奈良原一高 文集『太陽の肖像』

蔦谷典子(島根県立美術館主席学芸員)


 写真家・奈良原一高による文集『太陽の肖像』が刊行された。優れた文筆家としても知られる奈良原の「初」の文集ということを意外に思われる人もあるだろう。文章の編者を務めさせていただいたこの文集のできるまでを、その一端ではあるがご紹介したい。

 奈良原一高の研究を始めたのは、1995年4月、島根県立美術館の準備室が出来た時だ。写真部門の重点作家として、作品の収集と展覧会の準備を開始した。まずは、基礎研究。写真集は無論のこと、関連する写真雑誌を収集した。戦後の写真雑誌は種類も多く、短命に終わったものも少なくない。奈良原関係の記事を集め、本人のエッセイや作品解説などの自筆文章はデータ化していった。雑誌の頁を繰りながら、初個展「人間の土地」での奈良原の衝撃的な登場、「10人の眼」から「VIVO」へという、新世代の写真家たちが結集し写真の世界を塗り替えていく熱い渦、そしてヨーロッパで三年間過ごし、その便りとして届く清新な写真群、日本に帰国した5年間、さらにアメリカへと移住した4年間の新たな展開・・・と作品を発表した時代が立ち上がり、生き生きと蘇ってくる。それらの調査研究の成果を纏め、「手のなかの空―奈良原一高1954-2004」展を企画・開催したのは2010年。準備開始から15年も経ってしまった。展覧会カタログや会場の作品解説にも、雑誌・写真集から作家自身の文章をできるだけ紹介した。それだけ重要性を感じたからだ。

 奈良原一高は、遭遇した自らの感性に響く魅惑的な世界を、好奇心あふれる眼差しで見出し、その魅力に惹き込まれ、感得した世界を咀嚼しながらコンセプトを練り上げていく。写真を撮りながらさらに練り直し、構成を考えながら再び熟考する。「人間の土地」も、海に囲まれた人工島・端島、通称・軍艦島と、熔岩に埋もれる火山島・桜島の黒神村、という隔絶された土地に生きる人々に感動し、ふたつの土地を対比させ、「生きる」ことの意味を浮き彫りにする、というコンセプトから展開している。続く「王国」も、北海道当別の男子修道院と、和歌山の女子刑務所を対比させ、心理的にも閉ざされた極限状況まで踏み込んで、周到に構成していく。サン=テグジュペリの『人間の土地』、アルベール・カミュの『追放と王国』を念頭に置きながら、自らの表現しようとする構想を、入念に考察し深める。奈良原の文章には、その思索が見事に記されている。さらに、戦後の日本の写真を変貌させるほどの力をもった写真そのものはいうまでもなく、それを語る文章も実に秀逸である。それは、戦後日本の写真を牽引した写真家の歴史的な証言という枠組みをはるかに超えた豊かさをもつ。

 今回の著作集の「序にかえて」には、今にいたるまで最も優れた奈良原一高論と筆者の考える福島辰夫氏の「青白い火花 奈良原一高」を引用させていただいた。

「ぼくは、こんなに、自分の『青の時代』をしずかに見つめながら、彼のことばを借りれば、青白い火花のように生きている人に出会ったことがない。現代の孤独の、そのまんなかに身をよせて、ひたすらに生きている男を見たことがない。」

 戦後世界中で立ち上がる新たな芸術の世界に全身で立ち向かい、自らのスタートを切った奈良原一高の真摯な姿勢をいきいきと伝えてくれる。

 ヨーロッパを抱きしめるように、写真の詩で綴った『ヨーロッパ・静止した時間』。そこにはヨーロッパの悠久の時と、その中で繰り返される人間の生と死が溶け合っている。幼い頃から憧れたスペイン、とりわけ夢中になった闘牛への情熱がほとばしる『スペイン・偉大なる午後』。「生の衝撃(ルビ:ライフ・インパルス)」という言葉に象徴される生と死の交わる瞬間が、緊迫した文章で綴られる。予期せず写真家となって多忙な日々を過ごしていた日本を離れ、存分に思索を巡らすことのできる異国で、奈良原は自らの世界を広げ深めていった。
 その後も、アメリカ、ヴェネツィアとその場を移しながら、文明の光景をみずみずしい感性で捉えていく。こうした作家の主軸となる重要作が生み出されるその時々に綴った文章を、この文集では核としている。写真家50年の歩みを奈良原自身の語りで凝縮している。さらに、奈良原一高というひとりの人間としての魅力あふれる自伝的文章も加えた。誕生から青年期までを綴った「もうひとつの僕にいたるまで」、写真という存在が印刷に付すものからプリントそのものを対象とする時代に変わる大きな節目に出会った「ダイアン・アーバスと僕(ルビ:イッコー)」。VIVOの仲間・東松照明を語ったユーモアあふれる一編などである。

