する抽象画家で東京国立近代美術館はじめ主要美術館には作品も多数所蔵されているにもかかわらず文献資料が極端に少ない。
まず、きちんとした画集がただの一冊もない
南画廊が1964年に刊行した『ONOSATO』(テキスト:オノサト・トシノブ、久保貞次郎、瀧口修造)があるが、これは志水楠男さんがベニス・ビエンナーレに持って行く販促画集として作ったもので、掲載作品は僅か14点に過ぎない。
生涯におそらくは3,000点以上の油彩を制作したであろうオノサト先生の全貌がわかる画集はいまだにありません。
没後、練馬区立美術館、長野県信濃美術館、大川美術館、群馬県立近代美術館等で開催された回顧展のカタログがあるばかりです。
ましてやオノサトの研究書などただの一冊も存在しない。

48歳で早世した盟友の瑛九に比べてその不遇、不運は目を覆うばかりです。
Googleで検索すると瑛九43万件に対して、オノサト先生は僅か3万件にも満たない。
瑛九は没後の公私立美術館での回顧展や特集展示は数十回(多すぎて数えたことはないのですが、100回を超えるかもしれません)、画集、カタログ、研究書、評伝等々数知れず。
対するオノサト先生の資料文献の微々たるや亭主の本棚の一段に軽く納まってしまいます。
(のちほどこのブログでオノサト先生の文献資料をご紹介します。)

02出品No.2)
オノサト・トシノブ
「はにわの人」
1939年
油彩、板
32.6x23.0cm Signed
*練馬区立美術館での回顧展出品作品

日本の前衛美術史を担った作家たちー例えば山口長男(1902〜1983)から、猪熊弦一郎(1902〜1993)、斎藤義重(1904〜2001)、吉原治良(1905〜1972)、難波田龍起(1905〜1997)、村井正誠(1905〜1999)、長谷川三郎(1906〜1957)、脇田和(1908〜2005)、瑛九(1911〜1960)、坂本善三(1911〜1995)、松本竣介(1912〜1948)、 菅井汲(1919〜1996)、元永定正(1922〜2011)に至るまで、生涯を展望する画集の一冊も無いなんて人はいません。

1958年をピークとする「ベタ丸」時代の作品が高騰を続ける一方で、その後の70年代、80年代の市場価格はあきれるほど低い。
オノサト先生の画業の全体を展望し、きちんと整理、批評するための画集がないことがその理由の一つにあげられるでしょう。
いったいオノサト先生はいつ、どのようなモチーフを、どのようなスケールで、どのくらい描いたのか
コレクターならそれを知りたい、知ってコレクションの方向を定めたいと思うのが人情でしょう。ところがその問いに誰も答えられない。
レゾネ(作品総目録)があることが超一流画家の証明であるとすれば、レゾネどころか簡単な画集すらないオノサト先生はこのままでは謎のローカル作家で終わってしまいます。

09出品No.9)
オノサト・トシノブ
「二つの丸 朱と紺」
1959年
水彩
16.7x26.0cm  Signed

その不遇、不運の始まりは南画廊の志水さんとの確執からでした。
1962年久保貞次郎先生の紹介により南画廊で個展が開催されます。当時飛ぶ鳥を落とす勢いの志水さんを扱い画商とすることでオノサト先生は一気に世界に羽ばたきます。
1964年(コミッショナーは嘉門安雄)、1966年(コミッショナーは久保貞次郎)のベニス・ビエンナーレに日本代表として出品参加、欧米での展示も実現します。
10出品No.10)
オノサト・トシノブ
「黄色の輪のある同心円」
1963年
水彩
22.7x22.7cm  Signed

それがいつしか志水さんとの間に溝ができ、1969年の南画廊個展を最後に縁が途切れます。そんなことも何ひとつ知らず美術界に突然参入した亭主は恩人・井上房一郎さんの紹介で志水さんのところにのこのこ出かけて行き、教えを乞うたのでした。
他の画商さんは志水さんの怒りを恐れオノサト先生に手を出さない中、ド素人の亭主がオノサト先生の版画をエディションしだしたのですから内心は苦々しく思っていたに違いない(と今は思います)。

