柳正彦のエッセイ

柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」第6回

柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」第6回

パート〜3
クリスト・アンド・ジャンヌ=クロードと本


 60年代末から80年代末までは、クリストとジャンヌ=クロードの本といえば、ニューヨークのエブラムス社が定番でした。その頃、現代美術に関する書籍といえばエブラムス社の出版物というのが常識でしたから、至極当然なことだったと思います。
 1970年の作品集に始まったクリスト・アンド・ジャンヌ=クロードとエブラムスとの関係は1990年に出版された「包まれたポン・ヌフ」の記録集で終わりました。それに代わって、プロジェクトの記録集の出版元となったのは、ドイツの新進出版社、タッシェンでした。
 コミック本のコレクターとして知られた青年、ベネディクト・タッシェンが1980年に創業したタッシェン社は、徐々に現代美術や建築関係の出版にも力をいれるようになり、90年代中頃までには、世界的に知られる存在になっていました。
 ちょうど同時期、クリストとジャンヌ=クロードは、1991年に茨城とカリフォルニアを結んで実現した「アンブレラ」の記録集に取りかかれない状況にありました。一つの理由は、「アンブレラ」が実現した直後から、ベルリンにある旧ドイツ帝国議会議事堂を包む「包まれたライヒスターク」の実現の可能性が高まり、多くの時間をベルリンでの交渉活動に費やすようになったからでした。さらに、1992年にスタートした、「オーバー・ザ・リバー」の実行地を探す大仕事もありました。それらに加えて、もう一つ大きな理由がありました。クリストとジャンヌ=クロードが望むような大冊の出版に、エブラムスが難色を示したからです。
 そこに登場したのがタッシェンでした。タッシェンで何冊かの本を出版し、また、ヨーロッパで幾つかのクリスト展を企画した美術史家のバルデ・シュバを通して、タッシェンからプロジェクト記録集の出版の申し出がきたのでした。タッシェンの希望は、もちろん、ベルリンを舞台にする「包まれたライヒスターク」の記録集の出版でした。それに対して、クリストとジャンヌ=クロードは、「アンブレラ」の記録集の出版を条件にしましたが、出版社側はそれをOKとしました。
 こうして、90年代前半にスタートした、タッシェンとの関係は、クリストとジャンヌ=クロードの出版活動に、さらなる一面を加えることになりました。
 プロジェクトが実現している、まさにその期間内に、小判の記録集を出版することです。このアイデアがアーティスト側、出版社側のどちらから出たかは残念ながら訊くチャンスがありませんでしたが、双方、そしてクリストファンにとっては、嬉しい企画でしょう。
 タッシェンによる最初の小判記録集は、「包まれたライヒスターク」のものでした。22×18僂里發里任垢、表紙が異なる2つのバリエーションがあります。一つは、プロジェクトに使われた布地をほぼ原寸大で印刷したもの、もう一つは実現したプロジェクトの写真が使われています。前者には、プロジェクトのスタートから、現地での工事作業が始まる頃までの記録写真やクリストが描いたドローイングが掲載されています。それに加えて、後者には1995年6月24日に完成した「包まれたライヒスターク」を様々なアングルでとらえた写真が十数ページに亘って掲載されています。
 後者が発行されたのは、プロジェクトが実現してから約一週間後、つまり2週間だけの限定展示であった「包まれたライヒスターク」が、まだ存在する時に販売が開始されたわけです。この僅かな時間で、増補部分を編集するために、クリストとジャンヌ=クロード、専属写真家のフォルツ、そしてタッシェンの編集者は、かなり綿密な準備をしていかことは想像に難くないでしょう。
 2つのバージョンの小版記録集は、その後も、2005年にニューヨークで実現した「ゲーツ」、そして一昨年にイタリアで実現した「フローティング・ピアーズ」の際にも刊行されました。どちらの場合も、タッシェン社の編集スタッフ数名が、現地に小さなオフィスを構え、プロジェクト実現と同時に編集活動が開始できる準備を整えていました。
 クリストとジャンヌ=クロードの作品以外にも、野外プロジェクトの記録集は数多く出版されていますが、たとえ増補という形であってもこれほどの短時間での出版は、余り例のないものでしょう。
ちなみに、「包まれたライヒスターク」も、「ゲーツ」も、そして「フローティング・ピアーズ」も、プロジェクトの実現から一年ほどの内に、大判の記録集も出版されています。
 クリストの最新作は、今年の6月にロンドンで完成した、大規模な屋外インスタレーション作品、「ロンドンのマスタバ」でした。この作品に関しての記録集は、特に出版されませんでしたが、同時期にサーペンタイン・ギャラリーで開催されたクリストとジャンヌ=クロードのドラム缶を使った仕事に的を絞った展覧会のカタログには、「ロンドンのマスタバ」の写真が多数掲載されています。先に紹介した小版の記録集のように完成から一週間とまではいきませんでしたが、3週間後には本が完成するように、やはりタッシェンの編集者、デザイナーがロンドンに入り、クリスト、専属写真家のフォルツと共に編集を行っていました。

 クリストとジャンヌ=クロードの本の仕事の紹介、今回で終わりにします。長々とおつきあいくださり、ありがとうございました。

 来月は、日本で出版された現代美術に関する出版物の中で、国際的に見てももっとも稀覯と思える展覧会カタログを紹介したいと思います。
やなぎ まさひこ

柳正彦 Masahiko YANAGI
東京都出身。大学卒業後、1981年よりニューヨーク在住。ニュー・スクール・フォー・ソシアル・リサーチ大学院修士課程終了。在学中より、美術・デザイン関係誌への執筆、展覧会企画、コーディネートを行う。1980年代中頃から、クリストとジャンヌ=クロードのスタッフとして「アンブレラ」「包まれたライヒスターク」「ゲート」「オーバー・ザ・リバー」「マスタバ」の準備、実現に深くかかわっている。また二人の日本での展覧会、講演会のコーディネート、メディア対応の窓口も勤めている。
2016年秋、水戸芸術館で開催された「クリストとジャンヌ=クロード アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984-91」も柳さんがスタッフとして尽力されました。

●柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」は毎月20日の更新です。

●今日のお勧め作品は、クリストです。
Christo_02クリスト CHRISTO
《包まれた木馬》
1963-2000
ドローイング、コラージュ
Image size: 20.3x20.3cm
Frame size: 35.2x35.2cm
Signed


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

一日だけの須賀敦子展
須賀敦子の旅路
会期:2018年11月22日(木)11時〜19時
会場:ときの忘れもの(入場無料)
主催:BOOKS青いカバ
出品作品:大竹昭子の写真作品「須賀敦子の旅路」より10数点、
須賀敦子の全集など書籍30種類を販売します。
19時30分よりの大竹昭子さんと植田実さんによるトーク「須賀敦子の文学を読み直す」は満席です(受付終了)


●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」第5回

柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」第5回

パート〜2
クリスト・アンド・ジャンヌ=クロードと本
「アンブレラ、日本=アメリカ合衆国、1984−1991」記録集の思いで


 1978年に刊行された「ランニング・フェンス」は、クリストとジャンヌ=クロードにとって、最初の「自立本」でした。この言葉、多分辞書には載っていないでしょう。ジャンヌ=クロードが使っていたSelf Standing Book の訳ですが、英語も彼らがつくったものだと思います。要するに、支えがなくても立っている、つまり本棚もブックエンドも必要のない本のことです。
 厚さが7センチ近くもあることから、関係者のあいだではこのように呼ぶようになったのでした。29センチ×30.5センチ、ほぼ正方形の判型はエブラムスの大判画集の標準サイズに合わせたものですが、レイアウトがし易いようにというクリストの希望もあったと言います。

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 カリフォルニアの牧草地に、高さ5.5メートルの白い布製の「フェンス」を39.4キロメートルに亘って設置した、現代美術史上に残る規模のアートプロジェクトを記録する書籍の刊行に、エブラムス社も前向きだった様ですが、クリストとジャンヌ=クロードの希望する頁数には難色を示したということです。当然と言えば当然なことでしょう。
 その対応策として考えられたのが、限定2159部の出版、全冊サイン・ナンバー入りとすることだったようです。それでも制作費用がかさみ、それをカバーするためにドローイング作品を出版社に渡したと聞いています。
 それだけの苦労をして仕上げられた本は、確かに画期的な内容になっています。694頁のうち、最初の約270頁が場所探しや交渉活動の記録写真やドキュメント、続く200頁が工事作業の記録写真、その後に実現したプロジェクトを捉えた写真が200頁以上続きます。

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 ちなみに、夕暮れ時のフェンスを捉えた空中写真がプリントされた、しっかりとした作りのスリップケースは、アートオブジェとしても飾れるものです。

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 「ランニング・フェンス」が、それ以降のプロジェクトに関する書籍のひな形になったと前回書きましたが、1983年の「囲まれた島々」(1986年発行、厚さ7センチ)、1995年の「包まれたポン・ヌフ」(1990年発行、厚さ6センチ)、1991年の「アンブレラ」(1998年発行、厚さ10センチ)、1995年の「包まれたライヒスターク」(1996年発行、厚さ6センチ)、2005年の「ゲート」(2005年発行、厚さ7センチ)そして2016年の「フローティング・ピアーズ」(2017年発行、厚さ6センチ)、の記録集が同じ形式の「自立本」として発行されました。
 最大の厚さとなったアンブレラは1422頁、さすがに一冊にすることはできず、2分冊になっています。
 高さ6メートル直径8.66メートルの巨大な傘を、日本の茨城県に1340本、アメリカのカリフォルニア州に1760本設置したこのプロジェクトは、発想から実現までに6年を要しました。2巻本は、それを時系列に記録しています。上巻は、プロジェクトの実行地探しから様々な交渉、傘の設計、製造手配といった、1984年から1990年末までのドキュメントと記録写真を収録し、下巻は、現地での設置作業が始まった、91年1月からの記録を収録しています。実現したプロジェクトの写真は330頁に亘りますが、割合的には全体の約4分の1にも及びません。クリストとジャンヌ=クロードが、実現までの過程を見て貰いたい気持ちの反映したものでしょう。

