蔦谷典子のエッセイ

蔦谷典子のエッセイ「奈良原一高≪肖像の風景≫」

奈良原一高≪肖像の風景≫

蔦谷典子(島根県立美術館主席学芸員)


 表参道「ハナヱ・モリビル」のショーウインドウのなかで、マヌカンとともにポーズをとる颯爽とした女性。国際的に活躍するファッション・デザイナー森英恵(1926-)その人である。
057_奈良原一高≪森英恵 ファッション・デザイナー <肖像の風景>より≫1985年

この作品は、写真家・奈良原一高(1931-)の≪肖像の風景≫(1985)のなかの1点。日本を代表する各界のリーダー30人を紹介する連載「ザ・リーダー」が、月刊誌「新潮45+」の創刊号から始まり、奈良原はそのグラビア撮影を新潮社より依頼された。それまで肖像写真をほとんど撮らなかった奈良原は、当初より写真集として纏めようと企図した。そして完成したのが『肖像の風景』である。
奈良原一高は、自らのコンセプトをもとに、入念に作品を仕上げていく写真家である。戦後日本の写真を大きく転換させた初個展「人間の土地」(1956)、日本写真批評家協会新人賞を獲得した「王国」(1958)、続くヨーロッパ、アメリカを舞台とした『ヨーロッパ・静止した時間』(1967)、『消滅した時間』(1975)などいずれも同様であり、人間の築き上げた「文明の光景」を独自の視点で捉えてきた。このシリーズも、戦後日本を牽引してきたリーダーの功績を象徴する光景のなかに、肖像の主を置いて一体化させている。肖像写真の枠を大きく超えた、現実でありながら現実を超えるシュールな感覚が横溢している。
直径45mの電子望遠鏡を開発した天文学者・赤羽賢司(1926-2015)は、広い観測所のかなたにある巨大望遠鏡を、錯視の効果で帽子のように頭上に乗せる。江川事件の後のプロ野球界を粛正したコミッショナー・下田武三(1907-1995)は、原辰徳・中畑清・駒田徳広・江川卓ら選手を前に訓示を垂れる威厳に満ちた堂々たる背中で登場する。
傑出した個性に対峙しながら、奈良原は極めてクールな眼差しで捉えている。この透徹した眼差しはどこから来るのだろうか。奈良原は松江高校卒業後、検事であった父の希望通り法学の道へ進む。しかしその後、前衛美術へ、さらに写真の道へと歩むこととなる。司法には客観性をもって人間を見る神のごとき眼が必要となる。このシリーズにも、その透徹した眼差しが投影されているように思われる。
 ≪肖像の風景≫は1985年に展示されて以来33年ぶりの展観となる。作家よりシリーズ全161点を島根県立美術館へご寄贈いただき、そのお披露目の展覧会を現在開催している。会場では、「日本の力」「人を組む」「愛の物語」という3つの視点で紹介している。今回メインイメージとした森英恵の作品を中心にみていきたい。

●日本の力
「ザ・リーダー」の30人は、まさに戦後の日本を牽引してきた「日本の力」である。森英恵もそのひとり。森は、島根県六日市町(現・吉賀町)に生まれ、東京女子大学を卒業した後、結婚する。家族や自分の服を作るために洋裁を習い始め、1951年に新宿で伝説の洋装店「ひよしや」を開店する。やがて当時の映画「太陽の季節」「狂った果実」などの衣裳を手掛けるようになり評判を呼んだ。さらに森の活躍は国際的な広がりをもっていく。
ニューヨークで日本の衣類が粗悪なものとして扱われているのに憤り、洗練された着物の伝統美を新鮮な感覚で展開して、アメリカ進出を図った。1965年にニューヨークで開催したショーは「EAST MEETS WEST」と絶賛された。その後1977年、パリで東洋人初のクチュリエとしてオートクチュールのメゾンを開くこととなる。幼い頃眼にした紋白蝶は、世界を席巻する蝶のマークとなり「マダム・バタフライ」の快進撃は続いた。
≪肖像の風景≫は、戦後「日本の力」として各々の領域で目覚ましい活躍を遂げたリーダーたちの競演でもある。1949年、ロサンジェルスで開催された戦後初の国際大会で、驚異的な世界新記録を打ち立て「フジヤマのトビウオ」の異名をとり、日本中を熱狂させた古橋広之進(1928-2009)。脳卒中ネズミを選択交配によって生み出し、当時死亡率の最も高かった脳卒中の原因究明を果たした家森幸男(1937-)。強靭な個性をもった多彩な人々のエネルギーに満ちている。