14出品No.14)
オノサト・トシノブ
「Tapestry B」
1977年
捺染、布
119.5x80.0cm
Ed.100  Signed
*現代版画センターエディション

ブログ7月24日_2_600
1978年3月15日
桐生のアトリエにて
オノサト・トシノブ先生

志水さんからは一度だけ、オノサト先生との確執の原因を伺ったことがあります。
オノサト先生には一度もその話は聞いたことはありません。
一方の話だけをもとに確執の原因を語るのはフェアでないので触れませんが、オノサト先生は最良の発表の場を失い、制作すれども展示する場もない、売る画商もいないという状況がとうとう志水さんの亡くなるまで続いたのでした。
その間、オノサト先生の生活を支えたのは藤岡時彦さんなど極く少数のコレクターと版画の販売でした。
志水さんの生前、二人の間をとりもち何とか関係を修復できないかと藤岡さんなど周囲が動き、1978年(昭和53)10月1日、桐生の国際きのこ会館で開催されたオノサト先生の画文集「実在への飛翔」出版記念会に志水さんを引っ張り出すまではことが運びました(浅草から桐生までは亭主が志水さんのお供をしました)。
オノサト・トモコ著『オノサト・トシノブ伝』(1991年、アート・スペース刊))359頁には以下の記述があります。
<志水氏はきのこ会館に泊って、翌朝オノサトのアトリエに見え、次の個展を来年の四月にはやりたいとオノサトに話す。オノサトは「トモコと話し合ってもらいたい」とこの件だけは承諾しなかった。昼食は好物の寿司をとって志水氏と食べてから、新桐生駅までトシノブとトモコの二人で送った。>
和解はならず、志水さんは翌1979年3月20日亡くなられました。

ブログ7月24日_1_600
左から、亭主、藤岡時彦さん・英子さん夫妻。
1983年ころ
渋谷区鉢山町の現代版画センター企画室にて

オノサト先生の没後も、今までの不遇不運を何とか乗り越え、画集をつくろうという動きもありました。
というか亭主もその謀議に加わっておりましたが、ときの忘れもので幾度か開かれた会合も、天のとき、地の利、人の和すべてに恵まれず遂に頓挫してしまいました。
再度チャレンジする気力、体力は亭主にはありません。
ありませんが、悔しい。

今回のときの忘れもののささやかな展覧会に、せめて若い世代が触れてくれ、いつの日かオノサト・トシノブ全作品集が編まれることを願うばかりです。

◆ときの忘れものは2015年7月25日[土]―8月8日[土]「オノサト・トシノブ展―初期具象から晩年まで」を開催します(*会期中無休)。
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オノサト・トシノブ展全92点

サンタフェショックからなかなか立ち直れず、スタッフの顔色がすぐれない。
これから山と請求書が来るんだろうなあ、社長の不機嫌顔も心配だ。じたばたしても仕方ないのだけれど何とかゴキゲンをとって月末をやり過ごさねばならない。

夢と食欲があれば大丈夫」とばかり、連日社長の好きな居酒屋、レストランをまわる日々であります。
しかしこれも度が過ぎると「いったいこの払いは誰がすると思っているの!」とお叱りがくる。
何事も按配が難しいですね。

さて25日(土)から、ときの忘れものとしては15年ぶりとなるオノサト・トシノブ展を開催します。
昨日ご報告したとおり、亭主の勝手気ままな指示に振り回されただでさえ忙しいのに、毎月の企画、アートフェアへの出展、次から次へと入ってくる新たなコレクションの仕分けにてんてこ舞いのスタッフたちがようやく倉庫の整理を進め、オノサト作品の在庫を確認し、とりあえず92点を用意しました。
他にもいろいろある(はず)のですが、今回ここまでたどり着いたのはとにもかくにも嬉しい成果です。