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 実は、私はジャンヌ=クロードと共に、この本の著者となっています。多くの写真に添えられた説明文を執筆したゆえにですが、それ以外にもこの本には様々な段階で関わりました。クリストとジャンヌ=クロードが、実現したプロジェクトを如何にアーカイブしているかの説明にもなると思いますので、少し書かせて頂きます。
 制作の第一歩は、収録するイメージとドキュメントを選び出すことでした。ドローイングやコラージュといった作品類は、プロジェクトがスタートした1984年末に描かれたものから、91年10月の実現の数日前に描かれた作品の中から100枚弱をアーティスト自身が選んでいました。また、交渉過程や工事を記録した写真は、87年〜91年までのあいだに、東京、ロンドン、ベルギーなどで開かれた展覧会の図録にも使用したこともあり、既に時期、場所別にある程度分類されていました。
 問題は、莫大な数のドキュメントと実現した姿の写真類でした。その整理分類が、私の仕事になりました。ニューヨークのクリストとジャンヌ=クロードのオフィスで保管してあった書類に加えて、カリフォルニア、東京、茨城のオフィスから送られた段ボール数箱分の書類をジャンヌ=クロードと二人でより分け、重要と思われるものを選んでいきました。日本語だけの書類、ファックスなどは、私が簡単に内容を訳してジャンヌ=クロードに説明しました。
 一方の実現した姿の写真の選択は、まず数万枚ものカラースライドをスクリーンに映し、クリストとジャンヌ=クロード、そして専属写真家のウルフガング・フォルツが採用、不採用と決めてゆく作業から始まりました。そこで選ばれたイメージは、全てサービスサイズにプリントされました。具体的な枚数は覚えていませんが、大きな箱に一杯の量でした。それらを、遠くからの眺め、クローズアップ、雨の日、月夜、人々が下に集っている・・・などなど、様々な基準で分類するのが私の仕事でした。友人の助けも借りての作業でしたが、優に一ヶ月以上は掛かったと思います。
 それら選ばれたドキュメントの束、写真の束をクリストに渡してから数ヶ月後に渡されたのが、完璧にレイアウトされたこのダミー本です。

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 クリスト手作りのオリジナルに加えて、出版社用とジャンヌ=クロード用、それに私用のコピーとして3部が作られただけの超レアものです。
 このダミーには、ドローイング類、写真類は全て複写掲載されていますが、ドキュメントは番号のみが書かれています。そして、そこかしこに説明文が入るスペースが作られています。そのスペースを埋めてゆく作業が、ジャンヌ=クロードと私に課せられました。ミーティングの写真では、何時、何処で、誰と会ったかに加え、目的や成果までを含めるようにしました。それに加え、面白いエピソードなども紹介して、短いながらも読み物になるような努力も必要でした。
 「日立埠頭での打ち合わせで、傘開閉用ウィンチのクランクは別便で送られてくるので、別途の税金がかけられるという税関側の見解を伝え聞いたとき、クリストは『自動車をアメリカに輸出するときに、鍵には別途の税金がかかるのか?』と反論した。」といった具合です。

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 プロジェクトに関わった人たちを撮影したさい、その人たちの名前などは写真家のアシスタントが細かく記録していましたが、やはり漏れもあり、各所に問い合わせる必要がありました。また様々な工事の写真は、エンジニアに問い合わせながら、そこで行われていた作業の説明を書いていきました。
 ジャンヌ=クロードのオフィスでの作業は、週に1〜2回のペースで、2〜3ヶ月に及んだと思います。普通午後早々から夕方まででしたが、夕方6時を過ぎてまで続けることもありました。そんな時には、クリストがジャンヌ=クロードにはスコッチのオンザロック、僕にはブラッディマリーを持ってきてくれることになっていました。
 ジャンヌ=クロードとの共同作業が終わった後も、もう一つ大仕事が待っていました。翻訳です。個々の文は、短く簡潔な内容で日本語へ移すのもさほど難しくはありませんでした。苦労の種は、名前の漢字でした。撮影の際に記録をしたアシスタントはドイツ人。当然、聞き取った名前もローマ字でメモされました。プロジェクトに関わった百人、二百人の名前の漢字を確定するために、県庁や市役所にファックスを送っただけではなく、茨城の現地まで足をはこび、アンブレラの地権者のお宅をたずねたこともありました。
 そしてできあがったのが、この本です。

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 発行は1998年、プロジェクトが実現してから7年後でした。
 
 この本の出版元は、エブラムス社ではなく、ドイツのタッシェン社です。1990年代前半に始まったタッシェン社との係わりは、プロジェクトに関する出版物に大きな変化をもたらすことになりました。その事については、来月書かせていただきたいと思います。
 クリスト・アンド・ジャンヌ=クロードの本に関する文章が連載の3回分をとることになってしまいました。申し訳ありません。本のことに限らず、彼らのことを書き出すと止まらなくなってします・・・ご容赦ください。
やなぎ まさひこ

柳正彦 Masahiko YANAGI
東京都出身。大学卒業後、1981年よりニューヨーク在住。ニュー・スクール・フォー・ソシアル・リサーチ大学院修士課程終了。在学中より、美術・デザイン関係誌への執筆、展覧会企画、コーディネートを行う。1980年代中頃から、クリストとジャンヌ=クロードのスタッフとして「アンブレラ」「包まれたライヒスターク」「ゲート」「オーバー・ザ・リバー」「マスタバ」の準備、実現に深くかかわっている。また二人の日本での展覧会、講演会のコーディネート、メディア対応の窓口も勤めている。
2016年秋、水戸芸術館で開催された「クリストとジャンヌ=クロード アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984-91」も柳さんがスタッフとして尽力されました。

●柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」は毎月20日の更新です。

●今日のお勧め作品は、クリストです。
christo-10クリスト CHRISTO
《ランニングフェンス》
1998
ヘリオグラビュール
34.8x44.0cm
A.P. (Ed.22)
クリストとジャンヌ=クロードのサイン入り
※レゾネNo.180


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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」第4回

柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」第4回

クリスト・アンド・ジャンヌ=クロードのブックワーク


連載スタート早々、2回続けて休載をお願いしてしまいました。一度はプライベート理由でしたが、一度はクリストとジャンヌ=クロードの新作、「ロンドンのマスタバ」の報告会とスケジュールが重なってしまったためでした。

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その報告会でも少しふれたのですが、クリスト(クリストとジャンヌ=クロード)は、自らの創作活動の一部分として本作りにも取り組んできています。今回と次回は、それらについて書かせていただきます。

公共の空間を一時的に変貌させるクリストとジャンヌ=クロードのアートでは、実現までに長い時間が必要なことでも知られています。 最低でも数ヶ月から1、2年、1995年にドイツで実現した「包まれたライヒスターク(旧ドイツ帝国議会議事堂」は24年、2005年にニューヨークのセントラルパークで実現した「ゲート」は26年が必要でした。
長い時間を費やし、自治体や官民双方の組織、政治家、行政関係者、エンジニア、一般の人々などなど、無数の人々を巻き込んでゆく実現へのプロセス自体を、クリストとジャンヌ=クロードは作品の一部と考えています。といっても、完成した作品=プロジェクトを訪れても、実現に至るまでの過程を見たり感じたりすることはできません。
そのため、二人は、プロジェクトが実現し、その撤去が終わった後は、プロジェクトをアーカイブする作業に取り組んできています。その一つは、プロジェクトのドキュメント展です。ちょうど2年前、水戸芸術館で「アンブレラ、日本=アメリカ合衆国、1984−95」の展覧会が開かれました。それをご覧になった方はご存じのように、展覧会といってもクリストによるドローイング、実現したプロジェクトを捉えた100枚を超える写真といったプロジェクトの姿を伝える作品だけではなく、交渉過程の記録写真、スタッフ間で送られたファックス、計画書、図面などが壁面を埋め尽くしました。さらには傘本体、台座、固定用アンカーなどの現物も並べられ、展示品の総数は400点を超えていました。
「アンブレラ」に限らず、クリストとジャンヌ=クロードは大規模なプロジェクトの終了後、ドキュメント展が構成してきています。その中で、「囲まれた島々」展、「ヴァレー・カーテン」展そして「覆われた遊歩道」展は、日本でも原美術館他で展示されました。また、「ランニング・フェンス」展は、アメリカとヨーロッパで展示された後、ワシントンのスミソニアン財団が買い取り、その収蔵品となりました。また、「包まれたライヒスターク」展は、数年前にドイツの財団が買い取り、現在はライヒスターク内、つまりドイツの議会議事堂内に常設展示されています。


展覧会について延々と書いてしまいましたが、これは、はい、本についての文章です。
クリストとジャンヌ=クロードが、プロジェクト、つまり短期間しか存在しない環境芸術作品をアーカイブするために選んだもう一つの方法が、本の制作です。

