ギャラリー  ときの忘れもの

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カテゴリ: 小林紀晴のエッセイ

小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」最終回

小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」 最終回 Ochiai 川面にカメラを向ける。 そのたびに、東京が巨大な扇状地であることに気がつく。 善福寺川、妙正寺川、神田川、石神井川、 いずれも伏流水が湧き水として 地表にでたところから、唐突に川が始まる。 けっ …
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小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」第11回

小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」 第11回 Higashi-Nakano 都市は何をもって都市と呼ぶのか。 東京の街を、ささやかな植物の影を追いながら、そんなことを考える。 では、植物は都市の一部か。 一部だとしたら、どこまでをそう呼ぶのか。 境界は確実にあ …
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小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」第10回

小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」 第10回 Ningyocho 実像と虚像。 ニセモノがホンモノより真実を語ることは十分にある。 ニセモノはよりホンモノを真似ようとする。 いやそれ以前に、写真は像を結んだ瞬間から、 ホンモノではなくなる宿命を担わされて …
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小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」第9回

小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」 第9回 Edogawabashi 動くこともできず、 じっとしていることに不満はないのか? ふと訊ねたくなる瞬間がある。 もの言わぬ植物。 置かれた場所で咲きなさい。 そんな言葉もあるけれど、 必ずしもすべて咲けるわけでは …
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小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」第8回

小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」 第8回 Omiya Hachiman 夕暮れ時、ふと、リスを見つけた。 壁のなかから外を覗いている。 「きみは、いつからここにいるの?」 話しかけてみたくなる。 振り向けば、鳥かごの上に小さな鳥が一羽。 じっとしている。 し …
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小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」第7回

小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」 第7回 Nishi shinjuku 明治時代の地図を見れば、この辺りは沼地だったようだ。 三方をコンクリートに囲まれ、当時の面影はほぼ残っていないはずだ。 それでも水は忘れない。 高いところから、低い方へ流れ続けることを …
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小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」第6回

小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」 第6回 Eifukucho 抑制とか湾曲、そんな言葉が浮かぶ。 通り沿いに見つけたタリーズでコーヒーを買って、 信号待ちしながら、考える。 小春日。 自然を抑える力。それは暴力的でありながら、牧歌的でもある。 植物自身 …
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小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」第5回

小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」第5回 古い民家の壁を背景に咲くアロエ。 アロエは都市の路上によく似合う。 多肉植物ゆえか。 コンクリートの続きのように感じられるからか。 縦位置で撮影したものを印画紙にプリントして、 テーブルの上に横にして置 …
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小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」 第4回

小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」第4回 山形の友人から果実が届いた。 私はその表面を、日々、指で優しく押す。食べごろを計るためだ。同封されていた紙には「耳たぶほどの柔らかさになったら食べごろ」と記されていた。 私は片手を耳たぶへ、反対側の指 …
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小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」 第3回

新連載・小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」 第3回 Yoyogikoen 日本の庭は自然を模す。 あるいは、再現する。 だから滝は滝として存在し、水は落ち、流れる。 あるいは自然をデフォルメする。 枯山水もそのひとつだろう。 おおよそ自然に逆らうことがな …
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