●人を組む
 肖像写真には、肖像の主の傑出した個性と、写真を撮る奈良原の視点というふたりの存在が写りこむ。肖像写真それ自体が、コラボレーションともいえよう。
森英恵とは、初めて出会った1959年以来、様々な形で共同制作が続いている。奈良原がファッション写真を手掛けるようになったとき、ファッションを撮るならまず洋裁の仕方を勉強したいと森に弟子入りを志願する。森は、写真を撮るならよく見ているだけでよいのではと助言しつつ、物事を原点から見つめようとする奈良原の姿勢が脳裏に刻まれた。奈良原も、多忙な日々のなかでも常に自然体な森英恵のポートレイトを、当時としては例外的に写している。その後、ファッション写真やカレンダーの共同制作などが展開していく。1969年、森英恵の海外進出に際して、プロモーション・フィルム「ザ・ワールド・オブ・ハナヱ・モリ」を撮影することになり、奈良原はこの映画の共同監督を務める。そして、≪肖像の風景≫で再び会合した。
法隆寺の棟梁として知られる西岡常一(1908-1995)もリーダーのひとりである。棟梁の仕事を「木のくせを見抜いて、木を組む」「木を組むには、人の心を組め」と言い表した。千年を経て育った檜は千年もつ。伐採した木を見るのではなく、どのような土壌で育ったか、根を張りやすい柔らかな土壌か、風にあらがって育った木か。そして、建築はひとりではできない。宮大工が集まって、同じ気持ちにならないと完成しない。人の心を組むのもまた棟梁の仕事である。この棟梁の真摯な人柄に奈良原は感銘を受ける。
こうして奈良原は、様々な人々との出会い、また撮影という共同作業を楽しみながら、作品に向かっている。

●愛の物語
 ≪肖像の風景≫のなかの森英恵の写真は5点。世界の名だたるデザイナーたちと並んだ張りつめた表情、無心に仮縫いをする横顔、愛用の鋏やトワールまたヒールをオブジェのように逆光で捉えたもの。そしてもうひとつには、おしどり夫婦でしられる夫君・賢氏と仲睦まじく散歩する笑顔の森が映し出されている。
 森英恵の活躍を支えたのが、亡夫・森賢氏である。スタジオの経営を担い、二人三脚で旺盛な活動を展開していった。森英恵のエッセイには、多忙な日々の様子も綴られているが、何よりも、みずみずしい感覚でしなやかに生きる女性の姿が垣間見える。
 ふたりの子どもが小さいときは、どんなに忙しくても、朝食は家族で、パンとジャム、コーヒーにサラダ。そして子どもたちが成長すると、お昼用のおにぎりを「夫が三個、私が二個、息子は四個」とそれぞれもって出かけた。その妻としての、母としての森の慈しみ溢れる表情がこの写真には表現されている。
 30人のリーダーのなかには、日本初の肢体不自由児のための施設「ねむの木学園」を創設した女優・宮城まり子の姿もある。撮影に来た奈良原たちに喜んでもらおうと、猫の劇で迎えた。その愛情溢れる人柄は、子供たちをひきつけてやまない。宮城が来ると、今日はどの部屋で泊まるのか、子供たちの質問攻めとなる。「まり子さん、たくさんいるといいな」そうタイトルを付けて8人の宮城を描いた園児の絵は、子供たちの思いを代弁している。
 パリ日本人会会長・小島亮一(1902-1992)。奈良原が最も共感を感じたひとりである。小島は数奇な運命を辿っている。関東大震災で両親を失い、単身ヨーロッパに渡った。フランス人の妻と結婚するが、戦争が始まる。それでも日本に帰国することなく、生涯妻と過ごした。社会情勢は変わっても、真の個性で結びついた人と人とのつながりは変わることがない。その妻が亡くなった直後に、奈良原は訪ねている。いつも妻と散歩した公園をひとり歩く小島の後ろ姿は、淋しさが溢れていた。
 こうして、≪肖像の風景≫のシリーズは、ひとりの人間としてのリーダーたちの素顔も捉えている。そしてここには、奈良原自身の素顔も見受けられる。奈良原の父・義男は、このシリーズにも登場する最高検察庁が最後の職場となった。この作品群を撮影している頃、母が亡くなり、介護の必要な父親を奈良原は引き取っている。子どもの頃、仕事に追われともに過ごす時間が十分なかった父。その父との時間は、神様からの贈り物だと奈良原は感謝し記している。そして、この≪肖像の風景≫をかつてリーダーのひとりだった「父に贈る」と結んだ。
≪肖像の風景≫を味わう楽しさは、この奈良原の優しさに支えられている。