60年以上に及ぶ創作活動のあいだに二人が実現したプロジェクトは23になりますが、その内、13のプロジェクトでは独立した書籍がつくられています。その全てが、クリスト自身によって編集され、レイアウトされたものです。そういった意味では、プロジェクトの詳細記録であると同時に、それ自体がアーティストの作品としての本、アーティスト・ブックと見なしてもよいでしょう。

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プロジェクトの記録としての本の最初に一冊は、二人にとって最初の野外作品、1961年にドイツで実現した「積まれたドラム缶と埠頭のパッケージ」に関するものでした。といっても、これは本格的な書籍ではなく、1枚のシートを三つ折り折りにした、合計6ページのリーフレットでした。プロジェクトの白黒写真が4枚掲載されているだけですが、このプロジェクトを知るための貴重な資料となっています。
ちなみに、私の手元の一冊は、ニューヨークの古書ディーラー、ジャン・ノエル・エルランから入手したものです。ワールド・トレード・センター近くの高層アパートの一室をオフィスにしていた彼は、展覧会の案内状やチラシ、ポスターといったエファメラ(紙モノ)を驚くほどの量在庫していました。現在、私の手元にある、クリストやヌボーレアリスム、ポップアートなどに関連した紙モノ資料の大半はこのエルランから入手したものです。というか、紙モノ収集の面白さを教えてくれたのが、彼でした。フランス生まれの超ユニークなキャラクター、エルラン氏に関しても、別の機会に書かせて貰えればと考えています。

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話を戻します。本格的な書籍として刊行された、最初のプロジェクトの記録集は、1968年にカッセル・ドキュメンタで実現した「5600立方メートルのパッケージ」に関するものでした。高さ約85メートルの円柱状の風船を直立させたこのプロジェクトは、技術、工事面で悪戦苦闘した難産の作品でした。完成までの過程が苦労に満ちたことから、それを本として纏めようと考えたのかもしれません。ジャンヌ=クロードがかつて、「この本を一番喜んだのは、プロジェクトのエンジニアだった、ミツコ・ザガロフだった」と語ってくれたように、全136ページの内、14ページは図面や書類、100ページ以上が工事過程の記録写真で、実現したプロジェクトを捉えた写真は、9ページ分掲載されているだけです。この配分は、最終的な物体としての作品からは見えない、創作のプレセスを知ってもらいたいというアーティストの意向を如実に反映したものでしょう。

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カッセルの翌年にオーストラリアで実現した「覆われた海岸線」でも、記録集は出版されました。水平方向に拡がるプロジェクトであったことを反映してか、縦22センチ、横28センチと横開きの本になっています。この本も、やはり過程を紹介することに主眼を置いたものでした。約120頁の内、20数頁が書類や手紙、図面類、70余頁が工事中の写真、完成したプロジェクトの写真は、20頁のみです。さらに、クリストが描いたドローイングに関しては、1点が掲載されているだけです。
マイナーな出版社から少部数出版されたこの本について知ったのは、70年代中頃でしたが、中々みつからず、80年代半ばに、ようやく前述のエルランのところで入手することができました。当時、「さすがにニューヨーク、探しているものは、どんな本でも見つかるな〜」感激したことを覚えています。(インターネット以前の本探しは、運とタイミング次第でした・・・。)

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「覆われた海岸線」の記録集が出された翌年の1970年、世界最大の美術書出版社である、ニューヨークのエブラムスから、28x30センチと大判で、厚さも3センチを超える本格的なクリストの作品集が刊行されました。初期の「包まれたオブジェ」や「パッケージ」から、当時スタートしたばかりの「ヴァレー・カーテン」のドローイングまでが収録されています。注目したいのは、前述した「5600立方メートルのパッケージ」と「覆われた海岸線」が、それぞれ30頁、64頁を使って紹介されている点でしょう。ここでも、それぞれのドローイングや実現したプロジェクトの写真に加えて、準備段階の写真が多数含まれています。
この本も、かつては入手困難でしたが、インターネットのおかげで近年は比較的容易にみつけることができるようになりました。ネット上で比較的廉価なものを見つけると、直ぐにオーダーしてしまい、今では5冊が書棚に並んでいます。その中に一冊、スペシャルなものがあります。カバーも無く、製本が壊れ、頁がバラバラになってしまっていますが、実はジャンヌ=クロードが資料として使っていたものです。私が、二人に関する文章を展覧会カタログなどに書き始めた頃に、プレゼントされたものですが、いくつかの頁には懐かしいジャンヌ=クロードの手書き文字でサイズの直しなどが書き込まれています。

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70年の作品集の縁もあってか、「覆われた海岸線」に続いた実現した大規模なプロジェクト、「ヴァレー・カーテン」の記録集はエブラムスの出版になりました。縦31センチ、横25センチ、厚さも3センチ弱ある「立派」な一冊です。このプロジェクトでは、州当局との交渉や、エンジニアリング会社との調整などにも多くの時間が費やされたことから、前の2冊を遙かに凌ぐ数のドキュメント類と交渉過程、工事中の写真が収録され、全351頁の内の約300頁を占めています。もちろん、完成したプロジェクトを様々なアングルで捉えた写真も50頁近く掲載されています。
興味深いのは、クリストによるドローイング作品は、僅か数点しか収録されていないことでしょう。その代わりなのか、プロジェクトのために特注され、オレンジ色に染められた布地が綴じ込まれています。

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「ヴァレー・カーテン」の4年後に実現した「ランニング・フェンス」の記録集も同じエブラムスから出版されました。
この本に関しても、特別な思い出があります。
 694頁あるこの1冊を、おそらく世界中で一番先に購入した一人が私だったということです。当時、エブラムスの出版物の多くは、日本で印刷、製本されていました。そのためのオフィスが東京にあり、国内配本も行っていたことから、一部の本に関しては、本国での配本よりも日本での配本が早くなることもありました。
さて、「ランニング・フェンス」の出版予定の予定を知り、すぐにアール・ヴィヴァンに注文を入れたところ、予定日よりも早くに入荷の連絡がありました。定価200ドル、当時のレートで5万円以上、学生の私にとっては世紀の買い物でした。そこでショッキングな問題が発生しました。重い本を持ち帰り、早速に開いてみると、クリストの直筆サインと限定ナンバーは入った頁が見つからないのです。出版カタログには、サイン、ナンバー入りと明記してあったのにです。
慌てて、アール・ヴィヴァンのTさんに伝えたところ、エブラムスの東京事務所に問い合わせてくれました。判明した事情は、サインとナンバーは、ニューヨークで独立したシートに入れて東京に送り、それを貼り込んで本が完成となるということでした。その辺の事情の行き違いから、サイン・ナンバーの頁がない1冊を、東京事務所が国内向けに出荷してしまったわけです。世界で最初に購入した一人と考えているのは、そういった理由からです。

「ランニング・フェンス」は、それ以降のプロジェクトに関する書籍のひな形になりました。その詳細に関しては、来月に書かせていただきます。
やなぎ まさひこ

柳正彦 Masahiko YANAGI
東京都出身。大学卒業後、1981年よりニューヨーク在住。ニュー・スクール・フォー・ソシアル・リサーチ大学院修士課程終了。在学中より、美術・デザイン関係誌への執筆、展覧会企画、コーディネートを行う。1980年代中頃から、クリストとジャンヌ=クロードのスタッフとして「アンブレラ」「包まれたライヒスターク」「ゲート」「オーバー・ザ・リバー」「マスタバ」の準備、実現に深くかかわっている。また二人の日本での展覧会、講演会のコーディネート、メディア対応の窓口も勤めている。
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●今日のお勧め作品は、クリストです。
christo-10クリスト CHRISTO
《ランニングフェンス》
1998
ヘリオグラビュール
34.8x44.0cm
A.P. (Ed.22)
クリストとジャンヌ=クロードのサイン入り
※レゾネNo.180


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阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
ただし9月20日[木]―9月29日[土]開催の野口琢郎展は特別に会期中無休です
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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7月12日柳正彦〜クリストとジャンヌ=クロードの最新作「ロンドンのマスタバ」訪問報告会のご案内

クリストとジャンヌ=クロードの最新作「ロンドンのマスタバ」訪問報告会のご案内

柳 正彦


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クリストとジャンヌ=クロードの最新作、「ロンドンのマスタバ」が現在、ロンドンのハイドバーク内、サーペンタイン・レイク(湖)に「展示」されています。(6月18日〜9月23日)
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これは、7506個のドラム缶を積み上げた、高さ20メートルの巨大な彫刻作品で、湖の水面に浮いています。
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主に「包む」など、布を使ったプロジェクトで知られる二人ですが、ドラム缶を積み上げる作品も1960年前後から多数制作してきています。その最新作が「ロンドンのマスタバ」で、屋外のドラム缶作品としては最大規模のものになります。

「柳正彦ーロンドン、マスタバ報告会」
日時:2018年7月12日(木)18時
会場:ときの忘れもの(駒込)
地図:https://goo.gl/maps/VezVggChfaR2
参加費:1,000円
要予約:必ず「件名」「お名前」「住所」を明記の上、メールにてご連絡ください。
E-mail. info@tokinowasuremono.com

DSCN6373報告会では、日差しと共にその色彩が変化し続ける巨大彫刻を多数の写真で紹介すると同時に、クリストとジャンヌ=クロードのドラム缶を使った作品の流れ、水との係わりなどについて話させていただきます。さらに現在計画中の「アブダビのマスタバ」についてもふれる予定です。ぜひご参加ください。
(右端が柳さん)