●出品作品全92点のご紹介
01出品No.1)
オノサト・トシノブ
「長崎オランダ屋敷」
1934年
油彩、キャンバス
60.8x72.8cm
サインあり


02出品No.2)
オノサト・トシノブ
「はにわの人」
1939年
油彩、板
32.6x23.0cm
サインあり


03出品No.3)
オノサト・トシノブ
「人魚」
1950年
油彩、キャンバス
90.7x115.0cm
サインあり


04出品No.4)
オノサト・トシノブ
「二つの丸 黒と赤」
1958年
油彩、キャンバス
16.2x23.2cm
サインあり


05出品No.5)
オノサト・トシノブ
「S-42の原画」
1971年
油彩、キャンバス
32.1x41.2cm
サインあり


06出品No.6)
オノサト・トシノブ
「作品」
油彩、キャンバス
20.0x20.0cm
サインあり


07出品No.7)
オノサト・トシノブ
「四つの丸 白・黒・グレー」
1958年
水彩
28.4x19.0cm
サインあり


08出品No.8)
オノサト・トシノブ
「四つの丸」
1958年
水彩
14.0x18.8cm
サインあり


09出品No.9)
オノサト・トシノブ
「二つの丸 朱と紺」
1959年
水彩
Image size: 16.7x26.0cm
サインあり


10出品No.10)
オノサト・トシノブ
「黄色の輪のある同心円」
1963年
水彩
Image size: 22.7x22.7cm
サインあり


11出品No.11)
オノサト・トシノブ
「作品(水彩)」
1985年
水彩、和紙
Image size: 21.2x14.0cm
サインあり


12出品No.12)
オノサト・トシノブ
「作品(水彩)」
1985年
水彩、和紙
Image size: 21.7x17.3cm
サインあり


13出品No.13)
オノサト・トシノブ
「Tapestry A」
1977年
捺染、布
119.5x80.0cm
Ed.100 サインあり


14出品No.14)
オノサト・トシノブ
「Tapestry B」
1977年
捺染、布
119.5x80.0cm
Ed.100 サインあり


15出品No.15)
オノサト・トシノブ
「64-B」
1964年
リトグラフ
Image size: 17.0x25.0cm
Ed.120 サインあり


16出品No.16)
オノサト・トシノブ
「Silk-2」
1966年
シルクスクリーン
Image size: 32.0x40.0cm
Ed.120 サインあり
※レゾネNo.20


17出品No.17)
オノサト・トシノブ
「Silk-7」
1967年
シルクスクリーン
Image size: 50.5x50.2cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.27


18出品No.18)
オノサト・トシノブ
「Silk-15」
1968年
シルクスクリーン
Image size: 20.0x20.0cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.36


19出品No.19)
オノサト・トシノブ
「Silk-17」
1968年
シルクスクリーン
Image size: 20.5x20.3cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.38


20出品No.20)
オノサト・トシノブ
「Silk-18」
1968年
シルクスクリーン
Image size: 40.0x40.0cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.39


21出品No.21)
オノサト・トシノブ
「Silk-29」
1970年
シルクスクリーン
Image size: 24.5x33.5cm
Ed.140 サインあり
※レゾネNo.52


22出品No.22)
オノサト・トシノブ
「Silk-30」
1970年
シルクスクリーン
Image size: 50.0x73.0cm
Ed.100 サインあり
※レゾネNo.53


23出品No.23)
オノサト・トシノブ
「Silk-32」
1970年
シルクスクリーン
Image size: 40.0x40.0cm
Ed.100 サインあり
※レゾネNo.55


24出品No.24)
オノサト・トシノブ
「Silk-36」
1970年
シルクスクリーン
Image size: 10.0x15.0cm
Ed.200 サインあり
※レゾネNo.60


25出品No.25)
オノサト・トシノブ
「Silk-40」
1971年
シルクスクリーン
Image size: 32.0x41.0cm
Ed.160 サインあり
※レゾネNo.64


26出品No.26)
オノサト・トシノブ
「Silk-44」
1971年
シルクスクリーン
Image size: 16.0x23.0cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.68


27出品No.27)
オノサト・トシノブ
「Silk-45」
1971年
シルクスクリーン
Image size: 24.0x33.0cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.69


28出品No.28)
オノサト・トシノブ
「Silk-46」
1971年
シルクスクリーン
Image size: 29.7x29.7cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.70


29出品No.29)
オノサト・トシノブ
「Silk-47」
1971年
シルクスクリーン
Image size: 50.0x50.0cm
Ed.100 サインあり
※レゾネNo.71


30出品No.30)
オノサト・トシノブ
「Silk-48」
1971年
シルクスクリーン
Image size: 50.0x50.0cm
Ed.100 サインあり
※レゾネNo.72