002_≪赤羽賢司 天文学者 <肖像の風景>より≫1985年


つたたに のりこ


●お知らせ
幻のフィルム上映

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1969年、森英恵の海外進出に際して、プロモーション・フィルム「ザ・ワールド・オブ・ハナヱ・モリ」が、映画監督・成島東一郎、グラフィック・デザイナー田中一光、写真家・奈良原一高の共同監督で制作された。日本の伝統美から現代の美を生み出していく斬新な映像が繰り広げられる。杉木立、岩清水、四季折々の自然の美しさに感じて、色や形を創り上げていく日本人の感性の豊かさ、日本の伝統的な染めや織の技術、さらに都市化していく街のダイナミズム、建設中の大阪万博会場も舞台とするこのフィルムには、日本人としての誇りが、近未来的な映像となって展開している。
半世紀の間上映されることのなかったこの幻のフィルムを、奈良原は大切に保管していた。2015年「森英恵」展会場内で一度だけ上映されたが、今回は「肖像の風景」展にあわせて、ホールの大画面での半世紀ぶりの上映となる。

【美術館キネマ 特別映像作品上映】
・奈良原一高・田中一光・成島東一郎の共同監督
・映画「ザ・ワールド・オブ・ハナヱ・モリ」1969年
・鑑賞無料
日時:2018年4月15日(日)    
10:30〜 11:30〜 13:00〜 14:00〜 15:00〜
(各回30分前開場:約20分)
会場:島根県立美術館ホール


●展覧会のご紹介
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「受贈記念 奈良原一高・肖像の風景」
会期:2018年1月25日[〜5月7日
会場:島根県立美術館
時間:10:00〜日没後30分(入場は日没まで)
休館:火曜

第1会場(島根県立美術館4室):
島根県立美術館ではこの度、日本を代表する写真家・奈良原一高(1931-)の《肖像の風景》シリーズ全161点を、作家より一括してご寄贈いただきました。松江高校の卒業生である奈良原がはじめて肖像写真に取り組んだこのシリーズは、時代を担う各界のリーダーを、新鮮な感覚で捉えています。雑誌「新潮45+」の連載「ザ・リーダー」のグラビアとして撮影され、当初より写真集として纏めることを目的として制作されました。日本の頂点に立つ人々に対峙しながら、肖像写真の枠を超えた、奈良原一高の鋭敏な感性あふれる作品群となっています。
◆ギャラリートーク:4月22日(日)14:00〜

第2会場(島根県立美術館5室):
1949年、戦後初の国際大会、ロサンゼルスで開催された全米水泳選手権で、日本の古橋広之進が、超人的な世界新記録で優勝し、「フジヤマの飛び魚」と絶賛されました。敗戦に打ちひしがれた日本の人々の心に、明日への希望をもたらした快挙でした。 その後、病のため1952年のオリンピックではメダルを獲得できなかった古橋は、以後オリンピック選手の育成に励みました。
美術・音楽・スポーツ・科学、等々各界のリーダーたち30人による≪肖像の風景≫をお楽しみください。
島根県立美術館HPより転載)


●本日のお勧め作品は、奈良原一高です。
20150201_narahara_15_wthv1写真集〈消滅した時間〉より
《人工湖の見えるプールサイド、ユタ》
1971年 (Printed 1975)
ゼラチンシルバープリント
Image size: 33.0x48.0cm
Sheet size: 40.6x50.8cm
サインあり

*ときの忘れものでは、奈良原一高の「王国」「消滅した時間」シリーズのヴィンテージ・プリントを扱っています。
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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蔦谷典子〜奈良原一高 文集『太陽の肖像』

奈良原一高 文集『太陽の肖像』

蔦谷典子(島根県立美術館主席学芸員)