やなぎまさひこ
柳正彦 Masahiko YANAGI
東京都出身。大学卒業後、1981年よりニューヨーク在住。ニュー・スクール・フォー・ソシアル・リサーチ大学院修士課程終了。在学中より、美術・デザイン関係誌への執筆、展覧会企画、コーディネートを行う。1980年代中頃から、クリストとジャンヌ=クロードのスタッフとして「アンブレラ」「包まれたライヒスターク」「ゲート」「オーバー・ザ・リバー」「マスタバ」の準備、実現に深くかかわっている。また二人の日本での展覧会、講演会のコーディネート、メディア対応の窓口も勤めている。2016年秋、水戸芸術館で開催された「クリストとジャンヌ=クロード アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984-91」も柳さんがスタッフとして尽力されました。


●本日のお勧め作品は、クリストです。
クリスト「The Museum... (2)クリスト
《The Museum of Modern Art Wrapped (Project for New York)》
1971年
リトグラフ
71×56cm
Ed.100
Signed
*レゾネNo.37(Schellmann)
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


◆ときの忘れものは「特集展示:クリストと関根伸夫」を開催します。
魔方陣小のコピー 会期:2018年7月6日[金]―7月13日[金]
※日・月・祝日休廊
柳正彦さんのクリスト新作報告会に合わせ、クリスト関根伸夫の作品をご紹介します。
庭には関根伸夫の石彫作品も展示しています。
一週間と短い会期ですが、ご高覧ください。


●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」第3回

新連載・柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」

第3回 オパールサフィール


 前回に引き続き、今月もアーティスト・ブックについて書かせて頂く予定でした。
今やコレクターの垂涎の的にもなっている究極のアーティスト・ブック、《ゼロックス・ブック》を紹介したいと思っていたのですが・・・本冊は手元にあるのですが、重要な関連資料が見つからず・・・、次回以降に延ばさせていただきます。

 この資料を探して、全く整理の追いついていない書棚を眺めていた時に、目にはいり、久々に開いたピンク色の布張り箱の中身を、今回は紹介させて貰います。
 
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 昭和を代表する限定本の出版社、プレスビブリオマーヌによる、《コレクション・オパール》です。
 アーティスト・ブック、つまりアーティストが自らの作品として作った本とは、ある意味正反対の、作家の手を離れた画と文章とで構成された、編者と刊者の作品と呼ぶべきものです。
 さて、箱を開けると二つ折りになった厚手の和紙が20葉が収められています。葉という言葉を使いましたが、一枚を折っただけでも、それぞれに表紙があり、本文があり、挿絵があり、奥付もあります。つまり、一つ一つか、完結した書籍になっています。
 当初から纏まった箱入りのセットとして刊行されたのではなく、1965年から足かけ2年のあいだに、数号ずつ印刷され配布されました。各号、限定175部の刊行でした。
 その内容は、シュールレアリスム系の画1枚と文章1編を、見開きで印刷したものです。編集、翻訳は、日本を代表するシュールレアリスム詩人で、蔵書家でもあった山中散生氏が担当しました。
 もちろん、装丁(造本?)は、プレスを主宰した佐々木桔梗氏。選ばれた和紙は、超厚手の一枚漉きの局紙で、四辺全てが耳付きの状態。また、本文等は黒の一色刷ですが、表紙のタイトルと号数の数字は、赤、青など毎号異なった色が使われています。同系色はあっても、全く同じ色が二度使われることはなく、20号全てで異なった色になっているのは、佐々木氏の美観とこだわりの典型でしょう。

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 一方、選ばれた画と文は、編者である山中散生氏の豊富な知識、蔵書そして感性を見せつけるものです。
 マン・レイとポール・エリュアールの、「自由な手」という詩画集から、デッサンと詩の双方を1つずつ選んで掲載した、「ナルシス」(第一号)のような例もありますが、基本は、画と文は別の書物から選び、組み合わされていました。
 例えば、トリスタン・ツァラの詩集のために、ハンス・アルプが描いた挿絵を、ポール・エリュアールの詩集「苦悩の都」の中の一篇と組み合わせた「アルプに」(第2号)、雑誌「カイエG・L・M」から転載したダリの挿絵に、シリーズの編者である山中散生が50年代に上辞した詩集の中から、ダリに関連する一篇を付した「シシリアの黄昏」(第3号)といった具合です。
 さらに、第7号のマックス・エルンスト、「風景の対蹠」や、第15号のハンス・ベルメール、「人形のたわむれ」などでは、画と文が同じ作家のものであっても、前者では、画はコラージュ集「慈善週間」から、文は別の作品集「エルンスト画集」から、後者では、画は詩画集「人形のたわむれ」から、文は写真集「人形」から採るといった懲りようです。
 コレクションに収められたのは、他にポール・エリュアール、ピエエル・マビイル、アンドレ・ブルトン、バンジャマン・ペレ、ルネ・クルヴェル、ジャン・コクトー、ガルシア・ロルカ他による詩やエッセイと、ピカソ、キリコ、イブ・タンギー、ルネ・マグリット、パウル・クレージョアン・ミロといった画家のデッサン類などです。

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 「初訳のものが多く」とされた文章に関しては、大きな余白をとった1頁という制限もあってか数行から十数行程度のものが中心ですが、気負うことなく読み、暗唱も楽しませてくれるものです。図版に関しては、山中散生氏や佐々木桔梗氏が所蔵する書物からの複写が中心でしたが、「その殆どが本邦初公開のもの」だったようです。単色刷り、多くても2色刷の図版ですが、厚手の和紙に活版印刷で刷られた図版は、版画作品のような重みを感じさせてくれます。

 文章の翻訳は、山中散生氏の手によりますが、刊行に関して著者や画家の承諾、許可を得ていたのか?・・・これにはふれない方が良いでしょう。ただ挿絵が、他の書籍からの転載が中心だったことは、私にとっては、このシリーズをより魅力的なものにしてくれています。出典の書誌的な情報が、最終頁のメモに細かく書かれているからです。
例えば、6号のメモには、『マグリットの作品は、「シュールレアリスムとは何か」(アンドレ・ブルトンが1934年6月、ブリュッセルでおこなった講演記録)の表紙画、氏はブルトンの詩集「自由は結合=L’UNION LIBRE」(1931年、私家版)からの抜粋』、また、11号のメモには、『画はイギリスのシュールレアリスム特集誌、「フリー・ユニオンズ」(1946年、ロンドン、シモ・ワッスン・テイラー編)の中のカット、文は「童貞女受胎=L’IMMACULEE CONCEPTION」(1930年パリ、ジョゼ・コルティ刊、2116部限定)の中の「恋愛」の移設である。』といった具合に記されています。
 数十年前、こういった未知の書名や出版社名などなどを目を凝らして読んだとき、当時はダリ、エルンスト、マグリットといった画家たちの作品程度しか知らなかったシュールレアリスムが、文学の世界の運動でもあることを実感させられたのだと思います。

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 話が前後しますが、私自身がこのシリーズに出会ったのは、65〜66年の出版時ではなく、その十数年後のことでした。70年代半過ぎ高校生時代で、場所は神田神保町の東京堂書店だったと思います。当時、東京書店には一角に限定本のコーナーがあり、ガラスケースの中には大手出版社の豪華限定本などに加えて、プレスビブリオマーヌの刊本(プレス本)も並べられていました。
 また毎秋には限定本を集めてのフェアが開催されていたと思います。その際に、完売したとされていた、何種類かのプレス本が展示即売されたこともありました。多分、佐々木氏が保管していた分ではないかと思いますが、とにもかくにも、何十葉のオパールもそこにありました。価格は多分、1枚300円か500円程度だったと思います。
 第8号、イブ・タンギーの画とバンジャマン・ペレの文による「エロチックな指輪」など数冊を入手したと思います。40年近く前の購入品、その中でも第8号のことを良く覚えているのは、赤と黒の2色刷りのタンギーの画の強烈さと、ペレの文中にでてくる「コーヒー入りのエクレア」という言葉のためだと思います。

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 それら、バラで購入したものをその後どうしてしまったかは記憶にありませんが、数年後か十数年後には、20冊揃い、箱入りのものを入手しました。今回の画像はそのセットのものですが、スキャンするために一冊ずつ取り出していったところ、折りたたまれた和紙が出てきました。広げてみると、オパールの刊行《御案内》でした。
 セットであり、分冊であり、オパールは、古書店を探せば入手はそれほど難しくはないと思います。でも、この《御案内》を目にする機会はそれほどないでしょう・・・一部を紹介させてもらいます。

 『・・・それは愛書家・読書家のために分厚な海外の文学者や、入手も望めない貴重な詩画集、或いは見事な希少画集やシュールレアリスト達の手作りになる限定私家版などから、輝くばかりの画と文(短詩・散文・エッセイなど)をこの《オパール》にコレクトし凝結させるからです。

 一輯百円前後のコレクション《オパール》は、夢想の世界にあるような珍書・稀覯書の香りを忠実に皆様にお届けするわけで、私が永年心に祕めていたもっとも贅沢な企画でもあったわけです。・・・』

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 ちなみに、この《御案内》には、1〜6号までの内容が掲載され、この時点で出来上がっていた1〜3号までの頒価も記されている。1号と3号は95円なのに対して、第2号が120円なのは、挿絵が2色刷りだったためのようです。また、送料は3冊まで20円と記されています。
 別所で、佐々木氏は、このシリーズに関して「コーヒー一杯の限定版」と書いていますが、コーヒーの味と香りを楽しめるのは数分か長くても十数分のことでしょう。対して、この美しい書物は、誕生から50年以上もたった今でも、見る者、文字を追う者の目と心を満たしてくれます。
やなぎ まさひこ