31出品No.31)
オノサト・トシノブ
「Silk-52」
1972年
シルクスクリーン
Image size: 27.2x40.5cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.76


32出品No.32)
オノサト・トシノブ
「Lithograph R.」
1973年
リトグラフ
Image size: 20.5x28.7cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.87


33出品No.33)
オノサト・トシノブ
「P.A.C.」
1973年
シルクスクリーン
Image size: 22.1x27.5cm
Ed.200 サインあり
※レゾネNo.84


34出品No.34)
オノサト・トシノブ
「Silk-55」
1973年
シルクスクリーン
Image size: 31.7x41.0cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.80


35出品No.35)
オノサト・トシノブ
「Silk-56」
1973年
シルクスクリーン
Image size: 22.0x27.0cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.81


36出品No.36)
オノサト・トシノブ
「G.H.C 3」
1974年
シルクスクリーン
Image size: 9.8x9.8cm
Ed.500 サインあり
※レゾネNo.96


37出品No.37)
オノサト・トシノブ
「G.H.C 4」
1974年
シルクスクリーン
Image size: 9.8x9.8cm
Ed.500 サインあり
※レゾネNo.97


38出品No.38)
オノサト・トシノブ
「G.H.C 5」
1974年
シルクスクリーン
Image size: 21.8x27.1cm
Ed.200 サインあり
※レゾネNo.98


39出品No.39)
オノサト・トシノブ
「Silk-59」
1974年
シルクスクリーン
Image size: 24.7x34.0cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.88


40出品No.40)
オノサト・トシノブ
「Silk-60」
1974年
シルクスクリーン
Image size: 24.0x32.5cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.89


41出品No.41)
オノサト・トシノブ
「Silk-61」
1974年
シルクスクリーン
Image size: 24.2x33.0cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.90


42出品No.42)
オノサト・トシノブ
「Silk-62」
1974年
シルクスクリーン
Image size: 24.3x33.0cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.91


43出品No.43)
オノサト・トシノブ
「Silk-63」
1974年
シルクスクリーン
Image size: 24.3x33.0cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.92


44出品No.44)
オノサト・トシノブ
「Silk-64」
1974年
シルクスクリーン
Image size: 24.4x33.0cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.93


45出品No.45)
オノサト・トシノブ
「Silk-65」
1975年
シルクスクリーン
Image size: 24.2x33.0cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.99


46出品No.46)
オノサト・トシノブ
「Silk-66」
1975年
シルクスクリーン
Image size: 24.4x33.0cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.100


47出品No.47)
オノサト・トシノブ
「Silk-67」
1975年
シルクスクリーン
Image size: 24.5x33.7cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.101


48出品No.48)
オノサト・トシノブ
「Silk-68」
1975年
シルクスクリーン
Image size: 24.4x33.3cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.102


49出品No.49)
オノサト・トシノブ
「Silk-70」
1975年
シルクスクリーン
Image size: 50.2x50.2cm
Ed.120 サインあり
※レゾネNo.104


50出品No.50)
オノサト・トシノブ
「Silk-74」
1975年
シルクスクリーン
Image size: 60.5x72.0cm
Ed.100 サインあり
※レゾネNo.108


51出品No.51)
オノサト・トシノブ
「Silk-77」
1976年
シルクスクリーン
Image size: 45.5x53.0cm
Ed.100 サインあり
※レゾネNo.111


52出品No.52)
オノサト・トシノブ
「L-2」
1977年
リトグラフ
Image size: 30.0x30.0cm
Ed.100 サインあり
※レゾネNo.134


53出品No.53)
オノサト・トシノブ
「L-4」
1977年
リトグラフ
Image size: 30.0x30.0cm
Ed.75 サインあり
※レゾネNo.136


54出品No.54)
オノサト・トシノブ
「Silk-90」
1977年
シルクスクリーン
Image size: 30.0x30.2cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.124


55出品No.55)
オノサト・トシノブ
「Silk-92」
1977年
シルクスクリーン
Image size: 30.0x30.0cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.126


56出品No.56)
オノサト・トシノブ
「Silk-94」
1977年
シルクスクリーン
Image size: 30.0x30.0cm
Ed.120 サインあり
※レゾネNo.128