 写真家・奈良原一高による文集『太陽の肖像』が刊行された。優れた文筆家としても知られる奈良原の「初」の文集ということを意外に思われる人もあるだろう。文章の編者を務めさせていただいたこの文集のできるまでを、その一端ではあるがご紹介したい。

 奈良原一高の研究を始めたのは、1995年4月、島根県立美術館の準備室が出来た時だ。写真部門の重点作家として、作品の収集と展覧会の準備を開始した。まずは、基礎研究。写真集は無論のこと、関連する写真雑誌を収集した。戦後の写真雑誌は種類も多く、短命に終わったものも少なくない。奈良原関係の記事を集め、本人のエッセイや作品解説などの自筆文章はデータ化していった。雑誌の頁を繰りながら、初個展「人間の土地」での奈良原の衝撃的な登場、「10人の眼」から「VIVO」へという、新世代の写真家たちが結集し写真の世界を塗り替えていく熱い渦、そしてヨーロッパで三年間過ごし、その便りとして届く清新な写真群、日本に帰国した5年間、さらにアメリカへと移住した4年間の新たな展開・・・と作品を発表した時代が立ち上がり、生き生きと蘇ってくる。それらの調査研究の成果を纏め、「手のなかの空―奈良原一高1954-2004」展を企画・開催したのは2010年。準備開始から15年も経ってしまった。展覧会カタログや会場の作品解説にも、雑誌・写真集から作家自身の文章をできるだけ紹介した。それだけ重要性を感じたからだ。

 奈良原一高は、遭遇した自らの感性に響く魅惑的な世界を、好奇心あふれる眼差しで見出し、その魅力に惹き込まれ、感得した世界を咀嚼しながらコンセプトを練り上げていく。写真を撮りながらさらに練り直し、構成を考えながら再び熟考する。「人間の土地」も、海に囲まれた人工島・端島、通称・軍艦島と、熔岩に埋もれる火山島・桜島の黒神村、という隔絶された土地に生きる人々に感動し、ふたつの土地を対比させ、「生きる」ことの意味を浮き彫りにする、というコンセプトから展開している。続く「王国」も、北海道当別の男子修道院と、和歌山の女子刑務所を対比させ、心理的にも閉ざされた極限状況まで踏み込んで、周到に構成していく。サン=テグジュペリの『人間の土地』、アルベール・カミュの『追放と王国』を念頭に置きながら、自らの表現しようとする構想を、入念に考察し深める。奈良原の文章には、その思索が見事に記されている。さらに、戦後の日本の写真を変貌させるほどの力をもった写真そのものはいうまでもなく、それを語る文章も実に秀逸である。それは、戦後日本の写真を牽引した写真家の歴史的な証言という枠組みをはるかに超えた豊かさをもつ。

 今回の著作集の「序にかえて」には、今にいたるまで最も優れた奈良原一高論と筆者の考える福島辰夫氏の「青白い火花 奈良原一高」を引用させていただいた。

「ぼくは、こんなに、自分の『青の時代』をしずかに見つめながら、彼のことばを借りれば、青白い火花のように生きている人に出会ったことがない。現代の孤独の、そのまんなかに身をよせて、ひたすらに生きている男を見たことがない。」

 戦後世界中で立ち上がる新たな芸術の世界に全身で立ち向かい、自らのスタートを切った奈良原一高の真摯な姿勢をいきいきと伝えてくれる。

 ヨーロッパを抱きしめるように、写真の詩で綴った『ヨーロッパ・静止した時間』。そこにはヨーロッパの悠久の時と、その中で繰り返される人間の生と死が溶け合っている。幼い頃から憧れたスペイン、とりわけ夢中になった闘牛への情熱がほとばしる『スペイン・偉大なる午後』。「生の衝撃(ルビ:ライフ・インパルス)」という言葉に象徴される生と死の交わる瞬間が、緊迫した文章で綴られる。予期せず写真家となって多忙な日々を過ごしていた日本を離れ、存分に思索を巡らすことのできる異国で、奈良原は自らの世界を広げ深めていった。
 その後も、アメリカ、ヴェネツィアとその場を移しながら、文明の光景をみずみずしい感性で捉えていく。こうした作家の主軸となる重要作が生み出されるその時々に綴った文章を、この文集では核としている。写真家50年の歩みを奈良原自身の語りで凝縮している。さらに、奈良原一高というひとりの人間としての魅力あふれる自伝的文章も加えた。誕生から青年期までを綴った「もうひとつの僕にいたるまで」、写真という存在が印刷に付すものからプリントそのものを対象とする時代に変わる大きな節目に出会った「ダイアン・アーバスと僕(ルビ:イッコー)」。VIVOの仲間・東松照明を語ったユーモアあふれる一編などである。