「柳正彦のクリスト新作報告会」を開催します
日時:2018年7月12日(木)18時〜
会場:ときの忘れもの(駒込)
地図:https://goo.gl/maps/VezVggChfaR2
参加費:1,000円
要予約:必ず「件名」「お名前」「住所」を明記の上、メールにてご連絡ください。
E-mail. info@tokinowasuremono.com
柳正彦さんがクリストの新作、ロンドンのハイドパーク内の湖に浮かべるマスタバ(ドラム缶の構築物)に参加してきましたので報告会を開催します。
Christo_09 (1)クリストとジャンヌ=クロード
《マスタバ》
2006
オフセットリトグラフ
Image size: 27.2x34.7cm
Sheet size: 40.8x50.0cm
クリストとジャンヌ=クロードのサイン入り

柳正彦 Masahiko YANAGI
東京都出身。大学卒業後、1981年よりニューヨーク在住。ニュー・スクール・フォー・ソシアル・リサーチ大学院修士課程終了。在学中より、美術・デザイン関係誌への執筆、展覧会企画、コーディネートを行う。1980年代中頃から、クリストとジャンヌ=クロードのスタッフとして「アンブレラ」「包まれたライヒスターク」「ゲート」「オーバー・ザ・リバー」「マスタバ」の準備、実現に深くかかわっている。また二人の日本での展覧会、講演会のコーディネート、メディア対応の窓口も勤めている。
2016年秋、水戸芸術館で開催された「クリストとジャンヌ=クロード アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984-91」も柳さんがスタッフとして尽力されました。

●今日のお勧め作品は、クリストです。
20180620_momawrappedクリスト
《The Museum of Modern Art Wrapped (Project for New York)》
1971年  リトグラフ
71×56cm
Ed.100  Signed
*レゾネNo.37(Schellmann)

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」は毎月20日の更新です。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」第2回

新連載・柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」

第2回 アーティスト・ブックとの出会い


 「Sol LeWitt Six geometric figures and all their double combinations」という本があります。サイズは約16×21センチ、表紙・裏表紙も含め全20ページ、中綴じなので、本というよりも冊子といった感じです。タイトルを直訳すると、「6つの図形の内の2つの組み合わせの全て」となりますが、内容はまさにその通りです。表紙をめくると、横線で埋められた長方形の上に、縦線で埋められた円と正方形が描かれています。ページを進めると、今度は長方形の上に円と三角形、次は円と長方形といった具合に続いていきます。6つの図形(円、三角形、正方形、長方形、台形、平行四辺形)の内の2つを選ぶ組み合わせ、計15通りが各ページに印刷され、最終ページには出版元や出版年などが記されています。表紙とこの奥付以外には、文章は一切ありません。
 1980年に発行されたこの本は、ミニマル・アートの第一人者、ソル・ルウィットの手によるものですが、アーティスト・ブックの典型的な一冊とされています。

yanagi-001ソル・ルウィット、「Sol LeWitt Six geometric figures and all their double combinations」(本文参照)の表紙と内部ページ。


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yanagi-003ローレンス・ウィナーの最初のアーティスト・ブック、「STATEMENTS(1968)」の表紙と内部ページ。表紙には価格($1.95)が印刷されている。


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 アートの本の中には、画集やカタログ、解説書に加えてアーティスト・ブックなるものがあります。簡単に言うならば、「アーティストが作品として創った本」ということになるでしょう。1960年代から、先鋭的なアートの世界で見受けられるようになってきたものです。
それ以前にも、単なる作品集の枠をこえ、画家、彫刻家、版画家たち深く係わった本は作られていました。しかしその大半は、詩や小説といった文学作品を挿画や版画で飾った豪華本、あるいは、一人の作家あるいは複数の作家の版画作品を一冊にまとめものなどです。つまり、アーティストの完結した創作物、版画や複製画、時には肉筆画といった「作品」を収めた本が中心だったと思われます。

 ではアーティスト・ブックは、どこが違うのか? 「作品としての本」とは何なのか? これに対してはっきりと説明するのは簡単ではありません。決められた規定があるわけでもないし、また、アートに関連する多くの枠組み同様、アーティスト・ブックの概念も常に変化しているからです。多くに共通する特色としては、普通の印刷技法が使われ、装幀デザインや製本などはシンプルにまとめられている点があります。あくまで、印刷された内容が重要なのです。それを端的に示すもう1冊紹介させて貰いたいと思います。
 コンセプチュアル・アートの第一人者で、今年の年頭にも東京で展覧会が開かれたローレンス・ウィナーの「10 Works」です。1971年の制作で、判型は17×11センチ、88ページで厚さ6ミリ程度の小型本です。タイトル通り10の作品を収録したものですが、作品といっても文章というかフレーズだけで構成されたものです。

yanagi-006ローレンス・ウィナー、「10 WORKS」(本文参照)の表紙と内部ページ。


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 例えば

 in and out
 out and in
 and in and out
 and out and in

 という、意味はあるが、特に何かを伝えるわけでもない短文が一ずつ印刷されたページが4ページで一つの作品となっています。このような作品が10作、英語とフランス語で印刷されているの本なのですが、凝った活字が使われているわけでもなく、レイアウトもシンプルで、デザイン的にアーティスティックと思わせる要素は一切含まれていません。ヴィジュアルではなく、言葉自体が作品なわけです。
 最初に紹介したソル・ルウィットも、また、このウィナーも、メインの仕事はギャラリーや美術館の壁面を使って展開される「絵画」や「ドローイング」です。しかし、本の形式を使い、ページをめくる毎に展開していく作品は、二人の表現に適してるのは確かです。二人が共に数十冊のアーティスト・ブックを手がけて来ているのはその証でしょう。

yanagi-009ジョセフ・コススのアーティスト・ブック、「FUNCTION(1970)」の表紙と内部ページ。


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yanagi-012アルテ・ポーボラを代表する作家、マリオ・メルツのアーティスト・ブック、「Fibounacci 1202 / Mario Merz 1970(1970)」の表紙と内部ページ。


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 アーティスト・ブックを多く手がけた作家としては、他にもアメリカのポップ系ペインターのエドワード・ルシェ、歩く行為自体も作品とした、イギリスのランド・アート系の作家、リチャード・ロングやハミッシュ・フルトン、やはりイギリスを代表する現代美術作家で、自らを生きている彫刻と称する、ギルバート・アンド・ジョージなどが挙げられます。
これらの作家の「本」に関しては、別の回で紹介させていただくことにし、ここでは少し、アーティスト・ブックに関しての個人的な記憶を辿っていきたいと思います。

 私が、アーティスト・ブックというジャンルの存在を知ったのは、雑誌からでした。
美術出版社が発行していた大判の月刊誌、みづゑの1975年5月号が「本=アートワーク」という特集を組んだのでした。

yanagi-014みづゑ、1975年5月号の表紙と「本=アートワーク」の特集ページ


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 中原佑介氏の概論、「アートワークとしての本」と「カタログ」で構成され、約50ページが使われています。概論では、本を新しいメディアとしても捉えて解説するとともに、その先駆として20世紀初頭の様々なアヴァンギャルド雑誌などが紹介されています。
 一方の「カタログ」は、「本=アートワーク」をかなり広義に解釈していたようです。河原温の記録のファイル「私は読んだ」「私は行った」「私は会った」や高松次郎の「ザ・ストーリー」といった印刷された本ではない作品、ストックホルム美術館のアンディ・ウォーホル展などの展覧会カタログ、さらには、マーシャル・マクルーハン他の「ゲリラ・テレビジョン」、当時、注目を集めていた「ホール・アース・カタログ」などの一般出版物までもが含まれています。
 といっても、アーティスト・ブックを本格的に紹介した特集であることには違いありません。ジョセフ・コススの「ファンクション」、ギルバート・アンド・ジョージの「鉛筆で紙に描いた作品」、エドワード・ルシェの「ロサンゼルスのアパート」などが選ばれています。もちろん、ソル・ルウィットの作品は、「直線の基本4種」が峯村敏明氏の解説で、またウィナーの作品は、「陳述」が松澤宥氏の解説で紹介されています。

 この特集号を手にした頃に、ミニマル・アート、コンセプチュアル・アートについてどれだけ知っていたかは思い出せませんが、新しいモノ好きには、アーティスト・ブックは魅力たっぷりでした。しかし、西武美術館のショップ、アールヴィヴァンや、銀座のイエナ書店・近藤書店に問い合わせましたが、みずゑの「カタログ」で紹介されていた本は見つかりませんでした。
 ちなみに、その頃、1冊のアーティスト・ブックが、テレビで紹介され、多分通販も行われたことを覚えています。連載の一回目でもふれた、峯村敏明氏が出演した現代美術を紹介する番組、「アートリポート」でギルバート・アンド・ジョージのインタビューが流され、さらに二人のアーティスト・ブック「ダークシャドウ(あるいはサイド・バイ・サイド?)」が紹介されました。40年近くも前のテレビ番組の内容を覚えている理由は、かなり高価だったため、入手できなかったからだと思います。(本にしろ、作品にしろ、手に入れることができなかったものほど、記憶には残るものです・・・。)

yanagi-017ギルバート・アンド・ジョージ、「Dark Shadow (1974)」(本文参照)の表紙と内部ページ


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 さて、私が少しずつですがアーティスト・ブックの収集をスタートできたのは、別の雑誌のおかげでした。殆ど読むこともできないのに、無理をして買っていたアメリカの美術雑誌、アートフォーラム誌上で、ソル・ルウィットやウィナーのアーティスト・ブックが価格と共にリストされた広告見つけたのでした。ニューヨークのプリンテッド・マターズ書店のものでした。早速に注文をと思っても、Eメールはもとより、ファックスもなく、また通販でのクレジットカード決済も普及していなかった時代です。手紙を手動のタイプライターで打ち、郵便局で国際郵便為替をつくって郵送するというプロセスでした。
 待ちわびた荷物は数週間後に届きましたが、その中には、ミニマル・アート、コンセプチュアル・アートの最も重要なアーティスト・ブック、「ゼロックス・ブック」も含まれていました・・・次回はこの本に関して、そしてプリンテッド・マターズ書店やニューヨークの美術書店に関して、続けさせて頂こうと思います。
やなぎ まさひこ