57出品No.57)
オノサト・トシノブ
「Prints A」
1979年
シルクスクリーン
Image size: 20.0x20.0cm
Ed.250 サインあり
※レゾネNo.162


58出品No.58)
オノサト・トシノブ
「Prints B」
1979年
シルクスクリーン
Image size: 20.0x20.0cm
Ed.250 サインあり
※レゾネNo.163


59出品No.59)
オノサト・トシノブ
「Prints C」
1979年
シルクスクリーン
Image size: 20.0x20.0cm
Ed.250 サインあり
※レゾネNo.164


60出品No.60)
オノサト・トシノブ
「Silk-101」
1979年
シルクスクリーン
Image size: 20.0x20.0cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.160


61出品No.61)
オノサト・トシノブ
「Silk-103」
1979年
シルクスクリーン
Image size: 30.0x30.0cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.165


62出品No.62)
オノサト・トシノブ
「Silk-104」
1979年
シルクスクリーン
Image size: 30.0x30.0cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.166


63出品No.63)
オノサト・トシノブ
「Silk-105」
1980年
シルクスクリーン
Image size: 30.0x30.0cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.173


64出品No.64)
オノサト・トシノブ
「Stars(Person)」
1980年
シルクスクリーン
Image size: 10.0x15.0cm
Ed.1,000 サインあり
※レゾネNo.169


65出品No.65)
オノサト・トシノブ
「Stars(Sky)」
1980年
シルクスクリーン
Image size: 10.0x15.0cm
Ed.1,000 サインあり
※レゾネNo.170


66出品No.66)
オノサト・トシノブ
「A.S.-1」
1981年
シルクスクリーン
Image size: 20.0x20.0cm
Ed.88 サインあり
※レゾネNo.176


67出品No.67)
オノサト・トシノブ
「A.S.-2」
1981年
シルクスクリーン
Image size: 20.0x20.0cm
Ed.88 サインあり
※レゾネNo.177


68出品No.68)
オノサト・トシノブ
「A.S.-3」
1981年
シルクスクリーン
Image size: 20.0x20.0cm
Ed.88 サインあり
※レゾネNo.178


69出品No.69)
オノサト・トシノブ
「A.S.-4」
1981年
シルクスクリーン
Image size: 20.0x20.0cm
Ed.88 サインあり
※レゾネNo.179


70出品No.70)
オノサト・トシノブ
「A.S.-5」
1981年
シルクスクリーン
Image size: 20.0x20.0cm
Ed.88 サインあり
※レゾネNo.180


71出品No.71)
オノサト・トシノブ
「F-1」
1981年
シルクスクリーン
Image size: 50.0x50.0cm
Ed.80 サインあり
※レゾネNo.184


72出品No.72)
オノサト・トシノブ
「F-2」
1981年
シルクスクリーン
Image size: 50.0x50.0cm
Ed.80 サインあり
※レゾネNo.185


73出品No.73)
オノサト・トシノブ
「A.S.-9」
1982年
シルクスクリーン
Image size: 30.0x30.0cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.187


74出品No.74)
オノサト・トシノブ
「A.S.-10」
1982年
シルクスクリーン
Image size: 30.0x30.0cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.188


75出品No.75)
オノサト・トシノブ
「A.S.-11」
1982年
シルクスクリーン
Image size: 20.0x20.0cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.189


76出品No.76)
オノサト・トシノブ
「A.S.-12」
1982年
シルクスクリーン
Image size: 20.0x20.0cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.190


77出品No.77)
オノサト・トシノブ
「A.S.-13」
1982年
シルクスクリーン
Image size: 20.0x20.0cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.191


78出品No.78)
オノサト・トシノブ
「F-4」
1982年
シルクスクリーン
Image size: 15.0x15.0cm
Ed.200 サインあり
※レゾネNo.192


79出品No.79)
オノサト・トシノブ
「F-5」
1982年
シルクスクリーン
Image size: 15.0x15.0cm
Ed.200 サインあり
※レゾネNo.193


80出品No.80)
オノサト・トシノブ
「F-6」
1982年
シルクスクリーン
Image size: 15.0x15.0cm
Ed.200 サインあり
※レゾネNo.194