 2010年夏、「手のなかの空―奈良原一高1954-2004」展を見に来てくださったデザイナーの勝井三雄氏より、著作集の話が切り出された。奈良原恵子夫人と奈良原アーカイヴズの新美虎夫氏の全面協力で準備がスタートした。ほぼ構成はできたが、出版社が決まらず困っていたところ、白水社が希望してくださり、この春出版となった。雑誌等の頁に様々な字体で、縦横・大小もばらばらに掲載されていた文章が、勝井三雄氏の美しいデザインで一冊の本にまとまると、その文章も光の粒が零れ落ちるような光彩に包まれる。
奈良原一高の澄んだ眼差しは、時代を超えて、親しみを込めて、読者に語りかける。眼の前に広がる世界をその透徹した眼差しで見通し、明晰な思考の網目のなかで構築し、それを実に平易で優しく清らかな言葉で紡ぎだす。さらさらと流れる小川のように心地良く、しなやかでありながら強さを秘めた風のように、生きる勇気と豊かさを与えてくれる。
つたたに のりこ

■蔦谷典子(つたたにのりこ)
1960年鳥取県に生まれる。現在、島根県立美術館主席学芸員。西洋近代美術史、写真史。前任の米子市美術館では、「芸術写真の時代―米子写友会回顧展」(1990)「植田正治とその仲間たち」(1992)などを開催。島根県立美術館では、開館記念展「水の物語」(1999)、開館10周年記念展「フランス絵画の19世紀」(2009)、開館15周年記念「水辺のアルカディア ピュヴィス・ド・シャヴァンヌの神話世界」(2014)などを担当。写真展は「光の狩人―森山大道1965-2003」(2003)、「手のなかの空―奈良原一高1954-2004」(2010)などを企画。2014年日本写真協会学芸賞受賞、2015年西洋美術振興財団学術賞受賞。

●書籍のご紹介
20160527奈良原一高 文集『太陽の肖像』
2016年
白水社 発行
381ページ
21.7x15.6cm
編者:蔦谷典子、勝井三雄
価格:3,400円+税


戦後を代表する写真家、初のエッセイ集。
代表写真45点を収録した決定版。
「心の中にある太陽を信じている」
13歳で敗戦を迎え、〈人間の土地〉でデビューするまでの自叙伝をはじめ、巨視的な視点で人間存在を見つめた半世紀に及ぶ思考の軌跡。(本書帯より)

目次(抄):
・序にかえて 青白い火花 奈良原一高/福島辰夫
・第一章 廃墟からの旅立ち
 I 無国籍地
 II 人間の土地
 III 王国
・第二章 もうひとつの僕にいたるまで
 自叙伝
 写真に触れた頃
 東松照明の「ヨネ的感覚」
・第三章
 I ヨーロッパ・静止した時間
 II スペイン・偉大なる午後
・第四章 ジャパネスク
 I 今様日本語り
 II 日本圖譜
・第五章 Ikko's AMERICA
 ダイアン・アーバスと僕(イッコー)―一九七一年のノート
 ロック・フェスティバル―生きる歓び Celebration of Life
・第六章 時空の翼
 I 消滅した時間
 II 華麗なる闇
・第七章 身体という宇宙
 I 空
 II 円
 III 天
 IV Tokyo's the 50's
 V ポケット東京
・あとがきにかえて ふたすじの蒼い風/勝井三雄
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島根美蔦谷典子さん
2014年11月「瀧口修造展 III 瀧口修造とマルセル・デュシャン」展にて、
島根県立美術館の蔦谷典子さんと亭主

●今日のお勧め作品は、奈良原一高です。
20160527_narahara_06_gos1奈良原一高
写真集〈王国〉より《沈黙の園》(1)
1958年 (Printed 1998)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:47.6×31.3cm
シートサイズ:50.8×40.6cm


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