柳正彦 Masahiko YANAGI
東京都出身。大学卒業後、1981年よりニューヨーク在住。ニュー・スクール・フォー・ソシアル・リサーチ大学院修士課程終了。在学中より、美術・デザイン関係誌への執筆、展覧会企画、コーディネートを行う。1980年代中頃から、クリストとジャンヌ=クロードのスタッフとして「アンブレラ」「包まれたライヒスターク」「ゲート」「オーバー・ザ・リバー」「マスタバ」の準備、実現に深くかかわっている。また二人の日本での展覧会、講演会のコーディネート、メディア対応の窓口も勤めている。
2016年秋、水戸芸術館で開催された「クリストとジャンヌ=クロード アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984-91」も柳さんがスタッフとして尽力されました。

●今日のお勧め作品は、クリストです。
20180520_Christo_02クリスト
《包まれた木馬》
1963-2000
ドローイング、コラージュ
Image size: 20.3x20.3cm
Frame size: 35.2x35.2cm
Signed

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。
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群馬県高崎市のレーモンド建築ツアーを開催します
日時:2018年6月23日(土)13時高崎駅集合
inoue_house1952年竣工の旧井上房一郎邸
画像は高崎市役所ホームページより。
1961年竣工の群馬音楽センター、1991年開館の高崎市美術館を見学し、明治14年(1881年)創業の魚仲で会食懇談します。
講師:熊倉浩靖塚越潤(高崎市美術館館長)
※詳細は「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してメールにてお問い合わせください

◆柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」は毎月20日の更新です。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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新連載・柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」

新連載・柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」

第1回 本とアート、個人的体験


 アートブックについてのブログを書かせていただくことになりました。美術関係の物書きと名乗り、雑誌や新聞等に積極的に書いていた時期に、美術手帖のアートブック特集などに何回か文章を書かせてもらいました。でも、今回は最低でも12回の連載、傾向やジャンル、出版された時代を限定することなく、様々な意味で「傑出」した「本」を紹介させてもらえるのは、本好き、アート好きとしては嬉しい限りです。

 画集、カタログ、挿絵本、アーティストブック、研究書など、一口にアートと関係する本といっても、内容も、目的も様々です。が、美術愛好家や美術学生にとって、画集や美術雑誌は、時美術館や展覧会の代わりを果たします。一方作り手側、美術作家も、本の中に展覧会を構成したり、直接的な表現手段として本を創っきています。

 毎回、何らかのテーマに沿って、2、3冊のアートブックを紹介する形で進めていく予定ですが、今回は、イントロとして、本とアートに絡む私の個人的な体験をお伝えしたいと思います・・・私自身がアート好きになり、アートに関連した仕事に携わるようになったのには、「本」が大きく係わっていた・・・ということをです。

 アートの存在を知り、アートが好きになる最初のきっかけは、展覧会ではなく、本だったようです。実は印刷会社に勤務する親類がいたことから、家には座右宝刊行会などの美術書がかなりあったそうです。私が小学校に入学刷る前後ですので昭和30年代末のことですので、恵まれた環境だったのかもしれません。始めは親が見せてくれていたようですが、そのうちに一人でも開くようになったそうです。母の話しによると、「ピカソの名前は直ぐに覚えた」が、多分一冊にマネ、モネ、スーラの3人が収録されていたのでしょう、「マネモネスーラ」を一人だと思っていたようです。その後も、小中学校の図書館で、画集や美術雑誌を眺めていたことは、うっすらですが記憶しています。
 家族に連れられてではなく、また学校の課外授業でもなく、一人で出向いた最初の展覧会は、上野で開かれたメトロポリタン美術館展でした。中学生の時でしたが、その頃までに、自らの気持ちで展覧会へ行くようになっていたわけです。今思い返すと、美術への関心を育ててくれたのは自宅や図書館にあった画集や、「みずゑ」などの美術雑誌だった思っています。

 単なる関心、興味を超えて、美術の収集という「病」のきっかけをつくったのも、一冊の本でした。中学生時代は鉄道写真にもはまっていたのですが、それを通して、昭和を代表する限定本出版社、プレスビブリオマーヌの佐々木桔梗さんと出会うことになりました。北海道の蒸気機関車を撮影するツァーで、佐々木さんをお見かけし、その後、氏が文芸書に加えて「カメラと機関車」という限定版の個人雑誌をだしていることを知りました。当時の私にとっては、高価でしたが、無理をして全巻、といっても3冊ですが、を注文しました。届いた包みの中には、銅版画が添付された特装版の案内が同封されていました。それが運の尽きだったのかもしれません・・・数日の内に、私にとって初めての美術作品を注文してしまったのです、小林ドンゲさんのカラー銅販画でした。

yanagi-03昭和40年前後に出版された座右宝刊行会編集の美術書の1冊


yanagi-02佐々木桔梗著、プレスビブリオマーヌ刊、「カメラと機関車」


yanagi-09コレクション第一号、小林ドンゲの銅販画(カメラと機関車、第二号、特装版に添付)


yanagi-01コレクション第二号、寺島勝治の銅販画(カメラと機関車、別冊、ロコアート、街の中の蒸気機関車、特装版に添付)


 私にとっての美術と本について、もう一つ書いておきたいエピソードがあります。80年代初頭から40年近くにわたって、その仕事に協力させてもらって来ている、クリストとジャンヌ=クロードとの係わりがもてたのも、一冊の本がきっかけでした。クリストというアーティストの存在を知ったのは、テレビ番組を通してでした。峯村敏明氏が企画に係わっていたアートリポートという番組で、クリストの「ヴァレーカーテン」の記録映画が流されました。大声で作業員に指示をするクリストの姿と滑るように開いていく巨大なオレンジ色の布の印象は強烈でした。
 数日後、西武美術館のショップ、アールヴィヴァンを訪れ、クリストの作品集を手に入れました。そこまでは、それほど特別なことではないでしょう。

yanagi-12Christo and Jeanne-Claude
Valley Curtain, Rifle, Colorado, 1970-72
(c)Christo, 1972, Photo: Wolfgang Volz


yanagi-11ヴァレーカーテンでのクリスト
(c)Christo, 1972, Photo: Hurry Shank


 クリストとの関係のきっかけをつくってくれた、私の人生にとって最も重要な一冊となった本を入手したのも、当時、頻繁に足を運んでいたこのショップでした。といっても、画集でも、評論集でもなく、それは、イタリアの美術雑誌、Flash Art による、”Art Diary” という年鑑のようなものでした。個人情報の管理がうるさくなった昨今では考えられませんが、そのダイアリーには、世界各国のアーティストの住所、電話番号が掲載されていたのでした。その中に、ニューヨーク・ソーホーのクリストの住所を見つけた時、そうだ、手紙をだしてみようと思い立ったのでした。
数週間後、ニューヨークからの封筒が届きました。中には、「何冊かのカタログとサイン入りのポスターを別便で送った。ニューヨークに来ることがあったら、ぜひ訪ねてくれ。」とタイプされた絵はがきが入っていました。それが、40年以上にわたっている、クリストとジャンヌ=クロードとの交友の出発点でした。

yanagi-05最初に買った、クリストの作品集、Abrams, Modern Artist Series の一冊


yanagi-06当時の書き込み、1976年5月に購入


yanagi-07当時の価格


yanagi-08購入から10年後、クリストと共に東京に戻った時に入れて貰った直筆サイン


yanagi-04クリストの大型本、Abrams刊、1万円を超える価格だったので、悩んだ末に購入


 個人的な思い出を、とりとめもなく書いてしまいました。お伝えしたかったのは、私とアートとの関係が生まれ、育ったのは、様々な形で「本」のおかげだったということです。
私の体験は、かなり特殊かもしれませんが、一般論としても、色々な形とレベルで「本」が人とアートを結びつけているのは事実でしょう。もう一歩踏み込んで、本がなければ現在のアートワールドは存在し得えないでしょう。同時に、創作活動を行っているアーティストにとっては、本は別の意味、機能ももっているでしょう・・・連載ではその辺のことも探れればとも考えています。

yanagi-10クリストと僕、2016年イタリア


やなぎ まさひこ

柳正彦 Masahiko YANAGI
東京都出身。大学卒業後、1981年よりニューヨーク在住。ニュー・スクール・フォー・ソシアル・リサーチ大学院修士課程終了。在学中より、美術・デザイン関係誌への執筆、展覧会企画、コーディネートを行う。1980年代中頃から、クリストとジャンヌ=クロードのスタッフとして「アンブレラ」「包まれたライヒスターク」「ゲート」「オーバー・ザ・リバー」「マスタバ」の準備、実現に深くかかわっている。また二人の日本での展覧会、講演会のコーディネート、メディア対応の窓口も勤めている。
昨年秋、水戸芸術館で開催された「クリストとジャンヌ=クロード アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984-91」も柳さんがスタッフとして尽力されました。