81出品No.81)
オノサト・トシノブ
「F-7」
1982年
シルクスクリーン
Image size: 10.0x10.0cm
Ed.200 サインあり
※レゾネNo.195
※福井オノサトの会エディション


82出品No.82)
オノサト・トシノブ
「A.S.-14」
1983年
シルクスクリーン
Image size: 30.0x30.0cm
Ed.150 サインあり
※レゾネNo.196


83出品No.83)
オノサト・トシノブ
「A.S.-17」
1984年
シルクスクリーン
Image size: 60.5x72.5cm
Ed.100 サインあり
※レゾネNo.200


84出品No.84)
オノサト・トシノブ
「F-8」
1984年
シルクスクリーン
Image size: 60.5x72.5cm
Ed.100 サインあり
※レゾネNo.201


85出品No.85)
オノサト・トシノブ
「F-9」
1985年
シルクスクリーン
Image size: 22.0x27.2cm
Ed.100 サインあり
※レゾネNo.205


86出品No.86)
オノサト・トシノブ
「F-10」
1985年
シルクスクリーン
Image size: 22.0x27.2cm
Ed.100 サインあり
※レゾネNo.206


87出品No.87)
オノサト・トシノブ
「A.S.-21」
1986年
リトグラフ
Image size: 35.0x42.0cm
Ed.70 サインあり
※レゾネNo.208


88出品No.88)
オノサト・トシノブ
「A.S.-27」
1987年
シルクスクリーン
Image size: 30.0x30.0cm
Ed.80 版上サインあり
※レゾネNo.214


89出品No.89)
オノサト・トシノブ
「A.S.-31」
1989年
シルクスクリーン
Image size: 22.0x27.7cm
Ed.60 版上サインあり
※レゾネNo.218


90出品No.90)
オノサト・トシノブ
「A.S.-32」
1989年
シルクスクリーン
Image size: 22.0x27.5cm
Ed.80 版上サインあり
※レゾネNo.219


91出品No.91)
オノサト・トシノブ
「蔵書票(赤)」
Image size: 9.8x7.0cm
サインあり


92出品No.92)
オノサト・トシノブ
「蔵書票(黄)」
Image size: 9.8x7.0cm
サインあり

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

えー、ここまで辛抱強くお読み(ご覧)いただき恐縮です。
92点を用意したのはいいのですが、まだ展示の準備はしておりません。多分前日の24日にどたばたやることになると思うのですが・・・・
それまでに間違って来廊された皆さんは画廊の惨状に驚きあきれることでしょう、毎度のことながらお許しください。

◆ときの忘れものは2015年7月25日[土]―8月8日[土]「オノサト・トシノブ展―初期具象から晩年まで」を開催します(*会期中無休)。
onosato_DM6001934年の長崎風景をはじめとする戦前戦後の具象作品から、1950年代のベタ丸を経て晩年までの油彩、水彩、版画をご覧いただき、オノサト・トシノブ(1912〜1986)の表現の変遷をたどります。
会場が狭いので実際に展示するのは20数点ですが、作品はシートを含め92点を用意したのでお声をかけてくれればば全作品をご覧にいれます。
全92点のリストはホームページに掲載しました。
価格リストをご希望の方は、「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してメールにてお申し込みください。
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから

●作家と作品については亭主の駄文「オノサト・トシノブの世界」をお読みください。

客を怒らせてしまった

関東は梅雨明けとなり、暑い日が続きますが、ときの忘れものでは7月25日(土)〜8月8日(土)の会期で「オノサト・トシノブ展 初期具象から晩年まで」開催します。

onosato_oil
オノサト・トシノブ
「二つの丸 黒と赤」
1958年
油彩・キャンバス
16.2×23.2cm Signed

15
オノサト・トシノブ
「64-B」
1964年
リトグラフ
17.0x25.0cm
Ed.120 Signed

16
オノサト・トシノブ
「Silk-2」
1966年
シルクスクリーン
32.0x40.0cm
Ed.120 Signed
※レゾネNo.20


6月に開催した元永定正展と同様、随分と久しぶりになります。
前回のオノサト・トシノブ展は、2000年9月でしたから15年ぶりですね。

その間、オノサト作品を扱わなかったかというとそんなことは全くなく油彩、水彩、版画など、むしろ看板の瑛九以上にたくさん販売してきました。
そもそも亭主が美術界に入り現代版画センターを設立したとき、ご指導いただいた久保貞次郎先生はじめ小コレクター運動を展開していた方々が熱心に推していた現存作家はオノサト・トシノブ先生と靉嘔先生でした。
オノサト先生とほぼ同じ歳の瑛九は既に亡くなっていて亭主は会っていません。
亭主が生まれて初めて接し仕事をした「作家」はオノサト・トシノブ先生、靉嘔先生、そして現代版画センターのロゴマークを提供してくれた吉原英雄先生たちでした。
この三人の先生には美術のイロハ、版画の基本的な考え方を教わりました。

現代版画センターが発表した第一号の作品は靉嘔先生の「I love you」(1974年 シルクスクリーン Ed.11,111)という世界最大のエディションでしたが、同時に会員(現代版画センターは全国の会員たちによる共同版元を理念としてスタートしました)に贈る初年度のプレミアム作品はオノサト・トシノブ先生の10cm角の小品でした。
創立して間もない時期は、当然ながら自前のエディション作品はほとんどなく、各地で開催した展覧会「現代版画への招待展」の出品作品は、ほぼ全てが久保先生や小コレクター運動の尾崎正教先生たちから提供されたものでした。
中でもオノサト・トシノブ先生の版画作品が圧倒的に多かった。
当時(1974年)既に100種類近い版画作品をオノサト先生は制作されていましたが、各30部づつ計3,000点を買い取り、最初のコレクションとしました。
ですから、オノサト作品は売るほどありました。
onosato_DM600

今回15年ぶりにオノサト展を開催するにあたっては、1934年の長崎風景をはじめとする戦前戦後の具象作品から、1950年代のベタ丸を経て晩年までの油彩、水彩、版画まで92点を用意しました。
狭い展示スペースに飾れっこないのに、なぜ92点も用意したかといいますと、数年前にあるお客様との間におこった苦いやりとりが亭主の胸にずっと残っていたからです。

上にくどくどしく書いたとおり、オノサト作品は「ときの忘れもの」にとってもコレクションの多数を占めており、いくらでも点数はあるのですが、あり過ぎるというのも考えもので、あまり多いと整理が追いつかず問い合わせや注文があっても直ぐに対応できない。

あるときメールで「オノサトの●●●はありますか」という問い合わせがありました。
それに対して当方から「あるはずですが倉庫の整理がつかず確認できません、見つかり次第お知らせします」とお答えしたのですが、その後も整理が進まず、そのお客様へのご案内もせずに時間がたってしまいました。
その一年後くらいでしたか、同じ方から再び「オノサトの●●●はありますか」という問い合わせがあり、こちらもうっかりしていて同じ方からだと気付かず、「あるはずですが倉庫の整理がつかず確認できません、見つかり次第お知らせします」とやってしまいました。お客様はかんかんで「あるあるといって実はないのだろう、今後一切おたくとは取引しない」という苦い結末になってしまいました。

とはいえ、毎月の企画、アートフェアへの出展、次から次へと入ってくる新たなコレクションの仕分けなどなど、日々の作業に追われるスタッフたちに迷路の如き倉庫に分け入り「昔のコレクションを整理せよ」と命じてもなかなか難しい。
15年ぶりにオノサト展を開催することによって、倉庫の整理作業を一挙に進め、とりあえず版画を中心に92点をピックアップしました。

会場が狭いので実際に展示するのは20数点ですが、お声をかけてくれればば全作品をご覧にいれます。
全92点のリストは本日21日夕方までにはホームページに掲載予定です
価格リストをご希望の方は、「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してメールにてお申し込みください。
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから

●作家と作品については亭主の駄文「オノサト・トシノブの世界」をお読みください。
tokinowasuremono
緑豊かな青山のギャラリー&編集事務所「ときの忘れもの」は建築家をはじめ近現代の作家の写真、版画、油彩、ドローイング等を扱い、毎月企画展を開催しています。またオリジナル版画のエディション、美術書・画集・図録等の編集も行なっています。
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