 2010年夏、「手のなかの空―奈良原一高1954-2004」展を見に来てくださったデザイナーの勝井三雄氏より、著作集の話が切り出された。奈良原恵子夫人と奈良原アーカイヴズの新美虎夫氏の全面協力で準備がスタートした。ほぼ構成はできたが、出版社が決まらず困っていたところ、白水社が希望してくださり、この春出版となった。雑誌等の頁に様々な字体で、縦横・大小もばらばらに掲載されていた文章が、勝井三雄氏の美しいデザインで一冊の本にまとまると、その文章も光の粒が零れ落ちるような光彩に包まれる。
奈良原一高の澄んだ眼差しは、時代を超えて、親しみを込めて、読者に語りかける。眼の前に広がる世界をその透徹した眼差しで見通し、明晰な思考の網目のなかで構築し、それを実に平易で優しく清らかな言葉で紡ぎだす。さらさらと流れる小川のように心地良く、しなやかでありながら強さを秘めた風のように、生きる勇気と豊かさを与えてくれる。
つたたに のりこ

■蔦谷典子(つたたにのりこ)
1960年鳥取県に生まれる。現在、島根県立美術館主席学芸員。西洋近代美術史、写真史。前任の米子市美術館では、「芸術写真の時代―米子写友会回顧展」(1990)「植田正治とその仲間たち」(1992)などを開催。島根県立美術館では、開館記念展「水の物語」(1999)、開館10周年記念展「フランス絵画の19世紀」(2009)、開館15周年記念「水辺のアルカディア ピュヴィス・ド・シャヴァンヌの神話世界」(2014)などを担当。写真展は「光の狩人―森山大道1965-2003」(2003)、「手のなかの空―奈良原一高1954-2004」(2010)などを企画。2014年日本写真協会学芸賞受賞、2015年西洋美術振興財団学術賞受賞。

●書籍のご紹介
20160527奈良原一高 文集『太陽の肖像』
2016年
白水社 発行
381ページ
21.7x15.6cm
編者:蔦谷典子、勝井三雄
価格:3,400円+税


戦後を代表する写真家、初のエッセイ集。
代表写真45点を収録した決定版。
「心の中にある太陽を信じている」
13歳で敗戦を迎え、〈人間の土地〉でデビューするまでの自叙伝をはじめ、巨視的な視点で人間存在を見つめた半世紀に及ぶ思考の軌跡。(本書帯より)

目次(抄):
・序にかえて 青白い火花 奈良原一高/福島辰夫
・第一章 廃墟からの旅立ち
 I 無国籍地
 II 人間の土地
 III 王国
・第二章 もうひとつの僕にいたるまで
 自叙伝
 写真に触れた頃
 東松照明の「ヨネ的感覚」
・第三章
 I ヨーロッパ・静止した時間
 II スペイン・偉大なる午後
・第四章 ジャパネスク
 I 今様日本語り
 II 日本圖譜
・第五章 Ikko's AMERICA
 ダイアン・アーバスと僕(イッコー)―一九七一年のノート
 ロック・フェスティバル―生きる歓び Celebration of Life
・第六章 時空の翼
 I 消滅した時間
 II 華麗なる闇
・第七章 身体という宇宙
 I 空
 II 円
 III 天
 IV Tokyo's the 50's
 V ポケット東京
・あとがきにかえて ふたすじの蒼い風/勝井三雄
-------------------------
島根美蔦谷典子さん
2014年11月「瀧口修造展 III 瀧口修造とマルセル・デュシャン」展にて、
島根県立美術館の蔦谷典子さんと亭主

●今日のお勧め作品は、奈良原一高です。
20160527_narahara_06_gos1奈良原一高
写真集〈王国〉より《沈黙の園》(1)
1958年 (Printed 1998)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:47.6×31.3cm
シートサイズ:50.8×40.6cm


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