●今日のお勧め作品は、クリストです。
20180420_Christo_01クリスト
《包まれた椅子》
1961-2001
ドローイング、コラージュ
Image size: 20.3x20.3cm
Frame size: 35.5x35.5cm
Signed


 (2)クリスト
《The Museum of Modern Art Wrapped (Project for New York)(Schellmann 37),》
1971年
オフセットリトグラフ
シートサイズ:71.2×55.5cm
Ed.100  Signed

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆新連載・柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」は毎月20日の更新です。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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柳正彦〜「そこまでやるか、壮大なプロジェクト展」までの一年間〜その2

「そこまでやるか、壮大なプロジェクト展」までの一年間

クリストとジャンヌ=クロード展示を担当して(Part-2)


柳 正彦

 ドローイング類を中心とした2010年の展覧会とは違った感じの内容という21_21の意向はあったものの、クリストとジャンヌ=クロードの展示で、クリストのオリジナル・ドローイングを壁面に並べない訳にはいかない。それは企画の最初の段階から、私のなかでは必要条件だった。
 二人にとって、ドローイングは、プロジェクトのイメージを明確化するための道具であり、またプロジェクト実現の費用を捻出する財源として、屋外空間で展開される「一時的な芸術作品」を支える土台でもある。そういった意味を別にしても、想像のなかの景観を紙の上に具現化する、クリストの卓越した描写力を多くの人に見て貰いたい。この気持ちは、主催者側も直ぐに理解してくれた。
と言っても、様々なプロジェクトのドローイングを並べる気持ちはなかった。これまで実現したプロジェクトの紹介は、プロジェクション画像に託し、そこでは紹介できない作品、つまり現在進行中の作品に関するドローイングに限定することにした。
ところで、クリストのドローイング制作には、幾つかシステマチックな面がある。その一つがサイズだ。通常はレターサイズ(A4サイズ程度)から、長辺が2メートル44センチのものまで、主に6つの決まったサイズで描いている。また、サイズに応じて、写真の上に描くドローイング、布や紙を貼ったコラージュ、木炭やパステルを主に使ったドローイングなど、使われる技法もある程度決まっている。今回は、特定のプロジェクトの、様々なサイズと技法の作品を並べることで、展示のメリハリをつけることにした。
 さて、その特定のプロジェクトに関して、ちょっとした問題が起こってしまった。展示内容の骨子を決めた16年秋の段階で進行中のプロジェクトは、1992年にスタートした『オーバー・ザ・リバー、 コロラド州アーカンソー川のプロジェクト』と1977年にスタートした『マスタバ、アラブ首長国連邦のプロジェクト』の2つだった。それに基づき、国内の収集家や美術館、そしてクリスト自身に作品貸し出しの打診を始めていた。
 が、あ!と驚くニュースがニューヨークから届いたのは、1月中旬のことだった。クリストが、『オーバー・ザ・リバー』の中止を突然発表したのだった。その背景は、インタビュー映像で見ていただきたいが、それに伴い、進行中のプロジェクトは『マスタバ』、一つになってしまった。
 国内の美術館やコレクターが収蔵するマスタバのドローイング、コラージュ作品を何点かは確認していたが、小さい目の作品が中心だった。そのため、クリストからの作品に頼ることになった。本人がスイス・バーゼルのストレージまで足を運んで選んでくれた、5作品は秀作ぞろいなのは言うまでもない。
 さらに、アブダビの景観や交渉活動を記録した写真もクリストの元から貸し出して貰えることになった。そのなか一枚、クリストと共に砂丘を走るジャンヌ=クロードをとらえた写真で、彼女が着ているのはイッセイミヤケのドレスだ。
 ニューヨークでのインタビューの際、クリストはマスタバに関しても語ってくれた。その部分だけを取り出し、10分ほどに纏めた映像をドローイングと同じ壁面に並べた。クリスト自身は映像とオリジナル作品を一緒に見せるのを好まないことは知ってはいたが、敢えて行った。大きな壁面だったこともあり、ビデオがドローイング観賞の妨げになることはなかったと思う。反対に、クリスト自身の言葉を参考に、ドローイングに描かれた構想に思いを巡らす機会を与えてくれるものになった。

 三宅一生さんの当初の希望であった、『フローティング・ピアーズ』を紹介する展覧会からは少し違ってしまったかもしれないが、『フローティング・ピアーズ』と『マスタバ』を中心に、クリストとジャンヌ=クロードの、これまでの仕事、そしてこれからの計画を知って貰うだけではなく、制作に対する意気込みを生に感じて貰う展示にはなっていたと思う。

 「そこまでやるか、壮大なプロジェクト」展は、まず、一組のアーティストが決まり、そこから展覧会のタイトル、テーマを決め、人選が行うという、ユニークな手順で企画された。クリストとジャンヌ=クロード以外の参加作家、例えば石上純也の建築模型、淺井裕介の壁画、ジョルジュ・ルースや西野達のインスタレーション作品などと、バラエティーに富む作品のなかに共通項を見いだすのは難しいかもしれない。「壮大なプロジェクト」という言葉を頼りにしても、なぜこれを「プロジェクト」と呼ぶのだろう、と考えてしまう作品もある。
 しかし、個々の作品は、オリジナリティーに富み、作家の情熱と技量を生に感じさせてくれる。展覧会の意味すること、などといった堅い話しは別にして、充実し、楽しめる内容の展覧会であることは間違いない。クリスト自身は、今回の出品作家の内の半数ほどしか知らないと言っていたが、プロジェクトが発端となり、ユニークは展覧会が企画されたことを喜んでくれているかもしれない。
やなぎ まさひこ

img010_600マスタバ、アラブ首長国連邦アブダビのプロジェクト
ドローイング
2010年
21.5x28cm
(c) Christo, 2010


mastaba-01_600


mastaba-02_600



「『そこまでやるか』壮大なプロジェクト展」
会場:21_21 DESIGN SIGHT
会期:2017年6月23日 (金) - 2017年10月 1日 (日)
つくることの喜びとともに壮大なプロジェクトに向かって歩みを進める表現者たち。そこには強い意志と情熱、数多くの試行錯誤、そして行動する決断力があります。
彼らが実現する作品は私たちに新しい体験をうながし、これまで思いもつかなかった楽しさと価値観に気づかせてくれます。
本展では、そんなクリエイションが持つ特別な力と、そこから広がっていく喜びを伝えます。
展覧会ディレクター:青野尚子
クリストとジャンヌ=クロード企画構成:柳 正彦

ギャラリートークのご案内
柳正彦が語る<プロジェクトとその記録、クリストとジャンヌ=クロードの隠れたライフワーク>

日時:2017年9月2日(土)16時〜
会場:ときの忘れもの
 企画に携わった者として、このような発言は良くないかもしれないが「そこまでやるか」というタイトルには未だに違和感をもっている。というか、クリストとジャンヌ=クロードの作品は言うに及ばず、21_21に並べられた作品を見て回っても、少なくとも私自身は、「そこまでやるか」と思うことはなかった。
30年以上にわたって、クリストとジャンヌ=クロードのプロジェクトや展覧会に携わったせいで、感覚が鈍ってしまっているのかもしれないが・・・、少なくともアーティスト本人にとっては、「そこまでやる」のは当然なのではないだろうか。
 そのように思い、また展覧会に興味をもってくれた人にも、そのようなコメントをしてきた。だがつい最近になって、クリストとジャンヌ=クロードの仕事にも「そこまでやるか」と思わせるものがあることに気がついた。
 展覧会がオープンした後、インタビュー映像の使用しなかった部分に目を通していた時のことだった。クリストが数ヶ月をかけて編集、レイアウトをした、「オーバー・ザ・リバー」の記録集について語っているシーンを見た時、これこそ「そこまでやるか」ではないか、と気がついたのだ。
 プロジェクトが実現すると、クリストとジャンヌ=クロードは、3つの方法で、プロジェクトの記録を纏めてきている。記録映画、記録書籍、ドキュメント展覧会だ。そのなかでも、書籍と展覧会は、例えば1500ページになったり、400点以上の作品資料を並べたりと、ヘビー級の内容になっている。プロジェクトのファクシミリとも呼べる、書籍と展覧会だが、内容の選定からレイアウト細部まで、その作業の大半を外部のデザイナーやキュレイターに託すことなく、クリストとジャンヌ=クロード自身が手がけてきている。
 クリストとジャンヌの、この姿勢は、まさに「そこまでやるか」だろう。
9月2日のトークでは、クリストとジャンヌ=クロードが、いかに自作を記録してきたか、その姿勢と作業の実際について参考映像を交えてお伝えしたい。

*要予約/参加費1,000円
参加ご希望の方は、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

●ときの忘れものでは移転後初めての企画クリストとジャンヌ=クロード展を開催します。ご期待ください。
201708_christo_
会期:8月29(火)〜9月9日(土)
クリストの希少なオリジナル作品はじめ、版画など約20点をご覧いただきます。


■柳 正彦(やなぎ まさひこ)
東京都出身。大学卒業後、1981年よりニューヨーク在住。ニュー・スクール・フォー・ソシアル・リサーチ大学院修士課程終了。在学中より、美術・デザイン関係誌への執筆、展覧会企画、コーディネートを行う。1980年代中頃から、クリストとジャンヌ=クロードのスタッフとして「アンブレラ」「包まれたライヒスターク」「ゲート」「オーバー・ザ・リバー」「マスタバ」の準備、実現に深くかかわっている。また二人の日本での展覧会、講演会のコーディネート、メディア対応の窓口も勤めている。
昨年秋、水戸芸術館で開催された「クリストとジャンヌ=クロード アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984-91」も柳さんがスタッフとして尽力されました。
20161001_水戸クリスト展_61
2016年10月1日
於・水戸芸術館
クリスト(右)と柳正彦さん。


●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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柳正彦〜「そこまでやるか、壮大なプロジェクト展」までの一年間〜その1

「そこまでやるか、壮大なプロジェクト展」までの一年間


クリストとジャンヌ=クロード展示を担当して(Part-1)


柳 正彦

 ちょっと変わったタイトルの展覧会が、現在、六本木、東京ミッドタウン内の21_21 Design Sightで開かれている。クリストとジャンヌ=クロード、石上純也、淺井裕介、ダニ・カラヴァン、ジョルジュ・ルース、西野 達など、異なった分野で活躍する作家を集めたこの企画は、実は一冊の本がきっかで生まれたものだ。
 その本とは、クリストとジャンヌ=クロードの新プロジェクト、イタリア・ミラノ郊外のイゼオ湖を舞台にした『フローティング・ピアーズ』の準備活動を纏めた一冊。それが21_21のディレクターの一人、三宅一生さんの元に届けられたのは、昨年の5月末だった。
 数日後、私の「そこまでやるか」への関与が始まった。6月初旬に21_21のスタッフから、「送られてきた本を見た三宅が、新プロジェクトを 21_21 Design Sight で紹介したいと考え、まずは僕に連絡するようにと指示された」といった内容のメールが届いたのだった。ちなみに、クリスト、ジャンヌ=クロードとイッセイさんとは70年代からの親しい友人で、2009年のジャンヌ=クロードの死去の後、最初に追悼の展覧会を提案してくれたのもイッセイさんだった。

 具体化への第一歩は、6月7日だったと記憶している。イタリアでの『フローティング・ピアーズ』の完成、公開まで2週間を切り、私も数日後には現地へ向かうことになっていた時期だった。その場で伝えられたのは2つの私にとっての“難題”だった。一つは開催予定が2017年6月頃、つまり正味一年しか準備期間がないこと、もう一つは、やはり21_21で2010年に開催されたクリストとジャンヌ=クロードの展覧会とは、“異なった感じ”の展示としたい点だった。その時点で、私が答えられたのは、「私個人としては、できる限りの協力をするが、クリスト本人へ連絡し意向を確認するのは『ピアーズ』の展示期間が終わる7月中旬まで待って貰いたい。」程度のことだった。
 7月になり、クリストから、「21_21での再度の展覧会はとても嬉しいことだ。でも、『フローティング・ピアーズ』のドキュメント的な展覧会を17年の夏に開催するのは、時間的に無理がある。」といった返事が届いた。
 クリストからのこの回答、そして21_21が、個展ではなく、テーマを決め複数の作家を招いての展覧会を中心に行ってきていることもあり、今回もグループ展と決まったのは8月だったと思う。同時期に展覧会ディレクターとして、アートだけでなく、建築、デザインにも精通された、青野尚子さんが決まった。
 クリストとジャンヌ=クロード以外の作家の選定には、この頃までは私も参加させて貰った。当時名前が挙がったのは、イサム・ノグチ、安藤忠雄、ジェームズ・タレルなど物理的なスケールの面でクリスト達と共通点をもつ作家が中心だったと記憶している。その後、私自身は、9月末に水戸芸術館でスタートする「アンブレラ・ドキュメント展」の準備に没頭することになり、「そこまでやるか」の作家選定や、展覧会タイトルの検討などに係わることはなくなった。そのため、残念ながら今回のユニークな人選、そしてタイトルの決定がなされたかをお伝えすることはできない。

20170809_8-9-01フローティング・ピアーズ、イタリア・イゼオ湖、2014−2016
写真:ウルフガング・フォルツ(c) Christo, 2016


20170809_8-9-02フローティング・ピアーズ作業拠点でのクリストと柳正彦、2016年6月


 一方、クリストとジャンヌ=クロードの展示に関しては、私が、一人で100%担当させて貰うことになった。これは、クリストからのリクエストでもあった。そして一つの展示室をフルに使えること、また、ロビーの壁面を利用できることなどを、早い段階で決めて貰えた。その時点では他の出品内容が固まっていなかったからかもしれない。
21_21側からの「(ドローイング作品を中心にした)2010年とは異なった感じ」の展示というリクエストの元で、クリストとジャンヌ=クロードの仕事の流れを見せる。また、『フローティング・ピアーズ』を紹介するという、展覧会の発端も忘れることはできない。
 これらの条件を満たす展示とは?スタッフとの打ち合わせのなかで浮かんできたのは、3つの壁面を使ったプロジェクションだった。一つの理由は、この美術館での様々な展覧会で、壁面のプロジェクションが大きな効果を生み出していたからだろう。
 私自身が最初にイメージしたのは、床から天井までのスケールで、『フローティング・ピアーズ』を中心に、様々なプロジェクトの画像をプロジェクトするものだった。正直なところ、それだけではかなり退屈な展示になっていたと思う。助けとなったのは、21_21関係者からでた、クリストへのインタビュー映像のアイデアだった。多分、9月に水戸芸術館や原美術館で行われた講演会でのクリストのトークの面白さ、そして自作について語るクリストのエネルギッシュな表情が印象的だったからだろう。

 17年2月末に行われたニューヨークでのインタビューは、2時間を越えるものだった。ソーホーの自宅ビルの、レセプションのための部屋だけではなく、殆ど人を入れることのない、最上階のスタジオでの収録も行えた。
 また、当初は写真のプロジェクションを考えていた『フローティング・ピアーズ』は、記録映画のスタッフが撮影したドキュメント映像を提供して貰えることになった。しかも、ドローイングを仕上げるクリストの姿の映像というオマケまでついてきた。これらライブ感溢れる公式画像は、展示を格段に充実させてくれた。床から天井までの大きさに投影された、ゆっくりと揺れる『ピアーズ』のイメージは、実際のプロジェクトを体験した私にとっても、迫力満点のものとなった。
 2時間を越えるインタビュー映像と、『フローティング・ピアーズ』の公式ドキュメント映像、2時間半以上のマテリアルは、最終的には56分に纏めたが、編集、翻訳、字幕等の作業には3ヵ月半が必要だった。(続く)
やなぎ まさひこ

20161001_水戸クリスト展_61
2016年10月1日
於・水戸芸術館
クリスト(右)と柳正彦さん。


ギャラリートークのご案内
柳正彦が語る<プロジェクトとその記録、クリストとジャンヌ=クロードの隠れたライフワーク>

日時:2017年9月2日(土)16時〜
 企画に携わった者として、このような発言は良くないかもしれないが「そこまでやるか」というタイトルには未だに違和感をもっている。というか、クリストとジャンヌ=クロードの作品は言うに及ばず、21_21に並べられた作品を見て回っても、少なくとも私自身は、「そこまでやるか」と思うことはなかった。
30年以上にわたって、クリストとジャンヌ=クロードのプロジェクトや展覧会に携わったせいで、感覚が鈍ってしまっているのかもしれないが・・・、少なくともアーティスト本人にとっては、「そこまでやる」のは当然なのではないだろうか。
 そのように思い、また展覧会に興味をもってくれた人にも、そのようなコメントをしてきた。だがつい最近になって、クリストとジャンヌ=クロードの仕事にも「そこまでやるか」と思わせるものがあることに気がついた。
 展覧会がオープンした後、インタビュー映像の使用しなかった部分に目を通していた時のことだった。クリストが数ヶ月をかけて編集、レイアウトをした、「オーバー・ザ・リバー」の記録集について語っているシーンを見た時、これこそ「そこまでやるか」ではないか、と気がついたのだ。
 プロジェクトが実現すると、クリストとジャンヌ=クロードは、3つの方法で、プロジェクトの記録を纏めてきている。記録映画、記録書籍、ドキュメント展覧会だ。そのなかでも、書籍と展覧会は、例えば1500ページになったり、400点以上の作品資料を並べたりと、ヘビー級の内容になっている。プロジェクトのファクシミリとも呼べる、書籍と展覧会だが、内容の選定からレイアウト細部まで、その作業の大半を外部のデザイナーやキュレイターに託すことなく、クリストとジャンヌ=クロード自身が手がけてきている。
 クリストとジャンヌの、この姿勢は、まさに「そこまでやるか」だろう。
9月2日のトークでは、クリストとジャンヌ=クロードが、いかに自作を記録してきたか、その姿勢と作業の実際について参考映像を交えてお伝えしたい。

*要予約/参加費1,000円
参加ご希望の方は、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
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8月29(火)〜9月9日(土)「クリストとジャンヌ=クロード展」を開催します。

■柳 正彦(やなぎ まさひこ)
東京都出身。大学卒業後、1981年よりニューヨーク在住。ニュー・スクール・フォー・ソシアル・リサーチ大学院修士課程終了。在学中より、美術・デザイン関係誌への執筆、展覧会企画、コーディネートを行う。1980年代中頃から、クリストとジャンヌ=クロードのスタッフとして「アンブレラ」「包まれたライヒスターク」「ゲート」「オーバー・ザ・リバー」「マスタバ」の準備、実現に深くかかわっている。また二人の日本での展覧会、講演会のコーディネート、メディア対応の窓口も勤めている。
昨年秋、水戸芸術館で開催された「クリストとジャンヌ=クロード アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984-91」も柳さんがスタッフとして尽力されました。

●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
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